気管支内腔にポリープ状の病変を呈した サルコイドーシスの 1 例

256
日呼吸会誌
●症
40(3)
,2002.
例
気管支内腔にポリープ状の病変を呈した
サルコイドーシスの 1 例
石井
寛
迎
貝田 英之
寛
坂本 憲穂
松永 優子
鶴谷 博子
角川 智之
*
門田 淳一
永田十和子
河野
茂
要旨:症例は 51 歳の女性.約 2 年前より胸部異常陰影を指摘されていたが放置し,胸部違和感と陰影の増
強のため当院に紹介入院となった.胸部 CT では腋窩・縦隔・肺門のリンパ節腫大と,肺野に小粒状影や気
管支血管束の肥厚を認めた.気管支鏡検査では,右 B 8 b の入口部にポリープ状の腫瘤性病変を認めた.生
検組織像では,肺野の生検組織像と同様に非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認め,サルコイドーシスの気管支内
病変の可能性が示唆された.極めて稀な症例と考えられたが,同症では,一見正常にみえる気管支粘膜生検
でも肉芽腫を検出することもあるため,診断には慎重を要し,今後の経過観察が重要である.
キーワード:サルコイドーシス,気管支鏡所見,気管支粘膜生検
Sarcoidosis,Bronchoscopic findings,Endobronchial biopsy
軽度の乾性咳嗽が出現したため同医を受診したところ,
はじめに
画像上陰影の増悪を認めたため,精査目的にて同年 6 月
サルコイドーシス(以下サ症)における気管支鏡所見
として,網目状の血管増生,粘膜面の黄白色プラークや
1)
2)
に当科へ紹介入院となった.
入院時現症:身長 161 cm,体重 83 kg(BMI ; 32.3)
.
小結節,粘膜浮腫などが一般的に知られている .また,
血 圧 140!
90 mmHg,脈 拍 70!
分,整.体 温 36.4℃.貧
縦隔・肺門リンパ節腫大による壁外圧排性の気管支狭窄
血,黄疸なし.右鎖骨上窩に径 1 cm 大,左腋窩に径 1.5
3)
∼5)
が,本邦では欧米に比し,これらの
cm 大のリンパ節をそれぞれ 1 つずつ触知した.胸部聴
所見を有する症例は比較的少ない.実際欧米では,サ症
診上は異常なく,皮膚所見や神経学的所見に異常は認め
の気管支病変や気管支粘膜生検の陽性率には人種により
られなかった.
例の報告もある
2)
6)
差があると報告されている .今回我々は,その中でも
入院時検査成績(Table)
:尿一般・血算・肝機能・
極めて稀と思われる,ポリープ状の病変を呈した症例を
腎機能はいずれも正常であった.血清 Ca 値は正常で,
経験したので,文献的考察を加えて報告する.
IgG・IgA が軽度高値を示し, ACE は正常であったが,
症
例
リゾチームが高値であった.抗核抗体が陽性であったが,
リウマチ因子や他の自己抗体は全て陰性であった.また,
患者:51 歳,女性.
血清 KL-6 が 863 U!
ml と高値を示しており,肺野病変
主訴:胸部違和感,全身倦怠感.
を反映しているものと思われた.血液ガス分析では明ら
既往歴:19 歳時;虫垂炎, 数年前より高血圧治療中.
かな低酸素血症は認めず,呼吸機能も正常範囲内であっ
生活歴:喫煙歴なし.飲酒歴;機会飲酒.職業;事務
た.ツベルクリン反応は陰性であった.また心電図,心
職.
家族歴:父親;喉頭癌.
臓超音波検査では異常は認められなかった.
入院時画像所見:胸部 X 線写真(Fig. 1)では,両下
現病歴:1999 年 9 月,検診にて胸部異常陰影を指摘
肺野の線状網状陰影と,右上縦隔から両肺門の腫大を認
され,胸部 CT にて両下肺野の間質性陰影と軽度の縦隔
めた.1999 年および 2000 年の検診での胸部 X 線写真に
リンパ節腫大を認めたが,精査は行われず,近医で経過
比べて,両肺門の腫大はより著明であった.胸部 CT で
観察されていた.2001 年 5 月初旬より上記症状および
は,両上葉を中心に小粒状影,両下葉には気管支血管束
〒852―8501 長崎市坂本 1 丁目 7 番 1 号
長崎大学第 2 内科
*
大分医科大学第 2 内科
(受付日平成 13 年 8 月 16 日)
や小葉間隔壁の肥厚を認め(Fig. 2A)
,縦隔条件では腋
窩・縦隔・肺門に,著明なリンパ節腫大を認めた(Fig.
2B)
.無気肺像は認めなかった.
気管支鏡所見:肉眼所見では,両側の主気管支以下の
ポリープ状病変を呈したサルコイドーシス
257
Table Laboratory data obtained on admission
Arterial blood gas analysis :
Serology :
(room air : at rest) CRP
0.17 mg/dl
pH
7.436
IgG
2,450 mg/dl↑
PaO2
83.9 Torr
IgA
446 mg/dl↑
PaCO2
38.9 Torr
IgM
61.2 mg/dl
HCO3−
25.8 mmol/L
ACE
10.0 IU/L
AaDO2
17.5 Torr
Lysozyme
36.6 μg/m↑
Hematology :
ANA
×80(Sp)
↑
WBC
3,900 /mm3
RF
(−)
Neut
50 %
ssDNA antibody(−)
Lymph
36 %
dsDNA antibody
(−)
Mono
8%
RNP antibody (−)
Eosino
5%
Scl-70 antibody(−)
Baso
1%
SS-A antibody (−)
Hb
12.7 g/dl
SS-B antibody (−)
RBC
433×104 /mm3
Sm antibody (−)
PLT
14.4×104 /mm3
KL-6( N<500)
863 U/ml↑
ESR
43 mm/hr↑
SP-D
105 ng/ml
Biochemistry :
SP-A
10.6 ng/ml
TP
7.6 g/dl
CEA
0.6 ng/ml
BUN
14 mg/dl
HTLV-I antibody
(−)
Cr
0.5 mg/dl
PPD : negative
T-cho
190 mg/dl
Pulmonary function test :
AST
19 IU/L
VC
2.60 L
ALT
16 IU/L
%VC
97.7 %
LDH
166 IU/L
FEV1.0
2.13 L
Na
140 mEq/L
FEV1.0%
84.5 %
K
3.7 mEq/L
%DLCO
76.1 %
Cl
105 mEq/L
DLCO/VA
5.58
Ca
9.6 mg/dl
A
↑ : abnormally high. N : normal value.
B
Fig. 1 Chest radiograph obtained on admission, showing`bilateral hilar lymphadenopathy’
and reticular
shadows in both lower lung fields.
Fig. 2 Computed tomogram of the chest, showing multiple small nodular shadows and thickening of the
bronchovascular bundles bilaterally(A)
, and marked
swolling of the lymph nodes in the left axilla, mediastinum, and bilateral hilus of the lung(B)
.
粘膜面に著明な血管増生像を認め(Fig. 3A)
,右 B8b の
なかった.しかし,右肺 S8 の間質性陰影より経気管支
入口部は軽度狭窄しているものの喀痰の流出等はみられ
肺生検(以下 TBLB)を施行するため,同部で生検鉗子
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,2002.
Fig. 3 Bronchoscopic findings, showing bronchial mucosal hypervascularity(A)and a smooth surfaced
polypoid lesion located at the orifice of the right B8b(B)
.
Fig. 4 Microscopic findings. The transbronchial biopsy
specimen of the polypoid lesion showed non-caseating
epithelioid cell granulomas in the bronchial mucosa(H.
E. stain, ×100)
.
を用いた作業をしていたところ,右 B8b の入口部に,表
面平滑で柔らかい非拍動性のポリープ状腫瘤性病変が,
ほぼ明瞭な立ち上がりで確認された(Fig. 3B)
.腫瘤性
病変周囲の粘膜面はやや浮腫状であった.TBLB 施行後,
この腫瘤性病変に対しても計 2 回の鉗子生検を施行し
た.また,右 B5a より得られた気管支肺胞洗浄液所見で
ml,マクロファージ 34.6%,リ
は,総細胞数 4.5×105!
ンパ球 64.8%,好中球 0.6% と,総細胞数の軽度増加と
リンパ球比率の著増を認めた.CD 4!
CD 8 比は 1.48 と
上昇はみられず,異常リンパ球は認めなかった.
Fig. 5 67Ga-citrate scintigram, showing accentuated accumulation in the axillary, hilar, and mediastinal
lymph nodes and in the left femur
病理組織像:右肺 S8 からの TBLB および右 B8b 入口
部の腫瘤性病変(Fig. 4)
,いずれの生検標本においても
非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認めた.なお抗酸菌は認め
左大腿部に集積を認めた.大腿筋群は MRI でも異常信
ず,腫瘤性病変の鉗子生検組織内にはリンパ節構造は確
号域として認められ,特に左中間広筋で顕著であった.
認されなかった.
サ症による筋病変と考えられたが,無症状で理学的にも
全身ガリウムシンチ(Fig. 5)
:腋窩部・縦隔・肺門部,
異常は認められなかった.
ポリープ状病変を呈したサルコイドーシス
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心筋シンチ:とくに異常は認められなかった.
は現在進行性の呼吸器症状や低酸素血症を認めず,ポ
眼科的診察:両硝子体混濁,角膜後面沈着物を認め,
リープ状隆起が常時気管支内腔を塞いでいる状態ではな
両側ぶどう膜炎の診断にて,ステロイド点眼薬が開始と
かったため,ステロイドの全身投与は行わなかった.し
なった.
かし今後この病変による気管支の閉塞もありうるため,
以上の所見よりサ症と診断し,ポリープ状の腫瘤性病
閉塞性肺炎の併発など,注意深い観察が必要である.ま
変もサ症による気管支内病変の可能性があると判断し
た本症例においては,今後ステロイド治療あるいは自然
た.これまで閉塞性肺炎の既往はなく,現時点では進行
経過により,縦隔・肺門リンパ節や肺病変の消退にとも
性の呼吸器症状や呼吸機能低下は認めないことから,無
なってこの気管支病変が消退していく場合は,サ症の気
治療にて退院とし,経過観察中である.
管支病変の可能性がさらに高まると思われる.
考
案
1)
1981 年,Armstrong ら は 101 例のサ症患者を検討し,
Armstrong ら1),および Shorr らの報 告6)で は,い ず
れも気管支粘膜生検の高い陽性率を指摘している.これ
はサ症を疑って気管支肺胞洗浄や TBLB を行う場合に,
気管支鏡所見として mucosal nodularity(黄白色プラー
比較的侵襲の少ない気管支粘膜生検を併用することでよ
クや小結節)が 64%,mucosal edema(粘膜浮腫)が 55
り診断率の向上につながることを示唆している.また
%,hypervascularity
(血管増生)
が 38%,bronchosteno-
Bjermer ら9)は,気管支粘膜生検での陽性者は気管支肺
sis(気管支狭窄)が 26% みられたと報告した.一方本
胞洗浄液中のリンパ球比率が有意に高く,しかもステロ
邦ではサ症の気管支鏡所見に関する文献は少なく,原田
イドの全身投与を必要とする進行例が多いとも報告して
5)
らの報告 では血管増生が 11 例中 7 例,結節が 2 例,黄
いる.しかしながらサ症の気管支・肺病変には,人種に
白色プラークが 3 例であった.我々の経験においても,
よる差もあることから,今後本邦におけるサ症の気管支
血管増生を認めることは比較的多いものの他の所見は少
鏡所見の集積と,気管支粘膜生検の陽性率についてさら
ない印象がある.
なる検討が必要と考えられた.
1997 年の Torrington らの報告2)によると,サ症患者
文
の 55% でなんらかの気管支鏡所見を有し,白人系アメ
献
リカ人に比べて黒人系アメリカ人では,TBLB および気
1)Armstrong JR, Radke JR, Kvale PA, et al : Endo-
管支粘膜生検において有意にその診断率が高かったとし
scopic findings in sarcoidosis : characteristics and
ている.よってサ症の気管支・肺病変に関しては,この
correlations with radiographic staging and bron-
ように人種による差があると思われる.
chial mucosal biopsy yield. Ann Otol 1981 ; 90 : 339―
前述のような気管支鏡での各所見は,単独あるいは重
複してみられる1)2)が,今回我々が経験した症例では,血
管増生と気管支内腔のポリープ状病変の両者がみられ
た.このような隆起性の腫瘤性病変を認めた文献報告例
は,検索し得た範囲で 2 例しかなく7)8),極めて稀と考え
られる.いずれも気管支鏡下生検で気管支粘膜内に非乾
343.
2)Trrington KG, Shorr AF, Parker JW : Endobronchial disease and racial differences in pulmonary
sarcoidosis. Chest 1997 ; 111 : 619―622.
3)Lavergne F, Clerici C, Sadoun D, et al : Airway obstruction in bronchial sarcoidosis : outcome with
treatment. Chest 1999 ; 116 : 1194―1199.
酪性類上皮細胞肉芽腫を認めており,サ症の気管支内病
4)Bachmayer J, Burgher LW : Poor correlation of
変と考えられているが,腫瘤性病変の摘出標本を病理学
symptoms, roentgenograms and pulmonary func-
的に検討したものではない.2001 年に Shorr ら6)は,黒
tions in a case of endobronchial sarcoidosis. SD J
人系アメリカ人 34 例のサ症患者に気管支鏡下の気管支
Med 1979 ; 32 : 35―38.
粘膜生検を施行し,なんらかの気管支鏡所見を有した 24
5)原田 進,宮崎信義,城戸優光,他:高度な気管支
例中 18 例(75%)に肉芽腫を検出しているが,一見正
病変を呈したサルコイドーシスの一症例.J UOEH
常にみえる気管支粘膜の生検でも 10 例中 3 例(30%)で
1986 ; 8 : 73―78.
肉芽腫を検出したと報告した.同様に Armstrong らの
6)Shorr AF, Trrington KG, Hnatiuk OW : Endobron-
検討1)でも,気管支鏡所見を有さない気管支粘膜の生検
chial biopsy for sarcoidosis : a prospective study.
において,16 例中 6 例(37%)で肉芽腫を検出してい
る.本症例では一見正常の気管支粘膜の生検は施行して
いないが,これらの報告を加味すれば,腫瘤性病変全体
がサ症の気管支病変と判断するには慎重を要する.
サ症の 70% の症例は自然寛解するといわれ,本症例
Chest 2001 ; 120 : 109―114.
7)上原暢子,小山昌三,矢野孝子,他:粘膜下腫瘍様
隆起性病変を認めたサルコイドーシスの 1 例.気管
支学 2001 ; 23 : 481―484.
8)Corsello BF, Lohaus GH, Funahashi A : Endobron-
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chial mass lesion due to sarcoidosis : complete reso-
chial biopsy positive sarcoidosis : relation to bron-
lution with corticosteroids. Thorax 1983 ; 38 : 157―
choalveolar lavage and course of disease. Respir
158.
Med 1991 ; 85 : 229―234.
9)Bjermer L, Thunell M, Rosenhall L, et al : Endobron-
Abstract
A Case of Endobronchial Sarcoidosis Presenting as a Polypoid Lesion
Hiroshi Ishii, Hiroshi Mukae, Yuko Matsunaga, Tomoyuki Kakugawa, Towako Nagata,
Hideyuki Kaida, Noriho Sakamoto, Hiroko Tsurutani,
Jun-ichi Kadota* and Shigeru Kohno
Second Department of Internal Medicine, Nagasaki University School of Medicine,
1―7―1 Sakamoto, Nagasaki, Japan
*
Second Department of Internal Medicine, Oita Medical University
A 51-year-old woman was admitted to our hospital because of deterioration of abnormal chest shadows.
Though the shadows had been pointed out at another hospital about two years before, no evaluation had been
made at that time. A chest CT scan showed multiple small nodular shadows and thickening of the bronchovascular bundles bilaterally, and marked swollen lymph nodes in the axilla, mediastinum, and bilateral the hili of
both lungs. Bronchoscopic evaluation revealed bronchial mucosal hypervascularity and a polypoid lesion at the
orifice of the right B8b. The transbronchial biopsy specimen of the polypoid lesion showed non-caseating epithelioid cell granulomas in the bronchial mucosa. The bronchoalveolar lavage revealed a increase in the total number
of cells including high levels of lymphocytes. Therefore, a diagnosis of sarcoidosis was made. This is a very rare
case of endobronchial sarcoidosis. However, biopsy specimens of normal mucosa in sarcoidosis often show a microscopic sarcoid process, so a diagnosis of endobronchial sarcoidosis in this case should be given prudently.