Economic Indicators 定例経済指標レポート

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World Trends
マクロ経済分析レポート
ブラジル中銀、「慎重なハト派」に転換へ
~緊縮財政策の前進期待が利下げを後押し、今後もこの行方が事態を左右~
発表日:2016年10月20日(木)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 1世紀ぶりの景気低迷にあえぐブラジルだが、足下ではインフレ率の頭打ちに伴い家計や企業の景況感も
底打ちするなど改善の兆しが出ている。こうしたなか、ブラジル中銀は定例の金融政策委員会で4年ぶり
の利下げを決定した。政府が進める緊縮財政策の前進期待が利下げを後押しするなか、当面は「緩やか且
つ段階的な緩和」を志向する一方、状況によっては大胆な利下げ実施にも含みを持たせる姿勢をみせた。
 金融市場では年内に緊縮財政策が可決され、年明け早々に具体策に切り込むとの見方が強まり、同国への
評価は改善している。ただし、歳出削減の多くは国民に不人気の政策であり、汚職問題の影響が懸念され
るなかで大胆な改革を前進させられるかは不透明である。五輪・パラ五輪の開催は必ずしも経済へのプラ
ス効果に繋がらないなど、景気低迷の深刻さが改めて確認されたことも事態を難しくさせるであろう。
 なお、テメル大統領は国民に対して積極的に改革の重要性を訴えているほか、政治混乱でストップした外
遊も再開するなど国内外に強烈なメッセージを発している。原油相場の上昇はファンダメンタルズの改善
に繋がるなど経済にもプラスであり、対内直接投資にも底入れ感が出ている。景気の本格回復に暫く時間
を要する状況は変わらないが、改革の行方如何では同国をみる目が一段と改善していく可能性もあろう。
 1世紀来の景気低迷にあえぐなど厳しい経済状態に直面しているブラジルだが、足下では長年に亘り景気の足
を引っ張ってきたインフレが頭打ちしていることに加
図 1 インフレ率の推移
え、8月末に行われた弾劾裁判を経て誕生したテメル
政権が構造改革に前向きな姿勢をみせていることを受
け、国際金融市場における同国への評価に改善の動き
が出ている。また、インフレ率の低下は家計部門のマ
インドの改善を促すことで経済成長のけん引役となっ
てきた個人消費の押し上げに繋がると期待されるほか、
こうした動きを反映する形で製造業やサービス業の景
況感も底入れするなど、景気の「底」をうかがわせる
動きもみられる。このようにブラジル経済を取り巻く
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
図 2 消費者信頼感と製造業・サービス業 PMI の推移
環境は「最悪期」を過ぎつつあるなか、ブラジル中銀
は 18~19 日の日程で開催した定例の金融政策委員会に
おいて政策金利であるSelicを 25bp 引き下げて
14.00%とする決定を行った。同行による利下げの実施
は 2012 年 10 月以来で丸4年ぶりである上、会合後の
声明文で今回の決定が「全会一致」であることが示さ
れており、6四半期連続で前期比年率ベースでマイナ
ス成長となるなど景気低迷に陥っている同国経済の建
(出所)CEIC, Markit より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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て直しに向け金融政策も下支え役を担う方針に転じた。同行は足下の同国経済について「短期的に下振れリス
クがあるが、底入れが進み緩やかな拡大基調に転じつつある」なか、海外経済についても「米国の金利正常化
に伴う不確実性はあるが、新興国経済にとっては望ましい状況にある」との見方を示している。足下で頭打ち
感が出ている物価の先行きについて「金融市場における来年及び再来年のインフレ見通しは依然同行のインフ
レ目標の中央値(4.5%)を上回っている(2017 年は+4.9%、2018 年は+4.7%)」ことに言及しつつ、同行
の見通し(ベースラインシナリオ)は「2017 年は+4.3%、2018 年は+3.9%」と一段と低下が進むとの見方
を示した。その上で、同行はインフレを巡るリスクシナリオとして財政緊縮プログラムの遅延などに伴うイン
フレ抑制効果の後ろ倒しの影響を挙げており、今回の決定は今月初めに議会下院が公的支出の伸びをインフレ
率以下に抑制するための憲法改正案が可決され、財政緊縮策への期待が高まったことが後押ししたと判断出来
る。なお、先行きの金融政策については現時点では「緩やか且つ段階的な緩和」を志向する姿勢をみせる一方、
物価を取り巻く環境が大きく改善した場合には大幅な利下げに踏み切る可能性を示唆しており、その条件とし
て「適切な時期にインフレ目標の実現が可能との確信に至る材料が確認出来るか否かに拠る」としており、財
政緊縮策をはじめとする政府の対応が大きな鍵を握ると予想される。
 上述したように、テメル政権が掲げる財政緊縮策の「本丸」とされる憲法改正案は今月初めに議会下院で可決
され、今後は上院での承認及び可決を待つのみという状況にあるなか、年内にも手続が完了するとの見方が広
がっており、年明け早々には年金削減といった具体的な対策に着手が可能になるとみられている。ルラ及びル
セフと続いた左派政権下では低所得者給付をはじめとする「分配重視」政策が採られており、好景気の折には
歳入拡大によって歳出面での余剰が生じ、そのことがさらなる歳出拡大圧力に繋がってきた。しかしながら、
手厚い年金制度をはじめとする社会保障制度によって同国ではインフレがさらなるインフレを招く悪循環に陥
っていたほか、ここ数年の景気低迷に伴い歳入が圧迫されるなかで急激な財政悪化を引き起こすこととなり、
結果的に金融市場からの評価を著しく低下させる事態を招いてきた。こうしたことから、テメル政権は中道政
党が中心となるなかで経済政策についても「成長重視」に舵を切るとともに、金融市場などに配慮した政策運
営を行う姿勢を前面に押し出している。なお、今月初めに行われた地方選挙においては、現在中央政界で連立
を形成する与党民主運動党(PMDB)と社会民主党(PSDB)をはじめとする従来政党が躍進したことも
改革案が一段と前進するとの見方に繋がっている。ただし、歳出削減案の柱としては上述の年金削減に加え、
教育や医療費といったルセフ前政権下において予算拡充を求める形で都市部を中心に多くの国民が反政府デモ
を繰り広げたテーマだけに、幅広い国民の理解を得られるかは不透明なところが少なくない。他方、ルラ及び
ルセフ政権下で実施され、その後の歳出肥大化の種となってきた低所得者給付については歳出削減の対象とは
しない考えをみせており、歳出削減策が現実的な対応に
図 3 雇用環境の推移
結びつけられるかも未知数と言える。このように疑問が
拭えない最大の要因には、現時点においてテメル大統領
は議会運営の面などで着実な実績を挙げつつある一方、
ルセフ前政権の屋台骨が揺らぐ一因になった国営石油公
社(ペトロブラス社)を巡る汚職問題に関連して、テメ
ル氏及び与党内の多数の議員に疑惑が掛けられた状態に
あることが挙げられる。その結果、直近における政権に
対する支持率は依然として 10%台前半での「低空飛行」
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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が続いている上、不支持率は 50%を上回る水準にあるなど、多くの国民にとって不人気な政策を実現するに
は極めて厳しい状況にある。こうしたなか、19 日にはルセフ前大統領の弾劾手続を巡って中心的な役割を果
たしてきたクーニャ前下院議長(今年5月に捜査妨害の容疑で下院議長の停職が決定し、その後に失職)が収
賄容疑で逮捕される事態となったことで、今後は弾劾によって誕生したテメル政権の正当性などに対する疑念
が高まり、そのことが改革の取り組みに対する反発に繋がることも懸念される。というのも、足下ではインフ
レ率に頭打ち感が出ていることに加え、家計及び企業の双方で景況感に底入れの動きが出るなど景気の底打ち
を示唆する展開がみられる一方、雇用を取り巻く環境は一段と厳しさを増しており、今夏のリオ五輪及びパラ
五輪の開催が景気にとって必ずしもプラスの効果に繋がらなかったことが確認されている。こうした事情も改
革を難しくさせる要因になる可能性があろう。
 ただし、当のテメル大統領自身は改革の必要性を訴えるべくメディアへの露出を拡大させて改革の必要性を訴
えているほか、ルセフ前政権下で国内問題を理由に2回立て続けに土壇場でキャンセルに追い込まれたわが国
への訪問を実現させるなど、経済の建て直しにまい進する姿勢をみせている。外国人投資家を中心に同国への
評価が好転したことで、今年前半は同国通貨レアルが世界最強通貨となるなど海外資金が回帰する動きもみら
れるなか、足下ではマネーサプライの伸びも底入れするなど資金需給を取り巻く環境に改善の兆候が出つつあ
る。金融機関による貸出態度は依然として厳しい状況が続いているものの、中銀が緩やかながら金融緩和に姿
勢を転じたことは、今後の資金需給を巡る状況を一段と改善することが期待され、結果的に低迷が続いてきた
景気の下支えにも繋がると予想される。また、OPEC
図 4 対内直接投資流入額の推移
(石油輸出国機構)諸国における減産合意に向けた動き
は原油をはじめとする国際商品市況の上昇をもたらして
おり、ブラジルの経済構造はいわゆる「資源国」とは異
なる状況にあるものの、近年は資源高が好景気を促す一
因になってきたことを勘案すれば、足下で交易条件が急
速に改善していることや貿易収支を通じた経常収支の改
善が促されるなど、同国経済にとってもプラスに繋がる
と見込まれる。さらに、今年の8月末時点における対内
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
直接投資の流入額は米ドルベースで昨年の同時期を上回る水準となるなど、減少基調が続いてきた投資流入が
底入れする動きもみられ、この背景にはここ数年のレアル安の進展で優良な投資先の選別がしやすくなってい
ること、従来からの投資先である欧米のみならず、中国による投資が積極化していることも挙げられる。足下
における景気低迷からの脱却は容易ではない上、改革の先行きにも不透明感が残る状況にはあるものの、外資
企業などはその先を見据えて同国への進出を再び活発化させる動きをみせており、こうした動きは今後も一段
と強まる可能性は高まっていると言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。