校長ブログ 7 月 13 日(月) 東京都立多摩高等学校 第 23 代校長 常國

校長ブログ
7 月 13 日(月)
東京都立多摩高等学校
油断大敵
第 23 代校長
常國
佳久
「生き馬の目を抜く」
15歳で実家を出て以来、何度も転居した。東京に来てから10回ほど引っ越した。あれは何
回目だったか。高級住宅街に接している庶民的な街のアパートの2階に住んだことがあった。そ
こは落ち着いた町で、田舎出身の私には住みやすい感じがしていた。
東京という大都会は「生き馬の目を抜く場所だから、注意を怠るな。」と家族からは言われてい
たけれど、自分にはそんな、他人を疑うような気持ちはない。「ここら辺りに住んでいる人には
そんな人はいない。大丈夫だろう。」などとぼんやり考えていた。
ところがその頃その場所で、ある一家が惨殺される事件が起きた。その事件はいまだに解決し
ていない。僕のランニングコースのすぐ近くで、私の部屋までも手掛かりがないかと刑事さんが
調べに来た。
さて、そんな事件のすぐ後に、町の駐輪場で僕の自転車が盗まれた。交番に届けたが、鍵を閉
め忘れたという過失は致命的だと言われた。「『自転車泥棒』に、『どうぞご自由にお持ちくだ
さい。』と言っているようなものです。鍵をかけてください。」とのことだった。
僕は若い頃、ローマの混雑した市バスで、背負ったリュックから大事なカメラを抜き盗られた
体験を思い出した。すぐにローマ市警察に行き被害届を出したが、ローマ警察に呆れられた。「そ
んな貴重品を入れた鞄を背負ってバスに乗ったって?本当か?」そのあとの言葉は通訳してくれ
たイタリア人の友人も「ひどい内容なので翻訳できない。」と言い、哀れみの目で僕を見た。要
するに、頭がおかしいのではないか?というのだ。まともな判断力ある人間は、大切なものを泥
棒に取ってくださいと言わんばかりに、鍵もかけずに目の前に置くなんてことはやらない、と。
その友人がイタリア人の名誉にと言葉を尽くして警察官を説得してくれ、やっと盗難証明を書
いてもらえることになった。出来上がるのを待っている間に、次々と日本人が同じ警察の盗難被
害届けの窓口に飛び込んできた。僕を日本人と見て、次々にぺらぺらと被害状況を説明してくれ
た。
一人の女の子は、肩さげのビニール製カバンのなかに貴重品を入れて歩いていたら、浮浪者に
追いかけられた挙げ句、カバンの底を切られて貴重品を盗られたという。
次にやって来たのは団体日本人。なんと日本の有名旅行代理店がチャーターした観光バスの運
転手に、まんまとやられたのだと言う。荷物を車中に置いてみんなで市内観光をした間に、車内
中の貴重品を少しずつ掠められたらしい。現地旅行会社もグルかも知れず、日本と違ってバス会
社から足がつくことはない。せめて旅行保険に申請し、お金を取り返すのだと言う。まだまだ日
本からの観光客の相談の列は続いていた。
流石に国際観光都市は「生き馬の目を抜く」。僕はちょっとした絶望感を抱いた。今はだいぶ
治安を回復したとも聞く。
ところで、二度目のオリンピックを控えて国際観光都市を目指す東京は、どんな町を目指すの
か。さらに日本国はどんな国を目指すのか。国際社会の中では閑散とした田舎も同然だった状況
から、今や混雑したバスに近づきつつある東アジアの中の日本。
自分のことを含め、ローマ警察に次々と殺到してきた日本人観光客たちのことが忘れられない。