喉頭癌の手術的治療

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喉頭癌の手術的治療
佐世保市立総合病院耳鼻いんこう科安達朝幸
耳鼻咽喉科が治療に携わる領域は、脳から下、声門癌に比べりンパ節転移を来しゃすく、そのた
鎖骨より上、のいわゆる頭頸部と言われる領域でめ頚部のりンパ節転移が初発症状となる症例も少
あり、この領域に発生してくる悪性腫傷を総称しなくありません。このように戸門癌に比べ戸門上
て頭頸部がんと呼びます。頭頸部がんは、全領域癌は比較的進行した状態で来院されることが多く、
のがんの約5%と頻度的には少ないものですが、予後も声門癌より不良となります0
喉頭・咽頭・鼻副鼻腔・舌・口腔・唾液腺・甲状
治療法としましては、声門癌、声門上癌ともに
腺など多岐にわたり、その部位によって治療法も TI T2症例などでは放射線治療や日戸をt皿存
ある程度異なるのが特徴です。今回は、その頭頸した喉頭部分切除術の適応となります0 放射線治
部がんの中でも最も頻度の高い、喉頭癌の手術的療は通院可能な方であれば外来での治療も可ぢ.で
治療にっいて述べさせてぃただきたいと思います。す。また、比較的若年の方には放射線誘発癌の危
ひとくちに喉頭癌といってもその発生部位によ険性も考慮し、喉頭部分切除術も検討しますO T
り3つのタイプに分類されます。すなわち、声帯 3以上の進行癌に対しては原則的には喉頭全摘術
から発生した声門癌、声帯より上部から発生したの適応となりますが、最近では、進行癌に対する
声門上癌、声帯より下部から発生した声門下癌の化学・放射線治療も試みられており、症例に応じ
3つです。このうち、声門下癌は非常にまれな夕て検討していや必要があるものと思われます0
イプであり、声門癌が喉頭癌の約6割、声門上癌
では、まず喉頭全摘術について、その概要など
が約4割を占めてぃます。このように喉頭癌のほにっいてお話したいと思います0 一般的な喉頭全
とんどは声門癌または声門上癌となるわけですが、摘では、舌骨、喉頭の枠組みである甲状軟月'輪
同じ喉頭癌でもその性格には大きな違いがありま状軟骨、および第2 3気管輪ぐらいまでの構旭
す。声門癌は声の音源を作り出す声帯に腫傷を形物がすべて摘出されます(図1)0 食塊の通路で
成するため、早期から嘆声(声がれ)という症状ある下咽頭は喉頭の裏面に位置し、喉頭全摘後は
を発現します。また、声帯自体は比較的りンパ流大きく開放された状態となるため、これを縫昌閉
が乏しく、結果としてりンパ節転移を来しにくい鎖することで食塊通路を再建します0 粘膜梃口部
と言われてぃます。これに対し、声門上癌は声帯は下咽頭収縮筋で被うことで補強しますが、これ
より上方に腫傷を形成するため、早期には自覚症は、術後の食道発声のしゃすさにも寄与すると考
状に乏しく、また声門上部はりンパ流に富むためえられます(図2)
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切除範囲(赤線)
切除後(下咽頭縫合)
縫合完了時
図2.咽頭全摘術の流れ
出典左:佐藤武男著:食道発声法より改変<金原出版株式会社>、中央.右:新癌の外科 手術手技シリーズ頭頸部癌よりくメジカルビュー社
出血を来して血湊が出たり、増加した分泌物や疾
が癒疲となって気管内に付着し、ひどい時は呼吸
困難を来すこともあります。このように、喉頭全
摘では発声機能が失われるだけでなく、気管孔よ
り上方での空気の出入りがなくなることによるさ
まざまな障害が残ることになるわけです。
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などの際にお湯が気管孔に入り込み、激しく咳き
込むことになります。息、を止めていても気管孔は
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開いたままなので、なかなか厄介です。さらに、
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皮切開線(赤帋良)
溺れてしまいますまた、慣れないとシャンプー
冬場に問題となるのが、気管での乾燥などによる
炎症です。通常、鼻呼吸に障害がなければ、空気
は鼻腔を通る間に、体温に非常に近い温度と、
100%に近い湿度に調整されます。しかし、喉頭
全摘後では、直接、空気が気管から気管支、肺へ
と進入していきます。特に冬場の乾燥した空気で
は、気管粘膜の炎症を起こしゃすく、粘膜からの
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喉頭全摘術の最大のデメリットは、音声を失う
ことにありますが、音声を失うということは、話
せないというだけではなく、声をだして笑ったり、
泣いたりという感情表現も損なわれることになり
ます。また、呼吸は胸骨の上方にできた気管孔で
のみ行われることになるため、鼻腔や口腔を空気
が出入りしなくなります。そのため、においを嘆
ぐことができなくなり、においがしなくなると味
覚も低下したように感じ、食を味わうための機能
がかなり損なわれますし、また、においで食べ物
が腐っていないかどうかを判断することもできな
くなってしまいます。また、熱い食べ物を吹いて
冷ますこともできなけれぱ、麺や汁物などをす
すって食べることもできなくなります。そぱやう
どんを食べる楽しみは半減してしまうことでしょ
う。また、お風呂がなかなかの問題で、当然、気
管孔より上までお湯につかることはできません。
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甲状軟骨
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作成された皮弁(*)
図3.垂直咽頭部分切開術
長崎県医師会報第830号平成27年3月
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次に喉頭部分切除、そのなかでも主に早期声門
癌に対して行われる垂直喉頭部分切除術について
簡単にお示ししたいと思います。垂直喉頭部分切
除術は教科書や文献的にはいくつかの方法があり
ますが、今回お話させていただくのは、私も以前、
修練させていただいた国立がん研究センターで用
いられてぃる術式です。この術式では図3のごと
くS字形の皮膚切開を加えることで三角形の皮弁
を2つ作製し、この皮弁をそれぞれ左右の声帯の
切除端に縫合し、声帯を再建します。腫傷切除に
際しては、図4のごとく甲状軟骨の一部を合併切
除し、腫傷深部のmar即nも保てる切除が行えま
す。勿論、いったんは喉頭皮膚瘻の状態となりま
すが、甲状軟骨の一部が切除されていますので、
数か月経っと残った軟骨が正中に寄ってきて瘻孔
は狭い Slit状となり、この Slit状となった瘻孔は
局所麻酔での短時間の手術で閉鎖できます。甲状
軟骨の切除による喉頭腔の変形は来しますし、な
により、本来は粘膜である声帯が皮膚に置き換わ
るわけですから、声質はそれなりに悪くはなりま
すが、日常の会話は支障なく行えますし、高齢者
でなければ誤暎もあまり問題になることはありま
せん。前述しましたような、喉頭全摘に伴う障害
も起こらず、非常によい術式ですが、欠点を挙げ
るとすれば、ひげの濃い人の場合、声帯として折
り込んだ皮膚面から喉頭内腔にひげが伸びてしま
い、定期的なひげ抜きを内視鏡下で行わなければ
ならないことでしょうか(図 5)。
以上、頭頸部がんのなかでも、最も頻度の高い
喉頭癌の手術的治療の一部についてお話させてい
ただきました。日常診療のなかで、喉頭全摘を過
去に受けられた患者さんを診察される機会などで
何かの一助にでもなれぱ幸いです。
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姉
甲状軟骨
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術前(↑は腫傷)
↓
畢
術後(↓は皮弁のひげ)
図5.垂直咽頭部分切除施行例
長崎県医師会報第830号平成27年3月
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