幸福の臓箆 - タテ書き小説ネット

幸福の臓箆
烏籠
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︻小説タイトル︼
幸福の臓箆
︻Nコード︼
N4509G
︻作者名︼
烏籠
︻あらすじ︼
僕達が永遠に別々の存在なんて、嫌なんだ︱︱︱︱。ある日、戸
渡寛人は幼馴染みであり恋人の水都優杞を家に招く。自分の気持ち
を素直に伝えた優杞と、そのおかげて今まで以上に幸せを実感する
寛人。だが現実はそんな二人の幸せを蝕み、壊してゆく⋮⋮。
1
第一話
泡沫︵前書き︶
初めての長編です。最後までお付き合いくださると嬉しいです。
2
第一話
泡沫
﹁寛人ーー!﹂
放課後の廊下。
静まり返った廊下に響く声に、俺は後ろを振り返った。
小柄な少年がこちらに走って来るのが見える。
﹁優杞﹂
自然と笑みをこぼしながら名前を呼んだ。
﹁今から帰るの?﹂
傍に駆け寄ってきた優杞は息を切らせながら尋ねてくる。
俺より身長がやや低い優杞は必然的に見上げるようなかたちになる。
一緒に帰ろう、ということなのだろう。
もちろん断る理由はない。そのつもりで迎えに行く途中だったのだ
から。
﹁ああ、一緒に帰るか?﹂
﹁うん!﹂
目を輝かせる様子はまるで子犬のようで、寛人はさらに笑みを深め
3
た。
﹁これで耳と尻尾があればな⋮⋮﹂
思わず本音がぽろりとこぼれた。
﹁なっ⋮⋮!﹂
そしてその言葉を聞いた瞬間、優杞は顔を真っ赤にした。
﹁そんなシュミがあったのか!僕は猫じゃないっ﹂
いったいどんなことを想像したのか定かではないが、とにかく必死
な様子が微笑ましい。
ここが学校じゃなかったらおもいっきり抱きしめたい。
﹁おー、猫か。⋮⋮それもいいな﹂
﹁違うって言ってるだろっ。寛人のばかぁー!﹂
ごめんごめん、と謝りながら俺は歩きだした。
なんだかんだ文句を言いながら優杞は俺の隣を歩いた。
ネコミミの話題が冷めて優杞の機嫌が直ったころを見計らって、俺
は話を切り出した。
今日は“ただ一緒に帰る”という以外に、別の目的があった。
﹁優杞、今日なんか用事ある?﹂
4
﹁え?別にないよ﹂
どうして?というような視線を向けてくる。
﹁だったら、家寄ってけよ﹂
﹁いいの?やった!﹂
それと同時に俺もやった!と叫び出したい気分だった。
両手を挙げて喜ぶ優杞を見て、本当に子犬みたいだな、と思った。
自然と顔が緩みそうになるのを抑えながら、優杞の隣を歩いた。
その後俺達は学校を後にして俺の家に着いた。
﹁いつも思うけど寛人の部屋って綺麗に片付いてるよね﹂
﹁優杞の部屋はいつも散らかってるけどな﹂
その言葉に優杞はむきになって怒る。
その様子を見て俺はまた優杞をからかう。
こんなやりとりをしながら2人っきりの時間を過ごした。
﹁あっ、もうこんな時間。そろそろ帰ろうかな﹂
そう言って立ち上がる優杞の手首を掴んだ。
びっくりした様子の優杞の手首を掴んだまま立ち上がった。
5
﹁今日から一週間、うちの親仕事で帰ってこないんだ﹂
手首から手を離すと硬直したままの優杞を背後から抱き締めた。
﹁今日、泊まってけよ﹂
耳もとで囁くと優杞はびくり、と震えた。
この反応が拒絶から来るものではないのをわかっていたから、俺は
抱き締める力を強めた。
この言葉の意味がわからないほど優杞は子どもじゃない。
みなとゆうき
しばらくの沈黙あと優杞は消え入りそうな声でうん、と答えた。
とわたひろと
俺、戸渡寛人と水都優杞はいわゆる恋人同士という関係だ。
小さい頃からの幼馴染みで同じ幼稚園、小学校に通っていた。
中学に入った頃から俺は徐々に優杞を意識するようになった。
気がついたら優杞を目で追っていたり、いつも優杞のことを考えて
いた。
自分の気持ちを伝えるのに当然抵抗はあった。
言ってしまえば俺達の関係は壊れてしまうかもしれない。
第一、俺達は男同士だ。
それでも、このままでいるのは嫌だった。
俺は断られるのを覚悟で優杞に思いを伝えた。
﹁優杞、好きだ。付き合ってくれ﹂
案の定、優杞はびっくりしていた。
6
しばらくの間のあと、優杞はやっと口を開いた。
だが、優杞の口からは予想もしない答えが返ってきた。
﹁あのね、寛人。今日何の日かわかってる?﹂
﹁へ⋮⋮?﹂
思わず間抜けな声が出る。今の話の流れでどうしてそんな言葉が出
るんだ?
言葉の意味を図りかねていると、優杞がはぁ、とため息をついた。
﹁あきれた⋮⋮、自分の誕生日も忘れたの?﹂
⋮⋮あ。
しばらくの間を置いてようやく俺は今日が自分の誕生日だというこ
とを思い出した。
よっぽど間抜けな顔をしていたのだろう、優杞は変な顔ー、と笑う。
﹁誕生日おめでとう、寛人。それと、その⋮⋮﹂
ほんの少し俯きながら、優杞は躊躇いがちに喋った。
﹁僕も寛人が、好き﹂
この日を境に俺達は付き合い始めた。
日付が変わった深夜。
俺の部屋では密かな攻防が繰り広げられていた。
7
﹁さあ、優杞。観念しろ﹂
﹁な、なんの話だよ。僕はただテレビが⋮⋮﹂
﹁そんなに楽しいか、それ。優杞は通販好きなんだな、俺より﹂
テレビ画面では商品の説明を長々と喋り続けている。
﹁いや、そういうことじゃなくて⋮⋮﹂
︵すごいよキャシー!この包丁、まな板も切れるんだね︶
﹁じゃあどういうことだよ。そんなこと言い続けてもう2時間にな
るぞ﹂
︵ええ、すごいでしょ?マイケル。今なら3本セットでお買い特よ︶
﹁だ、だって⋮⋮﹂
︵本当かい?今買わなきゃ損だね!︶
︵それだけじゃないのよ。なんとまな板とセットで︱︱︱︱︶
ピッ。
問答無用で電源を切る。
さようなら、マイケル。
そんな包丁、まな板がいくつあっても足りねえよ。
﹁ああっ、消すな!﹂
8
優杞の抗議を無視してリモコンを側に放り投げた。
そして意識がテレビに向いている優杞の両肩に手を掛け、後ろに押
した。
バランスを崩した優杞は背後のベッドに倒れ、必然的に優杞を押し
倒す態勢になった。
俺達が付き合い始めて今日までこの1ヶ月間、そういうことを全く
していない。
もちろんそれ目当てで付き合ってるわけじゃないが、俺だって男だ。
優杞と、ひとつになりたい。
﹁優杞⋮⋮﹂
少し低い声で熱を帯た瞳で見つめながら名前を呼ぶ。
優杞は顔を真っ赤にして視線を反らした。
﹁ちゃんとこっち見て﹂
右手を優杞の片頬にそっと添える。
すると優杞は少し戸惑いがちにこっちを見つめた。
﹁だって、こんなことしたことないから⋮⋮﹂
﹁怖い⋮⋮?﹂
俺の問いかけにこくり、と優杞は頷いた。
その瞬間耐えきれずに泣きだしてしまった。
未知の恐怖に脅える躯を、俺は抱き締めた。
﹁ごめん、急ぎ過ぎた﹂
9
なだめるようにそっと頭を撫でた。
﹁別にそういうことだけが全てじゃないよな。でも﹂
そこで一旦体を離し、もう一度優杞の瞳を見つめながら言葉を続け
た。
﹁やっぱり俺は優杞のことが好きだから、いつでも側に居たいし抱
き締めたい。触りたいしキスもしたい。それだけはどうしても抑え
きれない。優杞を、感じていたいんだ。﹂
ふたりの視線がお互いの瞳を捕えて離さない。
しばらく無言で見つめあう。
﹁でも優杞が嫌なら、俺は無理強いはしないから﹂
そう言って優杞から離れた。
その時、ベッドから降りようとした俺の首を優杞は抱き寄せ、唇に
自分のそれを重ねた。
バランスを崩した俺は優杞とベッドに倒れこむ。
﹁⋮⋮なにぼーっとしてるんだよ﹂
なにがなんだかわからずにいると、俺を見上げながら優杞は言った。
﹁きなよ、寛人﹂
挑発的な口調のわりには、優杞の顔は真っ赤だ。
その様子に笑みをこぼし、精一杯強がって見せるこの子犬を一生離
さないと、誓った。
10
翌朝。
先に目を覚ました俺は、隣で眠る恋人の寝顔を見た。
頬に触れたり、髪を梳いたりしていると、優杞が目を覚ました。
寝ぼけ眼で俺を見て、しばらくぼーっとしていた。
﹁⋮⋮寛人?﹂
﹁おはよ、優杞﹂
にっこりと笑うと、完全に目が覚めた優杞としっかり目が合う。
しばらく硬直したままだった優杞は次の瞬間、顔を真っ赤にした。
﹁お⋮⋮おはよう﹂
今にも消え入りそうな小さな声だ。
﹁何?もしかして思い出した?﹂
﹁なっ⋮ち、違うよ!﹂
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべると優杞はこれ以上ないくらい
赤面し、反抗する。
そんな様子でもお構いなしに優杞を抱き締める。
﹁愛してる、優杞﹂
11
それから、俺が優杞を解放したのは昼前だった。
﹁やっぱりまだ痛い⋮⋮﹂
優杞が腰を痛そうにさする。
﹁もっとゆっくりしてけばいーのに。せっかくの休みなのなんだか
らさ﹂
﹁仕方ないだろ。父さんにもう連絡してあるし。心配性なんだよ、
あの人﹂
いまだ納得がいかず名残惜しそうに優杞を見つめる。
﹁そんなにすねるなよ。明日は日曜なんだから。2人でどこか行こ
うよ﹂
がばっ!
勢いよく顔を上げる。
﹁ひょっとして、デート?﹂
優杞はデートと聞いた途端に赤面して顔を背ける。
嬉しさで顔が緩む。
﹁そっ、それじゃ、僕もう帰るからっ﹂
12
そう言うと優杞はもの凄い勢いでその場を後にした。
その背中を見送りながら寛人は幸せを噛み締めるように急いで声を
かけた。
﹁ああ、また明日﹂
バタンッと大きな音をたててドアが閉まる。
だが、しばらくすると遠ざかったはずの足音がなぜか近付いてくる。
優杞の気配がドアの前で止まった。
なんとなくドアにもたれ掛かった。
優杞もきっとそうしてると思って。
﹁⋮⋮ねぇ、寛人。僕すごく幸せだよ﹂
言葉を返そうとしたが、あえて黙ったままでいた。
優杞がそれを望んでいるような気がしたからだ。
﹁寛人と一緒にいられることが何よりも嬉しいんだ。今まで恥ずか
しくて言えなかったけど。
でも寛人が素直な気持ち伝えてくれたから、僕も自分の気持ちに正
直になってみようかなって思ったんだ﹂
ガチャリ、とドアノブが回る音。
反射的に身を引くとドアが開く。
そして優杞は俺の襟首を掴んで顔を引き寄せ、そっと唇に触れた。
﹁寛人と、一緒になれてよかった﹂
ふわり、微笑む。
13
﹁⋮⋮じゃあね、また明日﹂
再び優杞の足音が遠ざかる。残された俺は呆然と立ち尽くしていた。
﹁⋮⋮耳まで真っ赤だった﹂
ぽつり、呟いた。
本当は恥ずかしくて仕方がないくせに。
ああ、なんて愛おしいんだろう。
優杞。
そしてその場に大の字に寝転がった。
そんなの、俺だって。
﹁俺だって、幸せだよ!﹂
この幸せがずっと続きますように。
ずっと一緒にいられますように。
14
信じてる。
信じていた、のに。
15
第一話
泡沫︵後書き︶
一年ほど前に書いていたものです。一日一話のペースでの投稿予定
です。前書きは注意事項がある時のみにします。感想等お待ちして
います。それではしばらくの間、お付き合いくださいませ。
16
第二話
発覚︵前書き︶
R15。無理矢理系です。
17
第二話
発覚
寛人の家をあとにし、僕は家路に着いていた。
明日の事を考えるだけで、今から待ちどうしくて仕方がない。
僕達が付き合い始めて三ヶ月くらいになるが、僕から誘うのは初め
てだった。
お互いの家に行き来することがほとんどで、デートなんて数える程
しかしたことがない。︵恥ずかしさから僕はその数回さえもデート
と認めてはいない︶
しかも誘うのはいつも寛人の方だった。︵やっぱり恥ずかしかった
から此方から誘うなんて出来なかった︶
今思い出すだけでも恥ずかしい。
﹁あー、早く明日にならないかなー﹂
恥ずかしさを紛らわすように呟いた。
﹁ただいまー﹂
返事がないからてっきり誰もいないのかと視線を下に向けると、父
さんの靴が置いてあるのが目に入った。
そういえば、リビングからテレビの音が聞こえてくる。
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なぜか電気が点いておらず真っ暗だったが、とりあえずリビングに
向かう。
開けっぱなしのドアから部屋を覗くと案の定真っ暗な部屋で父さん
はソファに座りテレビを視ていた。
﹁ただいま父さん。どうしたの?電気も点けないで﹂
﹁ああ、優杞。おかえり﹂
くるり、と此方を向いて笑顔で答える。
いつもと変わらない笑みになぜか違和感を覚えた。
でもそれはテレビの光と真っ暗な部屋のせいだ。
﹁どうした、父さんの顔に何か付いてるのか﹂
﹁あ⋮⋮、別になんでもないよ﹂
どうかしてる。
父さんの笑顔が怖いなんて。
﹁それより、何見てるの。電気も点けないでさ⋮⋮﹂
そう言って画面を見ると、幼ない男の子が楽しそうに笑っている姿
が写っていた。
﹁これ⋮⋮もしかして、僕?﹂
﹁ああ、幼稚園の運動会の時の優杞だ。他にもまだあるぞ﹂
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そう自慢げに話す姿は、やっぱりいつもの父さんだ。
少しほっとしながら、父さんの隣に座る。
﹁まだ残してるの?﹂
﹁当たり前だろ、お前は父さんの自慢の息子だ﹂
本当に親馬鹿だな。
父さんは昔から僕に甘い。
聞いてるこっちが恥ずかしい。
﹁本当に大きくなったな﹂
﹁何だよ、突然﹂
唐突に頭を撫でられる。
﹁子供の成長ってのはあっという間だな。母さんが死んでもう四年
になるが、お前は本当に父さんの心の支えだったよ﹂
何だか気恥ずかしくなる。
今日は本当にどうしたんだろう?
﹁僕だって悲しかったよ。それでも父さんがいてくれたから、僕は
頑張れたんだよ。
それに僕には寛人がいるし⋮⋮﹂
﹁そんなに奴のことが好きなのか﹂
20
父さんの顔付きが変わり、今まで聞いた事のない声で言う。
﹁父さん⋮⋮?どうしたの突然⋮⋮﹂
﹁答えろ﹂
びくり、と体が震えた。
﹁だって、小さい頃からの友達だし⋮⋮﹂
﹁友達?﹂
父さんは馬鹿にするように鼻で笑った。
﹁お前は友達相手に寝るのか?﹂
その瞬間、全身から血の気が引いた。
信じられない。
今、父さんは何て言った?
﹁な⋮⋮なんで⋮⋮﹂
知ってるの?
﹁やっぱり、寝たのか﹂
しまった。
そう思ったが、もう手遅れだった。
21
﹁お前に悪い虫が付かないようにするためだよ。泊まりに行くなん
て言うからまさかとは思ったが⋮⋮﹂
もう言い逃れはできない。
どうしよう。
﹁父さ⋮⋮﹂
パンッ!
気が付いたら床に倒れていた。
何が起こったのかわからない。
次第に頬が痛みだし、叩かれたのだと理解した。
﹁渡すものか。お前は俺の物だ!﹂
ゆっくりと父さんが近付いてくる。
鬼のような形相で、いつもの優しい父さんの面影はどこにもなかっ
た。
獲物を追い詰める獣、欲望を剥き出しにした一人の男だった。
﹁少し甘やかし過ぎたようだな。この際誰の物なのか、しっかり躾
けてやる﹂
愉悦に満ちた顔の男は足元まで迫っていた。
恐怖で体が動かない。
﹁⋮や、いやだっ、来ないで⋮⋮﹂
違う。
22
こんなの父さんじゃない。
は
俺
の
物
こんな父さんは知らない。
怖い。
前
怖い、怖い!
﹁お
だ﹂
﹁︱︱︱っ、いやだぁああっ!!﹂
僕に逆らう術は無かった。
ズボンのベルトを無理矢理外される。
抵抗すると頬をぶたれた。下着ごと一気に引きずり下ろされる。
体を強引に反転させられ、腰を高くあげる格好にさせられた。
そして尻を容赦なく叩かれる。
﹁ひ⋮っ、痛いっ!﹂
何度も何度も叩かれる。
﹁やだ、やめてっ⋮⋮﹂
﹁口ごたえするなっ!﹂
そう言ってさらに強く叩かれた。
﹁ひうっ、いっ、あっ﹂
23
ずいぶん長い間叩かれ続けた。
やっと止めてもらえた頃には僕はもう抵抗することすらできないほ
どだった。
父さんも息が上がっていた。
父さんの手が僕の方に延ばされる。
﹁もう⋮許してっ⋮⋮﹂
また叩かれると思い涙を浮かべながら必死で懇願する。
すると父さんがにやり、と笑った。
﹁じゃあお尻をぶつのはこれで終わりだ。今度は別のお仕置きにし
ようか﹂
﹁なに⋮⋮?﹂
別のってどういうことなんだろう。
父さんがより一層笑みを深めた。
嫌な予感がする。
﹁そんなに脅えるな。大丈夫、怖くないから。
さあ、優杞。上を脱ぐんだ﹂
え?
﹁聞こえなかったのか。服を脱げと言っているんだ﹂
父さんは何を言ってるんだ?
こんなことを言うなんて絶対におかしい。
24
﹁早くしろ!父さんが可愛がってやるって言ってるんだ!﹂
﹁⋮⋮や、いやだっ!﹂
怖い。
間違ってる、こんなの。
親子なのに!
﹁いやだよ!何でそんなこと言うの?おかしいよ⋮⋮。ねぇ、父さ
ん⋮⋮﹂
言い終わる前にまた頬を叩かれた。
﹁言っただろう、これはお仕置きだ。躾なんだ。教育なんだ。まだ
解らないようだな﹂
再び僕を冷たく睨みつける。
ひどく苛立っているようで、僕はその顔に恐怖を覚えた。
﹁ううっ⋮⋮父さ⋮⋮﹂
﹁パパだ。俺のことはパパと呼べ。解ったか﹂
僕は怖くてただひたすらこくこくと頷いた。
﹁わかったならさっさと脱げ!﹂
﹁ひっ⋮⋮﹂
僕はもつれてうまく動かない指先で必死にシャツの釦を外した。
25
すべて外し終えると震える手でシャツを脱いだ。
僕は靴下以外何も身に着けていない状態になった。
父さんの舐めるような視線に羞恥を覚えて身を固くした。
﹁いい子だ。さあ、パパといいことしようなぁ﹂
恐怖で体が動かない。
逃げるなんて無理だ。
僕は屈するしかなかった。
﹁はい、パパ⋮⋮⋮﹂
目を覚ますと僕は父さんの寝室に運ばれていた。
体中が痛い。
昨日のことを思い出した。
そうだ、僕は父さんに⋮⋮。
その瞬間背筋が凍るような恐怖がよみがえり、吐き気が込み上げて
きた。
ふと、首に違和感を覚えた。
そっと触れてみると、首に何か着いている。
犬用の首輪だろうか。
鎖がじゃらり、と動くたびに音をたてた。
その先はベッドに繋がれていた。
どうなっているかわからないが普通のペット用の首輪なら取り外す
26
ことができるはず。そう思い首輪に手をかけた。
と、同時にドアが開き父さんが部屋に入ってきた。
﹁おはよう、優杞。よく眠れたか?﹂
﹁っ、おはようございます⋮⋮パパ﹂
とっさに手を下ろしたが恐らく手遅れだろう。
父さんはゆっくりと此方に歩み寄る。
﹁優杞はいい子だから、逃げたりしたらどうなるか、わかるよな﹂
﹁ご、ごめんなさいっ﹂
逆らったらどうなるか昨日、身をもって知らされた。
﹁逃げたりしないよ⋮⋮。そのかわり、寛人には何もしないで⋮⋮﹂
昨日の父さんは尋常じゃない。
この様子だと何をするかわからない。
寛人の名前を出したせいか、父さんは不快そうに顔を歪めた。
﹁なんでもするから⋮⋮!だから、お願いします⋮⋮﹂
父さんはしばらく考えるそぶりをした。
﹁⋮本当だな﹂
﹁本当だよ!絶対なんでもするからっ﹂
27
寛人には絶対迷惑をかけたくない。
僕が少し我慢すればいいんだから。
﹁⋮⋮わかった。あいつのことは見逃してやる。そのかわり、俺の
言うことは絶対だ。あいつとは二度と会うな。わかったな?﹂
﹁え⋮⋮﹂
寛人と二度と会えない。
そんなこと考えられない。
でも、逆らうことはできない。
寛人のことは絶対に守らなきゃ。
﹁わかった。寛人にはもう会わない。言うことはなんでも聞くよ⋮
⋮﹂
父さんが満足そうに笑った。
その後僕は父さんに好き勝手にされた。
昨日の疲れが残ったままだが、それでも休むことは許されない。
僕はもはや声にならない悲鳴を上げながらひたすら父さんに揺さぶ
られ続けた。
父さんが出し入れするおぞましい感覚のあと、なかに父さんが欲望
を吐き出すと同時に僕の意識は途切れた。
28
第三話
喪失
優杞が学校を休んだ。
優杞が俺の家に泊まったあの日以来、まったく会っていない。
約束の日曜日、俺と優杞はデートに行かなかった。
あの日、優杞から1通のメールが届いた。
﹃ごめん。今日行けなくなった﹄
何かあったのかと返信したが、それっきり優杞から返事が返ってく
ることはなかった。
そして翌日の今日、学校を休んだ。
気になって優杞のクラスメイトに聴いたところ、風邪で休んでいる
と言われた。
今日も相変わらず音信不通だ。
風邪なら学校を休むくらい別におかしくない。
連絡が取れないのはよっぽど症状がひどいのかもしれない。
けど、何かひっかかる。
あれこれ考えてたって仕方ない。
学校帰りに見舞いに行こう。
29
急に行ったらびっくりするだろうな。
そんなことを考えていたら、急に放課後が待ちどうしくなった。
﹁優杞⋮⋮﹂
早く会いたい。
放課後。
俺は優杞の家に向かった。
その途中でコンビニに寄ってゼリーを買った。
優杞の大好きな苺ゼリー。
学校帰りによく買っていた。
優杞の家に遊びに行ったとき、冷蔵庫に大量のストックがあった。
全部一人で食べると言うのだから驚きだ。
苺ってところがまたいいのだが。
歩くたびにゼリーの入ったビニール袋がガサガサと音をたてた。
喜んでくれるだろうか。
不安と期待を抱きながら、俺は優杞の家に急いだ。
優杞の家に着くと、インターホンを鳴らした。
30
だか、返事はない。
もう一度押してみたが、やはり同じだった。
この時間なら優杞しか家にいないはずだ。
病院にでも行ってるのだろうか。
その時、玄関のドアの向こうから微かに音がした。
するとドアが荒々しく開いた。
優杞の父親だ。
﹁あ、こんにちは。お久しぶりです﹂
少し意外に思いながらも、とりあえず挨拶した。
﹁あの、優杞が風邪で休んでるって聞いて。それで様子を見にきた
んですけど、優杞の具合いどうですか?﹂
﹁⋮⋮まだ相当悪い。会うのは無理だ﹂
拒絶。
そう感じた。
帰れ、ということだろうか。
﹁そう、ですか。じゃあ俺、帰ります﹂
﹁ああ、そうしてくれ﹂
刺のある言い方が気になったが、ここは帰ることにした。
﹁あの、これ⋮⋮。優杞に渡してください﹂
31
そう言ってゼリーの入った袋を渡そうとした。
ぱしんッ
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
足元でビニール袋と袋から飛び出したゼリーが転がっていた。
叩かれた手がじん、と痛んだ。
差し出した手から袋を叩き落とされた。
わからなかったわけじゃない。
ただ、なぜそんなことをされたのか理解できなかったんだ。
﹁⋮⋮もう優杞に近付くな﹂
﹁は⋮⋮?﹂
思わず間抜けな声が出た。
突然の事に頭が回らない。
﹁聞こえなかったのか!今後一切優杞に近付くなと言ったんだ!﹂
物凄い形相で怒りを露にして怒鳴られた。
グシャッ
踏み潰されたゼリーが悲惨な音をたてる。
32
何が何だかさっぱりわからない。
﹁どうして⋮⋮。俺、何か気に障る事言いました?﹂
﹁よくもそんな白々しいことが言えたもんだ。いいか?これ以上優
杞に近付いたら⋮⋮殺してやる!﹂
言い終わると同時に俺の体は勢いよく突き飛ばされた。
そしてドアが素早く閉められた。
﹁ちょっと、待ってください!﹂
すぐに立ち上がりドアに駆け寄る。
﹁うるさい、帰れ!この泥棒が!﹂
しきりにドアを叩くが無駄に終わった。
真っ赤なゼリーが飛び出して
どんなに叩いてもドアは開かなかったし、一切何も聞こえなくなっ
た。
足元に転がったゼリーの容器から、
いた。
原型を留めていないほど、ぐちゃぐちゃだ。
俺は仕方なくその場を後にして、やりきれない気持ちで家路に着い
た。
家に帰ってからも同じだ。
ずっと理由を考えていた。
でも、もう答えは出ている。
それしか考えられない。
優杞と付き合っているのがバレたんだ。
33
別にずっと隠し続けるつもりじゃなかった。
いずれきちんと話すつもりだった。
でも今はまだ早すぎる。
もう少し時間を置こう。
そう考えていた。
それに反対されることも全く考えていなかったわけじゃない。
当たり前だ。
俺達は男同士なのだから。
それでも決してあきらめるつもりはなかった。
覚悟はしていたが、まさかあんな徹底的に拒否されるとは思わなか
った。
いや、もしかしたらあれが正しい反応なのかもしれない。
きっとどこの親だって同じだろう。
自分の息子が男が好きだなんて知ったらショックを受けて当然だ。
あんなふうに言われても仕方なかった。
溝は思った以上に深かった。
だからと言って、あきらめたくない。
俺は優杞を愛してる。
優杞に対する気持ちは今までだって、そしてこれからも変わらない。
男だからとか、そんなこと関係ない。
俺は、優杞が好きなんだ。
優杞だって同じはずだ。
俺だから好きになったんだ。
それに、優杞はあの日言ったじゃないか。
俺と一緒になれてよかったって。
なあ、そうだろ?優杞。
34
今だってその気持ちは変わってないよな。
俺達ずっと一緒だよな?
﹁答えてくれ、優杞⋮⋮﹂
声が聞きたい。
この手で触れたい。
おもいっきり抱きしめたい。
﹁優杞⋮⋮優杞⋮⋮﹂
もう一度、微笑んで。
35
第四話
執着︵前書き︶
R15注意。
36
第四話
執着
玄関のドアを叩く音がする。
しつこい餓鬼だ。
俺の優杞を横取りした泥棒の癖に何事もなかったような顔しやがっ
て。
優杞の幼馴染みで仲のよかった奴のことは信用していた。
お互いの家を頻繁に行き来して遊んでいたし、家族ぐるみの付き合
いもあった。奴は優杞のよき親友であってくれると思っていた。
それなのに、俺を裏切りやがった。
畜生、ふざけやがって!
気が付くとドアを叩く音は止んでいた。
やっとあきらめて帰ったようだ。
だが、俺の怒りは治まらない。
行き場のない怒りは俺の中でとめどなく溢れだし渦巻いてひどく不
快だ。
畜生畜生畜生!
あんな奴に優杞を渡すもんか。
優杞は俺のモノだ!
荒々しく階段を上がる。
目指すは俺の寝室。
俺の可愛い優杞が待っている。
優杞には徹底的に俺のモノだと叩き込ませないといけない。
37
奴じゃなく俺のモノだという事を。
勢いよく寝室のドアを開けると、びっくりしたのかベッドに横たわ
った優杞の体が小さく跳ねる。
完全に脅えきった目で俺を見上げる。
制服のシャツ一枚だけの姿はこの上なく淫靡で、裸以上にいやらし
く見えた。
﹁優杞⋮⋮﹂
優杞の苦痛に歪んだ顔はたまらなくいい。
苦痛と快楽の混じりあった顔で泣き叫ぶ優杞の姿は、確実に俺の欲
を煽りひどく興奮する。
苦痛に歪む顔、快感に悶える体、限界を訴えて泣き叫ぶ声、それら
全てが興奮材料になる。
それにもっと乱れた優杞を見ていたい。
その甘い声に酔いしれる。
もっとパパを呼んでくれ。
もっと乱れて俺を求めろ!
ああ、俺の優杞。
可愛い優杞。
優杞優杞優杞優杞!
ああ、愛してる優杞!
一生俺のモノだ!
38
今から四年前、妻の夕美が病気でこの世を去った。
もともと病弱でおとなしい性格だったが優しくて明るく、俺達家族
にとって太陽のような存在だった。
夕美が死んだショックから俺は立ち直ることが出来なかった。
仕事に行く気力もなく、ただ部屋で何をするわけでもなくぼんやり
としていた。
もう、死のう。
生きていたって仕方ない。もう俺は駄目だ。
そして俺は首吊り自殺を図ろうとした。
縄に首を掛けようとしたその時、丁度優杞が学校から帰ってきた。
異変に気付いた優杞は泣きながら俺の所に駆け寄った。
俺の足にしがみつきながら死なないで、と泣きじゃくった。
ああ、俺はなんて事をしようとしていたんだ!
﹁僕はパパのそばにずっといるよ。だからお願い、死なないで!﹂
俺は優杞のこの一言に救われた。
生きる希望を見付けられた。
俺は見違えるほど元気になった。
優杞はどんなときもあの言葉通り、俺のそばで支えてくれた。
優杞が俺の全てになった。
だが同時に俺は優杞に対して今までとは違った感情を抱くようにな
ってしまった。
いや、そんなの何かの間違いだ。
39
あってはいけないことだ。
俺は自分の気持ちを必死で誤魔化し続けた。
優杞が六年生に上がり、修学旅行に行ったためその間家には俺一人
になった。
正直ほっとしていた。
ちょっと離れていれば落ち着くかもしれない。
少し頭を冷やそう。
丁度いい機会だ。
仕事を終えて帰路に着いた。
家の中は当然のことながら真っ暗だった。
いつもなら俺が帰ってくると、優杞はすぐに出迎えてくれる。
﹃お帰りなさい、父さん。ご飯出来てるよ!﹄
やはりそう簡単には頭から離れそうにない。
さっき買ってきたコンビニ弁当の事に無理矢理考えを切り換えなが
ら靴を脱いだ。
だが結局、俺は弁当に手をつけなかった。
朝には気付かなかったが、机の上に一枚のメモが置かれていた。
﹃父さんへ
今日の分の晩ご飯を作って冷蔵庫に入れてあります。
食べてください。
40
優杞﹄
冷蔵庫を開けるといくつかのおかずか皿に盛り付けられ、ラップが
かけてあった。
買ってきた弁当の事なんか一瞬で吹き飛んだ。
普段あまり意識しないが、優杞の作る料理は夕美の作る料理の味に
そっくりだ。
そんな事を考えていたらやはり寂しさが込み上げてきた。
俺は寂しさを紛らわすように風呂に入ったり、テレビを見たり、部
屋中をうろうろと歩き回った。
どうにも落ち着かない。
仕方なくさっさと寝ることにした。
だが、ちっとも眠くならない。
ずっと優杞のことが頭から離れない。
ベッドから起き上がると、俺の足は自然に優杞の部屋に向かってい
た。
ずっと避けるようにしていたせいか、この部屋に入るのはずいぶん
久しぶりだ。
部屋中に優杞の匂いが広がっている、なんて思った。
ベッドに倒れ込むように横になった。
うつ伏せの姿勢のまま、深呼吸するように大きく吸い込みながら匂
いをかいだ。
鼻孔をくすぐるその匂いに俺は密かな興奮を覚えた。
優杞がいつも体を休める場所。
無防備に体を横たえ、可愛らしい寝顔で密かに寝息をたてて眠る優
杞。
寝返りをうってそのたびに乱れたパジャマの下から覗く白い肌。
41
こぼれる吐息。
小さな寝言を呟く。
﹃パパ⋮⋮﹄
︱︱︱ドクンッ
シーツにかかった俺の欲が染みをつくった。
俺は、愕然とした。
実の息子の事を考えながら、自慰行為をしてしまった。
もちろんそんな事をしたのはその日が最初で最後だ。
俺は罪悪感にさいなまれながら、それでも口に出して謝るなん出来
るわけないから、ちゃんとした父親になろうと心に決めた。
そして、あの日。
優杞から一本の電話がかかった。
﹁今日、寛人の家に泊まるから﹂
幼馴染みの奴のことを信用しきっていた俺は、もちろん了承した。
だが時間がたつにつれ、次第に不安になってきた。
今までだって何度も泊まりに行ったことはあった。
42
たかが友達の家に泊まるぐらい何の心配もないはずだ。
それでも不安は募るばかりだった。
虫の知らせ、というやつだったのかもしれない。
結局、そのことで頭がいっぱいでほとんど眠れなかった。
一晩中考えていたせいで、俺の中では根拠のない妄想が出来上がっ
ていた。
昼過ぎ。
優杞が帰ってきた。
俺は幼い優杞の映った画面を眺めていた。
そこにいる優杞はあふれんばかりの笑顔を俺に向けている。
不安で仕方なかった俺は、優杞が俺の傍にずっといてくれるという
実感が欲しかった。
優杞に、溺れていたかった。
優杞が部屋に入ってきた。
その姿は昨日までと何も変わらない、
はずだった。
だが、奴との関係に疑いを持った俺には、優杞が情事の余韻で濡れ
た瞳をしているように見えた。
俺の中で疑惑は確信に変わりつつある。
優杞は変わらず俺に話しかける。
俺も何くわぬ顔で優杞と話した。
落ち着け。
優杞がそんな事するわけない。
優杞は俺の自慢の息子なんだ。
43
だが、
﹁それに僕には寛人がいるし⋮﹂
その一言を聞いた瞬間、
俺の理性は、切れた。
許せなかった。
俺から優杞を奪ったあいつが。
信じていた優杞に裏切られたことが。
俺は優杞に凌辱の限りを尽し、優杞を徹底的に躾けた。
どんなに泣こうが叫ぼうが構わない。
それどころか優杞の苦痛に歪む顔や、涙を流しながら必死で許しを
乞う姿にひどく興奮した。
今までにない快感だ。
少し痛い思いをするかもしれないが、これも優杞のためだ。
悪いことなんかじゃない。
今、優杞は俺の横で眠っている。
44
怒りにまかせて酷い抱き方をしてしまった。
だが、これも優杞のためだ。
仕方なかった。
お前はいつわかってくれるんだ。
優杞。
愛してる。
誰にも渡すものか。
俺だけのモノだ。
﹁優杞、優杞、優杞優杞優杞⋮⋮⋮﹂
45
第四話
執着︵後書き︶
優杞の父親の名前は歳夫といいます。お話の中では全く出てきませ
んが⋮⋮。思えばせっかく二人につけた苗字も一回しか使ってない
んですよね⋮⋮。残りあと三話の予定です。
46
第五話
落涙︵前書き︶
残酷描写アリ。いつもより話が長いです。
47
第五話
﹁⋮⋮ん﹂
落涙
目を覚ますと体のあちこちが痛んだ。
部屋中真っ暗で、窓から外の光は入ってこない。
暗闇に目が慣れてから時計に見ると九時を回ったところだった。
そうすると僕は丸一日寝ていたことになる。
いくつか傷はあるものの、体は綺麗にされていた。
相変わらず手首は手錠で拘束されたまま、鎖でベッドに繋がれてい
た。
昨日は一段と酷かった。
寛人が家に訪ねて来たらしく、父さんは大声で怒鳴っていた。
寛人に会いたかったが、鎖で繋がれた僕はどうすることもできない。
例え繋がれていなかったとしても寛人と二度と会わない約束になっ
ている。
寛人を見逃してもらうかわりに、父さんの言うことを何でもきく事
と二度と会わない事を条件に許してもらった。
許してもらう?
どうして?
だっておかしいじゃないか。
僕は何も悪いことなんてしてないのに。
寛人と一緒にいたいだけなのに。
48
父さんは狂っている。
僕を所有物にしたがっている。
自分の思い通りになるように力で捩じ伏せ、服従させて﹃ご主人様﹄
にでもなったつもりでいる。
あんな奴、父さんじゃない。
優しかった父さんはどこかへ行ってしまった。
もう返ってこないんだ。
僕は一生あの男の言いなりなんだ。
好きな人の傍にいることも許されず、死ぬまでずっとあの男の物で
あり続けるんだ。
そんなの、嫌だ。
あの男さえいなければ僕らは幸せになれたのに。
ずっと一緒にいられたはずなのに。
あいつさえいなければ。
あの男が悪いんだ。
あんな奴、いなくなっちゃえばいいのに。
死ねばいいのに。
死。
なら、どうすればいい?
どうすればあいつはいなくなる?
49
なんだ、簡単じゃないか。
そんなの、
階段を上る足音がする。
その足音は真っ直ぐ僕の部屋に近付いてくる。
次いでドアが開き、部屋の電気が点けられる。
﹁優杞、いい子にしてたか?﹂
背中を向けた僕に話しかける。
僕は後ろを振り返り、少し恥じらうようにうつ向き、しばらく間を
空けてから真っ直ぐ男の目を見つめた。
﹁⋮⋮ねぇ、パパ﹂
男の求める僕を演じる。
﹁早くパパが欲しいの。これ外して⋮⋮だめ?﹂
手錠をはめられた手を差し出し、小首をかしげる。
﹁優杞⋮⋮!やっとわかってくれたんだな!解った、外してやる。
パパが可愛がってやるからな﹂
﹁ありがとう、パパ!大好きっ﹂
これで暴力は奮わないだろう。
僕の言ったことをちゃんと信じているみたいだから隙だらけだ。
50
男は手錠を外すとすぐに僕に乗しかかってきた。
男の舌が僕の体を舐め回す。
ナメクジが這っているようで気持ち悪い。
その感覚に吐き気を覚えながら、まるで感じているかのように喘ぐ。
男の求める﹃パパが大好きな従順で淫乱な僕﹄が喘ぐ。
僕は男の期待した通りの反応をし声を上げて、仕草や表情を演じ続
けた。
すっかり僕が自分の物になったと安心したのか、男は事が終わると
僕の隣で眠り始めた。
そっとベッドから抜け出し傍に散らかっていた制服を掴み、真っ先
に風呂場に行ってシャワーを浴びた。
男の体液で汚れた体を一刻も早く洗いたかった。
念入りに体を洗い後処理をすませ、風呂場を出た。
服に着替えたあとで僕はキッチンに向かった。
出来るのか?
本当に出来るのだろうか。
しばらく迷ったが、意を決して包丁を掴み、あの男がいる寝室を目
指した。
ドアを薄く開き中を見ると案の定、男はぐっすり寝入っていた。
そっとドアを閉め、足音をたてないように近付く。
布団を除けても起きる気配はない。
包丁を握る手は汗ばみ、全身から汗が噴きだした。
51
動悸が激しくなり、呼吸が乱れる。
やるんだ。
僕なら出来る。
いっそう力を込めて包丁を握り直した、その時。
男は僅かに身じろいだかと思うと、目を覚ました。
僕は慌てて包丁をベッドの下に隠した。
﹁どうした優杞⋮⋮目が覚めたのか﹂
﹁あ⋮うん、汗かいちゃったから寝苦しくて⋮﹂
慌てて言い訳をしたが、どうやら気づかれてはいないようだ。
﹁よし、ならパパと風呂に入ろう。なぁ?﹂
下心に満ち満ちた気味の悪い笑顔を向ける男。
下手に機嫌を損ねる訳にはいかない。
﹁うん﹂
今は機会を窺おう。
男の寝室から出て風呂場に向かう。
風呂場に着いたら、またあのおぞましい行為をさせられるのだろう。
そう考えた途端、吐き気が込み上げてきた。
52
そして間が悪いことに男の手が僕の肩に、触れた。
瞬間、僕は反射的に男を突き飛ばした。
すぐそこは、階段。
一瞬の出来事だった。
突き飛ばされた男が後ろに倒れる。
よくテレビなんかで交通事故にあった人が事故の瞬間がスローモー
ションに見える、なんて話がある。
勿論、事故になんてあったことないから本当にそうなのかわからな
い。
けど、つい手が滑ってコップを割った時。地面に落ちて割れるまで
の一連の動きの間はいやにゆっくり時間が流れる。
きっとあれと同じことなんだろう。
つまり、そんな感じで、
﹁うわああああ!!﹂
絶叫。
男の体はゆっくりと。ゆっくりと後ろに倒れる。
コップを割った時もそうだったように、僕は父さんの一連の動きを
ただ見ていることしか出来なかった。
男が階段にぶつかり、ごつごつと凄まじい音をたてながら転がり落
ちる。
ゴッ⋮!
53
一番下の段まで落ちた男は最後に一際鈍い音をたてると、やっと動
きを止めた。
僕は金縛りにあったようにその場から動けずにいた。
目の前の光景が信じられない。
まさか⋮⋮死んだ?
ここからじゃよくわからない。もっと近付かないと⋮⋮。
僕は何とかして足を動かした。
階段を一段一段降りて行く。
全身から嫌な汗が吹き出し、足ががくがくと震える。呼吸が乱れて
まともに息ができない。
意を決して男の横を通り過ぎて正面に立つ。
手足があらぬ方向に折れ曲がっている、なんてことをにはなってい
ないが頭から血が出ている。
血の海が出来るほどの出血を想像していたが、そこまで血は出てい
なかった。
おそるおそる屈み込んで様子を伺うが、やっぱり動かない。
死んでる⋮⋮!
全身から血の気が引く。
なのに僕はどこかほっとしていた。
そうだ、これは僕の望んだ事じゃないか。
僕は、自由になれる。
﹁ううっ⋮⋮﹂
54
男がうめき声を上げる。
僕に再び凍りつくような恐怖が蘇った。
恐らく気を失っていたのであろう男が僕の姿を目で捉える。
﹁あぁ優杞!た、頼む、助けてくれ⋮⋮。痛い、痛いんだよ⋮うぐ
ぅ⋮⋮!﹂
男が苦痛に顔を歪めながら必死で懇願する。
痛い、だって?
﹃やだ、やめて⋮⋮、痛い、痛いよ⋮⋮!﹄
﹁なあ頼むよ、助けてくれ!ほら、優杞!﹂
助けてなんかくれなかったじゃないか。
﹃やだやだっ、助けて!﹄
﹁すまなかった、俺が悪かったからっ、だから許してくれ!﹂
﹃ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ許してください⋮
⋮⋮!﹄
どんなに謝っても許してくれなかったくせに。
僕が、何をしたっていうんだ。
﹁⋮⋮救急車、呼んでくるね﹂
ふらりとその場から離れ、リビングに向かう。
﹁あぁ優杞、いい子だ。さすが俺の可愛い息子だ!﹂
55
うるさい黙れ、黙れ黙れ黙れ。
部屋に入った僕は電話を素通りしてキッチンに向かった。
部屋の外では男がしつこくわめいている。
ああ⋮⋮苛々する。煩い煩いうるさい。
僕は目的の物を取り出すとさっさと部屋を出た。
その頃になると男は喋るのも難しいのか、時々痛いと言う以外はほ
とんど意味のないうめき声を上げるだけになった。
僕は後ろ手に包丁を握りしめてゆっくり男に近づいた。
痛みに蹲っている男は僕が隠し持った包丁にまったく気付いていな
い様子だった。
男が再び僕にすがりつくような目を向けた。
﹁よくやったぞ優杞!いや、本当にすまない。パパが悪かった。怒
ってるんだろ?今までの事を。許してくれ、この通りだ!﹂
うるさい。
﹁でもこれは優杞のためなんだ。わかってくれるよな?﹂
黙れ。
﹁そうだ、お前を本当に愛しているのは俺なんだ。お前だってそう
だろう?﹂
やめろ。
﹁パパの事好きだろう?さっきは恥ずかしがってただなんだよな。
あぁ⋮⋮なんて可愛いんだ、優杞。一生俺のモノだ!
56
⋮⋮あーくそ、痛い。優杞、救急車はまだなのか⋮⋮﹂
違う。
僕はお前のモノなんかじゃない。
頭がズキズキと痛む。
震える手で包丁を握りしめる力がこもる。
男が喋るたびにひどく苛々する。頭の中がぐちゃぐちゃになってお
かしくなりそうになる。
痛い痛いと言いながらも喋り続けるこの男に、もはや憎悪以外なに
も感じられない。
あぁもう、煩いうるさいうるさい黙れ!
︱︱︱︱︱ドスッ
僕は、男の腹に目がけて一気に包丁を降り下ろし、突き立てた。
男が自分の腹に刺さった包丁を見て目を見開いた。
﹁ひいぃっ!﹂
すぐに包丁を引き抜き、さらに突き立てた。
続け様に何度も刺し続ける。何度も何度も。
﹁ぐああぁああああ!﹂
グサッ、グサッ、グサッ
﹁うぐぅっ、ぐあっ、ぐぎゃああああ!﹂
57
どんなに叫ぼうが苦しもうが関係ない。
ただひたすら目の前の男を刺し続ける。
﹁やめろっやめてくれえええ!
痛いいたいぃいいぃぎぁあああ!﹂
男が必死の形相で叫ぶ。
男の言葉は僕の怒りをさらに煽る。
﹁うるさいうるさい黙れ!
痛いだって?僕がどんなに痛いって言ってもやめてくれなかったく
せに!﹂
グシャッ、ぐしゃあッ!
﹁つらかった、怖かった、苦しかった!なのに絶対に許してくれな
い!
どうして僕があんなことされなきゃいけなかったんだよ!﹂
﹁ぐぎゃあ!ぎエぇ⋮あがああァっ﹂
グチャッ、グじゅッ
﹁全部お前が悪いんだ!
お前さえいなければ僕は寛人とずっと一緒にいられたのにっ!﹂
そうだ。全てこの男のせいだ。
僕らの幸せはこの男のせいで壊されたんだ。
この男が全てを狂わせた。
58
こんな奴いなくなればいい。この世に存在してはいけない。
幸せを奪われた僕には、この男を罰する権利がある。
この男を殺さなければならない。
殺せ、殺すんだ。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ!
僕は、
僕らは、幸せになるんだ。
ずっと一緒だって誓ったんだ。
だから⋮⋮!
﹁殺してやるっ!﹂
ザシュッ、グジュッ!
﹁ぐぅおぉぉっ、
げあああぁぁあっっ!﹂
消えろ消えろ消えろ!
﹁絶対に許さないっ。
僕らの邪魔はさせない!
お前さえいなければ幸せになれるんだ。
寛人とずっと一緒にいられるんだ!﹂
グチャッ
グジュッジュグッ
59
﹁がっ⋮⋮ぐうぅ⋮ぁあ⋮⋮﹂
﹁死ね死ね死ねっ!
死んじゃえええぇぇー︱︱︱!!
あははははははぁ!﹂
狂ったように笑いながら包丁を突き立てる。
包丁を男の体に刺すたびに僕は幸せに近付いているような気がした。
それが嬉しくて嬉しくて、僕は何度も包丁で刺した。
いつの間にか男の体はぴくりとも動かなくなっていた。
死んだ?
でも僕はそんなのお構い無しに刺し続けた。
失敗は許されない。
確実に殺さないと。殺さないといけない。
本当に死んだのか?
もしかしたら、死んだふりをしてこの場をやり過ごそうとしている
かもしれないじゃないか。
僕が油断した隙をついて襲いかかってくるつもりなんだ。
そうに違いない。絶対そうだ。
僕はさらに包丁を握る手に力を込めた。僕を力でねじ伏せて、無抵
抗になったところで犯すんだ。
何度も、何度も。
男はにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら、僕をいたぶる。
僕はひたすら謝りながら泣き叫ぶことしかできない。
﹃痛いいたいよ!やだやだぁ助けて!もう許してっ⋮⋮いやだぁー
ーー!﹄
60
﹁うあああああああっ!﹂
ぐジュうッ⋮!
﹁騙されるもんかっ!僕はお前の所有物なんかじゃない!
この程度ですむと思うなっ、何とか言えよ!﹂
男は何も言わない。
それがさらに僕を苛立たせた。
﹁⋮なんで、何も言わないんだよ!なんで⋮⋮﹂
涙が出る。
ぐちゃぐちゃになった感情が一気に押し寄せてくる。
この涙が何なのか、わからない。
﹁どうして、何も言ってくれないの⋮⋮?﹂
ああもう、何も見えないよ。
わからないよ。
﹁ねぇ、父さん。
⋮⋮どこに行っちゃったの?﹂
︱︱︱︱カタンッ⋮
包丁が手から滑り落ちた。
﹁あ⋮﹂
61
その瞬間、目に飛び込んできた、
︱︱︱︱︱︱︱赤。
を、見た。
﹁あ⋮あぁ⋮⋮﹂
なに、これ。
﹁あ、う、うそ⋮⋮﹂
知らない、こんなの。
﹁ひっ⋮あ⋮⋮﹂
赤、赤、赤。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤⋮⋮
こんな真っ赤にしたのは、
誰?
﹁僕、が﹂
殺した。
﹁︱︱︱︱うわあああぁぁああああああぁぁぁ!!﹂
僕が、
僕が、殺した。
62
無茶苦茶に刺して刺して刺して。ぐちゃぐちゃにして。
何度も何度も。
ああどうしよう!どうしてこんなことに。
﹁あうぅ⋮⋮父さん﹂
散らばった肉片を掻き集め、原型すらとどめていない腹部に無理矢
理詰め込んだ。
ぬちゃっ、
じゅぐ⋮⋮ずちゃ、
グじゅうっ⋮⋮⋮
﹁⋮⋮いやだ、いやだ⋮⋮ああぁ⋮⋮戻さなきゃ⋮⋮戻さなきゃ⋮
⋮⋮﹂
どうしよう、どうすればいいの?
血が、こんなに沢山出て⋮⋮!
中身も、ぐちゃぐちゃで、戻らないよ。
こんなことをしても手遅れだってわかるはずなのに、混乱して正常
な判断能力を失った僕は泣きながら血肉を父さんの体に戻し続けた。
手にべったりと肉が纏わりついてきて気持ち悪い。
﹁戻らない、戻らない、戻らないよ⋮⋮、
戻らない戻らない、戻らない戻らないもどらない戻らない戻らない
63
戻らない⋮⋮⋮﹂
呪文のように繰り返しながら、ずっとそうしていた。
﹁だめ⋮⋮戻らないよ。どうして、どうしてこんなことに⋮⋮あぁ
僕のせいだ⋮⋮僕が殺しちゃったから⋮⋮あんなに優しくて、大好
きな父さんなのに⋮⋮!全部僕が悪いんだ、全部⋮⋮父さんごめん
なさい、僕が⋮うぅ⋮⋮⋮﹂
もう、訳がわからない。
恐怖と罪悪感、困惑、絶望。
いろいろなものが一気に押し寄せてきて、本当におかしくなりそう
だ。
頭がズキズキと痛んで、ひどく吐き気が込み上げてきた。
﹁うぐぅ⋮⋮ッ!!﹂
堪え切れずにその場で嘔吐した。
﹁げほっ⋮⋮⋮はーっ、はあ⋮⋮﹂
涙と吐瀉物でぐちゃぐちゃになったまま、父さんの胸に顔を埋めて
泣いた。
まだ温かい鮮血がに付着する。
制服のシャツもすでに返り血が染み付いていたから、今更血が付く
ことなんて気にならなかったし、今はそんなことどうでもよかった。
﹁ごめんなさい、父さん。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな
さい、ごめんなさい⋮⋮﹂
64
ごめんなさい、
ごめんなさい︱︱︱︱
どのくらいの間そうしていただろう。
僕は部屋の隅で膝を抱えて蹲っていた。
混乱した頭で考えるがどうすればいいのかわからない。
本当に殺してしまった⋮。
最悪だ。
もう駄目だ。
終わりにしよう、全部。
それでも、最期の瞬間は
﹁寛人⋮⋮﹂
傍に、いたい。
65
第五話
落涙︵後書き︶
遅くなってすみませんでした。
66
第六話
再会︵前書き︶
若干の流血があります。
67
第六話
再会
俺は部屋で落ち着きなく携帯の開け閉めを繰り返していた。
十数分前、優杞からメールが送られてきた。
﹃会いたい。今からそっちに行くから﹄
優杞と俺の家は近いから、もうそろそろ着くはずだ。
時刻は深夜二時を回ったととろだ。
一体こんな時間にどうしたのだろう。
部屋中を行ったり来たりしながら窓から外を覗いた。
すると、家から数十メートル先を歩く人影が見えた。
俺はその姿を捉えた瞬間、部屋を飛び出して階段を駆け降りた。
玄関のドアを勢いよく開けると、びっくりした様子の優杞がそこに
いた。
﹁危ないな。びっくりするじゃないか﹂
優杞が最後まで言い終わる前に、俺は優杞に抱きついた。
﹁⋮⋮寛人?﹂
﹁おかえり、優杞。会いたかった﹂
しばらくの間のあと、躊躇いがちに優杞が俺の背中に腕を回した。
68
﹁⋮⋮ただいま、寛人﹂
しばらくそうしていたあと、俺達は部屋に入った。
俺はどう切り出せばいいか図りかねていた。
今までどうしていたのか、こんな時間にどうしたんだ、とか聴きた
い事は山ほどあった。
﹁寛人﹂
優杞は真っ直ぐ俺の顔を見た。
﹁話したい事があるんだ﹂
優杞は話し始めた。
俺と付き合っていることが父親に知られてしまったこと。
そのことに怒った父親が優杞に酷い暴力をふるって監禁していたこ
と。
そして、その父親を⋮⋮⋮殺してしまったこと。
﹁本当⋮⋮なのか?﹂
信じられない。
優杞がそんなことをするなんて。
﹁本当だよ。この手で⋮⋮殺したんだ﹂
優杞はとても嘘をついているように見えない。
どうやら本当らしい。
69
実際コートを脱いだ優杞の制服には血がべったりと付いていた。
﹁だから今日は、さよならを言いに来たんだ﹂
﹁え⋮⋮?﹂
さよなら?
何で⋮⋮⋮。
﹁自首するつもりはないよ。悪い事をしたって気持ちはあるけど﹂
﹁だったらなんで、﹂
﹁だってこのまま生きてたって寛人と一緒にいられない。そんな人
生、生きてる意味ないよ﹂
そこでやっと優杞のしようとしている事がわかった。
﹁優杞、まさか⋮⋮⋮死ぬつもりなのか?﹂
﹁⋮うん﹂
﹁嘘だろ﹂
﹁嘘じゃないよ﹂
﹁そんな⋮⋮!なぁ優杞考え直せ、優杞が死ぬ必要なんてない。⋮
⋮そうだ、一緒に逃げよう。そしたら、﹂
﹁ごめんね。もうそれしか考えられない﹂
70
優杞の決意は固かった。
一度死を決意した人間は、死から逃れられないのか。
いや、それだけじゃない。
昔からそうだった。
泣き虫のくせに意地っ張りで頑固な性格だった。
でも悪いな、優杞。
こっちにだって意地はある。
俺も優杞のいない人生なんて生きていけない。
﹁だったら、俺も一緒に行く﹂
ひとりでなんて死なせてやるもんか。
﹁一緒に死のう、⋮⋮優杞﹂
優杞の瞳から、涙が流れた。
本当に泣き虫だ。
﹁でも、駄目だよ。そんなの⋮⋮﹂
﹁優杞がやめるなら、俺もやめる﹂
優杞が困った顔をした。
﹁お前ひとりが死んで、俺はその後どうすればいいんだ。俺だって
優杞がいない人生なんて考えられない﹂
だから、頼むから︱︱︱︱︱
71
﹁俺をひとりにしないでくれ﹂
優杞は涙をポロポロこぼしながら言った。
﹁っ、しょうがないな⋮⋮寛人は。本当に僕がいないと、だめなん
だから⋮⋮﹂
﹁それはお互いさまだろ﹂
本当に意地っ張りで泣き虫だ。
おかげで俺も泣きそうだ。
俺は1階に降りてキッチンから果物ナイフを持ってきた。
なんとなく緊張しながら、部屋のドアを開けた。
優杞はベッドの端にちょこんと座っていた。
やっぱり緊張しているらしく、そわそわとして落ち着きがない。
﹁寛人⋮⋮﹂
やや上目使いですがるように俺を見上げる。
思わずどきりと胸が高鳴る。
﹁待たせたな﹂
なにくわぬ顔で話しかけながら隣に腰掛ける。
が、優杞が俺の服の裾をくいっと引っ張った。
さらに上がる心拍数。
﹁あのさ⋮⋮⋮試しに切ってみてよ﹂
72
そう言って指を差し出す。
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
とりあえず優杞の手を掴み、人差し指の先に持っていたナイフを沿
えた。
すうっ、と横に引くと小さな傷ができた。
じわりと血が滲む。
俺はとっさに優杞の指先を口に含んだ。
﹁ちょっと、寛人っ﹂
びっくりした優杞の反対を無視して傷口に吸いつく。
﹁痛っ⋮⋮﹂
優杞が痛みに顔を歪める。
一旦指から口を離し、今度は傷口を舐め上げる。
﹁ひろ、と⋮⋮⋮だめだってば、痛いよ⋮⋮っ﹂
まずい、
止められない。
もう一度、傷口に吸いついた。
﹁あっ⋮う⋮⋮、ひろとっ﹂
ごくり、とわざと喉を鳴らして最後にぺろりと舐めた。
73
﹁⋮⋮優杞、﹂
少し息の上がった優杞か此方を見る。
どちらともなく、お互いに唇を重ねた。
心地よい気だるさを感じながら俺は月明かりにナイフをかざしてい
た。
ナイフは仄暗い部屋の中で妖しく光り、吸い込まれそうな存在感を
放っていた。
俺達が生きるか死ぬかはこの小さな刃物にかかっている。
今だったら止めることもできる。
それでも、優杞が望むなら俺は︱︱︱︱︱
﹁寛人﹂
隣で寝ていた優杞が此方を見ていた。
﹁何だ、起きてたのか﹂
﹁今起きたとこ。それに、いつまでも寝てられない﹂
優杞の視線が俺の手元のナイフに向けられる。
﹁ねえ、寛人﹂
74
ナイフから視線を外した優杞は真っ直ぐ俺を見た。
﹁僕達が永遠に別々の存在なんて、嫌なんだ﹂
俺は優杞の次の言葉を無言で待った。
﹁お願いがあるんだ﹂
お互いの視線が重なる。
﹁僕を、食べて﹂
一瞬何を言っているのかわからなかった。
だから、冗談めかして聴き返した。
﹁まだ足りないのか?﹂
﹁違う、そうじゃない﹂
だったら、
﹁どういう意味だよ﹂
﹁そのままだよ﹂
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優杞の顔は真剣そのものだった。
本当にそのままの意味なんだろう。
﹁本気か⋮⋮?﹂
﹁うん。⋮⋮⋮引いた?やっぱり嫌だよね⋮⋮⋮﹂
不安げに聴いてくる。
﹁全然、嫌じゃない。むしろ嬉しい﹂
優杞が呆気にとられた顔をしている。
人の肉を食べる。
恐ろしい事のはずなのに、不思議と恐怖も嫌悪感もない。
それは、きっと⋮⋮⋮
﹁優杞だから大丈夫なんだ。優杞の血は甘いからな。きっと美味し
いよ﹂
頭を撫でると照れくさそうに後ろを向く。
﹁へんたい⋮⋮⋮﹂
﹁お前がそれを言うか。あーあ、さっきまであんなに素直だったの
に﹂
少しすねたように言いながら、後ろから抱きつく。
﹁なあ、もう一回食べてって言って﹂
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﹁うるさいっ、変態!﹂
こんなふうにふざけあえるのも、これが最後になるんだろう。
俺達に残された時間は、あと少し。
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第六話
再会︵後書き︶
次回、最終話。
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第七話
幸福︵前書き︶
温いですが露骨なカニバリズム等、グロテスクな描写があります。
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第七話
幸福
薄暗い部屋のベッドに横たわった優杞の体は、月明かりのもとに惜
し気もなく晒しだされていた。
所々にある鬱血や打撲の痕が痛々しい。
﹁ごめんな、助けてやれなくて﹂
もっと早く気付いていれば何とかできたかもしれないのに⋮⋮。
﹁いいんだ、寛人。確に人殺しなんて最低だよ。決して許されない。
でも、僕は後悔してない﹂
優杞ははっきりとした口調で言った。
﹁あの男は狂ってたんだ。殺すしかなかった。じゃないと僕達は幸
せにはなれない﹂
優杞の瞳に妖しい光が宿った。
﹁でも、もう大丈夫だよ。僕がちゃんと殺したからね。あんなにグ
チャグチャにしたんだから、もう僕達の邪魔は出来ないよ﹂
ふふっ、と優杞が笑う。
優杞は後戻りできない程壊れているんだ。
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そんな優杞の瞳に魅せられている俺も、きっと狂ってる。
﹁一緒に堕ちよう、寛人﹂
幼さくあどけない表情の裏にある、あまりにも純粋な狂気。
さながら堕天使のよう。
俺はその手を取った。
ナイフを握った手が汗ばむ。
優杞の薄い胸板にそっと手を滑らせる。
左胸に手をあてると心臓が一定の間隔で刻まれる。
そこにナイフの刃先を這わせる。
糸のような傷からうっすらと血が滲む。
今度はさっきより力を込め続けて二回切りつける。
﹁うっ⋮⋮﹂
優杞の顔が苦痛に歪む。
傷口から血がゆっくりと流れだす。
こぼれ出した血を舐めとり、傷口に沿って舌を這わせる。
﹁いたいっ⋮⋮﹂
﹁ちょっと舐めただけだ。こんなんで大丈夫か?﹂
そう言って意地悪く傷口に吸いつく。
﹁うあっ、やだ⋮﹂
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﹁嫌じゃないだろ⋮⋮﹂
存分に優杞の血を味わいながら、傷口に歯を立て、肉をほんの少し
噛み千切る。
ブチッ
﹁いっ、︱︱︱︱ああぁっ!﹂
優杞が悲鳴を上げる。
ぎゅっとシーツを握り締め、痛みに耐えている。
口内に広がる味はひどく甘美な味がした。
ああ、これが優杞の味なんだ⋮⋮。
ゆっくり味わいながら、目の前の愛しい人の肉を祖嚼する。
じっくりと時間をかけて噛み締め、じわりと滲み出るその味と蕩け
るような食感を堪能する。
わざと見せつけるように飲み込んだ。
﹁おいしいよ⋮⋮優杞﹂
初めて味わうその味にうっとりしながら優杞の頬を撫でる。
﹁寛人、もっと⋮⋮﹂
優杞もどこか恍惚とした表情で続きを強請る。
優杞に求められるがままに傷に噛みつく。
ナイフで新しい傷を付けると、血が溢れだす。
止めどなく流れる血に吸いつき、啜り、飲み込む。
そして、その下にある傷口に噛み付いては肉を削ぐ。
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飢えた獣のように優杞の体を貪る。
そのたびに優杞は喘ぐような悲鳴を上げた。
幸せな悲鳴が耳を犯す。
﹁あぐぅっ⋮⋮、ああっ!ひぃ、ぐっ︱︱︱︱ぁああ!﹂
﹁優杞っ⋮⋮﹂
流れ続ける血はシーツは赤く染める。
それでも俺は構わず優杞を愛し続けた。
優杞もそれに応える。
﹁ひあっ、⋮は、う⋮⋮やぁっ、もうだめ死んじゃう、⋮⋮⋮ひろ
とぉっ﹂
﹁ああ、優杞。⋮⋮もうすぐだ﹂
心臓が脈打つ。
血が溢れる。
ああ、こんなに綺麗だ。
﹁寛人っ⋮⋮、ずっと一緒だよ⋮⋮っ﹂
﹁ああ⋮⋮ずっと一緒だ。愛してる、優杞⋮⋮⋮﹂
すぐ、追いつくから。
だから、待ってろよ。
優杞⋮⋮⋮。
俺は優杞の傷をえぐりながら、心臓に喰らいついた。
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﹁優杞⋮⋮優杞⋮⋮﹂
優杞の腹を切り裂き、中をまさぐる。
グチャッ⋮、
グヂュッ⋮⋮!
生温かい内臓を掻き分けて腸を探り出す。
ズルッ⋮ズルッ⋮⋮
思いのほか長いそれを丁寧に引きずり出す。
﹁優杞⋮⋮優杞⋮⋮優杞、優杞、優杞、優杞、優杞﹂
うわごとのように名前を呼んだ。
優杞の全てが愛しい。
優杞の五感、感情、思考、その全てがこの小さな空間に詰まってい
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る。
その臓器一つ一つまで愛しい。
引きずり出した腸に頬を擦り寄せた。
﹁ああ、優杞ぃ⋮⋮⋮﹂
存分に感触を味わい満足した俺は一気にそれに喰らい付いた。
幸せの味だ。
これこそが俺の、
俺達の幸せなんだ。
温かくて鮮血したたるそれを飽きることなく食べ続けた。
夢中で食べ続けていると、あっという間に腹の中は空っぽになった。
こんなに食べてもまだ足りない。
“もっと食べたい”
とどまることなく沸き上がる食欲に俺は忠実に従う。
もうすっかり冷えきった細い腕を掴む。
﹁綺麗だ⋮⋮﹂
いつ見ても優杞の手首は綺麗だ。
青白い血管が繊細に張り巡らされている。
その上の皮膚を舐めてかじる。
内臓とは違う肉の味。
優杞の、味。
次は足に移る。
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方足を折り曲げて太股の裏を舐める。
﹁優杞はここ好きだよな﹂
下へ下へ移動しながら丹念に舌を這わせる。
足の指のつけ根まで丁寧に舐める。
﹁全部食べてやるからな﹂
親指を軽く食み、笑った。
もうすぐ夜が明ける。
俺は掌の上の小さな球体を眺めた。
それはキラキラと輝いて、いつまでも眺めていたいと思うほどだ。
﹁俺さ、優杞の瞳、好きなんだ﹂
ぺろり、と舐めた。
﹁いつも輝いてて吸いこまれそうになる﹂
さあ、あと少し。
残りはあとでゆっくり料理して食べるからな。
美しい優杞の欠片を口に含む。
口のなかの眼球が、弾けた。
﹁ごちそうさま、優杞⋮⋮﹂
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俺は優杞と、ひとつになった。
やったよ、優杞。
俺達は幸せを手にいれた。
真っ赤な血の海で、白い君を抱きしめる。
﹁ただいまー﹂
聞き慣れた両親の声が玄関から帰宅を知らせた。次いでバタバタと
足音を立てながらこっちまで走ってくると、キッチンのドアが勢い
よく開けられた。
﹁ただいま寛人ーー!﹂
﹁おかえり、母さん﹂
俺の顔を見るなり母さんはむぎゅーと奇声を上げながら、俺に抱き
ついてきた。
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﹁いやーーん、久しぶりこの感触ぅーー!母さん、寛人がいなくて
すっごく寂しかったのよーー!﹂
﹁はいはい。俺も寂しかったよ﹂
﹁なにをやっとるんだお前はー。人に荷物を全部押し付けて⋮⋮⋮
よっこいしょっと﹂
呆れた様子の父さんが重そうに荷物を運んでいた。
﹁やだ、あなた!オヤジくさーーい﹂
﹁誰のせいだ、誰の﹂
一週間ぶりの光景に思わず口許が綻んだ。
﹁あら寛人、あなたお料理したの!?﹂
テーブルに置きっぱなしだった食器を見て、母さんが驚いたような
声を出した。
﹁俺だってちょっとした料理くらい出来るよ﹂
﹁ねえ、何作ったの?﹂
﹁ハンバーグだよ﹂
﹁すごいじゃない!誰かさんとは大違い﹂
﹁いいんだよ、男は料理なんが出来なくても﹂
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父さんがすねたようにぶつぶつと反論する。
﹁もう残ってないの?母さん寛人の作ったお料理食べたーい!﹂
母さんが目を輝かせながら声を弾ませて催促する。
﹁俺達は帰りに弁当食べただろ﹂
﹁いいじゃないのっ。別腹よ、別腹!﹂
父さんが呆れ顔で注意するが、全く通用しない。
気の強い母さんに頭が上がらない父さんは、今まで口で勝ったこと
は一度もない。
﹁あー⋮⋮。ごめん、母さん。もう全部食べちゃったんだ﹂
﹁えぇーー!!うそ、ひどーーい!﹂
﹁一人分しか作らなかったからさ。ごめん﹂
母さんは本当に残念そうにがっくりと肩を落とした。
ごめんね、母さん。
どうしても食べられるわけにはいかないんだ。
﹁あ∼あ、残念。じゃあ今度作ってよね。今日と同じメニュー﹂
﹁そうだな、父さんも寛人の料理食べてみたいしな﹂
なんだかんだ言いながら、普段作らない俺の料理に興味が沸いたよ
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うだ。
﹁ああ、いいよ。でも今日とまったく同じ味のは無理だな﹂
﹁あら、そうなの?﹂
﹁今日の肉はさ、ちょっと特別なんだ﹂
そうだ、同じものなんか作れやしない。
たったひとつしかない特別な存在なのだから。
﹁まさか高い肉なんじゃないだろうな。無駄遣いはやめろって言っ
ただろう﹂
﹁違うよ。優杞がくれたんだ﹂
﹁まあ、じゃあ何かお礼しなくっちゃ。あ、そうだ!今度家に遊び
に来てもらいましょうよ。お夕飯ご馳走しちゃう!﹂
﹁ああ、それがいいよ﹂
“母さん達が知ってる”優杞はもういない。
二人の前に優杞が姿を現すことはない。
優杞の“肉体”は俺とひとつになったのだから。
甘く痺れるような感覚が蘇り、優杞に会いたい衝動に駆られた。
俺はその場をさりげなく立ち去ると、足早に愛しい人の待つ部屋に
向かった。
ドアを開けると、ベッドに横たわる“優杞”のもとへ駆け寄った。
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﹁優杞⋮⋮!﹂
衝動のままに掻き抱くと、ガチャガチャと音を立てた。
冷たくて固い感触のそれは、優杞のなかで最も深くにあり、普通で
は絶対に届かないはずだった。
俺だけが知っている。
俺だけが触れられる。
こんなに幸せなことがあるだろうか。今の“優杞”は俺が抱きしめ
ても反応を返してはくれない。
話しかけても返事をしてくれない。
それでもいい。
生きていようが死んでいようが、関係ない。
俺達は、ずっと一緒だ。
ずっと⋮⋮。
﹁ゆうき⋮⋮⋮﹂
カチャ⋮⋮
もう一度、抱きしめた。
﹁愛してる、優杞⋮⋮﹂
白い手を掬い上げて誓うように、冷たい指先にそっとキスを落とし
た。
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閉幕。
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第七話
幸福︵後書き︶
何とか最終話を終える事ができました。書き始めた当時は人様に見
て頂くつもりではなかったので、これ以上に目茶苦茶な事を書いて
いました。R18だったものを少し内容を削り今の形に仕上げまし
た。お話の題名ですが、わかる人はわかると思います。臓箆は“は
らわた”と読むそうです。それでは、感想等よろしくお願いします。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n4509g/
幸福の臓箆
2014年8月6日14時51分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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