柴胡桂枝乾姜湯による薬剤性肺炎の 1 例 - 日本呼吸器学会

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日呼吸会誌
49(9)
,2011.
●症 例
柴胡桂枝乾姜湯による薬剤性肺炎の 1 例
今井 陽平1)2) 森本 耕三1)
吉森 浩三1)
倉島 篤行1)
工藤 翔二1)
尾形 英雄1)
要旨:症例:68 歳女性.7 月 24 日より冷え症に対して柴胡桂枝乾姜湯が処方された.8 月 4 日より乾性咳
嗽,発熱を自覚し,近医で鎮咳薬,解熱剤が処方されたが改善せず,8 日呼吸困難を自覚し当院に救急搬送
された.胸部 CT 上,両肺野に広範にスリガラス陰影を認め,急性呼吸不全状態であった.血液検査所見,
気管支肺胞洗浄(BAL)および経気管支肺生検(TBLB)所見から感染症や膠原病に伴う肺病変は否定的で
あり,薬剤性肺炎として矛盾しない結果であった.臨床経過と合わせ,柴胡桂枝乾姜湯による薬剤性肺炎と
診断した.3 年前に半夏瀉心湯を服用後に同様の病態を呈し,入院歴があることから柴胡桂枝乾姜湯と半夏
瀉心湯に共通する成分の中で薬剤性肺炎の発症頻度が多いとされる黄!に起因したものと推測した.
キーワード:薬剤性肺炎,柴胡桂枝乾姜湯,半夏瀉心湯,黄!
Drug induced peumonitis,Saikokeishikankyoto,Hangeshashinto,Ogon
緒
を処方されている.
言
現病歴:7 月 24 日,定期受診時に両下肢の冷えを訴
1989 年に初めて小柴胡湯による薬剤性肺炎が報告さ
え,柴胡桂枝乾姜湯が処方された.8 月 4 日より咳嗽を,
れ1),その後さまざまな漢方薬においても薬剤性肺炎が
6 日に 38℃ 台の発熱を自覚したため 7 日に近医受診し,
報告された.中でも黄"を含有する漢方薬の報告が多い
解熱剤,鎮咳薬処方されたが症状は改善せず,翌日には
ことが指摘されている2)3).今回我々は,柴胡桂枝乾姜湯
呼吸困難を自覚したため,当院へ救急搬送された.
による薬剤性肺炎の 1 例を経験した.過去に半夏瀉心湯
入院時現症:身長 152cm,体重 58kg,体温 37.1℃,
を服用した後に同様の画像所見,検査所見を呈していた
血 圧 114!
68mmHg,脈 拍 81 回!
分・整,呼 吸 数 28 回!
ため,両薬剤に共通する成分による薬剤性肺炎と考えた.
分,酸素飽和度 83%(マスク 10L!
分の酸素吸入)
,意
今後の患者指導などにも注目して考察を行ったので報告
識清明.貧血,黄疸なし.表在リンパ節腫大なし.胸部
する.
聴診にて両肺全体で fine crackles を聴取した.
症
80.5%)と増加し,CRP 20.43mg!
dl と炎症反応の亢進
68 歳,女性.
を認めた.LDH 401IU!
l と高値を示したが,KL-6 は 215
主訴:乾性咳嗽,発熱,呼吸困難.
U!
mL と基準範囲内であった.動脈血ガス分析ではマス
既往歴:30 歳
歳
入院時検査所見(Table 1)
:WBC 15,390!
μl(好中球
例
子宮筋腫,55 歳
クモ膜下出血,65
嗜好:喫煙歴
ク 10L!
分の酸素吸入にて PaO2 51.6 Torr と重度の呼吸
不全を認めた.
肺炎.
胸部 X 線写真(Fig. 1)
:両肺びまん性に淡い陰影を
10 本!
日(35 歳まで 15 年間)
.
認めた.
家族歴:特記事項なし.
胸部 CT 写真(Fig. 2)
:両側肺に小葉間隔壁の肥厚を
アレルギー:なし.
伴うスリガラス陰影を広範に認めた.
ペット飼育歴:なし.
,
常用薬:数年前より近医で triazolam(ハルシオンⓇ)
Ⓡ
Ⓡ
,loxoprofen(ケ ン タ ン )
flutoprazepam(レ ス タ ス )
〒204―8522 清瀬市松山 3―1―24
1)
公益財団法人結核予防会複十字病院呼吸器センター
〒189―8511 東京都東村山市青葉町 1―7―1
2)
多摩北部医療センター
(受付日平成 23 年 2 月 18 日)
入院後経過:服用の経過から柴胡桂枝乾姜湯による薬
剤性肺炎を鑑別にあげ,柴胡桂枝乾姜湯を中止とした.
入院後 3 時間でリザーバーマスク 15L!
分にて酸素飽和
度 87% と呼吸不全が進行したため,メチルプレドニゾ
ロン 500mg を 2 日間点滴投与し,プレドニン 30mg!
日
より漸減したところ呼吸不全および胸部 X 線所見の改
善を認めた.第 7 病日に気管支鏡検査を施行し,BALF
柴胡桂枝乾姜湯による薬剤性肺炎の 1 例
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Table 1 Laboratory data on admission
Hematology
WBC
15,390/μl
Neutrophil
80.5%
Lymphocyte
11.0%
Monocyte
6.0%
Eosinophil
0.5%
Hb
13.0 g/dl
PLT
24.6×104/μl
Biochemistry
TP
Alb
AST
ALT
LDH
BUN
Cr
Serology
CRP
ANA
RF
KL-6
ACE
6.43
3.70
31
13
401
24
1.18
20.43
80 ×
2
215
12.6
g/dl
g/dl
IU/l
IU/l
IU/l
mg/dl
mg/dl
mg/dl
IU/mL
U/mL
IU/L
Fig. 1 Chest X-ray film on admission showing diffuse
ground-glass opacities in both lung fields.
Blood gas analysis (mask 10 L/min)
pH
7.383
51.6 Torr
PaO2
PaCO2
45.5 Torr
26.5 mmol/L
HCO3 −
BE
1.0 mmol/L
Pulmonary function test
FVC
1.27 L
%FVC
55.9%
1.15 L
FEV1.0
90.5%
FEV1/FVC
%DLco/VA
70.2%
Sputum cytology: class I
Sputum bacteriology: Normal flora
BALF. rt. B5, recovery rate 54%
Eosinophil
1.7%
Neutrophil
3.4%
Lymphocyte 21.4%
Macrophage
73%
CD4/CD8
0.5
Fig. 2 Chest CT on admission, showing ground-glass
opacities and thickening of the interlobular septum
in both lung fields.
6 正常などの傾向が一致していたことから,半夏瀉心湯
ではリンパ球 21.4% と増加しており,CD4!
CD8 比は 0.5
による薬剤性肺炎であった可能性が高く,今回と合わせ
と低下していた.TBLB では胞隔にリンパ球,形質細胞
て考えると柴胡桂枝乾姜湯と半夏瀉心湯の共通する成分
浸潤があり,II 型肺胞上皮細胞の増生が認められた.感
が原因と推測した.
染症は BALF,TBLB から否定的であり,膠原病は血
液検査,身体所見から除外し薬剤性肺炎と診断した.3
年前に入院歴があり,肺炎の診断にてアンピシリン・ス
ルバクタムナトリウム配合剤およびステロイドパルスに
入院 18 日目に柴胡桂枝乾姜湯に対する薬剤誘発性リ
ンパ球刺激試験(DLST)を行ったが陰性であった.
考
察
よる治療が行われ改善していた.入院 14 日前より半夏
漢方薬は,柴胡,黄",半夏,甘草,人参,生姜,乾
瀉心湯が処方されており,当時の CT 画像は今回入院時
姜などの生薬が混合された薬剤であり,中でも黄"を含
と酷似し(Fig. 3)
,また検査データでは LDH 高値,KL-
有するものに薬剤性肺炎の報告が多いと指摘されてい
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ることに留意しなくてはならない.この点の対応につい
ては薬剤性肺障害の評価,治療についてのガイドライン
には記載されていない11).本例の患者指導上,どこまで
漢方薬を制限すべきかは議論がある.①黄"のみ含むも
のを禁止,②黄"含有で間質性肺炎の副作用記載がある
もののみ禁止,③共通成分(黄",甘草,乾姜)を含む
ものを禁止,④両薬剤に含まれる 11 成分のうち一つで
も含まれれば禁止,⑤漢方全てを禁止,の 5 つの対応が
考えられるが,過去に甘草の関与が疑われる薬剤性肺炎
Fig. 3 Chest CT three years before admission showing the same findings as this time.
の報告もあり12),本症例でも黄"が原因と断定できない
ことから,黄"以外にも両薬剤に共通する生薬を含む全
ての漢方薬の服薬中止を指導した.なお退院後,近医で
柴胡桂枝乾姜湯の 1 成分である桂皮のみ含有する牛車腎
る.これまでに小柴胡湯1),柴"湯4),防風通聖散5),黄
6)
7)
6)
連解毒湯 ,三物黄"湯 などの報告がある.西森 らは
チャレンジテストで確認した黄連解毒湯と小柴胡湯の 2
薬剤による薬剤性肺炎を報告し,共通成分は黄"のみで
あることからその関与を指摘している.本症例は柴胡桂
気丸が処方されているが,肺障害は認めていない.
キーワードのローマ字表記は漢方処方名ローマ字表記
法に従った13).
本症例の要旨は,第 192 回日本呼吸器学会関東地方会で発
表した.
枝乾姜湯による薬剤性肺炎と考えられ,DLST は陰性で
参考文献
あったが過去の報告と矛盾しないと判断した8).3 年前
は半夏瀉心湯服用後に今回と同様の病態を認めていたた
め,半夏瀉心湯による薬剤性肺炎であった可能性が高く,
柴胡桂枝乾姜湯と半夏瀉心湯の成分として一致する黄
",甘草,乾姜の中から,上記の理由から黄"が原因と
推察した.
2002 年のゲフィチニブによる肺障害の報告以後,日
本人の薬剤性肺障害は諸外国に比して高頻度である可能
1)築山邦規,田坂佳千,中島正光,他.小柴胡湯によ
る薬剤誘起性肺炎の 1 例.日胸疾会誌 1989 ; 27 :
1556―1561.
2)寺田真紀子,北澤英徳,川上純一,他.漢方薬によ
る間質性肺炎と肝障害に関する薬剤疫学的検討.医
療薬学 2002 ; 28 : 425―434.
3)豊嶋幹生,千田金吾.薬剤性肺炎 漢方薬.呼吸器
科 2003 ; 4 : 23―26.
性が指摘され9),安全な薬剤使用を行うために副作用情
4)高山 聡,越智淳一,小川智子,他.柴"湯による
報の集積が望まれるようになった.医薬品医療機器総合
薬剤性肺炎の一例.共済医報 2006 ; 55 : 21―25.
機構情報提供ホームページの医薬品関連情報(医療関係
5)畑中延介,山岸 亨,亀村裕貴,他.防風通聖散に
者向け)は10),副作用が疑われる症例報告に関する情報
よる薬剤性肺炎・肝障害の 1 例.日呼吸会誌 2006 ;
が,医薬品名の入力により検索ができるようになってい
44 : 335―339.
る.柴胡桂枝乾姜湯では 2004 年から 10 件の肺炎または
6)西森文美,山崎啓一,神 靖人,他.黄"によると
間質性肺炎の報告があった.しかし,情報は報告年度,
思われる薬剤性肺炎の 1 例.日呼吸会誌 1999 ; 37 :
性別,年齢,原疾患等,被疑薬,投与経路,有害事象,
併用被疑薬,転帰に関する情報のみであり,注意事項と
して「症例情報及び報告副作用一覧の各項目の内容につ
いては,被疑薬と死亡との因果関係を除き,製薬企業か
ら総合機構に報告された情報を提供していますので,個
別に医薬品と副作用との関連性を評価したものではない
点に十分に御留意下さい.
」と記載されている.薬剤性
肺障害のデータ精度を上げるためには,詳細な情報を集
積しやすくしていく必要があり,さらに専門的な分析が
行われれば有用な情報として扱われると考えられた.
薬剤性肺炎と診断した際,被疑薬を使用しないように
396―400.
7)岸本卓巳.三物黄"湯が原因と考えられた薬剤性肺
炎の 1 例.日胸 1999 ; 58 : 248―253.
8)Heki U, Fujimura M, Ogawa H, et al. Pneumonitis
caused by saikokeisikankyou-tou, an herbal drug.
Intern Med 1997 ; 36 : 214―217.
9)吾妻安良太,工藤翔二.日本人と薬剤性肺炎.成人
病と生活習慣病 2007 ; 37 : 289―294.
10)医薬品医療機器総合機構 医薬品医療機器情報提供
ホームページ http:!
!
www.info.pmda.go.jp!
11)薬剤性肺障害の評価,治療についてのガイドライン.
日本呼吸器学会,2006.
記録し,患者や家族に指導する必要があるが漢方薬は生
12)藤田哲雄,永川博康,井澤豊春,他.薬剤再投与 8
薬の合剤である為,他の薬剤にも原因成分が含まれてい
日後にチャレンジテスト陽性兆候を確認できた灼薬
柴胡桂枝乾姜湯による薬剤性肺炎の 1 例
691
13)津谷喜一郎,佐竹元吉,鳥居塚和生,他.日本東洋
甘草湯による CD4 優位の薬剤性肺炎の 1 例.日呼
吸会誌 2008 ; 46 : 717―721.
医学雑誌 2005 ; 56 : 611―622.
Abstract
A case of drug-induced pneumonitis caused by saikokeishikankyoto
Yohhei Imai1)2), Kozo Morimoto1), Kouzou Yoshimori1), Atsuyuki Kurashima1),
Hideo Ogata1)and Shoji Kudoh1)
1)
Department of Respiratory Medicine, Japan-antituberculosis Association Fukujuji Hospital
2)
Tama-Hokubu Medical Center
We report a case of drug-induced pneumonitis caused by saikokeishikankyoto. A 68-year-old woman was admitted to our hospital complaining of dry cough, fever, and dyspnea after taking saikokeishikankyoto for 16 days.
A chest radiograph showed widespread ground-glass shadows in both lung fields. Chest CT showed ground-glass
opacities and thickening of the interlobular septum in both lung fields. Bronchoalveolar lavage fluids and transbronchial lung biopsy specimen showed findings consistent with drug-induced pneumonitis, therefore we diagnosed drug-induced pneumonitis caused by saikokeishikankyoto. Three years previously she had suffered from a
similar illness after taking hangeshashinto. Ougon is suspected to be a causative component for her
saikokeishikankyoto-induced pneumonitis, because it has been reported to be as a main cause for kampo-induced
pneumonitis.