装甲少女隊、北へ CODE1940 ID:71180

装甲少女隊、北へ CODE1940
ボストーク
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小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
︻あらすじ︼
1940年10月⋮⋮
﹃特地﹄、イタリカのあの戦いから1年、陸軍中尉へと昇進した西住みほは本国へ帰国し、
相変わらずの戦車漬けではあるが平穏な時を過ごしていた。
しかし、既に世界は再び戦乱の時代へと突入し、その戦禍の気配は徐々にみほの足元
にも近づいてくるのだった⋮⋮
この作品は、タグにもある作者の︻ゲート ガルパン・シリーズ︼の第二弾で、シリー
ズ第一作である︻祝☆劇場版公開記念
×
ガルパンにゲート成分を混ぜて﹃門﹄の開通
!
を100年以上早めてみた︼の後の時系列になるエピソードとなります。
異世界と現世を繋ぐ﹃門﹄が100年以上早く開いてしまったために、我々の歴史と
は違う歴史を歩まざるえなくなってしまった〟この世界〟の大日本帝国⋮⋮
そんな世界の中、学生ではなく一人の装甲将校としてみほ達はリアルの戦場を駆け抜
けます。
そして今回のシリーズ、親しき友と最強のライバルが登場
***
基本は中編程度の長さになると思います。
﹁あれ
俺、まだスランプ中︵以前からの作品が書けない状態︶じゃね
﹂
?
したが⋮⋮
前作のあとがきにサンプルを載せ、活動報告で正式にアンケートをとろうかと思いま
?
アイデアがまとまっていてプロットの完成度が最も高かったこの﹁CODE184
せっかく回答をくださった方には本当に申し訳ありません。
た。
と思い出しまして、ならいっそ今の自分に書けるものから書いていこうと思いまし
?
0﹂シリーズから始めさせていただきます。
あと、このシリーズはゲート要素がほとんどないのでご了承ください。
目 次 第01話 〟プロローグ1940 西住
〟 │
みほ中尉の場合〟 │││││││
第02話 〟テスターです
1
16
│││││││││││││││
こめて Early1940〟 │
45
第04話 〟カレリアより友愛と砲弾を
30
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
!
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合
さて、
﹁大洗女子﹂の出身者達が五体満足に本国へ戻ってきた直後に、再び欧州でで大
で聞いた。
その戦闘期間から︻冬戦争︼と呼ばれたその戦争の開戦も停戦も、みほ達はイタリカ
0日から1940年3月13日までの戦闘が続いた。
帰ってくる前にもソ連とフィンランドとの間で国境紛争が勃発、1939年11月3
た。
側から大日本帝国本国に帰国したのは、帝都に桜の花咲く1940年4月のことだっ
例えば、遣イタリカ師団の第6戦車中隊の面々が配置転換で﹃特地﹄、
﹃門﹄の向こう
きた。
様々な書物でこのような三通りのいずれか表記がされるこの年、様々なイベントがお
西暦1940年、皇紀2600年、あるいは昭和15年⋮⋮
〟
1
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合〟
2
きな動きがあった。
D r i t t e s R e i c h
かねてからアーダベルト・ヒットラー総統の退陣を求めていた英仏に対し、ドイツ
⋮⋮正確には〟ナチス第三帝国〟は武力によってそれに応えた。
そう、欧州西部への武力侵攻の開始⋮⋮ドイツは中立国であったデンマークとノル
ウェーに突如侵攻し占領したのだ。
翌月の5月10日ベルギーやオランダ、ルクセンブルクのベネルクス三国に侵攻して
占領。
だが、ドイツの猛攻と快進撃は止まらず、難攻不落と思われていた巨大地下要塞型防
衛線〟マジノ線〟を迂回し、侵攻不可能と言われていたアルデンヌ地方の深い森をあっ
さり突破した。
フランス政府は6月10日にパリの放棄を決定し、無防備都市化。
そしてイギリスは自国の兵士を欧州大陸から脱出させるためにダンケルクから大脱
走させねばならなくなった。いわゆる〟ダイナモ作戦〟である。
そしてドイツの勝ち馬に乗りたかったイタリアは英仏に宣戦布告するのだった。
実はこの時、ドイツは小さな綻びを生んでいた。
そう、戦力としては大きな期待の出来ないヘタリ⋮⋮失礼。イタリアに英仏への宣戦
布告を許してしまったことだ。
***
前作︻祝☆劇場版公開記念
を思い切り捻じ曲げられた。
ガルパンにゲート成分を混ぜて﹃門﹄の開通を100
する市民が集結する日比谷公園に突如開いた異界の入り口⋮⋮﹃門﹄により国家の命運
ゲート
〟この世界〟の日本は、1905年︵明治38年︶9月5日、ポーツマス条約に反対
年以上早めてみた︼の中で何度か言及しているが⋮⋮
!
あれだけ日清/日露戦争とあれだけ苦労して手に入れた大陸権益だったのに、日本流
決定したのだ。
結果として、日本は帝都奪還の戦力をかき集めるために大陸と半島からの全面撤退を
出来ず、次々と﹃門﹄から送り込まれる敵の増援を食い止めるのが精一杯だった。
ものにならぬくらいに貧弱な装備しか持たぬ当時の日本軍は組織的で効果的な対処は
しかし、日露戦争で疲弊しまた主力と呼ばれる部隊が外地におり、更には今とは比べ
いわゆる︻日比谷﹃門﹄異変︼だ。
に大量虐殺され、日比谷公園を中心に帝都の一部を占拠されてしまったのだ。
﹃門﹄外勢力、後に﹃特地﹄と呼ばれる世界からやってきた謎の軍勢により、市民は無残
3
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合〟
4
された血とかけた金をご破算にせねばならないほど切羽詰っていた。
天皇陛下がおわしますべき場所〟帝都〟が占領される⋮⋮陛下に危険だという理由
で吹上御所にご避難いただいたということが、どれほどの国辱であるのか⋮⋮
とはいえせっかくの大陸の権益。ついこの間まで戦争やってたというか⋮⋮条約締
結手続きやってる最中のロシアに渡したら、それこそ何の為の日露戦争なのかわからな
くなってしまう。
そのため、日本は泣く泣く自分が持っていた大陸権益を﹃委任統治﹄という形でアメ
リカに委譲することになる。
無論、無料で手渡すわけにも行かないので日露戦争で負った英国からの借金の肩代わ
りとその後の大陸への市場参入権とその際の税的優遇、またアメリカとの通商関連の譲
歩という代償を求めた。
はっきり言おう。そんなものは大国アメリカにとっては〟はした金〟であり、その程
度の出費で大陸権益が手に入るなら、安い物どころかまさに﹁棚から牡丹餅﹂だった。
そもそもアメリカがわざわざ日露戦争の仲介役なんて面倒な役回りを買って出たの
は、大陸の権益が欲しかったからだ。
それが僅かな出費で苦もなく日本から勝手に転がり込んできたのだから万々歳もい
いところだろう。当時の日本首脳部の忸怩たる思いとは裏腹に、急速に対日感情が良好
化するのは当然だろう。
無論、こんな情況で有らばこそ1910年の日韓併合なんて話は誰も考えすら及ば
ず、李氏朝鮮なんて隣国があったことは、日本人の誰もが忘れていった。
他にも第一世界大戦やら関東大震災やら、何回もの海軍軍縮条約やら、1924年の
英米の認識の違いが透けて見えるような気がするのが面白い。
締結された時代も違うし、アメリカは中立法があったりで色々理由はあるのだが⋮⋮
戦﹂となる攻撃的な〟双務的同盟〟
して対処にあたるり、どちらかの国が宣戦布告を一国からでも受けた場合、自動的に参
日米同盟↓﹁どちらかの国の領土が攻撃を受けた場合、自動的に味方陣営となり共同
上の責務を負わない﹂とする〟片務的同盟〟
日英同盟↓どちらかの国が﹁二つ以上の国から宣戦布告されない以上、片方は中立以
り違う。
更に言えば、日英同盟/日米同盟共に軍事同盟の性質を持つが、実は同盟内容がかな
つつ、更には〟日米同盟〟なるものまで組む流れになっていた。
ともかく、こんな歴史的背景があり、1940年現在の日本は日英同盟を未だ堅持し
バッ ク ボー ン
﹃日米砲弾/弾薬相互換協定﹄やら大きな流れはあるのだが⋮⋮
5
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合〟
6
***
話を1940年に戻すが⋮⋮
パリの陥落は残念だが、イギリスの待ち望んだイタリアの参戦により、日本はついに
対独/対伊戦に参戦が決定してしまったのだ。
そしてこの展開を﹁出来ればやめて欲しかったんだが⋮⋮﹂という諦めに似た心境で
ありながら読んでいた日本は、イタリアの英仏への宣戦布告の即日付けて既に出港準備
を終えて待機させていた︻遣英艦隊︼を出向させる。
それは巡洋戦艦2隻︵金剛、榛名︶+空母2隻︵天城、土佐︶を中核とする戦闘艦総
数36隻の中々の規模の艦隊で、赤城と加賀が近代化改修で入渠していた日本が機動的
に運用できる艦隊戦力の大半と言ってよかった。
2/巡洋戦艦
4/
基本、﹃特地﹄の戦いにはお呼びでない海軍の気合の入れ方がわかるというものだ。
×
×
6でしかない。不幸姉妹戦艦はとっくに退役&解体されていて、大和型は未
蛇足ながらこの時点での日本の海軍力は、戦艦 2/航空戦艦
正規空母
×
で後は古い船の代替である巡洋艦や駆逐艦ばかりだ。
だ思案すらできていない。今のところ海軍が建造しているのは、大物は翔鶴型空母2隻
×
つい最近、金剛型の代替となる〟新型巡洋戦艦〟の建造予算が承認されたばかりだ
が、これも前線に登場するのはかなり先だと思われている。
ともかく前作の冒頭で西住みほが言っていた、
戦車徽章と真新しい〟陸軍中尉〟の階級章を付けた少女、〟西住みほ〟はメンテナン
︵フランスの陥落に関しては、陸軍でもショックを受けてた人、けっこういたなー︶
***
相とするヴィシー政権が立った。
ランはカサブランカに逃亡中に事故死、親独中立を掲げるフィリポネソス・ペタンを首
フランスの現政権は解体され首班であったジャンポール・レノーやアルベール・ルフ
そして6月22日、フランスはついに事実上の降伏をする。
なかったかもしれないが⋮⋮
もっとも列強の一角に数えられるフランスが、こうもあっさり負けるとは誰も予想し
が形を変えて当たってしまったわけだ。
言っても、英仏は第三帝国に宣戦布告してるわけだし﹄
﹃だったらそのうち︵日本は︶巻き込まれるかもね。ポーランド救援の動きはないとは
7
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合〟
8
スのためバラバラにした自動拳銃の部品一つ一つを確かめながら、ぼんやりとそんなこ
とを考えていた。
無理はないと言えば無理はない。
第一次世界大戦の勝者であるフランスは兵器大国と見られていた。
現代日本人から見ると少し違和感があるかもしれないかもしれないが⋮⋮特に日本
陸軍人はその傾向が強く﹁戦車を開発したのがイギリスで、戦車を発展させたのがフラ
ンス﹂という見方が強い。
例えば今や当たり前になってる戦車の全周旋回砲塔だが、世界最初にそれを実用化し
て搭載したのは〟ルノーFT17軽戦車〟だし、〟ルノーB1重戦車〟は﹁多砲搭載の
重戦車の一つの到達点﹂と評された。〟ソミュアS35中戦車〟は鋳造工法を砲塔に取
り入れたり自動消火装置を装備していたりと近代的構造が自慢だった。
言うまでもなくこの三つは仏製で、世代は違うがどれも日本に結構な数が輸入され、
実戦部隊への配備のみならず各種実験や評価試験にも投入され、大きな影響を日本戦車
に与えていた。
だからイギリス同様にフランスの血統⋮⋮設計思想の影響を色濃く受けている日本
陸軍戦車関係者は大騒ぎになるわけだ。
他にも大砲の多くがフランス製のそれを原型にしているなんてのはよく聞く話だ。
﹁まあでも、フランスは戦車作りは上手くても集中運用や機動運用って戦術面の発想は
なかったから⋮⋮﹂
みほの見立てだと、フランスの陸戦での敗北は戦車の性能差ではなく、戦車を用いた
戦術の差だ。
実際、性能ならむしろフランス側に軍配が上がるとする研究者は多いのだ。
しかし、フランスはドイツの機甲師団に対し﹁難攻不落のマジノ線なら押さえられる、
木々生い茂るアルデンヌの森は抜けられない﹂と思い込んでいた。
﹂と
しかし、ドイツは﹁マジノ線が強固なら迂回すればいい。戦車には装甲や大砲だけ
じゃない。足の速さがある。森の中たって戦車が抜けられる隙間くらいあんだろ
考えた。
?
﹂
?
実際、みほだけでなく﹁戦車を実際に運用する側﹂の軍人は皆、今回のドイツの戦術
べきなのかな
こそ頭で、発想の転換とよく練り上げられた機甲戦術で大勝﹄したドイツを褒め称える
とができなかったドイツ⋮⋮歴史の皮肉を感じるよ。それともここは、﹃持たないから
⋮⋮それを見抜き、積極的に用いたのが旧敗戦国で性能でも数でも劣る戦車しか持つこ
上出来さ﹄であって、その兵器の戦場で用いた場合の真価や性質を見抜いていなかった
﹁結局、フランスは戦車や大砲はいいものが作れても、それはあくまで﹃工業品としての
9
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合〟
10
に非常に注目し、あらん限りの資料を集めて熱心に研究した。
イタリカの一連の戦いの功績が認められ、直属の上司である杏⋮⋮角谷中尉をはじ
め、兄やその上の階級の多くの装甲将校の推薦もあり、中尉に昇進︵他にも昇進したも
のは中隊でも多くいるが︶したみほの手元にもそのフランスを巡る戦いを示した資料は
既にいくつも回ってきており、彼女は紙がぼろぼろになるまで何度も何度も熟読してい
た。
実際、その書類は今も前任者から他の備品共々譲り受けた机の上においてある。
その傍らには、デスノー⋮⋮もとい。〟みほ☆のーと〟と可愛らしい丸文字で書か
れ、ついでに〟ボコボコにされた熊のぬいぐるみ〟のイラストまでおごられた大学ノー
トが、まるで対であるかのように鎮座している。
もっとも可愛い表紙に対して中身はみほが﹁フランス侵攻戦の報告書とその機甲戦﹂
の報告書を読みながら思いついたことや、自分なりの解釈あるいは考察を書き込んだメ
モでありかなりえげつない。
その散文形式で書かれたそれらをきっちり論文でまとめれば、それこそ〟機甲戦術の
デ
ス
ノー
ト
指南書〟になりそうなそれは、もしかしたらこれから彼女と対峙する敵にとって文字通
りの﹃死を呼ぶ帳面﹄になりかねないが⋮⋮
***
〟シャコン〟
みほはバラバラの状態から慣れた手つきで再び組み上げられた自動拳銃⋮⋮米コル
ト社製のM1911A1自動拳銃、通称︻コルト・ガヴァメント︼のスライドを引っ張
り、フレームとのかみ合わせの確認をしていた。
そう、もしかしたらお気づきの皆様もいらっしゃるかもしれないが⋮⋮このガヴァメ
ント、実は前作の最後の戦い︻敵司令部要員包囲戦︼において敵司令官、〟帝国〟貴族
?
しかし⋮⋮
製造番号が⋮⋮ない
?
らず、銃の個体を示す製造番号だけが綺麗に削られていた。
そう形をよく似せた密造銃とかではなく、刻印から何から全て純正品であるにも関わ
﹃あれ
﹄
なんせ国内ではまだまだ高額で取引されてる輸入品なわけだし。
うから、せめて形見として遺族に返そうとした。
みほは先ずガヴァメントの本来の持ち主⋮⋮は敵将が持ってた以上は死んでるだろ
しかし、この拳銃には少々胡散臭いものがあった。
︻ヘルム・フレ・マイオ子爵︼から奪った戦利品なのである。
11
わざわざ〟帝国〟側の人間がそんな面倒する理由もないし、何より消し跡から見てヤ
スリの手作業でなくマイクロ・グラインダーかなんかで削られたものだ。
なら〟帝国〟側に渡る以前、本来の持ち主が所有してた頃からそうだったと考えるべ
きであろう。
そうする理由は、
こまれたオリジナルの木製グリップまではお約束だ。
易いアルミ製のワイド・トリガー、そして彼女の手にぴたりとフィットするように削り
より扱い易い形状の物に交換されたハンマーや3ホール・タイプの指がかかり易く引き
ド・リリース・レバーにセイフティ・レバー、それにマガジンキャッチ・ボタンの導入。
トや手の小さなみほが扱い易いように延長されて滑り止めに形状も変えられたスライ
素早い照準が出来て見やすい3ドット・タイプのフィクスド・フロント&リア・サイ
オリジナルのままというわけでは当然なく、かなりの改造が施されている。
﹁うんうん。パーツの合いもいいみたい♪﹂
ただ、ガンマニアのケがあるみほ所有となった以上は、
そういうわけで、今は戦利品としてみほの手元にあった。
他に理由が思いつかなかった。
﹃出元や持ち主を特定されたくない⋮⋮だろうな﹄
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合〟
12
マガジン
更に今回は新作部品、弾倉の挿入をしやすくするガイド〟ワイド・マガジンウェル〟
も装着してみた。
無論、全ては銃本隊と同じ〟艶消し加工の黒色︽マットフィニッシュ・ブラック︾〟
で色を統一させていた。
ガ ン ス ミ ス
これらの部品全てがオーダー品で、
﹁まるで最初からそういう拳銃だったか﹂のような
統一感のある見栄えから、西住家御用達の鉄砲職人がいかにいい仕事をしたかを物語っ
ていた。
みほには﹁ドワーフに似た印象のオッサンが、いい笑顔でサムズアップ﹂してる姿が
目に見えるような気がした。
少ない自由時間をやりくりして、どうにか〟みほスペシャル〟を組み上げたのだ。
んで調整する時間が取れなかった。
実は注文していた部品が届いたのはもう二週間も前だったのだが、忙しく中々組み込
予備弾倉と一緒にホルスターごとあまり肉付きの良くない細い身体に巻きつける。
オーダーで作らせたショルダーホルスターに入れ、椅子から立ち上がると拳銃を二つの
みほは改造ガヴァメント、仮称〟ガヴァメント・みほスペシャル〟をこれまたフル
﹁さてと⋮⋮﹂
13
︶
これから早速、楽しみにしていた試し撃ちを洒落込もうと思っていたのだが⋮⋮
〟Knock Knock〟
唐突に扉がノックされた。
みほは顔を顰めそうになるのを努力して抑える。
︵お楽しみの前に邪魔が入るのは、もしかして神の摂理かなんかなのかな
お約束過ぎる展開に小さく溜息を突いて、入室を促した。
﹂
?
﹁そう﹂
﹁いえ。一式のハンガーでお待ちしてます﹂
﹁〟細見〟少将は、校長室
ほそみ
みほはホルスターの上から上着を纏い、伍長に先導されて部屋を出る。
﹁わかったわ。今行く﹂
﹁西住中尉殿、〟校長先生〟がお呼びです。︻一式中戦車︼の改善点でお話があると﹂
なくするが、名前は覚えてない少女だった。
入室し敬礼したのは伍長の階級章をつけた見慣れない⋮⋮いや顔を見た気はなんと
﹁失礼します﹂
?
﹁はい。空いてますよ﹂
第01話 〟プロローグ1940 西住みほ中尉の場合〟
14
兵舎⋮⋮いや、それともこの場合は〟校舎〟か
バ ト ル・ オ ブ・ ブ リ テ ン
1940年︵昭和15年︶10月中旬。〟東京オリンピック〟から早2ヶ月⋮⋮
軍立︻富士機甲学校︼校長、細見忠雄少将が待つハンガーへと足を向けた。
ほ そ み・た だ お
みほはまだ正式には〟試製〟の頭文字が外れていない一式中戦車と大日本帝国陸軍
⋮⋮
10月の日差しの照らされたその霊峰の姿は、威厳よりただただ美しさを感じられた
そこを出ると日本を象徴する大山、富士山の威容がみほの目に飛び込んでくる。
?
し
か
そして、この年の戦争はまだまだ用意されているということを。
イベント
まだ1940年という年はあと2ヶ月以上も残ってるということを⋮⋮
だが、彼女は未だ気が付かない。
正直、自分が欧州で戦車を操る姿が上手く創造出来ない。
とはいえ、欧州の戦争は今のみほには遠い世界の出来事だ。
そう遠くない将来、ドイツの︻英国本土侵攻作戦︼は頓挫するに違いない。
あ
いかにドイツ空軍が精強でも、航空機もパイロットも有限だ。
ル フ ト バッ フェ
には英国有利の情況が続いている。
︻英国本土防空戦︼が未だ決着を見ないが、天城と土佐の航空部隊の奮戦もあり、全体的
15
第02話 〟テスターです
〟
!
ナ ショ ナ ル セ ン ター
ゆえに富士の裾野、樹海のすぐ傍に日本国内としては破格の広大な演習地があてがわ
なのだ。
要するに陸軍は富士機甲学校を、
﹁陸軍の機甲戦の複合研究施設﹂として使う腹積もり
戦略までを研究の対象としている。
無論、それら物品だけでなく戦車などを用いた機甲戦術や戦術を用いる作戦立案から
の一本まで研究/開発を目的とする機関としても期待されている。
最大の目的であるが、同時に機甲戦に必要な装備⋮⋮大は戦車から小は必要ならばネジ
ら整備兵まで包括して育成︵つまり既存の戦車学校と機甲整備学校の包括︶することが
基本的には機甲装備と新しい時代の戦術である機甲戦に対応できる人材を戦車兵か
応するために新設された陸軍でも指折りの規模を誇る最新施設だ。
近年の陸上兵力の急速な自動車機動化/装甲化、総じて言うところの〟機甲化〟に対
︻富士機甲学校︼
第02話 〟テスターです!〟
16
れていた。
戦車や装甲兵車、自走砲などの戦闘車両導入に加え近接航空支援まで入ったことによ
る戦場の高速化や各種砲の長射程化により、これだけの広大な試験場が必要と判断され
たのだろう。
実際、みほは徒歩ではなく陸軍カラーのトヨダABRで敷地内を移動していた。
運転については問題ない。みほが動かせるのは戦車だけでなく、自動車の運転免許は
普通に持ってるし︵というか軍に入ったら学生だろうがなんだろうが強制的に運転免許
証は取らされる︶、自分でも﹃MG│J2﹄という英国製2シーターのライトウエイト・
スポーツカーを所有していて、普段はそれを足にしていた。
普通は一介の中尉ごときが買える値段の車ではないのだが、戦場の言動かなりアレで
もみほは一応、熊本の名門西住家のお嬢様なのだ。
かなり忘れられがちな事実ではあるが⋮⋮
みほはその敷地の一角に立つ戦車用の整備ハンガーの前に車を止め、中へ入ると一人
の男性の前で教本の通りの敬礼を決める。
ど確かに巷で﹁軍人というより学者のよう﹂と評されるだけのことはある。
その〟次世代の日本陸軍の主力〟を担うはずの戦車を前に佇む壮年の男⋮⋮なるほ
﹁西住中尉、出頭しました﹂
17
ほ そ み・た だ お
軍服よりも今のような白衣姿の方が様になる男性、〟細見忠雄〟陸軍少将は柔和な表
情で、
学校の教授として就任。
戦車学校〟の立ち上げメンバーとなり初期の教官を務め、また遅れて開校した陸軍機甲
その後、教育畑に入り1922年に開校した日本最初の本格的機甲学校である〟千葉
またこの時期に自動車工学の博士号を取ったようだ。
た軍人の一人に現大日本帝国陸軍の機甲総監である〟酒井勇次〟中将がいる。
ト戦車の技術解析を行い、日本における戦車の第一人者となる。この時、同じ研究をし
終戦を欧州で迎え帰国後すぐに、輸入したてホヤホヤのルノーFT軽戦車やホイペッ
う立場で戦車をはじめとする新世代兵器の威力をまざまざと見せ付けられる。
陸軍少将。第一次世界大戦において欧州で日本参戦前から駐在武官/観戦武官とい
細見忠雄
***
微笑みながら返礼をした。
﹁やあ、よく来たね。みほ君﹂
第02話 〟テスターです!〟
18
そして現在、1934年開校のこの陸軍の誇る大規模統合機甲学校、富士機甲学校の
開校時から校長として就任している。
校長であると同時に戦車研究者としての看板も捨てておらず、例えば目の前にあるま
だ試製という二文字を正式には頭からはずされていない︻一式中戦車︼も彼が計画当時
から研究者の一人として関わってきたものだった。
教育者であると同時に技術者達の纏め役という役回りが期待される富士機甲学校校
昨日乗ってみた感想は
﹂
長という立ち位置は、細見にうってつけと言えるかもしれない。
﹁どうかね
?
間人というより軍属というべきだろうか
一喜一憂してるんだろ
︶
︵毎度のこととはいえ、なんでこんな小娘⋮⋮出世したてホヤホヤの新米中尉の言葉に
そんな彼ら/彼女らが小さくガッツポーズを決めるのを、みほは見逃さなかった。
?
民間の研究者⋮⋮まあ戦車などの開発関連企業の技師達だから、厳密に言えば純粋な民
開発と試験が行えるのが富士機甲学校の特徴である以上、ここは他の軍施設に比べて
のが実感できます﹂
﹁ええ。ちゃんと前の課題がきちんと修正されてて、一日一日完成に近づいていってる
?
19
?
みほの最近の日課⋮⋮というより、日本本国へ帰国してからの日常は、この富士機甲
学校でひたすら〟試製一式中戦車〟を乗り回し、車長という立場から荒地を走らせ、主
砲を撃たせ、戦場でやるたいていのことをシミュレートを行うことだった。
みほが研究者/開発者からのオーダーに応えるように戦車を走らせ、レポートを書い
て戦車動作を外から観察/計測していた技官/技師たちに渡し、彼女のレポートをはじ
め様々な角度の資料を検証/検討し実車にフィードバックさせる。
それをまたみほが乗って⋮⋮の繰り返しだ。
それをもう半年も続けている。
もともと、西住の一族は戦車を酷使する、言い方を変えれば戦車の限界性能を引き出
すことで有名な一族だ。
﹂
というより﹃自家用戦車﹄なんてふざけた物をしかも複数所有する家なんて、日本で
もそうそうないだろう。
曰く、
である。そんな評判を聞いて、きっとみほのことだから、
﹁え∼。凄いのはお母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃんで、わたしはいたって普通だよ
とでも言い出すに違いない。
?
﹃決して雑には扱わないが、荒っぽくは扱う連中﹄
第02話 〟テスターです!〟
20
21
なにせみほのの自己評価は致命的なまでに低いのだから。
しかし、である。
帝国陸軍内部での彼女の⋮⋮あのイタリカの激戦で最前線で戦い続け、最後のハイラ
イト﹃敵野戦司令部追撃/包囲殲滅戦﹄をほぼ独力で、それも短時間で練り上げた少女
の評価が低いわけはない。
第三命令、
しかも彼女は実質的に戦車中隊を率い、最後は夜の森に潜むという奇策で敵の残存部
隊に止めを刺したのだ。
!
﹄は、﹁近年稀に見る苛烈な命令﹂として軍内に広まっている。
みほが最後に発した発令、
﹃第一命令、蹂躙セヨ 第二命令、蹂躙セヨ
蹂躙セヨッ
!
それにしても本人が聞いたら卒倒しそうな内容だ。
などと囁かれていたりするのだ。
蹂躙し、圧倒的な火力で勝利に嗤う〟
〟その身体は装甲板でできている。血潮は燃料、心は炸薬。敗北という文字を履帯で
違いではないが⋮⋮︶〟
〟死神をスポンサーにつけている︵ロゥリィ・マーキュリーがいる以上、あながち間
〟西住家の中でもっとも戦闘に特化した存在〟
なので、西住みほという新米中尉は⋮⋮
!!
そんな評判のみほだからこそ、この一式戦車のブラッシュアップに呼ばれたのだが。
本人無自覚のようだが、実は彼女の意見は辛辣というよりは的確かつシビアで、技術
﹂だった︶が、その分頼りにになるとも認
者達を凹ますことも多い︵何しろ最初に試製一式中戦車に乗った時の感想が﹁なんか優
等生っぽくてか弱い感じのする戦車ですね
識されていた。
***
そう問いかける細見に、みほは⋮⋮
﹁みほ君、そろそろ一式は実戦で使えそうかね
﹂
つまるところ、みほは自分の評判をよく判っていなかった。
?
?
溶接が全面的に取り入れられた車体も悪くない。これで戦車のどこに敵砲弾が命中
にくそうな印象があった。
避弾経始がよく考えられた丸みを帯びたなだらかな物で、みほから見ても中々貫通され
製造労力をの減少と強度の確保の双方をこなす︵ただし重いが︶全鋳造工法の砲塔は、
みほは即座に細見の問いには答えず、試製一式戦車を見上げながらそう考える。
︵素性はいい戦車なんだよね⋮⋮︶
第02話 〟テスターです!〟
22
リベット
しても衝撃で折れた鉄鋲が車内を跳ね回ることはないだろう。
それに車体正面もしっかり傾斜装甲が導入されているのもいい。
エンジンはついに大量生産が始まった九〇式統制型発動機AL型ディーゼル︵V型1
2気筒、412馬力︶で、トランス・ミッションはコンスタントロード型シンクロメッ
シュ機構の前進4段/後進1段の最新の物、操向装置は油圧サーボアシストが入った二
重差動式遊星歯車型クラッチ・ブレーキ方式で、従来の延長線上にある技術だけあって
信頼性が高いはず。
無論、その分だけ⋮⋮みほ達が﹃特地﹄で乗っていた九八式重戦車より強力になった
分だけ重量もあるが、足回りも一番形式の新しい九七式中戦車の正常進化版のようなも
のを乗っけてるし、履帯は九八式重戦車と同じ幅広の500mmタイプだから大丈夫だ
ろう。
噂では新型砲弾は薬莢のサイズは同じで、従来の九〇式野砲や九四式七十五粍戦車砲
るために強化されてると聞く。
ことに成功し、クロームメッキ処理された内部や薬室自体も強装の新型徹甲弾に対応す
砲自体が合金配合の見直しや製法の改良で、大きな重量増をさせずに長砲身化させる
おそらくは〟一〇〇式長七十五粍戦車砲〟と名づけられる予定の砲だ。
︵そして主砲は最新型長砲身の75mm45口径長軽量砲⋮⋮︶
23
でも発射できるが、装薬︵発射薬︶の変更など様々な理由でかなりの強装弾らしく、従
﹂
来の砲で撃つとかなり無理がかかるらしく磨耗や消耗が激しいらしいが⋮⋮
た。
いるのだが、みほは大幅に対装甲貫通力があがりそうな新型砲弾の搭載を期待してい
無論、従来型の徹甲榴弾でも長砲身化の恩恵である砲口初速の増大で貫通力はまして
果を狙った徹甲榴弾︵APHE︶が基本だった。
主義の純粋徹甲弾⋮⋮これまでの日本陸軍の徹甲弾は、基本的には炸裂による副次的効
通称︻AP│HV︼あるいは︻APCR︼と略される日本としては珍しい貫通力至上
﹁そういえば、新型の〟高速徹甲弾〟はもう納品されたんですか
?
以上のプルーフィングや判断は、おそらくわたしだけでは無理です﹂
﹁とりあえず現状で洗い出せる問題点は、この半年で全部洗い出したつもりです。これ
それに自分は砲弾開発スタッフではなく、戦車開発スタッフだと思い直す。
そのあたりの事情は、戦場ではよくあることなのでわかっていた。
︵ないものねだりしてもしょうがないか⋮⋮︶
首を横に振りながら細見は残念そうに答える。
﹁いや。まだテストが十分とは言えなくてな⋮⋮未だ最適値を出し切れんようだ﹂
第02話 〟テスターです!〟
24
﹁どういう意味だい
﹂
?
見を聞けるのはありがたい。
また、受け手側も美味しいのだ。一式戦車のエンド・ユーザーは彼女達なので直に意
ら、送り出す側から見ればこれほど美味しいことはない。
実戦経験者の噂の天才女流戦車乗りから直々に戦車の何たるかを伝授されるのだか
してこの場が使われているのだ。
だけの︶凄腕という評判の若手装甲少女達が選抜されて次々と送り込まれ、半ば研修と
実は彼女以外の面々は、各部隊の将来を嘱望される︵テスト・ドライバーとし使える
うな∼﹂と思っていたが、実際にはそんなわけはない。
みほは、
﹁きっと他の娘達は別部隊からのレンタルで、わたしだけが暇に見えたんだろ
逆に言えば専属テスターだったのはみほだけだったといえる。
いた。
この半年、一式中戦車のテスト・ドライバー達はみほ以外は全て何度も入れ替わって
も優秀です⋮⋮﹂
用意してくださった戦車兵達は新型車両の試験を任されるぐらいですから、誰もがとて
﹁わたしは小隊長、もしくは車長としてしか戦場を知らないということですよ。少将が
25
それに若いわりに腕は立つと評判でも、若手である以上は戦車自体への搭乗時間はま
だ短いはずで、そういう戦車乗りの意見も貴重だ。
まだ試製の段階⋮⋮正確には問題点の洗い出しが終われば、先行量産型はすぐ作れる
だけの生産体制は既に一式中戦車は整っている。
本格量産された暁には、新規導入分だけじゃなく現行の九七式中戦車や九八式重戦車
はほぼ一式中戦車に置き換えられる予定だった。
つまり、新兵からベテラン戦車乗りまで一式を使う可能性があった。
なら、取れるデータは多いほうがいいに決まってる。結局はWin│Winの法則が
成り立ち、知らぬはみほだけという具合だ。
﹂
?
しょう﹂
ルー
なら、こっから先は戦場での戦車の扱いを知ってる乗組員の助言が必要になってくるで
ク
﹁一式を日本だけで使うなら、今のままで十分です。ですが、戦場に持ち込もうというの
みほは頷き、
から判断しろと言うんだね
﹁みほ君、君は一式が実戦で使えるどうかは〟戦場で無茶が出来る専門家〟を用意して
るのが戦場ですから﹂
﹁でも、戦場で無茶ができるかはわからない。望みもしないのに、無茶も無理も強いられ
第02話 〟テスターです!〟
26
***
その時、細見がなんと答えたのかは残念ながら記録に残っていない。
だが、数日後には半年会ってないだけなのに、おかしな位に懐かしい面々と再会する
ことになるのだが⋮⋮それは次回に取っておこう。
気が付くと彼はそう呟いていたという。
﹃果たして異能か天才か⋮⋮﹄
だというのだから一層驚きだ。
しかも、それを書いたのは大規模戦経験が初めての新米少尉⋮⋮二十歳に満たぬ少女
な試案が精密なイラスト入りで詰め込まれていたのだ。
そこには見たことも聞いたこともない機甲戦術と、ありえない戦果⋮⋮何よりも斬新
その書類束を見たとき細見は眼を疑った。
届いた軍機指定のスタンプが捺された分厚い封筒を開けたときからだった。
彼が最初にみほの名を着目したのは、かつての教え子⋮⋮〟西住虎治郎〟から軍便で
細見は内心でそう満足げに笑っていた。
︵やはり、私の目に狂いはなかったな⋮⋮︶
27
みほの考えたいくつかのアイデアは比較的簡単に実現でき、もう量産プランが出来て
︶
る初期量産分の一式中戦車には間に合わないだろうが、試験で効果が実証できれば一式
の改良には盛り込めるだろう。
︵残りも︻三式︼用に検討してみるか
1940年4月にみほが日本本国に帰還&所属する中隊が解散して一時的にフリー
そうならないことは細見はよく判っていた。
︵みほ君がこのままテスターをずっと引き受けてくれればいいが︶
細見は一式の計画が終われば待ち構えている次なる戦車計画に思いを馳せる。
?
だが、みほが手元におけるのは長くて本年度一杯だろう。
一式を可能な限り早期に﹁実戦投入レベル﹂で完成させるために。
車乗りがどうしても必要だった。
細見にはみほ⋮⋮実戦を潜り抜け、戦場の多くを機甲戦という観点から知る優秀な戦
て無事に彼女をゲットし、今に至る。
あったらしいが⋮⋮細見は﹁我ながら似合わないな⋮⋮﹂と思いながらもコネを駆使し
本人あずかり知らぬ事だがみほを欲しがる部署は多く、水面下では熾烈な獲得競争が
得に動いた。
︵その時点で、特にみほから希望異動先は出ていなかった︶の身になると聞くと彼女の獲
第02話 〟テスターです!〟
28
︵果たして間に合うか⋮⋮︶
一式の完成が⋮⋮もあるが、
﹂
?
細見の問いに答える者は、誰もいなかった。
か
﹁︻冬戦争︼に現れたという〟噂の怪物戦車〟が戦場に現れる前に、一式は配備できるの
29
﹂
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
﹁隊長⋮⋮
タリカ四方山話をネタに談笑してると、
〟ぎゅっ〟
今日はやけに甘えん坊だね
?
唐突に黒猫が胸に飛び込んできた。
﹁麻子〟ちゃん〟、どうしたの
﹂
数日後、みほが試製一式中戦車が鎮座するハンガーで、技師や技官と戦車技術論やイ
!
﹁んー、隊長分の補給。半年会えなかったから隊長分が大幅に欠乏﹂
麻子は豊満とはいえないが、確実に自分よりは重装甲なみほの胸に頬ずりしながら、
〟すりすり〟
だった。
よく見たら黒毛の仔猫ではなかった。それによく似た印象の小柄な少女、冷泉麻子
?
﹁わわっ﹂
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
30
冷泉麻子
1940年3月31日付の遣イタリカ師団第6戦車中隊の解散後、同年4月1日より
短期士官養成コースを履修。9月30日で半年の集中講座を修了し、同時に准尉の階級
資格を得る。
﹂
秋山〟一等〟軍曹、ただ今帰参致しました
〟と擬音が付きそうな敬礼を決める。
﹂
﹂
これまでの実績、軍歴と現階級︵曹長︶を鑑み10月1日付で少尉に昇進していた。
西住隊長の独り占めはズルイでありますっ
!!
冷泉殿
〟ビシッ
﹁西住隊長、お久しぶりです
!
そのくせっ毛の少女は世界新でも出すような勢いでみほに駆け寄ると、
カーキ色の軍用背嚢を床に落とす音がハンガーに響く。
﹁あーっ
!
﹂
!
﹁ととっ﹂
予想できた展開だろうが、優花里は麻子に負けじとみほ抱きついた。
〟ぎゅむ〟
﹁西住たいちょお⋮⋮秋山軍曹、突貫しますっ
すると優花里は半年会えなかったことも手伝って、涙ぐみながら感激に打ち震え⋮⋮
﹁お帰りなさい、優花里〟ちゃん〟。半年ぶりだね
?
!
!
!?
31
その突進に思わず倒れそうになるみほだが、なんとか耐えた。
秋山優花里
大日本帝国陸軍は、近年の世界情勢の緊張や欧州での戦乱を鑑み、大量動員に備え米
陸軍を倣って下士官の階級細分化を決定、1940年4月1日より施行した。
優花里は軍歴の短さから原初の階級を三等軍曹とされ、
﹁イタリカ防衛線﹂などの功績
で一階級昇進し4月1日付で二等軍曹に昇進。
更に﹁大洗女子戦車学校﹂での待機任務中、様々な軍資格を取り昇進試験にも合格し
10月1日付で一等軍曹となる。
忠犬と仔猫の頭を撫でながら、﹁たはは﹂と困ったようにように笑うみほだった。
﹁相手が将軍だろうとこれだけは譲れません﹂
﹁先任に譲れ﹂
﹁それは自分だって同じですって﹂
﹁断る。半年分の隊長分を補給してるんだ﹂
﹁冷泉殿、もうちょっと詰めてくださいよ∼﹂
﹁むっ⋮⋮狭い﹂
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
32
***
天然砲手の五十鈴華だ。
武部沙織
い。
兄
弟
ロー
第6中隊解散後は陸軍通信学校に入学。更なるキャリアアップを目指しているらし
説を﹃特地﹄に残す。
あごは外れそうになるし。お尻はしばらく広がったまんまだったし∼﹂という感じの伝
も前からも後ろからも中に出されすぎちゃって、お腹がタポタポになっちゃったよ∼。
有志一同で行われた送別会は非常に⋮⋮非常識なまでに盛り上がり、沙織曰く﹁上から
穴
惜しまれた。
日本への帰還を他の誰よりもイタリカの老若を問わない多くの男性将兵共から心底
ヤ
人のことは言えない陽気な通信手の武部沙織に、少なくても大和撫子系︵色々な意味で︶
偶然なのか示し合わせてなのかはわからないが、二人揃って仲良く入ってきたのは、
職業婦人であることが当たり前になってしまいましたわ♪﹂
﹁ええ。日常が戻ってきたようでホッとしますわ。クスクス、わたくしってばすっかり
﹁おお∼っ。みぽりんも相変わらずモッテモテだね∼♪ 女の子にだけど﹂
33
基本的にイタリカ防衛戦、特に敵司令部包囲殲滅戦の参加者の中で、下士官以下は全
員4月1日付で無条件で一階級昇進することになったので、現在の階級は三等軍曹。
五十鈴華
第6中隊解散後、有給を消化するために一時的に実家に戻り、しばらくは生け花の師
﹂と謎の言葉を残し失踪⋮⋮ではなく、かねてより誘われ
範代として腕をふるい静かなる日々を過ごしていたが⋮⋮
﹁華道は情熱と爆発ですわー
何故だろう
ア ン コ ウ・ プ ラ ト ー ン
アンコウ01
それと職業軍人も確かに職業婦人の一つではあるのだが⋮⋮何か釈然としないのは
沙織と同じ理由で、春から一階級昇進して三等軍曹となっていた。
ていた知波単女子戦車学校に戦車砲撃の特別講師として参加していた。
!
﹂
そして麻子、優花里、沙織、華の順で並び⋮⋮
妙にフラットだがよく通る声で最先任の麻子が号令をかける。
﹁全員、整列﹂
気が付いた麻子と優花里はかなり名残惜しそうにみほから離れ、
かつての第6中隊第1小隊、小隊長車の面々⋮⋮かつての仲間が全員集合したことを
?
﹁西住中尉に敬礼
!
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
34
その姿は、やはり彼女達も帝国軍人だと思わせる凛とした姿だった。
みほは彼女達に敬礼で応じ、
﹁〟試製一式戦車〟専任試験士官としてみんなの着任を歓迎します﹂
そしてニコッと彼女は微笑み、
そして四人の少女達の歓声がハンガーに響いた。
﹁またみんなと一緒に仕事が出来て嬉しいよ♪ アンコウ01の復活だね
さて、再結成されたアンコウ01だが、翌日から早速活動を開始した。
﹂
************************************
ていたのだった。
そしてそれは、
﹁イタリカ最良の戦車チーム﹂の一つが、再び結成されたことを意味し
?
35
﹂
﹁ほう⋮⋮九八式に比べればひどく運転し易いな﹂
﹁麻子さん、どうかな
どういうこと
﹁意図はわかった﹂
﹁ん
﹂
?
?
き詰めてしまえばそういうことだと思う﹂
くなっていたり、シンクロメッシュ式のトランスミッションが採用されているのは、突
う配置だし、例えばステアリングに油圧サーボのパワーアシストが入って操作入力が軽
⋮⋮自動車の運転経験さえあれば慣れるのにそう時間はかかるまい。操縦系はそうい
られているということだ。ステアリングにクラッチ、ブレーキ、アクセル、ミッション
﹁一式は、きっと自動車の運転に慣れた者をすぐに戦車操縦者に転向できるように考え
?
***
縦系は増員に備えて戦車操縦者の確保を最大の目的として組まれたのかもしれない﹂
﹁加えて陸軍なら陸上を走る大半の免許を取れる。必要なら飛行機免許もだ。一式の操
麻子は頷き、
ね﹂
﹁あー、基本的に軍に入っちゃえば、16歳以上なら普通免許は強制的に取らされるもん
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
36
1stインプレッション
代表して麻子のテストランを抜粋してみたが、まずアンコウ・チーム 最 初 の 感 触はま
ずまず好印象なものだった。
だが、相手はあのアンコウ01に乗っていた少女達だ。
当然、ただ褒めちぎるわけもなく⋮⋮
同じことは操向装置
?
﹂
付け加えるならあと今以上の大型砲を搭載するなら、装填補助装置がい
るかもしれませんよ
?
照準機の安定化は1軸でなく2軸にした方が効率的なような
⋮⋮主砲同軸の武2式
思うのですけど、エンジンの震動が大きすぎて宝の持ち腐れのよう気がします。それに
﹁砲手としては、砲だけでなく照準機にもジャイロ式安定装置を組み込んだのはいいと
?
ませんかね
弾の衝撃で落ちてきそうな気がします。あと、弾薬庫自体を防爆仕様にすることはでき
特に即応弾をしまいこんでる砲弾ラックは場所はいいですが造りがちょっと華奢で、被
﹁装填手としてはそうですね⋮⋮弾薬庫の配置がちょっと効率的ではないと思います。
にも言えるが⋮⋮遊星歯車装置に若干のがたつきを感じるぞ﹂
プ ラ ネ タ リー ギ ア
が激しい。素材をもう少し吟味したほうがいいんじゃないか
がスリーブの磨耗が少々早くて、特にゴー&ストップの戦闘機動を繰り返すと性能劣化
﹁動かし易いがミッションの切れが甘い。シンクロメッシュ構造の投入は英断だと思う
37
?
ベ ン チ レー ター
機関銃をスポッティング・ライフルと兼用するのや強制排煙機の搭載は悪くないと思い
ましけど﹂
という
?
ア管使用の小型高性能の無線機を作ったほうがいいと思うよ 無線学校の友達に聞
か従来型の車載用作るくらいなら、新規で防振/防塵構造を使ったメタル管やミニチュ
﹁通信手としては、そうだなぁ⋮⋮そもそも無線機が性能不足の信頼性かな
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
38
いだよ
﹂
いたら部品自体はもう日本企業が作り始めてるみたいだし、秋葉原にも出回ってるみた
?
華﹁やりたいことはわかりますが震動で台無しです。あと色々効率が悪いですね
宝の持ち腐れにしたいなら止めませんが﹂
?
手がわかってない人は⋮⋮﹂
優花里﹁人間工学や安全工学ってのがわかってませんね∼。これだから実戦の使い勝
麻子﹁造りが甘い。素材選別からやり直せ﹂
端的に纏めると、
これでも彼女達は丁寧に言っていた。
流石は若くても戦場を経験し、さらに今も自分の得意分野を磨いてる専門家である。
ちなみにこれは一部である。
と盛大に駄目出しを始めた。
?
﹂
沙織﹁いや、古いタイプの無線機ってあんま使えないから。いっそ新しく作ったほう
が早いじゃん
そして、みほはこう纏める。
である。まさに技術者涙目の滅多切りであった。
?
﹁了解です
全身全霊でアドバイスさせていただきます
﹂
!
﹁沙織さん、最新の小型真空管を用いた軍用無線機の設計できそうな人に心当たりある
﹁心得ましたわ♪﹂
てみよう﹂
る程度は対処できると思う。2軸安定化の件は照準機開発グループ話を詰めて比較し
ば、車体に搭載する接合部にラバーバッファーかましたりサブフレームを挟むことであ
﹁華 さ ん の 件 は む し ろ デ ィ ー ゼ ル の 搭 載 方 法 自 体 か ら 改 善 し た ほ う が 早 い か も。例 え
!
理だけど、アイデアはあるから後でまとめておくよ﹂
はわたしの名義でいいから。防爆構造の弾薬庫と装填補助装置に関してはすぐには無
﹁弾薬庫や砲弾ラックのレイアウトや造りに関しては優花里さんが陣頭指揮を。責任者
﹁わかった﹂
究をやってるチームにも回すから﹂
﹁麻子さんの件は早急に改善要請出すよ。今、ニッケル合金系やモリブデン合金系の研
39
あるなら連絡とって欲しいんだけど⋮⋮﹂
﹁心当たりならあるよー。すぐに声をかけてみるね
るが⋮⋮
***
﹂
しかし、そんなみほの姿を娘の活躍を見る父親のような顔で細見は見ていた。
?
というか、将来の日本戦車の命運に関わるようなことが何気に出てきたような気がす
やっぱりこの娘は何かが違う。
まるで立て板に水のようにスラスラと問題提起に対する対応策を考え出すみほ⋮⋮
?
?
﹄を頭でわかってるだけではなく、言うなれば肌で
?
る。
みほ達を見ていると、自分ですらもまた既成概念にとらわれていたと思い知らされ
れず新しい技術に手を伸ばし、それを躊躇いなく使う勇気がある﹂
﹁若いとは良いものだな。カビの生えた既存技術や古臭い慣例にとらわれず、失敗を恐
感じてるのも心強い︶
それに何より﹃実戦で何が必要か
︵流石はみほ君が肝いりで連れてきた娘達だ。目の付け所や鋭さが半端ではないな⋮⋮
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
40
しかし、一教育者⋮⋮いや、一工学博士としてはこういうのも悪くないと思う。
閣下﹂
こういうことを繰り返しながら、人の技術は発展してきたのだから。
﹁何を老け込んだようなことを言ってるんです
﹂
せん。英国人に言わせれば﹃真なる革新は、伝統の中からしか生まれない﹄そうですよ
﹁〟温故知新〟という言葉もありますから。古きを知らなければ何が新しいかわかりま
﹁なに。率直な感想というものだよ﹂
そう苦笑したのは、いつの間にか傍に来ていて敬礼するみほだった。
?
41
﹂
?
創生や創造より改善や改良の方が大抵は簡単
?
﹂
﹁しかし、よろしいのですか
﹁何がだい
?
﹂
?
彼女の思いのほか〟保守的な〟台詞回しに、細見は楽しそうな笑い声をあげた。
に話が進みますから﹂
﹁そうであっても全否定はしませんよ
細見の切りかえしにみほは爽やかに微笑むと、
ろう
﹁それは古き伝統を再検証し、否定するところから新しい何かが始まることでもあるだ
?
みほは神妙な顔をすると、
﹂
﹁わたしが先ほど行った行動は、一介のテスターとしては明らかな越権行為にあたると
思いますが
細見はみほの頭を撫でながら、
だが、細見はどこにでもいるそんなタイプの人間ではなかった。
責するかもしれない。
確かにうるさ型の上司なら、みほの行動に眉を顰めるどころか大声で怒鳴りつけて叱
?
おやこ
結構じゃないか。どんどん遠慮なくやりなさい﹂
?
﹁なら、せっかくなのでおねだりしてみようかと﹂
みほは細見に釣られたように微笑んで、
行為
﹁みほ君たちがその力を一式に全力で注ぐというなら、私に止める謂れはないさ。越権
た。
その姿はまるで本当の父娘のようであったと、とある技師の手帳には後日書き記され
せるためにね﹂
早く︻試製一式中戦車︼から試製の二文字を外し、戦場で走らせるという悲願を達成さ
フィードバックさせたいと願って君達を呼び寄せたのだ。一日でも⋮⋮いや一秒でも
﹁私はみほ君の、いやみほ君と君の信じる仲間達のポテンシャルを引き出し、この一式に
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
42
﹁言ってみたまえ﹂
﹂
が砲塔に欲しいですね﹂
﹁他には
続きを促す細見に、
?
スモークディスチャージャー
ノ
ラ
マ
ミッ
ク・
ペ
リ
ス
コー
プ
サー チ ラ イ ト
︻ビッカース・タンク・ペリスコープMk.IV︼のライセンス
?
﹂
?
﹃もう軍人としてのピークを過ぎ、技官としても円熟期が終わろうとしていた時に西住
後年発見された故細見中将︵退役時の階級︶の手記には、こんな一文がある。
***
﹁はい♪﹂
﹁後でまとめて稟議書にして提出したまえ﹂
﹁あれにちょっとした改良を⋮⋮﹂
﹁ああ﹂
生産品でしたっけ
するじゃないですか
﹁一式って英国戦車にならって車長用に〟グンドラフ式戦車用回転全周鏡〟を標準搭載
パ
﹁複数の発煙弾を同時発射できる専用の発 煙 弾 投 射 機と、夜戦用に車載型の大型投光機
43
第03話 〟あんこう、再結成です♪〟
44
みほ中尉︵当時︶と出会えたのは、まさに天の配剤といえるだろう。もし、彼女がこの
計画に加わらなければ、私と既存概念が抜け切らぬスタッフだけで仕上げた一式は、も
とまってはいるが平凡な戦車として戦車史の片隅に残ったに違いない。そしてそれは
﹂と書かれる未来はなかったのかもしれな
おそらく、後に続く三式重戦車以降の車両もそうだった筈だ。そう、戦後の子供向けの
戦車本に﹁一式戦車はT│34のライバル
い﹄
!
第04話 〟カレリアより友愛と砲弾をこめて Ear
﹂と疑いたくなるぐらい寒く凍てついた冬景色の中、まだ
?
この世界でも〟ベリヤ〟がいたら真っ先に目を付けられ性玩具にされそうだが、幸い
オ モ チャ
もしかしたら⋮⋮いや、間違いなく140cmないだろう。
いや、それにしてもホントに小さい。
けさせていた。
ショートボブのふわふわの金髪の組み合わせが妙に可愛い女の子が、小さな身体をだら
真新しい〟丸っこい戦車〟のキューポラから半身を乗り出した、ややツリ気味の瞳と
を閉じ込めたんじゃないの
まだ春の気配が届かないどころか、﹁どこかの妖怪が咲かない桜を咲かせるために春
﹁はぁ⋮⋮もう戦争は終わりかぁ﹂
1940年3月13日、カレリア地峡、ソ連│フィンランド〟暫定〟国境線付近
ly1940〟
45
第04話 〟カレリアより友愛と砲弾をこめて Early1940〟
46
Federation of Soviet Socialist Republics
にして今の彼女の故国⋮⋮︻ソ ビ エ ト 社 会 主 義 共 和 国 連 邦︼には、そのよ
うな変態小男は政府上層部にいないようだ。
まあ、この〟新型戦車〟は設計局がコンパクトに作りたいばかりに搭乗者の身長制
限、
﹁160cm以下の人物が好ましい﹂としてしまったため、この小さな女の子は能力
さえかみ合えばまさにうってつけなのかもしれない。
というより日本語表記は同じだが英語表記が史実と違うソ連に、
︵日本を除く︶各国に
比べても少女戦車乗りが多い理由は、そのあたりが関係してそうだ。
昔からよく言われることだが、
﹁競馬の騎手、パイロット、戦車兵は小さいほうがいい﹂
らしい。
そのせいかソ連には女流パイロットが現時点でもかなりの数が存在している。
ちなみに日本の戦車には一応、戦車乗りに身長制限がないが︵なんせノッポで有名な
西住虎治郎が乗れるくらいだ︶、女性のパイロットも戦車乗りもソ連に負けず劣らず多
く、軍全体の男女比率なら日本が完勝してる。
日本の場合は産業構造の変化で優良な労働力としての成人男性の需要が高まり、富国
強兵はどこへやらの﹁国家の近代化の牽引、産業の一助としての労働こそ男の本懐﹂と
いう風潮が出来上がってしまい、また躍進目覚しい産業界が﹃無職者、失業者、食い詰
め者=志願兵予備軍﹄の悉くを吸引し軍への志願者は激減した。
そのような現状では徴兵もやりにくいためにやむにやまれず志願枠を女性にも広げ
ウー マ ン リ ブ
たという経緯であり、ソ連とは大分理由が異なる。
他国はもっと酷いもんで、
︻女性公民権運動への対策︼など政治的な理由やプロパガン
ダで女性を軍に入隊させる場合がほとんどだ。
そういう時代といわれればそれまでで、
﹁女房とイタリア人に戦争をさせる奴は⋮⋮﹂
なんて軍隊慣用句がまかり通る。
﹂という疑問に、鋼鉄の分身を使って回答し続ける〟彼女〟、
もっとも〟彼女〟にはそんなものは関係ない。
﹁女性が戦場で戦えるか
﹁〟カチューシャ〟様、ご機嫌斜めですね
﹂
おそらくそれが紳士諸兄も見慣れた表記だろう。
ぐため、以後はエカテリーナ・トハチェフスカヤをカチューシャと呼称する。
リーナ〟の愛称であり、本来はエカテリーナと書くべきかも知れないが表記の混乱を防
少し解説すると〟カチューシャ〟はロシア語でポピュラーな女の子の名前〟エカテ
ある〟ノンナ・テレジコーワ〟少尉だった。
そう声をかけてきたのは、中隊副長を務める名実共にトハチェフスカヤ中尉の副官で
?
〟エカテリーナ・トハチェフスカヤ〟中尉にとっては。
?
47
﹁そりゃそうよ⋮⋮ノンナ、周りを見なさい﹂
戦車に乗れるギリギリの長身と流れるような黒髪、涼やかな目元が印象的な彼女はカ
﹂
チューシャの言うとおり周囲を見回し、
?
31短機関銃を構え、
らありゃしないわよ
﹂
こ
の
子
こ
も
の
大体、相手が軽戦車ばっかりじゃ、
せっかく﹃ミーシャ伯父さま﹄に無理言って〟新型戦車〟を借りてきた甲斐がないった
﹁カチューシャは射的じゃなくて狩猟がしたいの
!
そして、残骸から這い出てきた敵兵に戦利品であるフィンランド製のスオミKP/│
体﹂となっていた。
そして、それらを操っていた者たちもまた人の姿を失い、﹁かつて人間と呼ばれた物
鉄としての価値しかないだろう。
言うまでもなく全てが既に兵器としての価値を失い、kg辺りいくらで取引される屑
フランス、イタリアの戦車まである。
あちこちで炎上するアメリカ、イギリス、今はかつての国の姿を失ったポーランドと
ていた。
本来は清浄な雪と氷の世界のはずのそこは、今は〟地獄〟と形容できる風景が広がっ
﹁いつも通りですが
第04話 〟カレリアより友愛と砲弾をこめて Early1940〟
48
!
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逃げ出す敵兵に無造作に引き金を絞った。
背中に銃弾を浴びて倒れる無駄にでかい背丈のスオミ人にカチューシャは既に興味
を無くしていた。
カチューシャの言うことは間違っていない。
史実と違いソ連と名を変えたロシアに対しフィンランドは、相応の装備を用意できて
いた。
例えばそれは型遅れの軽戦車ばかりといえど、史実の戦車保有量の20倍近い約60
0両もの戦車をはじめとする装甲戦闘車両を用意していたのだ。
他にも性能はともかくとして航空機も史実以上に数を揃えた。その数、実に1000
機だ。
国際連盟からの追放のみが懲罰だった史実に比べると、英米はよほど本気を出して
フィンランドを支援したらしい。
***
だが、結果は変わらなかった。
簡単に言えばフィンランドは事実上敗北し、史実同様の条件を飲まざる得なくなって
第04話 〟カレリアより友愛と砲弾をこめて Early1940〟
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いた。
なぜか
軍人でもスターリンと昵懇だっただけで出世しただけの無能者だったヴォロシーロ
スキー/ベールマン/アグラーノフを次々と粛清し事実上の組織解体。
ウケル/モルチャーノフ/プロコーフィエフ、エジェフ派のフリノフスキー/ザコーフ
れるし、GPUはヤゴーダやエジェフなどの危険因子を真っ先に処刑、ヤゴーダ派のパ
例えば、政治畑ではベリヤ、ポスティシェフ、コシオール、ルズタークなどがあげら
めて処刑してるのだ。
ロツキーは、かねてから調べ上げていたスターリンとその腰巾着の悉くを一族郎党まと
例えばレーニンの死の直前、スターリンが〟事故死〟した後に国家の実権を握ったト
無論、一切の粛清はしなかったとは言わない。
しかし、軍とは良好な関係を築けていたトロツキーは無駄な粛清などしなかった。
その中にはミハエル・トハチェフスキーのような有能な軍人も大勢いた。
将校の七割近くが粛清されたというのだ。
例えば、史実ではスターリンの大粛清によってその時代のソ連軍の大佐以上の軍高級
いうことも大きいだろう。
それはソ連の首班がスターリンではなくリヴォフ・ダヴィードヴィチ・トロツキーと
?
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フが真っ先に有無を言わさず処刑され、また政治将校制度が全面的に廃止された。
余談ながら、おそらくこの世界で開発されるJS戦車シリーズやKV戦車シリーズ
は、スターリンやヴォロシーロフとは無関係だろう。
おそらくは開発責任者のイニシャルだったり単なる開発コードだった可能性もある。
以上のようにトロツキーもかなり大掛かりな粛清はやったが、史実のスターリンに比
べるなら﹁子供の火遊び﹂程度のものであり、むしろ国内の不穏分子の大掃除と言える
程度のものかもしれない。
ただトロツキー流の粛清効果も確かにあり、フィンランド人にとっては残念なことに
害毒や無能者を排除したソ連には、第一次世界大戦とロシア革命の内戦を潜り抜けた歴
戦の優秀な軍人が丸々残り、また史実同様のジェーコフなどの優秀な若手も育ってきて
いた。
インテリゲンチャ全体はともかくとして、テクノクラートやビューロクラートはむし
ろ優遇されてきたのだった。
結果としてこの有様だった。
史実の20倍の装甲戦闘車両と7倍の航空機を投入しても⋮⋮負けたのだ。
いや、今のソ連軍相手に﹃史実と同程度の被害﹄で済んだのだから、むしろ誉めるべ
きだろうか
?
参考までにいっておけば、ソ連は逆に史実に比べて投入した戦力は﹃半分以下﹄で犠
牲は1/4にも満たない。
シモン・ヘイへをはじめ多くのフィンランドの英雄が活躍したが、それでも結果は変
わらなかった。
そしてカチューシャの不機嫌の要因⋮⋮楽しい楽しい戦争の時間が史実と同じ日付
で終わろうとしているのも、ソ連が多大な犠牲を犠牲をだしたのではなく﹁本来の目的
名戦車の﹃T│34中戦車﹄なのだ。
そう、彼女が﹁乗って戦うならこの戦車よねっ ﹂と一目惚れした、歴史に名を残す
﹁本当に何のために〟この子〟⋮⋮〟T│34〟を持ってきたのかわからないわよ﹂
リーズにカチューシャお気に入りのKV│1/KV│2重戦車、何より⋮⋮
せっかく祖国が威信をかけて開発した最新鋭戦車群、脚が自慢の快速戦車BT│7シ
はっきり言ってカチューシャは物足りなかった。
***
い﹂という判断だった。
︵フィンランドに突きつけた要求︶を達成したのだから、これ以上の戦闘継続の意味は無
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!
せっかくまだ若いのに赤軍元帥やってる大大大好きな伯父さまに、サンタコスまでし
てものすごぉ∼く甘えて一晩中小さな肢体と幼い器︵口や尻も含む︶でハッスルして、伯
父さまの足腰立たなくしてからもぎ取ってきた、まだ工場で出来たばかりの最新の長砲
﹂
身戦車砲﹃F│34/76mm戦車砲﹄を装備したテストモデルなのに、
とまあこういう具合だ。
﹁T│34が戦うのに相応しい相手がいないじゃない
﹂
﹁彼らはよくやったと思いますよ 戦争の最終日に、奪われた祖国の領土を少しでも
ノンナは未だ燻る鋼鉄の残骸を見ながら、
﹁そうだけどさ⋮⋮でも、もうちょっと歯ごたえがあるって言うか﹂
しかも、この戦争で大分消耗してしまっているのだ。
事前の調査でも、フィンランド軍にろくな戦車がないことは既に知られていた。
﹁それは最初からわかっていたことでしょう
?
!
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あった。
る﹂という文言が加わっていたため、この最終日の攻勢にはそれなりの意味も正当性も
しかし、﹁停戦後の国境線は3月13日午前零時時点での両軍の占有地域を基準とす
そう、既に明日の3月13日には停戦がなることは決定し、両軍に通達されていた。
奪還しようと突撃してくるなんて⋮⋮健気でいいじゃないですか﹂
?
そして、フィンランド側には﹁この地区には、警備任務の1個戦車中隊しか護りに着
いていない﹂という情報を意図的に流布してあった。
だからこそ、なけなしの残存戦車群を投入したのだ。
だが、スオミ戦車乗りを待ち受けていたのは過酷な運命だった⋮⋮
た。
するというなら最後までおつきあいしますけど﹂
?
ル
シ
ン
キ
心から信頼してる副官のノンナにこうまで言われてしまえば、さしものカチューシャ
進軍しますか
﹁フィンランド人に多くを求めてはいけません。それともいっそフィンランド首都まで
ヘ
敵の残存車両はなく、仮称カチューシャ中隊において故障以外の損失車は皆無だっ
でソ連は⋮⋮いや、カチューシャは一方的な勝利を収めていた。
後に︻冬戦争︼と呼ばれるこの戦いにおいて、フィンランド軍が行った最後の機甲戦
数だけなら大隊規模と言っていい相手を完膚なきまで叩き伏せてしまったのだから。
15両で、囮と待ち伏せを巧に組み合わせた戦術と性能差を生かし、その倍以上の⋮⋮
しかし、カチューシャは率いる最新鋭戦車ばかりで固められた︻特設戦車試験中隊︼の
情報自体は間違っていなかった。確かにいたのは1個戦車中隊だ。
﹁まあ、それを待ち伏せて一気に殲滅っていうのは確かに気分良かったけど⋮⋮﹂
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も引くしかない。
いわゆる思考の戦術的撤退だ。
﹁ねえ、ノンナ⋮⋮次はどこだっけ
﹂
﹂
?
﹂
?
﹁バルト三国に攻め入るまで、どうせ2ヶ月はかかるもの。その間にレポートの提出や
カチューシャは頷きながら、
﹁よろしいので
ワに帰還できるのだ。
試験部隊隊長のカチューシャが﹁試験は終わったわ。帰る﹂と言えばいつでもモスク
目で冬戦争に参戦していた。
実はカチューシャ達はあくまで、元帥の肝いりで﹁新型戦車の実戦テスト﹂という名
﹁はぁ⋮⋮まっ、いっか。ノンナ、一旦祖国に戻るわよ﹂
ことを規定路線として決定していた。
ソ連はドイツの内諾を得て、既にこの三カ国を手段を問わずに併合し、衛星国化する
に並ぶ三カ国で、北から順にエストニア、ラトビア、リトアニアと並ぶ。
バルト三国とは、ちょうど地理的にフィンランドの下にあるバルト海に面した南北縦
三国﹄への侵攻だったと思いますが⋮⋮いかがなさいますか
﹁確か遠征軍は休息や補給を行った後、一部が転戦。増援と合流しつつこのまま﹃バルト
?
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らなにやらをすませちゃうわ。でも、侵攻戦にはきっちり参加させてもらうけど﹂
﹂
?
ちょうどその頃、パリはドイツ人の手により陥落していたのだった⋮⋮
無血でソ連の占領を受け入れた。
結局、バルト三国は彼女が残念そうな口調で言っていた規模の戦闘すら起きず、ほぼ
しかし、世は常に無常なものである。
くとも地形ごとの行軍走行記録や対人戦のデータくらいは収集できるだろうから﹂
﹁フィンランド以上に碌な相手がいないと思うけど、まだ実戦データ取りたいし。少な
﹁わざわざ戻ってきてですか
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