俺の日常はこんな感じ。 火焔 タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 俺の日常はこんな感じ。 ︻Nコード︼ N7569V ︻作者名︼ 火焔 ︻あらすじ︼ 平凡ながらも楽しい日々を送る主人公の、高校生活最後の1年間 の話。 時には視点を変えて、基本的には主人公目線でほのぼのとした日常 を綴ってます。 ﹁ほのぼのとはいえ、結構いろんなことがあるよな﹂ 1 うん、そりゃお前が勝手に動くからだ。 ﹁作者の腕だろ。俺を独り歩きさせるなよ﹂ ⋮⋮頑張るよ。 2 新学期︵前書き︶ はじめまして、作者です。 主人公﹁はじめまして、主人公です。 名前は文中にて﹂ 初投稿ですので、かなり駄文です。 それでも読んでくれる方がいたら、 目の前で土下座したい勢いです それでは、後書きでまた会えますように!! 3 新学期 今日は始業式。 高校3年生として新たなスタートが始まる⋮⋮。 なんて、そんな新鮮な気持ちは一切ない。 2年間、クラス替えもなく担任も同じ。 変わらないことが多い分、緊張感もなかった。 つまらないと言えばそれまでだけど、変わらない日常とは素晴らし い。 平凡な人生最高! まぁ、そんな感じで今日から学校だ。 春休み明けで久しぶりに会う友達との再会を楽しみに思いつつ、教 室の扉を開けた。 ﹁おはよー、みっきー﹂ ﹁おぅ。 4 おはよ、香﹂ きもとかおり 最初に挨拶してきたのは 木元香。 天然だと思う。 ﹁みっきー、おはよー﹂ ﹁おー、隊長、瀬田。 おはよ﹂ ﹁おはよー﹂ きさらぎ さよ 隊長こと 如月沙智。 せた こころ よしあ それから瀬田心だ。 みき 今さらだけど、 俺の名前は三木佳亜。 少し口が悪いとか言われる。 よろしく。 それから席に着いて、しばらく香達と喋った。 5 黒板には今日の日程⋮⋮9時から始業式らしい。 時計に目をやると8時45分。 ﹁⋮⋮おい、そろそろ体育館行くか﹂ ﹁うん。 ちょっと待って、お腹すいた﹂ 香が鞄からクッキーを出す。 香はいつも移動前に時間が掛かるから、俺はちょっとだけ早めに声 を掛けることにしてる。 これは2年間の経験で学んだことだ。 ﹁みっきー、飴持ってない?﹂﹁あー、はいはい。 キャラメル味でいい?﹂ ﹁うん、ありがとー﹂ 制服のポケットを漁って取り出した飴を3個、香に渡した。 俺は授業中、空腹を満たす為に飴を常備してる。 6 多分、そのうちの半分は香にやってるけど。 ﹁さぁ行くぞ。 飲み物は飲んだか?﹂ ﹁待って。 飲む飲む﹂ 結局、体育館に着いたのは9時ギリギリだった。 それから教室で担任先生の話。 ﹁代わり映えしないが、全員元気なのが一番だ。 欠席、遅刻、それらを少なくするようにな。 なぁ、遅刻魔?﹂ ﹁はーい﹂ 先生の言葉に軽く返事しとく。 俺は2年の時、有名な遅刻魔だったからな。 ﹁3年だし就職進学に響くぞ? 特に女子はな﹂ 7 ⋮⋮あ、言い忘れてたけど俺は女です。 8 新学期︵後書き︶ みっきー、女だってね。 主﹁そうだよ。悪いか﹂ うん?口悪い⋮⋮か? と思ったけど、女だったら悪いほうかもね。 正直、基準無いから困ったけど。 主﹁うん、そうかもな。 これから頑張ってな、作者﹂ 頑張るよ。 ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!! 主﹁作者共々、よろしくお願いします。 ありがとうございました﹂ 9 我が家︵前書き︶ 2話目投稿ー! 佳亜﹁いぇーい、どんどんぱふぱふー﹂ 1話のみならず、2話まで読んでくれる方に土下座の勢i︵殴 なぜ殴る! 佳亜﹁それでは、後書きでまた会いましょう﹂ 10 我が家 自分のことを俺というのに、特に理由は無い。 一番しっくりきた。 それだけだ。 俺は女にしちゃ地声が低いせいか、女らしい言葉が似合わなかった。 だったら⋮⋮と、男のような言葉遣いになったのは小学生の時だっ た気がする。 これがまぁ、かなり馴染んだね。 馴染み過ぎて今後どうしよう、とか思うくらいに。 あ、敬語はちゃんと使うよ? その時は﹁私﹂って言うし。 ⋮⋮うげ、自分で言っててキモい。 ﹁みっきー、みっきー﹂ 香が隣の席から呼んできた。 11 ちなみに苗字が三木だからみっきーと呼ばれている。 中学時代は下の名前呼びが多かったけどな。 同中出身の瀬田が俺をみっきーって呼んでたから2人にも伝染した らしい。 ﹁なに?﹂ ﹁今日みっきーん家に遊びに行ってもいい?﹂ ﹁多分、いいよ。 一応、母さんに訊いてみるけど﹂ 始業式とか学校が半日の日は、一番家が近い我が家で遊ぶことが多 い。 今日もその流れだ。 学校が終わって教室を出てバイク小屋に向かう。 俺はバイク通学だ。 12 ちなみに、香と隊長もバイク。 瀬田は自転車だ。 我が家は坂道を登った場所にある。 瀬田は自転車だから来ないことが多い。 今日も来ないらしい。 俺達は俺を先頭にバイクで我が家へ。 しばらくして到着。 家の前の芝生にバイクを停めたら、まずやる事が2つある。 ﹁きゃぁぁぁ!!﹂ ﹁落ち着け。 なにもしないから﹂ まず1つ目は、叫ぶ香の足元にいる愛犬を捕獲することだ。 ﹁家康、ハウス﹂ 13 愛犬を誘導しつつ、名前を呼ぶ。 愛犬の黒いラブラドール、家康。 こいつは家の壁をよじ登って脱走する。 繋げばいいんだけど、夏は暑そうだし冬は寒そうだし自由にさせて やりたい。 いずれ脱走癖を止めさせないとな。 俺が名前を呼ぶと、家康は出る時と同じように壁を乗り越えて入っ た。 ⋮⋮こいつ、不思議と俺の言う事はよくきくんだ。 門を開けて家の敷地に入ると、めちゃくちゃ吠えてるもう1匹の愛 犬ゴールデンレトリバーの信長が。 正しくは、ゴールデンレトリバーに見える、だ。 こいつ雑種だし。 14 見た目はゴールデンレトリバーだけど、目はぱっちりだ。 ゴールデン特有の垂れ目じゃない。 そもそも、大人しいと評判のゴールデンはこんなに吠えないと思う。 基本的に家族以外とか知らない人は咬むし。 とりあえず2匹をベランダへ。 それからベランダの出入り口に俺が立って壁になる。 その間に、香達は家に。 これ、我が家の客人を招く基本体制。 香達が玄関を閉める音がしてから、愛犬達を解放。 ﹁ただいま。 信長、家康﹂ 2匹の頭を撫でて、挨拶の鼻チュー。 鼻をちょんとくっつけるだけ。 15 ちなみに信長は9歳、家康は5歳だ。 ついでに、我が家の庭は無駄に広い。 裏庭も合わせたら、もう一軒家が建つくらいの広さがある。 愛犬達にとっては最高だろうけど。 とりあえず俺は家に入った。 16 我が家︵後書き︶ 佳亜﹁まさかの続き物っていうね﹂ 思ったより長くなっちゃったからね。 佳亜﹁作者の力不足だな﹂ くすん、頑張る⋮⋮。 佳亜﹁ここまで読んでくれた方、ありがとうございました﹂ぺこり 本当にありがとうございました!!ぺこり 暇潰しにでもして頂けると幸いです。 17 我が家 2︵前書き︶ 佳﹁こんにちは。 続けて呼んでくれた方々、ありがとうございます﹂ ありがとうございます!! それでは後書きにて、またお会いしましょう! 18 我が家 2 玄関を開けると、廊下には香と隊長がいた。 ﹁相変わらずだな、香﹂ ﹁だって怖いんだもん⋮⋮﹂ 香は犬が苦手⋮⋮というより、動物が苦手だ。 猫みても逃げるし。 とりあえず2人をリビングに。 コップにコーラを注いで出す。 ﹁出たー、みっきーの家って絶対コーラあるよね﹂ ﹁いいじゃんコーラ。 つまみがあればなおよし﹂ ﹁﹁ビールか﹂﹂ 2人から素晴らしいツッコミが入る。 19 しかし俺は華麗に受け流す。 ﹁お姉ちゃん、おかえり﹂ ﹁ああ、ただいま。 結衣﹂ ゆい 隣の部屋から出てきたのは妹の結衣。 今日からぴかぴかの中学1年生だ。 ﹁中学校はどうだった?﹂ ﹁あのね、友達も出来て楽しかったよ。 入学式は長かったけど﹂ ﹁そうか、よかったな﹂ 結衣は童顔だ。 小学校を卒業した後でも、小4くらいに間違えられた。 身長はそんなに低くないのにな。 童顔ってすげぇ。 ﹁こんにちは。 20 香さん、隊長さん﹂ ﹁こんにちは﹂ ﹁隊長さんって言われた!?﹂ ﹁俺が家でも隊長って言ってるからな。 結衣、隊長さんじゃなくて沙智さんだぞ﹂ 隊長とは当然あだ名だ。 香や瀬田はさっちゃんってと呼ぶけど⋮⋮どうも俺は﹁○○ちゃん﹂ とかの呼び方が慣れない。 とはいえ呼び捨ても言いにくかったんだけどな、なんとなく。 そしたら瀬田が何かの冗談で﹁隊長!!﹂って言ってたから、よし これだ⋮⋮と。 ちなみに、瀬田の名前も似たような理由で苗字で呼んでる。 心って名前がどうにも呼びにくかった。 ならば苗字だ、と。 そんな感じで落ち着いた。 21 ﹁結衣、昼飯食った?﹂ ﹁うん、お母さんがおにぎりとか買ってきてたから。 お姉ちゃんの分もあるよ﹂ ﹁そうか﹂ 母さんはいつも夕方まで仕事に出てる。 ﹁2人は? 昼飯持ってる? 香は訊くまでもないけど﹂ ﹁うん、持ってきてるよ﹂ ﹁失礼なっ! それじゃ私がいつも食べ物持ってるみたいじゃん!﹂ ﹁事実だろうが﹂ そんな感じで喋りながらゲームをやったりして騒いだ。 ﹁あああ、みっきー強すぎ!! どんな訓練したらそうなるの!?﹂ 22 ﹁うっせ。 経験値2500︵最高値︶なめんな﹂ ちなみにリモコンをぶん回す有名なゲーム機だ。 香も同じゲームを持ってるから遠慮なくぶちのめす。 まぁ手加減無しとか、そんな子供染みた真似はしないが。 ハンデをつけても俺は勝っちまうからしょうがない。 経験値2500なめんな。︵2回目︶ 4時半を回ったところで、今日はお開きにする。 香の家はここから1時間くらい掛かる場所だ。 隊長は20分くらいの場所だけどな。 バイクだし日が暮れると危ないから早く帰ったほうがいい。 23 ﹁それじゃあ、バイバイみっきー﹂ ﹁また明日ね﹂ ﹁ああ、また明日。 2人とも気を付けて帰ろよ﹂ 俺はバイクを停めた芝生までは見送りをする。 ちなみに家康はリードをつけて電柱に結びつけてきた。 ﹁﹁バイバーイ﹂﹂ 2人に軽く手を振ってから家に戻った。 24 我が家 2︵後書き︶ 佳﹁なんか今日の話、説明っつーか、紹介っぽいね﹂ まだ3話目だからどうしてもね⋮⋮。 佳﹁でも今のところ毎日更新だね﹂ うん。 頑張る︵キリッ 佳﹁ここまで読んでくれてありがとうございました﹂ ありがとうございました!! 次回は佳亜の母登場︵予定︶です! 佳﹁登場しても目立つかな⋮⋮?﹂ 25 我が家 3︵前書き︶ 佳﹁タイトル悩んだんだな﹂ うん。 しっくりくるタイトル思いつかなくて⋮⋮。 佳﹁んで、続きにしたわけか﹂ その予定なかったんだけどね。 話の流れ的に大丈夫かな⋮⋮って。 佳﹁もっと腕あげような﹂ うん⋮⋮。 前書きで長々と失礼しました。 後書きでまた会いましょう! 26 我が家 3 家に戻ってからは結衣と中学について喋ってた。 ﹁中学校の勉強って難しいの?﹂ ﹁最初は簡単だよ﹂ ﹁わかんないときは訊いてもいい?﹂ ﹁いいけど、英語だけは訊くなよ﹂ ﹁なんで?﹂ ﹁俺、中学で英語の授業ほぼ聞いてなかったから。 いまだに全然わからん。 お前はちゃんと聞けよ﹂ ﹁⋮⋮うん、気を付ける﹂ そんな感じで喋りながら、俺は洗濯機をまわした。 ﹁ただいまー﹂ ﹁﹁おかえりー﹂﹂ 27 母さんが帰ってきたらしい。 今は18時半。 母さんが帰ってくるのはいつもこのくらいの時間だ。 ﹁洗濯終わった?﹂ ﹁あと脱水。 腹減った﹂ ﹁すぐご飯よ﹂ 母さんは買ってきた惣菜を電子レンジにかける。 別にいつも惣菜ってわけじゃない。 普通よりは多いけど。 俺は母さんの横で皿の準備をする。 ﹁今日香ちゃん達来てたの?﹂ ﹁うん﹂ ﹁何してたの? 飲み物出した?﹂ 28 ﹁ゲームとかね。 コーラ出したよ﹂ ﹁そう。 ところで家康が電柱に繋がれてたけど﹂ ﹁⋮⋮あ﹂ 忘れてた。 ﹁家康、ホントごめん﹂ 家康は電柱の横に寝そべって大人しく俺を待ってた。 俺を見つけてパタパタとしっぽを振ってくれる。 すぐにリードを外してやった。 ﹁つーか、母さんが外してくれてもいいのにな⋮⋮﹂ いや、忘れてた俺が悪いんだけどさ。 家康の頭を撫でてから家に入った。 家の中は夕飯のいい匂いが漂う。 29 ﹁ご飯よ﹂ ﹁うん﹂ ﹁ねぇ、ところで﹂ ﹁ん?﹂ ﹁信長、ベランダに閉じ込めたままだけど?﹂ ﹁⋮⋮頼むから先に言ってよ﹂ なぜ外に出た時に言ってくれないんだ。 忘れてた俺が一番悪いんだけど。 ⋮⋮とりあえず、今日の愛犬達のご飯は奮発しようか。 30 我が家 3︵後書き︶ 佳﹁一応、紹介的なやつは終わったな﹂ うん。 だからとりあえずこの前書き後書きの語りは外そうかな、と思うん だよ。 佳﹁ぐだぐだだしな。 たまにやるくらいでちょうどいいと思うよ﹂ それからさ、なるべく季節に合わせて話を書いていきたいわけよ。 佳﹁うんうん。 今、話の中だと4月くらいだしな﹂ そう。 だからなるべくカットして現在の8月に近づけたいのよ。 佳﹁わりと大幅なカットだけど、大丈夫?﹂ まず、読んでくれる方にご理解していただかなきゃね。 それまでは前書きで﹁今、○月ですよー﹂って言いますので! よろしくお願いします!! 佳﹁よろしくお願いします﹂ 前書きのみならず後書きまで長々と失礼しました! 31 それでは、また次回に。 32 実力テスト勉強︵前書き︶ 今回はほとんど会話が無い⋮⋮すみません。 時期は5月頭くらいです。 読んでくださっている方々、ありがとうございます! それでは、どうぞ! 33 実力テスト勉強 現在、朝の4時。 今日は学校で実力テストがあるから、これから勉強する。 学期始めにある実力テストって嫌い。 範囲とか無いし。 しかも俺は長期間の勉強が出来ないタイプだ。 飽き性なんだよな⋮⋮。 だからまぁ、こうやって朝方にテスト勉強するわけ。 ちなみに、定期テストや期末テストも必ず一夜漬けだ。 商業系の高校に通ってる俺の学校は、実力テストは国英数の3教科 だけ。 これはラクでいいな。 ﹁⋮⋮まずは数学かな﹂ 34 眠気を吹っ飛ばすために独り言を呟く。 効果は薄いけど。 数学の勉強はノートさえあればいい。 俺は黒板の版書に忠実にノートを書くから、教科書はいらない。 わかる問題は軽く目を通して出来るか確認するだけ。 微妙な問題は別のノートに解いてみる。 ⋮⋮のちに、このノートが夏休みの宅習として提出されるのは秘密 だ。 一通り終わって時計を見ると6時。 ﹁そろそろ英語の勉強に移るか﹂ 残念ながら独り言で眠気は飛ばないらしい。 どこかで言った気がするけど⋮⋮俺は英語が大の苦手だ。 理由もどこかで言った気がする。 35 中学の授業って大事だね。 みんな、ちゃんと聞こうね。 誰に言うでもなくそんなことを考えつつ、教科書を開く。 俺の場合、数学とは逆で英語は教科書に全て写す。 日本語訳とか大事な所とかも全部。 なぜかって? 英文をノートに写すのが面倒だからさ。 はっはっは。 こんなんだから、余計に英語が苦手になるのかもしれない。 教科書はパッと見だとめちゃくちゃ勉強出来る人みたいだけど。 気を取り直して、英単語を覚える。 英語って単語さえ覚えてたら、わりとなんとかなるよね。 記憶だけは得意なんだよね、俺。 今までもそれでかなり助けられてきた。 36 そんな感じで単語を覚えたら、英文と日本語訳にさっと目を通して おく。 ⋮⋮勉強終了。 現在の時刻、7時。 英語の勉強は1時間で充分だ。 勉強してもわかんないから。 あと、国語は勉強しない。 何が出るかわかんないから。 国語って結局、国語力の問題なんだよ。 大丈夫大丈夫。 つーか、めっちゃ眠い。 30分だけ寝よう。 横になった俺はすぐ眠りについた。 37 実力テスト 遅刻魔の名にふさわしく、いつも通りギリギリで登校した俺。 ﹁おはよう、みっきー。 遅刻?﹂ ﹁おはよ。 セーフだ﹂ さすがの俺でも、そんな頻繁に遅刻しないっての。 ﹁ねぇ、みっきー。 この問題⋮⋮わかる?﹂ 通学鞄から荷物を取り出す最中、隊長が数学のノートを持って見せ てきた。 ﹁ああ、これは﹂ 問題の説明と解き方を教える。 英語が苦手な俺でも、実は数学は得意分野だったりする。 38 ﹁さっすがみっきー! ありがとう﹂ ﹁どーいたしまして﹂ 数学しか教えられないけどな。 ﹁ねぇ、みっきー。 21ページの﹁英語は訊くな﹂まだ言い終わってないよ!﹂ 香が英語の教科書を開いた時点で、俺は香に背を向ける。 ﹁いや、マジでわかんないって。 俺より隊長のほうがわかるだろ﹂ ﹁そんなこと言ってー! 家では毎日ちゃんと勉強してるんでしょ?﹂ ﹁だから長期勉強出来ないんだって﹂ このやりとりは毎度のことだ。 ﹁おーい、テスト開始まであと10分だぞー﹂ 担任の先生が教室に入ってきた。 ﹁やば⋮⋮みっきー! 39 この英文のitってどこ!?﹂ ﹁だから俺に訊くなっての﹂ いっそ担任︵体育教師︶に訊いてくれ。 ﹁お、終わったぁ⋮⋮。 いろんな意味で﹂ ﹁お疲れ﹂ 実力テスト3教科が終了。 香が机に突っ伏してる。 ﹁さすが余裕だね。 成績上位者め﹂ ﹁別に余裕じゃねぇよ﹂ 皮肉を込めて瀬田がつついてくる。 何を隠そう、実は俺こんなだけど成績はわりと上位だ。 ホント世の中間違ってると思う。 40 勉強時間とかがあんな感じなだけに、努力してる人に申し訳ない。 ⋮⋮かといって、そういう人のことを考えると謙遜も出来ないんだ けど。 実際、こんな考えも失礼だよなぁ⋮⋮。 ﹁みっきー、どうしたの? 難しい顔しちゃって﹂ 香が話し掛けてきたことで思考に沈んだ意識が浮上した。 ﹁⋮⋮ん、なんでもない﹂ ﹁そう? ねぇ、今日は午後の授業ないから遊びに行かない?﹂ ﹁そうだな、行くか﹂ 正直眠い。 でもまぁ眠気で誘いを断るほど野暮じゃないけど。 ﹁みっきー、早くー﹂ ﹁へいへい。 どこで遊ぶんだ?﹂ 41 ﹁まずはお昼食べに行って、その後にみっきーの家!﹂ ﹁またか﹂ 今、我が家はコーラ切れしてる。 コーラ買って帰ろう、と考えながら教室を出た。 42 実力テスト 2 ﹁これはどういうことだろうね﹂ニコニコ ﹁どういうことだろうね﹂ニコニコ 学校に行くと、香と瀬田が満面の笑みで笑い合いながら何か言って た。 心なしか、その背後には黒いオーラが見える。 ﹁あ、おはようみっきー﹂ ﹁おはよう⋮⋮あれは何?﹂ とりあえず隊長に訊いてみた。 ﹁ほら、あれ見て﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 隊長が指差す先に目をやる。 それは教室の外にある掲示板だった。 43 普段は誰も気に留めない掲示板だけど、今日は人が集まってた。 その理由は1つしかないだろう。 ﹁⋮⋮順位表?﹂ ﹁うん、今朝貼り出されの。 来て﹂ 言われるままについていく。 人集りの近くまで来ると、自然と掲示板までの道が開いた。 今までに何度か経験した展開に、苦笑するしかない。 ﹁1位、三木佳亜、国語99点、数学98点、英語79点、総合2 76点﹂ ﹁なぜ読み上げる﹂ 隊長はご丁寧に全部読んでくれた。 ﹁おめでとうございます。 さすがです﹂ 44 ﹁あ、ありがとうございます⋮⋮ってなぜ頭を下げる﹂ つられて頭を下げてしまった。 実は俺⋮⋮、これでも1位の常連だったりする。 だからなおさら謙遜しにくいという⋮⋮。 ﹁ホント天才だよね﹂ ﹁去年もずっと1位独占してたもんね﹂ 後ろから香と瀬田の声が聞こえる。 思いっきり圧を込めて。 ﹁でもホントすごいよね、みっきー。 アタシ、27位だよ﹂ ﹁⋮⋮どうも﹂ 隊長は純粋に褒めてくれる。 学年で200人くらいいるし、27位もすごいと思うけどな⋮⋮な んて、ヘタなことは言えない。 45 1位⋮⋮。 なんてやりにくい位置なんだ。 順位高いのは嬉しいけどさ。 ﹁ズバリ、成績アップの秘訣は?﹂ ﹁⋮⋮特になし﹂ 香に詰め寄られて正直に答える。 ﹁ええー! 絶対なんかあるでしょ!!﹂ ﹁自分であみ出した記憶力を上げる方法とかさ! なかったとしたらどんだけ頭良いの!?﹂ ﹁いや、だから俺は頭が良いんじゃなくて記憶力が良いだけだって ⋮⋮﹂ 香と瀬田にさらに詰め寄られて再び正直に答える。 マジで記憶力だけは良いんだよな⋮⋮。 ただ瞬間的にその場のことは覚えられても、あんまり長期間保たな 46 い。 テストでは使えるけど受験では役に立たない気がする⋮⋮。 ﹁はい、みっきー。 お祝いにお菓子あげる﹂ 急に鞄の中を探り始めた隊長がそう言って差し出したのは手作りの クッキー。 ﹁みっきーなら絶対1位だと思ったから、昨日のうちに作ったんだ よ﹂ ﹁隊長⋮⋮愛してる﹂ なんて素直な褒め言葉なんだ。 抱き締めずにはいられない。 ﹁あ、いいなークッキー﹂ ﹁さっちゃんのクッキー美味しそう⋮⋮﹂ 2人もさっきの勢いは消えて寄ってきた。 ﹁みんなで分けて食おうな。 隊長、いい?﹂ 47 ﹁もちろん﹂ ︵みっきーならそうするだろうと思って、たくさん作ったし︶ ﹁⋮⋮え? なんか言った?﹂ ﹁ううん、なにも﹂ なにか聞こえた気がしたけど、気のせいだったか。 ﹁﹁うーまーいーっ﹂﹂ ﹁あ、てめぇら勝手に食うな﹂ ﹁クッキーたくさんあるよ﹂ ﹁ん、うまっ﹂ さすが隊長だぜ。 ﹁ねぇ、みっきー﹂ 香がつついてきた。 ﹁うん?﹂ ﹁また勉強教えてね﹂ 48 ﹁ああ、いいよ﹂ ﹁英語とか﹁英語は訊くな﹂⋮⋮もう!﹂ その後もしばらくは、やいやい言いながらクッキーを食べた。 49 種目決め︵前書き︶ 今回短めです。 すみません。 次回からは続き物になる⋮⋮かもしれない。 すみません、頑張ります。 毎日読んでくださっている方々、ありがとうございます! 50 種目決め 高校の体育祭って開催日早いよね。 だから5月の間に出場種目を決めておくんだってさ。 ﹁100メートル走、出場希望者はー?﹂ だから今日は、体育委員を中心に教室がわいわい騒がしかった。 ﹁ねぇねぇ、なんの種目に出る?﹂ ﹁んー⋮⋮﹂ 俺、走るのとか全然ダメ。 それ以外ならまだマシだけど。 でも体育祭は必ず1人1種目出なきゃいけない。 めんどくさい⋮⋮。 ﹁みっきー、今年も球技に出るの?﹂ 51 ﹁うーん⋮⋮そうだな﹂ うちの体育祭は球技大会も混ざってる。 全部総合した点数で優勝とか決まるんだ。 球技か⋮⋮。 走りが苦手な俺には向いてると思う。 つーか俺、毎年球技だしな。 ﹁バスケ出場希望の人ー?﹂ ﹃はーい﹄ クラスメート数人が手を挙げる中に俺も混ざる。 ﹁みっきー、バスケ?﹂ ﹁おぅ﹂ ﹁じゃあ私もー﹂ 香も遅れて手を挙げた。 52 ﹁俺に合わせなくていいぞ?﹂ ﹁みっきーと一緒がいいもーん。 1人で別の種目出てもつまらないし﹂ ﹁ふーん⋮⋮﹂ 香がいいなら別にいいか。 それからもわいわいと決めていった結果、 俺⋮バスケ 香⋮バスケ 瀬田⋮800メートル走 隊長⋮バレー こんな感じで決まった。 瀬田は短距離は普通らしいけど、長距離に強いからな。 頑張れ。 隊長は⋮⋮俺より走るのダメかも。 53 香はたいして違わないかな。 そういえば俺、走るの全然ダメとは言ったけど別に異常に遅いわけ じゃないよ。 タイム的には普通だけど、走るのが嫌いなだけだ。 ついでに、うちの学年は赤組だ。 学年ごとに組分けされて、2年は青組、1年は白組。 毎年、なかなか面白い体育祭だと思う。 ﹁頑張ろうね、みっきー﹂ ﹁おぅ﹂ とりあえず目標としては、他メンバーの足を引っ張らないようにし よう。 54 練習︵前書き︶ うをおおお、ギリギリ!! 毎日更新目指してるのにギリギリなんて申し訳ない!! 毎日読んでくれてる方々、すみません! ありがとうございます!! 時期は6月の頭くらいです。 55 練習 体育祭の練習ほどめんどくさいものはないだろう。 整列の練習なんて、ただ立ってるか礼するだけなのに。 ﹁あっつ⋮⋮﹂ 清々しい快晴が憎い。 ﹁ちゃんと前を向いとけー!﹂ どこからか体育教師の怒声が聞こえる。 先生⋮⋮前に並んでる奴の白い体育服に太陽の光が反射して眩しい んだが、この気持ちわかるかね? ちなみに思慮深い俺は、この暑い中でも紺色のジャージ着用中だ。 まぁ、うちの学校の体育祭は球技出場の人は怪我防止のためにジャ ージ着用が規則。 とはいえ、開会式でもジャージ着るなんてあんまりいないけどな。 56 俺は思慮深いから着るよ。 はっはっは。 ⋮⋮そろそろ暑さで頭が沸いてきたのかもしれない。 つーか正直、徒競走とかのほうが怪我しやすい気がする。 サッカー出場ならジャージが安全かもだけど。 ふと、後ろから視線を感じて首だけ少し傾ける。 目が合ったのは隊長だった。 小さく手を振って、口パクで﹁暑いね﹂と言ってきた。 俺は苦笑いだけ返した。 体育祭の整列は身長が高い順。 隊長達3人は、だいたい155センチくらいで身長差も大きくない。 まぁ、163センチの俺は比較的前列にいるわけだが。 57 3人は整列の立ち位置が近いから話しが出来るけど、だいぶ離れて る俺は暇を持て余していた。 ﹁あの、三木佳亜さんですよね?﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ すぐ隣から聞こえた声。 暑さでボーッとしてたせいか反応が遅れたうえに、もともと悪い口 調や目つきも直してなかった。 一瞬ビクッと震えた相手を見て、俺は正気に戻った。 ﹁あ⋮⋮すいません。 失礼しました﹂ ﹁い、いえ⋮⋮こちらこそ勝手に声掛けてしまって﹂ 青色のハチマキから、2年生なのがわかった。 同年代の相手にいつまでも敬語は堅苦しい。 俺は早々に言葉を砕くことにした。 58 ﹁それは構わないけど、感じ悪くてごめんな。 ⋮⋮で、何か?﹂ やなぎだ める ﹁えっと⋮⋮あっ、名前も言わずにごめんなさい! 私、柳田芽留っていいます。 あの⋮⋮私⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 柳田さんはモジモジし始めた。 そんなに言いにくいことなのか? ﹁あの⋮⋮⋮⋮よかったら、私と仲良くしていただけませんか?﹂ ﹁⋮⋮仲良く?﹂ ﹁あっ、図々しくてごめんなさい! そんなのいきなりダメですよね。 年下だし赤の他人ですし⋮⋮﹂ ﹁いや、別に構わないけど⋮⋮﹂ ﹁えっ?﹂ 柳田さんは沈んだ表情から一変して驚いた表情になった。 なにをそんなに驚いたのかはわからんけども。 59 ﹁今の友達だって元は赤の他人だろ。 年下っていってもたったの1年差だし﹂ ﹁じゃあ⋮⋮仲良くしてもらえるんですか?﹂ ﹁よろこんで﹂ しかし、交友一つにこんな堅い申し込まれ方されたことはないな。 嬉しそうに笑ってるから余計な事は言わないが。 ﹁今日はここまで! 教室に戻ったらしっかり水分補給するように!﹂ マイクで喋る体育教師の声が響く。 やっと終わりか⋮⋮疲れた。 ﹁それじゃ、またな。 お疲れさん﹂ ﹁はい、お疲れ様でした!﹂ 柳田さんに一言挨拶してから教室に向かった。 60 ﹁ねぇ、みっきー。 さっき話してた子、だれ?﹂ 教室に入ると待ってたらしい香が訊いてきた。 ﹁2年の柳田芽留さん﹂ ﹁どんな関係?﹂ ﹁交友1日目﹂ ﹁⋮⋮??﹂ 香達にも今度紹介してやろうと思う。 61 交友 ﹁先輩っ!﹂ 昼休み。 俺達4人は授業を終えて教室に戻るため、廊下を歩いてた。 そこで聞こえた声に覚えがあるような気がして、振り返ると⋮⋮、 ﹁お久しぶりです、三木先輩!﹂ ﹁⋮⋮ああ、柳田さん﹂ ﹁私のこと、忘れてませんでした?﹂ ﹁い、いや。 そんなことは⋮⋮﹂ ﹁忘れてたね、みっきー?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 香に指摘されて、苦笑いしか返せない。 どうも俺は人の顔を覚えられないらしい。 62 正直、これは困る。 相手に失礼すぎるだろ。 現に、柳田さんに沈んだ表情をさせてしまった。 ﹁そうですよね。 私のことなんて⋮⋮﹂ ﹁ご、ごめん。 あ、話したのはちゃんと覚えてるからな?﹂ 申し訳なさすぎて謝るしかない。 でも話したのはマジで覚えてる。 ﹁⋮⋮ほんとですか?﹂ ﹁ああ。 柳田芽留さん、だろ? 体育祭の練習中で俺に声掛けてきてくれた、隣の列の﹂ そこまで言うと、柳田さんはパァっと笑顔をみせてくれた。 ⋮⋮それと同時に両手で俺の左手を握りしめたのは予想外だったが。 63 ﹁嬉しい!! 本当に覚えていてくれたんですね!﹂ ﹁あ、ああ⋮⋮。 うっかり顔忘れててごめんな﹂ 思わずその勢いに押されそうだったが、言うべきことはしっかり言 うぜ。 ﹁そんな、全然構いませんよ!! ⋮⋮あっ、ごめんなさい!﹂ 左手はすぐに解放された。 ﹁別にいいけど⋮⋮元気だな、柳田さん﹂ 率直な感想だ。 俺自身はこんなに元気じゃないから、なんか新鮮。 ﹁数少ない取り柄です! あの、ご友人の方々にも挨拶させてもらっていいですか?﹂ ﹁ああ、どうぞ﹂ 今まで黙って⋮⋮というか呆然と眺めてた香達に、柳田さんは自己 紹介をした。 64 香達も戸惑いつつ自己紹介を返す。 互いの自己紹介を終えた柳田さんは俺に向き直った。 ﹁えっと、呼び止めてすみませんでした。 あの日のことが夢だったんじゃないかと思うくらい何もなかったの で確認しちゃいました﹂ えへへ、と柳田さんは笑う。 ﹁あれから整列の練習なかったしな。 話す機会もなかったし⋮⋮気がきかなくて悪かった﹂ ﹁そんなことないです! 私が勝手に話し掛けたんですし、贅沢言いません﹂ ﹁⋮⋮贅沢?﹂ ﹁はい。 こちらから話し掛けておいてそれ以上望むなんて贅沢です﹂ ﹁⋮⋮??﹂ イマイチ意味が理解できないが、香の腹の虫が鳴いたから話しを進 めることにした。 65 ﹁⋮⋮まぁ、また今度ゆっくり話しでもしよう。 もう昼飯だし﹂ ﹁またお話しを⋮⋮? 嬉しいっ、ありがとうございます!﹂ ﹁そ、そう⋮⋮? ⋮⋮じゃあ、また今度な﹂ ﹁はい、さよなら!﹂ ﹁なんていうか、すごく明るい子だね。﹂ ﹁そうだな﹂ 教室に戻ってすぐ、隊長から出た言葉に俺は一言だけ返す。 ﹁みっきーモテモテだね﹂ ﹁⋮⋮香。 悪い、聞こえなかった﹂ ﹁ううん、なんでもなーい﹂ ⋮⋮なんでだろう。 聞こえなかったのに、いい気がしない。 66 そうだ、聞かなかったことにしよう。 そうしよう。 そう考えた俺は、さっさと昼飯の弁当を食べ始めた。 67 ワープロ検定前日︵前書き︶ な、なんだかちょっとだけシリアスな雰囲気が混ざってしまった⋮ ⋮。 苦手な方、すみません。 時期は7月の初めくらいです。 68 ワープロ検定前日 忘れられてるかもしれないが、うちの学校は商業校だ。 同じように商業系の高校に行ってる人はわかるかもしれないけど、 商業科目の検定を受けなきゃいけない。 電卓の検定とかパソコンの検定とか。 この2つはわりと有名だから、普通の人でも知ってるかもな。 で、その有名なパソコンの検定の1つ。 ワープロ検定ってのが明日あるわけだ。 ワープロ検定では10分間と15分間に分けられた実技と、筆記が ある。 10分間の実技はパソコンをひたすら打つのみ。 みんな速度と呼んでいる。 これが簡単そうで簡単じゃない。 1級は710文字、2級は460文字、3級は310文字⋮⋮これ 69 を10分間で打ち込む。 規定の文字数から10文字以上間違えたら不合格決定だ。 入力速度や集中力の高さに加えて、注意力も問われる。 最初のころは直後の疲労がすごかった。 んで、15分間の実技。 これは文書と呼ばれてる。 名前の通り15分で文書を作り上げるものだ。 1級になると難易度上がるから20分間だけど。 これも一字一句正確に、見本や見本に加えられた訂正に忠実に作成 しないとアウト。 採点は覚えてないが、3・4ヵ所間違えたらヤバいかもな。 まぁ、実技はこんなとこだ。 筆記については別の時に。 ﹁みっきーみっきー! 図が動かせないよ!﹂ 70 ﹁指定してないからだろ﹂ 今、俺達4人は明日に備えてパソコン室で練習中。 俺は帰ろうとしたら香に捕まえられた。 ﹁今日は用事あったのに⋮⋮﹂ ﹁ごめんごめん。 でも、みっきーいなきゃわかんないんだもん﹂ ﹁まぁ、特別な用事じゃないからいいけど⋮⋮﹂ ちなみに俺と香は1級、隊長と瀬田は2級を受ける。 俺は練習する気が起きなかったから、3人に教える役だけを徹する ことにした。 ﹁みっきーは練習しないの?﹂ 隊長が訊いてきた。 ﹁ああ。 気が乗らないから﹂ ﹁前日でそんな落ち着いてさすがだね﹂ 71 ﹁いや、だから気が乗らないだけだって⋮⋮﹂ なんで俺の友人達は、たまに俺の話しを聞いてくれないんだろうか。 ﹁でもみっきー速度は710文字なんてとっくの昔に超えてるし、 文書も20分どころか15分で足りるでしょ? 楽勝じゃん﹂ ﹁まぁ、練習ではな﹂ ﹁私、どっちもギリギリなんだけど! 筆記もあるし⋮⋮うー﹂ ﹁頑張れ﹂ 正直、俺自身も実技の心配はしてない。 筆記は⋮⋮今日の夜にやる。 過去問見たけど、あんまり内容変わってないから大丈夫だ。 多分。 ﹁でも1級の合格率って20%だよね。 みっきーまだ勉強してないんでしょ? 大丈夫?﹂ 72 ﹁大丈夫でしょ。 みっきーだし﹂ ﹁⋮⋮﹂ 隊長、なぜ知っている。 つーか勝手に完結させるな瀬田。 ﹁みっきー! 表が入りきらないよ!﹂ ﹁おーけー、わかった。 香、文書を最初から最後までみてやろう。 あと叫ぶな、耳が痛い﹂ 帰るときには6時をすぎてた。 夏だからまだ明るいけど。 ﹁ねぇ、みっきー﹂ ﹁ん?﹂ バイク小屋で香が話し掛けてきた。 ﹁今日、用事ってなんだったの?﹂ 73 ﹁別にたいした用事じゃねぇよ﹂ ﹁⋮⋮なんだったの?﹂ 気兼ねしたが、正直に言うことにした。 ﹁⋮⋮ばあちゃんの顔でも見に行こうかな、って﹂ 俺のばあちゃん。 数年前から寝たきりで病院に入院してる。 だからなんだと言うこともない。 ただそれだけだから香が気にすることじゃない。 ﹁⋮⋮⋮⋮ごめん﹂ ﹁ただの気まぐれだ。 今日じゃなくていい。 ⋮⋮じゃあな、勉強しろよ﹂ ﹁みっきーこそ! 勉強しろよっ! ⋮⋮あ、でもそれ以上勉強して点数上がっても⋮⋮﹂ ﹁はいはい。 74 じゃ、また明日。 気を付けて帰ろよ?﹂ 俺は珍しく笑って返事した。 普段から無表情が多いからな。 ﹁ばいばーい﹂ 後ろから聞こえた香の声に手を振ってからバイクのスピードを上げ た。 75 不安定︵前書き︶ 前回に引き続きシリアス要素が⋮⋮! しかも長くなりすぎたため、途中でぶったぎりました。 いつもより短めです。 すみません。 読んでくださってありがとうございます!! 76 不安定 ﹁終わった⋮⋮。 うわぁぁ、速度足りなかったぁぁ﹂ ﹁お疲れさん。 それ以外は出来たんだろ? 次は受かるって﹂ 机に突っ伏す香の頭を撫でやる。 ﹁⋮⋮みっきーは?﹂ ﹁⋮⋮どうかな。 結構できたかも﹂ ﹁ううぅ、憎い! 私よりも後に勉強始めたくせに!﹂ ﹁俺、短期集中型だから﹂ ﹁もう、お腹すいた! みっきー、ご飯食べに行こ!﹂ ﹁いいよ﹂ 77 隊長と瀬田は級が違うから、検定時間も違う。 俺達より先に終わってもう帰り着いた頃だろう。 ﹁んー、美味しい﹂ ﹁よかったな﹂ よく行くファミレスに入って、香はさっそくカルボナーラを注文し た。 俺はグラタンを注文。 ちなみに俺、グラタンは食えるけどドリアは食えない人だ。 ⋮⋮うん、果てしなくどうでもいい。 ﹁⋮⋮そっち、美味しい?﹂ ﹁食う?﹂ ﹁うんっ。 ⋮⋮美味しーい﹂ ﹁そうか﹂ 78 その後もどうでもいいことを話しつつ、料理を食べた。 ﹁あ、みっきー、漢検の問題集買った?﹂ 香はデザートの苺パフェを食べながら訊いてきた。 ﹁まだ。 検定日いつだっけ?﹂ ﹁2週間後だよ!? 大丈夫?﹂ ﹁んー⋮⋮大丈夫。 今回は一夜漬けしないと思うから﹂ ﹁さすがに漢検だもんね。 ⋮⋮⋮⋮あの、さ﹂ ﹁なんだ?﹂ スプーンでパフェをつつきつつ、どこか言いにくそうな表情をする 香。 79 ﹁この漢検⋮⋮私が無理矢理みっきーを誘ったでしょ? なんていうか⋮⋮その⋮⋮迷惑だったかな、なんて﹂ ﹁⋮⋮どうしたんだよ。 昨日から変だぞ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 俺は腕を組んで香の顔を見た。 こいつはたまに不安定になる。 ⋮⋮いや、もしかしたらいつも不安定なのかもしれない。 その時俺は、こいつとちゃんと向き合おうと決めてるんだ。 80 不安定 2 −side香−︵前書き︶ 前回の続き物でございます。 前回を読んでから今回を読んでくださったほうがよろしいかと思い ます。 シリアス続いてすみません! 読んでいただきありがとうございます!! 81 不安定 2 −side香− 私は昔から体が弱かった。 そのせいか、心も弱かった。 小学校は学校が嫌で3回も転校。 中学校は1年生の一学期だけ行って、あとは行かずに入院してた。 私は、小さいときから心の病気だった。 学校も大嫌いで、人混みも、人も大嫌い。 友達なんてずっといなかった。 中学校では1人だけ友達が出来たけど、今ではメールすらしない。 そんな私が、高校に2年以上通っていられるのは⋮⋮みっきーのお かげだと思う。 ううん、間違いない。 82 口調が男みたいで言葉がちょっと悪くて、いつもクール。 人によっては、言葉も素っ気なく聞こえるかも。 一見、とっつきにくい感じにみられると思う。 でも⋮⋮なんだかんだ言って、いつも一番私を気に掛けてくれたの はみっきーだった。 私は、心やさっちゃん⋮⋮もちろんみっきーにも、自分のことを詳 しく話したことがない。 ⋮⋮それで避けられたり妙に気を遣われたら嫌だから。 自分でも自分自身がめんどくさい奴だな、って思う。 だから余計に話せなかった。 みっきーは腕を組んで眉間に皺を寄せながら私の目を見る。 それが不機嫌だからじゃないのが解るのは、みっきーの目には優し い色しか浮かんでないから。 83 みっきーの目はたまに、思わず泣きそうになるくらい優しい色をす る。 大げさじゃなくて、本当のこと。 みっきーは意識してやってるわけじゃないと思うけど、私は随分こ れに助けられた。 現に、今もそうだ。 ﹁⋮⋮香。 俺は、人に頼まれて何でもほいほい引き受けられるほど出来た人間 じゃない﹂ ﹁⋮⋮﹂ 私は黙って話しを聞く。 ﹁検定⋮⋮まぁ、資格だな。 資格は個人の財産だ。 お前に勧められたのもあるけど、最終的に決めたのは俺だろ。 これのどこに迷惑な要素がある?﹂ 私は不安定だ。 1人で、周りに知らない人ばっかりの中で、検定を受ける自信は⋮ ⋮まだない。 84 だから悪いと思っても、必ずみっきーを誘ってきた。 みっきーはそれを断ったことなんて一度もない。 検定だってタダじゃないのに。 さっちゃんも一緒に受けたりするけど⋮⋮なんとなく、みっきーじ ゃないと安心できなかった。 ﹁香﹂ 呼ばれたことで、俯かせてた顔をみっきーに向ける。 ﹁さっきも言った通り、俺は出来た人間じゃない。 ⋮⋮でもな、友達の頼みを聞いてやらないほど薄情にもなれない﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁だから、なんかあったら頼れ。 1人で抱え込まなくていい﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ みっきーはそう言って笑ってくれた。 85 普段は無表情が多いのに、こんな時だけずるい。 ⋮⋮泣きそうになるじゃん。 ﹁⋮⋮⋮⋮うん﹂ 込み上げてくるモノを堪えるのに精一杯で、これ以上声は出なかっ た。 苦笑に近い表情を浮かべたみっきーは携帯を弄り始める。 私が落ち着くまで待っててくれるらしい。 みっきーは、なんとなくわかってるんだと思う。 私が心の病気を持ってること。 ⋮⋮ありがとう、みっきー。 一緒にいてくれて、ありがとう。 いつか、絶対。 近いうちに、ちゃんと話すから。 86 87 約束 ﹁夏休み、みんなでうちに泊まりに来ない?﹂ ﹁泊まり?﹂ 香の一言で俺達は食事の手を止めた。 いまは昼飯の時間だ。 ﹁なんで急に?﹂ ﹁前から思ってたの。 みんなでお泊まり会したいな、って。 夏休みももうすぐだし﹂ 泊まりか⋮⋮。 でも香の家ってここから1時間掛かる場所なんだよな⋮⋮。 でも、行けないこともないし⋮⋮よし。 ﹁いいな。 楽しそうだし、迷惑じゃなければ行くよ﹂ 88 ﹁ほんと? よかった! 心とさっちゃんは?﹂ ﹁アタシも行こうかな﹂ ﹁私も﹂ うん、全員参加だな。 ﹁つーか、こんな人数で行って迷惑にならないか?﹂ ﹁大丈夫。 あのね、うちのお婆ちゃんが1週間旅行に行くからそのあいだ家使 っていいよって言われてるの。 だからお婆ちゃんの家でお泊まり会しようと思うんだけど、どう?﹂ つまり俺達4人で好きなようにしろ、ってことか。 瀬田が手を挙げて質問する。 ﹁ご飯はどうするの?﹂ ﹁自分達で作ってもいいし、食べに行ってもいいし⋮⋮それで大丈 夫?﹂ 89 なにか食材を持っていこうかな⋮⋮。 ﹁とりあえず、料理だったら隊長と香に任せるぜ﹂ 俺はろくに料理したことないから。 ﹁私達だって作れてもお菓子くらいなんだけど⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、作れなさそうな時は外食で﹂ 昼休みの間にも、泊まりの計画ではわいわい話しが進んだ。 ﹁じゃ、8月1日から泊まりで3泊4日。 香のお言葉に甘えて、香のおじさんが迎えに来てくれる車で出発。 ⋮⋮ってことで、確認はとりあえずこれだけでいいな﹂ ﹁﹁﹁はーい﹂﹂﹂ 3人分の返事を聞いて頷く。 香のおじさんは、いつも香や俺達によくしてくれる。 90 見た目は60∼70歳くらいだ。 ちなみに香の父親はいないらしい。 直接訊いたわけじゃないが、時々うっかりもらす香の言葉を繋ぎ合 わせると、随分前から父親がいないのはわかった。 ⋮⋮これはあくまでも憶測だが、おじさんが父親じゃないかとみて いる。 年齢からみても再婚か。 まぁ、いまはどっちでもいいな。 どうしても知りたいわけじゃないし、香が知ってほしくないと思う ならそれを探る必要はない。 ﹁それでね⋮⋮みっきー、聞いてる?﹂ ﹁⋮⋮ん? なんだって?﹂ ﹁ゲーム持ってきてね、って。 ボーッとしてどうしたの?﹂ 91 ﹁いや、別に﹂ ﹁⋮⋮?? じゃあ、よろしくね﹂ ﹁ああ、ゲームな。 わかった﹂ このメンバー全員参加のお泊まり会なんてなかなか出来ない。 学生らしく楽しもうか。 92 検定結果︵前書き︶ 後書きにて。 93 検定結果 ﹁三木先輩!﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 教室に戻る途中の廊下。 移動が遅れた俺は1人で歩いてた。 そこで後ろから呼ばれて振り返ると、予想通りの人物がいた。 ﹁柳田さん。 こんにちは﹂ ﹁こんにちは!﹂ 元気だなぁ、と頭の片隅で思う。 俺が最後に元気に挨拶したのはいつのことだったか⋮⋮。 ﹁何か用事?﹂ ﹁⋮⋮用事がないと話し掛けてはいけませんか?﹂ 94 ﹁あーいやいや、そんなことないよ。 ただ訊いただけで﹂ たしかに友達なら用事なくても喋るよな。 うん、返答には気をつけよう。 ﹁ただ話したかったのもあるんですけど、実は用事もあります﹂ なんだ、あるのか。 ﹁なんの用事?﹂ ﹁学年主任の先生からこれを渡すように頼まれました﹂ そう言って柳田さんが差し出したのは、でかい茶色の封筒を4つ。 差出人は検定協会だ。 ﹁2つは三木先輩の、もう2つは木元先輩のだそうです。 検定の結果が入ってます﹂ 木元とは香の名字だ。 ⋮⋮なんとなく忘れられてる気がして、不安になったから改めて紹 95 介してみた。 ﹁わざわざありがとう。 ご足労掛けたな﹂ ﹁いえ、そんな! ところで、何の検定を受けたんですか?﹂ ﹁漢字検定とワープロ検定﹂ ﹁あっ、私もワープロ検定受けました! 2回目でやっと2級受かりました﹂ そう言って柳田さんは同じような茶色の封筒を見せる。 ﹁おお、おめでとう。 よかったな﹂ ﹁ありがとうございます! あの⋮⋮三木先輩は?﹂ もじもじしながら訊いてくる柳田さん。 俺の検定結果を知りたいのか。 知ってもに意味ない気がするけど⋮⋮まぁ、別に構わない。 96 ﹁あー、俺は﹁みっきー!﹂⋮⋮香か。 ちょうどよかった﹂ 封筒を開けようとしたところで、教室から香が出てきた。 ﹁え? なにが?﹂ ﹁これ、検定結果。 柳田さんが届けてくれた﹂ ﹁あ! ついにきたんだね⋮⋮﹂ 香は表情を曇らせる。 ﹁ああ。 じゃ、開けるか﹂ ﹁ええっ、ちょっと待って! 心の準備が⋮⋮﹂ 差し出した封筒を受け取らない。 耳を押さえてなにかブツブツ言ってるし。 その様子が俺に苦笑させた。 97 ﹁今でも後でも開ければ同じだろ﹂ ﹁う、うん。 ⋮⋮よし、じゃあ⋮⋮!﹂ 香は封筒を受け取って勢いよく開ける。 俺もそれに続いて結果を確認した。 98 検定結果︵後書き︶ ⋮⋮はい、またしても途中で切れております。 すみません。 1話にしてはあまりにも長すぎた⋮⋮。︵↑力不足 なんか、柳田ちゃんが出ると長くなるような気がします。 柳田ちゃん、よく喋るな⋮⋮。 それでは、また次回。 読んでくださってありがとうございました! 99 検定結果 2︵前書き︶ 後書きにて。 100 検定結果 2 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮これは⋮⋮﹂ 俺達は封筒に入ってた一枚の紙をみた。 それは、まぁ単純に言えば検定の結果が書かれた紙だ。 個人の合否が書かれてるんじゃなくて、受かった人の受験番号が書 かれてるタイプのもの。 3級、2級、1級、と全部の結果が載ってる。 3級はまぁまぁ多いな。 2級合格者は3級の半分くらい。 ここまでは普通に予想できた。 問題は1級。 俺と香が受けた級だ。 101 1級の欄に載ってる受験番号は、なんと1つだけ。 105、とポツンと書いてある。 ⋮⋮⋮⋮実は、俺の受験番号は105だったりする。 ﹁⋮⋮みっきー! 受かってる!! しかも1人だけ!?﹂ ﹁ええっ、すごいです三木先輩! 1級って合格率20%なんて言われてるのに!!﹂ まぁ、検定後も出来た感覚あったし自信もあった。 よほどのミスをしてない限りは受かってるかな、とも思ってた。 でもまさか⋮⋮受かってるのが俺だけなんて、夢にも思わないじゃ ない。 ﹁おめでとうございます、三木先輩!! さすがですね!﹂ 102 ﹁おめでとうみっきー! ⋮⋮でも憎いっ﹂ ﹁⋮⋮ああ、ありがとう﹂ とりあえず素直に礼を言うことにした。 ﹁みてこれ。 みっきーに教えてもらったとこは完璧なのに、やっぱり速度が足り なかった﹂ ﹁速度だけだったら練習すればそのうち出来るだろ。 頑張れ﹂ 香の結果は速度が少し足りなかっただけ。 これなら次は確実に合格できるだろう。 ﹁いつかは私も三木先輩みたいに⋮⋮。 あ、そういえば漢検はどうでした?﹂ 前半、なにか聞こえた気がしたが、あえてスルーしよう。 ﹁漢検⋮⋮お、受かってる﹂ 103 ﹁わぁ、私も受かってる! やったぁ!﹂ 漢検は俺達2人とも合格してた。 ちなみに2級だ。 ﹁おめでとうございます! ⋮⋮私も漢検受けようかな﹂ ﹁さんきゅ。 受けて損はないし、おすすめするよ﹂ 漢検って受けるだけでも結構意味があると思う。 仮に落ちても損はないと断言しよう。 ﹁ところで柳田さん。 時間は大丈夫?﹂ ﹁⋮⋮あっ、もうこんな時間!? 次の授業体育でした!﹂ 指摘すると柳田さんは慌てだした。 ﹁わざわざ届けに来てくれてありがと。 104 急ぎすぎて怪我しないよう気を付けてな﹂ ﹁はい、失礼します!﹂ そう言ってお辞儀をしてから走って教室に帰った。 急いでてもお辞儀なんて礼儀正しいな。 俺達は柳田さんを見送ってから教室に入った。 ﹁ねぇ知ってる? ワープロ検定1級受かったのって1人だけだったって! しかもあの三木さん!﹂ ﹁うわ、すごい! さすがだね⋮⋮﹂ こんな会話が聞こえてきたのは次の日だった。 正直、苦笑いしか出てこない。 つーか、”あの”ってなんだよ”あの”って。 俺は今更ながら噂の流れる早さを痛感した。 105 106 検定結果 2︵後書き︶ これ実話だったりします。 作者ではなく友人の実話です。 作者は隣で眺めてました。 そして体育祭話をどこにいれようか悩んでおります。 やっぱり夏休み話が終わってからかな⋮⋮。 ここまで読んでくださってありがとうございました! みなさん夏バテにはお気をつけ下さい。 それでは、また次回。 107 敵対視 ﹁また期末テスト1位だったってね、三木さん。 検定もたった1人だけ受かっちゃうし⋮⋮ほんとすごいよね﹂ ﹁いいよね、そんなに頭良かったら勉強も苦労しなさそうだよね。 羨ましい⋮⋮。 秘訣とかあるのかな?﹂ ﹁仮にあったとしても私達にはマネできないでしょー。 相手は天才だもん﹂ ﹁そうだよねー﹂ 職員室にプリントを届けようと、教室を出るためドアの前。 廊下から聞こえてしまった他クラスの人の会話に、なんとなく外へ 出にくくなってしまった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮だってさ、みっきー﹂ 香が肘で小突いてくる。 108 ⋮⋮ごめんなさい、他クラスの人。 秘訣なんてありません。 天才でもありません。 唯一、記憶力だけは良いんです。 しいていうなら多分、勝負運も強いんだと思います。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は諦めて自分の席についた。 ﹁あれ? 職員室行かないの?﹂ 瀬田が訊いてくる。 ﹁気が変わった。 あとで行く﹂ 3人が隠さずに笑う。 ⋮⋮笑うな。 109 俺達は4人で会話してたところ、勢いよく教室のドアが開けられた。 ドアが壁にぶち当たってうるさい。 思わず顔をしかめるが、それも一瞬。 ドアの方向も開けた人も見ずに、気にしないことにした。 ﹁あらぁ、三木さん。 ご機嫌いかが? 周囲から持て囃されてさぞかし良いご気分でしょうね﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ドアを開けた本人は、俺に用があったらしい。 現にわざわざ俺の机の目の前まで来て、悪意たっぷりの挨拶をして くれる。 正直話し掛けられて困ったが、黙ってるわけにもいかないだろう。 ﹁⋮⋮どーも、七村さん﹂ ななむら いつき 俺は七村一姫さんに、当たり障りのない挨拶を返した。 110 111 敵対視 2 −side香−︵前書き︶ なんか⋮⋮最近シリアス成分多くね? と思う今日この頃です、こんにちは。 シリアス苦手な方、ごめんなさい。 112 敵対視 2 −side香− 七村さんはみっきーの机の前に立って、座ってるみっきーを見おろ す。 目は闘志がみなぎってるみたいにギラギラさせて。 七村さんは、私達と同じ3年生で隣のクラス。 成績優秀でテストの順位も常に学年2位。 そう、2位。 これが重要。 常に2位⋮⋮つまり、常にみっきーの下ってこと。 テストは毎回みっきーが1位で、七村さんは頑張っても頑張っても 負けてるみたい。 もともと勝負なんてしてないけど。 でも七村さんはそれがすごく悔しいみたいで、なにかっていうとみ っきーに突っ掛かってくる。 113 ﹁検定、お1人だけ受かったらしいじゃない。 どんな風にカンニングをしたらバレないのか教えていただきたいわ﹂ ﹁別にカンニングしたわけじゃないよ﹂ ﹁あら、それじゃあ随分と運がよろしいのねぇ。 今日の放課後、教会にでも行って神に祈りでも捧げてきたらどうか しら?﹂ ﹁あー、そうだね﹂ 何かを言われても、基本的にみっきーは軽く流す。 机に肘をついて手に顎を添えて、視線は七村さんから外して窓に。 聞いてるこっちがイラッとするようなことを言われても、涼しい表 情は崩れない。 ていうか、たとえ困った表情はしても怒ったところは見たことない かも。 怒鳴るのも想像できない。 みっきー、悪いのは口調だけだし。 114 怒りの沸点は多分私よりもずっと低い。 七村さんはみっきーの机をバンッと勢いよく叩く。 ﹁いつまでそんなすました顔していられるかしらね。 その顔、見てるとイライラするわ﹂ ⋮⋮それなら来なければいいのに。 七村さんの勝手すぎる言葉にイライラが増した私は、そう言おうと した。 それが出来なかったのは、チラッと向けられたみっきーの視線が﹃ やめろ﹄と伝えてきたから。 ﹁悪いけど、地顔だからしょうがない。 せめてそのイライラが収まるように、少し消えるから安心して﹂ みっきーは机からプリントを引き抜いて立ち上がると、気怠そうに 教室を出た。 ﹁⋮⋮ふん。 そのままずっと消えればいいのに﹂ 115 七村さんはみっきーの後ろ姿にも悪態をぶつけることを忘れない。 私達はまたイラッとしたけど、それよりみっきーを追いかけた。 116 敵対視 3︵前書き︶ 後書きにて 117 敵対視 3 廊下に出ると、クーラーがきいた教室との温度差がすごかった。 蝉が騒いで夏らしさをより一層感じる。 ﹁みっきー!﹂ そんなことを思いながらプリントを持って職員室に向かう途中、さ っきまで教室にいた香達が追いかけてきた。 ﹁⋮⋮酷ぇ顔﹂ 俺は振り返って思わず笑ってしまった。 3人の顔は何とも言い表しにくい表情を浮かべてる。 見ただけでも5つは感情が重なってるだろうか。 ﹁だってみっきー、七村さんが⋮⋮でもみっきー怒らないし、えっ と⋮⋮﹂ 香は言葉が纏まらないらしい。 118 まぁ、言いたいことは理解できる。 なんたって短くも長い、2年以上の付き合いだからな。 ﹁ねぇ、みっきー﹂ まだ言葉が纏まってない香より先に、隊長が声を掛けてきた。 俺は返事をせずに顔だけ隊長に向ける。 ﹁あのね、みっきーはもうちょっと怒ってもいいと思うの。 じゃないとストレスとか、溜まらない?﹂ ﹁⋮⋮それは七村さんに怒れって意味? 相手を逆撫でするだけだと思うんだけど﹂ ﹁それはそうだけど⋮⋮﹂ というより、そもそも俺は七村さん相手に怒りは湧いてこない。 俺こうみえてもわりと穏やかな性格だからな。 はっはっは。 119 ﹁七村さん。 あれでかなり努力してるみたいだしな。 俺みたいなのがヘタなことも言えないだろ?﹂ まぁ、七村さんは確かに何かあると突っ掛かってくる。 けど、ろくに努力してない俺に余計なことを言う権利は無い気がし た。 ﹁でも⋮⋮﹂ ﹁かといって手を抜くのも失礼だしな。 軽ーく相手にしつつ流すのが一番だ。 当たらず障らず、適度に﹂ 突っ掛かってくるのを嫌がってテストの順位を下げるのは簡単だろ う。 でもそれは努力家相手に失礼極まりない行為だ。 毎度毎度何かを言われるのは正直面倒だけど、無視する気にもなれ ないし⋮⋮。 で、今の状態に落ち着いたわけだ。 120 ﹁みっきー!﹂ ﹁うん?﹂ 香の声で思考から引き戻される。 ﹁七村さんはみっきーのこと好きじゃないのかもしれないけど、私 達はみっきーのこと好きだからね!﹂ ﹁⋮⋮愛の告白か?﹂ 思わず吹き出しそうになったのは秘密だ。 ﹁違うよ!! 美しい友情!﹂ ﹁わかってるって。 冗談だよ、冗談﹂ 俺は職員室に向かって再び歩みを進めた。 つーか、美しい友情って⋮⋮。 まぁ、そういうのも悪くねぇな。 121 後ろから駆け寄る3つの足音を聞きつつ、そう思う。 ﹁三木さんってさ﹂ ﹁うん﹂ ﹁他のクラスの人が想像してるより普通の人だよね﹂ ﹁天才とか言われてても、頭は良いけど普通に話しやすいもんね﹂ ﹁うんうん﹂ ﹁でも接点無い人は同じクラスじゃなきゃわかんないよ﹂ ﹁話してみないとわかんないからね。 表情少ないし﹂ ﹁んで、良い人だよね﹂ ﹁うん。 口は悪いけど、超良い人﹂ ﹁他のクラスの奴ら、三木を凡人とは別格みたいに見て損してるよ なぁ。 面白い奴なのに﹂ ﹁ほんとほんと﹂ 122 七村さんが教室を出た後。 クラスの男女共にこんな会話がされてるなんて、当然俺は知るはず がなかった。 123 敵対視 3︵後書き︶ 思いの外、長くなってしまった﹃敵対視﹄の話⋮⋮。 今回で区切りがつきました。 でもなんか今後もシリアス話が続きそうな予感⋮⋮。 いや、微シリアスくらいな気がしないでもない⋮⋮? 苦手な方、本当すみません。 せめて間にほのぼのした話挟もうかな⋮⋮。 時間潰しにでも読んでいただけると幸いです。 ここまで読んでくださってありがとうございました! 124 散歩︵前書き︶ 予想外の長さに⋮⋮。 読んでくださってありがとうございます! 125 散歩 ﹁ねぇ、お姉ちゃん﹂ ﹁なんだ?﹂ 日曜日。 俺は音楽を聴きながらダラダラ過ごして休日を満喫してた。 結衣が話し掛けてきたから中断したけど。 ﹁ちょっと散歩行きたいんだけど﹂ ﹁行けば?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮わかったよ、一緒に行けばいいんだろ﹂ 俺のダラダラする休日、終了のお知らせ。 ﹁あっつい⋮⋮﹂ 126 ﹁もう7月だからな﹂ 今日は30度超えてるんだっけ。 雲一つない青空で太陽がギラギラと地上を照らす。 ついでだから信長と家康も連れてきたが、暑そうにしてる。 途中で水分摂らせないとな。 ちなみに信長は飼い主以外には咬むし吠える。 どこかで言った気がするけど。 でも散歩の時は他人に吠えないように躾をしてる。 ただ安全は保証できないから、撫でたりするのは断ってるが。 ﹁お姉ちゃん、日焼け止め塗った?﹂ ﹁塗ってねぇ﹂ ﹁え、真っ黒になっちゃうよ?﹂ ﹁日焼け止めとかハンドクリームとか苦手なんだよ。 なんかベタベタするし﹂ 127 ﹁ふーん⋮⋮でもあんまり焼けてないね﹂ ﹁そうか? まぁ、気合いだ気合い﹂ 気合いで日焼けが回避できるとは思えないが、今の俺は考えるのも 面倒だ。 テキトーな受け答えをする。 ﹁そういやお前、学校はどうだ?﹂ ﹁楽しいよ。 友達もできたし﹂ ﹁そうか。 よかったな﹂ ﹁うん。 勉強もまだ簡単で⋮⋮あ!﹂ 話してる途中、急に顔を上げた結衣が叫んだ。 その方向を見てみると、女の子が1人。 ﹁誰だ?﹂ 128 ﹁同じクラスの友達だよ。 真緒ちゃーん!!﹂ ﹁⋮⋮あ、結衣ちゃん!﹂ 向こうも気付いたらしい。 駆け寄ってきた。 ﹁こんなところで会えると思わなかった! 結衣ちゃん、この近くに住んでるの?﹂ ﹁うん! 真緒ちゃんはこの辺りじゃないよね? 散歩?﹂ ﹁うん、そう。 いつもより遠くに来てみようと思ったの﹂ ﹁そっか﹂ ちょっと端っこで2人を眺めてた俺に真緒ちゃんが向き直った。 ﹁こんにちは!﹂ ﹁こんにちは。 結衣がお世話になってます﹂ ﹁いいえ、こちらこそ! 129 あの、かっこいいお兄さんですね!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ いや、確かに俺は服も男っぽいし。 さらに声も女性らしくない低さだし。 まぁ、女の服はイマイチ似合わないし声は地声だからしかたない。 ﹁えっと、お世辞でも褒めてくれてありがとう。 でも俺、お姉さんだから。 よろしくね﹂ ﹁えっ⋮⋮? す、すみません!!﹂ じっくり顔を眺められて、俺が女だと気付いたのか頭を下げてきた。 ﹁いいよ。 よく間違えられるし、こんな格好してる俺に責任あるし﹂ 間違いはよくあることだ。 別に構わない。 ﹁真緒ちゃん、結衣にはお姉ちゃんがいるって前に教えてたのに⋮ ⋮﹂ ﹁お姉さん以外にも兄弟いるんだと思っちゃった⋮⋮ごめんなさい﹂ 130 ﹁いいっていいって。 休みの日にでも遊びにおいで。 結衣はいつも暇だから﹂ ﹁いつもじゃないもん。 でも遊びに来てね、真緒ちゃん!﹂ ﹁うん、行くね! それじゃあ、ばいばい結衣ちゃん。 さよなら、お姉さん﹂ ﹁ばいばい!﹂ ﹁さよなら。 帰り道、気を付けて﹂ 真緒ちゃんは去っていった。 しかし、男に間違えられたのも久しぶりだな。 最近はあんまりなかったのに。 まぁ、ただ指摘されないだけなのかもしれないが。 ﹁お姉ちゃんってなんで男の人みたいな服ばっかり着るの?﹂ ﹁男物のほうがラクだし柄が好みだから。 131 あと俺は女性服が似合わないから﹂ ﹁ふーん⋮⋮確かに男物の服のほうが顔に合ってるよね、お姉ちゃ ん﹂ ﹁自覚してるから女物着ないんだよ。 まぁ、単純に男物のデザインが好きってのもあるけど﹂ それからも話をしつつ、しばらく歩いて公園に入った。 132 散歩 2︵前書き︶ 後書きにて。 133 散歩 2 俺達は公園に入った。 木陰にあるベンチに腰をおろして、すぐ横にある水道の蛇口を捻る。 蛇口から流れる水を信長と家康が飲む。 流水だから飲みにくそうだが、水を溜める物なんてない。 なんとなく2匹を眺めてたら、そのすぐ後ろを犬を連れた人が通り すぎた。 ミニチュアダックスか⋮⋮小型犬ってなんか新鮮。 それにしても、家康でかいな。 信長もでかいけど、比べると家康のほうがでかい。 小型犬見たあとだから尚更だな。 ﹁⋮⋮おい、結衣。 飲み物買ってきていいぞ﹂ 134 ふと見た公園の隅っこに自販機を見つけ、結衣に財布を渡す。 ﹁お姉ちゃんは?﹂ ﹁テキトーに頼む﹂ ﹁はーい﹂ ちなみに、これはパシリじゃないぞ。 弟や妹をもつ者の自然現象だ。 そう、断じてパシリではない。 ﹁あっ、ワンコだー!﹂ 結衣の後ろ姿を見送っていると、小学校1年生くらいの女の子が駆 け寄ってきた。 女の子は家康を撫でる。 ﹁ダメじゃない! すみません、勝手に⋮⋮﹂ 母親らしい人が女の子を叱る。 ﹁いえ、構いませんよ。 ただ、こっちの茶色い犬は触らないでくださいね﹂ 135 茶色い犬とはもちろん信長のことだ。 家康は大人しいから平気だろうが、リードをしっかり握って注意す る。 ﹁お母さん、お母さん! このワンコ、顔怖いけどかわいいねー﹂ ⋮⋮さすが家康。 子供も理解できる強面だ。 ﹁それにしても⋮⋮とても大きなワンちゃんねぇ。 うちはアパート住まいでペットを飼えないから羨ましいわ﹂ ﹁動物、お好きなんですね﹂ ﹁ええ。 実家のほうでたくさん飼ってるものですから﹂ なんとなく母親と会話が始まる。 ﹁ふふ、変な顔ー﹂ 家康を撫でていた女の子は、急に家康のヒゲを思いきり引っ張った。 136 ほんの一瞬、予感か直感か。 ザワリとした感覚がよぎった。 ﹁バウッ!!﹂ 勢いよく一吠えして飛び掛かろうとする家康。 それより先に咄嗟でリードを引き寄せて、首輪を掴んだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮っ。 うわーん!!﹂ びっくりした女の子は尻餅をついて泣き出してしまった。 家康のリードをベンチの脚にくくりつけて、片膝をついて女の子の 様子を伺う。 ﹁びっくりしたな。 ごめんね、大丈夫?﹂ 比較的優しく声を掛けて、女の子を立ち上がらせ服についた土をは らう。 怪我はないみたいだ。 ﹁申し訳ありません。 137 注意不足でした﹂ 立ち上がってから、女の子の母親に頭を下げる。 ﹁い、いえ。 この子がワンちゃんに悪戯したせいですし⋮⋮気にしないでくださ い。 この子も、ただ驚いただけですから﹂ ふと見ると、サイダーの缶を2つ持った結衣が少し離れた所で心配 そうにしてる。 手招きして、缶を1つ受け取り女の子に持たせた。 ﹁これはお詫び。 許してくれないかな?﹂ ﹁⋮⋮グスッ⋮⋮うん。 ごめんねワンちゃん﹂ 女の子が家康に頭を下げた。 ﹁ありがとう。 また遊んでやってくれると嬉しいな﹂ ﹁うん! また遊ぶね!﹂ 138 よかった、この子が犬嫌いにならなくて。 こういう体験が犬を怖がる原因になりやすいからな。 そして女の子と母親は帰っていった。 女の子に手を振りつつ、家康を撫でる。 ﹁お前は何も悪くないからな﹂ 女の子だって何も悪くない。 俺の注意不足だ。 まぁ、怪我もなかったからよかった。 ﹁それにしてもお姉ちゃん、力あるね。 咄嗟で家康のリード引っ張るなんて﹂ ﹁ん、ああ。 なんかあの瞬間無心だった﹂ 咄嗟の時って、わりと無心だったりするよね。 ふと、今まさに公園を出るところだった女の子が振り返って手を振 139 りながら大声で叫んだ。 ﹁ばいばーい、ワンちゃん! お兄ちゃん!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 忘れられてるかもしれないから、改めて宣言しとこうか。 俺は、女です。 140 散歩 2︵後書き︶ この話も無駄に長くなりましたね⋮⋮。 もっと簡略化して掛ける腕をもちたいものです。 まぁ長くなった一因としては、この話が実話ということもあります。 誰の実話かはふせますが。 ちなみに、許可は得てます。 ネタの提供者はノリノリです。 わりとあちこちに実話が入り込んでるかも⋮⋮? という読者様のドキドキをひそかに期待してます。 ここまで読んでくださってありがとうございました! ご感想等ありましたら、作者にぶつけてくださると嬉しくて小躍り します。 いや、Mじゃありませんよ。 ほんとに。 141 長々と失礼しました。 142 入院 ﹁なんか体調悪い⋮⋮﹂ ﹁更年期?﹂ ﹁うん﹂ 母さんは数年前から更年期で体調が悪い。 今日は特に酷いらしいけど。 更年期とは⋮女性の、成熟期から老年期へと移行する時期。平均4 7歳ごろから始まる閉経期を中心とする前後数年間をいう。 更年期障害とは⋮更年期の女性に、卵巣機能の低下によってホルモ ンのバランスがくずれるために現れる種々の症状。冷え・のぼせ・ めまい・動悸・頭痛・腰痛・肩凝り・不眠・食欲不振など。 以上、国語辞典より。 まぁ、母さんは更年期障害で体調が悪いわけだ。 ﹁なんで国語辞典なんてひいてるの?﹂ 143 ﹁いや、ちょっと説明を⋮⋮って、また薬飲むの?﹂ 母さんは病院からもらった薬を取り出してる。 更年期の症状を抑える効果があるらしい。 ﹁体調悪いから﹂ ﹁薬飲みすぎだよ母さん﹂ 母さんの場合、飲みすぎて効果が薄いんだと思うんだ。 ﹁ねぇ、なんか⋮⋮﹂ 呼ばれて、母さんの顔を覗き込む。 俺は母さんの言いたいことがわかった。 ﹁本格的に体調悪いかも﹂ ﹁入院、ですか﹂ あのあと。 144 体調の悪さなんて当然俺にはどうしようもないわけで、手っ取り早 く救急車を呼んだ。 とはいえ、結衣を置いて救急車で付き添いすることもできない。 とりあえず母さんが落ち着くのを待ってから、連絡があった病院に 向かった。 ﹁お母さんは、随分と体調が悪いようだからね。 入院すれば点滴で症状を和らげることができるし、飲み薬の管理も できるから安心だ﹂ 俺は先生から説明を受けていた。 まぁ、病院側に管理してもらえるならこれ以上安心なことはない。 ここの先生、いつもお世話になってるからな。 母さんもあの状態じゃ、家にいたって家事もまともに出来ないだろ うし。 ﹁ご迷惑おかけします。 母をよろしくお願いします﹂ ﹁お任せください﹂ 145 頭を下げて挨拶したあと、お互いに握手を交わした。 ﹁というわけで、しばらく母さん帰ってこないから。 そこんとこよろしく﹂ ﹁うん、わかった﹂ 家に帰って、留守番してた結衣に話しをした。 俺は途中で買った晩飯の材料を冷蔵庫にしまう。 ﹁⋮⋮お姉ちゃん、料理できるの?﹂ ﹁結衣。 この世には初めからなんでも出来る人間なんて存在しないのである﹂ なんでこんな自然の摂理について語ってるのか。 答えは、俺はろくに料理をやったことがないからだ。 はっはっは。 146 夕食 −side結衣−︵前書き︶ 時期的には夏休み1週間前くらいですよー。 読みにきてくださってありがとうございます! それでは、どうぞ。 147 夕食 −side結衣− 2日前、お母さんが入院した。 でもお姉ちゃんがいるし、とくに不安はなかった。 お母さんは入院してたほうが安心できるしね。 ただ一つ。 結衣の安心できない瞬間が、ただ一つだけある。 ﹁ちょっとお姉ちゃん! 包丁持たないでって言ってるでしょ!?﹂ ﹁うるせぇ。 練習だよ、練習。 いずれ一人暮らし始めたら使わなきゃいけないだろ﹂ 結衣のお姉ちゃん。 見た目はお兄ちゃんだけど、頭が良くてなんだかんだと言っても優 しい。 148 結衣の自慢のお姉ちゃん。 お母さんが入院しても、お姉ちゃんが洗濯はできるし料理も思った より出来た。 でも、ただ一つ。 包丁を持たせると何か危ない。 ﹁ねぇ、今日のご飯何にするの?﹂ ﹁野菜炒めと炒飯。 気が向いたらスープ作るかも﹂ お姉ちゃんの作るスープ好き⋮⋮じゃなくて! ﹁ちょっとお姉ちゃんストップ!﹂ ﹁なんだよ﹂ お姉ちゃんはめんどくさそうに視線を上げる。 その手にはキャベツ。 ﹁野菜炒めのキャベツだったら、ちぎっていれればいいんだよ!?﹂ 149 ﹁んなことわかってる。 だから練習だっての﹂ そう言うとザクザク切り始めた。 結衣はもう見つめることしかできませんでした。 ﹁⋮⋮??﹂ お姉ちゃんは頭にハテナを浮かべてる。 ﹁なんで千切りになってるの!?﹂ ﹁⋮⋮さぁな﹂ まな板の上には見事な千切りがのってる。 目離さないほうがよかったかな⋮⋮。 お姉ちゃんは包丁の扱いは問題ないのに、なぜか切り方がおかしい。 この間もキュウリがカニさんウインナーみたいに切られて出てきた。 150 一口サイズに切ってあったのが救いだったと思う。 ﹁⋮⋮ま、いっか﹂ お姉ちゃんは千切りキャベツでちゃっちゃと野菜炒めを作った。 ⋮⋮切り替え早いね。 ﹁おい、飯だぞ。 手洗って自分の箸とコップ準備しとけよ﹂ ﹁はーい﹂ 言われた通り手を洗って戻ると、テーブルにはご飯がならべられて た。 炒飯とスープ、それから千切り野菜炒め。 ﹁﹁いただきます﹂﹂ とりあえず野菜炒めを食べてみよう。 いつの間に切ったのか、もやしまで真っ二つに切られてる。 何をどうしたのか、ニンジンは輪切りですごくペラペラ。 151 お肉は普通だけど、見た目は野菜炒めには見えない⋮⋮。 気を取り直して、一口食べてみた。 ﹁⋮⋮おいしい﹂ ﹁そうか。 よかった﹂ 切り方はあれだけど、味付けはバッチリ。 どんなに酷い切り方でも、必ず美味しくできるのがお姉ちゃんの料 理だ。 ﹁ねぇお姉ちゃん﹂ ﹁なんだ?﹂ ﹁包丁あんまり使わないでね﹂ ﹁いいだろ別に﹂ ﹁味付けはいいのに、もったいないよ﹂ ﹁腹に入れば同じだろ﹂ 152 ﹁⋮⋮﹂ 料理の神様。 どうかお姉ちゃんが早く包丁に慣れますように。 ﹁なに祈ってんだ?﹂ ﹁ご飯がもっと美味しくなるおまじないだよ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 神様、本当にお願いします。 153 寝坊 朝、目が覚めて時計を見た。 今日は月曜日だ。 ﹁⋮⋮﹂ もう一度確認しよう。 今日は月曜日だ。 つまり学校がある。 現在時刻、9時36分。 ﹁⋮⋮⋮⋮!!﹂ 瞬間、俺は飛び起きた。 ⋮⋮が、再びゆっくり横になった。 154 ﹁どうせ遅刻だし⋮⋮﹂ 結衣は振替休日だから学校はないし、俺は今行っても完全に遅刻だ。 今行ってもいつ行っても変わらないなら急ぐことはない。 学校に連絡しようかとも思ったけど、やめた。 なぜかって、そりゃあめんどくさいからだよ。 それにただの寝坊だし。 俺はゆっくりと朝飯を食べて洗濯をすませてから学校に行く準備を 始めた。 結局、学校に着いたのは11時を過ぎた頃だった。 教室のドアを開けると、一斉に注目をあびる。 まぁ遅刻魔の異名を持つ俺には、このくらいなんてことない。 155 ﹁みっきー!﹂ 一番最初に隊長が声を掛けてきた。 ﹁どうしたの? 最近は遅刻も少なかったのに⋮⋮。 それに連絡が無いって先生が心配してたよ?﹂ ﹁マジで?﹂ それは悪いことしたな。 連絡するほどの理由もなかったわけだが。 ﹁あ、今ね、クラスの人が5人ずつ進路指導の先生と進路について 話してるの。 いま香ちゃんも行ってるところだけど、みっきーも行ったほうがい いよ﹂ ﹁そうか﹂ せっかく隊長が教えてくれたわけだし、行くかな。 ⋮⋮あー、めんどくさい。 ﹁じゃ、とりあえず行ってくるわ。 156 先生来たらよろしく﹂ ﹁うん、わかった。 話ししてる場所は進路指導室だからね﹂ 俺は自分の机に鞄を置いて、進路指導室に向かうことにした。 あー、めんどくさい。 157 進路指導室 俺は進路指導室にきた。 中から話し声が聞こえる。 ノックして返事を聞いてから、ドアを開けた。 ﹁3年の三木です。 遅れてすみませんでした﹂ ﹁はい、中に入って座りなさい﹂ 謝罪して頭を下げると、聞き覚えのある穏やかな声が降ってきた。 この先生は指導室指の先生であり、おじいちゃん先生。 ちなみに、俺のクラスの副担だ。 ﹁失礼します﹂ 俺が椅子に座ると、香が小さく手を振ってきた。 158 俺も軽く片手だけ上げて返事した。 しばらく説明を聞いて、面接の部屋への入退室についての指導を受 けた。 あと10分で授業も終わる。 ︵⋮⋮そういえば、携帯の着信音消してねぇな︶ うちの学校は携帯の持ち込みは禁止だ。 どうしても連絡で必要な人は担任に預けることになってる。 当然俺がそんな面倒なことやるはずもなく、携帯は常に手元にある。 いつもは着信音を消して持ち歩いてるけど、今日はうっかり忘れた。 ︵⋮⋮まぁ、俺遅刻してきたし。 万が一鳴った時は﹁まだ預けてないんです﹂的なこと言えばいいか︶ などと考えていたとき、制服のポケットに違和感。 159 ∼♪、♪♪、 ⋮⋮!! なにこのタイミング。 携帯鳴ったときの言い訳考えた直後に携帯が鳴るとかどんな奇跡。 音に気付いたらしい俺以外にも授業を受けてる5人が、咳をしたり 物音をたてたりしてる。 携帯の音を先生に聞かれないようにしてくれてるんだ。 なんていいクラスメイトだろうか。 俺はすぐポケットに手を突っ込んでサイドキーで音を消す。 それが済むと、手で携帯を隠しつつポケットから抜き取って背中側 に回して画面を開いた。 そのまま後ろ手で電源を切る。 最中、視線をずっと先生に向けることは忘れない。 ︵ふぅ⋮⋮︶ 160 これで安心。 よかったよかった。 ﹁では、時間ですので授業を終わります﹂ もうそんな時間か。 挨拶をして先生は出て行った。 ﹁三木、お前何やらかしてんだよ!﹂ ﹁めちゃくちゃ焦ったー⋮⋮﹂ クラスメイトの男子が笑いながら話し掛けてきた。 ﹁いや、ついうっかり。 サンキュー、助かった﹂ ﹁暇で寝そうだったのに目が覚めたよ﹂ ﹁バレなくてよかったねー﹂ 今度は女子が話し掛けてきた。 ﹁あの先生でよかったよね、耳遠いし。 でももしバレてもみっきーなら言い訳考えてたでしょ?﹂ 161 ﹁そこそこにな。 でも騒音フォロー助かったよ﹂ ﹁騒音フォローって⋮﹂ 男子が吹き出す。 ﹁いいクラスメイトがいて俺は幸せ者だなー﹂ ﹁おーい、棒読みだぞー﹂ 他の奴らがドッと笑う。 うちの男子はツッコミ上手だな。 162 マイペース ﹁ええっ、入院!?﹂ 進路指導室から戻って、香達に母さんが入院したことを伝えた。 ﹁そう。 まぁ、たいした病気じゃないから2週間か3週間したら帰ってくる と思う﹂ ﹁そっか⋮⋮﹂ 香が何かモジモジし始める。 ﹁なんだ?﹂ ﹁あのさ、みっきー。 こんな時に訊くのもあれだけど⋮⋮お泊まり会は、どうするの?﹂ お泊まり会か⋮⋮。 母さんが退院するのが7月後半とみても、退院してすぐ家事ができ るとは思えない。 163 そんな中に結衣を残して俺が不在ってのはちょっと無理な話だろう。 ﹁⋮⋮悪いけど、今回はパス。 できれば行きたかったけどな﹂ ﹁そっか⋮⋮そうだよね﹂ ﹁⋮⋮もしも行けたら、途中から参加させてもらうよ﹂ 香の落ち込みようがすごくて、つい言ってしまった。 ﹁うん、うん! その時は絶対来てね!﹂ ﹁ああ﹂ 行けない時は夜中にイタズラ電話でもしよう。 ﹁そういえば、今日の遅刻ってお母さんの関係で?﹂ 瀬田が訊いてきたから正直に答えた。 ﹁いや、普通に寝坊﹂ 164 ﹁普通に、って⋮⋮﹂ ﹁寝坊だけ?﹂ ﹁ゆっくり朝飯食って洗濯してきた﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁さすがキングオブマイペース⋮⋮﹂ ﹁アイアムマイペース﹂ マイペース﹂ ﹁名乗った!?﹂ ﹁I'm ﹁発音よくなった!?﹂ 今日もバカ言いながら1日を過ごす。 165 終業式︵前書き︶ 読んでくださってありがとうございます! 今、時期は7月後半ですよー。 166 終業式 今日は終業式だ。 限りなくめんどくさい。 ﹁⋮⋮っきー、みっきー!﹂ ﹁⋮⋮ん﹂ 香が横から揺すってきた。 俺は寝てたらしい。 ﹁もう終業式終わったよ? ずーっと寝てたね﹂ マジか。 座ったまま熟睡とか俺ヤバくね? ﹁教室帰ろう?﹂ ﹁ああ﹂ 167 教室では掃除が始まってた。 俺は迷いなく、窓拭きの掃除を始めるために新聞紙をとった。 ﹁みっきー、窓拭き?﹂ ﹁説明しよう。 窓拭きとは一番サボりやすい掃除場所なのである﹂ これは俺の持論だが、強ち間違いでもないだろう。 サボりやすく、それでいてサボってないように見えるのが窓拭きだ と思う。 ようは新聞紙を持っとけばいいんだ。 ﹁じゃ、私も窓拭きー﹂ ﹁アタシもー﹂ 俺達は掃除時間を喋りながら上手にサボった。 168 掃除も終わって担任の話しの時間。 ﹁お前ら、ちゃんと宿題やってこいよー﹂ 宿題の一覧表に目を通しながら、担任言葉を聞き流す。 ﹁うわぁ⋮⋮多いね﹂ ﹁夏休みだしな﹂ まったく、せっかくの夏休みが台無しだ。 ﹁⋮⋮ねぇ、みっきー。 宿題、教えてくれない⋮⋮?﹂ ﹁いいけど、英語は無理だから﹂ ﹁やっぱり?﹂ ﹁当然﹂ 英語は理解不能。 その後も先生の長い話を聞きながら、頭の中では別のことを考える。 169 ︵あー、今日の晩飯どうしよう。 たしか今日は卵が安いから、多めに買ってオムライスにでもしよう か。 あと、ティッシュと洗剤もないから買ってこないと⋮⋮つーかバイ クに積めるかな? 一度家に帰って荷物置いてくるか︶ と、ここまで考えたところでなんか主婦くせぇと思ってしまった。 ⋮⋮あえて気にしないでおこうか。 ﹁じゃ、夏休みだからって気を抜きすぎないように。 以上﹂ いつの間にか担任の話しが終わった。 ﹁みっきー、せっかくだから遊んで帰らない?﹂ 荷物をまとめてる途中、香が話し掛けてきた。 ﹁いいよ。 ⋮⋮あ、でも俺一回家帰って結衣の飯の準備してくるわ。 んで夕方4時には帰るけど、いい?﹂ ﹁うん、わかった﹂ 170 4時には買い物に行かなきゃいけないからな。 ﹁⋮⋮みっきー﹂ ﹁ん?﹂ ﹁お泊まり会、待ってるからね﹂ うーん⋮⋮。 ここまで念を押してくるのも香にしては珍しい。 なにかあるのか? ﹁⋮⋮ああ。 行けたら絶対行くから﹂ ﹁うん!﹂ とりあえず返事はしておいた。 マジで行けそうだったら行こう。 171 なんか俺に用があるっぽいし。 ﹁じゃ、どこ遊びに行く?﹂ 俺は微妙に決意らしきものを覚えながら教室をあとにした。 172 宿題 ﹁あああ解んない!﹂ ついに結衣が発狂し始めた。 奴はそれほどの相手なのか⋮⋮!? と、まぁ実況風に言ってみたわけだが所詮相手は宿題である。 実況風に言った理由はない。 あえて理由を付けるとしたら、多分俺は暇だったんだろう。 ﹁がんばれ﹂ 発狂する結衣に俺は一言だけ応援する。 夏休みに入って、なかなか宿題に手を付けない結衣。 だから俺は強制措置をとった。 簡単に言えば﹃宿題day﹄だ。 173 名の通り、1日ただひたすら宿題に明け暮れるという単純極まりな い日。 単純とはいえ、やってるほうにしてみれば地獄でしかないだろう。 ﹁お姉ちゃんの鬼⋮⋮﹂ ﹁宿題溜めて最後に泣くよりマシだろ﹂ ちなみに俺は今、キッチンに立ってる。 ﹁中学って宿題多すぎない?﹂ ﹁そういうもんだ。 ただ解答はついてるだろ﹂ ﹁そうだけど⋮⋮解答ついてても書くのは自分だもんね﹂ ﹁解答があるから時間短縮できんだろ? 感謝しろよ。 んで、これ食ってやる気だせ﹂ そう言って結衣の前に皿を置いた。 174 スイカのシャーベットだ。 結衣はスイカ大好物だからな。 ﹁わぁっ!﹂ うん、喜んでる。 よかった。 ﹁いただきます!﹂ ﹁どうぞ。 ⋮⋮さて、俺も宿題するかな﹂ 香達が教えてくれって言ってたし、数学だけはちゃっちゃと終わら せとくか。 ﹁うーん、美味しい!﹂ ﹁そうか。 よかったな。﹂ テキトーに返事をしつつ、宿題一覧表に目を通す。 175 数学⋮⋮量はたいしたことないな。 ただ問題の質が高いから、時間は掛かる。 ⋮⋮めんどくさい。 ﹁結衣、コーヒー持ってこい﹂ ﹁はーい﹂ これはパシリじゃないぞ。 自然現象であって、断じてパシリではないから。 そこんとこ、よろしく。 ﹁⋮⋮結構時間掛かったけど、捗ったな﹂ なんだかんだで3時間くらいずっと宿題を続けてた。 これで結衣も溜め込まなくなるといいんだが。 176 ﹁結衣、宿題溜めるなよ﹂ ﹁絶対溜めない﹂ うん。 ﹃宿題day﹄改めて﹃地獄の夏休み最終日再現﹄作戦はなかなか 効いたらしい。 よかったよかった。 ⋮⋮おいこら。 ネーミングセンス悪いとか言った奴、誰だ。 傷つくだろバカ野郎。 文句は受け付けない。 ただ﹃作戦名長いわ!!﹄ってのは受け付ける。 なぜなら俺自身もそう思ってるからだ。 ﹁お姉ちゃん、ちょっと理科教えて!﹂ ﹁ああ、いいよ﹂ 177 とりあえず、今日も平和でなによりだ。 178 退院︵前書き︶ 読んでくださってありがとうございます。 時期は7月の最後の週くらいですよー。 179 退院 プルルルルッ ﹁電話か。 おい結衣、手空いてるなら出ろ﹂ 母さんが入院してから2週間が経った。 とくに不自由はないし、それなりに楽しく毎日を過ごしてる。 ちなみに俺は皿洗いをしてる途中だ。 そう、断じて妹をパシリにしてるわけじゃない。 ﹁はーい﹂ 結衣が電話に出た。 ﹁もしもし。 ⋮⋮あ、うん、⋮⋮うん、大丈夫。 うん⋮⋮へぇ、そうなんだ。 ふーん⋮⋮え!?﹂ 180 ﹁⋮⋮?﹂ 口調からして知り合いだろうと思った。 つーか時期的に母さんかな。 ﹁お姉ちゃん! お母さんが帰ってくるって!﹂ ﹁マジか。 いつ?﹂ 随分と急だな。 明日にでも帰ってくるのか? ﹁違うよ! もう帰ってきてるって!﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ インターホンが鳴る。 ﹁だれか開けてー﹂ ﹁⋮⋮﹂ 181 なんでうちの母親は事前に教えてくれないんだろう。 ﹁ただいま﹂ ﹁突然おかえり。 つーか連絡してよ﹂ 母さんの荷物を整理して、洗い物は洗濯機に放り込む。 やることがない今のうちに洗濯をしておこう。 ﹁そういえば⋮⋮﹂ 洗濯機を回してふと思う。 ﹁なぁ母さん、晩飯どうする?﹂ ﹁うーん⋮⋮あんまり食欲ない﹂ そりゃ退院したばっかじゃそうだろうな。 とはいえ、食わないわけにはいかないだろう。 182 ﹁⋮⋮あっさりしたものなら食えるよな﹂ 俺は母さんの返事を待たずにキッチンに立った。 簡単な酢の物と味噌汁を作って、買ってきてたタイの刺身をサッと お湯にとおす。 できた料理はテーブルに並べていく。 ﹁ん、刺身はポン酢でどーぞ﹂ とりあえず母さんの晩飯完成。 結衣の飯は何にしようか⋮⋮。 ﹁佳亜﹂ 久しぶりに呼ばれた気がする自分の名前。 俺は母さんのほうに視線だけ向けた。 ﹁お疲れ様﹂ ﹁⋮⋮そっちこそお疲れ様﹂ 183 おかえり、母さん。 184 イタズラ電話 母さんが帰ってきてからも特に生活が変わることはなかった。 ﹁ねぇ、明日卵が安い﹂ ﹁わかった。 買ってくるよ﹂ 相変わらず俺は家事をやってる。 料理も一人暮らししたって問題ないくらいになったし、ある意味い い経験だったのかもしれない。 とりあえず人間の飯より先に愛犬達へ飯をやろう。 ﹁ほら。 飯、飯﹂ 犬達を跨いで皿を取りに行く。 ついでにテンションが上がって飛びついてくる家康をかわす。 こんなデカイ犬に飛びつかれたら堪ったもんじゃない。 185 まず食べるのが遅い信長に飯をやる。 ちょっとジジィだからな、信長。 家康をかわしつつ皿に飯を入れて信長の前に。 すぐ家康にも出してやる。 なかなか疲れるぜ、この仕事。 一仕事終えて家に入った。 俺達も飯を食い終わって、皿洗いも済ませた。 洗濯物もないし、ゆっくりしよう。 ︵そういえば⋮⋮今日から8月だったか︶ 今日からお泊まり会だったっけ。 186 あいつらどうしてるかな⋮⋮。 ︵⋮⋮よし。 イタ電しよう︶ 携帯から香のアドレスを出して電話を掛けた。 トゥルルルル⋮⋮ ﹃もしもし?﹄ ﹁おぅ、もしもし? 俺、俺﹂ ﹃オレオレ詐欺ですか?﹄ ﹁おぅ、オレオレ。 今すぐこの口座に100万の小遣いプリーズ﹂ ﹃小遣い高いよー﹄ このやりとりはお決まりパターンだ。 ﹁ところで、今お泊まり会中?﹂ ﹃そうだよ。 187 今日はね、カラオケに行ってきたよ﹄ ﹁へぇ、よかったな﹂ ﹃でもね、3人じゃあんまり盛り上がらないよ﹄ ﹁まぁ普段は4人でいるわけだから、比べればそうなるだろ﹂ それにしても、電話口がやけに静かだ。 本当に盛り上がってないのか? ﹁⋮⋮今、隊長達は?﹂ ﹃さっちゃんはお風呂、心は寝ちゃった﹄ ﹁そうか。 ⋮⋮お前、楽しい?﹂ あえて率直に訊いてみた。 はっきりさせておかなきゃいけない。 ﹃楽しいよ。 ⋮⋮でもあんまり楽しくない﹄ 矛盾に俺は思わず苦笑した。 188 ﹃みっきー、お母さんの体調どう?﹄ ﹁ああ、もう退院したんだよ。 家事はまだ俺がやってるけど、まぁまぁ元気かな﹂ ﹃そうなんだ、よかった。 あ、さっちゃんお風呂上がったみたい﹄ ﹁そうか。 じゃ、電話切るからな﹂ ﹃⋮⋮うん。 バイバイ﹄ ﹁おやすみ。 瀬田見習って早めに寝るよ? じゃあな﹂ 電話を切った。 うーん⋮⋮せっかくのお泊まり会であの静かさは可哀想だよな。 香の寂しそうな声も耳に残る。 さて、どうしたものか。 ﹁佳亜、行っていいよ﹂ 189 ﹁⋮⋮え?﹂ 考えてたら母さんに声を掛けられた。 ﹁母さんと結衣は叔母さんの家に泊まりに行くから。 佳亜は香ちゃん達のところに行ってきていいよ﹂ ﹁いや、でも⋮⋮﹂ ﹁せっかくの夏休みでしょ﹂ 悩んだ。 考え込んでかなり悩んで、 ﹁⋮⋮⋮⋮うん、行ってくる。 ありがとう﹂ 普段より人数が少なければ自然と盛り上がらない雰囲気になるもん だ。 俺が行って何か変わるとは思えないが、せめて静かな雰囲気くらい は打破できるかもしれないし。 よし、明日はいざお泊まり会へ。 190 俺は切ったばかりの電話を掛けなおした。 191 参加︵前書き︶ ここからしばらくお泊まり会の話が続きます。 そこそこ長くなる予感⋮⋮。 すみません。 読んでくださってありがとうございます! 192 参加 ﹁あっつ⋮⋮﹂ 今年は猛暑だな。 俺は昨日のうちに纏めた荷物を持つ。 バイクを出してヘルメットをハンドルに置いた。 今日は香主催のお泊まり会に参加するために、1時間掛けて香の婆 ちゃん家に行く。 もちろん、昨日のうちに香に連絡をいれてある。 途中で休憩いれよう。 暑さで気力が保たねぇ。 2日分の荷物を詰めたバックは重いしデカイ。 当然バイクの荷物いれに入るはずもなく、荷台に置いて長い手提げ を肩に掛けた。 193 ちなみに、母さん達はすでにおばちゃんの家に行った。 ヘルメットを被って、バイクのエンジンをかける。 ︵残りのガソリン少ないし、いれてから行こう︶ そう思いつつ出発しようとした時。 ﹁みっきー!﹂ ⋮⋮? 空耳か。 ﹁みっきー!!﹂ ﹁⋮⋮ん?﹂ 俺の目の前に止まった車。 その中から香が顔を出した。 194 ﹁まさか迎えにきてくれるとは思わなかったよ﹂ ﹁だってバイクじゃ移動大変でしょ?﹂ 昨日お泊まり会参加の連絡をいれたあと、香がおじさんに話して迎 えにきてくれたらしい。 ありがたい。 瀬田と隊長も一緒に車に乗ってる。 ﹁すみません、わざわざこんなところまで迎えに来ていただいて。 お世話になります﹂ ﹁いやいや、構わないよ。 みっきーさんだったかな?﹂ みっきーさんって⋮⋮。 すごい名前で呼ばれてしまった。 ﹁君が来ないってわかった時、香ちゃん落ち込んでたからね。 来てくれてよかったよ﹂ ﹁ちょっと!﹂ 195 おじさんの言葉に香が抗議の声を上げる。 ﹁あはは、そう言っていただけると気がラクです﹂ ちなみに俺、普段は無表情が多いけど愛想笑いは出来る人だ。 ﹁とりあえず、家まで行ってみっきーの荷物おろすでしょ? その後どうする?﹂ 香が訊いてきた。 ﹁お前に任せるよ。 出掛けるにしても、そっちの街とかあんまり詳しくないし﹂ ﹁うーん⋮⋮あ、じゃあ久しぶりにカラオケ行こっか﹂ ﹁﹁いいね﹂﹂ この3人、カラオケ好きだよな。 まぁ俺も人並みには好きだけど。 ﹁じゃあ、カラオケな。 店とか任せるぜ﹂ 196 ﹁うん﹂ それから後も、車の中では雑談が絶えなかった。 197 カラオケ ﹁﹁﹁ひゃっほぅ、カラオケー!﹂﹂﹂ ﹁テンション高いな﹂ 俺達は一度香の婆ちゃんの家に行って俺の荷物を置いてから、カラ オケに来た。 んで、この3人のテンションの高さよ。 俺にはついていけない。 ﹁ねぇねぇ、なに歌う?﹂ ﹁じゃあまず心が最初で!﹂ ﹁なんでアタシが!?﹂ ﹁そりゃあやっぱり、ねぇ?﹂ ﹁ねぇ?﹂ ﹁いっつもアタシが最初じゃん。 じゃあもう、とっとといきまーす!﹂ 198 ﹁﹁イェーイ!!﹂﹂ そのあいだ、俺はコーラを飲みながらひたすら傍観に徹する。 曲が流れ始めた。 ﹁みっきー、音量調整よろしく!﹂ ﹁はいはい﹂ なぜか俺は毎回音量調整係だ。 香曰く、俺が一番耳がいいからとか。 入った部屋に一番ベストな曲とマイクの音量に調整出来るらしい。 正直、誰にでも出来そうだ。 ﹁∼♪、♪♪∼♪﹂ 瀬田が歌い始めた。 その最中にも、隊長と香がどんどん曲を入れていく。 199 この中では隊長が一番上手いかな。 瀬田も上手いけどたまに音程がぶれるし。 香は⋮⋮なんていうか、リズム感のいい音痴だ。 リズム感いいし声もいいんだけどな。 聞き心地の良い音痴だ。 本人も歌好きだし、音痴でも恥ずかしがらずに歌う奴が俺は好きだ。 とかなんとか言ってる間にも香達はどんどん歌っていく。 ちなみに、なんでさっきから俺が歌ってないのかというと⋮⋮まぁ 単純に俺はレパートリーが少ないんだ。 歌うっちゃ歌うけど、香達ほどじゃない。 ﹁ねぇ、そろそろみっきーも曲入れてよ﹂ ﹁⋮⋮そうだな﹂ 200 そろそろ1曲くらい入れよう。 ︵なににしようかな⋮⋮。 バラードとかそんな気分じゃないし、初っぱなからアップテンポは 疲れるし⋮⋮︶ とりあえず男性歌手の歌をテキトーに入れた。 ﹁はい、みっきー。 マイク﹂ ﹁ん、サンキュ﹂ 曲が流れ始めて、マイク電源を入れた。 軽く咳払いして喉の調子を整える。 ﹁∼♪♪∼♪、♪、♪∼﹂ なんか歌うの久しぶりだな、とかぼんやり考える。 俺、歌ってる間はなぜかぼんやりしちまうんだ。 ﹁おぉー、さすが上手い!﹂ 201 ﹁耳が幸せ⋮⋮﹂ ぼんやり歌う俺には残念ながらお世辞すらも聞こえなかった。 ギリギリ歌い終わる頃、ぼんやりから戻ってきた俺。 曲が終わってマイクを切った。 ﹁ねぇみっきー、一緒に歌おうよ﹂ ﹁いいよ﹂ 隊長が誘ってきた。 ﹁あ、私も私も! なにか一緒に歌おう?﹂ ﹁いいよ﹂ 今度は香。 好きだよな、デュエット。 まぁ、こんな感じでなかなか盛り上がったわけで気付いたら6時間 202 経ってた。 そろそろ香のおじさんが迎えに来てくれる時間だ。 203 夫婦 迎えに来てくれたおじさんの車に乗って、カラオケを出た。 ファミレスで飯を食べて、帰り道でスーパーに寄る。 するとなぜかおじさんは、俺に五千円札を握らせた。 ﹁⋮⋮?﹂ ﹁なにかデザートでも買っておいで。 ジュースとかもね。 お金は君が管理してね﹂ ﹁いえ、そんなお気遣いなく。 夕食もご馳走していただきましたし﹂ ﹁いいのいいの。 香ちゃんはよく飲み物飲むしね。 夜も長いから夜食にお菓子でも買ってきなさい﹂ ここまで言われると、遠慮するのは逆に失礼だろう。 ﹁ありがとうございます。 それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます﹂ おじさんは車に残って、俺達は4人でスーパーに入った。 204 つーかなんで俺にお金渡すんだ。 普通、香に渡すだろ。 とか考えてる間にもカゴには飲み物や菓子がどんどん入れられてる。 基本的に香が。 ﹁みっきーコーラ飲むよね﹂ 1.5リットルのコーラが3本、カゴに入った。 香の奴、なかなかわかってやがるぜ。 ﹁コーラのおつまみどうしようか。 ぬれ煎餅とかエビ煎餅とかでいい?﹂ 香の奴、随分とわかってやがるぜ。 そんな感じで買い物を済ませて、車に戻った。 ﹁着いたー﹂ 205 香の婆ちゃん家に着いた頃は、もう辺りは真っ暗。 ﹁﹁﹁お邪魔します﹂﹂﹂ 香の婆ちゃんの家は和室の綺麗な家だった。 とりあえず買ってきた物を冷蔵庫に。 ちなみに、香のおじさんは帰った。 ﹁みっきーお風呂は?﹂ ﹁あとで入ろうかな。 誰か先に入ってこいよ﹂ ﹁私もあとででいいや。 心、行ってきたら?﹂ ﹁うん、いってくる﹂ 俺は居間の壁に背を預けて座った。 ﹁みっきー、どうぞ﹂ 香から差し出されたコップを受け取ると、コーラを注いでくれた。 206 ﹁⋮⋮なんか、夫婦みたいだよ﹂ 隊長が遠い目をしながら言うが、気にしないことにする。 その後交代で風呂に入って、夜中まで寝ずにゲームとか喋ったりし てた。 俺が眠気で意識を飛ばした頃は、もう外が明るくなってきていた。 207 柔軟剤 ﹁⋮⋮ん﹂ 起きた。 時計を見ると10時。 寝返りをうつついでに、周りを見渡す。 隊長の掛け布団がずれてる。 掛け直してやろうと起き上がると、すぐ横で何かがモゾモゾ動く。 ︵香か。 そういやこいつ、昨日は﹃怖いから﹄とか言って一緒に寝たんだっ け⋮⋮︶ こんな真夏には暑苦しくてしょうがない。 俺は香を起こさないように布団から出て、隊長の掛け布団を掛け直 してやる。 208 ︵昨日は結局、居間で寝ちゃったな⋮⋮。 まぁ、それを考慮して事前に布団敷いてたけど︶ ちなみに、瀬田はちゃんと寝室で寝てる。 あいつ、12時を回るとすぐ寝るんだ。 残ってた昨日のコップや食器を音を立てないように片付けて、勝手 ではあるが流し台を借りて洗う。 ⋮⋮なんだろう。 なんか母さんが入院してから家事の癖がついてしまった。 料理一つまともに出来なかったのに。 まぁ、いい人生経験だと思うことにした。 洗い物が片付いた。 洗面所借りよう。 着替えもしなきゃいけない。 着替えを持ってこっそり洗面所に行った。 209 着替えを済ませて顔も洗って戻ってくると、香達が起きてた。 ﹁おはよー、みっきー﹂ ﹁おはよ。 洗面所、借りたけど﹂ ﹁いいよいいよ。 私も着替えてくる﹂ 香と隊長もそれぞれ着替えて、瀬田も準備を終えて起きてきた。 朝飯は昨日のうちに買ってもらったパン。 ﹁ねぇ、みっきー。 柔軟剤って洗剤と一緒に入れるの?﹂ ﹁あ?﹂ ドアの方を見ると、香が洗濯物を抱えて洗濯洗剤持って立ってた。 ﹁柔軟剤は最後。 210 つーか、洗濯すんの?﹂ ﹁うん、せっかくだし﹂ とりあえず洗濯機見に行くか。 洗濯機は昔懐かしい二層式だった。 つっても、二層式で洗濯したことあるからやり方くらい普通にわか る。 ﹁洗濯物は?﹂ ﹁これ﹂ 受け取って洗濯機に放り込む。 ﹁⋮⋮﹂ 俺の目に止まった物。 それは鮮やかな赤いチェックのパジャマ。 ﹁なぁ、これ誰の?﹂ ﹁心のだよ。 211 どうしたの?﹂ ﹁⋮⋮お前、洗濯したことないだろ。 おーい、瀬田ー。 ちょっと来てくれー。﹂ 瀬田を呼ぶ。 ﹁なに?﹂ ﹁これさ、普段お前の家でどうやって洗濯してるか知ってる?﹂ ﹁えー⋮⋮多分他の物と一緒に洗ってると思うけど﹂ 多分か。 信用できねぇ。 ﹁ちょっと濡らすぞ?﹂ 洗面台で水につける。 あらやだ、透明な水が見事な赤い色水に変わって⋮⋮、 ﹁じゃねぇよ。 あっぶな、やっぱ色落ちすんじゃねぇか﹂ 何回も洗濯してるなら話は別だが。 ﹁あれ? 212 おかしいなー﹂ ﹁お前実はこれ、あんまり着てないだろ﹂ いいや、もう。 瀬田のパジャマは手洗いするとして、他のを洗濯するか。 水溜めて、洗剤入れて、待つ。 しばらく経って香に呼ばれて様子を見に行く。 ﹁うん、すすぎもオッケーかな。 で、柔軟剤あんの?﹂ ﹁はい、これ﹂ 受け取った柔軟剤をよく見る。 ﹁おま、これ液体洗剤⋮⋮﹂ 思わず笑ってしまった。 ﹁ええっ、どうしよう!﹂ ﹁いや、柔軟剤なくても別にいいから﹂ 213 柔軟剤と液体洗剤の間違いって割りとよくある。 みんなも気を付けよう。 そんなこんなで、なんとか洗濯も終了したわけだ。 聞いた話では、今日の予定ではボウリングに行くらしい。 214 ボウリング ボウリングとか何年ぶりだろう。 最後にやったのは小学生の時だった気がする。 ﹁みっきー、早く球選びに行こうよ﹂ ﹁ああ﹂ 俺達はボウリングに来ていた。 またおじさんが送ってくれて。 お世話になりっぱなしだな。 ﹁さて、どれにしようか⋮⋮﹂ いろいろなボウリング球を持ってみて、一番よさそうなのを選んだ。 重すぎず、軽すぎず。 つーか俺、家康散歩してるせいか腕力とか握力とか結構あるほうだ よな。 215 バカ力とまではいかないが。 ﹁順番どうする?﹂ ﹁じゃあ無難にじゃんけんで﹂ 決まった順番は、香↓隊長↓瀬田↓俺。 ﹁よーし! いっきまーす!﹂ ﹁がんばれー﹂ 香に声援を送る。 ﹁ほい!﹂ ボウリングの球は⋮⋮見事真っ直ぐガーター。 隊長、瀬田も続けたが香同様ガーターに。 ﹁ボウリングってこんなに難しかったっけ⋮⋮?﹂ ﹁何年もやってないからじゃないかな⋮⋮?﹂ 瀬田と香が呆然としてる。 216 まぁど素人だし、こんなもんだろ。 ふと思った。 ﹁俺、もしかしたら得意かも﹂ ﹁﹁ええっ!?﹂﹂ ぼつりと呟いた言葉は、2人にしっかり聞こえたらしい。 俺、あの有名な某リモコン型ゲーム機でやるボウリングのゲームが 得意なんだよ。 とはいえゲームと本物じゃ違うだろうけど⋮⋮距離感とかイメージ とか、ね。 ﹁みっきー、何年もボウリングやってないんだよね?﹂ ﹁うん。 まぁ、とりあえずやってみる﹂ 俺はボウリング球を持って投げた。 217 フォーム? そんなもん知るか。 なんとなくだ。 球は思ったより真っ直ぐ滑っていった。 ﹁⋮⋮おお﹂ 8ピン倒れた。 ど素人にしてはまずまずか。 次は、ゲーム感覚で緩くカーブをかけてみる。 意外とやれば出来るもんだ。 もう1ピン倒せた。 ﹁やったぁ、ちゃんとしたボウリング!﹂ 香がハイタッチしてくる。 ちゃんとした、って⋮⋮。 218 まぁいいや。 これで感覚はつかめた。 そこそこいけるかも。 さて、結果は。 香⋮58 隊長⋮62 瀬田⋮55 俺⋮170 ﹁みっきーぱねぇ!﹂ ﹁プロか! いや、ゲームのプロか!﹂ 感覚つかんでからは調子が良かった。 ストライクとかいくつか出たし。 ゲームもバカに出来ないな。 219 とりあえず⋮⋮、 ﹁疲れた﹂ ボウリング 結果⋮寝不足で運動をしたら疲れる。 この結果が予想出来た人は、まぁ半分くらいいたらいいな。 220 停電 ﹁みっきー! 玉ねぎがみじん切りみたいになっちゃったよ!﹂ ﹁あー、だからむやみに切ろうとするなって﹂ 俺達は今晩飯を作ってる。 最初は菓子作りの上手い隊長と香に任せようと思ったが⋮⋮どうも この2人、菓子作り以外はダメらしい。 まぁ出来ないもんはしょうがない。 んで、母さんが入院してる間に料理出来るようになった俺が晩飯を 作ることになったわけだが⋮⋮。 手伝ってくれるらしい香のおかげで片付けが増える増える。 ﹁⋮⋮香、もう座って﹁みっきー! にんじんって生だとお腹壊すよね!?﹂⋮⋮おーけー香、ありがと う。 手伝いはいいから、風呂の準備してきてくれ﹂ 221 あと、にんじんは生でも食えるから。 そんなこんなで、なんとか料理を作り終えて晩飯を食った。 ﹁うまっ! これ美味しいよ、みっきー!﹂ ﹁そりゃどうも﹂ 人の家に来て図々しいが、今日は最初に風呂に入らせてもらおう。 疲れた。 みんな風呂を済ませてゲームをしてたら12時を過ぎた。 当然、瀬田はもう寝てる。 9時間は寝ないと足りないらしい。 1時を回ったくらいで隊長も寝た。 222 寝るつもりはなかったんだろうな。 布団を被ってない。 ﹁香はどうする?﹂ 隊長に布団を掛けながら訊いた。 ﹁んー⋮⋮もうちょっと﹂ ﹁そうか﹂ ﹁みっきーは?﹂ ﹁寝ないよ。 お前まだ眠くないんだろ?﹂ ﹁⋮⋮なんでわかるの?﹂ 俺も微妙に眠くなってきてたが、こいつに付き合ってやる。 ﹁なんとなく﹂ ﹁そっか⋮⋮﹂ 俺は知ってる。 223 こいつが少し不眠症気味だってこと。 直接訊いたわけじゃないけどな。 しばらくどうでもいいことを話しながら香がゲームするのを眺めて た。 時計を見ると2時。 ﹁それでねー、⋮⋮!? なに!?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 突然、バツンッという音と共に家中の電気が全て消えた。 ﹁ちょ、っと⋮⋮なにこれ怖っ!! なんで電気消えたの!?﹂ ﹁落ち着け。 停電だろ﹂ 近くにあるはずの携帯を手探りで取る。 手に取った携帯のランプを付けた。 224 ﹁丑三つ時だからなの!? みっきーどこ!?﹂ ﹁だから落ち着けって、ここにいるから。 ⋮⋮道路の街灯は付いてる。 ブレーカーが落ちたんだろ。 香、この家のブレーカーどこだ?﹂ ﹁え、っと⋮⋮あっちの廊下﹂ 香の案内でブレーカーを探す。 ﹁これか﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ﹁ちょっと離れろ。 ブレーカー弄るから﹂ ﹁うー⋮⋮﹂ しがみついてくる香の手を外した。 少し背伸びしてブレーカーに手を伸ばす。 ギリギリ手が届くか。 225 ﹁丑三つ時だし真っ暗だし、怖いよ⋮⋮。 幽霊とか⋮⋮﹂ 俺は人間のがよっぽど怖ぇよ。 もしこれが人間の仕業だったら、とか考えた。 無い話じゃないと思う。 今この家には女しかいないしな。 後ろには香がいるし、寝室と居間には瀬田と隊長が寝てる。 誰か入ってきた時は容赦なく殴ろうと決めた。 まぁ何事もなく、しばらくブレーカーを弄ったら電気は復活した。 単純に電気の使いすぎだろうな。 何もなくてよかったよかった。 226 ﹁なんか目が覚めたな﹂ ﹁そうだね⋮⋮﹂ 居間に戻って烏龍茶を飲みながら天井を見上げた。 電気って大事だな。 ﹁お前のおじさんに話したら笑うかもな﹂ ﹁うん⋮⋮あの人、おじさんじゃないんだけどね﹂ 香と目を合わせた。 ﹁⋮⋮どういう意味で?﹂ 俺は訊く。 停電の後だからか、なんとなくそんな雰囲気だった。 多分、香がずっとしたかったんだろう。 真面目なトークタイムが始まる。 227 親友 −side香−︵前書き︶ 微シリアスですよー。 苦手な方はご注意を。 いつも読んでくださってありがとうございます! 228 親友 −side香− 私は雰囲気に任せて話しを始めた。 ﹁おじさんじゃなくてね、お父さんなの﹂ みっきーは驚かない。 予想できてたんだと思う。 ﹁そうか。 それ、何で言わなかった?﹂ たしかに、今までにチャンスはあった。 心が私の父親について訊いたこともあったし。 あの時はまだよく知らなかったけど、今ならわかる。 みっきーは微妙な間とかでも敏感に察知する。 心から訊かれた時私はテキトーに誤魔化したけど、見破られてたん だと思う。 229 ﹁お父さんがいないのは本当だし⋮⋮ちょっと言いづらくてね﹂ ﹁⋮⋮歳?﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 図星。 私とおじさんは並んで歩いてたら孫とじいちゃんに見られる。 見た目だけだとどうしても一般的にはそう見えるのはわかってるし、 それは仕方ないことだってわかってる。 けど⋮⋮。 ﹁⋮⋮一緒に歩いてて、﹃あら∼、お孫さんおいくつ?﹄ってよく 訊かれるの﹂ ﹁嫌か?﹂ ﹁嫌っていうか⋮⋮ちょっと、恥ずかしいかな。 親子なのに見た目はおじいちゃんと孫だもんね⋮⋮﹂ みっきーが私を見る。 視線に耐えきれなかった私は下を向いた。 230 ﹁⋮⋮それはな、恥ずかしいことなんてないぞ﹂ 烏龍茶を一口飲んで、みっきーが言った。 ﹁見た目も少しはあるだろうけど、お前の場合可愛がられてるのが 見てとれるから孫に見られるんだろ﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ 可愛がられてる? 私が? ﹁普通でも、子供にこんなによくしてくれる親はそんなにいねぇよ。 しかも俺達までお世話になりっぱなしだし、娘の為に時間つくって くれるなんて良い父親だと思うけどな﹂ 嬉しい。 そう思った。 ﹁⋮⋮そうかな?﹂ ﹁ああ﹂ ﹁⋮⋮ありがとう﹂ みっきーに話して良かった。 231 それからしばらく、みっきーは黙って私の話しを聞いてくれた。 私の心の病気のこと、中学は入院してて行ってないこと、昔の友達 関係の嫌な思い出。 改めて訊いてみると、やっぱりみっきーは病気のことと中学に行っ てないことを気付いてたみたい。 私はずっとこういう話をしたかったんだと思う。 今まで親友とよべる友達も出来なくて、ほとんど高校から初めて入 った人付き合いの輪。 私は自分の深い部分を話せる相手が欲しかったんだ。 その後もお互い色々話してわかったことがある。 みっきーと私は同じような状況が多い。 おばあちゃんが若いうちにガンで亡くなってたり、脳梗塞の親戚が いたり、父方と母方での親戚関係の違いとか。 232 私達自身のことでも、お互い長女でしかも妹が同い年だったり。 深いところから浅いところまで、似たようなことが多くて話しが合 った。 話しを理解してくれる人がいるなんて思わなかった。 すごく親近感が湧いてくる。 お泊まり会、やってよかった。 みっきーが来てくれてよかった。 みっきーと、友達になれてよかった。 ﹁みっきー、卒業してからも遊ぼうね﹂ ﹁ああ、そうだな﹂ ﹁絶対ね。 また泊まりにきてね﹂ ﹁ああ。 じゃあ週1でくるわ﹂ 233 ﹁早っ!!﹂ ﹁冗談だ﹂ ︵これからは、みっきーのこと親友って呼んでもいいかな︶ 私の初めての親友。 234 嫉妬 −side隊長− 私は布団の中で起きてた。 2人の話を聞いてしまった。 悪いと思ったけど、目が覚めて眠れなかった。 香ちゃんはみっきーに信頼を寄せてる。 もちろん私や心ちゃんもそうだけど、香ちゃんには負ける気がした。 ⋮⋮モヤモヤする。 これは多分嫉妬だと思う。 いろんな人から信頼されるみっきーに嫉妬してる自分がいる。 私自身、みっきーを頼りにしてるのに。 ︵どうしよう⋮⋮頑張って寝ようかな︶ 235 嫌な自分を振り払うように寝返りをうつ。 ﹁みっきー、私ちょっとお手洗いに行ってくる﹂ ﹁ああ﹂ 香ちゃんが立ち上がって部屋を出た。 シーンとした中で、みっきーが携帯を弄る音が響く。 ﹁⋮⋮隊長、今なら起きてても不自然じゃないぜ?﹂ ︵⋮⋮!︶ 私はゆっくり布団から起き上がった。 ﹁気付いてたんだ⋮⋮﹂ ﹁まぁな﹂ あの雰囲気だったから声掛けられなかったけど、⋮⋮と付け加える みっきー。 236 ﹁信頼されてるね、みっきー﹂ ︵うわ、なんか嫌な言い方⋮⋮︶ 自分の言葉に嫌悪を感じる。 ﹁⋮⋮なんで香は、俺に話しをしたと思う?﹂ ﹁え?﹂ みっきーは携帯を弄りながら言った。 ﹁⋮⋮香ちゃんがみっきーのことを信頼してるからでしょ?﹂ ﹁じゃあなんで隊長と心がいない時に話したか、わかる?﹂ なんでって⋮⋮。 そんなの、私達には話したくないからじゃないの? ﹁隊長が聞いた通りにな、あいつ中学は行ってなくて友達付き合い は俺達より乏しいわけよ﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ﹁だからな、隊長達に嫌われるのが怖いんだと思うぜ。 237 あいつは﹂ 怖い⋮⋮? ﹁あいつが俺だけに話しをしたのはな、多分俺がいくつか気付いて るのがわかってたからだ。 父親のこととかな﹂ ﹁⋮⋮﹂ 黙ってみっきーの話しを聞く。 ﹁だから、それを話していいのか俺で試したんだと思うよ。 下手に隊長に話して気まずくなるのが嫌だったんだろ。 あいつ、隊長大好きだからな﹂ ふ、とみっきーが笑う。 ﹁ああ、もちろん俺もな。 アイラブユー隊長﹂ みっきーは冗談で投げキッスを飛ばす。 思わず笑いが込み上げた。 ︵みっきーはやっぱりみっきーだな⋮⋮︶ 238 たとえ嫉妬しても、この冗談の上手い友達を嫌いになれる日はこな い。 絶対に。 ﹁⋮⋮私、どうすればいい?﹂ 私は香ちゃんの話しを聞いてしまった。 香ちゃんにどう接すればいいのか、私にはわからない。 ﹁いつも通りでいいんだよ。 それが一番だ﹂ ﹁⋮⋮そっか﹂ 足音がして、香ちゃんが部屋のドアを開けた。 ﹁あれ? さっちゃん起きてたんだ﹂ ﹁ああ、ついさっきな。 そうだ、香アイラブユー。 ついでに瀬田も﹂ ﹁アイラブユー﹂ 239 私達は香ちゃんと別室の心ちゃんに投げキッスを飛ばして笑い合っ た。 ﹁ア、アイラブユー⋮⋮?﹂ 香ちゃんは首を傾げなから私達のマネをして投げキッスを飛ばす。 そういえば、明日はもう帰らなきゃいけないんだ⋮⋮。 お泊まり会、またやりたいな。 240 帰宅︵前書き︶ 後書きにて。 241 帰宅 結局、昨日も寝たのは朝方。 昨日というより今朝だ。 俺は眠気と戦いながら朝飯を作る。 時間的にはほとんど昼飯だな。 ﹁みっきー! お願いだから寝ながらご飯作らないで! ヒヤヒヤするから!﹂ 香⋮⋮お前、なんでそんな元気なんだ。 ﹁ん⋮⋮卵焼きっぽい物、完成。 これ運んで﹂ ﹁卵焼きっぽい物って何!?﹂ 知らん。 242 形は卵焼きだけど何入れたか忘れた。 ﹁んで、味噌汁的な物とおにぎりらしき物も運んで﹂ ﹁みっきーしっかりして! 味噌汁的な物とかおにぎりらしき物とか何なの!? 何が入ってるの!?﹂ 知らん。 とりあえずみんなで飯を食った。 ﹁おいしい⋮⋮けど、これ何?﹂ ﹁卵焼き、かな? なんか違う気がする⋮⋮﹂ ﹁味噌汁、なんだけど⋮⋮なんだろう不思議な味﹂ ﹁おにぎりだけど⋮⋮なんか、具がわからない⋮⋮?﹂ ﹁なんていうか⋮⋮卵焼きっぽい感じ﹂ ﹁そう! そんな感じ!﹂ 243 ﹁これは⋮⋮味噌汁的なお味?﹂ ﹁うんうん!﹂ ﹁おにぎりらしき物、だね。 これは﹂ ﹁確かに⋮⋮﹂ ﹁ていうか、作った本人寝てるし⋮⋮﹂ 俺は飯を食うのもそこそこに、またウトウトしてたらしい。 それからしばらくして、目が覚めた。 香達はゲームをしてた。 ﹁あ、みっきー起きた?﹂ ﹁ああ﹂ 欠伸がでる。 ﹁みっきー、寝ながらご飯作らないほうがいいよ?﹂ 244 隊長が言う。 ﹁なんで?﹂ ﹁美味しいけど不思議な感じがするから﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 意味わからん。 ﹁そういや、今日は帰らねぇとな﹂ ふと思い出した。 布団も敷きっぱなしだし、少し掃除しないと。 ﹁よし、帰る前に片付けをしようか﹂ ﹁﹁はーい﹂﹂ 瀬田と隊長は自分の布団を畳み始める。 ﹁そんなことしなくていいよ?﹂ ﹁いやまぁ、最低限の礼としてな。 245 世話になったし﹂ 布団を畳んで押し入れにしまって、シーツは洗う。 居間は軽く掃除機をかけて、テーブルの上も拭く。 部屋の空気の入れ替えをしつつ、洗い物も済ませた。 そんな感じでみんなで分担して掃除した。 ﹁こんなもんかな﹂ ﹁おおー⋮⋮早かったね﹂ 1時間で済ませたにしては、まぁまぁか。 さて、荷物を纏めよう。 ﹁んじゃ、ありがとう。 またな﹂ 246 ﹁うん、またね﹂ 俺達はおじさんの車に乗った。 香は留守番。 おじさんは俺達を送ってくれた後仕事だからな。 ﹁⋮⋮またお泊まり会やろうね?﹂ ﹁ああ、迷惑じゃなかったらまたやりたいな。 その時は楽しみにしてる﹂ ﹁迷惑なんて全然! 絶対やろうね﹂ ﹁そうだな。 夏休み中、また電話するわ。 じゃあな﹂ ﹁うん、バイバイ﹂ 香に見送られて、車は走り出した。 手を振ってる香に手を振り返す。 お泊まり会、来れてよかったな。 247 なんか、学生らしい青春じゃん? そんなことを思いながら夏のお泊まり会は終了した。 次やるんだったら冬休みがいいな。 俺、寒いのが好きなんだよ。 とりあえず決めた事。 家に帰ったら寝よう。 クソ眠い。 帰りの車の中。 俺はおじさんとの会話よりもなによりも、睡魔と戦うのに必死だっ た。 みんなも睡眠不足には注意しよう。 248 帰宅︵後書き︶ 読んでくださってありがとうございました! 今回でお泊まり会終了です。 思いの外、長くなってしまった⋮⋮。 次回から新キャラが出ます。 夏休みの間に2人新キャラ登場させようとしてるんですが⋮⋮書き 分けられるかな⋮⋮? 頑張ります。 それでは、また次回。 失礼しました! 249 再会 お泊まり会から帰ってきて1週間。 別になにかが変わることもなく、俺は夏休みを満喫してた。 ︵⋮⋮もう3時か︶ やることもなく、ソファーに寝転んで暇を持て余してる俺。 ︵おー、髪長くなったな︶ ふと目に止まった自分の髪。 切るのがめんどくさくて放置してたけど、これもうロングだな。 しかし切るのがめんどい。 なんとなく髪を弄ってると、母さんから買い物を頼まれた。 気が向いたから散歩がてら家康も一緒に連れてく。 信長は気分が乗らないらしいから留守番。 250 ﹁あっついなー⋮⋮。 なぁ、家康?﹂ 家康も暑そうだ。 公園寄って水飲ませるか。 ﹁あっ、お姉ちゃーん!﹂ 公園に入ると小さい女の子が走ってきた。 ﹁⋮⋮ああ。 あの時の⋮⋮﹂ 家康が飛びかかった女の子だな。 また会うとは思わなかった。 ﹁家康だー! 触ってもいい?﹂ 251 ﹁いいよ﹂ 女の子が家康を撫でる。 本来、こいつはよっぽどのことでもない限り暴れないんだ。 注意したし、もう飛びかかったりしないだろう。 ﹁おーい、千華! 急に走り出して何⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 駆け寄ってきた足音に振り向くと俺と似たような歳の男。 手に持ってたプラスチックの小さなバケツをなぜか落とした。 まぁ、そんなことはどうでもよくて。 俺は男の顔に見覚えがあった。 ﹁⋮⋮龍?﹂ 思い当たる名前を呼ぶと、男は顔を明るくさせた。 252 ﹁せ⋮⋮先輩っ!!﹂ かみや りゅうと 本名、神谷龍斗。 こいつは同じ中学だった後輩だ。 253 再会 2 ﹁まさかこんなところで会うとは思わなかった。 お前、この近くに住んでたんだな﹂ 俺達2人はベンチに座って話す。 千華ちゃんは家康と遊んでる。 龍とは小学生の時から一緒に遊んだりしてた仲だ。 所謂、幼馴染みだな。 中学も同じだったし付き合いはそこそこ長い。 ﹁はい。 結構近くに住んでるんですよ。 ⋮⋮あ、母から聞きました。 公園で千華に親切にしてくれた人が居たって。 さすがに三木先輩のことだとは思いませんでしたけど⋮⋮﹂ ﹁親切、か? こっちに非があるわけだし⋮⋮せめてお詫びはしなきゃな﹂ 254 あの時、家康が飛び掛かった女の子の兄貴が龍だとは想像もしなか った。 つーか、出来るはずがねぇ。 それにしても、世間って狭いな。 ﹁そういやお前、俺の1コ下だから高2だっけ。 どこの高校行ってんの?﹂ ﹁⋮⋮やっぱり、知らないですよね⋮⋮﹂ ﹁ん?﹂ 龍は少し落ち込んだような顔をする。 ﹁僕、先輩と同じ高校です﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮マジで?﹂ 知らなかった。 ホントに知らなかった。 いや、逆に何で知らなかったんだって話だけど。 ﹁マジです。 255 いえでも、僕から話し掛けてませんし⋮⋮知らなくて当然ですよね﹂ ﹁ご、ごめん﹂ 素で反応したせいか、龍はさらに落ち込んでしまった。 しかし、話し掛けられてないとはいえ約1年間気付かないとは⋮⋮。 自分の注意力の足りなさを反省する。 ﹁ごめんな。 これからはまた前みたいに仲良くしてくれないか?﹂ ﹁⋮⋮!!﹂ 龍は衝撃を受けたみたいな顔をして固まった。 少し待ったけど、返事が帰ってくる気配がない。 ﹁⋮⋮ダメ?﹂ 龍の性格上ダメと言われるとは思ってないが、こうも無言が続くと 不安になる。 256 ﹁そ、んな全然!! てゆーかこちらこそお願いします!﹂ ﹁あ、ああ。 サンキュ﹂ 少し立ち上がって返事された。 その勢いある返事と顔の急接近にびっくりして言葉に詰まってしま った俺。 急接近を自覚したらしい龍は、顔を真っ赤にして離れる。 ﹁あ⋮⋮すいません﹂ ﹁いや、いいけど⋮⋮相変わらずだな龍﹂ 昔からこいつは何かと顔を真っ赤にすることが多い。 俺にはない表情の豊かさ。 見てて飽きない。 ふと目についた買い物袋で思い出した。 ﹁あ、やべ。 俺買い物帰りだったんだ。 257 家康ー帰るぞー﹂ 千華ちゃんと遊ぶ家康を呼び戻す。 ﹁じゃ、また学校でな﹂ ﹁は、はい! ⋮⋮あの、送りましょうか?﹂ ﹁いいよいいよ。 近くだから﹂ ﹁そうですか⋮⋮﹂ え、なぜに落ち込むんだ。 ﹁⋮⋮じゃあ、途中まで頼める?﹂ ﹁はい!!﹂ あまりの落ち込みように、俺は妥協するしかなかった。 ﹁わーい、お姉ちゃん手繋ご?﹂ ﹁いいよ﹂ 258 横にきた千華ちゃんと手を繋ぐ。 俺達は3人で喋りながら帰った。 259 再会 3 −side龍斗−︵前書き︶ 後書きにおまけ付きです。 260 再会 3 −side龍斗− 家に着いてすぐ、僕は自分の部屋に飛び込んだ。 ﹁お兄ちゃん、どうしたのー?﹂ 妹の千華が心配そうに声を掛けてくる。 ﹁⋮⋮ありがとう千華﹂ 千華は首を傾げる。 本当にありがとう。 まさか⋮⋮まさかまた三木先輩と話せる機会があるとは思わなかっ た。 僕はベッドの上でバタバタ暴れてさっきのことを思い出す。 ﹃これからは前みたいにまた仲良くしてくれないか?﹄ 先輩の言葉。 261 それが僕にとってどれだけ嬉しいものか、先輩は知らないと思う。 暴れるのをやめて、寝転んで天井を見る。 ﹁いつからだったかな⋮⋮﹂ ﹁なにが?﹂ ﹁なにがって、そりゃ三木先輩を⋮⋮!? 母さん!?﹂ 自分以外の声に、うっかり応えそうになる。 見ると、母さんがニヤニヤしながら部屋を覗いてた。 ﹁千華に聞いたわよ。 いいわねぇ、アンタにもそういう相手がいたのねぇ。 どおりで彼女の一つもつくらないと思ったら⋮⋮﹂ ﹁ちょ、違うって! 三木先輩はそんなんじゃ⋮⋮﹂ ﹁ふーん。 で、いつから?﹂ ﹁いやだから⋮⋮! 262 ⋮⋮⋮⋮え、と⋮⋮。 はっきり自覚したのは、⋮⋮中1﹂ 反論出来ない空気に観念して答える。 今の僕は顔が真っ赤なはずだ。 ﹁なるほどなるほどー。 ちゃっかり甘酸っぱい青春してたのねぇ。 中1からだから⋮⋮もう5年? アンタなかなか一途じゃない﹂ ﹁別にそんなんじゃないって!﹂ もう泣きたくなってきた。 泣いていいかな⋮⋮? ﹁へぇー。 バカねぇアンタ。 入学してさっさと佳亜ちゃんに話し掛ければよかったのに。 あの子礼儀正しいし、人を邪険にするような子じゃないでしょ?﹂ ﹁そりゃ、そうだけど⋮⋮﹂ あれから母さんに三木先輩について色々喋らされた。 263 もう泣いていいよね⋮⋮。 ﹁とにかく。 こっちの存在はわかってもらえたんだし、あとはアタックあるのみ ね﹂ ﹁えぇ!?﹂ ﹁心配しないで龍ちゃん。 お母さんも協力してあげるわ﹂ ﹁や、だって、アタックなんて⋮⋮﹂ そんな露骨に言われると恥ずかしい。 恥ずかしくてパンクしそうだ。 ﹁龍ちゃん、あんな良い子なかなかいないわよ。 それにむこうだってきっとアンタに好感を持ってるはず。 頑張りなさい!﹂ ﹁⋮⋮うぅ﹂ 限界。 パンクしました。 ﹁いいわぁ∼、こんなわくわく何年ぶりかしら﹂ 264 母さん⋮⋮楽しそうだね。 アタックか⋮⋮。 ちょっと⋮⋮頑張って、みようかな。 265 再会 3 −side龍斗−︵後書き︶ おまけ︵会話文のみ︶ ︱︱︱ ﹁へっくし!﹂ ﹁お姉ちゃん、もうちょっと女らしいくしゃみしなよ⋮⋮﹂ ﹁うるせぇよ。 なんだろ、風邪かな﹂ ﹁誰かがウワサしてるんじゃない?﹂ ﹁ウワサね⋮⋮﹃あいつ実は○○じゃない?﹄とか?﹂ ﹁そうなの!?﹂ ﹁冗談だ﹂ ﹁⋮⋮本当かと思った﹂ ﹁まぁ、どうでもいいや。 ⋮⋮へっくし!﹂ ︱︱︱ ○○はご想像におまかせします。 266 読んでくださってありがとうございました! 267 速打ち ﹃みっきーの秘密を教えて!﹄ ﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂ ことの始まりは香からの電話。 風呂から上がって部屋に戻ると、携帯に香からの着信履歴が残って た。 掛け直そうと思ったら、タイミングよく本人から電話が掛かってき た。 電話に出て挨拶の一つでも、と思ったら開口一番に切り出されたの がこの言葉。 で、今に至る。 ﹁いや、意味わからん。 何なん?﹂ ﹃だから、みっきーってタイピングの速打ち得意でょ? その秘密を教えて!﹄ 268 ﹁いや、最初簡潔に話しすぎだろ﹂ んな、当たり前みたいに言われても。 ﹁で、秘密っつーかやり方を知りたいわけ?﹂ ﹃そう!﹄ ﹁その1、キーボードを正確に且つ完璧に覚えること。 その2、打ち込みの10分間は集中力を最大まで上げること。 その3、パソコンを信頼すること。 以上﹂ ﹃1と2はわかるけど⋮⋮なに、パソコンを信頼するって!?﹄ ﹁そのままの意味だ﹂ ﹃いや、わかんないって!!﹄ ﹁だからー、打ち込みで漢字変換あるじゃん? 見本と違う漢字が出たらって心配していちいち見て確認する人いる けど、そんな必要なし。 パソコンだって前後の日本語に合った漢字に変換する努力してるか らよっぽどでもない限り任せてよし。 ﹃さまざま﹄か﹃様々﹄か、とか﹃いろいろ﹄か﹃色々﹄か、とか 微妙な変換の違いを確認すればあとはパソコンを信頼していい﹂ 269 ﹃なんか⋮⋮深いね﹄ ﹁まぁな﹂ ﹃うん、わかった。 パソコンを信頼して頑張るよ﹄ ﹁おぅ、頑張れ。 じゃあな﹂ 電話を切った。 つーか、 ﹁やっぱ何事も練習だよね﹂ こんなオチかよ、と思ったがこんなオチだよ。 270 花火大会 夕方、ポストを見ると俺宛の手紙が。 送り主は不明。 内容はこうだ。 ﹃本日夜6時、海辺の駐車場にて待つ。 PS.浴衣とか着ると尚良し﹄ ﹁⋮⋮花火大会、今日だったっけ?﹂ 確認するまでもなく、送り主は香だ。 なぜなら、この手紙はこの時期毎年くる。 あいつ⋮⋮暇なんだな。 浴衣を着るといい、みたいなことが書いてあるけど生憎俺は浴衣な んて持ってない。 持ってても着るつもりないけどな。 動きにくそうだし。 271 香はもちろん隊長や瀬田は浴衣で来るから毎年俺だけ妙に浮くが、 あえて気にしない方向で。 とりあえず準備しよう。 駐車場についたのは6時過ぎだった。 ﹁みっきー遅ーい!﹂ ﹁さすが遅刻魔﹂ ﹁悪ぃ﹂ 俺はバイクを駐車場に停めつつ謝る。 ﹁しかも浴衣じゃないし!﹂ 香に文句を言われる。 予想通り見事に全員浴衣だった。 ﹁だって持ってないし動きにくそうだろ﹂ ﹁もう! 持ってないんだったら貸したのに!﹂ 272 ﹁そもそも俺似合わなさそうじゃん﹂ ﹁そんなことないよ! きっと和風美人になるよ!﹂ 和風美人て⋮⋮。 ﹁とりあえず、会場まで行こうぜ﹂ 花火は8時からだけど、どうせこいつら浴衣だから移動に時間が掛 かるだろう。 さらに買い出しで時間が掛かる。 ﹁そうだね。 早く行こう、香ちゃん﹂ 隊長が上手くのってくれる。 さすが隊長だぜ。 ﹁うーん⋮⋮しょうがない。 みっきー、ボンボンとってね!﹂ ﹁はいはい﹂ 俺達は会場に向かって歩き始めた。 273 274 花火大会 2︵前書き︶ 後書きにおまけ投下。 275 花火大会 2 ﹁うわー、すごいね!﹂ ﹁走るなよ﹂ さすがこの町の花火大会だ。 祭り自体の規模がデカイから出店も多い。 花火の打ち上げ数は県内でトップだったっけ。 ﹁はしゃいでるなぁ⋮⋮﹂ ﹁夜出歩くのって少ないからね﹂ 香と瀬田が騒ぎながら小走りで進んでいくのを眺めつつ、隊長と俺 は並んで歩く。 ﹁みっきー、妹ちゃんは?﹂ ﹁友達と行ったみたいだ。 甚平着てな﹂ ﹁みっきーも着ればいいのに。 276 甚平なら浴衣よりはラクでしょ?﹂ ﹁洋服に比べたら負けるだろ。 ⋮⋮あれ、あいつらどこ行った?﹂ 香と瀬田が見当たらない。 ﹁はぐれちゃったかな? 電話してみる?﹂ ﹁だな。 電話に気付けばいいけど⋮⋮﹂ 上着のポケットから携帯を取り出して電話を掛ける。 プルル﹃みっきー! 早く来て!﹄ 出るの早っ。 てゆーか、なんかただならぬ雰囲気だ。 ﹁どうした。 なにかあったか?﹂ ﹃とにかく、早く来て! イルカの風船がついたかき氷売ってる屋台のとこにいるから!﹄ 277 ﹁わかった﹂ 電話を切る。 ﹁なんかあったみたいだ。 隊長、急いで歩ける?﹂ ﹁うん、大丈夫。 早く行こう﹂ 俺達は香のいるところに急いだ。 278 花火大会 2︵後書き︶ おまけ︵会話のみ︶ ︱︱︱ ﹁龍ちゃん! 花火大会なんて夏の一大イベントよ! なんで佳亜ちゃん誘わないの!?﹂ ﹁無理だって花火大会は! 先輩、絶対友達と行くに決まってんでしょ!﹂ ﹁そこを誘うのが男よ、龍ちゃん! 当たって砕けなさい!﹂ ﹁砕けたら立ち直れないよ!﹂ ︱︱︱ 最後まで読んでくださってありがとうございました! 279 花火大会 3 ﹁みっきー、ここだよ!﹂ イルカの風船がついた屋台を見つけて近くまで行くと、すぐ香と瀬 田を見つけた。 2人は何ともないみたいだな。 ちょっとホッとした。 ﹁なんだよ、なにがあった?﹂ ﹁あれ! あれ見て!﹂ 香に引っ張られて屋台の裏にある道を覗くと、男が2人いた。 屋台に隠れつつ、じっくり観察する。 ﹁ほら、もっとよく見て!﹂ 男2人は誰かに話しをしてるらしい。 見た感じナンパだろうな。 浴衣を着た女の子が1人⋮⋮ん? 280 ﹁あれって⋮⋮柳田さん、か?﹂ 柳田さんはインパクトが強かったから顔も覚えた。 間違いない。 ﹁どうしよう! 警察呼ぶ!?﹂ ﹁いや、ただのナンパだろ。 警察呼ぶほどの騒ぎじゃないから﹂ つーか香、ちょっと落ち着け。 ﹁うー⋮⋮どうしよう!﹂ ﹁⋮⋮ちょっと待ってろ﹂ 俺は男2人に歩み寄る。 ﹁み、みっきー⋮⋮﹂ ﹁ちょっとすいません。 うちの連れになんか用っスか?﹂ 281 ﹁あ?﹂ 2人が振り返る。 もちろん、連れだなんて嘘だ。 ﹁なんだよお前﹂ ﹁その子、連れなんスよ。 返してもらえません?﹂ 1人が明らかに不機嫌そうな顔をする。 ﹁はぁ? ふざけんなよ。 この子は俺らと遊ぶんだよ﹂ ﹁その子、高校生なんですよ。 今の時間はうちの学校の教員が見回ってるんですけど、わりと堅い 学校でね﹂ ﹁それがどうした?﹂ ﹁うちの学校、夜の男女の外出が禁止で、補導対象になるんです。 お兄さん達、見た感じ専門学生でしょ? 大丈夫ですか?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮チッ﹂ 282 2人は舌打ちして去って行った。 よかったよかった、殴られたらどうしようかと思った。 まぁ、その時は迷いなく殴り返すつもりだったけど。 ﹁せ、先輩⋮⋮!﹂ 今まで固まってた柳田さんが声を上げた。 ﹁大丈夫、柳田さん? 1人で怖かったな﹂ ﹁は、はい⋮⋮。 ありがとうございます!﹂ ﹁いえいえ﹂ 柳田が頭を下げる。 香達が駆け寄ってきた ﹁みっきー! 大丈夫だった!?﹂ ﹁ああ、この通り﹂ 283 あ、そういえば⋮⋮。 ﹁柳田さん、1人で来たの? よかったら一緒に祭りまわらない?﹂ ﹁えっ⋮⋮でも、いいんですか?﹂ 柳田さんは戸惑ったように訊いてくる。 ﹁いいよな?﹂ 香達に尋ねる。 ﹁もちろん!﹂ ﹁だってさ。 迷惑じゃなかったら一緒に行かないか?﹂ ﹁は、はい⋮⋮! 嬉しいです!! ありがとうございます!﹂ また柳田さんがナンパされたら、と思うと心配だしな。 後輩と遊ぶのもたまにはいいだろう。 ﹁じゃ、行こうか﹂ 284 285 花火大会 4 ﹁わぁ⋮⋮!﹂ ﹁おー、花火始まったな﹂ 俺達は歩きながら花火を見る。 柳田さん以外、それぞれが出店で買った食べ物を持って。 ﹁みっきー⋮⋮たこ焼き美味しそうだね﹂ ﹁食う?﹂ ﹁うん!﹂ 余ったつまようじを香に渡す。 ﹁柳田さん、何か買う?﹂ ﹁えっと⋮⋮じゃあかき氷買います。 ちょっと待ってもらってもいいですか?﹂ ﹁いいよ﹂ ちょうど外灯があったから、その下で柳田さんを待つ。 286 ﹁お、三木か。 久しぶりだな﹂ ﹁あ、久しぶりですね学校の先生A﹂ ﹁俺はモブキャラ扱いか﹂ モブキャラもとい担任と会った。 ﹁見回りですか?﹂ ﹁ああ。 女子生徒の中に男が1人いるかと思って近付いてみたらお前だった﹂ ﹁そりゃすいませんね﹂ まぁ、この服装じゃしょうがない。 男物ってラクなんだよ。 ﹁まぁ気をつけろよ。 んで10時までには家に帰れよ﹂ ﹁はーい。 先生なんか奢ってよ﹂ ﹁なんでだ﹂ 287 ﹁あれがいいな、綿あめ。 自分で買うと損した気分になるから買わないし﹂ ﹁それ俺はいっさい得しないぞ﹂ ﹁じゃあ、奢ってくれたら体育祭頑張るから﹂ ﹁⋮⋮毎年適度にサボる奴が言ってくれるな﹂ ﹁ねー奢ってー﹂ ﹁⋮⋮しかたないな﹂ ﹁全員分ね﹂ ﹁⋮⋮﹂ 先生に全員分の綿あめを奢ってもらった。 もちろん柳田さんの分も。 優しいね、先生。 財布を覗きながら何かブツブツ言ってるのは見ないふり。 ﹁そろそろ花火も終わるし、帰るか﹂ ﹁だねー﹂ 288 ちなみに、香は隊長の家に泊まる。 俺はバイクを押しながら歩く。 ﹁柳田さん、家はこの近く?﹂ ﹁はい﹂ ﹁じゃあ送るよ﹂ ﹁あ、ありがとうございます!﹂ 途中で香達とは別れた。 ﹁あの、先輩⋮⋮今日はありがとうございました﹂ ﹁いえいえ﹂ ﹁あ、助けてくれたこともですけど⋮⋮一緒に行こうって誘っても らえて、嬉しかったです﹂ ﹁そう? 楽しんでくれたならよかったよ﹂ 柳田さんは少し表情を暗くする。 289 ﹁私、ちょっと友達とケンカしちゃって⋮⋮それで今日は1人だっ たんです。 でも、三木先輩達見てたら友達ってやっぱりいいなって思いました。 明日謝ります﹂ ﹁そうか。 大人だな﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮﹂ 照れたように笑う。 柳田さんはこうでなきゃ。 ﹁あ、私の家ここです﹂ ﹁着いたか。 じゃ、また学校でな﹂ ﹁はい! ありがとうございました!﹂ 頭を下げる柳田さんに手を振ってから、俺はバイクを走らせた。 290 メール︵前書き︶ 横書きおすすめします。 多分縦書きだとなにがなんだか⋮ 291 メール ︱︱︱︱ 20:16 受信MAIL[1/500] From:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− こんばんは。 あの⋮⋮今時間大丈夫ですか? ︱︱︱︱ 龍からメールだ。 そういえばこの前会った時にアドレス交換したんだっけ。 ︱︱︱︱ 20:21 返信MAIL[1/500] Dear:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− おぅ、大丈夫だぞ。 どうした? ︱︱︱︱ よし、送信完了。 292 俺は冷蔵庫から麦茶を出して飲む。 少ししたら返信がきた。 ︱︱︱︱ 20:25 受信MAIL[1/500] From:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− あの、いきなりすみません。 先輩明日予定とかありますか? ︱︱︱︱ 明日⋮⋮24日か。 あ、午前中は風呂掃除しなきゃいけないんだった。 ︱︱︱︱ 20:29 返信MAIL[1/500] Dear:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− 午後からならないぞ。 なんで? ︱︱︱︱ 293 送信して、待ってる間に洗濯物を畳む。 ⋮⋮なんか、返信遅ぇな。 風呂入るか。 風呂から出るとメールがきてた。 ︱︱︱︱ 21:11 受信MAIL[1/500] From:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− 返信遅くなってすみません⋮⋮。 あの、よかったら明日僕の用事に付き合ってくれませんか? 妹の千華が誕生日近いんですけど、何をプレゼントすればいいかわ からなくて⋮⋮。 ︱︱︱︱ 千華ちゃんの誕生日プレゼントか。 あいつ、いい兄ちゃんやってんじゃん。 294 ︱︱︱︱ 21:15 返信MAIL[1/500] Dear:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− 悪い、風呂入ってた。 プレゼント選びか。 俺でよかったら協力するぞ。 ︱︱︱︱ 今度はすぐ返信がきた。 ︱︱︱︱ 21:16 受信MAIL[1/500] From:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− ありがとうございます! えっと、時間とか決めてもらってもいいですか? ︱︱︱︱ 時間か⋮⋮どうしよう。 風呂掃除したあとは風呂入りたいし⋮⋮2時からでいいかな。 295 ︱︱︱︱ 21:18 返信MAIL[1/500] Dear:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− じゃあ、2時からでいい? あの公園で待ち合わせな。 ︱︱︱︱ ︱︱︱︱ 21:21 受信MAIL[1/500] From:龍 Date:8/23 −−−−−−−−−−−−−−−− わかりました。 それじゃあまた明日お願いします。 おやすみなさい。 ︱︱︱︱ おやすみなさい、て⋮⋮もう寝るのか。 早いな。 ︱︱︱︱ 21:23 返信MAIL[1/500] Dear:龍 Date:8/23 296 −−−−−−−−−−−−−−−− ああ、また明日。 おやすみ ︱︱︱︱ つーか、メールなんて久しぶりだ。 俺は電話派だからな。 ﹁お姉ちゃん、シャンプーの詰め替えどこ?﹂ ﹁洗面所の棚。 ⋮⋮なぁ、小学生の女の子って何貰ったら嬉しいと思う?﹂ ﹁えー⋮⋮わかんないよ﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ 考えてみたらプレゼント選びって結構責任重大じゃね? しっかり考えよう。 297 プレゼント選び 今日は気をつけようと思ったのに、また遅刻しちゃったな。 急ごう。 小走りで公園に向かうと、やっぱり龍が待ってた。 あいつ、俺と違って時間は必ず守るんだ。 ﹁ごめん、待たせて。 ⋮⋮はぁ﹂ 立ち止まって息を整える。 ﹁いえ、全然待ってないですよ! 大丈夫ですか?﹂ ﹁⋮⋮ああ、大丈夫。 悪ぃな。 行こうか﹂ ﹁はい!﹂ 俺達は街に向かって歩いた。 298 しばらく会話しながら店を眺める。 ﹁で、先に訊いておきたいんだけど。 千華ちゃんの好きなモノとかわかる?﹂ ﹁好きなモノ、好きなモノ⋮⋮あ、クマが好きですよ。 クマのぬいぐるみとか持ち歩いてますし﹂ ﹁なるほど、じゃあこれとかどう?﹂ ﹁⋮⋮えぇ!!?﹂ 俺が指差したのは手乗りサイズの木彫りのゴツい熊。 ﹁これは⋮⋮さすがに⋮⋮﹂ ﹁冗談だ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ふ、相変わらず引っ掛かりやすいな﹂ 悪いとは思いつつ、つい笑ってしまう。 小学生の頃からよくからかったものだ。 ﹁⋮⋮﹂ 299 ﹁なに?﹂ ﹁っ、いえ⋮⋮なにも﹂ ﹁⋮⋮?﹂ なんなんだ。 機嫌を悪くしたとかそんなんじゃなさそうだし⋮⋮。 ﹁そ、それより⋮⋮あのお店に入ってみませんか?﹂ ﹁ん、そうだな﹂ まぁ、気にしないことにする。 ︵話しをそらせてよかった⋮⋮。 久しぶりに間近で見ると破壊力が⋮⋮︶ 龍の思想なんて俺は知る由もない。 ﹁そういや、予算ってどのくらいか訊いていい?﹂ ﹁あ、はい。 300 一応、手持ちは5千円なんですけど⋮⋮﹂ ﹁わかった﹂ ︵学生の小遣い考えると、出来る限り低価格で抑えたほうがいいよ な。 んで、クマを⋮⋮。 小学生はおもちゃを欲しがる年頃かもしれないけど、値段を考える とちょっとな︶ 俺は考えながら品物を見て回る。 ﹁あ。 あれどうよ?﹂ 俺が指差したのはクマの絵柄が描いてあるハンカチ。 値段も手頃だ。 ﹁ハンカチなら毎日使うモノですし⋮⋮いいですね! でも、ちょっとだけ柄が大人っぽくないですか?﹂ ﹁まぁ、それは千華ちゃんの成長を見越してのことだ。 女の子はすぐ大人になるんだよ﹂ 色合いは明るいから小学生の子も喜びそうだし、柄が大人っぽけれ ば少し成長しても使えるだろう。 301 ﹁そうなんですか⋮⋮。 ハンカチのサイズはどうしたらいいですか?﹂ ﹁少し大きめにしとくといいよ﹂ ﹁わかりました、買ってきます!﹂ 龍はレジに向かっていった。 少し時間掛かったけど決まってよかった。 千華ちゃん、喜んでくれるといいな。 302 お邪魔︵前書き︶ 後書きに龍登場時恒例のおまけ投下です。 303 お邪魔 ﹁ありがとうございました! おかげでいいプレゼントが買えました!﹂ ﹁どういたしまして﹂ 帰り道。 俺達は少しゆっくり歩く。 ﹁あの、よかったらお礼がしたいので⋮⋮ウチに来ませんか?﹂ ﹁龍の家に?﹂ 確認の意味で訊き直したら、なんか急に龍が慌て始める。 ﹁あ、いえあの⋮⋮変な意味じゃなくて! えっとですね⋮⋮うちの母親が三木先輩にお礼を言いたいそうです。 それにプレゼント選びに付き合ってくれたお礼もしたいですし⋮⋮ 迷惑じゃなければ﹂ ﹁迷惑なんてとんでもない。 でも別に礼を言われるようなことしてないんだけど⋮⋮﹂ 家康の件はこっちの不注意だしな。 304 ﹁僕は先輩にお返し出来るようなものないですし⋮⋮お礼にはなり ませんけど、おもてなしします﹂ ﹁そうか? じゃあ、ちょっとお邪魔しようかな﹂ せっかくの親切だ。 素直に受け取ろう。 ﹁ただいま﹂ ﹁お邪魔します﹂ 龍の家に来た。 和風の家で綺麗だ。 ﹁おかえりなさ⋮⋮あらまぁ! もしかして佳亜ちゃん!?﹂ ﹁あ、⋮⋮はい。 こんにちは﹂ 若くて明るい雰囲気の人が出てきた。 龍と千華ちゃんのお母さんだ。 305 俺は思わず勢いにおされる。 ﹁こんにちは。 この間はご親切にしていただいてありがとう。 千華も喜んでたわ。 まさか龍ちゃんと知り合いだとは思わなかったけど﹂ ﹁か、母さん⋮⋮﹂ 龍が顔を赤くする。 人前での龍ちゃん呼びが恥ずかしいんだろうな。 ﹁とにかく、あがってちょうだい。 紅茶でいいかしら?﹂ ﹁はい。 お構い無く﹂ とりあえず靴を脱いで揃える。 ﹁お姉ちゃーん!﹂ ﹁あ、千華ちゃん。 こんにちは﹂ ﹁こんにちはー。 306 お姉ちゃん、こっちだよ!﹂ ﹁ありがと﹂ 千華ちゃんに手を引かれて居間にお邪魔させてもらった。 307 お邪魔︵後書き︶ おまけ︵会話文のみ︶ ︱︱︱︱ ﹁よくやったわ龍ちゃん! うまく連れてこられたわね﹂︵小声︶ ﹁変な言い方しないでよ⋮⋮。 お礼っていうか、感謝の気持ちで連れてきたんだから﹂ ﹁わかってるわよ。 うふふ、楽しみねぇ﹂ ﹁本当にわかってる⋮⋮?﹂ ︱︱︱︱ 佳亜が連れてこられたのは他意もあったんだよ、っておまけ話でし た。 読んでくださってありがとうございました! 308 龍斗の妹︵前書き︶ 忘れられてるかもしれませんが、龍くんの本名は神谷龍斗です。 一応、改めて紹介︵笑︶ 309 龍斗の妹 畳の香りが広がる部屋の真ん中にテーブルがあって座布団が置かれ てた。 龍に勧められて、ありがたく座らせてもらった。 ﹁はい、お姉ちゃん!﹂ ﹁ありがとう﹂ 千華ちゃんが運んできてくれた紅茶を受け取る。 ﹁ごめんなさいね、佳亜ちゃん。 千華、お姉ちゃんはお兄ちゃんのお客様なのよ﹂ ﹁はーい﹂ ﹁あ、お気遣いなく﹂ 龍のお母さんに軽く頭を下げておく。 ﹁あのね、お姉ちゃん! 千華ね、もうすぐ誕生日なの!﹂ 310 ﹁へぇ、そうなんだ﹂ 当然知ってるけど知らないふり。 ﹁それでね、千華が大好きなお友達いーっぱい呼んでお誕生日パー ティーするの!﹂ ﹁そっか、楽しみだな﹂ 無邪気な子だな。 俺にもこんな時期があったのか⋮⋮いや、ないな。 記憶にはない。 あったらあったで怖ぇ。 ﹁うん! ねぇ、お姉ちゃんもパーティー来て!﹂ ﹁へ?﹂ 自分の幼い頃についてじっくり考えてると、千華ちゃんから突然の お誘い。 ﹁千華ねー、お姉ちゃんだーい好き! だからパーティーに来てほしいな!﹂ 311 ﹁んー⋮⋮﹂ 向かい側に座る龍にチラッと視線を送る。 ﹁あの、もし都合がよければ来てもらえませんか?﹂ ﹁いいの?﹂ ﹁はい。 千華も喜びますし、僕も⋮⋮あ、いえ、なんでもありません﹂ 俺達は千華ちゃんに聞こえないように小声で会話する。 ﹁ホントに来てもいいの?﹂ 千華ちゃんに確認。 ﹁うん!﹂ ﹁じゃあ行こうかな﹂ ﹁やったぁ!﹂ 千華ちゃんが抱きついてきた。 可愛いなぁ⋮⋮。 312 しばらくは千華ちゃんの相手をしてたけど、千華ちゃんは家に来た 友達と遊びに出掛けていった。 313 苦手 ﹁本当にごめんなさいね、佳亜ちゃん。 せっかく上がってもらったのに千華の相手をしてもらって﹂ ﹁いえいえ﹂ ﹁紅茶冷めてないかしら? よかったどうぞ﹂ ﹁はい﹂ ⋮⋮。 目の前に置いてある紅茶を一口飲む。 ﹁せ、先輩⋮⋮? どうしたんですか? なんか表情が堅く⋮⋮﹂ 龍が声を掛けてくるけど、返事する余裕なんてない。 ﹁⋮⋮あっ! そういえば先輩、紅茶苦手⋮⋮﹂ ﹁えっ、そうなの!?﹂ 314 ごめんなさい龍のお母さん。 返事する余裕がないんです。 そう。 俺は紅茶が苦手なんだ。 体質に合わない。 つーか、少量とはいえ紅茶を口に含んだはいいが、正直喉に入って いかない。 味がダイレクトに伝わってきて背筋に寒気が走る。 ︵とりあえず飲み込まなきゃ⋮⋮あれ、どうやって飲み込むんだっ け︶ なんかもう、喉が飲み込み方を忘れたらしい。 ﹁⋮⋮っ、﹂ 飲み込んだ。 315 どうにか飲み込んだ。 全身鳥肌だけど。 ﹁せ、先輩⋮⋮大丈夫ですか?﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ ⋮⋮最悪だ。 出されたものをいただけないとか失礼すぎる。 でも口の中に紅茶の風味が残ってる限り、この鳥肌は消えてくれな いだろう。 あー⋮⋮申し訳ない。 ﹁すみません⋮⋮﹂ ﹁いいのよ。 ごめんなさいね、気付かずに。 それにしても⋮⋮今どきの子は紅茶が好きだと思ってたけど案外違 うのね﹂ ﹁どうでしょうね? 友達はみんな紅茶好きみたいですけど﹂ 316 大抵の人が香りがいいとか言うけど、俺には香りを楽しむ余裕すら ない。 ﹁それじゃあ⋮⋮佳亜ちゃん、コーヒーは大丈夫かしら?﹂ ﹁はい、大丈夫です。 すみません、気を遣っていただいて⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 龍のお母さんが急に黙った。 ﹁あの、なにか﹁可愛いっ!﹂ ﹁⋮⋮!?﹂ なにかあったのか訊こうとしたら、急に抱きしめられた。 てゆーか急に豹変した。 ﹁んも∼、可愛い可愛いっ! こんな可愛い子がいていいのかしら!?﹂ ﹁りゅ、龍っ⋮⋮助け、うぷ﹂ 317 抱きしめられて言葉がまともに言えない。 ﹁か、母さん。 そのくらいにしたほうが⋮⋮﹂ ﹁はぁ⋮⋮。 やっぱり女の子はいいわよねぇ。 可愛いし礼儀正しいし。 千華も佳亜ちゃんみたいに育ってくれるといいわ﹂ いや、あの無邪気な子が俺みたいに育っちゃダメな気がする。 龍のお母さんが俺に言う”可愛い”の意味合いは容姿じゃなくて態 度みたいなもんだし。 ﹁あはは、どうも﹂ とりあえず苦笑いしか出なかったけどしょうがないと思う。 318 苦手 2 −side龍斗−︵前書き︶ 今回は龍くんが決意表明してます︵笑︶ てか思ったより長くなってしまったな、この話⋮⋮。 319 苦手 2 −side龍斗− 三木先輩は一言断ってお手洗いに行った。 ﹁うっかりしてたな⋮⋮﹂ 先輩の苦手なもの。 わかってたはずなのにな⋮⋮。 それだけ会ってなかったってことだと痛感する。 ﹁そういえば⋮⋮﹂ もう一つあったな、先輩の苦手なもの。 たしか⋮⋮、 ﹁やーーだーー!!!!﹂ いきなり遠くから叫び声が聞こえた。 ﹁⋮⋮先輩!?﹂ ﹁なに!? 320 佳亜ちゃん!?﹂ あの先輩が叫ぶなんて⋮⋮一体なにが!? ﹁⋮⋮っ、先輩! どうしました、大丈夫ですか!?﹂ 走って居間を出てみると、トイレに通じる廊下の隅っこに先輩がい た。 ちょっと涙目だ。 ﹁先輩、どうしたんですか!?﹂ ﹁りゅ、龍⋮⋮っ。 ゆっくり、出来るだけ物音立てないようにゆっくりこっち来て﹂ ﹁ゆ、ゆっくり⋮⋮ですか?﹂ 言われた通り、ゆっくりと先輩の近くに寄る。 ﹁ひぅ⋮⋮。 龍、早く⋮⋮﹂ 妙に可愛い悲鳴を上げる先輩。 321 ちょっとガッツポーズをしたくなったけど心の中だけに留めておく。 ﹁一体どうし⋮⋮クモ? ってデカっ!!﹂ 先輩の方向から覗き込むと、柱の影には特大サイズのクモがいた。 なんていうか、全体的に特大サイズ。 先輩は僕の背中にしがみつく。 ﹁ごめん龍⋮⋮どうにかして。 なんか動悸がヤバい﹂ ごめんなさい、先輩。 僕も違う意味で動悸がヤバいです。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ﹁大丈夫ですか、先輩?﹂ ﹁⋮⋮うん、ありがと﹂ 322 なんとか特大クモを退治して居間に戻ってきた。 先輩はテーブルに突っ伏す。 ﹁相変わらずなんですね⋮⋮先輩の虫運﹂ ﹁虫運?﹂ 母さんが訊き返してきた。 ﹁先輩は超がつくほどの虫嫌いなんだけど、異常なくらい虫との遭 遇率が高いんだよ。 しかも大体が特大サイズ﹂ ﹁へぇ⋮⋮、ウチにあんなに大きなクモが出るなんて珍しいと思っ たら⋮⋮。 怖かったわね、佳亜ちゃん。 もう大丈夫よ﹂ 母さんはよしよしって言いながら先輩の頭を撫でる。 先輩のことが可愛くてしょうがないって目をしてる。 ﹁すみません、人様の家で騒いで⋮⋮。 恥ずかしい⋮⋮。 龍、ごめんな。 323 昔っから虫の始末させて﹂ ﹁いえ、全然です! 先輩のためならたとえタランチュラでも退治してみせますよ!﹂ 学校でも虫が出てくるから、学校単位で有名だった先輩の虫嫌い。 中学の時にもよく僕が退治してた。 理由は簡単。 さっきみたいに、虫と遭遇した時の先輩は可愛すぎるんだ。 ヤクザ相手にもビビらない先輩が、虫相手になるとあれだ。 女性特有の﹃きゃー﹄って叫び声は上げないけど、悲鳴が可愛すぎ る。 なんていうか⋮⋮庇護欲をそそられる。 そんな感じで先輩のギャップにハートを撃ち抜かれた奴らが結構な 人数いたわけだ。 虫を目の前にして余裕がない先輩は気付いてないけど。 324 ・・・ だから僕は悪い虫がつかないように先輩のそばで見張ってた。 そのせいか、先輩は男子の中では一番そばにいた僕を頼ってくれる ことが多い。 ︵先輩は知らないでしょうけどね、それは僕にとって嬉しくてしょ うがないんですよ。 だからもっと頼って下さい︶ ⋮⋮そんな風に言えたらどんなにいいか。 ︵いつか! いつか絶対言えるように頑張ろう!!︶ 僕は改めて決意を固めた。 325 晩御飯 あー、恥ずかしい。 人の家に来て叫ぶとかマジないわ⋮⋮。 本気で自分の虫嫌いを恨む。 実は俺、クモどころか蚊も潰せないんだよ⋮⋮。 ホント情けない。 ﹁ただいまーっ!﹂ ﹁あら、千華が帰ってきたわね﹂ 俺は時計を見る。 5時か⋮⋮。 ﹁あの、そろそろ帰ります﹂ ﹁あら、帰るの? よかったら晩御飯食べていかない?﹂ ﹁いえ。 326 ご迷惑おかけしましたし、悪いですよ﹂ ﹁あら、そんなことないわよ。 ねぇ、龍ちゃん? むしろ⋮⋮よね?﹂ ﹁か、母さん! あ⋮⋮えっと、よかったら食べていってください。 で、でも都合が悪かったら、無理にとは⋮⋮﹂ 別に都合は悪くないな。 まぁ気にかかることといえば、風呂掃除した後換気で開けてきた窓 が閉められたかどうかとかそれくらいだ。 つっても、誰かが風呂沸かす時に閉めるだろう。 ﹁じゃあ⋮⋮ありがたくごちそうになります。 お世話になります﹂ せっかくだからいただこう。 ﹁よかったわね、龍ちゃん﹂︵小声︶ ﹁か、母さん⋮⋮﹂ 327 龍はお母さんに呼ばれて準備の手伝いをしにいった。 俺も手伝おうかと思ったけど、断られたから大人しく座っとく。 ﹁お姉ちゃん、ご飯一緒だねー﹂ ﹁うん、一緒だね﹂ 訂正。 大人しく千華ちゃんの相手をしとく。 ﹁今日は何して遊んだの?﹂ ﹁今日はねー、みんなでパーティーの練習したの!﹂ 誕生日パーティーか。 ﹁そっか。 楽しかった?﹂ ﹁うん! お姉ちゃん、絶対来てね! みずようびだからね﹂ ﹁みずようび⋮⋮あ、水曜日か。 328 うん、絶対行くよ﹂ つーか2日後だな、水曜日。 プレゼント何にしよう⋮⋮。 龍と同じくらいの値段にしないとな。 ﹁ご飯よー。 千華、佳亜お姉ちゃんと一緒に手を洗ってらっしゃい﹂ ﹁はーい!﹂ キッチンから龍のお母さんの声が響く。 俺は千華ちゃんに連れられて手を洗いに行った。 329 パソコン ﹁へぇー、佳亜ちゃん頭いいのねぇ⋮⋮﹂ ﹁そんなことないですよ﹂ ﹁龍ちゃん、勉強教えてもらったら? こんなにいい先生が近くにいるじゃない﹂ 今は晩飯を食べながら談笑中だ。 龍のお母さんが出してくれたのは和食を中心にした料理だった。 美味い。 めちゃ美味い。 ﹁そうだ、佳亜ちゃん。 情報処理、だっけ? それは出来る?﹂ ﹁ああ、はい。 一応検定とってます﹂ 情報処理っつーのは商業科目のうちの一つだ。 330 詳しく知りたい人は⋮⋮ウィ○ペディアで調べてくれ。 ︵あーでも、検定とったとはいえ情報処理とかもう数ヵ月やってな いな⋮⋮︶ ちゃんと覚えてるかな? ﹁龍ちゃん! これはもう教えてもらうしかないわ! 情報処理、苦手なんでしょう?﹂ ﹁え⋮⋮うん、まぁ。 でも先輩には迷惑なんじゃ⋮⋮﹂ ﹁んなことないよ。 逆にさっき迷惑かけたし⋮⋮﹂ 正直、もう忘れたいけども。 ﹁夏休み明けにテストあるんでしょ? 教えてもらいなさい、せっかくだから﹂ まぁそんなこんなで、龍の部屋で勉強を教えることになった。 ﹁お、パソコンあんじゃん。 いいなぁ﹂ 331 俺もパソコン欲しいなぁ⋮⋮。 ﹁えっ、先輩持ってないんですか!?﹂ ﹁なにそれ嫌味?﹂ ﹁違います! だって、ワープロ検定も1級もってるんですよね? 家で練習とかしてるんだと思ってて⋮⋮﹂ ﹁まぁな。 それは学校で練習したから﹂ 家で練習出来ないから授業は集中してたな⋮⋮。 つっても慣れたら余裕出てきたけど。 ﹁とにかく、情報処理やってみようか。 ちょうどパソコンもあるし﹂ とりあえず俺はパソコンの電源をいれて龍が問題を解くところを見 とく。 ﹁あの、ここってSUMIFですか?﹂ 332 ﹁あー⋮⋮どっちでも出来るけどCOUNTIFのがやりやすいか な﹂ 意外と覚えてるな。 よかった。 ﹁先輩、なんかここエラーになるんですけど⋮⋮﹂ ﹁ABERAGEの中にRANKいれた? 構成式あってる?﹂ ﹁あ、構成式が⋮⋮﹂ まぁ、なかなか勉強は進んだと思う。 気持ち的にはな。 333 ごゆっくり︵前書き︶ ここ数日、多忙なため更新時間が遅めです。 言い訳ですね⋮⋮がんばります。 とりあえず時間が遅くなっても更新は毎日あります、とお伝えさせ ていただきたく。 私情ですみません。 ご了承くださいませ。 334 ごゆっくり ﹁お疲れ様ー。 楽しんでる?﹂ 龍のお母さんがりんごを持って部屋に入って来た。 ﹁あら、お遊びタイムなのね。 よかったらコレ食べてね﹂ ﹁はい。 とりあえず勉強は終わったんで。 りんごありがとうございます﹂ 今はせっかくだからって龍に勧められたパソコンでネットしてる。 ﹁佳亜ちゃん、今日はもう泊まっていっちゃいなさいよ﹂ ﹁へ?﹂ ﹁⋮⋮!?﹂ ベッドに寝転んで黙って見てた龍が飛び起きた。 ﹁もうこんな時間よ? 着替えはウチのを使えばいいし、それに千華も喜ぶわ﹂ 335 ﹁んー⋮⋮どうしよ?﹂ とりあえず龍に訊いてみる。 ﹁えっ、あっ、⋮⋮!﹂ ﹁なにテンパってんだよ﹂ ホント表情ころころ変わる奴だな。 ﹁え、と⋮⋮先輩の都合が悪くなければ、泊まっていってください﹂ どうしようかな⋮⋮。 まぁ、これといって用もないし家には連絡いれとけばいいだろう。 ﹁お姉ちゃん、今日お泊まりー?﹂ ﹁ん、じゃあ泊まっちゃおうかな﹂ ﹁わーい!﹂ 抱きついてきた千華ちゃんを受け止める。 ﹁それじゃあ本格的にお世話になります﹂ 336 ﹁はい。 ごゆっくり﹂ それから後もしばらくは龍の部屋でのんびりしてた。 ついでに家に連絡もいれた ﹁佳亜ちゃーん、お風呂どうぞー﹂ ﹁あ、はーい。 てか、龍は? 風呂入んないのか?﹂ ﹁あ、僕はあとで入ります。 お先にどうぞ﹂ ﹁そっか、悪いな。 じゃ、お言葉に甘えて﹂ ︵あ、服⋮⋮︶ どうしようかと思ったけど、龍のお母さんが用意してくれるらしい からお任せしよう。 337 338 ゲーム︵前書き︶ 最近の悩み。 龍くん宅のお泊まり話が終わってすぐ妹ちゃんの誕生日話いれるか、 お泊まり話が終わって軽く別の話を挟むか。 すぐ誕生日話いれると龍斗率︵↑笑︶高くなりそうだし、 閑話いれてもなんか無駄な感じが拭えない⋮⋮。 さて、どうしよう。 と、多忙さが和らぐ兆しが見えてきました。 おそらく明日からは朝に更新できるんじゃないかな、と思います。 とりあえずご報告を。 前書きで長々と失礼いたしました。 339 ゲーム ﹁上がったぜー﹂ 風呂から出て龍を呼びに行く。 ﹁あ、はーい⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁なんだよ?﹂ 顔をこっちの向けるなり固まりやがった。 なんなんだ。 ﹁あ、あの⋮⋮その服、どこで⋮⋮?﹂ ﹁え? ああ、これか。 龍のお母さんが貸してくれたんだけど?﹂ ﹁か、母さん⋮⋮﹂ 俺が着てるのは普通のTシャツに普通の短パン。 ただTシャツはサイズがデカイ。 340 ﹁もしかしてこれ龍の?﹂ ﹁⋮⋮はい、僕のです﹂ ﹁マジか﹂ どうりでサイズがデカイわけだ。 ﹁悪い。 嫌だったら脱ぐよ﹂ ﹁脱⋮⋮!? いやいやいいです! 嫌じゃないですから!﹂ ﹁そうか?﹂ 龍のお母さんの着替えでも借りようかと思ったけど、いいならいい や。 ﹁⋮⋮僕、頭冷やし⋮⋮じゃなくて、風呂入ってきます﹂ ﹁俺、この部屋にいていい?﹂ ﹁はい、どうぞ。 よかったらゲームでもしててください﹂ 341 ﹁マジ? いいの?﹂ こいつの部屋、面白そうなゲームめちゃくちゃあって見てたんだ。 ﹁はい。 好きなようにくつろいでください﹂ ﹁やった、ありがと﹂ ちょっとウキウキしつつゲームを弄る。 せっかくだからゲームしよう。 どれにしよっかな⋮⋮。 クリアできないとは思いつつ、俺はRPGのホラーを手に取った。 あれだ、あのゾンビの有名ゲームだ。 ケースから中身を取り出して本体にいれてコントローラーを準備し た。 342 チュートリアルを見てゲームを始める。 チュートリアルとばす人もいるけど、俺はしっかり見る派なんだよ。 よし、それじゃあとりあえず軽く操作に慣れよう。 343 龍の苦悩︵前書き︶ 後書きにおまけ投下です。 龍くんの苦悩があります。 344 龍の苦悩 まだゲーム中。 つーか、行き詰まった。 なにこれ、どうすればいいの。 アイテム見つかんないし、通路見つかんないし、ゾンビは出るのに 銃弾少なすぎるし。 弾がもったいないからナイフとかで戦ってるけどドアップのゾンビ 怖ぇ。 ﹁上がりましたー。 あれ、先輩髪乾かしてないんですか?﹂ ﹁龍、ナイス。 これやって﹂ 部屋のドアが開いて、風呂から龍が戻ってきた。 ちょうどよかった。 ゲーム進めてもらお。 345 ﹁ああ、これですか。 ここ、僕も最初は出来なかったんですよ﹂ ﹁へぇ﹂ とかなんとか喋りつつ、ゲームを進めてくれた。 ﹁おおー、こんなとこに通路が。 さすが慣れてるな﹂ ﹁ここまででいいですか?﹂ ﹁うん、サンキュ﹂ 龍からコントローラーを受け取っる。 ﹁先輩、髪乾かさないと風邪ひきますよ? 髪長いんですし⋮⋮﹂ ﹁えー、めんどくさい﹂ ﹁ダメですよ。 ドライヤー準備しますよ? やっぱり乾かさないと﹂ 346 そう言ってドライヤーを準備された。 お前はお母さんか。 でもゲームしたいしな⋮⋮。 ﹁んー⋮⋮龍、今ヒマ?﹂ ﹁え? まぁ、ヒマですけど⋮⋮﹂ ﹁やってくんない?﹂ ﹁え?﹂ ﹁髪。 やってくんない?﹂ ﹁でも⋮⋮あの⋮⋮。 じょ、女性の髪触るのって、ちょっとダメじゃないですか?﹂ ﹁え、なんで?﹂ ﹁なんでって⋮⋮﹂ なにがダメなんだろう。 他の人に乾かしてもらうのってダメなん? 347 ﹁ねぇ、お願い。 やってくんない?﹂ ﹁⋮⋮わかりました。 やらせていただきます﹂ こいつ、お願いって言うと絶対断らないんだ。 これは昔からたまに使う手段だ。 たまに、だよ。 ホントにたまに。 ホントだってば。 348 龍の苦悩︵後書き︶ おまけ︵龍斗side、思考のみ︶ ︱︱︱︱ 普通、男に髪触られるのって嫌がるものじゃないのかな⋮⋮。 でも、それならそれで信頼されてるってことだし⋮⋮喜ぶべき? ハッ、でももし根本的に僕のこと男として見てないんだったら⋮⋮。 いや、さすがの先輩でもそこまでは⋮⋮ない、と、思いたい。 それにしても、乾かすだけとはいえ髪触るのって緊張する⋮⋮。 ⋮⋮先輩、ホントにわかってますか? 僕だって男なんですよ! ⋮⋮はぁ。 しっかり乾かしてあげて風邪ひかないようにさせなくちや。 ︱︱︱︱ 龍くんの苦悩︵笑︶ 佳亜はそういうのに鈍そうだなぁ、逆に龍くんは敏感そうだなぁ、 と思った結果出来上がりました。 佳亜って意外と甘え上手なのかもしれない、とも思った今回。 349 この2人、今後どうなるのか見ものですね。 ちなみに作者もまだ決めてません。 なるようになれ! 長々と失礼しました。 ここまで読んでくださってありがとうございます! 350 夏の夜長︵前書き︶ 今回会話文のみです。 ちなみに龍くん、ゲームめちゃめちゃ上手いです。 数持ってるだけあってテクニックはんぱないですね。 351 夏の夜長 ﹁うわー、強い。 こいつすげぇ﹂ ﹁強いって⋮⋮格闘ゲームじゃないですよ? ていうかゾンビですし﹂ ﹁あちち﹂ ﹁あっ、すいません!﹂ ﹁いいよいいよ﹂ ﹁先輩、そこの窓から出るとゾンビだらけです。 遠回りしたほうがいいですよ﹂ ﹁マジか。 遠回りー⋮⋮って、遠回りしてもいるなゾンビ。 多くはないけど﹂ ﹁先輩って普段なにしてるんですか?﹂ ﹁普段? 普段って⋮⋮家で?﹂ ﹁はい。 なんかずっとコーラ飲んでるイメージがあります﹂ 352 ﹁よくわかってるな﹂ ﹁当たってるんですか⋮⋮。 先輩、お酒強そうですね﹂ ﹁ああ、それよく言われる。 なんでだろ? 炭酸=酒のイメージがあるんかな﹂ ﹁飲んだことないからそんなイメージになるんでしょうね。 あとアルコールとコーラで割る酒ありますし﹂ ﹁ふーん。 で、そういうお前はなにしてんの?﹂ ﹁そうですね⋮⋮休みの日も部活とかありますし⋮⋮部活なかった らゲームとかですね﹂ ﹁お前部活してんの? 何部?﹂ ﹁してますよ。 柔道部です﹂ ﹁マジで? なんか意外だな。 部活やってもサッカーとかやりそうなイメージなのに﹂ ﹁よく言われます。 でも強くなりたいなぁと思ったんで﹂ 353 ﹁へぇ、すげぇな。 かっこいいじゃん柔道﹂ ﹁そ、そうですか? ありがとうございます﹂ ﹁試合とか出んの?﹂ ﹁はい。 大会があったり親善試合があったりしますから﹂ ﹁どう? 勝ったりする?﹂ ﹁まぁ、一応は⋮⋮。 これでも副部長ですし﹂ ﹁マジか、知らなかった! お前すげぇな!﹂ ﹁が、頑張りましたから⋮⋮﹂ ﹁いいな、柔道。 今度試合あったら呼んで?﹂ ﹁は、はい! ぜひ!﹂ 354 ﹁先輩、髪乾きましたよ﹂ ﹁ん、ありがと。 ⋮⋮って、ちょっ、ムリムリ。 ゾンビ多っ。 龍やって﹂ ﹁いいですよ﹂ ﹁⋮⋮おおー﹂ ﹁は、拍手されるほどのことじゃないですよ⋮⋮﹂ ﹁いや、あまりにも手際よくて。 なぁ、ベッドに寄り掛かっていい?﹂ ﹁はい、どうぞ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁先輩? もしかして眠いんですか?﹂ ﹁ううん、別に﹂ ﹁⋮⋮先輩﹂ ﹁⋮⋮なに?﹂ 355 ﹁覚えてますか? 中学の時⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮先輩?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮スー、⋮⋮スー、﹂ ﹁寝ちゃいましたか⋮⋮﹂ ︵ちょっと、アタックしてみようと思ったのに⋮⋮失敗。 次っ! 次こそはきっと!!︶ 356 思い出 −side龍斗−︵前書き︶ 後書きにちょっとした挨拶的なものを投下しました。 そして一瞬龍くん登場。 読んでくださると嬉しいです。 357 思い出 −side龍斗− ︵どうしよう⋮⋮このままじゃ身体痛くなっちゃうし⋮⋮。 先輩、すいません。 ちょっと失礼します︶ ベッドに寄り掛かって寝てる先輩。 せめてベッドで寝てもらわなきゃ⋮⋮。 ⋮⋮僕のベッドだけど、大丈夫だよね。 先輩を起こさないようにゆっくりベッドに寝かせる。 ⋮⋮寝かせるため! 寝かせるためだけど⋮⋮密着! 頑張れ僕の心臓! てゆーか静かにして! 心臓の音で先輩が起きたら僕もう泣きたくなるから!! どうにかこうにか先輩を起こさずに寝かせられた。 タオルケットを掛けて、完了。 358 つ、疲れた⋮⋮。 ⋮⋮先輩、覚えてないのかな⋮⋮? 中学の時のこと⋮⋮。 ﹃大丈夫か?﹄ ﹃はい⋮⋮﹄ この頃の僕はよく絡まれた。 先輩の近くにいるし、当然だとは思ったけど⋮⋮そもそも見た目が 弱そうだったし。 それでもイジメをされなかったのは、それもやっぱり先輩の近くに いたからだと思う。 先輩がよく助けてくれたし⋮⋮。 ﹃ところで、なんで絡まれてたんだよ?﹄ ﹃え? えっと、ですね⋮⋮﹄ 359 先輩のそばにいるから絡まれます、なんて言えるはずもなく。 しかも言ったら先輩のほうから避ける可能性が高いから言いたくな い。 ﹃まぁ、いろいろ、です﹄ ﹃好きなタイプ、ねぇ⋮⋮?﹄ ﹃⋮⋮!!?﹄ その日の帰り道、メールを受信して携帯を開いた先輩の呟き。 ﹃好きなタイプ、って⋮⋮ど、どうしたんですか?﹄ ﹃ん、なんかメールで。 好きなタイプあんの?、ってさ﹄ ﹃はぁ、なるほど⋮⋮﹄ つまり男からのメールですね⋮⋮。 いつのまにアドレスを⋮⋮。 ﹃あんの?、って失礼だな。 360 タイプくらいあるに決まってるだろ﹄ ﹃あるんですか!!﹄ この時の驚きは今でも忘れない。 ﹃いやだから当たり前だろ? 失礼な﹄ ﹃す、すいません。 なんか意外で⋮⋮。 好きになった人がタイプ、とかよくあるじゃないですか﹄ ﹃あー、ああいうのは嘘だな。 結局は自分の好みに合った人を好きになるんだよ。 好きになった人がタイプなんて当たり前﹄ ﹃な、なるほど⋮⋮﹄ わかる気がする。 ﹃⋮⋮じゃあ、先輩のタイプってどんな人ですか?﹄ この時の僕はすごく勇気を振り絞った。 今思い出しても、5年分の勇気を全部注ぎ込んだくらいに感じる。 ﹃タイプか⋮⋮一言では表しにくいけど、強い男がいいかな。 361 いざって時に頼りになる人がいい﹄ ﹃強い、って⋮⋮内面ですか?﹄ ﹃うーん⋮⋮内面もそうだけど、力が強いのもいいな。 俺が出来ない事とかいろいろ頼めるじゃん?﹄ ﹃⋮⋮﹄ ⋮⋮先輩、覚えてるのかな? 忘れてはないと思うけど⋮⋮微妙。 ︵⋮⋮柔道も副部長も、先輩のためにやってるんですよ。 強い男になろうと頑張ってるんです。 今は知らないでしょうけど、いつか必ず知ってもらいますからね︶ ⋮⋮とはいっても、内面はまだ全然強くない僕には先輩と同じ部屋 で寝る勇気なんてなくて。 先輩にタオルケットを掛け直して、部屋の電気を消してから静かに 部屋を出た。 362 363 思い出 −side龍斗−︵後書き︶ ある意味龍くんの苦悩︵笑︶ あらためて思いますがヘタレですね、龍くん。 リアル友人に聞かれましたが、佳亜と龍くんはどうなるか作者にも わかんないんですね。 龍くんへの応援メッセージ募集︵笑︶します。 龍﹁笑わないでください! 必死なんですよ僕は!﹂ はいはい、頑張ってくれよヘタレ王。 と、いつのまにやら今話で60話目になったようです。 ちょうどいい節目の50話目は気付かずスルーしちゃったので⋮⋮。 いつもこんな駄文を読んでくださってありがとうございます。 連載開始から今まで毎日更新を続けてこれたのは今これを見ている あなたのおかげです。 作者共々、これからも﹃俺の日常はこんな感じ。﹄をよろしくお願 いします。 364 ﹁よろしくお願いします! 僕の応援も、お願いします!!﹂ 長々と失礼いたしました。 ここまで読んでくださってありがとうございました! 365 ハプニング ⋮⋮目が覚めた。 ここ、龍の部屋か⋮⋮。 そういえばなんか話してるうちに寝ちゃったな。 つーか、寝返りのせいでTシャツから肩やら腹やらが出てる。 まぁ、もともとでかいTシャツだからしょうがねぇ。 誰にも見られてないことを祈ろう。 自分の家ならこのまま二度寝してもいいだろうけど、人の家じゃそ うはいかない。 ってことで、さぁTシャツを直すぜ。 というとこで部屋のドアがガチャッと開いた。 ﹁先輩、起きてま⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮わーお﹂ 366 ﹁⋮⋮すっ、⋮⋮すみませんっ!!﹂ 龍は赤い顔を両手で隠しながら走り去っていった。 悲鳴でもあげそうな勢いだ。 俺、1人ぽかん。 ⋮⋮あれ、普通逆じゃね? ﹁悪いな、見苦しいもの見せて﹂ ﹁いえ、そんなことは⋮⋮﹂ ﹁あとベッド。 使っちゃってごめん、ありがと﹂ ﹁いえ、それは全然いいですよ﹂ 朝飯をいただいて、皿の片付けを手伝ってる最中に謝っておいた。 ﹁⋮⋮その、先輩は大丈夫なんですか? 見られても⋮⋮﹂ 367 ﹁まぁ別に。 大事なとこ隠れてりゃいいんだよ。 水着がいい例だな﹂ ﹁⋮⋮﹂ ⋮⋮こいつはいちいち顔赤くするよな。 実は意外と純情なのかもしれない。 ﹁お前、彼女いたことないの?﹂ ﹁⋮⋮ないですよ﹂ ﹁一度も?﹂ ﹁⋮⋮ないです﹂ ﹁マジか。 ああ、そりゃ純情になるわ﹂ ﹁すいません、聞き取れませんでした。 なにか言いました?﹂ ﹁いや、こっちの話で﹂ 女と違って男は女性と一度付き合ってみるべきだと思うんだよね。 368 世間一般的に難しいと言われる女性の扱いは経験してたほうがいい。 まぁ、んなことは今はどうでもいい話だけど。 ﹁お世話になりました﹂ ﹁はい。 また来てね﹂ ﹁ばいばい、お姉ちゃん。 お誕生日パーティー絶対来てね!﹂ ﹁ありがとうございました。 またね、千華ちゃん﹂ その誕生日パーティーのプレゼントを買いに行くために、少し早め に龍の家を出ることにした。 ﹁近くまで送りましょうか?﹂ ﹁いや、いいよ。 寄るとこあるから﹂ 369 ﹁そうですか⋮⋮﹂ ﹁あ、うん、また今度お願いするから。 その時はよろしく﹂ ﹁はい!﹂ やめてくれ。 そうあからさまにシュンとされると悪いことしてる気分になる。 ﹁楽しかったよ。 また来ていい?﹂ ﹁はい、是非!﹂ ﹁サンキュ。 それじゃ﹂ さて、千華ちゃんのプレゼント⋮⋮なににしようかな。 370 性格 −side香− ふと思ったこと。 私ってどんな性格だろう? 嫉妬深いかな? わがままかな? めんどくさいかな? ︵私は⋮⋮どんな性格なんだろう?︶ 学校に来た。 いつも一緒の私達4人。 いつもの変わらない風景。 でも今日はいつもと違った。 学校には私達以外誰もいなかった。 371 私達は不安で胸がざわついた。 でも、ただ1人。 みっきーだけは、こんなときでもいつもと同じように冷静で。 だから私達はみっきーにどうしたらいいか訊いた。 みっきーはいつもより低い声で静かに言った。 ﹁⋮⋮逃げるぞ﹂ 私達は走ってた。 私は走ってる感覚も忘れるくらい必死で走ってた。 私達の後ろからは、さらに人が走ってきてた。 それが誰かなんてわからなかったけど、いくつかわかることがあっ た。 372 その人は私達を追いかけてきてること。 その人に追い付かれるとヤバいこと。 その人の右手が血だらけなこと。 その人の手にはナイフの刃の部分が握られてたこと。 追い付かれたらどうなるか⋮⋮そんなことはすぐにわかった。 だから必死で逃げた。 校内を、最初は4人で一緒に逃げてた。 でも別れ道に差し掛かって⋮⋮。 私とみっきー、さっちゃんと心、2人ずつに別れた。 みっきーと一緒だったのに安心したのもつかの間、”その人”は私 達のほうを追いかけてきた。 もう泣きたくなって立ち止まりそうになる私を、みっきーは走りな がら私の手首を掴んで黙って引っ張った。 373 そのまま走って、何度か振りほどこうとしてもみっきーは私の手首 をしっかり掴んで引っ張りながら走ってた。 そうこうしてるうちに、校舎の行き止まりが見えてきた。 すぐ横のガラス張りの扉を開けないと逃げられない。 みっきーが鍵を開けて扉に手をかけたところで、”その人”はすぐ 近くまできてた。 ﹁⋮⋮先に逃げろ﹂ みっきーは扉を少し開けると、その隙間から私を押し出した。 それより少し前に、みっきーは”その人”に肩を掴まれていて。 ガラス越しに”その人”がみっきーにナイフを振り上げてるところ が見えた。 ナイフを突き刺そうとする様子、みっきーを掴んでる手。 374 いろんなものが一気に見えて、”その人”に対して今まで生きてき た中で一番ってくらいの怒りが湧いてきた。 刺そうとするのもヤバいけど、何よりみっきーを掴んでる手をどう にか引き剥がしたくなった。 ﹁⋮⋮っ、さわるなっ!!!!﹂ 私は思いっきり叫んで、すぐそばにあった竹箒で”その人”を力一 杯殴った。 ﹁⋮⋮っていう夢をみたの﹂ ﹃はぁ、そう⋮⋮。 それでこんな深夜に電話してきたわけか﹄ ﹁うん、ごめん。 なんか気になっちゃって﹂ 夢の中で”その人”を力一杯殴ったあと、私はすぐに飛び起きた。 心臓がドクドク音を立ててうるさくて、息があがってて。 375 そのまますぐにみっきーに電話してしまった。 ﹃午前4時って⋮⋮なんて中途半端な﹄ ﹁ごめんね﹂ ﹃まぁいいけど﹄ みっきーがあくびする音が聞こえてくる。 ﹁みっきー、私のこと見捨てないで引っ張ってくれてありがとう。 先に逃がそうとしてくれてありがとう﹂ ﹃いやそれお前の夢の中の話だろ﹄ そうなんだけど⋮⋮でもみっきーって、本当にこんなことが起こっ たら夢の中と同じようにすると思うんだよね。 ﹃つーか、お前こそ。 俺のこと助けてくれてありがと﹄ ﹁⋮⋮えへへ﹂ なんであんな夢みたんだろ? 376 そういえば寝る前に自分の性格について考えたっけ⋮⋮。 そのせい? 結局、自分の性格はわからないまま。 でも⋮⋮いい気分で眠れそう。 おやすみなさい。 377 誕生日パーティー ﹁いらっしゃーい!﹂ ﹁お邪魔します﹂ 出迎えにきてくれた千華ちゃんに手を引かれて居間に入った。 ﹁﹁こんにちはー﹂﹂ ﹁こんにちは﹂ 今日は千華ちゃんに誘われた誕生日パーティーに来た。 居間には千華ちゃんの友達らしい2人と龍がいた。 ﹁よ。 この間はありがと﹂ ﹁いえいえ。 あ、先輩ここに座ってください﹂ 龍に勧められた椅子に座る。 ﹁いらっしゃい、佳亜ちゃん。 378 来てくれてありがとう﹂ ﹁いいえ、ちょうど暇でしたから。 千華ちゃんから誘ってもらえてよかったです﹂ 龍のお母さんはテキパキと料理を並べていく。 ﹁あ、食器並べときますよ﹂ ﹁あらそう? じゃあお願いするわ﹂ 龍のお母さんから食器を受け取った。 ﹁はい﹂ 隣にいる龍には直渡し。 千華ちゃん達の分はテーブルに。 ﹁お姉ちゃん! あのね、千華のお友達の美嘉ちゃんと美奈ちゃん! 2人はね、双子なの﹂ たしかによく似てる。 379 ﹁そっか。 仲良しでいいね﹂ ﹁うん!﹂ ﹁はーい、ケーキよ﹂ ﹁わぁ!﹂ 人数が人数だからか、結構でかいホールケーキが運ばれてきた。 ケーキには火がつけられたろうそくが飾ってある。 ﹁﹁ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデーディア千華ちゃーん♪ ハッピバースデートゥーユー♪﹂﹂ ﹁すぅ⋮⋮ふぅー!﹂ ﹃おめでとうー!﹄ 双子ちゃん達が歌を歌って千華ちゃんがろうそくを消したところで みんな拍手した。 380 ﹁さーて、こんなに大きなケーキ⋮⋮どう切りましょう?﹂ ﹁全部同じくらいの量で切るの?﹂ ﹁そうね。 大きいから1人あたりの量は少し多めかしら﹂ 龍のお母さんはどう包丁をいれるべきか悩んでる。 ﹁あ、よかったら任せてください﹂ ﹁佳亜ちゃんが切ってくれるの?﹂ ﹁はい。 目分量ですけど﹂ 渡された包丁を受け取ってケーキを切り分けていく。 ﹁あらぁ、どれもピッタリ同じ!﹂ ﹁目分量ですから完全にピッタリではないですけど、そんなに差は ないと思います﹂ 俺、目分量なら多分誰よりも正確に近付けると思う。 381 こういうケーキとかなら、なんとなく切るべき線が見えるんだ。 目分量が得意な人なら理解できるかもしれない。 ﹁チョコのプレートは千華ちゃんに、と⋮⋮ここでいいかな?﹂ ケーキに立て掛けるようにして皿の端に置いた。 ﹁うん、お姉ちゃんありがとう!﹂ ﹁どういたしまして﹂ 龍のお母さんが配ったクラッカーを全員が持つ クラッカーの音と共に、誕生日パーティーが始まった。 382 誕生日パーティー 2︵前書き︶ 今回で夏休み話は終了かな、と思ってます。 おそらく、次回からは2学期に入りますので。 よろしくお願いします! 383 誕生日パーティー 2 ﹁はい、千華ちゃん!﹂ ﹁プレゼント!﹂ クラッカーを片付けるとすぐ双子ちゃんがラッピングされた包みを 出した。 ﹁わぁ! ありがとう!!﹂ 千華ちゃんは嬉しそうに受け取る。 ﹁これは兄ちゃんから﹂ ﹁お母さんからもプレゼントよ﹂ ﹁おめでとう千華ちゃん﹂ それぞれがプレゼントを渡した。 ﹁わぁ⋮⋮こんなにたくさん!﹂ たくさんのプレゼントに囲まれる。 384 幼い子にとってこれほど嬉しいもんはないだろう。 楽しそうに笑う千華ちゃんを眺めてると龍が小声で話し掛けてきた。 ﹁先輩。 僕が渡すプレゼント選んでもらっちゃいましたけど⋮⋮大丈夫でし た?﹂ ﹁何が?﹂ ﹁先輩が渡す分のプレゼントですよ。 選ぶの大変だったんじゃないですか?﹂ ﹁いや別に。 コップにしたよ﹂ ﹁どうしてコップに?﹂ ﹁もともとコップかお前がプレゼントしたハンカチか、どっちかが 無難かなぁと思ってたからな。 コップもハンカチも柄の選択ミスさえしなければ毎日使ってくれる だろうし﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ ﹁ほら龍、頑張れ!﹂ 385 ﹁お兄ちゃんファイト!﹂ ﹁わかってますよー!!﹂ 特別やることもないから、みんなでゲームを始めた。 ピンチになったら龍にパス。 ﹁先輩、ちょっと回数多くないですか!?﹂ ﹁気のせい気のせい﹂ まぁ、それから後もなんやかんやしてたらすぐに時間は過ぎた。 ﹁あら、もう5時だわ。 美奈ちゃん達、そろそろ帰らないとお家の人が心配するわね﹂ ﹁えー!? もっと遊びたい⋮⋮﹂ ﹁千華、また今度にしましょう? お兄ちゃんと一緒に美奈ちゃん達を送っていってらっしゃい﹂ ﹁はーい﹂ 386 俺もそろそろ帰ろう。 部屋を軽く片付ける。 食器をテーブルの端に寄せて、ゲーム機はコードを束ねて置いとく。 ﹁あらあら、いいのよ佳亜ちゃん﹂ ﹁いえ、ほんの少しですから。 そろそろ帰ります。 ありがとうございました﹂ ﹁こちらこそ。 来てくれてありがとう﹂ お互いにちょっとだけ頭を下げた。 ﹁先輩、送りますよ。 2人を送ったあとでもいいですか?﹂ ﹁うん、ありがと﹂ 本当なら途中まででいい、と言うべきとこだがあえて言わない。 こいつ、へこみそうだし。 387 素直に送ってもらおう。 ﹁お姉ちゃん、来てくれてありがとう! また来てね!﹂ ﹁ん、また来るからお出迎えよろしくね﹂ ﹁うん!﹂ ちょっと早めに挨拶を済ませておく。 全員が帰る準備を終えて外に出た。 さすが夏。 まだ外はだいぶ明るい。 俺達はそれぞれ話しながら帰路についた。 388 2学期︵前書き︶ 夏休みの課題⋮⋮佳亜は多分残り2日くらいで一気に終わらせちゃ うんだろうなぁ、と思いました。 389 2学期 ﹁おはよ﹂ ﹁みっきー! 久しぶりー!﹂ ﹁ん、久しぶり﹂ 今日から2学期だ。 夏休みが終わってもまだまだ暑い。 ﹁みっきー、宿題やった?﹂ ﹁まぁ。 解答あったし﹂ ﹁解答丸写しか!﹂ ﹁おいおい、なめてもらっちゃ困るぜ香さん。 丸写しなんてのはバカのやることだ﹂ ﹁なんだ、そうだよね。 みっきーならちゃんと自力で﹂ 390 ﹁ああ。 自力でちょこちょこ解答方法変えて写したぜ﹂ ﹁をい!﹂ 丸写しなんて﹃解答見てやりました﹄って言ってるようなもんだ。 ちゃんと頭使わなきゃな。 ﹁みっきー、頭の使い方間違ってると思う⋮⋮﹂ ﹁お前ちゃんと自力でやったんだ? うわ、真面目ー。 えらいな﹂ ﹁そりゃ、夏休みだし⋮⋮﹂ ﹁解答なんてのはな、写すためにあるんだよ。 どうせ夏休みに勉強してもテストまでに忘れるんだし﹂ そう、どうせ忘れるんだ。 そもそも俺みたいな短期集中型に長い日数での勉強は向かない。 391 ﹁ほら、あれ見ろ﹂ ﹁あれ?﹂ 俺が指差したのは男子生徒。 今まさに宿題を提出しようとしてる。 ﹁表情から察するに、あいつも解答写した雰囲気だ。 でも多分丸写しじゃないはず。 で、それを踏まえたうえで見てろよ?﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 俺達は男子生徒と先生の会話も含めて観察する。 ﹁先生、提出します﹂ ﹁ああ。 ⋮⋮⋮⋮﹂ 先生は中身を確認中だ。 ﹁⋮⋮お前、写したなぁ!?﹂ ﹁えええ!?﹂ 392 ﹁中身が出来すぎなんだよ!﹂ なぜ先生にバレたのか。 答えは簡単。 ﹁たとえ丸写しじゃなくても個人の能力に見合っただけの中身じゃ ないとダメだ。 正解が多すぎたりとかな。 その辺の調整が上手くなきゃ、ああなる﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ ﹁香ちゃん、そこ感心するとこじゃないと思うな⋮⋮﹂ 時間に余裕があるなら自力でやるほうがいいに決まってる。 でも夏休み終了5日前とかになっても﹃ズルはダメ﹄なんて言って る良い子ちゃんはバカだ。 良い子でいたいならコツコツやりゃいいだけの話。 解答は写すためにあるんだよ。 393 もう一度。 解答は、写すために、あるんだよ。 大事なことだから二回言いました。 みんなも宿題は上手に写そう。 394 打ち合わせ︵前書き︶ 今日は投稿する時間がなさそう⋮⋮。 ということで、今のうちに今日の分の投稿しときます。 395 打ち合わせ どうもこんにちは。 始業式終わりーの、テスト終わりーの。 2学期が始まって1週間が経ちました。 まぁ、こんな前フリはどうでもいい。 忘れられてるかもしれないけど、2学期が始まって少しすると体育 祭がある。 さらに忘れられてると思うから改めて説明しよう。 うちの体育祭は球技大会混じり。 学年ごとの組分けで3年は赤組だ。 1学期の時点で俺と香はバスケ、瀬田は800メートル走、隊長は バレーを選択してあった。 まぁ、出場種目はそれだけじゃないんだけど。 396 今はバスケ出場メンバーで集まって打ち合わせ中だ。 ﹁おい、女子組のリーダーは三木に任せるぞ﹂ ﹁いや、なんでやねん﹂ 頭の中で説明してるうちになんか決まってた。 声を掛けてきたのは男子バスケ部部長だ。 ﹁お前頭いいじゃん﹂ ﹁それ成績での話だろ。 つーか、だからなんだ。 バスケと関係ないじゃん﹂ ﹁策士みたいな? バスケ部いるし、好きに動かして﹂ 普通バスケ部がリーダーだろ⋮⋮。 ﹁まぁいいや。 リーダーとエースは別物だし。 397 エースよろしく﹂ ﹁はーい﹂ バスケ部の女子︵バスケメンバーの中のバスケ部では1番上手いと 噂︶にエースを任せる。 リーダーなんて名前だけだ。 ただなんとなーく問題らしいことが起こった時だけ指示だせばいい。 気楽にやろう。 ﹁みっきー、頑張ってね!﹂ ﹁ああ。 気楽に頑張るよ ﹂ そうそう。 俺達の出場種目、今のうちに言っておこうかな。 398 とりあえず全員参加の100メートル走。 あと、隊長が応援団だ。 それだけ。 体育祭はなかなかにめんどくさい。 適度に参加して適度にサボるのが一番だ。 399 合同 ﹁あー、疲れた﹂ もう体育祭まで1週間もない。 整列とかの練習も切り詰められる。 ﹁みっきー、飲み物少しちょうだい?﹂ ﹁いいよ﹂ ﹁ありがとー﹂ 俺達は休憩時間を木陰で過ごす。 ﹁ふぅ、涼しい⋮⋮ん?﹂ ﹁⋮⋮あ﹂ 風に吹かれてると誰かと目が合った。 あれは⋮⋮龍じゃん。 400 ﹁よ。 どした? こっちくれば?﹂ ﹁あ、えっと⋮⋮﹂ 龍は少しこっちに近づく。 ﹁みっきー、誰?﹂ ﹁中学同じだった後輩。 ここの2年生だよ﹂ ﹁へぇー。 初めて知った﹂ ﹁あいつがここの生徒だってこと、俺もつい最近まで知らなかった んだ﹂ 香達に紹介するか。 龍斗です﹂ ﹁龍、軽ーく自己紹介﹂ ﹁あ、はい。 えっと、神谷 ﹁ん。 401 で、こっちは俺の友達﹂ それぞれ自己紹介を終える。 ﹁で、なにか用だった?﹂ ﹁はい、ちょっと。 あの⋮⋮もし、よかったら、⋮⋮2・3年生の合同種目に⋮⋮一緒 に出てもらえませんか?﹂ ﹁合同種目?﹂ そういやそんなのあったな。 親交を深めるために、とかで。 ﹁内容は当日発表だっけ?﹂ ﹁はい。 ⋮⋮あ、あの、忙しかったら⋮⋮﹂ ﹁いいぜ、出るよ﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ﹁可愛い後輩の頼みだ。 出てやんよ﹂ 402 ﹁こ、後輩⋮⋮﹂ ﹁でも俺運動神経よくないから。 そこんとこよろしく﹂ ﹁は、はい!﹂ とりあえず。 俺の出場種目が増えました。 403 応援 ﹁隊長、お疲れ﹂ ﹁あ、みんな﹂ 今は昼休み。 中庭で応援団の練習をする隊長を応援にきた。 ﹁どう? もう完成した?﹂ ﹁うん、ほとんどね。 太鼓と合わせての振り付けだからタイミングが大変だけど﹂ もともと隊長は応援団をやりたいわけじゃなかった。 ウチのクラスから選出する応援団員が足りなかったから、単純にじ ゃんけんで決めたら隊長が負けたんだ。 ﹁衣装とかあんの?﹂ ﹁うん。 404 当日に着るんだけど、柄入りの袴みたいなハッピみたいな感じので ね。 ちょっとかっこいい衣装だよ﹂ ﹁へぇ。 楽しみにしてるよ﹂ 高校って結構行事も自由だ。 体育祭でも文化祭でも化粧してる人いるし、服もコスプレしてる人 がいたりする。 ウチの学校は被り物でリレーに出場する人が多い。 馬の頭部だけの被り物に体操服とか、ガチャ○ンの顔に上半身裸と か、リレーで見かけると不気味だ。 面白いけど。 ﹁みっきー、バスケのリーダーでしょ? 頑張ってね﹂ ﹁ああ。 必ず1勝はする﹂ 405 ﹁1勝?﹂ ﹁みっきーがね、先生と約束したの。 ﹃必ず1勝するからそのときはジュース奢って﹄って﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ 俺の代わりに香が説明する。 ﹁まぁそういうこと。 隊長の分も奢ってって頼んだから必ず1勝はするよ。 2勝目は保証しないけど﹂ ﹁みっきーらしいね⋮⋮﹂ 神に誓って約束しよう。 必ず1勝する。 そのあとは知らん。 406 設営 ﹁そっち、テント組み立ててー!﹂ ﹁あっ、そこダメ! 飲み物販売用に場所あけてて!﹂ いよいよ明日は体育祭。 だから掃除したり設営したりやってるわけだが、どこかみんな楽し そうだ。 まぁ、俺達はというと⋮⋮ ﹁ポンポン作り、座ってていいし簡単だし意外とラクだね。 みっきー、いい仕事見つけたね﹂ ﹁だろ﹂ 仕事しながらサボってるわけだ。 ﹁あ、ねぇ、みんなは明日親来る?﹂ 香が訊いてきた。 407 ﹁ウチは来るよ﹂ ﹁私のウチも﹂ ﹁アタシんちは来ないかな﹂ ﹁俺のとこも来ない﹂ 隊長と香のとこは来るのか。 マメだな。 ﹁親は来るけど、ご飯はみんなで食べたいなーと思うんだけど⋮⋮ どうかな?﹂ ﹁そりゃ俺と瀬田はいいけど⋮⋮大丈夫なのかそれ?﹂ せっかく親来てんのに。 ﹁いいのいいの﹂ ﹁ウチも大丈夫だよ﹂ ﹁そっか。 じゃ、そんな感じで﹂ まぁ大丈夫ならいいか。 408 ﹁さて、充分サボったし設営手伝うか﹂ ﹁真面目なのか不真面目なのかわかんない発言だ⋮⋮﹂ ﹁なに言ってんだ香さん? 俺が不真面目だったことなんて今まであるかい?﹂ ﹁ついさっきまで堂々とサボってたじゃないすか﹂ ﹁わかってるよ。 冗談だ﹂ そんな冗談はさておき、さっさと手伝って帰ろう。 早く帰ってゆっくりしたい。 どうせ明日は疲れるんだから。 あー、暑い。 シャワー浴びたい。 409 410 体育祭︵前書き︶ いよいよ体育祭話に入りますね。 なんか結構長くなる予感⋮⋮。 読んでくださってありがとうございます! 411 体育祭 待ちに待った体育祭。 正直、そんなに待ってないけども。 見事に快晴で体育祭日和ってとこか。 あー、くそ暑いぜ。 めんどくさい開会式は右から左へぬけていった。 ﹁いきなり100メートル走だね。 うへぇ、やだなぁ﹂ 香が日焼け止めを塗りながら言う。 ﹁嫌なもんはさっさと終わったほうがいいだろ﹂ ﹁そうだけどさ⋮⋮はぁ﹂ ﹁さて、あれ選ぶか﹂ ﹁みっきー、またやるんだね⋮⋮﹂ 412 ﹁もちろん﹂ あれとは何か。 ウチの学校の体育祭の名物だ。 ﹁被り物使う人ー﹂ ﹁はーい﹂ あれとはこれだ。 俺は毎回これつけて走るんだよ。 ﹁うわー、なんかシュール⋮⋮﹂ ﹁そうか﹂ 今年俺が選んだ被り物はゴジラの頭部だ。 別に深い意味はない。 ただ被ってみたくなっただけだ。 413 ちなみに首から下は普通に体操服。 そりゃ周りから見たらシュールだろうよ。 ﹁ねぇ、それちゃんと見えてるの?﹂ ﹁そこそこ﹂ そこそこ見えてりゃ普通に走れる。 多分大丈夫だ。 ﹁女子ー! 整列しろー!﹂ ﹃はーい﹄ 指定された場所にぞろぞろ人が集まり始める。 ﹁さ、行こうか﹂ ﹁うん。 でもなんかさも普通みたいに言われると⋮⋮﹂ ﹁目標は﹃子供が怖がらないゴジラ﹄だ﹂ 414 ﹁それ難しいよ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮よし、どお? ちょっと楽しそうにしてみたんだけど﹂ ﹁わからない! 顔が見えないから全然わからないよ! むしろなんか念じてるみたいで逆に怖いよ!﹂ ﹁⋮⋮まぁ、なるようになるさ﹂ 今年はゴジラでいく。 これはもう決めたし、すでに被ってるし。 しかしこのゴジラ、頭がやたらと重い。 415 100メートル走 ﹁位置について! よーい⋮⋮﹂ パンッとスターターピストルが鳴る。 第1走者が走り始めた。 ﹁うわ、ヤバい。 緊張してきた⋮⋮﹂ 香が呟く。 ﹁香、俺の顔を見ろ﹂ ﹁え? ⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は香にピースを送る。 もちろん顔はゴジラだ。 ﹁⋮⋮ありがとう、ちょっとだけ緊張ほぐれた﹂ ﹁そうか。 416 よかったな﹂ 被り物もなかなかバカに出来ないぜ。 ﹁っと、俺の列の番じゃん。 お先﹂ ﹁うん。 頑張ってね!﹂ ﹁ああ﹂ とは言ったものの、こういうのは足に自信がある人以外が本気にな っちゃいけない。 普通ぐらいの奴は頑張っても普通なんだ。 1列あたり6人走者。 無難に3位か4位くらいでゴールするのがちょうどいい。 俺は無難に走って、無難に4位でゴールした。 417 まぁ顔がゴジラだからそこは無難にとはいかないけど。 ゴジラで体育座りしてると、周りから見ればさぞかしシュールだろ う。 だからあえて体育座りするわけだ。 ︵お、香が走る番だな。 頑張れ︶ 心の中で応援しつつ、眺めていよう。 1位と2位がトップ争いしてる。 あ、こけた。 香は3位になったな。 おー、いいぞいいぞ。 そのまま逃げきれば3位でゴール出来る。 ⋮⋮よっしゃ、ゴール。 3位だ。 418 ゴールから3位の列に並ぶ香にピースを送ってやる。 香も気付いて息を切らしながらピースを返した。 うん、いいドヤ顔だな。 ちなみに100メートル走はAとBで2回に分けてある。 人数多いからな。 俺と香がA、瀬田と隊長がB。 瀬田は長距離のほうが得意らしい。 逆に隊長は長距離は全然ダメでも、短距離は得意らしい。 距離によって分野が違うのがよくわかる。 とりあえず、2人とも頑張れ。 419 バスケ どうやら今回のタイトルはバスケらしい。 が、別に俺達は運動神経がいいわけでもない。 だからバスケの描写っていらないと思うんだよね。 結論から言うと、1勝はしました。 しかし2勝はしませんでした。 以上。 1回戦目は普通に勝てたよ。 ちょっと積極的にシュートとか決めてみちゃったりして。 んで、2回戦。 あれは反則だと思うんだ。 なんたってメンバー全員がバスケ部なんだもの。 ああ、こりゃガチだな⋮⋮みたいな。 420 だからウチのメンバーのバスケ部に任せて、あとは端っこに突っ立 ってました、まる。 まぁ約束通り1勝したからジュース奢ってもらお。 そうそう、隊長と瀬田の100メートル走だけどな。 瀬田は4位。 隊長1位だったよ。 すげぇな隊長。 隊長がゴールテープ切った時はちょっと感動した。 ﹁ん? あれは⋮⋮﹂ 柳田さんじゃん。 これから800メートル走か。 頑張れ。 421 ︵柳田さん速いなぁ⋮⋮︶ 俺は柳田さんが走る姿をぼんやりと眺めてた。 香と隊長はトイレに行ってて、瀬田は柳田さんと同じく800メー トル走に出るからいない。 ﹁あっ⋮⋮﹂ 俺はうっかり声を漏らす。 柳田さん、こけた⋮⋮。 大丈夫かな⋮⋮。 422 飲み物 ﹁柳田さん﹂ 800メートル走を終えて生徒用のテントに戻ってきた柳田さんに 声を掛ける。 ﹁あっ、先輩⋮⋮あはは、見られちゃいましたよね⋮⋮﹂ ﹁ああ、見てたよ。 頑張ったな、お疲れ﹂ ﹁⋮⋮えへへ。 ありがとうございます﹂ 柳田さんは一瞬だけ真顔になった後、照れるように笑った。 ﹁足、見せて﹂ ﹁え⋮⋮でも⋮⋮﹂ ﹁救急箱借りてきたから﹂ どれどれ、足の具合は⋮⋮と。 423 出血は少ないけど擦りきれてるな。 しっかり消毒して薬塗ってガーゼ当てればとりあえず大丈夫かな。 ﹁⋮⋮ん、こんなもんかな。 不恰好でごめんね﹂ ﹁そんなことないです! ありがとうございます!!﹂ ﹁どういたしまして。 ありがとうついでにこれあげるよ﹂ ﹁え?﹂ スポーツドリンクの入ったペットボトルを柳田さんに渡した。 まだ未開封。 当然だ。 さっき救急箱借りに行った時に先生見つけて、約束通り飲み物奢っ てもらったからな。 ﹁でも、これ先輩のなんじゃ⋮⋮?﹂ 424 ﹁いいのいいの。 それタダでもらったやつだから。 遠慮しないで飲んじゃって﹂ 俺は気の利いた労いの言葉を掛けられるほどボキャブラリーは豊富 じゃない。 だからスポーツドリンクよ、労い代わりに柳田さんの水分になって くれ。 ﹁ただいま、みっきー﹂ ﹁ああ、おかえり﹂ ﹁さっきね、先生にジュース奢ってもらったよ。 みっきー、もう奢ってもらったってね。 何の飲み物にしたの?﹂ ﹁んー、お茶。 もう水筒に入れちゃった﹂ ﹁⋮⋮えへへ﹂ 柳田さんはスポーツドリンクをしっかり抱えて笑ってたらしい。 425 それを、香達と話してる俺が知るはずはない。 426 午後 ﹃これから昼食時間に入ります。 生徒の皆さんは1時間後には戻ってくるように。 それでは解散﹄ アナウンスが流れる。 やっと午後になったか。 あー、疲れた疲れた。 たいして競技出てないけど。 ﹁みっきー、お昼どこで食べる? 体育館も中庭も結構混んでるよ?﹂ ﹁大丈夫だ。 穴場がある﹂ ﹁おぉー﹂ 427 ﹁なかなか悪くないだろ﹂ 俺達が来たのは体育館と校舎の間。 普段は移動教室の通路として使う生徒もいるし、おそらく置き忘れ だと思わるけどベンチがある。 さらに、日陰で風通しが最高。 夏にはもってこいの場所だ。 ﹁ここ、いいね! 誰もいないし﹂ ﹁前から目をつけてたんだ。 一般客にはわかんない場所だしな﹂ ﹁だね! お弁当食べよー﹂ ベンチに座ってそれぞれ弁当を広げる。 ちなみに俺はパンだ。 ﹁そういえばみっきー、合同種目って何時?﹂ ﹁あー、何時だったかな⋮⋮。 428 結構終わりの方だったと思うけど﹂ つーかもしガチなリレーみたいなのがあったらヤバいな。 まぁせっかくの2・3年生合同種目だ。 そんなつまんないマネはしないだろう。 いざというときは龍がいるし大丈夫か。 そう結論付けて、俺はさっさとパンを食った。 429 誤算 ﹁みっきー!! これみて!﹂ ﹁ん? ⋮⋮⋮⋮﹂ これは⋮⋮。 ﹁ヤバい。 俺行ってくる﹂ ﹁いってらっしゃい! 頑張ってね!!﹂ 俺は走ってグラウンドに向かった。 終わりのほうだと思ってた合同種目。 香が見つけた、たまたま落ちてたプログラムを見るとそれは昼食時 間の2種目後にあった。 430 ﹁⋮⋮っ、龍!﹂ ﹁せ、先輩⋮⋮﹂ ちょうど合同種目の整列が始まったとこだった。 ﹁はぁ、ギリギリセーフか⋮⋮遅くなってごめん﹂ ﹁いえ⋮⋮来てくないかと思いました。 ありがとうございます!﹂ ﹁いやいや約束しといてドタキャンはないだろ﹂ さすがにそんな酷いことはしない。 遅刻はしちゃうけども。 ﹁競技内容の発表は?﹂ ﹁まだです。 本当に直前で発表するみたいですね﹂ ﹁足ひっぱったらごめん﹂ ﹁ぼ、僕がフォローしますから! 安心してください!﹂ 431 ﹁ああ、任せる。 頼りにしてるぜ﹂ 頑張ってくれ。 ﹃選手、入場﹄ アナウンスが流れる。 ﹁よし、行くか﹂ ﹁はい!﹂ 432 説明 ﹃まずは、ペアでバラバラになってください。 体力に自信がある人は赤の旗に集まったほうが有利ですよ﹄ アナウンスを聞きつつ周りを見る。 グラウンドのスタート地点は2つ。 ちょうど半周になるその場所にそれぞれ赤い旗と青い旗を持った人 がいる。 ﹁じゃあ俺、体力に自信ないから青い旗のほう行くわ﹂ ﹁はい。 頑張りましょうね!﹂ ﹁ああ﹂ 体力がある奴が有利⋮⋮ねぇ? つまりもう片方は体力以外に自信があったら有利ってことか。 ︵体力以外っつったら頭だよな⋮⋮。 433 うへぇ、勉強関連の問題みたいの出されたらアウトだ︶ 俺の勉強時間は短期集中型。 言ってしまえば一夜漬けだ。 そんなんで勉強内容が長期間頭に残ってるはずもなく。 ホント、入試には使えねぇな俺。 はぁ⋮⋮。 とりあえず並ぼう。 ⋮⋮最悪。 青い旗のほうの内容説明を受けた。 予想通り、こっちは頭脳系らしい。 脳トレ系からクイズ系、勉強系まである問題。 それを200メートルの間で分けて設置されてるくじ引きの箱から 434 選んで解いていくらしい。 全部で6問。 ⋮⋮ヤバい。 脳トレやクイズならまだしも、勉強の問題はちょっと⋮⋮。 まぁ解けない人のためになにかしらの措置はあるだろうし、なんと かなるか。 あとは龍に頑張ってもらおう。 ﹃それぞれ、競技内容の説明は受けましたね。 それではペアの人と最後の相談をどうぞ。 自分が得意な競技を選んで充分に能力を発揮してくださいね﹄ 最後の最後に選ばせてくれるんだ。 はじめから両方の説明聞かせてくれりゃいいのに。 まぁいいや。 決まったようなもんだし。 435 さっさと龍と話してこよう。 436 開始 ﹁なるほど⋮⋮そっちは知能重視ですか。 それなら尚更先輩に任せたほうがよさそうですね﹂ 俺のほうの説明を話して、龍のほうの説明も聞いた。 龍のほうはとことん体力重視らしい。 こっちと同じく、くじ引きでやることを決めるらしい。 逆立ちとか腕立て伏せとかかな。 ﹁あのな、俺脳トレなら得意だけど勉強系とか結構ダメなんだよ⋮ ⋮。 その分そっちが不利になったらごめんな﹂ そのせいでどんなハンデがあるかわからない。 先に謝っておく。 ﹁そういえば先輩、実は暗算とか苦手でしたね⋮⋮。 大丈夫です、任せて下さい!﹂ 437 ﹁ああ、助かる﹂ そう、俺暗算が出来ない人なんだ。 さすがに1桁は出来るけど、2桁以上になるとすぐ答えられない。 計算力ないんだよね。 だからやっぱ頭はよくないんだよ、俺。 いいのは記憶力だけ。 まぁそんな話、今はどうでもよくて。 とにかく、頑張ろう。 それから龍と軽く話して、青い旗のほうに戻ってきた。 もともと体力に自信ない俺が赤い旗のほうに行く勇気ねぇよな。 ︵それにしても⋮⋮なんかガリ勉っぽい人そこそこいるな︶ さらにヤバいかも? 438 いや、ガリ勉の人は脳トレとかに弱かったりするんだよな。 むしろ、そうであってくれ。 ﹃さぁ、もう決まりましたね。 まずは赤い旗にいる人、位置について下さい。 青い旗にいる人はそのまま待機ですよ。 競技の流れを説明します﹄ アナウンスによると、まずは赤旗組がスタートするらしい。 校庭を半周したら、今度は青旗にいるペアと一緒に二人三脚でスタ ート。 2人で進んでいって、途中に置かれたくじ引き箱から紙を選んで、 紙に書かれた問題に答えたら先に進む。 くじ引き箱は赤旗用と青旗用が2つ。 両方共クリアしないと進めない。 青旗組が問題に答えられなかったら20秒その場に停止。 その間、赤旗組のペアはクリアしても続けてなきゃいけない。 全部の問題をクリアしたらゴール、と。 うーん⋮⋮。 439 ああは言ったけど、なるべく龍に負担が掛かりすぎないようにしな くちゃ。 出来る限り頑張ろう。 440 スタート ﹃それでは、位置について⋮⋮よーい、スタート!﹄ 赤旗組がスタートした。 ﹁おお、龍早ぇ﹂ 他の人より一足先に俺のとこに着いた。 ﹁行きましょう、先輩!﹂ ﹁ん﹂ 互いの足を紐で結んで、二人三脚で進む。 ﹁なかなか悪くないんじゃね?﹂ ﹁ですね!﹂ 結構テンポがいい。 龍が合わせてくれるからバランスも崩れないし。 441 とか言ってるうちに最初のくじ引き箱に辿り着いた。 ﹃さぁ、くじを引いたら何の問題が書いてあるか読み上げてくださ い﹄ アナウンスが問題を読むらしい。 ﹁えーと、Bの11﹂ ﹁僕はTの2です﹂ ﹃はい、Tの2は﹃腹筋50回﹄です。 どうぞ始めてください。 Bの11の問題はこちら﹄ なんか絵が出てきた。 世界地図が描いてある。 ﹃現在のTPP加盟国はどこでしょう。 全てお答えください。 加盟交渉中は含みませんよ﹄ いきなりそんなハイレベルな⋮⋮! と思ったが、よく考えるとこの間授業でレポートまとめたっけ。 442 たしか⋮⋮ ﹁ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール﹂ ﹃ピンポンピンポン、正解でーす!﹄ ﹁よっしゃ﹂ これ、パソコンでレポートまとめしたんだよ。 パソコンで打つと結構文章とか覚える。 ラッキーだったな。 ﹁48、49、50! 終わりました!﹂ ﹃2人共クリアしましたね、どうぞ先に進んでください﹄ 紐を結び直して、二人三脚を始める。 意外と他のチームは手間取ってるな。 ガリ勉っぽい人達もいるけど、そんなに早くない。 これ、なかなかいい線いくんじゃね? 443 ﹃神谷くん三木さんのペアは順調ですね。 次のくじ引きに1着です。 それではくじの番号を言ってください﹄ ﹁俺はDの8﹂ ﹁僕はSの1です﹂ ﹃Sの1はペアの人が問題に答えるまで逆立ちです。 はじめてください。 それではDの8、いきます﹄ ひらがなが1文字ずつ書かれたプレートがたくさん出てきた。 ﹃そのプレートを並べ替えると芸能人の名前になります。 全部で文字、そのうち1文字はダミーです。 3人の芸能人の名前を答えてください。 制限時間は1分です。 はじめてください﹄ よし、こういうの得意。 ﹁えーと⋮⋮アントニオ○木、石田○一、坂東英○﹂ ﹃大正解!﹄ ﹁先輩早っ!﹂ 444 ﹁まぁな﹂ 作者の都合により伏せ字を使います。 ホントはちゃんと答えてるよ。 ﹃さすがですねー。 それでは先に進んでください﹄ よしよし、順調。 頼むからこのまま順調に進んでくれ⋮⋮。 445 スタート 2 −side龍斗− 勉強系の問題が苦手だ、と言いながらも結構順調に正解していく先 輩。 てゆーかTPPってなんだ⋮⋮!! 先輩すげぇ! 芸能人名並べ替えとか一瞬で答えた!? 先輩すげぇ! TPPとか言葉の意味すらわからない僕にはまったく理解できなか った。 先輩が勉強系の問題が苦手なのは昔から知ってる。 でもそれを補うだけの瞬間的な記憶力を持ってるから今まで勉強に 困らなかったんだろう。 ふと気が付くと、他のチームと差がひらいてる。 ほとんどのチームがまだ2問目の途中だ。 446 さすが学年1位⋮⋮。 頭の回転速度はだてじゃない。 その後の1問も順調に正解した。 残りは3問! us not to 次の問題は、僕は先輩が正解するまで60キロの俵担ぎ。 先輩は⋮⋮ ﹃問題です。 次の英文を訳してください。 told book.﹄ teacher the Our d 先輩は﹃しまった﹄という顔をする。 そうだ⋮⋮英語は先輩の1番苦手な教科。 まぁ英文は簡単⋮⋮あれ? rea 447 本を読むな、って意味? 読めと言ってない、って意味? ど、どっちだ⋮⋮。 日本語なら似たような意味になるけど、英文は違うだろうし⋮⋮。 これは不正解でもしょうがない。 僕は俵をしっかり担ぎ直した。 448 30秒 ﹃問題です。 次の英文を訳してください。 told book.﹄ teacher the Our d ⋮⋮しまった。 これはヤバい。 まさか英語の問題まであるとは。 not to us not read to the rea book.﹄ teacher﹄で﹃私達は先生に﹄、とかかな。 えーと⋮⋮。 ﹃Our us んで﹃told﹄だから﹃言った﹄、か。 ﹃told で⋮⋮な、何を言ったんだ。 ﹃not﹄だし、﹃本を読むな﹄かな? いや、もしかしたら﹃本を読めって言ってない﹄、かも? 449 ﹃not﹄って何を否定してんだ⋮⋮。 ﹃us﹄とか﹃to﹄で何に対しての否定なのかわかりそうだけど、 俺はその意味をよく知らない。 ﹃先生は私達に本を読むなと言いました﹄ ﹃先生は私達に本を読めと言ってない﹄ うーん⋮⋮わからん。 先生が本を読むなとか言うか? 言わないよな、普通。 しょうがない、早く答えなきゃ。 龍、ごめん。 ﹃残念!! 不正解!﹄ 結局、俺は﹃先生は私達に本を読めと言ってない﹄と答えた。 450 ﹁うわ⋮⋮最悪。 龍、ごめん。 しかもこんなきついお題で⋮⋮﹂ 俺が不正解だったから龍は60キロの俵を30秒ずっと担いでなき ゃならない。 ﹁大丈夫ですよ! 今まで先輩が頑張ってくれてたので、お役に立てて嬉しいです!﹂ とりあえず、がんばれがんばれと真横で応援する。 それくらいしか出来ない。 しかも30秒は意外と長い。 他のチームが俺達に追いついた。 ﹃5、4、3、2、1、0! どうぞ進んでください﹄ ﹁行きましょう、先輩!﹂ ﹁ん、ちょっとがんばる﹂ 451 残り2問。 タイムロスした分、取り返さなきゃ。 452 ラストスパート ﹃問題です。 サボる、の語源は?﹄ ﹁えーと、たしか⋮⋮あ、サボタージュだっけ﹂ ﹃正解です!﹄ これ、なんか前にテレビのクイズ番組でみた気がする。 テレビって偉大だ。 ﹁よし、次でラストだ﹂ ﹁このまま進めばいけますよ先輩!﹂ 他のチームはまだ問題に手間取ってる。 順調に行けば俺達が1位でゴールできそうだな。 勝ち負けにこだわるつもりはないけど、結構頑張ってるしせっかく なら1位になりたいよね。 453 俺だけじゃなくて龍も一緒の競技だしな。 どうせなら勝たせてやりたい。 さてと、さっさと次の問題に。 俺達はくじ引きの箱に手を突っ込む。 俺はNの1、龍はFの21だ。 アナウンスが流れる。 ﹃まずFの21ですが、ペアの人を担いでください。 そしてペアの人が問題に答えたら、担いだままゴールまで走ってく ださいね。 歩いてもいいですよ﹄ ﹁﹁え⋮⋮﹂﹂ 俺達は2人して顔を見合わせる。 ちょ、俺重いし⋮⋮。 454 つっても男だから運べないことはないんだろうけど⋮⋮担いだまま とか、それ龍にめちゃめちゃ負担かかるじゃん。 最後の最後でこれか⋮⋮。 まぁ迷ってる暇はない。 ぐずぐずしてると他のチームに追いつかれる。 龍、悪いけど頑張ってくれ。 455 ラストスパート 2 −side龍− ﹃まずFの21ですが、ペアの人を担いでください。 そしてペアの人が問題に答えたら、担いだままゴールまで走ってく ださいね。 歩いてもいいですよ﹄ ﹁﹁え⋮⋮﹂﹂ 僕と先輩は顔を見合わせる。 ︵担ぐ⋮⋮担ぐって、そのままの意味だよな。 担ぐ、担ぐ、⋮⋮え、僕が? 先輩を? 僕としては役得⋮⋮でも先輩は嫌なんじゃ⋮⋮? え、と、担ぐ、担ぐ、︶ アナウンスの言葉が頭の中でループしてきて、なんだかよくわから なくなってきた。 てゆーか、担ぐって具体的にどうすれば⋮⋮。 ﹃担ぎ方はお好きなようにどうぞ。 お姫様抱っこでも俵担ぎでもおんぶでも。 456 男女ペアならお姫様抱っこをオススメします﹄ アナウンスぅぅぅ!! ちょっと黙ってぇぇぇ!! ﹁姫抱っこはちょっと⋮⋮。 おんぶしてくれる?﹂ ﹁あ、は、はい!﹂ 先輩に腕を引かれて慌てて返事をした。 おんぶ⋮⋮。 密着率でいえばお姫様抱っこや俵担ぎより高いと思う。 ちょっとヤバいかもしれない。 主に僕の心臓が。 ⋮⋮僕、明日から無事に学校で過ごせるかな? しばらくは恨みの籠もった視線を浴びることになりそうだ。 457 ﹁よ、いしょ、っと。 ごめん、重くない?﹂ ﹁い、いえ⋮⋮﹂ むしろ全然。 というか僕にとっては重さとかそんなのより、背中に当たる女性特 有の膨らみが気になった。 自分の顔に熱が集まるのがわかる。 ﹁おい、龍? 大丈夫?﹂ ﹁え、あ⋮⋮はい。 そ、それより問題を!﹂ ﹃それではいきます。 最後の問題です。 ペアの2人の誕生日、この学校の創立記念日、生徒数、全てを足し てください。 その数字からひらがな3文字の言葉を導き出してください﹄ 458 ⋮⋮誕生日は、わかるとして。 創立記念日と生徒数って、正確な数字だよね。 生徒数はだいたい700人くらい。 正確には⋮⋮わ、わからない⋮⋮。 しかも数字をひらがな3文字に、って⋮⋮どうやったら答えが? ⋮⋮先輩、頑張ってください! 459 ゴール ﹃それではいきます。 最後の問題です。 ペアの2人の誕生日、この学校の創立記念日、生徒数、全てを足し てください。 その数字からひらがな3文字の言葉を導き出してください﹄ なんか、難易度上がったっつーかめんどくさい問題に当たっちゃっ たな⋮⋮。 さっさと数字を出さなきゃ。 えーと、俺と龍の誕生日を足して⋮⋮59か。 んで⋮⋮多分、創立記念日が2月7日だったから足して9。 それを59と足して68。 生徒数が⋮⋮この間チラッと見たな。 たしか、746人だったかな。 足して⋮⋮814。 ちょっと時間が掛かったけどなんとか数字を出せた。 460 暗算、やっぱり苦手だな⋮⋮。 えっと、数字からひらがな出さなきゃいけないんだよな。 五十音順じゃ当てはまらない。 814をアルファベットの順番に直したら⋮⋮had? うーん⋮⋮あ、英語か? hadを日本語に直したら⋮⋮haveの過去形だから⋮⋮ ﹁⋮⋮﹃持った﹄、かな﹂ ﹃大正解!!﹄ おお、よかった。 ﹃さぁ、どうぞ進んでください。 ゴールは目の前ですよ﹄ ﹁ごめん。 結構時間くっちゃった﹂ ﹁大丈夫です! 461 それじゃあ行きますよ!﹂ 他のチームも何組か同じ位置にいたけど、最後はどれも時間の掛か る問題になってるらしい。 俺達は一足先にゴールに向かった。 ﹃ゴール!! 1位は神谷くん・三木さんペア!﹄ ﹁やったな。 悪い、重かっただろ﹂ ﹁いえ、全然です! やりましたね!﹂ 結果、なかなか苦戦したけど1位でゴールした俺達。 ﹁﹁やったぁ、みっきー!!﹂﹂ 後ろから聞こえた声援に振り向くと、テントから大きく手を振る香 達が。 462 デカイ声を出すのは無理だから手だけを振り返した。 ﹁先輩、実はこれ1位には景品が出るんですよ。 受け取ったら後から渡します﹂ ﹁へぇ。 楽しみにしてる﹂ 景品か⋮⋮。 まぁ学校だし図書券とか商品券とかかな。 俺あんまり本読まないし、図書券以外がいいな。 ﹁ありがとうございました、先輩。 おかげで1位になれました﹂ ﹁いや、こっちこそ。 楽しめたよ﹂ うん、なかなかおもしろかった。 高校生最後の体育祭でそれらしいこと出来てよかったな。 463 464 活気 ﹁すごかったね、みっきー!﹂ ﹁さんきゅ﹂ 俺は生徒用テントに戻ってきた。 水筒のお茶が美味い。 ﹁あとは出場する種目もないし、ゆっくり見学できるね﹂ ﹁そうだな。 つーか隊長は?﹂ 俺が戻ってきたときにはもう隊長はいなかった。 ﹁さっちゃんは応援団の最終打ち合わせ。 今やってる種目の3つ後には応援団だよ﹂ ﹁おお、楽しみだな﹂ 頑張れ隊長。 465 せっかくだから写真でも撮っとくかな。 ﹁あっ! あれさっちゃん達じゃない?﹂ ﹁ん?﹂ 校庭の端っこで輪になって会話してるのはウチの組の応援団。 隊長の姿も見える。 ﹁⋮⋮なんか、様子が変じゃねぇ?﹂ ﹁え?﹂ ﹁これから応援合戦だってのに、妙におとなしくて活気がないし。 なんか表情も浮かない感じ?﹂ こっちから見てもわかる程度に様子がおかしい。 何かあったか? ﹁⋮⋮行ってみる?﹂ 466 ﹁行ってみようか﹂ 俺と香は隊長達のところに向かった。 467 アクシデント ﹁隊長ー﹂ ﹁あ、みっきー⋮⋮﹂ 呼び掛けると隊長は振り向いた。 ﹁浮かない顔して、どうかした?﹂ ﹁うん。 ちょっとアクシデントがあって⋮⋮﹂ ﹁アクシデント?﹂ ﹁実はね、﹂ 隊長が言うには、ウチの応援団は生の太鼓の音に合わせて応援演技 するらしい。 まぁ練習風景を何度か見てたからそれは知ってる。 で、今まで練習でもやってた太鼓の役割の人が熱中症でぶっ倒れた らしい。 468 太鼓の係がいなくなってどうやって応援演技するんだ⋮⋮って話し 合いをしてたんだとか。 ﹁太鼓のテンポに合わせて、それを合図に踊るところもあるから⋮ ⋮どうしよう、ってね﹂ ﹁なるほどな。 録音テープとかは無いの?﹂ ﹁オリジナルのリズムだからね。 原曲もないし、練習に必死で録音する暇なかったから⋮⋮﹂ ﹁そっか﹂ うーん⋮⋮。 あんまり目立ちたくないけど、この際しょうがないか。 ﹁あのー、団長さん﹂ ﹁うん?﹂ ﹁よかったら俺が太鼓やりましょうか?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂ 469 団員全員が顔を向けた。 まぁこんな発言、唐突すぎてびっくりするわな。 ﹁えっと、友達が団員だから何度か見学させてもらってたり太鼓の 音が教室に聴こえてきたりしてリズム覚えてるんで﹂ とりあえず、軽ーく説明的なことをやってみる。 ﹁かなりヘボい感じになるかもしれないけど間の取り方とかテンポ はばっちり覚えてるから、よかった俺を使って?﹂ ﹁え、あのリズム、覚えてるのか?﹂ ﹁ん、まぁ﹂ 音は覚えやすい。 ﹁⋮⋮団長、そろそろ時間が﹂ ﹁⋮⋮三木、頼む﹂ ﹁ん、がんばる﹂ 時間もないし、俺がやることになった。 470 ﹁⋮⋮みっきー、いいの? 結構目立つよ?﹂ ﹁いいよ。 隊長のためなら﹂ 友達のためなら、まぁ構わない。 応援団の足引っ張らないように頑張ろ。 471 盲点 ﹁きゃー! みっきー!!﹂ ﹁みっきーこっち向いてー!﹂ ﹁⋮⋮﹂ 盲点。 つーか香と隊長、写真を撮るな。 ﹁まさか俺まで着替えなきゃいけないとは⋮⋮﹂ 自分の姿を見下ろす。 あれだよ、学ランですよ学ラン。 んで赤色の長ーいハチマキ。 応援団の衣装らしいけど、俺まで着用しなきゃいけないとは思わな かった。 472 ⋮⋮それにしても暑い。 黒だし厚着だから当然か。 ﹁がんばってね、みっきー!﹂ ﹁ん。 あとその写真あとで消させろ﹂ 応援団でもないの衣装着てるとか俺がコスプレ好きみたいじゃねぇ か。 ﹁⋮⋮やりきった。 やりきったよ、パ○ラッシュ﹂ ﹁誰がパ○ラッシュだ﹂ 瀬田の肩に腕を回して呟く。 やったよ、頑張ったよ。 応援団すごいね。 473 一番近くで見られてちょっと満足。 ﹁みっきー! ばっちり写真撮ったからね! さっちゃんもね!﹂ ﹁そのカメラ、いますぐ地面に叩きつけたい﹂ それをしないのはなぜか。 当然、隊長が写ってるからだ。 香の野郎、確信犯だな。 ﹁三木、ありがとうな! まさか本当に完璧に覚えてるとは⋮⋮﹂ ﹁ああ、団長。 お疲れ﹂ そういえば言い忘れたが、この団長はクラスメートだ。 ﹁あのさ、体育祭終わった後に応援団で打ち上げやるんだけど、よ かったら来ねぇか? 474 みんなで来ていいから﹂ ﹁んー⋮⋮﹂ 打ち上げか。 みんなでってことは、香と瀬田もってことだよな。 隊長は最初から行くことになってるだろうし。 ﹁ちなみに、お前は助っ人だから打ち上げ代の徴収無しな﹂ ﹁ん、行く﹂ みんなで行ってよくてお代無しなら、まぁ行くべきだろう。 せっかくの好意だ。 素直に受け取るぜ。 475 閉会式 やっと終わったぜ体育祭。 今は閉会式の最中だ。 ﹃それでは、得点を発表します﹄ 周りがざわつく。 実は、今までウチの学年は勝ったことがない。 もうなんか呪いでもかかってんじゃないかってくらいボロ負け。 ちなみにウチは赤組。 はてさて、今年の結果は? ﹃白組、586点! 青組、769点!﹄ ふむふむ。 476 んでウチは? ﹃赤組⋮⋮1086点!﹄ 周りが思いきり歓声を上げる。 ⋮⋮え? なにこれ、ちょっと圧倒的すぎない? すげぇな赤組。 ﹃そして応援団得点!! 白組は38点! 青組は46点!﹄ 応援団にも得点あったんだ。 50点満点かな。 青組やべぇ。 ﹃赤組は⋮⋮なんと92点!﹄ 477 ﹁わぁぁ! やったぁー!!﹂ さらに歓声があがる。 えぇぇ。 なにこれ圧倒的⋮⋮。 50点満点じゃなかったんだ。 泣き出す人までいる。 多分、応援団員だな。 よかったね。 ﹁三木! 打ち上げ、駅前のカラオケだからな! 絶対来いよ!﹂ ﹁んー﹂ 応援団めちゃめちゃテンション高い。 478 打ち上げも楽しそうだな。 ﹁みっきー、行く?﹂ ﹁制服に着替えたら行くか﹂ ﹁よーし、楽しむぞー! なんかこういうの青春っぽいね!﹂ ﹁だな﹂ さっさと着替えるか。 479 打ち上げ ﹁おっ、来た来た!﹂ カラオケの一室ではすでに曲が流れて盛り上がってた。 ﹁三木、なに飲む?﹂ ﹁コーラ﹂ 定番だよね。 ﹁三木、本当にありがとうな! 太鼓がなかったら92点なんて無理だったよ﹂ ﹁三木さん、完璧だったよ! 私の代わりありがとう!﹂ 団長と、俺が代わった太鼓係だった人だ。 ﹁こっちとしては応援団間近で見られたからラッキーだったよ。 足手まといにならなくてよかったよ﹂ ﹁とにかく、今日は楽しんでいってくれよな!﹂ 480 ﹁さんきゅ﹂ ﹁せっかくのカラオケだからな。 どんどん曲いれるぜ!﹂ 団長を筆頭に予約曲が増えていく。 ﹁私も歌っちゃおー﹂ ﹁アタシもー﹂ 香達もいれたか。 ﹁みっきーもいれなよ。 コーラばっかり飲んでないでさ﹂ ﹁てか早っ! もう3杯目!?﹂ 瀬田よ、俺を甘くみちゃいけねぇ。 せっかくだし曲いれるか。 481 ﹁うーん⋮⋮何にしよう﹂ 無難にJ−POP? アニメの曲とか? 誰もが知ってる名曲? 最新曲? ﹁まぁ、ここは無難に⋮⋮﹂ テキトーにJ−POPで。 ちょっと高音の男性歌手の曲でいいか。 古すぎず、新しすぎず。 それでいてそこそこ知られてる曲。 ああ、俺大人数のカラオケって向いてねぇんだな。 有名曲あんまり知らないし。 香達3人だけなら初音ミ○とか歌うんだけど、さすがに自重。 482 ボ○ロいいよね。 むしろそれしか歌わない気がする。 483 打ち上げ 2 −side香− あ、みっきーが歌う番だ。 曲が流れ始めてみっきーにマイクが回ってくる。 みっきーは電源をたしかめてから歌い始めた。 今まで会話してた人達もハッとして画面に目を向ける。 ふふん、ちょっと自慢。 実はみっきー、めちゃめちゃ歌が上手い。 加えて普段から低めの声だから男性っぽい声も出せるし、それとは 180度違う高い女性声も出せる。 こういうのなんていうんだっけ? 両性声? 多性声? ﹁うま⋮⋮﹂ 484 思わず呟く人もいる。 ただ、普段はもっと上手い。 なんでかと言うと、みっきーは周りが静かだと恥ずかしがるから。 だからみっきーのマックスの上手さを聴きたいなら、周りは喋った ほうがいい。 それからみっきーを直視したり歓声を上げたりとかあんまりしちゃ いけない。 恥ずかしがるから。 まぁそんなの私達くらいしか知らないからしょうがないんだけどね。 うーん、いつも程じゃないけど⋮⋮さすが上手いなぁ。 人前に出るべき上手さなのに、みっきー積極的じゃないからなぁ。 もったいない。 あー、でも歌の途中で咳したりとか歌い始めでミスったりとかよく ある。 485 親戚の結婚式で歌ったことあるみたいだけど、﹃舞台向きじゃない 喉﹄って自分で言ってたなぁ⋮⋮もったいない。 曲が終わった。 ﹁三木、お前上手いな!!﹂ クラスメートの団長が拍手しながら声を掛ける。 ﹁ん⋮⋮どうかな﹂ 普段もみっきーは答えにくいこと、微妙なこと、には﹃どうかな﹄ で切り返す。 ﹁いいねぇ、盛り上がってきた! 歌うぜー!﹂ 応援団員の男子が歌い始めた。 ﹁三木、お前俺とバンドやんねぇ?﹂ ﹁あー、面白そうだな﹂ 486 ⋮⋮みっきー、本気に受け取ってないな。 団長さん、多分本気だろうに。 とりあえず、打ち上げは終始大盛り上がりだった。 楽しかったなぁ。 たまにはこういうのもいいかも。 487 進路︵前書き︶ やっと終わりました体育祭。 文化祭もあるなぁ、どうしようかなぁ。 今回は閑話的な話です。 正直、読まなくても支障はないはず? タイトル通り進路の話です。 リアルタイムでは最近寒くなってまいりました。 風邪には十分にお気をつけくださいね。 長々と失礼しました。 読んでくださってありがとうございます。 488 進路 ﹃えー、体育祭は終わったものの、まだ気の緩みが抜けないだろう が今日からは引き締めて、﹄ 教頭の話しを右から左に流しつつ、俺は隠さず欠伸をする。 ﹁みっきー、飽きたんだね⋮⋮。 もうちょっと我慢だよ﹂ ﹁んー﹂ 小声で話しかけてきた香に返事をしつつ、制服のポケットの中に入 った携帯をなんとなく撫でる。 全校朝会はダルい。 話しを聞くだけなら校内放送で流してくれりゃいいのに。 まぁ、そんなもん誰も聞かないだろうが。 ﹁みっきー、テスト勉強してる?﹂ ﹁まだ﹂ 489 俺に飽きたのかと言いつつ話し掛けてくるとこをみるに、香も飽き てんだろうな。 ﹁みっきーは成績いいもんねー﹂ ﹁いや、つーかまだテスト範囲出てないだろ﹂ ﹁⋮⋮出てるよ?﹂ ﹁マジか﹂ そりゃ知らなかった。 ﹁あとで教えて﹂ ﹁うん、いいけどね。 みっきー、普段家で勉強しないで何やってるの?﹂ ﹁何って⋮⋮まぁ、いろいろ? つーか、勉強してるから﹂ ﹁してるって言ってもテスト前日でしょ﹂ まぁそうなんだけどさ。 普段ねぇ⋮⋮何ってこともしてないけど。 ﹁とりあえず、幸せに暮らしましたとさ﹂ 490 ﹁童話じゃないすか﹂ いいんだよ。 実際、わりと幸せに暮らしてるから。 全校朝会も終わり、俺達は教室に戻ってきた。 ﹁おぅ、三木﹂ ﹁なんですか先生﹂ 担任だ。 なんか用らしい。 ﹁お前、進路どうする?﹂ ﹁就職します﹂ キッパリ言い切る俺に、先生は苦笑いをする。 もともと俺は高校に入る前から高卒の就職希望だった。 491 なぜかって、そりゃ進学して勉強したくないからね。 ﹁お前の成績ならラクラク推薦とれるんだがなぁ⋮⋮﹂ ﹁でも進学してまでやりたいことないんですよね﹂ ﹁やりたいことを見つけるために大学行く奴もいるんだぞ?﹂ ﹁金にそんな余裕はねぇですよ。 奨学金にしたって費用は馬鹿にならない。 もう勉強したくないですし﹂ ﹁言うほど勉強してないだろお前﹂ なぜ知っている。 いや、俺だってそこそこちゃんとやってるぞ。 ﹁就職って、具体的に職種は決めてあるのか? 前は製造業で希望してた企業あったけど、他の生徒に譲っただろ﹂ ﹁あー、製造業の現実が見えちゃったんでね。 まぁ仕事はどれも大変なんでしょうけど﹂ いろいろ考えてみたが、俺には製造業は不向きだ。 492 あんまり集中力が高くないし、飽きっぽいし。 ﹁他に考えてるとこあるは?﹂ ﹁一応事務系がいいなぁ、とは思ってるんですけどね﹂ ﹁ああ、まぁお前にはかなり合ってるだろうが⋮⋮今の時代、学校 にくる求人で高卒の事務職はないかもしれないぞ﹂ ﹁それは承知の上ですよ。 ただそれは学校にくる求人の場合であって、ハローワークなら高卒 の事務職は結構あります﹂ ﹁ハローワークは一般社会人向けだろ?﹂ ﹁だから一般社会人になってからでいいじゃないですか﹂ ﹁⋮⋮ははぁ、なるほど。 つまり高校では就職せず、卒業してからそっちを受験するってわけ か﹂ ﹁ご名答﹂ 高校を卒業してから就職する。 これが俺の進路計画だ。 つまりは高校卒業して少しプーさんになるわけだが、ハローワーク なら申請して一週間くらいで面接を受けられる。 493 ハローワークでいい事務職あったんだ。 しかも地元で給料なかなか。 ﹁じゃあ自分で進めていくわけだな?﹂ ﹁まぁそうですね。 面接練習の相手はしていただきますけど﹂ ﹁ああ﹂ 進路の話しも終わった。 目指せ、プーさんから事務職。 494 文化委員︵前書き︶ 文化祭の話自体はもう少しあとになります。 今回は関連話ですがちょっと重要かも? 関連話の間でなにかが起こります。 読んでくださってありがとうございます! 495 文化委員 ﹁今年の文化祭のテーマを決めることになった。 ついでに看板も作成する係だからな﹂ ﹁で、なんで俺達がやるんすか﹂ ﹁お前ら文化委員のくせに仕事ないだろ。 せっかくだから働け。 これも青春の1ページだ﹂ ﹁勝手に委員決めたの先生じゃないすか﹂ 俺達4人は職員室に呼ばれた。 なにかと思えば、用事はこれ。 文化祭まであと1ヵ月。 看板やらなにやらを作らなきゃならない極めてめんどくさい仕事を 押し付けられた。 しかもたった4人で文化委員だなんて。 なんて過酷な青春だろうか。 ﹁クラスの奴らに協力してもらってもいいぞ。 496 いい看板を作ってくれ﹂ ﹁へーい﹂ それでもやっちゃうのが俺達だ。 誰かに手伝ってもらおう。 ﹁というわけで、手伝ってくれる人募集。 ちなみに飾り付けにセンスがある人と色決めのセンスがある人、特 に募集。 てゆーか希望﹂ ﹁手伝いに選り好みするなよ﹂ クラスメートが突っ込むが気にしない方向で。 ﹁テーマとかどうすんの?﹂ ﹁何でもいいよ。 ﹃絆﹄とか、﹃きずな﹄とか、﹃キズナ﹄とか﹂ ﹁もう絆でいいじゃねぇか﹂ ﹁いや、これは例えだから﹂ 497 さっきから俺に華麗なツッコミを入れるのはあの団長だ。 ツッコミ上手だな。 ﹁とりあえず、そんな感じで。 あと俺は長々と作成に時間掛けるのは好きじゃないから、5日で仕 上げるつもりでよろしく﹂ ﹁とことんマイペースだな﹂ なんだかんだで結構手伝ってくれる人が集まった。 みんないいやつだな。 俺は絵も描けないし、配色も上手くない。 それは他の人がカバーしてくれるだろう。 まぁ、がんばってさっさと終わらせよう。 んで、なるべく良さげなものを作ろう。 498 499 看板作り︵前書き︶ そういえば今日はポッキー・プリッツの日ですね。 トッポも入るのかな? 後書きにおまけ投下します。 題して、 ﹃ポッキー渡したついでに好きなお菓子訊いてみた﹄ 長い。 500 看板作り ﹁あ、それはそっちに⋮⋮﹂ ﹁ねぇ、墨汁まだあるー?﹂ 看板作り。 なかなかに盛り上がってる。 なんだかんだでクラスメート全員が手伝ってくれることになった。 ﹁三木に任せたら途中で面倒になってテキトーにシンプルで済ませ そうだからな﹂ ﹁行事の看板が飾りも無しでただ﹃文化祭﹄って書かれただけじゃ 寂しいからね﹂ みんなよくわかってるぜ。 ﹁三木さん、こっちの文字と絵の間隔とって﹂ ﹁ん﹂ 501 俺の仕事は目分量で間隔を測ること。 あと、言われたとこのペイント。 目分量の仕事がほとんどだ。 ﹁うーむ⋮⋮﹂ 全長3メートルはあるだろう紙を見渡す。 紙に対して斜めに﹃文化祭﹄の文字をいれて、空いたとこに絵描い たり飾り付けたりするんだって。 薄紙の花とか細かい飾りもいろいろ作ってある。 ﹁こんなもん、かな﹂ 何度か全体で見て微調整ながら鉛筆で薄く丸を書く。 この丸の中に文字を書いてもらうわけだ。 ﹁ん、OK。 書道部お願ーい﹂ ﹁はーい、まかせて﹂ 502 クラスメートの書道部員に声を掛ける。 真っ白な紙にはすらすらと﹃文化祭﹄の文字が入っていく。 さすが書道部。 綺麗な字だ。 文字を入れ終わったら今度は絵だ。 ﹁おい、三木。 今のうちに飾り付けもしとくか?﹂ ﹁あー、まだ絵のペイント終わってないしせっかくの綺麗な飾りが 型崩れするだろ。 絵の具も乾かさないといけないから飾り付けは1日あとにやろうぜ﹂ しかもペイント中にうっかり踏みそう。 特に香とかが。 絵のセンスは一切ない俺。 せいぜいノートの端っこに書く落書き程度の画力だ。 503 絵は隊長が上手いんだよ。 隊長をはじめとした絵が上手い人達にまかせる。 ﹁三木、ここにこんな感じで絵入れたいから間隔とって﹂ ﹁ん﹂ こういうの、目分量はなかなか使えるらしい。 504 看板作り︵後書き︶ おまけ投下。 ﹃ポッキー渡したついでに好きなお菓子訊いてみた﹄ ︱︱︱ ︻佳亜︼ ﹁ポッキー? くれるの? ん、さんきゅ。 好きな菓子? そうだな⋮⋮割りといろいろ好きだけど、和菓子が好きかな。 てゆーか作者、最近老けた?﹂ ︻香︼ ﹁わー、ありがとう! え? 好きなお菓子は⋮⋮うーん⋮⋮クッキーとか好きだなぁ。 チョコのお菓子はみんな好き。 ところで作者さん、歳いくつ?﹂ ︻瀬田︼ ﹁あー、ありがとー。 好きなお菓子は飴とかガムかな。 いつも持ち歩いてるし。 作者、いつのまにか歳とった?﹂ ︻隊長︼ 505 ﹁ありがとう。 お菓子はなんでも好きだけど、グミとかはよく食べるよ。 あと貰った手作りお菓子も好き。 作者さん、疲れた顔してるよ?﹂ ︻龍︼ ﹁ありがとうございます。 好きなお菓子は⋮⋮ゴニョゴニョ︵訳:先輩がくれたお菓子は全部 大好きです︶。 ちょ、勝手に訳さないでくださいよ!? それにしても⋮⋮なんだか老けましたね作者さん﹂ 酷いっ! みんなして遠回しに老けた老けた言ってっ! 若干2名ほどストレートに老けたって言われたっ! 最近寝不足な作者でした。 寝不足で老けるなんてヤダ⋮⋮。 ﹁あ、いたいた作者﹂ なんだい佳亜さん。 ﹁はいこれ、ポッキーのお返しに﹂ 506 これは⋮⋮作者の安眠アイテム、ちょっと高めの枕じゃないか。 ﹁寝ろし﹂ なんてストレートな命令だ。 ﹁じゃ、ばいばい﹂ あ、うん、ばいばい。 ありがとう。 ︱︱︱ 長々と失礼しました。 読んでくださってありがとうございました! 507 白は黒に 看板作り3日目。 なんか今日中に終わりそう。 ﹁絵、もうすぐ終わるよー。 飾りは?﹂ ﹁箱に入れてある。 ここに置いとくぞー﹂ 絵すげぇ。 なんか女の子と学校がほぼ写実で描いてある。 めっちゃリアル。 さすが隊長達だ。 ﹁思ったより早く終わりそうだね、みっきー!﹂ ﹁ああ、みんなのおかげだな﹂ 俺は相変わらず間隔とる仕事ばっか。 ペイントも下手であんまりやることないから飾り作りを手伝ってた。 508 あ、墨汁のキャップ空いてる。 ﹁おーい誰か、それ閉め﹂ ﹁随分楽しそうね。 騒がしくて耳が痛いわ﹂ 教室の入口から聞こえた声に、誰が来たのかすぐ気付いた。 ﹁七村さん、なんか久しぶりだね﹂ ﹁久しぶりなのは登場だけよ!!﹂ たしかに会ってはいる。 相変わらず嫌味っぽいことを言ってくるだけだけど。 いつ以来の登場だろう。 七村さんを忘れちゃった人は﹃敵対視﹄をみてね。 と、宣伝を終えたとこで話しを戻すか。 ﹁文化祭の看板、アナタがリーダーらしいじゃない。 どんなもんか見に来たけど⋮⋮たいしたことないわね。 509 地味だわ﹂ おいおい、せっかく盛り上がってるのに空気悪くしないでくれよ。 ﹁そう? なかなかの出来だと思うけどな。 そういうなら七村さんも描いてみる?﹂ ﹁はぁ? なんで私がそんな裏方の仕事やらなくちゃならないのよ。 冗談じゃないわ﹂ ﹁ふーん。 裏方あってこその表だと思うんだけどな﹂ ﹁居るか居ないかわからないくらい目立たないアナタには裏方はお 似合いよね。 ただ表の私の足引っ張らないでくれる? 迷惑だわ﹂ ﹁お前⋮⋮っ﹂ 俺が七村さんを相手してる間も作業を止めなかったクラスメート達。 そのまま進めててくれるとよかったんだけど、クラスメートの団長 が声を荒げようとした。 510 七村さんには見えないように、人差し指を立ててシーと団長に示す と大人しくしてくれた。 よかったよかった。 それにしても⋮⋮。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁なによ。 何か文句ある?﹂ ﹁⋮⋮なんか七村さん、機嫌悪い、ね?﹂ ﹁⋮⋮っ!?﹂ いつもより4割増くらいで機嫌が悪いように思える。 ﹁誰のせいだと⋮⋮っ!﹂ 七村さんが近づいてくる。 おお、やべぇ。 殴られる? 止めようと焦った表情の団長や香達の顔が目の端に映りつつ、そう 思った時。 511 ︱︱ガシャ、ン。 勢いよく歩いてくる七村さんの足元にあったらしい墨汁の入った容 器。 前だけをみてる七村さんが気付くはずもなく、容器は並々入れられ てた墨汁を撒き散らしながら思いっきり吹っ飛んだ。 咄嗟で近くにあった飾り入りの箱は教室の隅に蹴っ飛ばした。 その後の結果はみえたも同然だからな。 ﹁⋮⋮あっ!!﹂ ﹁うわ⋮⋮﹂ ﹁っ、ひど⋮⋮﹂ 白い紙は黒に染まった。 512 真っ黒︵前書き︶ 気付けばもうこれを書きはじめてから3ヵ月が経ちました。 なにげに毎日更新できてます。 それもこれも読んでくださる方がいらっしゃるからです。 本当にありがとうございます。 これからもよろしくお願いします! 513 真っ黒 ﹁⋮⋮っ﹂ 七村さんもまさか足元に墨汁があるとは予想外だろう。 驚いて言葉を失う。 ﹁⋮⋮ちょっ、おい! どうすんだこれ!?﹂ ﹁どうするって⋮⋮。 これもうダメでしょ⋮⋮﹂ ﹁あー、もうちょっとで出来上がりだったのに﹂ 空気も妙に悪くなる。 ヤバいね。 ﹁まぁまぁ。 制服汚れた人いない? 早く洗わないと落ちなくなっちゃうよ﹂ ﹁⋮⋮制服は、別に汚れてないな﹂ 514 それならよかった。 床は汚れてるけど拭けばいい。 ﹁てゆーか⋮⋮七村、謝れよ﹂ 一気に視線が七村さんに集まる。 視線に非難が混ざってるのがわかる。 ﹁⋮⋮な、なによ。 もとはといえばこんなところに墨汁を置いたリーダーさんが悪いん じゃなくて?﹂ ﹁別に三木さんが置いたわけじゃないよ﹂ ﹁管理不足だって言ってるのよ。 だからリーダーにふさわしくないって言ったでしょ。 私のせいにされるなんて迷惑でしょうがないわ﹂ 俺は頬を掻きつつ、状況を眺める。 うーん⋮⋮空気は悪くなる一方、か。 七村さんとクラスメート達の間に火花さえ見えそうな雰囲気だ。 515 この空気を色で表すなら、染まった看板と同じ黒だな。 真っ黒。 せめて七村さんが教室を出て行ってくれたら、とりあえず場は収ま るんだけどな⋮⋮。 とか思ってたら、七村さんからキッと睨まれた。 ﹁だいたいっ、アナタが悪いのよ!﹂ うお、急にキレた。 なんだ、情緒不安定か? ﹁全部っ! アナタがいなければ⋮⋮っ!﹂ ﹁え、ちょ⋮⋮﹂ イスぶん投げられたんだが⋮⋮。 俺に向かってまっすぐ飛んでくるイスがスローモーションで見える。 どうしよう。 516 避けなきゃ⋮⋮。 あ、でも俺の後ろって窓じゃん。 ⋮⋮避けてもヤバいな。 たとえば俺が男だったら受け止めるとかできたかもしれないけど、 生憎俺は女だ。 相手が同じ女とはいえ、力一杯投げられたイスを受け止めるのは無 理。 幸い、窓の近くにいるのは俺だけだし⋮⋮みんなが怪我しなきゃい いか。 さぁ、そうと決まったら持ち前のそこそこな反射神経で避けるぜ。 窓は犠牲になったのだ。 517 風通し ﹁いてっ⋮⋮﹂ イスはしゃがんで避けた。 が、予想通り窓はバリーンと。 飛び散った窓ガラスがしゃがんでる俺に降ってくる。 いてて。 でも頭は手で抱えて守ったぜ。 ﹁みっきー!﹂ ﹁おい、七村!!﹂ ﹁⋮⋮っ、うるさい!!﹂ 七村さんはそう叫ぶと教室を飛び出していった。 ﹁みっきー、大丈夫!?﹂ ﹁お前、腕切れてるぞ⋮⋮。 518 顔も⋮⋮﹂ ﹁マジ?﹂ 香達と団長が心配してくれる。 作業しやすいように袖を捲ってたのが悪かったな。 頭は守ったつもりだったけど、顔は切れたか。 まぁ別に構わない。 傷もたいしたことない。 ﹁俺、七村さんのとこ行ってみる﹂ ﹁ええっ!? なんで!?﹂ 香が声を上げる。 ﹁なんでって⋮⋮まぁ、気になるし﹂ ﹁みっきー、怪我の治療もしなきゃいけないんだよ? それに⋮⋮七村さんのことは、気にしなくていいと思う﹂ 519 うん、たしかにそうなんだけどさ。 気遣いはありがたい。 ⋮⋮が、 ﹁傷は深くないし、あとでいい。 七村さんは、気にしなくていいかもしれないけど⋮⋮ほっといたら ダメなことってある気がする﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁行ってくるよ。 悪いな、今日はもう帰ってていいからさ。 掃除はあとでやっとくから﹂ ちょっと小走りで教室を出ようとしたとこで、 ﹁おお?﹂ ﹁うわ。 って、なんだ先生か﹂ ﹁なんだとはなんだ。 つーかなんで窓割れてんだ?﹂ ﹁風通しをよくするためです﹂ 520 ﹁いや、普通に窓開けろよ﹂ ﹁先生知ってます? ガラスって共鳴しすぎたら勝手に割れるらしいですよ。 じゃ、そういうことで﹂ ﹁いや、どういうことだよ。 おい三木、お前そんな顔でどこに⋮⋮﹂ 俺はクラスメート達と先生を残してさっさと教室を出た。 なるべく早く話しを終えて教室の掃除しなきゃいけない。 さて、七村さんはどこに行ったかな。 521 逆恨み 少し探したら、渡り廊下で佇む七村さんをみつけた。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 俺の存在に気付いたらしい七村さんは、俺に背を向ける。 ﹁⋮⋮なによ。 言っておくけど私、悪いことしてないと思ってるから﹂ ﹁いや、それは別に。 ただちょっと気になって﹂ ﹁⋮⋮なにが﹂ ﹁七村さんが、いつもより機嫌悪そうだから﹂ 今日はやたらと刺々しい。 いつも嫌味は言ってもこれほどじゃない。 ﹁⋮⋮⋮⋮あなたのせいよ﹂ 522 俺は無言で首を傾げる。 俺、七村さんになにかしたかな? 言い合いらしきものはしたけど⋮⋮わりといつものことだから、そ れでいつも以上に機嫌が悪くなるとは思えない。 うーん⋮⋮。 ﹁⋮⋮私の家はね、一般より良い家柄なのよ﹂ ﹁⋮⋮? うん、まぁ、知ってるけど﹂ 七村さんの家はお金持ちらしい。 七村さんはお嬢様ってわけだ。 登下校は高級車っぽい車で送り迎えされてるから、この学校の人は みんな知ってる。 ﹁良い家柄はね、普通よりずっと厳しいのよ。 全てにおいて﹂ 523 ﹁⋮⋮﹂ 俺は黙って話しを聞く。 ﹁父が立派なのはわかってるわ。 立派だからこそ世間体がある。 だから父の評価はその子供の私にもかかってるのよ。 だから習い事だっていくつもやってるし、勉強も頑張ってる﹂ ﹁⋮⋮﹂ なんかドラマみたいな話だな。 一般人の俺にはまるで別世界だ。 ﹁⋮⋮なのに! どうして1位はアナタなのよっ!! アナタ、そんなに勉強してないんでしょ!? 私は頑張ってるのよ!! 努力は報われるんじゃないの!? なんで頑張ってないアナタが私より上なのよ⋮⋮!!﹂ ⋮⋮なるほど、読めたぜ。 世間体を気にする家柄に生まれた七村さんは、今まで常に1番を求 められたわけだ。 んで、七村さんはずっとその期待に応えてきた。 524 だが高校に入ってからは俺が1位をとった、と。 それについて両親から責められた七村さんは頑張って勉強を続けた わけだが状況は変わらず。 今日、一段と刺々しかったのは多分テストの順位発表が昨日あった からだろう。 テストの結果について昨日両親に責められたわけだ。 ﹁ムカつくのよ!! なんでアナタは努力しないの!? せめてアナタがガリ勉だったらまだよかったわ! 私は習い事もしてる! 勉強時間ではどうしても劣るから、って思えた! でもアナタは、なんにも努力してないじゃない!! 挙げ句の果てにはアナタ、就職希望ですって!? ふざけんじゃないわよ! なんで大学進学でもない人に私が負けなきゃならないのよ!! アナタが東大にでも行くなら認められたのに!﹂ ⋮⋮正直、半分くらいは逆恨みじゃないかとも思ってしまった。 けど期待をかけられるプレッシャーは結構な重圧だろう。 現に俺は七村さんの言う通り、あんまり努力をしてない人間だ。 525 人の事をどうこう言えるほど偉くもない。 でも、まぁ。 ﹁俺は⋮⋮﹂ とりあえず、俺の言い分を伝えてみようかな。 高校に入ってから2年以上経って、今更かもしれないけど⋮⋮七村 さんとはちゃんと話すべきなんだろう。 多分、チャンスは今しかない。 多分、このチャンスは二度と来ない。 526 真逆の似た者 ﹁俺は⋮⋮たしかに七村さんの言う通り、努力してない。 そもそも俺は努力に向かない性質らしい﹂ ﹁⋮⋮どういうことよ?﹂ ﹁これは中学の時の話しで、その頃の成績は今とそんなに変わらな いくらいだったんだけど、﹂ 数値的にはほとんど変わらないくらいだった。 勉強も一夜漬け。 そんな中、俺は思いつきでテスト勉強を1週間がっつりやってみた。 やってはみたものの、妙に頭の中がごちゃごちゃして勉強すればす るほどわけがわからなくなった。 んで迎えたテストの日。 その結果、50位くらい順位が落ちた。 これはマズイ、と思って俺は勉強時間を増やしてみた。 その結果、さらに20位順位が落ちた。 527 酷くなる一方の成績に、俺はいろいろ考えた。 思い当たった原因は、勉強時間の変動しかない。 俺は、前のように一夜漬けで勉強した。 結果は、成績が落ちる前と同じくらいの順位まで回復して落ち着い た。 ﹁⋮⋮⋮⋮それって⋮⋮﹂ ﹁んで、もう1つ﹂ 小学校の頃にあった学芸会。 先生が一生懸命に劇を成功させようと頑張ってたから、クラスメー ト全員が頑張った。 練習時間も他のクラスよりずっと多かったと思う。 当然、俺も頑張った。 わりとセリフが多くて小学生にしては内容の難しい劇だったけど、 528 みんな頑張ってた。 で、学芸会の当日。 俺はとくに緊張もなかった。 気持ちには余裕があって、頭の中でセリフ合わせをしてみた。 セリフは、頭の中でごちゃごちゃになってた。 ﹁ごちゃごちゃって⋮⋮ずっと覚えてたんでしょう?﹂ ﹁小学生の学芸会って台本みながらが多いからね。 でも当日は台本なんてないし﹂ ﹁⋮⋮そのあと、どうしたのよ?﹂ ﹁周りのセリフ合わせしてる音を聞いた。 ﹃ここは第2幕のー﹄とかいう会話も聞き逃すことなく、音を全部 聞いて覚えた﹂ ごちゃごちゃになったセリフはパズルみたいに頭の中で組み立て直 した。 でもセリフのパズルはピースが足りなかった。 529 ﹁足りないピースは、俺の言うセリフってわけ﹂ ﹁⋮⋮。 どうなったのよ﹂ ﹁前後のセリフ、俺の役の立場と合うように紙に自分のセリフを書 き出した。 台本通りとはいかないけど、多分だいたい合ってたと思う。 で、それで劇にでた。 結果、劇は失敗﹂ ﹁失敗!?﹂ ﹁実質的にはね﹂ 台本と違うセリフを言った俺。 それに周りは戸惑ってしまった。 戸惑ってセリフを忘れたり、棒読みになったり。 妙に締まりのない感じで劇は終わった。 ﹁なによそれ。 セリフが違っただけで慌てるなんて﹂ ﹁まぁ、みんな小学生だからね。 530 ペースを乱した俺のせいとはいえ、俺自身もその展開は予想外。 あちゃー、と思った。 んで何がダメだったのか考えた。 答えが出たのは中学生になってからだったけど﹂ ﹁⋮⋮その答えは?﹂ ﹁俺は、努力すればするほど、一生懸命になればなるほど結果が悪 くなるらしい。 ありえない話しだよね﹂ 通知表にもよく﹃努力をしましょう﹄と書かれたもんだ。 努力したから結果がよくなかったのにな。 ﹁⋮⋮なんだか私達、真逆なのに似てるわね﹂ ﹁思った?﹂ ﹁ええ。 ﹃努力しても報われない人﹄と﹃努力したら報われない人﹄だわ。 ますますムカつくわね﹂ そう言いながらも表情は苦笑だ。 俺も苦笑で返す。 531 ﹁アナタ、今の話しだと好きなことでも一生懸命できないんでしょ う?﹂ ﹁まぁ、やるとダメになるからほどほどにね﹂ ﹁ストレス溜まらないわけ? 少なくとも私は好きなことは思いっきりしてるわ﹂ ﹁ストレス、は別に⋮⋮ストレス溜まる要因もないし﹂ ﹁ムカつく﹂ 互いに表情は軽い。 ﹁七村さんは家でのこと考えるとストレス溜まりそうじゃん。 好きなことして発散させなきゃやってられないでしょ﹂ ﹁まぁね。 面白そうなことは何だってやるわ。 だからアナタ、私のストレスを発散させなさい﹂ ﹁へ?﹂ なんだ唐突に。 どういうことだ。 532 ﹁なに、殴らせろとでも?﹂ ﹁そんなこと言ってないでしょ! アナタ、思ってたよりなかなか面白いわ。 私を楽しませてストレス発散させなさい﹂ 俺が面白いとは、なんか評価がガラリと変わったな。 お嬢様の考えることはわかんねぇわ。 てゆーか、 ﹁七村さん実は俺のこと結構好きでしょ﹂ ﹁はぁ!? 何言ってるのよ! 勝手な妄想しないでくれる!?﹂ なるほどわかった、この人ちょっとツンデレなんだ。 それからしばらくギャーギャー言い合いは続いた。 なんか、いつもとあんまり変わんないな。 533 真逆の似た者 2 −side七村−︵前書き︶ なんだか気付けば100話間近です。 急遽、 なんかきりがいいので番外編っぽい感じで記念話書こうかな、と思 いつきました。 数えてみたら関連話もちょうど99話で終わるようです。 なるほど、これは書くっきゃないぜ。 記念の挨拶はまた後日いたします。 前書きで長々と失礼しました。 読んでくださってありがとうございます。 534 真逆の似た者 2 −side七村− 私には友達と呼べる人はいない。 そんなもの、いらなかった。 高校に入ってからもそれは変わらない。 私の生活は変わらない。 そう思ってた。 実際、違った。 ただ1つ、変わったものがあった。 私が1番じゃなくなった。 最初は偶然だと思った。 たまには2番でもしょうがないと思った。 でも、私が2番じゃなくなることはなかった。 535 両親からも責められた。 私は1番を恨むようになった。 ちょっと探したらその1番はすぐにみつかった。 1番を観察してみた。 1番は自由だった。 自由に生きてて、それが羨ましくて恨めしかった。 私は1番に接触した。 1番にイライラをぶつけた。 1番は黙って聞いてた。 私は好きなだけイライラをぶつけて、すっきりした。 私はそれを続けた。 1番はいつも一言二言返すだけで、とくに何もしなかった。 536 今日はいつも以上にイライラして、それを思いっきり1番にぶつけ た。 さすがに少しやりすぎたと思った。 1番は私のところにやってきた。 雰囲気に流されるまま話しをした。 イライラもぶつけた。 それから1番の話しを聞いた。 聞きながら考えた。 今まで私が、1番の話しを聞いたことがあったか。 今まで1番が、私の話しを聞かなかったことがあったか。 全て答えはノーだった。 537 私は、1番である三木佳亜と話しをした。 今じゃなきゃ話しができないと思った。 話してみると、三木佳亜は私と似ていた。 三木佳亜は﹃努力したら報われない人﹄だった。 似てるけど真逆だった。 面白かった。 私は、ストレスの発散方法を間違えたと思った。 三木佳亜は私を許さないだろうか。 長い間、イライラをぶつけられて。 私を許してはくれないだろうか。 そんな考えは杞憂だった。 三木佳亜はそんなつまらない人間じゃなかった。 538 聞こえるか聞こえないか。 ボソッと謝ってみた。 三木佳亜は﹁別に﹂と言った。 そもそも私を怒っていないと言った。 私はまだやり直せる。 そう思った。 ﹁ちょっと、どこ行くのよ﹂ ﹁どこって、教室だけど?﹂ ﹁あなたバカじゃないの!? それより先に保健室でしょ!﹂ ﹁血は止まってるんだけど﹂ ﹁それは血が止まっただけ、って言うのよ! バカじゃないの!?﹂ ﹁ああ、すいませんね。 539 ツンデレお嬢様﹂ ﹁誰がツンデレよ!﹂ ムカつく。 ﹁七村さんホント俺のこと好きだよね﹂ ﹁⋮⋮バカじゃないの!?﹂ 私は、まだやり直せる。 540 黒は白に ﹁あ、みっきー! ⋮⋮え!?﹂ ﹁あれ、みんなまだ帰ってなかったんだ﹂ 保健室に寄ってから教室に戻ってきた。 教室にはまだみんな残ってて、汚れた床や割れたガラスが片付けら れてた。 ﹁み、みっきー⋮⋮?﹂ ﹁なに? 教室片付けてくれたんだな。 ありがと﹂ ﹁うん、それはいいんだけど⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮あの、なんで⋮⋮? ﹂ ﹁ああ、うん。 遠慮しないで入ったら?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 541 なんで、とは教室の入口にいる七村さんのことだ。 なんで俺と七村さんが一緒に戻ってきてんだ、と言いたいんだろう。 七村さんはおずおずと教室に入ってきた。 ﹁⋮⋮看板、ダメにして悪かったわ。 ガラスも。 ⋮⋮許してちょうだい﹂ ﹃⋮⋮!?﹄ クラス全体がざわつく。 俺? 俺は、ごめん笑ってる。 ﹁⋮⋮ちょっと! なに笑ってるのよ!﹂ ﹁ご、ごめん⋮⋮﹂ 笑いは収まらない。 542 せめて笑い声は抑えようと頑張ってるけど肩が震える。 ﹁アナタ喧嘩売ってる?﹂ ﹁いやいや、滅相もない﹂ クラスの空気とか七村さんのオドオドした感じとか、なんかいろい ろツボに入ってしまった。 ﹁と、とにかく! ⋮⋮その、ダメにしといてなんだけど、看板作り手伝うわ。 ちゃんと真面目にやるから﹂ 七村さんの言葉に、クラスメート達は顔を見合わせる。 ﹁⋮⋮三木は、納得してんのかよ?﹂ ﹁うん﹂ もちろん納得済み。 あとはクラスメート達に判断を任せる。 ﹁⋮⋮まぁ、三木が納得してんなら、いいんじゃねぇ? 543 リーダーだし﹂ ﹁そうだね﹂ ﹁いいと思うよ﹂ 決まったな。 ﹁じゃ、七村さん。 よろしく﹂ ﹁ええ﹂ ﹁おおー、手際いいね﹂ 俺がいない間に黒に染まった看板は白になっいた。 木枠から紙を剥がして、新しい紙を張り付けたんだ。 ﹁みっきー、飾りは無事だよ! みっきーが蹴り飛ばしてたからね﹂ ﹁そうか﹂ せめて飾りだけは守っておきたいと思って飾りの入った箱、教室の 544 隅まで蹴ったんだったな。 ﹁三木さん、構図とかどうする? 前のと同じ?﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ 前のと同じってのもちょっとな。 みんなのモチベーションも上がらないだろうし。 ﹁⋮⋮やっぱりシンプルでいくか﹂ ﹁ま、まさかマジで文化祭の文字だけとか!?﹂ ﹁まさか。 シンプルなのは作業のほうだよ﹂ ﹁作業?﹂ ﹁そうそう。 人数が増えれば自然と作業は少なくなるだろ﹂ ﹁⋮⋮どういうことよ?﹂ ﹁作業を全校生徒に協力してもらう﹂ 545 ﹃えぇ!?﹄ なんだよ、みんなして大声出して。 ﹁とりあえず、文化祭の文字入れしよう。 中抜き文字でよろしく﹂ ﹁色塗らないの?﹂ ﹁そこを全校生徒に協力してもらうわけ﹂ ﹁⋮⋮おおー﹂ ﹁これはなかなか⋮⋮﹂ あれからさらに5日つかって看板出来ました。 中抜きした文化祭の字の中に、全校生徒に好きな色で手形を入れて もらった。 こっちで用意した色は暖色系。 546 手形を入れたら重ね塗りみたいな感じになって暖かみが増す。 全校生徒のみんなは快く協力してくれた。 もちろん俺達も手形を入れた。 文化祭の文字を塗り終わったら、今度は飾り付け。 全体的に暖色系の色の飾りを選んだ。 それから折り紙のちぎり絵でウチの学校を入れた。 なかなかいいものが出来たと思う。 ﹁写真撮ろう、写真!﹂ ﹁ほら、並んで並んで!﹂ 看板を壁に掛けて記念撮影が始まった。 ﹁おい三木、なに端っこいってんだよ! お前は真ん中だろ﹂ ﹁えー﹂ 547 俺、真ん中に写るタイプじゃないんだけどな⋮⋮。 ﹁七村さん、なに外れてんの。 入ってよ﹂ ﹁私は別に⋮⋮﹂ 七村さんめちゃめちゃ真面目にやってくれた。 遠慮することないのに。 ﹁七村、早く入れよ!﹂ ﹁ほら、早く早く﹂ クラスメートに急かされて、七村さんも並ぶ。 よかったね。 ﹁はい、タイマー押したよ! みんなポーズ!﹂ ﹃イェーイ!﹄ ︱︱パシャッ 548 うん、なかなかいい1枚だ。 こういう写真が卒業式で使われたりするんだな。 ﹁⋮⋮ありがとう﹂ ボソッと聞こえた呟き。 聞こえなかったことにしようか迷ったが、 ﹁⋮⋮いえいえ、ツンデレお嬢様﹂ ﹁誰がツンデレよ!﹂ ボソッと呟いただけだけど、聞こえたらしい。 549 ︻100話記念︼診断メーカー︵前書き︶ 今回記念話は会話形式ということで、 笑いに﹃ww﹄ 反応に﹃︵・ω・︶顔文字﹄ などを使用してます。 そういうのが苦手な方はすみません。 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。 それから後書きにて挨拶をば。 550 ︻100話記念︼診断メーカー 佳﹁はい。 ということで、100話おめでとー﹂ 香、瀬、隊﹁﹁﹁おめでとー!﹂﹂﹂ 佳﹁いつも﹃俺の日常はこんな感じ。﹄を読んでくださってありが とうございます。 読者様あっての100話です。 本当に感謝しています﹂ 香﹁めでたいねー﹂ 瀬﹁だねー﹂ 隊﹁本当にありがとうございます﹂ 香﹁ところでみんな、これ知ってる?﹂ 瀬﹁診断メーカー?﹂ 隊﹁ツイッターとかにも繋げる診断のやつだね﹂ 香﹁そうそう。 これおもしろいんだよー﹂ 佳﹁100話記念だってのにやることないし、やってみるか﹂ 551 香﹁じゃあね⋮⋮あ、手始めにこれてかどう?﹂ ︽あなたの成績予想してみったー︾ 瀬﹁いいんじゃない?﹂ 隊﹁全部、名前入れるだけで診断出来るんだよね﹂ 香﹁そうだよ。 じゃ、さっそく⋮⋮三木佳亜、っと﹂ 佳﹁いきなり俺かよ﹂ ︽三木佳亜の成績は︻国語︼9、︻数学︼9、︻理科︼10、︻社 い ごwwwww﹂ 会︼8、︻英語︼3、です︾ 香﹁え 瀬﹁他はめちゃくちゃいいのに英語が⋮⋮w﹂ 佳﹁英語はわりと事実だ﹂ 香、瀬﹁﹁普通に認めた!﹂﹂ 552 隊﹁結構当たってるのかも?﹂ 佳﹁次、香だ﹂ ︽木元香の成績は︻国語︼1、︻数学︼7、︻理科︼5、︻社会︼ い ごwwwww﹂ 2、︻英語︼0、です︾ 瀬﹁え 佳﹁人のこと言えねぇな﹂ 香﹁こ、国語はこんなに悪くないもん!﹂ 佳﹁社会は否定しないのか﹂ 隊﹁じゃあ次は心ちゃんだね﹂ ︽瀬田心の成績は︻国語︼3︻数学︼6︻理科︼5︻社会︼0︻英 い ごwwwww﹂ 語︼9です︾ 佳﹁え 瀬﹁アタシ英語こんなにできないよ! 社会のほうができる!﹂ 553 佳﹁それもどうかと﹂ 香﹁次はさっちゃんだね﹂ 隊﹁私、数学が苦手だけど⋮⋮当たるかな?﹂ ︽如月沙智の成績は︻国語︼10︻数学︼/︵^o^︶\︻理科︼ 3︻社会︼6︻英語︼8です︾ 香﹁wwwww﹂ 瀬﹁wwwww﹂ 佳﹁隊長どんだけ数学苦手なんだ﹂ 隊﹁こ、こんなに苦手じゃないよ!﹂ 香﹁診断メーカー、結構当たるかもね﹂ 瀬﹁当たるかどうかはあれだけど⋮⋮。 でも面白いよ﹂ 佳﹁他のもやってみようか﹂ 香﹁じゃあ、これ!﹂ 554 ︽悪人ランキング調べたったー︾ 隊﹁上位になればなるほど悪人ってことだね﹂ 瀬﹁三木佳亜、っと﹂ 佳﹁また俺からか。 次から順番変えるぞ﹂ ︽三木佳亜は、悪人ランキング︻23位︼です!︾ 瀬﹁めっちゃ上位だww﹂ 香﹁みっきー、極悪人だね﹂ 佳﹁誰が極悪人だ。 次、次﹂ ︽木元香は、悪人ランキング︻27位︼です!︾ 佳﹁俺とたいしてかわんねぇじゃねぇか。 極悪人﹂ 香﹁そんなことないよ! 555 みっきーより4位も下だもんね!﹂ 佳﹁だから僅差だよ﹂ 隊﹁次いくよー﹂ ︽瀬田心は、悪人ランキング︻超善人︼です!︵参考順位1000 0万位以下︶︾ 佳、香﹁﹁こいつウゼェ!﹂﹂ 心﹁事実だ!﹂ 隊﹁wwww﹂ ︽如月沙智は、悪人ランキング︻3位︼です!︾ 隊﹁3位⋮⋮﹂ 香﹁さらに上がいた!﹂ 瀬﹁さすがさっちゃん﹂ 佳﹁あれか、ラスボス的な﹂ 香﹁次、どれやる?﹂ 556 佳﹁これがいいな﹂ ︽あなたの﹃やる気﹄が見つかったー︾ 香﹁みっきー、めんどくさがりだもんね﹂ 佳﹁はたして、俺のやる気はどこにあるのか。 あ、順番変えるんだった。 まず瀬田からな﹂ ︽ずっと行方不明だった瀬田心のやる気。実は、キャバクラで豪遊 中です。なんというか、もうダメな感じです︾ 佳﹁もうダメらしいぞ﹂ 香﹁すごい遊んでるね、心のやる気﹂ 瀬﹁アタシのやる気帰ってきて!﹂ 隊﹁次は香ちゃんね﹂ ︽ずっと行方不明だった木元香のやる気。実は、デート商法にひっ 557 かかっています。帰ってくるときには、美顔器を持参している可能 性が高いです︾ 香﹁わ、私のやる気がピンチ!﹂ 佳﹁よかったな、帰ってくるんだってよ﹂ 瀬﹁美顔器と一緒に﹂ 隊﹁美顔器って10万くらいするのあるよね﹂ 香﹁帰ってこないで私のやる気! あ、いや、やる気だけ帰ってきて!﹂ 佳﹁“だけ”を強調したな﹂ 瀬﹁次ー﹂ ︽ずっと行方不明だった如月沙智のやる気。実は、平成23年8月 末日をもちまして営業を終了いたしました。本当にありがとうござ いました。︾ 佳﹁終わってたww﹂ 瀬﹁営業を終了いたしました﹂ 香﹁本当にありがとうございました﹂ 558 佳﹁ファミレスのメニューみたいだな﹂ 隊﹁⋮⋮﹂ ︽ずっと行方不明だった三木佳亜のやる気。実は依然、行方不明の ままです。既に太陽系を飛び出してしまったのかもしれません︾ 瀬﹁なるほどww﹂ 香﹁納得できるww﹂ 佳﹁⋮⋮︵゜д゜︶﹂ 隊﹁みっきー、顔がww﹂ 瀬﹁次どれにしようか﹂ 香﹁心が選んだら?﹂ 瀬﹁じゃあ⋮⋮これにしよ﹂ ︽あなたがリアルに言いそうっだー︾ 559 香﹁一番、いきまーす﹂ ︽木元香がリアルに言いそうなセリフ﹁おい、ちょ、待てよ﹂︾ 佳﹁キム○クか﹂ 香﹁おい、ちょ、待てよ﹂ 隊﹁いきなり使い所あったね﹂ 瀬﹁次、さっちゃんで﹂ ︽如月沙智がリアルに言いそうなセリフ﹁ロリコンを恥じたことな ど一度もない﹂︾ 香﹁さっちゃん、ロリコンなんだね﹂ 瀬﹁人は見かけによらないんだよね﹂ 佳﹁それも個性だ。 恥じる必要なんてない﹂ 隊﹁違うよ!? ロリコンじゃないよ!﹂ 560 ︽三木佳亜がリアルに言いそうなセリフ﹁大事なことなので二回言 いました︵裏声︶﹂ ︾ 香﹁らしいよ﹂ 瀬﹁裏声だって。 出せる?﹂ 佳﹁あー︵裏声︶﹂ 香、瀬﹁﹁あっさり出した﹂﹂ 佳﹁そりゃ俺だって女だから﹂ 隊﹁次ね﹂ ︽瀬田心がリアルに言いそうなセリフ﹁信じてよ。お願いだから、 信じてよ﹂︾ 佳﹁瀬田は何を疑われてんだ﹂ 隊﹁なんか必死だね﹂ 瀬﹁いや、別にアタシが言ったわけじゃないからね﹂ 香﹁またまたー﹂ 561 瀬﹁なんでそこ疑う!? 信じてよ、お願いだから信じてよ﹂ 佳﹁言ったぜ。 今まさに﹂ 隊﹁次は?﹂ 香﹁じゃあこれで﹂ ︽あなたは誰だっけー︾ 佳亜﹁よし、隊長からいくぜ﹂ ︽﹁如月沙智って誰だっけ?﹂﹁あのロリコンだよ﹂﹁ああ!あの ロリコンか!﹂﹁そうそう凄くロリコン﹂︾ 香﹁さっちゃんwwwww﹂ 瀬﹁どんだけロリコンww﹂ 隊﹁違うよ!? 本当に違うってば!﹂ 562 佳﹁照れ隠しですね、わかります﹂ 隊﹁違うよ!?﹂ ︽﹁三木佳亜って誰だっけ?﹂﹁あの悪魔だよ﹂﹁ああ!あの悪魔 か!﹂﹁そうそう凄く悪魔﹂︾ 佳﹁誰が悪魔だ﹂ 香﹁小悪魔とか?﹂ 瀬﹁いや、きっとそんな生易しいもんじゃないよ。 多分悪魔の頂点だよ﹂ 佳﹁そんなことないよ。 そんなことないよ﹂ 隊﹁なんで2回⋮⋮w﹂ 佳﹁大事なことなので二回言いました︵裏声︶﹂ 香、瀬﹁﹁今言った!!﹂﹂ ︽﹁木元香って誰だっけ?﹂﹁あの変態だよ﹂﹁ああ!あの変態か !﹂﹁そうそう凄く変態﹂︾ 563 隊﹁変態w﹂ 瀬﹁wwww﹂ 香﹁私、変態じゃないもん!﹂ 佳﹁はいはい、ワロスワロス﹂ ︽﹁瀬田心って誰だっけ?﹂﹁あのド変態だよ﹂﹁ああ!あのド変 態か!﹂﹁そうそう凄くド変態﹂︾ 佳﹁なんなんだよお前らww﹂ 隊﹁wwwww﹂ 香﹁ほら! 私、心より変態じゃないもんね!﹂ 瀬﹁変態は変態だよ! てゆーかアタシ変態じゃないから!﹂ 佳﹁はいはい、ワロスワロス﹂ 隊﹁次どうしようか?﹂ 佳﹁あ、次でラストな﹂ 564 瀬、香﹁﹁マジで!?﹂﹂ 佳﹁そろそろ文字数足んねぇんだよ﹂ 隊﹁大人の事情ってやつだね﹂ 香﹁じゃあラストはこれ!﹂ ︽主人公適性度測ったー︾ 隊﹁主人公はみっきーでしょ?﹂ 香﹁でもほら、みっきーってちょっと主人公っぽくないとこあるか ら﹂ 佳﹁失礼な﹂ 瀬﹁いくよー﹂ ︽三木佳亜の適性度は︻測定不能︼です︾ 香﹁ちょww﹂ 瀬﹁測定不能って良い意味? 565 悪い意味?w﹂ 隊﹁多分、悪い意味ww﹂ 佳﹁失礼な﹂ ︽木元香の適性度は︻45%︼です︾ 佳、瀬、隊﹁﹁﹁微妙﹂﹂﹂ 香﹁?︵´д`;︶﹂ 佳﹁みんなの心が一つに﹂ 隊﹁顔がww﹂ ・瀬田心の適性度は︻測定不能︼です。 隊﹁また出た、測定不能ww﹂ 香﹁これは正しい判断ww﹂ 瀬﹁失礼な﹂ 佳﹁あれだよ。 瀬田、影うすいから﹂ 566 瀬﹁失礼な﹂ ︽如月沙智の適性度は︻あんたが主人公︼です︾ 隊﹁!?︵´д`︶﹂ 瀬﹁新主人公誕生﹂ 佳﹁なんということでしょう﹂ 香﹁次回からは新主人公、さっちゃんが活躍しまーす﹂ 佳、瀬﹁﹁イェーイ︵拍手︶﹂﹂ 隊﹁主人公はみっきーでしょ!﹂ 佳﹁なんだかんだで俺って自分が主人公だって忘れる時があるんだ﹂ 隊﹁忘れないで!﹂ 香﹁とりあえず終わったね。 面白かったー﹂ 瀬﹁だね﹂ 567 佳﹁あ、作者から通達。 残り2000文字しかないって﹂ 瀬、香﹁﹁マジか!﹂﹂ 隊﹁挨拶しなきゃ﹂ 佳﹁えっと、100話記念とはいえやったことは俺達の普段の会話 だったわけですが、少しでも楽しめていただけたら嬉しいです。 作者共々、俺達もこれから頑張っていきたいと思います。 ここまで読んでくださってありがとうございました﹂ 香、瀬、隊﹁﹁﹁ありがとうございました!!﹂﹂﹂ 佳﹁今後とも﹃俺の日常はこんな感じ。﹄をよろしくお願いします﹂ 香、瀬、隊﹁﹁﹁よろしくお願いします!﹂﹂﹂ 佳﹁さ、帰るぞ﹂ 香﹁お腹すいたー﹂ 隊﹁どこか寄って帰ろうか﹂ 瀬﹁サラダバーあるとこがいいな﹂ 佳﹁うるさいぞド変態﹂↑トマト嫌い 瀬﹁ド変態じゃない!﹂ 568 佳﹁はいはい、ワロスワロス﹂ 隊﹁wwww﹂ 香﹁診断メーカーの結果って日替わりらしいよ﹂ 佳﹁じゃあ、﹃今日はド変態﹄だな﹂ 瀬﹁でも生きる!!﹂ 香﹁早く行こうよww﹂ 佳﹁ん﹂ 隊﹁なんか最後までグダグダww﹂ 佳﹁俺達だからな。 しょうがない﹂ 香﹁しょうがないしょうがない﹂ 佳﹁大事なことなので二回言いました︵裏声︶﹂ 隊﹁wwwww﹂ 569 ︻100話記念︼診断メーカー︵後書き︶ 長ぇ、クソ長ぇ。 長いの嫌いな方すみません。 なんだかあの4人がいろいろやってくれたようです。 佳﹁作者、作者﹂ なんだい佳亜ちゃん。 佳﹁ん﹂ ︽﹁○○︵作者名︶って誰だっけ?﹂﹁あの人見知りだよ﹂﹁ああ !あの人見知りか!﹂﹁そうそう凄く人見知り﹂︾ ⋮⋮そ、そんなことないもん!↑ 最後までグダグダすみませんでした。 作者のクソ挨拶まで読んでくれてありがとうございます。 まだまだ未熟ですがこれからも頑張ります! 目指せ200話記念! 570 今後もよろしくお願いします! 本当にありがとうございました。 571 むちゃぶり︵前書き︶ 今回から文化祭の準備に入っていきますよー。 多分、文化祭の話より準備の話のほうが長いと予想。 あくまでも予想ですが。 実際の行事も本番より練習のほうがやたらと長いものですね。 文化祭の話と準備の話が同じくらいの話数になるのが理想的です。 頑張ります。 読んでくださってありがとうございます。 前書きで長々と失礼しました。 572 むちゃぶり 今日の教室は騒がしい。 文化祭が近いせいかな。 ﹃連絡します。 文化祭にて個人で舞台に出演を希望する方は、出演届を生徒会室に 持参してください﹄ 放送が流れる。 個人舞台はなかなか面白い。 ダンスとかもいいけど、バンドが面白いかな。 ごちゃごちゃしてるより少人数がいいよ。 ちゃんとみられるし。 ﹁おーい、今の放送聞いたな?﹂ あ、担任だ。 573 ﹁クラスの舞台の出演届は明日までの提出だ。 なにをやるか文化委員を中心に決めとけ。 俺は出張だから行くからな﹂ ﹃はーい﹄ 担任は用件を告げると教室を出ていった。 ﹁というわけで、文化祭でやることを決めるぞ﹂ ちなみに文化委員はあの団長だ。 そういえば団長って呼んでばっかで名前は言ってなかったな。 まなべ 団長の名前は眞辺だ。 みんなナベって呼ぶ。 ﹁ナベ面白いことやれよー﹂ ﹁ナベが主人公の舞台とかどう?﹂ クラスメートが野次を飛ばす。 574 ナベは教卓に肘をつきながら片手を振る。 ﹁ふっふっふ、今年はいくつか候補を考えてある﹂ ﹃おおー﹄ ﹁候補っていっても﹃劇﹄とか﹃ダンス﹄とか大まかだから、内容 はあとで決めるぞ。 公平に投票で大まかなこと決めよう。 紙配るぞ﹂ 流れ的にわかると思うけど、ナベはクラスのリーダー的存在だ。 それにしても今年はやけに手際いいな。 文化委員3年目の慣れか? 黒板には候補が書かれていく。 紙も全員に配られた。 どれどれ、候補は⋮⋮。 575 ?劇 ?ダンス ?歌︵三木︶+なにか︵ダンスとか︶ ﹁⋮⋮。 ちょ、ナベ﹂ 手招きでナベを呼ぶ。 ﹁なんだよ﹂ ﹁なんだよじゃねぇよ。 ?ってなんだよ。 なにするんだ﹂ ﹁お前が歌うんだよ。 ああ、別にお前だけが歌うんじゃないからな。 ただお前のソロパートが多い﹂ ﹁え、なにそれ、やだ﹂ なんで舞台で歌わなきゃならん。 ムリムリ。 ﹁まぁまぁ、とりあえず投票だから﹂ 576 ﹁⋮⋮﹂ なんだか納得いかない。 ﹁もうみんな書いたな? 紙は回収してすぐ開票するぞ﹂ ﹁やだ、ムリムリ!﹂ 結果。 ?3票 ?6票 ?31票 ﹁決まりだな﹂ ﹁ダメだってホント!﹂ ﹁なんでだよ。 お前上手いじゃん。 こうなるのは必然だったんだ﹂ 577 ﹁てゆーか俺、そもそもあの選択肢に同意した覚えないんだけど﹂ ﹁ああ、前のカラオケの時に俺が考えたんだ﹂ ムリだってマジで。 俺、歌ってる途中でも普通に咳とかするもん。 つーかこれ、みんなあれだろ。 悪ふざけ入ってるだろ。 ﹁なぁ、みんな?がいいよな?﹂ ナベの問いかけにクラスメート達が頷く。 ﹁なんでやねん﹂ ﹃面白そうだし﹄ ﹁⋮⋮うわーん﹂ ﹁すげぇ棒読みだぞ﹂ 泣き真似でもしてみる。 効果がないのは知ってるが。 578 なんかクラス全体が盛り上がってきた。 歌の他にはなにをやるかとか、なんの曲がいいかとか。 ﹁⋮⋮ナベ、俺ホントにできないよ﹂ ﹁なんでだよ。 上手いんだから自信もてよ﹂ ﹁お世辞は受け取るが、むちゃぶりは受け取りにくいぜ﹂ 人前に出るの向かないんだよ。 劇でも裏方に回るつもりだったし。 ﹁お前ならきっとできるよ。 盛り上がるぜ?﹂ ﹁⋮⋮だって、恥ずかしいじゃん﹂ 組んだ腕を机にのせて、少し顔を埋める。 顔も見ずに話すのは失礼だと思い、視線だけナベに向けた。 579 俺は知らない。 これが相手からみたら上目遣いだということを。 ﹁⋮⋮っ、あ、まぁ、別に、歌ばっかやるわけじゃないから、さ。 その、頑張ってくれないか?﹂ ﹁⋮⋮決まっちゃったし、うん。 頑張るけど⋮⋮。 つーかなんで急に挙動不審になってんの? 大丈夫?﹂ ﹁ああ、うん、大丈夫⋮⋮﹂ なんなんだ。 とりあえず、決まったもんはしょうがない。 頑張ろう。 やるのは歌だけじゃないしな。 うーん、せいぜい3分くらいかな。 いろいろ考えてると視線を感じる。 ﹁⋮⋮なに?﹂ 580 ﹁え、いや、⋮⋮﹂ ﹁お前ホントに大丈夫?﹂ ナベは体調が悪いのか? 581 ダンスより劇 ﹁とりあえずやることは決まった。 今度は内容をしっかり決めてくぞ﹂ 引き続きナベが仕切って文化祭の話し合いをする。 ﹁歌以外になにをやるかだけど、提案ある奴いる?﹂ 発言する人はいない。 そりゃそうか。 ﹁ただの舞台じゃつまんないし、劇は?﹂ テキトーに言ってみる。 実際、俺はダンスより劇のほうがみてて楽しい。 ﹁みっきー、主役やってよ﹂ ﹁絶対やだ﹂ 香が茶々を入れてくる。 俺は裏方がやりたいんだ。 582 ﹁まぁ、やることは限られてくるし。 劇でいいか?﹂ ﹃イェーイ﹄ あれ、決まっちゃった。 いいのかそれで。 ﹁で、どんな劇にするかだけど⋮⋮文芸部、台本作り任せた。 内容も決めてくれ﹂ ﹁はーい﹂ ウチのクラスに文芸部員は3人。 頑張って。 ﹁じゃあ詳しくは台本できてから決めるってことで。 今日は話し合い終了な。 あ、三木、こっち来い﹂ 583 ﹁ん?﹂ なんだなんだ。 ﹁歌だけどな、生演奏にしようかと思うんだよ﹂ ﹁生演奏って⋮⋮誰がやんの?﹂ ﹁俺。 あと他に2人﹂ ﹁へぇ、演奏できるんだ。 すごいな﹂ ﹁言っただろ? 俺、バンド組んでるんだって﹂ そういえばそんな話し聞いた気がする。 ﹁でも生演奏難しくない? タイミングとか。 そもそも俺ド素人なんだけど﹂ ﹁まぁ練習すれば大丈夫だろ。 それにお前バンド経験者より上手いって﹂ ﹁⋮⋮そう何回もお世辞言われると照れるんだけど﹂ 584 こうみえて俺は恥ずかしがりなんだ。 上がり症ではないから見た感じではわからないらしいけど。 正直、歌で盛り上がるとは思えない。 あ、でもナベが生演奏するなら盛り上がるかな? せっかく盛り上がっても俺が台無しにしたら最悪だな。 おもしろい劇だといいな。 盛り上がらなくてもカバーできる感じの。 俺、照明係やりたい。 あれ超かっこいいよね。 585 台本︵前書き︶ なんだか最近、佳亜がリア充になってきた。 羨ましいぜちくしょうめ。 読んでくださってありがとうございます。 586 台本 ﹁台本できたよー﹂ 早。 あれから2日しか経ってないんだけど。 ﹁おー!﹂ ﹁どれどれ?﹂ クラスメート達が集まる。 俺も覗いてみた。 台本の内容はこうだ。 対人恐怖症の母親にお使いを頼まれた赤ずきん。 母親の変わりにおばあちゃんの家に行く赤ずきんは森に入る。 587 その森には3匹の狼が住んでいた。 1匹目は引っ込み思案な毒舌。 2匹目は女好きなナルシスト。 3匹目は苦労性なまとめ役。 そんな狼達に声を掛けられた赤ずきんは、無事におばあちゃんの家 へ辿り着けるのか。 ⋮⋮なんかすごいなこれ。 でもおもしろそう。 ﹁台本ができた! 早速、配役決めるぞ﹂ ナベが仕切る。 配役は、赤ずきん、対人恐怖症の母、おばあちゃん、狼1、狼2、 狼3、猟師。 あとは裏方。 588 俺、照明やりたい。 ﹁三木、お前の役決まってるからな﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ は、ちょっと待って。 俺歌やるだけじゃないの? 役もやるの? えー、えー、えー⋮⋮。 ﹁まぁ、役から歌に入るためだからな。 必然的にそうなるんだけど⋮⋮って、お前急にしょぼくれてどうし た!?﹂ ﹁ん⋮⋮俺、照明やりたかった﹂ ﹁照明か⋮⋮。 お前の役は狼1だから、前半だけでいいなら照明やってみたら?﹂ ﹁⋮⋮いいの?﹂ ﹁お前の役割とか勝手に決めてるしな。 589 それくらい全然いいよ﹂ わーい、やったね。 ﹁ありがと。 頑張る﹂ ﹁⋮⋮お、おぅ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ナベは目を反らしてこっちを向かない。 覗き込んでもチラッと視線が合っただけで反らされた。 ﹁なんだよ﹂ ﹁ち、ちょっと今くしゃみ出そうだから⋮⋮こっちみんなって﹂ ﹁ふーん⋮⋮大変だな?﹂ ﹁ま、まぁな﹂ なにが大変なのか俺もわかんないけどとりあえず言っておいた。 ﹁太陽みるとくしゃみ出やすくなるんだってよ﹂ 590 ﹁そ、そうか﹂ ︵⋮⋮鈍感め︶ ナベの心の声は、当然ナベにしか聞こえない。 591 配役 ﹁で、俺の役はなんだっけ?﹂ ﹁引っ込み思案な毒舌狼﹂ ﹁セリフあんの?﹂ ﹁あるけどセリフは作ってない﹂ ﹁なにそれ?﹂ ﹁役が自然になるように、セリフはみんなアドリブでいく﹂ ﹁マジか﹂ どおりで台本が早く出来るわけだ。 どうしよう、できるかな。 ﹁ナベはなにすんの?﹂ ﹁俺は苦労性なまとめ役狼﹂ ﹁ああ、うん。 似合う似合う﹂ 592 普段からまとめ役だしな。 ちなみに、他の配役も決まった。 赤ずきん、クラスの女子 対人恐怖症の母親、香 おばあちゃん、クラスの女子 狼1、俺 狼2、ナベの友達 狼3、ナベ 猟師、ナベの友達 こんな感じだ。 香は俺が引き込んだ。 母親のセリフ多くないしな。 ﹁さて、時間もないし役者は劇の練習! 他は背景や衣装の準備を頼む!﹂ 593 衣装あるんだ。 狼⋮⋮どんな風になるかな。 ﹁役者組はまず赤ずきんと母親の会話場面から。 スタート!﹂ 頑張れ香。 594 衣装︵前書き︶ 今回終わって、次回からは文化祭かなーと思ってます。 劇の全貌は本番で明らかに。 とかいって、まだ全然考えてないのです。 早く続き書かなきゃ。 前書きで失礼しました。 読んでくださってありがとうございます。 595 衣装 ﹁おおー⋮⋮﹂ あれから少し日が経って、文化祭ももう間近だ。 今日は衣装の確認。 ﹁⋮⋮良い﹂ ﹁良いよな﹂ ﹁みんなすごく良いよ!﹂ クラスメート達が褒めてくれる。 役者メンバーは全員が衣装に着替えた。 サイズぴったり。 俺も狼役の衣装を着てる。 元は猫耳だったものを狼の耳に作り替えたカチューシャと、茶色や 黒色が多めに使われたデザインの服。 596 同じ狼役でも衣装はバラバラだ。 役の性格に合わせた雰囲気がある服にしてあるらしい。 俺は引っ込み思案な毒舌狼役ってことで、茶色より黒が多め。 ダボったくないからちょっと身体が小さく見える。 ﹁みっきー、似合ってるよ!﹂ ﹁写真撮らせて!﹂ ﹁やだ﹂ 隊長、写真好きだな⋮⋮。 ちなみに、ナベは苦労性なまとめ役狼だから大人っぽい感じ。 女好きなナルシスト狼の役はチャラい感じの服だ。 香は対人恐怖症の母親役⋮⋮とはいえ対人恐怖症は服で表現できな いから、暗い色合いの婦人服。 ﹁似合ってるぞ、ナベ﹂ 597 ﹁そういうお前も似合ってるぞ﹂ ナベはもともとこういう服が似合うんだろうな。 私服って言ってもおかしくない。 ﹁ナベが体格でかくてよかった。 隠れやすい﹂ ﹁そ、そうか﹂ 引っ込み思案を表すために俺は常にナベの後ろに隠れる。 練習して毒舌にも慣れてきた⋮⋮かな? 毒舌にはあんまり期待しないでほしい。 隠れるならもう1人の狼でもいいんだけど⋮⋮ナルシスト役の後ろ はちょっとやだな、と思った。 別にその人がナルシストってわけじゃないんだけどね。 ﹁さぁ、練習も大詰めだぞ! 頑張ろう!﹂ ﹃おー!﹄ 598 ﹁おー﹂ あ、俺だけ遅れた。 599 開催 ﹃ただいまより、文化祭を開催します﹄ 生徒会長っぽい人が挨拶をすませて、文化祭は始まった。 午前はクラスの舞台演技。 午後からは個人の舞台演技と校内外に店ができるから、どっちも好 きなようにみてまわれる。 ﹁ウチのクラスは⋮⋮午前の部の最後じゃん﹂ トリじゃん。 すごいね。 偶然だろうけどね。 どうしよう、結局セリフはアドリブなんだけど。 みんな緊張してわけわかんないこと言いかねない。 覚悟しとこう。 600 ﹃1番、吹奏楽部演奏会です﹄ 最初の演目が始まった。 残念ながらウチの学校は吹奏楽部員が少ない。 技術もそんなに高くはない。 言ってしまえばちょっと暇なんだ。 この時間はこれから始まる他の演目を楽しむために、しっかり休ま せてもらおう。 ﹁みっきー、神谷くんがみてるよ﹂ ﹁ん?﹂ ホントだ。 龍と目が合った。 なんだろ? 601 ﹁行ってみる﹂ ﹁行ってらっしゃーい﹂ 文化祭は体育館で座る場所が自由だ。 列をつくらなくてもいいから、のびのびできる。 だから移動もラク。 ﹁よ。 どうかした?﹂ 俺は四つん這いになってほふく前進で龍のとこまで来た。 ﹁せ、先輩!﹂ ﹁しー﹂ 今は吹奏楽部が演奏中。 小声で話さなきゃ。 ﹁す、すみません⋮⋮﹂ 602 ﹁まぁいいけどさ。 で、こっちみてたみたいだけど?﹂ ﹁あ、え、えっと⋮⋮﹂ いつまでも四つん這いでいるのは邪魔だ。 龍の横に座る。 ﹁せ、先輩⋮⋮劇に出るんですよね?﹂ ﹁ああ。 よく知ってるな﹂ ﹁はい。 それで、あの⋮⋮僕も劇に出るんです﹂ ﹁へぇ﹂ ﹁その⋮⋮よかったら劇の衣装で一緒に写真撮ってもらえませんか ?﹂ ﹁写真?﹂ うーん⋮⋮俺、写真苦手なんだよね。 嫌いじゃないけどさ。 603 ﹁⋮⋮⋮⋮だめ、ですか?﹂ ﹁んー、たこ焼き奢ってくれたらいいよ﹂ 思い出だしな。 たまには写真もいいや。 ﹁あ、ありがとうございます!﹂ ﹁しー﹂ ﹁す、すみません⋮⋮﹂ あはは。 604 飲食禁止 ﹁あ、みっきーおかえり﹂ ﹁ただいま﹂ 行きと同じように四つん這いでほふく前進して戻った。 ﹁みっきー、衣装着替える時にメイクする?﹂ ﹁しない﹂ ﹁えー﹂ ﹁落とすの大変そうじゃん﹂ 化粧は大人になってから。 とは思うけど⋮⋮めんどくさそう。 でも化粧って社会人のマナーだよな。 社会にでたら化粧するよ。 あ、劇始まった。 605 タイトルは⋮⋮﹃ロミオとジュリエット﹄だってさ。 誰もが1度はやるよね。 俺も中学の時にやった。 当然、裏方だけど。 さてと、しらばくはゆっくりしよう。 ウチの劇は準備に時間が掛かる。 1時間もしたら教室に戻って準備を始めなきゃならない。 それまでは他クラスの舞台を楽しもう。 ﹁みっきー、飴いる?﹂ ﹁うん。 ちょーだい﹂ ちなみに言っとくと、体育館内は飲食禁止だ。 606 うん、飴美味いね。 607 待ち人 ﹁おい、そろそろ戻って準備始めるぞ﹂ ナベが小声で話し掛けてきた。 ﹁ん、もうちょっと。 すぐ行く﹂ 今は龍のクラスが劇やってんだ。 これまでみてから準備始めても遅くはないだろう。 龍のクラスは﹃あなたの隣にメロス﹄ってタイトルの劇だ。 ﹃走れメロス﹄のメロスが現代にやってきました、みたいな話。 最初は現代慣れしてなくてイタイ人なメロスが、わりと活躍して主 人公の手助けとかしちゃうらしい。 なかなかおもしろい。 龍はメロスの友達役。 608 名前は忘れたけど、﹃走れメロス﹄でメロスの代わりに城に残った 人だ。 いろいろあって最後にはこの人も助かる。 劇中では天の声みたいでメロスに助言する役だった。 龍のクラスの劇終わった。 おもしろかった。 早く教室に行って準備しなきゃね。 ん? 体育館の出入口に人影が。 ﹁⋮⋮あ﹂ ﹁⋮⋮ふん﹂ 誰かと思ったら七村さん。 609 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮どうかした?﹂ 何か用があるんだと思ったけど、話し出す気配がない。 こっちから切り出した。 ﹁⋮⋮⋮⋮アナタのクラス、赤ずきんの劇やるんでしょ?﹂ ﹁うん、まぁ﹂ ﹁アナタは何の役やるのよ﹂ ﹁狼役﹂ ﹃引っ込み思案な毒舌﹄というのはあえて省いた。 ﹁特別にみてあげるわ﹂ ﹁はぁ、そりゃどうも﹂ ﹁だから⋮⋮これ、買いに来なさいよ﹂ ﹁これ?﹂ 610 渡されたのはドーナツの食券が2枚。 ﹁七村さんのクラス、出店するんだ﹂ ﹁そうよ。 お金を出さなくてもその食券で引き換えできるわ﹂ ﹁へぇ、ありがと﹂ せっかくくれたんだ。 もらっておく。 ﹁⋮⋮絶対来なさいよ!﹂ ﹁うん、行く行く﹂ 七村さんは体育館に入っていった。 食券渡すために待っててくれたのかな。 ドーナツ、楽しみ。 611 612 準備中 ﹁小道具、確認して!﹂ ﹁おい、衣装の飾りどこいった!?﹂ 教室に戻ると、みんな準備におわれてバタバタしてた。 ﹁みっきー! みっきーも早く着替えなきゃ!﹂ ﹁うん。 やって﹂ 香に髪とか弄ってもらう。 狼の耳つけてもらったりとか。 ﹁さっきみてきたんだけどね、おもしろそうな出店とかいっぱいあ ったよ。 射的とかあってね。 午後からまわろうね!﹂ ﹁ん﹂ 613 喋りながらも手を止めない香。 俺はなるべく頭を動かさないようにして衣装に着替える。 ﹁はい、できた!﹂ ﹁ありがと﹂ 俺の準備が早めに終わるのはわかりきってた。 だって化粧しないから。 ﹁三木、お前は化粧しないんだな﹂ ナベが話し掛けてきた。 ナベも着替えが終わったらしい。 ﹁うん、落とすのめんどくさいから﹂ ﹁せっかくの文化祭なのに?﹂ ﹁んー、別に。 614 社会人になったら嫌でも化粧しなきゃいけないしな﹂ ﹁ふーん⋮⋮なぁ、今暇だろ?﹂ ﹁ん、まぁ﹂ ﹁写真撮ろうぜ﹂ 写真か。 どうせ龍と撮るんだし、今日ぐらいはいいかな。 ﹁いいよ﹂ ﹁んじゃ、デジカメで⋮⋮。 ほら、もっと寄れよ﹂ ナベは片手でカメラを持って俺達に2人にレンズを向ける。 よく片手で撮れるよな。 俺がやったら絶対上手くいかない。 ﹁はい、チーズ﹂ 615 ﹁うわ、ミスった。 目閉じちゃった﹂ ﹁じゃ、もう1枚。 はい、チーズ﹂ ﹁ん、さんきゅ﹂ 写真撮られ慣れてないからフラッシュは苦手だ。 ﹁劇、頑張ろうな﹂ ﹁ん、頑張ろう﹂ 616 開幕 こんにちは。 俺は今、舞台裏にいます。 ﹁おい、早く背景!﹂ ﹁配置は!?﹂ ﹁ちょっと、この小道具こっちじゃないって!﹂ かろうじてみんな小声だけど、バタバタです。 今回の劇は第六幕まである。 時間はだいたい30分。 なかなか長い。 俺がでるのは第二、第五、第六幕。 第三、第四幕のあたりは照明をやらせてもらう。 617 ﹁おい、第二幕の背景も準備しとけ!﹂ ﹁木の配置違うよ!﹂ なんかもう本当にバッタバタだな。 裏方のみんなお疲れさま。 ﹁さぁ、いよいよ開幕だ。 セリフ全部がアドリブとはいえ、きっとなんとかなる。 自然な感じが出せるようにな。 そのためのアドリブなんだから﹂ 正直、不安だ。 だって全部アドリブだもんよ。 第二幕までは絶対みんなテンパるよね。 後半は多分大丈夫だと思うけど。 まぁ、なにかあったら誰かしらフォローするんじゃないかな。 618 ﹁それじゃ、頑張ろう!﹂ ﹃おー!﹄ よし、いよいよだ。 楽しい劇になったらいいな。 619 第一幕 −side龍斗− いよいよ始まった⋮⋮先輩のクラスの劇。 タイトルは﹃ツッコミたくなる赤ずきん﹄ 幕が上がる。 舞台の右端には小屋の背景があって、床には草らしき物が置いてあ る。 小屋の外が第一幕の場面らしい。 舞台の真ん中には草に囲まれて1人の女の子。 赤いずきんをしてる。 この人が赤いずきんだと一目でわかる。 ﹁あー、だりぃ。 いい天気すぎてむしろ暑いんですけど﹂ ⋮⋮!? な、なんだか口調が童話っぽくない赤ずきんだ。 620 背景の小屋の扉の絵が開いた。 あれ開くんだ⋮⋮作り込んであるなぁ。 ﹁⋮⋮あ、赤ずきん、赤ずきん。 こっちに来てちょうだい、早く﹂ ﹁お母さん、出てきなよ。 今誰もいないよ﹂ ﹁今はいなくても誰か来るかもしれないでしょ!? お母さん、人の目が怖いんだから!﹂ えええ、なんかお母さん対人恐怖症!? ﹁で、なにか用?﹂ ﹁赤ずきん、おばあちゃんの家に行ってきてちょうだい﹂ ﹁え、めんどくさい﹂ ﹁お母さんはおばあちゃんの目が見られないの! 人と1時間話してるだけで発狂しちゃうんだから!﹂ 621 えええ、このお母さん結構重度の対人恐怖症だ! ﹁目が見られないって、自分の親でしょ!? 今までどうやって生きてきたの!?﹂ ﹁長年こんなだとね、足元さえ見てれば難なく生活できるようにな るのよ﹂ ﹁なんか嫌な能力⋮⋮﹂ ﹁それより、おばあちゃんにこれを持っていってちょうだい。 ﹂ ﹁なにこれ?﹂ ﹁おばあちゃんが欲しいって言ったのよ﹂ ﹁いや、だからなにこれ﹂ ﹁携帯電話﹂ ﹁携帯電話!? アタシも持ってないのに!﹂ 携帯電話!? なんてもの欲しがるんだ、おばあちゃん⋮⋮。 622 ﹁だから行ってきてちょうだい。 おばあちゃん待ってるわよ﹂ ﹁わかったよ。 行ってきます﹂ あ、お母さん赤ずきんに荷物渡すために一瞬でてきた。 対人恐怖症だからすぐ引っ込んだけど。 赤ずきんはめんどくさそうに舞台そでに歩いていった。 幕が降りる。 これで第一幕終了か。 ⋮⋮なんだろう、心の中でだけどツッコミせずにはいられない。 多分この体育館にいる全員がそうなんだろうな⋮⋮。 でも結構おもしろい。 続きが楽しみだ。 623 624 第二幕 −side香−︵前書き︶ リアルではもう12月ですね。 小説内では多分11月初頭くらいですかね。 これからさらに寒さが増すでしょう。 風邪をひかないようお気をつけください。 そして、最近少々忙しいので内容がペラッとしてます。 もうちょっとしっかり書きたいなぁ、と思う今日この頃。 長々と失礼しました。 読んでくださってありがとうございます。 625 第二幕 −side香− はー、緊張した。 対人恐怖症っぽくなったかな⋮⋮? 自分の役を終えた私。 あとは普通に劇を楽しめる。 次は第二幕。 みっきーが登場する場面。 あ、写真撮らなきゃ! 私はカメラを持って体育館の裏口から外に出た。 外から回って正面入口から体育館に入って、客席からみえないよう に後ろのほうでカメラを構える。 幕が上がった。 舞台には3匹の狼。 626 そのうちの1人はみっきーだ。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ﹁なんだよ、ため息なんかついて﹂ 狼役の3人が演技をはじめる。 ﹁いや、鏡に映る自分にみとれて⋮⋮﹂ ﹁死ねばいいのに﹂ そうだった、みっきー毒舌な狼役だった。 頑張れみっきー! ﹁ひどいなぁ。 大丈夫、君の顔も美しいよ! 僕の次にね!﹂ ﹁苦しんで死ねばいいのに﹂ ﹁まぁまぁ﹂ 627 これ全部アドリブなんだから結構すごいよね。 ﹁ん? おい、誰かが森に入ったみたいだぞ﹂ ﹁わかった。 俺、留守番しとく﹂ ﹁お前も行くんだよ。 弱肉強食の中で引っ込み思案じゃ生きてけないだろ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ほら行くぞ﹂ ﹁⋮⋮行きたくなーい﹂ ﹁普段は毒舌のくせに⋮⋮﹂ みっきーはズルズルと引きずられるように歩く。 ﹁僕は絶対行かなきゃね! 森に入った人が迷わないよう手助けするのが僕達の役目だからね!﹂ ﹁お前は女性が好きなだけだろ﹂ 628 ﹁そんなの当たり前だろう! まさか君、男性が好きなの?﹂ ﹁ちょっと黙ろうか﹂ ⋮⋮まとめ役って大変だね。 演技だけど ﹁さぁ行こう。 僕の後ろに隠れていいからね!﹂ ﹁やだ。 ナルシストがうつる。 触るな﹂ ﹁なるほど、それが照れ隠しだね!﹂ ﹁もういいから行くぞ!﹂ まとめ役の狼が残りの狼を引きずっていった。 これで第二幕は終わり。 幕が降りる。 おもしろかった。 629 次の第三幕も楽しみ。 630 第三幕 −side七村− 文化祭なんて、と思ってたけど⋮⋮劇、なかなかおもしろいじゃな い。 背景や小道具も手作りにしては凝ってると思うわ。 私は客席の一番前を陣取って劇をみる。 この私が劇をみてあげてるんだもの。 一番前以外ありえないわ。 幕が上がる。 第三幕のはじまりね。 舞台は背景もなくシンプル。 真ん中にダンボールを組み立てた簡易ベッドが置いてあって誰かが 寝てる。 照明は落とされてベッドだけをスポットライトが照らす。 631 寝てる人は起き上がった。 ﹁あはははは、暇ぁ!!﹂ ⋮⋮!? え、誰⋮⋮? ﹁まったく老後は退屈でしょうがないね! 通信機器も満足にないなんて、この御時世にどうかしてるわ! せめて携帯くらいないとね!﹂ 老後って⋮⋮まさか、この人がおばあちゃん? なんてテンションの高い⋮⋮。 ﹁やっぱり時代はスマホだね! 流行は追わないとね! そういえば最近森に悪い奴がいると聞くけどどうなんだろうね! ところでなんで私はベッドで寝てるんだろうね! 別に体調が悪いわけでもないのにね!﹂ 632 なんか⋮⋮いや、もういいわ。 これはこういう人なのよ。 ﹁私がウザいと思ったそこのアナタ、不幸になるかもね! 恨まないでね! 具体的に言うと、トイレで紙がなかったり消しゴムなくしちゃった りするかもね! じゃ、おやすみ!﹂ なんでそんな微妙な不幸に⋮⋮。 そして結局寝るのね。 照明が落ちて幕が降りる。 これで第三幕終了ね。 このおばあちゃん、なにがしたかったのかしら⋮⋮。 633 第四幕 −side柳田− ﹁はぁ、めんどくさい⋮⋮。 なんでアタシがおばあちゃんに携帯届けなくちゃいけないのよ。 しかもスマホ。 アタシも持ってないのにっ﹂ こんにちは、柳田です。 お久しぶりですね。 今、佳亜先輩のクラスの劇をみてます。 ツッコミどころ満載です。 ちょうど第四幕がはじまったとこですよ。 ﹁ちょっと、そこのお嬢さん!﹂ ﹁は? おじさん誰?﹂ ﹁一緒にお茶していかないかい!?﹂ ﹁嫌ですけど﹂ 634 ﹁まぁ冗談だけどね!﹂ バッサリ。 てゆーか、このノリ誰かに似てるような⋮⋮? ﹁⋮⋮なんか用ですか?﹂ ﹁うん、ちょっとね! 最近、この辺りに悪い狼が出るから気をつけて!﹂ ﹁悪くない狼がいるんですか﹂ ﹁ちなみにその狼、3匹いるからね!﹂ ﹁多いわ! あ、でも狼って普通に集団行動か⋮⋮﹂ ﹁じゃ、気をつけてね! なにかあったら私がこの銃で退治してあげるからね!﹂ ﹁銃刀法違反じゃないの?﹂ ﹁私は善良な猟師さんだからね! これも猟銃だから!﹂ 635 ﹁あ、そうですか。 じゃあさようなら﹂ ﹁うん、さようなら! またね!﹂ ﹁できれば二度と会いたくない﹂ 幕が降りて第四幕終了です。 役者さんのセリフが聞こえにくくなってしまうのでここでは除外し てますが、実は体育館内はツッコミの嵐です。 みんなツッコミ好きですね。 あちこちからツッコミが飛んできてます。 思い出しましたがこの猟師さん、あのおばあちゃんと喋り方が似て ますね。 636 第五幕 −side瀬田− アタシは裏方の仕事だったから劇は客席でみる。 同じ裏方のさっちゃんも一緒に。 ツッコミがわいわい飛んでくるから劇は大成功だ。 あ、第五幕がはじまった。 ﹁変な人に会っちゃったなぁ。 あー、やだやだ﹂ ﹁ちょっと、そこのお嬢さん! 僕と一緒にお茶しませ﹁またか!﹂ええ!?﹂ ﹁つーか、あんたたち誰!?﹂ ﹁狼さんです☆﹂ ﹁うぜぇ! 星うぜぇ!﹂ たしかにうぜぇ。 637 ﹁お前ちょっと黙ってろ。 えーと、俺達はこの森を管理してる者だ﹂ ﹁管理? 狼が? てゆーかさっき﹃悪い狼に気をつけろ﹄って言われたんだけど﹂ ﹁大丈夫、僕達は良い狼だから。 安心して☆﹂ ﹁語尾に☆がつく限り安心できない﹂ そりゃそうだ。 ﹁﹃狼に気をつけろ﹄ってのは誰に言われた?﹂ ﹁猟師の人﹂ ﹁ふーん⋮⋮まぁマジな話、ここには悪い狼なんてのはいないんだ﹂ ﹁ああ、うん。 それはなんとなくわかる。 あんたたちみたいな狼ならアタシでも勝てそうだし。 ⋮⋮ところで、そこに隠れてるのは誰?﹂ ﹁あー、気にしないでくれ。 638 こいつは引っ込み思案で人前に出るのが苦手なんだ﹂ ﹁⋮⋮それは引っ込み思案なの? まぁいいけど﹂ 実はみっきー、歌のことを考慮してセリフはあんまりない。 ウチのクラスの劇の時間は20分だったはずなんだけど、誰かが間 違えて40分にしたらしい。 だから最初は劇の合間でみっきーの歌を入れるはずだったんだけど 予定変更。 劇と歌は別々にやることになった。 ちなみに劇と歌の関連はなし。 ﹁ああっ、大変だ!﹂ ﹁なんだよ﹂ ﹁鏡を忘れてきちゃったよ! 僕は5分に一度鏡で自分を見なきゃ気がすまないのに!﹂ ﹁うぜぇ﹂ ﹁鏡の破片が刺さって死ねばいいのに。 なぁ、その猟師どうする?﹂ 639 あ、みっきー喋った。 ﹁とりあえずは様子見だな﹂ ﹁なんなのよ? 様子見ってなにが?﹂ ﹁その猟師はお嬢さんに﹃悪い狼がいる﹄って言ったんでしょ? それが嘘ってことは、その猟師が悪い人じゃね? って話しだよ﹂ ﹁そういうことだ。 あんた、気をつけろよな﹂ ﹁わかった﹂ ﹁それじゃあお嬢さん! 僕と一緒にお茶に﹁誰が行くか!﹂どうしてだい! 照れなくてもいいんだよ!?﹂ ﹁1人で行ってこい。 んで口のなか大火傷してしばらく喋れなくなれ﹂ ﹁大火傷する茶って逆にすごいな﹂ ﹁じゃ、アタシ行くから!﹂ 640 第五幕終了。 あの狼、なかなかいい味だしてるね。 次でラストだ。 第六幕が終わったら全員で舞台に出て歌わなきゃいけない。 そろそろ舞台裏で待機しなくちゃ。 641 第六幕 −side隊長− いよいよ第六幕。 これが終わったら全員の出番だから、劇みながら準備しとかなきゃ。 ﹁はぁ、やっとついた。 なんか疲れたな⋮⋮。 おばあちゃん、こんにちはー﹂ ﹁おお、よく来たね! 上がってゆっくりしてね!﹂ ﹁⋮⋮どうしよう、さらに疲れそう﹂ ﹁早く閉めてね! おばあちゃんは冷え性だからね!﹂ ﹁あ、うん﹂ ﹁ところで今日は携帯を持ってきてくれたのかね!﹂ ﹁よくわかったね。 はい、スマホ﹂ ﹁やったね! これでおばあちゃんも流行にのったね!﹂ 642 ﹁そ、そうだね。 じゃあアタシそろそろ帰るから⋮⋮﹂ ﹁まだ来たばっかりだからゆっくりしなさいね!﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ 私達は舞台に出る準備を終えた。 ここからはゆっくり劇をみられる。 ﹁たのもー!﹂ ﹁なに!? 誰!? ⋮⋮あっ、さっきの猟師!﹂ ﹁こんにちはお嬢さん! さぁ、さっそくだけどお姉ちゃんに用があるよ!﹂ おばあちゃんに猟銃を向ける猟師さん。 ﹁お姉ちゃんって⋮⋮﹂ ﹁私達は姉弟だからね! 643 私は弟だからね!﹂ 舞台端から狼3人が出てきた ﹁なんか騒がしいな⋮⋮ってそこの奴ら、なにしてる!?﹂ ﹁あっ、さっきの狼!﹂ ﹁お嬢さん! また会えてうれしいよ!﹂ ﹁うぜぇ!﹂ ﹁女の子にフラレたショックで死ねばいいのに﹂ ﹁今はそんなことよりそこの男だろ! おい、お前が噂の猟師だな。 なにやってんだ﹂ ﹁私はね! ⋮⋮いや、やめよう。 わざわざこの口調で話すこともない﹂ ﹁急に口調変わった!?﹂ ﹁私はもともと普通の口調なのだ! 誰のせいで、こんな変な口調にされたと思う!? 644 私の姉のせいだ!﹂ ﹁おばあちゃん?﹂ ﹁そうだ! 自分と同じ口調で喋らなければ思いっきり殴られるのだ! 私にとって姉の拳は恐怖以外のなにものでもない! いっそ殺してくれとさえ思った!﹂ ﹁そ、それは酷い⋮⋮﹂ ﹁この口調のせいで、私の人生は最悪だった! ウザがられ、友達もできず、ひたすら孤独な人生だった! それもこれも、全て姉のせいだ!﹂ ﹁なんだろう、なんかこの人が悪いだったはずなのに可哀想に思え てきた﹂ ﹁奇遇だな、俺もだよ﹂ ﹁アタシも﹂ ﹁僕も﹂ ﹁この姉を殺して僕も死ぬ!﹂ ﹁そんなことしても何にもならないぞ!﹂ 645 ﹁なるさ! 嫌な人生を振り返ることなく気分よく死ねる!﹂ ﹁甘いね!﹂ ﹁お、おばあちゃん!?﹂ 今まで黙ってたおばあちゃんがベッドから猟師にダイブした。 ﹁な、なにを!﹂ ﹁これでこの猟銃は使えないね!﹂ ﹁ハッ!﹂ 猟銃は弾が出るところがグニャリと曲げられた。 おばあちゃんの腕力って⋮⋮。 ﹁過ぎたことをウジウジ言う男はモテないね! お前がモテなかったのはおばあちゃんのせいじゃないね!﹂ ﹁くっ⋮⋮﹂ ﹁てゆーか癖が嫌ならおばあちゃんと別居したときに直せばよかっ 646 たね! それだけの話しね!﹂ ﹁まぁたしかに﹂ ﹁ウチは長寿の家系だからね! まだまだ長い残りの人生を楽しみなさいね!﹂ ﹁お、お姉ちゃん⋮⋮。 こ、この恨みいつか絶対晴らしてやるからな! お中元に凄くカロリー高い油とか送ってやるからな!﹂ ﹁なんて心のこもった仕返し⋮⋮﹂ ﹁というより恨んでる相手にお中元送るなんて考えられないよ! 僕には理解できないな!﹂ ﹁ある意味愛情の裏返しなんだろ。 あとお前の声響いてうるさい﹂ ﹁それは僕の声は君だけが聞いていたいという愛情の裏返しかい?﹂ ﹁自分で自分の声聞いて鼓膜が破れればいいのに﹂ ﹁ところであんたたち森番の狼だね! こんなとこまでご苦労だね!﹂ 647 ﹁ああ、まぁ仕事だから﹂ ﹁なんとなく世話になったから今日はここに泊まっていくといいね! 赤ずきんもね!﹂ ﹃え⋮⋮﹄ ﹁遠慮しなくていいからね!﹂ ﹃⋮⋮﹄ ︽そんなこんなで狼3人と赤ずきんはおばあちゃんの家に泊まりま したとさ。 一方、その頃⋮⋮︾ 一瞬照明が落ちてナレーターが喋る。 ﹁すみませーん。 お届けものでーす。 すみませーん!﹂ ﹁あ、赤ずきん∼。 早く帰ってきて∼﹂ ︽お母さんは赤ずきんの帰りをひたすら待っていましたとさ。 めでたしめでたし︾ 648 全然めでたくない⋮⋮。 でも客席からけっこう拍手が聞こえる。 劇は大成功かな。 とりあえず、これで劇は終了。 一度役者組が舞台裏に引っ込んでから、今度は裏方も含めてみんな で舞台に出る。 次で私達の出番はラストだ。 頑張ろう。 649 舞台裏 やっと終わったよ、劇。 舞台はまだだけど。 ﹁これでラストだ。 最後で完璧にキメるぞ﹂ ナベが小声で話す。 完璧⋮⋮に、きまればいいな。 だってほとんど俺次第だし⋮⋮。 流れ的には歌の1番は俺だけで歌って、2番からは全員で歌う。 間違いでクラスの舞台担当時間が増えた分、こういう形になった。 誰だよ、20分を40分に書き間違えた奴⋮⋮。 650 まぁぐちぐち言ってもしょうがない。 やると決めたからにはちゃんとやる。 で、問題は俺が歌の途中で咳しちゃうことだ。 これは⋮⋮いいや。 どうにでもなれ。 咳も空気よんで出てこないかもしれないしな。 むしろそうであってくれ。 ちなみに歌うのはアップテンポの応援歌っぽい歌。 ﹃泣ける名曲﹄とかに入ってる曲らしいが、曲聴いて泣くのは切羽 詰まった人くらいだろう。 選んだ理由は、それっぽいから。 文化祭みたいな? 思い出みたいな? そんな感じの雰囲気が漂ってればなんでもいい。 651 ﹁おい、出るぞ。 マイクは準備できたか?﹂ ﹁ん﹂ ナベに返事をして、マイクをたしかめた。 うん、大丈夫。 さて、最後の文化祭だしな。 もうひと頑張りするか。 652 閉幕 −sideナベ− ﹃どーも、お疲れさまでーす﹄ マイクで挨拶しつつ三木が舞台に出る。 客席は歓声をあげつつ、これからなにをするのかという疑問が浮か んでるようだ。 ﹃実はですね、今回のうちのクラスの舞台担当時間は20分だった んです。 ところがどっかの誰かさんがミスって40分にしちゃったんですね。 で、尺が足りないんでテキトーになんやかんやしたいと思います﹄ おいぃぃぃぃ!! なにぶっちゃけてんの!? やっぱこいつに挨拶任せるべきじゃなかったか⋮⋮。 ⋮⋮いや、意外にウケてる。 これはこれでありか。 653 ﹃じゃ、尺のために歌でも歌おうと思います。 すいませんね、これまた尺のために歌の1番は俺だけで歌います。 ご了承を。 はい、曲スタート﹄ 曲がながれる。 ⋮⋮おお。 やっぱ上手ぇ。 さすがだ。 客席も予想外の上手さにどよめく。 そうだよな、こいつは本来人前に出るべき⋮⋮ ﹃げほっ。 ん、失礼﹄ おいぃぃぃぃ!! 654 なに咳してんの!? いや、咳するだろうとは思ってたけどな。 練習のときも咳しなかった日はなかった。 んで、咳しても平然と歌い始めるお前の根性がすげぇよ。 お、サビも終わったな。 クラスメート全員が歌い始める。 なんか長く感じたな⋮⋮今年の劇。 練習時間も含め、この舞台まで。 長かったけど、あっという間だった気もする⋮⋮複雑だな。 チラッと三木に視線を向ける。 今回の文化祭ではっきりとわかったこともある。 655 ⋮⋮俺、三木が好きだ。 約3年間同じクラスで、冗談言ったりしながら過ごしてきて、ずっ と好意はあったんだと思う。 その好意がはっきりした。 世間では草食系男子ってのが流行ってるらしいな。 俺は自覚したら結構ぐいぐいアピールするタイプだから逆だけど。 でも相手は三木。 一筋縄じゃいかないな。 それでも頑張るけど。 そろそろ曲が終わる。 ﹃⋮⋮ふぅ。 なんとか尺が足りたみたいだ。 ありがとー﹄ 客席は歓声でいっぱいだ。 656 ⋮⋮ライバルは多い気がする。 少なくはないだろう。 特にあいつ⋮⋮三木の幼なじみだったか? あいつは間違いなく三木に対して好意を抱いてる。 一番要注意だな。 拍手に包まれるなか、舞台の幕が降りる。 ﹁おぅ、お疲れ。 歌よかったぞ﹂ ﹁ん、ナベもお疲れ。 お世辞はありがたく受け取るよ﹂ お世辞じゃないんだけどな⋮⋮。 なんて言っても無駄なのは知ってる。 657 どんな風にアタックしたらこいつは気付くだろう。 しっかり考えなきゃな。 658 達成感︵前書き︶ マジでやっと終わったよ、劇。 第三幕くらいからこんな長いの書くもんじゃないなぁとか思いまし た。 それにしても最近忙しい。 更新は続けてるものの、夜遅くになってしまってます。 すみません。 ついでに、リアルタイムでは最近とても寒いですね。 マイコプラズマが流行してるとか。 体調にはお気をつけくださいませ。 長々と失礼しました。 読んでくださってありがとうございます。 659 達成感 やー、終わった終わった。 結局歌の途中で咳しちゃったけど。 ある意味いい思い出だな。 達成感。 俺は舞台裏から外に出る。 衣装を着替えたかった。 ﹁先輩!!﹂ ⋮⋮ん? 誰かがこっちに走ってくる。 ﹁あ、龍﹂ ﹁先輩、さっきの舞台すごくよかったですよ!﹂ 660 ﹁マジ? ありがと﹂ そういえば一緒に写真を撮るとかって話ししてたっけ。 ﹁それで⋮⋮あの、先輩⋮⋮﹂ ﹁うん、写真撮ろうか﹂ ﹁はい!!﹂ 誰かに撮ってもらうのはなんとなく恥ずかしい。 自分で撮るか。 ﹁はい、寄って寄って﹂ ﹁あ、はい⋮⋮﹂ 龍からデジカメを受け取って自分達にレンズを向けるように持つ。 当然、龍は俺より身長がでかい。 661 頭一個分かな? 一緒に写真映るには邪魔な身長差だ。 ﹁ちょっと肩借りるぞ﹂ ﹁え、あ、﹂ ﹁はい、チーズ﹂ 龍の肩に腕を回してピースする。 安定して一番写真撮りやすい。 ﹁どれどれ⋮⋮おー、なかなかよく撮れてんじゃん? なぁ⋮⋮て、お前どうしたの﹂ ﹁あ⋮⋮いえ、なにも﹂ 龍の顔をみると赤かった。 ﹁そ、それより! もうお昼ですし、約束通りたこ焼き奢りますよ﹂ 662 あぶね、忘れてた。 わーい、やったね。 ﹁あ、俺一回教室戻って着替えてくるわ。 ちょっと待ってて﹂ ﹁はい﹂ さっさと着替えてこよ。 663 自重 −side龍− ⋮⋮恥ずかしい。 肩組まれたくらいでこんな⋮⋮。 自分が情けない。 あ、そもそも僕が写真撮ればよかったんだ⋮⋮。 体育館裏で一人頭を抱える僕。 そりゃ、写真も撮りたかったけど⋮⋮正直これは口実。 本当は文化祭を一緒にまわらないか誘いたかった。 けど普通、カップルでもない限りは友達と一緒にだよな⋮⋮。 こればっかりはさすがに自重する。 少しだけ一緒にいられるし、写真も撮れたし⋮⋮ラッキーだと思お う。 664 ⋮⋮うわぁぁぁ! なんか僕すごい女々しくないか!? それにしても、先輩の歌よかったなぁ。 歌が上手いのは昔から知ってたけど、さらに上手くなってた。 ちなみに、僕は音痴だ。 歌が上手い人がうらやましくてしかたがない。 どちらかというと歌が上手い方が得な気がする。 でも先輩は人前に出るのを恥ずかしがる。 なのによく舞台に出たよな⋮⋮。 ﹁お待たせ﹂ 665 ﹁うわぁ!? あ、先輩⋮⋮﹂ ﹁なんだよ人の顔みてうわぁとか﹂ ごめんなさい。 急に話し掛けられてびっくりしたんです。 今まさに先輩のことを考えてたので。 ﹁あ、そういえば先輩、よく舞台に出ましたね。 いつもは恥ずかしがるのに﹂ ﹁あー、なんか多数決で決まっちゃって。 まぁ最後の文化祭だし、たまにはいいかと思ってな﹂ 何気ない言葉が僕の胸に刺さる。 最後⋮⋮そうだ、先輩にとっては最後なんだ。 文化祭も、高校生も。 あと数ヵ月で先輩は学校を卒業するんだ。 666 進学しない先輩にとって、今年が最後の学生生活なんだ。 先輩が学生じゃなくなったら、僕が話しをできる機会もグンと減る。 うわ、なんか急に悲しくなってきた⋮⋮。 ﹁じゃ、いこうか﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ ﹁どうかした?﹂ ﹁いえ、行きましょう。 早く行かないとすぐ行列ができますね﹂ ﹁だな﹂ 今は10月下旬、ほとんど11月。 あと5ヵ月あるかないか。 ただの幼なじみで終わりたくないなら、頑張れ僕!! ⋮⋮でも、文化祭では自重する。 667 先輩だって友達付き合いがあるからね。 668 たこ焼き ﹁んー、うまーい﹂ たこ焼き買ってもらったぜ。 うまーい。 ﹁よかったです﹂ ﹁ん﹂ ﹁ムグッ!? あ、たこ焼き⋮⋮﹂ 龍にもお裾分け。 つまようじは1本しかないけど、口付けないように食べてるから大 丈夫。 ︵ハッ! これは所謂﹃あーん﹄ってやつじゃないか⋮⋮!? うれしい⋮⋮けど! けど、周りの視線が⋮⋮︶ 669 ﹁ほい、もう1つ。 10個入りだからちょうど半分こね﹂ ﹁あ、え、﹂ ﹁ほれ﹂ ﹁ムグッ!? で、でも先輩のために買ったんですから⋮⋮先輩食べてくださいよ﹂ ﹁食べてるよ。 けど俺だけじゃ食べきれないもん﹂ 1個がすげぇデカイんだよこのたこ焼き。 普通サイズならラクラク食べられるけど、こんなのは無理だ。 ﹁てゆーか先輩! 男相手に同じつまようじはダメですよ! 他の人にもこんな風にしてるんですか!?﹂ ﹁いや、さすがにしないって。 それにつまようじに口付けてないよ﹂ 俺だって常識くらいあるから。 670 気を許してない相手にそんなことしない。 ﹁現にしてるじゃないですか﹂ ﹁龍だったら別によくね? って感覚が未だに抜けないんだよね﹂ ﹁⋮⋮﹂ ︵そ、それはいい意味!? いやでも、昔から幼なじみだからってことも⋮⋮︶ 昔は普通にジュースも回し飲みしたり、同じアイスつついたりして たからな。 そこそこ大人に成長した今じゃやらないけど。 でも昔の感覚が残ってるから﹃龍なら別によくね?﹄ってのが結構 ある気がする。 ﹁はー、ごちそうさま﹂ 食べ終わったたこ焼きの容器はそれ専用のビニール袋に戻しておく。 671 ﹁龍はこれからどうすんの?﹂ ﹁これから⋮⋮とりあえず教室に戻ろうかと﹂ ﹁そっか。 俺ちょっと行くとこあるんだ。 たこ焼きありがと﹂ ﹁あ、はい﹂ ﹁悪いな。 じゃ、またな﹂ あれだよ、七村さんのとこ行かなきゃ。 教室で待ってる香達も気になるけど、七村さんのとこには1人で行 かなきゃなぁと思ってた。 理由はないけどなんとなく。 ドーナツの引換券も1人分しかないしね。 672 地図 さて、出店のある場所に来てはみたものの⋮⋮ドーナツ屋さんがわ からん。 どこだよドーナツ屋さん。 出店多すぎんだよ。 俺は制服のポケットから眼鏡ケースを取り出した。 相当目が悪い俺には半径1メートル以内の人の顔以外認識できない。 裸眼でクリアにはっきり見えるのは手が届く範囲だけだ。 眼鏡をかけて、周りを見回しながら歩く。 お、会場の地図発見。 どれどれ、ドーナツ屋さんは⋮⋮あー、東側か。 レッツゴー。 673 さて、東側に来たが⋮⋮どこに行っても出店は多いな。 えーと、右側の手前から5番目の店は⋮⋮あったあった。 ドーナツ屋さんみっけ。 あ、七村さん働いてる。 ﹁⋮⋮あ!! き、来たわね!?﹂ ﹁うん。 お疲れさま﹂ ﹁引換券はちゃんと持ってきたんでしょうね?﹂ ﹁ん、ほら﹂ 引換券を見せる。 ﹁ちょっと待ってなさい! 私が仕上げてあげるわ!﹂ 674 仕上げってことはお客さんの注文がきてから揚げるのか。 なるほど、美味しく食べられる。 675 待ち人来る ﹁ほらっ、出来たわよ。 味わって食べなさいよね﹂ ﹁ありがと﹂ 美味しそうな匂いを漂わせるドーナツの入った袋を受け取った。 ドーナツは5個入り。 せっかくだからここで1ついただく。 ﹁いただきます。 はい、七村さんも﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ドーナツを1つ七村さんにもお裾分け。 ﹁な、なによ。 毒見なんてさせなくても、毒なんか入ってないわよ﹂ ﹁違うって。 一緒に食べようよ﹂ 676 ﹁アナタのために引換券とっといたのよ? あっ、別にアナタのためじゃないけど!! ⋮⋮アナタが食べなさいよ﹂ ﹁食べるよ。 でも1人だけで食べるのは心苦しい﹂ どうせなら作ってくれた人と食べたいからね。 ﹁⋮⋮いただきます﹂ 七村さんにドーナツを手渡してから、俺もドーナツを食べる。 ﹁んー、うまーい﹂ ﹁本当に?﹂ ﹁本当本当﹂ ﹁ふーん⋮⋮あ、当たり前じゃない! わざわざ私が作ったんだから!﹂ ﹁そりゃどうも﹂ 677 他のドーナツに比べると、俺の手の中にあるこれはちょっと不格好。 どうやら七村さんが生地から作ったらしいね。 正直、格好はどうでもいい。 腹に入れば同じだし。 美味いからまったく問題なし。 ﹁ありがと、七村さん。 ごちそうさま﹂ ﹁⋮⋮﹂ まだ人との関わりが深いとはいえない七村さんには、上手い返答は 見つからないだろう。 今はそれでいい。 わかってるから無言でも構わない。 いずれは慣れるだろうから。 それから少しの時間だけど、七村さんと話してから別れた。 678 ドーナツの残りは3個。 ちょうどいい。 あいつら3人に分けてやろう。 679 投票 文化祭の閉会式。 マジな話し、これいらないと思うんだよね。 なんか盛り下がるじゃん? みんな疲れも入ってるせいで妙に厳かだ。 そんな中、閉会式で唯一盛り上がる時がある。 文化祭の人気投票だ。 舞台、出店、展示、などなど文化祭に関わった中で気に入ったクラ スに投票する。 投票はもう終わって開票も済んでるから、あとは結果を聞くだけだ。 ベスト3までが発表される。 ちなみに、3位は龍のクラスだった。 2位はあのたこ焼き販売してたクラス。 680 相当売り上げ伸びたらしいよ。 さて、1位は? ﹃それでは、発表いたします。 1位のクラスは、⋮⋮一味違う赤ずきんを見せてくださったクラス です!﹄ ⋮⋮わぉ。 ウチか。 びっくりだ。 会場は一気に盛り上がる。 ﹃えーと、投票者のコメントをいくつかあげますね。 ︽すごくおもしろかったです! それに歌最高! ライブ感覚で楽 しめました!︾ ︽ナルシストがいい味だしてましたね∼。 てゆーか、三木さん歌 上手かったんですね!︾ などなど、いくつかありますよー。 いやー、三木さんの上手さには驚きましたねー﹄ 681 ⋮⋮は、恥ずかしい。 なんか今更だけど恥ずかしい。 なんだかんだで俺、こんな大人数の前で歌っちゃったんだよな⋮⋮。 恥ずかしい⋮⋮。 ﹁恥ずかしがるなよ﹂ ﹁いや、なんか⋮⋮。 ナベも生演奏してたじゃん。 あ、バンドで慣れるから恥ずかしくはないか⋮⋮﹂ そもそもナベはクラスの代表みたいなもんだから人前で何かやるの は慣れたもんか。 ﹁お前さ、マジでバンド入らねぇ?﹂ ﹁ヤダよ、めんどくさい。 もっと上手い奴いるだろ﹂ ﹁お前がいいんだよ﹂ ﹁なにそれ、口説き文句?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 682 冗談めかして言いながらナベの顔をみるとナベは微妙な表情をして た。 え? なんか予想外の反応なんですけど。 ﹁⋮⋮しょうがねぇなぁ。 じゃあまたカラオケ行くぞ!﹂ ﹁おぅ、行くぞ行くぞ﹂ なんだ、やっぱりナベはナベか。 683 宣戦布告 −NOside−︵前書き︶ やっと終わった文化祭話。 今回は裏話的なのを置いていきます。 佳亜ちゃんがドーナツ食べてる間にこんなことがあったんですねー。 それでは、また後書きで会いましょう。 684 宣戦布告 ﹁よぅ﹂ ﹁⋮⋮? −NOside− こんにちは﹂ ﹁俺のこと知ってるか?﹂ ﹁眞辺先輩ですよね。 皆さんからはナベって呼ばれてる﹂ ﹁ああ。 よく見てるな。 三木のクラスメートだからか?﹂ ﹁⋮⋮それはどういう意味ですか?﹂ ﹁そのままの意味だ﹂ ﹁⋮⋮。 それで、僕に何の用ですか?﹂ ﹁そうだな、本題に入ろう。 俺さ、三木のこと好きなんだわ﹂ ﹁⋮⋮!!﹂ 685 ﹁やっぱり⋮⋮、と思ってるか?﹂ ﹁⋮⋮まぁ、なんとなく予想はしてましたから﹂ ﹁さすがだな。 長年、三木を好きというだけのことはある﹂ ﹁⋮⋮! ⋮⋮⋮⋮で、それを僕に言ってどうするんです? まさか僕の気持ちを知ってて、協力しろとでも?﹂ ﹁いや、そんな女々しい話しをしにきたんじゃない。 あいつを好きな奴はいるんだろうけど⋮⋮正直、障害はお前くらい しかいないと思ってな。 だから宣戦布告しにきた﹂ ﹁⋮⋮別に僕は先輩と付き合ってるわけじゃないんですが﹂ ﹁幼馴染みなんだろ? 長い付き合いの人間は関係が深い。 実際に三木を見てて思うけど、他の男と違ってお前には気を許して るようにみえる。 逆に言えば、付き合いが長いせいで恋愛対象にみられないデメリッ トもあるけどな﹂ ﹁つまりは、僕から先輩へ貴方について﹃気を付けろ﹄と注意する のをやめてほしい⋮⋮ということですか?﹂ 686 ﹁大まかに言うとそうだな。 まぁ、別に忠告するのは構わない。 それはそれで意識されるかもしれないからな。 ただ言いたかったのは1つ。 仮に、お前が三木と付き合ったとする。 そういう関係になったら俺は2人の仲を邪魔しない。 逆の場合も同じでな﹂ ﹁仮に、あなたが先輩と付き合っても僕は邪魔するな⋮⋮ってこと ですよね。 それはもちろん心得てますよ﹂ ﹁そうか。 じゃ、話しはそれだけだ。 お互い頑張ろうぜ﹂ ﹁⋮⋮そうですね。 でも1つだけ、僕から言いたいことがあります﹂ ﹁なんだ?﹂ ﹁僕は貴方に恨みなんてありません。 邪魔もしません。 けど⋮⋮もしも先輩に変なことをするようなら、許しません﹂ ﹁しねぇよ。 約束する﹂ ﹁はい。 約束ですね﹂ 687 ﹁じゃあな。 文化祭楽しめよ。 お前のクラスの劇おもしろかったぞ﹂ ﹁はい。 貴方のクラスもかなり好評でしたよ。 おもしろかったです﹂ ﹁⋮⋮ちょっと相談があるんだけど﹂ ﹁なんですか?﹂ ﹁三木の奴⋮⋮バンドとか入んねぇかな? 純粋にボーカルがほしいんだ﹂ ﹁⋮⋮難しいですね。 というより無理じゃないかと思います﹂ ﹁やっぱり?﹂ ﹁恥ずかしがり屋ですからね﹂ 688 宣戦布告 −NOside−︵後書き︶ どっちか選んで応援してほしくてsideを無しにして会話のみに しました。 読者様はナベくんか、龍斗くんか、どっちの応援をしますか? しかしこいつらの話おもしろい。 心なしかスラスラ喋ってくれます。 それにしても佳亜ちゃんが微妙にリア充な気がして羨ましい。 羨ましすぎて爆発しそう。 佳亜ちゃんはどっちを選ぶんだろう。 あえてどっちも選らばなかったりして⋮⋮? と、作者のくせにワクワクしてます。 長々と失礼しました。 最後まで読んでくださってありがとうございます。 この三角関係がどう動くか、次回もお楽しみに! 689 買い物 こんにちは。 今日は買い物にきました。 そろそろ寒く⋮⋮ってかすでにそこそこ寒いんだけど、本格的に冬 がくる前に冬物がほしくなった。 というわけで、服を買いに行くんだぜ。 どんなのにしようかなー、と考えながら歩く。 俺は他の人に比べて服を買う機会が少ない気がする。 上着とインナーがあれば着回しができるから、服が少なくてもいい んだよね。 下はほとんどジーンズだし。 いつかは俺も女性の服を着なきゃいけないんだよな。 それはわかってる。 690 しかしながらタイミングがつかめないのが現状。 女性の服っていまいちピンとこない。 いいな、って思うのがないんだよね。 スカートはひらひらして寒そうだし、ヒールの高い靴は歩くのが大 変そう。 そもそも俺は白とかパステルっぽい色合いが似合わなさそう。 女って大変だな。 仮に女性の服を着るとしたら色合いは今の服と似たようなものだろ うな。 学生のうちは今のままでもいいかな。 さて、店についた。 あー、寒い。 691 早く入ろう。 店の扉を開ける。 この店はそんなに大きくない。 けど品揃えが豊富で人気があって、中はお客さんで賑わってた。 ﹁あらあら! 佳亜ちゃんじゃないのぉ!﹂ ﹁こんにちは、店長さん﹂ この人は呼び名の通り、店長さん。 俺が小さい頃からこの店でお世話になってる。 恰幅がよくて、女性の心を持ったおじさんだ。 いわゆるオカマさん。 おじさんと呼ぶべきか、おばさんと呼ぶべきか、まだ小さかった頃 の俺は子供なりに悩んだ。 692 悩んだ末に店長さんと呼んだわけだ。 ﹁1年ぶりじゃないかしら? 佳亜ちゃんったら、ぜんっぜん来てくれないんだものぉ﹂ ﹁だって俺、あんまり服ほしくないんだもん﹂ ﹁年頃の女の子が言うセリフじゃないわよぉ? ほらっ! さっそく見立ててあげるから、いらっしゃい﹂ 俺は店の奥に案内される。 あんまり賑やかなとこで服選んだりとか出来ないんだ。 店長さんがあれこれ選んでくれて、そこから何着か試着して気に入 ったら買う。 それが昔から俺がお世話になってるここの流れだ。 だからこの店以外で服買ったことないんだよね。 ここは洒落た服屋さんよりよっぽど商品幅が広い。 693 靴やアクセサリーに帽子なんかも揃ってるし、スーツからドレスま でなんでもある。 服の買い物ならここだけで充分すぎるくらいだ。 ﹁さてと。 どんなのにしましょうかね。 いつもの感じでいいの?﹂ ﹁うん、お願い﹂ ﹁男物ね。 こういうのも似合うけど、きっと女物も素敵よ? カジュアルなものもあるけど、どう?﹂ ﹁んー⋮⋮俺にはまだいいや﹂ ﹁そんなこと言ってぇ。 なんだかんだで男の子は可愛い服が好きよ?﹂ ﹁見せる相手もいませんけど﹂ 笑って返事をしながら、置いてある服をみていく。 そうだな。 そういう相手ができたら俺も女物の服を着るかもしれない。 694 いつになるかわからんけども。 ﹁これとかどうかしら?﹂ ﹁うん、よさそう。 あと靴が欲しいんだよね﹂ ﹁スニーカー? ブーツ?﹂ ﹁当然スニーカー﹂ ﹁じゃあ女物を着る日が来たらブーツにしましょうね﹂ ﹁はーい﹂ 上着3着、インナー2着、靴1足、買いました。 なかなか服買いにくる機会がないからね。 まとめ買いしとかなきゃ。 ﹁はい、お釣ね﹂ ﹁うん。 695 おまけありがと﹂ おまけで割引してくれた。 長い付き合いだから、って。 やったね。 ﹁気を付けてお帰り。 次は彼氏を連れてきてちょうだいね﹂ ﹁彼氏ができたらね﹂ できるかすら怪しい。 696 三度目の正直︵前書き︶ 佳亜ちゃんは蜘蛛嫌い。 てゆーか虫嫌い。 697 三度目の正直 俺は仰向けに寝転んだ状態で天井を見た。 天井には蜘蛛がいる。 蜘蛛は糸を使って天井からゆっくりおりてきた。 俺に向かって。 ﹁ほぁぁ!﹂ ⋮⋮起きた。 中途半端に起き上がった状態で。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ゆっくりと横になる。 夢でうなされるって相当だな俺。 なんとなく寝返りをうって、ゾワリと寒気が走る。 698 ⋮⋮いる。 この部屋にいるぞ、俺の天敵。 目だけ動かして周りを見渡す。 なにもいない。 いやいや、絶対いるぞこの感じ。 まさかと思って天井を見る。 俺の天敵、蜘蛛さんは天井から糸を垂らして俺に接近中でした。 ﹁ほぁぁ!﹂ ⋮⋮起きた。 うわぁ⋮⋮夢の中で夢みてその中で似たような夢みるとか⋮⋮引く わ。 699 疲れてんのかな。 ﹁⋮⋮﹂ 天井を見上げた俺。 たくさんの目を持つ奴と目が合った気がした。 ﹁⋮⋮ぎゃー!﹂ 夢だけど、夢じゃなかったー。 ⋮⋮もうやだ。 700 頼まれ事 ﹁三木!﹂ ﹁ん?﹂ 後ろから呼ばれて振り向くと、ナベが土下座してた。 えええ、なんで? ﹁ちょ、どうしたの﹂ ﹁頼む! 1回だけでいいんだ! 俺を助けてくれ!﹂ ﹁いや、だからどうしたの﹂ ナベから話しを聞く。 どうやらナベのバンドがライブが決まったらしい。 でもボーカルがいない。 701 そこで俺に臨時ボーカルを引き受けてくれないか、ということらし い。 ﹁ええー⋮⋮﹂ ﹁頼む! お前しか頼めないんだ!﹂ ﹁でもそんな大事な役、俺にはちょっと⋮⋮﹂ ﹁お前ならバッチリだ! 文句の付けようがない!﹂ そんな風にお世話を言わないでほしい。 照れる。 ﹁今後の生活に支障がでないよう客にはお前の顔がみえないように 隠すし、バンドの挨拶とかも全部俺がするから!﹂ ﹁うー⋮⋮。 てゆーか土下座やめてよ﹂ そこまで配慮されるとなると断りにくい。 どうしよう。 702 ﹁なぁ、頼むよ﹂ ﹁⋮⋮1回だけだよな? わかったよ﹂ ﹁⋮⋮!﹂ 困ってんだし、ナベには色々よくしてもらってるし、ここは助ける べきだろう。 ﹁よかった! サンキュー!﹂ ﹁うあ﹂ 突進するように抱きつかれた。 そのまま転びそうになる。 ﹁っと、悪い﹂ ﹁体格差考えてくれよ﹂ ナベ身長でかいから。 龍と同じくらいかな。 703 俺と10センチ以上差がある。 ﹁それじゃ、練習日とか色々あとから連絡するから。 よろしくな﹂ ﹁ん﹂ 自分で引き受けたことだ。 ちゃんとできるように頑張ろう。 704 強面 ﹁ええっ! 先輩がバンドに!?﹂ ﹁うん﹂ たまたま廊下で会った龍とちょっとだけ話しをする。 なにか変わったことはないか、と聞かれたからバンドにでることを 話した。 ﹁ど、どうして⋮⋮﹂ ﹁ナベがね、バンドの出演決まってボーカルが必要なんだって。 だから出てくれないかって頼まれた﹂ ﹁それで受けたんですか?﹂ ﹁ナベには色々よくしてもらってるからさ。 1回だけだって言うしそれならいいかな、って﹂ ﹁⋮⋮よくしてもらってる、って⋮⋮どういう風に?﹂ ﹁え? どういう風にって⋮⋮色々? 705 てゆーか顔怖ぇよ﹂ ﹁色々ってなんですか?﹂ なんなんだ、急に質問攻めで。 ﹁えー⋮⋮うーん、なんですかって言われてもな⋮⋮。 色々だよ。 なにかと気遣ってくれたり? ナベはみんなにそうだけど﹂ ﹁⋮⋮そうですか﹂ ﹁そうですよ﹂ あ、顔戻った。 なんだったんだ。 ﹁でもいいんですか? 先輩実は恥ずかしがり屋じゃないですか﹂ ﹁そうなんだけどさ。 だから顔に被り物して出ようかな、って﹂ ﹁⋮⋮それはボーカルとしてありなんですか?﹂ 706 ﹁うん。 ナベが言ったもん。 顔隠せば?、って﹂ ﹁⋮⋮ある意味、逆に受けるかもしれませんね﹂ ﹁あ、次教室移動だった。 じゃ、またな﹂ ﹁あっ⋮⋮せ、先輩!﹂ ﹁ん?﹂ 呼び止められて振り向く。 教室移動っていっても、別に遅れて構わないし。 ﹁あ、あの⋮⋮先輩がバンド出演する日、僕も会場に行っていいで すか?﹂ ﹁え、恥ずかしい⋮⋮﹂ ﹁あ、そ、そうですよね⋮⋮﹂ 恥ずかしい⋮⋮が、客席に知り合いが居てくれると思うと心強いか 707 も。 龍なら付き合い長いし、尚更かな。 ﹁ん⋮⋮でも龍だったらいいかな。 来てくれるの?﹂ ﹁⋮⋮! は、はい!﹂ ︵僕だったらって、それはどういう意味で⋮⋮、って訊きたいけど 訊けない!︶ ﹁じゃ、日程とか今度連絡するから﹂ ﹁は、はい。 また今度﹂ お互い軽く手を振って別れた。 応援してくれる人がいればモチベーションも落ちないだろう。 ナベのためにも頑張ろ。 708 恋する○○ −side龍斗− 先輩と別れて教室に戻る。 先輩、バンド出るんだ⋮⋮。 あの人⋮⋮なんて名前だったかな。 先輩や同級生の人はナベって呼んでるけど⋮⋮。 まぁいいや、ナベ先輩で。 ナベ先輩、どういうつもりなんだろう。 勝負にでるには⋮⋮まだ早すぎる気がするし。 先輩に意識させるつもりかな。 ⋮⋮どうしよう。 やっぱり先輩に話して注意すべき? でもなんて言えば⋮⋮。 ただ﹃気を付けて﹄と言っても何を?、って感じだし⋮⋮かといっ て野放しにもできない。 709 でも注意したらしたで﹃なんでお前がそれを言うの?﹄って感じに ⋮⋮いや、先輩はそんな言い方しないけど、内心思うかもしれない し⋮⋮。 色々考え続けた僕は、この時間の授業にまったく集中できなかった。 考えすぎて知恵熱でそう。 ﹁どうしたんだよ、龍斗。 授業中話し掛けてもずっと無視して﹂ ﹁え、あ⋮⋮ごめん﹂ 隣の席の友達が話し掛けてきた。 ごめん、周りの音どころか先生の声すら全然聞いてなかった。 ﹁なんだよ、恋の悩みか?﹂ ﹁ええ!?﹂ ﹁図星かよ。 冗談で言ったのに﹂ 710 冗談で当たるって怖いよこの友人。 ﹁恋の悩みならこの俺に任せろ! さぁ、話してごらん!? まぁどうせあの先輩のことだろうけど﹂ ﹁勝手に自己完結しないで!﹂ 当たってるけど⋮⋮。 れいじ この友人、玲二は唯一僕の気持ちを知ってる人物だ。 色々聞いてもらってる。 結局、玲二に事の経緯を話した。 ﹁ふーん、なるほど。 それは三木先輩に注意したほうがいいんじゃないか?﹂ ﹁彼氏でもないのに?﹂ 711 ﹁幼馴染みなんだからちょっとくらい過保護でもいいんじゃね? 龍斗がそんなつもりなくても、言い訳的な感じでそう思えばいい﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ ﹁逆にお前を意識してくれるかもよ?﹂ ﹁え、なんで?﹂ ﹁あれだよ、﹃なんでこの人がこんなことを言うのかしら⋮⋮そう か! この人、私のことが好きなのね!?﹄みたいな?﹂ ﹁⋮⋮先輩そんなこと言わない、ていうか思わないと思う。 そもそも誰だよその人﹂ 明らかに口調が違いすぎて引く。 先輩はもっと穏やかに喋る。 うーん⋮⋮意識、か。 してほしくないわけじゃない⋮⋮ていうかむしろしてほしいくらい だけど、それでギクシャクするのはすごく嫌だ。 ﹁⋮⋮うわぁ﹂ ﹁急に落ち込んでどうした﹂ 712 ﹁いや、自分の女々しさに嫌気が差して﹂ ﹁いいじゃん。 恋する乙男、なんつって﹂ ﹁笑えない﹂ ﹁とりあえず、先輩に話してみる﹂ ﹁そうか。 頑張れよ﹂ ﹁うん、ありがとう﹂ ﹁しかし、三木先輩ねぇ⋮⋮そんなに良い女か?﹂ ﹁そりゃもちろん﹂ ﹁きっぱり言い切ったな。 じゃあ、どこがいいんだ?﹂ ﹁知らないだろう。 あの人、実は可愛いんだぞ﹂ ﹁顔?﹂ 713 ﹁顔はどっちかっていうと綺麗系かも⋮⋮いやそれだけじゃなくて、 仕草が可愛いっていうか、男心をくすぐられる感じ﹂ ﹁ほぉ﹂ ﹁なんていうか、頼られたときの妙に庇護欲を掻き立てる感じ? 頼られる時の信頼してますよ感? 僕が護らなくちゃ、と思うわけ﹂ ﹁ふーん、なんか典型的だな﹂ ﹁実際、先輩はそんなに弱くないんだよ。 でも滅多にない頼られるときにさ、グッとくるんだよね﹂ ﹁お前、悪い女に引っ掛かるタイプだな﹂ ﹁お願いとかされるとさ、自分よりも身体が何倍もデカイ蜘蛛でも 楽々倒せそうな気分になるんだよ。 あと、先輩は悪い女じゃないから﹂ ﹁そうか、よかったな﹂ 714 注意 ﹁なに、どうしたの﹂ ﹁ちょっと、⋮⋮﹂ 昼休み、龍に呼び止められたかと思ったら人気のない場所に連れて こられた。 連れてこられたものの、まだ用件は聞いてない。 龍は辺りをキョロキョロ見回してる。 ﹁⋮⋮誰もいませんね﹂ ﹁だな。 どうしたんだよ。 人に聞かれちゃマズい話し?﹂ ﹁まぁ、ある意味⋮⋮よし、それじゃあ話しますよ? 真面目に聞いてくださいね﹂ ﹁ん﹂ 別にふざけるつもりはないんだが。 715 ﹁あのですね⋮⋮ナベさん、知ってますよね?﹂ ﹁そりゃもちろん﹂ 知ってるもなにもクラスメートだ。 それがどうした? ﹁あの⋮⋮ちょっと、なんて言ったらいいかわからないんですけど ね。 ⋮⋮なんていうか、⋮⋮ナベさんに気を付けてくださいね﹂ ﹁気を付ける?﹂ 気を付ける、って⋮⋮なにを? なにが? 俺が、ナベに気を付けろってことだよな⋮⋮え、なにを? ﹁⋮⋮?﹂ ﹁あ、いきなりすいません。 突然言われても意味がわかりませんよね⋮⋮﹂ ﹁いや、謝らなくていいけど⋮⋮結局のところ、何が言いたいの?﹂ 716 ﹁あのですね⋮⋮はっきり言うんで、真面目に聞いてくださいよ? ナベさんは、先輩に好意を持っています﹂ ﹁⋮⋮? そりゃ友達だし、嫌われてはいないだろうけど⋮⋮﹂ ﹁そうじゃなくて! なんていうか⋮⋮ナベさんは先輩を、その⋮⋮じ、女性として見て ます!﹂ ﹁失礼な。 俺だって女なんだから当たり前だろ﹂ ﹁そ、そうじゃなくて!﹂ なんなんだ。 なんやかんや話してたら、昼休み終了のチャイムが聞こえてきた。 ﹁あ、チャイムが⋮⋮﹂ ﹁鳴っちゃったな。 もう戻らなきゃ﹂ ﹁ですね⋮⋮。 717 あっ、せ、先輩! とにかく、ナベさんには注意してくださいね!﹂ ﹁注意って⋮⋮具体的にはなにをどうすればいいんだよ?﹂ ﹁えっと⋮⋮あ、あんまり近い距離にいかないとか、深く考えずに 返事しないとか⋮⋮ですね﹂ ﹁ん⋮⋮まぁ、お前がそういうなら⋮⋮わかったよ。 わかったけど⋮⋮なんで龍がそれを言うの?﹂ 注意してくれる分にはありがたいけどな。 だって高校入ってからの男友達と昔からの幼馴染みだったら、当然 幼馴染みのほうが信頼できるに決まってる。 ﹁え!? えっと⋮⋮それは、その⋮⋮ですね。 ⋮⋮お、幼馴染みだからですよ! やっぱり色々心配になるじゃないですか!﹂ ﹁んー、そっか。 心配してくれてありがとな﹂ 良い奴だね、こいつは。 なんかあってもこいつだけは裏切らないだろうな、と思う。 718 ﹁い、いえ⋮⋮。 それじゃあ僕は教室に戻りますね﹂ ﹁ん。 ⋮⋮あ、そうだ。 もう1つだけ聞きたいんだけどさ、﹂ ﹁なんですか?﹂ ﹁⋮⋮俺ってさ、やっぱり女っぽくないかな?﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ そろそろ女性らしくしていかなきゃいけない。 けど、そもそもそれっぽくないんじゃ話にならない。 龍の話しじゃ、ナベは俺が女にみえるらしいが⋮⋮ここはやっぱり 長年の付き合いの幼馴染みに聞かなきゃ信用ならない。 ﹁え、えっと⋮⋮あの⋮⋮﹂ ﹁どうなの?﹂ 719 ﹁あ、えっと⋮⋮はい。 ⋮⋮せ、先輩は女性じゃないですか。 当たり前ですよ。 充分、女性らしいです!﹂ ︵だから色々と気を付けてください!︶ ﹁ふーん、そっか。 よかった﹂ ﹁⋮⋮﹂ ︵そ、そのよかったはどんな意味⋮⋮︶ ﹁じゃあな。 次の授業、体育だろ。 頑張れよ﹂ ﹁あ、はい。 それじゃ、また⋮⋮﹂ 俺は龍と別れて教室に向かう。 そっかそっか。 ちゃんと女にみえるか。 徐々に女らしさに慣らしていこう。 ⋮⋮ん? 720 そういえば⋮⋮龍とナベって面識あったっけ? 龍は柔道部副部長だし、ナベはなにかとまとめ役やってるし、学校 ではお互いに有名人だから知ってはいただろうけど接点はないはず。 俺がどっかで紹介したかな? まぁ、いいか。 721 予定 ﹁おい、三木﹂ ﹁⋮⋮ん?﹂ ナベだ。 龍には気を付けろって言われたけど、友達なんだしいつも通りでい いよな。 気を付けるって心掛けは忘れずに。 ﹁なに?﹂ ﹁バンドの日程が決まってな。 次の日曜日だ﹂ ﹁あ、うん。 練習とかすんの?﹂ ﹁ああ。 練習は明日からしようと思うんだけど、大丈夫か?﹂ ﹁ん﹂ 722 ﹁それでさ、練習は明日からだけど今日のうちにメンバーと顔合わ せしといてもらおうと思うんだけど﹂ ﹁あー、顔合わせか⋮⋮﹂ そうか、バンドってことは他のメンバーもいるんだよな。 当たり前だけど。 ﹁俺、人見知りだからそういうの苦手だな⋮⋮﹂ ﹁へぇ、意外だな。 まぁ軽い挨拶程度でいいからさ﹂ ﹁⋮⋮ん、わかったよ﹂ ﹁よろしくな。 今日の放課後、他のメンバーと喫茶店で待ち合わせしてるから一緒 に行こうぜ﹂ ﹁うん﹂ あー、挨拶かぁ。 ﹃どうも、よろしくお願いします﹄以外に言うことが見つからない。 723 まぁそこんところはナベが気をきかせてくれるんじゃないかな。 任せよ。 ﹁色々頼むぞ、ナベ﹂ ﹁ああ、任せとけ﹂ 724 顔合わせ ﹁おー、ナベ! ここ、ここ!﹂ ﹁おぅ、待たせた﹂ 放課後、ナベに連れられて一緒に喫茶店に入った。 喫茶店の窓際の席には俺やナベと同じくらいの男子2人が座ってて 手を振ってる。 ﹁三木、座れ。 飲み物はあとでとってきてやるよ﹂ ﹁ん、ありがと﹂ ここは素直に甘えておこう。 まずは挨拶だ。 なおと ﹁えっとー、俺はドラムの直人ね。 よろしく!﹂ ひろし ﹁僕はベースの宏志﹂ 725 ﹁どうも、三木です。 素人だから助っ人になるかわからないけど、よろしく﹂ とりあえず名前いっとけばいいだろう。 挨拶も、まぁ一般的かな。 すると直人って人が話し掛けてきた。 ﹁ふーん。 みき、って名前? あ、ちなみに俺達みんな同い年だからタメ口でいいよ﹂ ﹁いや、苗字。 わかった、タメ口ね﹂ ﹁名前は?﹂ ﹁佳亜だけど⋮⋮﹂ ﹁佳亜ちゃんか。 仲良くしようね﹂ ﹁ん、そうだね﹂ 726 なんだろう。 俺、この人苦手かも。 なんか、軽い感じ? 会話が上手くいかないんだよね。 ﹁じゃ、一通り挨拶はすんだな。 三木、コーラだろ? ちょっと待ってろ﹂ ナベはそういうとドリンクバーをとりにいった。 俺が飲むものをわかってくれてるのはありがたい。 が、この状況で俺を1人にしないでほしい。 ﹁佳亜ちゃんってさ、彼氏いんの?﹂ ﹁え? いないけど⋮⋮﹂ ﹁ふーん⋮⋮そうなんだ﹂ だからなんだ。 727 悪いか。 ﹁じゃあさ、俺と付き合わない?﹂ ﹁は?﹂ なにを言ってんだこの人。 ﹁彼氏いないんでしょ? この季節、相手がいないと寂しいじゃん。 だからさ、どう?﹂ どう?、って言われても。 どうしよう、なんて言えば⋮⋮? ﹁おい、直人。 口説くなよ﹂ ﹁いいじゃん。 俺この間彼女と別れてさぁ﹂ あ、ナベ戻ってきた。 728 よかった。 ﹁ん、お前のコーラな﹂ ﹁ありがと﹂ ﹁悪いな。 こいつ悪い奴じゃないんだけど、女ぐせ悪くてな⋮⋮﹂ うん、そんな感じ。 とか思ったらナベに悪いかな。 ﹁宏志、みてたなら止めろよ﹂ ﹁どうせ止めてもやめないだろ﹂ この人は無口、ではないだろうけど⋮⋮静かって感じ。 あんまり人に関心なさそう。 俺も人のこと言えないか。 729 ﹁今日はただ顔合わせだからな。 軽く喋って親交を深めようぜ﹂ ﹁じゃあ佳亜ちゃんさ、普段どんな曲聴くの?﹂ そこから、直人って人の質問攻めが始まった。 親交を深めるのはわかるけど⋮⋮質問ばっかりされると疲れる。 ナベがフォローいれてくれたけどな。 今は喫茶店からの帰り道。 ﹁大丈夫か?﹂ ﹁ん。 でも疲れた﹂ ﹁ははは、あれだけ色々話せばな﹂ ナベは軽く笑うが、俺としては笑い事じゃない。 730 ﹁明日からよろしくな。 今度お礼するから﹂ ﹁うん﹂ ﹁それと⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ん?﹂ ナベが立ち止まったのに気付いて俺は振り返った。 ﹁⋮⋮直人。 悪い奴じゃないけど、あいつには気を付けろよ﹂ ﹁⋮⋮? ん、わかった﹂ また﹃気を付けろ﹄か。 龍にはナベに気を付けろって言われ、そのナベからは別の人に気を 付けろって言われ。 俺そんなにボーッとしてるようにみえんのかな。 まぁ、気を付けよう 731 732 練習 今日はバンドの練習する日。 いつも練習場所にしてるらしいナベの家に来た。 車庫で練習してるらしい。 ﹁ここだよ。 ここが俺の家﹂ ﹁おー、綺麗な家﹂ 洋風な家っていいよね。 ﹁こっちだ﹂ ﹁ん﹂ ﹁車庫は防音になってるからな。 どれだけデカイ音だしても外には聞こえないぞ﹂ ﹁ハイテクだね﹂ 733 車庫に入ると、昨日の2人がいた。 ﹁おー、佳亜ちゃん!﹂ ﹁ども﹂ ﹁こんにちは﹂ 挨拶を返しておく。 ﹁よし、じゃあさっそくだけど始めよう。 まずは曲についての打ち合わせだ﹂ 曲は3曲。 どれも俺の知ってる曲だった。 そこはナベが配慮してくれたんだろう。 本番では、まず1曲披露してその後に観客に軽い挨拶。 んで続けて2曲披露する。 曲が終わったらまた軽く挨拶をしてから引っ込む。 734 挨拶はナベがしてくれるらしい。 俺がやるのは歌だけ。 もともとそういう約束だったんだけどな。 ﹁で、練習だけどな。 音合わせから始めようか。 とりあえずやってみよう﹂ とりあえずやってみるのか。 俺は歌うだけだから音合わせはいらないけど、生演奏だからテンポ を合わせなきゃ。 まずはナベ達だけで演奏する。 俺は見とく。 735 おー、みんな演奏上手いな。 これはヤバい。 失敗できないね。 頑張ろう。 736 練習 2 ﹁音合わせはこれくらいでいいかな。 じゃ、三木も混ぜてやってみるか﹂ ﹁ん﹂ 今更だけど、俺あんまり声量ないんだよね。 当日はマイクだしいいかな。 とりあえず曲に合わせて歌お。 ⋮⋮で、場面すっとばして、歌い終わった。 ﹁おー、いいじゃん! 佳亜ちゃん歌うまっ﹂ ﹁どうも﹂ こういうタイプの人には軽く返事しとくのが一番いい。 会話を続けてもイマイチ噛み合わないからね。 737 ﹁ねぇ、佳亜ちゃん。 俺とカラオケ行こうよ。 盛り上げるからさ!﹂ ﹁ん、気が向いたらね﹂ ﹁つれないなぁ﹂ すいませんね。 ﹁あ、ナベ。 俺トイレ借りるわ﹂ ﹁ああ。 ⋮⋮﹂ ナベと視線が合った。 ﹁なに?﹂ ﹁いや⋮⋮意外とガード堅いんだな、と思って﹂ ﹁だって気を付けろって言われたもん﹂ 738 龍とナベに。 2人から言われたら色々警戒してみたり。 ﹁そうか。 えらいぞ﹂ ﹁ん。 頭撫でるなよ﹂ ナベに頭を撫でられた。 人から撫でられる感覚なんて慣れてないからなんかくすぐったい。 ﹁2人ってさ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 宏志って人が話し掛けてきた。 ﹁ナベと三木さんってさ、付き合ってんの?﹂ ﹁付き合ってねぇよ。 友達だ﹂ 俺も無言で頷く。 739 ﹁ふーん⋮⋮。 そのわりにはナベの視線があついね。 珍しい﹂ ﹁⋮⋮うるせぇよ。 ほっとけ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ イマイチ話しがつかめない。 とりあえず聞いとけばいいかな。 ﹁⋮⋮なかなか手強い?﹂ ﹁かなりな。 鈍すぎて全然伝わらないんだ﹂ あ、はらへった。 常備してる飴食べよ。 740 741 リハーサル︵前書き︶ リアルタイムではメリークリスマス! 皆様が楽しいクリスマスを過ごせますように。 友人から頂いたクリスマスケーキが美味しくて幸せな作者です。 742 リハーサル はい、今日は2日後の出演に向けてリハーサル。 ステージの照明やら立ち位置やらも含めて、1曲歌って確認するん だって。 ﹁それじゃお願いしまーす﹂ ﹁了解です﹂ スタッフさんにお願いしてリハーサルを始める。 まずは登場してから退場するまでのだいたいの立ち位置を確認。 んでその立ち位置に合わせてスポットライトやらの照明を切り替え。 なんやかんやの確認をしてから、最後に1曲だけ歌って最終確認し て終わり。 743 ﹁ふぅ﹂ 立ち位置や照明の確認が終わったらしいので休憩中。 ただの確認とはいえ、時間が掛かるし疲れる。 あっちに立ってこっちに立って、ここからあっちまで走って、みた いなこと繰り返してたら体力ない俺にはキツい。 ボーッとしてたら後ろから手で両目をふさがれた。 ﹁わ⋮⋮﹂ ﹁だーれだっ﹂ ﹁⋮⋮直人さん?﹂ ﹁あったりー﹂ 誰なのかはわかった。 でもこの人の名前を忘れかけてて危なかったな。 ﹁ねぇ佳亜ちゃん。 このリハ終わったら暇?﹂ 744 ﹁⋮⋮ん、まぁ﹂ ﹁じゃ、俺とデートしよ?﹂ この人の頭の中はどうなってんだろうか。 この人の言うデートが遊びに行こうっていう意味なのはわかるけど、 会って1週間も経ってない相手に言うことか? とはいえ暇だ、って言っちゃったし⋮⋮なんて断ろうかな。 ﹁えっと⋮⋮﹂ ﹁悪いな、直人。 こいつ、この後は俺と約束あるから﹂ 返答に困ってると、後ろからグイッと引っ張られた。 ナベだ。 ﹁なんだよ。 やっぱ付き合ってんの?﹂ ﹁付き合ってねぇよ﹂ 745 ﹁じゃあ協力しろよ﹂ ﹁悪いな﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ﹁三木、お前は話しわかんなくていいから。 ⋮⋮ちょっと飲み物買ってきてくれないか?﹂ ﹁ん、わかった﹂ ﹁⋮⋮直人。 三木にちょっかいかけるのやめてくれないか?﹂ ﹁なんで? なんか初々しくていいじゃん。 たまにはあんな子もいいよな﹂ ﹁軽い気持ちならあいつに近付かないでくれ﹂ ﹁⋮⋮なにそれ。 言ってること彼氏っぽくね?﹂ ﹁違う。 俺はただ真剣なんだ﹂ 746 ﹁ふーん⋮⋮別にいんじゃね? 俺は好きにさせてもらうから﹂ ﹁⋮⋮﹂ 747 リハーサル 2 ﹁ナベ、飲み物買ってきたよ﹂ ﹁ああ。 サンキュ﹂ ﹁さっきはありがと﹂ 逃してくれてよかった。 なんとなく居たたまれなかったから。 ナベと約束なんてしてないけど、してるふりをすれば遊びを断る口 実になる。 ありがたいね。 ﹁⋮⋮なぁ、たしか当日は神谷も来るとか言ってたよな﹂ ﹁え? あ、うん。 いいよな?﹂ 748 ちなみに、神谷って龍の苗字だから。 ﹁ああ、別にいい。 でさ、ちょっと神谷のアドレス教えてくれないか?﹂ ﹁うん、龍がいいって言ったら⋮⋮。 でも急にどうかした?﹂ ﹁ちょっとな﹂ まぁ、いいけど。 龍にメールを送る。 ﹃ナベから龍に用があるんだってさ。アドレス教えてもいい?﹄、 っと。 アドレス教える時は本人の了解とらなきゃね。 トラブルになったら責任とれないし。 あ、返信きた。 ﹃いいですよ﹄、か。 749 ﹁いいってさ。 じゃ、赤外線で龍のアドレス送るよ﹂ ﹁ああ﹂ 赤外線送信。 これでナベの携帯に龍のアドレスが登録された。 ﹁ちょっと電話してくる﹂ ﹁ん、いってら﹂ 今のうちに宏志って人に飲み物渡そ。 ナベの分は渡したし、直人って人の分はこの人に渡してもらおう。 ﹁よぉ﹂ ﹃どうも。 急になんですか?﹄ 750 ﹁お前、当日ライブに来るんだろ? ちょっと教えておこうと思ってな﹂ ﹃なにをです?﹄ ﹁ウチのバンドに直人って奴がいるんだ。 悪い奴じゃないんだけど、女グセが悪くてな﹂ ﹃⋮⋮なんとなく話しが読めました﹄ ﹁だろうな。 そいつが三木にちょっかいかけるんだよ。 ここ数日はしつこくデートに誘ってる。 三木はよくわかってないみたいだけど、思ってたよりガード堅くて な。 今のところはなにもない﹂ ﹃先輩、ちょっと人見知りですからね。 異性だからというより慣れてない相手だから警戒してるんだと思い ます﹄ ﹁だな。 で、マジな話し直人が三木になにするかわかんねぇんだよ。 あいつ手が早いからな﹂ ﹃⋮⋮そういうこと聞いちゃうと内心穏やかじゃいられないんです が﹄ ﹁今は大丈夫だ。 俺が目を光らせてるからな。 751 もう1人宏志っていうバンドのメンバーもいて、そいつはどっちか っていえば俺に協力的だし﹂ ﹃そうですか。 で、用ってのはなんですか? ただこの話しを聞かせただけじゃないですよね?﹄ ﹁ああ。 今は大丈夫だけど、当日は隙があるんだ。 俺や宏志はずっと直人と一緒にいるわけじゃない。 直人が三木と2人だけになるチャンスはいくらでもある。 ここからが本題だ﹂ ﹃⋮⋮﹄ ﹁お前を特別枠として、当日俺達の控え室に入れるように手配しと く。 ⋮⋮後はわかるな?﹂ ﹃先輩を護れってことですね。 でもそんなことできるんですか? 不審がられたりしません?﹄ ﹁三木の付き添いとでも言っとけばいいだろ。 とにかく、当日は俺達で協力するぞ﹂ ﹃わかりました。 わざわざ教えてくれてありがとうございます﹄ ﹁ああ。 752 じゃ、また連絡する﹂ ﹃はい﹄ ﹁あ、おかえり﹂ ﹁ああ﹂ しばらくしてからナベが帰ってきた。 ﹁三木﹂ ﹁ん?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?﹂ なんだろ。 なんかすごく心配そうな視線を向けられてる。 ライブのことが不安なのかな。 753 俺だけ素人だしな。 ﹁俺がんばるよ。 でも失敗したらごめんね﹂ ﹁それは別にいいけど⋮⋮いや、やっぱいいや。 がんばろうな﹂ ﹁⋮⋮? うん﹂ 754 雰囲気 ﹃ライブ当日は先輩のそばにいますね﹄ ﹁そばに?﹂ ﹃はい。 ナベさんが、先輩が心細いだろうからって言って、僕も控え室に入 れるようにしてくれたんですよ﹄ ﹁へぇ、そうなんだ﹂ 風呂から上がると龍からの着歴があった。 水気が残る髪をタオルで拭きながら電話をしてたところだ。 龍が控え室にいてくれるのか。 よかった。 慣れない場所だし、ちょっと心細かったんだ。 ﹃ところで先輩。 バンドのメンバーの人達とはうまくやってます?﹄ ﹁うーん⋮⋮﹂ 755 言うべきか言わぬべきか。 でもちょっと聞いてほしい気もする。 人付き合いって苦手なんだもん。 ﹃嫌な人でもいるんですか?﹄ ﹁嫌な人、とまではいかないけど⋮⋮苦手な人がいるんだよね。 聞いてくれる?﹂ ﹃もちろんですよ﹄ ﹁あのね、メンバーに直人って人がいるんだ。 遊びに誘われたりするんだけど、まだ会って数日だし⋮⋮ちょっと やだな、って。 なんか、雰囲気が軽いっていうのかな。 苦手なタイプかも、と思って⋮⋮﹂ ﹃なるほど⋮⋮。 そういう人は警戒すべきだと思いますよ﹄ ﹁ん、悪い人じゃないらしいんだけどね。 スキンシップが多い人って苦手だ﹂ ﹃⋮⋮スキンシップ?﹄ 756 ﹁え? うん﹂ ﹃⋮⋮どんな?﹄ ﹁どんな、って⋮⋮色々?﹂ 最近、龍が怖い気がする。 たまに怒られそうで。 なにを怒られるかはわからないけど、雰囲気が﹃こらー﹄って言っ てる気がする。 ﹃色々って、どんなことされたんですか? 変なことされてないですよね?﹄ ﹁変なことってなにさ﹂ ﹃⋮⋮身体に触られたり、とか?﹄ ﹁肩くまれたりとかは、いつもだけど。 別に触られるってほどじゃ⋮⋮﹂ ﹃⋮⋮﹄ ﹁怒ってる?﹂ 757 ﹃怒ってないですよ﹄ ﹁うそ﹂ 気を付けろって言われたのに気を付けてないから怒られてんのかな。 これでも気を付けてんだけどな。 肩くまれたらやんわり外すし。 ﹁怒んないでよ。 ちゃんと気を付けてるよ﹂ ﹃⋮⋮怒ってないですよ﹄ ︵少なくとも先輩には︶ ﹁ホントに?﹂ ﹃ホントに﹄ ﹁ん⋮⋮っくしゅ﹂ やべ、電話口でくしゃみでちゃった。 咄嗟で口元に手当ててちょっとだけ抑えたけど意味ないな。 758 ﹃⋮⋮先輩、もしかしてお風呂上がりですか?﹄ ﹁ん。 よくわかったね﹂ ﹃髪はちゃんと乾かしましたか?﹄ ﹁⋮⋮﹂ あれれ、また怒られそう? ﹃ダメじゃないですか、風邪ひいちゃいますよ! すぐ乾かしてください!﹄ ﹁だって電話があったらすぐかけ直さなきゃ⋮⋮﹂ ﹃それは自分の用事が済んでからでいいんですよ⋮⋮﹄ そうなのか。 それは知らなかった。 ﹃とにかく! すぐに乾かしてくださいね!﹄ 759 ﹁はーい﹂ ここは素直にきいとくのが一番だ。 ﹃長く時間とらせてすいませんでした。 それじゃ﹄ ﹁ん、またな﹂ さてと。 言われた通り髪乾かそ。 760 ライブ2時間前 ﹁先輩!﹂ ﹁ん? ⋮⋮あ、龍﹂ 今日はライブの日。 ちょっと早めに家を出ると、外には龍がいた。 ﹁一緒に行きましょう﹂ ﹁待っててくれたの?﹂ ﹁もちろんです﹂ ﹁この寒い中を⋮⋮言ってくれればすぐ出てきたのに﹂ ﹁平気ですよ﹂ 龍の手を握ってみる。 ﹁⋮⋮! 761 せ、先輩!?﹂ ﹁ほら、冷たいじゃん。 部活もあるのに風邪ひかれたら困るよ。 今度からはちゃんと言って﹂ 俺って手はあったかいんだ。 よく香達にもカイロにされる。 ちょっとでもあったまれと龍の手を擦る。 ﹁せ、せ、先輩⋮⋮﹂ ﹁それにしても、手デカくなったな。 昔は俺とたいして変わらなかったのに﹂ ﹁そりゃ、男ですからね﹂ 時の流れを感じる。 中学生の頃にはもう龍のほうが大きかったかな。 ﹁せ、先輩。 もう充分あったまりましたから⋮⋮ありがとうございます﹂ 762 ﹁そう? じゃ、行こっか﹂ ﹁はい﹂ ︵これ以上手を握られてたら僕の心臓が保ちませんよ⋮⋮︶ ﹁あ、そうそう。 待っててくれてありがとな﹂ ﹁⋮⋮はい!﹂ ︵時間差で⋮⋮ちょっとズルくないですか?︶ 龍と喋りながらゆっくり会場に向かった。 ちょっと余裕をもって来い、って言われたからね。 ほら、俺って遅刻魔だから。 ﹁ここですか⋮⋮なんか緊張しますね﹂ ﹁お前が緊張してどうするよ﹂ 763 裏口から建物の中に入ってナベ達のバンドの控え室に向かう。 今日はナベ達を含めて10組がライブやるんだってさ。 だから曲は3曲だけらしい。 いつもは5曲くらいやる、ってナベが言ってた。 ﹁ここだよ﹂ ノックして返事がきてからドアを開けた。 ﹁おぅ、来たか三木。 今日遅刻されたらどうしようかと思った﹂ ﹁早めに来いって言われたからね。 さすがに遅刻しないよ﹂ ﹁そうか。 えらいぞ﹂ ﹁⋮⋮やめろよ﹂ 最近やたらとナベが頭を撫でてくる。 764 それは別にいいけど、なんか子供扱いされてるみたいやだ。 あと身長差をみせつけられた気がして。 うん、まぁ気のせいなのはわかってるんだけどな。 ﹁⋮⋮⋮⋮先輩、ライブの準備はいいんですか?﹂ ﹁え、うん﹂ あれれ、怒られそう。 なんでだろう。 俺なにかしたかな。 なんか黒いオーラが出てる感じ。 顔は笑ってるけど怖い。 あ、そういえばナベに気を付けろって言われてたんだっけ。 そのせい? ⋮⋮ま、いいや。 ﹁じゃ、俺着替えてくるよ﹂ 765 ﹁ああ﹂ ライブの衣装はナベが用意してくれてる。 ﹁⋮⋮ナベさん、こんにちは﹂ ﹁相変わらずだな、神谷。 あんまり周りを威嚇しすぎると三木が引くぞ﹂ ﹁ほっといてください。 ⋮⋮で、例の直人って人は?﹂ ﹁あいつはまだ来てない。 多分そろそろだと思うけどな﹂ ﹁そうですか。 あ、ライブ頑張ってくださいね﹂ ﹁ああ﹂ ﹁ちーす。 ⋮⋮ん? 誰だよアンタ﹂ ﹁よぅ、直人。 こいつは三木の付き添いだ﹂ 766 ﹁はじめまして。 神谷といいます﹂ ﹁ふーん⋮⋮彼氏?﹂ ﹁いえ、そういうわけじゃ⋮⋮﹂ ﹁あっそ。 じゃ、どうでもいいや。 ごゆっくり∼﹂ ﹁おい直人、失礼だぞ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ︵なるほど⋮⋮わかりますよ先輩。 僕も苦手だ、この人︶ 767 ライブ1時間前 −side龍斗− ﹁⋮⋮あの、先輩遅くないですか?﹂ ﹁そういえば、もう随分時間経ってるな﹂ 先輩が着替えに出て行ってから30分は経った。 メイクはしないって言ってたし、いくらなんでも遅すぎる。 ﹁どんな衣装を用意したんですか?﹂ ﹁ふふふ、良い衣装だ﹂ ﹁良い衣装⋮⋮?﹂ 良い衣装って、いったいどんな⋮⋮。 ︱︱ドンッ ﹁⋮⋮!? せ、先輩?﹂ 後ろからの衝撃を受けつつちょっとだけ振り向くと、僕の背中には 768 先輩がしがみついてた。 ﹁ど、どうしたんですか? 大丈夫ですか?﹂ なにかあったのか心配になる。 背中に顔を埋める先輩から、表情は読み取れない。 もしかして蜘蛛でもいたんじゃ⋮⋮。 ﹁大丈夫⋮⋮だけど、大丈夫じゃない﹂ ﹁⋮⋮? あれ、先輩着替えに行ったんじゃ⋮⋮﹂ 先輩の服はここに来たときと変わってない。 どうして? ﹁ナベ! お前だろ、あれ用意したの!﹂ 769 先輩は僕の背中にしがみついたまま抗議をはじめた。 どうしよう、可愛い。 ﹁ははは、良い衣装だろ?﹂ ﹁俺あんなの着られないよ⋮⋮。 てゆーか似合わないし﹂ ﹁似合わないってことはないと思うんだけどなぁ﹂ 先輩はまた背中に顔を埋めてしまった。 ﹁あんなの、ってどんな衣装だったんですか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁見てみるか?﹂ 先輩は無言。 ナベさんが部屋を出て衣装が入ってるらしい紙袋を持ってきた。 ﹁ほれ﹂ ﹁⋮⋮こ、これは⋮⋮﹂ 770 中身を見てみると、それは所謂ゴスロリという服が入ってました。 それだけならまだいいかもしれない。 たしかに先輩に似合うような気がする。 でもナベさんが用意したこの服は、露出が高い。 スカート短いし、胸元も大きく開いてる。 こんなの先輩に着させられない。 でも見てみたい気も⋮⋮いやでも他の人に見られるのは⋮⋮。 って、そんな場合じゃなくて! ﹁ナベさん、これはさすがに⋮⋮﹂ ﹁型崩れ防止の紙が取られてるな。 三木、お前一応着てみたんだな﹂ ﹁⋮⋮まぁ、せっかく用意してもらったし﹂ 771 ﹁せ、先輩。 まさか着替えた後、人に見られてないですよね?﹂ ﹁当たり前だ。 てゆーか服着て、すぐ私服に着替えた﹂ ほっ、と息を吐く。 そうですよね。 先輩は恥ずかしがり屋ですからね。 ﹁あ、佳亜ちゃーん﹂ ⋮⋮直人さんだ。 ﹁ども﹂ ﹁佳亜ちゃんこれ着るの? みたいみたーい﹂ ﹁いや、もう着ないよ﹂ ﹁えー、なんでー?﹂ 772 先輩に抱き着こうとする直人さん。 先輩は僕の背中にしがみついたままだから、そのまま後ろに庇うよ うに直人さんに向き直った。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁三木、その服は冗談で用意したものだ。 お前は私服のままでもいいし、別の衣装で出てもいいぞ﹂ 微妙な空気を払拭するように、ナベさんが先輩に話し掛けた。 ﹁別の衣装⋮⋮また変な服じゃないだろうな?﹂ ﹁ははは、どうかな﹂ ﹁んー⋮⋮一応見てみる﹂ ﹁そうか。 さっきの服と同じ場合にあるから﹂ ﹁ん﹂ 先輩は僕の背中から離れる。 773 ﹁龍、ありがと﹂ トン、と軽く背中を叩いて小さな声で一言残してから先輩は部屋を 出て行った。 それでも、僕にはしっかり聞こえた。 ⋮⋮⋮⋮か、可愛いじゃないですかぁぁぁぁ!! 後から知ったことですが⋮⋮先輩の一言はナベさんにも聞こえてた らしく、僕と同様に脳内で悶えていたらしいです。 774 ライブ ﹁せ、先輩。 本当にそれでライブに出るんですか?﹂ ﹁そうだけど、悪い?﹂ ﹁いや、悪くはないですけど⋮⋮。 もうちょっと他になかったんですか?﹂ 結局、服はナベが用意してくれたものを着ることに。 ⋮⋮あ、さっきの露出高い服じゃなくて。 普段の俺の服装と似たようなのがあったからそれで。 で、顔は小さめのダンボールを被る。 ﹁ダンボール⋮⋮﹂ ﹁おもしろいでしょ?﹂ 龍はダンボールがお気に召さないようだ。 775 ちゃんと目とか描いてるんだけどね。 描いた目のところに小さな穴をあけて、そこから外が見えるように してある。 ﹁三木、そろそろ出番だぞ﹂ ﹁ん﹂ ﹁⋮⋮ナベさん、本当にこれでいいんですか?﹂ ﹁いいだろ。 なにげに三木、このダンボール気に入ってるし﹂ まぁね。 ﹁よし、いくぞ﹂ ライブの始まりだ。 頑張ろう。 776 最初はライブに出る人が全員舞台に出て観客に顔見せする。 で、順番にバンドが出る。 正直に言おう。 この格好で観客の前に出たら、ざわめきが起きた。 うん、まぁうけたみたいだからいいけど。 あと、歌ね。 歌いましたよ。 頑張ったよ。 歌っただけだけどね。 ナベ達の演奏すごかったよ。 挨拶やらはナベがしてくれたから問題なし。 今ナベ達は楽器を片付けるから別行動だ。 777 ﹁お疲れさま、ダンボールさん﹂ ﹁よかったぜ、ダンボールさん。 女だったんだな﹂ 他のバンドの人が声をかけてくれる。 これから出る人達だ。 ﹁ありがとう。 頑張って﹂ ﹁ああ﹂ それにしても⋮⋮ダンボールさんって。 ﹁佳亜ちゃーん﹂ ⋮⋮直人さんだ。 ん? ﹁⋮⋮楽器を片付けにいったんじゃ?﹂ 778 ﹁ナベ達はね。 俺はドラムだからさ、ドラムは他のバンドと共同で使うから片付け なくていいんだよ﹂ ﹁そう﹂ で、この人はなにをしにきたんだろう? 779 危機感︵前書き︶ リアルタイムでは今日で今年が終わりますね。 皆様はどんな1年を過ごせたでしょうか? 作者はお世話になった方達や読者様のおかげで、とても楽しく過ご せました。 この作品を書き始めた時はまさかこんなに長い話になるとは思いま せんでした。 ノリと勢いで書きましたからね。 無計画すぎて爆発するかと思った⋮⋮。 それでも更新を絶やすことなく年明けをむかえることだできるのは 皆様のおかげです。 本当にありがとうございます! どうか皆様が、二度とこない今日という日を悔いなく幸せに過ごす ことができますように。 780 危機感 あ、そうだ。 ダンボールはずそう。 頭からダンボールを取って息を吐く。 はぁ、ちょっと息苦しかったんだ。 ﹁⋮⋮ねぇ、佳亜ちゃん﹂ ﹁なに?﹂ ﹁⋮⋮髪。 きれいだね﹂ 直人さんは俺の髪を少し手にとって撫でてくる。 ぞわ、と鳥肌がたつ。 ⋮⋮なんか、手つきがやだ。 781 ﹁ちょ、⋮⋮なに?﹂ ﹁佳亜ちゃんさ、ほんとに俺と付き合わない? てゆーか付き合おうよ﹂ ﹁なに言って⋮⋮﹂ 選択肢ないじゃないすか。 さすがの俺でもわかる。 なんかヤバいぞ、この雰囲気。 ﹁いいじゃん。 じゃあ、お試しで付き合うとかどお?﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 肩を撫でられる。 再び鳥肌。 なんなのこの人⋮⋮。 つーかマジでヤバくないか? 782 ちょっと誰か助けて⋮⋮。 とはいえ、会場から控え室までの抜け道であるこの場所に人気はな い。 なぜなら只今他のバンドが絶賛ライブ中だから。 ﹁ねぇ、佳亜ちゃん﹂ ﹁いや、あの⋮⋮﹂ 肩をくまれて、その状態で撫でられる。 いい加減に手を放してほしい。 撫でられる手つきが気持ち悪い。 ﹁ちょっと、ほんとにやめ﹁なにやってんですか!﹂⋮⋮龍?﹂ やんわり拒絶しようとしたところで肩に置かれた手が離れた。 少し後ろを振り向くと直人さんの手をつかんでる龍の姿が。 783 俺から離してくれたらしい。 よかった、助かった⋮⋮。 ﹁⋮⋮なに? あんた空気読めないの? せっかくの雰囲気をぶち壊してくれちゃって﹂ ﹁読めますよ。 だから止めにきたんです﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ なんか⋮⋮居たたまれないんだけど。 どうしよう。 ﹁⋮⋮はぁ。 やめたやめた。 めんどくさいのはごめんだ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁安心していいよ。 別に本気じゃなかったし。 784 こんなめんどくさい相手、もう手は出さない﹂ ﹁⋮⋮そうですか。 それはよかった﹂ 話しがみえない⋮⋮俺ほとんど当事者なのに。 いまいち事態がのみ込めないまま、直人さんは去っていった。 ふと思ったのは、もう会うこともないだろうな⋮⋮という妙に確信 のある予想。 まぁ、それでいいと思う。 ﹁先輩、大丈夫ですか!? 変なことされてませんか!?﹂ だから変なことってなんだ。 ﹁ん、大丈夫。 助けてくれてありがと﹂ 785 ﹁いえ⋮⋮。 本当ですか? 体触られたりしてません?﹂ ﹁え、と⋮⋮肩とかなら。 でも別に⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 怖いよー。 顔怖いよー。 ﹁⋮⋮怒んないでよ﹂ ﹁⋮⋮怒ってませんよ。 ただ、先輩にはもっと気を付けてほしいんです。 意味わかりますか?﹂ ﹁うん﹂ ﹁嘘ですね。 とりあえず返事するとかダメですよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ なぜバレる。 786 ﹁いいですか? これで少しはわかったでしょう? とにかく男には気を付けてくださいね﹂ ﹁はーい﹂ ﹁なにかあったらすぐ僕に連絡してください。 いいですね?﹂ ﹁はーい。 頼りにしてます﹂ 色々と注意を受けながら控え室に戻った。 787 複雑な友情︵前書き︶ 明けましておめでとうございます! 本年が皆様にとって幸せな年でありますように。 どうかお体に気を付けてお過ごしください。 今年も作者共々、﹃俺の日常はこんな感じ。﹄をよろしくお願いし ます! 788 複雑な友情 ﹁三木、助っ人サンキューな。 約束通りなんか奢るよ。 今度遊びに行こうぜ﹂ ﹁うん。 ⋮⋮あ﹂ 簡単に返事しちゃいけないんだっけ。 ジーッと龍をみる。 視線で会話するんだ。 ﹃行っていい?﹄ ﹃⋮⋮しょうがないですね﹄ よかった。 ﹁また別の日に日程とか詳しくメールするから﹂ ﹁ん、わかった﹂ 789 ﹁あ、今のうちに着替えてこいよ﹂ ﹁うん。 行ってくる﹂ 借りてる服汚したら大変だしな。 さっさと着替えて帰ろう。 ﹁⋮⋮別にいいだろ? 遊びに行くくらい﹂ ﹁はい、遊びに行くだけなら別に﹂ ﹁ははは。 だけ、を強調したな﹂ ﹁当然です﹂ ︵わかってる。 この人、その日に勝負に出るつもりだ︶ ﹁⋮⋮なぁ、直人と三木になにかあったか?﹂ ﹁⋮⋮ありましたよ。 790 先輩がセクハラされてました﹂ ﹁セクハラ⋮⋮﹂ ﹁殴ろうかと思ったんですけど、さすがに自重しました。 場所が場所ですしね﹂ ﹁お前案外血の気が多いな。 場合によっては俺も殴られそうだ﹂ ﹁場合によっては殴るかもしれませんね﹂ ﹁ま、遊びに行く時は頑張って三木を楽しませるさ。 どこに行ったら喜ぶと思う?﹂ ﹁さぁ?﹂ ﹁ヒントくらいくれよ。 お前のほうが三木と付き合い長いんだから、どこがいいとかわかる だろ﹂ ﹁とりあえず、人が多い場所は嫌いじゃないはずですけど他人と会 話するのは苦手ですよ。 食べ物の注文とかするのは苦手なのでナベさんがしてあげてくださ いね﹂ ﹁よくわかってるな﹂ ﹁付き合い長いですからね﹂ 791 ﹁⋮⋮あのさ﹂ ﹁なんですか?﹂ ﹁仮にだぞ? 仮に三木が俺達のどっちか、もしくは別の誰かと付き合うことにな ったとして。 そうなっても俺達友達でいような﹂ ﹁⋮⋮そうですね﹂ ﹁お待たせ。 って、なにしてんの﹂ 着替えて戻ってきたら、龍とナベが握手してた。 この短時間になにがあったし。 ﹁いや、ちょっと堅い友情を確認しただけだ﹂ ﹁ふーん⋮⋮よかったね﹂ よくわからんがとりあえず言っとく。 792 ﹁じゃ、先輩。 帰りましょうか。 送ります﹂ ﹁ん、ありがと。 じゃあな、ナベ﹂ ﹁ああ、また今度﹂ 控え室を出てライブ会場の裏口から外に出た。 ﹁そういえば、いつの間にナベとあんなに仲良くなったの?﹂ ﹁あはは、まぁ色々ありまして﹂ ふと感じた疑問をなげても、龍からは苦笑いしか返ってこなかった。 793 映画館 昨日ナベからメールがきた。 ﹃明日あいてる?﹄ ﹃うん﹄ ﹃じゃあ遊びに行こうぜ。 10時にお前の家に迎えにいくから﹄ ってことで、今日は遊びに行くことになった。 ただし、ジーッと待ってるのが苦手な俺。 最初はおとなしく立ってたけど、ナベが来るであろう道をちょこち ょこ歩いていくことにした。 そういえば龍と待ち合わせする時は必ず公園だな。 公園の中ならジーッとしてなくてもみつけられるから、って遊んで 待ってるようによく言われる。 龍は俺より先に待ってることのほうが多いけど。 794 アイツ色々考えてくれてんだな⋮⋮と、今更ながらしみじみ思う。 ﹁⋮⋮あ、ナベ﹂ のんびり歩いてると前方にナベの姿がみえた。 ﹁⋮⋮ん? お前なんでここにいるんだ?﹂ ﹁待ってる時はジッとしてられなくて﹂ ﹁へぇ。 家の中で待ってればよかったのに﹂ なんかね、待ってる側になるとおとなしくしてられないの。 待つのが苦手なのかもしれない。 ﹁じゃ、行くか。 どこがいい? 行きたいとことかあるか?﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ とりあえず街の方向に歩きながら考える。 795 どこがいいって言われてもな⋮⋮俺あんまり外出しないから、遊ぶ 場所もよくわからない。 ﹁任せる。 ナベのほうが詳しそうだし﹂ ﹁いいのか? どこに行っても文句言うなよ?﹂ ﹁言わないよ﹂ ﹁で、定番の映画館に到着っと﹂ ﹁いいじゃん、定番で。 映画館って来たことないし﹂ ﹁来たことないのか? 1回も?﹂ ﹁うん。 入ってはみたい気がするけど、初めてで1人はさすがに⋮⋮。 それに俺、DVD待つタイプだから﹂ 796 おもしろそうな映画でもDVDになるまでひたすら待つ。 テレビ放送でもいいんだけど、放送時間短縮で一部カットされてた りするからあんまり好きじゃない。 ﹁じゃ、入るぞ。 なんかおもしろそうなのやってるといいな ﹁うん。 おー、広っ﹂ 初めてみる映画館。 キョロキョロと周りを見回す。 ナベはパンフレットみたいなのを見てる。 ﹁⋮⋮うーん、おい三木。 どんなジャンルの映画がいい?﹂ ﹁どんなのがあんの?﹂ ﹁えーと⋮⋮シリアス系、恋愛系、ホラー系、ファンタジー系、あ とアニメかな﹂ 797 ﹁おもしろいのがいいな﹂ バッドエンドよりハッピーエンドがいい。 ﹁じゃあ⋮⋮あ、ハリー○ッターとかどうだ? みたことある?﹂ 作者の都合により伏せ字を使います。 ﹁ん、ないな。 おもしろい?﹂ ﹁おもしろいぞ﹂ ﹁じゃ、それにしようかな﹂ ﹁あ、でもこれ5作目だ。 いいのか? 1作目からみてないとわけわかんないぞ?﹂ ﹁いいよ。 おもしろかったらDVDで1作目みてみるから﹂ おもしろいなら問題ない。 みてれば流れはつかめるだろう。 798 わかんなければナベに訊けばいい。 ﹁ほら、好きなの選べ。 奢る﹂ ﹁いいの?﹂ 映画みながら食べる物を買うとこに来た。 映画館でポップコーンって憧れる。 ポップコーンあんまり食べられないんだけどね。 大量に食べると口の中に残る感じが嫌。 ﹁ナベはなに買う?﹂ ﹁まぁ、テキトーに﹂ ﹁ポップコーン買う?﹂ ﹁ああ﹂ 799 ﹁ちょっとちょうだいね﹂ ﹁いいけど、遠慮せずに頼んでいいんだぞ?﹂ ﹁あんまり食べられないんだ。 ちょっとでいい﹂ ﹁そうか。 飲み物はコーラでいいな﹂ ﹁うん﹂ 憧れの映画館でポップコーンが実現できそうだ。 やったね、楽しみ。 800 映画館 2 憧れの映画館でポップコーンを実現させつつ、映画をみてきた。 おもしろいっていうか、よかった。 いい映画だった。 ところどころ意味わかんないとこもあったけど、大体はわかったか らいいや。 ﹁どうだ? 楽しめたか?﹂ ﹁うん。 シリ○スが好きだ。 あの人すごくいいね﹂ ﹁いいよな。 かっこいいよな﹂ ﹁てゆーかアバダケ○ブラって使用回数に制限あんの? 回避不可能らしいけどみんなあんまりポイポイ使わなかったね﹂ ﹁それ俺も思ったんだよ。 801 どうなんだろうな﹂ ハンバーガー屋さん、ていうか有名な○ックだけど。 そこに入ってしばらくハリ○タについて話してた。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁なに?﹂ 話しの途中でナベが黙ってまじまじと見てきた。 ﹁いや⋮⋮5作目とか中途半端なとこで、しかもそれしかみてない のに設定とか言葉とかほとんど理解してるからさ。 お前やっぱ頭いいな。 さすがだ﹂ ﹁なにいってんだよ。 ちょこちょこ出てくる過去にあった出来事に関連してるっぽいセリ フとか繋ぐとなんとなく理解できてくるよ﹂ おもしろかったから集中してみてたし。 ﹁楽しめたならよかった。 で、そろそろ昼だし昼飯でも食おうと思うんけどどうだ?﹂ 802 ﹁うん、賛成﹂ ちょっと腹すいてきた。 ○ックだからハンバーガーのいいにおいするし。 ﹁どこで食う?﹂ ﹁ここでいいんじゃない?﹂ ﹁いいのか? ファミレスに移動してもいいんだぞ?﹂ ﹁移動してるうちに腹へってるの感覚が消えちゃうよ﹂ すごくおなかすいてても、時間経つとそうでもなくなるよね。 ﹁じゃ、注文しにいくか。﹂ ﹁うん﹂ 803 注文を終えて席に戻ってきた。 俺はフィッシュバーガー、ナベはダブルチーズバーガー、あとそれ ぞれに飲み物とポテトのセットを注文した。 ナベが奢ってくれるって。 ﹁さっき映画館で奢ってもらったよ﹂ ﹁あれは別。 たいした金額じゃないし気にするな﹂ ﹁ん⋮⋮ありがと﹂ 遠慮しすぎると逆に失礼だよな。 せっかくだから素直に甘えることにする。 804 昼飯 ﹁いただきます﹂ ﹁どうぞ﹂ しばらく待ってたらハンバーガーが出来上がった。 熱いうちに食べよう。 ﹁ん、うまーい﹂ ﹁そうか﹂ なんかハンバーガー食べたの久しぶりな気がする。 ハンバーガーって綺麗に食べられないよね。 普通に食べてんだけど、崩れてうまく食べれない。 みんなどうやって食べてんだろうね。 ﹁⋮⋮なんでハンバーガーの真ん中につまようじ刺してんの?﹂ 805 ﹁崩れるんだもん﹂ ﹁崩れるか? 俺別に崩れないぞ?﹂ ﹁あれだよ、ナベ一口デカイじゃん。 崩れる前に食べきるだろ﹂ ﹁ああ、なるほど。 てかお前一口小さいな。 小食だっけ?﹂ ﹁男と比べんなよ。 俺だって一応女なんだから頑張ってもそんなに大口開きません﹂ ﹁へぇ。 そりゃ気付かなくてすいませんね﹂ ﹁わかりにくくてすいませんね﹂ ﹁冗談だって﹂ うん、冗談じゃなかったら頭叩いてるぜ。 806 ﹁で、次の場所も俺が決めるけどいいのか?﹂ ﹁うん。 任せる﹂ ﹁本当に行きたい場所ないのか? 買い物とかさ﹂ ﹁んー⋮⋮ないな。 買い物とかあんまり行かないし﹂ ﹁服とか雑貨とかは? 決まった店で買うとか?﹂ ﹁うん、服は昔から知ってる店で。 雑貨っていうか、文房具とか好きでさ。 好みのやつあったら必要なくても買っちゃうんだよね。 だからあんまり見ないようにしてる﹂ ﹁へぇ。 充分女らしいとこあるじゃん?﹂ ﹁悪かったな﹂ ﹁悪くないって﹂ マッ○を出て歩きながら話す。 次はどこに行くのかな。 807 808 ゲーセン −sideナベ− ﹁やっぱこの流れはゲーセンだろ﹂ ﹁いぇーい﹂ ということで、三木をゲーセンに連れて来た。 こいつのテンション、いつも一定だから楽しんでんのかわかりにく い。 が、わりと楽しんでるんだろう。 三木はそういう奴だ。 ﹁なにやる?﹂ ﹁プリクラでも撮るか?﹂ ﹁えー、やだよ。 プリクラ苦手﹂ ﹁冗談だよ。 俺も苦手だからな﹂ 809 女達がなんでわざわざ写真をとるのかわからない。 たしかに色々編集できるのはいいと思うけど、写真に文字くらい自 分で入れればいいと思う。 目がパッチリになる機能とかあるらしいけど、実際女子のプリクラ 見たら目見開きすぎてて怖かった。 ﹁なにやろう⋮⋮UFOキャッチャーなにかいいの入ってるかな﹂ 三木はUFOキャッチャーを物色しはじめた。 デートでのベタな展開としてはUFOキャッチャーの景品は男がと ってやるもんだよな。 でもこれ、デートじゃないしな⋮⋮。 いや、そこまで気にすることもないか。 気楽にいこう、気楽に。 810 ﹁ナベー、見てー﹂ ﹁ん? ⋮⋮は!?﹂ 呼ばれて振り向いてみると、そこには巨大なうまい棒の形の箱を持 った三木が。 ﹁お前、それ⋮⋮﹂ ﹁そこのUFOキャッチャーでとれちゃった。 うまい棒50本入りだって。 あとで分けて食べよう﹂ ﹁⋮⋮ああ。 お前すげぇな。 あ、それ持っとくよ﹂ やべぇ、こいつUFOキャッチャー超上手いタイプだ。 俺もそこそこ出来ると思ってたけど、これじゃ俺の出番はなさそう だな。 ﹁次どれにしようかな⋮⋮ポッキーとかどう?﹂ ﹁いいと思う⋮⋮けど、お前ストラップとかぬいぐるみとかはとら 811 ないのか?﹂ ﹁うん。 あんまり欲しくないし﹂ そうだな。 お前はそういう奴だよな。 結局、三木はUFOキャッチャーで菓子ばかりをとった。 その数、5箱。 持ちきれないから袋に入れてもらった。 店員が景品の追加に忙しそうだな。 ﹁次なにやる? ゾンビのゲームとか?﹂ ﹁ゾンビ? ああ、銃で撃つやつか。 いいな、やろうぜ﹂ 812 これは得意だ。 高得点狙うぜ。 ﹁俺これやるのはじめてだ﹂ ﹁そうか。 撃つ時は頭を狙うんだ。 動いて撃ちにくかったら、足元撃って転ばせてから頭を狙うといい ぞ﹂ ﹁ん、わかった﹂ 銃をセレクトしてカウントがあってゲームスタート。 ﹁⋮⋮おお、きた。 ヤバいヤバい。 ぎゃー、攻撃くらった。 こら待て、この野郎ー﹂ ﹁わりと上手いじゃん。 つーかお前喋りすぎ﹂ ﹁戦うゲームだと無意識に喋っちゃうんだよ。 うわ、囲まれたー﹂ 813 別に叫ぶでもなく喋る口調には緊張感が全くない。 ぎゃーぎゃー騒ぐよりはいいけど。 ﹁あー、終わった。 ゾンビ強ぇー﹂ ﹁ゾンビだからな﹂ ﹁おお、ナベすげぇ。 上手いな﹂ ﹁よくやるんだ﹂ 三木は俺がプレイする画面をジーッと見つめる。 ﹁⋮⋮そんなに見られるとやりにくいんだけど?﹂ ﹁だってすげぇじゃん。 ゲームやってるとこ見るの好き﹂ しばらくしてゲームは終わった。 うん、自己ベスト。 814 ﹁ナベ、バイオとかやると上手そうだな。 やったら見せてね﹂ ﹁お前ゲームは見るのが好きなタイプ?﹂ ﹁見るのも好きだけど、やるのも好き。 上手い人のは見てて楽しいじゃん﹂ ﹁へぇ。 じゃ、次いくか。 なにやる?﹂ ﹁んー、車のゲームとか?﹂ ﹁よし、やろうぜ﹂ しばらくはゲーセンで遊んで過ごした。 815 帰り道 ﹁お前は加減をしらないのか。 ブレーキがなんのためについてると思ってんだ﹂ ﹁ブレーキ? なにそれおいしいの?﹂ ﹁おい。 遊園地のゴーカートとかはさすがに加減してるよな?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮お前車の運転禁止な﹂ ﹁えー﹂ カーレースのゲームおもしろかった。 アクセルずっと踏み込んだままだからナベには運転が怖いって言わ れたけど、俺いつもそんな感じだもん。 ブレーキ使ったら遅くなるじゃん。 816 ﹁今日はどうだった? 楽しめたか?﹂ ﹁うん。 楽しかった﹂ ハリ○タは1作目からみてみようかな。 ﹁⋮⋮あのさ﹂ ﹁⋮⋮ん?﹂ 急にナベが立ち止まったのに気付いて、俺は振り返る。 ﹁⋮⋮真面目に訊けよ? 俺さ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ﹁俺⋮⋮お前のことが、好きだ﹂ ﹁⋮⋮え? いや、そりゃ俺だって⋮⋮﹂ ﹁そうじゃなくて。 817 友達としてじゃなくて、本気でお前が好きだ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 本気で⋮⋮? 本気で、とはどういう⋮⋮? ﹃ナベさんは、先輩に好意を持っています﹄ 突然頭に浮かんできた言葉。 いつだったか、龍がナベに気を付けろって言った時だな。 ﹁つまり、こういうことだ﹂ ﹁え﹂ 肩に両手を置かれて、後ろにあった壁に軽く押さえられる。 ゲーセンの戦利品が入った荷物は落ちた。 何事だ、と思ってナベに顔を向けると今までみたことない真剣な表 818 情で。 そして視線が合うと、その顔が近付いてきた。 ﹁え、⋮⋮⋮⋮ちょ⋮⋮っ﹂ ﹃あんまり近い距離にいかないとか、深く考えずに返事しないとか ⋮⋮ですね﹄ 龍の言葉が頭に浮かぶ。 さすがにわかった。 本気で、の意味も。 龍の言葉の意味も。 今の状況の意味も。 龍の言葉に関しては今更な気がするけど。 あいつ色々みてたんだな。 819 そのうえで俺に注意してくれたのか。 だいぶ考えが脱線してるのは俺が現実逃避したいからなのかもしれ ない。 どうしよう。 ヤバいよ、この状況。 色々考えてる間にも、ナベの顔は近付いてくる。 俺の後ろは壁。 軽くとはいえ押さえられてる状態。 ⋮⋮逃げられない。 ﹁ナ、ベ⋮⋮ちょっと待って⋮⋮﹂ 待ってほしい。 けど、待ってくれないのはわかってる。 820 どうしよう。 抵抗しなきゃ⋮⋮。 ちょっとだけ落ち着いて考えてみよう。 これを受けるのが嫌か、嫌じゃないか。 嫌じゃなければ、俺もナベのことが好きなんだろう。 でも⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮っ、やだ⋮⋮﹂ 俺からは抵抗の言葉がでた。 つまりは、そういうことなんだろう。 俺の声が聞こえたのか、一瞬ナベの動きが止まったようにみえた。 821 ﹁⋮⋮!?﹂ ﹁⋮⋮!﹂ その一瞬で、俺は思いっきり横から引っ張られた。 思いっきり引っ張られたけど、痛くはなかった。 急に引っ張られてバランスを崩した俺を、背中から支える人物がい た。 ﹁⋮⋮龍?﹂ 822 帰り道 2 気が付けば、俺は龍に後ろから抱えられるようにされていた。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 龍とナベがお互いをまじまじと見てる。 なんだろう。 なんか一触即発な空気。 これは俺が当事者じゃないのか? どうしよう。 ﹁⋮⋮ナベさん﹂ ﹁もうなにもしねぇよ。 拒絶されたからな﹂ 823 ﹁⋮⋮そうですか。 先輩借りますよ﹂ ﹁ああ﹂ 俺が入る間もなく、話しがすすんでいく。 とりあえずついていけばいいのかな。 ﹁行きましょう、先輩﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 手をひかれて、そのままついていくことにする。 ナベは置いていっていいのか? ﹁三木﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ﹁こんなこと言うのもなんだけどさ、これからも友達でいてくれよ な﹂ そっか、俺さっき告白されたんだ。 824 はっきり返事したわけじゃないけど、俺は断った。 それで今後ギクシャクするのは嫌だ。 ﹁⋮⋮うん、もちろん﹂ ﹁あーあ、フラれちゃったな。 どうすんだ、この荷物﹂ 視線の先にはゲーセンの戦利品。 ﹁あいつデカイ箱ばっかとるんだもんな。 俺だけで運べるかな﹂ 一人呟く。 それは誰かの耳に届くことなく、風にまぎれて消えた。 ﹁本気で好きだったぜ﹂ 825 826 帰り道 2︵後書き︶ うわああああぁぁぁぁ!! ナベさあああぁぁぁぁん!! 君ならいい人出来るよおおおぉぉぉ! とか一人で言ってました。 ご近所迷惑⋮⋮。 ナベさんが幸せになりますように。 827 再び ナベは俺の手をひいて、いつもの公園にきた。 俺はブランコに座らされて、龍はすぐ戻ると言ってどこかに行った。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ なんだかなぁ。 頭の中ごちゃごちゃしてる。 ナベはいい奴だけど⋮⋮やっぱ友達だ。 それ以上にもそれ以下にも思えない。 じゃあ俺に好きな人はいるのか? うーん⋮⋮。 ﹁⋮⋮ぅ﹂ 828 ジッと考え込んでたところで、右頬に冷たい感触。 顔を上げてみると龍が飲み物を2つ持って、その1つを俺の顔にピ ッタリ付けていた。 ﹁どうぞ。 すいません。 びっくりしましたか?﹂ ﹁ん⋮⋮くれるの?﹂ ﹁はい。 ⋮⋮大丈夫ですか?﹂ ﹁うん﹂ まぁ大丈夫っちゃ大丈夫だ。 そういえば⋮⋮。 ﹁ねぇ﹂ ﹁あの!﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 829 ﹁あ、⋮⋮お先にどうぞ﹂ 被っちゃったね。 龍は気まずそうにすすめる。 たいした話しじゃないし、先に訊かせてもらうか。 ﹁ん⋮⋮ちょっと気になったんだけどさ、なんで龍はさっきの場所 にいたの?﹂ ﹁あー⋮⋮そうですね。 ⋮⋮引きません?﹂ ﹁引かないけど⋮⋮え、なんで引くの?﹂ 引くってなんだ。 引かれるようなことがあったのか? ﹁えっとですね⋮⋮たまたま見かけたんですよ。 先輩とナベさんが映画館から出てくるところを﹂ ﹁映画館? 830 それ、昼頃だけど﹂ 昼頃に見かけてなんで夕方にあの場所に? ﹁その、なんていうか⋮⋮なんかストーカーみたいですけど⋮⋮あ、 いえ、そんなつもりはなくてですね! ⋮⋮気になって、跡をつけました。 すみません﹂ ﹁え、じゃあずっと居たんだ。 全然気づかなかった﹂ ﹁⋮⋮やっぱり引きますよね﹂ ﹁引かないよ。 色々心配してくれたんだろ?﹂ 最終的には助けてもらった。 ずっと助言もしてくれてたし、龍には感謝しっぱなしだな。 ﹁⋮⋮⋮⋮なんで僕が先輩のことを色々心配してたか、わかります か?﹂ 831 ﹁え? ⋮⋮まぁ、幼馴染みだし?﹂ ちょっと待て。 この空気、知ってるぞ。 ⋮⋮ついさっき知ったばかりだ。 ﹁先輩。 さっきは被って言いそびれましたけど、僕の話し聞いてくれますか ?﹂ ﹁⋮⋮ん﹂ さっきので一度学習してる。 もうわかる。 龍が言おうとしてること。 俺は⋮⋮どうする? 832 833 告白 ﹁すみません、先輩。 頭の中ごちゃごちゃしてる時に、こんなこと言うべきじゃないとは 思うんですけど⋮⋮今じゃなきゃ、僕は言えないと思うんです﹂ ﹁⋮⋮﹂ 黙って話しの続きを促すと、龍は俺の目の前に立った。 俺もブランコから立ち上がって、しっかり聞く姿勢に入る。 ﹁いつからだったか、もう忘れましたけど⋮⋮先輩のことがずっと 好きでした﹂ 聞き始めて、思った。 もう前のようには戻れない。 ナベの時とは違う。 付き合いの長さが、龍とは圧倒的。 834 付き合いが浅い、っていったら聞こえは悪いけど⋮⋮やっぱりそれ が長い分、比例して付き合いも深くなる。 もう二度と前のようには戻れない。 そう思うとなんか悲しいな。 ﹁⋮⋮先輩は僕のこと、どう思ってますか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ どう思ってる、か⋮⋮どう思ってるんだろう。 幼馴染み、って言葉が一番当てはまるけど⋮⋮それはその関係が長 く続いたから慣れてるせいって気がする。 ﹁僕のこと、男としてみれますか?﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ 中学に入った頃かな。 835 はっきりと男女の差が出始める時期も、龍と一緒の時間は多かった。 俺は女で、龍は男なんだ、としっかり認識した。 ﹁じゃあ⋮⋮僕のこと、そういう対象としてみれますか?﹂ そういう対象ってのは、恋愛対象って意味だろう。 恋愛対象、か⋮⋮。 正直、ピンとこない。 俺は恋愛の経験自体がないし、なにがどうなって恋愛に行き着くの かも知らない。 ﹁⋮⋮わかんないよ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮それじゃあ、これでどうです?﹂ ﹁え⋮⋮﹂ 目の前が急に暗くなって、包まれたような感覚。 836 自分が抱きしめられてることに気付いたのは、数秒経ってからだっ た。 ﹁ちょ⋮⋮﹂ ﹁こうされて、嫌ですか? 嫌なら遠慮なく拒絶してください﹂ ﹁⋮⋮﹂ ⋮⋮別に嫌ではないな。 ﹁嫌ではない⋮⋮けど、恥ずかしい⋮⋮﹂ なにこれ。 なんかすごい恥ずかしいんだけど。 ﹁⋮⋮先輩、照れてます?﹂ ﹁照れるっていうか恥ずかしいっていうか⋮⋮。 てゆーか、はなして⋮⋮﹂ ﹁嫌です﹂ 837 ﹁拒絶しろって言ったじゃん⋮⋮﹂ ﹁それは嫌だった時ですよ。 嫌じゃないならはなしません﹂ ﹁⋮⋮なんかキャラ違くない?﹂ 龍ってこんな積極的な奴だっけ? ﹁じゃあもう一つ試しますよ? これはどうですか?﹂ ﹁⋮⋮え、ちょ、﹂ なにを試すのかと思ったら、あろうことか龍は顔を近付けてくるじ ゃないか。 ﹁ちょ、っと⋮⋮それはさすがにダメだって⋮⋮﹂ ﹁嫌なら拒絶してください﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ ど、どうしよう。 838 すごい恥ずかしいんだけど。 どうしたらいいかわからず、俺は目の前にある龍の胸に顔を埋めて 拒絶してみる。 ﹁⋮⋮先輩、それじゃ拒絶じゃなくて抵抗ですよ。 可愛いです﹂ ﹁か⋮⋮﹂ なにを言ってるんだこいつは。 ﹁先輩、ちゃんと考えてください。 僕のこと、どう思ってますか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ どう思ってるか。 こんだけ色々されても、俺から拒絶は出てこなかった。 839 実際に今抱きしめられてるけど、全く嫌だと思わない。 むしろ居心地がいいくらいな感じがする。 まぁ恥ずかしいのにはかわりないが。 ナベの時には、はっきり嫌だと思った。 今はそう思わない。 つまりは、そういうことなんだろうか。 ﹁⋮⋮先輩、好きです。 僕と付き合ってくれませんか?﹂ ﹁⋮⋮ん。 俺でいいなら﹂ こんな俺でもいいのなら、喜んで。 840 告白︵後書き︶ この2人、やっとくっついた⋮⋮長かった。 佳亜ちゃんの反応が可愛くてついつい意地悪したくなっちゃう龍斗 くん。 そんなだったらいい。 佳亜ちゃん恥ずかしがり屋さんですからね。 よかったね、思う存分イチャイチャしとけばいいよ。 お疲れ、リア充共め! 長々とお付き合いいただきありがとうございます。 これからもよろしくお願いします。 841 報告 ﹁﹁えぇー!?﹂﹂ ﹁⋮⋮﹂ 龍と付き合うことになった。 たった今、それを香達に報告したところだ。 ﹁ホントに!? ホントのホント!?﹂ ﹁⋮⋮ん﹂ ﹁ま、まさか! あのみっきーが!﹂ ﹁悪いか﹂ ﹁おめでとう、みっきー﹂ ﹁ありがと、隊長﹂ 反応はそれぞれ。 842 予想通りだけど。 ﹁はぁー⋮⋮まさかみっきーが私達の中で一番最初に彼氏できると は思わなかった﹂ ﹁感心したように言うなよ﹂ ﹁だって意外だもん﹂ まぁな。 誰が一番驚いてるって、俺が一番驚いてるよ。 ﹁それで? もうチューはしたの?﹂ ﹁してない。 てゆーか無理﹂ ﹁えー、残念﹂ 付き合って当日にチューとか、俺にそんな勇気ない。 ﹁とにかく! 843 これからも2人の仲いろいろ聞かせてね!﹂ ﹁⋮⋮やだ。 恥ずかしい﹂ ﹁いいじゃーん﹂ じゃれあいつつ話してると、ナベが教室に入ってきた。 パチッと目が合う。 一瞬気まずそうな表情だったけど、すぐ微笑んできた。 俺も軽く笑い返しておいた。 友達だもんな。 ﹁おい﹂ ﹁⋮⋮? ⋮⋮ナベさん﹂ ﹁うまくいったんだな、お前ら﹂ 844 ﹁はい﹂ ﹁よかったな、って言ったら嫌味っぽく聞こえるか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁一応言っとく。 お前のものになった以上、手は出さない。 けど隙があったら横取りするからな﹂ ﹁⋮⋮用心しておきますよ﹂ ﹁それともう一つ。 約束通り、俺達良い友達でいような。 悩み事ができたら相談にのるぜ﹂ ﹁もちろんです。 その時はよろしくお願いします﹂ 845 掃除 最近、全然掃除する暇がなかった。 ってことで、自室の掃除を始めることにした。 来週からテストだしね。 どうせ勉強するなら綺麗な部屋がいい。 ﹁さて、まずは布団干してっと﹂ んで、机の上や棚の上とかのホコリを落とす。 本と本の間、忘れられたように置きっぱなしのぬいぐるみ、時計な ど置物の上、きっちりと丁寧にホコリを取り除く。 舞い上がったホコリは、あらかじめ開けておいた窓から新鮮な空気 が入る度に入れ替わるように外に出る。 うーん、ちょっと寒いけどいい風だ。 846 ホコリの処理を終えたら、水気を含んだ布で拭いていく。 丁寧に、丁寧に。 今日は丁寧にやってるけど、基本は物が真っ直ぐ並んでればいいと 思ってる人だからね俺。 今日はちゃんとやる。 さて、本をどかして⋮⋮ ﹁うひゃぁ!﹂ 天敵降臨。 小型な蜘蛛さんが出現したじゃないか。 これだけ小型なら自力でどうにかできる。 けど嫌なもんは嫌だ。 あー、びっくりした。 847 ちょっと座り込んで休憩。 ボーッとしてると過ぎる時間はあっという間。 ふと時計を見たら休憩開始から30分経ってることにを気付いて慌 てて掃除を再開する。 ホコリはあらかた落としたし、部屋の掃除はもうすぐ終わるかな。 鼻歌を歌いながらちゃっちゃと掃除機をかけて、机の上を整頓する。 俺ね、机の上は常に綺麗にしときたい人なんだよね。 部屋全体の掃除は数日に1回とかそのくらいだけど、見えるところ は綺麗にしたい。 あと曲がってるのとかあんまり好きじゃない。 小物とかもきちんと置きたいの。 別に几帳面ってわけじゃないんだけどね。 848 たまにこういう時がある。 ﹁はぁー、疲れた﹂ 掃除は終わった。 最後、プリント整理だ。 いつも掃除の締めはプリント整理。 特に意味はないけど休憩も兼ねてるから。 自分でいうのもなんだけど、俺わりと物保ちが良い方だと思う。 なんやかんや保存してたりする。 プリントもそう。 高校入ってそろそろ3年経つけど、プリントは捨てたことない。 なにかで必要になるかもしれない、とか思っちゃって捨てられない んだ。 849 使う可能性があるものはファイリングして保存、絶対使わないであ ろうものは部屋の隅っこに重ねて置いとく。 使わないのは捨てろよ、って話しだ。 高校卒業したら捨てるよ。 保存してるとちゃんと使えるんだからね。 課題でまったく同じプリントが出たりしたら丸写しできたり。 ﹁ん、メールか﹂ 龍からだ。 丁度いいや。 掃除も終わったし、お茶飲みながら返信するか。 850 お誘い −side龍斗− 先輩と付き合うことになった。 どうしよう、すごく嬉しい。 とはいえ、付き合ったからといって特にすることもない。 告白した日から経つこと数日。 学校では学年が違うから限られた時間しか会えない。 いや、会えればいい方かもしれない。 学校では廊下ですれ違うこともなかなかない。 ﹁⋮⋮そろそろ、デートに﹂ 誘うか? 先輩はそういうの言い出すタイプじゃないし、僕から誘わなきゃ。 851 ﹁⋮⋮よし!﹂ 携帯のアドレス帳から先輩の名前を探す。 ﹃もしもし﹄ ﹁あ、こんばんは先輩。 今大丈夫ですか?﹂ ﹃うん﹄ やっぱりこういうのは電話で言うべきだろう。 頑張れ、僕! ﹁あの、先輩。 あの⋮⋮﹂ ﹃うん?﹄ ﹁あのですね⋮⋮せ、先輩は今週の日曜日あいてますか?﹂ ﹃日曜日? うん、あいてるけど﹄ 852 ﹁その、ぼ、僕とデートしてください!﹂ 言った! 返答は⋮⋮? ﹃デート⋮⋮。 ⋮⋮デートって、なにしたらいいの?﹄ ﹁え、と⋮⋮まぁ遊びに行くようなもんですかね﹂ ﹃そっか。 俺さ、デートのこととか全然わかんないんだけど⋮⋮それでもいい ?﹄ ﹁全然大丈夫です! 任せてください﹂ ﹃うん。 楽しみ﹄ 僕だってデートの経験はない。 精々、知識があるくらいだ。 853 それでも先輩が楽しみにしてくれるなら。 ﹁楽しませられるように頑張ります!﹂ ﹃どこでもいいよー。 どこに行っても楽しいだろうし﹄ 先輩⋮⋮。 ほ、惚れてまうやろー!! ⋮⋮あ、ちょっともう古いかな? 854 ホラー 俺、実はホラーが苦手。 幽霊がどうとかって怖いわけじゃないけど、ホラーって存在が苦手 だ。 小学生でも平気そうな怖いのもダメ。 それ自体が平気でも、そこから自分で勝手に怖い方向に想像しちゃ うから。 映像、画像とかの視覚化されたものがダメなんだろうな。 ホラー小説は普通に読めるし、怪談も全然平気。 ただ小説は挿絵があったらアウトだ。 で、なんでいきなりこんな話しになったかというと。 ﹁あー寒い。 怖い﹂ 855 現在、草木も眠る丑三つ時。 夜中の2時だ。 なのにこれから風呂に入らなきゃいけない。 学校から帰ってご飯食べてテレビみてたらうたた寝しちゃって、気 付けばこの時間だった。 風呂に入らず明日学校に行きたくないし、かといってこの季節に朝 風呂は寒すぎる。 で、仕方なくこの時間に入るしかないわけだ。 ﹁あー、寒い寒い﹂ ホントに寒い。 シャワーで済ますせいかな。 俺いつもお湯には浸からずシャワーだけだから。 856 そういえば丑三つ時に鏡見ちゃいけないんだってね。 風呂場だから当然鏡あるけど、あんまり見ないようにしてる。 ホラーがダメなのは俺が少し霊感持ちだからなのかもしれない。 そういうのがほいほい見えるわけじゃないけど、物音が聞こえるの はよくある。 金縛りとかもたまにある。 金縛りって科学的に解明されたんだっけ。 でもあれって一部だと思う。 実際に見える人ならわかると思うけど、なんか乗ってくるんだよ。 乗ってくるだけならまだいい。 目が合うんだよ。 すごい嫌だ。 ほら、もう。 怖い時って怖いことどんどん考えちゃうんだよ。 857 もー、やだやだ。 ﹁はぁ﹂ 風呂から無事に上がってソファーに腰を下ろす。 霊感か⋮⋮。 持っててもいいことないよな。 ウチのじいちゃんが昔強かったらしい。 それが移ったとかなんとかって、ばあちゃんが言ってた。 本当にそうなら迷惑な話だ。 別に見えたからってどうするわけでもないんだけどね。 ただ一瞬ビクッとする。 858 それだけ。 叫び声も出ない。 そういえば、俺が叫び声出るのって蜘蛛がいたときだけだな。 蜘蛛を近づけるのと、霊感が強くなるの、どっちか1つ選べって言 われたら絶対霊感を選ぶ。 ホラーより蜘蛛のほうがよっぽど怖い。 ﹁ん⋮⋮﹂ 気配、気配。 なにかの気配を感じる。 気配を感じる方向は、上。 天井に視線を向けてみると⋮⋮。 ﹁⋮⋮うゃああ!﹂ 859 本日の俺。 よくわからない叫びでバッドエンド。 明日はいいことありますように。 860 デート︵前書き︶ そういえば昨日は13日の金曜日でしたね。 皆様、なにか悪いことはありました? 私はゴキブリのお子様とすがすがしい朝を迎えてしまい、ちょっと ブルーです。 忘れよう、忘れよう。 861 デート 本日は晴天なり。 ということで、遊ぶにはもってこいの日。 ⋮⋮あ、デートだっけ。 そんな風に言うとざわざわするような、なんか照れくさい感じにな るね。 まぁ俺は例のごとく遅刻してしまったわけだが。 ﹁⋮⋮あ、先輩﹂ ﹁ごめん、お待たせ﹂ 小走りで来たのはいつもの公園。 ここは待ち合わせに打って付けだ。 ﹁いえ、大丈夫ですよ。 ついさっきここに着きましたから。 それじゃあ行きましょうか﹂ 862 ﹁うん﹂ 嘘ばっかり。 待ち合わせの時はいつも、遅くても5分前にはその場所で待ってる のが龍だ。 だいぶ待たせちゃったな。 寒かっただろうに。 今度からはちゃんと早めに準備して遅刻しないようにしなきゃ。 あとで温かい飲み物でも奢ろう。 ﹁⋮⋮遊園地?﹂ ﹁はい。 まぁ、定番ですからね﹂ どこに行くのかと訊くと、返ってきたのはデートの定番らしい場所 863 だった。 俺は定番とかも全くわからない。 デート云々というより、単純に遊園地は好きだから構わないけど。 ﹁ちょっと待っててくださいね。 すぐ戻りますから﹂ ﹁うん﹂ 入場門の前で待つこと5分。 龍は2つの時計らしき物を持って戻ってきた。 ﹁お待たせしました。 ちょっと腕出してください﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮これでよし、っと。 フリーパスです﹂ ﹁あ、お金⋮⋮﹂ ﹁大丈夫です。 864 実はですね、ここのフリーパスの券を福引きで当てたんですよ。 だから丁度よかったです﹂ ﹁へぇ、すげー。 そういえば昔からクジとかそういうのよく当ててたな﹂ 引きが強いんだな。 ﹁さ、入りましょう。 乗り物1つでも並ぶ時間が掛かるともったいないですからね﹂ ﹁ん、行こう。 でも俺あんまり乗り物乗ったことないんだよ。 どれにするか決めてね﹂ 遊園地は好きだけど、どれに乗ったらいいのかわからなくて遊園地 内の店で買い物するがほうが多いかも。 でも乗らないだけで、乗れないことはないのかもしれない。 これを機に、いろいろ挑戦してみよう。 少しでもフリーパスを無駄にしないように。 865 866 デート 2 ﹁さ、まずはどれいきましょうか﹂ ﹁んー﹂ 休日の遊園地。 なかなか混んでるけど、全体的に長蛇の列は見当たらない。 どれに乗ってもそんなに並ぶことはないだろう。 ﹁そういえば先輩、絶叫系ダメでしたっけ?﹂ ﹁ダメじゃないけど、高所恐怖症だからちょっと苦手かも﹂ 高いとこ怖い。 なんか落ちそう。 でも足場がしっかりしてるのなら平気。 自分がバランス崩して落ちる、とか絶対有り得ないものは全然平気 だ。 867 飛行機とか。 ﹁そうですよね。 じゃあ絶叫系はやめておきますか﹂ ﹁ん⋮⋮でも今日は挑戦してみようかな﹂ 気の持ちようだ。 苦手っていっても嫌いじゃないし、克服できるにこしたことはない。 ﹁⋮⋮じゃあ、試しに1つ乗ってみますか?﹂ ﹁うん﹂ たしか龍は絶叫系大丈夫だったはず。 別に大好きってわけじゃないからよかった、と思う。 ﹁⋮⋮﹂ ぽけー、っとしながらベンチに座る。 868 ﹁大丈夫ですか、先輩?﹂ ﹁うん。 最近のジェットコースターは凄いね﹂ 一言で言うと、めちゃめちゃ怖かった。 ただ絶叫系なのに絶叫を上げられないという残念な俺。 ﹁聞いた話しですけど、叫ぶとあんまり怖くないらしいですよ?﹂ ﹁叫んでるつもりなんだよ、俺的には。 でも喉が追いつかないという﹂ ﹁﹃あー﹄とか﹃うー﹄とかは呟いてましたね﹂ ﹁叫んでたつもりだった﹂ 俺は大声が出ないのか。 ﹁じゃ、次行きましょうか。 今度はゆっくりしたやつにしましょう﹂ 869 ﹁ん、ごめん﹂ ﹁僕も絶叫系そんなに好きなわけじゃないですし、気にしないでく ださい。 ここジェットコースターそんなに多くないですしね﹂ 早々にフリーパスを無駄にすることになってしまった。 他のアトラクションで挽回するぞ。 870 デート 3 ﹁はー、先輩ゴーカート上手いですね⋮⋮﹂ ﹁そうかな?﹂ ゲーセンの車のゲームの要領で、アクセル全開。 意外と普通にできた。 ﹁次は⋮⋮あれ入ってみます?﹂ ﹁お化け屋敷? 入ったことない﹂ ﹁あ、先輩ホラー系ダメでしたね﹂ ﹁まぁね﹂ 龍は俺の苦手なものをほとんど把握してる。 付き合いの長さはだてじゃない。 ﹁どうしよう⋮⋮せっかくだし入ってみようかな?﹂ 871 ﹁無理しなくていいですよ?﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ どうしようかな。 俺そういう雰囲気とかもダメなんだけど⋮⋮。 よく考えてみると、お化け屋敷って叫んでなんぼだよね。 叫び声1つまともに出てこない俺とお化け屋敷に入ってもつまんな いだろう。 ﹁ん、今日はやめとく。 出直してくる﹂ ﹁出直し⋮⋮?﹂ いつか叫び声が出るようになったらリベンジしよう。 ﹁それじゃ、あそこに入ってみますか?﹂ 872 ﹁ゲーセンとかボウリング場とかあるんだっけ﹂ ﹁はい﹂ 遊園地の園内には様々な建物がある。 飲食店、土産物屋、それぞれが個人で店舗を持ってる。 園内で一際目立つ大きな建物はボウリング場やバッティングセンタ ーとかゲーセンや飲食店が揃ってる場所。 俺達はそこに向かう。 ﹁おー、ゲームコーナーすごい充実してるな﹂ ﹁そうですねー﹂ ﹁なにする? 太鼓の○人?﹂ ﹁か、勘弁してください⋮⋮﹂ 自分で言うのもなんだけど、俺太鼓の○人めちゃめちゃ得意な人だ から。 873 874 デート 4 −side龍斗− ゲームセンターはなかなか楽しめた。 先輩は全般的にゲーム上手いから色々遊べた。 太鼓の○人は⋮⋮うん、やった。 バチの上も下も使って太鼓を叩く先輩を見てるとちょっと感動する。 けどそんな余裕なんて僕にはない。 迫りくる青と赤のマークを見るだけで精一杯。 よく自分用のバチ持ち込む上手い人いるけど、先輩はそういうタイ プじゃない。 一曲だけ一番難しいレベルでやったのは、僕をいじめて楽しんでる んだろう。 昔から最初のほうは僕にレベル選ばせてくれるのに、最後の一曲は 必ず最高レベルだった。 基本的には相手のレベルに合わせてくれる、でも1人では絶対にや 875 らない。 それが先輩だ。 そのままの流れで同じ建物内にあるバッティングセンターに向かう ことになった。 ﹁バッティングセンターって初めて。 龍は来たことある?﹂ ﹁はい。 友達とたまに来ますよ﹂ これでも運動部。 運動神経には自信がある。 ﹁ねぇ、アレなに?﹂ ﹁え? ああ、アレは景品ですよ。 ボールを打って、あのホームランって書いてあるボードに当てると 貰えるんです﹂ 876 ﹁へぇー﹂ 景品の種類は様々。 米や油などの主婦が喜びそうな物から、バッグや靴やアクセサリー なんかもある。 当たったボードの点数で貰える景品も変わる。 ﹁⋮⋮ねぇ、龍﹂ ﹁⋮⋮! なんですか?﹂ 肘のあたりをちょいちょいと引っ張って呼ばれる。 可愛い⋮⋮。 けど、なるべく平静を装って返事をする。 ﹁アレ、欲しいな。 ⋮⋮無理かな?﹂ 877 ﹁アレ⋮⋮? ああ、あのクッションですか?﹂ ﹁うん﹂ だいたい、先輩が抱えたら丁度いいくらいの大きさ。 白黒タイル模様入りの丸型ビーズクッションだ。 あわよくばアクセサリーでもとって先輩にプレゼント、と思ってた けど⋮⋮まさか先輩からおねだりされるとは。 ﹁大丈夫ですよ。 必ずとってみせます﹂ ﹁ほんと?﹂ ﹁はい、任せてください﹂ ﹁頑張れー﹂ ﹁さて、と。 頑張ります﹂ 878 先輩の応援を受けながらヘルメットを付けて、バットを握る。 さぁ、初球。 いつも通り、いつも通り、リラックスして⋮⋮。 ﹁⋮⋮おお。 龍すげー﹂ パチパチと先輩が拍手する音が聞こえる。 初球は惜しかった。 打ち込んだのはヒットのボードだった。 そういえば、今日はこの後どうしよう。 遊園地から出たら当然帰るだろうし⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮思い切って⋮⋮キス、しちゃおうか? ﹁うわ、っと!﹂ 879 ﹁大丈夫?﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ しまった。 考え事でついぼんやりして、一球スルーしてしまった。 ﹁よーし⋮⋮﹂ 今は考えるのやめよう。 先輩のために、景品とるぞ! 880 デート 5 ﹁あ、惜しい⋮⋮もうちょっと、⋮⋮わ! やった、すげー﹂ 龍は宣言通り、ホームランのボードに当てた。 5球目だ。 100円でクリア。 すげー。 ﹁ふぅ⋮⋮多分これで景品の点数クリアしてるはずです。 ちょっと待っててください﹂ ﹁うん﹂ そういうと龍は交換所のほうに行って、少ししてから戻ってきた。 ﹁どうぞ、先輩﹂ そう言って、俺が欲しかったクッションを差し出した。 ﹁わーい、やった。 881 ありがと、大事にする﹂ 受け取って抱える。 フワフワして触り心地がいい。 こういうクッション、前から部屋に欲しかったんだ。 ﹁⋮⋮先輩﹂ ︵可愛い⋮⋮︶ ﹁ん?﹂ ﹁先輩もちょっとやってみたらどうですか?﹂ 龍はバットを差し出す。 ﹁えー⋮⋮でも俺、運動神経よくないし﹂ ﹁ヒットとか関係なく、楽しむのが一番ですよ﹂ ﹁ん⋮⋮じゃあやってみる。 これ持ってて﹂ ﹁はい。 頑張ってください﹂ 882 バットを受け取って、クッションを持っててもらう。 ﹁よーし⋮⋮﹂ さぁ、こい。 ﹁ぎゃー、怖い﹂ 思ったより球速かった。 自分にぶつかりそう。 一球目は引いてしまった。 ﹁ん、いかんいかん。 頑張るぞー⋮⋮﹂ 二球目。 ﹁ふん!﹂ バットを振った。 883 ちょっと当たった。 ﹁すごいです、先輩!﹂ ﹁わー⋮⋮なんか腕にくる﹂ ピリピリする感じ。 ﹁次⋮⋮うぎゃ﹂ バットが弾かれた。 ちゃんと握らなきゃ危ない。 ﹁先輩、脇をしめるんですよ﹂ ﹁ん、こう? ⋮⋮わ、ヒット﹂ ﹁いきなり!? すごいですね⋮⋮﹂ ﹁えへへ﹂ これ以上いくとは思えないけど。 884 ホームランなんて夢のまた夢だ。 五球目も打てたけど、ヒットのボードには当たらなかった。 狙って当てられるもんじゃない。 ﹁お嬢ちゃん、お嬢ちゃん!﹂ ﹁⋮⋮俺?﹂ どこからか聞こえる声の方向を向くと、景品交換所の番をしてるお じさんと目があった。 ﹁そうそう。 お嬢ちゃん、ちょっとこっちおいで﹂ ﹁⋮⋮? なんだろう ﹁行ってみましょうか﹂ 交換所に近付く。 ﹁お嬢ちゃん、バッティングセンターは初めてだろう?﹂ 885 ﹁はい﹂ ﹁やっぱりか。 打つとこみてたが、なかなか筋がいいよ﹂ ﹁本当ですか? ありがとうございます﹂ 褒められた。 ﹁初めてで頑張ってヒット出したから景品あげるよ。 本当はホームランの人しか上げられないから、点数低めのやつにし てね﹂ ﹁え? いいんですか?﹂ ﹁ああ。 また来てね﹂ マジか。 このおじさん太っ腹。 ﹁えーと⋮⋮じゃあこれ。 886 ありがとうございます﹂ ﹁はいよ﹂ 俺が選んだのはストラップ。 ちょっとカッコイイやつ。 ﹁はい、あげる﹂ ﹁えっ?﹂ 選んだストラップは龍に。 ﹁クッションとってくれたから、ちょっとでもお礼﹂ ﹁でも、それは先輩が貰ったものですし⋮⋮﹂ ﹁いらない?﹂ ﹁い、いります! 欲しいです! ありがとうございます﹂ よかった、貰ってくれて。 887 888 デート 6 絶叫系以外の乗り物はほとんど乗った。 ゲーセンやバッティングセンターも行って、買い物も出来た。 時間は夕方5時。 そろそろ帰らなきゃ。 ﹁最後にアレですかね﹂ ﹁アレかな﹂ アレとは観覧車のことだ。 ﹁先輩、大丈夫ですか? 高所恐怖症じゃないですか﹂ ﹁観覧車は平気。 壁一面スケルトンでも平気﹂ 落ちない保証はないけど、足場はしっかりしてるから。 889 観覧車は少し並んでた。 ここにきてはじめての行列。 っていうほどではないけど。 1周15分くらいかな。 わりとすぐに順番がきた。 スタッフの人がドアを開けてくれる。 ﹁はーい、カップルさんご案内∼﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 思わず顔を見合わせる。 そうか、そうだった。 カップルか⋮⋮。 890 ﹁初々しいね∼。 行ってらっしゃい。 彼氏頑張れ∼﹂ 恥ずかしい⋮⋮。 ﹁おお、いい眺め⋮⋮﹂ ﹁そうですね﹂ 夕陽に照らされる街が見える。 綺麗だ。 ﹁⋮⋮先輩﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 向かい合わせで座ってた龍は、俺の隣に移動する。 どうしたのかと訊く前に、俺の顔に手を伸ばしてきた。 891 その目は妙に熱っぽい。 ﹁⋮⋮! ちょ、﹂ 告白された日から、俺は結構色々察することができるようになった。 空気っていうか、雰囲気が読めるようになった。 だから今も、龍が何をしようとしてるのかわかる。 俺は龍の手から逃れようと向かい側のイスに座り直した。 それでも龍は手を伸ばしてくる。 狭い観覧車の中。 追い込まれて、逃げ場はすぐに無くなる。 ﹁先輩﹂ ﹁っ、龍⋮⋮﹂ 892 ⋮⋮どうしよう? 893 デート 7︵前書き︶ うーん⋮⋮一応、今回はR15? ここに至るまでは全年齢対象だし、いまさらR15指定するのもち ょっと微妙かな⋮⋮と思いましたが。 R15指定するほどでもありませんけどね。 一応です、一応。 念のため。 こいつらイチャやがって、ちくしょう! 今更ですけど初めて予約投稿してみましたー。 リアルタイムは6時です。 予約投稿時間は7時です。 ドキドキ。 894 デート 7 ﹁先輩⋮⋮嫌ですか?﹂ 逃げ場を塞がれたまま訊かれる。 ﹁嫌っていうか⋮⋮その、早くない?﹂ よくわからないけど、そういうのはちょっと早い気がする。 だってデートも今日が初めてじゃん? ﹁先輩。 僕がいつから先輩のこと好きだったか、知ってますか?﹂ ﹁知らないけど⋮⋮﹂ ﹁中学の時からですよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ そんなに前から⋮⋮。 ﹁いつだったか、先輩に好きなタイプを訊いたことがあったんです。 その時先輩は、﹃強くて頼れる人がいい﹄って言ったんですよ﹂ 895 ﹁⋮⋮そういえば﹂ ﹁覚えてます?﹂ ﹁うん。 おぼろ気だけど⋮⋮﹂ タイプは変わってないし、そんな話しをしたのを覚えてる。 ﹁だから僕はとりあえず強くなろうと思って、柔道部に入ったんで す﹂ ﹁えっ、それで柔道部?﹂ ﹁そうですよ﹂ 思わず呆然とする。 俺のために柔道部に⋮⋮? まさかそこまで想われていたとは⋮⋮。 ﹁まだまだ頼れる人にはなれてませんけど、少しくらいご褒美ほし 896 いです﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁キス、してもいいですか﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 別にいいのかもしれない。 実際に嫌ではないんだから。 でもなんか、心の準備が⋮⋮。 ﹁先輩⋮⋮﹂ 龍の手が顔に伸びてくる。 少し頬を触って、髪を耳に掛けられた。 くすぐったい。 龍の顔が近付いてくる。 897 ﹁や⋮⋮っ﹂ やっぱり恥ずかしい。 思わず抵抗してしまう。 ﹁そんな可愛い抵抗しないでください﹂ ﹁な⋮⋮んぅ﹂ なにを言ってんだ、と言う前に唇が塞がれた。 898 デート 8 ﹁はーい、おかえりなさい。 あらあら、彼女顔赤いね∼﹂ ほっといてくれ、スタッフさん。 誰にも見られてないとはいえ、観覧車の中での出来事がすごく恥ず かしい。 何回かキスされそうになった。 景色ろくにみれなかったな。 ﹁先輩、せっかくですから手繋ぎましょうよ﹂ ﹁無理。 クッション持ってるから﹂ ﹁僕が持ちますよ﹂ ﹁悪いから自分で持つ﹂ ﹁女性の荷物は男が持つものですよ﹂ 899 ﹁⋮⋮なんかキャラ違くない?﹂ すごく攻め攻めだ。 今更だけど、龍は意外と積極的らしい。 ﹁ふぅ、楽しかった。 今日はありがと﹂ 遊園地からの帰り道。 もう少し歩いたら俺の家だ。 送ると言ってくれた龍の言葉に甘えた。 1人で歩いても退屈だしな。 ﹁よかったです。 またどこかに出掛けましょうね﹂ ﹁うん。 あ、今度買い物行きたいんだけどついてきてくれる?﹂ 900 ﹁もちろんです。 荷物持ちでもなんでもやりますよ﹂ ﹁ありがと。 助かる﹂ 龍がついてきてくれるなら、荷物で苦労する心配はなくなる。 ちょっと色々買いたい物があるんだ。 とかなんとか喋ってるうちに俺の家に到着した。 ﹁つきましたね。 先輩、またメールか電話します﹂ ﹁ん。 送ってくれてありがと。 帰り気を付けて﹂ ﹁はい﹂ ﹁ん⋮⋮。 ⋮⋮こら﹂ 別れ際でキス。 ちょっと油断したらこれだ。 901 ﹁すみません。 先輩が可愛かったのでついつい﹂ ﹁ついついじゃねぇよ。 可愛いって言うな﹂ ﹁すみません﹂ ニコニコしやがって。 悪いと思ってないな、こいつ。 ﹁まったくもう⋮⋮。 次からは人の目があるとこでこういうのは禁止な﹂ ﹁えー﹂ ﹁えー、じゃないし﹂ ここどこだと思ってんだ。 道だぞ、道。 誰が通るかわからない。 902 しかも俺の家の前なんてすげぇ嫌だ。 ﹁室内だったらいいんですか?﹂ ﹁人の目があったらダメ﹂ ﹁わかりました。 どんなに人がいても見られないよう努力します﹂ ﹁それはそれで嫌なんだけど⋮⋮﹂ すぐそこに人がいると思うと恥ずかしい。 ﹁それじゃ、また今度連絡します﹂ ﹁ん。 またな﹂ 軽く手を振って龍を見送った。 家の門を開けて、中に入る。 愛犬が尻尾をふりながら出迎えてくれた。 903 ﹁⋮⋮なぁ、家康。 俺顔赤くない?﹂ 仮に赤かったとしたら、こんな顔ウチの家族に見せられない。 俺は少し愛犬と遊んで、頬の赤が沈むのを待ってから家に入った。 904 デート 8︵後書き︶ や、やっと終わった⋮⋮。 思いの外デートでものすごく話数をとってしまいました。 こいつらイチャイチャしやがって! 胸焼けしたらどうしてくれるんだ! とはいえまたデート行くんだろうな⋮⋮やれやれ。 リア充な佳亜ちゃんに嫉妬する毎日です。 ここまで読んでくださってありがとうございました。 次回お楽しみに、とか言ってみます。 楽しみにしてくださってる方がいらっしゃるといいな⋮⋮。 905 にらめっこ︵前書き︶ 高校3年生、冬。 進路に悩む季節です。 あ、若干遅いですね。 906 にらめっこ 俺は今、一枚の紙とにらめっこしてる。 その紙の名前は﹃進路について﹄。 ﹁進路、か⋮⋮﹂ 高校3年生の俺は、進路について悩んでいる。 就職か進学か、それは最初から就職だったものの具体的になにがや りたいとかの希望はなかった。 どんな職種にしよう⋮⋮。 工場とかの製造系? で、考えるのは面接の時。 ほぼ必ず訊かれるであろう質問。 ﹃あなたの長所と短所はなんですか?﹄ 907 俺の答えは、 長所⋮いろいろな事に興味を持つ。 短所⋮集中力がない かな。 長所は短所と直結させるといいんだって。 で、長所をこんな風にしたわけだが⋮⋮問題は短所だ。 ﹃集中力がない﹄。 これって製造業にはどうなん? アウトだろ。 間違いなくアウトだろ。 でも事実だから仕方ない。 俺は完全にスイッチが入るまで集中力は皆無に等しいんだ。 なら他の短所は? ちょっとマイペース、細かすぎることが苦手、たまにボーッとして しまう、飽きっぽい、などなど。 908 ⋮⋮オーケー、わかった。 俺、製造業はおそろしく向いてないんだ。 なら接客業? ギリギリできなくはないだろうけど、人の顔覚えるのが苦手だから な⋮⋮。 ちょっと無理っぽい。 じゃあもう事務しかないだろう。 これでも商業学校在学の名に恥じないくらいの資格は取得してるん だ。 就職面接を受けるときの取得資格条件はクリアできてるはず。 ワープロ1級、電卓2段、情報処理2級、簿記1級、漢検2級、あ となんやかんや色々。 909 これが俺の取得してる資格。 多分、条件は大丈夫。 やっぱり事務しかないかな⋮⋮。 簿記とかやり方忘れちゃったけど。 で、結局紙には﹃事務︵未定︶﹄と書いて提出した。 でも高校生向けに事務の求人はほとんどない。 だったら卒業してから就職すればいいだけの話だ。 まぁ、このご時世そう甘くはないんだろうけど。 早く自立したいからね。 頑張るよ。 910 話し合い ﹁はい、それじゃ⋮⋮班は紙に書いてあるので分かれて話し合って くださいね﹂ どれどれ、俺は⋮⋮4班だな。 俺が今なにをしてるか。 簡潔に言うと、授業だ。 今度、家庭科の授業で調理実習がある。 それについて色々決めなきゃいけないらしい。 リーダーやら、ごみ捨て係やら。 ちなみに、うちの学校は実習室がやたらと広い関係で学年合同で調 理実習をやるんだ。 3年生なら3年生全員が場に揃う。 911 だから毎回体育館に集まって話し合いをする。 ﹁えーと、4班は⋮⋮ここかな? ⋮⋮あ﹂ ﹁あ﹂ ﹁お﹂ 班の場所に行ってみると、知り合いが2人いた。 ﹁ナベと七村さんじゃん。 よかった、知ってる人いて﹂ ほら、俺人見知りだからさ。 香達とはお互いバラバラになったし、同じ班に知り合いがいるなら 安心。 ﹁三木も一緒か。 よろしくな﹂ ﹁よろしく﹂ ﹁わ、私は別に1人でもよかったけど⋮⋮﹂ 912 ﹁相変わらずだね、七村さん﹂ ツンデレもお変わりないようで。 班のメンバーは7人。 俺とナベと七村さん以外にも4人いる。 顔は見たことあるけど名前は知らない。 話したこともない。 ﹁メンバー揃ったな。 じゃ、まぁお互いよろしくってことで﹂ ナベが仕切ってくれる。 さすがはクラスのリーダー。 ﹁とりあえず班のリーダー決めなきゃな。 誰か料理は得意です、って人いない? できれば周りに指示できる人にリーダーやってもらいたいんだけど﹂ ⋮⋮しーん。 913 まぁそりゃそうだ。 ﹁とりあえずリーダーはナベでいいんじゃない? 作業はそれぞれ出来そうなの分担すりゃいいし﹂ ﹁けど俺いっさい料理できないけど?﹂ ﹁形だけだって。 なんとかなるよ﹂ 形だけでもリーダー慣れしてるナベが適任だろ。 その後もなんやかんや決めて、ウチの班の話し合いは終了。 ちょっと時間があったから七村さんとナベと話しをしとく。 ﹁そういえば、今回の調理実習なに作るんだろうな﹂ ﹁前はなんだったっけ?﹂ ﹁親子丼とプリンよ﹂ ﹁結構時間掛かったよな﹂ 914 ﹁まぁね﹂ ってか調理実習で作る物、量多すぎ。 食べきれない。 ﹁七村さん、料理したことある?﹂ ﹁ないわよ。 当たり前でしょ﹂ ﹁やはり﹂ ﹁失礼ね﹂ ﹁いや、自分で当たり前って言ったじゃないすか﹂ 矛盾もいいとこだ。 ﹁おい、もう集合みたいだぞ﹂ ﹁マジか。 じゃ、調理実習の時は色々よろしく﹂ ﹁よろしく﹂ 915 ﹁ふん﹂ ツンデレ姫は鼻を鳴らして戻っていった。 照れ隠しですね、わかります。 916 謎の塊 ﹁なにこれ、入浴剤?﹂ ちょっとDVDを借りに行こう。 ⋮⋮と思ったんだが、昨日は風呂に入る前に寝てしまったので風呂 に入ってから出掛けることにした。 風呂場を覗いたら石鹸がなかったから戸棚を探ってみたら、石鹸と 一緒に見慣れない袋が出てきた。 戸棚のだいぶ奥のほうから出てきたその袋は手のひらサイズでピン ク色。 外側から形を確認してみてもボコボコしてて何かわからない。 思い切って開封してみた。 中から出てきたのは小さな薔薇の形をした塊。 すごくいい香りがする。 表面は少しざらついてるし、多分入浴剤だ。 917 ﹁⋮⋮使ってみようかな﹂ 普段はシャワーだけで済ますけど、たまにはお湯に浸かりたい。 興味本位で入浴剤を使ってみることにした。 ﹁うわー⋮⋮すごい香り﹂ 髪と身体を洗って、湯に入浴剤を入れた。 思ってたより香りが強い。 いい香りだけど鼻が麻痺しそう。 ﹁んー、いい感じ﹂ お湯加減はバッチリ。 入浴剤の効果か、トロリと柔らかくなったお湯がしっとりと肌に馴 染む。 918 うーん、気持ちいい。 久しぶりのお湯の感覚を、俺はじっくり楽しんだ。 この時、俺はさっさとお湯から出るべきだった。 後悔先に立たずとはまさにこのこと。 なぜなら、俺は長い時間強い香りに包まれ鼻が麻痺したまま。 そのままの状態でさっさと出掛けてしまったのだから。 919 謎の塊 2 ︵⋮⋮なんなんだ︶ どうしよう⋮⋮。 いや、どうしようもないけども。 俺はDVDを借りに行くため、家を出た。 異変はすぐに起こった。 散歩がてら少し遠くの本屋に寄り道してみたりしたんだが、なぜか 周りの人がジロジロ見てくる。 なぜ? 本屋に限らない。 行く先々、街を歩いてもジロジロジロジロ。 そろそろ耐えられないぞ。 920 ︵ていうか、なぜ見られる? 俺どこかおかしいかな?︶ 服装? いや、いつもと似たようなものだし⋮⋮それはないだろう。 顔? ちらり、とショーウィンドウに写った自分の顔を見てみるけど、い つもと変わらないぞ。 ︵なんなんだよ⋮⋮︶ 別に、ただ見られてるだけならまだいい。 問題は、その視線が妙に熱っぽいことだった。 ︵⋮⋮もう今日は真っ直ぐ帰ろう︶ ﹁⋮⋮う﹂ 921 そう思い方向転換した俺だったが、目の前は壁で塞がれていた。 壁は少し柔らかくて、それが人だということはすぐにわかった。 俺が謝ろうと口を開くより先に、壁の人が喋った。 ﹁ねぇ君、俺達と一緒にいいとこ行かない?﹂ ⋮⋮は? なに言ってんのこの人。 ﹁なぁ、行こうよ。 悪いようにはしないからさ﹂ 壁の人の友達らしき人も喋る。 てゆーか、知らない男の人に話し掛けられるとか無理。 人見知り発動。 さっさと退散しよう。 922 ﹁ちょっと、無視しないでよ﹂ うぎゃ。 腕掴まれた。 ﹁ほら、行こう行こう﹂ 行くなんて言ってない。 つーかどこに行くんですか。 やだな、この人達。 気持ち悪い。 逃げよう。 ﹁あっ、おい!﹂ 隙をついて腕を思いきり振り払った。 923 走って逃げつつ、チラッと後ろを見てみる。 うわ、追ってくるよあの人達。 ヤバいぞ。 いい加減、怖いぞ。 どうしよう、どうしよう。 ﹁⋮⋮!﹂ 偶然、目に入ったのはよく見知った人。 巻き込んで悪いが、今の俺はこの人に頼るしかない。 ﹁⋮⋮!? せ、先輩!?﹂ 俺が逃げてた道沿いにある本屋。 そこには偶然、雑誌を眺める龍の姿があった。 924 925 謎の塊 3 いきなり現れて背中に抱き着いた俺に、龍は驚いてあたふたしてる。 ﹁せ、先輩? どうしてこんなとこに⋮⋮﹂ 説明する間もなく、さっきの男の人達は追いついて俺を見つけた。 ﹁⋮⋮。 少し黙っててくださいね﹂ 状況を理解してくれたらしい龍は小声でそう言うと、俺を隠すよう に男の人達に向き直った。 ﹁なんだお前?﹂ ﹁その子、俺らが先に誘ったんだけど?﹂ たしかに誘われたが、それを受けた覚えはない。 ﹁この人に何か用ですか?﹂ 926 ﹁関係ねぇだろ﹂ ﹁僕はこの人の彼氏です﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁お引き取り願えますか﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮チッ﹂ 男の人達は去っていった。 彼氏の力すげー。 ﹁ありがとう﹂ 龍の背中側から手をまわしてギューっと抱き着く。 本当にありがとう。 ジロジロ見られっぱなしだし、かなり心細かった。 ﹁いえ⋮⋮まぁその辺はあとから詳しく聞くとして。 927 ⋮⋮先輩、それどうしたんですか?﹂ ﹁それ?﹂ それってなんだ。 ﹁⋮⋮まさか、自分では気付いてないんですか?﹂ いや、だからなにが? ﹁⋮⋮?﹂ ﹁なんか⋮⋮雰囲気? が、すごいですよ﹂ ﹁⋮⋮雰囲気?﹂ ますますわからん。 ﹁何があったかわかりませんけど⋮⋮とにかく、そのままじゃヤバ いです。 さっきみたいなことになりかねません﹂ ﹁え、どうしよう⋮⋮﹂ 928 ﹁先輩の家までは遠すぎますね⋮⋮。 とりあえず、僕の家に行きましょう﹂ ﹁ごめん。 面倒掛ける﹂ ﹁いえ﹂ ︵⋮⋮ヤバいぞ、これ。 平静を装ってはいるけど、僕もなんかクラクラする⋮⋮。 先輩はいったい何をしたんだろう︶ 龍の内心なんて知る由もない俺。 とにかく、早く人の目に触れない場所に行きたかった。 ちょっと龍を盾にしながら歩く。 ﹁⋮⋮お?﹂ ﹁⋮⋮あ、ナベさん?﹂ ﹁え?﹂ 下を向いて歩いてたら龍が立ち止まった。 929 なにかと思って顔を上げたら、ナベがいるじゃないか。 ﹁よ﹂ 一言だけ挨拶する。 友達相手ならこれでいい。 俺と目が合うなり、ナベは視線を泳がせ始めた。 ﹁お前⋮⋮どうしたんだ?﹂ ﹁⋮⋮?﹂ なんなの。 俺どうかしちゃったの? ﹁それが⋮⋮自覚ないみたいで﹂ ﹁自覚なしって⋮⋮。 いや、これは⋮⋮ちょっとヤバくね?﹂ ﹁ちょっとどころではなくヤバいですよ﹂ 930 ﹁で、どうすんだよ﹂ ﹁とりあえず僕の家に連れていこうかと﹂ ﹁そのまま頂いちゃうわけ?﹂ ﹁バカ言わないでください。 そんな事しません﹂ 龍とナベが話してるとき俺は大概、蚊帳の外なんだよな。 まぁ、話しについてけないからいいんだけど。 ﹁⋮⋮どうすりゃいいかはわかんないんだろ? 俺の家に来るか?﹂ ここでナベは俺に視線を向けた。 俺に訊いてるらしい。 ﹁でも迷惑掛かるし⋮⋮﹂ ﹁俺の家、この近くなんだよ。 ウチの親は共働きだから夜まで帰ってこないし。 それにそのままだとこいつに頂かれそうだしな﹂ 931 ﹁だからそんなことしませんって﹂ ⋮⋮頂くってなんの話しだろう。 うーん⋮⋮。 家が近くなら、人目を避けたい俺としてはぜひ上がり込みたいけど ⋮⋮面倒掛けることになるしな。 どうしよう。 ﹁先輩、せっかくですから上がらせてもらいましょう。 今の時間は人通りが多すぎます。 人が少なくなってきたら先輩の家まで送りますよ﹂ ﹁⋮⋮ん。 ナベ、迷惑掛ける﹂ ﹁おぅ。 裏道から行こうぜ。 人少ないから﹂ 助かった。 いい友達を持ったもんだ。 932 933 謎の塊 4 ﹁⋮⋮なぁ、アレ⋮⋮なんだと思う?﹂ ﹁⋮⋮占い師、ですかね?﹂ ﹁怪しすぎるだろ﹂ ナベの案内で裏道を行く俺達。 狭い一本道の少し先には、なんか怪しい人が座ってる。 男か女か、若いのか歳なのか、それすらわからない。 マントみたいな長い上着を着て、フードで顔を隠してる。 通り道だからその人の前を通るしかない。 一歩進む度に、その人との距離は縮まる。 ⋮⋮ん? ﹁あ⋮⋮﹂ 934 近付いてみてわかった。 この人なにかを売ってる。 その売り物に、俺は見覚えがあった。 ﹁⋮⋮先輩? どうしたんですか?﹂ ﹁三木?﹂ 龍とナベが声を掛けてくるが、俺は聞いてない。 ただひたすら、この怪しい人に話し掛けてみるかどうするか考えて た。 ﹁そこのお嬢ちゃん、これを知ってるね? そして困っているようだ﹂ 怪しい人のほうから話し掛けられた。 935 その声からも男女の判断をすることはできない。 声だけ聞くと、なかなかの年齢のように思える。 ﹁これが何か、知りたいかい?﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 龍とナベは、俺と怪しい人を見ながら黙って話しを聞いてる。 ﹁アンタ、これが何だかわからずに使っちまったんだね。 これはね、フェロモンを放出させる入浴剤だよ﹂ ﹁フェロモン?﹂ ﹁そう。 アンタの持ってるフェロモンを存分に引き出して放出させる効果が あるんだ。 それによって異性はアンタに異常なほど魅力を感じるのさ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁本来、これは合コンに行く人間が使ったりするんだけどね。 まぁ世間的にはあんまり知られちゃいないが。 アンタこれをどこで手に入れた?﹂ 936 ﹁どこでって言われても、たまたま家にあっただけで⋮⋮﹂ ﹁ああ、そういえばこれの開発者が無差別に人に送ったらしいから ね。 その1つがお嬢ちゃんの家に届いたんだろう。 災難だったね﹂ ﹁あの、その入浴剤の効果ってなくならないんですか?﹂ ﹁なくなるさ。 通常のフェロモンと同じ原理でね、風呂に入ればフェロモンは洗い 流されるよ﹂ つまり風呂に入ればいいんだな。 よかった⋮⋮あの視線から解放されるんだ。 ﹁そこの兄ちゃん。 彼氏かい?﹂ ﹁⋮⋮あ、はい﹂ 怪しい人は龍にだけ聞こえるように話し掛けた。 ﹁気付いてるだろうが、これは彼氏にも効果があるからね。 937 彼女が大事なら気を付けな﹂ ﹁⋮⋮わかってます﹂ 怪しい人と別れて、俺がこうなった経緯を歩きながら龍とナベに話 した。 ﹁なるほどな。 その入浴剤のせいでおかしかったのか﹂ ﹁ナベさん、先輩にお風呂貸してくださいね﹂ ﹁もちろん、そのつもりだ﹂ ﹁ごめん。 助かるよ﹂ それにしてもあんな入浴剤があるとは思わなかった。 興味本位で使うんじゃなかった。 ﹁ここが俺の家。 ここの11階﹂ 938 ﹁うわー、デカイな﹂ ナベが指差したのはマンション。 15階建てかな。 エレベーターに乗って11階に上がる。 エレベーターを降りて少し歩くと、1つの部屋の前でナベが立ち止 まった。 ﹁ここがウチ。 どうぞ﹂ お邪魔します。 939 ナベの自宅︵前書き︶ 今回はR15⋮かな? なんかある意味ネタバレですね。 そろそろR15を指定すべきか迷っています。 せめてタグに﹃恋愛﹄を追加すべきだろうか⋮⋮。 こいつら勝手にイチャイチャしやがってぇ。 こっちの身にもなれってんだ。 940 ナベの自宅 ﹁うわー、すげぇ広い﹂ ナベの家に上がらせてもらって、リビングに通された。 ﹁たいしたことねぇよ。 風呂の準備してくる﹂ ﹁うん。 ありがと﹂ ナベはソファーに座って待ってるように言ってから、リビングを出 て行った。 ﹁⋮⋮ふぅ﹂ ﹁大変でしたね、先輩﹂ ﹁迷惑掛けてごめん﹂ ﹁そういう意味じゃないですよ﹂ 肩を引き寄せられる。 941 ﹁⋮⋮ここナベの家なんだけど?﹂ ﹁ちょっとくらいいいじゃないですか﹂ ﹁ん⋮⋮っ﹂ うぎゃ、キスされた。 しかも人の家で⋮⋮。 恥ずかしい。 ﹁ん、っ龍?﹂ 触れるだけのキスをされた後、それは頬にも1つ。 それで終わりだろう、と気を抜いてたら⋮⋮龍は唇を俺の首筋に押 し当ててきた。 ﹁ちょっ、や⋮⋮っ﹂ え、それは⋮⋮さすがに早くね? ていうかここはナベの家だ。 942 なおさらダメだろう。 ﹁ダ、メだってば、龍⋮⋮んっ﹂ 龍はやめてくれない。 首筋に吸い付いて噛みつくようにキスをしてくる。 ﹁お願い、やめて⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮っ、すみません!﹂ 目を合わせて本気でお願いすると、龍はバッと離れた。 ﹁⋮⋮はぁ、ふぅ﹂ 微妙に息が切れる。 熱っぽく体温が上がってクラクラする。 ﹁せ、先輩⋮⋮﹂ ﹁いや、その⋮⋮そういうのが嫌ってんじゃないんだけど⋮⋮やっ ぱちょっと、早いかなって思うんだよね。 943 人の家だし﹂ 言いたい事は纏まらないけど、わかってほしい。 ちょっと混乱してるんだ。 ﹁先輩⋮⋮すみませんでした。 いきなりこんな⋮⋮。 でも、あの、こんな事言うのもおかしいですけど⋮⋮例の入浴剤の せいで、こんな事したわけじゃありませんから﹂ それは、どういう意味? なんて訊くほど野暮じゃない。 それがどういう意味か、龍がなにを言いたいのか。 それくらい俺だってわかる。 わかるけど⋮⋮恥ずかしい。 反応に困る。 ﹁あ、いや! 944 そのままの意味じゃなくてですね! そんなもののせいじゃなくて、先輩自身すごく魅力があるっていう か! 僕としては普段から可愛くてしかたないっていうか!﹂ ﹁わかった。 わかったからそれ以上言わないで。 恥ずかしい⋮⋮﹂ 両手で顔を覆う。 今かなり顔が赤いと思う。 ﹁おーい、風呂の用意できたぞー﹂ ﹁あ、ありがと。 いってくる﹂ ナベがリビングに戻ってきて、俺はパタパタと風呂場に逃げ込んだ。 ﹁⋮⋮。 ああ、タオルとか棚にあるから自由に使えよ﹂ 945 ナベは部屋を出る俺の顔をジッと見て、少ししてから思い出したよ うに声を掛けた。 俺は返事もそこそこに、風呂場の戸を閉めた。 ﹁⋮⋮なーに軽く頂いちゃってんだよ﹂ ﹁⋮⋮別に、頂いてませんよ﹂ ﹁うそつけ。 首筋にキスマークあったぞ﹂ ﹁⋮⋮目敏いですね﹂ ﹁まったく⋮⋮あんな目立つとこに痕つけたら可哀想だろ。 あとで絆創膏やるよ﹂ ﹁⋮⋮どうも﹂ 946 ナベの自宅︵後書き︶ 次回からはR15宣告はやめときます。 そんな感じのコメントをいただいたので。 雰囲気で﹁これR15じゃね?﹂と察してください。 お願いします。 R15指定するほどの作品ではないので表示は見送りますが、タグ は増やしておこうと思います。 今後ともウチの子達をよろしくお願いします。 947 ナベの自宅 2 服を脱いで洗濯機に入れる。 例のフェロモンが服にもついてる可能性があるから洗濯したほうが いい、と2人に言われたから。 ナベが勧めてくれたからありがたく洗濯機を使わせてもらう。 さっさと風呂に入ろう。 ﹁おー、風呂も広い﹂ 髪も身体もしっかり洗う。 フェロモン落ちろ。 いつもより時間を掛けて洗い終わった。 お湯に浸からせてもらおう。 もちろん入浴剤はなしで。 948 ﹁ふぅ⋮⋮いい湯加減﹂ 今日は疲れた。 少し目を閉じる。 ﹁⋮⋮い。 おー⋮⋮。 ⋮⋮おーい!﹂ ﹁⋮⋮!?﹂ 大声に驚いて目を開けた。 う、暑い⋮⋮。 のぼせた? ちょっとクラクラする。 お湯から上がって湯槽の縁に腰を下ろす。 949 そういえば大声は誰だ。 ﹁おい三木! 大丈夫か!?﹂ ﹁先輩!! 聞こえますか!?﹂ ナベと龍だ。 風呂場の外から声が聞こえる。 なにを慌ててるんだろう。 ﹁うん、大丈夫だけど⋮⋮どうかした?﹂ ﹁お前風呂長すぎだよ! 寝てただろ!﹂ ﹁え、今何時?﹂ ﹁3時ですよ⋮⋮﹂ 3時⋮⋮。 950 俺が風呂に入ったのは1時だったはず。 うわ⋮⋮ちょっとだけ目を閉じたつもりが、がっつり寝てんじゃん。 ヤバくないか俺。 ﹁先輩、本当に大丈夫ですか?﹂ ﹁ん、ごめん⋮⋮ありがと。 もう上がる﹂ ﹁ったく⋮⋮あと2、3回呼び掛けて返事なかったら乗り込むとこ だったぞ﹂ ﹁ナベさんじゃなくて僕がですけど﹂ ﹁なんでだよ﹂ ﹁他所の男に彼女の裸みせるわけにはいかないでしょう﹂ ﹁いや、お前だけに任せるとちゃっかり頂いてそうだし﹂ ﹁だからそんなことしませんって﹂ ⋮⋮とりあえず、リビングに戻ってもらえないだろうか。 951 風呂場から出られない。 952 ナベの自宅 2︵後書き︶ 今回の話の展開、思い付いたのは我が家の風呂場。 ふと気付いたら自分がお湯に沈んでて、﹁これだぁ!ゲホグホッ!﹂ 。 お、お湯が鼻に⋮⋮! バカですいません。 953 痕︵前書き︶ タグとR15指定、追加しました。 R15というほどではないので指定するか迷いましたが、とりあえ ず一応ってことで。 私、チキンですから。 今後ともよろしくお願いします。 954 痕 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 2人にはリビングに戻ってもらって、ようやく風呂場から出られた。 バスタオルを身体に巻いて、っと⋮⋮うーん、クラクラする。 やっぱのぼせたんだな。 ︵⋮⋮あ、服どうしよ︶ 今更ながら、服のことを思い出した。 自分の服は洗濯してもらってるんだ。 着るものがない。 ⋮⋮えっと、龍を呼ぶべき? いや、ここはナベの家だしな。 ナベを呼ぶべきだろう。 955 ﹁⋮⋮ナベー! きてー!﹂ 足音が近付いてきた。 ドア越しに喋る。 ﹁なんだ、どうした?﹂ ﹁あのさ、服どうすればいい?﹂ ﹁服か⋮⋮俺のでもいいか?﹂ ﹁貸してくれる?﹂ ﹁ああ。 ちょっと待ってろ﹂ 離れた足音は、少ししてから足音が戻ってきた。 ﹁おい、服渡すからちょっと開けるぞ? 姿見えないとこで受けとれよ?﹂ ﹁うん﹂ 956 ドアの隙間から服を受け取った。 ﹁上も下も相当ゆるいだろうけど、お前ゆったりした服好きだから 平気だよな。 下は輪ゴムかなにかで調節して自由にウエストに合わせていいから﹂ ﹁ん、ありがと。 助かる﹂ 少し会話して、ドアを閉めた。 よかった、服借りられて。 ﹁睨むなって。 ただ服渡しただけだから﹂ ﹁⋮⋮わかってますよ。 何も見てませんよね?﹂ ﹁もしも見てたら?﹂ ﹁しばきます﹂ ﹁怖ぇ怖ぇ﹂ ドア越しに龍とナベの会話が聞こえてくる。 957 付き合ってみてわかった。 龍って意外と嫉妬深い。 まぁ今思えば、付き合う前から心配性だったり予兆はあったよな。 今は心配性に嫉妬深さがプラスされてる。 ︵⋮⋮ま、愛されてるっつーことで︶ 別に束縛をしてくるわけじゃないし、ちゃんと話せば納得してくれ る。 嫉妬深いっていっても、可愛いもんだろう。 ﹁ふー﹂ ﹁おかえりなさい、先輩⋮⋮⋮⋮ちょ、その格好は⋮⋮﹂ ﹁なんかポンチョみたいだよね﹂ たしかにゆったりした服は好きだが、ゆるすぎた。 958 少し押さえてないと肩が出る。 一瞬、龍が何かに気付いたような反応をした。 目を反らされるんだけど、なぜ? ﹁ほれ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ナベから渡されたのは絆創膏。 これをどうしろと? ﹁ドライヤー、脱衣場にあるから取ってこいよ。 ついでに鏡見てみろ﹂ ﹁⋮⋮﹂ まさか⋮⋮。 駆け込むように脱衣場に入って鏡を見る。 959 ﹁うわ⋮⋮﹂ 首筋には龍が残した赤い痕が。 なにこれ、すごい恥ずかしい。 ﹁⋮⋮龍のバカー﹂ ナベに見られた。 どうしよう。 恥ずかしい、恥ずか死ぬ。 960 疲労 −side龍斗−︵前書き︶ 意外と積極的ですね、龍斗くん。 ナベさん結婚すんのかな⋮⋮? わりとモテるんだろうけど友達とワイワイやってんのが好きそう。 この作品が完結したら、みんなのその後とか書いてみたい。 そんな妄想をしてみる毎日です。 961 疲労 −side龍斗− 僕は何をやってるんだ。 先輩に痕なんかつけて⋮⋮。 でもつい衝動的に動いてしまった。 こういうのをムラムラっていうんだろうか。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 先輩が戻ってきた。 首筋にはしっかり絆創膏を貼ってる。 長い髪は乾いてる。 ついでに乾かしてきたらしい。 顔が赤いのは風呂上がりだからという理由だけじゃないだろう。 先輩はちょっと不機嫌そうな顔で僕にチラリと視線を向ける。 962 小さく口を開いて、口パクで言葉を伝えてきた。 ﹃⋮⋮バーカ﹄ ﹁⋮⋮っ﹂ なんだ今のは。 どうしよう、すごく可愛い。 ﹁うー、暑い⋮⋮のぼせた﹂ ﹁そりゃあんだけ長く入ってればな。 大丈夫か?﹂ ﹁ん。 少し座ってれば平気﹂ そうだった。 先輩、お湯に浸かりながら寝てたんだ。 一歩間違えば命に関わる。 963 ﹁先輩⋮⋮風呂は特に気を付けなきゃダメですよ﹂ ﹁わかってるよ﹂ 軽く注意しながら、すぐそばにあったタオルで先輩を扇ぐ。 まぁ普段風呂で寝るような人じゃないし、今日はよっぽど疲れたん だろう。 先輩は自分の持ってるタオルでパタパタ扇ぎながら、暑さが和らい できたのかうとうとしはじめた。 ﹁先輩、寝ちゃダメですよ﹂ ﹁わかって、る﹂ ﹁⋮⋮一瞬、寝てましたよね?﹂ ﹁そんなことない﹂ そう言いつつ、目は半分閉じている。 人に見られ続けて視線が集まる中で、相当大変だったんだろう。 964 ﹁⋮⋮寝かせれば?﹂ ﹁⋮⋮そうですね﹂ ナベさんと僕は小声で話す。 先輩はもうほとんど寝てる。 僕はソファーから立ち上がって先輩を横にした。 ﹁おやすみなさい、先輩﹂ 僕が着ていた上着を、すでに眠りに落ちている先輩に掛けた。 965 目覚め ﹁ん⋮⋮?﹂ 目を開けると知らない天井。 ここは、ナベの家だ。 あー⋮⋮俺寝ちゃったんだな。 人の目から逃げるようにちょこちょこ走ってたから疲れたのかもし れない。 運動不足だといかんね。 ⋮⋮⋮⋮ちょっと待て。 なんか⋮⋮やけに部屋暗くないか? いや、だいぶ暗くぞ。 それもそのはず、窓の外は真っ暗じゃないか。 966 バッと起き上がる。 肩からずり落ちそうになるTシャツを直しつつ、周りを見渡すと。 床に転がったナベと、テーブルに伏せてる龍。 時間は⋮⋮⋮⋮8時。 ﹁⋮⋮! ⋮⋮⋮⋮まぁ、しょうがないか。 龍、起きて⋮⋮﹂ ちょっと驚いたけど、バタバタしてもしょうがない。 とりあえず2人を起こさなきゃ。 ﹁ん、⋮⋮先輩? ⋮⋮⋮⋮い、今何時ですか!﹂ ﹁8時。 上着ありがと﹂ ﹁あ、はい⋮⋮って、8時!?﹂ 967 ﹁うん。 ⋮⋮ナベ、起きて﹂ ﹁うわわ、先輩なんでそんなに落ち着いてるんですか!?﹂ ﹁まぁ、慌てても8時は8時だし﹂ ﹁8時!?﹂ ﹁おはよ、ナベ﹂ ﹁おはよ⋮⋮いや、そんな時間じゃないだろ!﹂ 起きてからしばらくはバタバタだった。 ﹁はぁ⋮⋮三木につられて俺達まで寝ちゃったな﹂ ﹁ごめん﹂ ﹁先輩が謝ることじゃないですよ⋮⋮﹂ とりあえず電気をつけて、落ち着いた。 ﹁⋮⋮もうお前ら今日は泊まってけば?﹂ 968 ﹁え、いいんですか?﹂ ﹁いいよ。 さっき親から留守電でメッセージ入ってて、今日は帰ってこないっ て言ってたし﹂ ﹁先輩、どうします?﹂ ﹁うーん⋮⋮いいの? 一応、俺だけ女だし⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮2人とも?﹂ なんだ、急に黙り込んで。 ﹁⋮⋮先輩っ! ついに異性を警戒してくれるようになったんですね!!﹂ ﹁三木、えらいぞ!﹂ ﹁⋮⋮誉めてんの?﹂ ﹁誉めてますよ!﹂ 969 誉められた気がしないんだが。 ﹁まぁ、僕もいますし今回は泊まっても問題ないですよ﹂ ﹁俺だって人の彼女に手を出す趣味ねぇよ。 安心しろ﹂ ﹁いや、疑ってないけどさ﹂ いいならいいや。 今日は泊まりだー。 970 楽しく簡単︵前書き︶ フェロモンっていうか女性の魅力を引き出す入浴剤が実在するらし いですよ。 佳亜ちゃんがそれ使っちゃってから洗い落とすまでというだけの話 だったはずなのに⋮⋮ あれ、なにこいつら勝手に楽しくやってんの? なに勝手にお泊ま り会やっちゃってんの? という状態。 今更気付いた自分マジおバカ。 うわーん学生に戻りたい。 971 楽しく簡単 ﹁飯どうする? 外に食いに行くか?﹂ ﹁⋮⋮俺、この格好じゃさすがに出られないんだけど﹂ ﹁ですね﹂ さっき俺の服を確認したら、洗濯は終わってたけど乾いてなかった。 俺にぴったり入る服はここにはない。 なぜならナベのウチで唯一の女性、ナベのお母さんは単身赴任中で 服が少ないからだ。 まぁ、服がたくさんあっても着るのは気が引けるけど。 ﹁冷蔵庫みていい?﹂ ﹁いいけど⋮⋮何もないぞ?﹂ ﹁失礼しまーす﹂ 冷蔵庫を開けて中を確認する。 972 ﹁あ、そこそこあるじゃん。 3人分ならこれで大丈夫だぜ﹂ ﹁マジか﹂ ﹁マジマジ。 台所借りるよ﹂ 余り物を寄せ集めれば充分だ。 ﹁てれれれっててって、てってれ、﹂ ﹁どうした急に歌いだして﹂ ﹁いや、料理するときのBGMでもと﹂ ﹁先輩、そんな気遣いは必要ないですよ⋮⋮﹂ ﹁そう?﹂ じゃ、さっさと調理はじめるか。 973 ﹁助手1、俺の袖を捲ってください。 料理するのに邪魔です﹂ ﹁助手1って⋮⋮僕ですか。 はいはい﹂ ﹁助手2はテーブルを拭いてきてください﹂ ﹁俺か。 はいはい﹂ ﹁それじゃ、調理を開始します。 まずは冷蔵庫の中にあった余り物の挽き肉と豆腐、卵とパン粉をボ ウルに入れて混ぜましょう﹂ ﹁先輩、なんでそんな口調なんですか?﹂ ﹁雰囲気出るでしょ﹂ ﹁妙なとこに気を遣うなよ⋮⋮﹂ 雰囲気って大事だから。 ﹁先生、具材は手で混ぜるのですか?﹂ ﹁はい。 そのほうが混ぜやすいので﹂ 974 ﹁⋮⋮ノリいいな、神谷﹂ さすが龍だね。 ﹁で、しっかり混ぜたら形を作っていきます。 叩くように手のひらで空気を抜きながら丸くしていきます﹂ ペチペチペチペチ。 丸くしたら中央を窪ませる。 ﹁そして豪快に中火で焼きます﹂ ﹁先生、中火は豪快じゃないですよ﹂ ﹁細かいことを気にしてはいけません。 強火で焼くと焦げます﹂ ﹁わかりました、先生。 フライパン準備しました﹂ ﹁油をひいて、少し熱します。 熱しすぎると煙が出るので気を付けましょう﹂ ナベはもう何も言わない。 975 苦笑いを浮かべながら眺めている。 ﹁はい、いい感じで焼目がついたら豆腐ハンバーグ完成。 横でこっそり作ってたソースは2種類あるのでお好みでどうぞ﹂ ﹁いつの間に!﹂ スペースが空いてたから醤油ベースとソースベースで作ってみた。 ﹁今更だけど、お前料理できるんだな﹂ ﹁ん、まぁね。 あんまり凝ったものは作れないけど﹂ 簡単なものならバッチリだ。 母さんが入院してる間に手が覚えた。 ﹁米は炊いたけど⋮⋮あと汁物がほしいな。 豆腐ハンバーグだから和風だけど、洋風のスープにしよう﹂ 冷蔵庫にコンソメがあったはず。 976 量は少ないけど。 魚肉ソーセージを細かく切って炒める。 そこに水を入れて、沸騰するまで温める。 魚肉ソーセージが風味をだしてくれればいいな。 キャベツ、玉ねぎ、ブロッコリー、ニンジンなどなど野菜の切れ端 をサクサク切って沸騰したナベに放り込む。 少し煮込んで塩と胡椒で味を整えて、完成。 箸でブロッコリーをつまみ上げ、龍に向ける。 ﹁はい、あーん﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ﹁味見。 熱いから気を付けて。 ほら、あーん﹂ ﹁あ、あーん﹂ 977 ﹁どう?﹂ ﹁美味しいです!﹂ ﹁本当に?﹂ ﹁本当ですよ!﹂ ﹁よかった﹂ この時2人は気付いてなかったが、その後ろでは呆れたような表情 を浮かべる人物が。 ﹁⋮⋮バカップルめ﹂ ナベに幸あれ。 978 赤い顔︵前書き︶ なぜお泊まり話を長く引っ張っているのか。 なぜなら書けることが少ないからです。 佳亜ちゃんはインドア派なので代わり映えしない毎日が多いのです。 もっと外で遊んでいいのよ⋮⋮。 佳亜ちゃんの友人達もインドア派ばっかりだから一緒に遊んだとし ても代わり映えしない。 だから最近は香達の出演が減っているのです。 龍斗くんがもっとあっちこっち連れ回してくれればいいのに。 979 赤い顔 ﹁﹁いただきます﹂﹂ ﹁どうぞ﹂ ナベの家に来てからほとんど寝てたけど、腹はしっかり減るもので。 調理を終えてすぐに夕飯だ。 ﹁おお、美味ぇ⋮⋮。 意外だ﹂ ﹁失礼な﹂ ﹁誉めてるんだぜ?﹂ ﹁そんな気がしない﹂ もっと素直に誉められないのか。 ﹁これで今度の調理実習は安心だな﹂ ﹁あんまり期待しないでよ﹂ 980 ﹁先輩とナベさん、同じ班なんですか?﹂ ﹁ん、そうだよ﹂ ﹁そうですか⋮⋮﹂ ﹁顔怖いんだけど。 目が笑ってないんだけど﹂ ﹁そんなことないですよ﹂ ﹁神谷って嫉妬深いよな⋮⋮。 三木とろくに話しもできねぇ﹂ ﹁そんなことないですよ。 どうぞ遠慮なく﹂ ﹁だから目が笑ってねぇって﹂ ﹁あ、そういえば2・3年で同じ日なんですよ。 調理実習﹂ ﹁そうなのか?﹂ ﹁僕たちは午後ですけど﹂ 981 そうなんだ⋮⋮。 デザート的なの作ったら龍にあげようかと思ってたのにな。 残念。 ﹁そういえば三木⋮⋮神谷になんか作ってやるつもりなんじゃなか ったっけ?﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ ﹁いや、なぜ言うし﹂ たしか班で集まった時にポロッとナベに言ってたんだ。 空気読めナベ。 ﹁デザートっぽいの作れるんだったら持ってくって﹂ ﹁いや、言うなし﹂ ナベのやつ⋮⋮確信犯か。 うう、なんか恥ずかしい。 982 ﹁お前意外と照れ屋だよな。 ちょっと顔赤いぞ﹂ ﹁うるさい。 誰のせいだ﹂ あー、もう。 ﹁先輩、なにか作れたときはくださいね﹂ ﹁でも午後から調理実習でしょ? 腹一杯になっちゃうよ﹂ ﹁大丈夫です。 先輩の料理食べたいですし﹂ ﹁今食べてんじゃん﹂ ﹁みせつけておきたいんですよ。 学校の野郎達に﹂ ﹁⋮⋮バーカ﹂ ほんとバカだ。 あー、もうやだやだ。 983 もう知らない。 俺は立ち上がって、食器を片付けるために台所に行った。 ﹁⋮⋮とかいって、顔赤いぜ三木﹂ ﹁今だけは、ナベさんいなければよかったのに﹂ ﹁俺がいなかったらお前今頃頂いてんだろ﹂ ﹁つまみ食い程度ですよ﹂ ﹁しっかり頂いてんじゃねぇか﹂ ﹁だって我慢できますか!? 可愛すぎるでしょあんなの!﹂ ﹁うん、まぁ否定はしないけど。 あれは彼氏だったらちょっとグッとくるよな﹂ ﹁そうでしょう、そうでしょう﹂ ﹁お前うぜぇ﹂ 984 トランプ ﹁せっかくの泊まりだ。 遊ぶぞ!﹂ ﹁﹁おー﹂﹂ 食器を片付け終わって一息ついたところで、ナベがそう言った。 ﹁とはいえ、遊ぶものが少ないからやることは限られてくるけど﹂ ﹁なにします?﹂ ﹁とりあえずゲームかな﹂ ということでゲームを始めた。 あのリモコンゲームのスポーツするやつだ。 ﹁俺に突きで勝負だと? ふふふ、甘ーい﹂ ﹁ぐぁぁ﹂ 985 俺とナベでチャンバラをやってみた。 俺圧勝。 なぜならこのゲーム、友人の自宅や龍の家やらで結構やってて慣れ てるからだ。 ﹁先輩、本当にこのゲーム上手いですよね⋮⋮﹂ ﹁三木、次は卓球だ!﹂ ﹁俺に卓球で挑むと? ふふふ、甘ーい﹂ なぜなら最高経験値のコンピュータ相手でも倒せるから。 ﹁うわ、カーブ使うなよ!﹂ ﹁カーブとドライブは基本だろ。 コンピュータじゃなくて人間相手ならフェイントも重要﹂ ﹁ぐぁぁ﹂ ﹁先輩、気を付けないとTシャツずり落ちますよ⋮⋮﹂ ﹁わかってる、大丈夫だよ。 俺あんまり動かないし﹂ 986 ﹁に、憎い⋮⋮。 あんまり動かないくせに異常に強いお前が憎い⋮⋮!﹂ ﹁修行が足らん。 出直してきたまえ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ︵肩でシャツ押さえながらリモコン振る自分の彼女と、全力でリモ コン振ってるのに完敗する友人先輩⋮⋮カオスだ︶ 龍は俺達がゲームするところをひたすら見守ってた。 ﹁で、ものすごい疲労を残したままゲームを終えたわけだが﹂ ﹁疲労が残ってんのはナベだけだと思うな﹂ ﹁終えたわけだが!﹂ ﹁はいはい﹂ ﹁なにかしますか?﹂ ﹁無難にトランプでもしようかと﹂ ﹁いいね﹂ 987 ﹁いいですね﹂ トランプやるの久しぶりかもしれない。 ﹁なにする? 神経衰弱?﹂ ﹁やだ。 神経衰弱嫌い﹂ ﹁なんでだよ﹂ ﹁先輩の記憶力なめちゃいけませんよ、ナベさん。 先輩は1回めくってしまえば正確に場所も数字も覚えますよ﹂ ﹁げ。 出たよ、天才﹂ ﹁違う。 目の前のことだけしか覚えられないし﹂ ﹁ていうか得意なら神経衰弱でもいいだろ。 なんで嫌いなんだよ?﹂ ﹁だってつまんない。 トランプはみんなで出来るやつがいい﹂ 988 ﹁友達とかと神経衰弱やんなきゃいけないときはどうしてんだ?﹂ ﹁解ってても違う数字めくったりしたら﹃本気だしてよー﹄って言 われるし、普通にやったら結構めくっちゃうから﹃つまんなーい﹄ って言われるから⋮⋮神経衰弱は参加しないことにしてる﹂ ﹁なんか先輩が可哀想になってきたんですけど⋮⋮﹂ ﹁お前遊び1つでも苦労してんだな⋮⋮﹂ そうだよ、苦労するんだよ。 トランプはカードゲームだから、カードの角の掠れた感じでどのカ ードがどの数字か覚えちゃうし。 カードをシャッフルするために集めたときに数字見ちゃうと、それ を覚えちゃってシャッフルの間隔とかで次にどれが出るとか解ると きもあった。 じゃあもうお前トランプやんなよ、って話だ。 ﹁大富豪は?﹂ ﹁⋮⋮ごめん、ルール知らない﹂ 989 ﹁ええ、知らないんですか!?﹂ ﹁有名カードゲームなんでしょ? わかってるんだよ。 ごめんなさい知りません﹂ ﹁あ、あやまるなよ。 俺らが悪いことしてる気分になる﹂ ﹁やっぱり俺見学しとこっかな⋮⋮﹂ ﹁せ、先輩。 落ち込まないでください。 ほら、隅っこで体育座りしてないで一緒に遊びましょうよ﹂ ﹁でも大貧民も知らないよ⋮⋮?﹂ ﹁ええ!? あ、いや、⋮⋮大富豪や大貧民知らなくたってたいした問題じゃな いですよ!﹂ しょぼーん。 そんな気分。 トランプ、勉強しようかなって思う。 この歳で今更感あるけど。 990 991 彼らは突然に︵前書き︶ 彼らは冬はどこにいくんでしょうね。 992 彼らは突然に ﹁もう1時か⋮⋮。 そろそろ寝る支度するか?﹂ ﹁ん﹂ ﹁神谷、布団敷くから運ぶの手伝ってくれ﹂ ﹁はい﹂ ﹁俺は?﹂ ﹁三木には布団重くて運ぶの大変だろ。 枕とかシーツとかの準備を頼む﹂ ﹁わかった﹂ シーツは親の寝室のタンスに入ってるから勝手に開けて持ってきて くれ、だってさ。 人ん家のタンスを開ける趣味はないが、泊めてもらってるし手伝い するぜ。 というわけでナベの親さんの部屋に来た。 993 ﹁失礼しま、す⋮⋮﹂ 一応、一言。 誰もいない部屋のドアを開けると中は真っ暗だ。 ゾワッ。 と、鳥肌⋮⋮なんでいきなり? 真っ暗な部屋は外から様子を確認することができない。 電気をつけなくては。 うわー、なんかもうやだ。 悪い予感しかしない。 どうしよ⋮⋮。 とにかく、とにかく電気だ。 いくぞー⋮⋮。 ︱︱パチッ。 994 ﹁⋮⋮っっ!! や、やだぁぁぁ!﹂ 別室にて、ナベと龍斗。 ﹁⋮⋮!?﹂ ﹁⋮⋮せ、先輩!?﹂ ﹁な、なんだ? 痴漢か!?﹂ ﹁ナベさん落ち着いてください! 室内に痴漢なんていませんよ!﹂ ﹁り、龍来てー!﹂ ﹁⋮⋮!﹂ 持っていた布団を捨て置くように手放して部屋を出る龍。 ﹁⋮⋮先輩! 995 大丈夫ですか!?﹂ ﹁う、ううう⋮⋮﹂ ﹁先輩、一体なにが⋮⋮ってデカっ!!﹂ その足元に待機していたのは蜘蛛でした。 996 恋バナ<怪談︵前書き︶ あれ、今回超長ぇ。 なんでかな。 奴らがイチャイチャしてるからかな。 そういえばリアル友人と恋バナしたことねぇ⋮⋮! ちょっと問題ですかね。 私も友人も。 997 恋バナ<怪談 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ﹁先輩、大丈夫ですか?﹂ ﹁うん、ありがと⋮⋮﹂ なんで蜘蛛ってどこにでも現れるんだろ⋮⋮。 ﹁マンションの上の階でも蜘蛛と遭遇するなんて⋮⋮なかなかない ですよね﹂ ﹁俺は自分の家で初めてみたよ﹂ ﹁それ以上言わないで。 落ち込むから﹂ ずーん。 ﹁みんな同じ部屋で寝るんですね﹂ ﹁夕方にがっつり寝ちまったからまだ眠くないだろ? 喋りながら眠気を待てばいい﹂ ﹁なるほど﹂ 998 ﹁三木は別室でもいいんだぞ?﹂ ﹁また俺だけそうやって仲間外れにして⋮⋮﹂ ﹁違ぇよ。 お前だけ女じゃん。 都合悪いことないのか?﹂ ﹁いや、別に。 むしろ1人のときに蜘蛛出たほうが都合悪い﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ 1人になるなんて自分で死亡フラグ建てるようなもんだ。 ﹁なんか喋ることあるか? 恋バナ?﹂ ﹁女子か﹂ ﹁お前は女子だろ﹂ 俺達は電気を消してそれぞれ布団に横になった。 999 龍は俺の隣、ナベは俺達と向かい合うように布団を敷いてる。 スタンドライトの明かりだけをつけた。 俺は掛け布団を被ってうつ伏せで寝転がる。 ﹁じゃあ季節外れの怪談でも﹂ ﹁やだ﹂ ﹁即答かよ﹂ 怪談? 苦手ですけどなにか? 絶対やだ。 話自体は怖くなくても自分で想像しちゃうもん。 ﹁怪談すると本物が寄ってくるんだよ。 知ってた?﹂ ﹁へぇ。 じゃあやるか﹂ 1000 ﹁やだってば﹂ ﹁先輩ちょっと見える人ですからね﹂ ﹁マジか! 今までどんなの見た?﹂ ﹁やーだー﹂ やだやだ、自分が話すのも苦手。 俺は頭から布団に潜る。 ﹁いいから話してみろって。 ほらほら﹂ ナベが布団を剥がそうとしてくる。 鬼か。 ﹁あれは土砂降りの雨の日のこと。 家族は皆出払っており、家屋には携帯電話をみて退屈を凌ぐ私ただ 1人であった﹂ ﹁なんか急に語りだしたぞ﹂ 1001 ﹁ナベさんが無理強いするからですよ﹂ ﹁私はじわじわと地から這い上がるような妙な感覚に悩まされてい た。 携帯電話を操作し、それを無視しようと思っていたがどうにもでき ない。 その感覚に、私は覚えがあった。 過去に何度となく悩まされたことがあったから﹂ ﹁どうしよう。 止められないかな﹂ ﹁でも怪談っぽいですよ。 ナベさんが話せって言ったんですからちゃんと聞いてください﹂ ﹁私は視線を感じた。 どこから見られているかわからないが、多くの目が私を見ていた。 私は身を小さくしてジッとした。 その視線の主の姿が見えず、怯える気持ちを抑えきれなかった﹂ ﹁たしかに怪談っぽいな。 続きが気になる﹂ ﹁僕はもう先が読めましたよ﹂ ﹁マジか﹂ ﹁私は視線が近付いてくるのがわかってさらに恐ろしくなった。 部屋を抜け出したかったが、へたに動くことはできない。 そして、視線はとうとう真横にきた﹂ 1002 ﹁おお﹂ ﹁おそるおそる顔を横に向けて、次の瞬間に叫び声を上げながら部 屋から逃げ出した。 たくさんの目で私を見つめ、たくさんの手足を振り上げ威嚇するよ うな姿の小さい身体を持った者がいたから﹂ ﹁蜘蛛じゃねぇか﹂ ﹁先輩は何よりも蜘蛛が怖いらしいですから﹂ ﹁そうだよ。 悪いか。 はい、おやすみー﹂ ﹁おいこら、寝るな﹂ 怪談も話した。 やることはやった。 あとは寝るだけ。 なのにナベは布団を剥がそうとしてくる。 ﹁ちゃんと話したでしょ﹂ ﹁あれのどこが怪談なんだ。 1003 ただ蜘蛛が怖かったって話しだろ。 ほら、起きろ。 手本を聞かせてやる﹂ ﹁やーだー﹂ ﹁もういいじゃないですか、ナベさん﹂ ﹁龍ー﹂ 俺は自分の掛け布団を引き連れ、龍の布団までごろごろ転がる。 掛け布団の上に寝転がってる龍にピタッと引っ付いた。 ﹁せ、先輩⋮⋮﹂ ﹁あのね、ナベがね、俺の嫌がることしようとするの﹂ ﹁人聞きの悪いこと言うな﹂ 龍に引っ付いて陰口をたたいてみた。 ついでにちょっと甘えてみる。 引っ付くとわかる。 龍はなんかいい匂いがする。 1004 石鹸とかシャンプーとかそんなのじゃなくて、男らしい匂いってい うの? 女とは違う匂い。 これなんとなく好きだ。 龍がナベになにか言ってるのが聞こえる。 でもなにを言ってるのかは聞き取れなかった。 ﹁先輩、もう大丈夫ですよ。 ⋮⋮先輩?﹂ ﹁三木、悪かったって﹂ ﹁⋮⋮寝てる﹂ ﹁⋮⋮はぁ? マジか﹂ ﹁マジです﹂ ﹁こいつ、ついさっきまで喋ってたよな? の○太かよ﹂ ﹁きっと疲れてるんですよ﹂ 1005 ﹁お前どうする? 布団占領されてんじゃん﹂ ﹁このままでいいです。 先輩の可愛い寝顔でも見ながら寝ますから﹂ ﹁変態か﹂ ﹁どうとでも言ってください﹂ 秋の夜はまだ長い。 男達は語り合う。 1006 恋バナ<怪談︵後書き︶ 次回はナベさんと龍斗くんが語り合ってます。 おそらく描写ほとんど無しで会話文ばかりだと思いますが、お楽し みいただければ幸いです。 次回お楽しみに! って自信を持って言ってみたい。 1007 おやすみ −side龍斗−︵前書き︶ 話数が増えてくると一番怖いのは小タイトル被りです。 ﹃夜長﹄とかにしようと思った今回ですが、過去に﹃夏の夜長﹄と あった気がしまして変更。 すべての小タイトルを把握できる力が欲しい⋮⋮。 1008 おやすみ −side龍斗− 先輩は僕にくっついたまま寝てしまった。 僕としては役得すぎるのでまったく問題ない。 先輩からは女性特有の甘い香りが漂う。 僕を包み込むようにして広がる先輩の香りに誘われるように、横に なったまま先輩を掛け布団ごと抱き込んだ。 今日はこのまま寝るつもり。 すごく幸せだな、としみじみ思う。 ﹁見せつけてくれちゃって⋮⋮バカップルが﹂ ﹁なんとでもどうぞ﹂ 先輩の長い髪を撫でる。 細すぎるわけでもない黒い髪はさらさらと僕の手を流れた。 綺麗だ。 1009 さらさらとした感覚が好きで、しばらく髪を弄ぶ。 ﹁訊いてもいいですか?﹂ ﹁あ?﹂ 髪を弄びつつ、ナベさんに声を掛けた。 ﹁ちょっと失礼ですよ﹂ ﹁いいぞ。 言ってみろよ﹂ ﹁ナベさんは恋愛しないんですか?﹂ 単刀直入に訊いてみた。 前は先輩のことを好きだったナベさん。 別に今はそれについて疑うところはない。 1010 でもナベさんは学校でもリーダー的存在だし、モテる。 付き合う相手の1人や2人いてもおかしくないのに、それをしない のはなぜか。 訊いてみたかった。 ﹁恋愛なぁ⋮⋮なんかな、恋愛しなくても生きていけるなぁとか最 近思っちゃってさ﹂ ﹁そうなんですか?﹂ ﹁俺さ、三木好きだったじゃん?﹂ ﹁はい﹂ ﹁そこは吹っ切れたんだけどさ⋮⋮なんていうかな。 なんか、三木を好きだった時がすげぇ楽しかったんだよ。 誰かを好きで楽しいってどんなんだよ、とか思うけど⋮⋮なんか楽 しかったんだよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁もうそういう楽しさには出会えないだろうなぁ、と思うと⋮⋮恋 愛しなくてもいいかなーなんて。 そういう意味じゃある意味吹っ切れてないのかもな﹂ ﹁⋮⋮いいんですか? それで﹂ 1011 ﹁いいと思う。 三木が楽しそうにしてればいいかなって思うんだよ。 だからかな、お前らがイチャついてんの見てるの好きだぜ。 ⋮⋮女々しいだろ?﹂ ﹁そんなことないですよ。 全然そんなことないです。 いい男ですね、ナベさん﹂ ﹁お前に言われても気持ち悪いだろ﹂ ナベさんは苦笑いをした。 ﹁それじゃあナベさんの前でも遠慮なくイチャつきますけどいいで すか? 本当に遠慮なくイチャイチャしますよ﹂ ﹁いいけど三木が嫌がるだろ﹂ そう言って僕達は笑いあった。 それからしばらくはのろけ話をしたりして時間がすぎた。 何度﹃変態﹄とか﹃バカップル﹄とか言われても構わない。 1012 のぞむところだ。 そしてどちらから言うでもなく、お互い眠りに落ちた。 スタンドライトは付けっぱなし、僕もナベさんも布団は被らず。 まぁ、たまにはこんなのもいいだろう。 1013 おやすみ 2 −sideナベ−︵前書き︶ ﹃おやすみ﹄って小タイトル、過去になかったかなぁ⋮⋮なんて今 更ドキドキ。 多分、なかったはず⋮⋮多分。 それにしても寒いですね。 リアルタイムではインフルエンザも流行してますので、どうかお気 をつけて。 インフルエンザに強いマスク欲しい。 1014 おやすみ 2 −sideナベ− 俺は薄く目を開けた。 いつのまにか寝ちまったか。 スタンドライトは付けたままだ。 浅い眠りだったんだろう、眠気は残ってない。 再び眠気が訪れるまで、携帯でも弄っていようか⋮⋮とおもったと ころで、三木がゴソッと動いた。 俺は慌てて寝たふりをする。 ⋮⋮なんで寝たふりなんかしてんだろ。 別に慌てる必要もないのに。 条件反射ってやつだな。 とりあえず三木の様子を盗み見る。 1015 ゴソゴソと布団から顔を出した三木は寝ぼけてるのか、スタンドラ イトを見ながらボーッとしてる。 少しして、すぐ横で寝てる神谷に視線を移した。 いつものこいつなら慌てて離れるだろう。 でも寝ぼけていて状況を把握しきってないらしい三木は、のそのそ 動きながら自分が被ってた布団を神谷にも被せてやった。 そのまま寝直そうとしたところで、三木は俺にも視線を向けた。 起きてるのがバレないよう、しっかりと目を閉じる。 布が擦れる音がして、のろのろと三木が手を伸ばしてくるのがわか る。 何をするのかわからないまま目を開けずに待っていると、身体に布 を引きずられるような感覚。 薄く目を開いてみると、どうやら布団を掛けてくれたらしい。 こいつ寝ぼけてるくせに気が利くな⋮⋮。 ちょっと感動。 1016 三木は伸ばして手を引っ込めて、スタンドライトも消した。 布団にゴソゴソと頭まで潜っていって、神谷と自分に布団を掛け直 す。 おそらく無意識だろうが、神谷に寄り添うようにくっついて寝た。 三木の奴、なかなかやるな。 寝ぼけてるからこそだろうけど。 朝にはどっちが先に起きるか楽しみだ。 それにしても微笑ましい。 もうこいつら結婚すればいいのに。 スピーチくらいやってやるのに。 イチャついてんのを見るのも好きだけど、こういうほのぼのしたの を見るのもいいな。 1017 1018 おはよう︵前書き︶ 今日はリアル弟の誕生日であります! 男の子って何欲しいのかわかんね。 わかんねぇからドライブ連れていこう。 ついでに道中でネタ落ちてないかな⋮⋮。 1019 おはよう ﹁ん⋮⋮﹂ 俺は寝返りを打った。 でもなんでだろう。 妙に動きにくい。 目を開けてみた。 カーテンからは入る明かりは薄い。 まだ夜明け前らしい。 それにしても寒い。 そろそろ冬が近い。 もぞもぞ動いて身体を丸くする。 ﹁⋮⋮おはようございます、先輩﹂ 1020 丸くしようとしたところで、後ろから腕を回された。 首だけ後ろに向けてみると⋮⋮なんと龍が同じ布団の中にいるじゃ ないか。 最初は寝ぼけて状況がよくわからなかった。 それでも徐々に理解していった。 ﹁⋮⋮⋮⋮!?﹂ ﹁おはようございます。 よく眠れましたか?﹂ ﹁あ、うん、おはよ⋮⋮﹂ なんで? なんでこの状況が当たり前みたいになってるの? ⋮⋮そういえば昨日。 ⋮⋮⋮⋮そうだ、思い出した。 1021 ナベが怪談しようぜとか言うから龍に引っ付いてたんだ。 そのまま寝ちゃったのか⋮⋮。 実際、俺が寝てるのは龍の布団。 隣にある俺が寝るはずだった布団は無人だ。 ﹁⋮⋮ごめん、布団半分とっちゃって﹂ ﹁いいですよ。 じっくり寝顔を眺められましたから﹂ ﹁⋮⋮﹂ なにそれ、恥ずかしい。 抗議で口を開こうとしたら、唇を指で押さえられた。 なにこれ、恥ずかしい。 ﹁ナベさんはまだ寝てますよ。 お静かに﹂ 1022 ﹁⋮⋮ん﹂ なるほど。 そういうことなら静かにしとこう。 なんか色々はぐらかされた気がしないでもないけど。 ﹁どうします? 起きますか?﹂ ﹁まだ早い﹂ 俺は二度寝するタイプだ。 異性が同じ布団に入ってるのは多少問題だけど⋮⋮まぁ、龍だしい いかな。 ﹁⋮⋮寒い﹂ ぶるりと震える。 なんかもう全身が寒い。 1023 暖をとりたくて、俺は龍のほうにすり寄った。 龍も抱き込むように俺の背中に腕を回してくれる。 あったかい。 ぬくぬく。 龍の胸に顔を埋める。 いい匂い。 そういえば昨日はこれで寝ちゃったんだ。 そしてまたウトウトしてきた。 ﹁先輩、寝ます?﹂ 無言でこくりと頷く。 眠い。 眠りに落ちる3秒前だ。 龍には悪いけど、もういいや。 寝よう。 ﹁さっきおはようって言ったばかりなのに⋮⋮ってもう寝てますね。 1024 おやすみなさい﹂ 再び寝顔をじっくりと見られてしまったわけだが、仕方ない。 1025 二度目のおはよう ﹁まだ寝てんのか、三木は﹂ ﹁そうみたいですね。 あ、先輩の寝顔見たら殴りますよ﹂ ﹁怖ぇよ﹂ なにやら小声で物騒な会話が聞こえてきた。 ﹁あ、先輩⋮⋮起こしちゃいましたか?﹂ ﹁ん⋮⋮﹂ まだ寝ぼけてる俺は、とくに違和感を覚えることもなく龍にすり寄 った。 寒くて布団と龍の腕の中にもぐる。 ﹁まだ寝ぼけてるんですね。 あー、可愛い﹂ ﹁見せつけてくれちゃって⋮⋮ごちそうさん﹂ 1026 ⋮⋮今何時だろ。 まだ寝よっかな。 ていうか⋮⋮あれ? 俺なにしてんだろ。 ﹁⋮⋮!﹂ 寝ぼける頭がやっと覚醒して、俺は起き上がって龍から離れた。 ﹁おはようございます、先輩﹂ ﹁お、おはよ⋮⋮﹂ あれ、えっと⋮⋮あ、そうだ。 朝方に一回起きたけど、また寝たんだ⋮⋮龍に寄り添って。 うわ⋮⋮その時からすでに寝ぼけてただろ俺。 ﹁オロオロして可愛いですね。 もう一回寝てもいいんですよ?﹂ 1027 ﹁⋮⋮いや、もういい﹂ 色々言いたいことはあったけど、もういいや。 何を言っても聞いてくれなさそう。 ﹁あ、ごめん⋮⋮一緒に寝ててくれたの?﹂ ﹁もちろんですよ。 寒そうにしてたじゃないですか。 それに一番近くで寝顔見られますし﹂ ﹁⋮⋮いや、うん。 ありがと﹂ いいの。 文句は言わない。 おかげであったかかったし。 ﹁⋮⋮ナベ、ニヤニヤするな﹂ ﹁あいた﹂ ソファーに座って眺めるナベ。 ニヤニヤ笑うその頭をペチッと叩く。 1028 ﹁はぁ、もう⋮⋮洗面所貸して﹂ 顔洗お。 俺の服はとっくに乾いてる。 ついでに着替えてこよう。 1029 朝食は街へ とりあえず着替えて一段落。 やっぱ自分の服が一番落ち着く。 ﹁朝飯どうする?﹂ ﹁材料ないから作れないよ。 外行く?﹂ ﹁えー﹂ ﹁えー、って⋮⋮﹂ ナベに返事をしつつ布団を畳む。 ﹁じゃあ今度は材料用意しとくわ﹂ ﹁マジか。 でも俺レパートリー少ないんだけど⋮⋮﹂ ﹁増やせ増やせ﹂ 1030 簡単に言ってくれるな。 まぁ、大人になったら必要だから増やすけど。 ﹁どこ行く?﹂ ﹁ファミレスか、喫茶店か⋮⋮どちらかですかね﹂ ﹁俺ファミレスがいいな﹂ 喫茶店ってオシャレなだけであんまり食べられないし高い。 ﹁じゃ、いざファミレスへ!﹂ ﹃おー﹄ 玄関を開けたナベに、俺と龍が続いた。 現在、朝というにはちょっと遅い時間。 ファミレスに人は少ない。 ラッキー。 1031 盆を抱えたウエイトレスさんが出てきた。 きっとナベか龍が相手してくれるだろう。 俺は人見知りだから引っ込んでおく。 ﹁3名様でしょうか﹂ ﹁はい﹂ ﹁奥のお席へご案内いたします﹂ さらに人の少ない奥の席。 ラッキー。 今日はついてるかも。 ﹁こちら、メニューです。 ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください。 失礼します﹂ メニューは2つ置かれてた。 1032 ﹁ナベ、1つ使っていいよ。 俺は龍と使うから。 いいよね?﹂ ﹁もちろんです﹂ 隣に座る龍に確認をとる。 確認をとるまでもないけど、一応だよ一応。 ﹁サンキュ﹂ どれにしようかな⋮⋮。 甘いもの欲しい⋮⋮朝飯にはならないけど。 パフェ頼んでみたいな。 でもなんとなく恥ずかしい。 しかも食べきれる保証もない。 あ、そうだ。 今日は龍もナベもいるじゃん。 こんなチャンス活かさないわけにはいかない。 1033 ﹁ねぇ、パフェ頼んでいい?﹂ ﹁パフェですか?﹂ ﹁飯にならねぇだろ﹂ ﹁デザートだよ。 食べきれなかったら手伝って﹂ ﹁いいですよ﹂ ﹁あ、じゃあ俺は自分で頼むわ。 結構美味そう﹂ ﹁だよね﹂ マジで美味そうだよ。 パフェ頼むとか小学生以来だな。 ﹁で、飯は何にするんだ?﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ ﹁僕は日替り定食にします﹂ ﹁俺はしょうが焼き定食﹂ 1034 どうしようかな⋮⋮あ、これにしよう。 ﹁じゃあ俺は朝食プレート、サラダ無しで﹂ ﹁野菜食え﹂ ﹁だが断る﹂ トマトが食べられないのです。 生野菜が苦手なのです。 ﹁先輩、ちゃんと野菜摂ってます?﹂ ﹁もちろん﹂ ﹁信じ難いな﹂ 失礼な。 生野菜じゃなければ食べれるもんね。 ﹁じゃ、ウエイトレス呼ぶぞ﹂ ﹁うん﹂ 1035 ナベが近くを通ったウエイトレスさんに声を掛けた。 注文するものをメニューから読み上げる。 ナベが注文して、龍が注文して、俺の番だけど⋮⋮。 龍に視線を送る。 お願い、俺のやつ代わりに注文して。 龍は苦笑しつつ、ちゃんと俺の意思を汲み取ってくれる。 代わりに注文してくれた。 ウエイトレスさんは注文を受けて、下がった。 ﹁ありがと﹂ ﹁いいですよ﹂ こういう注文ってなんか苦手だ。 俺は1人で外食に来られない人だ。 1036 いつかは人見知りを直さなければ。 ﹁なに女みたいなことしてんだ﹂ ﹁失礼な。 女ですけど﹂ ﹁はいはい、そうでした﹂ 失礼な。 ﹁お前さ、手小さい?﹂ ﹁え? うーん⋮⋮多分、平均より少し小さいかな?﹂ ナベが、たまたまコップを取った俺の手を見てたらしい。 手か⋮⋮うん、あんまり意識してないけど小さい気がする。 ﹁先輩、手合わせてみてください﹂ ﹁ん﹂ 1037 龍と手を合わせる。 ﹁うわー、デカイな﹂ 関節を曲げて龍の手のひらを握ってみる。 すげぇ。 もう手のひらからデカイ。 ⋮⋮このとき、ナベは無意識のうちに手を握ってる俺に龍がキュン キュンしてるのを見逃さなかったらしい。 すごく後になってから教えてくれたよ。 恥ずかしいから知らないほうがよかったよ。 ﹁お前かなり小さいな﹂ ﹁そりゃ男と比べればな﹂ ナベが俺の手をまじまじと見る。 そもそも男と比較するのがおかしいんだってば。 ﹁バスケとかギターとかやると手デカくなるってマジ?﹂ 1038 ﹁マジですよ。 バスケ部はみんなデカイです﹂ ﹁へぇ⋮⋮俺もバスケしてみようかな﹂ ﹁やめてくださいね﹂ ﹁なんでだよ﹂ 手ってデカイほうが得な気がする。 なにが得なのかわかんないけど。 ﹁可愛い先輩には可愛い手が似合ってますよ﹂ ﹁なにいってんの⋮⋮﹂ ホントなにいってんのこいつ。 もうキャラ違うよ。 殴っていいかな? ﹁お待たせいたしました。 朝食プレート、サラダ無しでございます﹂ 残念、タイミングを逃した。 1039 1040 野菜︵前書き︶ 実はこの3人にはモデルがいます。 本当にリアルにこんな感じ。 ただ、佳亜ちゃんのポジションの子はもっと女の子って感じです。 龍斗くんのポジションの子は先輩ですし。 ナベさんポジションはあんまり変わらず。 この3人見てるとネタが拾える。 1041 野菜 俺の注文したものは先にきた。 目玉焼きとかホットケーキとかだから出来上がるのも早い。 ﹁先輩、食べないんですか?﹂ ﹁まだ2人のきてないから待ってる﹂ ﹁いいんだぞ? 先に食ってろよ﹂ ﹁ううん。 待ってる﹂ 1人で食っても味気ない。 残りもすぐくるだろうし。 ﹁え∼、やだぁ∼﹂ なにやら女の人の甘えた声が聞こえてきた。 多分、すぐ近くのテーブルのカップルだ。 1042 ﹁ほらぁ、アイス好きだろぉ? あ∼ん﹂ ﹁え∼⋮⋮あ∼ん﹂ ﹁どお?﹂ ﹁おいしい∼。 チュッ﹂ ﹁あっ、やったなぁ。 お返しだぞぉ、チュッ﹂ ﹁やだぁ∼﹂ 外でちゅーしてるのって見てて気まずいよね。 ちょっとならいいけど、公共の場であんまりイチャつきすぎてるの はヤダ。 ああいうの絶対無理だ。 ﹁やるな、あのカップル。 お前らもやれば﹂ ﹁やだ﹂ ﹁先輩は恥ずかしがり屋なのでおおっぴらにイチャイチャできない 1043 んです﹂ たまにだけど龍が外でキスしてこようとするときがある。 たまにとはいえ拒否するけど。 ﹁お待たせしました。 日替り定食としょうが焼き定食です﹂ ﹁きたな。 食うか﹂ ﹁先輩のやつ、少し冷めちゃいましたね⋮⋮﹂ ﹁いいの。 少し冷えてたほうが食べやすいから﹂ さっさと食べよう。 あとからパフェもくるし。 ﹃いただきます﹄ もぐもぐ。 1044 ﹁うまーい﹂ ホットケーキうめぇ。 今度自分で作ろうかな。 ﹁ほらほら、三木。 あーん﹂ ﹁鬼か﹂ やめろ。 トマトを差し出すな。 ﹁先輩、あーん﹂ ブロッコリー⋮⋮。 ﹁ん﹂ パクッ。 もぐもぐ。 ﹁ブロッコリーは食えんのかよ!﹂ ﹁先輩の食べられる物くらい把握してますから。 1045 生野菜じゃなかったら食べられるんですよね﹂ うん。 ブロッコリーは平気だ。 でも生野菜じゃなくても焼いた野菜はあんまり好きじゃない。 しんなりしてないとちょっとやだ。 好き嫌い多くてすいませんね。 1046 鬼 朝飯を食べた俺達は、途中でコンビニに寄った。 ﹁これとこれと⋮⋮あとは?﹂ ﹁これも美味しいですよ﹂ ﹁これは外せないだろ﹂ コンビニではやたらと菓子を買った。 あと1500ミリリットルの飲み物3本。 で、またナベの家に戻ってきた。 いつまでいるんだよって話しだ。 ナベは何も言わないけど。 ﹁隙あり﹂ ﹁ぐぁぁ﹂ 1047 やることもないから菓子を食べながらゲームをしてるわけだが。 ﹁こら、2人ともスナック食べた手でゲーム機にさわらない﹂ ﹁すいません。 ついつい⋮⋮﹂ ﹁なんかうっかりやっちゃうな﹂ 信じらんない。 油のついた手でゲーム、ダメ、絶対。 ふぁぁ⋮⋮。 なんか腹いっぱいだし、眠くなってきた。 ﹁⋮⋮﹂ 俺はちょっとショックを受けた。 寝てた。 1048 なにこれデジャヴ。 ソファーから起き上がる。 あれ、俺ソファーで寝たっけ? 龍が運んでくれたのかな。 ﹁⋮⋮﹂ あ、ナベも龍も寝てる⋮⋮。 なにこれ本当にデジャヴ。 でも外はまだ夕方だ。 2人を起こそう。 ﹁起きて、2人とも﹂ 寝転がる龍とナベを揺らす。 ﹁ナベ、ナベ起きて。 起き、うわっ﹂ 1049 ナベをべしべし叩いてたら、引き込まれた。 抱き枕に近い扱いだ。 って、ヤバいよ。 こんなとこ龍に見られたらナベ殺されちゃうよ⋮⋮。 巻き付いた腕を外そうとしても、びくともしない。 所詮俺も女だ。 力の差では敵わない。 ﹁ナベ⋮⋮起きて。 マジで﹂ なるべく小声で龍を起こさないようにナベに声を掛ける。 ﹁ん⋮⋮﹂ ﹁うぎゃ﹂ やっと反応が⋮⋮と思ったら首筋に顔を埋められた。 やめろ、くすぐったい。 1050 ちょっと待って。 本当にヤバいって。 龍に見られたら本当にヤバいって! ﹁ナベ⋮⋮﹂ 声は小声で、でも腕とかは結構力いれて叩いてみる。 ﹁ぎゃっ﹂ さらに顔を埋められた。 どんだけ寝起き悪いんだよ。 ﹁⋮⋮﹂ 冷えた。 なんか冷えた。 空気的ななにかが一気に冷えた。 ﹁⋮⋮なにしてるんですか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 1051 大変だ。 鬼が起きてしまった。 ﹁大丈夫です。 わかってますよ。 先輩は悪くないんですよね﹂ 口元は笑ってるけど目は笑ってない。 鬼は笑ってない目をナベに向けた。 ﹁ナベさんは起きてないんですか?﹂ こくこく、と頷く俺。 ﹁先輩、そこから出てください﹂ そこ、とはナベの腕のことだろう。 ごめんなさい、抜け出せません。 バタバタと暴れてみるけど、ナベはむしろ腕の力を強める。 本気で抜け出せない。 1052 ナベの命に関わることだから容赦なく腕とか叩いてるけど⋮⋮。 龍の笑顔はさらに冷えていく。 泣くぞこら。 うわーん、ナベ起きてよー。 龍は俺の腕を握った。 そしてナベの脇腹に片足を乗せる。 なにをするのかと思ったら⋮⋮ ︱︱どすっ ﹁ぐぇぁ﹂ 片足に体重を掛けた。 ナベが反応した隙に腕を引っ張られ、俺はナベの抱き枕扱いから解 放された。 ﹁り、龍⋮⋮﹂ 1053 ﹁そんなに体重掛けてないから大丈夫ですよ。 本当は全体重掛けたかったんですけど、先輩を助けなきゃいけない んで﹂ ﹁あ、ありがとう⋮⋮﹂ 一応、お礼はいっておく。 ﹁ところで、ナベさん。 目は覚めましたか?﹂ ﹁⋮⋮お陰様で﹂ ナベも一気に目が覚めて、状況を理解したらしい。 ﹁そうですか。 じゃあ、いきましょうか﹂ ﹁ど、どこへ?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 龍⋮⋮いや、鬼はひんやりと笑うだけ。 ナベを引きずってリビングから出ていった。 ﹁い、いやだぁぁ! 三木、助けてくれぇぇ﹂ 1054 ﹁⋮⋮﹂ ごめん、ナベ。 俺は鬼の相手は出来ないんだ。 1055 鬼退治︵前書き︶ リアルタイムでは今日はバレンタインだなぁ。 縁のない行事だ。 バレンタインの話もいつか書きたいです。 1056 鬼退治 しばらく経っても戻ってこない2人。 ナベも可哀想だし⋮⋮探しに行こう。 多分ナベの部屋にいるはず。 勇気をだしてドアを開けた。 ﹁龍、ナベ⋮⋮?﹂ うわぁ。 2人とも向き合って正座。 お説教のような体勢だ。 龍は無言で圧力を掛けてるらしく、ひんやりした笑顔は相変わらず だ。 ナベが助けを求めるような視線を送ってくる。 1057 これはさすがに可哀想だ。 どうにかしないと終わりが見えない。 部屋に入って龍の後ろに膝をついてみる。 なにをすればいいのかわからないけど、とりあえず龍の首に腕を回 してみた。 盗み見た表情は、一瞬だけど素に。 すぐ笑顔に戻ったけど、ほんの少し勝機がみえた気がする。 ﹁どうしました? 先輩﹂ ﹁あ、あの⋮⋮その⋮⋮﹂ しまった。 なにを言うか考えてなかった。 ここで﹃ナベが可哀想だから﹄なんて言ったらダメだ。 せっかくみえた勝機が台無しになってしまう。 1058 なんて言うべき? なんて言うべき? めちゃくちゃ考えた結果。 ﹁⋮⋮もう、向こうの部屋行こ? ここは寒いよ?﹂ 必死に無難なことを言うしかなかった。 ﹁⋮⋮そうですね。 そうしましょうか﹂ ︵後ろから抱きついたまま上目遣い⋮⋮可愛すぎる︶ よ、よかった! 冷えた笑顔も消えていつもの龍だ。 本当によかった。 ﹁行きましょうか、先輩﹂ ﹁うわ、っ﹂ 1059 いきなり横抱きされて、龍は立ち上がった。 え、なんでこんな⋮⋮いや我慢だ。 ﹁向こうの部屋まで運んであげますよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 恥ずかしいんだが。 ﹁ナベさん﹂ うわ、冷えた笑顔復活。 それをナベに向ける龍。 ﹁寝ぼけていたとはいえ、今度またこういうことがあったら⋮⋮わ かりますね?﹂ こくこく、とナベが頷く。 ﹁じゃ、行きましょう先輩﹂ それを見届けると、龍はすぐに顔を戻した。 怖いよ⋮⋮。 1060 1061 また来よう︵前書き︶ 龍くんと佳亜ちゃんがイチャイチャしてる話はラクです。 だってモデルがいるんだもの。 最近イチャイチャ話が多いのは、作者がちょっぴり忙しかったりす るからなのです。 イチャイチャ話は1話あたり15分あれば完成しちゃうのです。 だってモデルがいるんだもの。 リア充爆発してもいいけどモデルの2人は爆発しちゃダメだよ! 1062 また来よう とりあえず鬼が龍に戻ってくれてよかった。 ほんとよかった。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ﹁どうしたんですか、先輩﹂ ﹁ううん、なにも。 でもね、離してくれると嬉しいかな﹂ ﹁ダメです﹂ ﹁⋮⋮﹂ リビングに戻ってソファーに座った。 それだけならよかった。 ただし、俺が座ってるのは龍の膝の上だ。 それがいかん。 1063 下りようにも腹に腕を回され、がっちりホールドされてる。 はぁ⋮⋮もういいや。 諦めた。 てゆーか今何時だよ。 16時だよ。 そろそろ帰らなきゃいかんね。 ﹁龍、そろそろ帰ろうよ﹂ ﹁もう16時ですか⋮⋮そうですね、帰りましょうか﹂ それにしてもナベの家、居心地よかった。 また来たいな。 ⋮⋮って言っていいのか? また鬼が現れたりしないだろうか。 1064 ﹁⋮⋮あ、そんなのしなくてもいいのに﹂ ﹁おかえりナベ。 立ち直った?﹂ ﹁ああ⋮⋮﹂ やっとリビングに戻ってきたな、ナベ。 ﹁お世話になったからさ。 せめてこれくらいは﹂ 俺は何をしてるのかというと、皿を洗ってるだけだ。 んで、龍には掃除機を掛けてもらってる。 軽く掃除くらいはして帰りたかった。 もう皿洗いも終わる。 ﹁なにか手伝うことあるか?﹂ ﹁んー⋮⋮とくには。 1065 ⋮⋮あ、じゃあ皿片付けるの手伝ってくれる?﹂ ﹁ああ﹂ 水気をとって、食器棚に戻す。 ﹁また来いよ。 でも1人では来るなよ﹂ ﹁ん、龍と一緒に来るよ。 鬼が降臨したら大変だし﹂ ﹁⋮⋮だな﹂ ナベは苦い表情をする。 鬼を想像したんだろう。 ﹁ナベ、お父さん帰ってくる?﹂ ﹁どうだろ。 忙しくて会社に泊まったりすることが多いしな。 両親とも単身赴任みたいなもんだな﹂ ﹁そっか。 寂しい?﹂ 1066 ﹁いや、寂しいとは思わないけど⋮⋮﹂ ﹁でも退屈だよな。 じゃあこれからは頻繁にここ来るから﹂ ﹁そりゃ退屈する暇もねぇな﹂ ﹁色々ありがとう。 それじゃ、またな﹂ ﹁お世話になりました﹂ ﹁ああ。 気を付けて帰れよ﹂ ナベに見送られて、ナベのマンションから出た。 ﹁今度からはナベさんの家に遊びに来ましょうか﹂ ﹁だな﹂ ﹁先輩、手でも繋ぎます?﹂ ﹁やだ。 1067 なんでサラッとそんなこと言うの﹂ ﹁あいた﹂ 龍をベシッと叩いておく。 まったくもう⋮⋮。 1068 退屈︵前書き︶ そろそろ200話が近付いてきた⋮⋮。 ヤバい、どうしよう。 なにか記念話いれたい。 100話記念では診断メーカーだったしな⋮⋮。 面白いことやりたい。 なにかないかな⋮⋮。 色々探します。 1069 退屈 ﹁あー、暇だな﹂ 家には俺1人。 正確には1人と2匹。 今日は朝から雨が強くて、愛犬達を室内に入れてるんだ。 信長は窓の外を見たまま動かない。 人が通ったり鳥が飛んできたりする度に唸り声をあげて警戒してる。 警備員みたいだな。 家康はというと、ソファーに座ってる俺の足元に寝てる。 暇なので、家康の寝顔を眺める。 ⋮⋮あ、そうだ。 テーブルの上からエアコンのリモコンを取る。 1070 俺はそれを家康の頭に乗せた。 抜群の安定感。 次にテレビのリモコンを取って家康に。 さらにメガネケース、ティッシュ箱、メモ帳、それを順に積み上げ ていった。 そして鯖の缶詰を乗せてフィニッシュ。 ﹁おおー﹂ 1人で拍手。 なにこれ寂しい。 とりあえずこの家康タワーは写真におさめなければ。 部屋着のポケットから携帯を取り出した。 携帯をタワーに加えなかったのはこのためだ。 ︱︱パシャッ 1071 よしよし。 どうせみんな暇だろう。 これ送りつけてやろ。 画像を添付して、一斉送信ー。 宛先を香、瀬田、隊長、龍、ナベに。 すぐに返信がきた。 ︱︱ Time:11/28 14:32 From:龍 先輩なにやってんですかww 可哀想ですよww ︱︱ てへ。 暇だったんだもん。 1072 別の返信もきた。 ︱︱ Time:11/28 14:35 From:ナベ お、おま⋮⋮愛犬になんてことを⋮⋮。 いいな、犬 ︱︱ ナベ本当は犬ほしいんだもんな。 マンションだから飼えないけど。 だからたまにウチの家康を撫でにくるんだ。 ︱︱ Time:11/28 14:36 From:香 みっきー暇なの? 暇なんだよね? 暇なら遊ぼうよ! ︱︱ そういうお前も暇なんだろ、香。 ︱︱ Time:11/28 14:38 1073 From:隊長 家康可愛いw みっきーがメールするなんて珍しいね ︱︱ 普段は電話派だからな。 でも今日は家康タワーを見せたかった。 そこからそれぞれ2、3通くらいメールでやりとりして終了。 そのあと香から電話が掛かってきて、1時間くらい喋ってたかな。 電話を切ってからは家康から逃げながらおやつを食べたり、家康か ら逃げながらジュースを飲んだり。 すると突然、携帯が鳴った。 開いてみると⋮⋮。 ︱︱ Time:11/28 16:47 From:瀬田 ごめん。 寝てた 1074 ︱︱ あ、瀬田⋮⋮。 ごめん。 忘れてた。 1075 玉ねぎフェア おはよ。 今俺はスーパーに買い物に来てます。 実は今日、調理実習なんだ。 で、ちょっと困ったことに。 材料で玉ねぎ使うんだけどさ、店に無いんだよね。 買いに来たのに。 玉ねぎ無いってどゆこと? 予想外だよ。 普通にあると思ってたから学校行く前に買いに来ちゃったよ。 どうしよう⋮⋮。 今から他の店に行こうか? 1076 うん、行くか。 遅刻してもしょうがないさ。 ﹁なんでだよ!﹂ なんで他の店にも玉ねぎ無いん? なにこれイジメ? てかヤバい。 そろそろ学校行かなきゃ遅刻する⋮⋮。 どうしよう。 ん、電話が⋮⋮。 ﹁はい、もしもし﹂ ﹃おぅ、三木か?﹄ 1077 ﹁ナ、ナベー﹂ うわーん。 いっそ泣きたい。 ﹃お前、遅刻魔とは言われてるけど最近はちゃんと来てるじゃん? でも今日来るの遅くねぇか? どうしたんだよ﹄ ﹁あのさ⋮⋮﹂ とりあえず事情を説明。 玉ねぎ無いの。 俺どうしたらいい? ﹃そりゃ大変だったな。 とりあえず学校来いよ﹄ ﹁でも玉ねぎ用意できてないよ﹂ ﹃俺が先生の隙ついてひとっ走り買いに行ってやるよ。 そのほうが早い﹄ ﹃ナ、ナベー﹄ 1078 うわーん。 ﹁うわー、ありがと﹂ 俺はあれから学校に来て、ナベは先生にバレないように学校を出て 玉ねぎ買いに行ってくれた。 ﹁はい、お金﹂ ﹁いいよ別に﹂ ﹁え? いや、そういうわけには⋮⋮﹂ ﹁高いもんでもないだろ。 その変わり、調理実習で美味いもん作ってくれよ﹂ ナベ⋮⋮なんて良いやつ⋮⋮。 頑張って美味しく作るよー。 1079 ﹁ていうかなんで玉ねぎなかったんだろ﹂ 朝から品切れとかイジメか。 ﹁ああ、これのせいじゃないかと思うんだよ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ナベがポケットから取り出した紙を見る。 ︻玉ねぎフェア︼ ﹁⋮⋮﹂ ビリビリ紙を破る。 ﹁玉ねぎフェアってなんなの⋮⋮﹂ 1080 シンキングタイム ﹁はーい、これから調理実習を始めますよー﹂ エプロンと三角巾⋮⋮っていうかバンダナ? を付けて、調理実習の準備を済ませた。 実はまだ何を作るのか知らされてなかったりする。 作れないものだったらすごく困る。 それぞれ1人につき1つの食材を持ってくることになってる。 俺は玉ねぎだった。 そこから何を作るか想像できなくもないけど、一番重要な食材は先 生が用意する。 なんで調理実習でこんな大変な思いしなきゃなんないんだろう。 ﹁それでは、本日作るものを発表します。 デレレレレレレ⋮⋮﹂ 1081 そんなにもったいつけなくても⋮⋮。 ﹁ジャン! 今日はミートソースのパスタとスープとデザートを作ってもらいま す!﹂ あー⋮⋮パスタなら簡単かな。 ただし、ちょっと問題が。 スープとデザート⋮⋮これは決められたものじゃなく、自分達で考 えて作んなきゃいけない。 そもそもミートソースのパスタとか料理は決められてても、材料と か分量は決められてない。 おかしいよね。 なんで高校の調理実習がこんな大変なの。 ﹁はい、シンキングターイム!﹂ これは所謂相談する時間だ。 1082 ﹁なぁ、なに作る?﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ 紙にザッとレシピを書く。 ﹁はい、これミートソースパスタの作り方。 だいたいこんな感じで出来ると思う﹂ ﹁おお、さすが三木!﹂ ﹁スープは?﹂ ﹁簡単なのでいいよね﹂ ﹁美味ければなんでも﹂ ﹁もやしと卵でいいかな。 俺作るよ﹂ パスタも茹でなきゃいけないからスープに時間を掛けられない簡単 に済ませなきゃ。 あとはデザートだ。 1083 ﹁簡単なもので統一するか。 レンジで簡単、ブラウニーで﹂ とりあえずスープとブラウニーは俺が作ろうかな。 ナベに手伝ってもらって。 ミートソースは他の人に任せよう。 結構大変だから作るのにも時間掛かるし。 ﹁よっしゃあ! 作るぞー!﹂ ﹃おー!﹄ ナベの声に合わせて腕を上げる。 頑張るぞー。 1084 無意識な優しさ︵前書き︶ 最近カレーばかり食べてる作者です。 だって作るの簡単なんだもの。 カレー食いすぎて体が黄色くなったらどうしよう↑ 1085 無意識な優しさ ﹁はい、シンキングタイム終了! それではみなさん手は洗いましたね? よ∼い、スタート!﹂ とりあえずスープを作らないと。 水になんとなくで調味料をいれていって、沸騰させる。 ﹁三木さん、ミートソースの具ってみじん切り?﹂ ﹁うん、出来るだけでいいよ。 気を付けてね﹂ 沸騰させたスープにもやし投入。 少し3分煮て、味見。 うーん⋮⋮ちょっと薄いかな。 粉末のコンソメを足して調節。 1086 ﹁どうかな?﹂ ﹁お、どれどれ⋮⋮美味っ﹂ ﹁大丈夫かな﹂ ﹁全然大丈夫だ﹂ ナベに味見してもらう。 大丈夫らしいのでこれでオッケー。 溶き卵を回すように入れる。 ﹁おお∼﹂ ﹁ナベ、よそ見したら危ないよ。 包丁使ってんだから﹂ 弱火にしてスープを弄らず、卵がふんわりするのを待ってからサッ と1回だけ混ぜる。 ﹁味見していい?﹂ 1087 ﹁いいよ﹂ ﹁美味っ! お前天才﹂ ﹁そりゃどうも﹂ スープは出来た。 とりあえずコンロから外して棚にでも置いとこ。 んで、デザート。 ﹁三木さん、みじん切りってこんな感じでいいのかな?﹂ ﹁わ、すげぇ細かいね。 完璧﹂ ﹁三木さん、合わせる調味料ってとりあえずでいいのか?﹂ ﹁いいよ。 あとから調節すれば大丈夫だから﹂ ﹁これをしばらく煮詰めればいいんだよね?﹂ ﹁そうそう。 1088 大変だと思うけど焦げないように混ぜ続けてね。 疲れたら交代するよ﹂ ﹁三木さんって優しいね﹂ ﹁は⋮⋮え?﹂ ブラウニーを作ってる手が止まる。 ﹁優しいし、頼りになるし⋮⋮三木さんがクラス委員長やればよか ったのにな、って﹂ ﹁いやいや、そういうの向かないから⋮⋮。 頼りにもならないし﹂ なぜなら人見知りだから。 ﹁そんなことないと思うけどなぁ﹂ とかなんとかやってる間にブラウニーできた。 1089 電子レンジで膨らませて、重りを乗せて圧縮するだけだからね。 とりあえず冷蔵庫入れとこ。 ﹁ナベ、暇そうだな。 一緒に洗い物でもしようか﹂ ﹁いや、俺は味見役という大事な役割が﹂ ﹁いいからやるぞ﹂ 俺が皿洗って、ナベが水気を拭き取る。 ﹁お、見ろよ。 他の班かなり苦戦してるぜ﹂ ﹁他人の不幸を笑っちゃいけません﹂ 大変すぎるんだよ、ウチの学校の調理実習。 ﹁みっきー! ミートソースってこれでいいの!?﹂ ﹁あ、おい違う班だぞ﹂ ﹁気にすんな。 1090 どれどれ⋮⋮ゲホッ!﹂ ﹁み、みっきー!﹂ 香の持ってきたミートソースは恐ろしく刺激的な味だった。 ﹁これは⋮⋮アウトかな﹂ ﹁ねぇ、どうしたらいい?﹂ ﹁緩くなるの覚悟で水を足す。 んで調味料を合わせなおす﹂ ﹁お願い、みっきー! 調味料合わせるのだけ手伝って!﹂ ﹁いいよ。 ナベ、あとよろしく。 洗うのは終わったから﹂ ﹁えー⋮⋮﹂ 水を少なめに足して、なんとなくで合わせていく。 途中で味見したけど多分大丈夫だろう。 ﹁本当は弱火で煮詰めなきゃいけないんだけど、この水だと水分が 1091 飛ばないから中火で煮て。 焦げないように手早く混ぜ続けて﹂ ﹁ありがとう、みっきー!﹂ そのあと隊長と瀬田の班とか含めて3つの班を手伝っちゃった。 ﹁お前、手助けしすぎ﹂ ﹁断れないでしょ﹂ 困ったと頼られれば断るわけにはいかないもんよ。 もう少しミートソースを煮詰めればウチの班は完成かな。 1092 仕上げ︵前書き︶ 皆さまお気付きだろうか。 今回の問題点。 ナベさん︵人︶と鍋︵物︶の存在。 ナベさん出てんのに鍋とかちょっとダジャレくさい⋮⋮という問題 に気付いたのは調理のところを書いてからでした。 なので⋮⋮この調理実習の話、1回も﹃鍋﹄って単語は出てきてま せん。 調理なのに。 すごく大変だった。 もしお時間がありましたなら確認してみて下さい︵笑 1093 仕上げ さて、ミートソースも水分がとんできたし。 ﹁そろそろパスタを茹でなきゃな﹂ ﹁おお﹂ パスタの袋の裏面を見る。 ﹁パスタ1束につき水に1リットルだってさ﹂ ﹁じゃあ5束だから5リットルだな﹂ ただし、今ここにあるのは100ミリリットルの計量カップ。 ナベと一緒に水を計っては入れ、計っては入れ、計っては入れ、計 っては入 ﹁めんどくさっ﹂ ﹁おま⋮⋮﹂ 残念だったな。 1094 俺はめんどくさいことは嫌いなんだ。 ﹁おい、大丈夫なのか? ちゃんと計らなくて﹂ ﹁5リットル? 知るか。 テキトーでいいんだよこんなもん。 ただ茹でるだけの水に分量なんかねぇだろうよ。 書いてある通りの塩を入れるんなら5リットルだろ? なら水を減らした分、塩も減らせばいいんだよ。 オッケー、大丈夫だ問題ない﹂ ﹁いつになく喋るな、お前﹂ だってどうせ聞いてるのはナベだけだろうし。 ﹁じゃあ、こんな感じで。 ナベ、交代してくんない?﹂ ﹁はいよ﹂ 水は重い。 こういうのは男に任せればいいんだよな、うん。 1095 水を火にかけて沸騰させる。 ﹁もうパスタ入れるか?﹂ ﹁ん﹂ 袋からパスタを1束取り出して、纏めてある紙を外す。 パスタを縦に持って、ギュッと搾るようにしてからバッと離す。 パスタはいい感じに丸く広がった。 ﹁おおー﹂ ﹁ナベもやって﹂ ﹁やっていいのか?﹂ ﹁こぼさないようにね﹂ ナベと分担して5束全部入れ終わった。 ザッと混ぜながら5分待つ。 よし、あとは湯切りだ。 1096 ﹁ナベー﹂ ﹁よしきた﹂ ﹁熱いから気を付けて﹂ 流し台に置いといたザルにパスタを落とす。 うん、いい感じ。 ﹁はい、ふきんでザル持って湯切りして﹂ ﹁ラーメンみたいにすればいいのか﹂ ﹁あんな大きく振ったら飛んでくから。 優しく上下にお湯落として﹂ 充分に湯切りしたパスタをボールへ。 そこにバターを入れて馴染ませる。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ ﹁変わる﹂ ﹁ありがと﹂ 1097 パスタって案外重い。 引っ付かないようにバターで混ぜてんだけど、なかなか重労働だっ た。 ﹁さすが。 力あるね﹂ ﹁男ならこれくらいはな﹂ ミートソースを見てみる。 これならパスタに掛けてちょうどいいだろう。 ﹃完っ成ー!﹄ よかった。 だいぶ余裕で終わった。 ﹁三木さん、先生に提出しなきゃ﹂ ﹁うん。 1098 取り分けてある﹂ これで班の成績が決まるんだ。 ﹁じゃ、ナベ代表で持っていって﹂ ﹁ほとんどお前が作ったんだからお前持ってけよ﹂ ﹁やだ﹂ これは決して人見知りではない。 ただ作ったものに対するコメントが良くても悪くても聞けないだけ だ。 恥ずかしくて。 そう、決して人見知りではない。 ナベが先生のとこに行ってる間に、俺達も食べる準備しなきゃ。 ﹁うんまっ!﹂ ﹁超うまっ﹂ 1099 お世辞にも美味いと言ってくれてよかった。 食えないくらい不味かったらどうしよう⋮⋮とか密かに思っててド キドキしてた。 ﹁三木、お前天才﹂ ﹁そりゃどうも﹂ そうだ。 さっさと食べて龍のとこ行かなきゃ。 1100 手渡し︵前書き︶ もう200話も目前⋮⋮なのに、書いていたものをまた没にして最 初から書き直し︵笑 何度目だよバカヤロー、6回目だよコノヤロー。 ちゃんと完成するんだろうか⋮⋮。 絶対条件は、自分が書いてて楽しいこと。 これだけは譲れないのです。 自分が楽しくなくて他人が楽しいわけがない! 自分だけが楽しいという悲しい状況になる可能性はありまくります が、少なくとも書いてて楽しかった⋮⋮という微妙な救いができあ がります。 1101 手渡し 調理実習で作ったものを食べる、のはいいんだけど量が多くて苦戦。 結局パスタは食べきれずナベに食べてもらった。 ありがたい。 さすが男だね。 自分の分もラクラク完食してたよ。 で、食べ終わったら食器の片付け。 ﹁お前、神谷に菓子渡すんだろ? 行ってこいよ﹂ ﹁まだ片付けあるからいいよ﹂ ﹁お前ほとんどやっただろ。 残りは俺達がやるから﹂ ﹁ん、でも⋮⋮﹂ ﹁ほら、行ってこい﹂ 1102 ポンと背中を押される。 それじゃあ⋮⋮行ってこようかな。 ﹁あ、そうだ。 お前の食いきれなかった分は俺が食ったってこと、神谷には言うな よ﹂ ﹁え、なんで?﹂ ﹁なんとなく殺されそう﹂ そんな物騒な⋮⋮。 さて、どうやって渡そうか。 いま授業中ではないよな⋮⋮昼飯の時間だと思う。 呼んだら来てくれるかな。 学校なのでメールを使う。 さすがに電話は気が引けるよ。 1103 ﹃いま大丈夫? よかったら体育館のあたりまで来てほしいんだけど⋮⋮﹄ よし、送信。 待っとこう。 携帯から視線を上げると、何人か生徒と目があった。 う⋮⋮そうか、俺エプロンつけたままじゃん。 制服意外の見慣れない服装の人間がいれば、自然と視線は集まるも のだ。 恥ずかしい⋮⋮。 携帯が震えてメールの受信を告げる。 あ、返信⋮⋮。 ﹃大丈夫ですよ。 いま行きますね﹄ か。 1104 エプロン外そうにも邪魔になるし、龍を待ってなきゃいけないしな ⋮⋮。 しかし視線が気になる。 隠れとこ。 龍、早く来てー。 ﹁あれ、先輩⋮⋮?﹂ ﹁ここだよ﹂ 体育館の建物の隅から龍を手招きする。 ﹁なんでそんなとこに⋮⋮エ、エプロン姿⋮⋮﹂ ﹁変?﹂ ﹁いえ、全然。 というか、その格好でここまで来たんですか⋮⋮?﹂ ﹁ん。 1105 だから隠れてた﹂ ﹁誰にも会いませんでした?﹂ ﹁会わなかったよ﹂ 目が合った人がちらほら、なんて絶対言わないよ。 ﹁あのね、これ﹂ ﹁⋮⋮あ、もしかしてこの間言ってた調理実習の⋮⋮﹂ ﹁そう。 昼飯はもう食っちゃったよね。 もしよかったら、あとで食べてくれたらいいんだけど⋮⋮﹂ ﹁いえ、今いただきます﹂ ﹁え、あ⋮⋮﹂ 本当に今食ってくれたよ。 腹いっぱいだっただろうに⋮⋮。 ﹁どう、かな?﹂ ﹁美味しいです。 1106 すごく﹂ ﹁ホントに?﹂ ﹁当たり前ですよ。 ていうか先輩の作ったものが不味いわけないじゃないですか﹂ ﹁⋮⋮﹂ また恥ずかしいこと言う⋮⋮。 ﹁あ、先輩片付けはいいんですか?﹂ ﹁ナベがね、あとは任せて行ってこいよって言ってくれたからね﹂ ﹁なるほど⋮⋮ありがたいですね﹂ ﹁うん﹂ ﹁調理実習中、怪我しませんでした? 指切ったりとか火傷とか﹂ ﹁してないよ﹂ ﹁それはよかったです。 キスしていいですか?﹂ ﹁なんでそうなる﹂ 1107 流れが自然すぎるて返事しそうになった。 危ねぇ。 ﹁いいじゃないですか﹂ ﹁ダメ。 ここどこだと思ってんの﹂ 後ろから抱き締められて顔を近づけてきた。 手で阻止。 ﹁学校ですけど﹂ ﹁人に見られるとこでこういうのは嫌﹂ ﹁人いないんですけどね﹂ 龍は俺の頬に軽くキスして離れた。 もう⋮⋮。 ﹁⋮⋮それは?﹂ 龍が気付いたのはエプロンのポケットに入れてあるラップに包んだ 1108 ブラウニー。 龍にあげたものとは別のやつ。 ﹁ああ、これは七村さんにあげようと思って⋮⋮﹂ ﹁同じ班の人ですよね?﹂ ﹁そう。 風邪で休みだったみたいでさ﹂ 七村さんの持ってくるはずだった食材はにんじんだったから入れな くても問題なかったんだけどね。 ﹁じゃあ今日持っていってあげるんですか?﹂ ﹁まぁ、お見舞いがてら﹂ せっかくだから気分だけでもね。 七村さん、実は調理実習楽しみにしてたみたいだったし。 家の場所はなんとなく知ってるし、学校帰りに行こう。 1109 ﹁よかったら一緒に行きましょうか?﹂ ﹁え、来てくれるの?﹂ ﹁さすがに家の中までは入れませんけどね﹂ ﹁ん⋮⋮ちょっと待たせちゃうかもしれないけど、いい?﹂ ﹁いいですよ。 待ってます﹂ ﹁それじゃ、お願いしようかな﹂ ﹁はい。 任せてください﹂ よかった、初めて行く場所だからちょっと心細かったんだ。 1110 お屋敷︵前書き︶ 覚えていらっしゃる方はいるだろうか⋮⋮。 佳亜ちゃんの班の調理実習メンバーにはナベさんだけではなく七村 さんがいたのです。 調理実習の話し合いみたいな話しで一緒にいますです。 ナベさんと鍋のときと似たような状況ですが、 お時間がありましたら確認してみてくださいね︵笑 1111 お屋敷 ﹁ここですか?﹂ ﹁ん、多分﹂ 学校帰りに寄り道。 俺と龍が来たのはデカイお屋敷の前。 ここが七村さんの家らしい。 ﹁それじゃあ、僕はここで待ってますが⋮⋮先輩大丈夫ですか?﹂ ﹁人見知りを押し殺して頑張ってくるよ﹂ よーし、行くぞー⋮⋮。 ︱︱ピンポン 押した、ピンポン押した。 1112 ドッキドキだよ。 ︵あー⋮⋮先輩、頑張って︶ なんか龍もハラハラしながら見守ってくれてる。 ﹃はい、どちら様でしょうか﹄ ﹁あの、突然申し訳ありません。 一姫さんの同級生の三木と申しますが、一姫さんにお取り次ぎいた だけないでしょうか﹂ ﹃少々お待ちください﹄ はい、待ちます。 しばらく待ってると、お屋敷から誰かが出てきた。 男の人だ。 中年というよりは老年かな。 でも動きはきびきびしてて、顔は皺が目立つけど若々しい表情だ。 1113 ﹁お待たせして申し訳ありません。 どうぞ中へお入りください。 お嬢様もお待ちです﹂ ﹁ありがとうございます﹂ お嬢様⋮⋮。 口振りからして使用人的なアレかな。 ﹁わたくし、執事の中井でございます。 以後お見知りおきを﹂ ﹁どうもご丁寧に。 三木と申します﹂ リアル執事初めてみた。 かっこいー。 ﹁お嬢様のお部屋までご案内させていただきます﹂ ﹁お願いします﹂ 1114 中井さんの後ろをついていく。 俺は目だけ動かして周囲をみる。 広い家だ。 でもなんか冷たい感じ。 ﹁⋮⋮少々お尋ねしても?﹂ ﹁え? ああ、はい﹂ 歩きながら話す中井さん。 なんだろ。 ﹁三木様はお嬢様のご友人でいらっしゃるのでしょうか﹂ ﹁え? そりゃもちろん⋮⋮というか、なぜそんなことを?﹂ 友達でもないならわざわざこんなとこまで来ないよ。 見るからに入りにくそうなお屋敷なんだから。 1115 ﹁そうですか⋮⋮申し訳ございません。 ふふ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 嬉しそうに笑う中井さん。 なぜに? ﹁お嬢様のご友人が訪ねていらっしゃる日がくるとは⋮⋮中井は嬉 しゅうございます。 どうぞごゆっくりしていってくださいませ﹂ 別に嫌味を言ってるわけではないだろう。 優しそうだし。 この人は七村さんの専属かなにかかな。 ﹁こちらのお部屋でございます。 ⋮⋮お嬢様、ご友人の方がおみえになりました﹂ 中井さんはドアの前に立ち止まって、ノックをして部屋に呼び掛け る。 部屋の中から返事らしき声が聞こえて、中井さんがドアを開いた。 1116 ﹁ども﹂ ﹁⋮⋮ふん﹂ キングサイズのベッドに座ってる七村さん。 ﹁風邪の具合はどう?﹂ ﹁まぁまぁよ﹂ 中井さんに椅子を勧められて座る。 中井さんはそのまま部屋の隅にピシッとした姿勢で立った。 ﹁気にしないで。 中井は私の専属執事だから﹂ ﹁ああ、やっぱり﹂ ﹁え?﹂ 中井さんはパチリと片目を閉じて俺に合図する。 ﹃さっきの会話は内密に﹄と。 もちろんわかってる。 1117 1118 お屋敷 2 ﹁来たのがあなたでよかったわ。 じゃなきゃ門前払いだったかもしれない﹂ ﹁なんで?﹂ ﹁⋮⋮ウチの両親、私の交流関係にうるさいのよ﹂ 前にも七村さんは愚痴を溢してたな。 これだけのお屋敷なら色々と大変なことがあるだろう。 ﹁ん? 結局のところ、なんで俺は門前払いにならなかったの?﹂ ﹁くやしいけど、あなたが私よりも好成績だからよ。 あとは門での物言いね。 随分と礼儀正しかったらしいじゃない﹂ ﹁こんなデカイお屋敷だからビシッとしないと、ってね⋮⋮。 ていうか成績把握してんだ﹂ ﹁ええ。 順位表を見せなきゃならないもの﹂ 1119 大変だな。 そりゃ友達も作りにくいわ。 ﹁あらぁ、いらっしゃい三木さん﹂ 部屋のドアが開いて、姿を現したのはふくよかな女性。 ﹁一姫の母です。 ウチの一姫がお世話になって﹂ ﹁いえ、こちらこそ。 すみません、突然お邪魔してしまって﹂ ﹁いいんですのよ。 ところで三木さん、大変成績がよろしいのね。 一姫にも見習ってもらいたいわ。 三木さんは何か習い事でもしてらっしゃるのかしら?﹂ ﹁ええ。 習い事というか、塾に通っています﹂ 七村さんの驚いた顔が目の端に見える。 もちろん、塾に通ってるなんて嘘だ。 1120 ﹁あら、そうなの。 どのくらいの時間、お勉強なさるの?﹂ ﹁塾の時間も含めてしまえば、平日なら最低でも9時間です。 それくらいでなくては、一姫さんには敵いませんので。 学校で授業以外の時間に息抜きをしているので、勉強も苦にならな いんですよ﹂ ﹁三木さんの好成績の秘密は息抜きなのね﹂ ﹁そうですね﹂ 失敗したら色々ヤバそうだけど、まぁここは冷静に。 ﹁一姫はいつもあなたより成績を上げられないようだけど﹂ ﹁私の目標は一姫さんですので。 学校の成績など、一時的なものでしかありません。 私なんかとは違い、視野の広い一姫さんはとても尊敬いたします﹂ ﹁そう。 うふふ、いいお友達ねぇ一姫﹂ これだけペラペラとものを言える俺ってちょっとすごくねぇか。 とりあえず、七村さんのお母さんは好感を持ってくれたようだ。 1121 ﹁ごゆっくり﹂ そう言って立ち去ろうとする七村さんのお母さん。 そこでなにかを落とした。 ポケットに忍ばせておいたハンカチで包みながらそれを拾った。 ﹁あら﹂ ﹁失礼します。 どうぞ﹂ ﹁それが純金のネックレスだとおわかりになるのね﹂ ﹁ええ。 拝見したことがあります。 有名デザイナーの最新モデルだとか﹂ ﹁よくご存知で﹂ ﹁奥様にあまりにお似合いになるものですから、はじめは気付きま せんでした﹂ ﹁うふふ﹂ 1122 中井さんがネックレスを着け直して、七村さんのお母さんは部屋を 出ていった。 ﹁⋮⋮嘘ばっかり﹂ ﹁えへ﹂ ﹁なんであんなこと⋮⋮﹂ ﹁そのほうが納得してくれると思ったから﹂ 余計なお節介ではあるけど。 ﹁ネックレスのこと、なんであなたが知ってるのよ? あんなの興味ないでしょう?﹂ ﹁たまたまね。 テレビで有名デザイナー最新の、とか出てた気がするんだよね。 ちょっと覚えてた﹂ ﹁あなたって⋮⋮﹂ ﹁えへ﹂ 七村さんは呆れたように笑う。 1123 ﹁意外と喋るのね、あなた。 あそこまでペラペラと嘘が言えたら逆に自然だわ﹂ ﹁喋るときは喋るよ﹂ ﹁それに意外と気が強いのね﹂ ﹁どうかな。 人見知りすぎて無心になるだけじゃないかな﹂ お互い思わず笑ってしまった。 少し喋って、七村さんは思い出したように言った。 ﹁ところで、あなたは何しにきたのよ?﹂ ﹁え? ああ、たいした用じゃないんだけどね。 ⋮⋮はい、お見舞い﹂ ﹁⋮⋮なに?﹂ 七村さんに手渡したのは水筒と手乗りサイズの紙袋。 1124 ﹁そっちの水筒はスープ、紙袋はブラウニー﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ﹁今日の調理実習、本当は楽しみにしてたんでしょ? せめて気分だけでも⋮⋮と思って、作ったやつ押し付けに来た﹂ ﹁なっ⋮⋮! べ、別に楽しみになんか⋮⋮!﹂ 嘘、嘘。 じゃなきゃそんな反応しないでしょ。 ﹁口に合わないかもしれないけどね。 気分が味わえたらと思って﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁もらってくれる?﹂ ﹁⋮⋮ふん。 しかたないわね。 そんなに言うんなら、もらってあげるわ﹂ ﹁あはは、ありがと﹂ 1125 相変わらず安定のツンデレですね。 ﹁じゃ、俺そろそろ帰るわ﹂ ﹁もう?﹂ ﹁寂しい?﹂ ﹁べっ、別に⋮⋮!﹂ ﹁七村さん風邪だし、少しは寝なきゃね﹂ それに近くの喫茶店で龍が待ってる。 ﹁それじゃ、また学校で﹂ 俺は椅子から立ち上がった。 中井さんがドアを開けてくれる。 ﹁⋮⋮ちょっと﹂ ﹁ん?﹂ 1126 ﹁また、来なさいよ﹂ ﹁来てほしい?﹂ ﹁⋮⋮ふん、別に!﹂ ﹁七村さんが暇そうだったら来るかも。 またね﹂ 笑いながら部屋から出た。 おもしろかった。 1127 2人︵前書き︶ 200話記念、間に合う気がしない⋮⋮。 間に合わせるけど。 インフルエンザに花粉に大変な時期になってきました。 私は花粉症ではありませんが、友人が辛そうです。 なんと声を掛けていいのかわかりませんが⋮⋮皆様、頑張ってくだ さい。 1128 2人 ﹁お茶をお出しすることもできなく、申し訳ございませんでした﹂ ﹁いえ、実は紅茶などが苦手で⋮⋮少しホッとしていたくらいです﹂ ﹁なるほど、紅茶が⋮⋮。 コーヒーは大丈夫でしょうか?﹂ ﹁はい。 紅茶だけが苦手なんですよね﹂ ﹁それでは、次は美味しいコーヒーをお出しいたします﹂ ﹁嬉しいです﹂ やったー。 でもそれはつまり遠回しにまた来てねってことだね。 よかった。 邪魔だと思われてなくて。 ﹁またいらしてください。 お嬢様もお喜びになります﹂ 1129 ﹁はい。 遠慮なくまたお邪魔させていただます﹂ 中井さんに見送られて、門から出た。 喫茶店に向かおう、としたところでうろうろしてる人影が。 ﹁あ、先輩﹂ ﹁龍⋮⋮? 喫茶店にいたんじゃ?﹂ ﹁はい。 なんかジッとしてられなくて⋮⋮﹂ 心配してくれたんだな。 近くに戻って来てたんだ。 ﹁ありがと。 遅くなってごめん﹂ ﹁いいえ。 どうでした?﹂ 1130 ﹁あのね﹂ 歩きながら喋る。 色々とおもしろかったよ。 ﹁中井﹂ ﹁はい、お嬢様﹂ ﹁⋮⋮これ、温めてちょうだい﹂ ﹁かしこまりました﹂ 専属執事に手渡すのは水筒。 ﹁お嬢様、温めてまいりました﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁どうですか?﹂ ﹁質素な具ね。 ⋮⋮美味しい﹂ 1131 ﹁ようございましたね、お嬢様。 こちら、いただいたブラウニーです﹂ ﹁⋮⋮美味しい﹂ ﹁作り方を教えていただいたらどうでしょう? 調理実習、楽しみにしていらしたなら﹂ ﹁べ、別に、楽しみにしてないわよ!﹂ ﹁ふふ⋮⋮﹂ ﹁ねぇ﹂ ﹁なんでございますか?﹂ ﹁また来てくれるかしら﹂ ﹁ええ、きっと﹂ ﹁⋮⋮こんなこと言ってたとか、誰にも言わないでちょうだい﹂ ﹁ええ、お約束します﹂ ﹁本当よ?﹂ ﹁はい﹂ 1132 ﹁⋮⋮今日は、楽しかったわ﹂ ﹁⋮⋮ええ、ようございましたね﹂ 1133 サプライズ ﹁ナベー、また来たよー﹂ ﹁ナベさーん﹂ ﹁ナーベーちゃーん、あっそびましょー﹂ ﹁うるさいな、お前ら﹂ とかなんとかいいつつちゃんとドア開けてくれるんだから。 今日はナベの家に遊びにきた。 暇だったし今日はゆっくりしたかったから。 ゆっくりするならやっぱナベの家だよね、ってことで遠慮なくあが らせてもらおう。 ﹁はい、お土産。 一緒に食べよ﹂ ﹁なに買ってきたんだ?﹂ ﹁ポテチ、ポッキー、キ○コの山、タ○ノコの里、チョコ、クッキ 1134 ー、などなど﹂ ﹁買いすぎだろ﹂ ﹁まだあるよ。 だって今日泊まるつもりで来たから﹂ ﹁ああ⋮⋮え?﹂ ﹁いいでしょ?﹂ ﹁まぁ、いいけど⋮⋮﹂ わーい。 ﹁泊まる準備してきたのか?﹂ ﹁もちろんです﹂ 龍は小さなボストンバックを2つ見せる。 龍のバックの中身は隙間が多かったから、買ってきた菓子を詰めと いた。 1つは俺のバックだ。 持つって言ってくれたから任せた。 ありがとう。 1135 ﹁いや、泊まるのはいいんだけどな。 いいんだけど、せめて連絡くらいしようか﹂ ﹁サプラーイズ﹂ ﹁嬉しくないサプライズだな﹂ ﹁本当は嬉しいんでしょ? 正直に言っていいんだよ?﹂ ﹁⋮⋮そういうことにしとくわ。 今日はこのあいだより食材あるぜ。 三木、飯頼むわ﹂ ﹁オーケー。 任せて﹂ 頑張るよ。 ﹁黒のTシャツに黒の長ズボンか⋮⋮色気のない格好﹂ ﹁悪かったな﹂ 俺に色気を求めるな。 1136 今ね、夕飯食べ終わったからさっさと風呂入ってパジャマパーティ ーしようぜってことになったの。 ﹁わかってないですねぇ、ナベさん。 このダボダボしてる感じがいいんじゃないですか﹂ ﹁言ってろ﹂ ﹁ていうか⋮⋮パジャマパーティーってなにすんの?﹂ ﹁さぁな﹂ ﹁喋ってればいいんじゃないですか?﹂ ﹁いつもと変わんないな﹂ 俺が風呂入ってるあいだにナベと龍が布団敷いといてくれたらしい。 この前と同じようにリビングに3組。 それぞれ寝転んだり座ったりしながら菓子開けた。 俺と隣の龍の布団と、向かい合わせに敷いたナベの布団との間に菓 子を置く。 1137 ﹁俺、キ○コの山派﹂ ﹁僕はタ○ノコ派です。 先輩は?﹂ ﹁タ○ノコかな﹂ あの有名菓子だよ。 なんとなくタ○ノコが好き。 どっちも美味いけど。 ﹁キ○コはさ、上のチョコと下のクッキー別々に食べるよね﹂ ﹁あー、わかる﹂ ﹁必ず1回はそうやって食べますよね﹂ タ○ノコはあんまり遊べないな。 残念。 ﹁ナベ、布団にこぼしちゃダメ﹂ ﹁ん? ああ、ごめん⋮⋮ってかこれウチの布団だからちょっとくらいこぼ 1138 してもいいぜ?﹂ ﹁ダメ。 不衛生でしょ﹂ 自分の家の布団でもちょっとね。 こぼさないほうがいいよね。 クッキーの食べカスをティッシュで拾う。 ﹁お母さんか﹂ ﹁ナベちゃん、お行儀悪いわよ﹂ ﹁きめぇ﹂ 悪かったな。 ﹁あれ﹂ ﹁ナベさん寝ちゃいましたね﹂ しばらく喋ってると気付けば夜中の2時だ。 1139 時間が経つのは早いな。 ﹁なんか暑い⋮⋮ちょっとベランダ出てくる﹂ ﹁付き合いますよ﹂ 俺達2人は窓からベランダに出た。 1140 月︵前書き︶ やばいよ、まだ書き上げてないよ200話記念⋮⋮。 まだ最初のつかみくらいしか書いてないよ⋮⋮。 今日頑張る! 1141 月 ﹁ふー、涼しい﹂ ﹁そうですね﹂ ベランダにはいい風が吹く。 さっきまで暑かったけどむしろ寒いくらい。 ﹁先輩、上着くらいかけないと⋮⋮﹂ ﹁え? ああ、ありがと﹂ 龍が自分の上着を掛けてくれた。 ﹁いや、龍が寒いでしょ﹂ ﹁僕はこれで大丈夫です﹂ ﹁⋮⋮ちょっと﹂ 龍は後ろから被さるように腕を回してくる。 1142 ﹁いいじゃないですか﹂ ﹁もう⋮⋮﹂ 上着を借りてしまった身としては文句を言えない。 ﹁先輩﹂ ﹁うん?﹂ 返事をしても言葉の続きが返ってこない。 俺は首だけ動かして自分より高い位置にある顔を見上げた。 ﹁なに?﹂ ﹁え、っと⋮⋮その⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?﹂ どうしたんだ。 ﹁こ、今夜は⋮⋮月が綺麗ですね﹂ 1143 ﹁ん、そうだね﹂ たしかに綺麗だ。 そう思いつつ月を眺める。 2日後には満月だったか。 ﹁⋮⋮っ﹂ ﹁⋮⋮? 龍?﹂ 少し腕に力をいれる龍。 どうしたのかとまた顔見上げると、今度は赤くなっていた。 ﹁え? どうしたのさ﹂ ﹁⋮⋮別に、なんでもないです﹂ なんだ? 今の間になにか龍が恥ずかしがるようなことあったか? 1144 ただ風にあたって、月を眺めてただけ。 ⋮⋮⋮⋮ん? YOU﹂つまり愛してるという ちょっと待てよ⋮⋮どっかで聞いた覚えが⋮⋮? LOVE えーと、たしか⋮⋮⋮⋮。 ﹁⋮⋮!﹂ 気付いた。 気付いてしまった。 月が綺麗ですね。 ある有名な偉人は﹁I 和訳にこれを使った。 けっこう有名な話だ。 ﹁え⋮⋮え?﹂ 1145 俺まで赤くなってしまう。 なにこれすごい恥ずかしい。 普通に言われるより恥ずかしい。 ﹁⋮⋮気付いてくれましたか?﹂ ﹁⋮⋮それは、どっち?﹂ ﹁え?﹂ ﹁それの意味、2つあるんだよ。 知ってる?﹂ 月が綺麗ですねと和訳した偉人は2人いるんだ。 ﹁﹃あなたのためなら死んでもいい﹄、だってさ﹂ ﹁⋮⋮どっちの意味だと思います?﹂ ﹁さぁ? でも俺のこと好きなら、死なないで﹂ 1人になったらきっと寂しいよね。 1146 ﹁わかりました﹂ ﹁ん﹂ ﹁キスしていいですか?﹂ ﹁⋮⋮なんでそうなる﹂ ﹁これはそういう流れでしょう。 僕、いま過去最高に空気読んでますよ﹂ ﹁やだ﹂ ﹁なんでですか﹂ ﹁恥ずかしい﹂ 僅かに開いていたらしい窓。 その隙間から室内にも聞こえるらしい俺達の声。 そのとき、なぜか起きていたナベ。 俺達の会話を一字一句、ナベは聞き逃さなかったらしい。 1147 それについて龍は次の朝にかわれることになるが、それは夜が明け からの話。 1148 ︻200話記念︼逃走ゲーム︵前書き︶ ギリギリだ⋮⋮。 遅くなってごめんなさい。 後書きにて挨拶しておます。 1149 ︻200話記念︼逃走ゲーム 生徒は見当たらないがいつもの学校。 だが、僅かに人の気配があった。 ナベ﹁で、なんで休みの日に学校に集まってんだ?﹂ 香﹁さあ?﹂ 瀬田﹁誰がこんなメール送ったんだろ﹂ 七村﹁なんで私まで⋮⋮﹂ 隊長﹁えっと⋮⋮﹃本日10時より、明記された人物は学校に集合 しておくように﹄⋮⋮か﹂ 龍斗﹁それでみんな集まっちゃうんだからすごいですよね﹂ そこに近付く人物が1人。 佳亜﹁まぁ、なんとなく検討つくけど⋮⋮﹂ 香﹁あ、みっきー﹂ 瀬﹁やっぱり遅れてきたね、みっきー﹂ 1150 ナ﹁お前はヒーローかなんかなのか﹂ 佳﹁遅刻魔でめんご﹂ ﹃ごきげんよう、諸君!﹄ 香﹁どなた!?﹂ 隊﹁天の声みたいだね。 校内放送?﹂ ﹃はっはっは、わたくしの名は﹁作者だろ﹂佳亜ちゃぁぁぁん!﹄ 瀬﹁え、作者?﹂ 佳﹁バレバレだっての﹂ ﹃⋮⋮まぁ、バレてしまったものは致し方ない。 今日集まってもらったのには理由がありまっす! はい、わかる人は挙手!﹄ 香﹁なんだろ。 作者の誕生日とか?﹂ ナ﹁それで集められたんだとしたらアホみたいな理由だな﹂ ﹃はい、そこ! 作者が泣きたくなるようなこと言わない! 1151 ていうか佳亜ちゃんわかってんでしょ? 言ってやってよ﹄ 佳﹁この作品の200話目達成の記念話だろ﹂ 全員﹁ああ!﹂ ﹃読んでくださってる方に挨拶したいんだけど、まずはなにか面白 いことをやりたいわけなのだよ。 そこで! 逃走ゲームを開始しまっす!﹄ ナ﹁逃走ゲーム⋮⋮って、テレビでやってる有名なアレのパクリ?﹂ 佳﹁ある意味﹂ ﹃はい、今回の逃走ゲーム。 主催はわたくし、火焔こと作者でございます! ルールは簡単、ただ逃げるだけ。 みんな上手く逃げてね。 追いかけるのは黒タイツ!﹄ ナ﹁きめぇ﹂ 龍﹁パクリしまくりですね﹂ ﹃それから特別ゲスト!﹄ 1152 香﹁なんかでっかい箱が2個出てきた⋮⋮﹂ ﹃その中身はー⋮⋮﹄ ﹁ワンッ﹂ 瀬﹁⋮⋮ワン? 犬じゃん!﹂ ﹃あああワンちゃん、喋っちゃいやぁぁぁ﹄ 佳﹁ちょっと待て、今のもしかして⋮⋮信長?﹂ ﹁ワンッ﹂ 龍﹁ええ!?﹂ ﹃さすが佳亜ちゃん。 わかる?﹄ 佳﹁そりゃまぁ⋮⋮ていうかその流れだともう1つの箱は家康か。 まさか追いかけるほうのゲスト?﹂ ﹃もち﹄ 全員﹁圧倒的不利だ!﹂ ﹃大丈夫、ワンちゃん達には黒タイツ着せて目隠ししてるし。 とにかく! 逃走ゲームを始めたいと思いまーす﹄ 1153 隊﹁えー⋮⋮﹂ ﹃詳しいルールを説明しよう。 制限時間は1時間。 とりあえずそっちが逃げきれば勝ち。 ただそれだと黒タイツ達が探し回るだけで退屈だから暇をみてミッ ションを発動したいと思います。 携帯で連絡したり協力したりするのはオーケー。 今日に限り学校内に監視カメラを大量に設置したのでアウトの人は 放送するから。 あとアウトになった人は職員室に留まるように。 ずっと移動してなくても捕まらなければオーケー。 もしかしたら突然特別ルールできちゃうかもね。 あと、黒タイツは黒タイツの両手が触れたら捕まえたって判断ね。 片手だけだったらまだ逃げれるから。 ワンちゃん達は身体のどこかに当たればオーケーってことで。 さぁ、ゲーム開始! みんな逃げて!﹄ ナ﹁メチャクチャ早口でルール喋って勝手に始めたぞ﹂ ﹃黒タイツは2体。 黒タイツが走りだすまで残り1分!﹄ 香﹁早く逃げよー﹂ 龍﹁行きましょう、先輩﹂ 佳﹁ん﹂ 1154 それぞれ別々の方向に逃げ始める。 ・スタート ︱香・隊長の場合︱ 2人はぶらぶらと廊下を歩く。 香﹁どこいく?﹂ 隊﹁うーん⋮⋮逃げやすい場所がいいな﹂ 香﹁どこかないかなー﹂ そこで少し立ち止まる隊長。 隊﹁ん?﹂ 香﹁どうしたの?﹂ 隊﹁あ、ワンちゃん⋮⋮﹂ 香﹁え⋮⋮!? い、いやだああああ!!﹂ 隊﹁香ちゃん!﹂ 1155 香は大の犬嫌いなのである。 ︱七村・瀬田の場合︱ 七﹁無駄に体力使うことないわね。 ここは無難に体育館に隠れときましょ﹂ 瀬﹁あ、先客⋮⋮あっちに隠れとこ﹂ しばらく1人で大人しくしているタイプだ。 ︱ナベの場合︱ ナ﹁うおっ、黒タイツ! おお、追いかけてきた。 はははっ﹂ 黒タイツから発見される割合は異常。 しかし楽しんで逃げきるタイプ。 ︱佳亜・龍の場合︱ ﹁ほんとに静かですね⋮⋮﹂ ﹁灯台もと暗し、ってな﹂ 1156 ﹁職員室の前⋮⋮たしかに穴場ですね。 さすがです、先輩﹂ いい場所を見つけていた。 ・10分後 香﹁いやぁぁぁ、なんで私ばっかりぃぃぃ!!﹂ 隊﹁か、香ちゃーん!﹂ 龍﹁あれ⋮⋮先輩、あれは⋮⋮﹂ 佳﹁香と隊長だな﹂ 龍﹁追いかけられてません? 信長くんと家康くんに﹂ 佳﹁追いかけられてるな﹂ 龍﹁軽いですね⋮⋮﹂ 佳﹁うーん、助けるか﹂ 大きく息を吸い込み、吐き出すように叫んだ。 1157 佳﹁すぅ⋮⋮信長、家康!﹂ ピタリと立ち止まる犬達。 目隠しをされていても、飼い主の声は聞き分けられる。 佳﹁待て!!﹂ 2匹は整列するかのように、ザッと床に腰をつけた。 龍﹁おおー⋮⋮さすが﹂ 香﹁みっきー!﹂ 隊﹁ありがとうー!﹂ 佳亜は軽く手を振った。 ・ミッション ﹃はい、とりあえず暇だし誰も捕まんないんでミッションやりたい と思いまーす﹄ 佳﹁なんて自己中な﹂ 1158 ﹃校内にイカリングをばらまきました。 イカリングを消さないとイカリングの数だけ黒タイツが増えます。 以上﹄ 七﹁なんでイカリング⋮⋮?﹂ 香﹁とりあえずミッション行かなきゃ﹂ ︱佳亜・龍の場合︱ 龍﹁どこですかね、イカリング﹂ 佳﹁灯台もと暗しパート2、ってことで職員室みてみようか﹂ そして職員室の中へ。 龍﹁あっ、先輩! ありました!﹂ その手にはタッパーに入ったイカリングが。 佳﹁マジか。 冷蔵庫にもあったよ﹂ 龍﹁そ、それはミッション用ではないのでは⋮⋮?﹂ 佳﹁さぁ?﹂ 龍﹁あ、たしかイカリング消さなきゃいけないんですよね? 1159 どうしたらいいんでしょう⋮⋮﹂ ︱ナベの場合︱ ナ﹁お、イカリング︵タッパー︶落ちてる⋮⋮これ、どうすりゃい いんだ?﹂ 黒﹁きしゃぁぁ!﹂ ナ﹁おお、黒タイツ。 捕まえられるもんなら捕まえてみろ!﹂ ナベはイカリングを置き去りにした。 ︱香・隊長の場合︱ 香﹁イカリング⋮⋮﹂ 隊﹁どうする?﹂ 香﹁とりあえず、みっきーに訊いてみる?﹂ 隊﹁そうだね﹂ 携帯のアドレス帳から﹃三木佳亜﹄を呼び出す。 1160 佳﹃はい、もしもし。 もぐもぐ﹄ 香﹁⋮⋮みっきー、なにか食べてる﹂ 佳﹃ん、イカリング﹄ 香﹁イカリング!?﹂ 佳﹃消さなきゃいけないらしいから、とりあえず食えば解決でしょ ?﹄ 香﹁そ、それでいいの?﹂ 佳﹃だってわざわざタッパーに入ってたくらいだし。 もぐもぐ﹄ 香﹁そっか。 イカリングについて訊きたかったんだ。 ありがとう、じゃあね﹂ 佳﹃おう、気を付けてな。 もぐもぐ﹄ 香﹁みっきー、イカリング食べ過ぎww﹂ 香は通話を終了して、イカリングの入ったタッパーを開けた。 1161 隊﹁どうするの?﹂ 香﹁みっきー、イカリング食べてたよ﹂ 隊﹁えww﹂ 香﹁私達も食べようか﹂ 隊﹁そうだね﹂ ・発見 ︱七村の場合︱ 黒﹁きしゃぁぁ﹂ 七﹁きゃっ!﹂ 隠れていたので逃げ場がない。 普通に捕まる。 ︱香・隊長の場合︱ 黒﹁きしゃぁぁ﹂ 1162 香﹁うわ、きたぁ!﹂ 隊﹁逃げなきゃ!﹂ 香﹁はぁ、はぁ、無理⋮⋮﹂ 隊﹁香ちゃん、もっと早く!﹂ 香﹁はぁ、はぁ⋮⋮﹂ 頑張って逃げる。 ︱佳亜・龍の場合︱ 佳﹁暇だな、もぐもぐ﹂ 龍﹁暇ですね、もぐもぐ﹂ そもそも見つからない。 ・ミッション2 ﹃はい、捕まった人が何人かいたのでミッション発動。 イカリング食べた人は10個につき1人助けられるよ﹄ 1163 佳﹁作者、俺と龍めちゃくちゃ食べてんだけど﹂ ﹃マジ? ちょっと待って﹄ 龍﹁ていうか食べるので正解だったんですね⋮⋮﹂ ﹃佳亜ちゃん食いすぎ。 32個食ってるよ﹄ 佳﹁マジか。 どうりで胃もたれると思ったら﹂ 龍﹁イカリングの数だけ黒タイツ増えるんじゃなかったですか? 先輩が食べただけでも30個以上って⋮⋮放置してたらヤバくない ですか﹂ 佳﹁10個で1人助けられるんだよな? 誰が捕まってる?﹂ ﹃えーっと⋮⋮七村ちゃん、香ちゃん、隊長ちゃんだね﹄ 佳﹁じゃ、全員助ける。 なにこれミッションの意味ある?﹂ ﹃だってまさか佳亜ちゃんがそんなに食ってると思わなかったから。 あ、ちなみにゲーム終了まであと15分ね﹄ 1164 ﹃10秒前! ⋮⋮5、4、3、2、1、0! 終ー了ー、お疲れさま!﹄ 佳﹁なんだこれ﹂ 龍﹁あっさり終わりましたね⋮⋮﹂ ナ﹁はぁ、疲れた﹂ 佳﹁あ、家康と信長忘れてた﹂ ﹁ワンっ﹂ 隊﹁おお⋮⋮まさかずっと待てのまま? すごい、かわいい﹂ ﹃なんだかいまいち盛り上がりにかけるけど、まぁいっか。 あのさ、MVPには賞品用意してんだけど﹄ 香﹁そこはみっきーでしょ﹂ 七﹁そうね﹂ 隊﹁助けてくれたもんね﹂ 佳﹁えー、俺いらない。 ナベ、あげる﹂ 1165 ナ﹁えー﹂ ﹃はい、賞品の黒タイツ2枚﹄ ナ﹁いらね﹂ 龍﹁ほんとにいらないですね﹂ 佳﹁⋮⋮あれ、なんか忘れてない?﹂ 香﹁なにを?﹂ 隊﹁なんかある?﹂ 佳﹁うーん⋮⋮ま、いっか﹂ ﹃それじゃ、お疲れさま! 1人1本ジュースあげるよ﹄ ナ﹁黒タイツよりよっぽどいいな﹂ 七﹁ほんとにいらないわね﹂ ・忘れていること 1166 瀬﹁⋮⋮まだかなぁ。 ゲーム長すぎない?﹂ 空気瀬田、安定の存在感。 1167 ︻200話記念︼逃走ゲーム︵後書き︶ ﹁お疲れ、作者﹂ お疲れ、佳亜ちゃん。 ﹁今日は200話記念でしょ? 挨拶させてもらいにきたんだけど﹂ 佳亜ちゃん、いい子⋮⋮! それじゃさっそくお願い。 ﹁ん。 えっと、ついに200話をむかえることができました。 これも読者のみなさまのおかげです。 本当にありがとうございます﹂ 本当に、本当にありがとうございます! 今後も頑張っていくので、よろしくお願いいたします! ﹁よろしくお願いします。 読者様の暇つぶしに使っていただけていると思うといとても嬉しい です。 ところで、これ300話記念の予定は?﹂ うーん⋮⋮佳亜ちゃんの卒業のほうが早いかもしんない。 今のところ微妙。 1168 ﹁んなテキトーでいいのか﹂ 400話はいかないと思うんだよね。 ﹁まぁな﹂ 300話までいったらちょっと奇跡。 いけたらいいな。 頑張ろうね、佳亜ちゃん ﹁ん。 作者もまたこれからよろしく﹂ よろしく! それでは、みなさまお体に気を付けてお過ごしください。 ここまで読んでくださってありがとうございました! ﹁ありがとうございました﹂ 1169 就活 ﹁三木﹂ ﹁なんですか、先生﹂ ﹁お前、就職希望だろ﹂ ﹁そうですよ﹂ ﹁就職する気はないのか﹂ ﹁ありますよ。 なに言ってんですか﹂ ﹁なら面接受けてこい﹂ ﹁いいとこあります? もぐもぐ﹂ ﹁求人みてみろ。 あと煎餅食うな﹂ という流れが朝の職員室であった。 んで求人をみに進路指導室にきたわけだ。 1170 まぁ、そろそろ面接くらい受けなきゃヤバいしな。 真面目に職探しするか。 やっぱ事務かな。 求人をパラパラ捲ってみる。 ﹁うーむ⋮⋮﹂ いまいちピンとこないな。 ﹁どうだ、三木﹂ ﹁ああ、先生﹂ 担任が進路指導室にやってきた。 ﹁なんか微妙なんですよね﹂ ﹁こことかどうだ? 日曜祝日は休み、給料17∼20万、賞与年2回の3ヵ月分﹂ 1171 ﹁高校求人にしては給料高くないですか? 曰く付きだったら嫌ですよ﹂ ﹁さぁな﹂ うーん⋮⋮どうするかな。 でもまぁ、試しに受けてみるのもいいよな。 面接の経験積んどけば、次に活かせるし。 よし。 ﹁受けます﹂ ﹁そうか。 頑張れ﹂ とりあえずね。 とりあえずここの面接受けよう。 今のうちに面接がどんなもんか体験しといたほうがいい。 1172 受かればラッキーだけどな。 曰く付きじゃなければ。 ついでだ。 履歴書の書き方も教えてもらおう。 1173 下調べ ﹁三木、例の会社に連絡取ったぞ﹂ 朝の教室。 担任が話し掛けてきた。 ﹁あー、どうでした?﹂ ﹁書類を送ってくれるそうだ﹂ ﹁先生宛?﹂ ﹁ああ。 面接の日程とかもその書類に書いてるらしいから、届いたら伝える﹂ ﹁どうも﹂ それなら準備しとかなきゃいけないかな。 写真と、履歴書。 写真は学校で履歴書用のやつ撮ったからそれもらおう。 履歴書は⋮⋮まだいいか。 1174 書類きてからにしよ。 会社については調べとこうかな。 学校からの帰り道。 バイク置き場で龍と会って少し喋る。 俺はふと思い出して、龍に訊いた。 ﹁なぁ龍さ、パソコン持ってたっけ?﹂ ﹁え? はい、持ってますよ。 デスクトップですけど﹂ ﹁ネット繋いでる?﹂ ﹁もちろんです﹂ ﹁ちょっと使わせてほしいんだけど、いい?﹂ ﹁いいですけど⋮⋮なにに使うんですか?﹂ 1175 ﹁就活でね﹂ よかった。 これで会社について調べられる。 ﹁今からウチに来ますか?﹂ ﹁いいの?﹂ ﹁はい、遠慮せずにどうぞ﹂ ﹁ん、じゃあお邪魔する﹂ 早めに調べといて損はないよな。 ﹁先輩、どこの面接受けるんですか?﹂ ﹁○×食品。 そこの事務﹂ ﹁あんまり聞いたことない会社ですね⋮⋮大丈夫なんですか?﹂ 1176 ﹁ん⋮⋮まぁ、それも含めて調べてみなきゃな﹂ 喋りながら歩いてると、龍の家が見えてきた。 俺のバイクは龍が押してくれてる。 龍の家の車庫の隅にバイクを置かせてくれた。 ﹁さ、どうぞ﹂ ﹁お邪魔します﹂ 1177 待機 ﹁先輩、緑茶でよかったですよね。 どうですか、進んでます? ﹂ ﹁んー⋮⋮﹂ 龍の家に上がって、龍はキッチンへ。 俺は先に龍の部屋に行ってパソコンをいじっているように言われ、 パソコンを起動させてネットに繋いだ。 ﹁なんか、よくわかんなくて﹂ ﹁調べもの得意な先輩がよくわからないって⋮⋮どうしたんですか ?﹂ ﹁会社名がありふれてるせいかな。 検索しても余計なのが色々出てくる﹂ ﹁ああ、なるほど⋮⋮﹂ ﹁しかも求人情報ないし⋮⋮大丈夫かな、ここ﹂ 1178 なんか先行き不安⋮⋮。 ﹁でもこれじゃ情報集められないですよね。 どうするんですか?﹂ ﹁まぁ、もともと情報集めしたかったのは面接とかの志望動機を言 う材料にするためだったし⋮⋮しょうがないから志望動機はテキト ーにそれっぽいこと言っとくよ﹂ きっとなんとかなるさ。 ﹁情報を集められないならしょうがない。 とりあえず、相手からの書類を待つよ﹂ ﹁先輩、僕にできることがあったらなんでも言ってくださいね。 力になります﹂ ﹁ありがと﹂ 悪いね。 いろいろと助かるよ。 1179 ﹁履歴書は? 面接練習はしないんですか?﹂ ﹁履歴書はまだいいや。 面接練習も﹂ ﹁そうですか。 面接練習ならいつでも相手になりますからね﹂ ﹁ん、助かる﹂ ありがたいね。 まだ待機だけど、がんばろう。 1180 書類 あれから3日経った。 今日は土曜日。 本当に書類くるの? 微妙に不安なんだが。 ︱︱プルルルッ ん、電話か。 ﹁はい、もしもし﹂ ﹃おぅ、三木か﹄ ﹁ああ、先生ですか﹂ ﹃良い報せと悪い報せがある。 どっちから聞きたい?﹄ ﹁えー⋮⋮希望としては悪い報せから聞きたいけど、ここは空気を 1181 読んで良い報せから﹂ ﹃お前が空気読める奴でよかったよ。 まず良い報せだが、例の会社から書類が届いた。 日取りも決まったぞ﹄ ﹁そうですか。 それは何日後?﹂ ﹃ああ、それが悪い報せだ。 面接は月曜日だ﹄ ﹁⋮⋮再来週の?﹂ ﹃いや、来週﹄ ﹁2日後じゃないすか﹂ ええー⋮⋮。 ありえない。 ﹁ていうかかおかしいでしょ。 2日後なんて急すぎでしょ﹂ ﹃ああ、なんかな、書類届いてたんだが埋もれちゃってたらしいぞ﹄ ﹁えー⋮﹂ 1182 なにそれひどい。 まだ履歴書も書いてないのに。 まぁ、事前に準備してなかった俺も悪いが。 ﹃とりあえず、がんばれ﹄ ﹁んな無茶な⋮⋮。 面接練習もできないじゃないですか﹂ まったくもう⋮⋮。 なんとかするしかないか。 ﹃ええっ、じゃあ次の月曜日に面接なんですか!?﹄ ﹁うん。 びっくりだよな﹂ なんとなく誰かに話したくて、龍に電話した。 1183 ﹃あ、先輩。 ウチに履歴書ありますよ。 よかったらこれ使いませんか?﹄ ﹁いいの?﹂ ﹃はい。 持ってきましょうか?﹄ ﹁ありがと、助かる。 いいよ、こっちから取りに行く﹂ ﹃大丈夫ですか? もう夕方ですよ﹄ ﹁書き方がわかんないとこあるからさ、ちょっとネット使わせてほ しいんだ。 手早く済ませるから貸してくれない?﹂ ﹃じゃあよかったら夕飯食べていきませんか?﹄ ﹁いいの?﹂ ﹃もちろんです。 帰りは送っていきますし﹄ ﹁ん⋮⋮迷惑じゃなければ、お世話になります﹂ 何から何まですまんね。 1184 1185 履歴書 ﹁どうぞ、先輩﹂ ﹁お邪魔します﹂ 龍の家に来た。 履歴書をもらって、書き方がわかんないときはネットでそれを調べ るためだ。 いや、龍に会うという目的が無いわけじゃないけど。 ﹁どうぞ。 履歴書とペンです﹂ ﹁ありがと﹂ 龍の部屋に入って、小さめのテーブルを出してもらった。 ここで履歴書を書くつもり。 ﹁んー⋮⋮﹂ 1186 名前、生年月日、住所をさっさと記入。 あと俺が取得した資格。 主催の正式名称と資格、あと取得日を記入する。 これはさっき調べてきた。 と、ここで俺の正面に座って眺めている龍に気が付いたら。 ﹁別に見てなくてもいいよ? つまんないでしょ﹂ ﹁いえ、いつまでみても飽きないです﹂ ﹁⋮⋮﹂ ねぇ、これ会話できてる? できてない気がする。 ﹁先輩、かなり資格持ってますね⋮⋮﹂ 龍は視線を下げて俺の手元にある履歴書をみた。 ﹁3年のあいだに検定受けてれば自然と数も増えるよ﹂ 1187 ﹁だって数だけじゃなくて質もいいじゃないですか。 1級2級は当たり前、段も然り⋮⋮って感じですね﹂ ﹁いや、そんなつもりは⋮⋮﹂ やめろよ、真面目な人に失礼だろ。 とかなんとかやってるあいだに履歴書を書き終わった。 わかんないところはネットの力に頼りつつ。 ﹁ありがと。 無事書き終わったよ﹂ ﹁よかったです。 明後日はもう面接ですよね?﹂ ﹁うん。 やれるだけやってみるよ﹂ 頑張る。 1188 すると、部屋のドアが軽くノックされた。 ﹁ご飯できたわよー﹂ ﹁はーい﹂ ﹁いま行く﹂ 龍のお母さんだ。 返事をして立ち上がった。 ご飯、ご飯。 1189 知識 いよいよ明日は面接。 本当は面接会場までの道を下見したほうがいいらしいけど、それは 時間に余裕がある人がやることだから。 とりあえず、今日は図書館に。 図書館で読書とは余裕だなこの野郎、と思わないでいただきたい。 ただの読書じゃなくて、面接に関する本をうっすら暗記しに行くん だ。 まぁまぁ広い街の図書館。 探せば面接についての本もあるだろ。 なんでわざわざこんなことをするのか。 そりゃあね、普段なら絶対しないよ。 めんどくさいし。 でも俺は面接の日取りが急すぎて練習もろくにできない。 1190 1人でブツブツ喋って練習なんて器用なまねは俺にはできない。 てゆーか独り言寂しすぎる。 龍が練習に付き合おうかとも言ってくれたけどね、なんか恥ずかし い。 まったくもう。 学校がちゃんと書類管理してくれてればこんなことにはならなかっ たのに。 えーっと、面接の本は⋮⋮。 場所わかんね。 まぁ、最初から目で探すつもりはない。 ちゃんと検索用のパソコンがあるんだから、それを使うよ。 キーワード、就職面接、っと。 面接に関する本がずらり。 同じジャンルのやつはね、だいたい同じような場所にあるんだよ。 1191 テキトーに表示された面接の本を1つ画面に出して詳細をみる。 棚の場所を確認して、パソコンをトップページに戻す。 んで、確認した棚へ。 いくつも並ぶ本棚。 その中には多種多様な本がぎっしりと詰まっている。 どれどれ、面接の本はこのへんかな⋮⋮? ああ、あったわ。 背表紙が就職面接のものを一つ一つ手に取って、開いてみる。 よさそうなのを3冊くらい持ち出して、読書コーナーの椅子に腰掛 けた。 簡単に読み込んで、使えそうなのはちょっと文に手を加えてメモ。 ふむふむ、こんな質問されたら一瞬黙るかもな。 メモっとこ。 1192 まだ昼の3時。 図書館が閉まるのは夕方6時だから、時間はたっぷりある。 6時になるギリギリまで3冊をじっくり読んだ。 面接での質問に対する答えとか詳しく書いてあったけど、それをそ のまま覚えちゃダメだ。 なんとなく頭に残して、自分の言葉にしなきゃね。 頭の中はなんとなく充実した感じ。 さて、これが役に立つかはわからんが知識としては身に付いたかな。 1193 面接 ﹁よし、着いた﹂ はい、ここ面接会場ね。 ていうか会社か。 5階建てかな? 面接は8時から。 今の時間、7時40分。 ばっちりじゃないすか。 入っていいかな? いいよね? ﹁おはようございます﹂ ﹃おはようございます﹄ 受け付けの2人の女性が挨拶を返してくれた。 1194 ﹁本日、面接を受けに参りました。 三木佳亜と申します﹂ ﹁はい。 こちらへどうぞ﹂ 受け付けの1人が立ち上がった。 案内をしてくれるらしい。 それについて行く。 ﹁こちらでお待ちください﹂ ﹁ありがとうございます﹂ 着いのは5階の客室みたいなところ。 ソファーを勧められたから座って待つことにする。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 不思議と緊張はしないな。 でもなんか変。 1195 なんだろ、この感じ。 ざわざわする? うん、なんかざわざわする。 胸騒ぎとは違う気がする。 なんだろ⋮⋮わかんないや。 ほっとくか。 ︱︱ジリリリ⋮⋮! 周りから聞こえるのは悲鳴、怒声、警報。 なんだこれ。 ⋮⋮どうしてこうなった? えっと、あんまり時間ないから手短に説明するけど。 なんか急に警報が鳴り出してね。 なんだなんだと思ってると、逃げろだの早く建物から出ろだのと怒 声が聞こえてきてね。 1196 したら社内放送で火災発生、至急脱出せよとか聞こえてきてね。 ぽかん。 は? みたいな。 火災発生というわりにはまだ煙も上がってないし、それにしては周 りが慌てすぎだし⋮⋮え、本当に? マジで? 避難訓練とかじゃないの? まぁ⋮⋮いいや。 とりあえず逃げようか。 ﹁うわぁぁぁん! わぁぁぁん!﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ なにごと? 1197 子供? 泣き声のほうをみると、小さな男の子が廊下の隅にぽつん。 母親いないのか? ﹁えっと、よしよし。 お母さんは?﹂ ﹁わぁぁん! わ゛、がん、なぁぁい! うわぁぁぁん!﹂ わかんないか。 そりゃそうだな。 ﹁とりあえず、ここは危ないから一緒に行こうね。 よしよし、大丈夫だから﹂ ギリギリ抱えられるな。 よし、行くぞ。 1198 エレベーターは使わない。 パッと見でも満員だ。 俺だけならまだいいけど子供は圧迫されたら耐えられない。 しかも時間が掛かる。 階段から行こう。 ﹁しっかりつかまってね﹂ ﹁うん⋮⋮ぐすっ﹂ 男の子を抱え直して、階段を駆け下りる。 高所恐怖症だよ、バカ野郎。 階段下りるのも怖ぇよ、この野郎。 でも今は頑張って走るよ、ちくしょう。 やれやれ、まさか就職面接でこんな大変な思いをすることになると は⋮⋮。 1199 人命には変えられないけど。 ⋮⋮ん? ⋮⋮ちょっと、待って。 ﹁うあ゛ー! ああ゛ー!﹂ マジか⋮⋮子供パート2出現、だと? さっきの子よりさらに小さいな⋮⋮1歳くらいか。 この男の子は多分4歳かな。 ていうか、どうしよう? 俺、この男の子だけで精一杯なんだけど。 もちろん見捨てられない。 でもどうしよ⋮⋮。 1200 大人を頼れって? そりゃ頼りたいよ。 頼れるものなら。 でもなぜかみんなパニックなんだよ⋮⋮。 なにこれ? なんなんだ? 火災なの? 本当に? なんて疑っても現実逃避みたいなもんだよな。 とにかく逃げようか。 1201 面接 2 ﹁えーと⋮⋮﹂ こういうとこってさ、なんか緊急脱出用のはしごがあるよね。 今は3階。 階段近くの窓から身を乗り出すと、隣の部屋から下の階まではしご が降りてる。 やむを得ない、これを使うしかないな。 すげぇ嫌だけど。 隣の部屋に移動してベランダに出る。 ﹁えっと、まずチビちゃんからね﹂ ﹁うう゛⋮⋮﹂ ﹁はい、泣かない泣かない﹂ 窓のとこにあったカーテンを引きちぎって、身体に巻き付ける。 んでチビちゃんも一緒に巻き付けて背中に固定。 1202 これで降りる。 ﹁あー、怖い。 マジ怖い﹂ そうは見えないとか言わないでほしい。 我慢してるんだ。 ﹁あー、暴れないで⋮⋮﹂ 怖い、ホント怖い。 震えそうになるのを抑えてはしごを降りる。 ゆっくり降りていって、1つ下の2階のベランダに足を付けた。 はぁ、怖かった⋮⋮。 でもまだだ。 まだ男の子もいる。 ﹁しっかりつかまっててね﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 1203 さっきのチビちゃんと同じように、男の子をカーテンで背中に巻き 付けた。 ﹁あ゛あぁー!﹂ あー、チビちゃんすごい泣いてる⋮⋮。 いっそ俺も泣きたい。 ﹁よしよし、もう1階降りなきゃいけないからな。 泣かない泣かない﹂ なんとか男の子をつれて2階に降りた。 チビちゃんを宥めつつ、カーテンで背中に固定して下に降りた。 ﹁お疲れさまでございます。 本当の面接は終了いたしました﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ 男の子とチビちゃんをつれて会社の入り口付近に行くと、最初に案 内してくれた女性が。 1204 ﹁残念ですが、今回はご縁がなかったということで⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮あ、はい﹂ なんだこれ。 1205 面接 3 ﹃え⋮⋮それで結果的には落ちたんですか?﹄ ﹁うん。 意味わかんないよね﹂ 今ね、龍に電話して愚痴ってるとこ。 ﹃つまり、そのニセ火災が面接だったと⋮⋮意味わかんないですね﹄ ﹁ね﹂ まったくもう。 階段駆け下りたり、はしご降りたり、怖い思いしたのに。 ﹃でもちゃんと逃げたんですよね? しかも子供2人連れて。 それでもダメだったんですか?﹄ ﹁んー、なんかさっさと逃げなきゃいけなかったらしいよ﹂ んなこと言われてもね。 1206 子供無視してさっさと逃げられねぇわ。 俺だって人の子だし。 ﹃先輩ならもっといい職場に廻り合いますよ、きっと﹄ ﹁ん、そう思っとくよ﹂ 次の日、学校、職員室にて。 ﹁おい、三木﹂ ﹁なんですか先生﹂ ﹁お前に電話がきてるぞ﹂ ﹁は?﹂ ﹁とりあえず出てみろ﹂ 誰だよ。 1207 ﹁⋮⋮お電話代わりました。 三木と申しますが﹂ ﹃こんにちは。 お忙しいところ、突然すみません。 私、昨日○○会社に来社していた者ですが⋮⋮﹄ ああ、あの会社か。 で、その人がなんで俺に電話を? ﹃貴女が助けてくださった子供⋮⋮あの子はウチの子だったんです。 男の子です﹄ ﹁いえ、助けたというほどのことはしてませんが⋮⋮﹂ あの男の子か。 偶然あの場に居合わせたんだな。 気の毒に。 ﹃それからあの赤ちゃん﹄ チビちゃんのことね。 ﹃あの子の母親も、貴女に会いたがっていました。 1208 ぜひ直接会ってお礼をしたいと﹄ ﹁いやいや、本当にそんな大したことしてませんので⋮⋮﹂ 本当に、マジで。 たまたまそこに居たのが俺だっただけだから。 ﹃私も本当に感謝しているんです。 火災はなかったものの、子供を見捨てず助けてくれたことに感動し てしまって⋮⋮。 子供は事情を知りませんから、本気で怖かったでしょうし﹄ そこまで言われると恥ずかしいんだけど⋮⋮。 しかもなんて返事したらいいかわからん。 ﹁あの⋮⋮こうしてお電話をくださっただけでも充分ですので、お 気になさらないでください。 わざわざありがとうございます。 できれば、あの赤ちゃんのお母さんにもそうお伝えてしていただき たいんですが﹂ 直接会うなんて無理。 1209 居たたまれない。 人見知りだし。 ﹃そうですか⋮⋮わかりました。 伝えておきます。 本当にありがとうございました﹄ ﹁はい、こちらこそ﹂ 電話を切って受話器を置いた。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ ﹁なんだ。 人命救助で表彰式か?﹂ ﹁冗談やめてください﹂ 勘弁してくれ。 1210 バームクーヘン ﹁三木﹂ ﹁なんですか先生﹂ 最近こんな始まりが多いよね。 ﹁お前に荷物が届いてる﹂ ﹁荷物?﹂ ﹁これだ。 開けてみろ﹂ 渡されたのは高さは低いけど、横に広い大きな箱みたいなやつ。 包装されてる。 ﹁誰からですか、こんな大きな荷物﹂ ﹁誰だと思う?﹂ ﹁⋮⋮まさか、昨日の?﹂ 1211 ﹁そうだ。 母親2人からお礼らしいぞ。 せめてこれくらいは、とか言って﹂ マジか⋮⋮。 お礼の電話いれとかなきゃな。 丁寧に包装を剥がして、箱を開けてみた。 中身は⋮⋮。 ﹁うわー、立派な⋮⋮﹂ 手の平サイズより少し大きいくらいのバームクーヘンがたくさん入 ってました。 その中から6個だけ抜き取った。 ﹁あとは先生達でどうぞ。 お茶菓子にしてください﹂ ﹁いいのか?﹂ ﹁こんなにたくさん食べきれませんし、持って帰れませんからね﹂ 1212 ﹁そうか。 ならありがたくいただいておく﹂ ﹁はい。 それじゃ、失礼しました﹂ 俺は職員室を出た。 ﹁それで、僕達にくれる分だけ持ってきてくれたんですか﹂ ﹁うん﹂ 職員室を出て、その足で龍のところに。 バームクーヘン6個は、俺、香、隊長、瀬田、ナベ、龍の6人でそ れぞれ1個ずつ食べる。 ﹁ありがとうございます。 美味しいです﹂ ﹁美味しいよね﹂ 1213 持って帰るのもなんかあれだったから、2人して体育館裏でバーム クーヘン食ってんだよ。 ﹁面接には受からなかったみたいですけど、先輩のやったことに感 動しました﹂ ﹁え?﹂ ﹁子供2人も助けながら逃げるなんて、誰にでも出来ることじゃな いです。 すごいことです﹂ ﹁そんなことないけど⋮⋮。 まぁ、俺にしては頑張ったかな?﹂ 超怖かったけどな。 高いとこ怖い。 まぁね、誰かの役に立ったとは思えないけど⋮⋮感謝されるのは嬉 しいね。 ちょっと恥ずかしいけど。 1214 冬休み ﹃えー、生徒諸君には我が校の生徒として、えー、自覚を持って、 えー、冬休みを過ごしてもらいたいと思い、えー﹄ 残念ながら校長の話しを聞いているのはごく一部。 俺? もちろん聞いてない。 ﹁いまね、﹃えー﹄っての42回目﹂ ﹁そうか﹂ 香は話しを聞いてるには聞いてるが、﹃えー﹄を数えてるらしい。 なんで校長とか教頭って﹃えー﹄って言うんだろうね。 今日はね、終業式なのだよ。 明日から冬休みだ。 やったね。 1215 宿題は出てるけど、そんなに多くない。 遊ぶぞー。 ﹁みっきー、明後日はクリスマスだよ!﹂ ﹁そうだな﹂ テンション高いな、香。 その会話を聞いてた隊長が香に声を掛ける。 ﹁ダメだよ香ちゃん。 みっきーは彼氏がいるんだから﹂ ﹁あ、そっかぁ。 当然彼氏と過ごすよねー。 彼氏がいるんだから﹂ ﹁嫌味か﹂ 悪かったな、彼氏いて。 1216 クリスマス⋮⋮普通はカップルで過ごすのか。 龍はどう思ってんだろ。 ﹁でもみっきーいないのかぁ。 寂しー﹂ 今年はこの3人とクリスマスパーティーする約束だったんだ。 どうしようかな。 龍に訊いてみようかな。 ﹁いいですよ、クリスマスパーティー﹂ ﹁いいの?﹂ で、訊いてみた。 意外とあっさりオーケー出た。 1217 ﹁ただし、夜は僕のとこに戻ってきてくださいね﹂ ﹁夜からデート?﹂ ﹁クリスマスならそのほうがロマンチックですよ﹂ ﹁ふーん⋮⋮そういうものなのか﹂ ﹁そういうものなのです﹂ そっか。 勉強不足すぎだな、俺。 行き先は龍が決めてくれるだろう。 いつもそうだし。 俺そういうの決めきれない人なの。 ﹁それじゃ、明日また連絡する﹂ ﹁はい。 また明日ですね﹂ とりあえず、教室に戻ろう。 1218 まだ学校の大掃除の時間なんだよ。 ちょっとサボってた。 1219 メリクリ ﹃メリークリスマス!﹄ 思いっきりクラッカーを鳴らす。 カラオケに食べ物を持ち込みをして、ここでパーティーだ。 ﹁よかったー、みっきーも参加できて﹂ ﹁ん﹂ ﹁彼氏が許してくれたんだもんね﹂ ﹁いい彼氏だね﹂ ﹁嫌味か﹂ 飲み物を注文する。 飲み放題にしてあるから何杯か飲まなきゃもったいない。 ﹁みっきー、コーラでいいよね﹂ ﹁うん﹂ 1220 よくわかってるな。 ﹁とりあえず歌うかー!﹂ ﹁わー﹂ パチパチ。 まず香が歌うらしい。 俺は歌える歌少ないから間を置いて歌うんだ。 そしたら文句言われない。 ﹁で、みっきーは彼氏とどこまでいったの?﹂ ﹁ぶっ! げほ、げほっ﹂ 思わずふいた。 いきなりなにを言い出すんだこいつは。 1221 しばらく歌ってから休憩とソファーに腰を下ろして早々、香の言葉 だ。 ﹁それ気になってた。 どこまでいったの?﹂ ﹁おだまり﹂ 瀬田まで⋮⋮。 ﹁付き合ってからどのくらいだっけ? 2ヶ月くらい?﹂ ﹁ちゅーした?﹂ ﹁おだまり﹂ ﹁いいじゃん、教えてよー。 ちゅーした?﹂ ﹁⋮⋮ノーコメント﹂ ﹁ということは、したんだね!﹂ なぜわかる。 1222 ﹁きゃー、いいないいな﹂ ﹁うらやましー﹂ ﹁もー、うるさい﹂ 俺は耳を塞ぐ。 ﹁ちゅー何回した?﹂ ﹁だまらっしゃい﹂ あー、もー。 ホントうるさい。 1223 メリクリ 2 まぁ、パーティーっていってもその手の知識に乏しい俺達。 とくに珍しいことをするでもなく、ただケーキ食いながらカラオケ だった。 時間はあっという間に過ぎて、もう5時だ。 ﹁みっきーはこれから彼氏といちゃいちゃしに行くんだよね﹂ ﹁彼氏によろしくね﹂ ﹁だまらっしゃい﹂ しつこいな、こいつら。 まったくもう。 ﹁じゃあねー﹂ ﹁ばいばーい﹂ ﹁ん、気を付けて﹂ 1224 俺は近くのベンチまで歩く。 ここで待ってるように龍から言われてた。 迎えにきてくるんだってさ。 さすが冬だ。 まだ5時なのに、空はだいぶ暗い。 もう太陽が消える時間だ。 6時になれば完全に夜になる。 ﹁あー、寒い﹂ 20分くらい待った。 手が冷たくなってきた。 12月だもんな、けっこう冷える。 1225 龍いまどこかな。 と、思ったところで後ろから暖めるように包まれた。 ふわりと鼻に届いた匂いで、振り向かなくても誰かわかる。 ﹁遅い﹂ ﹁すみません﹂ ﹁でもいつもは俺が遅れるから許す﹂ ﹁あはは、ありがとうございます﹂ 龍はいつも待つほうだ。 たまには俺が待ってもいいだろう。 ﹁先輩、かなり冷えちゃいましたね⋮⋮どこか喫茶店に入って温か いものでも飲みましょうか?﹂ ﹁ううん、大丈夫。 珍しいな、龍が遅れるなんて﹂ ﹁バイクで来てたんですけど、途中で渋滞に引っかかっちゃいまし て⋮⋮。 動く気配がないので、バイク乗り捨てて走ってきました﹂ 1226 ﹁え、バイクどうすんの?﹂ ﹁明日にでも取りにいきますよ﹂ バカだな。 電話でもいれてくれればこっちから向かったのに。 ﹁ま、そういうとこ嫌いじゃないけど﹂ ﹁え? なにか言いました?﹂ ﹁ううん、なにも﹂ 言ってやんない。 実はね、まだプレゼントを買ってないのよ。 お互いに。 これから買い物に行って、お互いが欲しいもの買おうかってことに なってんだ。 1227 ﹁じゃあ、行きましょうか﹂ ﹁ん﹂ ﹁手、繋ぎます?﹂ ﹁やだ﹂ ﹁いいじゃないですか、今日くらい﹂ ﹁やだ﹂ 恥ずかしい。 1228 フォーユー ﹁龍はなにが欲しい?﹂ ﹁なんでもいいんですか?﹂ ﹁ん、まかせて﹂ なんでもこい。 ﹁それじゃ、洋服屋さんに行きましょう﹂ ﹁あのさ、俺の知ってるとこでいい?﹂ ﹁いいですよ﹂ で、喋りながら歩いて店に着いた。 ﹁ここですか?﹂ ﹁うん。 前から一度つれてきたかったんだよ﹂ 1229 店の扉を開けて中に入る。 ﹁はーい、いらっしゃ⋮⋮あらぁ! 佳亜ちゃんじゃない!﹂ ﹁こんばんは、店長さん﹂ 俺がお世話になってるオネェの店長さん。 前にも出てきたけど、覚えてる人いるかな? 相変わらず元気だ。 ﹁あら? もしかして⋮⋮﹂ ﹁あ、うん。 紹介するね。 俺の彼氏﹂ ﹁こ、こんばんは。 はじめまして、神谷と申します﹂ 店長さん、女装してるけど見た目はおじさんなの。 オネェだけど。 1230 それでちょっと戸惑い気味の龍。 ﹁龍、この人は俺が小さい頃からお世話になってる店長さん。 心は女性なの﹂ ﹁前に先輩から聞いたことがある服屋さんですね﹂ ﹁そう。 店長さんに龍を紹介したかったんだ﹂ 彼氏できたらつれてきなさいって言われてたし。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁店長さん?﹂ 龍を紹介してからだんまりしたままの店長さん。 どうしたんだろ。 ﹁よ⋮⋮﹂ ﹁よ?﹂ ﹁よくやったわ、佳亜ちゃん! 1231 そう⋮⋮ついに彼氏、できたのね⋮⋮。 よかったわ! 本当によかった!﹂ ﹁ぎゃー﹂ がっしりと抱きしめられる。 自分のことのように喜んでくれる店長さん。 嬉しい。 ﹁えへへ﹂ 思わず照れ笑いしてしまう。 店長さんはしばらくしてから落ち着いた。 ﹁それで、今日はこれからデート?﹂ ﹁そうなんだけど、その前にクリスマスプレゼントをね。 龍が服屋に行こうって言ったからここ来たの﹂ 1232 店長さんは龍とお互いに見合う。 ニヤリと笑った。 ﹁彼氏。 貴方は私と同じことを考えてるんじゃないかしら?﹂ ﹁奇遇ですね。 僕もそんな気がしてました﹂ 2人は部屋の隅に行くと、なにやらゴニョゴニョ話し始めた。 なんだろう。 俺は蚊帳の外な雰囲気なので聞くつもりはない。 出してもらったお茶でも啜ってよう。 はぁー、うまい。 ﹁佳亜ちゃん! のんきにお茶飲んでる場合じゃないわよ!﹂ ﹁へ?﹂ ﹁さ、こっちいらっしゃい!﹂ 1233 ﹁ええ?﹂ 全然蚊帳の外じゃなかった。 ﹁いい? これから私が出した服を着るのよ? 見立ててあげるから文句は無しよ?﹂ ﹁え⋮⋮あ、うん﹂ まぁ⋮⋮店長さんのセンスは信用してるし、それはいいんだけど。 ﹁でもね、店長さん。 俺、ここには龍のプレゼントを買いに⋮⋮﹂ ﹁ええ、わかってるわ。 まかせなさい﹂ ⋮⋮どゆこと? 1234 フォーユー 2 −side龍斗− ここの店長さん、いい人だ。 オネェなのにはびっくりしたけど、女性の心を持ってるなら安心し て先輩をまかせられる。 いま、先輩は着替え中。 楽しみだ。 ﹁彼氏、いい考えだったわね﹂ ﹁そうでしょう? 我ながら名案だと思ったんです﹂ ﹁今更だけど、お金は大丈夫なの?﹂ ﹁大丈夫です。 今日のために貯金してましたから﹂ ﹁そう。 うふふ、楽しみだわぁ﹂ しばらくして、試着室から先輩の声が聞こえた。 1235 ﹁て、店長さん⋮⋮﹂ ﹁あら、着替え終わったの? ほら、出てらっしゃい﹂ ﹁う⋮⋮でも⋮⋮﹂ ﹁ほらほら、早く!﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 店長さんは試着室から先輩を引っ張り出した。 ﹁⋮⋮!﹂ 可愛らしい小さな花の模様があしらわれた膝より上の丈のワンピー ス。 その上からはワンピースと同じくらいの長さの白いコートを羽織る。 ブーツは長めで膝くらいある。 長い髪はふわふわゆるく巻いてあって、顔は少しメイクされてる。 さっき僕が選んだネックレスも付けて。 1236 ﹁せ、先輩⋮⋮!﹂ ﹁う⋮⋮あんまり見ないで。 恥ずかしい﹂ 完璧な女性になった先輩は両手で顔を覆う。 ﹁あ、あれ⋮⋮先輩⋮⋮﹂ ﹁驚いた? この子がダボダボした服ばかり着るのはこれを隠すためよ﹂ ﹁い、言わないで⋮⋮﹂ ふと目に入った先輩の胸元。 ネックレスを付けてあるそこは、大きく開いている。 女性特有の膨らみが今までにないくらい存在感を出していた。 ﹁前におんぶしたとき、なんとなく気付いてましたけど⋮⋮先輩、 胸大きかったんですね﹂ 1237 ﹁もう! 言うな、変態!﹂ ﹁痛いっ﹂ 先輩に背中をドンと叩かれる。 叩いた手はそのまま、ソッと背中に寄り添ってきた。 ﹁変、だよね⋮⋮やっぱり。 こういうの似合わないし⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮! そんなことないです! 全然!﹂ 変? そんなわけない。 ﹁よく似合ってますよ、先輩﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 先輩はそのままポスッと僕の背中に顔を埋めた。 1238 なんだこれ、可愛すぎる。 いつも可愛いけど。 ﹁それじゃ、店長さん。 お代を﹂ ﹁そうね、特別に割引してあげるわ﹂ ﹁ありがとうございます﹂ 先輩は少し戸惑ったような表情をして、僕の袖を軽く引っ張った。 ﹁なんですか?﹂ ﹁あの⋮⋮ここには俺から龍へのプレゼントを選ぶために来たんだ けど﹂ ﹁はい。 プレゼントはもう貰いました﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 1239 意味がわからない。 そう言いたそうだ。 ﹁可愛い先輩が可愛い服着て、今日デートしてくれるんでしょう?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え、まさか今日はこの格好で⋮⋮?﹂ ﹁はい。 充分すぎるプレゼントです﹂ 先輩は顔を赤くする。 ﹁いや、でも⋮⋮﹂ ﹁先輩、いつかは女物の服着なきゃって言ってたじゃないですか。 これは僕からのプレゼントです。 受け取ってください﹂ ﹁⋮⋮﹂ 赤い顔をしたまま俯く先輩。 やっぱり急にこんな変身は嫌だったかな。 ﹁⋮⋮こんなヒール高い靴、はいたことないから﹂ 1240 ﹁⋮⋮え?﹂ 小さな呟き。 それでも聞き取れたのは、先輩の声だったからだろうか。 ﹁だから、ちゃんとリードして﹂ ﹁⋮⋮! はい!﹂ もちろん、最初からそのつもりけど。 1241 形 ﹁頑張りなさいよ、彼氏!﹂ なにを頑張るんだろうか。 俺達は店長さんに見送られながら店を出た。 ﹁ありがと、この服﹂ ﹁いえいえ。 着てくれて嬉しいです﹂ すげぇ恥ずかしいけど。 店長さんのセンスは信用してるし、ちゃんとそれらしく見えるのか もしれない。 恥ずかしいのにはかわりないけど。 ﹁あのさ、俺からも龍にプレゼントあげたいんだけど﹂ ﹁先輩がその服着てくれただけで充分ですよ。 プレゼントはもらいました﹂ 1242 ﹁ん⋮⋮でも、ちゃんと形になったものあげたい﹂ 俺だけ物を貰うってのは、ちょっと申し訳ない気がする。 ﹁行こう。 あの店で選ぼう﹂ そのまま腕を引いて近くの雑貨屋に入った。 ﹁本当にいいんですよ?﹂ ﹁俺からのプレゼントは欲しくない⋮⋮?﹂ ﹁い、いえ! そういうわけでは!﹂ ﹁そっか。 じゃあ早く選ぼう﹂ 龍の扱いに慣れてきたかもしれない。 気が変わらないうちにプレゼント選ぼ。 ﹁どんなのにしよう⋮⋮どれがいい?﹂ 1243 ﹁先輩が選んでくれたものならなんだって嬉しいですよ﹂ ﹁その返答、一番困るんだけど。 うーん⋮⋮どうしよ﹂ ふと目に入ったのはアクセサリーコーナー。 いい感じのあるかな? ﹁んー⋮⋮あ、これ﹂ 十字架のペアのネックレス。 このデザイン好きだ。 でも恥ずかしいかな。 ﹁これ、いいですね﹂ ﹁でも男はこういうの嫌じゃない?﹂ ﹁なんでですか?﹂ ﹁恥ずかしいでしょ、ペアって﹂ 1244 ﹁そんなことないですよ﹂ 後ろから首に手を回されて、頬に軽くキスされた。 ﹁ちょ⋮⋮﹂ ﹁すみません。 我慢できませんでした﹂ ﹁我慢してください﹂ 人に見られるのはやだ。 恥ずか死ぬ。 ﹁先輩、プレゼントしてくれるならこれがいいです﹂ ﹁本当にいいの?﹂ ﹁先輩とペアならこれ以上嬉しいプレゼントはないですよ﹂ ﹁またそんな恥ずかしいこと言う⋮⋮﹂ 1245 で、買いましたよ。 ペアのネックレス。 さっき店長さんの店で龍が選んでくれたネックレスはどうしようか と思ったけど、重ねて付けてもいいよね。 ﹁先輩、可愛いです。 キスしていいですか﹂ ﹁ありがとう。 ちょっと黙って﹂ 頼むから少し落ち着いて。 1246 イルミネーション ﹁とりあえず、ここはベタにイルミネーションでも見に行きましょ うか﹂ ﹁だね﹂ イルミネーションか。 写真撮りたいな。 綺麗な風景撮るの好きなんだ。 街のイルミネーションはたいしたことない。 そこを通り抜けて、公園に来た。 いつもの公園とは違う。 いつもの公園は子供が遊びに来る公園だ。 ここは、大人やカップルが多く集まるタイプの公園。 ﹁おお⋮⋮﹂ 1247 公園は全体が飾り付けされてた。 サンタとかトナカイとかクリスマスらしい飾りをライトで形作って たり、木にも全て電飾が。 ライトはあんまり明るすぎず、ふんわり優しい色合い。 ﹁はじめて来た。 すげー⋮⋮﹂ ﹁綺麗ですね⋮⋮﹂ すごく綺麗だ。 写真撮っていいかな。 いいよね。 携帯を取り出して、画質を調整。 ボタンを押すと、携帯カメラのシャッター音が響いた。 ん、いい感じ。 満足。 1248 そう、満足だ。 ⋮⋮けど。 ﹁龍⋮⋮あ、あのさ﹂ ﹁な、なんですか?﹂ ﹁その⋮⋮なんか⋮⋮居たたまれない、っていうか﹂ ﹁奇偶ですね。 僕もそう思ってたとこです﹂ 俺達の周りは、カップル、カップル、カップル。 あっちもカップル。 こっちもカップル。 やっぱクリスマスってだけある。 公園にはカップルしかいない。 しかもみんなチュッチュ。 なんだこれ、恥ずかしい。 1249 ﹁僕達も対抗しますか?﹂ ﹁やだ﹂ 肩を組んで顔を近付けてくる龍から逃げるようにそっぽを向く。 やだやだ。 周りがそういう雰囲気だろうと自分は嫌。 他人は他人、自分は自分。 ﹁そういえば、ナベはどうしてるかな﹂ ﹁友達とパーティーとかじゃないですか?﹂ ﹁どうだろ⋮⋮なんか家にいる気がする。 パーティーとかの話ししてなかったと思う﹂ パーティー好きのナベが珍しいな、と思ってたんだ。 ﹁ちょうど少し疲れたところですし、ナベさん家行ってみましょう か﹂ 1250 ﹁ん﹂ ﹁お土産何にします?﹂ ﹁ケーキとかお菓子とか﹂ 公園から出た俺達は商店街に向かった。 食料調達のために。 1251 分担 とりあえず買い物に行く。 ナベの家に行くために。 ﹁それじゃ、俺ケーキ買ってくるから﹂ ﹁僕はお菓子とジュースを大量に買ってくればいいんですね﹂ ん、わかってるね。 というわけで、ケーキ屋の前で別れた。 龍はダッシュでコンビニへ。 迎えにくるからケーキ買ったらここで待ってるように言われた。 龍を見送って、ケーキ屋に入る。 どれにしようかな。 1252 ﹁ねぇ、君。 1人?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂ チョコレートケーキを買って、店の外で龍を待ってたら突然男の人 に声を掛けられた。 最初ボーッとしてて誰に声掛けてんのかわかんなかった。 ﹁ちょっとイルミネーション見に行くとこなんだけどさ、一緒に行 かない?﹂ ﹁あ、えと⋮⋮さっき見てきたんで﹂ 歳は俺と同じくらいか少し上かな。 知らない人についていっちゃダメなんだぜ。 ﹁いいじゃん。 あそこのイルミネーションは何度見ても綺麗だよ﹂ ﹁それはそうだけど⋮⋮え、ちょ⋮⋮﹂ 1253 ﹁ほら、行こうよ﹂ なんて断ったらいいかを考えてると、手首を掴まれて引っ張られた。 ヤバい。 ブーツ慣れてないのに急に引っ張られたら⋮⋮。 ﹁⋮⋮っ、ぅ﹂ ﹁大丈夫ですか?﹂ 転びそうになったところを、誰かが抱き止めてくれた。 相手の胸に顔が埋まる。 ﹁あ、ありが⋮⋮え、龍?﹂ 顔を上げてみると、それは龍だった。 もう戻ってきたのか。 早いな。 1254 ﹁人の彼女に手出さないでもらえませんか。 嫌がってるなら尚更。 強引になんて最低ですよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ おおー。 拍手をおくりたい。 男の人は無言で去って行った。 ﹁ありがと。 助かったよ﹂ ﹁⋮⋮先輩、いまのがナンパだってちゃんとわかってます?﹂ ﹁え、そうなの?﹂ なんで俺に⋮⋮って、いま一応女っぽくなってるんだった。 クリスマスに1人でイルミネーション見に行くのが嫌だったのかな。 1255 あの公園、カップルばっかだし。 ﹁なんか胸騒ぎがするんで急いで買い物して戻ってきたんです。 そしたら案の定⋮⋮﹂ ﹁ん、ごめん﹂ ﹁いえ、先輩のせいじゃないですよ﹂ 心配してくれたんだよね。 結果的に助けられた。 ﹁ありがと﹂ ﹁あ⋮⋮え?﹂ 菓子やらジュースが入った袋を持ってない龍の左手に腕を絡めた。 ﹁こんなヒール高い靴、慣れてないから気抜いたら転びそう。 腕貸してね﹂ ﹁え、あ⋮⋮﹂ 1256 龍は少し顔を赤くする。 恥ずかしいかな? でもたまにはいいよね。 ﹁行こ? 寒くなってきた﹂ ﹁⋮⋮あ、はい。 そうですね、行きましょうか﹂ しっかり腕を組んで、と。 喋りながらナベの家まで歩く。 途中、2回くらい転びそうになった。 1257 ユーモア ︱︱ドンドンドンドンドンドンドンドン ﹁うるせぇ!﹂ ﹁やっほ﹂ ドアを叩き続けたらナベが開けてくれた。 ﹁なぜインターホンを押さない﹂ ﹁たまにはユーモアがあっていいでしょ? お邪魔しまーす﹂ ﹁その余計な気遣いらねぇ⋮⋮てかナチュラルに家上がるな﹂ 玄関に入って、ナベの動きがピタリと止まった。 ﹁お前⋮⋮どうしたんだよ、その格好﹂ ﹁変かな?﹂ ﹁いや、変じゃないけど⋮⋮らしくない﹂ 1258 そりゃそうだ。 俺もそう思う。 女物の服なんて小学生の低学年以来かもしれない。 ﹁てかお前、結構あるんだな。 意外だ﹂ ﹁なんの話だ﹂ ﹁む﹁言わせねぇよ﹂早ぇよ﹂ わかってるよ。 胸だろ。 ﹁悪かったな、結構あって。 これでも気にしてんだよ﹂ もう開き直っちゃったけどな。 女物の服は身体にぴったりのサイズが多いからやだ。 男物はダボダボだからラクだ。 1259 ﹁いや、そういう意味じゃねぇって。 いい意味だから﹂ ﹁それはそれで嫌なんだけど。 いいから早く部屋入れて﹂ ﹁はいはい⋮⋮っておかしくねぇか﹂ おかしくないさ。 早く入ろう。 寒い。 おなかすいた。 ﹃乾杯!﹄ かち合ったグラスが音を立てる。 ﹁じゃーん﹂ ﹁おお﹂ 1260 箱を開けるとチョコケーキが顔を出した。 美味そう。 ﹁切り分けようか。 とりあえず8等分でいいかな﹂ ﹁そうですね﹂ レッツ目分量。 心配ないさー。 ﹁はい﹂ ﹁さすが﹂ よかったうまく切れた。 ﹁チョコプレート食べていいかな﹂ ﹁いいですよ﹂ ﹁食っちまえ﹂ ﹁2人ともジュースいりますよね﹂ 1261 ﹁いるいる﹂ ﹁ちょうだい﹂ ﹁てかなんでナベ今日家にいたの?﹂ ﹁男友達とクリスマスパーティーみたいなことするつもりだったん だけど、そのうち3人が風邪ひいたから別の日になった﹂ ﹁逆にすごいですね、その確率﹂ しばらく飲み食いしながら喋った。 1262 ときめき ﹁お前ら、今日泊まってくか?﹂ ﹁いいの?﹂ ﹁いいぞ﹂ わーい。 泊まっていこう。 ﹁着替え貸して。 こんな服じゃ寝られない﹂ ﹁ああ。 風呂入ってこいよ﹂ ﹁え、一番風呂じゃん。 いいの?﹂ ﹁まぁ、そこはレディーファーストで﹂ ﹁マジか。 ありがと﹂ 1263 やるじゃん、ナベ。 お言葉に甘えて一番風呂いただいちゃおう。 ﹁どうしたんですか、急にレディーファーストだなんて﹂ ﹁ん、まぁ、ちょっと﹂ ﹁まさか先輩に惚れちゃいました? あんな可愛い格好してますしね。 なんちゃって⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ちょっと、まさか本当に?﹂ ﹁ち、違っ⋮⋮! ⋮⋮ただ、少しだけドキドキしただけだ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁いや、お前には悪いと思ってるけど⋮⋮でも不可抗力だろ、あん なの!﹂ ﹁⋮⋮まぁ、そうですね。 それは認めます﹂ 1264 ﹁⋮⋮理解してくれて嬉しいよ﹂ ﹁⋮⋮でも先輩をそういう目で見ないでくださいね﹂ ﹁⋮⋮肝に銘じておくよ﹂ んー、気持ちいい。 暖まるー。 ﹁あ、そうだ⋮⋮﹂ 忘れてた。 化粧落とさなきゃいけないんだ。 どうしよ。 ﹁⋮⋮ナベー。 ナベー﹂ ﹁え⋮⋮ああ、どうした?﹂ 脱衣場のドア越しにナベを呼ぶ。 1265 ﹁あのさ、ナベの家に化粧落とし無い?﹂ ﹁化粧落とし?﹂ ﹁うん。 どんなのかわかる?﹂ ﹁わかんねぇ﹂ ﹁だよね⋮⋮﹂ どうしよう。 ﹁ちょっと待ってろ。 一応探してみる。 神谷、お前も手伝え﹂ ﹁はい。 先輩、待っててくださいね﹂ ﹁ん、悪い。 頼むよ﹂ あー、寒い。 お湯に浸かって待っとこう。 1266 んで、しばらく経った。 ﹁三木、あったぞ!﹂ ﹁マジか﹂ ﹁母親の鏡台探したらそれらしいの見つけた。 ⋮⋮どうだ?﹂ ﹁⋮⋮ん、これだ。 助かったよ、ありがと﹂ 脱衣場のドアを少し開けて小さな瓶を渡された。 確認すると、ちゃんと化粧落としだ。 よかった。 ていうか、なんで化粧って落とさなきゃいけないんだろ。 落とさなかったらなんか問題あるのかな。 1267 ﹁ふー⋮⋮﹂ 無事化粧も落とせた。 暖かいお湯に浸かってほっかほかだ。 ﹁次、神谷入ってこいよ﹂ ﹁それじゃ、お先に失礼します﹂ ナベは最後なのか。 まぁ、龍は気が利くから風呂のお湯暖めてから出てくるんじゃない かな。 1268 酔っ払い −side龍斗− ﹁⋮⋮せ、先輩?﹂ ﹁んー⋮⋮? あ、りゅうー﹂ 先輩はゆっくりと立ち上がって僕に抱きついた。 え⋮⋮なに、どゆこと? ﹁ちょ、ナベさん。 先輩はどうしたんですか﹂ ﹁いや、その⋮⋮﹂ 先輩は僕の肩に頭を擦り付けてくる。 これはまさか、甘えてる⋮⋮? ﹁実はな、そいつ風呂上がりで喉渇いてたらしくて。 冷蔵庫にあったジュース飲ませたんだ。 で、そのジュースってのが⋮⋮﹂ 1269 ﹁⋮⋮﹂ ナベさんから缶を渡された。 表示を見ると、アルコール3パーセント。 ﹁ちょっと、これチューハイじゃないですか! しかも空っぽ!﹂ ﹁悪かった、本当に悪かった! まさかジュースに紛れて酒まであるとは思わなかったんだ!﹂ ﹁んー⋮⋮うるさぁい﹂ 先輩は少し顔が赤い。 口調もどこかたどたどしい。 完全に酔ってる。 うわ⋮⋮先輩、意外とお酒弱いんだ。 どうしよう、可愛い。 って、それどころじゃなくて。 ﹁⋮⋮ナベさん、ベッド使っていいですか。 1270 先輩寝かせてきます﹂ ﹁ああ、使ってくれ﹂ 先輩は抱きついたままなので、そのまま僕の首に手を回してもらう。 左腕で先輩の両足を抱えて、横抱きではなく正面から抱いて持ち上 げる。 ﹁行きますよ、先輩。 しっかり捕まってくださいね﹂ ﹁んー⋮⋮﹂ ヤバい、可愛い。 キスくらいしてもいいかな。 落ち着け、僕。 とにかく先輩を寝かせよう。 廊下を歩いてナベさんの部屋の前にくる。 ドアを開けて中に入って、しっかりと閉めた。 1271 この抱き方だと片手が使えていいな。 横抱きと手が塞がるからこうはいかない。 ﹁先輩、ベッドですよ﹂ 一声掛けてからゆっくりベッドに降ろす。 ﹁おやすみなさい、先輩﹂ ﹁龍は⋮⋮?﹂ ﹁え、僕ですか?﹂ ベッドに降ろしたものの、先輩は僕の首に回した腕を外してくれな い。 ﹁龍は、寝ないの?﹂ ﹁はい。 僕はまだ⋮⋮﹂ 1272 ﹁一緒に、寝よ?﹂ ﹁⋮⋮!?﹂ え、ちょ⋮⋮ちょっと待って。 もしかして先輩って酔うと甘えたがりになるの!? ﹁龍⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 先輩は赤い顔で少し上目遣い気味に僕を見上げる。 僕の心臓がドクンドクンとうるさく音を立てる。 ⋮⋮待て。 ヤバくないか、これ。 ﹁せ、先輩。 僕まだ片付けとかあって⋮⋮﹂ ﹁忙しい?﹂ ﹁⋮⋮はい。 1273 ちょっと忙しいです﹂ 早く離してもらわないと先輩に何するかわからない。 ﹁そっかぁ⋮⋮﹂ 先輩はやっと僕の首から腕を外してくれた。 はぁ、ホッとした。 ﹁おつかれさま。 いつもありがと﹂ ホッとしたのもつかの間。 ふんわりと笑った先輩は僕の顔に手を伸ばしてペチッと触れた。 ﹁⋮⋮っ﹂ ﹁んっ﹂ 横になってる先輩に被さって思わず唇を奪った。 なんだ今の。 1274 可愛すぎる。 ﹁ん、ぅ⋮⋮りゅ、う﹂ 先輩は身を捩る。 口を塞いでるから呼吸が上手くできなくて苦しいらしい。 ﹁ん、ん⋮⋮っ﹂ そろそろ限界だろう。 僕の腕をギュッと握ってそれを伝えてくる。 唇を離した。 ﹁はぁはぁ⋮⋮もう、苦しいよ⋮⋮﹂ ﹁すみません﹂ 申し訳ない気持ちがあるのに笑ってしまう。 いつもならそれを指摘してくる先輩。 酔ってる今はそれもしない。 1275 ﹁⋮⋮先輩?﹂ いつの間にか、先輩は眠ってた。 呼吸が整って、そのまま睡眠のリズムに乗ったらしい。 先輩が今着てるナベさんから借りた服は、前ボタンを留めるシャツ。 下は普通のズボン。 上2つのボタンを開けた胸元は、横になると谷間を少し覗かせる。 つい魔がさして、胸元にキスしてしまった。 先輩は少しくすぐったそうに顔を歪めるだけ。 なぜかイタズラが止まらなくて首筋にキスを落とした。 ﹁ん⋮⋮﹂ 先輩の口から声が漏れて、僕はパッと離れた。 1276 ダメだ、こんなの。 さっきはついキスしてしまったけど、先輩は酔ってるんだから。 ﹁遅かったな。 お楽しみ中だったか?﹂ ﹁⋮⋮ある意味﹂ ﹁マジか﹂ あ、そうだ。 忘れてたけど、先輩は僕が風呂に入ってる間に酔っ払ったんだった。 ﹁ナベさん。 僕がいないあいだに先輩になにもしなかったでしょうね?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ナベさん?﹂ ﹁⋮⋮いや、もちろん俺はなにもしなかったけど⋮⋮あいつが抱き 1277 ついてきて⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ナベさん、その話しもっと詳しく﹂ ﹁は、はい﹂ ていうかそもそも、ちゃんと確認せずに酒を飲ませたナベさんに責 任がある。 1278 二日酔い ﹁ん⋮⋮う、あたま痛っ⋮⋮﹂ 目が覚めて見知らぬ天井を見上げたのもつかの間、すぐに酷い頭痛 に襲われた。 なんだこれ。 ﹁⋮⋮﹂ 周りを見渡す。 ここは⋮⋮ナベの部屋か。 はぁ、眼球動かすだけでも痛い。 しかもちょっと気持ち悪い。 ホントになんだこれ。 ていうか、昨日のこと全然覚えてないんだけど。 ナベ達はリビングかな。 1279 このまま寝てたいけど、ちょっと起き上がろう。 ﹁⋮⋮っ﹂ こんなに酷い頭痛は初めてじゃないかな。 心臓の音ですら脳を揺らしてるみたいで痛い。 俺は頭にあんまり刺激を与えないようにしながら、ゆっくり歩いた。 リビングの扉を開く。 テレビは付けっぱなし、ペットボトルのジュースは出しっぱなし、 食べかけの菓子の袋は開けっぱなし。 しかも2人は布団じゃなくてテーブルに伏せて寝てる。 まったくもう⋮⋮これだから男は。 まぁ、ナベは俺にベッド貸してくれたし、龍は俺の世話を色々やっ てくれたんだろう。 ていうか昨日、俺になにがあったんだ。 なんかしたっけ⋮⋮? 1280 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 頭痛でダルくてふらつく身体に活を入れて、軽く部屋を掃除する。 テーブル周りも片付けた。 あとは、2人の背中に毛布を掛けて。 それを終え、勝手ではあるが冷蔵庫を開けた。 卵と野菜があった。 ちゃちゃっと卵焼きを作って、サラダを添える。 ウインナーも炒めてそれぞれ3本ずつ卵焼きとサラダが乗った皿に 盛り付けた。 皿にはラップを掛けて、と。 トースターを出して、その横に食パンの袋とジャムの瓶を置いてお く。 1281 これで朝ごはんはできた。 あとは自分でやってくれるだろう。 一応、自分の分も作ったけど⋮⋮まだ食べられそうにない。 気分悪い。 水分だけは摂っておこう。 ﹁ん⋮⋮? うぁ、あたま痛っ⋮⋮﹂ なにこれデジャブ。 ﹁先輩? 起きましたか?﹂ ﹁龍⋮⋮?﹂ 朝ごはんの準備を終えた俺はそのままリビングのソファーで寝てし 1282 まったらしい。 ﹁大丈夫ですか? お水、持ってきましょうか?﹂ ﹁ん、お願い﹂ ﹁わかりました﹂ 会話するのもツラい。 本当に、なんでこんなに頭痛酷いんだろ。 ﹁どうぞ﹂ ﹁ありがと⋮⋮﹂ コップの半分くらいまで水を飲む。 少しは水分摂らなきゃ。 ﹁どうですか? 体調は⋮⋮﹂ ﹁頭痛い﹂ 1283 ﹁そうですよね⋮⋮﹂ ﹁そうですよね、って⋮⋮なんで知ってるの?﹂ ﹁まぁ、昨日の様子からなんとなく⋮⋮。 昨日のことは覚えてますか?﹂ ﹁あんまり﹂ ﹁先輩、風呂上がりにジュース飲んだんですよ。 で、そのジュースってのが⋮⋮﹂ 缶を渡される。 そういえば、なんか飲んだな。 ﹁⋮⋮⋮⋮チューハイじゃん﹂ ﹁そういうわけです﹂ つまり、ジュースと間違えてチューハイを飲んで酔っ払ったと⋮⋮。 マジか。 俺、酒めっちゃ弱いんだな。 ﹁先輩、頭痛いんですよね。 1284 会話するのもしんどいでしょう? ゆっくりしててください﹂ ﹁ありがと﹂ ﹁それはこっちのセリフですよ。 そんな体調なのに、朝ごはんまで準備してもらっちゃって⋮⋮﹂ ﹁いいよ。 気分転換になったし﹂ 少し上げてた頭をソファーのクッションに沈める。 なるほどね、これは二日酔いってわけだ。 身体にタオルケットを掛け直された。 龍が掛けておいてくれたらしい。 ﹁ありがと﹂ ﹁ゆっくり休んでください﹂ 眠気はなかったが、目を閉じてたら自然と眠りに落ちた。 1285 1286 責任 ﹁ん⋮⋮﹂ 起きた。 頭痛は少しラクになってる。 まだ相当痛いけど、さっきよりはマシ。 あんまり寝すぎても良くない。 起き上がるか。 ﹁お、三木﹂ ﹁起きましたか?﹂ ソファーのすぐ横にあるテーブルの前に座る龍とナベ。 起き上がった俺に気付いて2人とも振り向いた。 ﹁気分はどうですか?﹂ ﹁ん、さっきよりはマシ﹂ ﹁やっぱり頭痛いですか?﹂ 1287 ﹁ん﹂ ちょっと寝過ぎたかな。 頭がぼーっとする。 ﹁⋮⋮﹂ ︵寝ぼけた先輩も可愛い⋮⋮︶ ⋮⋮なんか、龍からの視線が熱いんだが。 俺はゆっくりと立ち上がった。 ﹁どうしたんですか?﹂ ﹁顔洗ってくる﹂ 少しはすっきりするかも。 1288 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 濡れた顔をタオルで拭く。 あー、調子悪い。 気分悪い。 顔洗っても変わんねぇわ。 洗面所にしゃがんで膝にグッと頭を押さえ付ける。 ﹁おい三木、大丈夫か?﹂ ﹁ん⋮⋮? ああ、うん⋮⋮大丈夫﹂ ﹁大丈夫そうには見えねぇぞ。 顔色悪いし⋮⋮﹂ あちゃー、心配させちゃったかな。 立とう。 1289 ﹁おい、無理するなよ? まだ寝ててもいいんだぞ?﹂ ﹁ん⋮⋮あんまり寝過ぎても頭痛くなっちゃうし、大丈夫﹂ ﹁⋮⋮悪いな、俺が間違えたせいで﹂ ん? ⋮⋮ああ、ナベがジュースと間違えて俺にチューハイ渡したんだっ たっけ。 ﹁平気だって。 そもそも俺がちゃんと確認しなかったんだし﹂ ﹁いや、でもなんか責任が⋮⋮﹂ ﹁ナベのせいじゃないってば。 これで酒に弱いのはわかったし、今のうちにわかってちょうど良か ったよ﹂ ﹁⋮⋮お前ら、今日も泊まってけよ﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ なぜ急にそうなる? 1290 ﹁せめて看病してやるよ﹂ ﹁看病って、そんな大げさな⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮まぁ、遊びがてらと思えばいいだろ?﹂ ﹁⋮⋮いいの? いま俺なにもできないし、迷惑掛けるよ?﹂ ﹁いいよ。 飯とかも俺と神谷に任せろ﹂ ﹁⋮⋮ん、じゃあ⋮⋮お願いする﹂ ﹁おう。 ゆっくりしろ﹂ そんなに責任感じなくていいのにね。 責任感強いんだよな、ナベは。 ﹁それでは、買い物に行ってきますね﹂ ﹁行ってらっしゃい﹂ 1291 洗面所からリビングに戻って色々話し合った結果、龍は買い物に、 ナベは風呂掃除をすることになった。 ちなみに俺は現場監督らしい。 つまり大人しくしとけってことだね。 ﹁よーし、やるぞ。 三木、必要なもんがあったら言えよな﹂ ﹁ありがと。 でもそれ過保護すぎるから﹂ 熱があるならまだしも、たかが頭痛で頼み事なんて出来ない。 でもまぁ、せっかくナベが気を遣ってくれてんだから少しは甘えよ うかな。 ソファーに横になって、少しゆっくりさせてもらおう。 1292 料理 ﹁ただいまです﹂ ﹁おかえり﹂ 龍が買い物袋を2つ持って帰ってきた。 なにを作るつもりなんだろ。 ﹁ふぅ⋮⋮こんなもんかな﹂ ちょうどナベも風呂掃除が終わったらしい。 ﹁2人ともお疲れさま﹂ ﹁ダメです、先輩﹂ 身体を起こすと、龍が手で制した。 ﹁僕達のことはほっといてゆっくり寝ててください﹂ ﹁そうだぞ、三木﹂ ﹁寝っぱなしもなかなか辛いからさ、時間を置いて起きなきゃ。 1293 ていうか2人とも過保護すぎ﹂ 俺は子供かっての。 なんでたかが頭痛でこんなに心配されるんだ。 ﹁先輩、わかってます? 相当顔色悪いですよ?﹂ ﹁そう?﹂ ﹁そうですよ﹂ ﹁そんなに調子悪そうなとこ見たことないぞ﹂ そっか⋮⋮そんなに顔色悪いのか。 まぁ、一時的なものだから今だけだろう。 ﹁そのうち治るよ﹂ ﹁ですから、そのうち治るまでの間はゆっくりしてくださいね﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ しょうがないな。 1294 ここは大人しくしとくか。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は今、ヒヤヒヤしている。 ﹁なぁ、にんじんって皮剥くんだっけ?﹂ ﹁⋮⋮まぁ、剥いたほうが食べやすいかな。 あ、でも無理に剥かなくていいよ﹂ ﹁卵ってどのタイミングで入れたらいいんでしょうね﹂ ﹁最後だから。 皿に盛り付けた後だから﹂ どうやらカレーを作るつもりらしいこの2人。 まず包丁の持ち方がなってないし指切りそうだし、危なっかしくて 見てられない。 でも俺が立ち上がると⋮⋮。 1295 ﹁あ、おい、座ってろよ﹂ ﹁そうですよ。 こっちは大丈夫ですからゆっくりしててください﹂ ⋮⋮ごめん、全然ゆっくりできない。 ヒヤヒヤして落ち着けない。 ﹁⋮⋮ねぇ、材料切るだけでもやろうか?﹂ ﹁そんな顔色してなにいってんだ。 座ってろ﹂ いま顔色が悪いのはヒヤヒヤしてるからじゃないだろうか。 うわ、ナベ危ない⋮⋮セーフ、か? マジに指切りそう。 もうやめて。 うっかり立ち上がってしまう。 1296 ﹁あー、座ってろよ。 こっちは大丈夫だから﹂ ホントかよ⋮⋮。 今だけは信用できねぇ ﹁できた﹂ ﹁できましたね﹂ ﹁これちゃんとカレーか?﹂ ﹁多分カレーですよ﹂ ﹁あ、いけね。 飯焚くの忘れた﹂ ﹁そういえばそうでしたね﹂ ダメだ。 やっぱゆっくりできない。 1297 大丈夫かよ、本当に。 1298 満腹 ﹃いただきまーす﹄ 皿に盛り付けられたカレーに、ちょっとしたサラダ。 それぞれ1組ずつ並べて、席についた。 んで、いただきます。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 俺の反応を待ってるらしいこの2人。 はい、食べますよ。 ﹁⋮⋮うまい﹂ ん、うまいうまい。 ちょっと野菜かたいような気がしないでもないけど、無視できるレ ベルだ。 1299 ﹁よかったです﹂ ﹁よかったよかった﹂ 俺の言葉にホッとした表情になる龍とナベ。 仮にまずかったとしても正直に言うつもりはないが。 ﹁次に料理するときまでにもっと勉強しておきますね﹂ ﹁だな。 練習しよう﹂ え⋮⋮次があるのか。 ヒヤヒヤするからやめてほしい。 まぁ、2人とも器用だし慣れれば意外と⋮⋮いや、でもヒヤヒヤす るからやめてほしい。 ﹁ふぅ⋮⋮ごちそうさま﹂ 頭が痛いせいかあんまり食欲はなかったけど、せっかく作ってもら 1300 ったものなので食べきった。 美味しかった。 ﹁さて、さっさと皿洗いまでやっちゃいましょうか﹂ ﹁片付けまでが料理、ってな。 やるぞ、神谷﹂ ﹁はい﹂ さすがに片付けでヒヤヒヤすることはないかな。 料理とは違うわけだし。 ﹁先輩、お風呂入ります?﹂ ﹁ん⋮⋮今日はいいや﹂ 頭痛いせいかフラフラする。 こういうときは風呂に入らないほうがいい。 1日くらい入らなくても大丈夫だろ。 1301 ﹁じゃあのんびりしててくださいね。 ほしいものがあったら言ってください﹂ ﹁ん、ありがと﹂ でもそれは過保護すぎるぜ。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ ソファーに横になる。 2人が皿洗い終わるまで待ってようと思ったのに、なんか眠くなっ てきちゃった。 今かなり心地いい感じ。 少しだけ、寝ちゃおうかな⋮⋮。 1302 寝たフリ ん⋮⋮。 あー、寝ちゃったんだっけ。 今何時だろ。 それにしてもなかなか治らないな、頭痛。 ﹁ナベさん﹂ ﹁なんだ﹂ 龍とナベが喋ってる。 なんか起きるタイミングを逃しちゃったたな。 しばらく寝たフリしとこ。 ﹁手っ取り早く害虫を駆除する方法ってないですかね?﹂ ﹁⋮⋮三木の周りのことか?﹂ 1303 ﹁そうです﹂ ⋮⋮なんの話ししてんだよ。 ﹁最近先輩が可愛くてですね⋮⋮まぁ、前からでしたけど。 それで害虫が寄ってこないかと心配で心配で﹂ ﹁とりあえず、ごちそうさん﹂ ヤバい。 寝たフリしなきゃよかった。 これじゃさらに起きられない。 ていうか起きたくない。 ﹁僕、先輩より1つ年下じゃないですか。 学年も違いますし、色々心配なんですよ。 もうすぐ先輩は卒業しちゃいますし﹂ ﹁ああ、まぁな。 それは同感できる﹂ ﹁先輩は卒業しても、僕はまだ高校生じゃないですか。 正直、来年が一番不安なんです﹂ 1304 ﹁なんとなく差が大きいような気がするよな﹂ ﹁そうなんですよ。 それに害虫とかが心配で心配で﹂ ナベのやつ、よくこんな話しまともに聞いてられるな。 俺は無理。 でも、そうか⋮⋮龍はそんなこと考えてたのか。 たしかに、来年はちょっと差ができちゃうな。 俺はあんまり気にしないけど、龍は気になるのかな。 ﹁僕が先輩より年上だったら、って思うんですよ﹂ ﹁なんで?﹂ ﹁そしたら先輩を養えるじゃないですか。 先輩が仕事しなくてもいいくらい養えたら、害虫の心配をすること もないですし﹂ ﹁三木はそんなに大人しくしてないと思うけどな。 バリバリ働きそう﹂ 1305 ﹁ですよね﹂ 俺どんな風に思われてんだよ。 ﹁これで先輩が専門学校とか大学とかに行くならまだ穏やかでいら れるんですけどね、社会に出たら何があるかわからないじゃないで すか﹂ ﹁まぁな﹂ ﹁セクハラとかされても文句言えない立場になるわけじゃないです か﹂ ﹁言えるっちゃ言えるだろうけど、三木は黙ってそうだよな﹂ ﹁すごく心配です﹂ そんなに心配されてんのか⋮⋮。 龍ってわりと昔から心配性だったけど、最近それが増してきてるよ な。 俺が注意力足りないせいか。 これでも気をつけてるんだけどな。 1306 しばらく続いた龍の話しは、俺に関することが多くてなんか恥ずか しかった。 恥ずかしくて気にしないように努力してたら、いつの間にか寝てし まった。 ⋮⋮俺、寝すぎ。 1307 空気 起きた⋮⋮今日何度目かの目覚め。 ﹁おはよ⋮⋮﹂ ﹁もう夜ですけど。 おはようございます、先輩﹂ 俺が寝てるソファーに寄り掛かってテレビをみてた龍に挨拶してお く。 ﹁今何時?﹂ ﹁夜の9時です。 頭痛はどうですか?﹂ ﹁ラクになってきたかも﹂ 龍は床からソファーに座り直した。 少し引き寄せられて龍に寄り掛かる体勢になった。 龍は俺の頭を撫でてくる。 1308 ﹁まだ痛みます?﹂ ﹁ちょっとね。 やめろよ、恥ずかしい﹂ ﹁誰も見てませんよ?﹂ ﹁それはそうだけど⋮⋮﹂ 気持ち的に、なんかね。 ﹁ていうか、ナベは?﹂ ﹁お風呂入ってますよ。 だから少しの間は2人っきりですね﹂ ﹁ああ、うん⋮⋮そうだな﹂ 龍は後ろから抱きついてきた。 ﹁先輩、僕のこと嫌いですか?﹂ ﹁そんなことないけど﹂ 1309 ﹁僕が近寄ると嫌がりますよね﹂ ﹁そんなことないって﹂ ただそういう雰囲気になるのが苦手なだけで。 ﹁じゃあキスしてもいいいですか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 嫌、と言いたいところだが⋮⋮ここで嫌がると悪いよね。 ﹁嫌なら嫌って言ってもいいんですよ?﹂ ﹁⋮⋮あの、さ。 聞いてくれる?﹂ ﹁⋮⋮? はい﹂ ここはちゃんと言っておかないと。 ﹁嫌じゃないんだよ、そういうの。 でも、なんていうか、恥ずかしくて⋮⋮﹂ 1310 ﹁⋮⋮﹂ ﹁居たたまれないというか⋮⋮なんか、ね。 身構えちゃって⋮⋮その、なんて言ったらいいのかわかんないんだ けど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮プッ﹂ ﹁⋮⋮﹂ え、なにこいつ。 なんで笑ってんの。 ﹁あはは⋮⋮ごめんなさい。 意地悪しすぎましたね⋮⋮プッ、クク﹂ ﹁ちょ⋮⋮﹂ なにこいつ、ムカつく。 ﹁わかってますよ、先輩のことなら。 どれだけ長く幼馴染みやってたと思ってんですか。 嫌じゃないと思ってくれてることもわかってます﹂ 1311 ﹁⋮⋮もうしらない﹂ ﹁ごめんなさい⋮⋮ふふ﹂ 龍の腕を外してソファーのクッションに顔を埋める。 しらないしらない。 勝手にしろ。 ﹁先輩﹂ ﹁⋮⋮なに﹂ ﹁可愛いですね﹂ ﹁うるさい﹂ ﹁ホント可愛いです。 こっち向いてください﹂ ﹁もー、うるさい!﹂ 俺はバッと起き上がる。 振り向くとちょっと驚いた顔をした龍が。 1312 ︱︱チュッ ﹁⋮⋮!﹂ ﹁こ、これでおあいこだろ。 ⋮⋮ちょっとベランダ出てくる!﹂ 反撃したくて行動してみたものの、思いのほかものすごく恥ずかし かった。 居たたまれない。 逃げ場を探してベランダに出た。 ﹁⋮⋮それは、ずるくないですか﹂ 部屋に残った龍が赤い顔をしてたことを、俺が知ることはない。 そして、知ることはないことがもう1つ。 ︵あいつらイチャつきやがって⋮⋮おかげで出にくくなったじゃね ぇか︶ 空気を読む男、ナベ。 1313 1314 変更 ﹁⋮⋮お前らって毎日暇だよな﹂ ﹁失礼だな。 その通りだけど﹂ ﹁そうですね﹂ 食後のコーヒーを楽しんでる最中に、ふと思い出したようにナベが 口を開いた。 昨日は少し部屋で騒いだあと、疲れて寝たんだ。 疲れるようなことしてないけど。 起きたら頭痛はやっと消えてた。 朝ごはんも食べたし、今日はもう帰るだけ。 ﹁暇ならさ、しばらくここにいないか?﹂ ﹁ここって⋮⋮ナベの家?﹂ 1315 ﹁そうだ。 この冬休みの間、うちの親父ずっといないんだよ。 単身赴任で﹂ ﹁へぇ。 寂しい?﹂ ﹁いや、寂しくはないけど⋮⋮どうせ俺しかいないなら遊べるじゃ ん﹂ ﹁まぁ、たしかに。 どうします、先輩?﹂ ﹁うーん⋮⋮どのみち一旦家に帰らないとな。 しばらくここにいるなら着替えとか取ってこなきゃ﹂ まずそれが最優先だよね。 着替えがなきゃ大変だ。 あと、自分のクッション持ってこよう。 やっぱ自分のやつが落ち着く。 ﹁今日は帰って、色々準備してから明日また来る﹂ 1316 ﹁それがいいですね﹂ ﹁そうか、わかった。 じゃあ食材そこそこ揃えとく﹂ ということで、この冬休みの間はほとんどナベの家で過ごすことに なった。 家で退屈するよりずっといい。 タオル持ってこよう。 ナベの家はあんまりお母さんがいないせいか、タオルが少ない。 男と違って女は結構タオル使うんだよね。 今日、本当は夕方に帰るつもりだったんだけど予定変更。 昼に帰ることにした。 男なら準備はあんまりないと思うけどね、女は違うんだよ。 マジで女って不便。 1317 ﹁じゃ、明日からよろしく﹂ ﹁よろしくお願いします﹂ ﹁ああ、任せろ﹂ 予定通り昼にナベの家を出た。 ﹁先輩、荷物持ちますよ﹂ 歩きながら龍は手を差し出してきた。 俺の手には昨日龍に買ってもらった女物の服とバックが。 ﹁いいよ。 重くないし﹂ ﹁荷物2つあるじゃないですか。 重くないなら持ちますよ﹂ ﹁⋮⋮ん、じゃあ1つお願い﹂ ﹁⋮⋮﹂ 1318 まだ昼なのに、龍は俺を家まで送ってくれるらしい。 断ろうとしたら﹁じゃあ勝手についてくので普通に歩いてください﹂ と言われ、なにも言えなかった。 そこまでしてもらってるのに荷物まで持たせるわけにはいかない。 だから1つね。 半分。 ﹁あ⋮⋮もう、なんで軽いほう渡すんですか﹂ ﹁だって⋮⋮﹂ だって、ねぇ? 軽いほうってか、どっちも重くないし。 ﹁いいですか? 先輩、そこは男をたてるべきなんですよ﹂ ﹁そうかもな。 でも悪いじゃん﹂ 1319 ﹁僕の場合、持ちたくて言ってるんですから遠慮しなくていいんで すよ。 他の人のは迷わず断ってください﹂ ﹁ん、わかった﹂ ﹁他人の男に借りをつくっちゃダメです。 どんなに簡単なことでも、心の底からの親切なんてなかなか⋮⋮っ て、そういう話をしてるんじゃないですよ﹂ ﹁そうだっけ﹂ うやむやにできるかな、と思ったのに。 ﹁まぁ、今日の荷物は本当に重くなさそうですし⋮⋮諦めます。 次は持ちます﹂ ﹁うん。 そのときはお願いする﹂ 1320 書き出し ﹁∼♪﹂ ﹁先輩くつろいでますね﹂ ﹁ん﹂ 昨日一度家に帰って、またナベの家に戻ってきた。 別にやることもなく、ソファーで携帯を弄りながらダラダラする。 持ってきたばかりの自分のクッションを抱えて。 ﹁パンツ見えるぞ﹂ ﹁変態。 つーかズボンだから見えません﹂ さすがにスカートでゴロゴロする気にはならない。 そもそもスカートは制服と龍が買ってくれた服の2着しか持ってな い。 1321 さて、ナベの家に来たはいいがやることはない。 暇だ。 冬休み入ったばっかだし、あれやるか。 あれっていうのは、長期休みになると俺が必ずやること。 題して、﹃この冬、やっておきたいことを考えよう﹄。 そのままだ。 この冬休みでやりたいことを考えておこう。 でもこれは夏休みはやらない。 夏休みは長すぎて何があるかわからないから。 ﹁さてと⋮⋮﹂ 普段はほとんど使わない手帳を取り出して、開く。 1322 ここにやりたいことを書き出していこう。 なんだろう、やりたいこと。 まず、避けては通れぬ季節のイベント。 ・正月の2日間は家に帰る。 これは1つ目。 ・旅行行きたい。 願望だよ、願望。 ・香達と遊ぶ ・100円ショップを覗く ・中学時代の友達と会う ・宿題 今はこのくらいしか思い付かないな。 1323 ﹁先輩、なにやってるんですか?﹂ ﹁これね、冬休みにやりたいことを書き出してんの﹂ ﹁⋮⋮先輩、大事なこと忘れません?﹂ ﹁え?﹂ なにかあったっけ? そう思いつつ、書き出したものを見返す。 ﹁1月3日。 先輩の誕生日ですよ﹂ ﹁⋮⋮あ、そうだった﹂ そうだった1月3日は俺の誕生日。 んで龍は俺と反転で3月1日が誕生日なんだった。 すっかり忘れてた。 1324 ﹁その日は必ず予定あけておいてくださいね。 お祝いしましょう﹂ ﹁わかった。 ありがと﹂ ⋮⋮それにしても、正月の忙しい時に生まれた俺はかなり迷惑だな。 どんな感じだったのか母さんに訊いてみよう。 1325 寒々 ﹁うう、寒⋮⋮っ﹂ ただいま午前9時。 布団の中から起き上がろうと腕に力を込めても身体がいうことをき かない。 寒い。 めっちゃ寒い。 布団から出たくない。 でも朝ごはんの準備がある。 ガタガタ震える身体。 枕元に置いてた上着を着た。 それでも寒い。 チラッと隣の布団をみる。 1326 龍は寝てる。 その隣のナベも。 はぁ、さっさと朝ごはん作るか。 あったかいものにしよう。 ﹁寒い寒い⋮⋮﹂ キッチンに立ってると足が氷のように冷たくなる。 水を使う手も。 朝ごはんは作り終わった。 今日は蝶みたいな形のパスタを入れたスープ。 あとトーストでいいかな。 朝ごはんを作る前につけておいたストーブに手をかざす。 1327 寒すぎる。 クリスマスをすぎてから一気に寒くなった。 ﹁う⋮⋮寒っ﹂ 布団からうめき声が聞こえた。 ﹁あ、先輩⋮⋮おはようございます﹂ ﹁おはよ。 よく眠れた?﹂ ﹁はい⋮⋮いい匂いがしますね﹂ ﹁今日はスープだから﹂ ﹁楽しみです﹂ 俺と同じように起き上がって上着を着る龍。 ストーブの前を占拠してる俺の隣に座った。 ﹁先輩、手すごく冷たいですよ⋮⋮足も。 すみません、朝ごはん先輩だけに任せてしまって﹂ 1328 ﹁いいんだよ﹂ 龍やナベに任せるとどうなるかわからないし。 ﹁僕も手伝いますっ!﹂ ﹁え? ん⋮⋮じゃあ、洗濯とかやってくれる?﹂ ﹁任せてください!﹂ 料理以外なら器用にこなす龍。 そう、料理以外なら。 ﹁先輩、洗濯終わりました﹂ ﹁ん、ありがと﹂ ﹁三木、風呂掃除終わったぞ﹂ ﹁お疲れさん﹂ 1329 あれからナベも起きて、自分も何かやると言い出した。 ここはナベの家なのに。 どうしてもやるっていうから風呂掃除を頼んだ。 よかった。 俺、風呂掃除だけは苦手なんだ。 なんとかやっていけそうだ。 1330 おにぎり ﹁梅﹂ ﹁鮭がいいです﹂ ﹁タラコで﹂ 俺達は今おにぎりを握ってる。 なんとなく会話でお分かりいただけるだろう。 ﹁先輩、いつも梅ですよね﹂ ﹁梅が好きだから。 でも他のやつも普通に食べられるよ﹂ ﹁梅以外の具っておにぎりに入れずらいな﹂ ﹁形が形だからね﹂ これは昼ごはん。 作るのめんどくさかったから、米炊いてそれぞれ好きなようにおに ぎりにして食べることにした。 1331 あ、味噌汁くらいは作ったよ。 ﹁三木ってさ﹂ ﹁うん?﹂ ﹁鍋物、作れる?﹂ ﹁え、ナベ?﹂ ﹁ちげぇよ﹂ ﹁冗談だよ。 鍋物か⋮⋮オリジナルでいいなら作れると思うけど﹂ ﹁作ってくんねぇ?﹂ ﹁最近寒いもんな。 明日は鍋料理にしようか﹂ リクエストしてくれるとありがたい。 献立考えなくていいし。 1332 ﹁鍋料理が好きなんですか?﹂ ﹁ナベだけに?﹂ ﹁お前ら殴るぞ﹂ だって⋮⋮ねぇ? ﹁そもそもナベって周りが勝手に言ってるだけで、俺がそう呼べっ て言った覚えはないんだが﹂ ﹁そうだっけ?﹂ ﹁そうだよ。 下の名前で呼ばれてみたい。 呼んでみてくれ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 名前を呼ぼうとしたが、口を閉じて黙り込む俺と龍。 ﹁なんだよ﹂ ﹁⋮⋮下の名前、なに?﹂ 1333 ﹁くっ⋮⋮﹂ ﹁泣かないでナベ﹂ たまたまだよ。 そういうときもある。 ﹁そりゃ、神谷は学年も違うし納得できるけど⋮⋮同じ学年、しか も同じクラスのお前が知らないなんて⋮⋮﹂ ﹁泣かないでナベ﹂ そういうときもある。 ﹁しかたないですよ。 先輩は1年半も僕の存在に気付かなかったくらいですから﹂ ﹁それは本当に申し訳ない﹂ ﹁お前、中学の頃から三木のこと好きだったんだろ? なんて可哀想な⋮⋮﹂ ﹁中学からじゃありません。 小学校の頃からです﹂ 1334 ﹁ずっと三木一筋か﹂ ﹁もちろんです﹂ そこまで想われてたのに気付かない俺って一体⋮⋮。 こんな俺をずっと想っててくれた龍って相当根性あるよな。 ⋮⋮ん? で、結局ナベの名前はなんなんだ? 1335 冬休みの産物 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 沈黙。 なんでこんなにだんまりしてるのかというと。 ﹁⋮⋮あー、疲れた﹂ ﹁がんばれ﹂ ﹁まだ始めてから30分ですよ?﹂ ﹁宿題は時間に関係なく疲れるもんなんだよ﹂ ナベが言った通り、宿題中ってわけ。 冬休みだからね。 1336 ﹁先輩、簿記2級のやり方ってまだ覚えてます?﹂ ﹁ん⋮⋮どうかな。 問題見れば思い出すかも﹂ 龍の問題集をのぞく。 俺は2年のときに簿記2級をとった。 懐かしい。 ﹁えーと⋮⋮ああ、これがこうだから⋮⋮固定資産売却損か﹂ ﹁わかりますか?﹂ ﹁なんとなく。 これが、こうで⋮⋮この文がきたら固定資産売却損。 損益間違えないように気を付けて﹂ 小さく数式を書いて、文に丸をつける。 ﹁なるほど⋮⋮わかりました。 ありがとうございます﹂ ﹁ん﹂ よかった、教えられて。 1337 1年前にやったことだけど、そこそこ覚えてたな。 ﹁三木﹂ ﹁ん?﹂ ﹁教えてほしいことがあるんだ﹂ ﹁なに?﹂ ﹁頭が良くなるにはどうしたらいいと思う?﹂ ﹁集中して宿題に取り組めばいいと思う﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ていうか俺に訊くなよ﹂ ﹁お前、頭良いじゃん﹂ ﹁頭は良くない。 記憶力がいいだけ﹂ ﹁そういうのを頭良いって言うんだよ﹂ ﹁違いますー﹂ 1338 たしかに成績はいいかもしれない。 何度も言うけど頭じゃなくて記憶力がいいだけ。 ﹁って、お前さっきから宿題やってる?﹂ ﹁あんまり﹂ ﹁やれよ﹂ ﹁課題の量って成績の点で変わってくるって知ってた?﹂ ﹁ということは⋮⋮もしかして、お前⋮⋮﹂ ﹁宿題は作文と問題集2冊だけ﹂ ﹁ちくしょおおお⋮⋮世の中って間違ってる﹂ 本当は俺の宿題は作文だけ。 問題集はね、寝ててやってなかったページをちょこっとやるだけ。 ﹁3年だからこんなに少ないのかもよ﹂ ﹁俺は去年と似たような量だけど﹂ 1339 ﹁答え写してでも問題集やってりゃそんな量にはならない。 真面目にやんなよ、ナベくん﹂ ﹁ホント世の中間違ってる⋮⋮﹂ ブツブツ言ってても課題は終わんないよ。 そういうこともある。 ﹁ふー、脳に染みる⋮﹂ ﹁それどんな状況だよ﹂ 休憩のお供には甘いもの。 チョコを食べる俺達。 でも食べ過ぎると胸焼けするから注意。 ﹁作文か⋮⋮なに書こうかな﹂ 問題集が終わった俺の残りの宿題は作文のみ。 1340 ﹁題とか決まってないんですか?﹂ ﹁うん。 自由作文﹂ そういうの一番困るよね。 決まっててくれたほうがラクだ。 ﹁なぁ、今日はこのくらいにしておこうぜ﹂ ﹁ダメですよ。 そんなんじゃいつまでたっても終わりません﹂ やれやれ。 1341 タイトル﹃縁﹄ さて、さっさと作文を終わらせよう。 ﹁どうしようかな⋮⋮﹂ まぁ、タイトルはあとから決めればいいよね。 ﹁⋮⋮﹂ ﹃時の流れとは早いもので、私は高校3年生になりました。入学式 が昨日のことのように思えます。﹄ うーん⋮⋮。 ﹃私はこの3年間で様々なものを経験しました。高校生活、検定取 得を始めとして、友人達など人との出会いもありました。﹄ こんな感じで進めていくか。 ﹃友人達との出会いのおかげで、私の学校生活はとても充実した楽 しいものになりました。そんななかで、最も大きかった出会いは幼 馴染みとのものかもしれません。﹄ 作文って書き出してしまえばスラスラいけるもんだ。 ﹃彼は私と小学校からの知り合いでした。よく男の子の遊びに混ざ 1342 っていた私は、彼と遊ぶ機会が多かったのです。中学に入ってから も、お互いの悩みを話したり一緒にいることが多かった気がします。 友人にもあまり悩みを明かさない私が彼にそれを話していたという ことは、長い付き合いの中での安心感から気を許していたというこ とを物語っています。﹄ 昔から龍と一緒にいると気がラクだったな⋮⋮。 ﹃そして、一つ年上の私は高校へ。当然彼は中学に残り、会う機会 が少なくなりました。あまり家は近くないものの、縁があれば街中 で会うかもしれないなと思っていました。そして月日は過ぎ、私は 高校3年生になりました。﹄ 今思えば、この間に連絡を取ってみればよかったんだよな。 ﹃その日は突然やってきました。たまたま彼とばったり会ったので す。本当に偶然で、私は知らず知らずのうちに彼の幼い妹と交友が あったこともきっかけとなりました。﹄ 本当に偶然だった。 あの時はびっくりした。 ﹃久しぶりに会った幼馴染みは変わらず、でも身長も伸びて少し男 になっているようにも思えました。ただ、気を許せるのは相変わら ずで安心しました。﹄ 書くことなくて龍のこと書いてるけど⋮⋮どうしよう、なんか恥ず かしくなってきた。 1343 ﹃それから色々あって、私達は付き合うことになりました。彼は私 に小学生の頃から好きだったと言ってくれたのです。﹄ 言われてすごい照れた。 ﹃おそらく私は、彼がずっと幼馴染みだ思っていれば付き合うこと はなかったと思います。私達が会う機会がなくなってからの2年間 という距離があったから、付き合う関係になれたのだと思います。﹄ 本当にそう思う。 幼馴染みのままだと恋愛感情湧かなかったはずだ。 ﹃人との繋がりとは、出会ってから一緒にいることだけではないと 思います。時には距離をおくことで、より近付けることもあるのだ と知りました。それは友人、親など親しい関係にもいえることだと 思います。人との繋がりを途絶えないようにすることが必ずしも正 解ではないように感じます。一緒にいるべきか、それとも距離を置 くべきか、そこには縁が関わってくるのかもしれません。これから も縁を信じて、人と良好な関係を続けていきたいと思います。﹄ 書けた、けど⋮⋮。 うわああ、恥ずかしい! どうしよ、書き直すか⋮⋮? 1344 ﹁あ、先輩。 作文書けたんですね。 見せてください﹂ ﹁ダメ!﹂ ﹁ええっ?﹂ ダメダメ。 恥ずか死ぬ。 1345 後悔 ﹁あれ、ナベは?﹂ ﹁⋮⋮寝ました﹂ 風呂から上がると部屋には龍しかいなかった。 こっちに背中を向けて座ってる。 何してんだろ? ﹁⋮⋮? は、ちょっ⋮⋮!﹂ ﹁先輩!! 僕、感動しました! こんな風に思ってくれてたんですねっ!!﹂ 背中から覗き込むと、龍は何かを読んでた。 それが俺の作文だと気付くのに時間は掛からない。 ﹁ちょっと、読んじゃダメだって言ったのに!﹂ 1346 ﹁見るつもりはなかったんですが、文に﹃好き﹄とか﹃付き合う﹄ とかの単語が目に入ったんで⋮⋮つい﹂ ﹁ついじゃねぇよ﹂ もー、恥ずかしい。 ﹁先輩﹂ ﹁な⋮⋮んっ﹂ 呼ばれて振り向くと、いつの間にか至近距離にいた龍にキスされた。 ﹁ちょ⋮⋮ナベは?﹂ ﹁さっきも言いましたが、もう寝ちゃいましたよ。 心配しないでください﹂ そうだった⋮⋮。 距離を離した俺に、龍は少しずつ近付いてくる。 1347 待って、近い近い。 ﹁僕、嬉しいです﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ちょっとだけ、あの時先輩は断れなくて僕と付き合ってくれたん じゃないかと思ってました﹂ ﹁⋮⋮俺はそんなに優しくない﹂ お情けで誰かと付き合うほど余裕もない。 ﹁嬉しいです⋮⋮キスしていいですか?﹂ ﹁さっきしたじゃん﹂ ﹁さっきはさっきです。 いいじゃないですか、ナベさんもいないんですし﹂ ﹁⋮⋮﹂ そりゃいないけどさ。 でもなんか⋮⋮。 1348 ﹁う、わ⋮⋮﹂ ﹁可愛いですね、先輩﹂ 逃げられない距離まで詰められ、顔を背けたら首にキスされた。 予想外のことにビクッと震えてしまう。 ﹁ちょ⋮⋮変態!﹂ ﹁人聞き悪いこと言わないで下さい。 それなら普通にキスさせてくださいよ﹂ ﹁そんなにしたいなら勝手にすればいいじゃん!﹂ ⋮⋮あれ、俺なに言ってんだ? テンパっておかしなこと言ったよね。 ﹁今の無し﹂ ﹁残念ながら、無理です。 それじゃ、お言葉に甘えて⋮⋮﹂ 1349 ﹁⋮⋮っ﹂ ⋮⋮後悔先に立たず。 1350 明日に備えて ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮暇だな﹂ ﹁暇だ﹂ ﹁暇ですね﹂ ﹁神谷、なんか面白いことないか﹂ ﹁ないですよ﹂ ﹁三木、床に寝てると腰冷えるぞ。 ソファー使え﹂ ﹁寒いの好きだから別にいい﹂ ﹁女性は腰冷やすもんじゃないですよ。 寝転ぶならソファーに寝てください﹂ ﹁⋮⋮ん﹂ 1351 ﹁はぁ⋮⋮暇だな﹂ ﹁暇ですね﹂ ﹁暇ー﹂ ﹁そういえば三木、免許とらないのか?﹂ ﹁車の? とるつもりだけど﹂ ﹁先輩、車の運転上手そうですよね﹂ ﹁どうだかな。 お前結構ボーッとしてるし﹂ ﹁よくわかってんな。 でも運転してみたい﹂ ﹁面白そうですよね。 免許とったら隣乗せてくださいね﹂ ﹁普通逆じゃね? 女が隣じゃね?﹂ ﹁だって僕、先輩より年下じゃないですか。 僕が免許とったら先輩を隣に乗せます﹂ ﹁楽しみにしてるよ﹂ 1352 ﹁神谷、そこに俺の携帯あるから取って﹂ ﹁起き上がって自分で取ってくださいよ。 はい、どうぞ﹂ ﹁サンキュー﹂ ﹁暇だな﹂ ﹁暇だね﹂ ﹁暇ですね﹂ ﹁ゲームでもやるか?﹂ ﹁配線してくれんの?﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ ﹁起き上がりましょうよ、少しくらい﹂ ﹁明日どっか行くか﹂ ﹁マジ?﹂ ﹁どこ行く?﹂ ﹁最近できた動物園知ってるか?﹂ 1353 ﹁駅の近くですよね﹂ ﹁そこ行くか﹂ ﹁おお、いいね﹂ ﹁とりあえず今日はダラダラするか﹂ ﹁だな﹂ ﹁ですね﹂ 1354 動物園 ﹁準備できましたか?﹂ ﹁待ってー﹂ ﹁三木遅いぞ﹂ ﹁戸締まりしてたから﹂ 今日は動物園に行く。 昨日ダラダラしすぎてね。 ご飯と風呂以外は寝て過ごした。 ﹁場所知ってるか?﹂ ﹁俺知らない﹂ ﹁僕は大まかに知ってるだけです﹂ ﹁よし、それじゃついてこい﹂ ﹁おー﹂ 1355 動物園っていつ以来だろ。 中1の遠足が最後だったかな。 ﹁ほら早く﹂ ﹁待ってー﹂ はい、動物園。 ﹁意外と近かったですね﹂ ﹁うん﹂ ﹁入場券買ってくる﹂ ナベのおごりなんだってさ。 やったね。 ﹁ほら。 1356 入るぞ﹂ ﹁ありがと﹂ ﹁ありがとうございます﹂ んで動物園の中に。 ﹁うわー⋮⋮﹂ ﹁はぁ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 動物、いねぇ。 あれ、なんでだ。 どこみても動物いねぇ。 ﹁ちょっと飼育員に話し訊いてきた﹂ ﹁なんて?﹂ ﹁まだ出来立ての動物園だから動物が恥ずかしがってんだと﹂ 1357 ﹁えー⋮⋮﹂ ﹁それ動物園やる気あるんですか﹂ びっくりだよ。 ﹁⋮⋮あ、おい。 あっちに動物いるぞ﹂ ﹁マジ?﹂ どれどれ。 ﹁おお、マジだ。 ふれあい動物﹂ ﹁入ってみます?﹂ ﹁入ってみようか﹂ 柵の中には芝生が敷き詰めてあって、そこにはふれあえそうな動物 がたくさん。 1358 柵の中に入れそう。 ﹁ひよこ寄ってきた。 可愛い⋮⋮﹂ 可愛いなぁ。 なんでこれがニワトリになるんだろ。 ん、なんか後ろから引っ張られ⋮⋮? ﹁う、わ⋮⋮龍!﹂ ﹁どうしました? ⋮⋮ええ、ヤギ!?﹂ 振り返ると、そこにはヤギがいた。 俺の服の裾をむしゃむしゃ食べてらっしゃる。 ﹁は、離して⋮⋮﹂ しかもなかなか離してくれない。 1359 ナベと龍に助けを借りて離してもらった。 ふれあい動物はウサギとかアルパカとかカメとか色々いた。 けど、どこに行ってもヤギがついてくる。 俺はヤギから逃げるように柵の外に出るしかなかった。 可愛いけど怖ぇ。 1360 土産物屋 ﹁なんでお前はヤギに食われてんだよ﹂ ﹁俺が訊きたいわ﹂ ﹁美味しそうだったんじゃね?﹂ ﹁失礼な﹂ 動物園内の喫茶店で昼ごはん。 喫茶店というには少し広いかな。 ﹁なに注文するんだ?﹂ ﹁俺、ピザ﹂ ﹁僕はうどんにします﹂ ﹁じゃ、俺はカツ丼にしようかな﹂ 今日はなんとなくピザが食べたい気分。 ナベが店員を呼び止めて注文した。 1361 料理はすぐきた。 ﹁お待たせいたしましたー﹂ ピザだけがきた。 早いな。 ﹁三木、食ってていいぞ﹂ ﹁いいよ。 待ってる﹂ ﹁ピザは冷めたら美味しくなくなっちゃうでしょう?﹂ ﹁いま熱いから少し冷ます﹂ ていうか俺だけ食えないよ。 ﹁お待たせいたしましたー﹂ すぐにうどんとカツ丼がきた。 1362 ﹁食うか﹂ ﹁食べましょうか﹂ ﹁ピザ食べきれないからちょっと食べて﹂ ﹁じゃあうどん少しどうぞ﹂ ﹁カツ丼食っていいぞ﹂ 美味かった。 ﹁このまま帰るのもつまらないな。 土産物屋覗いて、ゲーセンでも寄ってくか﹂ ﹁いいね﹂ 俺達は動物園内にある土産物屋に向かった。 面白いものが色々ある。 ﹁先輩、僕ちょっとトイレ行ってきますね﹂ 1363 ﹁ん、行ってらっしゃい﹂ 龍が戻ってくるまでは土産見てていいかな。 ふと周りを見渡すと、3人と目が合った。 ⋮⋮この感じ、知ってるぞ。 この人達、俺に声掛けようとしてんだ。 目が合ったせいで3人は近付いてくる。 ど、どうしよう⋮⋮。 ﹁ねぇ、君﹂ ﹁お、お兄ちゃん!﹂ 3人の中の1人が声を掛けてきた。 それと同時に近くにいたナベの腕にしがみついた。 兄貴になってもらって。 1364 ﹁お兄ちゃん、ちょっと喉渇いちゃった﹂ ﹁そうかそうか、妹よ。 それならお兄ちゃんがジュースを買ってやらなきゃな﹂ ﹁ありがとうお兄ちゃん﹂ ナベは3人の存在にもすぐ気付いて、俺に合わせてくれた。 3人を睨んでくれてる。 感謝。 3人は離れていった。 ﹁⋮⋮ふぅ、助かった。 ナベ、ありがと﹂ ﹁声掛けられたのか?﹂ ﹁掛けられそうになった﹂ ﹁へぇ、よくわかったな﹂ ﹁俺1人だし、向こうは男だけだし、目が合ったし⋮⋮そういうと きは﹃男だけで寂しいから﹄って声掛けられる﹂ 1365 ﹁学習したんだな。 お兄ちゃんは嬉しいよ﹂ 泣くな。 それからすぐ戻ってきた龍。 ナベがさっきのことを報告すると、ものすごく心配された。 んで、よく警戒できたと誉められた。 そんなに心配しなくても大丈夫だっての。 1366 和洋 動物園を出て、しばらく歩いてゲーセンへ。 ﹁太鼓やろうぜ、太鼓﹂ ﹁勝負だ、ナベ﹂ 有名な太鼓ゲームをやることに。 負けたほうは晩飯おごり。 今日は外食するつもりなんだ。 んで、ゲームスタート。 決着はすぐについた。 ﹁はっはっは﹂ ﹁ちくしょぉぉぉ﹂ ﹁相変わらず強いですね、先輩﹂ 1367 ラクラク勝ち。 俺に勝とうなんて百年早いぜ。 ﹁しょうがねぇな⋮⋮次だ次! 次はデザートを賭けて勝負だ!﹂ ﹁なんでもこい﹂ 勝った勝った。 だが俺も鬼じゃない。 料理やデザートは高いのを頼んだりしないよ。 ゲーセンをあとにした俺達は、ファミレスにきた。 ﹁ほらほら、なんでも好きなの頼みやがれ!﹂ ﹁そんな気合い入れなくても高いの頼んだりしないよ﹂ 1368 ﹁いいんだ、もう。 高いのだろうがなんだろうが頼め頼め﹂ ﹁きゃー、ナベ太っ腹ー。 かっこいー﹂ ﹁棒読みで言われても嬉しくねぇよ﹂ どうしようかな。 高いのっていっても、あんまり好きなのないんだよね。 昼はピザだったから、夜は和食かな。 ﹁ん、じゃあこれ。 鉄火丼﹂ ﹁意外と安いですね。 僕も同じものにします﹂ ﹁デザートは?﹂ ﹁ん⋮⋮白玉アイス﹂ ﹁先輩わりと和風のデザート好きですよね﹂ 1369 ﹁うん。 団子とかね﹂ チョコとかも好きだけど。 ﹁足りる?﹂ ﹁足りないなんてカッコ悪いこと言えるかってんだ。 足りるに決まってるだろ﹂ ﹁いやだって動物園の入場券もおごってもらったし﹂ ﹁気にすんな。 お前にはいつも料理作ってもらってるし、その働き考えると返し足 りないくらいだ﹂ ﹁料理作ってるだけじゃん。 材料費も出してない﹂ ﹁充分﹂ そこまで言ってくれるなら、甘えとくか。 でもナベには甘えっぱなしな気がする。 いつか返さなきゃな。 1370 今日は疲れたけど楽しかった。 帰って風呂入ったらすぐ寝よう。 よく眠れそう。 1371 大掃除︵前書き︶ お久しぶりです。 最近あまりに多忙で更新時間が遅いことが多々ありました。 すみません。 リアルタイムで、学生の方にとって今日はまさに運命の日ですね。 誰だってクラス替えはドキドキします。 楽しい学校生活が待っていますよう祈っています。 新学期って良い響きですよね。 なにか新しいことを始めたい。 1372 大掃除 ﹁はい、起きて起きて﹂ ﹁ん⋮⋮﹂ ﹁なんだ⋮⋮?﹂ パンパンと手を叩いて2人を起こす。 ﹁今日は何月何日?﹂ ﹁え、と⋮⋮12月31日、ですよね?﹂ ﹁そう。 つまり年末というわけだ﹂ 年末にすることといったら1つ。 大掃除 ﹁俺だけじゃ今日中に終われないので、2人にも手伝ってもらいま す﹂ 1373 ﹁もちろんです﹂ ﹁なにすればいいんだ?﹂ ﹁まずは起き上がって自分が寝てる布団を干してきて﹂ 大掃除開始だ。 ﹁俺はリビングをやる。 ナベは風呂場、龍はキッチンを頼む﹂ 水場の掃除が苦手な俺。 2人に任せる。 さて、まずは電気からやるか。 窓を開けて、と。 エアコンの中身を掃除して、フィルターを洗って外に干しておく。 天井から下がってる照明カバーを拭いて、電球も拭いて。 1374 壁も吹いていく。 物が置いてある棚の隅々、テレビ台も隅々。 拭き掃除が一通り終わったら掃除機。 窓は開けたままにしておこう。 ﹁三木、風呂掃除終わったぞ﹂ ﹁うん。 龍はどう?﹂ ﹁まだ時間掛かりそうです﹂ キッチンは換気扇もあるから大変だな。 ﹁じゃあナベは自分の部屋掃除してきて。 俺は他の部屋の拭き掃除だけやってくる﹂ さっさとやろう。 1375 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ とりあえず他の部屋の掃除は終わった。 ﹁龍、どう?﹂ ﹁換気扇終わりました!﹂ ﹁お疲れ。 ちょっと休憩しようか﹂ ﹁はい﹂ ﹁ナベー、休憩しよー﹂ トイレ掃除をしてるナベに呼び掛ける。 遠くから返事が聞こえた。 ﹁あのね、アイス買ってあるんだ﹂ ﹁大掃除で暑くなりましたし、ちょうどいいですね﹂ しばらく休憩。 疲れたから眠くなりそう。 1376 1377 大掃除 2︵前書き︶ 最近思うんです。 この小説は1年間を通した話だから、365話で終わったら素敵じ ゃないか⋮⋮? と。 1378 大掃除 2 休憩を終えて、気合い入れ直し。 がんばるぞ。 ﹁あとはどこですか?﹂ ﹁ベランダ、廊下。 あとリビングの窓﹂ ﹁俺達は何すればいいんだ?﹂ ﹁ん⋮⋮じゃあ、俺はベランダ。 龍とナベは廊下お願い﹂ ﹁わかりました﹂ ﹁壁とかも拭いて、玄関も頼むね﹂ ﹁ああ、任せろ﹂ さて、俺は小さいホウキを持ってベランダへ。 布団を取り込んで、ベランダを掃く。 1379 手すりも拭いて、と。 ちなみに布団を干してたあたりの手すりは、あらかじめ拭いておい た。 うん、ベランダはこんな感じかな。 今のうちに洗濯機回してこよう。 ﹁廊下と玄関、どう?﹂ ﹁一通り終わりました。 どうですか?﹂ ﹁いい感じ﹂ 綺麗になった。 ﹁ナベ、窓拭き任せていい? 俺は買い出しに行ってくるから﹂ ﹁ああ﹂ 1380 ﹁龍は俺についてきて。 荷物持ちきれないから手伝ってほしいの﹂ ﹁わかりました。 任せてください﹂ さぁ、買い出しだ。 正月だからといっても、別におせちを作る気はない。 ダラダラしたいからね。 4日保つくらいの食料を買い込んでおきたい。 年末は安いし。 あんまり時間がない。 さっさと買い込んで龍に荷物持ってもらった。 俺はあんまり荷物持たしてもらえなかったな。 こんなときくらいいいじゃんね。 1381 過保護すぎ。 1382 年越し ﹁何かやるか? ジャンプとか?﹂ ﹁えー、めんどくさい﹂ 今まさに年越し。 年明けまであと3分ね。 ﹁おそば美味しかったですね﹂ ﹁いい感じにダシがとれたんだ﹂ ﹁なぁ、それ年明け前に話すことじゃねぇよ﹂ ﹁ナベ、かたちにこだわりすぎ﹂ そうかしこまらなくてもいいよね。 ﹃カウントダウン! 10、9、8、⋮⋮﹄ 1383 テレビから歓声があがる。 ﹁うわ、もうカウントダウン!﹂ ﹁何かします?﹂ ﹁んー⋮⋮﹂ 何かってなんだろう。 なんかあるかな。 ﹃2、1、0!!﹄ ﹁んっ﹂ え⋮⋮。 キス? ﹃新年あけましておめでとうございまーすっ!!﹄ ﹁ちょ⋮⋮﹂ ﹁こういうのなんて言ったらいいんでしょうね。 年が明ける瞬間、僕と先輩はイチャイチャしてた⋮⋮ですかね﹂ 1384 ﹁⋮⋮バカ﹂ なにやらかしてくれてんの⋮⋮。 ﹁⋮⋮俺は今ちょっと寂しいぜ。 なんか仲間外れな気がして﹂ ﹁⋮⋮!﹂ ﹁残念ですが今だけは仲間外れになっててくださいね﹂ そうだった。 ナベがいたんだった。 うわ、恥ずかしい⋮⋮。 ﹁照れた先輩も可愛いです﹂ ﹁年明け早々言うことじゃねぇよ⋮⋮﹂ 1385 ﹁年明けだし、今年の抱負でも語るか﹂ ﹁なんかある?﹂ ﹁じゃあまずナベさんからどうぞ﹂ ﹁俺はな、ワイルドな男になる﹂ ﹁ワイルドってどんな?﹂ ﹁なんつーか、大人の男になる﹂ だからそれどんな男だ。 ﹁次、神谷﹂ ﹁先輩と距離を置かないようにする、です﹂ ﹁なにそれ﹂ ﹁先輩はどうしても僕より先に卒業しちゃって学校からいなくなり ますし、中学の二の舞にはなりたくないんです﹂ ﹁それは本当に悪かったと思ってるけどさ﹂ ﹁可哀想なやつだな、神谷。 次、三木﹂ 1386 ﹁俺は⋮⋮そうだな。 うーん⋮⋮自立する、かな?﹂ ﹁自立?﹂ ﹁卒業したら1人暮らし始めようかなって思うんだよね﹂ ﹁女性の1人暮らしなんて危ないですよ!﹂ ﹁気を付ければ危なくないでしょ﹂ ﹁⋮⋮僕、抱負追加します。 先輩を護ります﹂ ﹁追加って⋮⋮﹂ 明日は正月だから一度家に帰らなきゃいけないけど、今日も夜中ま で騒がしく喋った。 ﹁あ、忘れてた。 あけましておめでとう、今年もよろしく﹂ ﹁あけましておめでとうございます。 こちらこそ﹂ ﹁おめでとう。 よろしく﹂ 1387 1388 年明け 今日は家に帰ってきた。 ていうか正月はばあちゃんの家に行けばいいだけなんだけど。 家にちょっと顔出して、そのまますぐにばあちゃんの家へ。 ﹁ばあちゃーん﹂ ﹁あらあら、佳亜ちゃん。 いらっしゃい﹂ 背中が曲がった小さいばあちゃん。 じいちゃんは俺が14歳のときに他界した。 1人暮らしは寂しいからって、じいちゃんが死んですぐにうちの近 所に引っ越してきた。 用が無いときでもたまに顔出すようにしてる。 ﹁ばあちゃん、腰大丈夫? 1389 なんか手伝おうか?﹂ ﹁大丈夫だよ。 正月なんだからゆっくりおし﹂ ﹁うん。 あー、寒かった﹂ こたつに足を入れる。 あったかい。 ﹁せっかく佳亜ちゃんがきてくれたから、お餅でも焼こうかねぇ﹂ ﹁ほんと?﹂ ばあちゃんの焼いた餅は美味い。 タレが甘辛くて好き。 ばあちゃんが焼いてくれた餅を食べながらテレビをみる。 相変わらず美味いわ。 1390 ﹁手相だってさ。 ばあちゃん、手見せて﹂ ﹁はいよ﹂ テレビの画面と見比べながら、ばあちゃんの手相をみていく。 ﹁うわー、ばあちゃんの生命線長っ。 こりゃ長生きするわ﹂ さすがだ。 ﹁佳亜ちゃん﹂ ﹁ん?﹂ ﹁はい、お年玉﹂ ﹁ありがとう﹂ わーい、お年玉もらった。 こういうのは遠慮したら逆に失礼だよね。 1391 ﹁ばあちゃん長生きしてね。 またお年玉もらいにくるから﹂ ﹁そうねぇ。 来年も用意しなきゃねぇ﹂ 今年も健康で元気にね。 1392 正月休み ﹁年賀状きてる﹂ ﹁ナベにはいっぱいくるだろうね﹂ それぞれ正月を終えて、ナベの家に帰ってきた。 帰ってきたって表現もおかしいか。 ナベの家に泊まってんのも当たり前になってきたな。 ﹁はー、2日間疲れた﹂ ﹁何したら疲れるんですか﹂ ﹁じいちゃんの家で餅つかされたんだよ﹂ ﹁そりゃ重労働だな﹂ ﹁ナベさん男でしょう。 だらしないですよ﹂ 今日もみんなしてごろごろ。 1393 コタツあったかい。 ﹁アイス食いたいな﹂ ﹁買ってましたっけ?﹂ ﹁うん﹂ 冷蔵庫に走る。 あー、寒い寒い。 ﹁はい、アイス﹂ ﹁いいな﹂ ﹁2人の分も持ってきたよ﹂ ﹁ありがとうございます﹂ コタツのテーブルの上にドンとアイスを置く。 コタツでみかんじゃない。 1394 時代はコタツでアイスだ。 ﹁なぁ、お前もうすぐ誕生日だろ﹂ ﹁ん、まぁ﹂ そうだった。 ついつい忘れそうになる。 ﹁祝おうぜ。 なんか欲しい物とかあったら言えよ﹂ ﹁そう言われても⋮⋮﹂ とくにない。 ﹁僕とナベさんでそれぞれ選んでプレゼントしましょうよ﹂ ﹁だな。 三木、楽しみにしてろよ﹂ 1395 ﹁うん﹂ 祝ってくれるなんてありがたい。 楽しみにしとこう。 ﹁料理も俺達でやるか﹂ ﹁そうですね﹂ ﹁ありがとう。 でも料理は俺がやるから﹂ そこは譲れない。 1396 雪 ﹁三木! 起きろ!﹂ ﹁ん⋮⋮?﹂ 朝起きてごはん作って、それからしばらくソファーでうとうとして た俺。 ナベの声で完全に起こされた。 ﹁なに⋮⋮?﹂ ﹁外みてみろ﹂ ﹁外?﹂ 外がどうした。 ソファーからのろのろ立ち上がって、窓から外をみた。 ﹁おお⋮⋮﹂ 1397 そこは雪国だった。 いや、本当に。 冗談は抜きにしてね。 まさに銀世界。 街が雪で包まれていた。 ﹁昨日寒いなぁと思ったら⋮⋮どおりで﹂ ﹁こっちはたまにしか見られないからな。 いい景色だ﹂ ﹁ん、いい景色。 ⋮⋮あれ、龍は?﹂ ﹁ああ、なんかあいつ全然起きないんだ﹂ 寝起きのいい龍が? 嘘でしょ。 ﹁ちょっと見てくる﹂ 1398 昨日はナベの部屋に布団敷いて寝たんだ。 ナベの部屋に入って、龍の布団の横に座った。 ﹁龍、龍。 どうしたの?﹂ 頭まで掛け布団をかぶった龍。 その掛け布団の山を少し揺らした。 ﹁⋮⋮先輩﹂ ﹁龍?﹂ 聞こえてきた声は弱々しい。 顔を覗き込むと少し赤かった。 龍の額に手を当ててみる。 そこはいつもより熱かった。 1399 ﹁風邪か⋮⋮どう? どんな体調?﹂ ﹁ちょっと喉痛いです。 あと頭が痛いです﹂ ﹁ん。 氷枕作ってくるから待ってて。 少しだけ腹に何か入れて、薬飲もう﹂ ﹁はい﹂ 額に当てた手でスルッと髪を撫でてから立ち上がる。 えーと、氷枕と、薬と、ちょっとした食べ物と、⋮⋮あと何が必要 だろ。 寒いだろうから湯タンポかな。 1400 病気 ﹁せっかくだから雪で氷枕を作ってみた。 はい、頭の下に入れて﹂ わざわざ氷使わなくても、今日は外に自然の氷がわんさかある。 あるものは使わなきゃね。 ﹁さらに喉痛めるから暖房は入れないからな。 湯タンポと、布団もう1枚重ねるだけで結構違うよ﹂ ﹁ありがとうございます﹂ ﹁喋んなくていいから。 ゆっくり休んで早く治して﹂ ﹁はい﹂ 少しゼリーを食べさせた。 これで薬飲ませられる。 ﹁ツラいだろうけど、すこし起き上がって。 1401 うん、寄り掛かっていいから﹂ 龍の身体を支えつつ、上体だけ起こす。 ﹁はい、これ。 飲んで﹂ 風邪薬と水を渡して、飲ませた。 あとは様子見だな。 ﹁ご苦労さま。 あとはゆっくりしててな﹂ ﹁⋮⋮先輩は、何しとくんですか?﹂ ﹁なるべくここにいるから。 買い物に出るときは寝てても起こして一声掛けるからな﹂ 龍は頷いて、目を閉じた。 ﹁⋮⋮看病っていいよな﹂ 1402 ﹁なに言ってんの﹂ 少し龍のそばを離れて、洗い物をしにきた俺。 ナベはキッチンの壁に寄り掛かって腕を組み、なんかブツブツ話し はじめた。 ﹁なんか、こう⋮⋮見てて癒しになる。 ほんわかする感じ﹂ ﹁なに言ってんの。 される側はツラいんだよ﹂ ﹁俺365日健康体だからさ、看病されるのってちょっと憧れてん だ﹂ ﹁彼女作って優しく看病してもらいな﹂ ﹁冷たいな﹂ なんなんだ。 ﹁神谷、熱は?﹂ ﹁38度5分。 早く薬が効いてくれるといいんだけどな﹂ 1403 まだ汗もかいてない。 汗をかきはじめれば少しずつ下がってくるんだけどな。 ﹁今日のご飯、雑炊でいい? お粥作るついでに﹂ ﹁ああ﹂ 土鍋を出す。 龍が寝てるうちにちょっと準備しとこう。 ﹁なぁ、三木。 もし俺が病気で寝込んだら優しくして﹂ ﹁そうなったらな﹂ 365日健康体は病気にならないだろう。 1404 お粥 ﹁ん⋮⋮﹂ ﹁ごめん、起こした?﹂ ﹁いえ⋮⋮﹂ 汗拭いたら起こしちゃったな。 ﹁どう? 寒い﹂ ﹁少し暑いです﹂ ﹁じゃあ湯タンポ抜こうか。 氷枕も取り替えよ。 ちょっと待ってて﹂ 少しずつ熱が下がってくれるといいんだけど。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁すぐ戻ってくるから﹂ 1405 少し残念そうな顔をする龍。 風邪ひいて甘えたい気分なのかな。 早足でキッチンに行って、氷枕を取り替える。 ついでに土鍋を持って部屋に戻った。 ﹁お待たせ。 龍、そろそろ薬が切れる頃だから何か食べて飲み直さなきゃな﹂ ﹁はい﹂ 土鍋を床に置いて、氷枕を龍の頭の下に入れる。 ﹁ちょっと身体起こして⋮⋮大丈夫? ツラくない?﹂ ﹁大丈夫です﹂ ﹁はい、あーん﹂ 土鍋からお粥を皿に移して、お粥を掬ったレンゲを龍の前に突き出 す。 1406 龍はそれを見て固まってしまった。 ﹁な、なんですか急に⋮⋮﹂ ﹁せっかくだからとことん甘やかしてやろうかと。 ほら、あーん﹂ ﹁⋮⋮﹂ 少しあたふたしたけど、すぐ大人しくなる。 突き出したレンゲを黙って口に入れた。 ﹁そうそう、よくできました。 はい、次﹂ ﹁⋮⋮なんか子供扱いしてません?﹂ ﹁子供でしょ? 次、あーん﹂ ﹁⋮⋮﹂ 黙って食べ進めていく。 1407 ﹁無理して食べなくていいからね﹂ ﹁いえ、大丈夫です。 美味しいですから﹂ ﹁そりゃよかった﹂ 龍は皿に移した分を食べきった。 よかった。 少しは食欲戻ってくれたかな。 ﹁さっきまで食欲なかったんだし、あんまり入んないでしょ? とりあえず薬飲もうか﹂ ﹁はい﹂ 薬と水を渡して飲ませて、布団に寝かせた。 ﹁先輩、今日は甘やかしてくれるんですか?﹂ ﹁うん、まぁ﹂ そのつもりだけど。 1408 ﹁じゃあ僕のお願い聞いてくれます?﹂ ﹁言ってみ﹂ ﹁キスしてください﹂ わお。 そんな大胆なお願いだとは。 ﹁風邪うつっちゃうんで、口はしないでください﹂ ﹁これでいい?﹂ 額にちゅー。 なんでだろう。 口のキスは恥ずかしいのに、これはそんなでもない。 ﹁なんか足りないです。 風邪治ったらキスさせてください﹂ 1409 ﹁そのうちね﹂ そっちは恥ずかしいんだ。 今はテキトーに流すしかない。 1410 魚 ﹁ん、熱も下がったし顔色もいいな。 あとはゆっくり休んで﹂ ﹁はい﹂ 一晩経って、龍の体調は落ち着いた。 ﹁今なら食欲も戻っただろ。 何か食べたいものとかある?﹂ ﹁先輩﹂ ﹁⋮⋮何言ってんの﹂ ぺちっと龍の額を叩く。 ﹁冗談じゃないですよ﹂ ﹁冗談として受け取ってやるから大人しく寝ろ﹂ まったく⋮⋮。 1411 ﹁で、何が食べたい?﹂ ﹁⋮⋮焼き魚がいいです﹂ ﹁オッケー﹂ ﹁お前、魚焼くの上手いよな﹂ ﹁そう?﹂ 今は料理中。 龍は部屋にいる。 魚を焼いてるところを見て、ナベが寄ってきた。 ﹁いい匂いだ。 白飯が進みそう﹂ ﹁結構脂のってるだろ? 魚1匹おまけしてもらったんだ﹂ 1412 ﹁へぇ。 ⋮⋮なぁ、なんき手伝おうか?﹂ ﹁なに、急に﹂ どういう風の吹きまわし? ﹁いや、なんとなく﹂ ﹁ん、じゃあ洗濯物畳んで⋮⋮いや、いいや﹂ ﹁なんでだよ。 やるよ﹂ ﹁ううん、いいから﹂ ﹁なんでだよ﹂ ﹁⋮⋮俺の下着あるから。 言わせんなよ﹂ 今日は一緒に洗って乾燥機に入れたんだ。 ﹁おま⋮⋮普通、男のやつと一緒に洗うか? 親父の洗濯物と一緒も嫌だってやつもいるくらいなのに⋮⋮﹂ 1413 ﹁ん、別に平気。 ごめん、嫌だった?﹂ ﹁いや、俺は別に⋮⋮。 お前ホント変わってるよな﹂ ﹁そうかな﹂ 洗濯物ぐらいなんでもないだろ。 あ、魚焼けた。 ﹁ほら、ご飯にしよう。 食器の準備手伝って﹂ ﹁ああ﹂ 今日は龍もリビングでご飯にしようかな。 1414 誕生日 ﹁先輩!﹂ ﹁はーい﹂ なんかすごく遠くで呼ばれた。 俺はリビングでソファーに座って洗濯物畳んでる最中だ。 ドタドタ走ってくる音が聞こえて、龍がリビングに入ってきた。 そのまま俺の前まで走ってきて、床にドシャっと座った。 ﹁先輩!﹂ ﹁なに、どうしたの﹂ ﹁僕は人生最大の失敗をしてしまいました﹂ ﹁何が?﹂ 本当にどうしたんだ。 1415 ﹁一昨日! 先輩の誕生日だったじゃないですか!﹂ ﹁ああ、そういえば⋮⋮﹂ 龍の風邪に意識が向いて忘れてた。 ﹁風邪なんかで大事な日を潰してしまうなんて⋮⋮彼氏失格です﹂ ﹁いや、そんな気を落とさないで。 たかが誕生日くらい⋮⋮﹂ ﹁たかがじゃありません! 2日も遅れてしまいましたが、せめて今日は祝わせてください﹂ ﹁ん⋮⋮でも、風邪は?﹂ ﹁先輩のおかげでもう治りました!﹂ ﹁病み上がりでしょ?﹂ ﹁大丈夫です!﹂ 引きそうにないな。 まぁ、気持ちは嬉しいけど。 1416 ﹁じゃあ⋮⋮うん、祝ってもらおうかな﹂ ﹁任せてください!﹂ ﹁ちょっと買い物行ってきます!﹂ ﹁はーい。 いってらっしゃい﹂ ﹁あ、先輩! 家事やったらダメですよ! 今日はナベさんと僕でやりますから!﹂ ﹁そうだぞ、三木。 ゆっくりしとけ﹂ ﹁えー、でも⋮⋮ん、わかった﹂ ﹁それじゃ、いってきます!﹂ ナベと2人で買い物に出た龍。 晩御飯の買い物だったらどうしようとちょっとだけドキドキ。 1417 でも祝ってもらえるのは嬉しい。 何してくれるんだろうね。 楽しみ。 1418 誕生日 2 −side龍斗− 一昨日は先輩の誕生日だったのに台無しにしてしまった。 せめて今日はめいっぱいお祝いしよう。 ﹁ということで、とにかく先輩に喜んでもらいたいんですよ﹂ ﹁まぁ、そうだな﹂ ナベさんと2人で買い物に出た僕。 まず先輩へのプレゼントを買いたい。 ﹁プレゼント、何がいいと思います?﹂ ﹁あいつならなんでも喜んでくれるだろ﹂ ﹁やっぱり心の底から喜んでほしいじゃないですか﹂ ﹁まぁな﹂ 街中でうんうん悩む僕達。 1419 ﹁ていうか、幼馴染みなんだからお前が一番三木の好み理解してん だろ。 お前のほうこそ俺に助言してくれよ﹂ ﹁そうですね⋮⋮先輩は文房具とか好きですけど、アレはどちらか というと見るのが好きって感じですし﹂ だから迂闊にプレゼントできない。 そりゃ喜んでくれるだろうけど、先輩は自分が使う文房具はこだわ るタイプだ。 ていうか文房具だけじゃなくて使う物にこだわるタイプなんだ。 ﹁うーん⋮⋮好きな色とかは?﹂ ﹁基本は黒とかシンプルな色ですね。 でも物によっては選ぶ色が違ってて⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮難しいな﹂ ﹁なんとかプレゼント買えましたね﹂ 1420 ﹁ああ﹂ 必死に探して、どうにか選んだプレゼント。 喜んでくれるといいけど⋮⋮。 ﹁さて、次は食い物買いに行くぞ﹂ ﹁そうですね﹂ ケーキはチョコ。 飲み物やお菓子も買って、と。 早く帰ろう。 早く帰ってお祝いしよう。 1421 誕生日 3 ﹁先輩! ⋮⋮あれ、先輩?﹂ 遠くで龍の声が聞こえて、俺は薄く目を開けた。 ぼんやりした中でも理解したのは、ここがナベの部屋ってこと。 洗濯物を置きにきて床に座ったままベッドに伏せて寝てしまったら しい。 ﹁あっ、先輩!﹂ ﹁ん⋮⋮おかえり﹂ 龍の声がすぐ近くで聞こえて、俺は目を擦った。 ぼやけた視界を起こすと心配そうな龍の顔が見えた。 ﹁先輩? 大丈夫ですか?﹂ ﹁大丈夫。 気持ちよくてちょっと寝ちゃっただけ﹂ 1422 今日はいい天気だ。 あったかい陽射しが部屋に入ってくる。 ﹁すみません、遅くなって。 リビングに来てくれますか?﹂ ﹁うん﹂ ﹁おお⋮⋮﹂ リビングに行ってみると、ケーキやグラスが置いてあってテーブル が整ってた。 ﹁先輩、過ぎちゃいましたけど⋮⋮誕生日おめでとうございます﹂ ﹁おめでとう﹂ ﹁ありがとう﹂ なんか照れるね。 1423 ﹁これ、プレゼントです。 受け取ってくれますか?﹂ ﹁俺からも﹂ ﹁マジ? ありがとう。 開けてもいい?﹂ ﹁はい﹂ 綺麗に包装された箱を開けた。 ﹁あ⋮⋮﹂ 箱から出てきたのはイヤホン。 今のイヤホン壊れちゃったから、新しいの欲しかったんだ。 龍からのプレゼントも開ける。 出てきたのはヘッドホン。 1424 ﹁すげぇ⋮⋮。 嬉しい、ありがとう﹂ イヤホンは耳が疲れるからヘッドホンいいな。 でも音漏れ防止にはイヤホンのほうがいいよな。 そんな風に思ってた。 嬉しい。 すごく嬉しい。 龍とナベはホッとしたような顔をする。 ﹁正解だったな、神谷﹂ ﹁先輩は使い分けたいタイプですからね。 でもイヤホンとヘッドホン両方なんて1人で揃えるのは大変ですし﹂ 俺はプレゼントに感動して2人の会話は聞こえない。 嬉しい。 1425 ﹁ありがとう。 大事にする﹂ ﹁喜んでくれてよかったです。 そろそろケーキ食べませんか?﹂ ﹁うん﹂ ケーキを切って取り分けてくれるナベ。 龍はグラスに飲み物を入れてくれた。 ﹁そんなことまでしなくていいのに⋮⋮﹂ ﹁せっかくですから。 遠慮しないでください﹂ なんか申し訳ないな。 あんなプレゼントまで貰っちゃったし。 ﹁夕飯も俺達が﹂ ﹁ううん、それは俺がやるよ﹂ 1426 ﹁なんでだよ﹂ 夕飯はダメだ。 それはだけは絶対に。 ﹁お礼に美味しいもの作るよ﹂ それくらいしか返せないし。 ﹁別にいいのに﹂ ﹁そうですよ﹂ ﹁いいの、やらせて﹂ 本当に感謝してるから。 ありがとう。 祝ってくれて。 1427 不在 ﹁なぁ、明日遊びに行ってきていい?﹂ 俺は皿を洗いながらナベと龍に訊いた。 ﹁あいつらか﹂ ﹁うん﹂ 昼に香から電話があった。 冬休みが終わる前に遊ぼうってさ。 瀬田も隊長も明日は暇らしい。 ﹁いってきてください、先輩﹂ ﹁楽しんでこい﹂ ﹁うん。 ありがとう﹂ あいつらに会うの久しぶりだな。 1428 で、朝。 テーブルを拭いてたら龍が起きてきた。 ﹁おはよ。 朝ごはん食べる?﹂ ﹁あれ⋮⋮先輩、今日出掛けるんじゃ?﹂ ﹁昼からね﹂ ﹁そうなんですか⋮⋮あ、朝ごはんいただきます﹂ ﹁はいよ﹂ 休みなんだし、わざわざ早起きすることもないよね。 まだ時間あるし洗濯でもしよう。 んで、つい時間を忘れて洗濯に集中。 1429 乾燥終わって畳んでタンスに直してた。 ﹁⋮⋮先輩、時間大丈夫ですか?﹂ ﹁え? ⋮⋮あ﹂ やばい。 もう出なきゃ。 残りの洗濯物もタンスにしまってバタバタ準備した。 ﹁2人とも、昼ごはんは作ってあるから。 冷蔵庫にオカズ入ってるから、レンジで温めて食べて﹂ ﹁わかりました。 ありがとうございます﹂ ﹁気を付けて行ってこいよ﹂ ﹁行ってきます﹂ 1430 不在中 −sideナベ− ﹁⋮⋮!! ⋮⋮!?﹂ 俺は今混乱している。 自分の部屋に立ち尽くして混乱している。 ﹁な、ん⋮⋮﹂ 俺の目の前には自分の部屋のタンス。 シャワーを浴びようと服を取りに来てタンスを開けたら、俺を混乱 させる物がそこにあった。 ︵これは⋮⋮︶ 女性用下着。 上半身につけるやつ。 ﹁うわ⋮⋮マジか﹂ 1431 自分の顔が赤くなるのがわかる。 女の兄弟なんていない俺はこういうのに耐性がないんだ。 母さんのやつって可能性はあるけど、家にいないから洗濯物は出な い。 必然的に、三木のものだってことに。 ︵⋮⋮どうすりゃいいんだよ︶ あいつ出掛けで急いでたからな。 間違えてうっかり俺のタンスにしまったんだろう。 まぁ、それはいい。 間違いは誰にでもある。 ただし、俺はこの状況をどうすればいいのかという解答を知らない。 あいつのためにも神谷のためにも、何も知らせず何も気付かれずに どうにかしたほうがいいはずだ。 1432 だが、どうする⋮⋮? しばらくの葛藤を終えて、俺はポーカーフェイスでリビングに来た。 ﹁あ、ナベさん。 そろそろ昼ごはん食べます?﹂ ﹁あ、ああ。 そうだな﹂ やべ。 声に動揺が。 ﹁オカズ温めてきますね﹂ ﹁ああ、頼む﹂ ポーカーフェイスを崩さないように注意しながら、リビングを抜け て脱衣場に。 ﹁ナベさん、どうしたんですか﹂ ﹁何が?﹂ 1433 ﹁なんか変ですよ。 しかもどこに行くんですか﹂ ﹁あー、えっと⋮⋮シャワー浴びてくる﹂ ﹁⋮⋮? そうですか﹂ 俺は背中を神谷に見せないように脱衣場まで歩いた。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 脱衣場のドアを閉める。 ︵ちょっと怪しいかもしれないけど、これしか思いつかない︶ 俺が背中に隠してたタオル。 今はタオルしか見えないが、中には下着が入ってる。 それをこっそり乾燥機の中に放り込んだ。 なるべく下着を見ないように顔を反らしながら終始行動した。 1434 三木の鞄を開けてそこに戻すなんて出来ないし、他にどうしたらい いかわからない。 乾燥機の中なら取り忘れたことにできるかもしれない。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ やりきった。 よくやったぞ、俺。 ﹁ただいまー﹂ ﹁おかえりなさい、先輩﹂ 夕方になって三木が帰ってきた。 ヤバい。 顔しっかり見れねぇ。 ﹁ナベ? どうしたの、顔赤くない?﹂ 1435 ﹁え、いや⋮⋮﹂ 三木は背伸びして俺の額に触ってくる。 か、可愛いことすんな! ﹁熱はないな⋮⋮﹂ ﹁暑いだけだから⋮⋮。 ち、ちょっとコンビニ行ってくる!﹂ ダメだ。 しばらく三木と正面から話せないかも。 意外と繊細なんだよ、俺は。 1436 発見 ここ2日くらい、なんかナベの様子がおかしい。 リビングで顔を合わせても、すぐ視線をそらされる。 機嫌が悪いのか? そういう感じではなさそうだけど⋮⋮。 考えても思い当たらない。 俺なにかしたかな。 訊いてみるべき? うーん⋮⋮。 こういうのはタイミングって大事だよな。 もう少し様子をみるか。 洗濯でもしよう。 1437 ﹁ん⋮⋮?﹂ 乾燥機になにか⋮⋮あ、俺の下着? 取り忘れた? いやそんなはずない。 見られたら恥ずかしいからちゃんと確かめたし。 ﹁⋮⋮﹂ 洗濯したのは2日前。 ナベがおかしくなったのも2日前。 ⋮⋮これは何か関連がある? 俺は2日前のことをじっくり思い出すことにした。 ナベに直接訊こうかとも思ったけど、俺に気を遣ってくれてんだっ たら申し訳ないからやめとく。 1438 うーん⋮⋮たしか2日前は、香達と遊びに出掛けた日だ。 朝ごはん作って、龍達の昼ごはん作って、昼から出掛けるからまだ 時間があった。 で、洗濯したんだ。 時間を忘れるくらい。 洗濯して、乾燥機に入れて、畳んで直して、それをやってたら時間 ギリギリになってた。 急いで畳んだ洗濯物をナベのタンスに入れたんだ。 ⋮⋮もしかして、その時俺の下着が混ざっちゃった? 龍に知らせず俺にも知らせずにナベ1人でなんとかしようとしたん だったら、なんとなく辻褄はあう。 タオルも一緒に乾燥機に入ってたし、タオルに包んで下着を乾燥機 に戻した⋮⋮って感じ? だとしたら恥ずかしいな。 本当にそうだとしたらナベ大変だったな。 1439 タンスにしまうときは気を付けよう。 ﹁ナベ、ありがと﹂ ﹁え? 何が?﹂ ナベは俺の目を見ない。 例のことで俺の顔を見れないのか。 ⋮⋮ナベって思ったより繊細なんだな。 意外だ。 少し待ったら今まで通りに戻ってくれるかな。 1440 そろそろ ﹁もう冬休み終わっちゃいますね﹂ ﹁そうだな﹂ そろそろ始業式が近い。 宿題も終わってるし余裕あるけど、ナベの家から出なきゃな。 ﹁ナベ、お父さんいつ帰ってくる?﹂ ﹁冬休み終了の前日﹂ ﹁じゃあそれまでに荷物まとめなきゃな﹂ 別にナベのお父さんに会っちゃダメってことじゃないけど、なんか 区切りがいいよね。 それに、一応俺も女だ。 男2人と女1人が1つ屋根の下ってのは世間的にダメっぽい。 1441 それなりに準備しとこう。 ﹁なんか寂しいな。 いるのが当たり前の生活になってたし﹂ ﹁また来るよ。 そんときは家にいれて﹂ ﹁ああ﹂ すこしオカズを作りおきしておく。 1週間くらいはもつかな。 ﹁⋮⋮絶対また来いよ﹂ ﹁え⋮⋮﹂ 後から首に腕を回された。 びっくりした。 これは龍じゃなくて、ナベの腕。 1442 ﹁⋮⋮! ご、ごめん﹂ ﹁いいけど⋮⋮そんなに寂しい?﹂ ﹁⋮⋮まぁな﹂ ﹁でも学校始まったら毎日会うよ﹂ ﹁ここに住んでるのと学校で会うのとじゃ色々違うだろ﹂ ﹁まぁ、そうだけどさ﹂ そういえばあと3ヶ月くらいで卒業なんだよな。 そうなると会うの難しくなるかな。 ﹁週末とか泊まりにきていい?﹂ ﹁ああ。 どんどん来い﹂ 卒業までにめいっぱい遊んでおこう。 1443 で、日は流れて今日は帰る日になった。 ﹁ずっと泊めてくれてありがと。 楽しかった﹂ ﹁いや、俺も楽しかったから﹂ ﹁また泊めてくださいね﹂ ﹁ああ、もちろん﹂ マンションの下まで見送ってくれたナベ。 俺達は手を振りながら歩いた。 ﹁じゃあ、またな﹂ ﹁またな﹂ ﹁また今度お世話になります﹂ ありがとう。 1444 本当に楽しい冬休みだった。 1445 終わる冬休み 目を開けると見知らぬ天井。 ではなく、久しぶりに見る自分の部屋の天井。 寝返りをうって時計を見る。 ﹁うわ、寝坊したー﹂ 朝、8時。 あと30分以内に学校に行かなきゃならない。 急いで準備しなきゃ。 今日は始業式。 冬休みもとうとう終わったな。 まったく。 初日から遅刻か⋮⋮。 1446 がんばって学校についた。 ﹁ふぅ。 ギリギリ遅刻か﹂ ﹁それアウトだよ﹂ ﹁おはよう、瀬田﹂ ﹁おはよう﹂ 近くにいた瀬田に挨拶。 ﹁みっきー! おはよう!﹂ ﹁おはよう。 元気だな、香﹂ 相変わらず。 ﹁ん、隊長は?﹂ 1447 ﹁なんかね、お休みらしいよ﹂ ﹁マジで?﹂ 珍しいな。 もしやインフルエンザ? ﹁今日はどうせ昼までだし、お見舞いに行くか﹂ ﹁だね﹂ 待ってろ隊長。 ﹃えー、最近インフルエンザが流行ってるので、えー、皆さんも手 洗いうがいはきちんと﹄ 早く終われ校長。 寒い日に寒い体育館で長時間話しを聞いてるこの瞬間に風邪ひくん だよ。 1448 高校はそんなに長くないけど、小学校のときの式は長かったな⋮⋮。 がんばれ、現役の小学生。 ﹃えー、終わります﹄ 終わった。 このあと校歌だろ。 ﹃それでは、校歌斉唱!﹄ ほらな。 始業式のあとはなんだっけ。 掃除して、担任の話聞いて、んで終わりか。 やべ、通知表忘れた。 ﹃始業式を終わります。 皆さん、教室では通知表の提出を忘れないようにしてください﹄ 1449 ごめんなさい。 忘れました。 1450 お見舞い ﹁どれがいいかな﹂ ﹁これ、隊長好きだったな﹂ ﹁これにしよっか﹂ 今俺達がいるのはコンビニ。 隊長へのお土産を買ってるところ。 隊長にはゼリーを、あと隊長の家の人にシュークリームを買った。 3個入りのシュークリームだから足りるはず。 で、俺達も昼ごはんを買った。 コンビニを出て、裏の人が通らないところで食べる。 腹ごしらえをしてから隊長の家に向かった。 1451 ﹁こんにちはー﹂ ﹃はーい﹄ インターホンを鳴らすと、女の人の声が。 軽い足音が近付いてくる。 ドアの鍵が外されて、女性が顔を出した。 ﹁あら。 佳亜ちゃん達じゃない﹂ ﹁こんにちは。 たいちょ、じゃなくて、沙智さんのお見舞いにきました﹂ ﹁ありがとう。 どうぞ上がってちょうだい。 沙智も喜ぶわ﹂ ﹁お邪魔します﹂ 覚えてる? 隊長の名前、沙智ってんだぜ。 1452 ﹁ちょっと風邪引いちゃってね。 こんなときに学校行かせてインフルエンザもらってきたら大変だか ら休ませたのよ﹂ ﹁そうだったんですか。 風邪はどうです?﹂ ﹁だいぶいいわ。 ベッドにいるけど起きてるわよ。 沙智ー、お友達よー﹂ 隊長のお母さんは隊長の部屋のドアをノックする。 なんども来てるから知ってる。 ﹁どうぞ。 ごゆっくり﹂ 隊長のお母さんにドアを開けてもらって部屋の中に入った。 加湿器が付いててちょっと湿気が多い。 風邪には乾燥がよくないっていうしね。 隊長のお母さんが部屋を出て行くのを見届けて、隊長に挨拶した。 1453 ﹁よ、隊長﹂ ﹁みんな来てくれたの? ありがとう﹂ ﹁具合はどう?﹂ ﹁熱もないし大丈夫。 明日には学校行けそう﹂ ﹁そっか。 よかった﹂ 顔色も悪くない。 本当に大丈夫そうだな。 ﹁ごめんなさいね、たいしたものお出しできなくて﹂ ﹁いえいえ、お構い無く﹂ 隊長のお母さんが戻ってきた。 1454 ︵うっ⋮⋮︶ これは⋮⋮紅茶! ﹁あ、みっきー﹂ 隊長が気遣うように声を掛けてくる。 が、俺は飲むぜ。 せっかく出してもらったから。 砂糖やらミルクやらがあるけど、どれをどう使えばいいのかわから ない。 よし、使わない。 おっと、飲む前に⋮⋮。 ﹁あの、これよかったらどうぞ。 お口に合えばいいんですが﹂ ﹁あらまぁ、ありがとう。 ごめんなさい、気を遣わせてしまって﹂ 1455 ﹁いえいえ。 こんなことくらいしかできませんから﹂ さぁ、いざ紅茶。 香も瀬田も隊長も心配そうにこっちを見てる。 大丈夫か? 大丈夫だ、問題ない。 ごくっ。 ﹁⋮⋮﹂ ふっ、問題あったわ。 ポーカーフェイスでがんばって、なんとか紅茶を飲み終わった。 やりきったぜ。 誰か誉めて。 1456 ﹁それでは、そろそろおいとまします。 また学校でね﹂ ﹁あら、そう? 今日はありがとう﹂ ﹁また学校でね﹂ 俺が立ち上がったところで、隊長から何かを手に握らされた。 手の中を見てみると、それはぶどう味の飴。 ⋮⋮口直しってことね。 ﹁ありがと、隊長﹂ ﹁うん。 ばいばい﹂ 隊長の家を出て、飴を口に入れた。 ぶどう味が広がって紅茶を消してくれる。 ﹁みっきー、がんばったねー﹂ 1457 ﹁がんばったがんばった﹂ 香と瀬田に誉められながら帰った。 1458 体力測定 ﹁⋮⋮﹂ 気が重い。 今日は何の日? ﹁それでは体力測定を開始します﹂ はい、体力測定の日。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 自慢じゃないが俺は体力ないんだよ。 まぁ、これも今年で最後だろう。 今日と明日を乗りきれば、体育は選択授業になる。 がんばろう。 1459 まずは握力測定。 名簿順に名前が呼ばれて、握力を調べていく。 ﹁次、三木さん﹂ ﹁はい﹂ 俺の番だ。 よーし⋮⋮ふん。 ﹁えっと、右手、36﹂ ふん。 ﹁左手、31﹂ こんなもんかな。 握力だけは平均より高いんだよ、俺。 1460 ﹁木元さん。 右手、28。 左手、25﹂ これは香。 ﹁瀬田さん。 右手、24。 左手、29﹂ 瀬田は左利きだからな。 左手のほうが握力あるのか。 ﹁如月さん。 右手、23。 左手、18﹂ 隊長握力低っ。 次、腹筋。 上体起こしとも言う。 1461 俺と瀬田、香と隊長でペアを組む。 片方がペアの足を押さえながら腹筋の回数を数えるんだ。 周りもペアを組んで順番を決めてる。 まずは俺と隊長が腹筋するほうになった。 ﹁1、2、3、4、﹂ 俺めっちゃがんばってるよ。 運動部の人は早いな⋮⋮。 ﹁22、23、24。 はい、24回﹂ うん、いいんだこれで。 香は25回。 大差ないし、いいんだこれで。 今度はペアが役割交代。 1462 俺が瀬田の足を押さえる。 よし。 ﹁1、2、3、4、5、5、5、5、﹂ ﹁ちゃんと数えてよ!?﹂ ﹁冗談だって﹂ ﹁今、何回か、数えて、る?﹂ ﹁たぶん14回くらいじゃないかな﹂ ﹁おい﹂ はい。 瀬田、30回。 隊長は27回。 すごいな。 1463 ﹁はぁ、疲れた。 瀬田のせいで﹂ ﹁こっちのセリフだ﹂ そのあと反復横とび、幅とび、などなどを済ませた。 あとなんだっけ。 明日は外でやる測定か。 やれやれ。 1464 体力測定 2 はい、体力測定。 今日はまず100メートル走をやるらしいよ。 ﹁よーい、どんっ﹂ 合図に合わせて何人かが走り出す。 俺もその中の1人。 で、走り終わった。 なんかさ、胸が痛くて思い切り走れないよね。 心が痛いって意味じゃなくてさ。 女なら誰でもわかると思うよ。 無駄に遠心力が働く。 これどうにかなんねぇかな。 1465 ﹁三木さん、タイムは25秒31ね﹂ 遅っ。 ﹁次は球投げか﹂ ﹁ハンドボール投げね﹂ 球を投げることにはかわりない。 ﹁みっきー、がんばれ!﹂ ﹁んー﹂ 片手で2回投げるんだな。 ほい。 ﹁10メートル﹂ ほい。 1466 ﹁12メートル﹂ ふっ。 所詮、こんなもんよ。 握力と腕力って別物なんだってよくわかる結果だろ? 多分、腕力なら香のほうがある。 ﹁えーい﹂ ﹁18メートル﹂ ほらな。 ちなみに、隊長は14メートル。 瀬田は15メートルだった。 俺かなり低くないか。 1467 あとは⋮⋮気が重いのばっかだ。 ﹁みっきー、次は1000メートル走だよ﹂ ﹁やだな⋮⋮﹂ ﹁早くー﹂ 香に引きずられるように歩く。 気だけじゃなくて身体も重い。 めまい ていうかリアルな話、俺あんまり走りすぎると目眩起こすんだよね。 貧血持ちだから。 ゆっっっくり走ってやろう。 息が切れないくらいゆっっっくり。 1468 体力測定 3 ゆっっっくり走ってやったよ。 1000メートル走。 俺のタイム、11分26秒。 バカみたいだろ? ﹁ありがとう! 三木さんのおかげで今日の授業は走らずに済んだ!﹂ ﹁次の体育の時間に万全な状態でがんばってね﹂ ﹁うん!﹂ 実はちょっと感謝されてたり。 ﹁みっきー、貧血は大丈夫?﹂ ﹁まぁまぁかな﹂ 嘘。 1469 実はちょっと貧血っぽい。 おかしいな。 ゆっっっくり走ったのにな。 どんなにゆっくり走っても息は切れるらしい。 俺が体力ないからかな。 めまい まぁ、目眩は軽いもんだし、ふらつくほどでもない。 鉄分の薬あるし、教室帰ってその薬飲も。 体育終わり。 廊下を歩いて教室に戻る途中。 香達はトイレに行った。 ﹁あ、先輩。 体育だったんですか?﹂ 1470 ﹁え⋮⋮? ああ、うん、まぁね﹂ げっ、龍。 ヤバい。 なんでか知らないけど、こいつ俺が貧血で体調悪いとすぐ見抜くん だ。 ﹁⋮⋮先輩、薬飲みました?﹂ ほら。 ﹁⋮⋮まだです﹂ ﹁これから飲みますよね?﹂ ﹁すぐ飲みます﹂ ﹁そうしてくださいね﹂ なんで見抜くかな⋮⋮。 香達にはバレてないし、顔には出てないと思うんだけどな⋮⋮。 ﹁先輩、大丈夫ですか? 1471 ふらつくなら支えましょうか?﹂ ﹁大丈夫。 そんなに酷くないし﹂ 支えてもらうほどじゃない。 症状はまだ軽いだな。 ﹁気を付けてくださいね? 何かあったらすぐ呼んでください。 授業中でも駆けつけます﹂ ﹁大丈夫だから授業に集中してくれ﹂ 龍があんまり成績上がらない原因、俺だったらどうしよう。 ﹁本当に気を付けてくださいね﹂ ﹁わかった。 ありがと﹂ ﹁今日の放課後一緒に帰りましょうね﹂ 1472 ﹁部活は?﹂ ﹁顧問の先生がプロポーズに失敗して寝込んでるので、今週は休み です﹂ なんつー理由だ⋮⋮。 ﹁バイク置き場で待ち合わせしましょう﹂ ﹁わかった。 じゃ、またな﹂ ﹁くれぐれも気を付けてくださいね﹂ ﹁うん﹂ 心配してくれるのは嬉しいけど、気を付けてって何回言われたんだ ろうか。 過保護すぎるぜ、龍は。 1473 愚痴 ﹃それでですね、僕も一応副部長なんで言ってみたんですけど聞い てもらえなくて⋮⋮。 部員の意見ももっと取り入れるべきだと思うんですよ﹄ ﹁うんうん﹂ 龍と電話中。 部活で色々あったらしいよ。 副部長だもん。 大変だよね。 ﹃ふぅ⋮⋮すっきりしました。 愚痴聞いてくれてありがとうございます﹄ ﹁どういたしまして。 ごめん、解決にまで至らなくて﹂ ﹃いえいえ。 発散させてもらいました。 そういえば、先輩から愚痴って聞いたことないです﹄ 1474 ﹁愚痴? うーん⋮⋮そう?﹂ ﹃そうですよ。 話したことあります?﹄ ﹁どうかな。 自分的には思い当たらないけど⋮⋮﹂ 言われてみると、愚痴らしいこと言ったことないかも。 あーあ、あれ嫌だな⋮⋮って感じの呟きを愚痴じゃないとするなら。 ﹃人に対してとか、ちょっと不満とかありません? あの人のああいうとこ苦手、とか﹄ ﹁あるにはあるけど⋮⋮口に出す前に自己解決しちゃうんだよね。 まぁ、そんなもんよって﹂ ﹃大人ですね⋮⋮﹄ ﹁そういうんじゃないと思うけど⋮⋮﹂ 大人なんじゃなくて、口に出すまでの動きがトロいんだと思う。 のんびりしてる間に頭で納得しちゃうんだな。 1475 ﹃あ、先輩。 質問があるんですけど⋮⋮いいですか?﹄ ﹁なに?﹂ ﹃ちょっと⋮⋮いえ、すごく恥ずかしい質問なんですけど⋮⋮﹄ ﹁⋮⋮? 答えられるかわかんないけど、とりあえず言ってみ﹂ ﹃この間、とあるCMをみたんですけど⋮⋮常識を覆された気がし まして﹄ ﹁何のCMをみたんだよ﹂ そんな歴史的なCMあったか? ﹃その⋮⋮生理って、多い日とか、あるんですか?﹄ ﹁⋮⋮は?﹂ ﹃え、あ⋮⋮ご、ごめんなさい!﹄ 1476 プツッ。 え、電話切られたんだけど。 龍がみたCMって⋮⋮もしかして、ナプキンのCMか? 1477 生理 ﹁なぜ切る﹂ ﹃ごめんなさい﹄ 質問しといて逃げてはいけないな。 ﹁で、生理の話だっけ。 まず最初に言っとくと、女子が生理の話題を恥ずかしがるのは小学 生までだから﹂ ﹃そ、そうなんですか⋮⋮?﹄ ﹁せめて中学生までかな。 高校生くらいになればほぼ恥ずかしがる人はいない﹂ 多分ね。 ﹁さて、逃げた罰として質問を繰り返してもらおうか﹂ ﹃そ、そんな﹄ ﹁はい、どうぞ﹂ 1478 ﹃⋮⋮⋮⋮せ、生理というものは⋮⋮多い日などというものが⋮⋮ 存在するのでしょうか﹄ ﹁よくできました﹂ ﹃お、女の人は恥ずかしくなくても男は恥ずかしいんですよ!﹄ ﹁聞いてればわかるよ﹂ 高校生くらいになると男は女子が生理の話ししてても聞こえないフ リしてくれるもんな。 ﹁龍がみたCMってナプキンのCMでしょ﹂ ﹃⋮⋮よくわかりますね﹄ ﹁それぐらいわかるわ﹂ 女なめんなよ。 ﹁今までナプキンのCMみたことないの?﹂ ﹃ありますけど⋮⋮肌に優しいとかそんなフレーズしか聞いたこと ありません﹄ ﹁なるほど﹂ 1479 メーカーによってはそうかもな。 ﹁結論を言うと、多い日はあります。 女だったら常識ね﹂ ﹃⋮⋮ということは、少ない日もあるんですか?﹄ ﹁ずっと一定量だったらたまったもんじゃないだろ。 終わりがみえないよ﹂ ﹃なるほど⋮⋮﹄ なんだこれ。 保健体育の授業か? ﹁龍は妹いるからな。 これから色々わかると思うよ﹂ ﹃はい。 実はちょっと千華に訊かれたんですよ。 生理について﹄ 1480 ﹁へぇ。 なんて?﹂ ﹃お兄ちゃんも生理なの?って⋮⋮﹄ ﹁ぶっ。 それは、大変だったな⋮⋮ぷぷっ﹂ ﹃笑わないでください⋮⋮﹄ ﹁ごめんごめん。 じゃあ千華ちゃんのためにも、せっかくだから質問に答えてあげよ う。 生理について疑問に思ったことをどんどん言ってみたまえ﹂ ﹃えっ! いいんですか?﹄ ﹁だって別に恥ずかしいことじゃないし﹂ 俺はわりと小学生のときから恥ずかしくなかったからな。 ﹃じゃあ⋮⋮よろしくお願いします、先生﹄ ﹁どんとこい﹂ まさに保健体育の授業だな。 1481 1482 生理 2 ﹃すごく根本的なことですけど⋮⋮生理って、なんですか?﹄ ﹁なんだと思う?﹂ ﹃え⋮⋮﹄ 恥ずかしがる龍の反応がおもしろくて、つい意地悪してしまう。 ﹃えっと⋮⋮子宮が、子供を作るための膜を作って、それがいらな くなって、排出するのが生理⋮⋮って、習いました﹄ ﹁なんだ。 よくわかってんじゃん﹂ 優秀だな。 ﹃合ってます⋮⋮?﹄ ﹁合ってる合ってる﹂ ﹃生理って⋮⋮どんな感じですか? 痛いんですか?﹄ 1483 ﹁いや。 それ自体は痛くないな﹂ ﹃えっ、そうなんですか? 生理痛って聞いたことあるんですけど⋮⋮﹄ ﹁全員じゃないけど、人によっては生理痛もあるよ。 でも生理痛って腹痛のことだから。 胃というより子宮だけど﹂ ﹃な、なるほど⋮⋮﹄ そうか。 男が生理痛って聞いたって腹の痛みだとは思わないよな。 ﹃先輩は生理痛あります?﹄ ﹁その時によって違うかな。 痛くないときもあれば、2日目だけ痛かったり﹂ ﹃2日目⋮⋮?﹄ あ、2日目なんて言ってもわかんないか。 1484 ﹁生理のピークがあってね、個人差はあるけどだいたい2日目や3 日目がピークの人が多いんだ。 そこから徐々に出血が減ってくのね﹂ ﹃生理って血なんですか!?﹄ そうか! そこからか! わかんないのはそこからか! タメだ、笑う。 ﹁あー、もうおかしい⋮⋮﹂ ﹃笑わないでくださいよ⋮⋮﹄ ﹁ごめんごめん﹂ ﹃勉強になりました。 ありがとうございます﹄ 1485 ﹁どういたしまして。 今後、千華ちゃんのために役立ててくれ﹂ ﹃はい﹄ いやー、笑った笑った。 女の常識は男には通じないもんだな。 男の常識もわからんが。 あー、おもしろかった。 1486 顔文字︵前書き︶ 話の内容が内容なので、 ︵・∀・︶などの顔文字が出ます。 1487 顔文字 ﹁ねぇ、みっきー。 顔文字作れる?﹂ 昼休み時間。 ちょっと寝ようかと思ってたら、香が携帯片手に近寄ってきた。 ﹁作れるけど?﹂ ﹁教えて!﹂ ﹁どうしたんだよ急に﹂ 話しを聞いてみた。 最近チャットを始めたらしい香。 でもパソコンからチャットしてる人がいるから絵文字は使えないら しい。 普通に会話してたらその中の1人から香の文面は冷たい気がする、 と言われたらしい。 1488 だから顔文字を使いたいと。 ﹁ていうか、顔文字って教えるほどのもんでもないぞ?﹂ ﹁だってみっきーアスキーアートできるじゃん。 詳しそう﹂ アスキーアート、略してAA。 顔文字を巨大化したようなもんだ。 わからない人は調べてみてくれ。 ﹁詳しくはないけど⋮⋮まぁ、いいや。 とりあえず初歩を伝授しよう﹂ ﹁よろしくお願いしますっ﹂ ﹁基本は、括弧を使うこと。 こういうのね﹂ 携帯の画面に打ち込む。 1489 これね。 ︵︶ ﹁これの中に表情を打ち込めば顔に見える。 とりあえずこんな感じね﹂ ︵^−^︶ ﹁おお!﹂ ﹁わかる?﹂ ﹁わかるわかる!﹂ ﹁あとは表情を変えるだけ。 こんなのとか﹂ ︵´−`︶ ﹁こんなのとか﹂ ︵`−´︶ ﹁簡単だろ?﹂ 1490 ﹁すごい! やってみたい!﹂ ﹁最初は時間掛かるだろうけど、慣れれば早くなるから。 がんばれ﹂ ﹁うん! ありがとうみっきー!﹂ 初歩だけど、とりあえず喜怒哀楽ができれば大丈夫だろう。 1491 顔文字 2︵前書き︶ 今回も︵´д`︶など顔文字がでます。 ご注意を。 今日から5月ですね。 なんだか4月がとても長かったです。 今月は色々ありましたが、なんとか毎日更新を続けられてよかった と思います。 これを読んでくださっている方々のおかげです。 本当にありがとうございます! 1492 顔文字 2 ﹁ねぇ、みっきー。 他の顔文字も教えてくれる?﹂ ﹁いいよ﹂ しばらく使って慣れたんだろう。 他のパターンが使いたくなったんだな。 ﹁じゃあ、会話では喜怒哀楽の次に重要なリアクションを﹂ ﹁よろしくお願いしますっ﹂ ﹁リアクションは表情で表すとかなりパターンがある。 例えばこんなの﹂ ︵゜▽゜︶ ﹁他にもこんなのとか﹂ ︵ ̄○ ̄;︶ ﹁こんなのとか﹂ 1493 ︵・ω・;︶ ﹁最後の可愛い﹂ ﹁この口は結構使えるよ﹂ これね。 ω ﹁急に高度になった⋮⋮﹂ ﹁慣れればそうでもないって。 じゃあ簡単なやつを教えよう。 これを使いたまえ﹂ これね。 ? ﹁これをこんな風にして﹂ ?︵´−`︶ 1494 ﹁ショック受けてるように見える!﹂ ﹁さらにこれをこうすると﹂ ?︵´−`;︶ ﹁困ってるように見える! すごい!﹂ ﹁こんな感じで上手く使いわけるんだ。 とにかく慣れろ。 だんだん記号の配置も覚えてくるから﹂ ﹁うん! ありがとうみっきー!﹂ よかったよかった。 ﹁みっきー先生、質問があります﹂ ﹁なんだね?﹂ ﹁文面の最後に付いてくるこれはなんですか﹂ 1495 香が見せたこれとは。 w ﹁笑ってんだよ。 これが増えれば増えるほど笑ってんだよ﹂ ﹁なるほど!﹂ 香⋮⋮よくチャットなんて始めたな。 1496 選出 ﹁おめでとうございます。 あなたは勇者に選ばれました﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ 勇者? なにそれ? おいしいの? ﹁残念ながら、勇者はおいしくありません﹂ ﹁心を読むな﹂ わかってる。 これはさすがにわかる。 今この状況は夢なんだな。 1497 珍しいな。 夢とわかって夢をみるなんて。 ﹁バレてしまいましたか。 夢の気分はどうですか?﹂ ﹁だから心を読むなって。 まぁまぁかな﹂ ﹁それはなにより﹂ ﹁ところで、あなたは誰?﹂ さっきから話してるこの人。 最初から当たり前のように話し掛けてきたこの人は一体なんなのか。 ﹁そうですね⋮⋮夢の番人、とでもいいましょうか﹂ ﹁へぇ﹂ 夢の中って不思議なもんでな。 非日常的なこともすんなり受け入れられるんだ。 1498 ﹁なにをする人なの?﹂ ﹁寝てる人に夢をみせてるんです。 たとえばこんな風に⋮⋮﹂ 出てきたのは香の夢。 なんかよくわからんが、バナナを大量に食ってる。 どうやら、バナナの皮を家中にまいて滑るトラップとして防犯に役 立てるつもりらしい。 すごい夢だな。 ﹁よかったら、あなたもお友達に夢をみせてみませんか? 色々できますよ﹂ え、いいの? じゃあ⋮⋮。 考えてもいい感じのが出てこない。 1499 ﹁もうなんでもいいか。 じゃあ、耳から牛乳が止まらなくなる夢で﹂ ﹁あなた意外とえげつないですね⋮⋮﹂ だって夢だから。 ﹁おはよ⋮⋮﹂ ﹁どうした隊長﹂ 朝起きて、俺は学校にきた。 隊長が元気ない。 ﹁なんか昨日変な夢みてね⋮⋮耳から牛乳が出てきて止まらなかっ た﹂ ﹁へぇ。 牛乳嫌いだったっけ?﹂ 1500 ﹁嫌いになりそう﹂ 変な夢だな。 そういえば俺も昨日は変な夢を⋮⋮あれ。 どんな夢みたっけ? まぁ、忘れるくらいだからどうでもいい夢だったのかな。 1501 生理痛 ﹁うーん⋮⋮﹂ こんにちは。 朝から寝込んでる俺です。 腹が痛くてね。 正確には生理痛だが。 生理痛なんて久しぶりだ。 ついこのあいだ龍と生理がどうとか話してたな。 やれやれ。 腹が痛くて寝られない。 なかなか薬効かないな⋮⋮。 1502 ︱︱プルルルル ん、電話? ﹁もしもし﹂ ﹃もしもしみっきー?﹄ ﹁香か﹂ 今何時だ? もう学校終わった時間か。 ﹃今、学校の前にいるの﹄ プツッ。 切られた。 なんだこれ。 2分経って、また電話。 1503 ﹃もしもしみっきー?﹄ ﹁ん﹂ 今度は瀬田。 ﹃今、商店街にいるの﹄ プツッ 切られた。 そして2分後。 ﹃もしもしみっきー?﹄ 今度は隊長。 ﹃今、コンビニ前の交差点にいるの﹄ プツッ 切られた。 1504 ﹁よーし、電話電話っと﹂ 香は携帯で電話をかける。 ︱︱プルルルル、ガチャッ ﹁もしもしみっきー?﹂ ﹃今、あなたの後ろにいるの﹄ はい、まさに後ろに。 ﹁え? ⋮⋮きゃー!!﹂ ﹁よ﹂ 香達がウチに近付いてきてるのはすぐわかった。 だからちょっと先回りした。 ﹁なにメ○ーさんやってんだよ。 1505 暇か﹂ ﹁いや、せっかくだからサプライズしたくて﹂ 嫌なサプライズだな。 ﹁ていうかみっきー、生理痛じゃなかったの?﹂ ﹁いい加減薬が効いたわ﹂ 1日中寝込んでたまるか。 ﹁ふぅ、あがって。 今俺1人だから﹂ ちょうどみんな出掛けてんだ。 ﹁今、私1人なの﹂ ﹁みっきー、メ○ーさん風に言うのやめて﹂ ﹁ていうか裏声やめて。 雰囲気が上手すぎて怖い﹂ 1506 サービスよ。 せっかく来てくれたから。 1507 時間割︵前書き︶ この小説、365話で終わろうかしらと思いました。 どこかを目標にしなきゃ終わりがみえない気がして⋮⋮。 よく見たら残り100話きってますね。 最後まで頑張ろうと思います。 今後ともよろしくお願いします。 1508 時間割 ﹁テストの予定ってどう立てたらいいの⋮⋮﹂ ﹁テキトーだよ﹂ ﹁そのテキトーが難しい⋮⋮って、みっきー早っ! もうできてる!﹂ ﹁だって俺こういうの好きだし﹂ この時間、本当はウチの担任の授業。 ちなみに保健体育ね。 授業するのダルいらしい。 ということで、テストに向けて予定を立てることになった。 時間を決めて紙に書いてみろって。 俺ね、時間とか予定立てるのすごく好きなの。 予定通りにいかなくても。 1509 ﹁みっきーのやつ、見ていい?﹂ ﹁いいよ﹂ 隠すほどのものでもない。 ︱︱︱︱ ・16時、帰宅 ・16時半、風呂 ・17時半、数学の勉強⋮2時間 ・19時半、ごはん ・20時半、自由⋮30分 ・21時、英語の勉強⋮2時間 ・23時、就寝 ・2時、起床 ・2時半、歴史の勉強⋮1時間半 ・4時、理科の勉強⋮1時間 ・5時、自由⋮2時間 ︱︱︱︱ こんな感じ。 ﹁自由多くない?﹂ 1510 ﹁その自由ってのは予備ね。 予定が狂ったときの調整のため﹂ ﹁なるほど﹂ 予定狂うのはしょっちゅうだが。 調整しても戻らないほど。 でも予定立てるの好き。 ﹁みっきー、テスト勉強のときはこんな感じなの?﹂ ﹁調子がいいと予定通り。 でも9割は予定狂う﹂ ﹁狂ってばっかだな﹂ まぁな。 ﹁みっきーの時間割だとすごく勉強してるように思えるけど、実際 1511 はこれ一夜漬けなんだよね﹂ まぁな。 ﹁みっきー、次のテスト勉強一緒にやろうよ﹂ ﹁いいけど、なんで?﹂ ﹁本当に一夜漬けなのか見てみたい。 本当なんだろうけど﹂ まぁな。 1512 自動車学校︵前書き︶ 自動車学校でも厳しいとこと優しいとこがあるみたいですね。 私は優しいとこでした。 やっぱり評判は人から聞くのが一番です。 1513 自動車学校 高校3生、1月。 この時期になると自動車学校に通っていいことになってる。 もちろん俺も例外じゃない。 ということで、高校の体育館で昼休みに自動車学校の説明会がある。 自動車学校か。 長いな。 車校にしよう。 どうしようかな。 社会人になってから車校行ってもな⋮⋮。 多分なかなか行けないだろう。 でもやっぱ免許あると便利だよな。 ん、通うか。 1514 説明会でわかったこと。 通い始めるのはいつでもいいらしい。 いつにしようか。 車学校の流れはね、学校によって少し差があるらしいよ。 車の免許では第一段階と第二段階がある。 これは変わらない。 第一段階が、いわゆる仮免許ね。 学科っていう授業みたいなのがあって、実車つまり車に乗って練習 する。 そんな流れだった。 学科で第一段階はだいたい10回、第二段階は16回から19回。 1515 第二段階の学科数は学校次第らしい 少ないとこ行きたいな。 説明会で聞いたこと少しメモした。 説明会のあと、香達に訊いてみた。 ﹁自動車学校行く?﹂ ﹁私は行こうかな﹂ ﹁あたしはバイクあるからいいや﹂ ﹁あたしも行かない﹂ 隊長は都会に出るんだったな。 都会に行けば免許持ってなくても交通機関がたくさんあるか。 瀬田は都会に行くわけじゃないけど、そんなに広範囲で移動しない 1516 し。 結局、免許とるつもりなのは香だけか。 香は地元で自動車学校行くし⋮⋮。 香から地元に来て一緒に車校行こうぜとは言われたが、距離が遠い。 往復だけで2時間掛かるし。 うーん、どうするかな。 1517 自動車学校 2 ﹁お前、どこの自動車学校行くつもり?﹂ ﹁どこ行こうかな⋮⋮﹂ 掃除の時間。 ナベと話しながらダラダラ掃除する。 ちなみに、俺は窓担当。 ナベは廊下担当。 ﹁ナベは? どこ行くとか決めてる?﹂ ﹁俺はこの近く。 通うなら近いほうがいいからな﹂ だよな。 どうするか⋮⋮。 1518 ﹁そこ校舎は古いけどな、料金安いし、学科は第一段階10回、第 二段階は16回だぞ﹂ ﹁へぇ⋮⋮﹂ 俺の条件に当てはまるじゃん。 ﹁なぁ、どうせなら一緒に行こうぜ。 建物古いせいかあんまり行く奴いないんだよ﹂ ﹁ん⋮⋮。 行こうかな﹂ ﹁お、マジ?﹂ マジマジ。 どうせ行くなら友達と一緒がいい。 ﹁で、この近くの自動車学校に行くことにしたんだな﹂ ﹁はい﹂ 1519 ナベと一緒に担任の許可を貰いにきた。 自動車学校に行くには許可がいるんだ。 ﹁三木は成績良いが⋮⋮お前はギリギリか。 運が良かったな﹂ ﹁努力します﹂ かんばれナベ。 ﹁せんせー、ハンコください﹂ ﹁構わんが、許可証をよく見てみろ﹂ ん? ﹁三木のやつだ。 よーく見てみろ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 1520 なんだろ。 わからん。 ﹁あ⋮⋮﹂ ﹁え、何?﹂ ナベは気付いたらしい。 先生は許可証の種類のところを指差した。 ﹁お前は大型車の免許をとるつもりか﹂ ﹁お⋮⋮﹂ いけね。 ついうっかり。 無事にハンコ貰えた。 あとは自動車学校に入校手続きをしに行くだけ。 1521 ﹁お前⋮⋮ぼんやりして事故るなよ?﹂ ﹁たまたまだって﹂ そう。 たまたま許可証が大型車だっただけだ。 ﹁いつ入校する?﹂ ﹁次の土曜日﹂ 学校休みだし。 目指せ、車のある生活。 まず免許だ。 1522 髪 −side柳田− こんにちは。 私を覚えてくれてる人はいないような気がする。 愛しの佳亜先輩の後輩、柳田芽留です。 昨日、とある雑誌でみたフレーズ。 ﹃女は無意識に女を嫉妬する﹄ 色々書いてあったけど、その中に私も試せそうな事柄があった。 ﹃女は自分以外の女の髪を切らせたい﹄ 私はそれなりに髪が長い。 試してみよう。 1523 とりあえず、女友達。 ﹁あのさ、私髪切ったらどうかなと思うんだけど⋮⋮﹂ ﹁うん、切ったほうがいいんじゃない?﹂ ﹁切っちゃいなよ﹂ やはり。 雑誌で見たような答えが返ってきた。 そういうものなのかな⋮⋮。 嫉妬とかそういう感じじゃなくて、これは本当に無意識みたい。 友達とはいえ、これが女の本能なのかも。 ﹁あっ、佳亜せんぱーい!﹂ 教室から見える廊下には愛しの佳亜先輩が。 つい足がそちらを向いてしまう。 1524 これは本能なんだよ。 そうだ。 先輩にも訊いてみよう。 ﹁よ。 久しぶりだね﹂ ﹁お久しぶりですっ! 先輩、私髪の毛切ろうかなって思うんですけどどう思います?﹂ 唐突すぎたかな? 先輩は少し首を傾げた。 ﹁まぁ、短いのも似合うと思うけど⋮⋮長い髪も似合ってるよ? 切って後悔しないならイメチェンもいいと思う。 でも勿体ないな。 せっかく綺麗な髪なのに﹂ せ、先輩⋮⋮! 1525 先輩の言葉が口説き文句に聞こえてしまう私は、今日も幸せです。 1526 三木佳亜の1日︵前書き︶ ご注意。 今回は佳亜ちゃん視点ではありません。 今日の俺はひと味違うぜ⋮⋮? 冗談です。 こんな感じのやつ一度は書いてみたかったんです。 龍君バージョンも書きたいなぁ⋮⋮。 1527 三木佳亜の1日 7時45分。 ︻起床︼ ﹁ふあぁ⋮⋮。 あー、時間ない﹂ のろのろと制服に着替えて、髪を手ですく。 身支度は5分で済ます女。 8時。 ︻登校︼ ﹁三木ー!! 急げー!!﹂ ﹁はーい﹂ 1528 正門前に立っている教員から怒鳴られつつ、バイクで現れる。 すでにチャイムが鳴り始めているのはいつものこと。 バイクを駐輪場に乗り捨て、正門に走った。 ﹁セーフ﹂ ﹁アウトにしたいとこだがな﹂ チャイムが鳴り終わるまでの間に一度校内に入り、それから乗り捨 てたバイクを停めに戻る。 荷物も手に持ち、再び正門をくぐった。 ちなみに、この光景はほぼ毎日みられる。 8時15分。 ︻朝食︼ ﹁みっきー、また寝坊?﹂ 1529 ﹁ん﹂ ﹁それチョコパン? おいしそう。 一口ちょうだい﹂ ﹁ん﹂ いつも起床時間が遅いため、朝食は学校でとる。 ちなみに、こちらもほぼ毎日みられる光景だ。 10時27分。 ︻授業中︼ 机に開かれたノート。 教員が黒板に書かず口頭でのみ説明したこともしっかり書き込まれ ていて、綺麗にまとめられているようだ。 実はノートの書き方にこだわるタイプである。 教科書を真剣に見つめている。 1530 だがこれは建前。 横や後ろから見るとわかるが、膝では携帯を操作している。 画面を見なくとも問題ないのは、すでにこの作業が手慣れているか らだ。 隣の席の瀬田は、その様子を苦笑いしながら見ている。 12時42分。 ︻昼食︼ ﹁みっきー、今日のお弁当なに?﹂ ﹁今日は特製日本カレー﹂ ﹁普通のカレーじゃないすか﹂ ﹁違うよ。 日本の伝統料理、おにぎりだよ﹂ ﹁おにぎりは伝統料理じゃないと思う﹂ 1531 カレーパンならまだしも、カレーおにぎりを食べる女子高生はなか なかいない。 13時11分。 ︻掃除︼ ﹁いい天気だなぁ。 窓拭けや﹂ ﹁いい天気だなぁ。 廊下拭けや﹂ クラスメートのナベと窓に寄り掛かって空を見上げながらひなたぼ っこをする。 窓拭きは好きらしいが、めんどくさがりなのだ。 16時。 1532 ︻下校︼ ﹁先輩っ。 一緒に帰りましょう!﹂ ﹁うん﹂ 柔道部副部長の彼氏。 彼氏の部活が休みなら一緒に下校する。 朝はあまりにもギリギリなので一緒に登校できない。 彼氏が部活の日は、香達と一緒に下校する。 16時30分。 ︻帰宅︼ 門を開けて、まず愛犬を撫でる。 家に入ると軽く手を洗い、棚から出したコップの半分ほどジュース 1533 をそそぐ。 帰宅後は毎日、コップ半分のジュースは欠かさない。 ジュースに限らず緑茶でもいいらしい。 19時。 ︻夕食︼ ﹁今日は麻衣ちゃんがね、マトリックスしててね﹂ ﹁へぇ﹂ 妹の学校での話を聞きながら食べ進める。 今日の献立はカレーだ。 カレーを作りすぎて余っているらしい。 20時25分。 1534 ︻風呂︼ 風呂はあまり好きでなく、入ろうと思ってから行動に移すまでに3 0分は掛かる。 入ったあとは爽快だが、入っている最中が長くてめんどくさいらし い。 ﹁ふんふーん﹂ 鼻歌を歌いながらシャワーを浴びる。 風呂はいつも1時間掛かる。 21時30分。 ︻自由︼ 髪の毛を乾かし、テレビをつける。 おもしろい番組がなければ、好きなアニメのDVDをつける。 1535 みるためではなく、聴くためだ。 耳がつまらないというのが嫌いらしい。 テレビはみず、携帯を操作したりアイスを食べたりして過ごす。 今日はまず明日の朝食のカレーおにぎりを作っていた。 23時。 ︻就寝前︼ 歯磨きをしながら布団を整える。 コロコロするやつで簡単に部屋を掃除。 朝は時間がないため、いつも寝る前に掃除するのだ。 それが終わり、布団に寝転んで好きな曲を聴く。 最近はオルゴールの音楽が好きらしい。 曲が流れている間は漫画を読む。 1536 今日は運動したい気分だったらしく、そのままの体勢でぴったり揃 えた足を天井に向けて上下左右に振り回していた。 ﹁うーん、疲れた﹂ 1時。 ︻就寝︼ 携帯を充電して、電気を消す。 布団は顔まで被る。 ﹁ふあぁ⋮⋮。 あー、ねむ﹂ おやすみ。 1537 神谷龍斗の1日︵前書き︶ 意外と早く龍くんバージョン出せました。 1538 神谷龍斗の1日 5時。 ︻起床︼ 柔道部次期部長である龍斗は、ランニングを欠かさない。 毎朝必ず10キロ以上走ることにしている。 軽くストレッチをしてから外に出て走り出した。 ﹁今日はゆっくり走って息が切れないようにしてみよう﹂ 6時。 ︻朝食︼ ランニングから帰って、簡単にシャワーを浴びると朝食をとる。 ﹁たくさんお食べー﹂ 1539 ﹁せっかくだけど、多分朝からこんなに食べられないかな⋮⋮﹂ 龍斗の母は料理上手だが、分量の計算がいまいちなのだ。 7時。 ︻登校︼ 登下校は自転車だ。 朝は放課後の部活に備えて部室を掃除をしなければならない。 あまり時間がないので、さっさと掃除に取り掛かる。 まだ教室に向かっていないので、カバンは部室の傍らに置いている。 龍斗よりも先に来ていた部員達も同じ場所が置き場らしい。 10時30分。 1540 ︻休み時間︼ 授業の合間の休み。 よく彼女である佳亜とのことを聞いてくれる友人と話す。 ﹁それで、その日はいい感じでね。 先輩は必ずちょっと嫌がるんだけど、それがまた可愛いというかそ そるというか﹂ ﹁ごちそーさん﹂ この友人、日々の胸焼けはもう慣れたらしい。 12時45分 ︻昼休み時間︼ 手早く昼食を食べた龍斗は隣の校舎へ行く。 ﹁お前、三木と付き合ってんだって? 本当か?﹂ 1541 ﹁本当ですよ。 先輩じゃなくて僕に訊いてきたことは誉めてあげます﹂ 柔道部現副部長。 根は早めにつんでおく。 ﹁あっ、せんぱーい﹂ 休み時間に佳亜を見かけると走って近づく。 少し前は付き合っていることをバレないようにしようかと思ったの だが、逆に見せつけてやろうと思い直した。 彼女はなかなかモテるのだ。 ﹁先輩、どこ行くんですか?﹂ ﹁体育館。 体育のボールの準備だけしててくれって﹂ ﹁手伝います。 先輩、好きです﹂ ﹁ありがとう。 ちょっと黙って﹂ 1542 たとえ佳亜が返してくれなくとも、毎日愛の告白は欠かさない。 16時。 ︻部活︼ 今日は部活の日。 佳亜はもう帰ってしまった。 たまに待っていてくれるが、龍斗の気が散るということでほとんど は先に帰宅している。 ﹁神谷、今日はどうだった?﹂ ﹁今日も先輩が可愛かったです﹂ ﹁誰がノロケ話をしろと言った﹂ この会話は部活では毎回のことだ。 話しているのは柔道部現部長。 ﹁ランニングのタイムの話しだ。 1543 何回このやり取りさせるんだよ﹂ ﹁今日はちょっとタイム落ちました。 といっても数秒ですが。 でも僕が先輩のことを考えるタイムは順調に伸びています﹂ ﹁何の話しだ﹂ 龍斗は真剣である。 19時。 ︻帰宅︼ ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 帰宅してすぐ夕食をとり、さっさと風呂に入る。 濡れた髪をタオルでごしごし拭きながら、携帯で電話をかけた。 ﹃もしもし?﹄ ﹁先輩、好きです﹂ 1544 ﹃それはお前のもしもしなのか?﹄ 電話の相手は佳亜だ。 電話と愛の告白は欠かさない。 ﹃今日は部活どうだった?﹄ ﹁やることはいつも通りですけど、少しハードでした﹂ ﹃へぇ。 お疲れ様﹄ この瞬間に疲れは全て吹き飛ぶ。 龍斗にとって佳亜とは活力源なのだ。 22時。 ︻筋トレ︼ 佳亜との電話を終えて元気を得た龍斗は、汗をかかない程度の筋ト レを開始する。 1545 睡眠前に軽い運動をすると心地よく寝られる。 23時。 ︻就寝︼ ﹁明日も頑張ろう﹂ 龍斗は早起きなので、寝るのも早めだ。 遅くても0時には寝る。 ﹁おやすみなさい、先輩﹂ こんなセリフを本人に毎日言いたい。 そう思いながら眠りにつく。 おやすみ。 爆発しろ。 1546 1547 神谷龍斗の1日︵後書き︶ 龍くんの毎日は大体佳亜ちゃん中心で回ってるんです。 佳亜ちゃんも流石に慣れました。 1548 アレンジ ﹁三木、少し髪伸びたな。 髪型変えないのか?﹂ 今日は龍と一緒にナベの家に遊びに来た。 遊びにって言っても、ただダラダラしてるだけ。 ソファーでナベの部屋から持ってきた漫画を読んでたら、ナベがそ う言ってきた。 ﹁髪型ね。 どうしたらいいかわかんないんだよ﹂ ﹁短くするつもりはないのか?﹂ ﹁んー⋮⋮俺さ、短いの似合わなくない? 服装も男っぽいし⋮⋮﹂ 男に間違えられそう。 ﹁じゃあ結ぶとかは?﹂ 1549 ﹁俺不器用だから﹂ 髪の毛のいじり方知らないの。 ﹁やってやるよ﹂ ﹁ナベできんの?﹂ ﹁任せろ。 ちょっとだけ美容室でバイトしてたことあるんだ﹂ ﹁へぇ。 任せる﹂ 俺の髪はちょうど胸に掛かるくらいの長さ。 ナベが軽くクシを通して、後頭部の真ん中で髪を2つに分けた。 ﹁ほい。 ツインテール﹂ ﹁おー﹂ 鏡をみてみる。 うわ、ダメだ。 1550 似合わない。 ﹁先輩、可愛いですよ!﹂ ﹁嘘つき﹂ お世辞はいらないよ。 気持ちだけもらっとく。 ﹁じゃあ⋮⋮。 ほい、ポニーテール﹂ ﹁なんか頭重っ。 玉ねぎの気分﹂ ﹁どんな気分だよ﹂ 上に持ち上げられて締まってる感じ? ﹁今度は結ばちょっとふわっとさせてみるか﹂ ﹁できる?﹂ 1551 ﹁もちろん﹂ ナベはあれを取り出した。 なんだっけ。 先っちょが板みたいになってる熱いやつ。 名前がわからん。 ﹁アイロンな。 なんだそれって顔すんなよ﹂ ﹁ああ、アイロンか﹂ そうだった。 そんな名前だった。 ﹁それ前やってみたんだけど全然それっぽくならなかった﹂ ﹁見てついでに覚えろ﹂ ナベはスプレーをかけて、しゅるしゅると俺の髪にアイロンを当て ていく。 1552 なるほど、そんな感じでやるのか。 ﹁やってみるか?﹂ ﹁うん﹂ 左側の髪はナベがやってくれた。 俺もやってみよう。 どれどれ⋮⋮。 こんな感じ? ﹁あちっ﹂ 顔にアイロン当たっちゃった。 いたた。 ﹁バカ。 大丈夫か?﹂ ﹁うーん、俺やっぱ無理。 1553 やって﹂ ﹁はいはい﹂ ダメだね。 多分、不器用は死ぬまで直んないわ。 ﹁よし。 ほら、どうだ﹂ ﹁うわ。 すげぇ﹂ 気づけば俺の髪はゆるくふわふわに。 髪型だけみたら女っぽい。 ﹁先輩、すごく可愛いですっ!﹂ ホントかよ。 俺には違和感あるんだけど。 1554 ﹁ねぇ、これ元に戻る?﹂ ﹁もちろん﹂ よかった。 安心。 たまにはアレンジも良いけど、やっぱいつも通りが落ち着くと思う。 ﹁ところで、ナベさん先輩に触りすぎですよ﹂ ﹁うっ⋮⋮﹂ おお⋮⋮。 龍も落ち着くと思う。 多分ね。 1555 男気 ﹁緊張してる⋮⋮って感じはなさそうだな﹂ ﹁うん﹂ 今日は自動車学校の入校初日。 ナベと一緒に来た。 案内された教室には、俺達以外の人が5人。 この人達も今日入校したんだろう。 ﹁9時になったので、説明会を開始します。 まずは視力検査を行います﹂ 受付の女の人が教室に入ってきて俺達を見渡すと、視力検査の道具 を持ってきた。 ﹁三木さん、0.7ね﹂ 1556 ﹁はい。 ありがとうございます﹂ 0.7か⋮⋮おかしいな。 メガネ掛けたら1.0あるはずなんだけど。 また視力落ちたか。 ﹁ナベどうだった?﹂ ﹁両目とも1.5だ﹂ ﹁いいなー﹂ 7.0とか見える人もいるらしいよね。 どんな風に物が見えるんだろ。 全員の視力検査を終えた女の人は、また俺達の顔を見渡してから言 った。 ﹁これから、担当の先生と顔合わせになります。 しばらくお待ちください﹂ 1557 担当か⋮⋮。 誰になるかな。 ﹁ここな、ヤクザみたいな顔の先生ばっかなんだと﹂ ﹁マジか﹂ 今更言うな。 ﹁お前、別に平気だろ? 顔が怖いとか﹂ ﹁まぁな﹂ ﹁大丈夫だ。 もし因縁つけられたりしても助けてやるから﹂ ﹁頼もしいじゃん。 そんときは頼むよ﹂ 俺は男らしいのがタイプなのかもしれない。 ナベは友達って感覚しかないけど、龍のこと好きじゃなかったらナ ベのこと好きになってただろうな⋮⋮。 龍が好きでよかったとも思うけどさ。 1558 話題がズレたな。 少し経って、教室の扉が開いた。 そこからぞろぞろ入ってきたのはスーツを着た強面のおじさま。 先生なんだろうな。 ほんとだ。 みんなヤクザみたい。 誰が俺の担当の先生になるかな? 1559 スピーディー 自動車学校。 強面のおじさま達が顔を揃えた。 ﹁なぁ、あの中だったら誰がいい?﹂ ﹁あの人がいいな。 右端から1つ隣の人﹂ ﹁組長みたいな人か? 一番顔怖ぇじゃん﹂ ﹁よさそうじゃない?﹂ 意外性みたいな。 ﹁三木さん、眞辺くんは5番の車のところへ行ってください﹂ 車で顔合わせするのか。 ﹁ってことは、ナベと同じ先生?﹂ ﹁かもな。 1560 ちょうどいいじゃん﹂ ﹁だな﹂ 移動。 そして5番と書かれた車の前へ。 担当の先生は⋮⋮。 ﹁よろしく﹂ ﹁よろしくお願いします﹂ 黒く長い髪は束ねて肩に流し、メガネを掛けてスーツを着たたクー ルな人。 なんと、女性だった。 見た目で言えば、俺の周りにはいないタイプだな。 ﹁先生、さっきいました?﹂ 1561 ﹁いいえ。 少々用を思い出しまして、挨拶の場には顔を出せませんでした﹂ 知的な感じ? 本当に俺の周りにはいないタイプ。 ﹁三木さん、スピード出しすぎですよ﹂ ﹁そうですか?﹂ なんと、今車に乗ってる。 お手本を見せてくれんのかなと思ったら、とりあえずやってみよう ということで。 やってみたら意外とできた。 けど、それだけ。 ﹁三木、マジでスピード出しすぎ⋮⋮﹂ 1562 走ってるのは自動車学校の場内。 ナベもこの先生が担当になるらしいから、今日は一緒に乗ってる。 ﹁たまにいるんですよ。 見た目は真面目そうなのに、車に乗ると変わる⋮⋮隠れスピード魔 が﹂ 今日わかったこと。 どうやら俺はスピード魔だったらしい。 車の運転楽しい。 1563 モーニングコール︵前書き︶ 自動車学校は毎日行くわけではないのです。 学校の合間にちょこっと行ったりしますので、2∼3話くらいで話 が変わります。 ご了承くださいませ。 1564 モーニングコール ﹁おはよ﹂ ﹃おはよう⋮⋮。 ありがとみっきー﹄ 明日からテスト。 相変わらず一夜漬けの俺は、夜中の2時に起きて勉強を始める。 で、香も夜中に勉強したいとかなんとか。 だったら電話で起こしてやろうか? って話しになって、今に至る。 現在、夜中の3時。 ﹁じゃ、頑張れよ﹂ ﹃うん﹄ 電話を切る。 1565 うーん⋮⋮コーヒーでもいれるか。 で、次の日。 テストはまぁまぁだったな。 今日も香から起こしてくれと頼まれた。 夜中の3時。 ﹃もしもし⋮⋮?﹄ ﹁もしもし? 俺﹂ ﹃おはよう⋮⋮﹄ ﹁おはよ﹂ 眠そうだな。 夜中の勉強は慣れないとキツイ。 1566 ﹁じゃあな﹂ ﹃うん⋮⋮ふぁぁ﹄ 大丈夫かよ。 しばらく経って、現在4時。 ﹁⋮⋮﹂ コーヒーをいれながら電話を掛ける。 ﹃もしもし⋮⋮?﹄ ﹁起きてるか?﹂ ﹃寝てました⋮⋮﹄ おいおい。 ﹁今日のテストの勉強どんくらいした?﹂ ﹃ちょっとはやったけど⋮⋮﹄ 1567 ﹁ならもうちょっと寝たらどうだ? 5時になったら起こしてやるよ﹂ ﹃でも⋮⋮﹄ ﹁そのほうが勉強もはかどるって﹂ すっきりしたほうが吸収しやすい。 ﹃⋮⋮5時に、お願いします﹄ ﹁はいよ。 おやすみ﹂ やれやれ。 1568 モーニングコール 2 ﹁ぐっもーにん﹂ ﹃ぐっもーにん⋮⋮﹄ 現在5時。 電話で香を起こす。 ﹁気分はどうだ﹂ ﹃さっきよりはいい感じです﹄ まぁ、眠いのには変わりないだろうが。 ﹃みっきーはなんでちゃんと起きれるの?﹄ ﹁慣れだって。 4日のテスト期間の間に自分が眠くなるポイントを知ってる﹂ あとはそれに備えるだけだ。 1569 ﹃どんな風にしてるの?﹄ ﹁俺は2日目と3日目に眠くなる。 だから寝る時間をちょっと遅めにする﹂ ﹃え? 遅めにするの?﹄ ﹁起きたときに外が暗いか明るいかで追い込まれる感じが違うだろ﹂ だいたい10時に寝て、2時に起きるのがテスト期間中の俺。 眠い日は1時に寝て、6時に起きる。 俺は時間ギリギリで追い込まれると記憶力が上がるんだ。 ﹃追い込まれる、か⋮⋮﹄ ﹁本当にギリギリはダメ。 間に合うか間に合わないか、どっちかっていうと間に合わない可能 性が高いかもしれない⋮⋮っていう絶妙なとこが理想的﹂ ﹃いろいろあるんだね⋮⋮。 私は出来なさそう﹄ ﹁やり方は人それぞれだよ﹂ 1570 さて、少し喋って目が覚めたかな? ﹁じゃ、勉強頑張れよ。 まだ充分間に合うぞ﹂ ﹃先生、何を重点的にやればいいでしょうか﹄ ﹁英語は単語を完璧に覚えなさい。 国語は学校で教科書ペラペラ見ればよし﹂ ﹃了解っす!﹄ ふぅ。 俺も頑張るか。 1571 ドジっ子 ﹁今日はゲームをしましょう﹂ ﹁は⋮⋮?﹂ 自動車学校で俺のナベの担当になった知的な女先生。 今日はちゃんとした授業の初日。 ﹁えっと、なぜゲームを?﹂ ﹁私はあなた達の担当になりました。 ある意味で、これはチームです。 ですのでゲームをして絆を深めたいと思います﹂ ﹁⋮⋮もしかして先生、俺達が初めて?﹂ ﹁ええ。 至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします﹂ ﹁こちらこそよろしくお願いします﹂ まぁ、いいや。 1572 ゲームってなにすんだろ。 ﹁トランプを持ってきました﹂ ﹁じゃあ無難にババ抜きでもやりますか。 はい、ナベよろしく﹂ ナベにトランプを渡して、と。 ﹁眞辺さんはナベと呼ばれてるんですか﹂ ﹁そうですよ。 先生も呼べばいいですよ﹂ ﹁三木さんは何かないのですか?﹂ ﹁あー⋮⋮みっきーとは呼ばれますけど。 友達から﹂ ﹁わかりました﹂ わかりました? 1573 わかりましたってなんだ。 ﹁ほれ﹂ ﹁早いな﹂ 3人にそれぞれ分けられたトランプを手に取って、揃ってる数を捨 てる。 で、順番に引いていく。 ﹁⋮⋮あのさ﹂ ﹁⋮⋮気付いたか?﹂ ああ、気付いたとも。 ﹁⋮⋮?﹂ 不思議そうな顔をする先生。 ﹁⋮⋮先生、ジョーカーだけ裏の絵柄が違うんですけど﹂ ﹁えっ﹂ 1574 先生の手札には明らかに違う裏の絵柄。 これ見たことある。 たしか手品用のトランプだよ。 ﹁⋮⋮意外とドジっ子?﹂ ぼそっと呟いたけど先生には聞こえたらしい。 顔が赤くなった。 知的で厳しい人かと思ったけど、そんなことないな。 ﹁先生、俺達絆が深まりましたね﹂ ﹁深まったな﹂ ﹁⋮⋮﹂ にやにやしながら言うと、さらに顔を赤くさせてしまった。 1575 1576 柔軟性 ﹁先生、彼氏いるんですか?﹂ ﹁よ、余計なことを言わず運転に集中してくださいっ!﹂ 先生の本質がみれたことでフレンドリーになってきた気がする。 ﹁みっきーさん、もっとブレーキかけてください﹂ ﹁⋮⋮﹂ で、なぜかみっきー呼びされてる俺。 ちなみに、ナベもナベ呼びされてる。 ﹁先生美人だけどあんまりモテなさそうですよね﹂ ﹁そうなんですよっ! 全然モテなくて⋮⋮あ、だから運転に集中してください!﹂ こんなに可愛いのにね。 1577 ﹁私がモテない、って⋮⋮わかります?﹂ ﹁まぁ、なんとなく﹂ 集中してくださいとは言うものの、気になるらしい。 俯いてぼそぼそ訊いてきた。 ﹁先生まさに出来る女って感じだし、近寄り難いのかもね﹂ ﹁女は職場ではナメられるじゃないですか。 だからちょっとでもしっかり見えるように⋮⋮﹂ ﹁あんな顔の人ばっかだもんね﹂ ここはヤクザ顔の素敵なおじさまが多い。 ﹁合コンとかは?﹂ ﹁行きましたけど⋮⋮孤立しました﹂ ﹁⋮⋮まさかとは思うけど、服装は?﹂ 1578 ﹁今と同じような服ですが﹂ あちゃー。 それじゃダメだ。 ﹁⋮⋮一応訊くけど、彼氏ほしい?﹂ ﹁もちろんですっ!﹂ ﹁だよね﹂ 合コン行くくらいだし。 ﹁先生ね、モテる要素あるのにしっかりしすぎるのね。 もっと柔軟性を身に付けようよ﹂ ﹁柔軟性⋮⋮﹂ あ、もう実技の時間終わっちゃう。 1579 ﹁今度俺がわかる範囲で教えてあげる。 安心して。 こんな見た目だけどアドバイスだけはまともだから﹂ ﹁よろしくお願いします!﹂ あれ、そういえば敬語忘れてる。 もういっか。 1580 マイナスイオン ﹁おい、三木﹂ ﹁なに?﹂ ﹁お前他のやつらと喋んないのか?﹂ ﹁そっちこそ﹂ 俺達が自動車学校に入って1週間経った。 毎日ここに来てるわけじゃないけどさ。 ﹁ナベのほうがそういう付き合い上手いじゃん﹂ ﹁いや、俺は⋮⋮﹂ ﹁俺に気遣ってるとか言ったら殴るからね﹂ ﹁⋮⋮﹂ ほらね。 気遣ってんでしょ。 1581 ﹁どうせ俺は社交的なナベさんと違って人見知りですよ﹂ ﹁いや別にそういう意味じゃ⋮⋮﹂ ﹁いいよ? 俺携帯いじくったりしとくし﹂ ナベはみんなの中心にいるのが似合ってる。 ﹁そう言うなよ。 俺と一緒にいるのは嫌か?﹂ ﹁嫌じゃないけど、俺といてもつまんないでしょ﹂ ﹁うーん⋮⋮なんていうか、ラクだ﹂ ラク? ﹁お前には格好つけなくていいというかなんというか⋮⋮気分窺っ たりしなくていいからラク。 集団で行動してると意外と気遣いんだぜ?﹂ 1582 ﹁へぇ。 大変だな﹂ ﹁まぁ、お前はわりと顔に出るタイプだし? わかりやすい﹂ ﹁え、うそ﹂ マジで? 顔に出るタイプじゃないと思ってたんだけど。 ﹁僅かな変化だな。 親しい奴じゃなきゃわかんないぞ。 顔に出るっていうか、雰囲気に出る感じ?﹂ ﹁えー、マジか﹂ そりゃ知らなかった。 気を付けよう。 ﹁あとさ、お前マイナスイオン出すよな﹂ 1583 ﹁はぁ?﹂ 俺は空調機か何かか。 ﹁なんつーの? お前と話してるとな、イライラしてても鎮まるっていうか。 あれだな、口調が落ち着いてるからかもな﹂ ﹁リアクションできない性質だから﹂ ﹁ああ。 そのままでいいと思うぞ﹂ いい、の⋮⋮か? まぁ、変わるもんじゃないし⋮⋮いっか。 1584 シャッターチャンス 夜の12時。 寝ようかと思う。 夜中の1時。 そろそろ寝ようと思う。 夜中の2時。 いい加減に寝ようかと思う。 つまり何が言いたいかというと、夜ふかしっていいよねってこと。 何をするわけでもないけどさ、なんかついついね。 夜中の少し眠いような感覚が続くのも心地いい。 夜ふかししてゲームをしたり漫画を読んだりとかよく聞くけど、俺 は何もしないタイプ。 1585 ひたすらごろごろしてそのまま自然に眠りに落ちたり、音楽聴きな がら無心になったり。 いわゆるリラックスタイムだな。 こんな寝方をするせいか、つい昼間でもゆっくりしてたら寝ちゃう んだ。 ﹁⋮⋮? せんぱ、い⋮⋮﹂ 学校の昼休み。 人気のない場所でひなたぼっこしながら喋ってたらうとうとしてし まった。 ぼやけた頭で目を覚まさなきゃとは思うんだけで、龍の声はどんど ん遠のく。 肩に布が掛けられた感覚があった。 ︱︱パシャッ 1586 ﹁⋮⋮っ!﹂ 急な音で意識が浮上する。 なんだろう、と思う前にそれがカメラのシャッター音だと気付いて 目を開けた。 ﹁ちょ⋮⋮っ、消して!﹂ ﹁ダメです。 これ僕の待ち受けにします﹂ ﹁やめてよ⋮⋮﹂ 誰かに見られたら恥ずかしい。 ﹁今更じゃないですか。 僕、待ち受けは先輩でしたよ﹂ ﹁うそ⋮⋮﹂ ﹁さすがに学校がある日は普通のやつですけどね。 落としたら大変ですし。 冬休みはずっとナベさんのお家に泊まってましたからこっそり撮る のは簡単でしたよ﹂ 1587 うそ、マジで⋮⋮? 何枚あるのか知らないけど、どうにか写真を消したい。 そうだ。 ﹁⋮⋮消してくれなかったら、昼休み会うのやめる﹂ ﹁⋮⋮しょうがないですね。 1枚は消します﹂ ﹁えと、じゃあ⋮⋮消してくれなかったら、消してくれなかったら ⋮⋮﹂ 色々条件を出して何枚かは消せた。 あとから気付いたけど、﹃全部消さなきゃ昼休み会うのやめる﹄っ て言えばよかったな。 ﹁もうこれからはうとうとするのやめる!﹂ ﹁ダメですよ、もったいない﹂ ︵何枚かは消えちゃいましたけど、写真はまだたくさんあります。 1588 消えた分、また撮り直さなきゃ︶ もったいないってなんだよ⋮⋮。 1589 合コン ﹁ホントに!?﹂ ﹁⋮⋮﹂ あっぶね。 うっかりアクセル目一杯踏みそうになった。 車の教習中。 なんか先生がそわそわしてるからどうしたのか訊いてみた。 そしたらなんと、来週の日曜日に合コンに行くと言うではないか。 ﹁マジで? 先生が企画したの?﹂ ﹁違いますっ。 私の友達が合コンの主催で、人数足りないからって⋮⋮﹂ ﹁なるほど。 それで参加するわけね。 で、相手は?﹂ 1590 ﹁4人で、全員収入もまずまずだと聞きました。 大卒で、家系も普通、性格も悪くないと⋮⋮﹂ ﹁よし。 男性との出会いは男性と知り合ってこそ。 先生、頑張ろう!﹂ ﹁は、はい!﹂ よっしゃ。 なんかワクワクしてきた。 ﹁というわけで、ナベは合コンの主催とかもしたことあるでしょ? ぜひ必勝法を伝授してほしくて﹂ ﹁よろしくお願いします!﹂ こういうときはナベの出番だよね。 俺は合コン行ったことないし。 1591 ﹁まぁ、いいけど⋮⋮あくまでも俺個人の意見だぞ?﹂ ﹁いいのいいの。 ナベ経験豊富だし﹂ ﹁いや、そこまでは⋮⋮﹂ またまた。 謙遜しちゃって。 で、先生はナベから﹃合コンとは﹄という講習を3日受けた。 そのあいだ俺は何をしてたかというと、先生が行く合コンに探りを 入れてた。 だってね、合コンの相手がクソみたいな野郎だったら最悪じゃん? 先生に幸せになってほしいし。 ﹁それで? どうだったんだよ、相手は﹂ 1592 ﹁4人とも平々凡々だったよ。 人の良さそうな感じでね、それぞれ会社員だから会話も上手いし。 悪そうな人はいなかったかな﹂ ﹁そりゃよかった。 お前がどうやって合コン相手のことを調べたのは気になるが﹂ まぁ、なんやかんやしたんだよ。 ナベと色々話してたら時間になって、俺は車の教習へ。 ﹁みっきーさん⋮⋮あの、もしよかったら、今度の休みに付き合っ てくれませんか? その⋮⋮服を買いに行きたいんです﹂ ﹁喜んで!﹂ やべぇ。 ワクワクしてきた。 1593 ピンク ﹁先生はいつもどういうの着ますか?﹂ ﹁やっぱり黒ですかね⋮⋮﹂ ﹁たまには明るい色とかどうです?﹂ 今日は先生が行く合コンに備えて服を買いにきた。 いつもと同じような服なら俺が来た意味ないもんね。 挑戦させちゃうんだぜ。 先生はフリルとかそういうのが似合うタイプじゃないし⋮⋮でも女 性らしい明るい色合いの⋮⋮。 ﹁⋮⋮先生、ピンク挑戦してみようか﹂ ﹁えっ、ピンク⋮⋮?﹂ ﹁色白だから絶対似合うよ。 保証する﹂ ﹁でも、私そんな明るい色は⋮⋮﹂ 1594 ﹁大丈夫。 試着だけでもしてみよ?﹂ 挑戦は大事。 ﹁おお⋮⋮﹂ ﹁ど、どうですか⋮⋮?﹂ 淡い明るいピンクのワンピースに、白の薄い上着。 ありだね。 ﹁似合うよ先生! 男受けはいいだろうけど⋮⋮自分的にはどう?﹂ やっぱりさ、こういうのは自分の気持ちが伴ってこそだと思うのよ ね。 より輝くというか。 1595 ﹁こ、こういう服は初めてですので⋮⋮でも、なんというか、いい ですね。 ウキウキした気分になります﹂ ﹁よっしゃ、決まり﹂ そのあとも2着服を買った。 せっかくだから普段も着たいんだって。 ついでに俺もお買い物。 でも女性服には興味ないから、アクセサリーを1つだけ買った。 装飾品はデザインがよければ可愛いやつも好きなんだ。 ﹁みっきーさん、付き合ってくれてありがとうございました。 お礼に昼食ご馳走させてください﹂ ﹁え、別にいいですよ? どうせ今日は暇でしたから﹂ 俺もいろいろと楽しかったし。 1596 ﹁せっかくですから食事しながらお話ししませんか?﹂ ん⋮⋮そうだな。 まぁ、自動車学校でも散々お話ししてるけど。 ﹁それじゃあ、ぜひ。 美味しい店教えてくださいね?﹂ ﹁もちろんです﹂ やったね。 楽しみ。 1597 カフェ 先生に連れられてやって来たのはカフェ。 飲み物とかデザートが主なメニューだから食べ物は少ないけど、美 味しいらしい。 ﹁なんでも好きなものをどうぞ﹂ ﹁それじゃあ⋮⋮オムライスにしようかな﹂ 普段は外でオムライスなんて頼まないけど、なんかメニューに載っ てる写真がいい感じだった。 ちなみに先生もオムライス。 写真の通り美味しいらしくて人気なんだってさ。 ﹁みっきーさんは彼氏さんがいるんですか?﹂ ﹁ぶふっ!﹂ 料理がくるまでお茶でも⋮⋮ということで、コーヒーを注文して飲 1598 んでた。 いい香り。 で、癒されてたところに先生の言葉が。 ﹁えっと⋮⋮まぁ、はい﹂ ﹁やっぱり⋮⋮ 彼氏がいるって、どんな感じですか?﹂ やっぱり、とは? 彼氏がいる感じか。 うーん⋮⋮。 ﹁別に、何が変わるってわけでもないですけど⋮⋮。 でも頼れる人が近くにいるっていいですよね﹂ ﹁はぁ⋮⋮うらやましい。 彼氏さんとはどこで?﹂ ﹁ん⋮⋮もともと幼馴染みだったんです。 で、色々あってくっついちゃいましたね﹂ ﹁いいですねぇ⋮⋮﹂ 1599 なんだろうこれ。 すごく恥ずかしいぞ。 ﹁幼馴染みって、恋愛対象に入ります?﹂ ﹁まぁ、入っちゃいましたね。 俺のこと理解してくれてるってのもありますし⋮⋮なにかとラクで す﹂ 友達の中では龍が一番付き合い長いもんな。 お互いに言わずと知れたこともある。 俺にとってはベストだ。 だが⋮⋮。 ﹁あの⋮⋮この話しやめませんか。 すっごい恥ずかしいんですけど﹂ 我慢してたけど、今の俺は顔が赤いだろう。 1600 これっていわゆるノロケ話じゃん? 恋ばなも苦手なのに⋮⋮こういうのはさらに苦手だ。 ﹁でもいろいろ聞きたいです。 彼氏さんのどういうところが好きですか?﹂ もうやめて⋮⋮。 ﹁お待たせしましたー﹂ しばらくしてオムライスがきた。 もう、遅いよ。 もうちょっと早かったらあんまり恥ずかしい思いしなかったのに! と、まぁ、店員に文句を言うつもりはないが。 目の前に置かれたオムライス。 半熟たまごが眩しくて美味しそう。 1601 上から掛かってるのはケチャップじゃなくてデミグラスソースっぽ いな。 ﹁いただきます﹂ ちょっとでかいスプーンをオムライスに差し込んだ。 なるべくたまごが崩れないように気を付けて。 ケチャップごはんもちゃんと一緒に。 ﹁んーまい﹂ うまっ。 さすが人気メニュー。 オムライスを食べ終えて、デザートまでご馳走してもらった。 美味しかった。 1602 ﹁みっきーさん、今日はありがとうございました﹂ ﹁いやいや、こちらこそ。 ごちそうさまでした﹂ お互いに深々と頭を下げる。 ﹁今日みっきーさんのお話し聞けてよかったです。 ⋮⋮私、頑張りますっ!﹂ ﹁先生がんばれ!﹂ めっちゃ応援するよ。 1603 連絡先 ﹁みっきーさんっ!﹂ ﹁ぐえ﹂ 自動車学校のテーブルで携帯をいじくってたら後ろから大砲が。 違った。 先生が走って突進してきた。 ナベは横で仮免許試験の勉強中。 あ、ちなみに俺もう仮免許合格したからね。 先生と遊んでばっかだったわけじゃないからね。 ﹁連絡先! 交換しましたっ!﹂ ﹁えっ、マジ?﹂ 先生、昨日が合コンだったんだよ。 1604 どうなったかなって話し聞くのワクワクしてた。 ﹁ナベさんに言われたよう話しの流れで質問とかして盛り上げて、 私からも頑張って話して⋮⋮あ、あと、服も似合ってるって言って もらいました!﹂ ﹁やったね、先生﹂ ナベと俺と先生でハイタッチ。 本当によかった。 ﹁これも全てお2人のおかげですっ! ありがとうございました!﹂ ﹁いやいや。 まだこれからが肝心だよ、先生。 連絡先交換できたんだしね﹂ 今後どう動くかで運命は決まるぜ。 目標は、俺達が自動車学校卒業するまでに誰かといい感じになるこ とらしい。 1605 この場で先生がそう言った。 がんばれ! ﹁そういえば、お2人と連絡先の交換してませんでしたね﹂ ﹁だね。 忘れないうちにしちゃおうか﹂ 進展があったらいろいろ聞きたいし。 ﹁出来る限り自分で頑張りますけど⋮⋮たまにアドバイスください ね﹂ ﹁役に立つかわからないけど、それでもいいなら﹂ どっちかっていうと、アドバイスはナベからもらったほうがいい気 がする。 俺は女同士の話しでもしようかな。 1606 膝枕 ﹁龍は髪の毛長いのと短いのどっちが好き?﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ 俺は龍の部屋で漫画を読みながら言った。 龍はベッドで寝転んで、俺はベッドに寄り掛かってる。 ﹁正直に。 好みを言って﹂ ﹁え、えっと⋮⋮やっぱり長いのが好み、です﹂ うーん、そうか。 聞いてみてよかった。 ﹁どうしたんですか? 急に⋮⋮﹂ 龍は俺の髪を手に取った。 1607 また少し伸びたな。 ﹁ちょっと切ろうかなと思って。 でもやめた﹂ ﹁え、なんでですか?﹂ ﹁だって長いのが好きなんでしょ?﹂ どうせだったら好みの通りになりたいじゃん。 ﹁⋮⋮なに可愛いこと言ってんですか﹂ ﹁言ってねぇし﹂ 確認だよ。 ただの確認。 ﹁そういう先輩は男のどんな髪が好みなんですか?﹂ ﹁え? 1608 うーん⋮⋮﹂ どんなって言われても⋮⋮。 ﹁⋮⋮あんまり考えたことない。 似合うならそれでいいんじゃない?﹂ ﹁じゃあ長いのと短いのでは?﹂ ﹁⋮⋮短いのがいいかな。 そこは男らしく﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ 龍は自分の髪の毛を触る。 俺も漫画を置いて、龍の髪に触れてみた。 触り心地は女とは違うね。 ﹁別に俺に合わせなくても龍が好きな髪型ならなんでもいいよ。 俺もそれを好きになるから﹂ ﹁先輩⋮⋮﹂ 1609 龍はベッドからおりて床に寝転がった。 俺の膝を枕にして腰に手を回す。 前は恥ずかしかったけどさ、なんか慣れちゃったね。 ﹁⋮⋮あんまり可愛いことばっか言わないでください。 キスしますよ﹂ ﹁言ってねぇし。 変なことしたら膝枕してやんない﹂ ﹁⋮⋮﹂ 雰囲気? 知るか。 怪しい行動があったら俺立ち上がるから。 1610 なりすまし やっと午前の授業終わった。 昼ごはんだ。 飲み物買いに行こうかな。 ﹁三木さん﹂ ﹁はい?﹂ 机に座って財布をごそごそ取り出す最中。 呼ばれて振り返ると、なにやら複雑な表情をした同じクラスの女子 3人。 よく喋るわけじゃないけど、それなりに面識がある。 ﹁どうしたの?﹂ ﹁あのね⋮⋮頼みがあるんだけど⋮⋮﹂ ﹁頼み?﹂ 1611 なんだろ。 わざわざ俺に言いに来たんだし、よっぽどの頼みか? ﹁すごくお願いしにくいことでね。 今なら昼休みだからクラスの男子もいないし⋮⋮﹂ よく見ると、クラスの女子全員が集まってる。 なんだなんだ。 香達もびっくりして俺の近くに寄ってきた。 ﹁⋮⋮力になれるかわかんないけど、一応言ってみて﹂ ﹁⋮⋮あのね、私の中学の同級生がいてね。 3ヶ月前にその人が私に付き合ってくれって言ったの。 断ったんだけど、すごくしつこくて⋮⋮﹂ ﹁へぇ⋮⋮大変だね﹂ ﹁どうすれば諦めてくれるのか色々考えてやってみたんだけど、全 然効果なくて⋮⋮。 それでお願いなんだけど、三木さん、私の彼氏のフリしてくれない 1612 ?﹂ ﹁⋮⋮はぁ?﹂ それはまたぶっ飛んだ話に⋮⋮。 ﹁あ、あのね、彼氏のフリして会ってほしいわけじゃないの。 ただ電話で私と付き合ってるって、言ってくれないかな⋮⋮?﹂ ﹁なんで俺が⋮⋮﹂ ﹁こんなこと男子には頼めないし、三木さんは声が低音だからバレ ないはずだし⋮⋮お願い、三木さん! 助けて!﹂ 頭を下げられる。 まぁ、たしかに頑張ればバレないだろうけど⋮⋮。 ﹁⋮⋮それ、相手に大丈夫? もしバレたらやばくない?﹂ ﹁大丈夫! そうなっても三木さんのせいじゃないし私の責任だから⋮⋮三木さ んには電話だけ掛けてほしいの。 お願い!﹂ 1613 うーん⋮⋮こりゃめんどくさいことになったな。 そりゃ俺は声低いけどさ。 クラスの女子の中で一番低いだろうけどさ。 相手を騙すとなると、見知らぬ人でも罪悪感がわく。 でもこれだけ必死にお願いされてるしな⋮⋮。 無視して断るわけにもいかない。 ﹁⋮⋮わかった。 出来るだけ頑張るけど、ミスったらごめんね﹂ ﹁⋮⋮! ありがとう!﹂ 頑張れ、俺! 1614 なりすまし 2 ﹁ちょっと色々話し聞かせて﹂ なりすますなら準備しなくちゃいけない。 今日は話しを聞いて、明日電話しよう。 で、女子全員で喋りながら話しを聞いた。 みんなこういう話しに興味あるのかね。 中学のときの同級生。 斉木さんとはもともと仲がよかったらしい。 あ、斉木美佐さん。 この人が俺にお願いしてきた人ね。 で、同級生くんとは家が近かったみたいで幼馴染みだったんだと。 高校に入学と同時に斉木さんの家が引っ越したから会うことは少な 1615 くなったけど、電話でたまに連絡取り合ってた。 そんな状態で電話で告白されたのは3ヶ月前。 斉木さんとしては同級生くんは幼馴染みでしかなくて断ったみたい。 しかも斉木さんちょっと男性恐怖症らしくてね、男の人と付き合う とか今は考えられないんだって。 仲がよかったからそれについては同級生くんに話してないけど。 しばらく会ってないから同級生くんも恐怖症の対象に引っ掛かった らしいよ。 幼馴染みでも男は男ってね。 ﹁なるほどね。 わかった。 とりあえずこれだけ把握しとけばなんとかなるよ﹂ ﹁ごめんね、こんなことお願いしちゃって⋮⋮﹂ ﹁いいよ﹂ こんなに困ってたら放っておけないし。 1616 なんかマジでしつこいらしいよ同級生くん。 斉木さんの友達も話したらしいけど、かなりウザいって聞いた。 何回か真剣に話し合いをして、付き合えないって言ったらしいんだ けど﹃俺は諦めない﹄って流れらしい。 めんどくさ⋮⋮。 俺ちゃんとなりすませるかな。 ⋮⋮あー、もう、ホントめんどくさ。 やりたくない。 本音ではやりたくないよマジで。 やりたいわけないでしょ。 でも頑張るぜ。 斉木さん必死だったし。 1617 1618 なりすまし 3 ﹁じゃ、いくよ﹂ 次の日。 昼休み。 斉木さんの携帯は手に持ってる。 準備オッケー。 ﹁みっきー、頑張って!﹂ ﹁三木さん、ごめんね。 お願いね!﹂ はいよ。 頑張るよ。 同級生くんの番号はもう入力されてる。 あとは電話を掛けるだけ。 1619 俺は携帯のボタンを押した。 ︱︱プルルルッ 向こうも昼休みのはず。 ていうか電話って相手関係なくちょっとドキドキするよね。 ﹃もしもし。 美佐?﹄ きた。 同級生くんだ。 ﹁あ、もしもし。 はじめまして﹂ ﹃⋮⋮!? 誰だ!?﹄ ﹁心配しないでくれ。 美佐にちゃんと許可もらって携帯借りてるから﹂ 1620 ダメだ。 笑う。 なんか知らんが顔が笑う。 声まで笑ってないよな? ちゃんとなりきれてるよな? 香達や周りで見てる女子も笑いながらオッケーのサインを出してる。 なんだろうね。 この笑いは。 ちなみにこの同級生くんの電話、教室中に聞こえるようになってる。 なんか突っ込まれたときに斉木さんに対処してもらうため。 ﹃⋮⋮何の用だ? 美佐はどうした?﹄ 1621 いつもよりさらに低い声を出してる俺。 オッケー。 同級生くんにはバレてないはず。 ﹁ああ。 その美佐のことで電話させてもらった﹂ ﹃⋮⋮?﹄ ﹁あんたのことは聞いてる。 で、言っておこうと思ってな。 ⋮⋮俺、美佐と付き合ってるから﹂ なんだこれ。 恥ずかし。 なりきってるとはいえ恥ずかし。 こら、そこの女子。 ﹁きゃー﹂って言うな。 ﹃⋮⋮お前、美佐のトラウマ知ってんのか?﹄ トラウマね。 1622 ちょっとだけ男性恐怖症ってことは説明したくないからトラウマっ て言ってるらしいよ。 ﹃美佐にはトラウマがある。 俺にも話してくれないようなトラウマが⋮⋮。 それをお前が理解してやれんのか?﹄ ﹁ああ。 そのことなら聞いた。 それも引っくるめて、美佐を好きになったんだ。 あいつのことはきちんと理解していこうと思ってる﹂ ﹃⋮⋮俺にも話してないようなことを、お前が知ってる⋮⋮?﹄ 早く終わってくんねぇかな。 真面目なのはわかるんだけど、笑いそう。 ﹃⋮⋮っ、お前! ちょっと顔見せろよ!﹄ ﹁必要ない。 俺達が会ったところで変わることは何もないだろ?﹂ ﹃⋮⋮っ。 美佐のことを一番理解してんのは俺だ。 1623 俺なんだ。 美佐と一緒にいていいのは俺だ﹄ ﹁女の尻ばっか追いかけるのはやめろ。 友達なくすぞ﹂ ﹃⋮⋮﹄ ﹁女のほうが振り向くような男になれ。 それで、美佐がお前を追いかけるようになったら俺は潔く身を引く。 まずは自分を磨け﹂ 真面目に語ってるように聞こえるだろ? もちろんすごい真面目よ。 俺が落書きしながら電話してることを除けば。 ﹁みっきー、やめて。 会話とのギャップに笑いが⋮⋮﹂ 香が小声で言いながらぷるぷる震えてる。 笑いの震えか。 俺が書いてるのは黒板。 1624 国民的有名アニメのキャラクターをうろ覚えで書く。 ちなみに俺の画力はかなり低い。 ﹃⋮⋮わかった。 美佐は譲る。 アタックするのはやめるけど、俺はまだ諦めないからな﹄ ﹁そうか。 奪われないように気を付ける﹂ もう終わるよな。 あー、長かった。 ﹁うぇっほん﹂ ﹁みっきー、もっとおしとやかに咳払いして﹂ ﹁こほん﹂ ﹁似合わない﹂ 1625 ﹁瀬田この野郎﹂ と、咳払いはどうでもいいんだよ。 ﹁はい、斉木さん。 任務完了です﹂ ﹁ありがとう、三木さん!﹂ 携帯を返す。 ﹁いやー、三木さんすごいわ。 男になりきれてたよ﹂ ﹁美佐のこと好きだって。 きゃー、素敵﹂ やめてくれ、クラスの女子⋮⋮。 すげぇ頑張ったんだから。 ﹁三木さんの絵、いかしてるね﹂ ﹁でしょ﹂ 1626 ああ、うん。 絵はね。 かなりいかしてるでしょ? 1627 なりすましの成果 ﹁三木さん! 本当にありがとう!﹂ ﹁いやいや﹂ あれから3日くらい経った。 同級生くんから斉木さんへのアタックはぱったりと止まったんだっ てさ。 ﹁彼氏に会わせろとか言ってこない?﹂ ﹁全然大丈夫。 三木さんの﹃女の尻追いかけるな﹄ってのが効いたみたい﹂ ﹁咄嗟に出た言葉だったけど、上手くいってよかったよ﹂ 根は悪いやつじゃないんだろうよ、同級生くん。 ただちょっとしつこかっただけ。 ﹁みっきー声優目指したら? 1628 いい声だったよ﹂ ﹁やだね。 ダルいわ、あの声﹂ ﹁えー、もったいない﹂ 何がもったいないのか理解できないな。 しばらくするとあんまり関わったことがない女子が喋ってきた。 ﹁三木さん、よかったら今度クラス全員で遊ばない? あっ、もちろん女子全員ね。 男子はなし!﹂ ﹁ああ、うん。 いいね﹂ まぁ、遊ぶのはいいけど⋮⋮なんで急に?。 ﹁思ってたより三木さんおもしろいし⋮⋮もう高校生終わりも近い から親睦を深めようと﹂ 1629 ごめんなさいね。 俺が消極的なばかりに今まで親睦を深められなくて。 でも⋮⋮。 そっか。 今は1月。 卒業は3月。 もう終わりが間近だ。 なんかさみしいな。 ﹁だから、ね! みんなで遊びに行こう! もちろん瀬田さん達もね﹂ 瀬田とか俺より消極的だからキツいかもな。 うーん⋮⋮。 1630 ﹁⋮⋮うん、行く﹂ ﹁本当? 約束ね!﹂ まさかこんなギリギリになってから親睦を深めることになるとはね。 まぁ、楽しくやるよ。 1631 遅い親睦会 ﹁ということでー、親睦会開催ー!﹂ ﹃イェーイ!﹄ 時の流れは早いね。 もう親睦会の日だよ。 うちのクラスの女子は全員で28人。 それが行事以外でみんな集まるなんてなかなかない。 しかも私服。 俺は女子らしい服を着ようか迷ったけど、今更かっこつけてもしょ うがないと考えた。 いつも通り、柄入りの黒いTシャツにジーパンよ。 でも今日はちょっと気を遣って白いチェックの上着も着た。 ﹁親睦会といえばカラオケ。 1632 カラオケといえば親睦会。 行くぞー!﹂ ﹃おー!﹄ あれ、なんか話し纏まっちゃった感じ? ﹁みんな気合い入ってるね⋮⋮。 私達も遅れないように行こっ﹂ 香に手を引かれ、女子の集団についていった。 なんかあれだな。 華やかだ。 きゃぴきゃぴしてる感じ? 高校生ー、みたいな。 さすが雰囲気が男子とは違うよね。 風がふくといい匂いがする。 香水かな? 1633 あんまり香水好きじゃないけど、遠くから香ってくるのはいいよね。 アロマみたい。 ﹁さぁさぁ、つきましたー。 広い部屋にしてもらったよ。 15号室にレッツゴー!﹂ いつの間にかカラオケで、しかももう部屋まで決まってた。 早いな。 ﹁∼♪﹂ ﹃イェーイ!﹄ で、カラオケね。 えっとね、なんかカラオケ大会が始まったみたい。 俺も他人事じゃないんだけどさ。 1634 ルールは簡単。 採点で一番点数が高かった人の勝ち。 優勝者はここの料金タダらしいよ。 あとソフトドリンクとポテトがついてくるんだってさ。 マイクは全員回る。 俺はなに歌おうかな⋮⋮。 ﹁はい、みっきー﹂ 隣に座ってる香がカラオケの機械を渡してきた。 予約曲数は⋮⋮17曲。 1曲あたり4分として、俺の番までに大体1時間は掛かるだろう。 うん、大丈夫。 まだかなり時間がある。 歌えそうな曲を探そう。 1635 マイナーなアニメの主題歌なら知ってたりするけどさ、有名な歌は あんまり知らない。 だからってマイナーアニメの主題歌を歌うわけにもいかん。 さて、何かないかな⋮⋮。 1636 遅い親睦会 2 −side香−︵前書き︶ 300話が近付いてまいりました⋮⋮。 記念話はなんとなく考えてありますが、形にできてません。 やばいぞ、やばいぞ⋮⋮。 そろそろ終わりも見えてきたような、そうでないような。 もうしばらくお付き合いください。 呼んでくださってありがとうございます! 1637 遅い親睦会 2 −side香− ﹁みっきーなに歌う?﹂ ﹁うーん⋮⋮考え中﹂ みっきーはなに歌っても上手いからいいよなぁ。 私は歌が下手。 謙遜とかそんなんじゃなくて、本当に下手なの。 でも上手い人と一緒に歌うと音程とれるんだよね。 不思議。 ﹁こういうとこだとちゃんとした歌じゃなきゃいけないからダルい な﹂ ﹁みっきーいつもふざけて歌うもんね﹂ 息が続かなかったら歌無視して普通に深呼吸したり。 1638 あと変な歌歌ってたり。 このあいだは﹃たこやきの焼き方﹄って曲歌ってた。 どこでそんなの覚えるんだろ。 ﹁あ、みっきーの番みたいだよ﹂ ﹁え、マジ?﹂ ﹁がんばって優勝してね!﹂ ﹁むりむり。 プレッシャー掛けんな﹂ みっきーなら優勝できる上手さなのに。 ﹃∼♪﹄ 目が悪いみっきーはいつも画面を睨む。 その様子がおもしろいみたいでクラスの子達は笑うけど、歌えば笑 いがピタリと止まる。 1639 だってみっきー上手いもんね。 会話してる子達が振り返るぐらい上手いもん。 声も喋るときと違うし、びっくりすると思う。 ﹃げほっ。 ∼♪﹄ み、みっきーぃぃぃ! せめて今だけは咳しないで⋮⋮。 で、結果。 90.052点。 さっすがみっきー。 でも咳しなかったらもっと点数いってたんだろうなぁ。 ﹁三木さんやっぱりすごい!﹂ ﹁文化祭で歌ってくれたときもすごかったもんねー﹂ 1640 ﹁でも思ったより点数いかなかったね﹂ ﹁声が大きいと点数とれるみたいだよ。 どう三木さん?﹂ ﹁どうと言われても⋮⋮あんまり大きな声で歌えないと思う。 普段から喋ってても声小さめだし﹂ なぜかみっきーの点数を上げる話しで盛り上がる女子達。 みっきー自身は何が何だかわかんないような表情で話しを聞いてる。 ﹁お疲れさま、みっきー﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 次の人の曲が始まって、みっきーは解放された。 ちょっとだけ疲れた顔してる。 なんだかんだ言ってみっきーは私達とクラスの女子とでは対応が違 う。 1641 ﹁よっ、人気者﹂ ﹁うぜぇ﹂ ﹁ひでぇ﹂ 気楽な感じ。 友達だからこうなんだって思ってもいいよね。 1642 遅い親睦会 3 俺達はカラオケ店から出た。 ああ、カラオケ大会? 俺は2位だったよ。 今日はまともに歌ったからね。 大健闘でしょ。 声デカかったらいいかもって言われたけど、残念ながらそんなに出 ない。 で、カラオケを終えた俺達はとりあえずごはんを食いに行こうとい うことになったのでファミレスに。 安上がりでいいよね。 ﹁はい、三木さん﹂ ﹁ありがとう﹂ 1643 大人数で入店した俺達に店員は圧倒されたらしい。 慌てて人数分のコップを取りにいった。 店員が持ってきたコップを、手前の席に座った女子が渡してくれた。 ﹁ねー、このあとどうする?﹂ ﹁今何時?﹂ ﹁2時。 ごはん食べるには遅い時間だね﹂ ﹁とりあえずごはん食べて、のんびり話しでもしよう﹂ 女子の会話が聞こえる。 それぞれ料理を注文した。 昼飯の時間がズレてようがなんだろうが、食べてないんだから腹が 減る。 俺達は運ばれてきた料理を普通に食べた。 1644 ちなみにみんなデザートまで注文してる。 俺はチョコケーキにした。 ﹁ねぇねぇ、三木さんって彼氏いるんでしょー?﹂ ﹁ぶふぅ!﹂ むせた。 急にそんな話し振らないでほしい。 ﹁あー、いや⋮⋮うん、まぁ﹂ ﹁きゃー! いいなぁ﹂ 付き合ったばっかのときは周りに内緒にしとくかって話しだったん だけど、しばらくしたら別にいいやって感じになった。 まぁ、たまに校内で一緒にいたりするからさ。 女子は勘がいいからすぐバレるわけよ。 1645 内緒にしとく理由もなかったしバレても問題なし、ってことにした。 ﹁チューした?﹂ ﹁手とか繋ぐ?﹂ ﹁デートってどこに行くの?﹂ お願いだから質問責めにしないでください。 マジで。 ﹁ほらみんな。 いっぺんに質問したら三木さん混乱しちゃうって﹂ おお、わかってくれる人が⋮⋮。 ﹁じゃあ1つずつね!﹂ ﹁ぶふぅ!﹂ 俺に拒否権はありませんか⋮⋮? 1646 遅い親睦会 4︵前書き︶ 今日は投稿できる時間ないかも⋮⋮。 ということで、今日が始まったばかりですが投稿しちゃいます。 1647 遅い親睦会 4 ﹁で、チューしたの?﹂ ﹁⋮⋮ん、まぁ﹂ ﹃きゃー!﹄ なんでこんな話しになってんだろう⋮⋮。 ﹁彼氏のどこが好き?﹂ ﹁⋮⋮いろいろと﹂ 別にここが好きって特定するとこがない。 いろいろだよ。 ﹁一緒に寝たりした⋮⋮?﹂ ﹁いやいや⋮⋮﹂ した、とは言えない。 1648 ナベの家に泊まってるときたまたま一緒の布団で寝てただけだけど、 言えない。 普通に考えたら怪しすぎるでしょ。 ﹁じゃあそういうことしたことないんだぁ。 つまんないっ﹂ いやいや、俺らまだ学生だからね。 つまんないってなにさ。 ていうか声がデカいです。 ﹁ねぇねぇ、彼氏と結婚したいって思う?﹂ ﹁えー⋮⋮どうかな。 考えたことない﹂ ﹁ずっと一緒にいたいと思わない?﹂ ﹁居心地はいいけど⋮⋮その辺は相手に任せるかも﹂ 1649 よっぽどじゃないと俺から振ることはないと思う。 ﹁三木さん振られてもあっさりなタイプ?﹂ ﹁んー⋮⋮あっさりっていうか、諦めるタイプなのかな﹂ ﹁えー、それってどんな感じ?﹂ ﹁なんていうか、自分が振られるような女だっただけだって思える 感じ。 じゃあしょうがないか、って﹂ ﹁へぇ⋮⋮おとな﹂ ﹁いや、そういうんじゃないけど⋮⋮﹂ 諦めるのだけは昔から早いんだ。 落ち込むことはあっても、早めに立ち直るタイプらしい。 ⋮⋮つーか別に振られてねぇし。 1650 遅い親睦会 5 ﹁ばいばーい﹂ ﹁また学校でねー!﹂ うん。 なんかもう色々話してたら夕方の5時だった。 ファミレスの人、長居してごめんなさい。 これからどっか行くには遅い時間だしもうお開きにしよう、って事 で。 女子達とアドレス交換して別れた。 これでクラスの女子全員のアドレスが携帯に入った。 あんまり自分から連絡先訊くタイプじゃないんだよね、俺。 もっと積極的にいったほうがいいのかな。 1651 ⋮⋮いや、無理か。 俺には積極性が欠けてる。 ﹁疲れたねー﹂ ﹁隊長と瀬田が恐ろしく空気だったな﹂ ﹁会話に入っていけないもん﹂ ﹁みっきーは恋バナの中心だったし﹂ だって色々訊いてくるから⋮⋮。 言えよ、みたいな雰囲気あったし。 ﹁ねぇ、明日は私達だけで遊ばない?﹂ ﹁いいね﹂ ﹁みっきーは?﹂ ﹁悪い。 明日は先約がある﹂ 1652 ﹁彼氏? ひゅー﹂ ﹁違ぇよ。 中学のときの友達﹂ 俺は明日、中学のときの友達と会うことになってる。 電話とかたまにきてたけど、会うのは久しぶりだ。 ⋮⋮まぁ、これがかなりめんどくさいやつなんだけどな。 ﹁みっきー、顔がめんどくさそうだよ﹂ ﹁だってめんどくさい﹂ ﹁そんなに面倒な人なの?﹂ ﹁かなり。 ていうか、ホント言うと苦手なタイプ﹂ ﹁でも友達なんでしょ?﹂ ﹁まぁな﹂ なぜかあいつとは付き合いが続いてる。 1653 なんでだろうな。 ﹁じゃあ遊ぶのは別の日にしよっか﹂ ﹁だね﹂ ﹁俺に気遣わなくていいぞ﹂ ﹁いや、やっぱみっきーいなきゃ﹂ ﹁ね﹂ ﹁んじゃ、来週あけとくわ﹂ 1654 苦手な友人 今日は中学のときの友達と会う。 はなおか さとみ 花丘里美。 高校に入ってからは会う機会が少なかった。 ﹃花丘さんのこと、無視してね﹄ ﹃え、やだ﹄ 中学1年のときのクラスメイトが言ってきた。 あいつとは同じクラスだっただけで、深く付き合いがあったわけじ ゃない。 ただクラス全体で協力するようなやり方が好きじゃなかった。 多分、あいつと話すようになったのはそれから。 とはいえ最初はこっちから話し掛けることはなかったな。 あいつあんまり好きじゃなかったし。 1655 ﹁佳亜ー。 久しぶりー﹂ ﹁おー﹂ 昨日も来てたファミレスで待ち合わせ。 俺が店に入ると、窓際の席であいつが待ってた。 ﹁久しぶりだな、里美﹂ ﹁元気だった?﹂ ﹁ああ。 そっちは?﹂ ﹁元気だよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 1656 これだよ⋮⋮。 自分から会おうよって言っといて話題がないんだ。 ﹁⋮⋮お前、学校どうよ﹂ ﹁えっとねー﹂ いつも俺が話題を振る。 ﹁それで、いっちゃんがアミちゃんとA棟に行ったんだけど﹂ ﹁うんうん﹂ だがこいつは喋り好きだ。 喋り好きで話題振れないってどういうことだ。 ﹁ってことだったんだけど、佳亜どう思う?﹂ ﹁まぁ、相手にも色々あるんだろうよ﹂ ﹁うん。 それで話し変わるんだけでさ﹂ 1657 しかも人の話しはあんまり聞かないんだ。 めんどくせぇ⋮⋮。 1658 苦手な友人 2 ﹁このあいだも話したけど、私やっぱり元中学のメンバーがいいん だよね﹂ ﹁ふーん﹂ ﹁高校には腹を割って話せる人がいないの﹂ ﹁へぇ﹂ これは高校1年のときから聞いてる話し。 ﹁真美ちゃんがクラスに馴染めないって言ったときも、私は一生懸 命話し聞いてあげて馴染めるように協力したのに﹂ ﹁がんばったな﹂ ﹁でも私が友達関係の悩みとか話しても、真美ちゃんは何もしない で聞くだけなの﹂ ﹁行動力は人それぞれだからな﹂ こいつは﹃あなたの長所は?﹄って訊かれると﹃友達想いなところ です﹄って答えるやつだ。 1659 つまり、自己評価が高い。 でも残念ながら、周りがその自己評価と同じ評価をしてるとは限ら ない。 ﹁やっぱり私には佳亜だけだよ﹂ ﹁まだ高校生だろ。 友達関係が深まるのはこれからだ﹂ どうやら俺は里美から親友と認定されてるらしい。 悪いが、俺が親友と呼ぶのは1人だけだ。 ていうかこいつの﹃親友﹄は軽すぎる。 親友が10人くらいいるらしいぜ? よく話しを聞く人=親友、って式が成り立ってるらしい。 ﹁つーか、もうすぐ卒業だろ。 いつまで友達関係で悩んでんだ﹂ 1660 ﹁うーん⋮⋮そうだけどさ。 孤立してんだもん﹂ ﹁いじめられてるわけじゃないし、いつも孤立してるわけでもない だろ? 友達たくさんいるって話してんじゃねぇか。 無視じゃなくて孤立なら、その原因は自分にあると思え﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ たまにはっきり言う。 いつも似たようなジメジメした話し聞くのはわりと疲れるんだよ。 ﹁どうなりたいわけ? 常に誰かが周りにいてほしい?﹂ ﹁そうじゃなくて⋮⋮もっと周りに気遣ってほしい﹂ 気遣って、ね。 そうじゃなくてと否定しちゃいるが、実際はそうなんだろうな。 付き合いの長さと、その分何度も話しを聞いてきた経験。 1661 なんとなくこいつの考えてることは読める。 親友認定されるだけのことはあるだろ? 1662 苦手な友人 3 ﹁⋮⋮佳亜はどう思う?﹂ ﹁何が?﹂ ﹁私。 孤立する原因ってなんだろう﹂ ﹁さぁな。 違う高校だから知らん﹂ ﹁話し変わるけど、このあいだ面接の練習してたんだけどさ﹂ ﹁うん﹂ ﹁私含めて3人でやっててね、私と1人の子は面接終わってたから、 もう1人の子の練習をしてあげてたの。 その子は由香ちゃんっていうんだけどね。 私は付き添いで見てただけで、もう1人の子が一生懸命やってたの﹂ ﹁へぇ﹂ ﹁でも由香ちゃんが﹃やりたくない﹄とか﹃もうやめたい﹄とか言 うからさ、私が﹃じゃあやめれば?﹄って言ったの。 そしたら由香ちゃん、キレながら泣いて飛び出していった﹂ ﹁で、どっちが悪いって訊きたいのか? 1663 お前が悪い﹂ ﹁⋮⋮なんで?﹂ ﹁もう1人の子が面接練習の相手で、お前は見てただけ。 ならお前が言う必要はなし。 そのもう1人の子にも似たようなこと言われたんだろ?﹂ ﹁うん。 謝ったほうがいいって。 私間違ってるの?﹂ ﹁間違ってる間違ってないの問題じゃなくて。 もう1人の子のために言ったとしても、それがいいこととは限らな いぜ﹂ ﹁もう1人の子は、﹃あの子にも色々あるんだよ﹄って言ってた﹂ ﹁いい勉強になっただろ。 余計なことは口に出すな、ってことよ﹂ ﹁私思ったことがつい口に出ちゃうんだけど⋮⋮﹂ ﹁お前そういうやつじゃなかっただろ。 そうなれるように思い込んだのか知らないけど、何でも言える人間 が偉いわけじゃないぜ。 言いたい放題じゃ友達関係どころか仕事も安定しないぞ﹂ ﹁⋮⋮わかった﹂ 1664 やれやれ。 ﹁それで、由香ちゃんに謝ったほうがいい?﹂ ﹁俺に聞くな。 謝るのはお前だろ﹂ 自分で決めな。 ﹁⋮⋮どうしよう﹂ ﹁⋮⋮はぁ。 友達に戻りたいなら謝ればいいだろ。 別にどっちでもいいなら放置だ﹂ ﹁わかった﹂ あー、疲れた。 ﹁なんか甘いもん食べたい﹂ 1665 ﹁私も。 注文しようか﹂ ﹁里美の奢りな﹂ ﹁えっ﹂ 1666 苦手な友人 4 ﹁お前就職決まったんだって?﹂ ﹁うん。 県外の料理屋﹂ ﹁住み込み?﹂ ﹁うん。 寮があってね﹂ 里美が就職するのは着物をばっちり着る老舗の料理屋。 料理運んだり、接客、厨房の雑用、部屋の掃除、色々するらしい。 料理作る以外の仕事だな。 ﹁寮があるなら一人暮らしでも安心だな。 けどなんで料理屋?﹂ 里美はそういう仕事むかないと思う。 ﹁先生に勧められてとりあえず面接受けたら受かっちゃった﹂ 1667 ﹁運がいいと言うべきか﹂ 就職難の時代にとりあえずが受かればたいしたもんだ。 ﹁3月の半ばには向こうに行かなきゃいけない﹂ ﹁だろうな。 大変だろうけどがんばれよ﹂ 予想。 こいつは3ヵ月くらいで帰ってくる。 応援はしてるけどさ。 ﹁今日は楽しかった。 またね﹂ ﹁ああ、またな﹂ もう空は赤い。 1668 かなりファミレスで話し込んだな。 俺は里美と別れた。 ︵はぁ⋮⋮やっと解放された︶ 疲れた疲れた。 なんで疲れてまで里美に会うのかって? ⋮⋮中学の友達で高校に入ってからも連絡取り合うってごく一部じ ゃん? しかも俺は自分から用も無いのに連絡するタイプじゃない。 それを律儀にコツコツやってんだよ、あいつは。 友達想いって自分で言っちゃうようなやつだけど、あれはあれで気 を遣ってんだ。 悪いとこばっかじゃないってことね。 だてに付き合い長いわけじゃない。 1669 毎回疲れて、またなって別れる。 で、またあいつが連絡してきて会うんだよな。 苦手だけど、嫌いじゃないからさ。 1670 ︻300話記念︼チャットルーム︵前書き︶ ついにきました! 300話! 最初は全然そんな予定なかったんです。 無計画で、勢いで始めました。 それがここまでこれたのは読んでくださっている方のおかげです。 本当にありがとうございます! 365話で終了予定、ということは残り65話ですね。 最後までちゃんと続けられるか不安ですが、頑張ります! 1671 ︻300話記念︼チャットルーム ﹁あのね、サイト作ったの!﹂ ﹁サイト?﹂ 香が携帯を構えて言ってきた。 ﹁何のサイト?﹂ ﹁私の! それでね、チャットも作ったの﹂ ﹁へぇ﹂ で、なぜ携帯を構えてる? ﹁みっきー達、来て!﹂ ﹁え?﹂ ﹁チャットに! 遊びに来て!﹂ 1672 テンション高いな、香。 さて、と。 9時か。 風呂も入ったし、香のサイト覗いてやるかな。 たしか集合が9時だったはず。 ︱︱︱︱︱ 佳亜︼しかも隊長は隊長で入ってるし 佳亜︼誰だ心って人 心︼よ 隊長︼こんばんは かおり︼みっきー! 21:26 佳亜さんが入室しました。 ︱︱︱︱︱ 21:26 ︱︱︱︱︱ 21:27 ︱︱︱︱︱ 21:27 ︱︱︱︱︱ 21:27 ︱︱︱︱︱ 21:27 ︱︱︱︱︱ 1673 21:28 ︱︱︱︱︱ 21:28 ︱︱︱︱︱ 21:28 ︱︱︱︱︱ 21:28 ︱︱︱︱︱ 21:29 ︱︱︱︱︱ 21:29 ︱︱︱︱︱ 21:29 ︱︱︱︱︱ 21:30 ︱︱︱︱︱ 21:30 ︱︱︱︱︱ 21:30 ︱︱︱︱︱ 21:31 ︱︱︱︱︱ 21:31 心︼瀬田だよ! 佳亜︼はいはい、ワロスワロス かおり︼wwww 隊長︼www かおり︼ていうか、みっきー早くない? 佳亜︼何が? 隊長︼会話早いよね かおり︼スピードが私達とは違う 佳亜︼そりゃあチャットやってたしな かおり︼なにそれ、初耳! 心︼たしかに早いよね 佳亜︼よそのサイトで1年くらいチャットやってたら 佳亜︼なんとなく刺激を求めて入ってみたら楽しかった 隊長︼みっきーチャットやってたんだ⋮ 佳亜︼瀬田、会話についてこい 普通に慣れた ︱︱︱︱︱ 21:31 ︱︱︱︱︱ 21:31 ︱︱︱︱︱ 21:32 1674 ︱︱︱︱︱ 21:32 ︱︱︱︱︱ 21:32 ︱︱︱︱︱ 21:32 ︱︱︱︱︱ 21:33 ︱︱︱︱︱ 21:33 かおり︼へぇー 心︼︵;︳;︶ 佳亜︼泣くな、瀬田 隊長︼よそのチャットってどんな感じ? 佳亜︼腐女子のチャットだったら、好きなCPについ 佳亜︼アニメ好きのチャットだったら、アニメの話し て熱く語り合ったり、 ︱︱︱︱︱ 21:33 佳亜︼あんまり専門的なとこはROM専つって見てる 隊長︼そこに参加してるの?ww かおり︼みっきーどんだけ幅広く活動してんのwwww しながら会話にネタを盛り込んだり ︱︱︱︱︱ 21:34 ︱︱︱︱︱ 21:34 ︱︱︱︱︱ 21:34 佳亜︼まぁな かおり︼求めてた刺激は見つかったんだねw 心︼w 佳亜︼ものすごく会話が濃くて刺激的 だけだけど、おもしろいぜ ︱︱︱︱︱ 21:34 ︱︱︱︱︱ 21:35 ︱︱︱︱︱ 21:35 ︱︱︱︱︱ 21:35 ︱︱︱︱︱ 1675 21:35 ︱︱︱︱︱ 21:35 ︱︱︱︱︱ 21:35 ︱︱︱︱︱ 21:35 ︱︱︱︱︱ 21:35 ︱︱︱︱︱ 21:36 ︱︱︱︱︱ 21:36 ︱︱︱︱︱ 21:36 ︱︱︱︱︱ 佳亜︼アイス食ってくる 隊長︼ここのサイトって作ったばっかり? かおり︼みっきーマイペースかw 隊長︼ww 佳亜︼今とてもアイスが食べたい 隊長︼いってらっしゃい 佳亜︼しばらくしたら戻ってくる 佳亜︼︵・ω・︶ノシ 隊長︼よそのサイトで積んだ経験存分に活かしてるねw 心︼またあとでな かおり︼なにそれすごい!手振ってるww 21:36 佳亜さんが退室しました。 ︱︱︱︱︱ 21:37 ︱︱︱︱︱ 21:37 ︱︱︱︱︱ 21:37 ︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱ 1676 かおり︼私はアニメ作る専門学校行きたかったけど、 佳亜︼ていうか瀬田いる? 佳亜︼進路? 隊長︼ねぇ⋮進路のこととか考えてる? 佳亜︼食べた かおり︼アイス食べた? 佳亜︼ただいま 隊長︼おかえりなさい 22:06 佳亜さんが入室しました。 ︱︱︱︱︱ 22:06 ︱︱︱︱︱ 22:06 ︱︱︱︱︱ 22:07 ︱︱︱︱︱ 22:07 ︱︱︱︱︱ 22:07 ︱︱︱︱︱ 22:07 ︱︱︱︱︱ 22:08 ︱︱︱︱︱ 22:08 佳亜︼いたか 心︼おう 佳亜︼確実に仕事に結びつかないから反対ってとこだ 隊長︼香ちゃんどうするの? 佳亜︼俺は卒業後に就職する 親に反対された ︱︱︱︱︱ 22:08 ︱︱︱︱︱ 22:09 ︱︱︱︱︱ 22:09 ろうな ︱︱︱︱︱ 22:09 ︱︱︱︱︱ 22:09 ︱︱︱︱︱ 1677 22:10 ︱︱︱︱︱ 22:10 ︱︱︱︱︱ 22:10 ︱︱︱︱︱ 22:10 かおり︼みっきーと同じで、卒業後に就職かな 佳亜︼そういう隊長はどうなんだよ? 佳亜︼たしか香と同じ専門学校希望だったよな かおり︼そう!まさにそう言われた!仕事にならない 隊長︼やりたいことが色々あって、どれから始めたら からダメって ︱︱︱︱︱ 22:11 心︼あたしは早く働きたいけど専門学校か大学までは いいのかわかんなくて⋮ ︱︱︱︱︱ 22:11 佳亜︼香はどうなんだよ かおり︼えっ、意外。みっきーは大都会に行くイメー 隊長︼あたしは地方内の都会に行こうかな 佳亜︼俺はここに残る かおり︼みんな地元から出る? 佳亜︼いい親じゃねぇか瀬田 佳亜︼やりたいこといっぱいっていいな 出とけって親に言われた ︱︱︱︱︱ 22:11 ︱︱︱︱︱ 22:12 ︱︱︱︱︱ 22:12 ︱︱︱︱︱ 22:12 ︱︱︱︱︱ 22:12 ︱︱︱︱︱ 22:13 ジあった ︱︱︱︱︱ 22:13 ︱︱︱︱︱ 1678 22:13 佳亜︼親が家にいてくれって言うんだ。まぁいずれは かおり︼みっきー⋮︵ジーン 隊長︼あたしも決めなきゃなぁ 佳亜︼みんながんばれよ。ツラくなったらいつでも帰 佳亜︼えらいぞ香 かおり︼都会に出てみて、自分を変えたいんだよね 隊長︼心ちゃんは専門学校か⋮ かおり︼そりゃ人見知り激しいけどさ⋮ 佳亜︼瀬田はどこでも生きていきそう 佳亜︼うん 隊長︼香ちゃんは地元に残るイメージだったね 佳亜︼俺にとっては香のほうが意外だよ かおり︼私も都会に出たいな 心︼あたしは2つ隣の県の専門学校行く 一人暮らしするけど ︱︱︱︱︱ 22:14 ︱︱︱︱︱ 22:14 ︱︱︱︱︱ 22:14 ︱︱︱︱︱ 22:15 ︱︱︱︱︱ 22:15 ︱︱︱︱︱ 22:15 ︱︱︱︱︱ 22:16 ︱︱︱︱︱ 22:16 ︱︱︱︱︱ 22:17 ︱︱︱︱︱ 22:17 ︱︱︱︱︱ 22:17 ってこいよ ︱︱︱︱︱ 22:18 ︱︱︱︱︱ 22:18 ︱︱︱︱︱ 1679 22:18 ︱︱︱︱︱ 22:19 ︱︱︱︱︱ 22:19 ︱︱︱︱︱ 22:19 ︱︱︱︱︱ 22:20 ︱︱︱︱︱ 22:20 ︱︱︱︱︱ 22:20 ︱︱︱︱︱ 22:21 ︱︱︱︱︱ 22:21 ︱︱︱︱︱ 22:21 ︱︱︱︱︱ 22:22 ︱︱︱︱︱ 22:22 ︱︱︱︱︱ 22:22 ︱︱︱︱︱ 22:23 ︱︱︱︱︱ 22:23 ︱︱︱︱︱ 隊長︼ジーン 佳亜︼地元で俺が待ってるぜ 佳亜︼つーか他所に行ってもたまに帰ってくるだろ? 心︼ジーン かおり︼仕事したら長めの休みあるかな? 佳亜︼あるよ。GWとか 佳亜︼ふぅ。みんな県外、俺は地元でぼっちか 隊長︼一人暮らしって憧れるよね かおり︼じゃあ帰ってくる。ずっと1人は寂しいし 佳亜︼人生に一度は一人暮らししたうよな 心︼夏休みとかに帰ってくるよ 佳亜︼瀬田の会話が遅れてやってくる かおり︼あ、お風呂入らなきゃ 佳亜︼ていうかみんな風呂入った? 隊長︼まだ 1680 22:23 ︱︱︱︱︱ 22:23 ︱︱︱︱︱ 22:24 ︱︱︱︱︱ 22:24 ︱︱︱︱︱ 22:24 ︱︱︱︱︱ 22:25 ︱︱︱︱︱ 22:25 ︱︱︱︱︱ 佳亜︼瀬田もまだだろうな 佳亜︼とりあえず落ちて、あとからまた集まるか かおり︼みっきーは入った? 隊長︼そうだね 佳亜︼俺は入った 佳亜︼それじゃ、またあとで かおり︼またねー 22:25 佳亜さんが退室しました。 ︱︱︱︱︱ 22:25 隊長さんが退室しました。 ︱︱︱︱︱ 心︼⋮⋮ 心︼まだ入ってないよ 22:25 かおりさんが退室しました。 ︱︱︱︱︱ 22:26 ︱︱︱︱︱ 22:28 ︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱ 23:34 佳亜さんが入室しました。 1681 ︱︱︱︱︱ 23:35 ︱︱︱︱︱ 23:35 ︱︱︱︱︱ 23:35 ︱︱︱︱︱ 23:36 ︱︱︱︱︱ 23:36 ︱︱︱︱︱ 23:36 かおり︼みっきーだ 隊長︼みっきー 佳亜︼もう全員いる感じ? かおり︼いる感じ 佳亜︼瀬田いるか? 佳亜︼さっき思い出したんだけどさ、ここで挨拶しろ 佳亜︼作者から聞いたけど、マジで365話で終わら 隊長︼もうそんな時期か⋮ 佳亜︼今日はあれね。300話の記念だから 佳亜︼よ かおり︼挨拶? 心︼よ って言われてたんだった ︱︱︱︱︱ 23:36 ︱︱︱︱︱ 23:37 ︱︱︱︱︱ 23:37 ︱︱︱︱︱ 23:37 ︱︱︱︱︱ 23:38 ︱︱︱︱︱ 23:38 隊長︼1年=365日だから? かおり︼ええっ せるらしいぞ ︱︱︱︱︱ 23:38 ︱︱︱︱︱ 23:39 1682 ︱︱︱︱︱ 23:39 ︱︱︱︱︱ 23:39 ︱︱︱︱︱ 23:40 ︱︱︱︱︱ 23:40 ︱︱︱︱︱ 23:41 佳亜︼そうそう。あとなんか終わりが見えないからって 心︼作者⋮ 佳亜︼で、とりあえず挨拶するぞ かおり︼うん 佳亜︼この記念話、また﹃俺の日常はこんな感じ﹄を 読んでくださっている皆様。 佳亜︼ついに300話をむかえ、終わりが見えてまい かおり︼ありがとうございます! 隊長︼ありがとうございます 本当にありがとうございます ︱︱︱︱︱ 23:41 ︱︱︱︱︱ 23:41 ︱︱︱︱︱ 23:42 りました。それでもまだ続きます。よかったらもう少しお付き合い 隊長︼死ぬ気スイッチ︵ポチッ 佳亜︼瀬田、今だけは死ぬ気で合わせるんだ 隊長︼よろしくお願いします 心︼ありがとうございます かおり︼よろしくお願いします! お願いします ︱︱︱︱︱ 23:42 ︱︱︱︱︱ 23:42 ︱︱︱︱︱ 23:42 ︱︱︱︱︱ 23:43 ︱︱︱︱︱ 23:43 1683 ︱︱︱︱︱ 23:43 ︱︱︱︱︱ 23:43 ︱︱︱︱︱ 23:44 ︱︱︱︱︱ 23:44 ︱︱︱︱︱ 23:44 ︱︱︱︱︱ 23:45 ︱︱︱︱︱ 23:45 ︱︱︱︱︱ 23:45 ︱︱︱︱︱ 23:46 ︱︱︱︱︱ 23:46 ︱︱︱︱︱ 23:46 ︱︱︱︱︱ 23:46 ︱︱︱︱︱ 佳亜︼隊長マジどS かおり︼うおおおおお 佳亜︼そっちかw 心︼うおおおおお 佳亜︼もうすぐ0時か。明日も学校だし落ちるかな 佳亜︼2人とも押されてるw 隊長︼もうちょっとしたら寝なきゃだね かおり︼また来てね! 佳亜︼ああ。またな 隊長︼ばいばい。おやすみ 佳亜︼おやすみ かおり︼おやすみー 23:47 佳亜さんが退室しました。 ︱︱︱︱︱ 23:47 かおりさんが退室しました。 ︱︱︱︱︱ 23:47 隊長さんが退室しました。 1684 ︱︱︱︱︱ 23:48 ︱︱︱︱︱ 23:48 ︱︱︱︱︱ 心︼おやすみ 心︼⋮⋮ 23:49 心さんが退室しました。 ︱︱︱︱︱ 1685 落とし物 ﹁⋮⋮あれ?﹂ 思わず口に出てしまった。 やば。 無いわ。 俺はたった今通った道を引き返す。 今日は龍の家に行くところだった。 前にもらったネックレス。 これ付けてったら喜んでくれるかな。 気づいてくれるかな。 そう思った。 思った、のに。 1686 たしかに首に付けたはずのそれが無いじゃないか。 家に忘れたってことはないだろう。 出掛けるギリギリで鏡見たし。 ﹁⋮⋮﹂ ないな。 どこで落としたんだろ⋮⋮。 まさか落としたのに気づかないとは。 ﹁⋮⋮う。 す、すいませ⋮⋮あ﹂ 下を見ながら歩いてたせいで人にぶつかってしまった。 が、それよりも。 ぶつかった相手は男の人。 その人が手に持ってたのは、俺が落としたのと同じネックレス。 1687 ﹁どうかした?﹂ ﹁⋮⋮あ、あの﹂ ﹁ん?﹂ ﹁そのネックレスは⋮⋮﹂ ﹁ああ、これね。 なんか落ちててさ﹂ ﹁⋮⋮!﹂ ﹁もしかしてこれ、君の?﹂ ﹁はい。 ありがとうございます。 あの、返してもらえますか?﹂ やっぱ俺のやつか。 お願いです。 返してください。 ﹁んー⋮⋮﹂ 1688 男の人は何か考えるようにネックレスから俺に視線を移した。 頭の先からつま先まで見られる。 え、なに? ﹁じゃ、こうしよう。 3時間俺に付き合ってよ。 そしたら返してあげる﹂ ﹁え⋮⋮﹂ うそ。 マジで? ﹁今度さぁ、俺と友達と女の子達とで遊びに行くわけよ。 色々練習したいわけ。 だから3時間だけ俺の彼女になってね﹂ ⋮⋮マジ? 1689 ﹁ほら、行こう﹂ ﹁え、あ⋮⋮ちょっ﹂ 手を繋いで引かれた。 ⋮⋮どうしよう。 1690 軽い嫌悪 とりあえず、龍に連絡を⋮⋮。 メール送信。 ﹁ほら、何やってんの。 行くよ﹂ ﹁わ、っ﹂ ぐいっと手を引かれ、どこに行くかもわからずついていく。 なんで俺こんなことやってんだろ⋮⋮。 ネックレス取り返すためだけどさ。 なんでこの人すぐ返してくれないんだろ。 ていうか誰だろ。 服がチャラいせいで若く見えるけど、俺より年上っぽいな。 20代前半って感じ。 1691 3時間って長いな⋮⋮。 せめて1時間くらいなら⋮⋮いや、それでもやだけど。 ⋮⋮うん、やだ。 別にいいかと思ってたけど、改めて考えると一緒に歩くのもやだ。 男嫌いってわけじゃない。 多分、こういうタイプ好きじゃないんだろうな。 早く帰りたい。 ていうか龍のとこ行きたい。 だって今日はもともと龍と会うはずだったし。 ﹁⋮⋮あの﹂ ﹁ん?﹂ 1692 ﹁こういう視察? とかって、他の人でもいいと思うんですけど﹂ ﹁まぁね。 別にいいじゃん﹂ 俺がよくないっての⋮⋮。 そりゃあネックレス拾ってくれたのは感謝してるけどさ。 ﹁次行くよ、次﹂ ﹁⋮⋮手は繋がなくていいと思います﹂ ﹁気分とノリは大事だよ﹂ 手繋ぎたくない⋮⋮っていうか、龍とでさえ繋がないんだけど。 恥ずかしいし。 俺は時計を見る。 あと2時間ちょっとか⋮⋮。 長い。 1693 1694 動揺 −side龍− 今日は先輩がウチの来る。 いつもは散らかってる部屋も、片付けて掃除しておく。 12時を回った頃、携帯が鳴った。 それは先輩からのメール。 珍しい。 メールはめんどくさいという理由で、いつも先輩からの連絡は電話 なのに。 メールを開いてみると、内容はこう書かれていた。 ﹃ごめん。 そっちに行くの遅くなる﹄ ⋮⋮残念。 昼食を一緒に食べようと思ったのに。 1695 でも来てくれる気はあるようだ。 話せる時間は少なくなるけど、楽しみだな。 僕はキッチンにむかった。 冷蔵庫を開けて、中を確認。 食材はある。 でも1人で食べるのは味気ない。 しかたない。 先輩はすぐに来ないだろうし⋮⋮外に行くか。 僕は今、ファーストフード店にいる。 ファミレスに入ろうかとも思ったけど、そこは1人だとさらに寂し い。 窓際の席に座った僕。 1696 もう昼食を食べ終え、ストローに口を付けてジュースを飲んだ。 このあと、どうしようかな。 本屋にでも寄ってみようか。 何気なく窓から景色を見てると、店とは反対側の道に見覚えのある 後ろ姿が。 ︵⋮⋮先輩?︶ 僕のために伸ばすと言ってくれた黒い髪。 少し急ぎ足で歩いてる。 その手は誰かと繋がっていて、目で追うと相手は男だった。 ⋮⋮なんで? あれは先輩? 後ろ姿とはいえ、僕が先輩を見間違うはずない。 あれは先輩だ。 1697 でもなんで? 恥ずかしがって絶対に人目のあるところで手を繋がない先輩が。 しかも相手は男。 先輩の顔は見えなかったけど、男の顔は見えた。 ヘラヘラ笑うあの顔を僕は知らない。 先輩の知り合いだろうか? というか。 あれって。 ︵⋮⋮⋮⋮デート、みたいじゃないか︶ いつの間にか僕は立ち上がってた。 カウンターで素早く支払いを済ませて、店を出る。 先輩の姿は見えない。 1698 店の中から見た歩いていった方向に、僕は早足で向かった。 追ってどうするのか。 わからない。 ただ、今までにないくらい動揺して、嫉妬してる自分がいる。 嫉妬というより、これは怒りに近い感情かもしれない。 無意識のうちに、僕の手は思いきり握り締めて拳を作っていた。 1699 抵抗 時計を見る。 あと1時間か⋮⋮。 ﹁はい、じゃあ最後。 ここね﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ ここは大小様々な建物が建ち並ぶ道。 旅行客用のホテルが多い通りだ。 で、この男の人が入ろうとしてるのは⋮⋮そういうホテル。 うん、そういうホテルだ。 察してくれ。 ﹁ちょ、冗談ですよね?﹂ ﹁そう思う?﹂ 1700 ﹁ただ視察で見るだけですよね?﹂ ﹁お金もったいなくない?﹂ いや、待て。 待て待て。 引っ張るな。 アウトだろ。 それはアウトだろ。 ﹁ちょ、っと! 離してください﹂ ﹁なんで? ここ終わったらネックレス返してあげるよ?﹂ ﹁なんでって⋮⋮﹂ 嫌だからに決まってるだろうが。 ネックレスどうしよ⋮⋮。 1701 でも今は身の安全が第一か? 抵抗してたら、ぐいっと引っ張られた。 肩を捕まれて壁に押し付けられ、品定めでもするように上から下ま で見られる。 ねっとりした視線が気持ち悪い。 ﹁いいじゃん、これくらい。 彼氏いるのかいないのか知らないけど、経験は豊富なほうがいいよ ?﹂ ﹁遠慮します﹂ ﹁遠慮しなくていいって。 お金は俺が出すし、ネックレスも返してあげるからさぁ﹂ 男の人の顔が近付いてくる。 あ、ヤバい。 1702 キスされる。 ﹁⋮⋮っ﹂ 男の力に女が敵うわけもなく。 抵抗したって逃げられない。 俺は何も見ないように、相手の顔も見ないように、ギュッと目を瞑 った。 ﹁⋮⋮⋮⋮何やってんですか﹂ 1703 誤解 ﹁⋮⋮何やってんですか﹂ ﹁⋮⋮!﹂ 聞き覚えのある声。 目を開けると、男の人の顔が至近距離に見えた。 うわ、あぶな。 ギリギリ。 ﹁⋮⋮っ﹂ 男の人から離された。 男の人が離してくれたわけじゃない。 今俺の後ろにいる人が引き離してくれた。 1704 ﹁龍⋮⋮﹂ ﹁僕との約束は後回しにして、何やってんですか先輩﹂ ﹁いや、これは⋮⋮﹂ あ、ヤバい。 龍怒ってる。 ﹁なんだよ兄ちゃん。 お楽しみの最中なんですけどー﹂ 男の人はヘラヘラ龍に話し掛ける。 いや、逆撫ですんなし。 空気読め。 龍は男の人を睨み付けた。 それを見て顔を青くした男の人は、すぐさまこの場から立ち去る。 ﹁あっ、ちょっと待って!﹂ 1705 まだネックレス返してもらってないのに⋮⋮! 男の人を追いかけようとしたら、腕を掴まれて引っ張られた。 ﹁⋮⋮どこに行くんですか﹂ ﹁いや、あの、ちょっと⋮⋮﹂ ﹁僕よりもあの人がいいんですか﹂ ﹁え⋮⋮﹂ ⋮⋮まさか、浮気だと思われてる? それはそうだよな。 男と2人で手繋いで歩いて、しかもこんなとこまで来て、さっきは キスしようとしてた。 まぁ、全部一方的だけど⋮⋮。 ﹁龍、これは違くて⋮⋮﹂ 1706 ﹁何が違うんですか。 デートして、キスしようとして、これの何が違うんですか﹂ ﹁龍、話し聞いて⋮⋮﹂ 今更だけど、最初から龍に助けを求めとけばよかった。 そしたら誤解されなかったのに。 ﹁ん、っ﹂ イライラしたように頭を掻いた龍は、俺を壁に押し付けると乱暴に キスしてきた。 掴まれた腕が痛い。 ﹁りゅ、っ⋮⋮う﹂ 息する間がない。 酸欠で死にそ⋮⋮。 そっちに気をとられてるうちに、Tシャツの裾から入ってきた手が 腹を撫でた。 1707 びっくりして一瞬身体が震えた。 ﹁っ、はぁ、はぁ﹂ ﹁いつもこんなことしてんですか?﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ やっと離してくれたと思ったら、意地悪く笑われた。 でも表情は冷たい。 またキスされそうになって、俺は逃げた。 全力で。 掴まれた手を振り払って思いっきり走って逃げた。 こんなに本気で走ったことない。 1708 持病 逃げてしまった。 なんか居たたまれなかった。 というか怖かった。 ︱︱ドンッ やば、誰かにぶつかった。 ﹁⋮⋮あ、三木?﹂ 謝ろうと思って顔をあげると、相手はナベだった。 よく見たらここナベのマンションの近所だ。 家に帰るのもやだったからテキトーに走ったらこっち来ちゃったの か。 なんか、ナベの顔みたら安心した。 1709 安心したら気が抜けてきた。 ﹁⋮⋮おい、大丈夫か?﹂ ﹁は、ぁ、は⋮⋮っ、はぁ﹂ 息を切らしてる、ってレベルじゃない俺。 うっかりしてたな。 つい全力で走っちゃった。 ﹁走ってきたのか? お前、貧血なんじゃ⋮⋮?﹂ 忘れてたよ。 自分が貧血で、100メートル以上走れないこと。 ﹁⋮⋮! おい、三木!﹂ ふらついて転びそうになった。 1710 視界が歪んでチカチカする。 目がよく見えない。 転びそうなところをナベに支えられたけど、そのまま崩れるように ガクンと座り込んだ。 立っていられない。 ここまで酷かったのか、俺の貧血。 ﹁⋮⋮ごめん﹂ ﹁いいから寝てろ﹂ 意識が薄れてる間にナベの部屋に運ばれたらしい。 全然気付かなかった。 大丈夫かよ俺。 1711 今はソファーで横になってる。 こうしてたら貧血は少し落ち着いてきた。 ﹁水は?﹂ ﹁ください﹂ ﹁あいよ﹂ はぁ、何やってんだろ。 ナベに迷惑かけて。 真っ直ぐ家に帰ればよかったな。 でもあの状態じゃ家に着く前にダウンしてたか。 ﹁ん、水。 起き上がれるか?﹂ ﹁ありがと﹂ 正直起き上がれない。 1712 サッと起きてサッと水飲んでサッと沈む。 目眩がして起きてられないんだ。 クッションに顔を埋めて落ち着く。 ﹁で、何があったんだよ﹂ ﹁⋮⋮なんで﹂ ﹁顔に書いてある﹂ うそ。 やっぱ俺って顔に出るタイプ⋮⋮? ﹁冗談だ。 全力で走ってくるし、なんとなくいつもと違う気がする。 それだけ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁神谷となんかあったか?﹂ 1713 ﹁⋮⋮ん﹂ 鋭いな、ナベ。 普段よく遊ぶからわかんのかな。 ﹁⋮⋮龍を怒らせちゃった﹂ ﹁⋮⋮お前が? 何やったんだよ﹂ ﹁んー⋮⋮﹂ 何やったってか、色々? ホント何やってたんだろ俺。 結局ネックレス取り返せなかったし。 はぁ、落ち込むわー。 ﹁⋮⋮なに?﹂ ﹁慰めてるつもり﹂ 1714 クッションに顔を埋めて落ち込んでたら頭を触られた。 っていうか撫でられた。 ﹁ありがと﹂ ﹁少し寝ろ。 気分悪いんだろ﹂ ﹁うん﹂ どうにも気分が悪くて考え事ができない。 くそ、貧血の野郎。 ナベに言われた通り大人しく目を閉じると、すぐに意識は沈んだ。 だいぶ走って疲れたかな。 1715 世話 −sideナベ− ﹁まったく⋮⋮﹂ こいつ一瞬で寝やがった。 起こさないようにタオルケットを掛け直す。 何があったかは知らないが、どうやら神谷とケンカしたらしいな。 さて、どうするか。 神谷に連絡してやりたいけど、ケンカ中に他の男の家に上がり込む なんて神経逆撫でするようなもんだよな。 連れ込んだのは俺だけど。 しょうがないだろ。 こいつの貧血の状態みてたらとてもじゃないけど放置できなかった んだよ。 息苦しそうで、肺がなくなったんじゃないかと思うほど呼吸も顔色 1716 もやばかった。 もしかしたらこのまま死ぬんじゃないかと結構本気で焦った。 貧血なのは知ってたし、それで死ぬわけないのはわかってるんだけ どな。 寝かせて呼吸は安定してるけど、今も顔色は悪いまま。 まさに血が足りないって感じ。 額に触ってみると、かなり冷たい。 額に限らず顔も手も冷たくて心配になる。 こいつ⋮⋮大丈夫、か? やっぱり神谷に連絡することにした。 神谷が何について怒ってるのかも気になる。 1717 ﹁おう、神谷﹂ ﹃⋮⋮こんにちはナベさん。 もしかして先輩そこにいます?﹄ ﹁珍しく鋭いな﹂ なるほど。 かなりご立腹のようだ。 というか、イライラしてる感じ。 ﹃⋮⋮﹄ ﹁そうカッカするな。 安心しろ。 何もしてねぇよ﹂ ﹃⋮⋮別に、もういいですよ﹄ ﹁⋮⋮﹂ うーん⋮⋮イライラというより、拗ねてる? ﹁⋮⋮さっきな、三木が道でぶつかってきた。 1718 で、なんかもうすぐにでも死にそうだったから連れてきた﹂ ﹃⋮⋮は?﹄ ﹁お前等がどこにいたのか知らねぇけど、そこから全力で走ってき たらしい﹂ ﹃⋮⋮貧血!! ちょ、先輩大丈夫なんですか!?﹄ こっちの状況が読めたらしい。 焦った声で訊いてきた。 ﹁それは自分の目で確かめるんだな。 ああ、別にもういいとか言ってたっけ? 今こいつ寝てるし⋮⋮早く来ないとちょっかい出すかもな﹂ ﹃⋮⋮﹄ 神谷は一方的に電話を切った。 焦ってる焦ってる。 どのくらいで着くかな。 1719 来たらまず事情を聞くか。 ﹁ったく⋮⋮世話かけさせやがって﹂ 三木が寝てるソファーにもたれて、三木の顔に掛かった前髪を払っ てやる。 すやすや寝てる顔が可愛い。 寝顔は幼く見えるって聞いたことあるけど、嘘じゃないんだな。 なんとなく三木に自分の顔を近付けてみた。 ﹁あんまり世話かけさせんなら本当にちょっかい出しちまうぞ﹂ ぼそっと言ってやった。 聞こえない音量だろ。 ﹁ん⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮っ!﹂ 1720 至近距離で三木の顔を眺めてたら、ふっと薄く目が開いた。 びっくりして飛び退いちまった。 ﹁⋮⋮?﹂ 少し不思議そうにしてまた目を閉じた。 すぐに寝息が聞こえる。 ︵ひ、ヒヤヒヤさせんなよな⋮⋮。 悪いのは俺だけど︶ 最近働くようになった三木の自己防衛本能。 それが感知したか。 それともただたまたま起きただけか。 ︵まぁ⋮⋮結果的に自己防衛したんだし、いいか。 それに免じて、ちょっかい出すのはやめてやるよ︶ 実はちょっとだけマジだった俺。 1721 だって、なぁ? 俺結構がんばってるし。 少しくらいご褒美貰ってもよくないか? 1722 相違 −side龍− 先輩はナベさんのところにいるらしい。 僕とあんなことがあった後で、よく他の男のとこにいけるな。 そう思ったのもつかの間。 先輩は貧血でダウンしていると聞いた。 たしかに、僕から逃げていくとき走ってた。 貧血のこと、忘れてた。 家に帰る気にもなれず商店街をうろうろしてた僕はすぐにナベさん のマンションに向かった。 ﹁⋮⋮!﹂ 走ってる途中、目の端にあの男が映った。 先輩とデートしてた男だ。 1723 無意識に睨み付けた。 すると男もこっちに気付いたみたいで慌てて近寄ってきた。 ﹁ほ、ほらよ。 これでもう俺は関係ないからな﹂ 男は僕の手に何かを握らせ、すぐに立ち去った。 手の中を見てみると⋮⋮。 ﹁⋮⋮!?﹂ これは⋮⋮僕が先輩にあげたネックレス? なんで? なんであの男がこれを持ってる? まさか⋮⋮。 僕はネックレスを握り締めた。 そのまま走って先輩のところへ急いだ 1724 ﹁はぁ、はぁ⋮⋮﹂ ﹁思ったより遅かったな﹂ ﹁ちょっと、途中で色々ありまして﹂ ナベさんのマンションに着いて、部屋に入れてもらった。 先輩はリビングで寝てるらしい。 ﹁ちょっと待った﹂ ﹁⋮⋮なんですか?﹂ リビングに入ろうとしたら、止められた。 ﹁先に、事情を聞かせてもらおうか。 三木はあんまり話したくなさそうだったから聞けてねぇんだよ﹂ ﹁⋮⋮そうですね﹂ 1725 僕は話した。 僕が見てきた一部始終を。 ﹁なるほど⋮⋮。 その話だとたしかに浮気だよな﹂ ﹁ただ⋮⋮ちょっと違うみたいなんです﹂ ﹁違う?﹂ ﹁これ、僕が先輩にあげたネックレスなんですけど⋮⋮さっき相手 の男と会いまして。 そしたらこれを渡してきたんです﹂ ﹁⋮⋮それって、もしかして?﹂ ﹁⋮⋮先輩に会ってもいいですか﹂ ﹁いいよ﹂ 僕はリビングのドアから部屋に入った。 その音で、ソファーで寝てた先輩が目を開けた。 1726 まだ眠そうな顔でボーッとしてる。 貧血の影響もあって寝ぼけてるんだと思う。 ﹁⋮⋮龍?﹂ ぼんやりした目をこっちに向けた。 訊くなら今がチャンスかもしれない。 ﹁先輩、ネックレスはどうしましたか?﹂ ﹁⋮⋮ごめんね。 ネックレス取り返せなかった﹂ ﹁⋮⋮!!﹂ 先輩はボーッとしたまま素直に答えて、また眠りに落ちた。 やっぱりか⋮⋮。 やり場のない怒りが込み上げる。 あのクズ男⋮⋮っ! いや、それよりも。 1727 クズ男よりも。 先輩の話しをちゃんと聞かなかった自分に腹が立つ。 一発、先輩に思いっきり殴ってもらおう。 1728 仲直り ん⋮⋮よく寝た。 気分はだいぶ良い。 でも起き上がると目眩はまだあるんだろうな⋮⋮。 寝返りをうつ。 ちょっと目覚めちゃったけど、寝直そうか⋮⋮。 ふ、と額に触られた感覚。 目に掛かった前髪を払ってくれて、熱の確認をしてる。 ん⋮⋮? この手は⋮⋮。 ﹁⋮⋮!﹂ ﹁あ⋮⋮﹂ 1729 やっぱり。 ﹁龍⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ どうしよう。 言いたいことはあるのに、何から言ったらいいいのか纏まってない。 だってずっと寝てたからまだ整理終わってないだよ。 とりあえず起き上がった。 う⋮⋮目眩。 今は我慢だ。 ﹁龍、ごめ﹁ごめんなさい、先輩﹂⋮⋮え?﹂ 1730 まずは謝ろうと思って口を開いたら、龍が俺を抱きしめながらそう 言ってきた。 俺の身体はそのままソファーに押されて寝かされた。 ﹁まだ、目眩するんでしょう? 寝たままでいいですから﹂ ﹁⋮⋮なんで、龍が謝るの?﹂ ﹁それはこっちのセリフです。 なんで先輩が謝るんですか﹂ ﹁だって⋮⋮怒ってるでしょ?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁それに⋮⋮こんな時に、まぁナベだけど、男の家に上がってるし﹂ ﹁⋮⋮それについてはちょっと思いましたけど、貧血だったんでし ょう? 道端で倒れるよりずっといいです﹂ で、結局なんで龍が謝るの? そう訊こうとしたら、俺の目の前に銀色の物が出された。 1731 ﹁⋮⋮! ネックレス!﹂ ﹁あの男に会いました。 これを渡されたんです﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁どういうことか、説明してくれますか?﹂ 俺はちょっと落ち着いてから話した。 ﹁⋮⋮その、今日は龍の家に行く予定だったじゃん?﹂ ﹁はい﹂ ﹁途中でネックレス落としちゃって、来た道を戻ったらネックレス 拾ってくれてる人がいて﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁で、返してくれますか? って訊いたら、遊びに行くとこの視察するから3時間だけ付き合っ てくれって。 1732 そしたら返してくれるって﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ ﹁龍⋮⋮?﹂ 顔が怖い。 やっぱ怒ってるよ⋮⋮。 ﹁⋮⋮なんで、すぐ僕に連絡してくれなかったんですか﹂ ﹁すぐ映画館入っちゃって、電話できなくて⋮⋮。 それに3時間付き合えば返してくれると思ったから﹂ ﹁はぁ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ごめん﹂ ﹁謝らないでください。 先輩は悪くないです﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ なんで? ﹁悪いのはその男と、僕です﹂ 1733 ﹁⋮⋮?﹂ ﹁ごめんなさい、先輩。 さっきは頭に血が上っちゃって⋮⋮。 もっとちゃんと先輩の話しを聞くべきでした﹂ あ⋮⋮もしかして責任感じてる? 俺が貧血起こしちゃったから? これは別に龍のせいじゃない。 それに⋮⋮。 ﹁⋮⋮浮気じゃないって、わかってくれた?﹂ ﹁はい﹂ ﹁⋮⋮えへへ、よかった﹂ そっかそっか。 わかってくれたんだ。 ﹁⋮⋮怒らないんですか?﹂ 1734 ﹁なんで?﹂ ﹁僕、勝手に誤解しちゃいましたし⋮⋮﹂ ﹁わかってくれたならもういい。 俺がちゃんと龍に連絡してれば誤解されなかったんだし。 ⋮⋮ごめんね?﹂ ﹁⋮⋮いいえ。 疑って、酷いことしてごめんなさい﹂ まぁ、ちょっと怖かったけどさ。 ﹁ねぇ、龍﹂ ﹁なんですか?﹂ ﹁ネックレス、付けてくれる?﹂ ﹁もちろんです﹂ チェーンを首に回して付けてもらった。 よかった、返ってきて。 1735 ちょっと諦めてたんだ。 これがないと仲直りできなかった気がする。 本当によかった。 1736 バイオレンス ﹁えっと⋮⋮﹂ ﹁さぁ、一思いにやってください﹂ なんとか起き上がれるようになった俺はソファーに座ってる。 ナベは向かいのソファーに座ってる。 で、龍は俺の横に座ってる。 ナベと顔を見合わせた。 苦笑いしてる。 今何をしてるのかというと。 ﹁龍、別にいいって﹂ ﹁いえ、どうぞ思いっきり殴ってください。 じゃなきゃ僕自身が納得できません﹂ 1737 というわけだ。 ﹁じゃあ⋮⋮﹂ 一思いに⋮⋮。 ︱︱ぺち ﹁そんなんじゃダメです!﹂ ﹁だ、だって⋮⋮﹂ 無理だって。 思いっきり殴るとか。 ﹁せめて殴る以外のことにしてよ⋮⋮﹂ ﹁じゃあ蹴ってください﹂ ﹁だからなんでバイオレンスばっかり!﹂ 1738 頼むからそういうの以外にしてよ。 ﹁先輩が決めてください。 なるべく過酷なやつお願いします﹂ ﹁過酷って⋮⋮。 うーん﹂ そうだな⋮⋮なんかあるかな。 ﹁あ、じゃあさ。 旅行行きたい﹂ ﹁旅行、ですか?﹂ ﹁そう。 できれば県外、北の方角希望。 そのプラン考えてくれる?﹂ ﹁⋮⋮それ、僕も一緒にってことですよね。 それだと過酷とは無縁じゃないですか﹂ ﹁俺と旅行行きたくないの?﹂ ﹁いえ、そういうわけでは⋮⋮﹂ ﹁旅行って結構大変だよ。 1739 プラン考えるならなおさら。 泊まるとこの予約とか交通手段の段取りとか全部お願いね﹂ 本当に大変だと思うよ。 俺電話とか苦手だし、予約なんてできないから。 ﹁ちょうど学校の校舎の改装で4連休あるじゃん? でも部活はあるよね。 俺のために部活休んでくれる?﹂ ﹁もちろん、喜んで﹂ ﹁じゃあ決まり。 楽しみにしてるから﹂ これだけ条件付ければ納得だろ。 近いうちに大会とかないけど、4日も部活休むなんてすごい大変そ う。 がんばって。 1740 ﹁ナベさん。 2人で旅行とか役得すぎてむしろ大歓迎なんですけど﹂ ﹁いいじゃねぇか。 あくまでも旅行、遊びだからな。 変なことすんなよ﹂ ﹁しません。 これを罰だと思って過ごします﹂ ﹁良い心掛けだな。 帰ってきたら報告待ってるぞ﹂ 1741 今日もまた ﹁もう遅いし、今日は泊まってくだろ?﹂ ﹁いいの? やったー﹂ 正直帰れないなー、と思ってた。 そりゃ起きられるくらいには回復したけど、まだまだ歩けるくらい までいかない。 ﹁先輩の世話します。 なんでも言ってください﹂ ﹁ありがと﹂ 龍はまだ責任感じてるのかな。 仲直りしたし、別にいいのに。 1742 ﹁飯どうする?﹂ ﹁作りますか?﹂ ﹁あ、えっと⋮⋮俺、お菓子ほしいな﹂ ﹁あ、じゃあコンビニ行ってきます﹂ ﹁ごはんもそこで買っちゃえばラクじゃないかな﹂ ナベと龍はうーんと考える。 ﹁それもそうだな﹂ ﹁ですね﹂ ホッ。 これで安心。 ﹁それじゃ、行ってきます﹂ ﹁行ってらっしゃい。 気を付けて﹂ さっさと準備した龍はすぐに出掛けていった。 1743 ﹁ふぅ⋮⋮ナベ、ありがと﹂ ﹁なにが?﹂ ﹁色々﹂ 色々やってくれたんだろうな、ナベ。 俺はぶっ倒れる直前まできてたし。 龍を呼んだのもナベだろうし。 世話になりっぱなしだ。 ﹁ナベに何かお返ししたい﹂ ﹁別に頼まれてやったわけじゃねぇし、気にすんな﹂ ﹁ナベめっちゃいい人だな。 見直した。 旅行行ったらすっごくいいお土産買ってくるから﹂ 今更だけどホントめっちゃいい人。 お土産たくさん買おう。 1744 ﹁それより、気を付けろよ﹂ ﹁何が?﹂ ﹁神谷。 あいつかなり嫉妬深いだろ﹂ ﹁ああ、うん﹂ 多分ナベは龍から話聞いたよね。 ﹁これから先、今回みたいなことはないにしても⋮⋮嫉妬深さは変 わらないと思うぞ﹂ ﹁俺もそう思う﹂ ﹁いいか? 近付いてきた男には警戒しろ。 んで、場に流されるな。 ちゃんとNOが言える人間になるんだぞ﹂ ﹁わかった﹂ ﹁どうしようもなくなったら神谷に言えばいいし、俺に連絡しても いいからな。 ヤバくなる前に早めに言うんだぞ﹂ 1745 ﹁わかった﹂ こんな感じで、龍がいない間しばらく授業が続いた。 1746 知識 ﹁ボディータッチは女が男にやるもんだと思うだろうけど関係ない。 異性からのボディータッチは少なからず興味を持たれてるんだと思 え﹂ ﹁はい、先生﹂ ﹁親切からの誘いだったとしてもホイホイついていくなよ。 可能な限り神谷に連絡入れろ。 相手にも彼氏がいるってわからせるんだぞ﹂ ﹁わかりました、先生﹂ ﹁何やってるんですか⋮⋮?﹂ まだまだ続いてる授業。 声がしたほうを振り返ると、龍がエコバックを持って不思議そうな 顔で立ってた。 エコバックでコンビニ行ったのか。 環境に優しい。 1747 ﹁おかえり、龍﹂ ﹁おかえり。 今後無駄にならない知識を与えてる最中だ﹂ ﹁そうですか⋮⋮。 とりあえず、休憩しません?﹂ 龍はエコバックから紙パックのジュースを3つ取り出して見せた。 あ、俺が好きなコーヒー。 ﹁先輩はこれですよね﹂ ﹁やった。 ありがと﹂ 龍は俺の隣に座り、立ってたナベも向かいのソファーに座った。 ﹁ナベさん、どっちがいいですか?﹂ ﹁じゃあ紅茶で﹂ ﹁はい。 僕はりんごジュースですね﹂ 1748 それぞれストローをぶっ刺して飲む。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ ﹁先輩、こっち飲みます?﹂ ﹁ん﹂ 一口もらう。 りんごジュースも美味い。 ﹁はい﹂ ﹁どうも﹂ お返しにコーヒー。 ﹁おーおー、見せつけてくれちゃって。 間接キスは当たり前ってか﹂ ﹁当たり前ですね﹂ ﹁別にね。 1749 幼馴染みだから小さい頃は普通のことだったし﹂ ﹁そういやそうだったな。 お前ら小さい時から遊んでた仲だもんな﹂ 付き合う前は少し龍が意識してたらしいけど。 もう今更。 ﹁ふぁぁ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮先輩? 眠いんですか?﹂ おっと。 無意識にあくびしてた。 ﹁今日はちょっと、疲れちゃったな﹂ なんか色々あって1日が長かった。 1750 本当に眠いわ。 寝ようと思って紙パックをテーブルに。 そしたら肩に腕を回されて軽く引っ張られた。 ﹁龍⋮⋮?﹂ ﹁先輩、寝てください﹂ 何かと思ったら、俺は龍に引っ張られてもたれ掛かる姿勢になって る。 このまま寝ろってか。 ﹁いや、でも悪いし⋮⋮﹂ ﹁いいですから、寝てください﹂ ﹁⋮⋮﹂ 寝心地はよさそうだよ。 ちょうど肩のとこが枕になってさ。 1751 でも⋮⋮。 あ、ダメだ。 眠いわ。 寝る。 ﹁⋮⋮すー﹂ ﹁の○太かよ﹂ ﹁寝付きがいいのは昔からですよ﹂ ﹁さすが幼馴染み﹂ ﹁ナベさん。 悪いんですけど先輩のコーヒー、冷蔵庫に入れといてください。 先輩は季節関係なく冷えた飲み物が好きですから﹂ ﹁細かい好みも把握済みってか﹂ ﹁だてに幼馴染みやってないですよ。 まぁ、もうただの幼馴染みじゃないですけど﹂ ﹁彼氏って地位があるもんな。 今回みたいなことがないように、大事にしろよ﹂ ﹁肝に銘じておきます﹂ 1752 1753 ぼんやり ﹁⋮⋮﹂ ふっ、と目が覚めた。 眠りが浅かったんだと思う。 寝直そうとクッションを顔の下に敷いて、うつ伏せになった。 目を閉じつつ、近付いてきた足音に耳を傾けた。 ﹁⋮⋮先輩? もう9時ですよ。 ごはん食べないと血が作れませんよ﹂ ﹁ん⋮⋮?﹂ 龍だ。 少し身体を揺すられる。 眠くて反応できない。 呼ばれて開けた目を、また閉じた。 1754 ﹁また寝ちゃいましたか⋮⋮。 しょうがないですね。 次はちゃんと起きてもらいますよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 目が覚めた。 龍は床に座って、俺が寝てるソファーを背もたれにしてる。 ﹁あ、先輩。 11時になっちゃいますよ。 ごはん食べなきゃダメですよ﹂ ﹁んー﹂ 俺が起きてることに気付いた龍が少し揺すってきた。 目は覚めたけど、まだ眠い。 ﹁⋮⋮龍。 1755 水くれる?﹂ ﹁いいですよ。 待っててください﹂ 龍はキッチンに水を取りに行った。 その間に俺は身体を起こす。 誰も見てないのをいいことに、大きくアクビした。 そういやナベはどうしたんだろ。 風呂かな。 ﹁先輩、お水です。 気分はどうですか?﹂ ﹁ラクになったよ﹂ 本調子ではないけど、かなり良くなった。 明日には完治するはず。 とりあえずごはん食べようかな。 1756 ﹁先輩、先輩。 食べながら寝ちゃダメですよ﹂ ﹁う﹂ あぶね。 ﹁やっぱりボーッとしちゃいますか? はい、お茶です﹂ ﹁うん⋮⋮ありがと﹂ 落とさないようにコップをしっかり持ってお茶を飲む。 飲み終わったコップは龍が受け取った。 ﹁もう食べないんですか?﹂ ﹁ん。 ずっと寝てたし、満腹になっちゃったな﹂ 1757 気分的に空腹もあんまりなかったし。 少しでも食べたから血が出来るよ。 俺の代わりに片付けてくれた龍がソファーに戻ってきた。 ⋮⋮甘えちゃおうかな。 俺は龍の膝を枕にしてごろんと横になった。 ﹁あ⋮⋮せ、先輩?﹂ ﹁もう風呂入ったんでしょ? あとは寝るだけならやることないよね﹂ ﹁まぁ、そうですけど⋮⋮﹂ 横になったまま龍の腹に手を回す。 クッションみたいなもんだ。 くっつくと龍の匂いがした。 ﹁俺、この匂い好き﹂ 1758 ﹁え?﹂ ﹁龍の匂い﹂ こっそり龍の顔を盗み見る。 赤くなってた。 照れてる? というより、恥ずかしいがってるかな。 龍の反応をおもしろがってたら、いつの間にか寝てた。 ボーッとしてるせいかな。 寝るつもりなかったのにな。 1759 香水 僕の膝に乗せた先輩の頭を撫でる。 長くなった髪がさらさらと流れた。 ﹃俺、この匂い好き。 龍の匂い﹄ ついさっき先輩に言われたことを思い出して、また少し顔が赤くな る。 そういうこと僕が言うと叩くくせに、自分はあっさりと言う。 別にいいんですけどね。 先輩の目に掛かった前髪を払う。 ⋮⋮なんで女の人はいい匂いがするんだろう。 不思議だ。 こういう風に同じ場所に泊まるととくに。 1760 シャンプーも石鹸も同じ物を使ってるのに、男の僕とは匂いがまっ たく違う。 それが普通の女の人なら、色々やってんだろうなと納得できる。 でも先輩はめんどくさがり。 香水も嫌いだし、美容に良いものを塗ったりすることもしない。 風呂でもシャンプー、リンス、石鹸それだけらしい。 髪にいいスプレーみたいなのとかトリートメントとかあるけど、そ ういうのもしない。 興味はあったのか、一回だけ風呂上がりのトリートメントを使って るとこを見たことがある。 けど、めんどくさくてその一回でやめたらしい。 水で流してもぬるぬるして洗った気がしない、という理由でボディ ーソープじゃなくて石鹸を使ってる。 そのぬるぬるは保湿よ! と言ったのは僕の母親だったかな。 18歳でここまで何もやってないのは珍しいんじゃないかと思う。 1761 ﹁あ? なんだ、邪魔したか?﹂ ﹁いえいえ﹂ ナベさんが風呂から出てきた。 僕は先輩の髪を指に絡ませたりして遊んでる。 ﹁何にやにやしてんだよ。 変態っぽいぞ﹂ ﹁え、ああ、ちょっと﹂ にやにやしてたかな。 やばいやばい。 ﹁男の匂いと女の人の匂いってかなり違いますよね﹂ ﹁そりゃそうだろ。 1762 女は色々やるし﹂ ﹁先輩は何もしませんよ﹂ ﹁マジで?﹂ ﹁めんどくさいそうで﹂ ﹁あー⋮⋮三木ならそうかもな﹂ ﹁ナベさん、香水つけてます?﹂ ﹁昔はな。 今はつけなくなった﹂ ﹁なんでですか?﹂ ﹁高校1年の頃だったか⋮⋮まだ三木と喋ったことなかったけど席 が近かった時、一瞬だけあいつほんのすこーし嫌な顔したことがあ ってな。 俺に気遣って我慢してんのわかってさ。 なんかそれが印象的で﹂ ﹁それでやめちゃったんですか﹂ ﹁俺自身が嫌がられてんのか、香水が嫌がられてんのか、ちょっと ドキドキしたよ。 喋るようになったのはそれからだったな﹂ 1763 僕も香水なんてつけたことない。 先輩が香水嫌いだから、それをつけようって発想がなかった。 僕だけじゃなくてナベさんにまで影響与えてるじゃないですか、先 輩。 ﹁そういやお前、今日どこで寝るつもりだよ﹂ ﹁先輩が起きないならこのままでいいかなと思います﹂ ﹁マジかよ﹂ ﹁案外落ち着いてぐっすり寝れそうですよ。 先輩の匂いのリラックス効果で﹂ ﹁お前ホント変態だよな﹂ ﹁失礼ですよ﹂ 1764 言うべき時 ﹁⋮⋮﹂ ﹁あ、起きちゃいました?﹂ ﹁⋮⋮うわ、ごめん﹂ 龍の肩借りたまま寝てた。 1時間も寝ちゃってたな⋮⋮。 ﹁もうちょっと寝ててもよかったんですよ?﹂ ﹁いや、悪いし。 肩痛かったでしょ﹂ ﹁いえいえ、全然。 寝顔見れましたし。 このまま朝まで寝ましょうよ﹂ ﹁遠慮します﹂ 全力で。 1765 で、ちゃんと布団で寝たよ。 ナベがベッド使えば?って言ってくれたけど、虫が出たらやだから 断った。 ﹁﹁お世話になりました﹂﹂ ﹁また来いよ﹂ 本当にね、ナベには世話になりっぱなしだね。 これから帰るとこだけど雨降ってるから傘まで貸してくれるんだよ。 ﹁あのさ、ナベ﹂ ﹁ん?﹂ 今じゃなきゃ言えない気がした。 卒業前とか、そういうのが何もない今じゃなきゃ。 1766 ﹁俺らこんな感じだし、ナベに迷惑かけることもたくさんあると思 う﹂ ﹁⋮⋮? まぁ、そうかもな﹂ 首を傾げつつ話しを聞くナベ。 ﹁なるべくそうならないように頑張るからさ、これからも友達でい てね﹂ 俺がそう言うと、ナベは驚いた表情になった。 今回、ナベがいなかったら仲直りできてなかったかも。 普段からそう。 俺や龍の話し聞いてくれたり、なにかと心配してくれたり、助けて くれたり。 ﹁ばーか﹂ ナベはぐしゃっと俺の頭を撫でた。 1767 ﹁当たり前だろうが。 これからも世話焼いてやるよ﹂ 俺も龍も、ナベに甘えやすいんだと思う。 ナベって面倒見のいい兄ちゃんって感じじゃん? ついつい、ね。 ﹁ありがと﹂ これからも、大人になっても。 俺達をよろしく。 ﹁つーか、友達でいてねって言うならお前からメールとかしろよ。 必要なとき以外はいつも俺からだろ﹂ ﹁んー、メールはめんどくさい。 電話にしようよ﹂ ﹁神谷が怒るだろ﹂ 1768 ﹁いいですよ、電話くらい。 男相手とはいえナベさんなら﹂ ﹁だってさ﹂ ﹁だからお前から連絡しろって﹂ ﹁いや俺小心者だからさ、自分から電話とかドキドキしちゃうんだ よね﹂ ﹁意外だな。 女子かよ﹂ ﹁女子だよ﹂ 1769 しゃべり方 ﹁ねぇ、みっきー﹂ ﹁なに?﹂ ﹁それ!﹂ は? 提出するノートの手直し中。 前の席の香が後ろを向いて話し掛けてきた。 ﹁みっきーの口調、ちょっと女らしくなったよね﹂ ﹁え、マジ?﹂ ﹁うん。 だって今も呼び掛けたら﹃なに?﹄って言ったでしょ? 前だったら﹃なんだ?﹄とか﹃なんだよ﹄って言ってたよ﹂ ﹁⋮⋮そう言われればそうかも﹂ 1770 別に意識的やってるわけじゃない。 自然とそうなった。 ﹁やっぱアレですかい? 彼氏の影響?﹂ ﹁えー、どうだろ﹂ 口調が落ち着いたのって最近だよな。 ⋮⋮そうなのかも。 ﹁いいなぁ、彼氏。 私も高校生のうちに欲しかった﹂ ﹁まだ高校生だろ﹂ あ、やっぱちょっと名残あるわ。 ﹁もう高校生は終わっちゃうよ﹂ ﹁まぁ、そうだけど﹂ ﹁ねぇ、彼氏ってどんな感じ?﹂ 1771 ﹁俺と龍は参考にしないほうがいい﹂ ﹁なんで?﹂ ﹁普通の付き合いよりずっと長いから﹂ ﹁もともと幼馴染みだもんね。 やっぱ違う?﹂ ﹁違うと思う。 お互いの好みはだいたいわかるし。 味の好みもほぼ把握してる﹂ ﹁へぇ⋮⋮さすが幼馴染み﹂ ﹁あと、考えてることもそれなりにわかる。 で、相手がそれをわかってることもわかる﹂ ﹁なにそれすごい﹂ 喜怒哀楽くらいなら会話なしでも無表情でも雰囲気でわかる。 付き合うようになって関係が深くなってからはとくに。 1772 ﹁手とか繋ぐ?﹂ ﹁繋がない。 なに、香は繋ぎたいタイプ?﹂ ﹁繋ぎたくない? 私は繋ぎたいタイプだよ﹂ ﹁繋ぎたくない。 ていうか、俺が拒否してるし﹂ ﹁ええっ。 なんでなんで?﹂ ﹁恥ずかしいじゃん。 公衆の面前で﹂ ﹁えー、そう? 彼氏さんはなんて?﹂ ﹁龍は多分どっちでもいいと思う。 繋ごうって言われれば繋げるし、別に進んで繋ぎたいタイプでもな い﹂ ただし俺が嫌がるからわざと﹃繋ぎます?﹄って言ってくる。 いじめか。 1773 ﹁なんだかんだでラブラブだよね、みっきー達﹂ ﹁⋮⋮﹂ 否定しようとしたけど言葉が出なかった。 実際、俺もそう思う。 普通よりちょっと⋮⋮いや、かなり嫉妬深いような気はするけど。 愛されてるんだな、とは感じてる。 過保護すぎるところはあるけど。 1774 愛情表現 香とまだ話してる。 ﹁彼氏とのエピソードとかないの?﹂ ﹁ないよ﹂ ﹁えー﹂ あっても言えない。 なんか恥ずかしくて。 ﹁じゃあさ、みっきーの愛情表現ってどんな?﹂ ﹁なにその質問﹂ ﹁前にみっきーと彼氏さん見たけど、彼氏さんはもう雰囲気的にみ っきー大好きっぽかったもん。 みっきーはわりとクールだった﹂ ﹁⋮⋮そういうの誰かの口から聞きたくなかった﹂ ﹁だってそうでしょ? 1775 彼氏さんはハート飛んでるように見えたよ。 んで、みっきーはハート弾き返してる感じ﹂ やめろ。 恥ずかしい。 ﹁じゃあ彼氏さんの愛情表現は?﹂ ﹁うーん⋮⋮スキンシップ、かな?﹂ ﹁彼氏さんのはわかってるんじゃん﹂ ﹁まぁ、見てればね﹂ 龍は普段から人に必要以上触らない。 ただ例外として、俺にはベタベタ触ってくる。 座ってれば髪いじくったり、肩に手置いたり。 立ってても後ろから腕回してきたり。 ⋮⋮いや、ただのスキンシップにしては過剰か。 1776 ﹁じゃあみっきーは?﹂ ﹁⋮⋮ちょうど今思いついた﹂ ﹁なになに?﹂ ﹁スキンシップが不快に思わないこと﹂ ﹁あー、なるほど﹂ 俺ね、人に触られるの好きじゃないんだよね。 女だろうが男だろうが関係ない。 異性には積極的にスキンシップ、とかあるじゃん? ああいうの大嫌い。 香達もそれは知ってる。 なぜなら、俺は香達に触られても平気だから。 愛情表現というより、気を許してる証拠なんだと思う。 1777 ﹁みっきー、みっきー﹂ ﹁なに?﹂ ﹁ふふふ﹂ ﹁何急に﹂ 香は嬉しそうに俺の髪を触ってる。 1778 討論会 ﹁えー、この間お前らの成績表を叩き出したわけだが﹂ 担任が前に立って話し始めた。 ﹁当然ながら成績に差があった。 ので、おもしろいからそれを題材にしようと思う﹂ 成績をおもしろいとか言うなよ、教師のくせに。 ていうか題材って何? ﹁これから過去のテスト平均80点以上と以下で討論会を行う。 テキトーに言いたいこと言い合え﹂ ⋮⋮マジですか。 ﹁80点平均ならちょうどいい境界線だろ。 で、それぞれ代表を決めようと思う。 以上のグループは当然三木だろ。 以下のグループは⋮⋮眞辺にしよう﹂ 1779 拒否権はないの? あ、眞辺ってナベのことね。 ﹁先生、俺やりたくな﹁拒否権無しな。 ここに以上グループ纏めたから分かれろー﹂ ⋮⋮。 で、とりあえず移動して教室の左右に分けて座った。 俺のグループは俺以外に7人。 向こうは35人。 なにこれいじめ? あ、隊長は同じグループだ。 ちょっと安心。 1780 ﹁はい、討論会スタート﹂ 担任、楽しそうにすんな。 ﹁俺はお前に言いたいことがたくさんある。 日頃の恨みを込めて、言わせてもらおう﹂ ノリノリだな、ナベ。 ﹁そちらの勉強時間と勉強法について聞かせてもらおうか? はい、まずそこの女子!﹂ ﹁毎日少なくとも1時間。 その日の見直しして、テスト前なら1週間前からみっちり﹂ ﹁なるほど、日頃の努力の積み重ねだな﹂ 何人か勉強時間と勉強法を暴露していった。 ﹁代表がボーッとするなよ、三木。 お前のも聞かせてもらおうか?﹂ ﹁げ﹂ 1781 ﹁ほらほら、正直に言ってみろ﹂ ﹁⋮⋮知ってるくせに﹂ わざわざ言わすな。 ﹁ほら、自分の口で言ってみろ﹂ ﹁⋮⋮21時から22時まで勉強、そこから寝て2時に起床、あと は学校行く時間まで勉強﹂ ﹁それが毎日なら感心するぜ。 でもお前それテスト前夜にやってんだろ。 立派な一夜漬けだ﹂ ブー、ブー、とブーイング。 ﹁勉強法って色々あると思うんだ﹂ ﹁そうだな﹂ ﹁それぞれに適した勉強法があると思うんだ﹂ ﹁そうかもな﹂ 1782 ﹁で、俺はそれが一夜漬けだった﹂ ﹁それで1位とるから納得いかないんだ﹂ ブー、ブー。 ﹁だって俺それだと1日に6時間勉強してんだぜ? 6日に毎日1時間みたいなもんだよ﹂ ﹁お前なりに努力してるのは認める。 でも普通それだけじゃ1位はとれない﹂ ブー、ブー。 そんなもんか⋮⋮? ﹁わかった、オーケー。 それならはっきり言おう﹂ こうなりゃヤケだ。 ﹁平均80以下の諸君。 1783 キミ達は正直、要領が悪い﹂ もうストレートに言ってやるぜ。 どうせ何言ってもブーブー言われるし。 ﹁結局のところ、テストで重要なのは覚えること。 数学だって方程式覚えなきゃいけないし、英語だって基本文覚えな きゃいけない。 でも時間が足りない。 そうだろ?﹂ むこうのグループの人は頷く。 ﹁なんで足りないか。 勉強時間が短いわけでも、記憶力が悪いからでもない。 悪いのは要領﹂ 香達の勉強みてるとホントそう思う。 ﹁たとえば、国語なんかじっくり勉強する必要なし。 教科書に書いてあった物語から問題が出されてたって、テストには 教科書の物語がそのまま写してある。 つまり、読めばわかる。 1784 問題はどんな形式で出されるかわかんないのに時間をかけて勉強す るなんてムダ。 やることは3つだけ。 よく最後に出てくる﹃作者が言いたいこと﹄とか﹃作者の思うこと﹄ の確認と、1回だけ教科書を読んでおく。 絶対に覚えろって言われたとこはそこだけ覚えればいい。 以上﹂ 途中でブーブー言われないように一気に言ってやった。 ふぅ、疲れた。 ﹁ムダだったのか⋮⋮。 どう勉強すればいいかわからなくてとりあえず書いてみたりしてた けど⋮⋮﹂ ﹁努力って意味では素晴らしい。 でも時間無いのにそれをやるのはムダ。 授業聞いてりゃ﹃ここ出すかも﹄みたいなこと先生言うし﹂ ﹁お前、授業中寝てんじゃねぇか﹂ ﹁国語、数学、英語と、テスト前の全教科だけは寝ない。 授業聞いてなきゃわかんないとこだから﹂ ﹁⋮⋮たしかに﹂ 1785 そこだけは寝ないよマジで。 1786 討論会 2 ﹁負けた⋮⋮﹂ ﹁いや、勝負してないし﹂ ガックリするなナベ。 ﹁結局は要領か﹂ ﹁そうそう﹂ ﹁要領悪い俺達はどうすりゃいいんだよ﹂ ﹁反省して改善すりゃいいじゃん﹂ 簡単そうで簡単じゃないけども。 ﹁たとえば?﹂ ﹁たとえば、勉強中に眠かったんなら睡眠時間削らなければいい。 削らないように時間作るとか。 単純に問題がわかんなかったんだったら授業聞いてメモっとけばい い。 1787 俺も数学とかめちゃめちゃメモってるよ。 しつこいくらいに﹂ ここをこうしてああしてあっちからこっちにやって、とか。 それをメモる。 1回じゃなくて先生が説明するたびに何回も。 ノート見ながら心の中で﹃しつこいな!﹄ってツッコむくらい。 ﹁テストの見直しとかも反省?﹂ ﹁テストの見直しとかやるといいって聞いたことあるけど、そんな のムダ。 できなかった問題が次も出るとは限らない、しかも次のテストで出 るのはそのテストの範囲外がほとんど。 ムダすぎて眠くなる。 ケースバイケースで対応すりゃいい。 出る時はテスト範囲に書いてあるから。 いちいち見直す必要ナッシング﹂ ﹁お前本当思い切りいいよな。 そういうとこ感心する﹂ 1788 そうかいありがとう。 ﹁みんな、1回こいつと勉強してみろよ。 数学の問題解いてたと思ったらしばらくして﹃飽きた﹄だぞ? 国語勉強してるとこは見たことないし、英語の単語は独特な読み方 で喋りながら覚えてるから聞いてるこっちは笑っちまうし﹂ ﹁飽きたってことは覚えたってこと。 飽きたら続けたくないし、国語は勉強する必要ナッシング。 英語なんてアルファベットてきとーに並べただけじゃん。 工夫しなきゃ細かく覚えらんないって﹂ たとえばcarはカールとか。 実はみんなやってるでしょ。 で、何のためにやったのかよくわからない討論会は終わった。 それからちょっと変わったことがある。 ﹁三木さん、ノート見せてくれる?﹂ 1789 うちの教室からよく﹁しつこい!﹂って声が聞こえるようになった。 1790 オカン ﹁うーん⋮⋮﹂ 何日か前に予定した旅行。 ちょっと忘れてた。 でも龍がバッチリ準備してくれてたみたいで、明日行くことになっ た。 で、今日は準備。 ﹁タオルは持ってったほうがいいかな? 宿にあるだろうけど﹂ 泊まるのは旅館なんだって。 すごい楽しみ。 ちなみに、俺は旅の準備はかなり用心深い。 生活用品は余分に持ってくタイプだ。 1791 何があっても大丈夫、ってのがいいよね。 ﹁あとは朝に充電器入れて⋮⋮ん、オッケー﹂ 荷づくり完了。 男って荷物少なくていいよね。 普段なら俺も手荷物少ないほうだけどさ。 旅行なら話は別ですよ。 ん、電話だ。 ﹁もしもし?﹂ ﹃おぅ、俺﹄ ﹁ナベか﹂ 1792 どうした。 ﹃神谷から聞いたぞ。 明日旅行だろ?﹄ ﹁うん。 お土産買ってくるから楽しみにしてて﹂ ﹃そりゃどうも。 準備できたのか?﹄ ﹁できたよ﹂ ﹃一泊だろ? 余分に着替えとか持ってけよ﹄ ﹁持ってくよ﹂ ﹃タオルも向こうにあるだろうけどちゃんと持ってけよ﹄ ﹁持ってくよ。 なに、ナベ。 オカンみたい﹂ ﹃誰がオカンだ﹄ いつも以上に心配されてないか? 1793 ﹃いや、まぁ、その⋮⋮気をつけろよって言いたかっただけだ﹄ ﹁⋮⋮? 大丈夫だよ。 龍もいるし﹂ ﹃だからだよ﹄ うん? 意味がわからないんだが。 ﹃俺が言いたいのは神谷に気をつけろってこと﹄ ﹁え、なんで?﹂ ﹃俺に言わすな﹄ ﹁⋮⋮う、ん?﹂ ごめん。 全然わからないんだけど。 ﹃⋮⋮ったく。 1794 だ、か、ら! 2人きりで泊まりとかだと襲われるかもしんねぇんだから気をつけ ろよって言ってんだよ!﹄ ﹁え⋮⋮﹂ 何を言ってるでござる。 ﹁えー、ないない。 そんな雰囲気にはならないって﹂ ﹃甘い。 男ってのはお前が思う以上に欲望のかたまりだ。 とにかく気をつけろ﹄ ﹁ふーん⋮⋮。 わかった﹂ ﹃わかってないだろ﹄ ﹁わかったってば﹂ なんとなくならね。 1795 ﹃神谷もそうだけど、道中も気をつけろよ。 知らない男にもついてくんじゃねぇぞ﹄ ﹁知ってる人は?﹂ ﹃知ってる人でも。 男だろうが女だろうがついてくなよ。 あと知らない街で1人でフラフラすんなよ。 いいな?﹄ ﹁はーい、お母さん﹂ ﹃誰がお母さんだ﹄ だってどうみても⋮⋮ねぇ? 1796 旅行 ﹁おー﹂ 新幹線の旅。 電車なら乗る機会もあるけど新幹線はなかなかない。 ﹁先輩が乗り物なんでも大丈夫なんで助かりますよ﹂ ﹁得だよね﹂ 高所恐怖症だけど飛行機は普通に乗れるし。 ﹁もしも酔ったらちゃんと言ってくださいね。 万全の体調ならなんでも大丈夫でしょうけど、もともと悪いときは 酔うでしょう?﹂ ﹁よくご存知で﹂ 把握されてんな。 俺達が座ってるのは窓際。 1797 景色が楽しめるし、人に囲まれてないからラクだ。 俺は酢コンブを旅のお供にした。 ﹁まずは宿に入って荷物置いてきましょうか﹂ 1時間くらい新幹線で運ばれ、目的地に到着。 うん、と背伸びする。 ﹁先輩、荷物重くないですか?﹂ ﹁大丈夫﹂ とはいえ、いいな。 龍の荷物少なくて。 いつも最初はあのくらい軽量化を目指すんだけど失敗する。 ﹁あ⋮⋮﹂ 1798 ﹁思ったより重くないですね﹂ 俺のバックは手持ち部分と肩掛け部分の2つが付いてる。 手持ちで持ってたら、肩掛け部分を奪われた。 ﹁龍、悪いって﹂ ﹁じゃあ先輩は僕の荷物持ってくれます?﹂ 明らかに軽そうなのを渡してきた。 まったくもう⋮⋮。 ﹁ありがと﹂ ﹁いいえ。 あ、宿見えてきましたよ﹂ ﹁ほー⋮⋮﹂ 1799 部屋に案内された。 ザ・和室って感じ。 ﹁先輩、見すぎですよ﹂ ﹁なんか珍しくて﹂ 宿に着いてから龍と宿の人が話してる間もキョロキョロ周りを見渡 してた俺。 遠出なんて滅多にしないからさ、どこ見ても違う景色が新鮮。 ﹁どうします? 今日は宿で過ごして、明日遊びに出ますか?﹂ ﹁今何時?﹂ ﹁15時です﹂ ﹁じゃあ遊びに行こう﹂ 2時間くらいなら大丈夫そう。 1800 1801 旅行 2 ここら辺は温泉街らしい。 だから遊びに出るといっても、散策するだけ。 ていうか、目的は買い食いとか買い物だ。 ﹁ここ、入っていい?﹂ ﹁入りましょうか﹂ お土産を買いたい。 明日はゆっくりしたいし。 ﹁うーん⋮⋮﹂ ﹁どうです?﹂ ﹁⋮⋮イマイチ﹂ ﹁はっきり言いますね⋮⋮﹂ 1802 店の人には聞こえないように小声だよ。 ﹁まだ手前のほうですし、もうちょっとあちこち行ってみましょう か﹂ ﹁だね﹂ ごめんね、店の人。 俺の歳だと乾物をお土産にするわけにはいかないんだ。 ﹁お嬢さん、お嬢さん﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁先輩のことみたいですよ﹂ あ、俺か。 ﹁これ食べてみなよ。 美味しいよ﹂ 1803 ﹁⋮⋮? いただきます﹂ 差し出されたのは一口分の饅頭。 もしや温泉饅頭? 試食みたいなもんか。 では、遠慮なく。 ﹁あ、美味しい﹂ ﹁だろ? 100年以上続いてる伝統の味だよ﹂ ﹁えー、すごい。 おじさん、2つ頂戴﹂ ﹁まいど!﹂ うまい。 買った。 ﹁1つサービスだよ﹂ 1804 ﹁やった。 おじさん商売上手だね。 宣伝しとくね﹂ わーい。 1つ増えた。 ﹁はい、龍﹂ ﹁ありがとうございます﹂ 饅頭片手にぶらぶら散歩っていいね。 旅行に来たって感じする。 ﹁買い食いもいいんだけどね、お土産を買いたいわけよ﹂ ﹁一通り温泉街周ります?﹂ ﹁うん。 時間が大丈夫そうなら﹂ ﹁じゃあ色々みてから買いましょう。 1805 荷物は持ちますよ﹂ ﹁えー、悪いし。 ていうかそれなに?﹂ ﹁これですか? お土産です﹂ ﹁はやっ﹂ もう買ったのか。 俺も早く買わなきゃ。 どれにしよう。 1806 旅行 3 ﹁ふー、買った買った﹂ ﹁本当にたくさん買いましたね﹂ ﹁うん、つい。 ごめん、荷物持たせて﹂ ﹁いいんですよ。 むしろ全部持たせてくれればいいのに⋮⋮﹂ ﹁それじゃ悪いから。 いたたまれないから﹂ そんなこんなで、宿に帰ってきた。 いいな。 畳のいい匂い。 ﹁先輩、浴衣ありますよ﹂ ﹁マジ? おお、かっこいい柄﹂ 1807 浴衣っていっても、ラフなやつね。 花火大会とかで着るようなガチじゃないやつね。 サイズ以外は男女の区別がない浴衣だ。 ﹁着たいな⋮⋮﹂ ﹁着ましょうよ、せっかくですし﹂ ﹁龍、浴衣の着方知ってる?﹂ ﹁はい﹂ ﹁⋮⋮え、マジ?﹂ ﹁はい﹂ マジかよ。 ナチュラルだな。 ﹁着せて﹂ ﹁⋮⋮え、いや、あの﹂ 1808 ﹁なに?﹂ ﹁いや、えと、普通は女の人には女の人が着せるもんですよ﹂ ﹁いいじゃん、龍が出来るんだし。 やってよ﹂ ﹁えー⋮⋮。 まぁ、はい、わかりました。 努力します﹂ 何を努力するんだ。 ﹁それじゃあ、まずは⋮⋮﹂ ﹁脱ぐ?﹂ ﹁ちょ、ちょっと! まだですから! 浴衣はまだ着せませんから!﹂ そんなに慌てなくても。 全裸になるわけじゃないんだから。 1809 ﹁先輩、お風呂には入らないんですか?﹂ ﹁入るよ﹂ ﹁じゃあ浴衣はその後にしましょう﹂ ﹁そのほうが効率良いね﹂ ﹁ごはんの前に温泉行きます?﹂ ﹁俺大浴場行かない﹂ 大勢の人と風呂入るなんて無理。 のんびりできないし俺1人だし寂しい。 ﹁あ、部屋風呂ついてましたね。 じゃあ僕は大浴場に行ってきます﹂ ﹁いってらっしゃい﹂ さてと、風呂風呂。 まずはお湯を溜めなきゃ。 1810 俺は蛇口を捻った。 ⋮⋮ん? なんかいい匂い、ていうか温泉の匂い。 もしかしてこれ、部屋風呂も温泉? マジかよ。 やったね。 1811 旅行 4 ﹁ふー⋮⋮﹂ いい湯だった。 温泉っていいね。 でも大浴場はやだ。 ﹁あ﹂ 脱衣場に浴衣の着方の絵が。 これ頑張れば自分で着れるかも? よーし⋮⋮。 ここをこう⋮⋮いや、こっちか。 ん? これは後ろ? あ、いやこっちか。 1812 うん? わかんね。 ﹁あ、せんぱ⋮⋮!? ちょ、なんて格好してんですか!﹂ ﹁浴衣着る説明みたいな絵があったからさ、自分なりにやってみた けど出来なかった。 やってくれる?﹂ ﹁もう⋮⋮ホント勘弁してくださいよ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ で、やってもらった。 ﹁おー﹂ ﹁終わりました⋮⋮けど、疲れた﹂ ﹁ありがと。 1813 お疲れ﹂ ﹁別に身体は疲れてませんけど、なんか精神的に⋮⋮﹂ ﹁ん、聞き取れなかった。 なんか言った?﹂ ﹁いいえ。 たいしたことじゃないです﹂ うーん、そうか。 あ、ごはん。 ﹁ごめん、おなか減ったよな。 ごはん頼もう﹂ ﹁そうですね﹂ ここは普通でかい宴会場とかで食事するらしい。 でもあんまり人がいるとこに行きたくない。 ていうか、ごはんと風呂はゆっくりしたい派だから。 悪いね。 龍も付き合わせちゃって。 1814 ﹁うわ、これ美味っ﹂ ﹁これなんでしょうね﹂ ﹁わかんない﹂ 見るからに美味しそうなのよ。 綺麗なのよ。 でも。 ﹁美味いけど名前わかんないね﹂ ﹁何が入ってるのかもよくわかりませんね﹂ 和食なのはわかるんだけどね。 一番わかりやすいのは。 ﹁温泉たまごうめー﹂ 1815 ﹁他の料理と違ってちゃんとわかるから安心しちゃいますね﹂ 1816 旅行 5 ﹁先輩。 さっき温泉行ったときに気付いたんですけど、卓球場ありました﹂ ﹁おお、行くか﹂ ﹁行きましょう。 食後の運動に﹂ ってことで、やってきました卓球場。 卓球か。 学校の体育ならやったことあるけど、1年くらい前だし⋮⋮。 ﹁先輩、いきますよ﹂ ﹁よし、こい﹂ 部屋にカコン、カコン、と音が響く。 お、意外とできる⋮⋮? 1817 ﹁と思ったらすかしたー﹂ ﹁どう思ってたんですか?﹂ ﹁わりとできてるな、って﹂ ﹁いい感じでしたよね。 ラリー続きましたし﹂ ﹁数えた?﹂ ﹁数えました?﹂ え。 ハモった。 なんか笑う。 ﹁先輩、頭良いんだから数えててくださいよ﹂ ﹁いやいや。 そういうチマチマしたの龍が得意でしょ。 俺は2つのこと同時にできない﹂ ﹁いやいや。 そこはやっぱり先輩が﹂ なんだろう。 1818 なんかツボに入った。 ﹁ダメだ、俺ら。 相手任せで生きてるわ﹂ ﹁お互い様ってことでいいじゃないですか﹂ 言い合いながら笑いながら。 卓球もやりながら。 小学生の頃の遊んでるって感じに近い。 楽しいな、って。 最後に勝負しようってことになって、俺が負けた。 負けたほうがジュース奢るってルールだから自販機で買ったんだけ ど、俺も半分もらっちゃった。 ﹁あー、暑くなった。 1819 なんか腕が筋肉痛の一歩前って感じ﹂ ﹁運動しましたからね。 先輩、運動不足なんじゃないですか?﹂ ﹁だって運動する機会ないし﹂ さて、部屋に戻ってゆっくりするか。 1820 旅行 6 −side龍− ﹁先輩、掛け布団ここに置いときますね﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁先輩?﹂ すでに敷布団に寝転んで携帯を操作してた先輩。 掛け布団をすぐ横に置くと、ジッと僕を見てきた。 ﹁あのさ、前からちょっと思ってたんだけど⋮⋮俺のこといつまで 先輩って呼ぶの?﹂ ﹁え、っと⋮⋮﹂ そういえば、そうだ。 考えもしなかった。 ﹁まぁ、今はまだ先輩だけどさ。 もうしばらくしたら俺も卒業するんですけど﹂ 1821 ﹁そうなったら、先輩のままじゃおかしいですか?﹂ ﹁おかしいっていうか、おかしくはないけど⋮⋮卒業しても名前で 呼んでくれないの?﹂ ﹁あ、いえ、そういうわけでは⋮⋮﹂ 名前呼び⋮⋮。 中学からずっと先輩って呼んでたし、なんか照れる。 ﹁昔は名前で呼んでくれてたじゃん﹂ ﹁でもそれ小学生くらいの話ですよ?﹂ ﹁まぁね。 あの頃はなんて呼んでたっけ? はい、どうぞ﹂ ﹁⋮⋮よ、佳亜ちゃん﹂ ﹁うわ、なつかし。 この歳でそう呼ばれたくないな﹂ ﹁先輩が言わせたんじゃないですか⋮⋮﹂ 1822 遊ばれてるな、僕⋮⋮。 ﹁先輩呼びをやめるとしたら、どう呼びたい? 好きなように呼んでくれていいよ﹂ ﹁好きなようにと言われても⋮⋮あ、ほらもう、足立てちゃダメで すよ﹂ ﹁別に見えないって﹂ うつ伏せに寝転んだ先輩はそのまま足を立てたり下ろしたり。 たしかに見えてはいないけど、なかなか際どい。 すぐ横に置いてあった掛け布団を先輩の上にかぶせた。 1823 旅行 7 −side龍− ﹁⋮⋮龍ってさ、俺のこと、そういう目で見たりする?﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ そういう目って⋮⋮そういう目、ですか? 先輩はバッと顔まで布団を引っ張った。 ﹁ごめん忘れて﹂ ﹁いやいやいや、無理ですよ! どうしたんですか? 先輩がそんなこと言うなんて⋮⋮﹂ 先輩自身がそれを思ったとは考えられない。 誰かに言われた? ﹁⋮⋮。 クラスの人でさ、付き合ってるならそういうことしたことないのか、 って﹂ 1824 ﹁⋮⋮﹂ ﹁女はまだしも男はそういうこと考えてるもんだ、って言われて⋮ ⋮そうなの?﹂ なんて、答えればいいんだ⋮⋮? あ、先輩、顔赤い⋮⋮。 かわいい。 って、そうじゃなくて。 これは多分、先輩なりの気遣いなんだと思う。 僕が求めたら先輩は応えてくれるんだろうか。 ⋮⋮いや、先輩のことだ。 将来的な不安もあるだろうし、そういうときは流されずにちゃんと 考えるはず。 ﹁⋮⋮先輩はどうします? もしも僕が襲ってきたら﹂ ﹁え⋮⋮。 1825 うーん⋮⋮わかんない。 力では敵わないからどうにもできないと思う﹂ 男と女性で、なんでこんなに力の差があるのか不思議に思う。 僕は先輩が嫌がったらちゃんとやめてあげられるだろうか。 ﹁一応言っとくけど、学生のうちはそういうの無しで﹂ 顔を赤くしながらも、先輩はきっぱりと言った。 でもそれって、学生終わったらオーケーってことですか? ﹁もう寝よう。 はい、おやすみ﹂ ﹁おやすみなさい﹂ 僕の布団とは反対を向いてしまった先輩。 かわいいなぁ、ホントに。 1826 旅行 8 なんかよくわからない会話をしてから寝た俺達。 卓球した疲れのせいか、すぐ眠りに落ちた。 ふっ、と目が覚めたのは夜中の2時。 時計の針が進む音だけ部屋に大きく響く。 俺は寝返りを打とうとして、異変に気付いた。 ︵⋮⋮身体が、動かない︶ いわゆる、金縛りってやつ。 今までに何回か金縛りは経験してる。 なんか科学的に証明されたって聞いたけどさ、こういうのはどう証 明するんだろ。 ︵⋮⋮なんか、黒いのが乗ってる。 1827 苦しい⋮⋮︶ 身体に黒い影が乗ってるのが見える。 呼吸が苦しい。 頭上からはヒタヒタと足音が聞こえてきた。 ﹁っ、りゅ、う⋮⋮﹂ いつもはここまで酷くない。 身体が動かなくなるだけってのが多い。 でも今日のはヤバいぞ。 ﹁⋮⋮龍、っ﹂ ﹁先輩⋮⋮? ⋮⋮っ、どうしたんですか!﹂ 龍が俺に呼び掛けた途端、身体が軽くなった。 よかった、龍が起きてくれて。 1828 ﹁はぁ、はぁ⋮⋮﹂ ﹁先輩⋮⋮大丈夫ですか?﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ ちょっと汗かいちゃったな。 冷や汗か。 ﹁ねぇ⋮⋮そっちで寝てもいい?﹂ ﹁どうぞどうぞ﹂ 俺は自分の布団から移動して龍にくっついた。 だってまたさっきみたいになったら怖いし。 ﹁金縛り、ですか?﹂ ﹁うん﹂ 1829 ﹁あんなに苦しそうなのは初めて見ました﹂ ﹁死ぬかと思った﹂ ぎゅっと龍に抱きついてたら頭を撫でられた。 今はありがたい。 気持ちを落ち着かせられる。 ﹁昔もありましたね。 あのときは先輩普通に話してましたし、身体が動かないって感覚が 全然わかんなかったです﹂ ﹁俺も金縛りってわかってなかったからね﹂ 懐かしいな。 ﹃りゅー、みてみて。 からだうごかないよ。 おもしろーい﹄ ﹃えー、ほんとにー?﹄ このときも龍と会話したら金縛り解けたっけ。 1830 小さい頃から家に泊まったりしてたし。 ﹁冷や汗かいたせいかな⋮⋮寒くなってきた﹂ ﹁しかも夜中ですしね。 気温が下がってますから。 遠慮しないでもっとこっちに寄ってください﹂ ﹁ん。 せっかく寝てたのに起こしてごめん﹂ ﹁いいんですよ。 何かあったらすぐ言ってください﹂ ﹁ありがと﹂ ﹁先輩、寒くないですか?﹂ ﹁うん﹂ ﹁具合は悪くないですか? 苦しいとかは?﹂ ﹁うん、大丈夫。 1831 ってか龍心配しすぎ﹂ ﹁さっきみたいな苦しそうな顔見たくないんですよ﹂ 大丈夫だってば。 心配してくれるのは嬉しいけどさ。 ﹁寝ようよ。 大丈夫だから﹂ ﹁⋮⋮そうですね﹂ ﹁おやすみ﹂ ﹁おやすみなさい﹂ 龍の近くだし、金縛りは大丈夫そう。 1832 旅行 9 ﹁おはようございます﹂ ﹁⋮⋮おはよ﹂ にこにこしてる龍の顔がわりと近くにあってびっくりした。 で、昨日のことを思い出した。 ぐっすり眠れたみたいだ。 ﹁⋮⋮なんか、俺よく龍と一緒に寝てる気がする﹂ ﹁いいじゃないですか。 金縛りに掛からないでしょう?﹂ ﹁まぁ、そうなんだけどさ﹂ それはありがたいんだけど、これでいいのかな。 ﹁ふぅ⋮⋮風呂入ろっかな﹂ ﹁朝風呂ですか。 1833 珍しいですね﹂ ﹁部屋の風呂の湯も温泉だったからさ、気持ちよかった﹂ いつもならあんまり風呂入りたがらないんだけどね。 ﹁じゃあ僕も一緒に﹂ ﹁変態﹂ ﹁冗談ですよ﹂ ﹁わかってるよ﹂ ﹁浴衣の着方は覚えました?﹂ ﹁うん。 もう大丈夫﹂ 自分で着られるよ。 しばらくしたら朝ごはんだし、さっさと入ってこよ。 ﹁先輩、こっちですよ! 1834 急がないと乗り遅れます!﹂ ﹁うん﹂ ごめん、足遅くて。 ﹁う、わ﹂ ﹁おっと。 すみません、引っ張って﹂ ﹁ううん。 ありがと﹂ ギリギリで新幹線に飛び乗った。 ちょっと諦めてたんだけど、龍に腕を引っ張られて乗れた。 ﹁ごめん。 面倒かけて﹂ ﹁いえいえ。 好きでやってることですから﹂ お土産の荷物持ってもらったり、人の波に流されそうなとこを助け 1835 てもらったり。 かなり世話してもらってるよね。 ︵しっかりしてるところもいいですけど、意外と手の掛かるところ も好きですよ︶ ﹁先輩、座りましょうか﹂ ﹁うん﹂ 帰ったら色んな人にお土産渡さなきゃな。 香達と先生には学校で渡して、ナベには龍と一緒に家まで渡しに行 くか。 1836 感謝のしるし ﹁というわけで、帰還しました﹂ ﹁おかえり﹂ ﹁お土産っす﹂ ﹁買いすぎだろ﹂ ナベに渡しに来たよ。 ﹁いつも世話になってるからたくさん買おうと思って﹂ ﹁それにしたって⋮⋮まぁ、うん。 ありがとう﹂ お菓子を箱で3つと名産らしい果物のジュースを箱で2つ。 あと部屋の芳香剤1つ。 ﹁俺の家、臭いか?﹂ ﹁いや、無臭。 1837 いい匂いだったから買ってきただけ﹂ なんとなくね。 ﹁ていうか、こんなに菓子食えねぇんだけど﹂ ﹁安心して。 俺達も食うから﹂ ﹁そうだろうと思った﹂ だっておいしそうだから。 ﹁で、あとは誰に買ったんだ?﹂ ﹁僕は家族と友達と部活の人に﹂ ﹁友達いたのか﹂ ﹁失礼な﹂ 龍だって友達くらいいるよね。 1838 見たことないけど。 ﹁あのさ⋮⋮俺、龍にも買ったんだよね﹂ ﹁え?﹂ ﹁はい。 こんなので悪いけど﹂ いい匂いのするお守りの形したキーホルダー。 龍にバレないように買えるのはこれくらいしかなかった。 ﹁え⋮⋮あの、なんで僕に⋮⋮?﹂ ﹁いろいろ世話になってるし、俺ボーッとしてるから手が掛かって めんどくさいでしょ。 日頃の感謝のしるしです﹂ よく俺と付き合っていられるよな、と思うよ。 幼なじみだから今の関係以前にも長い付き合いがあったわけだし。 ﹁⋮⋮先輩、キスしていいですか﹂ 1839 ﹁なんでそうなる﹂ ﹁なんというか、胸がいっぱいなんで﹂ ﹁何言って⋮⋮ぎゃっ。 ちょ、ダメだってば﹂ ﹁おいおい、俺がいるの忘れてもらっちゃ困るぞ﹂ やめろ、迫るな。 ﹁先輩、嬉しいです。 でも僕お返しできるものなんてなくて⋮⋮﹂ ﹁いいの。 俺からいつものお返しだから﹂ ﹁⋮⋮ナベさん、ちょっと席外してくれませんか﹂ ﹁何する気だお前﹂ やめろ、ナベを追い出すな。 1840 ﹁イチャつくのもいいけど、菓子食ってけよ。 ジュースもあるんだろ? この土産あけるぞ﹂ ﹁うん。 それはいいんだけど、これ止めてよ﹂ ﹁見てるほうはおもしろいから﹂ ﹁ですって。 ほら先輩、こっち来てください﹂ ﹁やだ﹂ やめろ、こっちに寄るな。 恥ずかしい。 1841 気になる ﹁はい、お土産﹂ ﹁ありがとう、みっきー。 ⋮⋮で?﹂ ﹁で、って?﹂ ﹁彼氏さんとは進んだの?﹂ ﹁いや、そういう旅行じゃないし﹂ そういうのじゃなくて、ただ遊び目的の旅行だから。 ﹁なんだ。 つまんない﹂ ﹁残念でした。 別につまんなくないし﹂ 楽しかったよ。 1842 ﹁そういえば、みっきー知ってた?﹂ ﹁何を?﹂ ﹁心ちゃんね、専門学校の試験受けたんだって﹂ ﹁え、マジ?﹂ ﹁しかもこの連休の間に。 聞いてないよねー﹂ 聞いてないとも。 なんだよ瀬田。 秘密主義者かよ。 ﹁で、その瀬田はどこにいるわけ?﹂ ﹁お手洗い﹂ ﹁一声掛けてから行けばいいのに﹂ 空気のように消える瀬田。 いっそ空気なんじゃないかと。 1843 ﹁あ、おかえり。 空気﹂ ﹁誰が空気だ﹂ ついうっかり。 ﹁専門学校受けたんだって? どうだった?﹂ ﹁面接とか、説明とか、それだけだった。 先生が言ってたけど、専門学校で落ちる人ってよっぽどじゃなきゃ いないんだってさ﹂ ﹁どうするよ、自分がよっぽどの人だったら﹂ ﹁誰かに自慢してみるわ﹂ 合否の通知が楽しみだな。 せっかくだからと、お土産の菓子を開けて食べることにした。 1844 食べながら瀬田が訊いてきた。 ﹁で?﹂ ﹁で、って?﹂ ﹁みっきーは彼氏とどこまで進んだの﹂ ﹁⋮⋮だから、そういうのじゃないって﹂ なんで気にするかな。 ほっといてくれ。 1845 公認 ﹁みっきーさん、運転上手くなりましたね﹂ ﹁先生の教え方が上手いからですよ﹂ サボってるかと思った? 自動車学校ちゃんと行ってるんだよ。 ﹁そろそろ高速道路走ってみてもいい頃かもしれませんね﹂ ﹁それって俺と先生と、もう1人生徒が乗るんだっけ?﹂ ﹁そうですよ。 私が指導してる生徒の中からちょうどいい頃の人を選びます﹂ ﹁俺一緒に乗る人はナベがいいんだけど、調節してくれる?﹂ ﹁ナベさんはもう少しですね。 いいですよ﹂ もう少しか。 がんばれナベ。 1846 ﹁ナベさんとみっきーさんは仲が良いんですね﹂ ﹁よく世話になってんの。 いい人だよ、ナベは﹂ ﹁ここでも一緒にいますよね﹂ ﹁俺が人見知りでさ、知らない人と話したりとかあんまり出来ない んだ﹂ ナベは別だよ。 多分、初対面の相手でも親しくなれる。 ﹁って聞いたんです﹂ ﹁世話が焼けるよ、あいつは﹂ ﹁高速に出るのは一緒でいいですよね?﹂ ﹁いいよ。 俺も三木と同じ時がいいし﹂ 1847 ﹁本当に仲良いですね。 あ、次の信号を左です﹂ ﹁他の奴と一緒に行くなんて心配だろ。 まぁ、先生も一緒なんだろうけど﹂ ﹁友達というより、保護者ですか?﹂ ﹁これでも彼氏公認の保護者だよ﹂ ﹁よかったですね。 浮気と勘違いされなくて。 あ、彼氏に勘違いされて困るのはみっきーさんですね﹂ ﹁いや、俺だ。 年下だけど容赦ないんだ、三木の彼氏﹂ ﹁そうなんですか?﹂ ﹁そうそう。 このあいだもさ、﹂ この時、俺と龍は連発でくしゃみしてたとかしてなかったとか。 1848 公認 2 ﹁ねぇねぇ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ん? 俺か? ﹁あのさぁ、いつも男と一緒にいるよね? 彼氏?﹂ ﹁⋮⋮いえ﹂ ﹁なんだー﹂ ﹁ほら言っただろ﹂ なんだろ、この人達。 どっちも俺と似たような歳かな。 今日も自動車学校。 1849 この時間はナベが実車なんだ。 俺は1人寂しく携帯ポチポチ。 で、今に至る。 ﹁ほんといつも一緒だよね。 仲良いの?﹂ ﹁⋮⋮まぁ、同じ学校ですから﹂ 仲良くなかったら一緒にいないっつーの。 ﹁俺らとも仲良くなろうよ﹂ ﹁同い年でしょ? 話そうよ﹂ ﹁えっと⋮⋮﹂ ごめんなさい、人見知りなんです。 ほっといてください。 ﹁ねぇ、こっちおいでよ。 外行かない?﹂ 1850 ﹁ジュースでも奢るからさ﹂ ﹁えっと⋮⋮﹂ ﹁そうか。 なら奢ってもらおうかな﹂ ﹁﹁⋮⋮え?﹂﹂ ⋮⋮ん? あ、ナベ。 ﹁一応言っとくと、こいつ彼氏いるから。 で、俺は彼氏公認の友人。 何か言いたいことは?﹂ ﹁⋮⋮行こうぜ﹂ ﹁⋮⋮おう﹂ いなくなった。 ナベすげー。 1851 ﹁⋮⋮人見知り直せとは言わないけど、少しずつ改善していこうな﹂ ﹁うん。 ありがとナベ﹂ ﹁いいけど⋮⋮どうなんだよ、実際。 あいつらと仲良くやりたいか?﹂ ﹁うーん⋮⋮。 悪い人ではないんだと思うけど⋮⋮﹂ ﹁彼氏いるって聞いた途端に逃げたとこみると、下心丸出しだけど な﹂ そういうもん? ﹁ほら、帰ろうぜ﹂ ﹁うん﹂ ﹁待ってなくてもいいのに﹂ ﹁1人で帰るのは寂しいじゃん﹂ 1852 1853 今昔 ﹁俺人見知りなのになんでナベと仲良くなったんだっけ?﹂ ﹁お前覚えてないんだ﹂ ﹁うん。 覚えてんの?﹂ ﹁なんか印象的だった﹂ ﹁どんな?﹂ ﹁俺とお前、隣の席でさ。 挨拶くらいはしてたけど、喋るほどでもなくて。 で、授業中に俺が消しゴム落としてたらしくて。 お前拾ってくれてたんだよな。 渡すタイミングなくてそわそわしてたからなんだろうとは思ってた んだけど﹂ ﹁あー、思い出してきた。 なにあれ、無視?﹂ ﹁いや、おもしろいなぁと﹂ ﹁悪趣味か﹂ ﹁たしか俺そのとき課題やらされててさ﹂ 1854 そうそう。 ﹃あの⋮⋮消しゴム﹄ ﹃あのさ⋮⋮これわかる?﹄ ﹃あ、うん。 3じゃないかな﹄ ﹃わかんの!?﹄ ﹁あっさり答えが返ってきてびっくりした。 消しゴムのお礼言うのも忘れて﹂ そうだった。 まともに話したのはそれが最初だった。 ﹁課題提出まで時間なかったから色々教えてもらってさ。 あの時は助かった。 お前が人見知りっぽいのはわかったけど、それからあともしつこく 1855 俺から話し掛けたな﹂ ﹁なんなんだこいつ、とは思ってたよ﹂ ﹁酷ぇ﹂ ﹁だって俺それまで男友達なんて龍くらいだったし﹂ ︵それは多分そうなるように神谷が影ながら努力してたんじゃねぇ かな︶ ﹁まぁ、今はここまで親しくなったわけだけど﹂ ﹁世話になってまっす﹂ ﹁うむ﹂ ﹁世話になりまっす﹂ ﹁まだ俺に何かさせる気か﹂ ﹁ナベがいないと出来ないこととかあるでしょ﹂ ﹁まぁ、いいけど。 どんどん頼れ。 どんとこい﹂ ﹁これからも世話になりまっす﹂ 1856 アルバム ﹁ってことで、写真撮影するぞ﹂ どういうことだ。 ﹁せんせー、省略されすぎてわかりませーん﹂ ﹁だからぁ、お前らも卒業までそんなにないだろ? 学生といえば卒業アルバムだろうが﹂ それで写真か。 ちゃんと言えよ。 ﹁適当に5人くらいずつ来いよ。 あー、出席番号でいいか。 じゃ、それで﹂ 自己完結させたぞ。 適当だな。 俺も人のこと言えないけど。 1857 ﹁はい、まずはキリッと﹂ キリッ。 ﹁はい、今度は笑って笑って﹂ 笑うって難しい。 愛想笑いの要領だよな。 ﹁はい、お疲れさま﹂ ﹁ありがとうございました﹂ 終わった終わった。 写真撮られるのって苦手だ。 撮るのは好きだけど。 ﹁みっきーが一緒に写ってる写真全然ないんだけど﹂ 1858 ﹁アタシ達3人ばっかり﹂ ﹁せいぜい集合写真だけだね﹂ ﹁いつもカメラのこっち側だからな﹂ ﹁卒業式くらいは4人で撮ろうね。 シャッター押してくれる人ならその辺にいるだろうから﹂ ﹁んー⋮⋮わかった﹂ 本当は嫌だけど、卒業式くらいなら⋮⋮ねぇ? 学生最後の思い出でいいじゃないの。 ﹁みっきーが撮る写真ってプロみたい。 見てよこの高度なぼかし﹂ ﹁どうせなら綺麗に撮りたいから﹂ ﹁携帯でも絵みたいな写真撮るよね。 そのまま待ち受けにしたい﹂ ﹁最近の携帯はガチのカメラみたいな調節が出来るし画質綺麗だか らな﹂ 1859 インスタントカメラだとブレても気付かないよね。 大事な写真は携帯で撮るのがいいよ。 設定変えれば色々撮れる。 俺は卒業式の写真も携帯で撮ろう。 1860 バリア ﹁香﹂ ﹁みっきー?﹂ ﹁瀬田が誘拐された﹂ ﹁ええっ!?﹂ ﹁これをお前に預けるから、助けに行ってやって﹂ ﹁え、剣?﹂ ﹁別に剣道の経験がなくても使えるようにしてあるから。 あと、念じれば火と水が出るようにしといたから頑張れ﹂ ﹁え、え? みっきーは一緒に来てくれないの?﹂ ﹁俺は学校を守らなくちゃ。 瀬田を誘拐したやつがまた来るから﹂ ﹁わかった。 頑張る!﹂ ﹁死にそうになったら助けるから。 いってらっしゃい﹂ 1861 ﹁いってきます!﹂ ﹁っていう夢をみました﹂ ﹁相変わらず個性的な夢だな﹂ 朝一番に聞く香の夢の話。 おもしろい夢みるよね。 ﹁なんかね、剣がすごいんだよ。 本当に何もしなくても使えるの。 あれみっきーの私物かな? 預けるって言ってたし﹂ ﹁いや知らないけど﹂ 夢の中の俺に訊いてくれ。 ﹁設定があってね、みっきーは学校で一番の魔法使いなんだよ﹂ 1862 ﹁へえ﹂ ﹁成績と同じ感じかな。 でもなんか、みっきーは一番実戦に強いらしくて。 バリアみたいなのが張れるから学校に残ってた﹂ ﹁へえ﹂ ﹁みっきーね、先生よりも強いんだよ。 剣から声が聞こえて電話みたいなのができて、私が危なくなったら 剣を通してバリア張れるんだよ。 すごいよね﹂ ﹁へえ﹂ ﹁みっきー聞いてる?﹂ ﹁聞いてるよ﹂ だってへえとしか言いようがない。 ﹁設定はファンタジーだけどリアルだった。 みっきー、実はバリアとか張れるんじゃない?﹂ ﹁バリアー﹂ ﹁あ、触れる﹂ 1863 ﹁そりゃそうだ﹂ んなもん張れるか。 ﹁⋮⋮﹂ ︵どっちかっていうと、神谷のほうがバリア張ってるけどな。 悪い虫︵男︶避けバリア︶ あとから聞いたらけど、なにげに俺達の話し聞いてるらしいナベ。 暇なのかな。 1864 高速道路 ﹁それでは、今日は高速道路を走ります﹂ ﹁はーい﹂ ﹁高速の出発地点まで少しかかりますけど、交代で運転しましょう﹂ ﹁はーい﹂ ってことで、今日は高速の日。 やっとナベと同じ日に調節できた。 ﹁遅いナベ﹂ ﹁運転はいいけど筆記に手間取ったな⋮⋮﹂ 筆記で一定の点とらなきゃ高速いけないんだよね。 このあいだ聞いたけど、やり方とかやっぱ車の学校で違うんだ。 ﹁車の準備できました。 行きましょう﹂ 1865 ﹁はーい﹂ まずは俺から運転。 ﹁おなかへった﹂ ﹁いきなりだな﹂ ﹁今日寝坊してさ﹂ ﹁このあいだお前からもらった土産の菓子ならあるけど﹂ ﹁くれるの?﹂ ﹁交代したときな。 がんばれ﹂ ﹁がんばる﹂ 腹がぐうぐう鳴る。 先生とナベしかいないから恥ずかしくないよ。 1866 ﹁みっきーさん、次の信号を右です。 今日は晴れてよかったですね﹂ ﹁雨だと滑るんだっけ。 どう気を付ければいいの?﹂ ﹁あんまりスピード出さず、ブレーキを使いすぎないように。 でも今日は大丈夫ですよ﹂ ﹁はい、交代。 いえーい﹂ ﹁いえーい﹂ ハイタッチで交代。 俺はさっきまでナベが座ってた後ろの席に。 ﹁三木、俺の鞄に菓子入ってるから勝手に取っていいぞ﹂ ﹁食べていいの?﹂ ﹁いいですよ﹂ 1867 先生から許しが出たし、いただこう。 ナベの鞄をごそごそと漁ってみたら、菓子が2つ出てきた。 ﹁はい。 先生あげる﹂ ﹁あ⋮⋮ありがとうございます﹂ ﹁ナベ、口開けろ﹂ ﹁ん。 少しでいい﹂ ちょっとナベにあげるよ。 あとは俺がいただく。 ﹁ナチュラルにそういうことやっちゃうんですか⋮⋮﹂ ﹁そういうことって⋮⋮どういう?﹂ ﹁さぁ?﹂ ﹁ナベさん笑ってますよ。 1868 わかってますよね?﹂ ﹁さぁ?﹂ ﹁⋮⋮?﹂ なんのこっちゃ。 1869 高速道路 2 ﹁ここが高速の入口です。 その紙とって下さい﹂ ﹁これ? んん⋮⋮届かない﹂ ﹁バカ。 俺が取るからもう少し前行けよ﹂ ﹁ごめん﹂ 機械に寄りきれなかった。 ナベナイス。 ﹁その紙は高速おりる時に必要ですからね。 ちゃんと保管してください﹂ ﹁はーい﹂ さぁ、高速行くぞ。 1870 ﹁高速ってどのくらいスピード出すといいの?﹂ ﹁80キロくらいですかね。﹂ 100キロ出す人もいますけど、焦らなくてもいいですよ ﹁うん﹂ で、80キロをキープしながら走る。 ﹁おー、なんかすげぇ﹂ ﹁トンネルは左側の感覚がわかりにくくなりますから、気を付けて ください﹂ ﹁はーい。 難しいね、トンネル﹂ 距離感がわからん。 ここのトンネル長いな。 あ、出口。 1871 ﹁うーん、まぶしい﹂ ﹁そういうもんですよ﹂ で、しばらく車を走らせる。 80キロキープの俺を他の車がどんどん追い抜いていく。 ﹁なんか申し訳ない気分﹂ ﹁いいんですよ。 そのために右側の道路があいてるんですから﹂ ﹁これどこまで行くの? このまま高速おりるの?﹂ ﹁いえ、もう少し行ったところにあるサービスエリアでナベさんと 交代です。 みっきーさんが高速に乗ったので、来た道を戻って今度はナベさん が高速をおります﹂ ﹁なるほど﹂ ﹁サービスエリアで少し休憩できますよ﹂ サービスエリアか。 1872 何かおもしろいものあるかな。 1873 高速道路 3 ﹁ついたー﹂ ばんばん車追い抜かれながら、なんとか到着。 うーん、疲れた。 ﹁お疲れさまです。 しばらく自由に過ごしましょう。 30分後にまたここに戻ってきてください﹂ ﹁はーい﹂ 先生は電話しに行った。 ここまで来たって学校に連絡入れるんだって。 ﹁さて、なにする?﹂ ﹁とりあえず店の中見たい﹂ ﹁じゃあ行くか﹂ 1874 ﹁ナベも一緒に来てくれんの?﹂ ﹁俺は別にやりたいことないからな﹂ ってことで、店のほうに来たよ。 お土産が売ってたりする。 ﹁うーん⋮⋮イマイチ﹂ ﹁いいもん無いか?﹂ ﹁無いわけじゃないけど、好みじゃない﹂ キーホルダーとか小物もあるけど、町のキャラクターが付いてるの がほとんど。 キャラクターがついてる物とかあんまり好きじゃないんだ。 ﹁ん、いい匂い﹂ ﹁本当だ。 ⋮⋮焼き鳥だな﹂ 1875 屋台みたいなのがある。 美味しそう。 ﹁ちょうど腹減ってるし、買うか﹂ ﹁⋮⋮あー、財布持ってきてない﹂ しまった。 車に忘れてきた。 取りに戻ろうかな。 ﹁待て待て。 いいよ、奢ってやる﹂ ﹁いや悪いし﹂ ﹁いいから。 違う種類のやつ買って食べ比べようぜ﹂ ﹁⋮⋮ん、ありがと﹂ ナベいい奴。 1876 1877 高速道路 4 ﹁うまい﹂ 焼き鳥買ってもらったよ。 かなりうまいよ。 ﹁うまいな。 こっち食ってみろよ﹂ ﹁ん、俺のも﹂ 俺は塩、ナベはタレの焼き鳥にした。 ちなみに、焼き鳥だから間接キスにはならないのだよ。 ﹁おお、うまい﹂ ﹁当たりだったな。 値段も安いし﹂ ﹁1本で結構ボリュームあるね﹂ 1878 ﹁もう1口食う?﹂ ﹁もらう。 こっちもどうぞ﹂ いい感じに腹が満たされた。 ﹁それじゃあそろそろ出発しましょうか﹂ ﹁ナベ、いぇーい﹂ ﹁いぇーい﹂ ハイタッチで交代。 今度はナベが運転するよ。 俺はのんびり景色でも見とこうかな。 ﹁ナベさん、少しスピード出しすぎですよ﹂ ﹁なんか抜かれると嫌だなと思って﹂ 1879 ﹁気持ちはわかりますけど免許とってからにしてください。 みっきーさんは80キープしてましたよ﹂ ﹁ほらそこはやっぱ男と女では心が違うってやつでさ﹂ ﹁でも90キロはダメですよ。 せめて85くらいじゃないと。 みっきーさんからも何とか言ってください﹂ ﹁いや、やっぱ抜かれると焦るだろ。 なぁ、三木?﹂ ﹁⋮⋮ん?﹂ 車がガタンと揺れた。 タイヤに何か当たったかな。 ﹁三木、お前寝てた?﹂ ﹁ううん⋮⋮﹂ ﹁嘘つけ﹂ 腹も満たされて、しかも車の適度な揺れ。 1880 眠くもなるっての。 ﹁とか言ってる間に寝やがった﹂ ﹁座って寝れるなんて器用ですね﹂ ﹁こいつ授業中よくこの体勢で寝てるから。 慣れてんだな﹂ ﹁あれ、スピード落とすんですか?﹂ ﹁三木が危ないだろ。 この野郎、ドアに寄り掛かりやがって﹂ ﹁強い揺れで舌噛んだら大変ですもんね。 だてに保護者やってないですね﹂ ﹁当ったり前﹂ 俺が起きたのは自動車学校の近くだった。 本当なら高速おりてしばらくしたら俺とナベで交代だったんだけど。 ﹁ごめん、ナベ﹂ 1881 ﹁気にすんな。 おかげで運転技術上がった気がする﹂ ﹁ん?﹂ ﹁気持ちよさそうに寝てるとこ起こすほど俺も鬼じゃねぇよ﹂ 車が大きく揺れないように走ってくれたんだな。 おかげでぐっすりだったよ。 1882 大役 ﹁あー、わかってると思うが卒業式が近づいてくる。 色々決めなきゃならんことがあるぞ﹂ って担任が言ったから色々決めることになった。 卒業か⋮⋮。 実感わかないな。 ﹁まず、挨拶とか代表とか決めるぞ﹂ 話し合いとはいえ、クラスでも目立たない俺達にこういうのは縁が ない。 クラス代表はナベとかがやりそうだな。 ﹁おぅ、三木。 他人事みたいな顔してるけどお前にもばっちり関係あるからな﹂ ﹁は?﹂ 1883 ﹁優秀生徒代表、お前だから﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ 何を言ってるでござる。 ﹁成績一番なら当然だろ。 他にも行事とか部活とかで優秀な成績を持ってるやつが優秀生徒の 名前であがる。 お前はその代表﹂ ﹁いや、いや⋮⋮何も言われてないんですけど﹂ ﹁今言った。 しかも決めるのは校長だ。 代表の決定もな。 誇りに思ってがんばれ﹂ ﹁えー⋮⋮﹂ すごく嬉しくない。 そりゃ名誉なんだろうけど、嬉しくない。 1884 つまりがんばった人に賞があるってことでしょ? がんばったと思ってくれるなら最後は静かに終わったっていいじゃ ない。 ﹁ちなみに、辞退はできないから﹂ ﹁鬼か﹂ 担任、あんた鬼だよ。 校長だけの意見で決めるわけないんだもん。 少なからず他の先生の意見が混ざるはず。 恨むよ、担任。 1885 大役 2 ﹁代表って言っても特別なことはしないぞ。 前に出て校長から賞状もらうだけだ﹂ ﹁えー⋮⋮﹂ ﹁あとは校長が色々言ってくれる﹂ ﹁ただ賞状受け取るだけ?﹂ ﹁それプラス、一言挨拶するだけ。 簡単だろ。 ちゃんと練習もある﹂ ﹁昼休みとか?﹂ ﹁練習の時は校内放送で呼ばれるぞ﹂ わりとやだけど。 でもまぁ、成績の1位もらったのはたしかだしな。 最後くらいばしーっと締めるか。 1886 ﹁ちなみに、眞辺も優秀生徒だぞ﹂ ﹁え、そうなんですか﹂ ﹁ああ。 リーダーシップ賞だ﹂ ﹁ナベ、代表かわって﹂ リーダーシップ賞か。 ナベにぴったりだね。 ﹁つーか、俺も代表だけど﹂ ﹁え、マジで?﹂ ﹁男女で前に出なきゃいけないんだと﹂ ﹁なんでナベ知ってんの﹂ ﹁さっき聞いた﹂ えー⋮⋮。 1887 ﹁まぁ、練習とかは一緒だし頑張ろうぜ﹂ ﹁うん﹂ ﹁ん? なんだ、ちゃんと納得してんじゃねぇか﹂ ﹁最後くらいばしーっと﹂ ﹁殴るなよ?﹂ ﹁違う。 ばしーっと締めようかと﹂ 誰を殴るんだよ。 校長? ﹃優秀生徒代表の三木さん、眞辺くん。 練習を開始します。 至急体育館に来てください﹄ ﹁やめてぇぇぇ﹂ 1888 ﹁これは恥ずかしいな⋮⋮﹂ ナベと一緒にダッシュで体育館まで行くよ。 だって行かないと放送止めてくれないんだよ。 1889 大役 3 ﹁あ、おはよう優秀生徒代表﹂ ﹁やめろ﹂ 嫌味か、瀬田。 ﹁だってあんな放送があればねぇ。 有名人だよ﹂ ﹁眞辺くんも同じなんでしょ?﹂ ﹁ナベはもともと目立つからいいだろ。 俺は空気みたいな人間なんだよ﹂ ﹁あら、優秀生徒代表さん﹂ ﹁⋮⋮やめてくんない?﹂ ﹁名誉なことでしょう?﹂ 1890 ﹁それはそうだけど⋮⋮。 ていうか七村さんも優秀生徒でしょ﹂ ﹁ええ。 努力賞をいただいたわ﹂ ﹁他にどんな賞があるんだろ﹂ ﹁聞いた話だと、お笑い賞があるとか﹂ ﹁お笑い賞⋮⋮﹂ ﹁学校で一番笑いをとった人の賞なんですって﹂ ﹁もし自分がもらったら嬉しい?﹂ ﹁⋮⋮名誉とはいえ、嬉しくないわね﹂ ﹁だよね﹂ ﹁あ、優秀生徒先輩﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ご、ごめんなさい。 機嫌直してください﹂ 1891 ﹁ジュース1本で手を打とう﹂ ﹁はい﹂ ﹁⋮⋮やっぱあの放送、有名だよね﹂ ﹁まぁ、あれだけ延々と流れてれば有名になりますよね。 頭から離れない感じです﹂ ﹁2年でもそうか⋮⋮﹂ ﹁僕の先輩が有名になるのは嬉しいことですけどね﹂ ﹁わかったから離れて﹂ ﹁最近デート行ってませんね。 出掛けましょうよ﹂ ﹁わかったから離れて。 ここ学校だから﹂ ﹁誰も見てませんよ﹂ ﹁ちょ⋮⋮﹂ 1892 バイト ﹁それじゃあ、これあっちのテーブルにお願いね﹂ ﹁はい﹂ 財布が寂しくなってきた今日この頃。 1日だけの臨時のバイト募集って貼り紙が出ててね、よっしゃあや るぜとなったわけだ。 飲食店だよ。 人見知りだけど仕事だと思えば大丈夫。 ﹁お待たせしました﹂ 料理運んで、皿片付けて、テーブル拭いて、とかそんな感じ。 制服がラフでね。 白いYシャツに膝が隠れるくらいの長さのジーンズ。 で、その上に黒いエプロンを着る。 1893 ﹁三木ちゃん。 テーブル空いたからね﹂ ﹁はーい﹂ 皿片付けて、テーブル拭いてっと。 いつも髪はなにもしないけど、飲食店のバイトだから横に流して束 ねた。 ナベがね。 俺は出来ないから髪どうにかしてって言ってやってもらったらこう なった。 黒い髪ゴム持ってたんだけど、却下って。 なんかキラキラした飾りがついてる髪ゴム付けてくれたよ。 ただね、飾りが首に当たってくすぐったいんだが。 1894 ﹁いらっしゃいませー﹂ 扉が開いてベルが鳴る。 お客さん来た。 席についたらすぐに水持ってくよ。 ここステーキハウスっぽい店で肉料理が多いせいか、お客さんも男 の人が多い。 デザートも多いから女の人もいっぱい来るけど。 ﹁すみませーん﹂ ﹁はーい﹂ 注文だな。 注文とったらすぐ調理場に。 あ、ベル鳴った。 お客さんだ。 ﹁いらっしゃ⋮⋮龍とナベじゃん﹂ 1895 ﹁いらっしゃいましたー﹂ ﹁心配になったので昼食ついでに来ちゃいました﹂ ﹁別に心配することないのに﹂ 龍にも事前にバイトのこと言ってたからね。 ﹁ほれほれ、俺達客だぞ。 接客してみ﹂ ﹁⋮⋮お好きな席へどうぞ。 すぐお水お持ちします﹂ ﹁ひゅー﹂ ナベうぜー。 1896 バイト 2 ﹁⋮⋮お水お持ちしました﹂ ﹁いい眺めだな﹂ ﹁いい眺めですね﹂ ﹁やめてくんない?﹂ 冷やかしですか。 ﹁接客の従業員は先輩だけですか?﹂ ﹁うん。 いつもの人が今日だけ休みだから今日だけバイトなんだって。 忙しいからもう行くよ﹂ ﹁がんばってくださいね﹂ 見られてると思うと恥ずかしいんだけど。 ﹁三木ちゃん。 このお皿お願いね﹂ 1897 ﹁はーい﹂ 本当に忙しいんだってば。 ﹁⋮⋮いいですねぇ。 見ました? あの恥ずかしそうな顔﹂ ﹁なんだよ。 お前そういう趣味?﹂ ﹁はい、わりと﹂ ﹁⋮⋮うん、まぁ、そうだとは思ってたけど﹂ ﹁何か問題あります?﹂ ﹁いや別に﹂ ﹁すみませーん﹂ ﹁はーい。 少々お待ちください﹂ 1898 昼時。 結構込んできた。 俺だけじゃちょっと大変だよ。 せめてもう1人募集してくれればいいのに⋮⋮。 ﹁こっちお水おかわりくださーい﹂ ﹁かしこまりました﹂ そういえばこのお客さん注文してないな。 もう10分くらいいるはずだけど。 まぁ、龍達のほうもまだ注文してないし20分くらいいるけどさ。 1899 バイト 3 えーと、ここのテーブル片付けたらそろそろあっちから注文がくる だろうから先に料理運んで⋮⋮。 あ、あそこも空いてる。 片付けなきゃ。 ﹁三木ちゃん。 これね﹂ ﹁はーい﹂ あー、もういいや。 まだお客さん入ってないし。 持ってこ。 ﹁お待たせしました。 鉄板熱いのでお気をつけください﹂ ﹁ねぇ、バイトの子?﹂ ﹁あ⋮⋮はい、臨時ですが﹂ 1900 ﹁じゃあちょうどいいね! メアド交換しよ?﹂ 何がちょうどいいんだ。 おとなしく男3人で喋りながら飯食ってくれ。 ﹁すみません。 仕事中ですので﹂ ﹁いいじゃん、ちょっとくらい﹂ ﹁いえ、携帯も裏に置いてありますから﹂ ﹁ふーん⋮⋮。 仕事中ならサービスしてよ﹂ ﹁は⋮⋮?﹂ え、ちょっと、なに。 ﹁うん、いいお尻﹂ 1901 ﹁ちょ⋮⋮﹂ あの、尻触られてるけど。 なんで? え、なにこれ? 痴漢とかそういうレベルじゃないよこれ。 1人は尻触って、1人には肩抱かれて、もう1人はニヤニヤしなが ら見てる。 なんだこのお客さん達。 ﹁あ、の⋮⋮やめてください﹂ ﹁サービスでしょ﹂ ﹁そんなサービスありませ⋮⋮ひっ﹂ ﹁大丈夫、大丈夫。 ここ店の端っこの席だから見てる人いないよ﹂ そういう問題じゃねぇし。 1902 ちょっと待って。 マジで嫌なんだけど。 ﹁や、離してください⋮⋮っ﹂ ﹁どうしよっかなー﹂ ﹁離してやれよ﹂ ﹁あ?﹂ あ、忘れてた。 ﹁ここはナンパするための店じゃないですよ﹂ ﹁ましてやセクハラする店でもないな﹂ ﹁な、なんだよお前ら﹂ 龍達がまだ店にいたんだ。 助かった⋮⋮。 1903 ﹁たまたまあっちの席からあなた達が見えたので声を大にして注意 しようかと思いまして。 そしたらもうこの辺には来れませんね。 セクハラ3人組として有名人ですよ。 おめでとうございます﹂ ﹁⋮⋮ちっ。 ほらよ、どっか行けよ﹂ ﹁離せばそれでいいと思ってます?﹂ そう言うと龍は尻と肩触ってた人の手にバシッと一発。 ﹁なにすんだよ!﹂ ﹁とりあえずこれで許してあげますよ。 ね?﹂ 龍とナベが睨むと相手の3人はおとなしくなった。 すげー。 ﹁はい、店員さんはこっちね﹂ 1904 客の前ではあくまでも店員。 知り合いとかあんまりバレないほうがいいんだって店長が言ってた。 1905 バイト 4 ﹁ったく⋮⋮あんなの殴っちまえばいいんだよ﹂ ﹁できるわけないでしょ。 相手はお客さんだし﹂ 水運ぶふりして龍達のとこに来た。 ﹁ありがと。 助かった﹂ ﹁お尻触られてましたよね? やっぱさっきのじゃ罰が軽すぎましたね⋮⋮﹂ ﹁罰って⋮⋮﹂ ﹁そういやなんかバシッとやってたな﹂ ﹁あれはすごいですよ﹂ ﹁え、なんか意味あるの?﹂ ただバシッとやっただけかと。 1906 ﹁マッサージとかってやり過ぎると次の日身体痛くなったりするじ ゃないですか。 あれです﹂ ﹁ということは⋮⋮﹂ ﹁先輩のお尻を触った手は鉛のように重くなり、使い物にならなく なります。 治りますけど﹂ ﹁うわー⋮⋮﹂ 気の毒とは思わないよ。 離してって言っても離してくれなかったんだから。 ﹁そろそろ帰ろうかと思ってたけど、こりゃ帰れないな﹂ ﹁そうですね。 心配です﹂ ﹁いや、大丈夫だよ﹂ ﹁保証ないだろうが﹂ 1907 ﹁⋮⋮多分大丈夫でしょ﹂ ﹁とりあえずデザート頼みます﹂ 結局いるのか。 知り合いがいると恥ずかしいんだってば。 さっきは助けられたけどさ。 ﹁あと2時間もないだろ? がんばってこい﹂ ﹁安心して仕事してください﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ そりゃ安心感はかなりあるけどね。 あと2時間か。 がんばろ。 1908 ﹁三木ちゃん。 あっちのテーブル空いたからお願いね﹂ ﹁はーい﹂ 1909 バイト 5 ﹁これは⋮⋮なかなか﹂ ﹁なんだよ﹂ ﹁バイト代﹂ バイトも無事に終わって、バイト代もらえた。 バイトって初めてしたけど、これはなかなかのもんでしょ。 ﹁2人に何か奢ります﹂ ﹁いいですよ、別に﹂ ﹁そうだぞ﹂ ﹁いいの。 思った以上の金額だったし﹂ 助けてもらったし。 ﹁でも昼飯は食べちゃったしな⋮⋮。 1910 何がいい?﹂ ﹁じゃあ明日の昼飯でいい﹂ ﹁そうですね。 お願いします﹂ ﹁オッケー﹂ お礼したいしね。 ちょうどいい。 ﹁ところで、なんでバイト代あがったんですか?﹂ ﹁店長にどうだった?って訊かれたから尻触られましたって答えた ら、それは大変だったねって﹂ ﹁被害受けた分もらったのか。 よかったな﹂ ﹁うん。 財布が暖かくなった﹂ やったね。 これでしばらく大丈夫。 1911 ﹁1日だけのバイトって結構いいね。 他のもやってみようかな﹂ ﹁やめとけ﹂ ﹁やめてください﹂ ﹁え、なんで﹂ しかもなんで同時に言うの。 ﹁心配じゃないですか。 色々と﹂ ﹁そうそう﹂ ﹁今日わりと大丈夫だったじゃん?﹂ ﹁それはそうですけど、心配なもんは心配ですよ。 色々と﹂ そういうもんなのかな⋮⋮。 まぁ、接客業は疲れるよね。 1912 就職だったら接客業以外にしようと思ってるし。 ﹁財布は暖まったからしばらくバイトする予定はないよ﹂ ﹁うんうん、そうしろ﹂ ﹁安心です﹂ そんなに俺の仕事が心配か。 今日はあんまりミスしなかったと思うんだけどな。 ﹁﹁そっちじゃなくて﹂﹂ ﹁え?﹂ 1913 文集 ﹁みっきー、卒業文集なに書く?﹂ ﹁うーん⋮⋮﹂ 文集を作るってことで、白い紙が配られた。 これを自由に文字で埋めろって言われたけど、どんな風に埋めれば いいのかさっぱり。 ﹁あ、友達について書いていこうかな﹂ ﹁それいいな﹂ 俺もそうしよ。 書くことなさすぎて﹃腕かゆい﹄しか書いてない。 ﹁えーと⋮⋮﹂ まず香達だな。 1914 んで、ナベ。 ⋮⋮龍とか柳田さんはこれに入らないよな。 そもそも文集って3年だけのもんだし。 まぁ、あの2人にはちらっと挨拶しとけばいいか。 あ、あと七村さん。 とりあえず担任も書いとくか。 最後にクラスの人達も書いてっと。 ﹁できた﹂ ﹁嘘っ、早くない?﹂ ﹁書き始めたら案外スラスラ進むんだ﹂ ﹁みせてー﹂ ﹁ダメー﹂ 1915 ﹁えー﹂ 文集配られたときにみてくれ。 目の前だとなんかね、ムズムズする。 下書きは終わったから、ペンで書き直して。 うん、まぁこんなもんかな。 あ、しまった。 ﹃腕かゆい﹄まで書き直しちゃった。 修正テープないな。 あー⋮⋮いっか。 腕が痒かったんだなって思われるだけだろうし。 大丈夫、オッケー。 はい、提出。 1916 ナベは何書いてるのかみてこよう。 1917 モテ期 ﹁佳亜さん! 俺と付き合ってください!﹂ ﹁え、えと⋮⋮﹂ なんか、おかしいんだよ最近。 これは告白と受け取っていいんだよね? 今週で2回目なんだけど。 それだけじゃない。 ﹃お付き合いできたら幸せです﹄ 靴箱にこんな手紙まで入ってた。 あれか。 多分あれだ。 卒業を目前にして俺のモテ期がきたのか。 1918 ﹁よかったら、付き合ってください!﹂ ﹁⋮⋮ごめんなさい﹂ これ今週3回目。 すごく勇気出してくれてるんだろうな、と思うと断るのが申し訳な い。 とはいえ断らないわけにはいかないんだけど。 俺は今悩んでることがある。 告白されることについて龍に言うべきか、言わざるべきか。 本音としてはわざわざ言うこともないかなって思う。 龍は嫉妬深いから。 言ったとして別れることはないだろうけど、不機嫌にはなる。 逆に言わなかったとしよう。 それはそれで多分不機嫌になる。 1919 しかも嫉妬深いから。 まぁ、結果的には言っても言わなくても同じなんだ。 うーん⋮⋮。 付き合ってんだし、隠すことじゃないよな。 ちゃんと言おう。 別のとこから聞いたほうが機嫌悪くなりそうだし。 1920 モテ期 2 ﹁⋮⋮あのさ、龍﹂ ﹁はい﹂ ﹁⋮⋮あの、あのさ﹂ ﹁なんですか?﹂ なんか、いざ言うとなったら緊張するね。 でも勢いって大事だ。 なんて言おう⋮⋮。 そのまま? ﹁あのさ⋮⋮モテ期がきたみたい﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ ダメだ。 1921 唐突すぎて伝わらなかった。 ﹁それは⋮⋮そのままの意味ですよね?﹂ あれ、伝わった? ていうかやべぇ。 不機嫌なオーラをひしひしと感じる。 ﹁いや、うん⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮まぁ、知ってましたけどね﹂ ﹁え?﹂ ﹁かなり告白されてるみたいじゃないですか。 僕が知らないとでも?﹂ ﹁知ってたんだ⋮⋮﹂ マジかよ。 え、もしかして言って損した? 1922 ﹁いつもなら僕のほうから注意するんですけどね。 ちゃんと断ってるみたいですし、しっかりガードしてるみたいです し。 心配しすぎるのもよくないかなって思いまして﹂ ﹁俺のこと信用してくれたんだ﹂ ﹁いつも信じてますよ。 心配なだけです﹂ そっか。 よかった。 ﹁ん? じゃあなんで不機嫌になったの?﹂ ﹁⋮⋮彼女が告白されまくって何も思わないわけないじゃないです か﹂ ﹁でも信じてるって言ってくれたじゃん﹂ ﹁それとこれとは話が別です。 いいですか? 1923 これからもちゃんと断るんですよ。 それからガードもがっちり固めて﹂ ﹁わかってるよ﹂ まぁ、心配されてるのは愛されてる証拠ってことで。 ﹁先輩はもしも僕が告白されたら何も思わないんですか?﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ ﹁えー⋮⋮﹂ ﹁なんでだろ。 なんか、安心感? 大事にされてる感じがするし、そういうのちゃんとしてくれそう。 浮気の心配もしてない﹂ ﹁せ、先輩⋮⋮。 もちろんです。 他の女の人はただの人間に見えます﹂ ﹁それはそれで問題じゃね?﹂ 1924 最後の ﹁課題が、終わらないんですが﹂ ﹁さっさとやっておかないのが悪い﹂ 課題ってのは、卒業とか進級を目前にして成績が微妙に足りない人 のためのもの。 赤点じゃ進めないからね。 これが終われば点数あげるよってこと。 壊滅的に数学が苦手らしい香が引っかかった。 あと瀬田も。 こっちは英語。 ﹁みっきー、手伝ってよー⋮⋮﹂ ﹁俺のノート貸してやるよ。 これ見れば多分大体わかるよ﹂ ﹁⋮⋮ホントだ! 1925 わかりやすい!﹂ 目指したのは中学生でもわかるノートだ。 あとからみたときに理解できるように解説も付けてる。 ﹁みっきー、こっちも⋮⋮﹂ ﹁隊長も手伝うでしょ?﹂ ﹁うん﹂ 英語はひたすら教科書写すだけだからね。 瀬田も含めて3人でやれば早いよ。 ﹁もう卒業なんだよね。 こういうのもなくなっちゃうんだ⋮⋮﹂ ﹁でも案外アタシら大人になっても頻繁に連絡とってそうじゃない ?﹂ ﹁おばさんになっても付き合いありそうだよな﹂ 1926 ﹁おばさんか⋮⋮。 この中で誰が最初に結婚するかな?﹂ ﹁そりゃあみっきーでしょ﹂ ﹁なんで﹂ ﹁だって彼氏いるじゃん。 このままゴールインの可能性あるでしょ?﹂ ﹁どうだろう﹂ ﹁あとは想像つかないね﹂ ﹁意外と隊長が早そうだよ﹂ ﹁あ、わかる気がする﹂ 大人になって連絡とってても、こういう風に集まって喋ることは少 なくなる。 それはしょうがないことだけど、寂しくなるね。 卒業式まであと3日。 1927 最後の 2 ﹁卒業式って感じですね﹂ ﹁看板が出来るとね﹂ 書道部が書いた﹃卒業式﹄ってやつ。 これは体育館の舞台の壁に掛かる。 ﹁先輩、卒業しても僕のこと忘れないでくださいね﹂ ﹁うん、ごめん。 でも忘れてたわけじゃないから﹂ ホントなんで気付かなかったんだろ。 龍が入学してたこと。 今度はそういうことがないように気をつける。 ﹁⋮⋮先輩、卒業しても僕のこと捨てないでくださいね﹂ ﹁⋮⋮はぁ?﹂ 1928 何を言い出すかと思えば、なんだそれ。 ﹁だって社会人と高校生って差があるじゃないですか。 学生同士とは違いますよ﹂ ﹁だからってなんでそういう話になるの﹂ ﹁先輩が社会人になって、出会いも増えて、僕の知らないうちにい い人と出会う可能性が無いとは言いきれません﹂ ﹁そりゃ、仕事始めたらそうかもしれないけど⋮⋮。 俺のこと信用できない? この間信じてるって言ってたのに﹂ ﹁可能性の話ですよ﹂ 心配性というか、なんというか。 ﹁それは俺のセリフ﹂ ﹁え?﹂ ﹁卒業して、社会人になって、会うことも今より少なくなる。 1929 心配はしてないけど、もしも俺の見てないとこで浮気してたらぶっ 飛ばすから﹂ ﹁それは絶対にないですね﹂ ﹁可能性の話だよ。 俺のこと捨てないでね﹂ ﹁それも絶対にないです。 捨てられるのが怖くなるほど好きですから﹂ ﹁ダメ。 ここどこだと思ってんの﹂ 顔を近づけるな。 たしかにそういう雰囲気だったけど、そこは妥協しない。 ﹁おあずけですか。 続きは2人っきりで、ってやつですね﹂ ﹁⋮⋮もう勝手にすれば﹂ 冗談言ってるように聞こえるけど、多分冗談じゃないんだろうな⋮ ⋮。 まぁ、いいけど。 1930 卒業式まであと2日。 1931 最後の 3 ﹁喜べお前達。 長きに渡る学生生活を掃除で締め括れることを﹂ 喜べねぇ。 掃除というか、卒業式の準備だし。 卒業式は自分達で準備するんだよ。 で、片付けは2年。 つまり龍達だけど、来年の3年がやる。 ﹁まずはモップかけろー﹂ 俺モップ係。 さっさとやるよ。 ﹁あ、あら、佳亜さん。 奇遇ね﹂ 1932 ﹁ん? あ、七村さん﹂ そういえば、卒業生全員集まってるんだっけ。 奇遇ではないな。 ﹁どうかした?﹂ ﹁別に、ただ⋮⋮。 いえ。 卒業式当日はバタバタするでしょう? 今のうちに話しておこうと思ったのよ﹂ おや、今日は素直だ。 ﹁あ、あなたには世話になったって、ちょっと思ってるんだから!﹂ おや、今日も変わらずツンデレだ。 ﹁世話なんて大層なことはしてないよ。 七村さんもモップなんだ? 一緒にやろうか﹂ 1933 ﹁⋮⋮別にいいけど﹂ ﹁前にも言ったけど、習い事少なくなったわ。 半分くらい﹂ ﹁それでも多いような気がするけどね﹂ ﹁その倍やってたのだから随分軽いものよ。 成績も上がって両親も喜んでたわ﹂ ﹁よかったね﹂ ﹁あなたのおかげよ。 今日はそのお礼が言いたかったの。 ありがとう﹂ ﹁お礼を言われるようなことしてないけど、どういたしまして﹂ ﹁あなたも案外素直じゃないわね﹂ ﹁そんなことないよ﹂ ﹁もう卒業してしまうけど、たまには遊びにきなさいよ﹂ ﹁喜んで﹂ 1934 卒業式まであと1日。 1935 卒業 ﹁おはよ﹂ ﹁おはよ、みっきー﹂ いつもと変わらない朝。 でも今日は落ち着かない雰囲気。 ﹁みっきー、机の中にアルバム入ってるよ﹂ ﹁お、ホントだ﹂ 今日は卒業式。 就職希望の俺にとっては今日で学生生活も終わり。 小学校からはじまり、12年間。 今となってはすごく早かったように思えるけど、楽しいことばっか りじゃなかった。 色々経験を積んだから、今の俺があるんだとも思う。 1936 ﹁三木さん﹂ ﹁ん、何?﹂ ﹁アルバムにメッセージ書いてくれない?﹂ あれか。 卒業式でよくあるやつ。 ﹁いいよ﹂ 俺のアルバムにメッセージは頼まない。 そんなに接点あったわけじゃないから、ありきたりなメッセージし か書けないだろうし。 もちろん俺もありきたりなメッセージになるわけだが。 ﹁みっきー、私のアルバムにも書いて!﹂ ﹁いいよ﹂ 1937 はい、サラサラ。 ﹁なんで絵描くの?﹂ ﹁今更メッセージなんてないだろ﹂ ﹁みっきーのは書かせてくれないの?﹂ ﹁今更メッセージなんてないだろ﹂ 俺達4人は3年間の付き合いだ。 学校にいればずっと一緒にいる。 夏休みとかを除けば本当にぴったり3年間。 喋ることは尽きなくても、メッセージなんてない。 ﹁それもそうだね﹂ ﹁そうそう﹂ ﹁⋮⋮みっきーってホント画伯だよね﹂ 1938 どうだ。 素晴らしい絵だろ。 1939 卒業︵後書き︶ 挨拶するのはお久しぶりです。 いつも本当にありがとうございます。 お気づきでしょうか。 この小説、残りの話数が10話でございます。 いよいよゴールが見えてきました。 じわっと感動してます。 今あまり長く挨拶するのはやめておこうと思います。 この1年の感謝を込めて、最後に挨拶したいので。 それでは、また最終話で! 1940 卒業 2 ﹁みっきーどうしよう! この花みたいなの付けられないよ!﹂ ﹁慌てるからだよ﹂ 胸に付ける卒業生の花。 香の制服にも付けてやる。 ん、曲がってないな。 オッケー。 ﹁どうどう? 卒業生っぽい?﹂ ﹁うん﹂ 正直、そんなでもない。 ただ花つけてるだけだし。 1941 ﹁制服汚れてない?﹂ ﹁うん﹂ ﹁折り目とかついてない?﹂ ﹁うん﹂ ﹁みっきーちゃんと見てないでしょ﹂ ﹁うん﹂ ﹁もう!﹂ 大丈夫だって、多分。 ﹁お母さんが写真撮るって張り切ってるんだもん。 ちゃんとしなきゃ後に残るんだよ﹂ ﹁大丈夫だって﹂ 多分。 ﹁卒業式って何時から?﹂ 1942 ﹁9時﹂ 今は8時だな。 あと1時間ある。 ﹁来賓の挨拶って一番嫌い﹂ ﹁好きな人もいないと思うけど﹂ 知り合いでもない限りなにもおもしろくない。 校長の話しも長くて飽きるけど、知ってるからかそれなりに聞ける よね。 ﹁みっきーアタシと前後の席だよね。 なんかおもしろいことしとこうよ﹂ 席は五十音順。 本当なら瀬田と離れてるけど、俺は前に出なきゃいけない事情があ るので。 1943 ﹁わかった。 後ろからパンチする﹂ ﹁やめろ﹂ なんでだ。 喜べ。 1944 卒業 3 喋ってれば時間が経つのは早い。 ましてや1時間なんてあっという間なわけで。 現在移動中。 ﹁はー⋮⋮、緊張する﹂ ﹁俺のが緊張するわ﹂ ﹁そうは見えない﹂ ﹁みっきー、一番だもんね﹂ 卒業式会場の入場。 スムーズに席につくためには俺から入らなきゃいけないらしい。 ﹁みっきーのつけてる花、あたし達と色違うね﹂ ﹁ああ、うん﹂ ﹁つっこまないであげて。 1945 これ優秀生徒の証なの﹂ ﹁なるほど﹂ わかるか? この晒されてる感じ。 悪い意味じゃなくても恥ずかしい。 おっ、って感じで見られるんだよ。 あっ、みたいな。 ﹁ほら、組ごとに列つくれー。 あと10分で会場に入るぞー﹂ うちの担任は怒鳴ってる他の先生とは違うな。 こんなときでもゆるーい。 だからかな。 みんなのそのそ動き出すけど完了は一番早い。 1946 でも周りがうるさいから後ろのほうだと何言ってるかあんまり聞こ えない。 まぁ、前の人達を見て動けばいいんだけど。 ﹁がんばれよ、優秀生徒﹂ ﹁⋮⋮﹂ やめてくんないかな。 俺は知ってるぞ。 推薦したのあんただろ。 優秀生徒が決まる前に、多分いいことがあるぞ、ってしばらくにや にやしてた。 俺に決まるって信じてくれてたのは嬉しいけどさ。 1947 卒業 4 ﹃卒業生、入場﹄ 体育館の中からマイクを通した声が聞こえる。 担任の先生を筆頭にして、そのクラスの人達が入っていった。 しばらくして、俺達のクラス。 ﹁いくぞー﹂ うちの担任が入って、礼。 生徒と親に囲まれるようにしてできた通路を歩く。 で、その後ろ⋮⋮まぁ、俺なんだけど。 担任についていく。 歩きながら、目の端にバシャバシャ光るものが見える。 完全にそっちを見たら終わりだ。 1948 カメラ目線の俺の出来上がり。 しかも自分の親のカメラじゃなくて。 止まらぬシャッター、フラッシュ。 そして多数の視線。 見ちゃいけない。 どんなに気になっても。 なんでかっていうと、恥ずかしいから。 一度視界に入れると取り返しつかないよ。 精神的に。 ゆっくり歩いて通路を通る。 練習のときに優雅に歩けって言ってた。 だから意識して優雅を目指してたのに﹁三木、眠そうだぞ﹂って生 徒指導の先生が。 1949 優、雅、を、目、指、し、て、ん、だ、よ、ってね。 俺は優雅がイコールで眠そうに見えるんだって。 卒業式でそれは無しじゃね? ってことで、優雅はやめろって言われた。 なんなんだよもう。 とか言ってる間に自分の席に座る。 よっこらしょっと。 1950 卒業 5 教頭先生がなんとかって言ってる。 卒業式はじめます的なこと。 生徒は起立と着席揃えなきゃいけないんだ。 ダルいよ。 かなりダルダル。 ザッ、って音がする。 ﹃⋮⋮みなさん。 まずは、卒業おめでとう﹄ 校長の話しが始まる。 いつもより静かだ。 やっぱ卒業式って緊張感があるんだね。 1951 ﹃続きまして、理事長挨拶﹄ もう1時間くらい話し聞いたかな。 ﹃卒業証書、授与﹄ やっとここまできたね。 ちなみに、うちのクラスはナベが受け取りに行く。 階段をあがって、舞台に立って、校長に礼。 マイクを通さず、校長の口が﹃おめでとう﹄と動いた。 なんか卒業って実感するね。 周りの生徒が何人か泣いてる。 ナベ泣いてないかな。 あ、泣いてないや。 1952 泣くタイプじゃないもんな、ナベは。 俺もそうだけど。 卒業式で泣くってどんな感情なんだろ。 嬉しいのかな。 悲しいのかな。 あるいは両方か。 俺はどっちかっていうと、達成感が勝る。 ああ、俺は12年間の長い学生生活を終えたんだ⋮⋮って。 いろんな人に支えられながらゴールにきたんだ、って。 すごい達成感だよ。 だって18年の人生のうちほとんど学生だったんだから。 辛かったことも思い出だな。 楽しかったよ。 1953 1954 卒業 6 ﹃それでは、優秀生徒へ、賞状の授与を行います。 優秀生徒とは、3年間の高校生活において、とくに優秀な成績をお さめた者に与えられる、称号です。 卒業生のみなさんの、胸元を彩る、祝いの花の色で変化をつけてい ます﹄ ⋮⋮きてしまった。 ついに。 ﹃それでは、1人ずつ名前を呼びますので、壇上にきてください﹄ 俺とナベ以外が誰なのか知らないけど、優秀生徒は全員で5人って 聞いた。 何の賞なんだろ。 ﹃成績優秀生徒、三木さん﹄ ﹁はい﹂ ああ、恥ずかしい。 1955 呼ばれたら返事して、スタスタ歩いて壇上へ。 他の4人も。 ちなみに、他の賞はね。 リーダーシップ優秀生徒、文化部優秀生徒、運動部優秀生徒、縁の 下優秀生徒。 リーダーシップはナベのやつね。 あと部活のやつと、縁の下ってのは影ながら学校に貢献した人のや つ。 掃除に一生懸命だったり、真面目に授業を受けたり、先生を手伝っ たり、毎日休まず学校に行ったり。 実はこれが一番貰いにくい賞。 だって成績のやつは成績があがれば貰えるし、部活のやつは大会と かで上位をとれば貰える。 1956 縁の下は日々の積み重ねで選ばれるからね。 すごいわ。 縁の下優秀生徒の賞を貰ったのは人の良さそうな雰囲気の男子だっ た。 1957 卒業 7 賞状を受け取って。 ﹃⋮⋮こんな賞をいただき、とても嬉しく思います﹄ という無難な挨拶を済ませた。 本当はもうちょい長かったよ。 省略省略。 5人全員じゃなくて、俺とナベだけちょろっと挨拶した。 なんでかっていうと、全員やってもありきたりだし長いから。 優秀生徒男子代表のナベと、女子代表の俺だけでよくね? ってことに。 で、最後に5人全員で礼して終わり。 ん? 縁の下の人と目が合った⋮⋮ような気がする。 1958 だからなんだって話だけど、合ったような合ってないような微妙な 感じだったから。 普通に目が合うより気に掛かるよね。 まぁ、いいや。 さっさと階段おりよ。 ﹃卒業生、退場﹄ 吹奏楽部の演奏に合わせてそれぞれゆっくり出口に向かう。 長かった卒業式と同時に高校生も終わりだな。 周りからはすすり泣くような声が聞こえる。 俺は視線を感じで目だけチラッと動かした。 香も瀬田も隊長もすがすがしい表情だ。 1959 香はこっちを見て笑ってる。 よく考えたら、もう生徒として体育館に入ることはないわけだな。 今までありがとう。 あばよ、体育館。 俺は人の道を通って体育館を出た。 1960 卒業 8 ﹁三木佳亜さん!﹂ 卒業式が終わって体育館から出た。 香達を探そうとしたら、急に大声で叫んで名前を呼ばれた。 急すぎて自分が呼ばれてることに気付かなかった。 ﹁はい?﹂ ﹁あ、あの⋮⋮!﹂ 振り返ってみたら、あの縁の下の人だった。 ていうかこの人が大声出すから注目のマトなんだけど。 ﹁あ、あの、あの⋮⋮っ。 ずっと好きでした!!﹂ ﹁⋮⋮へ?﹂ 1961 我ながら間抜けな返事だと思う。 ﹁喋ったことは、数えるくらいしかないけど⋮⋮。 でも僕にとっては思い出です。 とても⋮⋮大切な思い出です。 最後に、どうしても気持ちを伝えたかった⋮⋮﹂ たしかに最近、モテ期がきたとは感じてた。 でも、こんなに一生懸命告白されたのは初めてかもしれない。 そのせいでちょっと戸惑ってしまった。 ﹁え、えと⋮⋮﹂ ﹁ダメですよ﹂ なにか言わなきゃと思ったら、後ろから捕まえられた。 ﹁⋮⋮龍?﹂ 1962 ﹁先輩は、僕のです﹂ いつの間にか在校生も出てきてたらしい。 龍は告白した人をジッと見ながら言った。 ﹁たしかに人は良さそうですけど、先輩は渡しません。 この人と一緒にいるのは僕です﹂ ﹁⋮⋮はい、わかってます。 一方的に伝えておいて言うのもなんだけど⋮⋮聞いてくれてありが とう﹂ 縁の下の人は頭を下げて去っていった。 さて、思い出してほしい。 ここがどこなのか。 ﹁ヒュー、やるなぁ﹂ ﹁いいぞいいぞー!﹂ ﹁ほらいけ彼氏! 1963 チューしろ!﹂ めっちゃくちゃ人が集まってる体育館前。 やっちゃった感がすごいんだが。 1964 卒業 9 ﹁⋮⋮助けてくれたのは感謝してる。 ありがと﹂ ﹁いえいえ﹂ ﹁でもね、もうちょっと後先考えられない?﹂ ﹁もちろんしっかり考えてますよ﹂ マジかよ。 あれから周りがうるさかったから仕方なく移動。 人気の無い校舎裏に来た。 ﹁目の前で自分の彼女があんなに真剣に告白されてたら無言を貫く なんて出来ませんよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁それに、最後だから見せ付けてやろうかと思いまして﹂ ﹁それは後先考えてるって言わない﹂ 1965 まったくもう。 ﹁すみません先輩﹂ ﹁そんなことより、俺もう卒業しちゃったんだけど?﹂ ﹁⋮⋮あ、はい。 そうですね﹂ 意味わかってないな。 ﹁俺は卒業しました。 もう先輩じゃなくなりました。 で、言うことは?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 理解したな。 さぁ、どうくる? 1966 ﹁で、言うことは?﹂ ﹁⋮⋮佳亜、先輩﹂ ﹁先輩じゃないってば﹂ ﹁な、なんて呼べばいいんですか?﹂ ﹁なんとでも。 呼び捨て全然オッケーですけど﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁ほら、がんばれ﹂ ﹁佳亜、さん﹂ ﹁もー﹂ ﹁そんな急に無理ですよ⋮⋮﹂ ﹁いつも色々急なくせに﹂ 卒業しちゃったけど、龍とは会えるからね。 来て、って言えばどこでも来てくれると思う。 1967 だから寂しくないよ。 1968 卒業 10 その後、教室に戻った。 ﹁あー、卒業しちゃった⋮⋮。 なんか寂しいね﹂ ﹁だな﹂ ﹁ねぇ、みっきー。 4人で写真撮ろうよ。 みっきーが写真嫌いなの知ってるけど、今日くらいはいいでしょ?﹂ ﹁うん﹂ 今日くらいはいいよ。 思い出ね。 ﹁はい、チーズ﹂ カシャッ。 1969 4人で写真を撮るのはこれが初めて。 これで最後。 ﹁ありがとうみっきー﹂ ﹁なにが?﹂ ﹁色々﹂ ﹁それはみんなお互いさまでしょ﹂ 4人でいられて、本当に楽しかった。 ﹁絶対また遊ぼうね!﹂ ﹁アタシ達は縁が切れないような気がするよ﹂ ﹁お酒飲みに行きたいねー﹂ ﹁いつかね﹂ ﹁うん、いつかね。 絶対ね﹂ いざ卒業となると寂しいね。 1970 ﹁三木さん達! 送れちゃダメだからね!﹂ ﹁うん、わかってる﹂ このあと、クラスで集まりがある。 昼ごはん食べながらわいわい騒ぐだけ。 これがなかなか楽しいんだよな。 ﹁みっきー、早く行こう﹂ ﹁ちょっと待って⋮⋮よし﹂ 龍にメールを打つ。 内容は、﹃あとでまた会おう。お祝いしたいから﹄。 実は今日、龍の誕生日なんだ。 1971 卒業式シーズンで忘れられがちだけど、ちゃんとプレゼント用意し てあるよ。 ﹁みっきー、早く早く!﹂ ﹁今行く﹂ 1972 ばいばい︵前書き︶ 後書きにて、挨拶おいてます。 よろしければお目通しください。 1973 ばいばい 俺は校門をくぐって学校を出た。 もうここの生徒として校内に入ることはない。 次に入るときは、元生徒。 ここの生徒だったことは変わらない。 クラスメートはクラスメートじゃなくなった。 でも、元クラスメート。 クラスメートだったことは変わらない。 なんか複雑だ。 ただ嬉しいだけの感情でもなく、悲しいだけの感情でもなく。 多分、両方。 それが終わったってことなんだと思う。 1974 終わったことを﹃終わった﹄と認識するのは時間が掛かっても、﹃ はじまった﹄ならすぐ認識できる。 今まさにそれ。 高校生活が﹃終わった﹄。 高校が終わった生活が﹃はじまった﹄。 これからのことに不安はあるけど、楽しみもあると思う。 ﹁みっきー!﹂ ﹁こっちこっち!﹂ たとえば、いつまでも変わらない友達と会ったりとか。 仕事の愚痴を言い合うこともあるだろう。 その時は今よりも大人になって、今よりももっと深く話せると思う。 楽しかったぜ、高校生活。 大人になる前にこんな時間を過ごせてよかった。 1975 ありがとう。 ばいばい、学校。 ﹁ばいばい、俺の日常﹂ そしてまた新たな生活が始まる。 俺の日常はこんな感じ。 1976 ばいばい︵後書き︶ ⋮⋮ついに終わりました! うわぁ、なんか寂しい⋮⋮。 絶対に完結させると決めてから、今日まで。 長かったような、短かったような⋮⋮。 本当に終わってしまいました。 とても感動しています。 全365話。 全て読んでくださった方がいるのかと思うと恐縮してしまいます。 処女作だったもので、大変稚拙な文だったと思います。 それなのに、こんな挨拶まで読んでいただき本当にありがとうござ いました! 今後の佳亜ちゃんの動向については、短編で投稿することがあると 思います。 1977 大人になったみんなを書きたいです。 もし退屈してる時にそれが目にとまることがありましたら、読んで やってください。 ここまで読んでくださった読者様にまたお会いできることを心待ち にしております。 本当に、本当にありがとうございました! 1978 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n7569v/ 俺の日常はこんな感じ。 2013年6月27日16時31分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 1979
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