羽毛ふとんによる急性鳥飼病の 1 例 - 日本呼吸器学会

日呼吸会誌
●症
41(8)
,2003.
569
例
羽毛ふとんによる急性鳥飼病の 1 例
近藤 恭子
稲瀬 直彦
大谷 義夫
海野
臼井
吉澤 靖之
剛
裕
角
勇樹
要旨:症例は 57 歳女性.インコ 2 羽を 15 年間飼育,1 年前より羽毛ふとんを使用していた.2 カ月前より
咳と微熱が,2 週間前より労作時呼吸困難が出現し入院となった.胸部 X 線で両肺びまん性にスリガラス影
を,CT では小葉中心性の粒状影と一部モザイクパターンを示すスリガラス影を認めた.気管支肺胞洗浄液
(BALF)で著明なリンパ球増多を示し,経気管支肺生検(TBLB)でリンパ球浸潤を主体とする胞隔炎を認
めた.鳩排泄物とインコ排泄物に対する特異抗体が陽性,鳩血清添加末梢血リンパ球増殖試験が陽性であり
鳥飼病と診断した.入院後ステロイド治療により軽快したが,他院に入院中で羽毛ふとんを使用中の夫の看
病のため外出したところ自他覚所見の悪化を認めたが,微粒子用マスクの着用により悪化を回避できた.15
年来のインコ飼育歴があるが,最近使用している羽毛ふとん使用が急性鳥飼病の発症の直接契機と考えられ
た.
キーワード:鳥飼病,羽毛ふとん,過敏性肺炎
Bird fancier’s lung,Feather duvet,Hypersensitivity pneumonitis
緒
言
鳥飼病(bird fancier’s lung,BFL)はハトやインコ
などの鳥由来の抗原が原因となる過敏性肺炎であり,腸
管由来のムチンを含む鳥排泄物や羽毛が主要な抗原と考
えられている1).羽毛による鳥飼病は海外で数例報告さ
れているが2)∼5),本邦の呼吸器科医には羽毛により鳥飼
病が発症するという認識が極めて乏しい.近年羽毛ふと
んの使用頻度は増加しており,鳥飼病の原因として羽毛
ふとんが潜在的に重要であると考えられる.
症
例
症例:57 歳女性,主婦.
主訴:咳,労作時呼吸困難.
既往歴:51 歳時より高血圧. 家族歴:特記事項なし.
生活歴:喫煙歴なし.15 年前より玄関でインコ 2 羽
を飼育,1 年前より冬期のみ(10 月から 4 月頃まで)羽
毛ふとんを使用中.住居は築 40 年の木造住宅.
Table 1 Laboratory data on admission
Hematology
WBC
6,700/μl
RBC
411×104/μl
Hb
12.1 g/dl
Plt
36.0×104/μl
Biochemistry
AST
20 IU/l
ALT
12 IU/l
BUN
14 mg/dl
Cr
0.6 mg/dl
LDH
300 IU/l
Serology
CRP
0.6 mg/dl
KL-6
3,080 U/ml
SP-D
904 ng/ml
RA
<3 IU/ml
ANA
(−)
Anti-DNA (−)
Anti-SS-A (−)
Anti-SS-B (−)
MPO-ANCA <10 EU
Blood gas analysis(room air)
pH
7.438
PaO2
51.0 torr
PaCO2
38.7 torr
Pulmonary function tests
VC
2.32 L
%VC
93.6%
FEV1.0
1.86 L
FEV1.0%
81.6%
%DLCO
90.9%
%DLCO/VA
114.4%
Bronchoalveolar lavage
Cell density
12.7×105/ml
Macrophage
7.9%
Neutrophil
0.9%
Eosinophil
0.4%
Lymphocyte
90.8%
CD4/CD8
0.51
現病歴:2000 年 4 月から咳と微熱が出現し近医で抗
生剤(CAM)の投与を受けたが改善せず,2 週間前よ
り Hugh-Jones
III 度の呼吸困難が出現したため同年 6
月当科に入院となった.
mmHg,脈拍 80!
分,整,体温 36.3 度.貧血,黄疸はな
く,口腔・頸部に異常なし.
表在リンパ節は触知しなかっ
入院時現症:身長 155 cm,体重 53.7 kg,血圧 140!
100
た.両側下背部に fine
〒113―0034 東京都文京区湯島 1―5―45
東京医科歯科大学呼吸器内科
(受付日平成 14 年 3 月 28 日)
常なく,ばち指なし.神経学的に異常を認めなかった.
crackles を聴取した.腹部に異
入院時検査成績(Table 1)
:血算に異常なく生化学・
血清で LDH,CRP,KL-6,SP-D の上昇を,室内気下の
570
日呼吸会誌
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A
Fig. 1 Chest radiograph on admission showing diffuse
ground-glass opacities in both lung fields.
B
Fig. 2 Chest CT scan on admission showing centrilobular micronodules and ground-glass opacities with a
mosaic pattern.
Fig. 3 Transbronchial lung biopsy specimen(HE staining)showing alveolitis due to the infiltration of mononuclear cells and intraalveolar histiocyte accumulation(A)
. Inflammatory cell infiltration is prominent
around the bronchioles, suggestive of hypersensitivity
pneumonitis(B)
.
動脈血液ガス分析で低酸素血症を認めた.入院第 3 病日
マクロファージの集簇を認めた(Fig. 3)
.また細気管支
の気管支肺胞洗浄液(BALF)では総細胞数の増加とリ
周囲にも組織球が集簇しているところがあり,肉芽腫は
ンパ球増多および CD4!
CD8 比の低下を認めた.
認めないが過敏性肺炎に一致する所見と考えられた.免
入院時胸部 X 線写真(Fig. 1)では両側びまん性にス
疫 学 的 検 査 で は 血 清 と BALF 中 に 鳩 排 泄 物 抽 出 物
リガラス影を認めたが,容積減少は明らかでなかった.
(PDE)とインコ排泄物抽出物(BDE)に対する特異抗
胸部 CT(Fig. 2)では両側びまん性に小葉中心性分布
体を認め(Table 2)
,鳩血清添加末梢血リンパ球増殖試
を示す粒状影と一部モザイクパターンを示すスリガラス
験も陽性(stimulation index : 2.9)を示し,急性鳩飼病
影を認めた.
と診断した.プレドニゾロンを 30 mg!
日より漸減し病
入院後経過:経気管支肺生検(TBLB)ではリンパ球
を中心とした小円形細胞浸潤による胞隔炎と肺胞腔内に
状の著明な改善を認めたため 24 日目に中止した.
入院中に一時帰宅および某院に入院中の夫の看病のた
羽毛ふとんによる急性鳥飼病
Table 2 Antibodies against specific antigens
for hypersensitivity pneumonitis
PDE, IgG
PDE, IgA
BDE, IgG
BDE, IgA
T. mucoides, IgG
T. mucoedes, IgA
T. asahii, IgG
T. asahii, IgA
serum
BALF
+
−
+
−
−
−
−
−
+
+
+
+
−
−
−
−
PDE: pigeon dropping extract
BDE: budgerigar dropping extract
T. mucoides: Trichosporon mucoides
T. asahii: Trichosporon asahii
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coides 抗体を認めず,自宅からもこれらの真菌を培養・
同定できなかった.さらに当科において Trichosporon asahii 遺伝子ライブラリーより抗原タンパクとしてクロー
ニングした TA-198)の合成ペプチドを添加した末梢血リ
ンパ球増殖試験も陰性であり夏型過敏性肺炎は否定的と
考えられた.
本例における鳥飼病の診断は鳥抗原への接触歴がある
こと,血清および BALF 中に鳥抗原(PDE と BDE)に
対する特異抗体を認めること,さらに鳩血清添加末梢血
リンパ球増殖試験が陽性であることより確実と考えられ
る.本例が鳩とインコ由来の 2 つの抗原に対して免疫反
応を示すことは,種々の鳥には交叉抗原性があるという
報告に合致すると思われる9).一方今回の急性鳥飼病の
原因が自宅で 15 年間飼育中のインコによるか最近 1 年
間使用中の羽毛ふとんによるかは議論のあるところであ
めに外出したとろ発熱,咳および CRP の上昇を認めた.
る.羽毛ふとんを使用中の夫の病室への訪問により急性
自宅には寄らずに夫の病室への訪問のみの外出を 2 回繰
症状が誘発され微粒子用マスクの使用により症状の再現
り返したが同様の症状と CRP の上昇を認めた.調査に
が回避できたので結果的には環境誘発試験が陽性であっ
より夫は入院中の他院で羽毛ふとんを使用していること
た.これらの経過は羽毛ふとんが発症の契機となってい
が判明した.その後の夫の病室への訪問を N 95 微粒子
ることを示唆し,血清と BALF 中の抗羽毛抗体の存在
用マスク(3M 社,米国)を着用して行ったところ,複
もこれを支持する所見と考えられる.長期間の少数のイ
数回の訪室後も急性症状の出現や CRP の上昇を認めな
ンコの飼育が原因となり鳥飼病を発症する場合,一般に
かった.以上より本例の鳥飼病は羽毛ふとんが発症の契
は少量の持続する抗原曝露により慢性過敏性肺炎,それ
機になったと考えられた.当科ではその後 PDE の抽出
も潜在性発症型と診断されることが多い.今回は典型的
法6)に 準 じ て 羽 毛 ふ と ん か ら タ ン パ ク 抗 原 を 抽 出 し
な急性過敏性肺炎の病像を呈している点や上記のエピ
ELISA 法による抗羽毛抗体の測定法を確立したが,本
ソードから,15 年間のインコ飼育よりは 1 年前より使
例の血清および BALF 中の抗羽毛抗体は陽性であった.
用を開始した羽毛ふとんが鳥飼病の直接の発症要因と考
退院にあたってインコの処分と羽毛ふとんの廃棄に加え
えられた.ただし以前からの鳥飼育歴の存在は鳥抗原に
て十分な自宅の清掃を行い,その後再発を認めていない.
よる感作の成立という点で重要であると考えている.
考
察
これまで海外で報告された羽毛による鳥飼病症例は,
羽毛枕を 2 カ月使用して発症した例2),羽毛ふとんと枕
過敏性肺炎は発症様式から従来急性,亜急性,慢性に
を 4 年使用して発症した例3),インコ 1 羽を 5 年間飼育
大別されてきたが,亜急性の定義を裏付ける原著論文が
しインコの死後はその羽を用いたリースを作製し居間に
なく急性といっても週から月単位の微熱や体調不良感を
2 年間飾ったため発症した例4),隣人が 11 年間カナリア
訴えることから,過敏性肺炎を急性と慢性に分類しさら
を飼育している環境で羽毛ふとんと羽毛クッションを 3
に慢性を再燃症状軽減型と潜在性発症型に亜分類するの
年間使用した例5)の 4 例である.本邦においては羽毛ふ
が妥当と考えている.また原因別には鳥飼病,農夫肺,
とんが近年廉価になったこともあって普及し,一般家庭,
加湿器肺,塗装工肺などの疾患名ありそれぞれの原因抗
旅館,病院などにおいて幅広く使用されている.羽毛ふ
1)
原が明らかとなっている .本邦では真菌である Tricho-
とんは一般に鳥飼病(過敏性肺炎)の原因として認識さ
sporon asahii あるいは Trichosporon mucoides によって起
れていないが,本例のような急性に加えて慢性鳥飼病に
こる夏型過敏性肺炎が過敏性肺炎全体の約 75% を占め
おいても原因の一つとして考慮すべきと思われる.我々
7)
ると報告されており ,特に急性過敏性肺炎において頻
はこれまで特発性肺線維症(IPF)を含む特発性間質性
度が高いと考えられる.本例においては自宅が築 40 年
肺炎群(IIPs)と診断されている症例の中に慢性鳥飼病
の木造住宅で水回りにカビの付着を認める環境であった
が含まれていることを指摘してきた10).羽毛ふとんによ
ことより急性過敏性肺炎の原疾患として夏型過敏性肺炎
る鳥飼病の頻度は不明であるが潜在的には多いことも予
を鑑別すべきと考えられた.本例の血清および BALF
想され,また他の慢性鳥飼病と同様に正しく診断されず
中に抗 Trichosporon asahii 抗体および抗 Trichosporon mu-
に経過観察されていることが懸念される.我々は最近本
572
日呼吸会誌
症を feather duvet
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,2003.
lung(羽毛ふとん肺)として報告
11)
し ,呼吸器科医を含めた臨床医に注意を喚起してい
1323―1324.
6)Ohtani Y, Kojima K, Sumi Y, et al : Inhalation provocation tests in chronic bird fancier’
s lung. Chest
る.
謝辞:本症例の病理所見について御教示いただいた聖路加
国際病院病理(現,順天堂大学第一病理)の斎木茂樹先生に
深謝いたします.本論文の要旨は第 148 回日本呼吸器学会関
東地方会で発表した.
2000 ; 118 : 1382―1389.
7)Ando M, Konishi K, Yoneda R, et al : Difference in
the phenotypes of bronchoalveolar lavage lymphocytes in patients with summer-type hypersensitivity pneumonitis, farmar’
s lung, ventilation pneu-
文
monitis, and bird fancier’
s lung : report of a nation-
献
wide epidemiological study in Japan. J Allergy Clin
1)吉澤靖之,稲瀬直彦:過敏性肺臓炎(肺炎)―特発
Immunol 1991 ; 87 : 1002―1009.
性肺線維症と誤診しないために.今西二郎,他編.
8)Matsunaga Y, Usui Y. Yoshizawa Y : TA-19, a novel
医学のあゆみ(別冊):免疫疾患―state of the art.
protein antigen of Trichosporon asahii, in summer-
医歯薬出版,東京,2001 : 516―522.
type hypersensitivity pneumonitis. Am J Respir
2)Burdon JGW, Stone C : Bird fancier’
s lung after an
Crit Care Med(in press).
usual exposure to avian protein. Am Rev Respir Dis
9)Sennekamp J, Lange G, Nerger K, et al : Human an-
1986 ; 134 : 1319―1320.
tibodies against antigens of the sparrow, blackbird,
3)Haitjema T, van Velzen-Blad H, van den Bosch
weaver finch, canary, budgeriger, pigeon and hen
JMM : Extrinsic allergic alveolitis caused by goose
using the indirect immunofluorescent technique.
feathers in a duvet. Thorax 1992 ; 47 : 990―991.
Clin Allergy 1981 ; 11 : 375―384.
4)Kim KT, Dalton JW, Klaustermeyer WB : Subacute
10)稲瀬直彦,大谷義夫,吉澤靖之:慢性過敏性肺炎を
hypersensitivity pneunomitis to feathers presenting
めぐって 鳥飼病の診断と治療.日胸 2003 ; 62 :
with weight loss and dyspnea. Ann Allergy 1993 ;
124―133.
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11)Inase N, Ohtani Y, Endo J, et al : Feather duvet lung.
5)Meyer FJ, Bauer PC, Costabel U : Feather wreath
Case Rep Clin Prac Rev(in press).
lung : chasing a dead bird. Eur Respir J 1996 ; 9 :
Abstract
A Case of Acute Bird Fancier’
s Lung Caused by Feather Duvet
Kyoko Kondo, Naohio Inase, Yoshio Ohtani, Yuki Sumi, Takeshi Umino,
Yutaka Usui and Yasuyuki Yoshizawa
The Pulmonary Medicine, Tokyo Medical and Dental University
A 57-year-old woman was admitted to our hospital because of cough and low-grade fever for 2 months and
shortness of breath for 2 weeks. She had raised two budgerigars for the last 15 years and had been using a feather
duvet for one year. A chest radiograph showed diffuse ground-glass opacities in both lung fields, and a chest CT
scan showed centrilobular micronodules and ground-glass opacities. Bronchoalveolar lavage(BAL)revealed a
marked increase in lymphocytes, and a transbronchial lung biopsy(TBLB)specimen showed alveolitis due to the
infiltration of mononuclear cells. Since she had specific antibodies against pigeon and budgerigar dropping extracts and her peripheral blood lymphocytes proliferated on addition of pigeon serum, she was diagnosed as having bird fancier’
s lung(BFL)
. She was treated with steroids, which brought about a marked improvement. After
she visited her husband who had been hospitalized where a feather duvet was provided for each patient, both
subjective and objective findings deteriorated. This deterioration was preventable when she wore a protective
mask for micro-dust while visiting her husband. The feather duvets seemed to induce acute BFL in this case,
though raising budgerigars may well be related to her sensitization with bird-related antigens.