1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート ドゥテルテ政権誕生、国内外からの期待は明確 ~治安維持と汚職撲滅に加え、経済チームによる構造改革の実現に期待~ 発表日:2016年7月8日(金) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 先月末にドゥテルテ政権が発足したフィリピンだが、大統領選前後には同氏の奔放な言動をきっかけに不 安視する声があった。しかし、就任式では治安維持と汚職撲滅を最優先課題とするほか、経済の強化を前 進させる姿勢をみせる。経済チームについても国内外を意識した陣容を築くなど評価を高めている。大統 領選後も株価が上昇基調を強めていることは、国内外の投資家が同政権を評価している証左である。 同国経済は近年堅調な経済成長を実現するなど、国内外からの評価を高める一方、様々な課題が対内直接 投資の抑制要因になってきた。ドゥテルテ政権が掲げる「基本政策」は課題克服を後押しすると見込まれ るなか、ドゥテルテ大統領の強力なリーダーシップの下で治安維持や汚職撲滅に取り組むとともに、着実 な構造改革を通じて持続可能な経済成長を実現することが、経済チームに期待されると言えよう。 先月 30 日、フィリピンではドゥテルテ新大統領が就任したことで新政権の船出を迎えた。5月の大統領選の 前後においては、選挙戦を通じた同氏の不謹慎な発言などがクローズアップされたことなどから、外交面など で不透明感が高まるとの懸念があった一方、長年に亘って市長を務めてきたダバオ市での治安改善及びそれに 伴う対内直接投資呼び込みによる堅調な景気拡大の実績を評価する声が錯綜してきた。同氏の勝利が確定した 後も、外交面で最大の懸案事項とされる南シナ海問題を巡る対応についての発言は二転三転しているほか、治 安維持に向けて「超法規的措置」の実施も辞さない考えを示して物議を醸しだす展開が続いてきた。就任式に おいては、治安維持に向けて「法が許すあらゆる手段を行使することで犯罪を阻止する」との考えを示すほか、 同国を巡って長年課題となってきた汚職撲滅を最重点課題とする方針を明らかにしている。国際金融市場から 注目を集めているのはその経済チームであり、経済政策の要となる国家経済開発庁長官にフィリピン大学教授 のエルネスト・ペルニア氏が就任したほか、財務大臣にはコラソン・アキノ政権で環境相や農業相を務め、そ の後は数多くの民間企業で経営者を歴任してき 図 1 ドゥテルテ政権が掲げる8項目の「基本政策」 たドナルド・ドミンゲス氏(通称サニー)が、 予算管理相にはエストラーダ政権下で予算管理 相を務め、その後はペルニア氏同様にフィリピ ン大教授に転じたベンジャミン・ジョクノ氏が それぞれ就任する。特に、ペルニア氏について は選挙戦を通じてドゥテルテ大統領の経済アド バイザーを務めており、選挙公約とされる8項 (出所)各種報道などより第一生命経済研究所作成 目からなる『基本政策』の立案責任者であり、 具体案の策定にはドミンゲス氏とジョクノ氏も参画しているとされる。さらに、ペルニア氏はその経歴から市 場に対して好意的な政策を志向しており、同国では排他的な性格の強い産業政策が対内直接投資の阻害要因と なってきたことが経済成長のボトルネックと考えられるなか、経済政策の中枢を握る国家経済開発庁主導で構 造改革が進展するとの期待に繋がっている。さらに、ドミンゲス氏は民間部門での経歴の長さから、基本政策 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 のなかでも税制改革とそれに伴うインフラ投資の促進を強調しているとされ、この点も同国経済の課題克服が 前進されるとの見方を促している。また、ジョクノ氏についても民間企業での経歴のみならず、世界銀行やア ジア開発銀行(ADB)において国家開発に携わった経 図 2 株価指数(フィリピン総合指数)の推移 歴を有しており、同国経済が抱える課題克服に向けた処 方せんの提示が期待されている。発足前においては(筆 者自身もそうであったが)海外を中心にドゥテルテ政権 の行方に対する不透明感を嫌気する動きがあった一方、 同国内においてはダバオ市での実績などを含めて比較的 冷静な動きが続いてきた模様である。こうした事情は、 選挙前後においても株式相場が堅調に上値を追う動きを 見せていることに現われており、今回の経済チームの (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 面々はそうした国内勢の有する自信に海外勢も呼応する動きに繋がっていると考えられる。その意味において ドゥテルテ政権は現時点では、外国人投資家からの評価を得る体制を構築することが出来たと評価出来よう。 昨年の経済成長率は前年比+5.9%と前年(同+6.2%)から減速したものの、他のASEAN諸国が中国の景 気減速などを理由に低調な伸びが続くなかにも拘らず、依然として堅調な景気拡大を続けるなど存在感を高め ており、とりわけ1億人を超える人口を背景にした旺盛な個人消費の厚さには海外からも注目が高い。しかし ながら、足下の堅調な個人消費を支えているのは人口の1割に相当する 1000 万人超の海外移民労働者からの 堅調な送金流入であり、その規模はGDPの1割超に達している。近年は英語が公用語であることを活かし、 BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)をはじめIT関連産業などを中心に対内直接投資が拡大し ており、その恩恵を受けている都市のひとつにドゥテルテ大統領が長年に亘って市長を務めてきたダバオ市が 挙げられる。ダバオ市では約 25 年に亘ってドゥテルテ氏及びその娘が市長を務めてきた期間、手段を選ばな い形で治安向上に努めてきた結果、同市の犯罪発生率はフィリピン全土を大きく下回る水準となったほか、汚 職問題の改善を図ってきたことも同市への対内直接投資 図 3 対内直接投資流入額の推移 の呼び込みに成功する一因になったと考えられる。なお、 同国経済を巡っては前アキノ政権下で汚職撲滅や財政再 建路線が採られたことで、外国人投資家を中心に同国に 対する評価を高める動きに繋がってきた。その一方、 様々な分野で厳しい外資規制が課されるなど排外主義的 な経済政策の是正が進まなかったことに加え、インフラ 不足に伴う首都マニラ周辺での慢性的な渋滞などに伴う 経済的損失の大きさが製造業を中心とする対内直接投資 (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 の足かせになってきた。ここ数年については対内直接投資の流入額は右肩上がりの状況が続いているものの、 その額は「最後のフロンティア」として注目を集めているミャンマーに比べて少ない規模に留まっており、経 済規模を勘案すれば極めて残念な事態となっていることは明らかである。この点は、他のASEAN諸国と比 較して経済規模に対する対内直接投資残高の規模が見劣りしていることにも現われており、結果的に雇用創出 などを通じた裨益の大きい製造業の薄さが同国内における雇用創出能力の低さとなり、能力の高い層を中心に 海外に出稼ぎに行かざるを得ない「頭脳流出」を招く悪循環に繋がっている。上記のドゥテルテ政権が掲げる 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 「基本政策」はこうした問題を克服していくための大きな足掛かりになることが期待されている一方、国民的 人気が高かった前アキノ政権下においても厳しい外資規制などの緩和が進まなかった背景には、産業界を中心 に政治的圧力を強化させたことも影響したとされる。ドゥテルテ大統領はその奔放かつ大胆な言動によって国 民的人気を集めるなか、外資系企業に対して国内市場の開放を進める方針を明らかにしており、この行方によ っては対内直接投資が大きく拡大することが期待される。他方、前政権下では今年の経済成長率目標が「6.8 ~7.8%」と極めて高く設定され、これに伴って歳出が過度に拡張的になることで財政悪化が進むことが懸念 されていたが、先日にジョクノ予算管理相が「6~7%」と比較的穏当な水準に引き下げる考えをみせている。 持続可能な経済成長に向けて、経済チームには実現可能な政策を着実に前進させていくことが求められている。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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