EU Trends 欧州の銀行不安は本物か? 発表日:2016年2月16日(火) ~銀行債保有リスクの再評価と少しの誤解が不安を増幅~ 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 田中 理 03-5221-4527 ◇ 先週の金融市場では欧州の銀行不安が新たな危機の火種になるとの警戒が広がった。日銀のマイナス 政策金利導入による銀行収益圧迫懸念が引き金になったとの受け止めもあるが、欧州銀を巡る不安は しばらく前から燻っていた。 ◇ EUの新たな銀行破綻処理ルールでは、税金投入を回避する観点から、銀行の株主や債権者に一定の 損失負担(ベイルイン)が求められる。こうした銀行債の保有リスクは自明だったが、昨年末のイタ リアとポルトガルの銀行救済事例では個人投資家が損失負担を事実上免れた。これにより、機関投資 家は銀行債の損失負担リスクが想定以上に高いことを再認識した。 ◇ ドイツ最大手行が高利回り債の利払いを停止する恐れがあるとの報道が欧州銀売りに火をつけたが、 問題となったCoCo債の利払い停止は、資本比率が一定割合を下回った場合に発動されるもので、手元 流動性の枯渇や債務不履行のリスクを意味するものではない。リスク過敏になった投資家の報道への 誤解が過剰反応という形で現れた。 ◇ デフレリスクを警戒するECBは3月に追加緩和を決定する可能性が高い。市場参加者の間では預金 ファシリティ金利の10bps程度の引き下げは既定路線。このところの金融市場の動揺と原油安を受け、 さらに大胆な追加緩和策への期待も高まっている。出し惜しみをすればユーロ高進行によるデフレリ スクを高める恐れがある一方、マイナス金利の大幅拡大は欧州銀の信用不安を高めることや、ドル高 進行による米景気の腰折れ懸念を高め、日銀同様に市場の手荒いしっぺ返しを受ける恐れもある。 ※本稿は2月16日付けのロイター日本語ニュースサイト外国為替フォーラムの原稿に加筆・修正した。 ■イタリアとポルトガルの銀行救済事例の教訓 世界的に金融市場の動揺が続くなか、新たな危機の震源として欧州の銀行セクターの健全性がにわかに 注目を集めている。日銀が突如マイナス金利政策を採用し、銀行収益圧迫への懸念が強まっている最中、 ドイツの最大手行が高利回り債の利払いを停止する可能性があるとの報道をきっかけに、欧州銀の信用不 安が市場を駆け巡った。昨夏にギリシャ危機が鎮静化して以降、日本では欧州の経済・金融情勢に関する 報道が激減してきた。この間、欧州の経済ファンダメンタルズが比較的良好だったこともあり、多くの読 者にとって、欧州発の銀行不安は「寝耳に水」だったのではないだろうか。ただ、欧州の銀行セクターを 巡る不安要素は、既に昨年末頃から様々な形で顕在化していた。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 まず初めに市場が着目したのは、イタリアの不良債権問題だった。ユーロ圏内で回復の遅れが目立つ同 国は、銀行セクター全体で3,500億ユーロ、貸出総額の約17%に相当する巨額の不良債権を抱えているとさ れ、不良債権処理の遅れによる銀行貸出低迷が景気回復の足枷となってきた。危機感を強めた同国政府は 昨年11月、4つの小規模な銀行の救済に着手。そこでは銀行の優先債保有者や預金者が保護された一方、 株主や劣後債の保有者に損失が発生した。同国は個人投資家による銀行債の保有割合が多く、破綻銀行の 劣後債を保有していた年金生活者の1人が自殺したとのニュース報道をきっかけに、個人投資家の保護を 求める声が高まった。政府は人道的な見地から損失を被った個人投資家に補償を提供することを決定した。 さらに昨年12月末にポルトガルで、経営危機に陥って2014年央に救済された大手行の追加資本増強が必 要となり、監督権限を持つポルトガル中銀は、同銀の発行債券の一部をバッドバンクに移管することを決 定した。当該債券を保有していたのは外国資本の大手機関投資家で、個人投資家や国内の機関投資家は損 失負担を免れた。公平性と透明性に欠ける銀行救済に批判の声が挙がっており、損失を被った投資家は法 的手段に訴えるとしている。こうしたイタリアとポルトガルの二ヶ国の銀行救済事例は、個人投資家に銀 行救済での損失負担を求めることがいかに政治的に困難であるかを浮き彫りにし、多くの機関投資家が銀 行債の損失負担リスクが想定以上に高いことを再認識させた。 欧州連合(EU)では銀行行政一元化(銀行同盟)の一貫で、今年1月から域内で統一的な銀行の破綻 処理ルールの適用が開始された。そこでは銀行救済に税金投入を回避する観点から、銀行が破綻処理基金 を積み立てるとともに、銀行の株主や債券保有者が負債総額の最低8%に相当する損失を負担すること (ベイルイン)が求められる。両国の銀行救済はそのタイミングからも新たな破綻処理ルールの適用を回 避するために駆け込みで行なわれたことは明らかだ。新たなルールの下で銀行債の保有リスクが高まるこ とは自明であったが、今後も各国当局が特例措置として個人投資家の保有債券をベイルインの対象から除 外する可能性もあり、それだけ機関投資家の損失負担が増す恐れがある。このことが世界的な市場動揺で リスク許容度が低下した投資家心理をさらに冷え込ませた。 ■報道の誤解とリスク許容度の低下が不安を増幅 その後も欧州銀の不安を掻き立てる出来事が相次いだ。イタリアでは不良債権処理の加速を目指し、公 的資金を用いて銀行から不良債権を買い取る政府案を巡って、EUとの協議が難航。紆余曲折の末、最終 的に焦げ付きリスクの低い不良債権のみを民間投資家が買い取り、これを政府が保証するスキームで決着 した。だが、同施策が不良債権問題の抜本的な解決につながるか、市場には懐疑的な見方が根強い。この 間、銀行の不良債権問題を検討する欧州中央銀行(ECB)のワーキンググループが、イタリアの銀行か ら情報提供を求めたとの報道も、同国銀行の不良債権を巡って市場の疑心暗鬼を高めた。 そこに追い討ちを掛けたのが、1月下旬から2月初旬にかけてのドイツ最大手行の赤字決算発表と同行 の高利回り債の利払い停止観測だった。問題となった大手行は、資本市場業務の大幅縮小などの抜本的な 経営改革を進める過程で巨額の減損やリストラ費用を計上したことや、昨夏以降の市場環境悪化によるト レーディング収入の減少が収益悪化につながった。加えて、EUの新たな銀行破綻処理ルールの適用開始 を受け、1月末に大手格付け会社が同行の優先債格付けを引き下げたことも信用リスクを高めた。 さらに2月初旬に同行が偶発転換社債(CoCo債)の利払いを停止する可能性があるとの観測が広がり、 市場の不安心理に拍車を掛けた。CoCo債は自己資本比率が一定水準を下回ると、手元流動性の有無にかか わらず、任意の配当や利払いを停止する設計となっている。これは上位債権者を保護するためのもので、 自己資本比率がさらに低下すると、普通株に転換し自己資本が増強される。CoCo債の利払い停止はそもそ も債務不履行とは区別されるものだ。だが、世界的な市場混乱による投資家のリスク回避姿勢の高まり、 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2 欧州の銀行セクターに対する信用リスクの高まり、EUの新たな銀行規制下での銀行債保有リスクの高ま り、世界景気の減速懸念と政策対応能力の限界への不安が相俟って、投資家はリスク過敏に陥っていた。 高利回り債の利払い停止とのニュース報道のヘッドラインを目にし、CoCo債の任意利払い停止を債務不履 行と混同した可能性がある。 ■マイナス金利政策を巡る中銀と市場の温度差 日本では日銀がマイナス政策金利の採用を決定した直後にドイツの大手行を巡る不安が広がったことか ら両者を結び付ける論調もあるが、欧州の政策当局者の間ではマイナス政策金利の副作用はそれほど大き くないとの見方が一般的だ。だからこそECBは昨年12月、既に預金ファシリティ金利は下限に達したと の前言を撤回し、追加利下げに踏み切った。他方、マイナス金利の政策効果については、同時に導入した 量的緩和策や流動性供給策の効果も相俟って、金利低下やユーロ安進行をもたらしたとの評価で一致して いる。ただ、この間の貸出増加がマイナス金利(罰則金利)によるものであったかは評価が割れている。 ECBが政策金利をマイナス圏に引き下げた2014年央以降、スウェーデンやデンマークなど周辺の欧州中 銀がマイナス政策金利を強化しており、マイナス金利が通貨安を通じたゼロサム・ゲームの様相を呈して いることが窺える。日銀が新たにマイナス金利競争に参戦し、その皺寄せはドル高という形で米製造業の 景況悪化懸念につながりやすい。マイナス金利導入によって期待された筈の円安効果は、世界景気の減速 懸念によるリスクオフで打ち消された。 一段の原油安進行で向こう数ヶ月の間にユーロ圏の消費者物価は再びマイナス圏に転落する恐れがある。 中期的な期待インフレ率が再び下方屈折を始めており、低過ぎるインフレ率の長期化で徐々にデフレマイ ンドが広がる恐れが高まっている。ECBは次回3月10日の会合で金融政策スタンスを再評価し、場合に よっては再考する必要があることを前回1月22日の理事会で表明している。市場の行き過ぎた緩和期待が 失望を招いた昨年12月の二の舞を避けるため、今回は丁寧な市場対話と期待誘導を図る可能性が高い。15 日付けのロイター通信は、預金ファシリティ金利のさらなる引き下げについて理事会内に確固たる支持が 広がっているとの関係者の発言を伝えている。預金ファシリティ金利の10bps程度の小幅引き下げは規定路 線とみてよい。このところの金融市場の動揺を受け、ECBがさらに大胆な追加緩和に踏み切るとの期待 も広がっている。米国の利上げ観測後退もあり、為替市場にはユーロ高圧力が燻っており、小幅の追加利 下げでは市場の期待に届かない可能性が高い。 政策オプションの枯渇が叫ばれて久しいが、今のところECBが取れる政策オプションは、①預金ファ シリティ金利の大幅な引き下げと同時に副作用を緩和する政策金利の階層化、②中心レートである主要リ ファイナンス金利のマイナス化、③量的緩和の期間・規模・構成の見直し、④買い入れ総額を変えずに当 面の買い入れを増額する前倒し購入、⑤発行体や銘柄毎の買い入れ上限の緩和、⑥預金ファシリティ金利 未満の利回りの国債や残存30年超の国債を買い入れ対象に追加、⑦貸出増加を条件とした流動性供給 (TLTRO)の再開など多岐にわたる。出し惜しみをすればユーロ高進行によるデフレリスクを高める恐れが ある一方、マイナス金利の大幅な拡大は欧州銀の信用不安を高めることや、ドル高進行による米景気の腰 折れ懸念を高めることで、日銀同様に市場の手荒いしっぺ返しを受ける恐れもある。ドラギ総裁は難しい 判断を迫られることになる。 以上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3
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