多発囊胞性肺病変を長期経過観察しえた原発性シェーグレン症候群の 1 例

日呼吸会誌
49(11),2011.
843
●症 例
多発囊胞性肺病変を長期経過観察しえた原発性シェーグレン症候群の 1 例
山本 倫子
久保田 勝
永島雄次郎
上遠野 健
和田真由子
益田 典幸
要旨:症例は 68 歳女性.1991 年に dry
eye を自覚し,眼科にてシェーグレン症候群と診断された.2001
年に胸部 X 線と胸部 CT にて多発囊胞性陰影を指摘されたが,自覚症状なく経過観察されていた.2007 年
1 月に感冒症状を契機に労作時呼吸困難が出現し,胸部 X 線にて囊胞の悪化を指摘され当科を受診となった.
胸部 CT にて多発囊胞の増悪と新たな浸潤影を認めた.胸腔鏡下肺生検の病理所見では,呼吸細気管支壁や
血管周囲,小葉間隔壁リンパ管に沿った著明なリンパ球浸潤を認め,シェーグレン症候群に伴う肺病変と考
えられた.ステロイドと免疫抑制薬の併用療法を行うも囊胞は徐々に増大傾向を示した.シェーグレン症候
群における囊胞性病変は治療抵抗性と考えられ,その病変を長期経過観察しえた貴重な症例であり,文献的
考察を加えて報告する.
キーワード:シェーグレン症候群,多発囊胞性陰影,胸腔鏡下肺生検
Sjögren s syndrome,Multiple cystic lesions,
Lung biopsy under video-assisted thoracoscopy
緒
し,胸 部 X 線 写 真(Fig. 2A)お よ び CT(Fig. 2B)に
言
て多発囊胞の悪化を指摘され,2 月に当科へ紹介受診と
シェーグレン症候群(Sjögren s syndrome:SjS)で
は,種々の肺病変を合併することが知られている.今回,
なった.
来院時現症:体温 37.2℃,血圧 130!
70 mmHg,脈拍
我々は原発性 SjS に合併した多発囊胞性肺病変を胸部
,胸部聴診にて右背
102!
分(整)
,SpO2 92%(室内気)
CT にて長期経過観察しえた貴重な症例を経験したので
側下部で coarse crackles を聴取された. ばち指はなし.
報告する.
その他,身体所見において異常を認めなかった.
症
検査所見:当科受診時の 2007 年 2 月の血液生化学検
例
査では,既往の薬剤性尿細管間質性腎炎の影響による腎
症例:68 歳,女性.
機能障害(Cr 1.47 mg!
dl)
,本態性 M 蛋白血症による高
主訴:労作時呼吸困難.
蛋白血症(T.P 8.3 g!
dl)と高 IgA 血症(IgA 1,217 mg!
既往歴:1988 年甲状腺腫大.2001 年薬剤性尿細管間
dl)を認めた.また,抗核抗体,抗 SS-A 抗体,抗 SS-B
質性腎炎.2003 年本態性 M 蛋白血症.
生活歴:喫煙歴
なし,飲酒歴
なし.
現病歴:1991 年に dry eye を自覚し,近医眼科で SjS
抗体が陽性で,可溶性 IL-2 レセプター抗体,KL-6,SPA, SP-D が各々軽度増加していた. 呼吸機能検査では,
FVC 64.4%,%FEV1.0 70.8%)
閉塞性換気障害(FEV1.0!
と診断され,点眼薬にて加療されていた.2001 年 4 月
と肺拡散能の高度低下(%DLco 21.5%)を認めた.2007
の健診で胸部異常陰影(Fig. 1A)を指摘され,胸部 CT
年 6 月の室内気吸入下での血液ガス所見では高度の低酸
(Fig. 1B)にて,右 S4 の無気肺と多発囊胞を認めたが,
素血症(pH 7.430,PaO2 48.5 Torr,PaCO2 40.4 Torr)を
自覚症状はなく経過観察されていた.2004 年頃より徐々
認め,I 型呼吸不全を呈していた.
に労作時呼吸困難を自覚するようになり,2005 年の胸
胸部 X 線写真(Fig. 2A)
:2001 年の胸部 X 線(Fig. 1
部 X 線写真では右中肺野の多発囊胞は増大傾向にあっ
A)に比較して,薄壁囊胞性陰影が増大し,特に上肺野
た.2007 年 1 月に感冒症状から労作時呼吸困難が増悪
に巨大なブラを形成している.
胸部 CT 所見(Fig. 2B)
:2007 年の胸部 CT でも胸部
〒252―0374 相模原市南区北里 1―15―1
北里大学医学部呼吸器内科学
(受付日平成 23 年 3 月 31 日)
X 線と同様に両側上中肺野に多発する薄壁囊胞性陰影を
認め,一部巨大なブラを形成している.
臨床経過:SjS に伴う肺病変を疑い,他院にて 4 月に
844
日呼吸会誌
49(11),2011.
Fig. 1 (A) Chest radiograph in 2001 shows small cystic lesions in bilateral lung fields. (B) Chest CT scan
in 2001 shows atelectasis in the right middle lobe S4, and small cystic lesions in bilateral lung fields.
Fig. 2 (A) Chest radiograph on first visit to the respiratory medicine section in 2007 shows multiple cystic lesions in bilateral lung fields. (B) Chest CT scan in 2007 shows multiple cystic lesions in bilateral
lung fields. These cystic lesions had enlarged and increased compared with 6 years previously.
右 S8 で胸腔鏡下肺生検を施行した.右 S8 の病 理 所 見
cyte alveolitis の所見であった.浸潤リンパ球にはリン
(Fig. 3)では,呼吸細気管支壁や血管周囲,小葉間隔壁
パ腫を疑わせるような異型性は認められず,lymphoepi-
リンパ管に沿った著明なリンパ球浸潤を認め,lymphoid
thelial lesion も認められなかった.囊胞は細気管支病変
hyperplasia with follicular bronchiolitis および lympho-
に連続して存在していた.また一部に小さな肉芽腫性病
シェーグレン症候群に伴う多発囊胞性肺病変
845
変がみられた.小葉間隔壁に好酸性無構造物質の沈着が
改善は認められず細菌性肺炎の併発を繰り返したため,
あったが,Congo-red 染色では有意なアミロイド沈着は
2010 年 6 月より中止とし,その後 PSL 10 mg のみで経
認められなかった.以上の所見より,SjS に伴う肺病変
過観察とした.呼吸器症状は安定していたが,2011 年 1
に矛盾しないと考えられた.その後,呼吸不全に対して
月の胸部 CT(Fig. 4B)では多発囊胞の軽度の増大がみ
在宅酸素療法を導入.プレドニゾロン(Predonisolone:
られた.
PSL)25 mg(0.5 mg!
kg)で治療を開 始 し た.し か し
明らかな効果は得られず,PSL を漸減し 10 mg で維持
考
察
量とした.その後,2008 年 3 月の胸部 CT(Fig. 4A)に
SjS における肺病変の頻度は 9∼75% と報告により
て囊胞の増悪を認め,シクロホスファミド(Cyclophos-
様々であり1),間質性肺炎,細気管支炎,胸膜炎,リン
hamide:CPA)50 mg!
日の併用を開始した.しかし,
パ増殖性疾患など多彩な病変を呈することが知られてい
る.今回,本症例の画像所見としては,多発性肺囊胞が
特徴的であった.CT での検討では,原発性 SjS の 10%∼
30% に肺囊胞を合併すると報告されている2)∼4).また,
SjS 合併肺囊胞の検討では 35 例中 10 例 29% にリンパ
球性間質性肺炎(Lymphocytic interstitial pneumonia:
LIP)を認めている5).Johkoh らは6)病理学的に診断さ
れた LIP 22 例の胸部 CT 所見 を 検 討 し,15 例 68% に
囊胞を認めたと報告し,
Honda ら7)は LIP 17 例の検討で,
14 例 82% に囊胞を認めたと報告している.この結果よ
り,囊胞の形成は LIP の特徴的な所見のひとつと考え
られる.LIP における囊胞形成の機序は明らかではない
が,リンパ球が細気管支壁や細気管支周囲に浸潤し,そ
Fig. 3 VATS specimens of the right lower lobe. Lymphoid hyperplasia with follicular bronchiolitis, lymphocyte alveolitis and cystic changes can be seen.
の内腔が狭窄・閉塞することによる check-valve 機序に
よるものとされている8).本症例は,LIP の診断基準9)に
は合致しないが,細気管支への著明なリンパ球浸潤を認
めた.SjS では細気管支周囲にリンパ球浸潤を来たし,
Fig. 4 Chest CT scans in 2008 (A) and 2011 (B). The cystic lesions had gradually worsened despite treatment.
846
日呼吸会誌
49(11),2011.
病状の進行により濾胞性細気管支炎を呈し,閉塞性の末
化は認めなかったと報告している.また,原ら5)は,SjS
梢気道病変を形成することが知られており,細気管支炎
に合併した囊胞性肺病変でステロイド治療の効果が認め
が囊胞形成の一因となっているものと考えられた.
られたのは 9 例中 3 例のみであったと報告している.こ
また,囊胞性肺病変を呈する疾患として多クローン性
のように囊胞性肺病変は治療抵抗性であることが推測さ
高免疫グロブリン血症を伴う原発性形質細胞性リンパ節
れるが,症例数が少なく,囊胞形成と予後との関連につ
症(idiopathic plasmacytic lymphadenopathy with poly-
いては,今後の症例集積が必要と考えられる.
clonal
hyperimmunoglobulinemia:IPL)!
多 中 心 性
謝辞:本症例において胸腔鏡下肺生検,病理診断につき,
キャッスルマン病(multicentric Castleman s disease:
ご教示を戴きました,神奈川県立循環器呼吸器病センター
MCD で は 20∼30%
MCD)が報告さ れ て い る10).IPL!
小倉高志先生に深謝致します.
に肺病変を呈し,病理組織学的には LIP に類似するが
引用文献
浸潤細胞は形質細胞が主体である.経過で囊胞性病変が
多発し,肺構造の破壊が高度となることが特徴とされ
1)King TE. Connective tissue disease. Sjögren s syn-
MCD における囊胞の発生機序とし
る11).岡ら12)は IPL!
drome. In : Scwarts MI, King TE, ed. Interstitial
て,形質細胞の浸潤による肺胞壁弾性線維の破壊・減少
による肺胞壁の脆弱化を挙げている.本症例では,小葉
間隔壁への著明なリンパ球浸潤を認めており,このリン
パ球浸潤による肺胞壁の脆弱化と細気管支病変とが相
まって囊胞を形成したものと推測される.このように,
lung disease. St. Louis : Mosby year book, 1993 ; 290.
2)Ito I, Nagai S, Kitaichi M, et al. Pulmonary manifestations of primary Sjögren s syndrome : a clinical, radiologic, and pathologic study. Am J Respir Crit
Care Med 2005 ; 171 : 632-638.
3)Matsuyama N, Ashizawa K, Okimoto T, et al. Pul-
SjS における肺囊胞の存在は,細気管支や肺胞壁へのリ
monary lesions associated with Sjögren s syn-
ンパ球浸潤を示唆する所見と考えられる.
drome : radiographic and CT findings. Br J Radiol
一方,SjS では肺アミロイドーシスを合併することが
2003 ; 76 : 880-884.
知られているが,その 40% に肺囊胞を認めたと報告さ
4)Koyama M, Johkoh T, Honda O, et al. Pulmonary in-
れている5).SjS と関連するものは限局性結節性アミロ
volvement in primary Sjögren s syndrome : spec-
イドーシスがほとんどで,囊胞合併例では囊胞壁に隣接
trum of pulmonary abnormalities and computed to-
して結節影を伴う傾向がある.アミロイド沈着はリンパ
mography findings in 60 patients. J Thorac Imaging
球浸潤と同様に細気管支狭窄や肺胞壁の脆弱化を起こし
13)
囊胞を形成すると考えられている .本症例では,Congored 染色で有意なアミロイド沈着の証明はできなかった
が,小葉間隔壁に好酸性無構造物質の沈着を認めており,
囊胞形成にアミロイドの沈着が関与している可能性も考
えられる.
2001 ; 16 : 290-296.
5)原
啓.シェーグレン症候群における肺のアミロ
イドーシスと嚢胞.日胸 2009 ; 68 : 311-322.
6)Johkoh T, Muller NL, Pickford HA, et al. Lymphocytic interstitial pneumonia : thin-section CT findings in 22 patients. Radiology 1999 ; 212 : 567-572.
7)Honda O, Johkoh T, Ichikado K, et al. Differential di-
opacities:
agnosis of Lymphocytic interstitial pneumonia and
GGO,interlobular septal thickening,nodules,consolida-
治療について検討すると,ground-glass
Malignant Lymphoma on high-resolution CT. AJR
tion や amyloidosis を呈する症例ではステロイドや免疫
1999 ; 173 : 71-74.
2)
14)
.Joseph
8)早坂真一,藤野 昇,吉永 健,他.シェーグレン
らの報告15)で SjS に合併する間質性肺炎 18 症例の治療
症候群に合併し,多発性嚢胞性肺病変を呈したリン
方法の集積結果ではステロイド治療が最も多く 15 症例
パ球性間質性肺炎の 1 例.日呼吸会誌 1999 ; 37 :
抑制薬による治療の効果を認めた報告がある
(83%)で施行され,治療効果のない場合にアザチオプ
リン(Azathioprine)
(11%)
,CPA(11%)
,ハイドロク
ロライド(Hydroxychloroquine)
(28%)の併用を 行 っ
ていたが,無治療例も 3 症例(17%)あった.治療効果
の結果は改善例が 10 症例(56%)
で不変は 3 症例(16%)
,
悪化は 5 症例(28%)であった.本症例では PSL と CPA
802-806.
9)American Thoracic Society ; European Respiratory
Society. American Thoracic Society!
European Respiratory Society International Multidisciplinary
Consensus Classification of the Idiopathic Interstitial Pneumonias. Am J Respir Crit Care Med 2002 ;
165 : 277-304.
の併用治療を試みたが明らかな効果は得られなかった.
10)横田樹也,清水夏恵,斎藤泰晴,他.多発結節陰影
築地ら16)は LIP にステロイド治療を行い CT 所見とし
を呈し,組織学的に Multicentric Castleman s dis-
て,small nodules や GGO の改善を認めたが,cyst forma-
ease(MCD)様の肺病変を認めたシェーグレン症
tion,low attenuation area,air-space consolidation に変
シェーグレン症候群に伴う多発囊胞性肺病変
847
14)Kobayashi H, Kitamura S, Tsunoda N. Sjögren s syn-
候群の 1 例.日呼吸会誌 2006 ; 44 : 522-527.
11)小橋陽一郎,本庄 原,野間恵之,他.シェーグレ
drome with multiple bullae and pulmonary nodular
ン症候群にみられる肺のリンパ増殖性疾患.日胸
amyloidosis. Chest 1988 ; 94 : 438-440.
15)Parambil JG, Myers JL, Lindell RM, et al. Interstitial
2009 ; 68 : 302-310.
12)岡 輝 明.IPL!
MCD の 肺 病 変 の 病 理 像.日 胸
lung disease in primary Sjögren s syndrome. Chest
2007 ; 66 : 229-235.
2006 ; 130 : 1489-1495.
13)Jeong YJ, Lee KS, Chung MP, et al. Amyloidosis and
16)築地 淳,金子 猛,井上昌子,他.シェーグレン
lymphoproliferative disease in Sjögren s syndrome :
症候群に合併し約 13 年間胸部 CT で経過を追えた
thin-section computed tomography findings and
リンパ球性間質性肺炎.日呼吸会誌 2009 ; 47 : 151-
histopathologic comparisons. J Comput Assist To-
157.
mogr 2004 ; 28 : 776-781.
Abstract
A long-term case of Sjögren s syndrome with pulmonary multiple cystic lesions
Michiko Yamamoto, Masaru Kubota, Yujiro Nagashima, Ken Katono,
Mayuko Wada and Noriyuki Masuda
Respiratory Medicine, School of Medicine, Kitasato University
A 68-year-old woman was admitted to our institution s respiratory section because of dyspnea on effort in
January, 2007. She had previously received a diagnosis of Sjögren s syndrome because of dryness in her eyes in
1991. Chest radiography and chest CT in 2001 revealed diffuse multiple cystic lesions in both lungs which had progressed gradually for 6 years. Biopsy specimens obtained by video-assisted thoracoscopy showed lymphoid hyperplasia with follicular bronchiolitis and lymphocytic alveolitis. Narrowing of the small airways and obstructive
lung disease with multiple bullae were observed and we suspected them to be related to peribronchiolar lymphocytic infiltration. These were lung involvements associated with Sjögren s syndrome. The patient s cystic lesions
gradually worsened despite the administration of corticosteroid and cyclophosphamide. Cystic lesions in Sjögren s
syndrome may be a treatment-resistant finding.