バイタルサインだけで 勝負する!

特集1
古い知識を最新にアップデート!
バイタルサイン総チェック
体温・呼吸数・血圧・脈拍・SpO2
プランナー:志水太郎 ハワイ大学 内科 医師
Point
バイタルサインだけで
勝負する!
オームの法則から血圧調節のメカニズムが見
えます。
―循環・呼吸・体温調整のメカニズム
呼吸回数を数える癖をつけましょう。呼吸を診
ると病態が見えてきます。
平島 修
体温の数値だけに騙されないようにしましょう。
医師
加計呂麻徳洲会診療所 ひらしま おさむ●2005年熊本大学医学部卒業。同
年4月より福岡徳洲会病院勤務。2009年市立堺病院
総合内科勤務。2013年より現職。日本内科学会総合
内科専門医,日本プライマリ・ケア連合学会指導医。
循環調節メカニズムと臨床
バイタルサインの中でもまず注目すべきは,
バイタルサインだけで勝負する…。バイタル
血圧です。血圧調節にかかわる生理学的メカニ
サインは,医療に取り組む上で最も基本になる
ズムと化学的視点から現場に生かす知識を整理
徴候です。病歴とバイタルサインで診断がほぼ
します。
確定することもありますし,バイタルサインの
血圧調節にかかわる3つのメカニズム
異常を是正することが治療の本幹になることも
生体内には種々の調節メカニズムがあります
少なくありません。
が,血圧調節のメカニズムは主に①神経,②ホ
患者が救急車で運ばれてくる時,病棟での急
ルモン,③腎臓の3つの機構からなります。
変の対応時,突然の悪化時には誰もが不安な気
①神経による調節機構(図1)
持ちになります。急変時の対応は,学生時代の
血圧の神経調節機構はセンサーと中枢の司令
抜き打ち試験にも似ています。準備時間を与え
塔そして実働部隊からなります。血圧を感知す
てくれることなく,種々の問題を抱えて患者は
る神経のセンサーは「圧受容体」と呼ばれ,心
現れます。バイタルサインは,いかなる患者で
臓から出てすぐの大動脈弓と頸動脈洞にあり,
も必ず最初に評価すべき問題です。バイタルサ
周囲組織の伸展から圧の刺激を受けます。大動
インの解決なしに次の問題は解けません。逆に言
脈弓の圧受容体からの刺激は,迷走神経,頸動
えば,患者を診たら,落ち着いてバイタルサイン
脈洞の圧受容体からの刺激は舌咽神経を介して
について検討すればよいのです。どんな急変患者
中枢の司令塔の延髄に伝わります。血圧が低い
の対応でも「バイタルサインの問題をまず解け
という刺激が延髄に伝わった場合は,交感神経
ばよい」と心を落ち着かせて対応しましょう。
を介して実働部隊である心臓へ働きかけ,心収
本稿では,循環・呼吸・体温を,調節のメカ
縮力の増大,脈拍数の増加を起こし,末梢動脈
ニズムという視点で,臨床現場と向き合って見
へ働きかけ,血管の収縮が起こります。さらに,
てみましょう。メカニズムを知ってバイタルサ
副腎に働きかけ,ホルモン(カテコラミン)の
インだけで勝負します。
放出を促します。
②ホルモンによる調節機構(図2)
血圧調節にかかわるホルモンには,レニン2
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.2
アンジオテンシン-アルドステロン系(RAA系)
,
カテコラミンなどがあります。
図1 血圧の神経調節によるメカニズム
頸動脈洞(センサー)
(司令塔)
大動脈弓(センサー)
延髄
アンジオテンシンⅡは強い血管収縮作用を持
ちます。腎動脈への血流量が低下すると,腎臓
内の糸球体傍装置よりレニンが放出され,血中
のアンジオテンシノーゲンからアンジオテンシ
ンⅠが産生されます。さらに,内皮細胞に存在
するアンジオテンシン変換酵素によりアンジオ
テンシンⅠはアンジオテンシンⅡに変換されま
を上げると共に,副腎へ作用しアルドステロン
の分泌を促し,尿細管からの再吸収を促します。
交感神経の興奮は,中枢からの刺激を受け副
腎からのアドレナリン・ノルアドレナリン分泌
副腎
末梢動静脈 (実働部隊)
(実働部隊)
心筋
(実働部隊)
す。アンジオテンシンⅡは血管に作用し,血圧
図2 血圧低下に対するホルモンの働き
血圧上昇
血圧の低下
を促し,心収縮力増大・血管収縮により血圧を
上昇させます。
③腎臓による体液量調節機構(図3)
腎臓は腎血流の増減で尿量の調節を行うこと
で,体液量を管理します。脱水となり,血中の
浸透圧が上昇すると,視床下部の浸透圧受容体
末梢血管収縮
レニン分泌
アンジオ
テンシ
ノーゲン
アンジオ
テンシンⅠ
アンジオ
テンシンⅡ
循環血流量↑
腎血流量↓
変換酵素
から下垂体後葉に刺激が入ります。すると,下
副腎
垂体後葉より抗利尿ホルモン(バソプレシン)
アルドステロン
が分泌され,尿細管からの再吸収が促進され,
ナトリウム
水
再吸収↑
体液量は増加します。
* * *
①②③それぞれの調節機構が関係し合って,
心収縮力の増減,末梢血管の収縮期・拡張期血
図3 腎臓による体液量調節のメカニズム
圧,体液量の調節を行うことで血圧を一定に保
視床下部
(浸透圧受容体)
とうとします。
式から見た血圧
∼「平均血圧=前負荷×心収縮力×心拍数
×全身血管抵抗」で決まる!
中学生の時に理科の授業で,オームの法則と
いう公式を習ったのは覚えているでしょうか?
下垂体後葉
バソプレシン
腎
電圧(V)=電流(I)
×抵抗(R)
…
(ⅰ)
この公式を,
「血圧」という視点で考えてみ
浸透圧の上昇
水の再吸収↑
脱水
体液量↑
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.2
3
図4 オームの法則を血圧に当てはめる
V(電圧)
血圧
心拍出量
I
(電流)
↓
R(抵抗)
ます。電流とは単位時間に流れる電気の量です
拡張不全や心タンポナーデなどの心臓が拡張で
が,これは単位時間に流れる血液の量=心拍出
きない病態があります。
量と置き換えることができます(図4)
。また,
心収縮力
抵抗は全身の血管抵抗と置き換えます。これを
心筋梗塞による急激な収縮力の低下や,ウイ
(ⅰ)に当てはめると,
4
全身血管抵抗
ルス性心筋症など直接心筋に障害を受けて収縮
平均血圧=心拍出量×全身血管抵抗…
(ⅱ)
力が急性に低下する場合は,血圧低下の直接的
となります。さらに,心拍出量は単位時間当た
な要因となります。また,カテコラミンなどの
りに拍出する血液量であるため,
(ⅱ)を置き
ホルモンは収縮力増強に関与し,迷走神経刺激
換えると,
は収縮力低下にかかわります。
平均血圧=1回拍出量×心拍数×全身血管抵抗
全身血管抵抗
…
(ⅲ)
敗血症やアナフィラキシー,神経原性ショッ
となります。そして,1回拍出量は,拡張末期
クでは,末梢血管抵抗が低下し,血圧が低下し
(収縮直前)に心室内に充填された血液量(前
ます。逆に血圧調節の3つのメカニズムで述べ
負荷)と血液を押し出す力(収縮力)に規定さ
たように,種々の機構で末梢の血管が閉まった
れます。これらを(ⅲ)に当てはめると,
り開いたりすることで,血圧の上昇・低下が起
平均血圧=前負荷×心収縮力×心拍数×全身血
こります。
管抵抗
となります(図4)
。すなわち血圧は,①前負荷,
血圧で勝負する! 臨床現場で
意識すべきポイント
②心収縮力,③心拍数,④全身血管抵抗の4つ
これまで述べた内容を踏まえて身体診察を考
に規定されます。
えます。血圧が低下している場合,診断のため
前負荷
にはまず,どの病態が血圧低下の原因になって
前負荷とは,心室の拡張末期(収縮直前)に
いるかを考えます。患者のフィジカルアセスメ
心室にかかる負荷を指し,循環血液量に最も左
ントを行う場合には,まず患者の足(末梢)を
右されます。主な病態としては,脱水,出血で
触ります。血圧低値で足が冷たければ,十分な
す。また,臥位から立位などの急激な体位変換
心拍出量が保たれていないと判断し,体液量の
でも,心臓へ戻る血液量(静脈潅流量)が低下
減少(前負荷の低下)や心収縮力低下を疑いま
し,前負荷は低下します。さらにもう一つの前
す。逆に足が温かければ,敗血症などの全身血
負荷が低下する要因として,心室の硬化による
管抵抗が低下する病態を考えます。
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.2
さらに,頸静脈の観察・評価を行うことで,
素濃度,二酸化炭素濃度の化学的情報,吸気と
前負荷の評価・心収縮力の評価ができます。頸
呼気のタイミングを図るための肺の伸展状況を
静脈圧の上昇を認める場合は,右心不全あるい
延髄に伝え,処理された情報は肋間筋や横隔膜
は心タンポナーデや肺塞栓などの右心系から左
などの呼吸筋へ刺激を送り,1回換気量および
心系への交通障害を考えます。頸静脈圧の低下,
呼吸数を調節します(図5)
。
口腔内の乾燥所見からは,体液量減少(前負荷
の低下)が考えられます。
呼吸は酸素,二酸化炭素,酸塩基平衡を
調節している
先述した血圧の式のどの病態が血圧の下がる
呼吸の働きは,体外から酸素を取り込み,二
原因となっているかを考えつつ診察を行うこと
酸化炭素を排出し,酸塩基平衡を保つことです。
が重要であり,その考察は治療につながります。
この3つに注目して観察し,呼吸異常の原因を
例えば,体液量低下が原因である場合は補液が
考えます。
中心となり,心収縮力低下が原因と考えられる
◎低酸素血症の原因
場合は強心薬,血管抵抗の低下が原因であれば
低酸素血症の原因は,次の5つに分けること
ノルアドレナリンなどの末梢血管を閉める薬剤
ができます。
などを選択する必要があります。
①供給酸素濃度の低下
呼吸調節のメカニズムと
臨床応用
②肺胞低換気 神経筋疾患,薬剤による呼吸中
生体反応の調節機構
④シャント 肺炎や無気肺,心臓内右左シャント
血圧調節のメカニズムと同様に,呼吸も神経
⑤換気―血流比不均衡 換気障害(気道狭窄,
調節を受けます。しかし,ほかのバイタルサイン
気管支喘息など)
,血流障害(肺塞栓など)
と唯一違う点は,意識して随意的に呼吸数・呼
これらの異常から低酸素血症を来すと,換気量
吸様式を変化させることが可能であることです。
を上げるために呼吸数,1回換気量が増加します。
枢の抑制,胸郭の異常など
③拡散の障害 間質性肺炎,貧血など
呼吸の調節にかかわる器官は,次の5つです。
①大脳皮質…興奮や驚き,意識して呼吸数を調
図5 呼吸調節のメカニズム
節する場合,刺激で,皮質脊髄路を介して脊
大脳皮質
髄の呼吸運動ニューロンに信号を送ります。
意識して
調節できる
②頸動脈小体の化学受容器(主にO 2 を感知)
…頸動脈洞と舌咽神経を介して延髄へ信号を
送ります。
③大動脈小体の化学受容器(主にO 2 を感知)
…迷走神経を介して延髄へ信号を送ります。
④延髄の化学受容器(CO2を感知)
延髄
化学受容器
頸動脈小体
大動脈小体
肺伸展受容器
⑤肺胞の伸展受容器
これらの①∼⑤は,感情などから得られる意
識的あるいは無意識的な呼吸刺激,血液中の酸
呼吸筋
(肋間筋・横隔膜)
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.2
5
◎高炭酸ガス血症
である可能性があります。さらに,呼吸数が多
高炭酸ガス血症の原因は,主に肺胞低換気に
くないのに胸郭の動きが激しい場合は,アシ
よります。肺胞での二酸化炭素の拡散速度は酸
ドーシスの代償性呼吸を疑います。常に,呼吸
素に比べると約20倍であり,肺胞での低換気
数を数える癖と1回換気量を予測しながら呼吸
が起こらない限り高炭酸ガス血症を来すことは
数を測定する癖をつけましょう。
ありません。肺炎などによって一部の酸素化さ
体温調節のメカニズムと臨床
れない血液が肺胞を経由せずに左心に流入する
6
場合も,低酸素血症による正常肺胞での換気量
体温の調節機構
の増加により高炭酸ガス血症は来しません。
体温は,気温の低い環境でも高い環境でも,
◎酸塩基平衡
37℃前後に保とうと調節されます。生体内の
生体は血液中のpHを7.4に保とうと,呼吸調
代謝にかかわる酵素のほとんどが,37℃で最
節により血中の二酸化炭素濃度を変化させます。
も活性化します。しかし,感染や膠原病,悪性
代謝性アシドーシスは,呼吸性に二酸化炭素を
腫瘍などにより,しばしば体温のセットポイン
排出しようと代謝機転が働くため,特徴的な深
トが38.5℃前後に上昇します。これは,体温
くゆっくりとした呼吸へと変化します(クスマ
の上昇により病原体の増殖が抑制され,病原体
ウル呼吸)。一方,心因性の過換気状態では,
に犯された細胞が死滅し,感染拡大を防ぐから
過剰な二酸化炭素の排出によりアルカローシス
です。
を呈しますが,呼吸様式は前者とは違い,浅く
発熱は,外因性発熱物質(リポ多糖体)と内
速い呼吸となります。
因性発熱物質(サイトカイン)から引き起こさ
呼吸で勝負する! 臨床現場で
意識すべきポイント
れます。病原体のタンパクなどによる外因性発
呼吸数は,バイタルサインの中でも,唯一,
質は視床下部に作用し,プロスタグランジン
機器を用いて測定するのではなく,患者を観察
E2(PGE2)を放出することでセットポイント
して数えるものです。呼吸数が測定されないま
が上昇します。セットポイントが上昇すると,
まに検査へと流されている現場は,少なくはあ
毛細血管は収縮し冷感・鳥肌などの症状が出現
りません。患者の診察を始める際には,呼吸数
し,熱産生のために震えが出現します。これら
を数える癖をつけましょう。そして,呼吸数を
の反応が治まり,PGE2の産生が低下すると,
数えながら呼吸様式を観察します。正常の呼吸
セットポイントは元の体温(37℃前後)に戻
ではほとんど胸郭は動かず,視診のみでは呼吸
ります。この時,熱放出のため,熱感,発汗が
数を数えることすら困難です。しかし,先述し
見られます(図6)
。
た異常事態の場合には,胸郭の動きがはっきり
するため,呼吸数が数えやすいのが特徴です。
体温で勝負する! 臨床現場で
意識すべきポイント
また,通常は,頻呼吸と胸郭の動きの程度は
バイタルサインの中でも,体温は解釈に注意
比例し,頻呼吸になれば胸郭は大きく動きま
が必要です。感染症では体温が上昇することが
す。しかし,頻呼吸にもかかわらず胸郭の動き
多いですが,重篤な状態になるとむしろ発熱は
が少ない場合には,神経筋疾患を伴う呼吸不全
見られません。また,結核菌感染症も発熱が見
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.2
熱物質と,白血球から放出される内因性発熱物