術後の体液量変化の 評価の仕方を知ろう! - 日総研

[特集]気づきの感性が高まるフィジカルアセスメント
術後の体液管理を体重測定
だけで評価してもよい?
術後の体液量変化の
評価の仕方を知ろう!
東京大学医学部附属病院 ICU1
主任副看護師長/集中ケア認定看護師 荒木知美
循環血漿量を把握することが重要
触診・視診
などから
得られる情報
Aラインの
波形を見る
尿量の増減の
変化を見る
る必要があります。
体液量を把握するためには,まず身体の組成
術後の体液量の変化は,どのように評価して
を理解する必要があります(図1)
。成人男性
いけばよいのでしょうか。代表的な評価の方法
は体重の40%が固体で,60%が水分で構成さ
として,体重測定があります。術前・術後に体
れています。このことからも,体液量の変化が
重測定を行い,その差でどれだけ水分バランス
いかに人体に影響を及ぼすかが分かると思いま
に変化があったかを推測することができます。
す。そして,体液量の割合は加齢と共に減少し,
体重の変化は重要な指標ですが,手術という侵
高齢者になると50%になります。逆に新生児
襲を受けた身体は体液分布のバランスが変化す
は75%とその割合は大きくなります。体液量
るため,
「体重の変化=体液量の変化」ととら
は,40%が細胞内液,20%が細胞外液に分け
えるのは危険です。さまざまな身体情報を総合
られます。細胞外液はさらに,組織間液15%
的にアセスメントし,体液量の変化を把握する
と血漿5%に分かれます。
ことが大切です。
循環血液量とは,血漿に白血球や血小板など
体液の分布
の成分が加わったものです。体重が60kgとす
ると,血漿量は体重の5%のため60×0.05=
手術中に体重が増える原因は主に輸液・輸血
3Lとなります。循環血液量は70mL/kg(体重
などであり,減る原因は出血,尿・腹水や胸水
の13分の1とも言われています)とされるので,
の排泄,発汗などの不感蒸泄です。食事を摂取
70×60=4.2Lが循環血液量と推測されます。
すると体重が増えるのと同様に,輸液を投与す
ると体重が増えますが,輸液されたものはどこ
循環血漿量の把握
に増えるのでしょうか。輸液は静脈へ投与され
循環血漿量は血管内の水分量であり,この増
るので,血管内にそのまま増えるように思えま
減が循環動態を左右します。増加していると,
すが,輸液されたものすべてが血管内にとどま
水分量が多すぎることで心不全や肺水腫が起こ
るわけではありません。この生体の仕組みは,
る原因となり,減少していると,血圧低下や尿
術後の体液管理にとても重要になります。手術
量減少を来す原因となります。体液管理におい
後は,体液管理の中でも,循環・呼吸状態に大
ては,循環血漿量の把握が重要なポイントです。
きくかかわる循環血漿量の把握・管理が重要に
輸液を投与するとまずは血管内に入ります
なります。さまざまな情報から循環血漿量を推
が,輸液はその浸透圧の違いにより体液量の中
定し,輸液量の検討,水分バランスの管理をす
で細胞内液と細胞外液に分布し,細胞外液の中
重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 2
37
図1:身体の組成
固体成分
(40%)
図3:体液量の分布変化
侵襲を受けた場合,細胞外液分布の割合は変わらないが,水分
がサードスペースに移行し,全体の量が減少する
全体液量の
3分の2
細胞内液40%
細胞内液
(40%)
水分量
(60%)
組織間液15%
全体液量の
3分の1
細胞外液
(20%)
成人男性
組織間液
(15%)
血漿量
(5%)
細胞内液・組織間液・血漿を隔てているのは,細胞膜と血管壁
です。細胞膜の水分移動を規定する圧を浸透圧(晶質浸透圧)
と言い,血管壁の水分移動を規定する圧を膠質浸透圧と言いま
す。輸液はその浸透圧により,分布する範囲が異なります。
晶質浸透圧=275∼290mOsm/L
組織間液
15%
細胞膜
血漿
5%
血管壁
膠質浸透圧=25mmHg
表1:Mooreの侵襲に対する生体反応
第1相:障害期
期間
生体反応
高血糖,水分貯留,疼痛,
無気力,腸蠕動停止,尿量
術後
減 少,尿 中N(窒 素)とK
48∼72時間
(カリウム)の増加,体重
減少,発熱
48∼72時間
から1週間
内分泌反応の正常化,疼痛
の軽減,周囲への関心,排
ガス,利尿,尿中NとKの
正常化,平熱へ
第3相:
回復・同化期
2∼5週間
程度
組織の新生が始まるがたん
ぱく質の利用は不十分,バ
イタルサインの安定,消化
吸収機能の正常化
第4相:
脂肪蓄積期
第3相から
数カ月
筋肉の再生,脂肪組織の修
復,体重の増加
第2相:転換期
道又元裕:生体反応の基本的理解,重症患者の全身管理,P.9∼ 13,
日総研出版,2009.を参考に作成
38
サードスペース
皮下・胸腔内・腹腔内など
あるため,細胞外液内にのみ分布します。実際
に1L輸液すると,血漿にとどまるのは4分の
1のため,組織間液に750mL,血漿250mLの
細胞外液:体重の20%
細胞
相
血管内 血漿5%
利尿期(転換期)
に戻る
図2:組織間の浸透圧
細胞内液
体重の40%
細胞
割合で分布することになります。1Lの輸液が
そのまま循環血液量になることはなく,組織間
液へ移行する方が多いということを知っておき
ましょう。
侵襲時の体液量の分布変化
影響する度合いは手術時間や手術の内容,出
血の程度などにより異なりますが,身体は侵襲
(ストレス)にさらされます。侵襲を受けた身
体は,①障害期,②転換期,③同化期,④脂肪
蓄積期の4つの過程を経て,元の身体に戻ろう
とします(表1)
。
侵襲を受けた直後の障害期では,生体反応の
一つとして血管透過性が亢進します。血管透過
性が亢進するとは,侵襲により細胞からヒスタ
ミンやブラジキニンといった物質が放出され,
血管内皮細胞が収縮することにより,血管壁の
細胞内壁の隙間が開いてしまう現象です。これ
でも組織間液と血漿に分布します。分布する量
は,ザルの網目が広くなるとイメージしてもら
は輸液の浸透圧によって異なります(図2)
。
うと分かりやすいと思います。広がったザルの
ショック状態や血管内脱水の場合によく使用さ
網目から,普段より多くの水分が漏れてしまう
れる,乳酸リンゲル液(ラクテックⓇ)などの
ため(滲出)
,血管内の容量は低下します。こ
晶質液は,電解質組成が細胞外液とほぼ同じで
れにより体液量の分布が変化します(図3)
。
重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 2
表2:手術部位とサードスペースへの移行量
脳外科手術
開胸手術
開腹手術
(上腹部)
開腹手術
(下腹部)
耳鼻科整形外科
など
2∼5mL/kg/h 5∼10mL/kg/h 10∼20mL/kg/h 5∼15mL/kg/h 0∼10mL/kg/h
牧野剛典他:サードスペース,HEART nursing,Vol.27,No.3,P.26,27,2014.
滲出してしまった水分は,非機能的細胞外液
(サードスペース)と呼ばれる領域へ移動し,
の低下(皮膚の緊張低下;皮膚を
つまんでみて,2秒以内に元の状
態へ戻らない)が見られた場合
は,脱水状態が疑われます。口腔
や口唇の乾燥が認められた場合も,同様に細胞
外液の不足が考えられます。
皮下や腹腔内へ浮腫や腹水などとなり貯留しま
手術中は,麻酔導入や術式のため体温は低下
す。体重がそのまま体液量を反映しないのは,
しており,術直後の患者の多くは四肢冷感が認
この生体反応のためです。どのくらいの水分量
められます。復温による体温の上昇と共に,末
が移行するかは,侵襲の程度や個人差により異
梢血管が拡張し,四肢末梢の冷感が改善してく
なるので正確な量を割り出すことは困難です
ると,拡張した血管に対し血管内容量が足りな
が,目安を表2に示します。
くなり,再加温に伴うショックへ移行する可能
サードスペースへ移行した体液は,血管内に
性があります。これは循環血漿量不足による
戻ってこない限り,循環血漿量としては機能し
ショックであるため,四肢末梢の触診を行い,
ません。サードスペースの体液は,侵襲を受け
皮膚温の変化を把握することは,急激な血圧低
た時点から48〜72時間から1週間程度に現れ
下の予兆をとらえる重要な手技となります。
るリフィリング(refilling)や利尿期とも呼ば
また,指の爪を5秒間圧迫し,爪の色が白く変
れる転換期に血管内へ戻ります。急性期を乗り
化したところで圧迫を解除し,爪の色がピンクに
切ったと考えられる時点は,この利尿期が順調
戻ってくる時間(毛細血管充満時間:capillary
に過ぎる頃でもあり,ここまでの体液管理が順
refilling time)を観察する手技も有用です。成
調に行われることが,術後のケアのポイントの
人では3秒以内が正常値ですが,これを超える
一つでもあります。
場合は細胞外液の不足が疑われます。
フィジカルアセスメントで体液量
(循環血漿量)を推測する
これらは,触診・視診など「見て,触れて」
循環血漿量を把握する方法となります。
触診・視診から情報を得る
Aライン波形の変化を見る
皮膚の状態は,体液量を反映する重要な指標
手術後は,心電図,SpO2 などのモニタ類が
になります。サードスペースへ移行した体液
装着されますが,ICUへ入室するような侵襲の
は,腹水や胸水,身体のさまざまな部分の浮腫
大きい術後は,ほとんどの患者に観血的動脈圧
となり,四肢や顔面,体幹にも現れます。浮腫
モニタ(以下,Aライン)が挿入されていると
の程度が重度であるほど,サードスペースへ移
思います。そのAライン波形が波打つように上
行した体液量が多いことが推測されます。手術
下に変動していることがあります。これを呼吸
後は輸液などで体重が増加していることが多い
性変動と呼びます(図4)
。呼吸によって胸腔
ですが,サードスペースへの移行が多いと,循
内圧が変動しますが,静脈還流量が変化し,一
環血漿量が不足している「血管内脱水」と呼ば
回拍出量(Stroke volume:SV)が変動した結
れる状態であると考えられます。
果,SVの増減がAラインの波形の変化として
また,皮膚の乾燥状態やツルゴール(turgor)
現れます。すなわち,心臓に戻ってくる血液量
重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 2
39
図4:Aラインの呼吸性変動
とが可能です。このように,より
視覚的に分かりやすく把握するこ
とができる機器も開発されていま
す。追加のカテーテル挿入が必要
であり,簡易的とは言えなかった
り,コストも多くかかりますが,
有効な情報源となり得る機器です。
波形が波打つように上下することを呼吸性変動があると言います
図5:EV1000クリニカルプラットフォームのモニタリング画面の一部
Aラインの波形でもう1つの指
標として考えられるものに,波形
の形があります。波形の面積は一
回拍出量を反映しています。例え
ば,波形がとがっていて幅の狭い
場合(図4のような)は一回拍出
量は減少しており,循環血漿量は
不足ぎみと考えられます。逆に,
幅の広い波形の場合は,十分な一
回拍出量が得られていると考えら
れます。
尿量の増減の変化を見る
腎臓は,血圧の維持や水分管理
に関与する重要な臓器であり,循
環血漿量の増減にも敏感に反応し
血管や肺の水分量をイメージ画像で表している
エドワーズライフサイエンス社より提供
レニン・アンジオテンシン・アル
が呼吸によって胸腔内圧が上昇する時に減少
ドステロンなどのホルモンが働き,循環血液量
し,胸腔内圧が低下する時に増加するため,心
の不足からくる血圧低下を防ぐために,尿量を
臓から拍出される量も変化する結果,起こる現
減少させ,水分量を保持します。侵襲の高い手
象です。
術後は,多くの輸液が投与されていてもサード
呼吸性変動が見られる場合は,循環血漿量の
スペースへ水分の移動が起こっており,循環血
不足が推測されます。このSVの変化率を測定し,
漿量は増加していないことが多いため,腎臓へ
解析したものを数値として表すフロートラック
の血液量が減少し,尿量も減少しています。術
センサー(ビジレオモニタ など)によって,
後,体重が増加していても,尿量を維持するた
より数値的に情報を得ることも可能になってき
めに輸液を投与しなければならなくなるのは,
ています。また,EV1000クリニカルプラット
この生体反応が原因です。尿量は0.5mL/kg/h
フォームⓇ(図5)は,SVなどに加えて,肺や
以上を維持することが望ましいため,輸液を行
循環血漿量の状態をイメージ画像で表示するこ
い循環血漿量を保つ必要があります。術後の経
Ⓡ
40
ます。循環血漿量が減少すると,
重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 2
表3:細胞外液量の指標
過で尿量の増加が認められた場合は,身体が利
尿期(リフィリング)へ移行してきたことを示
代謝モニター
唆し,サードスペースからの水分が血管内に
戻ってきたと考えられるため,循環血漿量は満
1.乳酸
2.混合静脈血酸素飽和度
1.平均血圧(MAP)
静的指標
2.中心静脈圧(CVP)
3.左室拡張末期圧(LVEDP)
たされていると判断できます。
1.脈圧変動(PPV)
CVP
2.1回拍出量変動(SVV)
手術後,中心静脈ラインが挿入されていると,
動的指標
3.下大静脈径呼吸性変動
中心静脈圧(Central Venous Pressure:CVP)
4.脈波変動指数(PVI)
のモニタリングをすることができます。正常値
5.Passive leg raising test(受動的下肢挙上)
は3〜8mmHg(5〜10cmH2O)で,右心系
の圧を反映していると言われ,上昇・減少はそ
のまま循環血漿量の増加,減少を表していると
されています。また,経時的変化も体液量の指
標になると言われています。しかし近年,CVP
の値が循環血漿量の変化と必ずしも相関しない
のではないか,という報告も見られるようにな
りました1)。CVP値だけで判断することはあま
り推奨されないということです。CVPや肺動脈
楔入圧,右房圧などの静的指標と呼ばれる指標
より,一回拍出量変化(stroke volume var­i­a­
tion:SVV)や脈圧変動(pulse pressure var­i­
鶴岡秀一:水分管理の基本と考え方,呼吸器ケア,Vol.10,No.11,P.22,2012.
高血圧
手術について
開腹洗浄ドレナージ・S状結腸双孔式人工肛
門造設術施行。術中所見よりS状結腸憩室穿孔,
急性汎発性腹膜炎と診断される。
手術時間は3時間17分。輸液5,050mL,輸血
なし,出血量800mL,尿量125mL,水分バラ
ンス+4,125mLであった。
体重は術前が58.0kg,術後が59.5kg,身長
169cm。
a­tion:PPV)などの動的指標を総合的に判断
術後の経緯を図6に示す。
することが求められています。細胞外液量を評
手術後の経過
価する静的・動的指標を表3にまとめました。
◎1〜2日目のアセスメント
術後は体重では1.5kgしか増加していません
症例紹介
が,in-outバランスで見ると4,125mLのプラス
となっています。救急車で搬送後の緊急手術で
70代,男性
あったため,術前の体重が不正確だった可能性
ICU入室までの経緯
突然,下腹部痛が出現し,徐々に疼痛の増悪
を認めたことから,救急車にて当院来院。CT
にてfree airを認めたため,消化管穿孔疑いに
て同日緊急手術となる。開腹洗浄ドレナージ・
S状結腸双孔式人工肛門造設術を施行。術後,
ICUへ入室する。
既往 歴:虫垂炎,閉塞性動脈硬化症,糖尿病,
はありますが,この症例のようにin-outバランス
と体重変化が一致しないことはよく経験します。
この症例の患者は,術後,挿管管理を継続し
ICUへ帰室しました。また,汎発性腹膜炎の所
見も認めたため,ICU帰室直後と10時間後にエ
ンドトキシン吸着療法を施行しました。帰室直
後から,ノルアドレナリンを投与したことで血
圧(以下,BP)は安定しており,平均血圧(以
➡続きは本誌をご覧ください
重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 2
41