974 日呼吸会誌 ●症 37(12),1999. 例 経気管支肺生検により診断した肺梗塞症の 1 例 土居 裕幸 新居 英二 寺澤 優代★ 六車 博昭 中山 正 要旨:症例は 43 歳男性.1997 年 2 月胸痛,発熱,血痰で発症.近医で胸部レントゲン写真をとり右下肺 野に浸潤影を認め,肺炎として治療し症状改善.3 月 21 日再び胸痛が出現し腫瘤状陰影とともに右胸水が 出現し当科受診.抗生剤投与にて症状の改善を認めるが腫瘤影が残存し,右 S8 より経気管支肺生検(TBLB) を施行.血管内に血栓を,周辺に小範囲の壊死を認め,肺梗塞症と診断した.原因となる基礎疾患や,明ら かな凝固線溶系の異常は認められなかった.陰影は徐々に縮小し,チクロピジンの投与で経過を観察したが, 約 1 年を経過しても再発は認められなかった.経気管支肺生検所見より診断できた肺梗塞症はまれであり 報告した. キーワード:肺梗塞症,経気管支肺生検 Pulmonary infarction,Transbronchial lung biopsy(TBLB) はじめに 肺血栓・塞栓症は無症状のものから致死的なものまで の陰影を認めた.自覚症状は徐々に改善し,炎症反応も 消失した.3 月 18 日の胸部 CT では陰影は縮小するも ののなお残存していた. 3 月 21 日に再び胸痛が出現し, 含まれ多彩な臨床症状を呈する疾患であり,その診断は 3 月 25 日の胸部レントゲン写真では右胸水貯留も認め 必ずしも容易でなく,その臨床症状から本症を疑うこと られるようになり当科を紹介された. から始まり,肺血流シンチや肺血管造影で臨床診断され 入院時 現 症:身 長 161 cm,体 重 58 kg,血 圧 120 70 る1).生前に病理所見,特に TBLB から診断されること mmHg,脈拍 72 分整,心音:純,呼吸音:右側胸部に はきわめて稀である2)3).今回,我々は基礎疾患のない 43 ベルクロラ音.浮腫,下肢静脈瘤認めず. 歳の男性に発症した肺梗塞症に対し,TBLB を行い,そ 入院時検査所見(Table 1):白血球増多は認められ の病理所見から診断しえた 1 例を経験したので報告す なかったが,赤沈亢進や CRP の上昇等の炎症反応を軽 る. 度認めた.肝機能,LDH,腎機能,尿所見にも異常は 症 例 認めず,免疫学的にも著変なく, 凝固系でもプラスミノー ゲンの増加とトロンボテストが軽度低下していた以外は 症例:43 歳,男性,大学講師. 明らかな異常は見られなかった.血液ガスでは PaCO2 41 主訴:胸痛. Torr,PaO2 82.4 Torr とわずかに低酸素血症が疑われた 既往歴:3 歳;気管支喘息 が肺機能所見では異常はみれなかった.喀痰検査では細 現病歴:1997 年 2 月 7 日右胸痛が出現し,2 月 8 日近 胞診で悪性細胞は認めず,抗酸菌も認められなかった. 医を受診した.胸部レントゲン写真では明らかな異常を 入院時胸部 X 線写真(Fig. 1) :右肋骨横隔膜角は鈍 認めず,筋肉痛として経過を見られたが胸痛は持続し, になり,横隔膜の後方の X 線の透過性は低下しており 38℃ 台の発熱を認めるようになり,2 月 9 日には血痰も 胸水の貯留が認められた. 出現した.2 月 10 日の胸部レントゲン写真では右横隔 胸部 CT:右 S10 では径約 3 cm の腫瘤状陰影があり末 膜に重なる浸潤影を認め,CRP 9.9 mg dl と上昇してお 梢には含気低下が認められ,また少量の胸水も認められ り,肺炎とし SBT CPZ 2 g 日の投与が開始された.2 た(Fig. 2 a).左 S10 にも約 1.5 cm の腫瘤影があり(Fig. 月 19 日 の 胸 部 CT で は 右 S10 に 径 約 3 cm の,左 S10 に 2 c) ,新たに右 S8b に約 2 cm の辺縁の不整な腫瘤影が認 径約 1.5 cm の一部に air められた(Fig. 2 b). bronchogram を伴う胸膜直下 〒780―0973 高知市丸の内 1―7―45 高知市立市民病院呼吸器科 ★ 現 中村市立市民病院内科 (受付日平成 10 年 12 月 21 日) 肺血流シンチ(Fig. 3) :99mTc-MAA 静注による肺血 流シンチを施行したが,両側肺底部に血流の欠損が認め られた. 胸水検査:胸水穿刺で黄色の胸水が極少量採取でき細 経気管支肺生検で診断した肺梗塞症の 1 例 975 Table 1 Laboratory data on admission Hematology RBC Hb Ht Plts WBC Neut. Ly. BUN Cr T. chol TG TP Alb Na K 475×104 /μl 15.1 g/dl 47.0 % 23.1×104 /μl 6,840 /μl 67.8 % 17.8 % Mo. Eo. Ba. ESR CRP Chemistry 7.8 % 4.6 % 0.6 % 38 mm/h 3.8 mg/dl T. Bil GOT GPT ALP LDH γ-GTP 1.6 mg/dl 18 IU/L 19 IU/L 198 IU/L 296 IU/L 24 IU/L ChE 122 IU/L Cl Coagulation PT APTT Fibrinogen Plasminogen AT-Ⅲ Protein C Protein C activity Protein S Thrombo test Hepaplastin test 10 mg/dl 1.1 mg/dl 192 mg/dl 71 mg/dl 7.2 g/dl 3.9 g/dl 143 mEq/L 4.0 mEq/L Urinalysis Sputum bacteria ; cytology ; Pleural effusion cytology ; Neut. Ly. 102 mEq/L Eo. 3% others 1% Pulmonary function VC 3.15L (85.5%) FEV1.0 2.64L (83.8%) %DLCO 105.1 % 11.2 sec. 23.5 sec. 287 mg/dl > 20.0 mg/dl > 25 mg/dl 90 % 96 % 13.1 μg/ml 54.6 % 105 % Arterial Blood Gas PaCO2 PaO2 n.s. normal flora class Ⅱ class Ⅱ 57 % 39 % 41.0 Torr 82.4 Torr その周囲には間質の線維性肥厚と軽度のリンパ球浸潤を 認めた.この組織所見より,腫瘤影は肺梗塞によるもの と診断した. 血管造影(Fig. 5) :4 月 14 日に行われた肺動脈造影 では右 A10 の末梢の動脈に中断,分枝欠如が疑われたが その他には明らかな異常は認められなかった.同時に行 われた下肢静脈造影では静脈瘤,閉塞などは見られな かった. 腹部,骨盤 CT:造影 CT で骨盤部深部静脈の閉塞や 静脈瘤は認められなかった. 臨床経過:抗生剤投与をし,経過を見ていたが,発熱, 胸痛は徐々に軽快し,炎症反応も消失し,X 線上の陰影 も徐々に改善した.診断確定後はチクロピジンの投与を 開始し,紹介医のもとで約 6 カ月間投与されその後無治 療で経過観察が行われたが,約 1 年を経過した現在も再 Fig. 1 Chest X-ray film on admission showing pleural effusion in right lung field. 胞診にのみ提出したが,悪性細胞は認めず,細胞分類で は,好中球が約 57% と多く認められた. 発は見られなかった. 考 察 血栓塞栓性肺血管障害は,発症の仕方から肺動脈内で の血栓の形成された肺血栓症と静脈血流中の内因性,外 炎症反応と胸水で好中球が増加していたことより,肺 因性の塞栓子が肺動脈内腔にとらえられた肺塞栓症に分 炎,胸膜炎として抗生剤を投与し経過を見ていたが,肺 けられるが,臨床上,厳密には区別できず,肺血栓・塞 梗塞や器質化肺炎も否定できず,4 月 9 日気管支鏡検査 栓症と呼ばれることも多い.またその組織に壊死が確認 を 施 行 し た.可 視 範 囲 に 異 常 所 見 を 認 め ず 右 S 8 で できれば,肺梗塞症と診断される.発症の原因・誘因と TBLB を行った. してプロテイン C・S 欠損症やループスアンチコアグラ 病理組織学的所見(Fig. 4) :1 本の血管に血栓が形成 ントの出現等の一次性血液凝固線溶系異常,悪性腫瘍や されており,血管も含めて,小範囲の壊死が認められた. ネフローゼ症候群,妊娠,経口避妊薬の使用などの二次 976 日呼吸会誌 37(12),1999. Fig. 3 Pulmonary perfusion scan with 99mTc-MAA showing filling defect in the right lower lobe. a b Fig. 4 Photomicrograph of transbronchial lung biopsy specimen from right S8 showing thrombus and necrotic changes of the vessel wall and lung tissue.(H.E. stain, ×25) c Fig. 2 Chest CT films on admission showing multiple nodular shadows in both lower lung fields and pleural effusion in the right lung field. 性血液凝固線溶系異常の他,機械的要因による血流異常 を惹起する病態が知られている4)∼7).これには,肥満, カテーテル留置,心不全などの他,長期臥床,さらに列 Fig. 5 Pulmonary arterial angiogram showing almost no abnormal findings. 車,飛行機,車等の交通機関で移動する際8),裁縫等に より長時間坐位を取ることでも誘発されることが知られ ている9).本例の場合,健康な中年男性であり,肥満, い.また下肢静脈,骨盤部深部静脈にも明らかな血栓は 糖尿病等もなく,また近年報告されているプロテイン C 認められず,明らかな原因は証明し得なかったが,坐位 ・S 欠損症も見られなかった.血栓症ではプラスミノー による誘因の可能性は否定し得なかった.肺血栓・塞栓 10) ゲンは消費され減少することが知られている が本例で 症は本邦においては非常に稀な疾患とされてきたが,近 はむしろ増加していた.消費にともない一時的に産生が 年その症例数は確実に増加してきており,決して稀な疾 亢進した可能性もあるが詳細は不明である.トロンボテ 患ではなくなってきた.病理所見による肺塞栓症の発見 ストの軽度の低下は,ヘパプラスチンテストは正常であ 頻度は 1965 年から 1984 年まで剖検例中 1.41% と報告 り PIVKA の影響の可能性もあるが原因は明らかでな されている11).欧米ではその頻度ははるかに多く 30% 経気管支肺生検で診断した肺梗塞症の 1 例 の報告もある12).病理所見による診断は剖検あるいは開 13) 胸肺生検がほとんどであり,Wagenvoort ら は特発性 977 3)李 雲柱,新実彰男,白山宏人,他:経気管支肺生 検が診断の手がかりとなった肺塞栓症の 1 例―ネフ 肺高血圧症と診断された症例で開胸肺生検の実施された ローセ症候群との合併例―.気管支学 1996 ; 18 : 26 例中 12 例(46%) を肺塞栓症と診断しているが,TBLB 465―470. では検体が小さく診断困難であると報告している.Gaensler ら14)は 502 例の開胸肺生検例で肺塞栓症と診断した のは 1 例のみと報告している.TBLB を契機に診断しえ 4)Spencer H : Pulmonary thrombosis, fibrin thrombosis and pulmonary embolism and infarction. In : Pathology of the Lung, 4 th ed.(ed. by Spencer, H.) , p. 599―629, Pergamon, Oxford, 1985. たのは Schonfeld ら2),李ら3)の各 1 例で い ず れ も ネ フ 5)Vaezi MF, Rustagi PK, Elson CO : Transient protein ローゼを基礎疾患としステロイドの投与を受けていた. S deficiency associated with cerebral venous throm- 2) Schonfeld ら の 1 例は病理所見では動脈内膜の増生と ヘモジデリンの沈着があり,器質化した肺塞栓に一致す 3) る所見であった.李ら の病理所見は周辺の線維化した 壊死巣とその近傍の肺胞内にヘモジデリン沈着を認めた が肉芽腫は認めず,肺梗塞が示唆され,肺血流シンチな どにより診断されている.肺梗塞は通常出血性梗塞の形 bosis in active ulcerative colitis. Am J Gastroenterology 1995 ; 90 : 313. 6)Ruiz-Arguelles GJ, Ruiz-Arguelles A, Deleze M : Acquired protein C deficiency in a patient with primary antiphospholipid syndorom : Relationship to reactivity of anticardiolipin antibody with thrombomodulin. J Rheumatol 1989 ; 16 : 381. を取り,その肺組織は種々の段階の吸収及び器質化を伴 7)岡本正史,神尾和孝,松浦圭文,他:血栓塞栓性肺 う凝固壊死を呈する.早期には肺胞出血と浮腫が病変の 血管障害.日本臨床別冊,呼吸器症候群(上巻) , 主体となることがある.時間が経過するとともにヘモジ 日本臨床社,大阪,1994 : 633―636. デリン貪食細胞が出血の名残りとして認められ,また線 8)Cruikshank JM, Gorlin R, Jennett B : Air travel and 維化が生じてくる15)16).我々の症例では,1 本の末梢肺 thrombotic episodes : The economy class syndrome. 動脈に血栓あるいは塞栓が形成されており,その血管も 含めて,小範囲の壊死が認められ,肺梗塞の確定診断が 得られた.またその周辺では線維化が認められたがヘモ ジデリン沈着や出血は明らかではなかった.本例では, TBLB による小さな標本ではあるが血栓・塞栓子と周辺 の壊死,線維化等の肺梗塞の所見がそろっており,きわ Lancet 1988 ; 2 : 497. 9)小倉建夫,阿部 直,高田信和,他:坐業が誘因と なった慢性反復型肺血栓塞栓症の 1 例.日胸疾会誌 1996 ; 34 : 194―199. 10)櫻川信夫:プラスミノー ゲ ン(PG) ,プ ラ ス ミ ン (PM) .日本臨床 1995 ; 53 : 51―54. 11)吉良枝郎他:肺血栓塞栓症―わが国における診断と めて稀な症例と考えられた.肺は線溶活性が高いためた 治療の現状―.厚生省循環器病委託費による研究班. とえ血栓・塞栓が発生しても自然に軽快する傾向を示 血栓塞栓性肺血管疾患の診断と治療に関する研究班 す17).本例の場合も胸痛,血痰など肺梗塞の症状として 矛盾しない症状が当初から認められた.基礎疾患も無く 抗生剤で経過を見られ,一時的な軽快を得たため,肺炎 ・胸膜炎と考えられていたが,それが繰返されたため確 報告(班長吉良枝郎) ,1988. 12)Diebold J, Lohrs U : Venous thrombosis and pulmonary embolism. Pathol Res Pract 1991 ; 187 : 260― 266. 13)Wagenvoort CA : Lung biopssies in the differential 定診断のために TBLB が行われ組織学的に診断し得た. diagnosis of thromboembolic venous primary pul- 肺血栓・塞栓症は通常,肺血流シンチや肺動脈造影によ monary hypertension. Prog Respir Res 1980 ; 13 : り診断されるが,TBLB によって取られた小さな標本で も確定診断が可能な症例があり,積極的な組織学的検索 の有用性が示されたので報告した. 校を終えるに当たり,ご協力いただきました高知市立市民 病院臨床検査科沼本敏先生に深く感謝いたします. 文 献 16―21. 14)Gaensler EA, Carrington CB : Open biopsy for chronic diffuse infiltrative lung disease : clinical, roentogenolographic, and physiologic correlations in 502 patients. Ann Thorac Surg 1980 ; 30 : 411―426. 15)Colby TV, Lombard C, Yousem SA, et al : Atlas of pulmonary surgical pathology. p 308, W.B. Saunders Co., 1991. 1)Moser KM : State of the art. Venous thromboembolism. Am Rev Respir Dis 1990 ; 141 : 235―249. 2)Schonfeld AD, Mehta JB, Spannuth C : Roento- 16)Fraser RG, Pare JAP, Pare PDP, et al : Diagnosis of diseases of the chest., p 1707, W.B. Saunders Co., 1989. genogram of the month. Pulmonary cavity in a pa- 17)James ED, John SB, Harold LB, et al : Resolution tient with nephrotic syndrome and renal vein rate of acute pulmonary embolism in man. New Eng thrombosis. Chest 1988 ; 94 : 1285―1286. J Med 1969 ; 280 : 1194―1999. 978 日呼吸会誌 37(12),1999. Abstract Pulmonary Infarction Diagnosed by Transbronchial Lung Biopsy Hiroyuki Doi1), Eiji Nii1), Hiroaki Muguruma1), Tadashi Nakayama1) and Masayo Terasawa2) 1) Department of Respiratory Disease, Kochi Municipal Hospital, Kochi, Japan 2) Department of Internal Medicine, Nakamura Municipal Hospital, Nakamura, Japan A 43-year-old man complained of chest pain, fever, and hemosputum in February 1997. Chest X-ray films revealed small opacity in the right lower lung field. The patient received therapy for pneumonia and his condition gradually improved. However, on March 21 he was admitted to our hospital with worsened chest pain and radiographic findings. A transbronchial lung biopsy revealed thrombus and necrosis, thus yielding a diagnosis of pulmonary infarction. The patient did not exhibit any underlying disease or coagulation abnormalities. Treatment with ticlopidine resulted in a favorable course. This was a rare case of pulmonary infarction in which TBLB findings led to the diagnosis.
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