第 541 回勉強会 平成 24 年 10 月 12 日 山本紘子 起立性低血圧 起立性低血圧は起立性協調障害(orthostatic dysreglation)とも呼ばれ、一般的に は様々な疾患に対する合併症として知られています。これとは別に思春期に好発する自 律神経失調症の一つで、朝起きられない、頭痛、全身倦怠感などの症状を引き起こす疾 患として捉えようとする考えもあります。理学療法分野で接する多くは前者です。 診断基準と 診断基準と発生機序 起立性低血圧は、臥位と比較して立位で 3 分以内に収縮期血圧が 20mmHg、または 10mmHg 以上低下する場合とされています。血液は液体であり、立位姿勢をとると重力 によって下肢に血液が貯留し、心臓への静脈還流が減少し、これに伴って心拍出量が減 少します。心拍出量の減少によって大動脈弓や頚動脈洞にある圧受容体が反応し、血圧 調整反射が誘発され、交感神経が刺激されます。交感神経が刺激されることにより、末 梢血管、特に下肢の血管収縮、心拍出力の増強、脈拍増加などが生じ、血圧、脳血液量 が維持されます。このメカニズムが何らかの原因で障害されることで起立性低血圧症状 が現れます。 文献的には 3 日間の臥床で起こるといわれていますが、極度の血管内脱水が存在する 患者さんでは一日で出現する場合もあるので、一様に断定することができません。離床 の際には、何が起立性低血圧の因子になるかを把握し、患者さんごとにしっかり評価し て離床を進めていく必要があります。(表 1) 離床を進めていく上で起立性低血圧の症状が認められたとき、血圧、心拍数をチェッ クすると、その原因を大まかに予測することができます。(表 3) ■血圧調節機能に 血圧調節機能に影響を 影響を及ぼす要因 ぼす要因 臥位から立位・歩行へとスムーズに早期離床が進む患者さんもいますが、血圧調節機 能自体の低下や機能異常・脱水などにより静脈還流が減少している患者さんもいます。 離床を進めていく上では、対象となる患者さんの基礎疾患・全身状態に加え、血圧調節 機能に影響を与える要因について意識を持っていなければなりません。(表 2) 表 1 起立性低血圧の 起立性低血圧の診断基準 表 2 血圧調節機能に 血圧調節機能に影響を 影響を及ぼす要因 ぼす要因 表 3 起立性低血圧を 起立性低血圧を起こす原因 こす原因と 原因と徴候 ■平均血圧と 平均血圧と脳循環自動調節機能 脳循環自動調節機能 臨床では、「血圧低下は認めるが自覚症状は認めない」といったケースもあります。 このような場合は、血圧の変動値だけでは判断しにくいため、脳循環の自動調節機能の 維持という観点から、平均血圧 60mmHg を指標に判断するする必要があります。 <脳循環の自動調節機能> 本来脳循環には、血圧がある一定の範囲(平均血圧 60~140mmHg)で変化しても、脳血 流量を一定に維持しようとする自動調節機能(autoregulation)があります。平均血圧が 50~60mmHg 以下は脳虚血の原因に、130~150mmHg 以上は脳出血や脳浮腫の原因になり ます。 臨床症状 ・眼前暗黒感 ・めまい ・欠伸 ・冷汗 ・耳鳴 進行すると… ・意識障害 ・意識消失(失神) 原因 ◎1次性と2次性に分類されます。 1次性にはパーキンソン病、シャイドレーガー症候群などがあります。シャイドレー ガー症候群は自律神経障害を主症状とする脊髄小脳変性症の 1 つであり、理学療法分野 でしばしば遭遇します。起立性低血圧は重篤であり、失神することも珍しくありません。 2次性には糖尿病、ギランバレー症候群、脳血管疾患、多発性硬化症、脊髄疾患(特 に頚髄損傷)などがあります。加齢や長期臥床による自律神経調節機能や下肢筋力の低 下も起立性低血圧の原因となります。高齢者は食事直後、一過性に起立性低血圧を起こ すことがあり、消化のために副交換神経が優位となり、内臓の血流量が増えるためとさ れています。また入浴時に症状が出現することもあります。これは入浴による体温上昇 で末梢血管が拡張し血管抵抗が減少している状態で急激に浴槽から立ち上がると静水 圧が除かれ、血管収縮が追いつかず、起立性低血圧症状を呈します。利尿剤、β遮断薬、 向精神薬、降圧剤、血管拡張剤などの薬剤を使用している場合にも2次的に起立性低血 圧を引き起こす場合があります。 対処法 <血圧低下への対処法> 治療法は原因となる疾患の治療が基本であり、理学療法士が行える対処法として、長 期臥床による自律神経調節機能の低下した症例ではゆっくりと起き上がる、腹部に力を 入れてから起き上がるなどの指導があり、わずかな配慮で症状を緩和させることができ ます。起立前に足関節底背屈運動(calf pomping)を行い、静脈還流を増加させておく ことも重要です。症状が持続する場合には起立台により少しずつ角度を上げていき、立 位姿勢にもっていく方法をとるとよいとされています。下肢筋力低下例では運動療法が 効果的です。その他の対処法には、静脈還流の促進を目的として、腹帯や徒手による圧 迫、下肢に弾性ストッキングの装着など緊縛帯を用いる方法もあります。頚髄損傷に伴 う重篤な起立性低血圧の症例でも、いくつかの対処法を組み合わせることで時間の経過 とともに症状が緩和していくことが多いです。 理学療法中に失神などの重篤な症状を起こした場合は臥床が基本であり、即時に対応 すれば多くの場合、数分以内に症状は改善されます。 血圧低下は、「ふらふらする」などの患者の訴えや、視線が合わない、顔色が悪いな どの表情の変化、発汗や欠伸、問いかけへの応答遅延などの臨床所見で気がつくことが 多いです。理学療法場面では体位を変えた時(ベッドアップや起立、歩行開始時など) に多くみられ、起立性低血圧として一過性に生じることがあります。脳血管疾患患者や 高齢者では血管での自動調節機能が低下しているため、血圧低下がしばらく残る場合が あります。この場合の対処としては安定した体位に戻すが、意識レベルの低下を伴う場 合は背臥位をとらせ、血圧とともに臨床所見の経過を観察します。血圧低下が残存し症 状に変化がみられない場合は下肢を挙上した体位(下肢を心臓より高くする姿勢)をと ります。しかし、下肢の挙上は一時的な処置(医師の診察や薬剤の使用など)までの一 時的な対応であり、その後は医師の指示に従うようにします。観察のポイントは、顔面 の色調の変化や血圧、脈拍などのバイタルサインと、応答が可能な患者では訴えなどの 変化です。 <嘔吐への対処法> 嘔吐がみられる場合は嘔吐物が気道閉塞や誤嚥をしないように十分に注意します。意 識レベルが保たれ座位姿勢が保てるのであれば、座位で前にもたれるような姿勢をとら せるようにします。座位姿勢が難しい状態では側臥位姿勢をとらせ、嘔吐物が気道を閉 塞させないようにします。嘔吐物の性状、量、回数などを、バイタルサインを確認しな がら観察します。意識レベルの低下した症例では呼吸の観察をし、気道が確保されてい るか否かを確認します。呼吸が確認できない場合は、背臥位での頭部後屈と顎挙上をし たポジションをとり直します。これでも呼吸が確認できない場合は気道閉塞の可能性が あり、気管吸引や気管挿管の準備が必要となります。 【参考・引用文献】 1)小野田英也:理学療法関連用語 起立性低血圧、PT ジャーナル・第 40 巻第 6 号、2007 2)鵜澤吉宏:理学療法における急変時対応の概要、理学療法 24 巻 6 号、2007 3)曷 川 元 : 実践早期離床完全マニュアル、慧文社、2007 4)日本離床研究会ホームページ
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