低用量アスピリンによる循環器 疾患の一次予防、二次予防 小 川 久 雄 心筋梗塞二次予防における アスピリンのエビデンス 心筋梗塞患者は、健康人や狭心症患者に比し、 再梗塞や不安定狭心症の発症頻度がはるかに高 い。したがって、心筋梗塞慢性期の治療として 重要なことは、突然死、再梗塞、不安定狭心症 などの心事故発生の予防である。アスピリンは 血小板の凝集を抑制し、血栓形成を抑制するこ とが知られている。心筋梗塞の二次予防として Second International Study of Infarct のアスピリンの有効性は、発症1カ月以内におい て は す でに において確立している。 Survival(ISIS-2) trial われわれは 年以上前の平成6 年︵199 4︶ 、本邦における急性心筋梗塞に対する抗血 1) 小板療法の効果を検討する目的で、 都府県の 20 病院を対象として、発症から1カ月以内に登 18 録された急性心筋梗塞患者723人を、発症1 カ月後よりアスピリン ㎎ /日投与群、トラピ ジル300㎎ /日投与群、抗血小板剤非投与群に 81 (273) CLINICIAN Ê15 NO. 637 5 70 無作為に割り付けて、その予後を検討するプロス ラピジル投与群4例、対照群5例︶ 、心筋梗塞 再発に関しては、アスピリン投与群が対照群に ペクティブスタディである Japanese Antiplatelets 比較して有意に低かった︵ p=0.0045 ︵J AMIS︶を行 ︶ ︵ アスピ Myocardial Infarction Study った。 リン投与群5例、トラピジル投与群9例、対照 指 1︶による研究の一つである。対象は、ア ︵現厚生労働省︶の循環器病研究委託事業︵6 7︶3 月の時点で経過観察を終了した厚生省 6︶3 月で登録を終了し、平成9 年︵199 J AMISは平成6年︵1994︶ 月より プロトコールが開始され、平成8 年︵199 より1年以内に多く発生していた。 また、心筋梗塞再発も心血管系事故発生も発症 比較して有意に低かった︵ ︶ ︵ アスピ p=0.0039 リン群 例、トラピジル群 例、対照群 例︶ 。 死性脳血管障害︶は、トラピジル群が対照群に 梗塞、再入院を要する薬剤抵抗性狭心症、非致 群 例︶ ︵図①︶ 。心血管系事故発生︵死亡、再 スピリン1日 ㎎ 投与群250例、トラピジル 36 22 42 17 用しない対照群230例で、各群の予後につい の経過観察にて、心血管系死亡には3群間に差 間に差は認めなかった。平均観察期間1・3年 年齢、男女比、発症から入院までの時間、再 灌流療法の方法および成績、併用薬には、3群 チエノピリジン系抗血小板薬は必須である。 特にステント治療後には、アスピリンに加えて ン系抗血小板薬の使用も考慮されるべきである。 ロピドグレル、プラスグレル等のチエノピリジ て比較検討した。 は認めなかったが︵アスピリン投与群6例、ト る経路は多数存在している。チクロピジン、ク 初めて証明された。ただし、血小板を活性化す 以上の結果より、日本の心筋梗塞患者におい 1日300㎎ 投与群243例、抗血小板剤を使 て、再発抑制にアスピリンが有効であることが 81 6 CLINICIAN Ê15 NO. 637 (274) 10 2) − ①心筋梗塞再発率(アスピリン群 vs 対照群) 0.20 0.18 アスピリン群(n=250) 0.04 0.02 糖尿病患者の動脈硬化性疾患に対する アスピリンの一次予防効果 者の心血管系疾患の発症率は心血管系疾患の既 因の3倍以上とされており、さらに、糖尿病患 尿病患者の死因となる率は、非糖尿病患者の死 因である。最近の報告では、心血管系疾患が糖 糖尿病患者は、虚血性心疾患、脳血管疾患、 末梢血管疾患を含む心血管系疾患が主な死亡要 (文献2より) rosclerosis with Aspirin for Diabetes (JPAD) る目的で、 Japanese Primary Prevention of Athe- われわれは、日本人の糖尿病患者にアスピリ ンの一次予防効果はあるかということを検証す 往を有する患者と同等とされている。 3) を行った。2型糖尿病で、年齢は ∼ 歳、 Trial 虚血性心疾患や脳卒中など動脈硬化性疾患の既 量アスピリン︵ ㎎ /日または100㎎ /日︶ 往のない男女2、 539人を対象とした。低用 85 投与群と非アスピリン投与群に無作為に割り付 81 900 800 700 600 500 (日) 観察期間 (275) CLINICIAN Ê15 NO. 637 7 30 12 対照群(n=230) 0.08 400 300 200 100 0 4) けて検討した。平成 年︵2002︶ 月より 14 Log-Rank Test P=0.0045 Odds Ratio=0.271 0.16 0.14 0.12 0.10 0.06 0.00 登録が開始され、平成 年︵2005︶5月で 登録を終了し、平成 年︵2008︶4月の時 点で経過観察を終了した厚生労働省科学研究費 ︶ 、コントロール群で =5.4% ︵ % 信 頼 区 間 0・ 人︵ 86/1,277= ∼ 1・ 、 ︶にイベントが発生した。アスピリン群 6.7% で少ない傾向にあったが、ハザード比︵HR︶ は 0・ と致死性脳卒中の合計を求めたところ、アスピ 新たに起こった労作性狭心症、非致死性脳卒中、 リン群1人︵脳卒中︶ 、コントロール群 人︵5 ︶で、両群間に有意差はみられなかった p=0.16 ︵図②︶ 。二次評価項目のうち、致死性心筋梗塞 10 追跡期間中に起こった動脈硬化性複合イベン ト︵突然死、冠動脈/脳血管/大動脈が原因の による研究である。 86 58 死亡、非致死性急性心筋梗塞、不安定狭心症、 95 ∼ 0・ 、 人が心筋梗塞、5人が脳卒中︶に起こり、HR % 信 頼 区 間 0・ 一過性脳虚血発作、非致死性大動脈/末梢血管 ︵ は 0・ 日本国内の163施設が参加した、多施設共同 疾患︶の発生を、一次エンドポイントとした。 10 79 ︶で、アスピリン群で有意に少ないと p=0.0037 いう結果であった。 01 prospective, randomized, open-label, controlled サブグループ解析の結果、 歳以上だけに限 った場合に、HRが0・ ︵ %信頼区間0・ ランダム化比較試験︵RCT︶で、PROBE 95 95 65 ︵ 、 14 38 % 信 頼 区 間 0・ ∼ 1・ ン群 人、コントロール群 人に起こり、HR 68 ∼0・ 、 p=0.047 ︶となり、アスピリン群 に有意に少なかった。一方、死亡は、アスピリ は 0・ 57 34 99 90 46 ︶で有意差はなかった。追跡期間中にみ p=0.67 95 262人とコントロール群︵非アスピリン群︶ ︶法で行 trial with blinded end-point assessment った。2、 539人が、低用量アスピリン群1、 ︵ 10 1、 277人にランダムに割り付けられた。追 跡期間の中央値は4・ 年であった。 アスピリン群で 人︵ 68/1,262 追跡期間中に、 68 8 CLINICIAN Ê15 NO. 637 (276) 80 17 20 37 ②総動脈硬化性イベントの累積発生率(Kaplan-Meier 曲線) Hazard Ratio: 0.16 䜰䝇䝢䝸䞁⩌䠄n䠅 1,262 1,210 1,159 1,095 806 140 㠀䜰䝇䝢䝸䞁⩌䠄n䠅 1,277 1,220 1,165 1,117 813 (文献4より引用・改変) 135 られた有害事象に関しては、脳出血および重症 の消化管出血は、アスピリン群 人、コントロ および脳血管死を減少させたこと、また 歳以 アスピリンが全体的な心血管イベントを有意 差こそ出なかったが減少させたこと、冠動脈死 ール群7人に起こったが有意差はなかった。 10 一次予防に対するアスピリン療法は、否定的な 義深い。メタ解析でも糖尿病患者の心血管疾患 上の患者には効果があることが示せたことは意 65 結果であった。 どのような症例にベネフィットが リスクを上回るかを検討していく必要があるが、 日本人において 歳以上の糖尿病患者は、一つ らに、われわれの から American College of Cardiology Foundation ステートメントの中に引用されるに至った。さ Association, American Heart Association, は糖尿病の一次予防に関する代表的 JPAD Trial な研究となり、2010年の American Diabetes のアスピリン投与の基準となり得ると思われる。 65 を含めたメタア JPAD Trial 6) (277) CLINICIAN Ê15 NO. 637 9 5) ③日本における低用量アスピリン投与による消化管出血・消化器症状 発生頻度 5 Total 4.1%(52/1,262) 4 非出血性胃・十二指腸潰瘍 1.4%(18/1,262) 3 非出血性胃炎 0.2%(3/1,262) Total 2.0%(5/250) 2 1 0 対象 出血性潰瘍 0.4%(1/250) 出血性潰瘍 0.4%(5/1,262) JAMIS 1999 JPAD 2008 JAMIS 1999 JPAD 2008 発症1カ月以内のAMI 2型糖尿病 65.0±0.7(SE) 65.0±10.0(SD) 81mg/day 81 or 100 mg/day 475 日 4.37 年 年齢(歳) アスピリン投与量 Follow-up AMI:急性心筋梗塞 (JAMIS:文献2より、JPAD:文献4より) CLINICIAN Ê15 NO. 637 ナリシスから、一次予防として 用いられたアスピリン投与群は 7) 癌による死亡が少ないという興 味深い結果が報告された。一方、 J A M I S と JPAD Trial の結 果より、アスピリンによる消化 器の副作用が2∼4%に認めら れるという事実もあり、この点 に関しては考慮を要する︵図③、 表④︶ 。 日本糖尿病学会が発表した ﹃科学的根拠に基づく糖尿病診 8) 療ガイドライン2013﹄には、 次のように述べられている。糖 尿病患者におけるアスピリンに よる大血管症の一次予防につい (278) て、明確な心血管イベント抑制 効 果 は 認 め ら れ て い な い。 9) 消化器症状のみ 2.1%(26/1,262) 胃腸障害 1.6%(4/250) 10 ④有害事象 消化管出血* その他の出血 アスピリン群 非アスピリン群 出血性胃潰瘍 5 3 食道静脈瘤出血 1 0 大腸憩室出血 2 0 癌による消化管出血 2 0 消化管出血(不明) 1 1 痔出血 1 0 網膜出血 8 5 抜歯後出血 1 0 皮下出血 3 1 血尿 2 1 鼻出血 6 1 慢性硬膜下血腫 2 非出血性消化管イベント 0 非出血性胃炎 3 0 非出血性胃潰瘍 17 3 非出血性十二指腸潰瘍 1 1 消化管症状のみ 26 0 で も、 ア ス ピ リ ン 群 JPAD Trial のイベント抑制は有意ではなか った。重篤な出血イベントはアス 大血管症の一次予防に有効であ おいては、アスピリンの投与が ない。一部の2型糖尿病患者に リンを投与することは推奨され 2 型糖尿病患者の全例にアスピ 点では、大血管症の既往のない ピリン群で多い傾向にあり、現時 9) 歳以上の糖尿病患 る可能性がある。一部の患者と いうのは、 65 者、腎機能の軽度低下した糖尿病 4) 患者や内服薬注射薬を使用して いない食事運動療法中の糖尿病 患者である。 ま た、 最 近 日 本 か ら Japanese ︵J P Primary Prevention Project (279) CLINICIAN Ê15 NO. 637 11 4) 10) 11) (文献4より) *アスピリン群で輸血が必要な消化管出血は、4件であった。 おわりに めたメタ解析でも、アスピリン療法の心血管疾 歳︶1万4、46 4例を、アスピリン投与群︵7、220例︶ま 患一次予防効果は否定的である。しかしながら、 ∼ たは非投与群︵7、244例︶にランダムに割 85 アメリカ糖尿病学会や日本糖尿病学会からの推 の既往はない高齢者︵ 低用量アスピリンの心筋梗塞二次予防効果は 尿病、脂質異常症を合併しているが心血管疾患 確実である。近年報告された非糖尿病患者を含 PP︶の結果が発表された。これは高血圧、糖 12) り付け、5・ 年追跡した臨床研究である。一 60 リンの投与は、特定の集団に対しては有効であ 次エンドポイントは、アスピリン群が193件、 奨にもあるように、糖尿病患者に対するアスピ 非投与群が207件だった。5年間の累積発生 ると考えられる。今後のさらなる検討が必要で ある。 率はアスピリン群2・ %、非投与群2・ % 96 で、アスピリン群のHRは0・ ︵ %信頼区 95 だ、二次エンドポイントの非致死的心筋梗塞 ︵HR 0・ 、0・ ∼0・ 、 p=0.02 ︶と TIA︵一過性脳虚血発作︶ ︵HR 0・ 、 91 57 0・ ∼0・ 、 p=0.04 ︶は、アスピリン群が 有意に低率だった。 文献 ISIS-2 (Second International Study of Infarct Survival) Collaborative Group. Randomised trial of intravenous 循環器内科学 教授、 国立循環器病研究センター 副院長︶ ︵熊本大学大学院生命科学研究部 間0・ ∼1・ 、 p=0.54 ︶と、アスピリンに よる有意なリスク減少は認められなかった。た 94 77 31 streptokinase, oral aspirin, both or neither among 17,187 cases of suspected acute myocardial infarction : ISIS-2. Lancet, 2, 349-360 (1988) Yasue H, Ogawa H, et al ; on behalf of the Japanese 12 CLINICIAN Ê15 NO. 637 (280) 02 15 53 99 1) 2) 77 32 Antiplatelets Myocardial Infarction Study (JAMIS) investigators : Effects of aspirin and trapidil on cardiovascular events after acute myocardial infarction. Am J Cardiol, 83, 1308-1313 (1999) Haffner SM, et al : Mortality from coronary heart disease in subjects with type 2 diabetes and in nondiabetic subjects with and without prior myocardial infarction. 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