Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
期待を集めるベトナムに「ブレーキ」のリスク
~外需の不透明感が高まるなか、改革の取り組みがこれまで以上に重要に~
発表日:2016年7月20日(水)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下の世界経済を巡っては、中国の景気減速が新興国経済の足を引っ張ることで「新興国バブル」が弾け
ている。こうしたなかベトナムは依然高い経済成長を続けるなど国内外の期待を集めてきたが、年明け以
降はブレーキが掛かっている。ベトナムは内需依存度が高い一方で輸出動向に左右されやすく、内需は底
堅い一方、中国の景気減速や人民元安による負の影響もベトナム経済の重石になっているとみられる。
 ベトナムは輸出に占めるEU向け比率も高く、英国のEU離脱の影響も懸念される。また、米大統領選の
結果、合意に至ったTPPの行方も懸念要因となる。ASEAN共同体やTPP参加による改革進展への
期待が同国への直接投資を押し上げる一因になっただけにこの行方が注視される。改革の遅れは人口ボー
ナスによる成長機会を失わせるため、内需の厚みを増す取り組みがより重要になると言えよう。
 足下の世界経済を巡っては、近年のけん引役となってきた中国経済の減速に伴い、中国経済に「おんぶに抱っ
こ」の形で経済成長を実現してきた多くの新興国が足を引っ張られる形で景気の下押しが懸念されており、こ
の数年の「新興国バブル」とも呼ばれる状況が剥落しつつある。こうした状況にも拘らず、昨年の経済成長率
は前年比+6.7%と前年(同+6.0%)から一段と加速感
図 1 実質 GDP 成長率(前年比)の推移
を強めるなど国内外からの期待を集めてきたベトナム経
済だが、ここに来て急ブレーキが掛かる事態に見舞われ
ている。年明け以降の経済成長率は1-3月期が前年同
期比+5.46%、4-6月期は同+5.56%と底入れする動
きをみせているものの、過去1年半以上に亘って6%を
上回る伸びをコンスタントに達成してきた状況を勘案す
れば力強さに乏しい。分野別では、年明け直後における
国際金融市場の混乱を発端とした世界経済への下押し圧
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
力を理由に輸出が鈍化した結果、製造業の生産が大きく下振れしたことに加え、異常気象によって農林漁業関
連の生産が大きく減速したことも景気の足を引っ張っている。他方、昨年通年のインフレ率は+0.0%に留ま
るなど原油安の長期化なども追い風にインフレ圧力は大きく後退する展開が続いており、この動きに伴い家計
部門では実質購買力の押し上げ効果が生まれるなど個人消費をはじめとする内需を大きく押し上げることに繋
がってきた。しかしながら、足下においては年明け以降の原油相場の底入れなども影響してインフレ圧力が
徐々に高まる動きが出ており、家計部門の実質購買力を下押しすることが懸念されるものの、直近のインフレ
率は前年比+2.4%と依然低水準に留まるなど、インフレが警戒される状況とはなっていない。さらに、年明
け以降は公共投資を中心に政府支出が拡大する動きもみられ、このことも景気の腰折れを防ぐことに繋がって
いる。結果、足下の景気は実質ベースでGDPの7割弱を占める個人消費を中心とする内需が下支えする動き
が続いている。内需が経済成長を下支えする構図は近年において経済成長が期待される新興国の「代名詞」と
もされた特徴であり、このこと自体はベトナム経済の強みと捉えることが出来よう。その一方、足下において
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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外需を巡る不透明感が景気の足かせとなっている一因としては、ベトナム経済は内需依存度が高いにも拘らず、
輸出に対する依存度がアジア新興国の中でも比較的高水準であることも影響している。付加価値ベースではな
い点に留意する必要はあるが、ベトナムの財及びサービス輸出額はGDP比で9割弱に達しており、国内経済
が世界経済の動向に左右されやすい特徴を有している。輸出全体に占める中国向けの割合は2割弱と他のアジ
ア新興国などに比べて必ずしも高くないが、ここ数年は中国国内における人件費高騰や人民元高などを理由に
製造業における川上部門などを中心に同国に生産拠点を移す動きが強まっており、中国経済の動向は無視し得
ない。さらに、足下においては人民元相場が一転して下落基調を強める動きをみせており、これはアジアの周
辺国における「通貨安競争」や「近隣窮乏化」を招くリスクもあるなか、距離的にも中国と近い一方で市場規
模に大きな差があるベトナムにとってはその影響が直撃する可能性が懸念される状況にある。
 さらに、ここに来てベトナム経済に悪影響を及ぼし得る状況が増えつつある点には注意が必要である。英国に
よるEU(欧州連合)からの独立を巡る動きに関連して、アジア新興国については直接的な影響が及びにくい
との見方がある一方、ベトナムの輸出に占めるEU諸国向けの割合は2割弱と比較的大きい。その上、上述の
ように経済の輸出依存度がアジア新興国の中でも比較的高いことを勘案すれば、先行きにおいて英国の景気減
速やそれに伴うEU経済への下押しが懸念されるなか、
図 2 対内直接投資申請額の推移
このことがベトナム経済の下押し圧力となる可能性には
注意が必要である。また、米国の大統領選の行方とその
結果に伴って昨年基本合意に至ったTPP(環太平洋パ
ートナーシップ)に如何なる影響が及び得るかについて
も注視する必要が高まっている。TPPを巡っては、国
営企業改革や市場開放の方向性などを含む構造改革によ
る影響を考慮する必要はあるものの、ベトナムがその恩
恵を最も受け得る国として捉えられており、旺盛な直接
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
投資の流入を促す一因になってきたと考えられる。TPPが最終的に発効に至るためには参加国中で最大の経
済規模を有する米国の批准が不可欠であり、仮に米国抜きで批准が行われるとすれば、当該枠組によって期待
される経済効果は極めて限定的なものに留まることは避けられない。TPP加盟国のなかには、ベトナムとの
貿易がほぼ無関税の状況にあるASEAN(東南アジア諸国連合)諸国のほか、日本などすでにEPA(経済
連携協定)を結んでいる国が含まれるものの、輸出全体に占めるTPP加盟国向けの割合は4割弱であること
を勘案すれば、協定が前進しなかった場合の影響は小さくない。そして、昨年発足した「ASEAN共同体」
については、すでに域内における財貿易の9割以上が非関税の対象となっていることに加え、同国を含むイン
ドシナ半島では南北及び東西を結ぶ経済回廊が建設され、域内移動を取り巻く環境が格段に改善していること
で域内分業が活発になるとみられ、このことも対内直接投資を促す一因になっている可能性はある。ベトナム
の人口構成を巡っては現在、生産年齢人口の増加に伴う「人口ボーナス」期を迎えるなど構造的に経済成長を
実現しやすい環境にあり、中長期的に人口増加が見込まれるなど国内市場の拡大が期待されることも直接投資
の流入が活発化する一因になっている。しかしながら、現在のベトナムは主要産業を国営企業が牛耳るなど公
的部門の肥大化が経済の効率性を低下させるとともに、そうした環境が雇用創出能力拡大の阻害要因となるこ
とで先行きにおける潜在成長率の低下に繋がる可能性がある。今年1月に5年ぶりに開催された共産党大会に
おいては、過去 10 年に亘って改革を推進してきたズン前首相が党幹部のポストを外れることが決定し、構造
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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改革のスピード低下やその遅れが懸念される一方、共産党の中枢に当たる政治局員の面々からは党内における
保守派と改革派とのバランスを重視している様子がうかがえる。ズン前政権下においてベトナムがTPPへの
参加をはじめ自由貿易を推進する姿勢を国内外に示したことは、加盟に伴う「外圧」を利用することで構造改
革を前進させることに繋がり、結果的に同国に対する海外からの信認向上に繋がったと考えられる。しかしな
がら、新指導部の下でTPPなどの「外圧」も機能せず、その結果としてベトナム国内の構造改革が遅れるこ
とになれば、これまでの期待が大きかっただけに反動による縮小の影響は小さくない。外需を巡る動きに不透
明感が増すなか、持続可能な内需拡大に向けて構造改革などにまい進することが出来るか否かが、中長期的な
ベトナム経済の可能性を大きく左右することになろう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。