間違いだらけの音の可視化 中野有朋(音の話 5- 2015/4) A君は「私はAです」と声を出す。B君は「私はAです」という声を聴く。 これはどういうことを意味しているのだろう。 A君の「私はAです」と言うのは、A君の口が発生源となってA君の口から出た「音波」で ある。この音波がB君の耳に入り、B君に聞こえるのは「私はAです」と言う「音」であ る。そしてA君のだす音波とB君の聴く音は同じものではない。何故なら、A君の音波を、 B君はB君に内蔵されている聴感特性のA特性を通して聴いているからである。 B君の聴く音は、A君の出す音波の低周波成分が大幅にカットされたものになっている。 音の可視化と言うのは、B君に聞こえている音を目に見えるようにすることである。A君 から出る音波を見えるようにするのは音波の可視化であって、音の可視化ではない。 従っ てA君の音波を可視化したものは、目に見える音ではない。 例えばA君の声をマイクロホンで拾い、そのまま増幅して周波数分析し、可視化したもの は目に見える音ではない。 インターネットで見ても、テレビ報道を見ても音の可視化といっているものは、すべてと 言っていいほど音波の可視化であって、聞こえている音の可視化にはなっていない。まさ に音の見えない?音の可視化である。 幾つかの例を挙げてみると、 ・例えば、音楽によって鉄板を振動させ、鉄板上の細粉末の模様の変化を、目に見える音 楽の音であるなどと報道されている。しかしこれは耳に入る前の音楽の音波であり、聞 こえる音楽の音ではない。音波の可視化である。 ・ある日本人歌手の歌声を録音し、ソナグラムを求め、アメリカ人歌手のソナグラムと比 較し、日本人歌手の人気の秘密は歌手の歌声のソナグラムのある特徴が原因であるなど と報道されている。しかしこれも日本人歌手の歌声の音のソナグラムではなく、歌手の 口から発せられた歌声の音波のソナグラムである。聞こえる歌手の歌声とは違うもので ある。 なおソナグラムとは発生音波の周波数成分を色分けしてその時間変化を見えるよ うにしたものである。 ・テレビのサスペンスなどによく出てくるが、ブラウン管オシロスコープに、録音された 犯人の声として波形を流している。しかしこれも犯人の口から発生した音波の波形で、 聞こえる犯人の声の音ではない。 ・ボイスレコーダというものがある。しかしこれに録音されたものも、人の声の音ではな く、音になる前の人の声の音波である。再生してオシロスコープなどに記録したものは 人の声の音ではなく、音波である。A特性を通して再生するか、再生して人が聴いて、 初めて人の声の音になるのである。 ・普通、我々は、音は耳を通して聴き、色は目を通して見るというように音の感覚と色の 感覚を個別に持っている。しかし極めて稀であるが、人の中には二つの感覚を共有して いる人もいることが知られている。あるテレビ番組で「音の見える人」と言うのがあっ た。 この人には、あなたの声(声の音波)は普通黄色に見えるが、今日は茶色に見える、体 の調子が悪いのではないか? いつも茶色の音(音波)を出していた機械の色が段々と 赤い色にかわってきた、どこか異常なのではないか?など、病気や機器の故障の診断が できるという。しかしこれも音の見える人ではなく、音波がみえる人なのである。自分 の聴いている音とは違った音波が見えているのである。括弧内のように見るのが正しい のである。 結局マイクロホンを通して測定、記録された信号は聞こえる音の信号ではなく、聞こえる 前の音波の信号である。音を可視化するにはこの信号をA 特性を通して音の信号に変えて、 可視化しなければならない。A 特性を通さなければ、すべて音波の可視化になってしまう。 現在、音の可視化と言っているものは、ほとんどが音波の可視化であると言っても過言で はない。
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