Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
フィリピン、ドゥテルテ政権に綻び?
~正・副大統領の確執は規定路線だが、今後は外交・内政の動きに注意~
発表日:2016年12月6日(火)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 5日、フィリピンのロブレド副大統領は兼務していた閣僚級ポストを辞任した。一見すると閣内不一致に
見えるが、ドゥテルテ大統領とロブレド氏は元々タッグを組んだ仲ではないなど選挙制度の複雑さに起因
している。ロブレド氏はドゥテルテ政権の麻薬対策やマルコス元大統領の英雄墓地への埋葬に公然と反発
しており、そうした意見の食い違いに加え、ドゥテルテ氏の暴言も辞任を後押ししたとされている。
 ドゥテルテ政権の主要閣僚は大統領に近い人物で固められるなか、経済政策面での不透明さは少なく、今
後も外交が鍵を握る。悪化が続いた米国との関係はトランプ次期大統領との間で改善への期待がある。た
だし、トランプ氏の方向性が定まらないなかでこの動きに揺さぶられる可能性には要注意である。また、
マルコス元大統領の埋葬問題は国論を二分する論争となるなか、ドゥテルテ政権への反発に発展するリス
クもあり、政府がこの問題に如何に対応するかが今後の同国への評価を大きく左右する可能性がある。
 5日、フィリピンのロブレド副大統領は兼務していた閣僚級ポストである住宅都市開発調整評議会議長職に関
連して、ドゥテルテ大統領に辞表を提出した。同ポストは住宅及び経済開発に関連する多数の省庁の傘下に属
しており、安定的な住宅供給に向けた施策の支援を行うことを目的にコラソン・アキノ政権下の 1986 年に設
立されたものの、2001 年に誕生したアロヨ政権以降は実質的に副大統領が兼務する状況が続いてきた。事実、
ビナイ前大統領も今年5月に実施された大統領選への出馬姿勢を本格化させる直前まで同職を兼務してきたも
のの、今回のロブレド氏のように就任早々に同職を辞任するのは極めて異例のことと言える。ドゥテルテ大統
領は辞表について「心は重いが受理する」と話すなど、一見すると発足早々から政権に綻びが生じているよう
にみえる。しかし、こうした動きは同国の大統領選及び副大統領選を巡る特殊性が大きく影響している点に注
意する必要がある。通常、米国などでは大統領候補と副大統領候補はセットで選挙戦を戦い、大統領候補の勝
利がそのまま副大統領候補の勝利に繋がるものの、同国においては個別に選挙戦を戦うことから、大統領と副
大統領が異なる党派から誕生することが珍しくない。ドゥテルテ大統領と選挙戦を通じてタッグを組んだ副大
統領候補はアラン・カエタノ元上院議員であったものの、カエタノ氏自身は副大統領選で上位2名から大きく
票差を離された3位に留まるなど惨敗に終わった。他方、副大統領選ではアキノ前大統領の事実上の「後継候
補」となったロハス元内務・自治相とタッグを組んだロブレド氏と、大統領選では一貫して「泡沫候補」扱い
であったサンチャゴ元上院議員とタッグを組んだマルコス元大統領の息子であるボンボン・マルコス(フェル
ディナンド・マルコス・ジュニア)氏が接戦を演じた。結果はロブレド氏がマルコス氏に辛くも勝利して副大
統領に就任したものの、ドゥテルテ大統領にとっては自身の父(ビンセント・ドゥテルテ氏)がマルコス政権
下で内務相を務めた経験があり、マルコス家とは比較的近い関係にあるとされる。こうした経緯もあり、ドゥ
テルテ大統領とロブレド副大統領の間には当初から確執にも似た様相をみせるなか、ロブレド氏はドゥテルテ
政権による施策についても公然と批判を述べる場面が少なくなかった。ドゥテルテ政権は治安維持を目的に強
硬な麻薬犯罪対策を実施しているものの、国内外からはその内実として「自警団」を使った「超法規的殺人」
が行われているとの指摘も少なくないなか、ロブレド氏は真っ向から施策を否定する姿勢をみせてきた。また、
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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ドゥテルテ大統領は就任後にマルコス元大統領の遺体をマニラ首都圏にある「英雄墓地」に埋葬することを容
認する姿勢を示し、同国内ではこれに対して国論を二分する大論争が起こる事態となったものの、今年 11 月
初めに最高裁がこれを許可する決定を行い、政府は直後に埋葬した。これについてもロブレド氏は真っ向から
反発する姿勢を示していたことで、ドゥテルテ大統領は暴言やセクハラ紛いの侮辱的な表現を用いて同氏を批
判するなど修復しがたい関係に発展していたとされる。こうしたことを勘案すれば、ロブレド氏の閣僚辞任は
時間の問題であったと考えられるものの、対外的にみれば政治面での不透明感が少なくないと見做されかねな
い。なお、ロブレド氏は副大統領職に留まる一方、辞職した議長職の後任にはドゥテルテ大統領の選挙参謀を
務めたエバスコ氏が就任しており、絵に描いたような「論功行賞」人事の様相を呈している。とはいえ、ドゥ
テルテ政権を巡っては主要閣僚が同大統領に近い人物で固められるなど政権運営を行いやすい環境にあるなか、
経済政策については対外的に評価の高い姿勢が打ち出されており(詳細は 10 月 27 日付レポート「ドゥテルテ
政権、経済は安泰も外交に不透明さ」をご参照下さい)、経済面でのマイナス面は小さいと判断出来る。

ドゥテルテ政権の先行きについて「死角」になり得る懸念があるのは、当面のところ外交問題が大きいと考え
られる。特に、米国との関係を巡っては政権発足当初からドゥテルテ氏がオバマ大統領に対して暴言を吐いた
ことをきっかけに首脳会談が取り止めになったほか、閣僚が「尻拭い」を行う事態となるなど関係がギクシャ
クする場面がみられた。その後、先月行われた米大統領選でトランプ候補が勝利しており、トランプ氏はドゥ
テルテ氏について選挙戦中に不快感を隠さない姿勢をみせたことから、今後の両国関係の行方に注目が集まっ
ているが、両者は今月初めに行った電話会談で「活気に満ちた」やり取りを行い、双方が自国に招待しあうな
ど関係改善に向かう期待も出ている。オバマ政権下での米国は、国・内外において様々な面で「ポリティカ
ル・コレクトネス(政治的正当性)」を求める姿勢を強めていたものの、大統領選でのトランプ候補の勝利は
こうした姿勢に対する「疲れ(いわゆる「ポリコレ疲れ」)」が影響したとの見方があるなか、トランプ次期
政権がオバマ政権と同様の「価値観外交」を前面に押し出してくるかは不透明である。トランプ次期政権の政
策については、トランプ氏が元々「ビジネスパーソン」であることを理由に「実利」を重視した外交を展開す
るとの期待はある一方、選挙戦を通じて保護主義的な通商政策を訴えてきたこと、オバマ政権が行ってきた政
策と真逆の方向性を志向するなかでオバマ政権下での「アジア重視戦略」が見直される可能性を危惧する向き
も少なくない。ここ数年、フィリピンでは英語を公用語とする言語的障壁の低さを追い風にBPO(ビジネ
ス・プロセス・アウトソーシング)やIT関連を中心に直接投資を受け入れる動きが活発化しているが、その
クライアントの太宗が米国など英語圏であることを勘案すれば、トランプ次期政権の通商政策がこの動きに影
響を与える可能性は小さくない。他方、ドゥテルテ大統領はオバマ政権下の米国との関係が緊張状態を強める
なか、アキノ前政権下での親米化路線に伴い悪化した中国との関係を「標準化」する動きをみせており、主要
国との外交関係の「相対化」に取り組む姿勢をみせている。フィリピンは中国との間で南シナ海の南沙諸島
(スプラトリー諸島)を巡る領有問題で対立しているが、報道などによると、ドゥテルテ大統領は当該問題の
「棚上げ」で合意する代わりに中国からの多額の経済支援を引き出すことに成功したとされる。ただし、南沙
諸島を巡ってはトランプ次期大統領が自身のSNSにおいて中国の軍事拠点化を公然と批判するなど、事態の
先行きにどのような影響を与え得るか読めない動きもみられる。このように考えると、南シナ海を巡る問題に
ついては当事国であるフィリピンの動きよりも、米国がトランプ次期政権の下でどのような姿勢で対応するか
が判明しない限り先行きの状況を想定することは難しく、フィリピンが独自に動き得る範囲は極めて小さいと
捉えることが出来よう。よって、今後はドゥテルテ大統領がトランプ次期政権との間でどのような距離感を図
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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ることが出来るかに掛かっていると言える。その一方、内政面においてドゥテルテ政権は新たな火種を抱える
可能性が懸念されている。ロブレド氏が閣僚ポストを辞任するきっかけになったマルコス元大統領の英雄墓地
への埋葬については国内を二分する論争が展開されるなか、ドゥテルテ政権発足後に外交顧問の一人として中
国との交渉を巡る特使を務めたラモス元大統領がこの問題に反発する形で特使を辞任する事態となっている。
足下における国論は「マルコス元大統領が英雄か否か」に集中している様相だが、ドゥテルテ氏自身は上述の
通りマルコス家と近しい関係にあるなか、マルコス元大統領の復権を通じて自身を将来的な「英雄」に祭り上
げる地均しをしているとする見方もある。依然として高い支持率に支えられているドゥテルテ政権だが、この
問題をきっかけに政権に対する反発が強まる事態となり、その動きを弾圧などによって封じることになれば名
実ともにマルコス元大統領と同じ状況を招く。そうした事態になれば、ここ数年の経済成長などを追い風に海
外からの評価が急上昇してきた動きを損なわせることにもなりかねない。ロブレド氏の閣僚辞任自体にそれほ
どの驚きはないものの、この動きをきっかけに困難な状況に向かうか否かを注視する必要は高まっている。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。