私の座右銘 第436回 表紙の人 日常の臨床でも研究でも、多くのことが目の前 を通り過ぎ、それをこなすだけで精一杯の生活が 続くことが多い。疑問を感じてもそれをどうして だろう、と考える余裕がないこともある。また、 本当は解決しなくてはならないことがあるにもか かわらず、こだわっていると前に進めないことも ある。 臨床だけをやってきた医師が海外留学して、今 までと全く違った環境で研究だけの生活を送ると、 思いもよらぬ良い研究成果を挙げることがよくあ る。もちろん、海外の研究環境の素晴らしさに、 本人の努力が重なっての成果であろう。しかし、 別の見方をすると、研究だけしかない環境で、四 六時中、自分の研究のことだけにこだわって考え ているとフッと良い考えが浮かんでくることがあ る。私自身も留学中ではないが、リンパ球の中で 抗原特異的な免疫応答が起こっていることをどう したら検出できるだろうかと、しばらく朝も夜も 考えていた時期があった。あるときフッと、集団 中のT細胞受容体のm RNAを、国立がんセンタ であった。基本的な概念の大きな転換は、免疫応 答における抗原の認識機構であった。そうは言っ ても、疾患の免疫学を始めるにあたり、ヒトの自 己免疫疾患で抗原特異的な免疫応答の研究をする のは、いかにも効率が悪い予感がした。しかし一 方、免疫疾患のコントロールに免疫機能全体を抑 制するステロイドや免疫抑制薬を投与するのは、 理想的な治療ではないのは明白であった。自己免 性にこだわる研究を続けてきた。 ル伝達などの研究に着手する中、疾患の抗原特異 していることがある。したがって以前に正しいと 現象は、時として理想とは程遠いシステムを包含 表紙の人 山本 一彦 ヤマモト カズヒコ 疫疾患をコントロールできても感染症や悪性腫瘍 で亡くなっては意味がない。そこで、多くの研究 ーの研究者が開発したがんの突然変異を簡単に見 者が、より普遍的なサイトカインや細胞内シグナ つける方法で解析したら、ヘテロなリンパ球集団 の中で集積しているT細胞受容体を検出すること しかしながら、生命現象には唯一の解答がない ことが多い。地球上に偶然誕生した我々生物が、 恩師・堀内淑彦教授の勧めでしばらく基礎免疫 学の教室で研究をした後、出身の臨床教室に戻っ 信じていた方向性が必ずしもそうでないと考えら ができる、と思いついた経験がある。 て自分で研究を始めなくてはならない境遇におか れたときには、柔軟性をもって研究の方向転換を 幾多の困難に遭遇しながら進化を遂げてきた生命 年代は基礎免疫学が華々しく進展した時期 れた。1985年のことであった。1970年代 から 80 することも必要であると思う。自分の責任で決め た方向性を、研究室全体に押し付けることの是非 の判断は、難しいが自分でやらなければならない。 ︵東京大 学 医 学 部 アレルギー・リウマチ内科 教授︶ 2 CLINICIAN Ê16 NO. 652 (920)
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