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リリオだより
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若者はそれを夏の陽炎にかざして死んだ鳥を想い起こす。
雑学シリーズ 108
2015/4/14
死んだ鳥の羽根は、自分の生きてきた空しい過去と重なる。
公害で荒れる海を前にして、そこにはもう若者が希望を託せる海はなかった。
「海はなかった」の意味すること
「夏の旅人」とは、高度成長期を生きてきた人を指しているのだろう。
高度成長とは裏腹に土や海を汚した。
「海はなかった」は、5曲からなる合唱組曲「海の詩(うた)」の第 1 曲目です。
「どの風待てば飛べるのだろう」
この曲の冒頭の不気味で衝撃的なイントロは、この組曲のテーマを暗示して
人生を謳歌できるはずだったのに、
います。
そのテーマは、公害で汚れた海を前にして自由に生きられないことへのもど
かしさと絶望、そんな人間の思いです。
この詩が作られた昭和 40 年代は、高度成長の絶頂期で、水俣病とか重油流出
事故など、海洋汚染が問題になっていたという時代背景があります。
作詞者の岩間芳樹さん(1929~1999)によると、次のような実際の体験が詩の
モチーフになっています。
それができない現実への焦り。
公害は鳥たちの豊かな生活の場を汚してし
まい、自由な羽ばたきをも奪ってしまった。
若者は鳥の生きた痕跡である羽根を墓標にして、浜辺にお墓を作る。
希望を見出せない若者のやるせない思いが鳥の羽根に投影されています。
歌詞の意味を考えながら歌うと何とも重い雰囲気です。
歌っているうちに寂しくて悲しくなってきます。でもいい歌です。
津軽半島への旅で、とあるさびれた漁村へたどり着く。
海洋汚染をテーマにした歌は、以前にも歌ったことがあります。
老人たちがイカ漁で細々と生活している。
第 4 回リリオコンサートで歌った「聞こえる」という歌です。
そこに 17 歳になる若者がいた。
♪陽が落ちる 油泥の渚
中学を出て東京へ出たが絶望し、U ターンで村へ帰って来た。
翼をなくした海鳥のうめきが聞こえる
慣れない手つきで懸命にイカ漁に励むが、それほどイカは獲れない。
空を 空をください~
岩間さんは、若者に「海の村へ帰って良かったろう?」と訊く。
公害で翼をなくした海鳥の悲しみを歌っているところがよく似ています。
若者は「海なんかねえよ!」
作詞者は、やっぱり「海はなかった」と同じく岩間芳樹さんでした。
汚れた海を目の前にしては、若者の満たされない思いが噴出する。
彼の置かれた現状や、心の内をすべて物語るセリフである。
「聞こえる」は、平成3年の「NHK 全国学校音楽コンクール」高等学校の部
の課題曲ですが、
「海はなかった」も同様に N コン高校の部の課題曲として作
都会へ出た後、過疎地へ戻ったものの居場所が見出せない若者のやるせない
曲され、昭和 50 年と 61 年の 2 度にわたって選ばれています。
思いに岩間さんは心を悩ませます。
それでは歌詞の意味を考えてみましょう。
「海はなかった」は、希望を見出せない若者を歌った悲観的な歌なのに、な
ぜ N コン高校課題曲に 2 度も選ばれたのかなあ、ちょっとヘンに思います。
さびれた入り江で、若者は汚れた白い鳥の羽根を見つける。
海を奪われ、空に飛び立てないまま寂しく死んで行った鳥の羽根である。
でも多分、ありのままの現実を見据えた上で、真剣に環境問題を考えよう、
と高校生たちに訴えているのでしょうね。
亀岡弘志(記)