昇圧剤はどういうタイミングで増減しているの?

ベッドサイドケア 15の疑問とカイゼン
特集
ケアの疑問
11
その
昇圧剤はどういうタイミングで増減しているの?
岩本雅俊
昇圧剤の増減のタイミングを考える時に,血圧を指標にするこ
新古賀病院
とが多いと思います。血圧と一言で言っても,規定する因子に
社会医療法人天神会
HCU 師長代行
1997年医療法人天神会新古賀病院入職。
2006年呼吸療法認定士取得。2014年集
中ケア認定看護師取得。
68
はさまざまなものが関係してきます。その一つひとつを評価
し,昇圧剤の増減を行います。そして,増減を行った後は,より
注意深く観察することが必要です。
本稿では,昇圧剤の種類,使用法や使用中の
スラインからの血清クレアチニン値の増加,透
観察,増減を考えるポイントについて解説して
析導入となった人数,ICU滞在日数,病院滞在
いきます。昇圧剤にはさまざまな種類があり,
日数のいずれも有意差を認めませんでした1)。
使用量や用途もそれぞれ違います(表1)。薬
急性心不全においては,高用量フロセミドを
剤の特性を理解し,観察を行うことが必要です。
単独で静注した群と,低用量フロセミドにドパ
また,昇圧剤の作用を考える時に,アドレナ
ミンを併用した群を比較したところ,後者の方
リン受容体の種類と作用を理解しておくことも
が腎機能悪化や低カリウム血症の発現が少な
必要です。表2に主な部位と作用を示します。
かった2) との報告もあり,疾患や状況によっ
昇圧剤の種類と役割
ては使用する場面があるのかもしれません。ち
■カテコールアミン製剤
なみに,3〜5μg/kg/minを超えると利尿作用
◎ドパミン塩酸塩
はなくなると言われています1)。
ドパミンは濃度に依存し,異なる受容体を刺
低用量でもα1,β1受容体刺激作用はありま
激します。また,神経終末よりノルアドレナリ
すが,血圧の上昇を目的とするならば,中等量
ンを放出させ,ドパミン自身の作用以上に効果
以上の使用が必要となってきます。
を発揮します。ドパミンは,低用量と中等量以
②中等量以上(5~10μg/kg/min)
上の投与で作用が異なります。投与量と作用を
5μg/kg/min以上では,ノルアドレナリンを
表1に示します。
介したα1受容体の刺激により,末梢動脈収縮に
①低用量(2〜4μg/kg/min)
よる血管抵抗の増大で血圧上昇を認めます。ま
低用量では,腎のドパミン受容体(DA1)を
た,β1受容体を刺激し,心収縮力増強による血
刺激して腎動脈を拡張し,多少の利尿作用を発
圧上昇が起こります。同時に洞結節のβ1受容体
揮します。しかし,この利尿作用は臨床的に有
も刺激し,心拍数の上昇も認めます。
用と言えるほどの量ではありません。過去には
この血管抵抗の増大と心拍数増加は,心臓仕
“renal dose” いわゆる “低用量ドパミンの腎保
事量増大という意味では,心機能にとってはマ
護作用(利尿作用)
” として低用量ドパミンを使
イナスとなります。しかし,臓器障害が起こる
用する場合もありました。しかし,2000年の報
ような低血圧を回避するために,ドパミンの心
告にて低用量ドパミンとプラセボ群を比較した
収縮力増強,血管収縮による血圧上昇を期待し
ところ,血清クレアチニン値のピーク値,ベー
て使用する場面も多いと思います。
重症集中ケア V o l u m e . 1 4 N u m b e r . 1
表1
静注強心薬の受容体への作用と生理作用
投与量
(μg/kg/min)
受容体への作用
β1
β2
生理作用
α1
D 収縮力増加
心拍数増加
カテコールアミン
ドパミン
ドブタミン
ノルアドレナリン
アドレナリン
イソプロテレノール
PDEⅢ阻害薬
ミルリノン
オルプリノン
血管拡張 腎血流
増加
1∼3
3∼10
10∼
1∼10
0.03∼0.3
0.03∼0.3
0.02∼0.4
−
−
−
+
+
−
+
+
++
+
+
−
++
+
+
−
+++
−
+++ −
+++ ++ +++ −
+++ +++
−
−
−
+
++
++
+++
+++
+++
−
+
++
−/+/++
−
++
+++
−
収縮
収縮
−/+
収縮
収縮
+
+
+/−
+/−
+
−
−
+
0.25∼0.75
0.1∼0.3
受容体を介さない
cAMPの増加
++
+/++
−
−
+/++
++
+
+
村川裕二:循環器治療薬ファイル―薬物治療のセンスを身につける 第2版,P.225,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2014.
◎ドブタミン塩酸塩
ドブタミンは強力なβ1刺激作用を持つ薬剤
表2
αおよびβ受容体の分布とその作用
臓器・ 受容体の分布する場所 受容体
組織
作用
させます。また,軽度のα1(血管収縮)作用と
心房
β1
収縮力・
伝導速度の増加
β2(血管拡張)作用を持っています。ドパミン
洞房結節
β1
心拍数増加
房室結節・刺激伝導系
β1
自動能・
伝導速度の増加
心室
β1
収縮力・
伝導速度の増加
α
収縮
β2
拡張
α
収縮
α
収縮
β2
拡張
で,用量依存性に心拍数および心収縮力を増加
とドブタミンは,同程度に心筋酸素需要量を増
心臓
加させますが,ドブタミンはそれに見合うだけの
心筋血流量を増加させるとの報告もあります3)。
冠動脈
しかし,高用量で使用する場合に頻脈を起こす
と,前述のような好ましい作用は相殺されてし
まいます。
血管収縮に働くα1と拡張させるβ2刺激作用
があり,互いが打ち消し合うため,血管抵抗へ
血管
皮膚・粘膜の細動脈
骨格筋の細動脈
工藤博司,甲斐久史,今泉勉:β,
αβ遮断薬,α1遮断薬,臨床と研究,
Vol.85,No.1,P.39∼44,2008.より引用,一部改編
の影響は小さくなり,実質的には選択的β1刺激
面に出ません。
薬になります。β1を刺激するため心拍数の増加
アドレナリンは頻脈や不整脈がなければ,心
が起こりますが,神経終末からのノルアドレナ
機能低下に対する強力な薬剤となります。その
リン放出を促さないため,ドパミンに比べると
強力さ故に,心肺蘇生の第一選択薬ともなって
心拍数の増加は少ないと言われています1)。
いますが,使用中の頻脈や不整脈には十分に注
◎アドレナリン
意しなければなりません。
アドレナリンは強力なβ1,α1刺激作用があ
◎ノルアドレナリン
ります。心拍数,心収縮力の増大により,心拍
ノルアドレナリンは,αおよびβ刺激作用を
出量を増大させます。血管を収縮させるα刺激
持っていますが,β2刺激作用はありません。ノ
作用がありますが,アドレナリンにはβ2刺激作
ルアドレナリンの使用により血管が収縮し,心
用があり,血管収縮と血管拡張が相殺され,結
収縮力の増大により強力な血圧上昇が起こりま
果的にノルアドレナリンほど血管収縮作用が前
す。しかし,虚血や心機能が低下した症例では
重症集中ケア V o l u m e . 1 4 N u m b e r . 1
69
図1
昇圧剤の作用機序
あり,PDEⅢは血小板・心臓・血管平滑筋にて
カテコールアミン
β受容体
心筋細胞
アデニル酸
シクラーゼ
ATP
β受容体
PDEⅢ
cAMP
cAMPのみを分解します。そのcAMPを分解する
PDEⅢ
阻害薬
5
‘AMP
心収縮力増大 心拍数増加
PDEⅢを阻害することで,cAMPが増加するこ
とで細胞内Ca2+ 濃度が高まり,心収縮力が増
し,血管拡張が起こります(図1)
。カテコール
アミンのように,β受容体を介してcAMP増加
を促す薬ではなく,分解されるのを阻害する薬
剤ですので,薬が効き始めるのに時間がかかり
ます。薬理作用は20〜30分で出現してきます。
この薬剤の大きな利点は,心収縮力を増し,
心筋の酸素需要量が増加し,逆効果となること
血管拡張を促すことで後負荷の軽減を行うこと
があります。また,α作用により臓器の血液還
ができることです。また,カテコールアミンの
流が減少し,臓器虚血のリスクが高くなります。
ようにdown-regulation※1 がなく,β遮断薬使
強力な血管収縮作用を持つノルアドレナリン
用中でも効果の減弱がないことも挙げられます。
は,敗血症などの血管拡張が起こる病態時には,
ただし,心収縮力増強効果はカテコールアミ
血圧維持のための第一選択薬となります。また,
ンに比べると強くないため,血管拡張作用によ
最近ではショック時の選択薬としてドパミンと
り低血圧が生じる場合もあります。また,PDE
ノルアドレナリンを比較したところ,ドパミン
Ⅲ阻害薬には血小板減少という副作用もあり,
が優位に不整脈などの有害事象が多く発生して
注意が必要です。
おり,第一選択薬としてノルアドレナリンの方
薬剤はオルプリノン,ミルリノン,アムリノ
が良いと言われています2)。
ンがあります。
◎イソプロテレノール
何を見てどう調整する?
イソプロテレノールには強いβ1刺激作用があ
カテコールアミンなどの薬剤が投与されてい
り,中等度の心収縮力増加と,心拍数が著明に
る場合,
「血圧が○○以上でドパミン1mL/時
上昇します。また,β2刺激作用もあり,心拍出
ずつ減量」など包括的指示が出る場合もあると
量の増加や血管拡張の効果もあります。
思います。その時に,看護師は血圧だけを見て
しかし,心拍数の上昇が顕著なため,徐脈時
安易に増減を行うのではなく,患者が置かれて
の投与など使用場面が限られてしまいます。昇
いる状況や病態,フィジカルアセスメントを
圧剤というよりは血管拡張強心薬という役割で
行った上で,増減を判断することが必要です。
すが,強心作用があるので,参考のため紹介し
まず,昇圧剤を使用する主な目的は,血圧の
ます。
維持です。血液を全身に循環させることによっ
■PDEⅢ阻害薬
て,臓器・組織・細胞へ酸素・栄養素などを送
ホスホジエステラーゼ(PDE)は,cAMPと
り届けたり,二酸化炭素や代謝老廃物を運搬除
cGMPを加水分解する酵素です。PDEは5種類
去したりします。
※1 down-regulation…カテコールアミンの長期使用や心不全などの心筋障害による,β受容体の減少および反応
性の低下のことです。カテコールアミンの作用が減弱し,より高濃度の流量が必要となってきます。
70
重症集中ケア V o l u m e . 1 4 N u m b e r . 1
昇圧剤を併用する意味とは? ドパミンやドブタミンの2剤は,臨床でもよく併用しているのを見ると思いま
す。また,PDEⅢ阻害薬とカテコールアミンの併用もよく経験すると思います。
これらを併用する意味は,お互いの副作用をできるだけ少なくし,強心作用の力を合わせるためです。ドパミンによ
る血管収縮と肺動脈抵抗の増加,ドブタミンのβ2刺激作用による血管拡張が相殺し合って,著しい血管抵抗の上昇や
低下を避けることができます。また,カテコールアミンとPDEⅢ阻害薬の併用についても同じことが言えます。
ここで,その血圧を左右する因子について考
■なぜ血圧が上昇(下降)しているのか?
えてみます。
前述の増減の大きな指標として血圧を挙げま
血圧は,心拍出量と血管抵抗に規定されます。
したが,看護師は,その血圧の数値だけにとら
心拍出量の規定因子は前負荷(循環血液量)
,後
われて増減を行ってはいけません。フィジカル
負荷(末梢血管抵抗)
,心収縮力,心拍数の4
イグザミネーションやモニタ情報の評価を行い,
つで規定されます。また,自律神経系,レニン-
なぜ血圧が上昇もしくは下降しているのか,そ
アンギオテンシン-アルドステロン系(RAA系)
の原因を究明することが大切です。
によっても調整されています。この血圧を規定
前述の血圧を規定する因子に沿って考えてい
する因子を臨床で総合的に評価し,昇圧剤の増
きます。
減を決定します。
◎前負荷(循環血液量)は適当か?
では,実際の昇圧剤の調整は何を見て行って
循環血液量は,観血的カテーテルが挿入され
いるのでしょうか。やはり,増減の指標となる
ている状況では,中心動脈圧(Central Venous
のは,実際の数値として見る血圧だと思います。
Pressure:CVP)や肺動脈楔入圧(Pulmonary
当院でも,昇圧剤の包括的指示は血圧の数値に
Capillary Wedge Pressure:PCWP)を指標と
より増減の指示が出ます。その血圧を見て昇圧
することが多いと思います。しかし,CVPや
剤の調整を行う場合は,収縮期圧の数値で決定
PCWPは循環血液量の指標とはなりにくいとの
していることもあると思います。しかし,血圧
報告4) もあり,1つの数値のみで判断するの
維持の目的は臓器還流の維持です。臓器還流の
ではなく,ほかの情報と併せて総合的に評価
指標となる血圧の指標は,平均血圧と言われて
することが大切です。最近では,一回拍出量
います。
変動率(Stroke Volume Variation:SVV)など
心臓から拍出された血液は,一気に動脈を通
のパラメーターも出てきており,より簡易で正
過するわけではなく,導管である動脈に一時と
確な循環血液量の評価が行えるようになってい
どまり,拡張期に動脈壁の弾性作用により末梢
ます。
に押し出されます。すなわち,収縮期に押し出
観血的カテーテルが挿入されていない場合は,
された血液がその圧のまま臓器に到達している
頸静脈の怒張(45度の上体挙上で頸静脈の拍
わけではないのです。こういった理由により,
動がある)や起座呼吸(肺うっ血)などで循環
臓器還流の指標は平均動脈圧で見ることが大切
です。平均血圧※2が60〜65mmHgを下回ると,
何らかの障害があると言われています。
※2 平均血圧…常に動脈にかかっている圧力の平均
的な値であり,心臓より遠い血管(細動脈や毛細血
管)の指標であると言われています。
平均血圧=
(最高血圧-最低血圧)
÷3+最低血圧
25番目の新雑誌にご期待ください!
困難事例も看護師目線で!
急性期看護の視点で貫く
6月
創刊
現場の実践事例と看護師の役割
会員制 隔月刊
スマホ・PCから 日総研 脳看護
で検索!
重症集中ケア V o l u m e . 1 4 N u m b e r . 1
71