海外研究報告 平和へのかけはし 経済学部准教授 ふくうら あつこ 福浦 厚子 表紙解説 あんどん 『旅まくらと行燈』 はこまくら これは、江戸時代に用いられた「箱枕」の一種です。箱枕は布でく るんで使ったようですが、 じかに使われることもありました。 さて、写 真には枕のほかに小さな行燈も映っていますが、実は枕のうしろに は四角い穴が空いていて、蝋燭をはずした行燈をすっぽりと収納で 2009年度は海外調査に三度出かける機会がありまし 韓国には韓国軍の他に在韓米軍が駐留しており、ある きるようになっています。 また、枕の横には小さな引出しが三つ、そ た。実際には校務の都合上、一度帰国する必要があった 種日本と在日米軍との関係に類似した側面もあるので して上の部分にはちょうつがいで開閉する蓋が付いていて、蝋燭や ため訪問が二度に亘ったという事情があり、調査先は すが、一方で、1950年6月に勃発した朝鮮戦争が1953 火打ち石、筆記用具や書き付けなど、 こまごました物をしまうことが できました。つまり、 この枕は簡単な照明器具(行燈) と小物入れを 二ヵ所でした。私は2009年4月より 「喜捨と慈善のゆく 年7月に休戦となって以来、今日までその状態は継続し えに関する人類学的研究」 (日本学術振興会科学研究費 ている中で駐留しているという特異な面を形成していま 補助金研究)というテーマで研究を行っています。また す。つまり、実際にはさておき軍事的には現在も南北間 学外で行われている共同研究「アジアの軍隊にみるトラ は緊張した状況にあるとも考えられます。 こうした中で、 ンスナショナルな性格に関する歴史・人類学的研究」に 韓国の米軍基地がもたらす騒音や土壌等の環境問題に も研究協力者として参加しています。それぞれフィール ついて取り組んでいる団体の代表や、平和について広く ドワークを行う場所やテーマは異なるのですが、個々の 一般の人々に考えてもらう活動に携わっている方に会っ 研究について、2009年度はシンガポールと韓国を訪問 たのですが、 どの方も韓国で軍隊や平和、和解について し、人類学的調査を行いました。 論じることの難しさについて語っておられたことは強く そこで、今回は後者の研究のために訪れた韓国での 印象に残りました。韓国ではベトナム戦争退役軍人も多 調査について少し紹介させていただきます。 この研究で く、積極的に平和を議論することに抵抗を感じる人もい は文化人類学においてほとんど調査されることのなかっ ます。そういった中で平和博物館を設立しようとしてい た軍隊を取り上げ、組織や任務のトランスナショナルな る人々にも会いました。企画展示や学校への出張講義、 性格について検討しています。例えば、在日米軍、在韓米 ワークショップを通して、韓国と北朝鮮だけでなく、日本 軍、韓国軍、英国軍グルカ兵等を対象に研究している専 との関係も含めた平和を提起し続けている人たちに出 に基づいて金港堂が発行したのが本教科書です。巻一、巻二は甲 門家が参加しています。毎回の研究会でそれぞれの研 会ったことは次の研究への糧となりました。なおこの調 種と乙種の二種が発行され、巻三から巻八まで(尋常2年から4 究報告が行われる一方で、シンポジウムや合同調査も 査については「基地と社会との関係」 という報告書にま 行います。韓国調査は合同調査の一つで、基地と社会と とめ、印刷される予定です。 コンパクトにセットした、旅行の際の携帯用枕というわけです。旅先 で設備が粗末な宿屋に泊ることになった時も、 この枕さえあれば行 燈で枕元を明るく照らしながら、便利に夜が過ごせたでしょう。当時 の人々の暮らしの知恵が生んだ、 とてもユニークな道具です。 【本学経済学部附属史料館収蔵】 青柳 周一(経済学部附属史料館准教授) 『金港堂編輯所「尋常小学国語読本」』 1900 年(明治 33 年)金港堂 「国語科」が成立したのは、意外に新しく1900(明治33)年です。 こ の年8月に小学校令が改定され、小学校施行規則が制定されて 「国語科」が生まれました。 これ以前の国語教育関係の教科は、 「読 書」 ・ 「作文」 ・ 「習字」でした。三科が統合され「国語科」 とされ、 これ 年)は一種のみでした。甲種巻一はカタカナの単語から入り、ひらが なの単語、文章に進め、乙種巻一はカタカナの単語、文章に進めて います。当時は検定教科書の時代であり、普及舎、育英舎、国光社、 の関係について、環境問題や社会教育等の視点から検 冨山房から 「国語読本」が発行されており、坪内雄蔵(逍遥)編の冨 討するためにそれらに携わる人々と会い、話を伺ってき 山房本が著名です。明治初期以来、 「小学読本」、 「読書読本」、 「帝国 ました。 読本」、 「新体読本」など〇〇読本と呼ばれてきました。読本には「修 身、歴史、地理、理科、其ノ他生活ニ必要ナル事項及処世ニ必須ナ ル事項」の教材文を盛りこむものとされ、国定国語読本の刊行は、 1904(明治37)年でした。 【本学附属図書館教育学部分館所蔵】 木全 清博(教育学部教授) 広報誌『 』 第33号 読者アンケートご協力のお願い 臨津江(イムジンガン)沿いに並ぶ監視台と有刺鉄線 板門店の南4キロに位置する非武装地帯内の第三トンネル広場。 「自由の橋(チャユエタリ)」1953年7月27日、 朝鮮戦争休戦協定締結後12,773名の捕虜が 離れた南北を一つにしようとしている像 この橋を渡り、韓国へ帰国した。 広報誌『しがだい』 をご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。 読者の皆様の声をより誌面に生かすため、率直なご意見・ご感想をお聞かせ下さい。 なお、 「読者アンケート」 にご記入頂いた情報は、今後の広報誌編集の参考にさせていただくためにのみ使用し、他の目的には一切使用致しません。 ご回答はホームページからお願いします。 滋賀大学公式HP [ http://www.shiga-u.ac.jp/ ]から 「大学紹介」→「広報誌しがだい」 22 23
© Copyright 2024 ExpyDoc