平塚中等教育学校 校長室の窓から 2015年(平成27年)3月9日 vol.98 四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた/サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない/人びとの 暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ/ラジオで避難警報があって/「三日分の食料を準備してください」/多 くの人は三日たてば帰れると思って/ちいさな手提げ袋をもって/なかには仔猫だけをだいた老婆も/入院加療中の病人 も/千百台のバスに乗って/四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた/・・・ (若松丈太郎「神隠しされた街」より) ( ) 灯いていたテレビに、何気なく耳がとまった。倉 本聰さんが話していた。今、「幸せ」が見えなくな っている。地位や金が中心になった幸せを求めよう としている。昔はもっと違っていた。貧しいながら、 親子が川の字になって、互いの寝息を感じ取りなが らも、生活には幸せがあった。・・・3.11以来、自 分の足で現地に赴き、何かを伝えなければならない と、今、演劇に挑戦している。というNHK番組だっ た。(2月21日 NHKテレビ 10:50 密着!倉本 聰のメッセージ) 録画しておけば良かったな、と後 の祭り。関連することが分かるかと思い、倉本聰さ んのホームページを拝見すると、芝居名は「ノクタ ーン -夜想曲(2015)」。多くの反響があるよう で、芝居の鑑賞意欲に火が点いた。そのあらすじ。 東日本大震災から数年後。原発事故避難区域となった海 に程近い一軒家に、津波で二人の娘を亡くした中年の男と同 僚を亡くした新聞記者が入り込む。原発事故以来、時が止ま ったままのその家にあるのは、ほこりをかぶったピアノ、そして、 地震で倒れた3体のピエロの彫刻。二人はその家で、同じよう に津波で父親を亡くした彫刻家の女と出会う。 さらに、倉本聰自身による「ノクターン通信vol.2」 が目にとまった。そこに、 「福島の詩人・若松丈太郎 の預言的な詩との巡り会い」と題され、詩が掲載さ れてあった。福島の詩人で、元高校国語教師という。 チェルノブイリ原発事故が1986年に起きた。若 松さんは現地を観察し、強制疎開させられたプリピ ャチ市の惨状と福島第一原発とを重ねた想いを綴り、 1994年に「神隠しされた街」を発表した。読み始 めた瞬間、3.11の記憶と錯覚してしまい、校長の心 が止まってしまった。文頭の詩を続ける。 鬼ごっこする子どもたちの歓声が/隣人との垣根ご しのあいさつが/郵便配達夫の自転車のベル音が/ ボルシチを煮るにおいが/家々の窓の夜のあかりが /人びとの暮らしが/地図の上からプリピャチ市が 消えた/チェルノブイリ事故発生四〇時間後のこと である/千百台のバスに乗って/プリピャチ市民が 二時間のあいだにちりぢりに/近隣三村をあわせて 四万九千人が消えた/四万九千人といえば/私の住 む原町市の人口にひとしい/さらに/原子力発電所 中心半径三〇㎞ゾーンは危険地帯とされ/十一日目 の五月六日から三日のあいだに/九万二千人が/ あわせて約十五万人/人びとは一〇〇㎞や一五〇㎞ 先の農村に/ちりぢりに消えた/半径三〇㎞ゾーン といえば/東京電力福島原子力発電所を中心に据え ると/双葉町 大熊町 富岡町/楢葉町 浪江町 広野 町/川内村 都路村 葛尾村/小高町 いわき市北部 /そして私の住む原町市がふくまれる/こちらもあ わせて約十五万人/私たちが消えるべき先はどこか /私たちはどこに姿を消せばいいのか/事故六年の ちに避難命令が出た村さえもある/事故八年のちの 旧プリピャチ市に/私たちは入った/亀裂がはいっ たペーヴメントの/亀裂をひろげて雑草がたけだけ しい/ツバメが飛んでいる/ハトが胸をふくらませ ている/チョウが草花に羽をやすめている/ハエが おちつきなく動いている/蚊柱が回転している/街 路樹の葉が風に身をゆだねている/それなのに/人 声のしない都市/人の歩いていない都市/四万五千 の人びとがかくれんぼしている都市/鬼の私は捜し まわる/幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具/台 所のこんろにかけられたシチュー鍋/オフィスの机 上のひろげたままの書類/ついさっきまで人がいた 気配はどこにもあるのに/日がもう暮れる/鬼の私 はとほうに暮れる/友だちがみんな神隠しにあって しまって/私は広場にひとり立ちつくす/デパート もホテルも/文化会館も学校も/集合住宅も/崩れ はじめている/すべてはほろびへと向かう/人びと のいのちと/人びとがつくった都市と/ほろびをき そいあう/ストロンチウム九〇 半減期 二七・七年 /セシウム一三七 半減期 三〇年/プルトニウム二 三九 半減期二四四〇〇年/セシウムの放射線量が 八分の一に減るまでに九〇年/致死量八倍のセシウ ムは九〇年後も生きものを殺しつづける/人は百年 後のことに自分の手を下せないということであれば /人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか/ 捨てられた幼稚園の広場を歩く/雑草に踏み入れる /雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがい ない/肺は核種のまじった 空気をとりこんだにちがい ない/神隠しの街は地上に いっそうふえるにちがいな い/私たちの神隠しはきょ うかもしれない/うしろで 子どもの声がした気がする /ふりむいてもだれもいな い/なにかが背筋をぞくっ と襲う/広場にひとり立ちつくす (若松丈太郎&アーサー・ビナード著『ひとのあかし』 「神 隠しされた街」より) 平塚中等 校長 鈴木 靖 神奈川県立平塚中等教育学校 TEL 0463 (34) 0320 FAX 0463 (34) 3866 〒254-0074 平塚市大原1番13号 URL http://www.hiratsuka-chuto-ss.pen-kanagawa.ed.jp/
© Copyright 2024 ExpyDoc