Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
トルコ中銀、大統領の意向に反し利上げ断行
~リラ相場が支えられるかは外部環境次第~
発表日:2016年11月25日(金)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下の国際金融市場は米大統領選を経て米国市場は活況を呈する一方、米ドル高圧力に伴い多くの新興国
で資金流出圧力が高まる動きがみられる。トルコでは中銀が年明け以降大統領周辺の圧力に屈して漸進的
に金融緩和を続けてきたが、トルコリラも最安値を更新する展開が続くなか、24日の定例会合で2年10ヶ
月ぶりの利上げに踏み切った。ただし、外貨不足など構造的な課題を抱えるなかでリラ安に歯止めが掛け
られるかは外部環境が落ち着きを取り戻すか否かに掛かる。トルコは極めて厳しい状況に直面している。
 トルコでは経済成長の原動力となってきた内需が全般的に低迷するなか、EU経済の不透明感などが外需
の重石になっている。さらに、足下ではEUとの関係が急速に悪化するなか、エルドアン政権は中国やロ
シアに接近する姿勢をみせる。ただし、これは隣国シリアでのISへの攻勢などに悪影響を与えるリスク
もある。経済面でも短期的に大きな打撃を与える可能性もあり、トルコを巡る状況は不透明と言える。
 足下の国際金融市場では、今月8日に実施された米大統領選における共和党のトランプ候補の勝利を受け、次
期政権による減税やインフラ投資などの実施が景気を押し上げるとの期待から米国株式市場が活況を呈する一
方、Fed(連邦準備制度理事会)による早期の利上
図 1 リラ相場(対ドル、円)の推移
げ期待を反映して米ドル高が進むとともに、財政悪化
を警戒して長期金利が上昇するといった動きがみられ
る。米国による早期の利上げ期待に伴う米ドル高は、
これまで相対的な高金利を背景に資金流入が続いてき
た新興国からの資金流出を促すことに繋がっており、
多くの新興国で通貨安圧力が急速に高まるなど、一部
に「トランプ癇癪(Trump Tantrum)」と称する動きも
みられる(詳細は 21 日付レポート「「トランプ癇癪
(出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成
(Trump Tantrum)」は杞憂に終わるか」をご参照ください)。一部の新興国においては、通貨の対ドル為替
レートが最安値を更新する動きもみられるなか、急激な通貨安による弊害を警戒して利上げや為替介入による
通貨防衛に踏み切らざるを得ない事態も生じている。ト
図 2 金融政策の推移
ルコにおいても、通貨リラはすでに過去最安値を更新し
続ける動きとなっており、直近のインフレ率は長期に亘
って高止まりしてきた状況から一服感が出つつあるもの
の、金融市場においては足下のペースでリラ安が進行す
れば先行きにおける輸入インフレ圧力が高まることが警
戒される展開が続いてきた。他方、同国では長期に亘る
インフレと金融引き締めが経済成長のけん引役である個
人消費を中心とする内需の重石となるなか、エルドアン
(出所)CEIC, トルコ中銀より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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大統領を中心に中銀に対して低金利を求める圧力を強めており、中銀は今年4月以降主要政策金利である1週
間物レポ金利を据え置く一方、短期金利の上限に当たる翌日物貸出金利を7ヶ月連続で漸進的に引き下げる金
融緩和に押し切られる展開が続いてきた。しかしながら、10 月末の定例会合において同行はリラ安の進展を
理由に大統領周辺の「圧力」に抗する形ですべての金利を据え置く決定を行い、今月 24 日に開催した定例会
合ではリラ安圧力が一段と高まっていることを受けて1週間物レポ金利と翌日物貸出金利を引き上げてそれぞ
れ 8.00%、8.50%とする決定を行った。同行による利上げ実施は、2014 年1月のアルゼンチン高官による通
貨ペソ安容認発言をきっかけにしたいわゆる「アルゼンチン・ショック」を契機とする国際金融市場の動揺に
より、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出圧力が高まり、トルコリラ
も当時の最安値を更新するなど厳しい状況に追い込まれた際以来、2年 10 ヶ月ぶりとなる。会合後に発表さ
れた声明文で同行は「同国経済に底打ちの兆候が出るなか、インフレ率も頭打ちしつつあるものの、足下の急
激なリラ安はインフレの上振れ要因になる」とし、金融引き締めを通じたインフレ期待の鎮静化が必要との認
識を示した。ただし、今回の金融引き締め決定によって
図 3 外貨準備高と対外債務残高の推移
リラ相場が落ち着きを取り戻すかは極めて不透明ななか、
同国については外貨準備の規模が対外債務に比べて相対
的に少ないなどファンダメンタルズが脆弱である点も気
掛かりである。なお、ユルドゥルム首相は 24 日に国営
テレビにおいて外貨不足問題に言及し、その後に一転し
て否定する発言を行うなど、足下において同国経済が極
めてひっ迫した状況に直面しつつある様子もうかがえる。
足下のトルコを巡っては、昨年末のトルコ軍によるロシ
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
ア軍爆撃機の撃墜事件を契機に冷え込んだ両国関係が改善する一方、今年7月に発生したクーデター未遂事件
を理由にエルドアン大統領主導で粛清の動きを強めるなかで最大の貿易相手であるEU(欧州連合)との関係
が悪化しており、外貨獲得が難しくなることも予想される。隣国シリアでのIS(通称「イスラム国」)を巡
る不透明さもトルコ経済に悪影響を与えるなか、トルコを取り巻く環境は良い方向には向かっていないと判断
することが出来よう。
 なお、7月のクーデター未遂やその後の政府による大規模粛清を受けて企業部門を中心に「自粛ムード」が広
がったことを受けてマインドが急激に悪化する事態に見舞われたものの、足下では回復感が強まるなど企業を
取り巻く環境は沈静化しつつある様子がうかがえる。その一方、製造業を中心とする生産活動は最大の輸出相
手であるEU経済が依然として力強さに乏しい展開を続けていることに加え、隣国シリアを中心とする中東諸
国を巡る不透明感も足かせとなる形で一進一退の状況が続くなど、企業部門を取り巻く状況は芳しくない。他
方、年明け以降の漸進的な金融緩和の実施にも拘らず足下ではインフレ率に頭打ちの動きが出るなど、家計部
門にとっては実質購買力の向上に繋がる展開となっているものの、小売売上高の伸びは減速基調が強まってい
るほか、家計部門における信頼感指数も足下で急速に悪化する動きがみられるなど、内需を取り巻く環境は全
般的に厳しい状況にある。こうしたなか、輸出の約半分近くを占めるEU経済は足下では堅調な推移をみせて
いるものの、今後は英国によるEU離脱決定の影響が徐々に表面化することが予想されるなか、EU内におい
ても「反主流」のうねりが広がりをみせつつあるなど、エルドアン政権の下で「イスラム色」を強めているト
ルコにとっては厳しい状況となることが懸念される。トルコは長年に亘ってEUへの加盟を求める姿勢をみせ
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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てきたが、7月のクーデター未遂後にエルドアン政権が大規模な粛清やメディアに対する弾圧の動きを強めて
いることを理由に、欧州議会は今月 24 日に欧州委員会に対してトルコの加盟交渉を中断するよう求める決議
案を採択する事態となっている。また、足下の国際情勢を巡っては米大統領選でトランプ候補が勝利するなど、
多くの国が保護主義的な経済政策を志向する傾向が強まるなか、EUがトルコに対して強硬な姿勢を採ってい
ることもあり、エルドアン大統領は中国が主導する形でロシアや中央アジア諸国などで構成される「上海協力
機構(SCO)」への加盟を示唆する発言を行うなど対抗する姿勢を隠さない。なお、SCOは形式上経済や
文化のほか、加盟国が直面する国際テロや民族分離運動、宗教を背景にした過激派活動などに共同で対処する
ことを目的としているものの、このところは実態として軍事同盟の色彩を帯びるようになっており、NATO
(北大西洋条約機構)に加盟しているトルコがこれに加盟することは新たな問題を引き起こすことが懸念され
る。というのも、NATOはシリアにおけるISへの攻勢に際してトルコが前面に立って反政府勢力の後ろ盾
となる対応を示してきた一方、これに加勢しているロシアは同盟を組むアサド政権を明確に支援しており、こ
うした対応の複雑さが事態打開を阻む一因になってきた可能性はある。米国のトランプ次期大統領は中東政策
を大きく転換させる可能性を示唆してきたことで欧州諸国は危機感を抱くなか、トルコがSCO加盟によりロ
シアとの距離を急接近させる事態となればNATOの存在意義そのものにも影響を与えることも予想される。
なお、トルコ経済にとってみればSCO加盟を通じた中国との関係深化は中国からの投資などの流入が期待さ
れるほか、中国が主導するAIIB(アジアインフラ投資銀行)などによるインフラ支援に繋がることでプラ
スの効果が出る期待はある一方、現時点において輸出の半分近くをEUに依存するなかでの両者の関係悪化は
短期的に甚大な悪影響を及ぼすことは避けられず、その損失をSCO加盟国がカバーし得る状況にはない。こ
のように考えると、エルドアン政権が諸外国との関係の巻き戻しを志向することは外交のみならず、経済に関
しても同国を厳しい状況に追い込むことになりかねない。その意味においても、トルコが自発的に自国を取り
巻く環境を改善させるために出来ることは実のところ極めて少ないと考えられ、外部環境が好転するのを待つ
間に長年に亘って積み残された構造改革などの課題のほか、クーデター未遂後に露わになった人権問題などに
も着実に対応することが出来るかが今後の同国を取り巻く状況に大きく影響すると言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。