Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
底堅い拡大が続くインドネシアを巡る新たな死角
~公的部門の動きが鈍い上、宗教を巡る対立が政情不安に繋がるリスクも~
発表日:2017年2月7日(火)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 足下の世界経済は先進国を中心に堅調な景気拡大が続くなか、中国の景気減速懸念後退も相俟って資源価
格の底入れが進んでいる。輸出の半分以上を鉱物資源が占めるインドネシアは商品市況の底入れによる恩
恵を受けやすいが、10-12月期の実質GDP成長率は前年比+4.94%と5%を下回るなど一見すると力強
さに乏しい。ただし、低インフレと金融緩和が内需を下支えするなか、外需にも底打ち感が出るなど改善
の兆しはうかがえる。ジョコ・ウィ政権による改革期待にも拘らず実行が伴わないことが景気の足かせと
なっている点は否めず、今後は如何に実行段階に移行出来るかが重要な鍵を握っていると判断出来よう。
 先行きについては個人消費など内需が景気のけん引役となる一方、緊縮財政志向を反映して公共投資が伸
び悩む展開が続くと見込まれ、結果的に成長の足かせとなるとみられる。また、世界的な保護主義の広が
りが商品市況などを通じて景気の重石となる可能性にも注意が必要である。その上、15日に予定されるジ
ャカルタ州知事選を巡って宗教的な対立が表面化する事態も出ている。ジョコ・ウィ大統領に近い現職が
勝利してジョコ・ウィ路線が続く可能性は高いが、その一方で宗教的対立が政情不安に繋がれば米国をは
じめとする対外関係にも悪影響を与えかねない。宗教が新たな火種となる可能性には注意が必要である。
 足下の世界経済を巡っては、米国をはじめとする先進国を中心に緩やかな景気拡大が続くなか、減速が懸念さ
れた中国経済がインフラを中心とした公共投資の拡充を受けて下振れリスクが後退する動きが続いており、こ
うした動きを反映して国際商品市況の底入れが進んでいる。長期に亘る国際商品市況の低迷は、多くの資源国
にとって交易条件の悪化を通じて景気の下押し圧力となる状況を招いてきたものの、足下ではこうした状況が
大きく転じることが期待されている。インドネシアにおいては現在、原油については純輸入国となっているも
のの、天然ガスのほか、石炭やニッケル鉱石など様々な鉱物資源が採掘可能であり、輸出額の4割強を鉱物資
源をはじめとする一次産品が占めるなど、これらの市況は輸出の動向を大きく左右する。事実、インドネシア
の交易条件は一昨年末を底に急激に上昇基調を強める
図 1 実質 GDP 成長率(前期比年率/寄与度)の推移
など回復しており、直近では約3年ぶりの高水準とな
るなど同国経済にとってプラスの効果をもたらすこと
が期待されてきた。こうした状況にも拘らず、インド
ネシアの経済成長率は期待ほどに高い伸びを実現出来
ていない展開が続いている。昨年 10-12 月期の実質G
DP成長率は前年同期比+4.94%と前期(同+5.01%)
から減速して3四半期ぶりに5%を下回る伸びとなる
など、依然として勢いに乏しい状況にある。なお、当
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成, 季調値は当社試算
研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースでは伸びが加速しており、2四半期ぶりに5%を上回
る堅調な伸びをみせるなど底堅い景気拡大を続けている様子がうかがえるものの、世界金融危機の前後には高
い経済成長を実現してきた状況を勘案すると、物足りなさが残るというのが実感ではないだろうか。内訳をみ
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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ると、インフレ圧力の後退による実質購買力の押し上げ効果に加え、昨年は中銀による断続的な利下げ実施に
よる景気下支えの動きも相俟って、個人消費は引き続き堅調な伸びが続くなど景気をけん引する状況は変わっ
ていない。さらに、国際商品市況の底打ちや世界経済の緩やかな拡大を反映して長期に亘って低迷が続いてき
た輸出が底入れするなど、外需の拡大が景気を下支えする動きに繋がっており、景気を取り巻く環境が大きく
変化しつつある兆候もうかがえる。その上で、昨年来の利下げやインフレ圧力の低下を受けて家計部門による
建設需要が拡大しているほか、足下では輸出の底打ちも
図 2 資本形態別投資実行額の推移
後押しする形で企業の設備投資意欲にも押し上げ圧力が
掛かるなど民間部門による投資が活発化しており、固定
資本投資の成長率に対する寄与度が拡大する展開となる
など、内需が全般的に景気のけん引役となる状況もうか
がえる。こうした状況は一時に比べて勢いに陰りがみら
れた対内直接投資の動きに底入れ感が出ていることとも
整合的とみられ、ジョコ・ウィ政権が一昨年秋以降に
「経済政策パッケージ」と称して様々な分野で外資開放
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
に向けた取り組みを示す動きをみせてきたことも影響していると考えられる(昨年春までの間に合計 13 弾に
も上る「経済政策パッケージ」が公表されている)。政権の動きについては依然不透明なところが少なくない
一方、ジョコ・ウィ政権を取り巻く政治状況が大きく改善するなか、内閣改造などを通じて国内外に対して改
革姿勢を示す動きを伴っていることを勘案すれば、その「本気度」は大きく前進していると捉えられる。ただ
し、足下の景気動向に限れば内需が全般的に堅調に推移していることを反映して輸入の伸びが輸出を上回る展
開が続いており、結果的に外需の成長率寄与度はマイナスとなる状況が続くなか、政府主導による公共投資な
どの取り組みが進展しておらず、景気の足を引っ張る展開となっている。同国の投資環境を巡っては、絶対的
なインフラ不足が外資系企業による進出の足かせとなる状況となっており、インフラ投資の拡充はその拡大に
向けて必須である一方、政府は財政への負荷を軽減させる観点からPPP(官民連携)など民間資本の導入に
よる実現を目指す姿勢をみせているが、実態としてそのハードルは極めて高い。その一方でジョコ・ウィ政権
は功を焦る余り、拙速な意思決定などに基づく行動に走る傾向が散見されることで、そのことが国際金融市場
をはじめ外部から同国経済の行方に対する「失望」に近い印象を招いてきた可能性も考えられる。その意味に
おいては、今後のインドネシア経済を巡ってはすでに発表されたパッケージの着実な実行こそが必要な段階に
来ていると評することが出来よう。なお、昨年通年の経済成長率は前年比+5.0%と前年(同+4.9%)から加
速して2年ぶりに5%を維持したが、つい数年前までは6%台で推移してきたことを考えると物足りなさは残
る。
 なお、先行きのインドネシア経済を巡っては引き続き旺盛な個人消費を中心とする内需が景気をけん引する展
開が続くと見込まれる一方、上述の通りジョコ・ウィ政権によるインフラをはじめとする公共投資の進捗が景
気動向を左右する状況は変わりがないとみられる。しかしながら、ジョコ・ウィ政権は財政健全化を重視する
余り緊縮的な財政政策を志向する一方、インフラ投資など中長期的な視点から必要とみられる歳出についても
下押し圧力が掛かる傾向がある。その代わりに政権が推進するPPPの活用についても、足下の国際金融市場
においては米国Fed(連邦準備制度理事会)による金融引き締めが意識される状況を勘案すれば、これまで
のようなペースで新興国への資金流入が続く可能性は大きく後退しており、それだけファイナンス財源の確保
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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が難しくなることが予想される。こうしたことから、先行きについても公的部門の動きを過度に期待すること
は厳しいと見込まれ、インフラ投資の進捗が景気の押し上げに繋がりにくい展開が続くものと考えられる。さ
らに、インドネシアはアジア新興国のなかでは経済の輸出依存度が低い部類に属するものの、米国のトランプ
政権誕生を契機に世界的に広がりをみせつつある「保護主義」的な通商政策などの動向にも注意が必要である
ことは間違いない。なお、インドネシアは米国経済に対する依存度が低い上、今年は政治的な混乱が予想され
る欧州経済に対する依存度も低く、さらに、米中関係
図 3 交易条件指数の推移
の悪化による影響が懸念される中国経済に対する依存
度も低いなど、海外経済の動向に左右されにくい特徴
を有する。しかしながら、世界的な保護主義の動きの
広がりを受けて貿易量の伸びが鈍化し、その動きが世
界経済の成長率の下押し圧力となれば、結果的に国際
商品市況の調整を通じて同国の輸出のみならず、交易
条件を通じて経済の足かせとなることは避けられない。
商品市況の動向を巡っては、世界最大の資源需要国で
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
ある中国経済の動向が鍵を握ると見込まれるなか、今年は秋にも予定される共産党大会を控えて当局の「経済
の安定」を重視する姿勢が強いことも反映して緩やかな景気拡大を続ける見通しから、市況が大きく調整する
事態は免れる可能性が高いものの、景気のけん引役となるだけの力強さを期待することは困難であろう。さら
に、足下において懸念が広がりつつあるのが宗教を発端とする分断が政情不安を引き起こす可能性が出ている
ことであろう。同国はASEAN(東南アジア諸国連合)最大の人口を擁する上に「世界最大のイスラム教国
家」と評されるように、人口の9割弱がイスラム教徒であるものの、同国は元来から「世俗主義」を標榜する
など国教とはなっていない上、その太宗も穏健なイスラム教徒が占めている。しかしながら、今月 15 日に予
定される首都ジャカルタ州の知事選を巡っては、キリスト教徒で華人系の現職知事(バスキ・チャハヤ・プル
ナマ氏(通称アホック))に対してイスラム教に対する冒涜の嫌疑が掛かったことをきっかけに、同氏に対す
るデモ活動が広がりをみせている。当初こうしたデモはイスラム過激派が主導するものであったが、昨年末に
かけてはその裾野が大きく広がったことで参加者が多数に上るなど大規模デモに発展する事態となり、宗教的
な緊張関係とはほど遠い状況にあるとみられた同国への海外からのみる目に影響を与えている模様である。ア
ホック氏を巡っては、現大統領であるジョコ・ウィ氏がジャカルタ州知事時代に副州知事としてジョコ・ウィ
氏とタッグを組んできたなど元々近しい関係にあったものの、対話型の政治手法をモットーとするジョコ・ウ
ィ氏に対して、アホック氏は時に強硬なスタンスも辞さない政治姿勢をみせてきたことは、予想外の形で同氏
に対する反発を招く一因になったとの見方もある。なお、直近の世論調査などによるとユドヨノ前大統領の長
男であるアグス・ハリムルティ・ユドヨノ氏がいわゆる「バラ撒き政策」が後押しする形でアホック氏を猛追
する状況となっているものの、現状では僅差でアホック氏が辛勝するとみられている。とはいえ、昨年来「世
論調査」を巡ってはまったく別の結論に至る事例が多々みられてきたことを勘案すれば、現職の勝利がジョ
コ・ウィ政権の後押しに繋がるとの見立てに対する楽観視はしにくいと判断出来る。他方、米トランプ政権の
中枢にはイスラム教に対して極めて強硬な姿勢を隠さない面々が多くなっていることを勘案すれば、インドネ
シアにおいて宗教的色彩の強い動きが広がり、結果的に同国の社会的な寛容性に疑義の生じる状況が意識され
れば、オバマ前政権の下で改善の動きが広がってきた両国関係に悪影響が出る事態も予想される。その意味に
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
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生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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おいては、今後のインドネシアにとっては宗教を巡る動きが国内外における様々な火種を起こす可能性に注意
が必要になっていると捉えられよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。