Economic Indicators 定例経済指標レポート

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World Trends
マクロ経済分析レポート
世界経済と国際金融市場の活況はどうなるか
~米国の「さじ加減」で流れが一変するリスクも~
発表日:2017年3月3日(金)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下の世界経済は先進国を中心に堅調に推移するなか、中国を巡る減速懸念の後退も追い風に自律的に回
復している。国際金融市場ではこうした環境の改善に加え、世界的な「カネ余り」も手伝って活況に拍車が
掛かっている。足下の金融市場は必ずしも「空騒ぎ」の類ではないが、米トランプ政権が志向する保護主義
が具現化すれば一変するリスクを孕んでおり、今後の具体的な通商政策の動きには注意が必要である。
 他方、トランプ政権の政策の中身も重要である。具体策に乏しい現状は期待で食繋いでいる節もあるな
か、予想外の景気拡大でFedが利上げペースを加速化させれば金融市場のマネーの動きが一変する可能
性もある。新興国にとっては資金流出リスクに直面する一方、米国では利上げと米ドル高が景気の重石と
なることも懸念される。世界的なディスインフレという好材料も後退するなか、今後は米トランプ政権が
繰り出す一挙手一投足の動きが世界経済、国際金融市場の命運を握ると言っても過言ではないであろう。
 足下の世界経済を巡っては、先進国を中心に堅調な景気拡大が続いているなか、中国経済を取り巻く懸念が後
退していることもあり、自律的な回復局面を迎えている。こうした動きは、近年のグローバル化を背景に製造
業を中心に全世界的なサプライチェーンが構築されて
図 1 世界の製造業 PMI(購買担当者景況感)の推移
きたことから、全世界的に製造業の景況感が改善基調
を強めていることにも現われている。このように世界
経済は回復軌道に乗ることに歩を併せる形で、国際金
融市場においては米国トランプ政権による経済政策に
対する期待も相俟って世界的に株価の上昇基調が強ま
っており、さながら「トランプラリー」とも呼べる
“熱狂”に見舞われている。この背景には、米国では
一昨年末以降2度に亘る利上げが行われるなど、金融
政策の「正常化」に向けた取り組みが前進しつつある
(出所)Markit より第一生命経済研究所作成
図 2 世界の株価動向の推移
一方、EUや日本など先進国を中心とする量的金融緩
和政策の影響に伴い、金融市場に流通するマネーの規
模がかつてない水準で推移するなど、依然世界的に
「カネ余り」の状態が続いていることも追い風になっ
ている。ただし、足下の国際金融市場を取り巻く状況
が単なる「空騒ぎ」のような動きかと問われれば、上
述のように実体経済の堅調な拡大が裏打ちしているこ
とを勘案すれば、決してそうとも言い切れない。世界
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
経済の拡大を追い風に企業収益の改善が見込まれることは、すなわち株価上昇に向けた材料になるとともに、
そのことが資産効果などを通じて各国の景気を一段と押し上げる好循環に繋がることが期待される。特に、米
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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国経済がトランプ政権の掲げる減税やインフラ投資などを背景に一段と拡大基調を強めることが出来れば、世
界最大の輸入国である米国経済の拡大は世界的な貿易量の押し上げに繋がるとともに、そのことが世界経済を
押し上げる動きを促すと見込まれる。しかしながら、ここで一番の問題となり得る要素が、トランプ政権が
「米国第一」を旗標に保護主義的な通商政策を志向していることであろう。すでに、トランプ政権はTPP
(環太平洋連携協定)からの「永久離脱」を表明しており、現行の枠組においてTPPが発効することは難し
くなっている上、NAFTA(北米自由貿易協定)についても加盟国に再交渉を求める姿勢をみせている。ま
た、トランプ政権は米国が抱える巨額の貿易赤字を材料に中国や隣国メキシコなどに対する「口撃」の動きを
強めるなか、通商代表部(USTR)が今月初めに発表した『年次報告書』においては、場合によってWTO
(世界貿易機関)の判断に従わずに国内法を優先する方針を明らかにするなど“強権発動”も辞さない姿勢を
みせている。仮に、今後米国がこのような動きを強める事態となれば、全世界的なサプライチェーンを前提に
回ってきた世界経済が大混乱に陥ることで、結果的に世界経済に大きな下押し圧力が掛かることも懸念され、
足下における金融市場の活況が一変するリスクを孕んでいる。したがって、先日トランプ政権下で初めて行わ
れた施政方針演説においては、政策の具体性に乏しいことが反って金融市場の期待を繋いだとみられるが、今
後はここの政策の内容が判明するなかで如何様にも反応し得るものと見込まれる。
 その上で、今後金融市場からの注目を集めることになりそうなのはトランプ政権による政策の中身であり、そ
れによって米国経済に対する見方、ひいては米Fed(連邦制度準備理事会)による金融政策の正常化プロセ
スに対する見方が変化するかであろう。というのも、上述したように足下の国際金融市場における活況を演出
している一因には、先進国を中心とする量的金融緩和政策を背景にした世界的な「カネ余り」があるなか、F
edはその先陣を切ってきたにも拘らず、足下では金
図 3 主要先進地域のベースマネーの推移
融引き締めに転じるなど状況は大きく変化している。
なお、Fedがそのバランスシートの縮小を開始する
前提として「金利を幾分上昇させること」を挙げてい
ることを勘案すれば、早々にそうした状況となる可能
性は極めて低く、相当期間に亘ってFedによる資金
供給量自体は変わらないと見込まれる。米大統領選を
経て状況は多少変わっているものの、依然として世界
的には超低金利状態が長期化するなかで世界的な「カ
ネ余り」はより高い利回りを求めて新興国などへの資金
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
図 4 米ドルインデックスの推移
流入を促すなど新興国における資金調達を容易にする一
方、それだけリスクマネーが供給されてきていることを
考えると、市場のムードが一変すればそうした環境も変
化を余儀なくされる可能性はある。依然としてECB
(欧州中央銀行)や日銀は量的金融緩和政策を続けてお
り、全世界的にみたベースマネーは拡大基調にあるもの
の、先行きについては「技術的な限界」が意識される可
能性もくすぶる。こうしたなか、トランプ政権による政
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
策運営を反映する形で米国経済に予想以上の押し上げ圧力が掛かり、結果的に金融市場が想定している以上の
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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ペースでFedが利上げを実施せざるを得ない事態となれば、世界的な信用創造を含めたマネーの動きは大き
な変化を余儀なくされる。また、Fedによる利上げ実施を受けて金融市場では米ドル高圧力が強まることも
予想されるなか、この動きは新興国などに流入してきた資金の逆流を促すことで新興国経済の足かせとなるも
のと見込まれる。他方、米国内における金利上昇と米ドル高は米国経済自体にじわじわと悪影響を与えること
が見込まれることから、足下で循環的な回復局面にある世界経済が一転して頭打ちになることも懸念される。
なお、これまで世界的なディスインフレ要因となってきた原油相場については、昨年のOPEC(原油輸出国
機構)による減産合意などを理由に底打ちするなど国際商品市況は上昇基調を強めており、足下においては一
転してインフレに警戒する必要性を懸念する国も出ている。このように考えると、足下では自律的な世界経済
の回復が金融市場の活況に繋がっていると見込まれるものの、米国トランプ政権による「舵取り」次第で米国
経済のみならず、世界経済全体を取り巻く環境が一変する可能性は極めて高い。米国トランプ政権の一挙手一
投足は世界経済の命運を握るといっても過言ではないと言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。