日消外会誌 21(4)i l191∼ 1194,1988年 特集 9 手術 を受けた 胃の発癌 リス ク 金沢大学第 2 外 科 三輪 晃 一 宮 田 龍 和 宮 崎 逸夫 福井医科大学第 1 病理 服 部 隆 則 CANCER RISK IN THE OPERATED STOMACH Koichi MIWA,Ryuwa MIYATA,Itsuo MIYAZAKI IInd Department of Surgery,School of MIedicine,Kanazawa University Takanori HATTORI Ist Department of Pathology,Fukui MIedical School 胃手術後 の発癌 リスクを Wistar系 雄 性 ラ ッ トで検索 した.各 種 胃手術後 に N‐methyl‐ N′、 nitro‐ N‐ nitrosoguanidine(MNNG)を 投与 した ラ ッ トの50週後 の発癌 率 は単 開腹群 を1.0とす る と,胃 底腺領 域切除2.0,迷 切 1.9,迷 切 十幽門成形0,9,迷 切 十 胃腸吻合 0.6,幽 門成形 0.6,胃 腸吻合0,6,幽 門腺 領域切除0.6で,胃 癌好発部位 を残存 させた減 酸手術 で,胃 内容欝 帯を きた す手術 に 胃癌 が高率 に発生 した 。また,MNNGを 20週間投与 した後 に減酸手術 を行 った ラ ッ トの50週後 の発癌率 は単開腹群 1.0 に対 し, 胃底腺領域切除3,4,迷 切 1.7で,減 酸手術 が 胃癌 の進展 を促進 した。 また,十 二 指腸液 胃内 逆流手術 を行 った ラ ッ トに12カ月 ・20カ月後 に吻合部 に 胃癌 が発生 した 。 索引用語 :残 胃癌,N‐ methyl‐N′‐ nitrO‐ N‐nitrosoguanidine,十 二 指腸液 胃内逆流 は じめ に 私 どもは これ らの問題 を動物実験 で検索 して きた の 胃の 良性疾患 で 胃切除 された残 胃に発生 した癌 を欧 で ,そ の成績 を報告す る。 米 では gastric stump carcinoma,本 邦 では残 胃癌 と よんで い る。残 胃癌 は,胃 癌 の発生頻 度 の高 いわ が 国 1.実 では従来少 ない と言われていたが,近 年増加傾 向 にあ Wistar系 りまれではな くな ってい る。 また ,欧 米で は 胃癌 が い 2.発 ち じる し く減少す る中で,残 胃癌 だ け は増加 してい る N・ 材料 お よび方法 験動物 と報 告 されてい る。残 胃癌 の発生率は,消 化管再建法 が ビル ロー ト1法 よ り2法 に高 く,そ の原 因 として十 MNNGと 二 指腸液 の 胃内逆流 が挙 げ られてい る。 さらに,消 化 性漬瘍 の手術 は,胃切除後障害 をで きるだけ防 ご うと, libitumに ミ 雄性 ラ ッ トを用 いた。 癌物質 の投与 methyl‐N′‐ nitro‐ N‐nitrosoguanidine(以 後 略す)500mgを 10′の飲料水 に溶解 し,ア ル 箔 で 遮 光 した ポ リエ チ レ ン給 水 瓶 に 分 注 し,ad 3.胃 飲用 させ た。 癌判定基準 近年迷走神経切 断術 の導 入 に よ り, 胃切 除を行わ な い か,あ るいは行 って も小範 囲 に とどめ る よ うにな って は 腺 胃に肉眼 的 に腫瘍 を認 め,組 織学的 に異型腺増生 お り, こ の よ うな手術 では残 胃粘膜 が広 いだ けに 胃癌 が 粘膜 筋板 を破 り,粘 膜下層以下 に浸潤 増殖す る もの の発生率 が高 ま らな いか との危 倶 が生 じてい る。 MNNG投 癌 とした。 を 術方法 4.手 麻 酔 は ベ ン トサ ール 腹 腔 内 注 射 とエ ーテ ル 吸 入 で ※第30回日消外会総会 シンポ 2:消 化器実験外科の進 歩 と新 しい展開 <1987年9月28日受理>別 刷請求先 :三輪 晃 一 〒920 金沢市宝町13-1 金 沢大学医学部第 2外科 与 に よる発癌 実験 での,胃 癌 の半」 定基準 あ 迷 つた。 走神経切断術 (以後迷切)は 横隔膜下 で,食 道 に 196(1192) 手術を受 けた 胃の発癌 リスク 日消外会誌 2 1 巻 図 1 十 二 指腸液 胃内逆流手術 表 1 4号 胃手術後 の 胃癌発生率 動物数 癌動物数 発 生 率 % % 迷走神経切断 対照群 (p<005) % % 官底腺領域切除 対照群 (p<001) % % % % % 迷切 十幽門形成 迷切 十胃腸吻合 幽門形成 富腸吻合 幽門線領域切除 (p<005) (p<00001) 図 2 胃 手術 ラ ッ トの MMNG胃 癌発生頻度 そ って下 降す る両側 の迷走神経 を確認 し, 切 除 した。 胃底腺領域切除術 は, 腺 胃の級壁 を指標 に, 胃 底腺 領域 を切除 し, 前 胃 と幽 門腺領域 を端端 吻合 した 。 幽 門形 成 術 は 幽 門輪 を 消化 管 の 走 行 に 沿 って 縦 に 0 5 c m 切 開 し, 横 に縫合 した。 胃腸 吻合 術 は腺 胃大 弯 と空 腸 をl c m の 大 き さの 吻 合孔 で, 逆 嬬動的 に側側 吻合 した。 迷 切 ■日助 合 形 成 出 円 │ │ 6 │ 。 │ 。 s 幽門腺領域切 除術 は 胃叡髪 を指標 に幽 門腺領域 を切 除 し, 切 除断端 と空腸 を ビル ロー ト2 法 で, 再 建 した。 十 二 指腸液 胃内逆流手術 は まず上部空腸 を切離 し, そ の肛 門側端 を腺 胃大弯 胃底腺領域 に端側吻合 した。 つ いで, 十 二 指腸上部 を切離 し, そ の肛 門側端 を縫合 閉鎖 し, 日側端 を切離 された空腸 の肛 門側 と端端 吻合 した ( 図 1 ) 。 単開腹術 は開腹後 内臓 を手指 に して撹 拌 し, 閉 腹 し 【 i. ヲ 括孤 で示す と,実 験 1で は迷切 (50),単 開腹 (50), 実験 2で は 胃底腺領域切除 (96),単 開腹 (58)であ る。 なお,21週 以降 は,発 癌物質 の投与 を止め,実 験終 了 まで水 道水 を飲用 させた。 3)十 二 指腸液 胃内逆流 に よる 冒癌発生 5 , 実 験群 1 ) 胃 手術後 の 胃癌発生 十 二 指腸液 胃内逆流手術 を83匹に行 い, 胃癌 の発生 を12カ月後 に屠殺 した 6匹 と20カ月後 に死亡 した 1例 実験 は 3 回 にわた って行われた。 で検索 した。 手術術式 と行 った 動物数 を括孤 内 に示す と, 実 験 1 で は迷切 ( 2 3 ) , 単 開腹 ( 3 9 ) , 実験 2 で は 胃底腺領域 切 除 ( 5 3 ) , 単開腹 ( 3 0 ) , 実験 3 で は迷切 十幽門形成 ( 5 0 ) , 迷切 十 胃腸吻合 ( 5 0 ) , 幽門成形 ( 5 0 ) , 胃腸吻 合 ( 5 0 ) , 幽門腺領域切除 ( 5 0 ) , 単開腹 ( 4 0 ) であ る. 術後 3 ∼ 5 週 後 よ り, M N N G 溶 解飲料 水 を5 0 週に わ た り飲用 させ , 5 0 週 で屠殺 し, 胃 癌発生 を観察 した。 実験結果 1.胃 手術後 の 胃癌発生 3実 験群 の 胃癌発生率 は表 1に 示す通 りで, これを 対 照群 を1.0として ま とめ て発生率 の高 い順 に並 べ る と,図 2の よ うにな る。 胃底腺領域切 除や迷切 な ど, MNNG胃 癌 の好発部位 で あ る幽門腺 領域 を温存 し減 MNNG溶 酸 を行 う手術 では,2.0倍 ,1.9倍 と高頻 度 で ,胃 腸吻 合 の ドレナ ー ジ手術や好発部位 を切除す る幽門腺領域 切 除 では,06倍 ,0.3倍 と低率 にな った。 実験 は 2 回 に分 けて行われた。 手術術式 と動物 数 を 隆起 で,大 きな もので は潰瘍 がみ られた, 2 ) 減 酸手術 と胃癌 の進展 解飲料 水 を2 0 週間投与 し, 胃 粘膜癌 を作 成 し, 減 酸手術 を行 い, 5 0 週 で 胃癌 の進展 を観察 した, 発生 した癌 は多 くは幽門腺領域 に 占拠 す る限局型 の 197(1193) 1988年 4月 表 2 減 酸手術後 の 胃癌発生率 動物数 痛動物教 13 24 8 胃底腺領域切除 30 20 対照群 44 9 率 よる radioautographyで は, grainが 細胞 に at ran― d o m に と りこまれてお り, 癌 と診断 した. 1 2 カ 月後 の (p<01) % % 23 対照群 発 生 % % 迷走神経切断 に果型 をおびた腺腫様病変 がみ られ,3H,thymidineに 発癌率 は1 7 % ( 1 / 6 ) で あ った 。 さらに, 2 0 カ 月後 の死 亡 ラ ッ トに, 浸 潤 性 の あ る粘液癌 がみ られた ( 図 3 ) . (p<0001) 図 3 十 二 指 腸 液 胃内 逆 流 手 術 で 発 生 した 粘 液 癌 (HEゃ×10) 吻合部 胃粘膜 は組織学的 には, 偽幽門腺化生 を起 こし, 嚢胞腺管 ・粘膜下裏胞 な ど ヒ トの ビル ロー ト2 法 の残 胃吻合部粘膜 で観察 され る と同様 な病理所見がみ られ た。 考 察 臨床的 に,幽 門側 胃切除後 の残 胃は前癌状態 で あ る との見解 が欧米 ことに北欧諸 国 にみ られ る。 1)に 残 胃癌 の リス クを検 索す る動物実験 は,杉 村 ら よって報告 された 胃発癌物質 MNNGの 登場 に よって 可能 にな った。 われわれのい ろいろな 胃手術 ラ ッ トヘ の MNNGの 投与 に よる発癌実験 では,迷 切や, 胃底 腺領域切 除 な どの 胃癌好発部位 を残存 した減 酸手術 と 胃内容欝滞 を きたす手術 に MNNG胃 癌 が発生 しやす い こ とが明 らかにな った. しか し,MNNG胃 癌 の成績 を,そ の まま 胃手術 の発 組織学的 には約 9割 が腺管腺癌 で,ま れ に 印環細胞 癌 リスクに結 び付 けて良 いかには慎重 でなければな ら ない。それ は,MNNGの 化学 的 な不安定 さにあ る。つ 癌 が見 られ,肉 腫 は約 10%の 頻度 で発 生 した, 各実験群 ・手術術式 に よ り発 生 した癌腫 には,発 生 部位 ・肉眼型 ・組織像 な どに差異 は生 じなか った. よN‐methy卜 N′‐ nttroguanidineと まり, 酸 性 で ヤ Nitrous acidに ,ア ル カ リ性 で は Diazomethaneと Nitrocyanamideに 分解 されの,こ れ ら分解産物 には発 つ ま り,胃 癌好発部位 を残存 した減酸手術 と胃内容 欝滞 を きたす手術 で,MNNG胃 癌 の 発生 が 高率 に な る結果 であ った 。 2.減 酸手術 と胃癌 の進展 50週での 胃癌発生率 を表 2に 示 した。 発癌 率 は対照群 に比 べ ,迷 走神経切 断群 では1.7倍, 癌性 が認 め られ ていない。減酸手術 で は 胃内 の pHは 上 昇す るか ら,正 酸 では生ず る MNNGの され ,MNNGの 分解 が抑制 carcinogenicityが 強 ま る機 序 で あ る。 そ こで,あ らか じめ MNNGを ラ ッ トに20週間投与 した後 で,減 酸手術 を行 い,以 後 MNNGの 投与 を止 胃底腺領域切除群 では3.4倍で,胃底腺領域切除群 では め,50週 での 胃癌発生 を検討 した 。 そ の結果,胃 底腺 有意 に高率 とな った。 領域切除術 では 胃癌 の進展促進傾 向 が認 め られ,迷 切 得 られた癌 は 肉眼的 ・組織学的 に手術術式 に よる差 異 を認 め なか った。 従 って,無 酸 胃で は 胃癌 の 進 展 が 促 進 す る結 果 で あ った 。 3.十 二 指腸液 胃内逆流 に よる 胃癌発生 で も促進傾 向が 明 らかに認 め られた。誘発 された 胃癌 の発育 が無酸 胃で促進す ることは,発 癌 が MNNG以 外 の方法 であ って も同様 と推測 され,重 要 な事実 と考 え られ る。 無酸 胃では 胃内 に細 菌 が増殖 す るが, この細菌 の 中 1年 後 に屠殺 した 6匹 では 1匹 に 胃空腸吻合部 の 胃 には,食物 中 の硝酸 を亜硝酸 に変化 させ るものがあ り, に 2個 の隆起性病変, 1匹 に潰瘍 性病変 が見 られた。 亜硝 酸 は ア ミンや アマ イ ドと結合 して,発 癌 性 の あ る N‐ニ トロ ソ化合物 が生 成 され る との報 告ゆが あ る。 こ 隆起性病変 は,組 織学的 には大部 分 は腺腫様病変 で あ ったが,一部 に dysplasiaが認 め られた。漬瘍 性病 変 れ に よ る と無 酸 胃 は発癌 の promotionだ けで な く, の組織像 は漬瘍疲痕 で,辺 縁 に果型 を示す細胞 が見 ら initiationに も格好 な環境 で あ り,減酸手術 は 胃癌 が発 れた。 肉眼的 に腫瘤 を認 めなか った例 で,吻 合部近傍 生 しやす い状態 を作 ってい る ことに な る。 198(1194) 手術を受けた胃の発癌 リスク 筆者 らの実 験 で ,減 酸手術 で も胃底腺領域切 除や迷 切 では発癌 率 が高 まったが,幽門洞切除で は低下 した。 この差異 は,MNNG胃 癌 の好 発部位 で あ る幽 門洞 を 日消 外会誌 21巻 4号 2.手 術 的 に 作 成 され た無 酸 胃で は ,MNNG胃 癌の 進 展 が 促 進 した 。 3.十 二 指 腸 液 の 胃内逆 流 で ,発癌 物 質 の 投 与 を行 わ 温存 した こ とと切 除 した こ との違 いに よる.近 年,消 化性潰瘍 で近位選択 的迷走神経切断術 や噴 門側 胃部 分 な くと も,胃 癌 が 発 生 した 。 切除術 が 行われて い るが,胃 癌 の好発部位 で あ る胃下 胃癌 好 発 部 位 を広 範 に残 存 させ る減 酸 手 術 は 残 胃癌 の 部 が温存 されてい るので,幽 門側 胃部分切 除術以上 に 癌 発 生 リス クが 高 い こ とが 動物 実験 か らは予 測 され 発 生 率 を た か め る こ と,十 二 指 腸 液 胃内逆 流 は 残 胃癌 る. 十 二 指 腸 液 の 胃逆 流 に よる 胃発 癌 へ の 関 与 につ い て,胆 汁酸 に promotOr作 用 が あ る ことは よ く知 られ てい る。 また, ラ ッ トに 胃切除 を行 い ビル ロール 2法 で再建す る と,発 癌物質 の投与 を行わず とも胃癌 が発 生す る こ とが Langhansら ',Kondoら 〕に よって報告 され てい る。筆者 らは 胃切除 を行わず に十 二 指腸液 を 胃内 に流入 させ る手術 をお こな ったが,12カ 月 と20カ 月後 に吻合部 胃粘膜 に 胃癌 が発生 した。 同時 に,偽 幽 門腺 化生 ・襲胞腺管 ・粘膜下襲胞 な ど, ヒ ト残 胃吻合 部 胃粘膜 にみ られ る と同様 な組織像 が え られた。十 二 指腸液 の残 胃へ の逆流 が残 胃癌発生 に重要 な役害」 を演 じてい る こ とを示 唆す る所見 と思われ る。 ま と め ラ ッ トで各種 胃手術後 胃癌 の発生 リス クを検討 し, 以下 の成績 が得 られた 。 1 . 迷 切術 や 胃底腺 領域切 除術 な どの 胃癌 好 発 部位 を残 存 した 減 酸 手 術 と 胃内 容 欝 滞 を きた す 手 術 に MNNG胃 癌 の発生率 が高 か った 。 これ らは ,選 択 的 近 位 迷 切 術 や 噴 門側 胃切 除術 な ど の 発 生 原 因 とな る危 険 性 を示 して い る。 文 献 1)Sugimura T,Fttimura S: TumOur production in glandular stomach Of rat by N‐methy卜N', nitro‐ N ‐n i t r o s o g u a n i d i n e . 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