装甲少女隊、北へ CODE1940 ID:71180

装甲少女隊、北へ CODE1940
ボストーク
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
︻あらすじ︼
1940年10月⋮⋮
﹃特地﹄、イタリカのあの戦いから1年、陸軍中尉へと昇進した西住み
ほは本国へ帰国し、相変わらずの戦車漬けではあるが平穏な時を過ご
していた。
しかし、既に世界は再び戦乱の時代へと突入し、その戦禍の気配は
ガルパン
ガルパン・シリーズ︼の
徐々にみほの足元にも近づいてくるのだった⋮⋮
この作品は、タグにもある作者の︻ゲート
第二弾で、シリーズ第一作である︻祝☆劇場版公開記念
ルの戦場を駆け抜けます。
そして今回のシリーズ、親しき友と最強のライバルが登場
***
基本は中編程度の長さになると思います。
?
そんな世界の中、学生ではなく一人の装甲将校としてみほ達はリア
世界〟の大日本帝国⋮⋮
に、我々の歴史とは違う歴史を歩まざるえなくなってしまった〟この
異世界と現世を繋ぐ﹃門﹄が100年以上早く開いてしまったため
の時系列になるエピソードとなります。
にゲート成分を混ぜて﹃門﹄の開通を100年以上早めてみた︼の後
!
×
前作のあとがきにサンプルを載せ、活動報告で正式にアンケートを
俺、まだスランプ中︵以前からの作品が書けない状態︶じゃ
とろうかと思いましたが⋮⋮
﹂
﹁あれ
ね
?
い。
あと、このシリーズはゲート要素がほとんどないのでご了承くださ
﹁CODE1840﹂シリーズから始めさせていただきます。
アイデアがまとまっていてプロットの完成度が最も高かったこの
せっかく回答をくださった方には本当に申し訳ありません。
こうと思いました。
と思い出しまして、ならいっそ今の自分に書けるものから書いてい
?
目 次 〟 ││││││││││││││
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合〟 ││
第02話 〟テスターです
0〟 ││││││││││││││││││││││││││
30
第04話 〟カレリアより友愛と砲弾をこめて Early194
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟 ││││││││││
1
11
20
!
第 0 1 話 〟 プ ロ ロ ー グ 1 9 4 0 西 住 み ほ 中 尉 の
場合〟
西暦1940年、皇紀2600年、あるいは昭和15年⋮⋮
様 々 な 書 物 で こ の よ う な 三 通 り の い ず れ か 表 記 が さ れ る こ の 年、
様々なイベントがおきた。
例えば、遣イタリカ師団の第6戦車中隊の面々が配置転換で﹃特
地﹄、
﹃門﹄の向こう側から大日本帝国本国に帰国したのは、帝都に桜
の花咲く1940年4月のことだった。
帰ってくる前にもソ連とフィンランドとの間で国境紛争が勃発、1
939年11月30日から1940年3月13日までの戦闘が続い
た。
その戦闘期間から︻冬戦争︼と呼ばれたその戦争の開戦も停戦も、み
ほ達はイタリカで聞いた。
さて、﹁大洗女子﹂の出身者達が五体満足に本国へ戻ってきた直後
に、再び欧州でで大きな動きがあった。
D r i t t e s R e i c h
かねてからアーダベルト・ヒットラー総統の退陣を求めていた英仏
に対し、ドイツ⋮⋮正確には〟ナチス第三帝国〟は武力によってそれ
に応えた。
そう、欧州西部への武力侵攻の開始⋮⋮ドイツは中立国であったデ
ンマークとノルウェーに突如侵攻し占領したのだ。
翌月の5月10日ベルギーやオランダ、ルクセンブルクのベネルク
ス三国に侵攻して占領。
だが、ドイツの猛攻と快進撃は止まらず、難攻不落と思われていた
巨大地下要塞型防衛線〟マジノ線〟を迂回し、侵攻不可能と言われて
いたアルデンヌ地方の深い森をあっさり突破した。
フランス政府は6月10日にパリの放棄を決定し、無防備都市化。
そしてイギリスは自国の兵士を欧州大陸から脱出させるためにダ
1
ンケルクから大脱走させねばならなくなった。いわゆる〟ダイナモ
作戦〟である。
そしてドイツの勝ち馬に乗りたかったイタリアは英仏に宣戦布告
するのだった。
実はこの時、ドイツは小さな綻びを生んでいた。
そう、戦力としては大きな期待の出来ないヘタリ⋮⋮失礼。イタリ
ガルパンにゲート成分を混ぜて﹃門﹄
アに英仏への宣戦布告を許してしまったことだ。
***
前作︻祝☆劇場版公開記念
の開通を100年以上早めてみた︼の中で何度か言及しているが⋮⋮
〟この世界〟の日本は、1905年︵明治38年︶9月5日、ポー
ゲート
ツマス条約に反対する市民が集結する日比谷公園に突如開いた異界
の入り口⋮⋮﹃門﹄により国家の命運を思い切り捻じ曲げられた。
﹃門﹄外勢力、後に﹃特地﹄と呼ばれる世界からやってきた謎の軍勢に
より、市民は無残に大量虐殺され、日比谷公園を中心に帝都の一部を
占拠されてしまったのだ。
いわゆる︻日比谷﹃門﹄異変︼だ。
しかし、日露戦争で疲弊しまた主力と呼ばれる部隊が外地におり、
更には今とは比べものにならぬくらいに貧弱な装備しか持たぬ当時
の日本軍は組織的で効果的な対処は出来ず、次々と﹃門﹄から送り込
まれる敵の増援を食い止めるのが精一杯だった。
結果として、日本は帝都奪還の戦力をかき集めるために大陸と半島
からの全面撤退を決定したのだ。
あれだけ日清/日露戦争とあれだけ苦労して手に入れた大陸権益
だったのに、日本流された血とかけた金をご破算にせねばならないほ
ど切羽詰っていた。
天皇陛下がおわしますべき場所〟帝都〟が占領される⋮⋮陛下に
危険だという理由で吹上御所にご避難いただいたということが、どれ
ほどの国辱であるのか⋮⋮
2
!
とはいえせっかくの大陸の権益。ついこの間まで戦争やってたと
いうか⋮⋮条約締結手続きやってる最中のロシアに渡したら、それこ
そ何の為の日露戦争なのかわからなくなってしまう。
そのため、日本は泣く泣く自分が持っていた大陸権益を﹃委任統治﹄
という形でアメリカに委譲することになる。
無論、無料で手渡すわけにも行かないので日露戦争で負った英国か
らの借金の肩代わりとその後の大陸への市場参入権とその際の税的
優遇、またアメリカとの通商関連の譲歩という代償を求めた。
はっきり言おう。そんなものは大国アメリカにとっては〟はした
金〟であり、その程度の出費で大陸権益が手に入るなら、安い物どこ
ろかまさに﹁棚から牡丹餅﹂だった。
そもそもアメリカがわざわざ日露戦争の仲介役なんて面倒な役回
りを買って出たのは、大陸の権益が欲しかったからだ。
それが僅かな出費で苦もなく日本から勝手に転がり込んできたの
だから万々歳もいいところだろう。当時の日本首脳部の忸怩たる思
いとは裏腹に、急速に対日感情が良好化するのは当然だろう。
無論、こんな情況で有らばこそ1910年の日韓併合なんて話は誰
も考えすら及ばず、李氏朝鮮なんて隣国があったことは、日本人の誰
もが忘れていった。
他にも第一世界大戦やら関東大震災やら、何回もの海軍軍縮条約や
バッ ク ボー ン
ら、1924年の﹃日米砲弾/弾薬相互換協定﹄やら大きな流れはあ
るのだが⋮⋮
ともかく、こんな歴史的背景があり、1940年現在の日本は日英
同盟を未だ堅持しつつ、更には〟日米同盟〟なるものまで組む流れに
なっていた。
更に言えば、日英同盟/日米同盟共に軍事同盟の性質を持つが、実
は同盟内容がかなり違う。
日英同盟↓どちらかの国が﹁二つ以上の国から宣戦布告されない以
上、片方は中立以上の責務を負わない﹂とする〟片務的同盟〟
日米同盟↓﹁どちらかの国の領土が攻撃を受けた場合、自動的に味
3
方陣営となり共同して対処にあたるり、どちらかの国が宣戦布告を一
国からでも受けた場合、自動的に参戦﹂となる攻撃的な〟双務的同盟
〟
締結された時代も違うし、アメリカは中立法があったりで色々理由
はあるのだが⋮⋮英米の認識の違いが透けて見えるような気がする
のが面白い。
***
話を1940年に戻すが⋮⋮
パリの陥落は残念だが、イギリスの待ち望んだイタリアの参戦によ
り、日本はついに対独/対伊戦に参戦が決定してしまったのだ。
そしてこの展開を﹁出来ればやめて欲しかったんだが⋮⋮﹂という
諦めに似た心境でありながら読んでいた日本は、イタリアの英仏への
ところ海軍が建造しているのは、大物は翔鶴型空母2隻で後は古い船
の代替である巡洋艦や駆逐艦ばかりだ。
つい最近、金剛型の代替となる〟新型巡洋戦艦〟の建造予算が承認
されたばかりだが、これも前線に登場するのはかなり先だと思われて
いる。
ともかく前作の冒頭で西住みほが言っていた、
4
宣戦布告の即日付けて既に出港準備を終えて待機させていた︻遣英艦
隊︼を出向させる。
それは巡洋戦艦2隻︵金剛、榛名︶+空母2隻︵天城、土佐︶を中
核とする戦闘艦総数36隻の中々の規模の艦隊で、赤城と加賀が近代
化改修で入渠していた日本が機動的に運用できる艦隊戦力の大半と
言ってよかった。
2
基本、
﹃特地﹄の戦いにはお呼びでない海軍の気合の入れ方がわかる
2/航空戦艦
×
6でしかない。不幸姉妹戦艦はとっく
×
というものだ。
4/正規空母
蛇足ながらこの時点での日本の海軍力は、戦艦
/巡洋戦艦
×
に退役&解体されていて、大和型は未だ思案すらできていない。今の
×
﹃だったらそのうち︵日本は︶巻き込まれるかもね。ポーランド救援の
動きはないとは言っても、英仏は第三帝国に宣戦布告してるわけだ
し﹄
が形を変えて当たってしまったわけだ。
もっとも列強の一角に数えられるフランスが、こうもあっさり負け
るとは誰も予想しなかったかもしれないが⋮⋮
そして6月22日、フランスはついに事実上の降伏をする。
フランスの現政権は解体され首班であったジャンポール・レノーや
アルベール・ルフランはカサブランカに逃亡中に事故死、親独中立を
掲げるフィリポネソス・ペタンを首相とするヴィシー政権が立った。
***
︵フランスの陥落に関しては、陸軍でもショックを受けてた人、けっこ
ういたなー︶
戦車徽章と真新しい〟陸軍中尉〟の階級章を付けた少女、〟西住み
ほ〟はメンテナンスのためバラバラにした自動拳銃の部品一つ一つ
を確かめながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
無理はないと言えば無理はない。
第一次世界大戦の勝者であるフランスは兵器大国と見られていた。
現代日本人から見ると少し違和感があるかもしれないかもしれな
いが⋮⋮特に日本陸軍人はその傾向が強く﹁戦車を開発したのがイギ
リスで、戦車を発展させたのがフランス﹂という見方が強い。
例えば今や当たり前になってる戦車の全周旋回砲塔だが、世界最初
にそれを実用化して搭載したのは〟ルノーFT17軽戦車〟だし、〟
ルノーB1重戦車〟は﹁多砲搭載の重戦車の一つの到達点﹂と評され
た。〟ソミュアS35中戦車〟は鋳造工法を砲塔に取り入れたり自
動消火装置を装備していたりと近代的構造が自慢だった。
言うまでもなくこの三つは仏製で、世代は違うがどれも日本に結構
な数が輸入され、実戦部隊への配備のみならず各種実験や評価試験に
も投入され、大きな影響を日本戦車に与えていた。
5
だからイギリス同様にフランスの血統⋮⋮設計思想の影響を色濃
く受けている日本陸軍戦車関係者は大騒ぎになるわけだ。
他にも大砲の多くがフランス製のそれを原型にしているなんての
はよく聞く話だ。
﹁まあでも、フランスは戦車作りは上手くても集中運用や機動運用っ
て戦術面の発想はなかったから⋮⋮﹂
みほの見立てだと、フランスの陸戦での敗北は戦車の性能差ではな
く、戦車を用いた戦術の差だ。
実際、性能ならむしろフランス側に軍配が上がるとする研究者は多
いのだ。
しかし、フランスはドイツの機甲師団に対し﹁難攻不落のマジノ線
なら押さえられる、木々生い茂るアルデンヌの森は抜けられない﹂と
思い込んでいた。
しかし、ドイツは﹁マジノ線が強固なら迂回すればいい。戦車には
﹂と考えた。
回のドイツの戦術に非常に注目し、あらん限りの資料を集めて熱心に
研究した。
イタリカの一連の戦いの功績が認められ、直属の上司である杏⋮⋮
角谷中尉をはじめ、兄やその上の階級の多くの装甲将校の推薦もあ
り、中尉に昇進︵他にも昇進したものは中隊でも多くいるが︶したみ
ほの手元にもそのフランスを巡る戦いを示した資料は既にいくつも
回ってきており、彼女は紙がぼろぼろになるまで何度も何度も熟読し
6
装甲や大砲だけじゃない。足の速さがある。森の中たって戦車が抜
けられる隙間くらいあんだろ
﹂
?
実際、みほだけでなく﹁戦車を実際に運用する側﹂の軍人は皆、今
ドイツを褒め称えるべきなのかな
らこそ頭で、発想の転換とよく練り上げられた機甲戦術で大勝﹄した
たドイツ⋮⋮歴史の皮肉を感じるよ。それともここは、﹃持たないか
のが旧敗戦国で性能でも数でも劣る戦車しか持つことができなかっ
真価や性質を見抜いていなかった⋮⋮それを見抜き、積極的に用いた
﹃工業品としての上出来さ﹄であって、その兵器の戦場で用いた場合の
﹁結局、フランスは戦車や大砲はいいものが作れても、それはあくまで
?
ていた。
実際、その書類は今も前任者から他の備品共々譲り受けた机の上に
おいてある。
その傍らには、デスノー⋮⋮もとい。〟みほ☆のーと〟と可愛らし
い丸文字で書かれ、ついでに〟ボコボコにされた熊のぬいぐるみ〟の
イラストまでおごられた大学ノートが、まるで対であるかのように鎮
座している。
もっとも可愛い表紙に対して中身はみほが﹁フランス侵攻戦の報告
書とその機甲戦﹂の報告書を読みながら思いついたことや、自分なり
の解釈あるいは考察を書き込んだメモでありかなりえげつない。
その散文形式で書かれたそれらをきっちり論文でまとめれば、それ
デ
ス
ノー
ト
こそ〟機甲戦術の指南書〟になりそうなそれは、もしかしたらこれか
ら彼女と対峙する敵にとって文字通りの﹃死を呼ぶ帳面﹄になりかね
ないが⋮⋮
***
〟シャコン〟
みほはバラバラの状態から慣れた手つきで再び組み上げられた自
動拳銃⋮⋮米コルト社製のM1911A1自動拳銃、通称︻コルト・
ガヴァメント︼のスライドを引っ張り、フレームとのかみ合わせの確
認をしていた。
そう、もしかしたらお気づきの皆様もいらっしゃるかもしれないが
⋮⋮このガヴァメント、実は前作の最後の戦い︻敵司令部要員包囲戦︼
において敵司令官、〟帝国〟貴族︻ヘルム・フレ・マイオ子爵︼から
奪った戦利品なのである。
しかし、この拳銃には少々胡散臭いものがあった。
みほは先ずガヴァメントの本来の持ち主⋮⋮は敵将が持ってた以
上は死んでるだろうから、せめて形見として遺族に返そうとした。
なんせ国内ではまだまだ高額で取引されてる輸入品なわけだし。
しかし⋮⋮
7
﹃あれ
製造番号が⋮⋮ない
マガジン
﹄
これらの部品全てがオーダー品で、﹁まるで最初からそういう拳銃
シュ・ブラック︾〟で色を統一させていた。
無論、全ては銃本隊と同じ〟艶消し加工の黒色︽マットフィニッ
マガジンウェル〟も装着してみた。
更に今回は新作部品、弾倉の挿入をしやすくするガイド〟ワイド・
だ。
トするように削りこまれたオリジナルの木製グリップまではお約束
易いアルミ製のワイド・トリガー、そして彼女の手にぴたりとフィッ
の物に交換されたハンマーや3ホール・タイプの指がかかり易く引き
レバー、それにマガジンキャッチ・ボタンの導入。より扱い易い形状
り止めに形状も変えられたスライド・リリース・レバーにセイフティ・
ント&リア・サイトや手の小さなみほが扱い易いように延長されて滑
素早い照準が出来て見やすい3ドット・タイプのフィクスド・フロ
ている。
オリジナルのままというわけでは当然なく、かなりの改造が施され
﹁うんうん。パーツの合いもいいみたい♪﹂
ただ、ガンマニアのケがあるみほ所有となった以上は、
そういうわけで、今は戦利品としてみほの手元にあった。
他に理由が思いつかなかった。
﹃出元や持ち主を特定されたくない⋮⋮だろうな﹄
そうする理由は、
だったと考えるべきであろう。
なら〟帝国〟側に渡る以前、本来の持ち主が所有してた頃からそう
かで削られたものだ。
消し跡から見てヤスリの手作業でなくマイクロ・グラインダーかなん
わざわざ〟帝国〟側の人間がそんな面倒する理由もないし、何より
ていた。
品であるにも関わらず、銃の個体を示す製造番号だけが綺麗に削られ
そう形をよく似せた密造銃とかではなく、刻印から何から全て純正
?
だ っ た か﹂の よ う な 統 一 感 の あ る 見 栄 え か ら、西 住 家 御 用 達 の
8
?
ガ ン ス ミ ス
鉄砲職人がいかにいい仕事をしたかを物語っていた。
みほには﹁ドワーフに似た印象のオッサンが、いい笑顔でサムズ
アップ﹂してる姿が目に見えるような気がした。
﹁さてと⋮⋮﹂
みほは改造ガヴァメント、仮称〟ガヴァメント・みほスペシャル〟
をこれまたフルオーダーで作らせたショルダーホルスターに入れ、椅
子から立ち上がると拳銃を二つの予備弾倉と一緒にホルスターごと
あまり肉付きの良くない細い身体に巻きつける。
実は注文していた部品が届いたのはもう二週間も前だったのだが、
忙しく中々組み込んで調整する時間が取れなかった。
少ない自由時間をやりくりして、どうにか〟みほスペシャル〟を組
み上げたのだ。
これから早速、楽しみにしていた試し撃ちを洒落込もうと思ってい
9
たのだが⋮⋮
〟Knock Knock〟
唐突に扉がノックされた。
みほは顔を顰めそうになるのを努力して抑える。
﹁はい。空いてますよ﹂
︶
︵お楽しみの前に邪魔が入るのは、もしかして神の摂理かなんかなの
かな
﹂
?
る。
﹁〟細見〟少将は、校長室
ほそみ
みほはホルスターの上から上着を纏い、伍長に先導されて部屋を出
﹁わかったわ。今行く﹂
お話があると﹂
﹁西住中尉殿、〟校長先生〟がお呼びです。︻一式中戦車︼の改善点で
を見た気はなんとなくするが、名前は覚えてない少女だった。
入室し敬礼したのは伍長の階級章をつけた見慣れない⋮⋮いや顔
﹁失礼します﹂
お約束過ぎる展開に小さく溜息を突いて、入室を促した。
?
﹁いえ。一式のハンガーでお待ちしてます﹂
﹁そう﹂
兵舎⋮⋮いや、それともこの場合は〟校舎〟か
そこを出ると日本を象徴する大山、富士山の威容がみほの目に飛び
込んでくる。
10月の日差しの照らされたその霊峰の姿は、威厳よりただただ美
しさを感じられた⋮⋮
ほ そ み・た だ お
みほはまだ正式には〟試製〟の頭文字が外れていない一式中戦車
と大日本帝国陸軍軍立︻富士機甲学校︼校長、細見忠雄少将が待つハ
ンガーへと足を向けた。
1940年︵昭和15年︶10月中旬。〟東京オリンピック〟から
バ ト ル・ オ ブ・ ブ リ テ ン
早2ヶ月⋮⋮
︻英国本土防空戦︼が未だ決着を見ないが、天城と土佐の航空部隊の奮
ル フ ト バッ フェ
戦もあり、全体的には英国有利の情況が続いている。
あ
し
か
いかにドイツ空軍が精強でも、航空機もパイロットも有限だ。
そう遠くない将来、ドイツの︻英国本土侵攻作戦︼は頓挫するに違
いない。
とはいえ、欧州の戦争は今のみほには遠い世界の出来事だ。
正直、自分が欧州で戦車を操る姿が上手く創造出来ない。
だが、彼女は未だ気が付かない。
イベント
まだ1940年という年はあと2ヶ月以上も残ってるということ
を⋮⋮
そして、この年の戦争はまだまだ用意されているということを。
10
?
第02話 〟テスターです
︻富士機甲学校︼
〟
近年の陸上兵力の急速な自動車機動化/装甲化、総じて言うところ
の〟機甲化〟に対応するために新設された陸軍でも指折りの規模を
誇る最新施設だ。
基本的には機甲装備と新しい時代の戦術である機甲戦に対応でき
る人材を戦車兵から整備兵まで包括して育成︵つまり既存の戦車学校
と機甲整備学校の包括︶することが最大の目的であるが、同時に機甲
戦に必要な装備⋮⋮大は戦車から小は必要ならばネジの一本まで研
究/開発を目的とする機関としても期待されている。
無論、それら物品だけでなく戦車などを用いた機甲戦術や戦術を用
ナ ショ ナ ル セ ン ター
いる作戦立案から戦略までを研究の対象としている。
要するに陸軍は富士機甲学校を、
﹁陸軍の機甲戦の複合研究施設﹂と
して使う腹積もりなのだ。
ゆえに富士の裾野、樹海のすぐ傍に日本国内としては破格の広大な
演習地があてがわれていた。
戦車や装甲兵車、自走砲などの戦闘車両導入に加え近接航空支援ま
で入ったことによる戦場の高速化や各種砲の長射程化により、これだ
けの広大な試験場が必要と判断されたのだろう。
実際、みほは徒歩ではなく陸軍カラーのトヨダABRで敷地内を移
動していた。
運転については問題ない。みほが動かせるのは戦車だけでなく、自
動車の運転免許は普通に持ってるし︵というか軍に入ったら学生だろ
うがなんだろうが強制的に運転免許証は取らされる︶、自分でも﹃MG
│J2﹄という英国製2シーターのライトウエイト・スポーツカーを
所有していて、普段はそれを足にしていた。
普通は一介の中尉ごときが買える値段の車ではないのだが、戦場の
言動かなりアレでもみほは一応、熊本の名門西住家のお嬢様なのだ。
11
!
かなり忘れられがちな事実ではあるが⋮⋮
みほはその敷地の一角に立つ戦車用の整備ハンガーの前に車を止
め、中へ入ると一人の男性の前で教本の通りの敬礼を決める。
﹁西住中尉、出頭しました﹂
その〟次世代の日本陸軍の主力〟を担うはずの戦車を前に佇む壮
ほ そ み・た だ お
年の男⋮⋮なるほど確かに巷で﹁軍人というより学者のよう﹂と評さ
れるだけのことはある。
軍服よりも今のような白衣姿の方が様になる男性、〟細見忠雄〟陸
軍少将は柔和な表情で、
﹁やあ、よく来たね。みほ君﹂
微笑みながら返礼をした。
***
細見忠雄
陸軍少将。第一次世界大戦において欧州で日本参戦前から駐在武
官/観戦武官という立場で戦車をはじめとする新世代兵器の威力を
まざまざと見せ付けられる。
終戦を欧州で迎え帰国後すぐに、輸入したてホヤホヤのルノーFT
軽戦車やホイペット戦車の技術解析を行い、日本における戦車の第一
人者となる。この時、同じ研究をした軍人の一人に現大日本帝国陸軍
の機甲総監である〟酒井勇次〟中将がいる。
またこの時期に自動車工学の博士号を取ったようだ。
その後、教育畑に入り1922年に開校した日本最初の本格的機甲
学校である〟千葉戦車学校〟の立ち上げメンバーとなり初期の教官
を務め、また遅れて開校した陸軍機甲学校の教授として就任。
そして現在、1934年開校のこの陸軍の誇る大規模統合機甲学
校、富士機甲学校の開校時から校長として就任している。
校長であると同時に戦車研究者としての看板も捨てておらず、例え
ば目の前にあるまだ試製という二文字を正式には頭からはずされて
いない︻一式中戦車︼も彼が計画当時から研究者の一人として関わっ
12
てきたものだった。
教育者であると同時に技術者達の纏め役という役回りが期待され
﹂
る富士機甲学校校長という立ち位置は、細見にうってつけと言えるか
昨日乗ってみた感想は
もしれない。
﹁どうかね
︶
?
というより﹃自家用戦車﹄なんてふざけた物をしかも複数所有する
限界性能を引き出すことで有名な一族だ。
もともと、西住の一族は戦車を酷使する、言い方を変えれば戦車の
それをもう半年も続けている。
それをまたみほが乗って⋮⋮の繰り返しだ。
討し実車にフィードバックさせる。
師たちに渡し、彼女のレポートをはじめ様々な角度の資料を検証/検
せ、レポートを書いて戦車動作を外から観察/計測していた技官/技
みほが研究者/開発者からのオーダーに応えるように戦車を走ら
のことをシミュレートを行うことだった。
長という立場から荒地を走らせ、主砲を撃たせ、戦場でやるたいてい
は、この富士機甲学校でひたすら〟試製一式中戦車〟を乗り回し、車
みほの最近の日課⋮⋮というより、日本本国へ帰国してからの日常
新米中尉の言葉に一喜一憂してるんだろ
︵毎度のこととはいえ、なんでこんな小娘⋮⋮出世したてホヤホヤの
逃さなかった。
そんな彼ら/彼女らが小さくガッツポーズを決めるのを、みほは見
だろうか
技師達だから、厳密に言えば純粋な民間人というより軍属というべき
の軍施設に比べて民間の研究者⋮⋮まあ戦車などの開発関連企業の
開発と試験が行えるのが富士機甲学校の特徴である以上、ここは他
近づいていってるのが実感できます﹂
﹁ええ。ちゃんと前の課題がきちんと修正されてて、一日一日完成に
?
家なんて、日本でもそうそうないだろう。
曰く、
13
?
?
﹃決して雑には扱わないが、荒っぽくは扱う連中﹄
である。そんな評判を聞いて、きっとみほのことだから、
﹂
﹁え∼。凄いのはお母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃんで、わたしはい
たって普通だよ
﹄は、
﹁近年稀に見る苛烈な命令﹂と
!
奇策で敵の残存部隊に止めを刺したのだ。
第三命令、蹂躙セヨッ
みほが最後に発した発令、
﹃第一命令、蹂躙セヨ
セヨ
!!
車ですね
﹂だった︶が、その分頼りにになるとも認識されていた。
戦車に乗った時の感想が﹁なんか優等生っぽくてか弱い感じのする戦
つシビアで、技術者達を凹ますことも多い︵何しろ最初に試製一式中
本人無自覚のようだが、実は彼女の意見は辛辣というよりは的確か
呼ばれたのだが。
そんな評判のみほだからこそ、この一式戦車のブラッシュアップに
それにしても本人が聞いたら卒倒しそうな内容だ。
などと囁かれていたりするのだ。
いう文字を履帯で蹂躙し、圧倒的な火力で勝利に嗤う〟
〟その身体は装甲板でできている。血潮は燃料、心は炸薬。敗北と
以上、あながち間違いではないが⋮⋮︶〟
〟死神をスポンサーにつけている︵ロゥリィ・マーキュリーがいる
〟西住家の中でもっとも戦闘に特化した存在〟
なので、西住みほという新米中尉は⋮⋮
して軍内に広まっている。
第二命令、蹂躙
しかも彼女は実質的に戦車中隊を率い、最後は夜の森に潜むという
力で、それも短時間で練り上げた少女の評価が低いわけはない。
続け、最後のハイライト﹃敵野戦司令部追撃/包囲殲滅戦﹄をほぼ独
帝国陸軍内部での彼女の⋮⋮あのイタリカの激戦で最前線で戦い
しかし、である。
なにせみほのの自己評価は致命的なまでに低いのだから。
とでも言い出すに違いない。
?
﹁みほ君、そろそろ一式は実戦で使えそうかね
﹂
つまるところ、みほは自分の評判をよく判っていなかった。
?
?
14
!
そう問いかける細見に、みほは⋮⋮
***
︵素性はいい戦車なんだよね⋮⋮︶
みほは即座に細見の問いには答えず、試製一式戦車を見上げながら
そう考える。
製造労力をの減少と強度の確保の双方をこなす︵ただし重いが︶全
鋳造工法の砲塔は、避弾経始がよく考えられた丸みを帯びたなだらか
な物で、みほから見ても中々貫通されにくそうな印象があった。
リベット
溶接が全面的に取り入れられた車体も悪くない。これで戦車のど
こに敵砲弾が命中しても衝撃で折れた鉄鋲が車内を跳ね回ることは
ないだろう。
それに車体正面もしっかり傾斜装甲が導入されているのもいい。
エンジンはついに大量生産が始まった九〇式統制型発動機AL型
ディーゼル︵V型12気筒、412馬力︶で、トランス・ミッション
はコンスタントロード型シンクロメッシュ機構の前進4段/後進1
段の最新の物、操向装置は油圧サーボアシストが入った二重差動式遊
星歯車型クラッチ・ブレーキ方式で、従来の延長線上にある技術だけ
あって信頼性が高いはず。
無論、その分だけ⋮⋮みほ達が﹃特地﹄で乗っていた九八式重戦車
より強力になった分だけ重量もあるが、足回りも一番形式の新しい九
七式中戦車の正常進化版のようなものを乗っけてるし、履帯は九八式
重戦車と同じ幅広の500mmタイプだから大丈夫だろう。
︵そして主砲は最新型長砲身の75mm45口径長軽量砲⋮⋮︶
おそらくは〟一〇〇式長七十五粍戦車砲〟と名づけられる予定の
砲だ。
砲自体が合金配合の見直しや製法の改良で、大きな重量増をさせず
に長砲身化させることに成功し、クロームメッキ処理された内部や薬
室自体も強装の新型徹甲弾に対応するために強化されてると聞く。
噂では新型砲弾は薬莢のサイズは同じで、従来の九〇式野砲や九四
15
式七十五粍戦車砲でも発射できるが、装薬︵発射薬︶の変更など様々
﹂
な理由でかなりの強装弾らしく、従来の砲で撃つとかなり無理がかか
るらしく磨耗や消耗が激しいらしいが⋮⋮
﹁そういえば、新型の〟高速徹甲弾〟はもう納品されたんですか
通称︻AP│HV︼あるいは︻APCR︼と略される日本としては
珍しい貫通力至上主義の純粋徹甲弾⋮⋮これまでの日本陸軍の徹甲
弾は、基本的には炸裂による副次的効果を狙った徹甲榴弾︵APHE︶
が基本だった。
無論、従来型の徹甲榴弾でも長砲身化の恩恵である砲口初速の増大
で貫通力はましているのだが、みほは大幅に対装甲貫通力があがりそ
うな新型砲弾の搭載を期待していた。
﹁いや。まだテストが十分とは言えなくてな⋮⋮未だ最適値を出し切
れんようだ﹂
首を横に振りながら細見は残念そうに答える。
︵ないものねだりしてもしょうがないか⋮⋮︶
そのあたりの事情は、戦場ではよくあることなのでわかっていた。
それに自分は砲弾開発スタッフではなく、戦車開発スタッフだと思
い直す。
﹁とりあえず現状で洗い出せる問題点は、この半年で全部洗い出した
﹂
つもりです。これ以上のプルーフィングや判断は、おそらくわたしだ
けでは無理です﹂
﹁どういう意味だい
とですよ。少将が用意してくださった戦車兵達は新型車両の試験を
任されるぐらいですから、誰もがとても優秀です⋮⋮﹂
この半年、一式中戦車のテスト・ドライバー達はみほ以外は全て何
度も入れ替わっていた。
逆に言えば専属テスターだったのはみほだけだったといえる。
みほは、
﹁きっと他の娘達は別部隊からのレンタルで、わたしだけが
16
?
﹁わたしは小隊長、もしくは車長としてしか戦場を知らないというこ
?
暇に見えたんだろうな∼﹂と思っていたが、実際にはそんなわけはな
い。
実は彼女以外の面々は、各部隊の将来を嘱望される︵テスト・ドラ
イバーとし使えるだけの︶凄腕という評判の若手装甲少女達が選抜さ
れて次々と送り込まれ、半ば研修としてこの場が使われているのだ。
実戦経験者の噂の天才女流戦車乗りから直々に戦車の何たるかを
伝授されるのだから、送り出す側から見ればこれほど美味しいことは
ない。
また、受け手側も美味しいのだ。一式戦車のエンド・ユーザーは彼
女達なので直に意見を聞けるのはありがたい。
それに若いわりに腕は立つと評判でも、若手である以上は戦車自体
への搭乗時間はまだ短いはずで、そういう戦車乗りの意見も貴重だ。
まだ試製の段階⋮⋮正確には問題点の洗い出しが終われば、先行量
産型はすぐ作れるだけの生産体制は既に一式中戦車は整っている。
ルー
17
本格量産された暁には、新規導入分だけじゃなく現行の九七式中戦
車や九八式重戦車はほぼ一式中戦車に置き換えられる予定だった。
つまり、新兵からベテラン戦車乗りまで一式を使う可能性があっ
た。
なら、取れるデータは多いほうがいいに決まってる。結局はWin
│Winの法則が成り立ち、知らぬはみほだけという具合だ。
﹁でも、戦場で無茶ができるかはわからない。望みもしないのに、無茶
も無理も強いられるのが戦場ですから﹂
﹂
﹁みほ君、君は一式が実戦で使えるどうかは〟戦場で無茶が出来る専
門家〟を用意してから判断しろと言うんだね
みほは頷き、
***
乗組員の助言が必要になってくるでしょう﹂
ク
ち込もうというのなら、こっから先は戦場での戦車の扱いを知ってる
﹁一式を日本だけで使うなら、今のままで十分です。ですが、戦場に持
?
その時、細見がなんと答えたのかは残念ながら記録に残っていな
い。
だが、数日後には半年会ってないだけなのに、おかしな位に懐かし
い面々と再会することになるのだが⋮⋮それは次回に取っておこう。
︵やはり、私の目に狂いはなかったな⋮⋮︶
細見は内心でそう満足げに笑っていた。
彼が最初にみほの名を着目したのは、かつての教え子⋮⋮〟西住虎
治郎〟から軍便で届いた軍機指定のスタンプが捺された分厚い封筒
を開けたときからだった。
その書類束を見たとき細見は眼を疑った。
そこには見たことも聞いたこともない機甲戦術と、ありえない戦果
⋮⋮何よりも斬新な試案が精密なイラスト入りで詰め込まれていた
のだ。
しかも、それを書いたのは大規模戦経験が初めての新米少尉⋮⋮二
18
十歳に満たぬ少女だというのだから一層驚きだ。
﹃果たして異能か天才か⋮⋮﹄
気が付くと彼はそう呟いていたという。
みほの考えたいくつかのアイデアは比較的簡単に実現でき、もう量
産プランが出来てる初期量産分の一式中戦車には間に合わないだろ
︶
うが、試験で効果が実証できれば一式の改良には盛り込めるだろう。
︵残りも︻三式︼用に検討してみるか
⋮⋮﹂と思いながらもコネを駆使して無事に彼女をゲットし、今に至
熾烈な獲得競争があったらしいが⋮⋮細見は﹁我ながら似合わないな
本人あずかり知らぬ事だがみほを欲しがる部署は多く、水面下では
かった︶の身になると聞くと彼女の獲得に動いた。
て一時的にフリー︵その時点で、特にみほから希望異動先は出ていな
1940年4月にみほが日本本国に帰還&所属する中隊が解散し
そうならないことは細見はよく判っていた。
︵みほ君がこのままテスターをずっと引き受けてくれればいいが︶
いを馳せる。
細見は一式の計画が終われば待ち構えている次なる戦車計画に思
?
る。
細見にはみほ⋮⋮実戦を潜り抜け、戦場の多くを機甲戦という観点
から知る優秀な戦車乗りがどうしても必要だった。
一式を可能な限り早期に﹁実戦投入レベル﹂で完成させるために。
だが、みほが手元におけるのは長くて本年度一杯だろう。
︵果たして間に合うか⋮⋮︶
一式の完成が⋮⋮もあるが、
﹂
﹁︻冬戦争︼に現れたという〟噂の怪物戦車〟が戦場に現れる前に、一
式は配備できるのか
細見の問いに答える者は、誰もいなかった。
19
?
﹂
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
﹁隊長⋮⋮
﹂
数日後、みほが試製一式中戦車が鎮座するハンガーで、技師や技官
と戦車技術論やイタリカ四方山話をネタに談笑してると、
﹁わわっ﹂
〟ぎゅっ〟
今日はやけに甘えん坊だね
唐突に黒猫が胸に飛び込んできた。
﹁麻子〟ちゃん〟、どうしたの
?
これまでの実績、軍歴と現階級︵曹長︶を鑑み10月1日付で少尉
集中講座を修了し、同時に准尉の階級資格を得る。
同年4月1日より短期士官養成コースを履修。9月30日で半年の
1940年3月31日付の遣イタリカ師団第6戦車中隊の解散後、
冷泉麻子
﹁んー、隊長分の補給。半年会えなかったから隊長分が大幅に欠乏﹂
頬ずりしながら、
麻子は豊満とはいえないが、確実に自分よりは重装甲なみほの胸に
〟すりすり〟
な少女、冷泉麻子だった。
よく見たら黒毛の仔猫ではなかった。それによく似た印象の小柄
?
冷 泉 殿 西 住 隊 長 の 独 り 占 め は ズ ル イ で あ り ま す っ
に昇進していた。
﹁あ ー っ
﹂
!
そのくせっ毛の少女は世界新でも出すような勢いでみほに駆け寄
秋山〟一等〟軍曹、ただ今帰参致しま
!
ると、
﹂
﹁西住隊長、お久しぶりです
した
!
20
!
!?
カーキ色の軍用背嚢を床に落とす音がハンガーに響く。
!!
〟ビシッ
〟と擬音が付きそうな敬礼を決める。
﹁お帰りなさい、優花里〟ちゃん〟。半年ぶりだね
﹂
﹂
すると優花里は半年会えなかったことも手伝って、涙ぐみながら感
激に打ち震え⋮⋮
﹁西住たいちょお⋮⋮秋山軍曹、突貫しますっ
〟ぎゅむ〟
***
みほだった。
忠犬と仔猫の頭を撫でながら、
﹁たはは﹂と困ったようにように笑う
﹁相手が将軍だろうとこれだけは譲れません﹂
﹁先任に譲れ﹂
﹁それは自分だって同じですって﹂
﹁断る。半年分の隊長分を補給してるんだ﹂
﹁冷泉殿、もうちょっと詰めてくださいよ∼﹂
﹁むっ⋮⋮狭い﹂
進試験にも合格し10月1日付で一等軍曹となる。
更に﹁大洗女子戦車学校﹂での待機任務中、様々な軍資格を取り昇
防衛線﹂などの功績で一階級昇進し4月1日付で二等軍曹に昇進。
優花里は軍歴の短さから原初の階級を三等軍曹とされ、﹁イタリカ
年4月1日より施行した。
大量動員に備え米陸軍を倣って下士官の階級細分化を決定、1940
大日本帝国陸軍は、近年の世界情勢の緊張や欧州での戦乱を鑑み、
秋山優花里
その突進に思わず倒れそうになるみほだが、なんとか耐えた。
﹁ととっ﹂
た。
予想できた展開だろうが、優花里は麻子に負けじとみほ抱きつい
!
﹁おお∼っ。みぽりんも相変わらずモッテモテだね∼♪ 女の子にだ
21
?
!
けど﹂
﹁ええ。日常が戻ってきたようでホッとしますわ。クスクス、わたく
しってばすっかり職業婦人であることが当たり前になってしまいま
したわ♪﹂
偶然なのか示し合わせてなのかはわからないが、二人揃って仲良く
入ってきたのは、人のことは言えない陽気な通信手の武部沙織に、少
なくても大和撫子系︵色々な意味で︶天然砲手の五十鈴華だ。
武部沙織
ヤ
ロー
日 本 へ の 帰 還 を 他 の 誰 よ り も イ タ リ カ の 老 若 を 問 わ な い 多 く の
穴
兄
弟
男性将兵共から心底惜しまれた。
有志一同で行われた送別会は非常に⋮⋮非常識なまでに盛り上がり、
沙織曰く﹁上からも前からも後ろからも中に出されすぎちゃって、お
腹がタポタポになっちゃったよ∼。あごは外れそうになるし。お尻
はしばらく広がったまんまだったし∼﹂という感じの伝説を﹃特地﹄に
22
残す。
第6中隊解散後は陸軍通信学校に入学。更なるキャリアアップを
目指しているらしい。
基本的にイタリカ防衛戦、特に敵司令部包囲殲滅戦の参加者の中
で、下士官以下は全員4月1日付で無条件で一階級昇進することに
なったので、現在の階級は三等軍曹。
五十鈴華
第6中隊解散後、有給を消化するために一時的に実家に戻り、しば
﹂と謎の言葉を残し失踪⋮⋮ではなく、
らくは生け花の師範代として腕をふるい静かなる日々を過ごしてい
たが⋮⋮
﹁華道は情熱と爆発ですわー
釈然としないのは何故だろう
それと職業軍人も確かに職業婦人の一つではあるのだが⋮⋮何か
沙織と同じ理由で、春から一階級昇進して三等軍曹となっていた。
として参加していた。
かねてより誘われていた知波単女子戦車学校に戦車砲撃の特別講師
!
?
ア ン コ ウ・ プ ラ ト ー ン
アンコウ01
かつての第6中隊第1小隊、小隊長車の面々⋮⋮かつての仲間が全
員集合したことを気が付いた麻子と優花里はかなり名残惜しそうに
みほから離れ、
﹁全員、整列﹂
妙にフラットだがよく通る声で最先任の麻子が号令をかける。
﹂
そして麻子、優花里、沙織、華の順で並び⋮⋮
﹁西住中尉に敬礼
﹂
﹁麻子さん、どうかな
﹂
﹁ほう⋮⋮九八式に比べればひどく運転し易いな﹂
た。
さて、再結成されたアンコウ01だが、翌日から早速活動を開始し
*******
*****************************
れたことを意味していたのだった。
そしてそれは、
﹁イタリカ最良の戦車チーム﹂の一つが、再び結成さ
そして四人の少女達の歓声がハンガーに響いた。
だね
﹁またみんなと一緒に仕事が出来て嬉しいよ♪ アンコウ01の復活
そしてニコッと彼女は微笑み、
﹁〟試製一式戦車〟専任試験士官としてみんなの着任を歓迎します﹂
みほは彼女達に敬礼で応じ、
た。
その姿は、やはり彼女達も帝国軍人だと思わせる凛とした姿だっ
!
﹁意図はわかった﹂
?
23
?
﹁ん
どういうこと
プ ラ ネ タ リー ギ ア
﹂
したほうがいいんじゃないか
同じことは操向装置にも言えるが
プの戦闘機動を繰り返すと性能劣化が激しい。素材をもう少し吟味
入は英断だと思うがスリーブの磨耗が少々早くて、特にゴー&ストッ
﹁動かし易いがミッションの切れが甘い。シンクロメッシュ構造の投
当然、ただ褒めちぎるわけもなく⋮⋮
だが、相手はあのアンコウ01に乗っていた少女達だ。
ム 最 初 の 感 触はまずまず好印象なものだった。
1stインプレッション
代表して麻子のテストランを抜粋してみたが、まずアンコウ・チー
***
的として組まれたのかもしれない﹂
許もだ。一式の操縦系は増員に備えて戦車操縦者の確保を最大の目
﹁加えて陸軍なら陸上を走る大半の免許を取れる。必要なら飛行機免
麻子は頷き、
に取らされるもんね﹂
﹁あー、基本的に軍に入っちゃえば、16歳以上なら普通免許は強制的
用されているのは、突き詰めてしまえばそういうことだと思う﹂
が軽くなっていたり、シンクロメッシュ式のトランスミッションが採
えばステアリングに油圧サーボのパワーアシストが入って操作入力
ば慣れるのにそう時間はかかるまい。操縦系はそういう配置だし、例
チ、ブレーキ、アクセル、ミッション⋮⋮自動車の運転経験さえあれ
できるように考えられているということだ。ステアリングにクラッ
﹁一式は、きっと自動車の運転に慣れた者をすぐに戦車操縦者に転向
?
します。あと、弾薬庫自体を防爆仕様にすることはできませんかね
付け加えるならあと今以上の大型砲を搭載するなら、装填補助装置
?
いいですが造りがちょっと華奢で、被弾の衝撃で落ちてきそうな気が
ないと思います。特に即応弾をしまいこんでる砲弾ラックは場所は
﹁装填手としてはそうですね⋮⋮弾薬庫の配置がちょっと効率的では
⋮⋮遊星歯車装置に若干のがたつきを感じるぞ﹂
?
24
?
がいるかもしれませんよ
﹂
ベ ン チ レー ター
⋮⋮ 主 砲 同 軸 の 武 2 式 機 関 銃 を ス
?
というか従来型の車載用作るくらいなら、新規で防振/防
無線学校の友達に聞いたら部品自
?
みたいだよ
﹂
体はもう日本企業が作り始めてるみたいだし、秋葉原にも出回ってる
を作ったほうがいいと思うよ
塵構造を使ったメタル管やミニチュア管使用の小型高性能の無線機
性かな
﹁通信手としては、そうだなぁ⋮⋮そもそも無線機が性能不足の信頼
と思いましけど﹂
ポッティング・ライフルと兼用するのや強制排煙機の搭載は悪くない
軸にした方が効率的なような
持ち腐れのよう気がします。それに照準機の安定化は1軸でなく2
込んだのはいいと思うのですけど、エンジンの震動が大きすぎて宝の
﹁砲手としては、砲だけでなく照準機にもジャイロ式安定装置を組み
?
が悪いですね
宝の持ち腐れにしたいなら止めませんが﹂
華﹁やりたいことはわかりますが震動で台無しです。あと色々効率
から実戦の使い勝手がわかってない人は⋮⋮﹂
優花里﹁人間工学や安全工学ってのがわかってませんね∼。これだ
麻子﹁造りが甘い。素材選別からやり直せ﹂
端的に纏めると、
これでも彼女達は丁寧に言っていた。
る専門家である。
流石は若くても戦場を経験し、さらに今も自分の得意分野を磨いて
ちなみにこれは一部である。
と盛大に駄目出しを始めた。
?
﹂
?
﹁わかった﹂
ブデン合金系の研究をやってるチームにも回すから﹂
﹁麻子さんの件は早急に改善要請出すよ。今、ニッケル合金系やモリ
そして、みほはこう纏める。
である。まさに技術者涙目の滅多切りであった。
新しく作ったほうが早いじゃん
沙織﹁いや、古いタイプの無線機ってあんま使えないから。いっそ
?
25
?
﹁弾薬庫や砲弾ラックのレイアウトや造りに関しては優花里さんが陣
頭指揮を。責任者はわたしの名義でいいから。防爆構造の弾薬庫と
﹂
装填補助装置に関してはすぐには無理だけど、アイデアはあるから後
全身全霊でアドバイスさせていただきます
でまとめておくよ﹂
﹁了解です
﹂
あるなら連絡とって欲しいんだけど⋮⋮﹂
﹁心当たりならあるよー。すぐに声をかけてみるね
人に心当たりある
﹁沙織さん、最新の小型真空管を用いた軍用無線機の設計できそうな
﹁心得ましたわ♪﹂
安定化の件は照準機開発グループ話を詰めて比較してみよう﹂
たりサブフレームを挟むことである程度は対処できると思う。2軸
早いかも。例えば、車体に搭載する接合部にラバーバッファーかまし
﹁華さんの件はむしろディーゼルの搭載方法自体から改善したほうが
!
***
きたような気がするが⋮⋮
というか、将来の日本戦車の命運に関わるようなことが何気に出て
やっぱりこの娘は何かが違う。
考え出すみほ⋮⋮
まるで立て板に水のようにスラスラと問題提起に対する対応策を
?
?
﹄を頭でわかっ
?
と思い知らされる。
みほ達を見ていると、自分ですらもまた既成概念にとらわれていた
う勇気がある﹂
われず、失敗を恐れず新しい技術に手を伸ばし、それを躊躇いなく使
﹁若いとは良いものだな。カビの生えた既存技術や古臭い慣例にとら
てるだけではなく、言うなれば肌で感じてるのも心強い︶
端ではないな⋮⋮それに何より﹃実戦で何が必要か
︵流石はみほ君が肝いりで連れてきた娘達だ。目の付け所や鋭さが半
見ていた。
しかし、そんなみほの姿を娘の活躍を見る父親のような顔で細見は
?
26
!
しかし、一教育者⋮⋮いや、一工学博士としてはこういうのも悪く
ないと思う。
閣下﹂
こういうことを繰り返しながら、人の技術は発展してきたのだか
ら。
﹁何を老け込んだようなことを言ってるんです
中からしか生まれない﹄そうですよ
﹂
新しいかわかりません。英国人に言わせれば﹃真なる革新は、伝統の
﹁〟温故知新〟という言葉もありますから。古きを知らなければ何が
﹁なに。率直な感想というものだよ﹂
た。
そう苦笑したのは、いつの間にか傍に来ていて敬礼するみほだっ
?
声をあげた。
﹂
﹂
﹁しかし、よろしいのですか
﹁何がだい
﹂
創生や創造より改善や改良
彼女の思いのほか〟保守的な〟台詞回しに、細見は楽しそうな笑い
の方が大抵は簡単に話が進みますから﹂
﹁そうであっても全否定はしませんよ
細見の切りかえしにみほは爽やかに微笑むと、
ることでもあるだろう
﹁それは古き伝統を再検証し、否定するところから新しい何かが始ま
?
?
﹂
たのだ。一日でも⋮⋮いや一秒でも早く︻試製一式中戦車︼から試製
き出し、この一式にフィードバックさせたいと願って君達を呼び寄せ
﹁私はみほ君の、いやみほ君と君の信じる仲間達のポテンシャルを引
細見はみほの頭を撫でながら、
だが、細見はどこにでもいるそんなタイプの人間ではなかった。
で怒鳴りつけて叱責するかもしれない。
確かにうるさ型の上司なら、みほの行動に眉を顰めるどころか大声
権行為にあたると思いますが
﹁わたしが先ほど行った行動は、一介のテスターとしては明らかな越
?
?
27
?
みほは神妙な顔をすると、
?
おやこ
の二文字を外し、戦場で走らせるという悲願を達成させるためにね﹂
その姿はまるで本当の父娘のようであったと、とある技師の手帳に
は後日書き記された。
結 構 じ ゃ な い か。ど ん ど ん 遠 慮 な く や り
﹁みほ君たちがその力を一式に全力で注ぐというなら、私に止める謂
れ は な い さ。越 権 行 為
なさい﹂
パ
ノ
ラ
﹂
マ
ミッ
ク・
ペ
リ
ス
コー
プ
スモークディスチャージャー
グンドラフ式戦車用回転全周鏡 〟 を 標 準 搭 載 す る じ ゃ な い で す か
﹁ああ﹂
品でしたっけ
﹂
︻ビッカース・タンク・ペリスコープMk.IV︼のライセンス生産
?
﹁一 式 っ て 英 国 戦 車 に な ら っ て 車 長 用 に 〟
続きを促す細見に、
﹁他には
載型の大型投光機が砲塔に欲しいですね﹂
サー チ ラ イ ト
﹁複数の発煙弾を同時発射できる専用の発 煙 弾 投 射 機と、夜戦用に車
﹁言ってみたまえ﹂
﹁なら、せっかくなのでおねだりしてみようかと﹂
みほは細見に釣られたように微笑んで、
?
が平凡な戦車として戦車史の片隅に残ったに違いない。そしてそれ
概念が抜け切らぬスタッフだけで仕上げた一式は、もとまってはいる
といえるだろう。もし、彼女がこの計画に加わらなければ、私と既存
していた時に西住みほ中尉︵当時︶と出会えたのは、まさに天の配剤
﹃もう軍人としてのピークを過ぎ、技官としても円熟期が終わろうと
文がある。
後年発見された故細見中将︵退役時の階級︶の手記には、こんな一
***
﹁はい♪﹂
﹁後でまとめて稟議書にして提出したまえ﹂
﹁あれにちょっとした改良を⋮⋮﹂
?
28
?
はおそらく、後に続く三式重戦車以降の車両もそうだった筈だ。そ
﹂と
29
う、戦後の子供向けの戦車本に﹁一式戦車はT│34のライバル
書かれる未来はなかったのかもしれない﹄
!
第 0 4 話 〟 カ レ リ ア よ り 友 愛 と 砲 弾 を こ め て E
arly1940〟
1940年3月13日、カレリア地峡、ソ連│フィンランド〟暫定
〟国境線付近
﹁はぁ⋮⋮もう戦争は終わりかぁ﹂
﹂と疑いたくなるぐら
まだ春の気配が届かないどころか、﹁どこかの妖怪が咲かない桜を
咲かせるために春を閉じ込めたんじゃないの
い 寒 く 凍 て つ い た 冬 景 色 の 中、ま だ 真 新 し い 〟 丸 っ こ い 戦 車 〟 の
キューポラから半身を乗り出した、ややツリ気味の瞳とショートボブ
のふわふわの金髪の組み合わせが妙に可愛い女の子が、小さな身体を
だらけさせていた。
いや、それにしてもホントに小さい。
オ モ チャ
もしかしたら⋮⋮いや、間違いなく140cmないだろう。
この世界でも〟ベリヤ〟がいたら真っ先に目を付けられ性玩具に
Federation of Soviet Socialist Republics
さ れ そ う だ が、 幸 い に し て 今 の 彼 女 の 故 国 ⋮⋮
︻ソ ビ エ ト 社 会 主 義 共 和 国 連 邦︼には、そのような変態
小男は政府上層部にいないようだ。
まあ、この〟新型戦車〟は設計局がコンパクトに作りたいばかりに
搭乗者の身長制限、
﹁160cm以下の人物が好ましい﹂としてしまっ
たため、この小さな女の子は能力さえかみ合えばまさにうってつけな
のかもしれない。
と い う よ り 日 本 語 表 記 は 同 じ だ が 英 語 表 記 が 史 実 と 違 う ソ 連 に、
︵日本を除く︶各国に比べても少女戦車乗りが多い理由は、そのあたり
が関係してそうだ。
昔からよく言われることだが、
﹁競馬の騎手、パイロット、戦車兵は
小さいほうがいい﹂らしい。
30
?
そのせいかソ連には女流パイロットが現時点でもかなりの数が存
在している。
ちなみに日本の戦車には一応、戦車乗りに身長制限がないが︵なん
せノッポで有名な西住虎治郎が乗れるくらいだ︶、女性のパイロット
も戦車乗りもソ連に負けず劣らず多く、軍全体の男女比率なら日本が
完勝してる。
日本の場合は産業構造の変化で優良な労働力としての成人男性の
需要が高まり、富国強兵はどこへやらの﹁国家の近代化の牽引、産業
の一助としての労働こそ男の本懐﹂という風潮が出来上がってしま
い、また躍進目覚しい産業界が﹃無職者、失業者、食い詰め者=志願
兵予備軍﹄の悉くを吸引し軍への志願者は激減した。
そのような現状では徴兵もやりにくいためにやむにやまれず志願
ウー マ ン リ ブ
枠を女性にも広げたという経緯であり、ソ連とは大分理由が異なる。
他国はもっと酷いもんで、
︻女性公民権運動への対策︼など政治的な
カヤ中尉の副官である〟ノンナ・テレジコーワ〟少尉だった。
少し解説すると〟カチューシャ〟はロシア語でポピュラーな女の
子の名前〟エカテリーナ〟の愛称であり、本来はエカテリーナと書く
べきかも知れないが表記の混乱を防ぐため、以後はエカテリーナ・ト
ハチェフスカヤをカチューシャと呼称する。
おそらくそれが紳士諸兄も見慣れた表記だろう。
﹁そりゃそうよ⋮⋮ノンナ、周りを見なさい﹂
31
理由やプロパガンダで女性を軍に入隊させる場合がほとんどだ。
そういう時代といわれればそれまでで、﹁女房とイタリア人に戦争
をさせる奴は⋮⋮﹂なんて軍隊慣用句がまかり通る。
﹂という疑問に、鋼鉄の分身を使って回答し
もっとも〟彼女〟にはそんなものは関係ない。
﹁女性が戦場で戦えるか
は。
?
そう声をかけてきたのは、中隊副長を務める名実共にトハチェフス
﹁〟カチューシャ〟様、ご機嫌斜めですね
﹂
続ける〟彼女〟、〟エカテリーナ・トハチェフスカヤ〟中尉にとって
?
戦車に乗れるギリギリの長身と流れるような黒髪、涼やかな目元が
﹂
印象的な彼女はカチューシャの言うとおり周囲を見回し、
﹁いつも通りですが
本来は清浄な雪と氷の世界のはずのそこは、今は〟地獄〟と形容で
きる風景が広がっていた。
あちこちで炎上するアメリカ、イギリス、今はかつての国の姿を
失ったポーランドとフランス、イタリアの戦車まである。
言うまでもなく全てが既に兵器としての価値を失い、kg辺りいく
らで取引される屑鉄としての価値しかないだろう。
そして、それらを操っていた者たちもまた人の姿を失い、
﹁かつて人
間と呼ばれた物体﹂となっていた。
も
の
大 体、相 手 が
そして、残骸から這い出てきた敵兵に戦利品であるフィンランド製
のスオミKP/│31短機関銃を構え、
こ
﹁カ チ ュ ー シ ャ は 射 的 じ ゃ な く て 狩 猟 が し た い の
の
子
﹂
!
の数、実に1000機だ。
他にも性能はともかくとして航空機も史実以上に数を揃えた。そ
していたのだ。
20倍近い約600両もの戦車をはじめとする装甲戦闘車両を用意
例えばそれは型遅れの軽戦車ばかりといえど、史実の戦車保有量の
装備を用意できていた。
史実と違いソ連と名を変えたロシアに対しフィンランドは、相応の
カチューシャの言うことは間違っていない。
チューシャは既に興味を無くしていた。
背 中 に 銃 弾 を 浴 び て 倒 れ る 無 駄 に で か い 背 丈 の ス オ ミ 人 に カ
逃げ出す敵兵に無造作に引き金を絞った。
新型戦車〟を借りてきた甲斐がないったらありゃしないわよ
こ
軽戦車ばっかりじゃ、せっかく﹃ミーシャ伯父さま﹄に無理言って〟
!
国際連盟からの追放のみが懲罰だった史実に比べると、英米はよほ
ど本気を出してフィンランドを支援したらしい。
***
32
?
だが、結果は変わらなかった。
簡単に言えばフィンランドは事実上敗北し、史実同様の条件を飲ま
ざる得なくなっていた。
なぜか
それはソ連の首班がスターリンではなくリヴォフ・ダヴィードヴィ
チ・トロツキーということも大きいだろう。
例えば、史実ではスターリンの大粛清によってその時代のソ連軍の
大佐以上の軍高級将校の七割近くが粛清されたというのだ。
その中にはミハエル・トハチェフスキーのような有能な軍人も大勢
いた。
しかし、軍とは良好な関係を築けていたトロツキーは無駄な粛清な
どしなかった。
無論、一切の粛清はしなかったとは言わない。
例えばレーニンの死の直前、スターリンが〟事故死〟した後に国家
の実権を握ったトロツキーは、かねてから調べ上げていたスターリン
とその腰巾着の悉くを一族郎党まとめて処刑してるのだ。
例えば、政治畑ではベリヤ、ポスティシェフ、コシオール、ルズター
クなどがあげられるし、GPUはヤゴーダやエジェフなどの危険因子
を真っ先に処刑、ヤゴーダ派のパウケル/モルチャーノフ/プロコー
フィエフ、エジェフ派のフリノフスキー/ザコーフスキー/ベールマ
ン/アグラーノフを次々と粛清し事実上の組織解体。
軍 人 で も ス タ ー リ ン と 昵 懇 だ っ た だ け で 出 世 し た だ け の 無 能 者
だったヴォロシーロフが真っ先に有無を言わさず処刑され、また政治
将校制度が全面的に廃止された。
余談ながら、おそらくこの世界で開発されるJS戦車シリーズやK
V戦車シリーズは、スターリンやヴォロシーロフとは無関係だろう。
お そ ら く は 開 発 責 任 者 の イ ニ シ ャ ル だ っ た り 単 な る 開 発 コ ー ド
だった可能性もある。
以上のようにトロツキーもかなり大掛かりな粛清はやったが、史実
のスターリンに比べるなら﹁子供の火遊び﹂程度のものであり、むし
33
?
ろ国内の不穏分子の大掃除と言える程度のものかもしれない。
ただトロツキー流の粛清効果も確かにあり、フィンランド人にとっ
ては残念なことに害毒や無能者を排除したソ連には、第一次世界大戦
とロシア革命の内戦を潜り抜けた歴戦の優秀な軍人が丸々残り、また
史実同様のジェーコフなどの優秀な若手も育ってきていた。
インテリゲンチャ全体はともかくとして、テクノクラートやビュー
ロクラートはむしろ優遇されてきたのだった。
結果としてこの有様だった。
史実の20倍の装甲戦闘車両と7倍の航空機を投入しても⋮⋮負
けたのだ。
いや、今のソ連軍相手に﹃史実と同程度の被害﹄で済んだのだから、
むしろ誉めるべきだろうか
参考までにいっておけば、ソ連は逆に史実に比べて投入した戦力は
﹃半分以下﹄で犠牲は1/4にも満たない。
シモン・ヘイへをはじめ多くのフィンランドの英雄が活躍したが、
それでも結果は変わらなかった。
そしてカチューシャの不機嫌の要因⋮⋮楽しい楽しい戦争の時間
が史実と同じ日付で終わろうとしているのも、ソ連が多大な犠牲を犠
牲をだしたのではなく﹁本来の目的︵フィンランドに突きつけた要求︶
を達成したのだから、これ以上の戦闘継続の意味は無い﹂という判断
だった。
***
はっきり言ってカチューシャは物足りなかった。
せっかく祖国が威信をかけて開発した最新鋭戦車群、脚が自慢の快
速戦車BT│7シリーズにカチューシャお気に入りのKV│1/K
V│2重戦車、何より⋮⋮
﹂と一目惚れした、
﹁本当に何のために〟この子〟⋮⋮〟T│34〟を持ってきたのかわ
からないわよ﹂
そう、彼女が﹁乗って戦うならこの戦車よねっ
!
34
?
歴史に名を残す名戦車の﹃T│34中戦車﹄なのだ。
せっかくまだ若いのに赤軍元帥やってる大大大好きな伯父さまに、
サンタコスまでしてものすごぉ∼く甘えて一晩中小さな肢体と幼い
器︵口や尻も含む︶でハッスルして、伯父さまの足腰立たなくしてか
らもぎ取ってきた、まだ工場で出来たばかりの最新の長砲身戦車砲
﹂
﹃F│34/76mm戦車砲﹄を装備したテストモデルなのに、
﹂
﹁T│34が戦うのに相応しい相手がいないじゃない
とまあこういう具合だ。
﹁それは最初からわかっていたことでしょう
!
戦争の最終日に、奪われた祖国
情報自体は間違っていなかった。確かにいたのは1個戦車中隊だ。
たけど⋮⋮﹂
﹁まあ、それを待ち伏せて一気に殲滅っていうのは確かに気分良かっ
だが、スオミ戦車乗りを待ち受けていたのは過酷な運命だった⋮⋮
だからこそ、なけなしの残存戦車群を投入したのだ。
た。
中隊しか護りに着いていない﹂という情報を意図的に流布してあっ
そして、フィンランド側には﹁この地区には、警備任務の1個戦車
攻勢にはそれなりの意味も正当性もあった。
有地域を基準とする﹂という文言が加わっていたため、この最終日の
しかし、﹁停戦後の国境線は3月13日午前零時時点での両軍の占
通達されていた。
そう、既に明日の3月13日には停戦がなることは決定し、両軍に
じゃないですか﹂
の領土を少しでも奪還しようと突撃してくるなんて⋮⋮健気でいい
﹁彼らはよくやったと思いますよ
ノンナは未だ燻る鋼鉄の残骸を見ながら、
﹁そうだけどさ⋮⋮でも、もうちょっと歯ごたえがあるって言うか﹂
しかも、この戦争で大分消耗してしまっているのだ。
られていた。
事前の調査でも、フィンランド軍にろくな戦車がないことは既に知
?
しかし、カチューシャは率いる最新鋭戦車ばかりで固められた︻特
35
?
設戦車試験中隊︼の15両で、囮と待ち伏せを巧に組み合わせた戦術
と性能差を生かし、その倍以上の⋮⋮数だけなら大隊規模と言ってい
い相手を完膚なきまで叩き伏せてしまったのだから。
後に︻冬戦争︼と呼ばれるこの戦いにおいて、フィンランド軍が行っ
た最後の機甲戦でソ連は⋮⋮いや、カチューシャは一方的な勝利を収
めていた。
敵の残存車両はなく、仮称カチューシャ中隊において故障以外の損
失車は皆無だった。
ル
シ
ン
キ
す る と い う な ら 最 後 ま で お
﹁フ ィ ン ラ ン ド 人 に 多 く を 求 め て は い け ま せ ん。そ れ と も い っ そ
ヘ
フィンランド首都 ま で 進 軍 し ま す か
つきあいしますけど﹂
﹂
心から信頼してる副官のノンナにこうまで言われてしまえば、さし
ものカチューシャも引くしかない。
いわゆる思考の戦術的撤退だ。
﹁ねえ、ノンナ⋮⋮次はどこだっけ
﹁確か遠征軍は休息や補給を行った後、一部が転戦。増援と合流しつ
﹂
つこのまま﹃バルト三国﹄への侵攻だったと思いますが⋮⋮いかがな
さいますか
海に面した南北縦に並ぶ三カ国で、北から順にエストニア、ラトビア、
リトアニアと並ぶ。
ソ連はドイツの内諾を得て、既にこの三カ国を手段を問わずに併合
し、衛星国化することを規定路線として決定していた。
﹁はぁ⋮⋮まっ、いっか。ノンナ、一旦祖国に戻るわよ﹂
実はカチューシャ達はあくまで、元帥の肝いりで﹁新型戦車の実戦
テスト﹂という名目で冬戦争に参戦していた。
試験部隊隊長のカチューシャが﹁試験は終わったわ。帰る﹂と言え
﹂
ばいつでもモスクワに帰還できるのだ。
﹁よろしいので
カチューシャは頷きながら、
?
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?
?
バルト三国とは、ちょうど地理的にフィンランドの下にあるバルト
?
﹁バルト三国に攻め入るまで、どうせ2ヶ月はかかるもの。その間に
レポートの提出やらなにやらをすませちゃうわ。でも、侵攻戦には
﹂
きっちり参加させてもらうけど﹂
﹁わざわざ戻ってきてですか
﹁フィンランド以上に碌な相手がいないと思うけど、まだ実戦データ
取りたいし。少なくとも地形ごとの行軍走行記録や対人戦のデータ
くらいは収集できるだろうから﹂
しかし、世は常に無常なものである。
結局、バルト三国は彼女が残念そうな口調で言っていた規模の戦闘
すら起きず、ほぼ無血でソ連の占領を受け入れた。
ちょうどその頃、パリはドイツ人の手により陥落していたのだった
⋮⋮
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?