1/5 Asia Trends マクロ経済分析レポート 中国、暫しの景気安定も自律回復は道半ば ~公共投資と不動産投資依存は変わらず、緩やかな人民元安志向も続こう~ 発表日:2016年10月19日(水) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 中国経済は「改革」による景気減速と景気刺激策に伴う下支えにより一進一退の様相をみせるなか、79月期の成長率は前年比+6.7%と3四半期連続で横這いとなるなど減速に一服感が出ている。年率換算 ベースで7%台半ばと堅調な景気拡大が確認されたが、足下の状況は必ずしも当局の望む形にはなってい ない。その意味で足下の中国経済は自律した持続的な経済成長に向けた道半ばの状況にあると言える。 9月の個人消費の動向は物価を加味すれば頭打ちの様相をみせており、当局の狙い通り消費が景気をけん 引する形にはなっていない。また、消費の頭打ち感に加え、外需の弱さは生産の重石となるなど厳しい状 況が続いている。他方、公共投資を中心に固定資本投資が景気を下支えする構図が続いている。足下では 不動産投資が再び活況を呈する様子もみられるなか、今後は投資規制による影響にも注意が必要である。 足下の景気が一進一退の展開を続けるなか、国際金融市場では人民元相場に注目が集まっている。対ドル で人民元は6年強ぶりの安値となっているが、当局が重視する実効ベースでは足下で底入れする動きもみ られ、金融市場が落ち着きを取り戻すなかでしばらくは「緩やかな人民元安」を志向する可能性は高い。 足下の中国経済を巡っては、共産党及び政府が主導する「改革」の進展とそれに伴う景気減速が懸念される展 開が続く一方、過度な景気減速を敬遠する形で景気刺激策が打ち出されるなど、一進一退の攻防が続く様相を みせている。昨年の夏場には、当局による人民元相場を巡る改革がその意図に反する形で国際金融市場の動揺 を招き、結果的に同国経済にとっても下押し圧力となる事態となったものの、今年については少なくとも中国 発で市場の動揺に繋がるイベントは起こっていない。さらに、原油をはじめとする国際商品市況の低迷長期化 などに伴う世界的なディスインフレ懸念が続くなか、全世界的な金融緩和政策の影響に加え、米国による利上 げ実施の時期が後ろ倒しされていることも、足下における国際金融市場の落ち着きを演出している。こうした なか、当の中国経済はインフラを中心とする公共投資の拡充が景気を下支えする形となり4-6月期に景気の 底打ちを示唆する動きが確認されたが(詳細は7月 15 日付レポート「中国景気にひとまず「安心感」」をご 参照ください)、そうした展開は7-9月期にも引き継 図 1 実質 GDP 成長率の推移 がれている様子がうかがえる。7-9月期の実質GDP 成長率は前年同期比+6.7%と前期(同+6.7%)と同じ 伸びとなり、3四半期連続で横這いで推移するなど中国 経済の減速基調に歯止めが掛かるとともに、政府が掲げ る今年通年の経済成長率目標(6.5~7.0%)の範囲内に 収まっている。当局が発表した季節調整値に基づく前期 比は+1.8%と前期(同+1.9%(同+1.8%から上方修 正))から減速しているものの、年率換算ベースでは+ (出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成 7%台半ばの水準で拡大したこととなり、依然として堅調な景気拡大を続けていると評価出来る。なお、当局 は足下の景気について「多くの不透明要因がくすぶり、持続的な経済成長に向けた基盤は強固なものではない」 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/5 との認識を示しつつ、「「サプライサイド改革」を推進するとともに、需要拡大により通年の経済成長率目標 の達成を目指す」との考えをみせている。産業別のGDPをみると、長期に亘って低迷状態が続いてきた農林 漁業を中心とする第1次産業で底入れの動きがみられるほか、昨年半ばをピークに減速基調をみせてきた第3 次産業に底打ち感が出ている一方、第2次産業の伸びは再び鈍化するなど製造業や鉱業部門などを取り巻く環 境には不透明さがくすぶっている。直近においては製造業及びサービス業ともに景況感に改善の動きがみられ るなど景気の底入れを示唆する経済指標が出ているにも拘らず、貿易統計の動きはこれらと必ずしも合致しな い状況にあるなど(詳細は 13 日付レポート「中国、景況感の改善と一致しない貿易統計」をご参照くださ い)、従来からの中国経済のけん引役となってきた外需は勢いの乏しい展開が続いている。その上で、年初か らの経済成長率に対する個人消費の寄与度は 71.0%に達する一方、固定資本投資は 36.8%(うち不動産関連 は 8.0%)、純輸出の寄与度はマイナスとなり、経済成長は内需により下支えされていると判断出来る。しか しながら、足下の状況をみると個人消費の勢いは必ずしも加速していないなか、固定資本投資の底堅さが景気 を下支えするなど、依然として公的部門に対する依存の強さもうかがえる。その意味において、現状の中国経 済は自律した持続可能な経済成長に向けた取り組みが道半ばの状況にあると判断することが出来よう。 そうした動きは9月単月の経済指標にも現われている。9月の小売売上高(社会消費支出)は前年同月比+ 10.7%と前月(同+10.6%)から伸びが加速するなど底入れを示唆している一方、9月は生鮮食料品を中心と する物価上昇の影響でインフレ率が大きく加速しており、実質ベースでは同+9.6%と前月(同+10.2%)か ら伸びが鈍化している。さらに、前月比も+0.85%と前月(同+0.87%)から拡大ペースが鈍化しており、9 月単月の個人消費は必ずしも当局の狙い通りに拡大基調を強めているとは判断しにくい。内訳をみると、昨年 末以降に実施されている補助金政策の影響で自動車販売が高い伸びを続けているほか、電化製品や宝飾品など の高額品に対する需要に底入れ感が出ている様子がう 図 2 小売売上高(前年比)の推移 かがえる一方、堅調な推移をみせてきたスマートフォ ンをはじめとする通信機器の伸びは急速に鈍化してい るほか、家具をはじめとする家財道具に対する需要も 鈍化している。この背景には、大都市部を中心に不動 産市況の急上昇が懸念されるなかで一部の都市などで 不動産投資に対する規制を強化する動きが出ており、 その結果として家財道具などに対する需要が抑えられ ている可能性が考えられる。今月初旬の国慶節の最中 (出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成 にはさらに多くの都市が投資規制を強化する動きをみせていることから、先行きについては一段と下押し圧力 が掛かることも懸念されよう。また、当局による反腐敗・反汚職対策強化の動きは依然として外食関連の消費 の重石となっているほか、食料品など生活必需品を中心とする物価上昇は家計部門の実質購買力を一段と押し 下げており、被服関連や化粧品といった様々な日用品に対する需要の下押し要因になっている可能性がある。 なお、ここ数年におけるインターネットの爆発的な普及を背景に大幅な伸びが続いているインターネットを通 じた小売売上は年初来ベースで前年同月比+26.1%と高い伸びが続いているものの、前月(同+26.7%)から 鈍化するなど頭打ちの兆候が出ていることには注意が必要である。年明け以降の景気減速を受けて、大都市部 を中心に賃上げ率を引き下げる動きが出るなど賃金上昇圧力が高まりにくくなっている一方、当局による「サ プライサイド改革」の影響により国有企業を中心に大量の失業者が発生する懸念があるなか、先行きについて 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/5 は個人消費がこれまでのペースで拡大しにくくなる可能性は高い。足下におけるインターネットを通じた小売 売上の高い伸びは実店舗とのカニバリ(共食い)の範疇を抜け出していないことを勘案すれば、全体としての 個人消費の伸びは基調として底這いの展開が続くものと予想される。 上述のように個人消費が力強さを欠く展開が続いていることは、外需も弱含んでいることも相俟って足下の生 産の足かせになっている。9月の鉱工業生産は前年同月比+6.1%と前月(同+6.3%)から伸びが減速してお り、物価動向を反映した実質ベースでも伸びが減速するなど生産に下押し圧力が掛かっている様子がうかがえ る。前月比についても+0.47%と前月(同+0.53%)から拡大ペースが鈍化しており、当月については原油を はじめとする国際商品市況の上昇などを背景に生産者物価が前月比でプラス基調を強めていることを勘案すれ ば、急速に生産にブレーキが掛かっていると捉えることも可能である。内訳をみると、国内向けを中心とする 食料加工関連のほか、足下で販売の高い伸びが続いている自動車関連に加え、新機種の発売などに伴い輸出が 堅調な推移をみせるスマートフォンをはじめとする電子機器関連、産業用ロボットや工作機械といった設備投 資に関連する機械製品の生産は依然として堅調な伸びをみせている。その一方、生産設備や在庫の過剰な度に 対する懸念が根強い化学関連や非鉄金属をはじめとする属製品関連、鉱業関連などを中心に生産調整圧力が高 まる動きがみられ、こうした展開は当局が主導する「サプライサイド改革」を反映したものと捉えることが出 来る。しかしながら、生産量の伸びをみると化学関連については世界的な供給過剰なども理由に減産の動きが 確認される一方、銑鉄や粗鋼、鋼材といった鉄鋼製品 図 3 鉱工業生産(前年比)の推移 の伸びは依然として加速しているほか、アルミニウム をはじめとする非鉄金属関連の生産量も伸びが加速に 転じるなど、必ずしも減産には向かっていない実態も みえる。さらに、こうした動きに呼応する形で発電量 は堅調な伸びをみせており、年明け以降は当局が主導 する「環境保護」を楯に太陽光をはじめとする再生可 能エネルギーによる発電量は高い伸びをみせてきたも のの、発電量が不足するなかで火力発電に対する依存 (出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成 度が高まる事態を招いている。なお、当局主導による「サプライサイド改革」の影響で同国内における石炭や 原油の生産に大きく下押し圧力が掛かるなか、足下ではこれを補うべく輸入を拡大させる動きが出ており、本 当の意味で過剰生産が解消し得るかは不透明な状況が続いている。というのも、鉄鋼関連と並ぶ形で世界的な ディスインフレ圧力を招く要因となっている石油製品関連を巡っては、足下における石油加工量の伸びが加速 しており、国内のガソリン需要が伸び悩むなかで余剰分が輸出に回ることで世界的に物価上昇圧力が高まりに くい事態と招いている。今後の世界経済にとっては、国際商品市況の動向とともに同国内における生産動向が 物価の行方を左右する展開は変わりがないと判断することが出来よう(詳細は 14 日付レポート「中国発ディ スインフレは収束するのか」をご参照ください)。 このように個人消費及び生産を取り巻く状況は必ずしも芳しいものとは言えない状況のなか、足下における経 済成長を支えているのは依然として固定資本投資であることは変わりがない展開になっていると判断出来よう。 年初来から9月までの固定資本投資は前年同月比+8.2%と前月(同+8.1%)から伸びが加速しており、当研 究所が試算した単月ベースの伸びも加速感を強めるなど、足下においては投資の拡大基調が続いている様子が うかがえる。前月比も+0.52%と前月(同+0.51%)からわずかながら拡大ペースが加速しており、足下にお 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 4/5 ける生産者物価が石炭や原油・天然ガス、非鉄金属関連 図 4 固定資本投資(年初来前年比)の推移 を除くと落ち着いていることを勘案すれば、実質ベース でも加速感を強めていると判断出来る。中央政府が主導 する形での投資が急速に頭打ち感を強めている一方、国 有企業による投資活動は鉄道や道路をはじめとするイン フラ関連を中心に高い伸びを続けている上、これまで低 調な推移をみせてきた地方政府による投資に加速感が出 ており、基調としては依然として公的部門に大きく依存 している状況は変わりない。また、公的部門によるイン (出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成 フラ投資は水利・環境関連のほか、教育や保健・衛生といった公的サービスに関連する分野の投資も押し上げ ており、いわゆる「公共投資」が景気を下支えしている構図と捉えることも出来る。他方、長期に亘って低迷 が続いてきた民間部門による投資は年初からの累計ベースで9月は前年同月比+2.5%と前月(同+2.1%)か ら伸びが加速しており、ようやく底入れの兆候が出ているものと考えられる。ただし、その内訳をみると国内 企業による投資の伸びはほぼ横這いで推移している一方、香港やマカオ、台湾を中心とする外資企業による投 資が底入れしていることは、同国内において販売が好調な分野などを中心に新規投資が生まれつつある可能性 はある。とはいえ、民間部門による投資は当局が望む第3次産業への投資では必ずしもなく第2次産業が中心 である状況に変わりがないことを勘案すれば、同国内における経済構造を劇的に変えるものとなるとは考えに くい。また、年明け直後に大きく加速した後に頭打ち感が出ていた不動産投資に再び底入れの兆候が出ており、 年初からの累計ベースで9月は前年同月比+5.8%と前月(同+5.4%)から伸びが加速するなど、再び不動産 投資が活発化しつつある様子がうかがえる。不動産投資を巡っては、その資金源として海外資金の存在感が急 速に低下している一方、国内における借入を通じた資金調達が依然として高い伸びが続くなど、金融市場にお ける「カネ余り」が不動産投資の活況を演出する一因になっている可能性がある。足下では大都市部を中心に バブルが懸念されてきた不動産市況の活況が地方都市にも広がる動きが出るなか、今月初めには不動産投資に 対する規制強化を打ち出す動きが相次いでおり、今後はその影響が投資の動きに加え、市況を通じて金融市場 における資金動向などに影響を与えることへの警戒が必要である。当局は現時点において引き締め策による実 体経済への影響について「あまり大きくない」との認識を示しており、引き続きブレーキとアクセルを両踏み する政策対応を続けると見込まれるが、その舵取りは一段と困難になることは避けられないであろう。 足下の中国景気は減速一辺倒の状況ではない一方、一進一退の展開が続くなど勢いに乏しい展開が続くなか、 国際金融市場においては人民元相場の動きに対する注 図 5 人民元インデックス(CFETS)の推移 目度が高まっている。足下における人民元の対ドル為 替レートは6年強ぶりの安値となるなど人民元安基調 が強まっているが、当局が注目している 13 通貨で構成 される「通貨バスケット」ベースでは、このところの 英ポンド及びユーロの下落を反映して底入れする兆し もみられるなど、必ずしも一方向で人民元安が進んで いるとは捉えにくい。足下の国際金融市場は落ち着き を取り戻しており、オフショア市場における人民元売 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 5/5 り圧力が以前に比べて抑えられているとみられるなか、先行きの景気についても依然として不透明感がくすぶ っていることに加え、インフレ率も低水準で落ち着いた推移が続いていることを勘案すれば、当局としては人 民元の対ドル為替レートについては引き続き「緩やかな下落」を志向する展開が続くと予想される。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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