第十三回 仕事とエネルギー 基礎物理学 I 2014 年 7 月 10 日 1 仕事と運動エネルギー 床に置いた荷物にロープをつけて、角度 θ の方向に一定の力 F で引っぱり続けるとする(図 1)。 力を与え続けることで物体は加速し、運動に関するエネルギーが増加したと考えることができる。 このとき力 F は物体に対して仕事をしたという。床を x 軸にとり、荷物の初期位置から移動した 位置に向かって移動ベクトル s を定義すれば、仕事は次のように定義される。 W ≡ Fx s = F cos θs = F · s (1) ここで力 F の x 成分を Fx とおいた。仕事の単位は [N·m]=[J] (ジュール)である。 v0 m v F θ Fx s x 図 1: 物体に仕事をする。 さて、荷物が初期速度 v0 で運動しているとき、外から仕事 W を与えると速度はどれだけ変化 するだろうか。荷物が距離 s だけ移動して速度が v に変化したとする。荷物の加速度の x 成分を ax とすれば、ニュートンの第二法則より Fx = max (2) となる。また、速度 v と初期速度 v0 の関係は v 2 = v02 + 2ax s (3) であるので、式(3)の両辺に m/2 をかけて式を整理すると、式(1)と Fx = max という関係 から、 1 1 mv 2 − mv02 = W 2 2 (4) となる。すなわち、速度 v を持って運動している物体のエネルギーを K≡ 1 mv 2 2 1 (5) と定義すれば、物体にした仕事がエネルギー K の変化分に等しいことになる。このエネルギー K は物体の運動状態を表すエネルギーとしてふさわしいので、運動エネルギーと呼ばれている。仕事 W を加える前と後の物体の運動エネルギーをそれぞれ Ki 、Kf とおけば、物体のエネルギーの釣 り合いは Kf = Ki + W (6) と書くことができる。物体に正の仕事(W > 0)をすると運動エネルギーは増加し(Kf > ki )、 物体に負の仕事(W < 0)をすると運動エネルギーは減少する(Kf < ki )。 2 任意の経路に沿ってする仕事 前節では直線上を運動する物体の運動エネルギーと仕事の関係について論じた。では、物体が任 意の曲線上を運動するときの仕事はどうなるだろうか。ここではより一般的な物体の運動エネル ギーと仕事の関係について考える。 B Fi F1 F 2 ∆s2 A ∆s1 θi ∆si 図 2: 曲がりくねった径路に沿って仕事をする。 一般的な曲がりくねった経路 AB を考え、A から B まで力 F を加えて移動させるとする(図 2)。 力 F の大きさや方向はもちろん物体のある位置によって異なる。経路 AB を無数の微小な経路に 分割し、その微小な経路上を移動させるための仕事(微小仕事)をまずは計算しよう。A にある物 体に力 F1 を加えて微小ベクトル ∆s1 だけ物体を移動させるとする。更に力 F2 を加えて微小ベク トル ∆s2 だけ物体を移動させる。これを延々と繰り返せば(N 回としよう。N は大きな数)、い つかは B に到着するだろう。力 Fi と微小ベクトル ∆si のなす角を θi とすれば、力 Fi のする微小 仕事 ∆Wi は ∆Wi = Fi · ∆si (7) = Fi cos θi ∆si (8) = Fit ∆si (9) となる。ここで Fit = Fi cos θi とした。 この微小仕事を経路 AB に沿って全て足しあわせれば、A から B まで物体を運ぶためにする仕 2 事は WA→B = N ∑ lim N →∞ ∫ Fi · ∆si (10) i B = F · ds (11) Ft ds (12) A ∫ B = A となる。ここで Ft は力 F の経路の接線方向の成分である。この結果から、A、B における物体の 運動エネルギーをそれぞれ KA 、KB とすれば、運動エネルギーと仕事の関係より、 ∫ B KB − KA = Ft ds (13) A となる。 ✓ ✏ 例題 1:図 3 のように、一定の動摩擦力 f の働く水平面上で、質量 m の質点を径路 C1 、C2 に 沿って移動させるときに必要な仕事を計算しなさい。 ✒ y a B ✑ A’ C2 C1 A a x 図 3: 動摩擦力が働く3つの経路。 結果は講義で示した。重い荷物をひきずって(摩擦力を受けながら)歩くとき、その径路が長い 程多くの仕事が必要になる(つまり、疲れる)という当たり前の結果が導かれる。 3 保存力と非保存力 前節では、摩擦力に逆らって物体に仕事をするときに、出発点と終点までの経路に依存して仕事 の大きさが変わることを計算で示した。今度は摩擦力の代わりに、重力に逆らって仕事をする場合 を考えよう。 ✓ ✏ 例題 2:図 4 のように、重力場(ここでは重力が働く空間という意味)で C1 、C2 のそれぞれの 経路に沿って A から B に質量 m の質点をゆっくりと移動させる時の仕事をそれぞれ求めよ。 ✒ ✑ 3 z a B A’ C2 g C1 A a x 図 4: 重力場にある3つの経路。 講義で示したように2つの経路で計算した仕事の大きさは全て等しくなり、その大きさは W = mga (14) となる。このように、ある力に逆らって仕事をするときに、その仕事が経路に依存する力(摩擦 力)と、依存しない力(重力やばねの力)が存在する。仕事が経路に依存する力のことを非保存力 といい、仕事が経路に依存しない力のことを保存力という。重力やばねの力だけでなく、電荷同士 の間に働くクーロン力も保存力である。このノートでは保存力のことを特別に Fc (r) と書くことに しよう。 4 ポテンシャルエネルギー P r0 F(r’)=-Fc(r’) P’ r r’ 0 図 5: 基準点 P から P まで質点を運ぶ。 保存力に対して仕事をするときに、出発点さえきちんと定義しておけば、とある地点までの仕事 は経路によらないのであった。そこでこの出発点を基準点と呼ぶことにして常に固定すれば、ある 任意の地点において一意に決まる物理量となる。これをポテンシャルエネルギーという。前節の例 4 題3では、ある基準点(z = 0)から高さ a にある物体のポテンシャルエネルギーが mga であるこ とを示した。これは中学校理科や高校物理で学習した位置エネルギーと呼ばれるものに等しい。 任意の地点 P(位置 r)におけるポテンシャルエネルギーの一般的な表式を求めよう。図 5 のよ うに、基準点 P(位置 r0 )を定め、保存力 Fc (r ) に逆らって仕事をするとすれば、全仕事は、 ∫ r0 ∫ r ∫ r (−Fc (r)) · ds = Fc (r) · ds (15) F(r) · ds = r0 r r0 ≡ U (r) (16) となる。基準点 r0 においては、ポテンシャルエネルギーは0になることに注意しよう1 。また、式 (15)は、保存力 Fc が位置 r から位置 r0 までした仕事とみなすこともできることにも注意してお こう。 ✓ この回のまとめ ✏ • ある力に逆らって仕事をするときに、その仕事が経路に依らないような力のことを保存 力という。 • 保存力には重力、ばねの復元力、クーロン力等がある。 • 基準点から保存力に逆らって位置 r までした仕事のことをポテンシャルエネルギー(ま たは位置エネルギー)という。 ✒ 1 式(15)で ✑ r = r0 とおけば、U (r0 ) = 0 となる。 5
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