隠れ里 ―前編― - タテ書き小説ネット

隠れ里 ―前編―
夜月 ゆひ
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
隠れ里 ︱前編︱
︻Nコード︼
N2866I
︻作者名︼
夜月 ゆひ
︻あらすじ︼
﹁君はバンパイアなんだ。﹂生まれてからずっと、いやこの14
年間ずっと自分は人間だと思ってきたのにこんなことを突然言われ
たら?イケメン中のイケメンバンパイア、ゴッドグリーン・レスト
レンジ伯爵の血を引く少年、稜哉の新しい生活が、そしてチェイサ
ーとの戦いが、今、始まる︱︱。︻H22.3月21日をもって﹁
前編﹂は完結しました。後編はH24.4月以降開始︵予定︶です︼
1
第0話 オープニング︵前書き︶
吸血鬼︱︱人の生き血を吸う魔物。バンパイア。︵現代新国語辞典
より︶
2
第0話 オープニング
秋も十分深まった10月20日の午前3時。
﹁はっ﹂
おおば りょうや
大葉 稜哉は首筋に走った痛みとともに目覚めた。
今週に入って5回目。
そして今月に入って18回目。
眠りが深まる頃になると、必ずといっていいほど首筋に走る痛みで
目覚める。
﹁ったくなんなんだよ⋮⋮﹂
そう思って再び寝ようとしたとき。
何か青白い物体がたんすの影にあるのが目に入った。
不思議に思った稜哉は電気をつけようとリモコンに手を伸ばし、電
気をつけた。
ピッという電子音とともに、明るくなる室内。
ぼうっと目がくらむ視界。
そのなかで稜哉は見た。
タンスの横に立ちすくむ女の子を。
身長160cmぐらいの、全身を真っ黒のワンピースでつつむ、青
い目で金髪の長い、白い顔をした女の子だった。
﹁どちらさんですか?﹂
なんとも丁寧な言葉をかけられたのは、まだ目が室内の明るさに耐
3
えられず、視界がぼうっとしていたせいだろう。
相手の出方を待っていると、女の子は驚いたように早口で言った。
﹁あんた、もしかしてあたしが見えるの?﹂
﹁見える?﹂
見えるも何も。
初対面の人をいきなりあんた呼ばわりするなんて。
無礼なヤツ。
女の子は稜哉に姿を見られたのがまるで想定外だったらしく、あた
ふたしていた。
隠れ人
そして言った。
隠れ人
﹁あんた、Hider?﹂
﹁Hider?ってなに?﹂
﹁んまぁ! 人間なのに見えているって言うの?あんた、あたしの
ことが見えているのよね?﹂
最終確認をするかのように彼女はもう1度聞いた。
稜哉は肯いた。
女の子は稜哉に近づくとまじまじと顔を見て言った。
﹁あんた、人間の大葉稜哉だよね?﹂
﹁⋮⋮? 何で僕のこと知っているの?君は一体誰?どうしてここ
にいるの?それにさっきから何を言っているんだ?僕がキリンやラ
イオンに見えるかい?人間に決まっているじゃあないか﹂
隠れ人
人間だのHiderだの本当になんなんだ。
でも次に女の子が言ったことに、耳を疑った。
4
﹁あたしはレストレンジ家の長女、エマンズ・レストレンジ。種族
はバンパイア。パパに言われて迎えに来たのよ﹂
稜哉はしばらくフリーズした。
目の前に突然見知らない人が現れて、自分はバンパイアなんて普通
言うか?
寝よう⋮⋮。
きっとこれは夢だろう。
昨日、キャベツを食べ過ぎたのかも。
ところがエマはまたもやとんでもないことを言ったのである。
﹁ちょっと、寝ないでよ。これから隠れ里に行くんだから。あんた
を連れて帰るのがあたしの役目。それにこれ以上ここにいるのは危
険だしね﹂
稜哉は目の前に立つ女の子を見ていた。
﹁悪いけど、あたしにはあんたを連れて帰るっていう使命があるの
よ﹂
エマは今や隠れるようにして布団に包まっている稜哉に近づいた。
稜哉は身をいっそう固くしていっそう布団にもぐった。
相手はひ弱そうな女の子なのになぜか彼には恐ろしく思えた。
エマは稜哉の顔に近づくと言った。
﹁目、閉じてくれる?﹂
5
稜哉の頬に何か冷たいものが触れる。
そしてそれがエマの唇だったと分かったとき、彼はすでに深い眠り
についていた。
﹁おやすみなさい﹂
2人はもう、稜哉の部屋にはいなかった。
6
第0話 オープニング︵後書き︶
更新はかなり不定期になりますがどうぞこれからよろしくお願いし
ます!!
7
第1話 レストレンジ家へようこそ︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その1﹂
大葉稜哉:
中学1年生︵13︶
かなりのイケメン君。
スポーツ万能でサッカー大好き。
身長175cm
8
第1話 レストレンジ家へようこそ
パッチリ二重の普通の人間、大葉稜哉は10月21日の朝をいつも
のように迎えた︱︱はずだった。
ここ
﹁どこだこの城は?﹂
目が覚めたその部屋は彼の散らかり放題の部屋ではなく、立派な寝
室だった。
大きな窓に上品なピンクの花柄カーテンが引かれていてカーテンを
開けると外は緑がきれいな森だった。
天井には大きなセイリング・ファンがまわり、床には淡いピンクの
絨毯。ごみは1つも見当たらない。
稜哉はふと、自分の寝ている布団がいつもよりふかふかしているの
に気付いた。
それもそのはず。
その布団は彼のせんべい布団とは比べ物にもならないほど、上等な
ものなのだから。
カチャ
ドアノブの回る音がしたかと思うと、女の子が1人、室内に入って
きた。
慎重160cmくらいの青い目をした、長い金髪の白い顔をした女
の子だった。
稜哉はこの女の子を知っていた。
昨日、突如彼の部屋に現れた女の子と同じ人。
真っ黒なワンピースではなく、上品なピンクのワンピースを着てい
るのが昨日と違ったけれど。
9
吸血鬼
イギリス人系バンパイアの女の子、エマンズ・レストレンジは稜哉
のそばに立つと言った。
追い
﹁ようこそ。レストレンジ家へ。朝食の用意ができているから、下
に来て。洋服はその棚の上のを着ていいから。﹂
﹁ちょっと待って。﹂
部屋を出て行こうとするエマに稜哉は言った。
﹁何か?﹂
﹁僕を僕の家に帰してくれよ。﹂
﹁ここがあんたの家よ﹂
﹁そうじゃなくて僕の今までいた家にだ。﹂
﹁それはできないわ﹂
﹁なぜ?﹂
人
﹁あんたは今日からここに住むの。それにパパがあんたをチェイサ
追い人
ーから守らなくちゃいけないし。﹂
﹁チェイサー?﹂
﹁今は分からなくていいわ。とにかく下に来て。朝食の後、パパが
話すって﹂
エマはぴしゃりと言うと部屋を出て行こうとした。
﹁ちょっと待てったら!なんで僕がここに住まなきゃなんないんだ
よ。僕にはちゃんと育ててくれる父さんがいるんだ。﹂
﹁あんたにはもう父親はいない!﹂
突然、エマがビックリするほどの大声で言った。
10
﹁あんたにはもう父親はいない。友達もいない。人間とは関わりが
もうない。﹂
﹁どういうことだよ。 僕の父さんに何かしたのか。直や聡になに
をしたんだ?﹂
今にもエマにつかみかかりそうな勢いの稜哉とは違い、エマは静か
に、でもはっきりと言った。
﹁とにかく、リビングに。全てはそこで話すから。﹂
ドアが閉まり、稜哉は部屋に一人、取り残された。
11
第2話 全てを話そう︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識2﹂
レストレンジ一家:
イギリス人系バンパイア一家でバンパイア族の中でも由緒正しい家
柄。
ジェーン以外はみな美男子バンパイアゴッドグリーン・レストレン
ジの血を引く。
ちなみにみんなかなりのビューティフルフェイス。
︽家族構成︾父・アーサー/母・ジェーン/エマ/ハンナ/ジョン
/オリバーの6人家族。
12
第2話 全てを話そう
ジーパン、長袖シャツにに着替えた稜哉は寝室を出ると家の広さに
改めて驚かされた。
ピカピカに磨き上げられた廊下が広がり、稜哉が出てきたような部
屋がもう2.3あるようだった。
﹁階段はどこだ?﹂
稜哉のそばに同じ年くらいの女の子が近づいてきた。
その女の子も長い金髪で、青い目で白い顔をしていた。
まじまじと稜哉を見つめると、彼女は言った。
﹁あなたが人間?﹂
ったくどいつもこいつもぶしつけな質問を。
エマと比べて﹁あんた﹂ではなく﹁あなた﹂と呼ぶだけマシかもし
れないけど。
﹁そうだけど。﹂
ぶっきらぼうに返した。
女の子は興奮して言った。
﹁わぁ。人間にあったのなんて初めて!私なんて生まれたときから
バンパイアだから人間ってなにかよくわからなくて。すごく新鮮!﹂
新鮮って。
まるで八百屋に配達されたての産地直送野菜のような言い方をされ
13
稜哉はムッとした。
﹁ねぇ、僕朝食に降りて来いって言われているんだけど、場所が分
からなくて困っているんだ。案内してもらえない?﹂
﹁いいよ。あなた名前は?﹂
﹁大葉⋮⋮稜哉。﹂
﹁そう、稜哉て言うの。私はハンナ。仲良くしてね。﹂
﹁ああ。﹂
なるべく愛想良く振舞おうとしても不機嫌さは隠せなかったようで、
2人はその後一言も話すことなくリビングに着いたのだった。
﹁遅かったわね。冷めてしまったから、今温めなおすわ。﹂
リビングも大きく、大きなテーブルに黄緑色のテーブルクロスが敷
かれていて周りを囲むようにしていすが9つあった。
少しはなれたところには上等そうな大きいソファーが2つあり、正
面には稜哉の家のテレビ画面の少なくとも4倍はあると思われるテ
レビが壁に張り付いていた。
﹁座って。﹂
エマに促され、稜哉は席に着いた。
とても座り心地の良い椅子。
﹁紅茶にお砂糖は何杯?﹂
﹁2﹂
目の前には玉子焼き、ベーコン、トースト、サラダが次々と並べら
れていた。
14
﹁食べて。話はそれからね。﹂
壁にかかっている時計を見ると、9時10分を少し過ぎたころだっ
た。
いつもならもう1時間目も後半だな︱︱。
今日の1時間目は理科だっけ。
亀山先生は相変わらず淡々と黒板を書いているんだろう。
直や聡は相変わらずしゃべって注意でもされているのかな。
父さんは仕事に行ったかな。
⋮⋮僕はここで何をしているんだろう。
﹁ごちそうさま。﹂
稜哉は結局、紅茶を1杯飲んだだけだった。
﹁全く食べていないじゃない。具合でも悪いの?﹂
見知らない家にいきなり連れてこられて食欲なんぞわくもんか。
そう言おうとしたとき、
﹁しかたないよ。知らない家に連れてこられて朝食といわれてもね。
﹂
彼の思いを代弁した人がいた。
ソファーに座り、稜哉にニッコリ笑いかけたその男の人は45歳く
15
らいで端整な顔立ちをしていた。
﹁はじめまして、稜哉君。私は、君に話さなければいけないことが
あるんだ。今から話すから、聞いてくれるかい。﹂
声の主、アーサー・レストレンジは言った。
16
第3話 明かされる真実︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その3﹂
エマ・レストレンジ:
超エリート学校、アッシリア高等学校に通う高校1年生︵16︶
レストレンジ家のバレンタインデー記録保持者でもある。
気が強く、やや小生意気だったり⋮⋮。
身長168cm
17
第3話 明かされる真実
﹁私はアーサー・レストレンジ。エマやハンナ、ジョン、オリバー
の父親だ。それから︱︱﹂
アーサーは稜哉の目をじっと見ていった。
﹁今日から君の父親にもなる。﹂
稜哉はぎょっとした。
初対面で今度は﹁君の父親だ﹂なんて告げられたのだ。
しかもこともあろうかバンパイアに。
もう頭は半分パニックを起こしていた。
﹁今から話すことをとりあえず、黙って一通り聞いてほしい。﹂
稜哉は肯いた。
アーサーの言葉は一言一言が静かで、でも威厳があった。
そんな彼を前にして稜哉は肯くしかなかったのだ。
﹁まず、1番大切なことなんだが⋮⋮。君は生まれながらにしての
バンパイアなんだ。﹂
﹁?﹂
一瞬稜哉はいわれたことの意味が分からなかった。
﹁父親説﹂の次は﹁僕もバンパイア説﹂!?
﹁君はバンパイアなんだよ。というか正確には人間とバンパイアの
ハーフだ。﹂
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僕が⋮⋮バンパイア⋮⋮?
﹁君のお母さん、吉原弘子もバンパイアだった。彼女のことを覚え
ているかい?﹂
﹁覚えてない⋮⋮。僕を生んだ後すぐに死んじゃったって言うのは
知ってる。理由は知らない。誰も教えてくれなかった。﹂
実際、物心ついたときから稜哉は母親がいないことを知っていた。
あれは幼稚園くらいの頃だったっけ。
家族の写真の中に1枚、父さんと知らない女の人が仲良さそうに笑
って写る写真を見つけた。
︱︱ ︱︱ ︱︱
﹁ねぇねぇ、この人だれ?﹂
﹁稜のお母さんだよ。﹂
﹁どこにいるの?﹂
﹁天国からいつも稜をみているんだよ。﹂
﹁どうして天国にいるの?﹂これを言うと決まって父さんはこう言
った。
﹁そのうち分かるときが来るよ﹂と。
︱︱ ︱︱ ︱︱
﹁どうして⋮⋮死んだの?﹂
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誰も答えてくれなかったこの質問をアーサーにぶつけてみた。
この人ならなにか答えてくれるかも︱︱。
でも返ってきた答えは予想もしなかった答えだった。
﹁君のお母さん、弘子は殺されてしまったんだ。﹂
﹁⋮⋮。﹂
沈黙。
思いもよらなかった答え。
誰が?
どうして?
﹁チェイサーという、いわゆるバンパイア狩りをしている人たちが
世の中にはいてね。君を生んだ後、弘子はひどく怯えていた。君を
生むために入院したことで、チェイサーに居場所が知られてしまう
んじゃないかって。そこで彼女は君が生まれるとすぐ、こっちの医
者︱︱つまりバンパイアの医者に君を調べさせた。彼女は生まれた
君が人間かバンパイアか調べてほしかったんだ。人間なら特に問題
はない。でもバンパイアとなると話は別だ。結果、君はバンパイア
の血を半分受け継いでいた。﹂
アーサーは話をきった。
稜哉は頭を整理するのに大変だった。
僕のお母さんはバンパイアでチェイサーとやらに殺された、らしい。
﹁君がバンパイアだと分かったとき、彼女は私に言った。時期がき
たら君を引き取ってくれ、と。そのとき君のお父さんもいたよ。彼
は弘子がバンパイアだと知って結婚していた。彼は私に言ったんだ。
20
そのときが来たら、この子を育ててくださいと。そして自分の記憶
からも消してほしいと。チェイサーが自分の記憶を除いても平気な
ように。﹂
アーサーはすっと立ち上がると、引き出しから封筒を取り出し稜哉
に渡した。
﹁君に渡すよう君のお父さんから頼まれていたんだ。﹂
封筒には見覚えのある字で
﹃稜へ﹄
と書かれていた。 21
第4話 手紙︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その4﹂
ハンナ・レストレンジ:
イギリス人系バンパイア。
ポーグラント中等学校の6年生︵12︶
お茶目で活発な女の子。
バレンタインデーでは惜しくもエマの記録に届かず2位。
︵→のちのちこのレストレンジ家バレンタイン大会については明ら
かに!!︶
身長156cm
22
第4話 手紙
︱︱稜へ
稜、お前がこの手紙を読む頃、きっとお母さんのことも知ったと思
う。
お前のお母さんの弘子は私が今まで会った全ての女性の中ですばら
しい人だったんだよ。
いや、”人”ではなく、”バンパイア”だった。
だから稜も”バンパイア”なんだ。
でもだからといってそのことを恥じる必要もないし、後悔する必要
もない。
むしろ誇りに思いなさい。
私と弘子との息子であることを。
自分に自信を持ちなさい。
レストレンジ一家はみんないい人たちで、ひとなつこい人たちだか
らすぐにうちとけられるだろう。
そうそう、彼ら一家にも稜と同い年の双子の兄弟がいるんだよ。
稜がこの手紙を読んでいるときはもう、私の記憶には稜との思い出
はレストレンジ氏によって消されているだろう。
でも彼を恨んではいけない。
私がそうするようお願いしたんだからね。
それが稜を守る、最善の手なんだよ。
元気に暮らしなさい。
お父さんより︱︱
23
﹁この手紙を受け取った2週間後、弘子は行方不明となり、3日後
殺されているのが発見された。﹂
アーサーは重々しく言った。
﹁弘子さんを︱︱母さんを殺した人は逮捕されなかったの?﹂
﹁稜哉君、チェイサーは国家にも深く通じている。だから彼女の死
は”事故”として片付けられた。﹂
﹁⋮⋮。﹂
稜哉は言葉が出てこなかった。
何をいっていいか分からなかった。
﹁最近またチェイサーの動きが活発になってきていた。だから私た
ちはそろそろ君を引き取るころかと思い始めていたんだ。私から君
のお父さんに手紙を出し、昨日の夜に君を連れ出すと2人で決めた。
これがだいたいの話だ。﹂
アーサーは長い話を終えた。
リビングには長い沈黙がしばらく流れた。
﹁僕はもう、戻れないの?﹂
﹁ああ。戻ることはできない。いや、正確には戻ることはできても
戻れないことと結局は同じなんだ。﹂
﹁どういうこと?﹂
﹁君の知っている人はもう君を知らないんだよ。私は君と少しでも
関わりを持った人から君との記憶を消し去った。君の家には君が住
んでいた形跡さえ、もう残ってはいない。﹂
24
もう、誰も僕のことを覚えていないんだ⋮⋮。
稜哉は寂しくなった。
急に独りぼっちになった気がした。
﹁しばらく⋮⋮一人にさせてもらえませんか?﹂
﹁もちろんだよ。君がさっきまで寝ていた部屋、そこは今日から君
の部屋だ。今日はゆっくり休みなさい。夕食のときにまた呼びに行
くよ。﹂
部屋に戻る途中、時計を見ると12時をまわっていた。
いつもなら、いや、昨日までなら4時間目の真っ最中にもかかわら
ず、給食のことを考えている頃だ。
でも⋮⋮。
そんな日はもう来ないんだろうな⋮⋮。
学校で授業中に内職したり、友だちとふざけあったり︱︱。
そんな日々は二度と戻らないのだろう。
部屋について再びベッドに入ると目を閉じた。
今までの日々を思い返しながら︱︱。
25
第5話 開く天井、双子の兄弟︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その5﹂
ジョン・レストレンジ:
イギリス人系バンパイア。
ポーグラント中等学校に通う7年生︵13︶
双子の弟オリバーとともにポーグラントバスケットボール部で活躍
中!!
身長180cm
26
第5話 開く天井、双子の兄弟
目が覚めたとき、時間は夜の6時をとっくの当にまわった頃だった。
ベッドからもそもそと降り、例のジーパンと長袖に着替えるとリビ
ングに向かう。
﹁休めたかい?﹂
リビングではアーサーが本を読んでいた。
テーブルには料理が着々と並べられ始めている。
エプロン姿の女の人が3人ほどキッチンとテーブルを行ったり来た
りしていた。
﹁先にお風呂に入ったらどう?﹂
アーサーが稜哉に言った。
浴室はまた一段と広かった。
湯船では十分に足を伸ばすことができ、シャワーの出方も5タイプ
くらいある。
ここの家はとにかく広い︱︱。
いや、そう感じるのは今まですんでいたアパートが狭かったのかも。
そんなことを考えているといきなりアーサーの声が浴室に響いた。
﹁稜哉君、もし天井を空けたければ蛇口のそばのボタンを押しなさ
い。﹂
27
一体今の葉どこから声が?
それに天井が開くだって?
蛇口を見ると確かにそばにボタンがある。
稜哉は試しに押してみた。
すると音もなく天井が左右にスライドし、星の輝く空が現れた。
﹁うわぁ。﹂
思わず稜哉はつぶやいた。
お風呂から上がるとあることに気付いた。
着替えがない。
さっき着ていた服は洗濯機の中ですでに水浸し。
あたふたしていると浴室の壁のマイクに目が言った。
さっきの声はここから︱︱?
向こうからの声が伝わるならこっちからだって。
そう思うとマイクらしきものの隣のボタン、”話”を押した。
すると案の定、アーサーがでた。
﹁どうした?﹂
﹁僕、その、着替えがなくて。﹂
﹁ちょっと待ってて。﹂
コンコン。
28
数分後、誰かが浴室のドアを叩く音がした。
ガラッ。
ドアを開けると稜哉と同い年くらいの、全く同じ顔をした男の子が
2人、服を持って立っている。
﹁君、稜哉君って言うんだって?稜って呼ぶね。﹂
1人の子が言った。
﹁俺はジョン。こっちがオリバー。間違えんなよ。俺ら双子なんだ
けど、時々ママやパパも見分けがつかなくて間違えるんだ。﹂
ジョンはそういうとウィンクをした。
﹁これ、俺たちの服だけど、着てみて。たぶんサイズはピッタリだ
からさ。﹂
オリバーはそう言ってトレーナーを稜哉に渡す。
﹁じゃ、また後で。﹂
2人はそういうとパッと姿を消した。
トレーナーとズボンは稜哉より1回り大きかったが、着ることはで
きた。
天井がしっかり閉まっているのを確認し、浴室を後にした。
29
30
第6話 学校に行くの!?︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その6﹂
オリバー・レストレンジ:
イギリス人系バンパイア。
ポーグラント中等学校に通う7年生︵13︶
レストレンジ家バレンタイン大会では双子のジョンに1個差で勝っ
た。
ジョンよりややそばかすが多いのがあえての特徴。
身長180cm
31
第6話 学校に行くの!?
リビングに戻ると、さっきよりも食事の準備は進んでいてほとんど
いつでも食べられる状態だった。
﹁そろそろみんなを呼ぼうかしら。﹂
エプロン姿の女の人がそうつぶやき、階段を上がっていく。
そして5分後にはお手伝いさんと思われる女の人2人を入れた9人
がテーブルを囲んですわり、チキンやらポテトやらを食べながら話
に花を咲かせていた。
バンパイアは生き血しか吸わないって言ったのはどこの誰だ⋮⋮?
稜哉はふと思う。
﹁明日は稜の学校のもの、買いに行くんだろ?﹂
稜哉の右隣の男の子︱︱たぶんジョンが、言った。
﹁そうね。制服とか教科書も買わないと。それに普段着だって。﹂
長い金髪をくるくる巻いたエプロン姿の女の人、ジョンたちの母親、
ジェーンおばさんが言った。
﹁学校?﹂
稜哉は聞いた。
﹁稜も来週の月曜日から学校に行くんだよ。クラス一緒だといいな。
32
﹂
左隣の男の子︱︱きっとオリバーが笑いかけた。
﹁僕、学校に行くの? どこの?﹂
学校なんてもう二度と縁のない世界だと勝手に決め付けていた稜哉
はビックリして聞き返す。
﹁もしかして、あんた、あたしたちは学校に行ってないとでも思っ
たの?﹂
エマが卵スープを飲みながら言った。
﹁エマ、”あんた”じゃなくて稜哉とちゃんと名前で呼びなさい!﹂
ジェーンおばさんが一喝する。
﹁稜、きみの通う学校はポーグラント中等学校と言ってね、すばら
しい学校だよ。周りの子もバンパイアだし、新学期は9月からだっ
たから心配はいらないよ。﹂
アーサーが言う。
﹁稜もあの高鼻教師、ミハエル・パイパーの授業を受けるのかー。
稜、覚悟しといたほうがいいぜ。﹂
﹁高鼻教師?﹂
ニヤニヤしているジョンに稜哉は言った。
33
﹁事あるごとに生徒を小学生呼ばわりしたり、問題が解けないと授
業妨害だと言ったり。最悪な先生よ。﹂
ハンナが答える。
﹁からかうには最高の人材だけどな。まぁ、1度受ければ納得だぜ。
﹂
オリバーが言った。
﹁そろそろ片付けても?﹂
そんなこんなの食事を終えて、みんなは自分の部屋に散っていく。
稜哉はジョンやオリバーがいなくなった後、アーサーに話しかけた。
﹁アーサーおじさん。﹂
さすがにまだ﹁お父さん﹂とは呼べなかった。
﹁ん?﹂
﹁明日、少しでいいので僕のもとの家や学校に行きたいのですが⋮
⋮。﹂
﹁行っても稜、君はきっと悲しくなるだけだと思うよ。﹂
﹁⋮⋮。﹂
﹁もう君の友だちは君の事を覚えていない。というより君の存在自
体をね。君のお父さんもだ。そして周りの人間たちに私たち吸血鬼
は見えない。﹂
﹁どういうこと?﹂
﹁私たちは私たちの存在を信じるもの︱︱つまり吸血鬼どうしにし
34
か見えないんだ。﹂
﹁じゃあ、どうして僕は今まで人間とつきあえたの?﹂
﹁それは稜が自分のことに気がついていなかったからさ。﹂
稜哉は黙ってしまった。
﹁⋮⋮じゃあ、明日買い物前に寄ろう。ただし、人間の世界に行く
のはこれが最後だ。﹂
﹁ありがとう。﹂
稜哉はアーサーおじさんに礼を言うと部屋に戻った。
35
第7話 まさかの36! レストレンジ家バレンタイン大会︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その7﹂
アーサー・レストレンジ:
イギリス人系バンパイア。
レストレンジ一家の父親。
テレビ会社、﹁RUNNER﹂につとめ、レポーターをしている。
趣味はバイオリン演奏。
身長182cm
36
第7話 まさかの36! レストレンジ家バレンタイン大会
部屋に戻るとオリバーとジョンがすでにいた。
﹁やぁ。まことに勝手ながらお邪魔しているよ。﹂
﹁今夜も盛り上がっていこう!!﹂
オリバーが腕を振り上げた。
﹁稜って意外と背、高いんだな。いくつだ?﹂
﹁175くらいかな。﹂
﹁おおー俺らー5cmってとこか。﹂
﹁この家族って誰が一番年上なの?﹂
稜哉は聞いてみた。
﹁1番上はエマさ。高校1年。しかも超がつくエリート進学校に通
ってる。で次が俺らと稜。7年生。ハンナが末っ子で6年生ってと
こさ。﹂
﹁ハンナって僕より年下だったの?﹂
オリバーの説明に驚いて聞き返した。
どうみてもハンナは同い年か年上だ。
﹁そうだよ。まぁ彼女はよく俺らと同じかそれ以上に見られるんだ。
﹂
﹁俺らが幼すぎるのかもな。﹂
﹁エマの学校って?﹂
﹁アッシリア高等学校。﹂
37
ジョンが答えた。
﹁アッシリア高等学校?﹂
﹁隠れ里で1番頭の良い学校でさ。ポーグラントからは毎年10人
くらいしかいけない。﹂
﹁隠れ里って?﹂
﹁俺たちみたいなバンパイアだけが住む、いわゆる国みたいなもん
なんだ。ここへは人間もチェイサーも入れない。結界が里自体を守
っているんだ。﹂
﹁へぇー。﹂
思わず感心してしまった。
ここは確立した1つの世界ってことか。
﹁ところでどうしてアーサーおじさんは僕の母さんを知っていたん
だろう。﹂
﹁その答えは簡単よ。﹂
突然背後で声がした。
ハンナがドアのそばに立っている。
﹁ハンナ!驚かすなよ。﹂
オリバーが言った。
﹁私も一緒してもいい?﹂
﹁どーぞ、ハニー嬢。﹂
﹁その呼び方、やめてよ。﹂
38
ジョンのからかいにハンナが頬を赤く染める。
﹁ハニー嬢?﹂
﹁ハンナには恋人がいるんだけど、その彼氏はハンナのことをそう
呼ぶんだ。﹂
オリバーがニヤニヤした。
﹁俺たちレストレンジは少なからずもてるんだ。﹂
ジョンがニッと笑って言う。
﹁毎年バレンタインの時期になると俺たちはいくつもらえるか競う
んだ。去年のレストレンジ家バレンタイン大会第1位はぶっちぎり
でエマだった。確か︱︱。﹂
﹁チョコレートやらのお菓子が11個、花束が6束、カードが20
枚くらいで合計36枚以上になります。ちなみに36という数は今
までで最高記録ということで前回のジョンの記録、29を更新です。
﹂
ハンナが事務的口調で言った。
﹁ふぇー!﹂
﹁ハンナよく覚えてんな。﹂
ジョンが感嘆の声を上げる。
﹁そりゃーあなた、あんなに張り合ってたもんねー。﹂
オリバーが言った。
39
﹁今年こそはエマを抜くって意気込んでたんだ。でもハンナだって
すごいよ。30個はもらっていたんだから。﹂
ジョンが笑う。
﹁君らは?﹂
稜哉はジョンとオリバーに聞いた。
彼らだってかなりのイケメンだ。
﹁俺が29個でジョンが28。﹂
﹁あと2つだったんだよなぁー。もっと前日に目立っときゃよかっ
たぜ。﹂
ジョンが悔しそうに言った。
﹁でも今年は分かんないぜ。稜もなかなかのフェイスだからな。﹂
﹁えっ!?﹂
正直稜哉には彼らを抜く自信どころか、追いつく自信さえなかった。
今までも多くて10個だったからだ。
まして36だなんて⋮⋮。
40
第8話 親戚関係︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その8﹂
ジェーン・レストレンジ:
イギリス人系バンパイア。
レストレンジ一家の母親。
金髪の長い髪をカールしている。
趣味はバイオリン演奏。
アーサーとデュエットをよくする。
身長167cm
41
第8話 親戚関係
﹁稜、大丈夫だよ。稜も十分俺らと勝負できる。﹂
オリバーが励ますように言った。
﹁だって私たち、元をたどればみんな血が繋がっているの。﹂
﹁なんだって!?﹂
﹁あなたのお母さんとパパは異母兄弟なのよ。﹂
﹁???﹂
本日何度目か知れないサプライズ。
今度こそ本当に頭がパニックを起こしそう⋮⋮。
ハンナは続ける。
﹁だから私たち、親戚よ。あなたにだってゴッドグリーン・レスト
レンジ伯爵の血が流れているんだわ。﹂
﹁俺らのご先祖様のゴッドグリーン伯爵はな、それはもうイケメン
中のイケメンバンパイアだったんだぜ。﹂
ジョンがつけくわえた。
﹁わが家系にブスはいない!!レストレンジ万歳!!﹂
オリバーが興奮して叫ぶ。
とたんに”しまった”というみんなの表情。
タンタンタン⋮⋮と廊下を歩いてくる音。
カチャッとドアが開くとジェーンおばさんが仁王立ちしていた。
42
﹁何時だと思っていらっしゃるのかしら?﹂
﹁8時。﹂
オリバーがボソッと答える。
とたんにキッとおばさんがにらんだ。
﹁もう、10時25分です。﹂
静かにでも声に怒りを込めていた。
﹁もっと静かに過ごしなさい。﹂
パタンと戸が閉められ、足音が遠ざかっていったとき、みんなの金
縛りが解けた。
﹁静かにしないと俺ら、明日の食材になっちまうぜ。﹂
﹁ねぇ、トランプしましょうよ。﹂
ハンナの提案でさっそくカードが配られた。
﹁ババ抜きでどう?﹂
﹁OK﹂
﹁エマは呼ばないの?﹂
稜は聞いた。
﹁エマは今日は自室にこもって勉強さ。﹂
﹁明日からのテストが大変らしいぜ。﹂
﹁へぇー。﹂
43
﹁はいどうぞ。﹂
ハンナがカードを配り終えた。
﹁ジョン、バーバはきっとお前のとこだぜ。﹂
﹁俺の心が読めるのか?オリバー。﹂
mindなんて基本だろ。﹂
mind?﹂
﹁バーカ。reader
﹁reader
44
第9話 Reader
Mind・男殺しのその笑顔︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その9﹂
隠れ里:
バンパイアだけが暮らせる地域の1つ。
人間は入ることはおろか存在すら分からない。
レストレンジ家もここに住んでいる。
面積/不明
人口/不明
場所/不明
有力説として
・アルプス山脈一帯説
・中国の山奥説
・グリーンランド説
などがある。
森に囲まれた住みやすい地域だとか。
1年の平均気温/不明
メモ/学校は全部で10校あり、そのうち中等学校が3校、高等学
校が3校、大学が3校ある、らしいがこれはウワサでやっぱり確か
ではない。
とにかく、全てが謎につつまれた不思議な地域なのだ。
45
第9話 Reader
Mind・男殺しのその笑顔
﹁私たちは練習するとある程度相手の心を読めるようになるの。﹂
ハンナが説明した。
﹁心を読む?﹂
﹁相手が何を考えているのか、その気になれば分かるってことさ。﹂
﹁じゃあ、僕がいま、何考えているか分かるの?﹂
Mindができるか知りたい、そん
オリバーは稜哉の目をじっと見つめてきた。
﹁どうやったらReader
な感じだろ。﹂
Mindは8年生になったら教えてもらえるから
﹁あた⋮⋮り⋮⋮。﹂
﹁Reader
Mindはやらないよ。
な。稜哉も来年にはできるようになってるぜ。﹂
人の心を勝手に読むなんて⋮⋮。
気味が悪いなぁ⋮⋮。
﹁まぁ、そんなしょっちゅうReader
それに100%読めるわけでもないんだ。﹂
オリバーがニッと微笑んだ。
男の稜哉も十分ドキッとさせられるような笑顔。
﹁オリバー。そんな色っぽい目を稜哉に向けないの。﹂
﹁じゃあ、ハニー嬢が相手ならOKかな?﹂
46
﹁うっさいわねー。﹂
ハンナはムスッとすると、さっさとカードを一枚引き、場に捨てた。
彼女のもち札、残り1枚。
﹁ハニー嬢がもう1枚だぜ。﹂
オリバーが言う。
Mindをかけ
﹁ハニーちゃん、ハニーちゃん、残りの1枚はバーバですね?﹂
ジョンがハンナの目を見つめながらReader
ようとしている。
彼の瞳は10万ボルト。
稜哉はふと思った。
﹁存じませんわ。﹂
ハンナはそう言いジョンから目線を外すとオリバーにカードを引か
せる。
﹁あーがーりっ!﹂
﹁上がっちゃったよ。ハニー嬢が。﹂
﹁ハニー嬢はやめてってば。﹂
﹁さてさて稜、どっちのカードが欲しい?ちなみにこの2枚のうち
1枚はババ、1枚はスペードの4.﹂
オリバーがカードを向けて言う。
稜哉のカードは4とJ。
47
4が欲しい。
というか絶対ババはごめんだ。
カードを引く。
﹁ジョーカーだ。﹂
Mindかけ
Mindはしょっちゅうかけない﹄だ
﹁てっめぇーオリバー!!お前、稜にReader
ただろ!!﹃Reader
なんて、さっき言ったことに責任持てよ。﹂
Mindは基本的
﹁ふははは。兄貴よ、世の中はそう甘くはないのだ。﹂
﹁僕にババを引かせたの?﹂
﹁さぁ?﹂
オリバーがすっ呆ける。
﹁稜、いいこと教えてあげるわ。Reader
に相手の目と自分の目を合わせなければかからないの。﹂
﹁さぁ、稜、いってみよう。﹂
手元にはジョーカーと9。
稜哉はなるべくオリバーと目を合わせないようにカードを引いた。
スペードの9。
よっしゃ。
ジョンが稜哉のカード、ジョーかを引き手元は0枚。
﹁僕も上がり!!﹂
﹁はーぁー。で、結局のところ。﹂
48
﹁双子対決になるんですね。﹂
バチッ。
ジョンとオリバーの間に今、間違えなく火花が散ったよな⋮⋮。
﹁これはもう、俺の勝ちだよな、ジョン。﹂
﹁ジョンに10デリー賭けるわ。﹂
﹁デリー?﹂
﹁お金の単位。1デリー≒100円らしいぜ。稜はもちろん俺に2
0デリー賭けるよな?﹂
﹁えっ。僕賭けるなんて一言も﹂
﹁まぁまぁ稜。任せとけって。寝るときにはあっという間に30デ
リーだぜ。﹂
カードを引くたびに見つめあう双子。
それはなんというか⋮⋮正直ちょっと不気味な光景。
Mindをさんざんかけあった挙句、オリバーのカ
﹁あーがーり!﹂ Reader
ードが無くなった。
﹁30デリーおめでとう。﹂
オリバーの笑顔がまた稜哉の心を一瞬ときめかせる。
僕って実は同性愛者⋮⋮?
トランプはその後も続き、みんなが部屋に戻ったのは夜中の12時
49
過ぎ。
ベッドにはいった稜哉は今日1日をなんとなく振り返る。
1日とは思えないほど新しいことがたくさんで︱︱。
明日からはどんな毎日なんだろう。
目を閉じればもう明日に︱︱。
50
第10話 ポーグラントは最高だ︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その10﹂
クラス:
Aクラス︵=超エリートクラス︶
Bクラス︵=スタンダードクラス︶
Cクラス︵=ファーストクラス︶
学年末のクラス分けテストで決められる。
Aが一番学力の高いクラス。
51
第10話 ポーグラントは最高だ
目が覚めたのは6時きっかりだった。
朝食はココアと玉子焼きとトーストにサラダ。
稜哉はバンパイアの朝食はココア1杯だとかいう話を思い出してな
んだかだまされたような気がした。
ココア1杯どころかしっかり食べているじゃん。
﹁稜、10時にはここを出るよ。﹂
アーサーおじさんが言う。
﹁そんなに早く出て一体どこに行くの?1時からでいいんじゃない
?﹂
﹁僕のもといたところ⋮⋮人間の世界によるつもりなんだ。﹂
﹁まじで!?﹂
ジョンとオリバーが興奮して言った。
﹁うん。﹂
﹁パパ、俺らもついてくよ。﹂
﹁お前たちは家で待っていなさい。来たって意味ないんだから。﹂
﹁私も行きたいわ。﹂
﹁ハンナ!﹂
﹁どーせさ、人間に俺らは見えないんだし、いいんじゃないの?﹂
このオリバーの一言で、結局家族全員で︵エマは試験があるからと
断ったけれど︶行くことになった。
52
﹁さぁ、みんな食べ終わったかしら?﹂
※ ※ ※
﹁稜、人間界ってどんなんなんだ?﹂
﹁どんなって言われても⋮⋮。﹂
ジョンに聞かれて返事に困った。
﹁ここと、あんまり変わらないと思うなぁ。まぁ、来たら分かるよ。
﹂
﹁ふぅん。﹂
﹁ねぇ、ポーグラント中等学校ってどんなところなの?﹂
﹁いいところだよ。というか最高だね。﹂
オリバーが答える。
﹁稜の学校がどんなだったかは分からないけど、ポーグラントはき
っと気に入ると思う。﹂
﹁たぶん、明後日あたり、クラス分けテストを受けると思うから、
良い点、とってこいよ。﹂
﹁クラス分けテスト!?﹂
﹁そう、A∼Cまで3クラスが生徒のレベル別で別れているんだ。
で、俺らはAクラス。﹂
﹁Aクラス?﹂
﹁別名、超エリートクラスなんて呼ばれちゃってるけど、実際はそ
んなエリート集団ばかりじゃない。もちろん俺らもその1員で。3
クラスの中で一番テンションが高いクラスだよ。﹂
53
﹁へぇー。﹂
﹁稜も来れる来れる。頑張ってこいよ。﹂
Aクラスなんてとても僕には無理だ⋮⋮。
それにどんな問題が出るんだろう。
昨日自分がバンパイアだと知ったようなヤツに解けるような問題な
んてあるんだろうか。
﹁部活は入るよな?﹂
ジョンが聞いた。
﹁何部があるの?﹂
﹁バスケ、テニス、スケートとか。﹂
﹁文化部ならオーケストラ、ギターもあるぜ。﹂
﹁サッカー部は?﹂
﹁サッカーは⋮⋮ない。﹂
稜は少しがっかりした。
今までずっとサッカーをやって来たからだ。
﹁バスケ部、勧めるぜ。﹂
オリバーがウインクする。
﹁去年なんか中等大会で優勝。ラストの3ポイントシュートが決ま
ったんだ。﹂
﹁まぁ、落ちついたら考えてみるよ。﹂
﹁ぜひそうしてくれ。﹂
54
コンコン。
ノックの音がした。
﹁稜、そろそろ行くよ。﹂
アーサーおじさんがドアから顔を出して言った。
﹁はい、準備します。﹂
﹁いよいよ人間界にお出かけだぜ。﹂
﹁さぁ、行こうか。﹂
55
第11話 出発
﹁みんな、準備は出来たかな。﹂
9時45分ごろ、アーサーおじさんをはじめ、エマ以外はみんな玄
関にいた。
﹁ねぇ、ジョン、どうやって行くの?﹂
﹁そりゃー、普通に汽車だろ。﹂
﹁汽車!?﹂
稜哉は驚いた、
汽車なんて模型でしか見たことない。
﹁そういえば、隠れ里って地球のどの辺にあるの?﹂
﹁いい質問だ。﹂
オリバーがニッと笑う。
﹁それは︱︱﹂
﹁それは?﹂
﹁北極。﹂
﹁北極!?﹂
うそだろ?
﹁なーんてな。冗談。﹂
なんだ⋮⋮。
56
まさかな。
﹁で、どこにあるの?﹂
﹁それはヒ・ミ・ツ。﹂
﹁⋮⋮。﹂
外に出ると、あたりは一面、木に囲まれていた。
そういえば僕、ここに来てまだ1度も外に出ていない。
こんな自然の中に家があるなんて。
頭上には雲1つない青空、周りの木々の間からは日が射し込み、葉
が光っている。
小鳥のさえずりにつつまれた、心地の良い森の中。
石畳に沿って30分ほど歩くと森を抜け、今度は街らしきにぎやか
さに包まれる。
﹃ガレンシア街﹄
﹁ここにはけっこういろんな店があるんだ。﹂
﹁どんな店?﹂
﹁そーだなー。俺がよく行くのは﹃Tricky﹄で、ここはスス
メルぜ。﹂
﹁いろいろ楽しいグッズが山盛りさ。﹂
﹁でもその分リスクが高いのをお忘れなく。﹂
ハンナが言う。
﹁はいはい。﹂
ジョンが肩をすくめる。
57
BALLつかってキャッチボールしてたら、ボ
﹁どういうこと?﹂
﹁この前、BAT
ールが途中で割れて大惨事に。﹂
﹁?﹂
﹁ボールから100匹くらいの小さいコウモリが飛び出したのよ。
その後の駆除が大変で。6時間くらいかかったのよ。﹂
ハンナがうんざりした様子で言った。
﹁稜も今度連れてってやるよ。﹂
﹁ジョン、そんな怪しい店に稜を連れて行くんじゃありません。﹂
ジェーンおばさんがジョンをきつくにらむ。
﹁そういえばボーリング場もあるぜ。﹂
オリバーが話題を変えた。
﹁ピンの真ん中にニンニクの絵が書いてあるやつ。全く嫌がらせに
も程があるよな。﹂
﹁ニンニク、ダメなの?﹂
﹁全く食べられないわけじゃないけど、できれば避けたい。﹂
チラッとジェーンおばさんを見ながら言う。
﹁ママは毎週1回、夕食にニンニクを出すんだ。﹃好き嫌いをする
んじゃありません!﹄って。﹂
﹁みんなは食べられるの?﹂
﹁ダメなのは俺とジョンだけ。ハンナなんかニンニク好きで、真っ
58
先に食べるんだぜ。ありえないよな。”たまりニンニク”とかいう
やつがこのまえなんか机の上においてあったし。信じられないぜ。﹂
﹁ヒイラギの葉は?﹂
﹁ムリ。だって見た目からしていたそうじゃん。触ったら刺さりそ
うだし。﹂
﹁ふははっ。﹂
思わず笑ってしまう。
なんだかかわいい1面もあるんだなぁ。
﹁そういえば血って吸うの?﹂
﹁あー、俺らは吸わない。﹂
﹁でも吸う人もいるのよ。﹂
ハンナが嫌そうな顔をした。
﹁変態プリンス6年B組、ポール・グラントか。﹂
ジョンがニヤニヤして言った。
﹁誰?その変態なんとかって。﹂
﹁かわいい女の子の生き血を隙あらばいただこうって奴さ。﹂
﹁ほんと、私たちからも吸おうとするのよ。気持ち悪いったらあり
ゃしないわ。まぁ、悪い人じゃないのだけど。﹂
﹁ハンナはポールと同じクラスなんだ。﹂
他人の血を吸う奴のどこが悪い人じゃないんだろう。
僕には極悪人にしか思えないけど。
﹁これから汽車に乗るよ。﹂
59
Station︽テ
アーサーおじさんがそう呼びかけたとき、5人は古めかしい、でも
どこか趣のある駅︱︱|Timishora
ィミショーラ 駅︾の前にいた。
﹁はい、切符。﹂
茶色の5?くらいの正方形の大きさのその切符にはこう書かれてい
た。
﹃Timishora↓Tokyo﹄
﹁これ、このTokyoって人間界の東京駅のこと?﹂
稜哉は不思議に思った。
あの東京駅に汽車が?
それに隠れ里と東京はつながっていたの?
Stationつまり東京駅のことだよ。稜も何度
おじさんは微笑んで言った。
﹁Tokyo
も使ったことあるだろう?﹂
60
第12話 汽車に乗って︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その10﹂
お金の単位:
ゼラ︵zera︶1ゼラ≒5円
デリー︵derry︶1デリー≒100円
ニージ︵neege︶1ニージ≒1500円
スペクター︵spector︶1スペクター≒10000円
作者︶
第9話で稜哉は20デリーかけていたけれどつまりだいたい200
0円かけてたってことなんですね︵BY
61
第12話 汽車に乗って
Timishora駅から発車した汽車、”Green”に乗った
稜哉は興奮していた。
もうすぐ東京に帰れるんだ︱︱。
みんなに会える。
汽車は稜哉が今まで乗った新幹線のどれよりも速い速度だった。
﹁途中で止まったりしないの?﹂
﹁この汽車はTokyo駅以外にはとまらない。いわゆる”急行”
さ。﹂
森を抜け、田畑を抜け、トンネルを抜け、淡々と走り続けている。
﹁ママ、どれくらいかかるの?﹂
﹁30分くらいよ、ハンナ。﹂
ジョンとオリバーは稜哉の隣で東京に着いたら何をするか話してい
た。
﹁道行くおっさんたちの髪、引っ張ってみないか?ほら、人間は”
カツラ”とかいうのしているんだろ?引っ張ったとたんズルッだっ
たりして。﹂
﹁バカを言うんじゃありません!!﹂
ピシャッ。
間髪入れないジェーンおばさんの平手打ちがみごとにオリバーの頬
62
にヒットし、彼らはその後黙りこくってしまった。
ピーンポーンパーンポーン。
﹃まもなく、終点、Tokyoです。お忘れ物のございませんよう、
ご注意ください。今日も特急”Green”をご利用くださりあり
がとうございました。﹄
それから5分後︱︱。
﹁ここが東京?﹂
稜哉は思わずつぶやく。
レンガで造られたプラットホームに彼らはいた。
﹁さあ乗換えだよ。﹂
茶色い切符を握り締め、あたりをキョロキョロしながら稜哉は一行
についていく。
あたり一面、赤茶色で敷き詰められたその場所は不思議な雰囲気を
かもし出していた。
﹁α線はどこだ?﹂
﹁α線?そんなホーム、ないと思いますけど。﹂
﹁稜、私たちは人間と同じ列車には乗らないんだよ。バンパイア専
用の列車がちゃんとあるんだ。﹂
﹁はぁ。﹂
僕は今まで何度も東京駅には来たはずなのに。
知っているはずの場所なのに、全く言ったことのない異世界にいる
ような心細さ。
63
1人じゃないとはいえ、不安感は拭いきれなかった。
﹁さぁ、急ぐよ。発車してしまう。﹂
階段を駆け上がって駆け込み乗車した列車も汽車で煙突から灰色の
煙をチラチラと出している。
﹁東京に汽車なんか走って平気なの?﹂
﹁稜、この汽車は人間には見えていないのよ。線路だって見えてい
ない。﹂
ジェーンおばさんが笑いかける。
﹃次は新宿。お降りの際は足元にご注意ください。﹄
﹁稜のお家は駅から20分のところだよね?﹂
﹁はい。そうです。﹂
﹁OK﹂
徐々に汽車はスピードを落とし、こげ茶色につつまれるプラットホ
ームに停車した。
﹁降りるよ。﹂
さすが新宿。
バンパイア専用のホームだとはいえ人がごった返している。
稜哉はアーサーおじさんたちを見失わないようにひょこひょこ後を
ついていき、改札を抜けた。
64
第12話 汽車に乗って︵後書き︶
作者にとって忌々しい中間試験とやらが今日でついに終わりました
!!
ということで再び連載開始です★
Time﹂にて”レストレンジ家周辺
どうぞよろしくお願いしますね。
作者のブログ、﹁Free
MAP”を公開中!!
アクセスっっ
http://ameblo.jp/yui−06−12/ent
ry−10376097858.html
65
第13話 赤い靴ひもと父さん︵前書き︶
隠れ里:豆知識その13
ポーグラントにある部活、同好会
︵運動部︶バスケ部、テニス部、Jazzダンス部、水泳部、フェ
ンシング部
︵文化部︶オーケストラ部、ギター部、合唱部、家政部、バックギ
ャモン部、オセロ部、
︵同好会︶ファッション同好会、トランプ同好会、森林浴同好会、
ワンダーフォーゲル同好会
66
第13話 赤い靴ひもと父さん
﹁あんまりこっちと変わらないね。﹂
ジョンがもらした。
改札をでて外に出た彼らを、秋晴れの空が包み込む。
相変わらずだ。
稜哉は思った。
人の多さ、ずっしりと構えるデパート、高級そうな洋服や、何もか
も、変わってはいない。
﹁お家を先にする?それとも学校?﹂
﹁あー、家に﹂
きっと父さんはいないだろうな。
﹁パパ、俺らはこの辺うろついているから。﹂
ジョンとオリバーはそういい残して消えていく。
﹁私たちもこのあたりにいますよ。﹂
ジェーンおばさんが笑いかけた。
駅から20分弱歩いた住宅街に稜哉のマンションはあった。
﹁⋮⋮ただいま。﹂
67
案の定、家は真っ暗で人の気配はしなかった。
﹁⋮⋮。﹂
僕の住んでいた様子がまるでない。
﹃君の住んでいた形跡はすべからく消した﹄というアーサーおじさ
んの言葉を思い出す。
本当に無くなっちゃったんだ。
稜哉の部屋だったところは本棚がぎっしりとあり、書斎のようにな
っていた。
彼の使っていた机もベッドもタンスも、靴下の片方さえそこにはな
かった。
﹁はぁ⋮⋮。﹂
ある程度の覚悟はしていたつもりでも、やっぱり悲しかった。
来なければよかった。
﹁あの、帰ります⋮⋮。﹂
﹁そうか。﹂
稜哉はアーサーおじさんに続いて靴をはいた。
そのとき、赤い靴ひものスニーカーが目に入った。
﹁あっ。﹂
68
父さんが自分で靴ひもだけ買ってきて付け替えたスニーカーだ。
︱︱ ︱︱ ︱︱
﹁こんな真っ赤なのを買ってきたの?﹂
﹁え?変かなぁ。﹂
﹁変って言うか、うん、変。﹂
﹁じゃあ、今度稜が選んでよ。﹂
﹁は?ヤダよ。めんどくせー。﹂
﹁ははははは。﹂
︱︱ ︱︱ ︱︱
﹁赤が似合うよ。﹂
﹁えっ?﹂
﹁いや、なんでもないです。﹂
振り返ったアーサーおじさんに稜哉はそう言い笑いかけた。
﹁いきましょう。﹂
僕の思い出の中に父さんと過ごした日々はあるんだ。
69
第13話 赤い靴ひもと父さん︵後書き︶
長らくお待たせしました。
受験勉強の合間にチョコチョコとかいてやっと今15話まで書けま
した。
ふはぁー。
私も受験勉強放り出して隠れ里行きたいですわー︵笑︶
70
第14話 Tokyo↓Fanaporne
﹁次は学校だね。﹂
﹁あの、やっぱりもういいです。それよりも買い物のほうに行きた
いです。﹂
﹁あ、いいのかい?﹂
﹁はい。﹂
心配そうな顔のアーサーおじさんに稜哉は笑顔で返した。
﹁そうか、じゃあ、みんなに連絡しよう。﹂
数十分後、6人はTokyo駅から発車する汽車、”Spark”
に乗っていた。
﹁それでさ、俺がコップ持っただけで周りの大人たちは不思議そう
な顔で俺を見るんだぜ。子供はオバケーとかなんとか叫ぶし。﹂
オリバーが笑った。
﹁何かほかにしたんじゃないの?﹂
﹁いや、ほらバンパイアを信じないにんげんに俺らのことは見えな
いからさ。おもしろかったぜ。﹂
﹁あんまり目立つことするんじゃありませんよ。﹂
﹁ママ、別に大丈夫だよ。ヅラ作戦はやってないし。﹂
﹁まったくもう。﹂
71
﹁あの、これからどこへ行くんですか?﹂
﹁これから?もちろんポーグラントよ。﹂
ハンナが答えた。
﹁え?だって学用品買うんじゃ。﹂
﹁ポーグラント百貨店に行けば全てそろうの。それに普通のお店よ
り安いのよ。﹂
おばさんがにやっとする。
﹁稜、ついでにクラス分けテストも受けておいで。予約はしてある
から。﹂
﹁ええ!?﹂
﹁30分で終わるから大丈夫。﹂
おじさんが言った。
﹁あ、はい。﹂
一体何をやらされるんだろう。
テストってペーパーかなぁ。
﹁稜、Aに来なかったらバツゲームな。﹂
ジョンがニッと笑った。
﹁えっ!?いや、たぶん無理。﹂
﹁そんなこと言うなよ。平気平気。Cになんかなったらボーズにす
るからな。﹂
72
﹁それは勘弁っ!!﹂
気楽に言うオリバーと対照的に、稜哉の緊張は今やピークを迎える。
ファナポーネ
﹃まもなく”Fanaporne駅”です。お降りの際は足元にお
気をつけください。﹄
﹁降りるよ﹂
﹁駅からどれくらいなんですか?﹂
﹁歩いて1分よ。﹂
﹁1分?﹂
﹁ポーグラントはね、駅のすぐ前にあるのよ。﹂
ハンナが説明した。
﹁へぇー﹂
汽車が止まり、ドアが開いた。
﹁さぁ、行こうか。﹂
73
第14話 Tokyo↓Fanaporne︵後書き︶
次回の更新は未定です
ごめんなさい⋮⋮︵泣︶
74
第15話 ポーグラント中等学校
ファナポーネ
茶色い改札機を抜け、階段を下りると、東京とはまるで違う風景が
稜哉をつつんだ。
﹁うわぁー。すごい。﹂
あたり一面、木、木、木。
森の中に溶け込むようにしてFanaporne駅はあった。
﹁俺たちのところはさ、街も多いけど、それと同じくらい森も多い
んだ。﹂
﹁すごいね。﹂
﹁稜、先にテストを受けておいで。﹂
﹁あっ、はい。あの、でも、どこに行けばいいんですか。﹂
﹁ジョン、稜を受付に。﹂
﹁OK、パパ﹂
駅から約1分歩いた森の中に、金の門を正面にしてポーグラント中
等学校はあった。
門をぬけ、天使像を通り過ぎ、花のアーチをくぐった後、目の前に
ある大きな建物に稜哉は足を踏み入れる。
﹁クラス分けテストを今日、予約したレストレンジですが、この子
をお願いします。﹂
ジョンが窓口らしきところで真っ黒いスーツに身をつつむ女の人に
話しかけた。
75
﹁レストレンジ様ですね。かしこまりました。﹂
女の人はそういうとわきの扉から出てきた。
﹁こちらへどうぞ。﹂
﹁じゃあ、稜、頑張って来い!30分後にここにくるからさ。﹂
﹁はいよ。﹂
稜哉はジョンに片手を上げると女の人についていった。
﹁こちらです。荷物はこのロッカーに全て入れてください。﹂
案内されたのは体育館ほどの広さの大きな講義室。
壁の両側にロッカーが並び、正面の中央には黒板があった。
稜哉がロッカーに荷物を入れると、女の人は鍵を閉めた。
わたくし
﹁テスト終了までこの鍵は私が預からせていただきます。カンニン
グ等の不正行為防止のため、規則となっておりますのでご了承くだ
さい。それでは問題を配布します。答えは全て、こちらの機械に書
き込んでください。﹂
稜哉は急いで近くの席に座った。
座り心地のよい、ふかふかした椅子だった。
手元にゲーム機ほどの大きさの機械とタッチペンがおかれた。
わたくし
﹁私が始めといいますのでそうしたら画面をペンでタッチしてくだ
さい。﹂
﹁はぁ。﹂
﹁それでは始めてください。﹂
76
第16話 食堂メルヘン︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その14﹂
食堂メルヘン:
セルフサービスのバイキング形式。
いくら食べても1ニージ︵1500円︶
オススメはレバニラ
チョコレートケーキは﹁隠れ里ケーキ大会2009﹂で大賞受賞!
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77
第16話 食堂メルヘン
﹁稜は大丈夫だったか?﹂
オリバーが戻ってきたジョンに聞いた。
﹁全然OK﹂
﹁そっか﹂
﹁稜が終わるまで私たちはメルヘンにいましょうか。﹂
ジェーンおばさんの提案で5人はポーグラントの食堂、メルヘンに
行った。
﹁いらっしゃいませ、5名様ご案内でーす﹂
ガラスのドアがスーと開くと明るい店内が5人を取り巻いた。
﹁あらっ。双子のレストレンジ君にハンナちゃんじゃない。﹂
白いフリルのエプロンをつけたウェイトレス、クララが話しかけた。
﹁おっ、クララちゃんじゃん。元気?﹂
﹁元気よ。3人とも元気そうで。あら、レストレンジさん、こんに
ちは。今日はご家族で?﹂
﹁そうなのよ。この子達の従兄弟がいまクラス分けテストを受けて
いるんだけどね。来週からここに通うのよ。﹂
﹁従兄弟さんがいらっしゃったの。﹂
﹁オリバーたちと同い年の男の子なのよ。﹂
78
ハンナが言った。
﹁じゃあ、ぜひ今度はその子も一緒に来てくださいね。﹂
﹁俺、なんか飲み物欲しいんだけどいい?﹂
ジョンがメニューを見ながら言った。
﹁そうね、クララさん。オーダーをお願いしても?﹂
﹁もちろんです、レストレンジさん。何になさいます?﹂
﹁ジョンと俺はメロンソーダを。ハンナは?﹂
﹁私はオレンジジュース﹂
﹁じゃ、私とアーサーはコーヒーを﹂
﹁かしこまりました。ほかにご注文はございますか?本日はイチゴ
のケーキがオススメですが。﹂
ハンナがイチゴのケーキに反応したけれど、結局ドリンクだけの注
文をした。
﹁イチゴケーキ⋮⋮﹂
﹁ハンナ、それは今度になさい。﹂
﹁ケーキ好きのハンナ﹂
ジョンが言う。
﹁でもここのケーキは美味しいよ。チョコレートケーキなんかケー
キ大賞を取っているし。﹂
オリバーが入口の壁にかかっているポスターを見る。
﹃当店、メルヘンのチョコレートケーキが隠れ里ケーキ大会200
79
9で大賞受賞!!
舌触りのよいチョコ生クリームと⋮⋮。﹄
﹁これを飲んだら行こうか﹂
アーサーおじさんが言った。
﹁そうね﹂
﹁さあて、稜はどうかな?﹂
一方稜哉は︱︱。
﹁残り時間5分です。﹂
﹁くそっ。あと5分しかないのに﹂
今までの25分で解いた問題はたったの2問。
残り18問。
﹁ヤバイ。さっぱり分からない!もう勘で行くかな⋮⋮。﹂
﹁あと3分です﹂
その言葉を合図に、猛烈な勢いで画面の答えにヤマカンでマークを
つけていくのだった。
80
第17話 Aクラスかボーズ頭か
﹁終了です。機械を返してください。﹂
3分後、稜哉はタッチペンを置くと、機械を渡した。
﹁5分で結果が出ますので少々お待ちください。﹂
﹁あの、トイレに行きたいんですけど。﹂
﹁入口を出て右にあります。﹂
廊下に出た稜哉はほうっとため息をついた。
なんとか終わった。
かたっぱしから?にマークをした彼は問題はもちろん読んでいなか
った。
Cクラスはおろか入学不可かも。
講義室に戻ると女のひとは言った。
﹁結果が出ましたので荷物を持って受け付けにきてください。書類
をお渡しします。﹂
ロッカーから荷物を出し、女の人の後に続いて講義室を出た。
﹁おーい稜、どうだった?﹂
受付のそばにすでに5人はいて、オリバーが手を振った。
ははは。どうだったもなにも。
81
﹁相当ヤバイ!!﹂
﹁Cならボーズ。忘れんな。﹂
ジョンが笑った
﹁こちらが書類です。来週月曜日、お待ちしております。﹂
女の人は稜哉に書類を渡すと、ニコッと笑って歩いていった。
﹁開けろよ。﹂
﹁えっ。でもまだ心の準備が﹂
﹁もーらいっ﹂
﹁こらっ。﹂
オリバーがひょいと封筒を取り上げると、中から紙を出した。
﹁ど、どう?﹂
﹁⋮⋮。﹂
1枚の紙に集まる5人。
本来最初に見るはずの人間、いや、バンパイアがわきに1人。
﹁こりゃあ、ボーズかな。﹂
ジョンが顔を上げて稜哉を見ていった。
﹁得点10点、Cクラス。﹂
⋮⋮。
82
﹁あ、そう。﹂
正直、入学不可とか書かれてなくてよかった。
﹁稜もはれて明後日からポーグラント校生ね。﹂
ジェーンおばさんがにこりとほほえむ。
﹁さぁて、いろいろと買いに行こうか。﹂
オリバーやジョンにぽんと背中を叩かれて、稜哉は校舎を出た。
83
第17話 Aクラスかボーズ頭か︵後書き︶
アルファポリスにてなんと879pt!!
みなさんありがとう!!
84
第18話 蝶ネクタイとマントでキメテ★
ポーグラント百貨店は出てきた校舎の裏側にあった。
伊勢丹みたい。
稜哉は思った。
﹁制服を先にしましょうか。﹂
売り場案内のボードを見ていたジェーンおばさんはそういうと、入
口の隣のエレベーターに乗った。
﹁どんな制服なの?﹂
﹁そうだな、男子は白のYシャツに黒のズボン。黒の蝶ネクタイに
この時期はマント。﹂
﹁マ、マント?﹂
﹁そう、この辺じゃ、マントをつける学校はポーグラントくらいさ。
ほとんどはブレザーだからね。﹂
オリバーが自慢げに話す。
﹁女子の制服も珍しいのよ。ピンクのドレスなの。腰のところを結
ぶんだけど。しかもローファーじゃなくて黒のハイヒールが指定な
の。﹂
﹁ヒール!?﹂
ハンナの言葉に稜哉は驚いた。
私服学校でヒールならまだしも、制服の1つとしてだなんて。
85
﹁8階です﹂
エレベーターガールの声とともに扉がゆっくりと開き、目の前にに
ぎやかなフロアが広がる。
﹁こっちよ。﹂
ジェーンおばさんを前に、6人は”バットマン”という制服店に入
った。
﹁いらっしゃいませ。﹂
20歳くらいの男に人が近づいてきた。
﹁この子用のポーグラントの制服を一式いただけます?﹂
﹁サイズを測らせてもらえますか?﹂
”佐藤”というネームカードをぶら下げたその男のひとはメジャー
を持ってくると小さな台に立つ稜哉の身長やら、肩幅を測り始めた。
佐藤さんが測っている間、稜哉はあたりをなにげに見渡していた。
学ランやセーラー服にブレザー。
懐かしいような制服がそこには並んでいた。
﹁稜、これだよ。﹂
ジョンが呼ぶほうを見てみると、黒のマントにベストをつけ、蝶ネ
クタイをつけているバーテンダーのようなマネキンがいた。
ブレザーやら学ランの中に混じっているそのマネキンはパッと見、
浮いていた。
86
﹁まさか制服ってそれ?﹂
﹁さようでございますよ。﹂
佐藤さんが稜哉を見ていった。
﹁ポーグラントはマントと蝶ネクタイがとてもいいですよ。君は背
が高いからとても似合いますよ。﹂
計り終わった稜哉は台を降りると、佐藤さんから大きな箱を渡され
た。
﹁こちらが冬服です。ご自宅で洗えます。白Yシャツ、ベスト、ズ
ボン、マント、蝶ネクタイが入っています。こっちの箱は夏服で白
M.S.”と金の
Yシャツとズボンが入っています。スーツケースはこちらです。﹂
真っ黒のスーツケースには”Porgrant
刺繍が入っている。
﹁以上でよろしいでしょうか﹂
﹁ありがとう。﹂
﹁お会計、2スペクター、3ニージ、9デリーです。﹂
﹁ありがとうございましたー﹂
おじさんが財布からお札とコインを何枚か支払い、6人は店をでた。
﹁さて、次は教材ね﹂
87
第18話 蝶ネクタイとマントでキメテ★︵後書き︶
明日から冬期講習⋮⋮。
がんばります!!
88
第19話 個性的な教材
8階の制服店、”バットマン”を出た6人は今度は6階の巨大な書
店、”Booker”にいた。
﹁稜、さっき受付でもらった書類の中に、教材リストが入っていな
かった?﹂
﹁今見てみます。﹂
もらった封筒をガサガサあさってみる。
﹃制服のご案内﹄﹃入学金、授業料について﹄﹃3年間の授業カリ
キュラム﹄etc...
﹁これかなぁ﹂
薄黄色の紙に﹃7年C組 使用する教材﹄とプリントしてある。
﹁それよ﹂
ハンナが横から覗いた。
﹃以下の教材をそろえてください。
・生物I⋮⋮Keirin社
Bat⋮⋮Afuro写真館
・生物便覧⋮⋮Hamajiya出版
・The
・星座早見本⋮⋮ケンタウルス社
・四季の夜空⋮⋮星妍出版
・化学I⋮⋮秀英書籍
89
・基礎からの化学I問題集⋮⋮秀英書籍
・各パーティでの作法⋮⋮M&M社
・食べ方マナー⋮⋮E.L出版
・服装マナー⋮⋮E.L出版
以上10冊﹄
Batが怪しいけど︶と
﹁ねぇ、一体君らの学校はどんな授業をするんだ?﹂
教材リストを見た稜哉は唖然とした。
星座早見本?マナー?
まともに想像ができるのは生物︵The
化学くらいだ。
﹁どんなもなにも。何も特別なことはやらないぜ。﹂
﹁さぁ、じゃあ探してきましょう。稜、あなたは上の5冊を探して
きてくれる?オリバー、一緒に行ってあげて。私たちで残りを探し
てくるから。﹂
理科系のコーナーはすぐに見つかった。
1つの本棚にびっちりと教科書やら参考書やらが並びそれが4つく
らいあった。
生物だけでざっと100はあるな⋮⋮。
﹁Cクラスでも同じ教科書なんだな﹂
オリバーが言った。
﹁そうなの?﹂
90
﹁ああ。化学の問題集は違うけど。俺らは3ステップていうのを使
っているんだ。﹂
﹁ふーん。ところで生物Iってこれかな?﹂
B5サイズの緑の表紙に大きなリスの写真︵なぜにリス?と稜哉は
思った︶のその教科書には”生物I”と書かれていた。
Bat﹂
Bat”という教科書は表紙全面がコウモリの写真でそ
﹁ああ。それそれ。はいよ、生物便覧とThe
”The
れがA4サイズだったものだから強烈なオーラを放っていた。
﹁次は星座か﹂
﹁星座の授業って何をするんだい?﹂
﹁星占いとか星の動きで近未来を予想するんだ﹂
﹁占いが授業なの?﹂
﹁そ。正直眠いよ、この授業は。﹂
﹁数学とか国語ってないの?﹂
﹁数学?国語?なにそれ。﹂
﹁えーと計算したり図形の問題を解くのが数学で物語文とか説明文
ゆうすう
読むのが国語﹂
﹁ああ、遊数とリーダーのことか。それならハンナの学年で終わり
さ。﹂
﹁終わり!?﹂
﹁ああ。6年生まででそれは終わる。あとはやりたかったら高校で
専門的にやるんだ﹂
﹁2人ともそろった?﹂
ふと横を振り向くとハンナが両腕に教科書を山積みにして持ってい
た。
91
﹁うん。そろったよ。﹂
稜哉はそういうとハンナの持っているうちの半分を自分で持ち、ジ
ェーンおばさんについていってレジに並んだ。
92
第20話 あたたかい家族
﹁これでもう買うものはないわね。﹂
ポーグラント百貨店を出た6人は駅に向かって歩いていた。
﹁なんか、たくさん買ってもらってしまってすみません。﹂
﹁そんなこと気にしなくていいのよ。稜は家族なんだから。帰った
ら学校の準備しましょうね。﹂
たった2日前に会ったばかりなのに、もうずっと前からこの人たち
と暮らしている気がする⋮⋮。
きっとそんな錯覚はポーグラント一家の暖かさからくるのかなぁ。
ふと稜哉は思った。
一人っ子で小さい頃から父親と2人きりで過ごしてきた稜哉にとっ
て母親や兄妹がいるのはなんだか不思議な感じだった。
もちろん2人で暮らしてきた今までも楽しかったけれど、それとは
違う⋮⋮友だちが家に泊まりにきているような感覚だった。
Fanapone駅の改札を抜け、再び汽車にゆられて約1時間。
Timishora駅の改札を抜け、ガレンシア街をとおり、森林
に囲まれた家に戻った。
﹁ポーグラントのことなんだけれど、ちょっと話したいことがある
の。﹂
ひと段落ついた稜哉にジェーンおばさんが話しかけた。
93
﹁なんでしょう?﹂
ガサガサと、テーブルにさっきもらってきた資料が広げられた。
﹁えっとね、まずはこれ。選択科目なんだけど、この中から選んで
丸をつけて。﹂
差し出された手紙には
﹃選択科目 週4時間勉強する必修科目です。1~4から選んで丸
をつけ、担任に提出してください。なお途中で変更はできません。
1.英語 2.ドイツ語 3.イタリア語 4.フランス語﹄
﹁俺はドイツ語を取ってるぜ。﹂
オリバーが横から覘いて言った。
﹁難しい?﹂
﹁そんなに難しくはない。英語ができれば文構造はだいたい同じだ
からね。﹂
﹁ふーん。ジョンは?﹂
﹁あいつはイタリア語を取ってる。楽しそうにやってるみたいだ。﹂
﹁イタリア語かぁ﹂
稜哉はイタリア語にも多少惹かれるものがあったが、結局英語にし
た。
なんだかんだで英語が苦手だった。
﹁次なんだけどね。﹂
94
稜哉から渡されたプリントを受け取ったおばさんは言った。
﹁ポーグラントには宿舎があるのよ。﹂
﹁宿舎!?﹂
95
第21話 前日
﹁3年間、つまり卒業までその宿舎で暮らせるの。学校の敷地内に
あるからとても便利よ。もちろん、ここから通学することもできる
けれど。どっちがいい?ジョンやハンナは宿舎で過ごしているわ。﹂
﹁あの、お金はいくらくらいかかるんですか?﹂
稜哉としては宿舎での暮らしはとても魅力的だったがお金のことが
一番気にかかっていた。
﹁そんなことは稜の気にすることじゃないわ。﹂
おばさんはニコッと笑った。
あんまり遠慮すると失礼になると想った稜哉は
﹁じゃあ、あの宿舎で過ごしたいです﹂
﹁分かったわ。それじゃ、この手紙も提出してね。うん、これで良
しと。さ、荷物をまとめないと﹂
それから夕食まで稜哉は片っ端から荷物を詰めた。
前もっておばさんが用意してくれていたジーパン、シャツをはじめ、
今日買ってきた制服、教科書もスーツケースに押し込んだ。
﹁稜、このリストに書いてあるものは持ってかなくていいぜ。明日
向こうで買うからさ。﹂
﹁分かった、ありがと﹂
96
必要だと思った物をすべてつめ終わったとき、時計は8時を指して
いた。
﹁ごはんよー。﹂
ジェーンおばさんが呼びにきたのを合図に稜哉はリビングにむかっ
た。
﹁今日は野菜炒めなの。明日からここも寂しくなるわねぇ⋮⋮。﹂
﹁そんなこと言って、ママはパパと2ヶ月ベッタリなんだから。﹂
ハンナの言葉におばさんが真っ赤になる。
アーサーおじさんの頬もピンクに染まった。
﹁クリスマスにはまた帰ってくるからさ。それまで2人で楽しんで﹂
オリバーの言葉に皆が笑った。
﹁明日は7時に家を出るよ。﹂
夕食を食べて部屋に戻り荷物を確認しているとき、アーサーおじさ
んがドアから顔を出して言った。
﹁あ、はい。﹂
﹁ポーグラントは私も通っていたから分かるんだけど、とても稜に
あっていると思うよ﹂
97
おじさんが不意に言った。
﹁通っていたんですか?﹂
﹁ああ。私もジェーンもそれに﹂
﹁稜、君のお母さんも﹂
﹁母さんが?﹂
﹁そうだよ﹂
﹁ハンナはおじさんと僕の母さんは異母兄妹だって言っていたんで
すけど﹂
本当ですか?
﹁ハンナがそんなことを?﹂
おじさんは少し驚いたような表情をした。
﹁そうだった。弘子は私にとって年下の従兄弟みたいだった⋮⋮。
さ、もう遅い、また明日。﹂
一瞬、懐かしい思い出を回想しているようなそぶりを見せたおじさ
んはドアを閉めた。
﹁寝ようかな⋮⋮。﹂
稜哉はそうつぶやくとふかふかのベッドに入り、電気を消した︱︱。
98
第21話 前日︵後書き︶
第1章が何とか終了しました。
︵まさか21話もかかるとは思わなかった
汗゛︶
﹁第2章 第22話ポーグラント高等学校﹂はたぶん2月ごろから
連載だと思います。1月22日に作者が英検2級を受けるためそれ
までの間は連載しません
︵ご了承くださいね︶
それではまた来月︵調子がよければ23日以降に︶隠れ里でお会い
しましょう★
予告︱︱
第2章以降では稜哉の学校生活を視点に書かれていきます
人間界の学校とは何から何まで違う学園LIFEに稜哉は?
今までは直接出てこなかったチェイサーもちらほらと⋮⋮?
お楽しみに
99
第22話 宿舎︵前書き︶
いよいよ第2章突入!!
100
第22話 宿舎
翌日7時30分ごろ、稜哉、オリバー、ジョン、ハンナ、ジェーン
おばさんの5人はTimishora駅発、急行Fanapone
駅行きの汽車”FRASH”に乗っていた。
﹁言ったらまず先に宿舎の部屋をとりましょ。﹂
ジェーンおばさんが言った。
﹁部屋ってどんななんですか?﹂
﹁風呂場がものすごく広いぜ﹂
ジョンが言う。
﹁あと、2人で1部屋だから毎日楽しいぜ。ま、相手にもよるけど
さ。﹂
﹁2人一部屋なの?﹂
﹁大丈夫、女子と男子は分けられるわ。﹂
ハンナがからかうような目をした。
﹁稜、今夜8時に買い物に行くからな。心の準備をよろしく。﹂
﹁何買いに行くの、オリバー?﹂
﹁稜の歯ブラシとかもろもろ。ハンナも来るかい?﹂
﹁いや、遠慮しておくわ。﹂
﹁どこかで待ち合わせする?﹂
﹁いや、俺が部屋まで行くからまってて。﹂
﹁OK﹂
101
急行列車、FRASHは徐々に減速し、やがて停車した。
﹁降りるわよ。荷物を忘れないでね。﹂
ジェーンおばさんを先頭に、5人は改札を抜け、緑につつまれた学
校に向かった。
﹁ジョン、オリバー、ハンナは先に自分たちの部屋に行ってなさい。
私は稜と手続きを済ませるから。﹂
門を通ったところでジェーンおばさんは言った。
﹁じゃ、また後でな、稜。バイバイ、ママ。﹂
﹁私の部屋にも後で来てね、稜。﹂
﹁うん。また後で。﹂
ホテルのような建物の自動ドアを抜け、2人はフロントに向かう。
﹁今日から3ヶ月、1つ部屋をお願いしますわ。﹂
﹁ではこちらの申請書にご記入をお願いします。﹂
清楚な格好をするフロント嬢は申請書を差し出した。
﹁稜、書いてくれる?﹂
稜哉は名前やら年齢やらを書くと、ジェーンおばさんに返した。
﹁これでいいかしら?﹂
102
﹁それでは隣のエレベーターを上がって3F、右へ2つ目の部屋、
305号室へどうぞ。ロラン・アルベール様と同室になります。入
室の際はこちらのカードキーをご利用ください。﹂
﹁それじゃあ、私はこれで帰るわね。何かあったら連絡をちょうだ
い。﹂
﹁あの、ありがとうございました。﹂
﹁じゃあ。﹂
ジェーンおばさんの後姿がドアの向こうに消えるのを見送り、稜哉
はエレベーターに乗った。
﹁ロラン・アルベールってどんな人なんだろう⋮⋮?﹂
103
第22話 宿舎︵後書き︶
第23話へと続きます︵*^□^*︶
104
第23話 ロラン・アルベール
人との出会いはいつも偶然⋮⋮神様のいたずらから始まる。
﹁いらっしゃーい。﹂
稜哉がドアを開けると、部屋の奥から明るい声が聞こえ、長い金髪
をふわふわさせた少女︱︱いや少年が現れた。
﹁キャー!!ちょーかわいいっ!君がレストレンジ君?﹂
透き通ったように白い肌、パッチリ二重にピンクのアイシャドウを
いれ、唇にはグロス、ほのかに甘い香りを漂わせる見の前の少年は
稜哉と同じ制服を着ていなければ間違いなく”超”がつく美少女だ
った。
﹁あ、うん。えっとロラン・アンベール君?﹂
﹁ボクのことはロランでいいよ。それより、さ、中入って入って。
スーツケースは持つよ。﹂
ロランはニコッと笑いかけると稜哉の手をつかんで部屋の奥に連れ
て行く。
﹁昨日の夜にね、デネブのお告げがあったの。明日、ボクの部屋に
新しいコが入ってくるって。それでね、楽しみにしてたんだ。そし
たらさっきフロントから君がくるって電話が来て。﹂
声を弾ませながら話すロランに稜哉はただ﹁はぁ﹂﹁へー﹂としか
言えなかった。
105
だいたいこの人は何でこんな女の子っぽいんだ?
﹁とりあえず荷物はここ置くね。今、紅茶持ってくるよ。そこ座っ
ていいよ。﹂
ロランは部屋の片隅に稜哉のスーツケースを置くとそういい残して
キッチンに消えていく。
稜哉は丸いテーブルの周りのいす1つに座るとあたりを見回した。
ハート柄のアコーディオンカーテン、机に飾られているくまのぬい
ぐるみ、TVの上に置かれている天使のオルゴール。
まるで女の子の部屋に招待されたみたいだ、と稜哉は思った。
いや、もしかしたら女の子の部屋よりも女らしいかもしれない。
優しいアロマの香が周りをゆっくりと泳ぐその空間は、稜哉に不思
議な安心感を与えた。
﹁ダージリンティーだよー。﹂
ロランはピンクのお盆にティーカップを2つと砂糖をのせて戻って
きた。
﹁レストレンジ君はクラスどこ?﹂
﹁稜でいいよ。僕はCクラス。実は今日から、ここに通うんだ。﹂
﹁転入生なんだ。ボクもねCクラスなの。だから同じクラスだね。
いやー、でも稜クンが初めてだよ。﹂
﹁え?﹂
﹁ボクの部屋に入ってギョッとしなかったコ。みんな始めはビック
リするんだ。﹃男のくせになんだこの部屋は!!﹄って。﹂
いや、僕だって十分ビックリですが。
106
この部屋は。
﹁ロランは、その⋮⋮女の子っぽいものが好きなの?﹂
﹁うん!!かわいいものが大好きなの。﹂
あまりに素直に答えるロランに、稜哉は唖然とした。
悪い人ではなさそうだけど⋮⋮オカマちゃんか?
ロランが持ってきた紅茶を1杯飲んだ。
とたんに甘いようでほろ苦い感触が広がる。
﹁美味しいね。この紅茶。﹂
﹁でしょう。ボク、いろんな紅茶を飲むのがすきなんだ。メルヘン
のドリンクバーの紅茶は全種類飲んだし。そうだ、今夜一緒にメル
ヘン行かない?まだ行ったことないでしょ。﹂
﹁メルヘンって?﹂
﹁食堂だよ。バイキングなんだ。夜ご飯、一緒にそこで食べよっ。﹂
かわいく微笑むロランに稜哉は肯いた。
この子とは仲良くなれそうだな︱︱。
不安だらけのポーグラントでの生活が、楽しく、スリリングなもの
に変わろうとしていた。
107
第24話 お化粧おばけ
﹁ねえ、ところでもう9時なんだけど授業は始まってないの?﹂
部屋の置時計がボーンボーンボーンとなったとき、稜哉は聞いた。
﹁授業は10時からだよ。﹂
﹁10時!?そんなに遅いの?﹂
﹁生徒や先生の中には低血圧で朝起きられない人がいるから10時
前だと人数が集まらないんだ﹂
﹁へぇー。ロランも朝は起きられないの?﹂
﹁ボクは逆に早くが覚めちゃうんだ。毎朝4時には起きてる。5時
間以上寝ちゃうと次の日おきられなくなるんだ。﹂
﹁5時間で眠くならないの?﹂
﹁全然。むしろピンピンだよ。﹂
毎朝5時間睡眠でやっていけるなんてすごいな。
僕なんか9時間でも足りないくらいなのに。
﹁そうだ、稜クンも今日の授業の用意しておいたほうがいいよ。﹂
﹁そうだね。あ、時間割見せてもらってもいい?﹂
﹁いいよ。ちょっと待ってて。﹂
ロランはしばらく自分のスーツケースを探ったと、プリントを1枚
持ってきた。
﹁今日は月曜だからこの欄ね﹂
1時間目:星学 2時間目:× 3,4時間目:生物 5時間目:
108
マナー 6時間目:部活
﹁ねぇ、ろらん、2時間目が×ってどういうこと?﹂
時間割を見て不思議に思った稜哉は聞いた。
木曜日の3時間目も×になっている。
﹁ああ、そのときは授業がないんだ。休み時間だよ。﹂
﹁ほかのクラスも授業がないの?﹂
﹁いや、AとかBはあるよ。各クラスで個別に週2時間が授業がな
いんだ。﹂
﹁ふぅーん。﹂
昨日、オリバーたちと買った教科書をスーツケースに次々と詰め込
Bat”の表紙を見たとき、一体今日の生物では何をや
んでいく。
”The
らされるんだろうと思った。
突拍子もないことじゃなきゃいいけど。
﹁ねぇ、ロラン﹂
と呼びかけて稜哉はぎょっとした。
いつの間にかロランはテーブルの上に口紅やらマスカラやらを広げ
て化粧をしていた。
﹁なに⋮⋮してるの?﹂
不思議そうに聞く稜哉にロランは
109
﹁ん、お化粧。﹂
あっけらかんと答えた。
﹁稜クンもする?﹂
いや、結構です⋮⋮。
ロランは慣れた手つきで顔のあっちこっちをいじると仕上げに唇に
グロスを塗った。
もともと女顔だからか、化粧した顔でも全く違和感がない。
︱︱男子のメイクということを除いて。
﹁さ、そろそろいこうか。﹂
化粧品をレースのついたピンクのポーチに入れるとロランは言った。
﹁うん。そうだね。﹂
稜哉はロランの後について部屋を出ると、隣の校舎に向かって歩き
出した。
110
第25話 リリーとジャスティン︵前書き︶
今日は大奮発の約1900文字!!
﹁隠れ里・豆知識その15﹂
ロラン・アルベール:
・フランス人、身長170cm
・5歳くらいからずっとおばあちゃんに育てられてきた
・得意科目は星学
・外見美少女でも実は男︵やや同性愛者???︶
・少女趣味でかわいいものが大好き
・趣味は香水集め
・Aクラストップ並みの秀才だがお金がなくてCクラス
・軽音バンドではボーカル担当
111
第25話 リリーとジャスティン
宿舎をでて左に行くと、赤レンガ造りの校舎はあった。
自分たちと同じ格好をした生徒が、スーツケースを引きずりながら
ぞろぞろと校舎に入っていくのを稜哉は見ていた。
﹁星学はプラネタリウムでやるからこっちだよ。﹂
ロランの言葉に稜哉はビックリする。
﹁プラネタリウム!?学校にそんなものがあるの?﹂
﹁ここのプラネタリウムはね、里の中でも1.2を争うくらいのと
ころで、大きいし、高性能な機械がたくさんあるんだ。設備は最高
だよ。﹂
校舎にはいり、まるで国会のような赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く
こと約5分。
﹁うわぁっ﹂
扉を開けて中に入ると体育館ほどの広さの空間に机と見るからに座
り心地の良さそうな大きないすがズラーっとあった。
﹁お、ロランじゃねーか﹂
﹁やぁクリス。おはよ﹂
﹁おはよう。隣の子は?﹂
﹁この子は今日からの転入生の稜クンだよ。ボクと同じ部屋に住ん
でるの。稜クン、こっちはクリス・ブラックモア﹂
﹁あ、どうも。稜哉・レストレンジ。よろしく。﹂
112
﹁レストレンジってあのジョンやオリバーの兄弟かい?﹂
﹁んー、正確には従兄弟かな。﹂
﹁奴らに従兄弟がいたんだ。こりゃびっくり。ジョンやオリバーと
は部活で一緒なんだ。あ、俺も稜たちと同じ階に住んでるからよろ
しくな。﹂
﹁そうなの?何号室?﹂
﹁302.ところで﹂
クリスは隣のロランをチラッと見やると聞こえよがしに稜哉に言っ
た。
﹁気をつけろよ。ロランは稜みたいな男子がタイプなんだ。襲われ
るなよ。﹂
﹁え!?﹂
稜哉は顔を真っ赤にしてロランをみる。
﹁うふふ。今日はまだ襲ったりしないから安心して。﹂
・・・
今日はって⋮⋮。
稜哉は絶句した。
﹁ロラン・アルベール!!おのれはまたそんな格好してんのかー!
!﹂
一瞬の沈黙を見事に破ったあげく、その声の主は突如稜哉の隣に現
れた。
そしてその後ろからおとなしそうに女の子が1人ついてきた。
113
﹁やあ、リリー。ジャスティンも。﹂
﹁あんたはまた今日もばっちり女顔?﹂
﹁まぁそうかっかしないで。稜クン、この子はリリー・ツェルニー。
それでこっちがジャスティン・トーヴィー。﹂
リリーといわれた女の子は金髪のストレートをポニーテールで結ん
でいた。
見た感じでは美人だったがいかにも気の強そうな雰囲気があった。
ジャスティンは赤紫色のゆるくカーブがかった髪をゆったりと下ろ
した、おしとやかそうな子だった。
﹁はじめまして。リリー・ツェルニーよ。よろしくね。﹂
リリーはさっきとはうってかわってとても人懐こい笑みを浮かべて
挨拶をする。
﹁ジャスティン・トーヴィーです。ロランとバンドを一緒に組んで
いるの。仲良くしてね。﹂
ジャスティンははにかみ屋らしく、頬をピンクに染めた。
﹁ボクたち、一緒の部屋に住んでいるんだ。﹂
﹁一緒!?﹂
﹁ねぇ、ロラン、まさかもう彼に手出したんじゃないでしょうね?﹂
リリーはきっとロランを見る。
﹁まさか。今朝来たばかりだもの。﹂
ロランは楽しげに答える。
114
﹁レストレンジ君、ロランには気をつけるのよ。油断すると一緒に
オカマにされるわよ。﹂
﹁おかまってひどいなぁリリーは。お化粧の醍醐味が君にはわから
ないのかなぁ。ちょっとジャスティンなんか言ってくれよ。﹂
ジャスティンはくすくす笑うと
﹁それじゃあね。﹂
と言って行ってしまった。
﹁あ、あたしまだ予習してなかったんだ。じゃ、また後でね、レス
トレンジ君﹂
リリーもそういうと稜哉に笑いかけ︵ロランにはすごい視線を送り︶
席に戻っていった。
﹁リリーはね、お父さんがVSOの情報部少佐で小さいときからず
っとお父さん1人に育てられたんだって。だから気が強いところが
あるんだけど、根は優しいいい子なんだよ。﹂
ロランはりリーの後姿を見ながら言った。
﹁VSOって?﹂
﹁Vampire's Safety Organization
って言って、つまりバンパイア安全保障機構﹂
﹁へぇー。お母さんはいないの?﹂
﹁リリーが2歳か3歳のときに出て行っちゃったらしいよ。それ以
来お父さんが育ててきたんだって。彼女、フェンシング部だし、毎
115
回優勝するくらいの強さだからなおさらね。﹂
︵毎回優勝!?すごっ!︶
﹁ジャスティンはバンドで一緒なの?﹂
﹁そうなの。ドラムを彼女はやっているんだ。あの子、すごくはに
かみ屋のおとなしい子に見えるでしょ。﹂
﹁ちがうの?﹂
﹁ドラムを前にすると彼女は人格が変わる。そのときだけはリリー
に負けないくらいの気の強さだもの。﹂
思わず稜哉はジャスティンをみた。
いすに座って静かに本を読む彼女がリリーのようになったらどうな
るんだろう?
稜哉には想像ができなかった。
116
第26話 IN星学室
﹁グーテンターク﹂
星学室の入口から40歳くらいの丸メガネをかけたやや小太りの男
の人が入ってきた。
﹁先生だよ。アルベルト・シュック先生。﹂
ロランが稜哉に耳打ちする。
﹁ほらー席につけー。授業だぞー。﹂
シュック先生の言葉と同時にキーンコーンカーンコーンとチャイム
が鳴った。
﹁先生、僕はどの席についたらいいですか?﹂
﹁見かけない子だね。君は?﹂
﹁稜哉・レストレンジです。今日からここに通うことになりました。
﹂
﹁ああ、君ですか。転入生というのは。まぁ、そこの席にでも座り
なさい。ほらー!!座りなさい!!パルヒエラ!!﹂
イェリ・パルヒエラ。
フィンランド人。
まん丸顔でシュック先生のような黒いふちの丸めがねをかけたイェ
リはスーツケースをガラガラ引きずりながら稜哉の隣の席についた。
﹁まずは宿題を集めようか。はい、レポートを前に送って。﹂
117
先生は前の人からレポートの束を受け取ると、よくスーパーに山積
みにされているプラスチックのかごにいれた。
﹁先生、前回の小テストは返さないんですか?﹂
右から3番目、前から4番目の席の女の子︱︱ラナ・ドローレス︱
︱が言った。
わたくし
﹁返して欲しいですか?私は次回にでもと思っていたのですがね。
いいでしょう。名前順ですから取りに来なさい。﹂
何人かの生徒が一斉に立ち、ぞろぞろと先生のもとに行く様子を稜
哉はぼんやりと見ていた。
正直、退屈だった。
返却されたテストを見て、ワーだのキャーだのの騒ぎの中、稜哉は
気だるげに教科書をめくっていた。
﹁今回の最高点はアルベールの満点、100点でした。﹂
とたんにワーッという声が沸く。
﹁でたー﹂とか﹁さすがー﹂とかいう言葉が飛び交った。
︵きっと満点はすごいんだろう。︶
﹁半分の50点に満たなかった生徒は今日8時から追試です。ここ
に集まること。﹂
118
リリーが
﹁今回はよかったわ。追試じゃなくて﹂
と言う言葉が稜哉に聞こえた。
﹁それじゃあ授業を始めましょうかね。教科書の27ページを開い
て。2月3日の誕生星からいきますよ。﹂
稜哉が教科書をよく読もうとしたとき、あたりが急に真っ暗になっ
た。
先生が電気を消したらしい。
それからすぐに満点の星が広がる、無限の空間に放り出された。
稜哉にとってバンパイアとしての初授業、アルベルト・シュック先
生の星学が始まった。
119
第26話 IN星学室︵後書き︶
本邦初公開となる5コマ漫画、︻ロランの趣味︼をみてみんにて公
開中!!
ぜひご覧あれ!!
注︶絵の上手さは求めないで∼
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120
第27話 白鳥座とクシー・ギュニー︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その16﹂
リリー・ツェルニー:
・ドイツ人
・身長160cm
・気が強くやや少年っぽい
・フェンシング部に所属で毎回大会では優勝
・お父さんがVSOの情報部少佐
︵仕事内容は極秘らしい⋮⋮。︶
今回は白鳥座についての説明がちょっと長いですが書いてあること
については事実でこの説明部分だけはノンフィクションです!!
121
第27話 白鳥座とクシー・ギュニー
﹁2月3日の誕生星、クシー・ギュニーははくちょう座ξ星に含ま
れる星で星言葉は”クールな論理的思考”です﹂
えが
頭上で光る8つの明るい星が金色の線で結ばれた。
そして青い光が白鳥座の形を描いていく。
﹁白鳥座の白鳥は大神ゼウスの化身した姿で、クシー星は白鳥の足
を書き出す星です。白鳥座は天の川を南に向かって舞い降りる、白
鳥の姿を表現しています。白鳥座の星座物語を説明します。”星座
早見本”の29ページを開いて﹂
机の上が明るくなったかと思うとシャープペンシルほどの大きさの
蛍光灯が点灯した。
稜哉はその光を頼りに本を開いた。
﹁あるときスパルタ王の妻レーダーの美しさに心を奪われ、泉で水
浴びをするレーダーのそばに白鳥の姿で舞い降りました。レーダー
はその白鳥をまさかゼウスだとは知らず、抱きしめます。後にレー
ダは2つの卵を産み、1つの卵からは双子のカストルとポルックス
が、もう1つの卵からは美女ヘレネとクリュタイムネストラが生ま
れたのです。﹂
稜哉は今やベッドのように平らになった椅子に横たわり、ぼんやり
とシュック先生の話を聞いていた。
隠れ里に来てから、ずっと少なからず張り詰めていた緊張の糸がプ
チンと切れたみたいに、不思議な安定感につつまれていた。
きっとそれは真っ暗闇の中で輝き続ける星の強さと先生の夢見るよ
122
うなおだやかな口調のせいだろう。
︵父さんは本物の白鳥座を見たことがあるのかな⋮⋮。︶
稜哉が小学校に入学して間もない頃、1度だけ大きなプラネタリウ
ムに連れて行ってもらったことがあった。
︱︱ ︱︱ ︱︱
﹁稜、あれが北極星だよ。北極星はね、ほとんど動かないんだ。﹂
﹁どうして動かないの?﹂
﹁それはね、北極星が”地軸”って言う線上にあるからなんだ。も
っと大きくなったら勉強するよ。﹂
︱︱ ︱︱ ︱︱
︵地軸って一体なんだろう⋮⋮。︶
パッ
急に目の前︱︱いや室内が明るくなり、稜哉は我に返った。
あわてて前を向くと、シュック先生が前列にプリントを配っている。
﹁次の授業までの課題です。レポート用紙に白鳥座かクシー・ギュ
ニーについてまとめてくること。以上。﹂
前から回っていたプリントには
﹃レポートNo.15 テーマ:白鳥座及びクシー・ギュニーにつ
いて
123
このプリントをレポート用紙の表紙にすること。
またレポートは30Lineのもので4枚以上書くこと。
4枚未満は受け付けない﹄
としっかり書かれている。
キーンコーンカーンコーン⋮⋮。
Stellato
88星座完全ガイド
まだ夜空と今をさまよう稜哉は遠くでチャイムが鳴るのを聞いた。
︻参考文献︼
・Cielo
http://www.toxsoft.com/stella/
・占い★エンジェルBlog
・誕生日星
白鳥座については上記サイトを参考にさせていただきました。
ほんとうにありがとうございました。
124
第27話 白鳥座とクシー・ギュニー︵後書き︶
第28話へと続きます!!
125
第28話 I
want
tu
﹁隠れ里・豆知識その17﹂
VSO:
be
an
astronaut!!︵前書き
・正式名称はVampire's Safety Organiz
ation=バンパイア安全保障機構
・仕事内容は不明
︵でも名前的にバンパイアの安全確保を仕事としているようです︶
・リリー・ツェルニーのお父さんがVSOの少佐
126
第28話 I
﹁りょークン﹂
want
tu
be
an
背中をぽんとたたかれて、稜哉は振り返った。
astronaut!!
﹁次は2時まで自由時間だよ。一旦部屋に戻る?﹂
ロランがワイン色のペンケースを片手に、聞いた。
﹁2時まで?授業は?﹂
﹁2時間目はもともと授業無しで12時から2時までは昼休みだよ。
﹂
﹁2時間も昼休みあるの!?長くない?﹂
稜哉は驚いた。
﹁でも、お昼ご飯食べに行かなきゃいけないし。ボクはちょうど良
いと思うけどな。﹂
﹁ボクは12時くらいまで部屋に戻ってるよ。このレポートをやっ
ておきたいし。﹂
﹁じゃ、ボクも一緒に行くよ。﹂
2人はプラネタリウムを出ると宿舎に向かって歩き出した。
﹁ねぇ、ロラン、”地軸”って知っている?﹂
﹁ちじく?ちじくって”地軸”?﹂
﹁うん。それって何?﹂
﹁稜クン地軸知らないの?僕は3年生くらいのときに習ったけどな
127
ぁ。地軸って言うのはね、地球の自転軸だよ。地球が自転するとき
に地軸を軸にして回っているんだ。でも、いきなりどうして地軸?﹂
﹁急に気になったんだ。ロランって星とか得意なの?さっきも小テ
スト満点だったみたいだし。﹂
﹁得意っていうかスキなんだ。夢があるし、キレイでしょ。ボクね。
、将来宇宙に行きたいんだ﹂
﹁宇宙飛行士が夢なの!?﹂
﹁宇宙飛行士?なぁーにそれ。﹂
﹁宇宙に行って惑星の研究したり宇宙ステーションを作ったりする
人だよ。﹂
﹁わあ、それかっこいいね!ボクその⋮⋮宇宙飛行士?になろうか
な﹂
部屋に戻った稜哉とロランは机の上にさっそく教科書とレポート用
紙を広げた。
﹁No.15って書いてあるけどシュック先生はレポートの宿題を
よく出すの?﹂
﹁残念なことに毎回。でも授業ない内容をまとめればAはもらえる
から大丈夫。﹂
稜哉は後半はほとんどうわの空だったさっきの授業を思い出しなが
ら白いレポート用紙を文字で埋めていった。
﹁そういえば、稜クンは部活どこに入るの?﹂
﹁部活?まだ決めていないんだ。ジョンたちからバスケ部に誘われ
ているんだけど、正直あまり気乗りがしなくて。﹂
﹁ボクらと一緒に音楽やらない?﹂
﹁音楽?音楽って軽音?﹂
﹁そうそう。ボクとジャスティンとイェリでバンド組んでいるんだ
128
けど、もう1人ギター欲しいなって思っていて。﹂
﹁でもボクギター弾いたことないよ。﹂
﹁大丈夫!イェリが教えてくれるから。彼ね、教えるのすごい上手
なんだよ。ボクも彼に教えてもらって弾けるようになったんだ。﹂
︵”イェリ”はさっき先生に名前言われてた人か。︶
稜哉の頭の中で黒い丸めがねをかけた色白の少年がフラッシュバッ
クする。
﹁ねぇ、どう?一緒にやろうよ。﹂
ロランが目をキラキラさせて言った。
いやだとは言わせないよ、と言う漢字がうっすらあった。
﹁ジャスティンのドラム姿かっこいいよ﹂
﹁え!?それは見たい﹂
かくして稜哉はロランのバンドの一員になった。
129
第28話 I
want
tu
be
an
astronaut!!︵後書き
﹁隠れ里﹂の制作舞台裏をチラ見せするサイト、★﹁隠れ里﹂制作
舞台裏★にもぜひあそびにきてくださいな♪
http://ameblo.jp/seiya−yoduki/
130
第29話 恋?︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その18﹂
ジャスティン・トーヴィー:
・イギリス人
・身長162cm
・科学大好きな理系少女
・オセロ部と軽音部を兼部している
・性格はおとなしめ
︵ドラムたたくと別人?︶
131
第29話 恋?
ピーンコーン。
室内に電子音が響いた。
﹁ねぇ。何?今の音?﹂
稜哉は手を止めてロランに聞いた。
﹁誰か来たみたい。ちょっと行ってくるね。﹂
ロランはよいしょっと立ち上がると玄関に行った。
それからわりとすぐに女の子2人の
﹁入るよー。﹂
と言う声が聞こえ、リリーとジャスティンが入ってきた。
﹁あ、やっぱりここにいたのねー。レストレンジ君。﹂
リリーがニコッと笑った。
﹁ウワサをすれば、だね﹂
﹁どういうこと?ロラン﹂
ジャスティンが聞いた。
﹁あのね、たった今、稜クンとバンドの話しててジャスティンの話
132
しになったんだ。稜クンね、ボク的には悔しいんだけどジャスティ
ンがスキなんだって﹂
︵な、なにをっ!?︶
ロランの言葉にジャスティンはもちろん、稜哉も顔を真っ赤にし、
リリーは﹁あらーっ﹂という驚きの表情を稜哉に向けた。
﹁ちょっ、ロラン!!僕はまだ好きなんて一言も言っていないじゃ
ないか。﹂
﹁”まだ”ってことはこれから言うつもりなの?﹂
リリーがすかさず言った。
﹁いや、だからそういうんじゃないんだってば!!﹂
﹁じゃあ、どんなの?﹂
焦りまくりの稜哉にリリーは今や好奇心をあらわにしていた。
﹁別に僕は好きなんて一言も言っていないの!﹂
﹁じゃ、嫌いなの?かわいそー、ジャスティン。﹂
﹁だからそういう好きじゃなくて﹂
﹁だってさっき稜クン、﹃ジャスティンがドラムたたくよ﹄って言
ったら興奮したくせにー!!﹂
﹁なになに?﹂
﹁リリーあのね、さっきね、稜クンまだ入る部活決めてないって言
うからじゃあ一緒にバンド組もうよって言ったんだけどね、あんま
り乗り気じゃなさそうだったの。だからね、ボクが﹃ジャスティン
のドラム姿かっこいいんだよ﹄って言ったら顔輝かせて﹁入る!!﹂
って言ったんだよ﹂
133
﹁あらーっ。稜クンがんばってね。ジャスティンはライバルが多い
わよー。みんなドラム姿に惚れちゃうんだから﹂
リリーが肩をポンとたたく。
﹁ねえねえ、ジャスティンはさあ、稜クンが彼氏だったらどう?う
れしい?﹂
﹁えっ?や、嬉しいと言われてもな⋮⋮。﹂
ジャスティンが恥ずかしそうに答える。
はた
﹁まぁ、残念だったわね、ロラン。稜君とジャスティンは傍からみ
てもお似合いのカップル。オカマちゃんとドラマーじゃあねー。勝
負あったってとこかな。﹂
リリーのしみじみとした言葉に、ロランが
﹁そんなぁ⋮⋮。﹂
ともらした。
︵確かにジャスティンはかわいいけどさ︶
稜哉は思った。
︵でもそれとこれとは違うわけで⋮⋮。︶
リリーの隣でジャスティンは相変わらずまだ頬を赤くしている。
︵僕はジャスティンからどう見られているんだろう。︶
134
第29話 恋?︵後書き︶
みてみんにまたまた画像をupしました
よかったらぜひ
http://740.mitemin.net/
次回は土曜日か月曜日に更新予定
135
第30話 おととい知りました
﹁じゃあ、稜哉君はバンドに入ったの?﹂
ジャスティンがロランに聞いた。
﹁うん。ちょうどギターが1人欲しかったし。﹂
﹁弾けるの?﹂
ジャスティンの茶色い瞳が稜哉に注がれる。
﹁いや、弾けないんだ。﹂
稜哉はすまなそうに言った。
﹁パルに教えてもらえるよってボクが言ったんだ。彼、ギターは弾
くのも教えるのも上手だからさ。﹂
﹁そうなの。よろしくね﹂
稜哉に向けられたジャスティンのやわらかい笑顔を見たとき、稜哉
はホッとした。
ジャスティンに迷惑な人だなんて思われたくはなかった。
﹁ところで2人とも何をしてたの?﹂
リリーがロランのレポートを覗き込んでいった。
﹁星学のレポートを書いていたんだよ。エライでしょ。﹂
﹁あーレポートねー。あたしもやらなきゃなー。あれ、1度もAも
136
らったことないのよねー。﹂
﹁ボクはいつもAだよ。﹂
﹁それは嫌味?﹂
きっとにらみを送ったリリーにロランは﹁うふふ﹂と言ってごまか
した。
﹁ロランはどうしていつも星学でいい成績なの?﹂
﹁それはねジャスティン。ボクが星学を愛しているから。﹂
パコーン!!
リリーの決定打が直撃したロランはしばらく髪をもじゃもじゃさせ
て、それから一言も発することなくレポートに向かっていた。
﹁稜君はどこの学校からきたの?﹂
﹁新宿区立東小泉中学校だよ﹂
﹁どこ?そのシンジュククリツなんとか学校って。﹂
ジャスティンが不思議そうな顔をして聞いた。
﹁あ、えっとね人間が住んでる世界にある地区にある学校。﹂
﹁人間界の学校にどうして通ってたの?﹂
﹁話すとちょっと長いんだけど、実は僕自分がバンパイアだって知
ったの、おとといなんだ。﹂
﹁え?どういうこと?﹂
﹁ついおとといまで人間だった、というか人間してた、というか。
4日前の夜にいきなりエマ︱︱レストレンジ家の一番上のお姉さん
なんだけど、が来て次の日目が覚めたらレストレンジ家にいたって
いう。﹂
137
﹁じゃあ、まだ隠れ里に来てたったの4日目?﹂
リリーが目を丸くした。
﹁そうだよ。﹂
﹁はぁー!!レストレンジ家と何かつながりが?﹂
人間とバンパイアはめったなことがない限り接点がない︱︱リリー
はそれを思い出したのだろう。
﹁これもおととい知ったんだけど、僕とジョンやオリバーは従兄弟
だったらしいんだ。﹂
﹁今まで会ったことはなかったの?﹂
﹁うん。僕、従兄弟なんていないと思っていたし。﹂
﹁世の中、不思議なこともあるんだねー。﹂
ロランがひょいと顔をあげて言った。
138
第30話 おととい知りました︵後書き︶
今日学校で先日の英検の結果をもらいました。
無事に1次試験合格ということでした。
明日、バレンタイン特別編をお届けします!!
139
第31話 星占い、信じますか?
そんなこんなで2時間が過ぎた。
今や4人は丸いテーブルを囲んでせっせとレポートを仕上げていた。
﹁あーっもう!!結局のところクシー・ギュニーってなんなのよ﹂
リリーが書きあがったレポートを見てぼやいた。
﹁もう終わったの?﹂
﹁一応。一通り書き終わったんだけどね。だいたい今の授業って何
がしたいわけ?毎回毎回誕生星なんか知ってなんになるのよ!﹂
﹁シュック先生は8年生からの星占いに必要だって言っていたけど﹂
ジャスティンがため息をつく。
﹁星占いって別にあたし占い師になるつもりないし。だいたい占い
なんか信じないわ。﹂
﹁ボクは結構信じるけどな﹂
ロランがちらりと自分の本棚を見た。
﹁毎晩占ってみているんだ。﹂
﹁ロラン、それ当たるの?﹂
稜哉は半信半疑で聞いてみた。
﹁結構な高確率で当たるんだ。稜クンがボクの部屋にくるっていう
140
のも当たったし。﹂
﹁じゃあ今度あたしも占ってもらおうかなー﹂
﹁今挑戦しているのがこれなんだけどね﹂
ロランは立ち上がると本棚から1冊本を持って戻ってきた。
﹁﹃風水と重ねる星座占い﹄?なにそれ。﹂
﹁方角とか自分の星座の位置で占うんだって。ちょっと難しいんだ
けどね﹂
﹁ロランは将来占い師になるつもりなの?﹂
ジャスティンが珍しそうに言った。
﹁占い師か。それもいいね。﹂
﹁ねぇ、そろそろご飯食べない?﹂
リリーがレポートをしまいながら言う。
﹁食べに行く?それとも自炊する?﹂
﹁あたし、メルヘンに行きたいのよね。今日オムライスが安い日じ
ゃない?﹂
﹁じゃあ、メルヘン行こうか。稜クンは初メルヘンだね﹂
﹁あ、そうか。稜哉クンはまだ行った事がないんだ。﹂
﹁あそこのオムライス、美味しいのよー。あとレバニラも﹂
﹁私はトルティーヤが好きだな。自分で具をつめられるの﹂
ジャスティンが楽しそうに言った。
﹁おもしろそうだね。今日1つ食べてみるよ﹂
﹁ぜひそうしてみて﹂
141
第32話 悪夢︵前書き︶
数学のドリルが割りと早く終わったので更新。
バレンタイン特別編を短編として独立させたのでちょっとずれます。
142
第32話 悪夢
稜哉が5時間目のマナーの授業を終え、宿舎にくたくたになって戻
ったのは6時ごろだった。
毎時間の授業でどっさりと出された宿題は思い出すだけでめまいが
する。
﹁ポーグラントはね、自宅学習目標3時間っていう100%生徒の
こと考えてないスローガン掲げているから。﹂
ジャスティンの言っていた言葉を思い出した。
︵3時間もできっかよ︶
﹁稜クーン、夕ご飯どうする?メルヘンはさっき行ったばかりだし、
何か別のにする?﹂
ロランがファイルを3冊ほど持ち出してきた。
どれも背表紙に”出前”と書かれている。
﹁そうだねー。なんかかるいものにしない?﹂
﹁お魚でも焼く?﹂
﹁そうしよっか。僕、ちょっと寝るわ。1時間くらいしたらまた起
きてくるよ。﹂
﹁了解ー!おやすみ。﹂
稜哉はベッドに入ると目を閉じた。
とてもふかふかした寝心地のよい布団だった。
深い穴に吸い込まれるようにして⋮⋮眠りについた。
143
﹃レストレンジ君!!まだ君は課題を終えていないんですか!﹄
﹃すみませんカスティーユ先生。ほかにも宿題が多くて⋮⋮。﹄
﹃ほかの人たちはきちんとできていますのよ!あなただけです!先
週のレポートを出せていないのは。﹄
﹁稜⋮⋮クン⋮⋮﹂
﹃いくらまだこの学校に慣れていないからって困ります!退学させ
ますよ!﹄
﹃本当にすみません。ヴァザーリ先生。﹄
﹁⋮⋮稜⋮⋮!﹂
﹃ロラン、見るがいい。お前の家族を、お前の幸せを奪った男の顔
を⋮⋮!﹄
﹃⋮⋮あ、あなたは⋮⋮!?﹄
﹁稜クン!!﹂
﹁稜!!﹂
稜哉はベッドから飛び起きた。
﹁うなされてたみたいだけど、大丈夫?﹂
ロランとオリバーがベッドのわきにいた。
﹁あ、うん。大丈夫⋮⋮。﹂
︵なんだったんだ?今の夢は?︶
稜哉は全身、汗でベッタリだった。額からは油汗が吹き出していた。
﹁大丈夫かよ。風邪でもひいたか?﹂
﹁ううん。大丈夫、オリバー。ちょっと変な夢をみただけ。﹂
144
﹁なら良いけどよ。朝、言っただろ。歯ブラシとか買いに行くって。
﹂
﹁あれっ⋮⋮もうそんな時間?﹂
さんま
﹁もうって、今8時半だぜ。ちゃんと俺、8時に来たのに、稜すっ
かり寝ているんだから。﹂
﹁ごめん、ちょっと疲れてて⋮⋮。﹂
﹁いいってことよ。さ、行こうぜ﹂
﹁稜クン、ご飯、温めておこうか?結局今日は秋刀魚にしたんだけ
ど﹂
﹁あ、うん。ありがとう、ロラン。﹂
﹁ロランて、ほんと女の子みたいだな。﹂
ジョンが稜哉に言った。
﹁かわいいし。あれで本当に女の子なら稜にぴったりの彼女なのに﹂
﹁ちょっ、ジョン!﹂
﹁お2人さん、いってらー﹂
ロランの声に送られて、2人は部屋を出た。
︵帰ったらロランに聞こうかな。︶
稜哉はふと思った。あの不気味な夢のこと。
︵いや、やめよう。聞いてどうするんだ︶
本当は聞いてどうするかより、聞くこと自体がいけない気がした︱
︱。
145
第32話 悪夢︵後書き︶
ばりばり期末2週間前なので3月15日まで更新日は不明です︵自
分でも︶
一応次回更新は3月15日を予定ですがひょっとしたらこの日以前
にもちょくちょく更新するかもです。
146
第33話 愛夫料理
﹁ただいまー。﹂
稜哉が帰ってきたとき、時計はとうに9時をまわっていた。
﹁お帰りー﹂
ロランはピンクのふりふりのエプロンにやっぱりピンクのバンダナ
をつけてキッチンにいた。
﹁何、してるの?そんな格好で﹂
﹁ん?フルーチェ作ってるの。ブドウの。稜クンも食べる?﹂
ロランの手元のボールの中にはブドウが山ほど入っていた。
﹁ありがと。でもその前にご飯食べるよ。﹂
﹁そう?じゃ、ちょっと待っててね。﹂
ロランは冷蔵庫をガサガサやり、電子レンジでなにやら温め始めた。
﹁あ、稜クンは座っててよ。﹂
それから5分経過︱︱。
﹁さあ、どうぞ。召し上がれ。﹂
147
さんま
テーブルの上には良い匂いを漂わせた秋刀魚、わかめの味噌汁、暖
かそうに湯気の立つご飯、蓮根とにんじん、さやえんどうの煮物が
すまし顔で並んでいた。
﹁これ、みんな1人で作ったの?﹂
﹁作ったと言えるのは煮物くらいだけどね。さ、食べてよ。﹂
﹁いただきます。﹂
さっそく、蓮根を一口、食べてみた。
﹁⋮⋮おいしい﹂
﹁ほんとに?﹂
﹁うん。すごくおいしいよ。﹂
しかん
実際、ロランの料理はどれもこれも本当に美味しかった。
懐かしいような、安心するような味に稜哉の心は弛緩した。
そんな、ホッとした彼の表情を読み取ったのか、ロランは言った。
﹁さあ、ボクの愛夫料理で元気になーれ。腕によりをかけて作った
んだよ。﹂
﹁アイフ料理?﹂
﹁愛妻料理の夫バージョン﹂
得意げに言うロランをみて思わず口元が緩む。
﹁いや、僕、妻になった覚えないけど?﹂
﹁まぁまぁ、そんな難い事は言わないの。明日からボクが毎日幸せ
なご飯、作るからね。﹂
﹁⋮⋮。﹂
148
ロランは意味ありげな笑みを稜哉にしっかりと投げかけ、キッチン
に消えていった。
︵ジャスティンも料理をするんだろうか?︶
稜哉はジャスティンはどんなご飯を作るんだろう、とか何がすきな
んだろう、とか、いつの間にかジャスティンのことを考えているの
に気づき、あわててそれを消し去る。
︵何やってんだ、僕は。︶
今、自分が食べているご飯をみて思った。
︵僕はこんな立派な料理、作れない⋮⋮。︶
なんだか自分が情けなく思えた。
149
第33話 愛夫料理︵後書き︶
やっとやっと憎き試験が終わりました!!
あ、英検2級、無事に受かりました!!
そして第34話に続きます
150
第34話 襲撃作戦
ロランの愛夫料理を完食し、フルーチェもしっかりとたいらげた稜
哉は浴槽に1人浸かってぼーっとしていた。
︵今日1日がやっと終わった︶
振り返ってみれば、人間界から外れてまだ1週間も経っていない。
たったの3日だ。
なのになぜか、もう何ヶ月も、何年も前からここにいるような気が
した。
女っ気があるれるこの部屋、ロランにリリーにジャスティン、巨大
なプラネタリウムにコウモリが棲みついている陰気な生物室⋮⋮。
︵ここでやっていける︶
稜哉は確信した。
仲間ができたから︱︱大丈夫だ⋮⋮。
バンッ!!
勢いよく浴室の扉が開いたかと思うと、ロランが立っていた。
﹁ちょっ、ロラン!!いきなり脅かすなよ!それに何?その格好?﹂
﹁ボクの本気モード﹂
素っ裸、と思われる体にバスタオルを巻いたロランはそれだけ言う
と室内に入ってきた。
151
﹁ちょっと待った!!今、僕が入っているんだけど?出るから待っ
ててよ。﹂
稜哉はいきなりの展開に戸惑う。
そんな稜哉にロランは
ともよく
﹁いやだよーん。だって”共浴”したくて待っていたんだからねー。
﹂
と浴槽に入ってきた。
﹁狭いじゃないか!後で1人ではいってくれよ。つーか、バスタオ
ルとれって!﹂
﹁いやぁーん!女の子にバスタオル取れだなんてエッチィー﹂
﹁男でしょーが!!﹂
稜哉の声はよく室内にむなしく響いてもやもやと消える。
浴槽は2人で入っても十分すぎるほど大きかった。
稜哉はあわてて隅に逃げると恐怖の視線をロランに向けた。
﹁そんな怯えた顔しなくったっていいのにー。でも、そんな稜クン
もカ・ワ・イ・イッッ﹂
ゾワーッ⋮⋮!!
﹁さいなら。僕は出る!!﹂
稜哉はバッと立ち上がると浴槽から出ようとした。
﹁いやっ﹂
152
ロランがすかさずガシッと稜哉の足にしがみつく。
﹁ヤイッ、離せ!﹂
﹁いやぁーだぁー﹂
﹁離せっ、このヘンタイッ﹂
﹁もっと嫌だねー。抱きちゅき攻撃ー。エイッ﹂
﹁うわぁぁああああああぁぁぁぁ⋮⋮!!﹂
153
第35話 恐怖感のフラッシュバック
それから何がおきたか、稜哉は自分でもよく覚えていない。
気がついたときは、裸でベッドに寝ていた。
︵何で僕は裸なんだ⋮⋮?︶
ハート柄のアコーディオンカーテンの向こうで話し声がする。
︵あの声はリリー?何でここに?︶
稜哉は立ち上がると声のするほうに向かっていった。
﹁あ、稜君。気がついたのね﹂
そこにはリリー、ジャスティン、ロランがいて、なぜかロランは頭
に氷枕を当てている。
﹁あれっ?何で2人ともここに?﹂
﹁だって、稜君がいきなり入ってきたんだもの。﹂
リリーがふくれっ面で答えた。
﹁いきなり入ってきたって?﹂
﹁えー、覚えていないの?稜君、いきなり私たちの部屋に叫びなが
ら飛び込んできたのよ。しかも全裸で。そして部屋に入ったとたん
バッタリ。ジャスティンはそれみて気絶するし、何かと思ってこっ
ちに来てみれば、ロランは稜君に殴られたって言って風呂場で倒れ
ているし、ほんっとに驚いたんだから。﹂
154
稜哉はリリーの言葉に耳を疑った。
︵僕が全裸でリリーの部屋に?ということは⋮⋮。︶
﹁もちろんほかの部屋の人たちも驚いたでしょうね。少なくともあ
たしたちの部屋の周りはみんなドアから顔を出して何事かって見て
いたもの。﹃レストレンジ君は転入初日に気でも狂ったか﹄って。﹂
﹁⋮⋮!﹂
稜哉は口から言葉が出てこなかった。
と同時にさっきの事件がフラッシュバックする。
﹁⋮⋮ぅうわぁああぁっ!!﹂
稜哉の口から叫び声が漏れた。
﹁ちょっと、落ちついて。﹂
リリーがなだめる。
﹁ぼ、ぼ、ぼ、僕は本当にびっくりしたんだ。と、と、突然、ロロ、
ロランが⋮⋮﹂
﹁稜哉君かわいそ。初日に相当のショックを植えつけられちゃった
みたいね。誰かさんのせいで。﹂
ジャスティンがロランをみやった。
﹁ちょっとやりすぎちゃったかな﹂
155
エヘヘと舌を出して笑うロランの頬にリリーの平手打ちがパシッと
はいった。
﹁ジャスティーン﹂
涙目になったロランにジャスティンは﹁自業自得よ﹂と言わんばか
りに見てみぬふりだった。
リリーとジャスティンが稜哉たちの部屋を出たのは夜中の2時過ぎ
だった。
稜哉がやっと寝つけたのだ。
﹁ちょっとロラン。この借りは100倍にして返してよね。﹂
玄関でリリーが言った。
﹁はいはい。﹂
﹁稜哉君にまた何か、手出したら今度は私もただじゃおかないから。
﹂
ジャスティンも強気だ。
﹁そんなこと言ったって、稜クンの裸見て気絶したくせに。﹂
ボカッ。
﹁じゃあね、よい夢を﹂
156
ジャスティンのパンチを置き土産に、305号室にやっと静かな夜
が訪れた︱︱。
157
第35話 恐怖感のフラッシュバック︵後書き︶
今年中に︵できれば10月くらいまでに︶隠れ里を完結させる決意
を今日、しました。
︵来年に縺れ込むと受験で絶対完結できないので⋮⋮。︶
コンパクトに、かつ面白く、そして深く、この3つをモットーに話
を進めていこうと思います。
あさって
次回更新日は月曜日です
︵今日明日、必死で読書感想文を終えるので⋮⋮。しかも課題図書
が人間失格って⋮⋮。︶
ではまた月曜日に隠れ里でお会いしましょうww
どうぞこれからも応援よろしくお願いしますm
158
第36話 亀裂⋮⋮?
翌日、クラスでは稜哉の狂乱話で持ちきりだった。
登校するなり、
﹁稜哉、昨日、裸で走ってたって本当か?﹂
﹁ロランに襲われたの?﹂
﹁ボディビル部に入りませんか?﹂
﹁もう!!放っておいてくれよ!!﹂
稜哉はそう叫ぶなり、ズカズカと自分の机に向かうと、どさっと荷
物を置いた。
﹁気にしちゃダメよ、稜君﹂
振り返ると、リリーとジャスティンだった。
﹁やぁ、リリー、ジャスティン。おはよう﹂
稜哉は疲れた声を出した。
﹁たぶん今日1日で消えるわ。これでも食べて元気になって﹂
リリーはピンクの飴を差し出す。
﹁ありがとう﹂
﹁ところでロランは?まだ部屋に?﹂
﹁知るもんか、あんなヤツ﹂
159
稜哉はつい棘のある言い方をする。
朝、起きたときからロランはいなかった。
テーブルの上に軽い朝食と謝罪のメモが残っていたくらいで。
﹁どうせ授業ギリギリのところで来るんだろーさ﹂
けれどもロランは2時間目が終わっても来なかった。
﹁ねぇ、ロランどうしたんだろ。今まで授業を休むなんてこと、無
かったのに﹂
リリーが心配そうにロランの席を見る。
﹁さぁーね。ま、後で来るんじゃないの?それよりこれから昼休み
だろ?﹂
﹁うん﹂
﹁2人とも、ご飯、食べに行かない?﹂
﹁あ、あたしは用事があるから、先に2人で行ってて。後から行く
から﹂
luck﹂
リリーはそう言うと、妙にニヤニヤしてジャスティンに
﹁Good
と耳打ちすると、風のようにいなくなった。
﹁どこで食べる?またメルヘン行く?﹂
160
稜哉は2人の間に流れた一瞬の沈黙を消したかった。
﹁うーん、メルヘンは昨日行ったばかりだからなぁ。私の部屋に来
る?ピラフがあるから。﹂
ジャスティンはほんのり頬を朱に染めて言った。
﹁いいの?﹂
そっと肯くジャスティンに稜哉はありがとうと礼を言い、2人で教
室を出た。
﹁よし。まずは第1段階成功ね﹂
そんな2人を物陰から見ていたリリーは小さくガッツポーズをする。
﹁あたしは悪いけどメルヘンに行きますよ。オムライスが絶品なん
だから﹂
161
第36話 亀裂⋮⋮?︵後書き︶
ちょっと恋愛させてみます
あ゛ー、書いてる作者がにやけてくるー︵泣︶
162
第37話 写真
ジャスティンの部屋は稜哉たちの部屋と間取りは同じだったが、雰
囲気がまるで違った。
一言で言うと⋮⋮シンプル。
ハート柄のアコーディオンカーテンも無ければ、レースのテーブル
マットも無いし、もちろん香水がぎっしり入っている棚も無い。
少女オーラがくどいくらい漂う部屋になれた稜哉はなんだかスカス
カな気がして少し落ちつかなかった。
﹁シーフードピラフでもいいかなぁ﹂
ジャスティンが冷蔵庫の中をのぞいていった。
﹁いいよ。僕、ピラフ好きなんだ﹂
﹁本当?よかった﹂
安心したような、ホッとした笑みをこぼす。
﹁僕も手伝うよ﹂
﹁ううん、いいよ。稜哉君は座ってくつろいでて﹂
﹁そう?じゃあ﹂
椅子に座った稜哉はふと、棚の上にある写真に目がとまった。
両親と思われる男女2人の間に、7歳くらいの赤紫色の髪の女の子
が笑って写っている。
163
﹁ジャスティンって一人っ子なの?﹂
きょうだい
﹁そうよ。一人っ子って寂しいものよ。前から兄妹が欲しいって思
ってた。今もだけれど。稜哉君は兄弟いるんだよね?﹂
﹁兄弟というか従兄弟が4人ほど⋮⋮﹂
﹁いいなぁ。楽しそうで﹂
ジャスティンはふふっと笑うと中華なべにご飯を入れた。
とたんにバチバチバチッと音がする。
﹁やっぱり僕も手伝うよ。自分だけ何もしないのってなんか微妙だ
し﹂
﹁ありがとう。じゃあ、サラダをお願いしてもいいかなぁ。冷蔵庫
の野菜、使って良いから﹂
﹁任せて﹂
冷蔵庫にも写真が貼ってあった。
今度は男の子2人と10歳くらいの金髪の女の子がサッカーをして
いる写真だった。
﹁それはリリーよ﹂
稜哉が写真を見ているのに気づいたのかジャスティンが教えた。
﹁2人ともお兄さんなんだって。今はアッシリア高校にいるらしい
わ。﹂
﹁アッシリアってあの超エリート校って言われる?﹂
﹁そうよ﹂
エマと同じなのかと思いながら稜哉はまじまじと写真を見た。
164
︵サッカーってところがリリーらしいな︶
そういえば、自分の部屋には写真が1枚も無いことに稜哉は気づい
た。
自分の写真は持ってきていないから、無いのは当然なのだが、ロラ
ンの写真は1枚も無い。
いや、見たことも無い。
︵アルバム保存派かな⋮⋮?︶
﹁できたよ﹂
稜哉がそんなことを考えているうちにジャスティンはピラフを作り
終えたらしい。
さらに美味しそうに盛られたピラフを見て、稜哉は一気に空腹感を
覚える。
﹁サラダできた?﹂
﹁これから盛るとこ﹂
稜哉はそういうと、急いでレタスをちぎり始めた。
165
第38話 屋上
﹁あぁー、美味しかった。﹂
稜哉は卵スープを飲み干した。
﹁美味しいって言ってもらえて嬉しいわ。稜哉君のサラダも良かっ
たよ。﹂
﹁いやぁ、僕のはレタスちぎってトマト載せただけだし。ジャステ
ィンは料理が上手なんだね﹂
﹁上手ってほどでは⋮⋮。前に教えてもらったの。昔は1人じゃ何
も作れなくて﹂
ジャスティンは遠くを見るような視線を流した。
﹁ねぇ、屋上に行かない?せっかくこんな良い天気だし﹂
﹁屋上?この建物に屋上があるの?﹂
稜哉は聞き返した。
﹁景色がいいの。夜は星がきれいだし、今だって紅葉がきれいだわ。
ね、行きましょ﹂
ピコーン。
166
なご
どこかしら間の抜けたようなチャイムを合図に、16階、屋上でエ
レベーターの戸が開いた。
﹁ほらっ。いいでしょう?﹂
そこには屋上というより、庭園が広がっていた。
花壇には赤や黄色の花が咲き、ベンチを取り囲んで、そこで和むカ
ップルにささやかなくつろぎの時間を提供した。
﹁ほら、こっちこっち﹂
ジャスティンが片隅で稜哉を呼んだ。
﹁ここはね、私の秘密の特等席なの﹂
﹁特等席?﹂
﹁本当はロランにこの場所を教えてもらったんだけど。ここにいる
と不思議と落ちついてくるの﹂
稜哉は答えなかった。
眼下に広がる、紅葉で真っ赤に染まった遠くまで広がる海を、ぼん
やりと眺めていた。
﹁ロランのこと、まだ怒ってる?﹂
ジャスティンの透き通るような青い瞳が、稜哉の黒い瞳を見つめた。
﹁え?﹂
怒っていない⋮⋮そう答えたら、それは嘘になる。
昨晩のことを思い出し、稜哉の心の奥で、どす黒い炎が小さく燃え
167
始めた。
﹁確かに、いきなりあんなことされたら誰だって驚くし、引くわ。
でも、解かってあげて欲しいの。ロランはきっと稜哉君が来たこと
で、初めて孤独だったそれまでの自分から解放されて、安心したん
だと思うの。﹂
風が、2人の間を通り過ぎ、赤紫色の髪を乱していった。
﹁孤独?﹂
﹁そう。彼はもう8年近く、ずっと一人ぼっちだったのよ﹂
ジャスティンの静かな声が、2人の間を漂浪した。
168
第39話 8年前
ロランは誰もいない講義室の窓から、ぼんやりと外を見ていた。
︵もう昼休みか⋮⋮︶
いつもなら、お腹が空いていい時間なのに、今日は違った。
﹁ボクはどうしていつもこうなんだろう⋮⋮﹂
ポツリとつぶやくと、椅子に座って机のうえに突っ伏した。
1年生くらいからそうだった。
ロランの趣味や男好きのその性癖を知った友人たちのほとんどは彼
を気味悪がり、交友を避けた。
﹁おえねちゃん⋮⋮。パパ⋮⋮。ママ⋮⋮。どうして⋮⋮?﹂
﹁ロランはね、4人家族の1番下に生まれたの。ローザっていう5
つ上のお姉さんがいたんだけど、とても可愛かったのを覚えている
わ。それでね、昔のロランは今みたいに女の子らしくなかったのよ﹂
ジャスティンの瞳が、森林の光を反射して、一瞬オレンジ色にきら
めく。
﹁女の子らしくなかったというより、普通の男の子だったわ。毎日
砂場で服や顔を泥だらけにしては、先生に怒られて。一緒に落とし
169
穴を作って、友達をそこに落したりもした。もちろん化粧なんかし
ていないし、今みたいに少女趣味でもなかった﹂
ジャスティンの頬に1筋の雫が伝って、地面を音もなく濡らした。
﹁昔からロランと一緒だったの?﹂
稜哉の問に、ジャスティンは黙って肯く。
﹁でも8年前のあの日が、彼を変えてしまった﹂
﹁8年前のあの日って⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮ロランが1人になった日よ﹂
窓の外では風が吹きぬけたらしく、イチョウやもみじが紙ふぶきの
ように舞っていた。
ロランはそんな外の様子を、ただ瞳に写していた。
暖かい陽の光が、優しくロランをつつむ。
︵⋮⋮あの日もこんな太陽だったっけ︶
今と同じように紅葉した葉が舞い、今日みたいな気温だった。
︵ママ⋮⋮、ボクは元気だよ⋮⋮︶
ロランはもう1度机に顔を伏せると、目を閉じた︱︱。
170
﹁8年前のあの日も、こんな天気だった。あの日、ロランはスクー
ルが終わると、おばあちゃんと一緒にいつもより早く帰って行った
の。﹃今日は自分の誕生日で、ママがケーキを買って待っているん
だ﹄って﹂
ジャスティンの声は落ち葉を一掃する風に乗って遠くへ飛んでいく。
﹁でも、家に帰った彼を迎えたのは、家族の笑顔でもなければ、ク
ラッカーから舞う紙ふぶきでもなかった﹂
﹁⋮⋮なんだったの?﹂
﹁⋮⋮。﹂
稜哉はその沈黙から、これ以上先の話を聞いてはいけない気がした。
何か、とてつもなく悲しい現実があるような気がした。
ジャスティンは深く息を吐いた。
﹁帰ってきたロランを待っていたのは、家中が朝とは一変して真っ
赤に染まった、殺人現場だったの。﹂
171
第39話 8年前︵後書き︶
注︶変な誤解を招くかもしれないので一応⋮⋮。
性癖:性質上のかたより。くせ。性的まじわりの際に現れるく
せではありません!!︵By作者︶
明日でついに40話目!!
172
第40話 消せぬ記憶
︵ボクはきっと死ぬまであの日を忘れることは無いだろう︶
赤く燃える落ち葉が舞う中、何人かが遠くではしゃいでいるのを、
ロランはガラス窓越しに見た。
︱︱ ︱︱ ︱︱
﹁ロラン、そんなに急がなくても、ママたちはロランを待っていま
すよ﹂
﹁でも早く帰らなきゃ、おばあちゃん。だって昨日約束したんだ。
帰ったらママがケーキを買って待ってるって。﹂
5歳のロランは小さなリュックサックをカサカサいわせながら紅葉
した葉の舞う帰り道を走った。
︵ママがボクの大好きなショートケーキ買って待ってるんだ。パパ
だってきっと汽車を買ってくれているんだ。何の汽車かな。FRA
SH700系だといいな︶
木漏れ日の美しい森の中に、ロランの家はあった。
ピンポーン。
息せき切って呼び鈴を鳴らす。
︵今にお姉ちゃんが出てくるんだ。﹁ロランが帰ってきたよー﹂っ
173
て︶
ピンポーン。
あ
ドアは開かない。
ピンポーン。
︵まだ用意できてないのかな︶
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン⋮⋮。
何度鳴らしても、反応は無かった。
﹁どうしたの?ロラン﹂
後から来ていたロランの祖母、ロズリーヌが追いついた。
﹁だれもでないの。﹂
ロランが心細そうに答える。
﹁どれどれ﹂
ガチャ。
ロズリーヌがまわしたドアノブは、簡単にまわった。
﹁あら、開いているじゃない。鍵を閉めないなんて、無用心ね。﹂
174
そう言ってドアを開けたとき、2人はその場に立ち尽くした。
床や靴箱に飛び散った血しぶき。
廊下に溜まった、赤い水溜りの上に倒れている男。
﹁パパァッ!﹂
ロランは靴も脱がず、父、オーレリーのそばに駆け寄る。
﹁オーレリーッ!﹂
ロズリーヌも慌てて家の中に入る。
そうしてロズリーヌはこの家に何が起こったかを理解した。
階段のそばで、衣服をグチャグチャにし、肌を真っ赤にして倒れて
いるロランの姉、ローザ。
いかにも何者かに荒らされた形跡の残るリビング。
そしてキッチンには⋮⋮
﹁ママァッ!!﹂
テーブルに出されたケーキの前で、ロランの母、セシルは虫の息を
していた。
﹁ママァッ!!﹂
ロランが涙で顔をぐしゃぐしゃにして駆け寄る。
﹁⋮⋮あ⋮⋮ロ⋮⋮ラン⋮⋮。おか⋮⋮えり⋮⋮。ケ⋮⋮キ⋮⋮か
ってお⋮⋮いた⋮⋮わよ⋮⋮﹂
175
そこまで言うとセシルは弱々しく笑って言った。
﹁ロ⋮⋮ラン⋮⋮、おたん⋮⋮じょう⋮⋮び⋮⋮おめで⋮⋮とう⋮
⋮。﹂
﹁ママァァァァッッッ!!﹂
セシルの体から力が抜け、ロランの手を握っていたてがふわりと床
におちる。
﹁⋮⋮ぅぅぅぅうあああああああぁああ⋮⋮!!﹂
今や家中が真っ赤になっているのに、異常なほど真っ白いショート
ケーキの前で、ロランは嗚咽を漏らして泣き続けた︱︱。
︱︱ ︱︱ ︱︱
176
第40話 消せぬ記憶︵後書き︶
ちょっと重かったかなぁ⋮⋮︵汗︶
177
第41話 異変
﹁ロランの家族を殺した2人の犯人は3日後に捕まったわ。彼らは
ロランの家にある宝石目的であの日に盗みに入ったらしいの。家に
忍び込んだときには3人とも出かけていて居なかったそうよ。でも
2階を探っていたとき、3人は運悪く帰ってきてしまった。しばら
く様子を見ていた2人だったけれど、2階に上がって来たローザに
見つかって、最終的には⋮⋮﹂
ジャスティンの言葉が涙で途切れた。
稜哉はただただ、黙って話を聞いていた。
心の奥のどす黒い炎はいつの間にか消え去り、言い知れぬ辛さが押
し寄せてきていた。
自分は母さんを殺されている。
けれど自分には、母さんとの記憶はまったく無い。
物心ついたときから母さんは居なかったから⋮⋮。
だからアーサーから母さんの話を聞いたとき、どこか人事めいた感
情がわいた。
すごく悲しい、とは思わなかった。
稜哉は思った。
つながりがあったからこそ、それを突然、なんの予兆も無く断ち切
られたときの悲しみは、経験の無いものには計り知れない、と。
つながりがあるから、あったからこそつらいんだ。
﹁ロランはロズリーヌに引き取られて、彼女の元で育てられること
になったの。でも彼に異変が起きはじめた﹂
﹁異変?﹂
178
つねひごろ
﹁そう。異変。今まで見向きもしなかったぬいぐるみを、常日頃か
ら抱えるようになったり、ローザの持っていたスカートやワンピー
スを着始めたり。逆にあれだけ好きだった電車にはまったく興味を
示さなくなったり﹂
太陽が屋上の2人をやんわりと照らす。
陽射しは、優しかった。
﹁ロランのそんな行動は、どんどんエスカレートして行ったの。好
んで女子と遊ぶようになって、持ち物もピンクが多くなって⋮⋮。
彼の机の上のくまのぬいぐるみを知ってる?あれを取り上げると、
彼は今でも泣いてしまうの。まるで小さな女の子みたいに。でもき
っと彼は、どこかに自分の安心する場所を作っておきたかったんだ
と私は思うの。﹂
稜哉は初めてロランの部屋に入ったときにみたぬいぐるみを思い出
した。
机の上にあった、くまのぬいぐるみを。
そしてあの時に感じた安心感に、はっとした。
あの部屋に入ったとき、不思議と安心したのは当然だったんだ。
だって、あの部屋の住人が安心感を求めて作り上げた空間なのだか
ら。
隠れ里に来たばかりという不安感を持って部屋に入った自分が、心
なしか落ちつけたのは当然だった⋮⋮!
﹁ロズリーヌはロランが4年生のときに病気で亡くなったわ。それ
以来、本当にロランは独りぼっちになってしまった。ロランの”女
の子らしさ”は、彼が今までもがいてきた孤独や不安から逃れられ
る、唯一の方法なのよ。だから稜哉君、ロランを見捨てないで。私
179
は彼の心に安心感を分けてあげることはできなかった。でも稜哉君、
あなたなら⋮⋮!お願い。ロランのそばにずっといてあげて﹂
ジャスティンは頭を下げた。
稜哉は呆然とその場に立っていた。
﹁ジャスティン、頭を、上げてよ﹂
赤紫色の髪が、涙でぬれたジャスティンの頬にくっつく。
﹁ジャスティンは、ロランのことが⋮⋮?﹂
稜哉はあえて終わりまで言わなかった。
それでも、聞きたいことは伝わった。
﹁昔⋮⋮。今も、大切な友だち⋮⋮﹂
ジャスティンの言葉に稜哉は黙ってうなずいた。
180
第41話 異変︵後書き︶
今日は気温が20度だとか。
あったかくなりましたねヽ︵*’∀’*︶/
200文字小説に挑戦してみました!!
”最後の学年通信”
テーマは”卒業”ですw
ぜひどうぞww
http://ncode.syosetu.com/n4163
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181
第42話 クッキー
キンコーン、キンコーン、キンコーン。
今日、講義室で聞く、4回目の授業終了のベルが鳴った。
ロランは気だるげに体を起こし、スーツケースを持つ。
﹁帰ろうかな﹂
室内の電気を消すと、静かな室内に、夕日が窓から差し込んだ。
稜哉はベルが鳴ったと同時に荷物を片付ける。
︵5時間目がやっと終わった︶
昼休みが終わってから、稜哉はずっと上の空だった。
ロランのことを考えると、胸が痛い。
今まで、女の子同然の仕草をするロランを心のどこかでは軽蔑して
いた。
でも︱︱。
﹃自分の安心する場所を求めているのよ﹄
稜哉はスーツケースをガラガラさせながら、にぎやかな教室を出た。
182
昼時の眩しい明るさとは打って変わって、薄暗い夕陽を背に、稜哉
はキャンパス内を歩いていた。
6時近くだからか、風も涼しく、稜哉の脇を勢いよく通り抜ける。
宿舎の前まで来て、稜哉の足取りは止まった。
なんとなく部屋に戻るのが億劫だった。
︵でもいつは戻らなきゃいけないし︶
﹁よしっ﹂
小声でそう自分に活を入れると、目の前の自動扉を通った。
﹁ただいまー﹂
稜哉はやや暗い声でアコーディオンカーテンを引いた。
﹁あ、お帰り⋮⋮なさい⋮⋮。﹂
ロランはエプロン姿でクッキーを焼いているところだった。
稜哉を見ると、気まずそうに言う。
2人の間に、もやもやとした灰色の空気が漂った。
︵何きゃ言わなきゃ︶
183
﹁ねぇ、ロラン⋮⋮﹂
﹁昨日は本当にごめんなさい!!﹂
ロランは突然、手に持っていた型やら小麦粉をテーブルに置くと、
頭を下げた。
﹁ボク、稜クンが来てくれて、嬉しくて⋮⋮調子に乗ってた。本当
にごめんなさい。もう、あんなこと2度としないから、だから⋮⋮、
また仲良くしてください!﹂
必死になって謝るロランに、稜哉はもちろん怒りの感情は湧かなか
った。
﹁またさ、4人でメルヘンにでも行こうよ﹂
稜哉の柔和な表情に、ロランは安心したようにふにゃっと笑った。
﹁ボク、クッキー焼いているんだけど、食べる?﹂
﹁それじゃあ、1枚もらおっかな﹂
184
第42話 クッキー︵後書き︶
次回更新日は3月23日︵火︶の予定です
︵貯めていた分が無くなってしまった︵汗︶
185
第43話 M.E.前日
稜哉がポーグラントに来て早2ヶ月がたとうとしていた。
気温も1ケタ台が当たり前になり、校舎も宿舎もすっぽりと雪をか
ぶっている。
あれだけ紅葉していた葉も、今では跡形もなく消え去り、丸はげの
木々は両手いっぱいに雪を抱えていた。
あと10日後にはクリスマス休暇︱︱。
たった1つの厄介者を残して。
﹁もーっ!いい加減に無理!コウモリの生態なんか知って一体なん
Batを勢いよく壁に投げつけた。
になるって言うのよ!﹂
バシンッ。
リリーはThe
その振動で掛かっていた絵が床におちる。
﹁ちょっとリリー、ボクの部屋を壊さないでよね。ちゃんと絵も掛
けといてよ﹂
ロランがあきれてリリーを見た。
ここは例によって305号室の1ルーム。
丸テーブルを稜哉、ロラン、リリー、ジャスティンの4人で教科書
やら資料集やらを広げて囲んでいた。
186
﹁明日からM.E.だなんて、まだ全然実感ないわ﹂
Examination、通称M.E.は2日間
ジャスティンが”7つの変色薬品”の表を見ながらため息をつく。
Midterm
かけて、年3回行われる、来年度のクラス編成にも大きくかかわる、
重要な試験なのだ。
もしこの試験で優秀な成績を残せば、来年度はAクラスに上がるこ
とができ、また、その逆も然りで⋮⋮。
﹁ロランはまた全科目で学年トップだろうなー。あー、いやいや。
あたしはきっと最下位だわ﹂
﹁リリー、そんなこと言うから、本当にビリになっちゃうんだよ﹂
Mind
20
﹁あら、分かっているわよ。でも、コウモリよ、コ・ウ・モ・リ﹂
ロランはそれ以上は何も言わずに”Reader
の心得”を表に書き込み始めた。
﹁そういえば、試験後の生物って実習なんだっけ?﹂
﹁そういえば、そんな事言ってたわね。確か⋮⋮﹃コウモリと仲良
くなる﹄って﹂
稜哉にジャスティンが答えた。
﹁ああ、あれでしょ、オカリナでコウモリと交信するんでしょ﹂
﹁コウモリと交信!?﹂
ロランの言葉に、稜哉は反応した。
187
﹁うん。年間表に書いてあった。”コウモリを上手に操れるように
なる”って﹂
﹁もう、本当にイヤー。気持ち悪ー。﹂
リリーが嫌そうな顔をした。
﹁コウモリと仲良くなるためにも、しっかり覚えましょうね﹂
﹁分かったわよ﹂
渋々リリーは生物便覧に目を向けた。
188
第44話 それぞれ
2日間のM.E.は、終わった。
生徒にとっては、いろいろな意味で︱︱。
﹁終わったー。﹂
校舎から宿舎に戻る途中、ロランが気持ち良さそうに背伸びして言
った。
りし
﹁終わったよ⋮⋮。里史が﹂
稜哉は今終えた試験を思い出す。
どの教科も冴えなかったが、里史は一番最悪だった。
︵Q1もQ2もきっと全部落とした⋮⋮。80点分だったのに⋮⋮︶
﹁ほら、稜クン、クリスマス休暇だよ。もうすぐ﹂
﹁うん⋮⋮﹂
﹁稜クンは休暇中は家に帰る?それとも宿舎に残る?﹂
﹁きっと補習さ﹂
﹁楽しみだよね。クリスマス休暇﹂
﹁僕だけだ。きっと補習なんて受けるの﹂
ロランはため息をついた。
︵だめだ、たぶん今日1日立ち直らないな︶
189
同じ頃︱︱。
﹁あーあ、あたし生物終わったわー﹂
教室の片隅で、悲観にくれている女の子がいた。
﹁大丈夫よ、リリー﹂
﹁今度こそ、お父様に叱られてしまうわー﹂
﹁まだそうと決まったわけじゃ⋮⋮﹂
﹁私には分かるのよ。だってQ3の40点分、全て間違えたんだも
の﹂
リリーはなみだ目になってハンカチで目を押さえた。
﹁あーあ、許してお父様ー﹂
︵⋮⋮。もう付き合いきれないわ︶
ジャスティンは泣いているリリーを引っ張って教室を出た。
一方、里史のとある小部屋では、さっそく採点を始めている教師が
いた。
アンドレ・ポンポニャック、フランス人。
190
栗色の短髪に、180cmという長身。
身にまとうのは、その辺では売っていないような高級スーツ。
常に掛けている、黒いサングラスが特徴的だ。
7年生の里史の担当をしている。
彼は万年筆で、生徒たちの答案に次々と赤い印を書いていった。
時々、スーツのジャケットのポケットから、金色の懐中時計を取り
出して時間を見る。
︵5時か。いい時間だ︶
懐中時計をポケットに戻し、再び答案用紙に視線を移した。
パラッ。シャッ。シャッ。シャッ。
室内には時々答案をめくる音と、万年筆が紙の上を走る音しかしな
い。
部屋は薄赤暗かった。
それもそのはず。
ろうそくの明かりしか、部屋を照らしている物は無いのだから。
アンドレのほかに、部屋にいるものはなかった。
当然だ。
だってここは、アンドレの部屋なのだから。
シャッ。シャッ。
Q1とQ2に、彼は大きくチェックをつけた。
思わず顔をしかめる。
191
︵誰だ。80点分もごっそり落としているのは。ここはテキストの
ままなのに︶
﹃稜哉・レストレンジ﹄
︵稜哉・レストレンジ⋮⋮レストレンジ⋮⋮レストレンジ⋮⋮︶
黒いサングラスの向こうで、何かが光った︱︱様に見えた。
︵レストレンジ⋮⋮︶
フッと笑うと、彼はそのまま万年筆を走らせた。
192
第44話 それぞれ︵後書き︶
はい、この場をおかりして宣伝です。
︵読み飛ばしていただいてもかまいません︵笑︶
200文字小説だけの短編集、200−wordの世界
http://ncode.syosetu.com/n4302
k/も書いてます。
どれも1話限りの読みきりです。
良かったらどうぞ︵*´ω`︶ノ
宣伝でしたー
ちなみに隠れ里は明日も更新ばっちしOKです★
193
第45話 休暇前
﹁稜クン宛に手紙だよ﹂
ロランの声で稜哉は目が覚めた。
閉められたカーテンの隙間から、昼間の太陽の光がうっすらと入っ
てくる。
﹁今⋮⋮何時?﹂
﹁10時だよ﹂
稜哉はそれを聞いて、もそもそと起き上がった。
﹁今日って学校は⋮⋮?﹂
﹁休みだよ。19日まではテスト採点期間だもの﹂
﹁そっか。で、手紙って?﹂
ロランは手に抱えていたバスケットから、3通くらいを取り出した。
﹁生物の授業についての手紙に、休暇中の心得、あと⋮⋮はい﹂
稜哉は受け取ったうちの1通を手に取った。
﹁ジェーンおばさんだ﹂
﹃稜へ
194
毎日楽しく過ごしていますか?
20日からクリスマス休暇が始まるでしょう?
休暇中は1度、家に戻ってきますか?それとも学校で過ごします?
もし学校に残るなら宿舎の予約を続けなければいけないから知ら
せてね。
でも、1度帰ってきてくれると嬉しいわ。
それと、休暇中にオカリナを買いに行かないといけないでしょう?
ジョンたちと一緒に買いに行くから、日時を近いうちにまた知ら
せますよ。 ﹄
﹁休暇、かぁ﹂
実際は休暇といっても20日間の休みで、そこまで長いものではな
かった。
﹁稜クンは休暇中は1度帰るの?それとも、ここに残る?﹂
稜哉はすぐには答えなかった。
︵帰りたいと言えば帰りたい。でも⋮⋮︶
チラッとロランを見た。
目が合った。
﹁ボクのことは気にしないで。リリーやジャスティンはきっと今年
も残るからさ﹂
195
ロランはニッコリと笑った。
﹁ジョンたちにも聞いてみてから決めるよ﹂
稜哉は手に持っている手紙に視線を移すと、ほかの2通のうちの1
通を開封した。
﹃7年生の生徒の皆さん 生物科からのご案内
クリスマス休暇も、もうすぐですね。
ここで、生物科からのお知らせです。
休暇明けの授業から、いよいよ、実習に入ります。
そこで休暇中に用意してもらいたいものがあります。
生徒の皆さんは必ず1人1つずつ、オカリナを用意してください。
材質は何でもかまいません。
ただ、自分とぴったり合うものを購入することをオススメします。
値段はいろいろなものがあるので、生物科からは特に指定はしま
せん。
ただ購入前に必ず、
﹁コウモリに対して使用します﹂
と店員に伝えてください。
休暇明けの初回授業までに用意をお願いします。
なお、授業での貸し出しは一切できません。
それでは良い休暇を過ごされますよう。 ﹄
196
稜哉は思わず読み返した。
﹁ねえ、オカリナなんて、どこで売ってるわけ?﹂
インターネットしか無いじゃん、と言いかけて口をつぐんだ。
︵そうだ、ここにはインターネットは無いんだった︶
隠れ里に、インターネットは無い。
携帯電話どころか、電話すらない。
あるのは切手を貼らずに送れる、ポストオンシステムだけ。
﹁ボクが知っているのは﹂
ロランの目が稜哉の目と合った。
稜哉はロランの言おうとしていることが分かったような気がした。
﹁校舎の裏側にある、ポーグラント百貨店﹂
﹁⋮⋮しかないと思うんだよね。確か2階にオカリーナっていうオ
カリナ専門店があったような気がするんだ﹂
︵ここって、ポーグラント百貨店くらいしか店は無いのか?︶
稜哉がそんなことを思ったときだった。
ピーンコーン。
197
第45話 休暇前︵後書き︶
春休みの宿題がまったく終わっていないことに昨晩気づきあたふた
の作者です。
ということで今日から宿題と格闘開始!
なので次回更新日は⋮⋮。
3月31日︵水︶ということでo︵●´ω`●︶o
それでは。
198
第46話 消された男
﹁ジョン、オリバー!﹂
﹁やぁ、稜、元気にしてたか?﹂
もみじ
ジョンとオリバーは2人ともGパンにセーターという服装で、キッ
チン兼リビングの丸テーブルを前に、ロランの入れた紅葉7色ティ
ーという、液体がマーブル色の紅茶ををすすっていた。
紅茶を入れたロランは、気を利かせてか﹁リリーのとこに行ってく
る﹂と言って、出て行った。
﹁どうしたの?急に?﹂
稜哉はジョンに、所望したレモンクリームを手渡した。
﹁冬休み中、稜はどうするのかな、と思ってさ。ママからの手紙、
稜にも届いたろ?﹂
ジョンはポケットから手紙を取り出して見せた。
﹁2人とも、やっぱり1度帰るの?﹂
﹁うん。俺らは帰ろうと思ってる﹂
オリバーがティースプーンで紅茶をかき混ぜた。
﹁オカリナとやらを買いに行かないとな﹂
﹁稜は残るつもりなのか?﹂
もみじ
稜哉は自分のティーカップに紅葉7色ティーを注ぎ足した。
199
どうしようか、まだ迷っていた。
﹁ハンナやエマも帰ってくるみたいだぜ﹂
ジョンの言葉で、稜哉は心が決まった。
﹁そっか。僕も、帰るよ﹂
﹁おう、みんな、喜ぶと思うぜ。ママには俺から連絡しておくよ。
ところで、稜にちょっと聞きたいことがあんだけどよ﹂
LIAR”っていう、ウィークリーマガジンの1
オリバーは持って来ていたA4サイズくらいの雑誌のとあるページ
をめくった。
﹁何?それ?﹂
BIG
ABL
﹁”A
つなんだけどさ、根も葉もない噂話ばっかり記事にしている、ろく
でもない雑誌で。文字通り、大嘘つきってヤツ﹂
ジョンが嫌そうな顔をして言った。
﹁その雑誌がどうかしたの?﹂
﹁ハンナが見つけたんだけどよ、ちょっとこれ見ろよ﹂
オリバーが見開きのページを稜哉に見せた。
どうやらそのページには毎週1番のスクープ記事が載るらしく、”
今週のスクープ!!”と真っ赤な字でデカデカと見出しが書かれて
いた。
そのすぐ下には、年齢30歳くらい、金髪碧眼のハンサムな男が笑
って手を振る写真が載っている。
200
﹁”Founding
!?”﹂
Brother︵建国の兄︶は生きていた
Brother?﹂
稜哉は不思議そうにオリバーを見た。
﹁Founding
﹁いいから読めって﹂
Brother︵
ジョンに先を促されて、稜哉は続きを読み始めた。
﹃︻今週のスクープ!! Founding
建国の兄︶は生きていた!?︼
毎週奇怪な事実を暴くこのコーナーですが、なんと今週はとんでも
Brotherとして知られているゴッド・グ
ないスクープを見つけました!!
Founding
リーン・レストレンジ伯爵がなんと今も生きている、というのです
!!
伯爵は1559年、イギリスのロンドンに、由緒あるバンパイアの
一族、レストレンジ家の長男として生まれました。
そして、セントバーナーズハイスクールを首席で卒業後、名門校の
Man
ストーク大学に受験科目全て満点という驚異的なトップの成績で入
学し、数々の実績を残します。
Life
Organization︵バンパイア生活管理
ストーク大学卒業後、彼はVampire'S
agement
機構︶への内定が決まっていましたが、ここでヘレフォード・クー
デタ︵1579年∼1584年︶が起きてしまいます。
就職どころではなくなった彼は、政府軍と共に戦い、その後、15
201
86年に親友のアーノルド・シュプランガーらとバンパイアだけの
里、”隠れ里”を建国。しかし伯爵はその6年後の1592年に3
Brotherとして、今、この
3歳という若さで暗殺されてしまいました。
伯爵は今ではFounding
隠れ里を見守っているに違いありません。﹄
ページを読み終えた稜哉はほうっと息を吐いた。
﹁イケメン、だけじゃなかったんだな﹂
もみじ
オリバーが紅葉7色ティーのおかわりを所望した。
﹁2人とも知らなかったの?祖先なのに?﹂
稜哉は﹁まさか﹂と思って聞いた。
﹁間抜けなことにね﹂
ジョンがばつ悪そうにうなずく。
﹁このゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵っていう人が隠れ里を
つくったんだ﹂
稜哉は感心した。
﹁そうらしい。この記事もここまでは信じていいみたいなんだ。さ
りし
っき、ポンポ先生に確認してきた。﹂
﹁ポンポ先生?﹂
﹁アンドレ・ポンポニャックだよ。里史の﹂
202
”里史”と聞いて稜哉は気分が悪くなった。
あのテストの悪夢が思い出される。
Brotherはゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵
﹁でも、ポンポ先生はこんなことも言ってた。事実上ではFoun
ding
じゃなくてアーノルド・シュプランガーだ、って﹂
﹁どういうこと?﹂
﹁つまり、俺たちの使っている教科書やら資料集なんかでは隠れ里
を建国したのはアーノルド・シュプランガーってなっているんだ。
Brotherとして認識されている。現に俺らもこの名
それに、世間一般的にもアーノルド・シュプランガーがFound
ing
Brother=アーノルド・シュプランガーなんだ。
前なら知っているし、俺らのクラスメートもそうだった。Foun
ding
ゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵なんて名前はこれっぽっちも
出てこない﹂
﹁てことはつまり⋮⋮?﹂
稜哉は上手く話が呑み込めなかった。
オリバーが真面目な顔をして言った。
﹁俺たちは何かが、いや、誰かが意図的にゴッド・グリーン・レス
トレンジ伯爵の名前を消したんだと思う﹂
カタン。
稜哉がティーカップをテープルに置く音が妙に響いた。
﹁⋮⋮考えすぎじゃないの?﹂
稜哉は信じられない、という風に言った。
203
﹁だいたい何のために?﹂
﹁そこが分からない。でも﹂
ジョンが語尾を強めた。
﹁おかしいとは思わないか?この記事や、ポンポの話どおりなら隠
れ里をつくった人だぞ。ゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵は。
それなのにどの教科書類にも名前すらでてこないし、世間一般的に
も知られていない。﹂
﹁あんまり、活躍しなかったからかも⋮⋮。ほら、そのアーノルド
なんとかって人と比べると﹂
﹁それは考えにくいと思う﹂
オリバーが静かに言った。
﹁どうして?﹂
﹁図書館に行って、隠れ里の建国について調べてみたんだけど、建
国に携わったバンパイアは全部で40人近くいる。でも、40人全
員が深くかかわったわけじゃない。ポンポ先生曰く、ゴッド・グリ
ーン・レストレンジ伯爵とアーノルド・シュプランガーが中心的人
物だったらしいんだ。﹂
再び、3人の間に沈黙が流れた。
﹁この見出しだとまだ生きているって書いてあるけど?﹂
稜哉がポツリと言った。
﹁そこも問題なんだよ、稜。伯爵が仮に生きていたとしても、もう
204
彼が生まれてから450年経っているんだ。バンパイアは生きられ
ても90歳くらいが限度。史上最年長者だって98歳だ。だから4
50年も生きられるはずがないんだよ⋮⋮たった1つの方法を除い
て﹂
オリバーの語尾の声が、小さくなっていった。
﹁たった1つ?﹂
オリバーはそれには答えず、黙って次のページをめくった。
205
第46話 消された男︵後書き︶
今日は2,829文字といつもの倍の長さになってしまいました⋮
⋮。
手にサポーターはめつつカリカリと次話を書いている夜月ですww
明日も続き、更新準備OKなので更新しますo︵●´ω`●︶o
︵でも今日みたく長くはないです︵笑︶
206
Vampire︵汚れたバンパイア︶に成り下が
第47話 永遠の肉体
﹃︻Dirty
ったゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵︼
450年も前に生きていたバンパイアが今も生きているはずは無い。
いや、そんなことはありえない。
しかし、伯爵の生存を証明する証言が確かにあったのだ。
ビーブラート市のとある飲食店で働くモナ・ガボットさん︵23︶
は今年の11月に伯爵と話したと証言する。﹄
﹁嘘っぽくないか?﹂
﹁いいから﹂
半信半疑の稜哉は次のページに視線を送った。
﹃︻モナ・ガボットさん、語る︼
﹁あの日は確か、11月29日だと思いますわ。
わたくし
知人のお誕生日でしたから。
わたくし
私、いつもみたいにお客さんにレインボービールを運んでおりまし
たの。
わたくし
そしたらお店に入ってきた男の人が私に空いている席はありますか、
とお尋ねになったので、私、お店の奥のほうのお席にご案内したん
ですの。
わたくし
そのとき、その方のお顔を見たのですけど、驚きましたわ。
だって私の持っているゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵の肖像
207
画と︱︱代々伝わってきた肖像画なのですが︱︱同じだったんです
もの。
ええ、肖像画と全く同じでしたわ。
肖像画よりもお年をとっているようには見えませんでした。
︵本当に伯爵だったか、という質問に︶
わたくし
本当ですわ。
だって私、確かめたんですのよ。
﹁失礼ですが、ゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵ですか?﹂っ
て。
そしたらニッコリ笑って﹁はいそうですよ﹂とお答えになったんで
すよ。
違う人ならどうして伯爵のフリなんかするんです?﹂
ガボットさんの会ったその男の人はどうやら”本物”の伯爵らしい。
だとすると伯爵はどうやって450年間生き長らえていたのか。
またあのときに暗殺されたのは伯爵ではなかったのか。
専門家に意見を聞いてみた。
︻不死身のからだ?︼
グロッセリー大学のバンパイア生物科学科のジョーダン・ハワード
助教授はバンパイアが450年生きられる方法について話してくれ
た。
﹁通常のバンパイアは︱︱というより、普通、バンパイアは自然に
暮らしていて450年生きることは不可能です。今のところ。
心臓の寿命がもともと、もって90年ですから。
208
ですから史上最年長者のグラビール・ハリス氏はすごいと思います。
﹂
それではやはり450年間生きることは無理なのだろうか。
﹁無理ではありません。
考えられる方法は1つだけあります。
ただ、これは絶対にやってはいけない、恐ろしい手段です。﹂
一体、どんな手段なのだろう?
﹁一生、死なない肉体を手に入れるんです。
つまり、不死身になるんです。﹂﹄
209
第47話 永遠の肉体︵後書き︶
︵*´ω`︶ノ<明日も休まず更新です
210
第48話 Dirty
﹁不死身!?﹂
Vampire
驚いた稜哉は思った言葉が口をついで出てしまった。
食い入るようにして続きを読む。
﹃不死身になるなんてことは本当に可能なのだろうか?
ハワード助教授はこう語る。
﹁人間の生き血、それも14歳∼23歳の若者の生き血を体内に取
Vampi
り込むことで、死なない肉体、つまり、不死身の体になるわけです。
そうやって死なない体を持つバンパイアをDirty
re︵汚れたバンパイア︶と呼びます﹂
なるほど。
しかしなぜ”汚れた”なのだろう。
﹁それはこの人間に対する吸血行為自体が汚れた行為で絶対にやっ
てはいけない、禁じられた行為なんです。﹂
ハワード助教授は続ける。
211
﹁まず、吸血された人間もバンパイアになってしまうんです。
そして、人間として生きていた記憶は吸血時に消され、何事もなか
ったかのようにバンパイアとして暮らし始めるのです。
何の罪も無い若者の未来をめちゃめちゃにする行為なんです。
また不死身の肉体といっても、手入れが必要で、その手入れ方法も
本当に恐ろしい方法なんです﹂
一体、どんな方法なのか︱︱。
﹁自身の体を美しく保つために、毎日最低1度、人間の血で入浴す
る必要があります。
そしてその血液も若ければ若いほど良い。
やはり14歳∼23歳の血液が最良なんです。
ただし、このために血を抜かれた人間は間違いなく死んでしまうで
しょう。
取られる血の量が相当の量ですから。
こういう理由のため、人間に対する吸血行為は隠れ里の条約で禁止
されています﹂
Vampireなら、なぜそこま
Vampireといわれる由縁が分かった。
︱︱なるほど。
Dirty
しかし、もし伯爵がDirty
でして生きようとするのだろう。
また暗殺されたとされる死体は、一体誰だったのか。
伯爵については謎が残った。﹄
212
ここで、ゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵についての記事は終
わっていた。
Vampire?永遠の肉体?︶
読み終えた稜哉は、頭の中を整理していた。
︵Dirty
﹁どう思う?この記事﹂
オリバーが聞いた。
Vampir
Vampireなら、僕らも
﹁どう思うって聞かれてもなぁ⋮⋮。これって遺伝とかしないのか
なぁ。ほら、もし伯爵がDirty
そうかもしれないじゃん?﹂
稜哉は曖昧に答えた。
自分の言葉に全く確信はなかった。
少なくとも稜哉は健康診断で﹁あなたはDirty
eですね﹂とか、﹁どこかおかしいですよ﹂と言われたことはない。
遺伝する可能性はほとんどないように思えた。
Vampireでないなら、オリバーや
Vampireではないことになる。
そして自分がDirty
ジョンもDirty
いくら自分がレストレンジ家の直系でないとはいえ、少なからず血
は繋がっているのだから。
ジョンは椅子から立ち上がった。
﹁まあ、この記事自体がヤラセかもしれないな。それに﹂
彼の目が一瞬、力強く輝く。
213
﹁俺はDirty
Vampireなんかじゃないからな﹂
もみじ
そういうと、稜哉に向かって涼しげに笑いかけた。
こ
﹁稜、俺らはそろそろ帰るわ。紅葉7色ティー、美味かったってあ
の娘によろしく伝えてくれな。この記事は気にするな。どうせヤラ
セだろうさ。なんつったってABLだし。ほら、オリバー、行くぞ﹂
オリバーはカップに残っていたものを飲み干すと、慌ててジョンの
後に続いた。
﹁ママには休暇のこと伝えとく。じゃな。ありがと﹂
別れ際、オリバーは稜哉にそう言った。
﹁うん。またね﹂
エレベーターに消えていく2人の背中を見送った稜哉は1人、椅子
に座って記事のことを思い返した。
︵一体、どういうことなんだろう︶
いくら考えても答えの見えない迷路に迷い込んだ稜哉は、いつの間
にか、眠っていた。
ロランが帰ってきたことにも気づかずに︱︱。
214
第48話 Dirty
Vampire︵後書き︶
次回更新日は4月4日︵日︶ですww
︵*´ω`︶ノ<この日はパイレーツ・オブ・カリビアンですね★
あ、次の話で第2章はおしまい⋮⋮かな?
︵現予定。でも変わるかもです︶
215
第49話 嫉妬心︵前書き︶
なんだかんだで、第2章はあと5話ほど続きそうです⋮⋮。
216
第49話 嫉妬心
1週間の試験採点期間は終わった。
12月19日、午後4時30分ごろ。
本日最後の授業である。
りし
稜哉たちCクラスのメンバーは薄暗い里史講義室にいた。
窓には黒いカーテンが引かれ、明かりと言えば、室内を陰気なムー
ドに保っている十数個のオレンジ色の電球と、手元を何とか明るく
する、机1つに1台備えられた、小さな白熱灯だけ。
あの、コウモリが巣くっている生物室の薄暗さと十分はりあえるほ
ど、講義室は暗かった。
﹁それじゃ、今から答案返すぞー。30点未満のヤツはもれなく”
休暇中パワーアップ講座”の特典つきだからな。ちゃんと休暇中来
るんだぞ﹂
戦々恐々として席についている生徒の前で快活と話すのは、7年生
の里史担当教師、アンドレ・ポンポニャックこと通称ポンポ先生。
年齢おそらく35歳くらいのポンポ先生は、今日もこの陰気な室内
には不似合いなエネルギーをかもしだしていた。
そんなエネルギッシュなポンポ先生は生徒たちに人気で︱︱特に女
子生徒の間で︱︱フレンドリーな先生として親しまれている。
稜哉は次々と生徒が答案を受け取るのをぼわーっと眺めていた。
﹁Mr.レストレンジ﹂
ポンポ先生に呼ばれ、稜哉は恐る恐る答案を受け取りにいった。
217
﹁休暇中、一緒に頑張ろう﹂
真っ黒のサングラス越しに、先生の目が優しく笑った︱︱ような気
がした。
稜哉は苦々しく先生に笑うと、点数を見ないで席に戻った。
︵見なくったって分かってる︶
﹁Mr.アルベール﹂
稜哉の瞳に、ロランがわくわくしているような足取りで先生の下に
向かっていく姿が映った。
里史以外の教科はすでに全教科答案返却が行われたが、ロランはそ
の全教科、満点という驚異的な点をはじき出していた。
﹁みなさん、Mr.アルベールは満点です!﹂
ポンポ先生の嬉しそうな言葉に、生徒たちはロランへの感嘆の声を
上げる。
︵やっぱりな︶
稜哉は自分の心の奥底から、くすんだ黒い何かが、表に広がってい
くような気がした。
自分の答案用紙をそっと開いて見る。
20点。
︵⋮⋮やっぱり︶
218
どうして自分はこんなにもできないんだろうと稜哉は思った。
自分だってロランと同じくらい、いやロラン以上に勉強したはずだ。
ロランが、毎晩の日課にしているバカバカしい星占いをしている時
だって、自分は教科書を広げ、必死に勉強していた。
なのに、どの教科も冴えない点数で返却されて⋮⋮。
︵考えるのはやめよう。僕はまだこの学校に来たばかりなのだから︶
そう、自分に言い聞かせた。
そうでもしなければ、心に広がっていく、醜い、汚らしいこの感情
を止められなかった。
きっと今、自分の顔を鏡で見たら、苦虫を噛み潰したような表情を
しているに違いない。
キンコーン、キンコーン、キンコーン。
﹁じゃあ、みんな楽しく休暇を過ごすんだぞ﹂
授業が終わった同時に、稜哉は席を立つと、ロランたちに見つから
ないように講義室から出ようとしている集団に紛れ込み、走って宿
舎に戻っていった。
そして布団にもぐりこみ、しばし夢の世界へと旅立った。
219
第49話 嫉妬心︵後書き︶
明日でついに50話です!!
もちろん明日も更新しますww
220
第50話 男と女の会話
ろうそく
真っ暗な中、1本の蝋燭だけが、ちろちろと燃えている部屋に、1
人の男と1人の女が、色紙1枚ほどの大きさしかない透明なガラス
テーブルをはさんで座っていた。
辺りは静かで、虫の音1つと聞こえない。
一体、ここはどこだろう?
どこかの屋敷の中なのか、地下室なのか、それともほかの場所なの
か。
男は全身を、真っ黒のマントで覆っていた。
マントのせいで下に何を着ているのかは分からない。
また他に年齢や髪型といった、特徴となりそうなものは見えなかっ
た。
ろうそくの明かりが、あまりにも弱々しいためだ。
女のほうも、頭から長い何かを被っている、くらいしか分かること
はなかった。
﹁あなたの誕生星は、ラス・エラルドですね﹂
女はハープのような優しい声で言った。
﹁ああ、そうだ。私の星はなんと言っている?﹂
男の声は低い、はっきりとしたバスだった。
女はそれには答えず、ガラスのテーブルの上に両手を広げてそっと
載せると、目を閉じた。
するとテーブルに満点の星が光り輝きながら写ると、円を描くよう
221
に動き回り、しばらくしてから静止した。
女は閉じていた目を開けた。
﹁8月16日、あなたと、あなたと同じ血筋を持つ女性との間に、
ある
男の子が生まれるでしょう。彼は将来、あなたの計画を成功させる、
よきパートナーとなるか、或いはあなたの計画にとっての障害とな
るでしょう。彼があなたにとってよきパートナーとなった場合、あ
なたの思い描いている計画は全て上手く行くでしょう。ただ︱︱﹂
﹁ただ?﹂
﹁ただ彼がそうならなかったときは、あなたの計画は彼によって妨
げられ、失敗に終わるでしょう﹂
男は女のグリーンに光る瞳をしばらくみつめた。
そして聞いた。
ろう
﹁その子が私の邪魔者となったとき、私はどうしたら自分の計画を
成功させられる?﹂
ろうそく
蝋燭の炎がユラユラと揺れ、シュッシュッと蝋を吐いた。
女は微笑した。
﹁その時は彼を消すしか方法はありませんわ﹂
女は言葉とは対照的な、でもどこか冷たい笑みを浮かべながら、ま
っすぐと男の目を見て言った。
男は女の視線をしっかりと受け止めると、満足そうに頷いた。
222
﹁⋮⋮稜⋮⋮稜ク⋮⋮稜クン⋮⋮稜クン⋮⋮﹂
ロランに揺すぶられて、稜哉は目覚めた。
﹁ああ、ロラン⋮⋮﹂
もうろう
意識がまだ朦朧としている中、稜哉は体を起こした。
︵また妙な夢を見た⋮⋮︶
ずっと前のロランの夢といい、今見ていた夢と言い、あまり気分の
良いものではない。
﹁もう7時なんだけど、ご飯食べない?﹂
ロランが稜哉の顔を覗き込みながら言った。
﹁顔色、悪いけど大丈夫?﹂
﹁うん。大丈夫。ちょっと変な夢を見ていたから⋮⋮﹂
ロランは不思議そうに、しばらく稜哉を見つめた。
﹁夕飯、食べる?﹂
﹁あ、うん。あのね、リリーとジャスティンがメルヘンで一緒に食
べないって言っているんだけど、どうする?﹂
ロランは稜哉にメルヘン通信を渡した。
メルヘン通信は毎週の一押しメニューを紹介している通信だ。
223
﹃超特大オムライス、期間限定で6デリー18ゼラ! ∼12/1
9まで﹄
︵リリーはこれが狙いだな︶
稜哉は心の中でニヤッとすると、ベッドから降りた。
休暇前最後の食事をメルヘンで取るのも、悪くはない。
﹁じゃ、行こうか﹂
ロランにメルヘン通信を返すと稜哉は着替えを始めた。
224
第50話 男と女の会話︵後書き︶
ついに50話まで到達!!!!!
3日坊主の作者が50まで話を続けられたのは読者様の応援があっ
たからこそ。
また
昨日はなんと
PVアクセスが1,471に到達しました!!
これは私の小説執筆史上最高アクセス数ですww
︵*´ω`︶ノ<読者の皆さん、本当にありがとう
まだまだ隠れ里は終わる予定はないです★
なので存分にお楽しみください︵笑︶
次回更新日は4月8日︵木︶です
あ、学校が始まるので更新スピードが落ちます。
ご了承くださいm
P.S.よろしかったら今日の活動報告も読んでくださると嬉しい
です
http://mypage.syosetu.com/mypa
geblog/view/userid/35697/blogk
ey/31837/
225
第51話 4人でのディナー
期間限定サービスのせいか、休暇前だからか、店内はいつもよりも
混んでいた。
夕焼け色に明るい店内の真ん中に3Mはありそうな巨大なクリスマ
スツリーが置かれ、ここぞとばかりに、飾られた赤や黄色のストー
ンを輝かせながら、周囲で各々の時間を楽しむ客を温かく見守って
いる。
そして軽快なジャズ音楽が人々を優しくつつんでいた。
﹁あら、今日も来てくれたの?﹂
白いフリルのエプロン、カールのかかった燃えるような赤毛をポニ
ーテールにして、人懐こい笑みを浮かべたウェイトレスのクララが
リリーを見つけて話しかけてきた。
・・・
﹁今日もって最近来たの?﹂
そっとささやくロランにジャスティンは
﹁もう3日も通い詰めよ。毎晩オムライスを食べに﹂
と呆れ顔で答えた。
﹁今日はでも4人で来たの﹂
リリーはそんな2人には気を止めず、話を続ける。
﹁あら、いつもの仲良しメンバーね。さ、来て。席に案内するわ﹂
226
クララはそう言うと店の一番奥の窓際の席に4人を案内した。
﹁リリーちゃんは今日もオムライスかしら?﹂
4人分のメニューを配りながら、クララはリリーに聞くと
﹁もちろんよ﹂
と当然だというような口調で答えた。
﹁3人はメニューが決まったら呼んでね﹂
クララはそういい残すとフリルエプロンのすそを翻し、テーブルか
ら離れていった。
﹁稜君、大丈夫?さっきから元気ないけど。顔色悪いし、風邪でも
引いた?﹂
稜哉の向かい側に座っていたリリーがいつもと様子が違うことに気
づいて、心配そうに稜哉を見た。
﹁きっと寝起きだからだよ。さっきまでずっと寝てたんだもんね﹂
稜哉の隣のロランも、稜哉に相づちを求めるようにして話しかける。
﹁あ、うん。ごめん。なんかさっきから頭がボーっとしてて﹂
稜哉はハハハと笑ってごまかした。
227
本当はさっき見た夢が気になっていた。
夢にしてはあまりに映像がリアルだった、あのどこか暗い場所での
1シーン。
でも稜哉はあの場所がどこだか見当もつかなかったし、話していた
人間さえ、まるで予想がつかなかった。
︵きっと夢だ。ただの変な夢なんだ︶
そう思い込もうとしている自分に、それを直感的に否定する、もう
1人の自分が心の中にいた。
︵もしこれが夢なら、前のロランの夢は一体なんだ?ジャスティン
の話が本当なら、あの夢はただの夢ではないんじゃないか。それと
もただの偶然なのか⋮⋮︶
﹁稜哉君?注文は?﹂
ジャスティンに話しかけられて我に返った稜哉は怪訝そうな顔をし
て稜哉のオーダーを待っているウェイターに、白雪のヒイラギハン
バーグを注文した。
﹁本当に大丈夫?具合が悪かったら言ってね﹂
心配そうなジャスティンに、稜哉は
﹁本当に大丈夫だから﹂
と真顔で答えた。
︵みんなに言ったとして、一体なんになるって言うんだ︶
228
稜哉はそれ以上、夢のことは考えないことにした。
それからはぼんやりすることもなかったし、メルヘンでの時間は楽
しい時間になった。
注文した白雪のヒイラギハンバーグの味も、さっぱりとしたミント
が効いていてとても美味しかったし︵リリーがミントじゃなくてヒ
イラギよ、と訂正した︶クリスマス休暇直前だからと特別にクララ
が4人にケーキを奢ってくれた。
稜哉とロランが宿舎に戻ったときには11時をまわっていた。
稜哉は明日もって行く服やら何やらをスーツケースに詰め込むと、
布団にもぐった。
それからすぐ、ベッドに吸い込まれるようにして、深い眠りに落ち
たのだった。
もう、あの妙な夢は見なかった︱︱。
229
第51話 4人でのディナー︵後書き︶
はい、なんとか第2章も終了でつぎから第3章に突入です!
第3章からはがらりとかわってエキサイトかつよりファンタジック
にしていこうと思っています。
次回更新は18日︵日︶の予定ですw
230
第52話 詮索するのはやめようぜ
次の日、7時に部屋に鳴り響いたインターホンの音を合図に、稜哉
は前の日に荷物を詰め込んだスーツケースを片手に、ロランと軽く
別れの挨拶をすると、ジョン、オリバーと一緒に宿舎を後にした。
﹁今度再びこの門を通るのは1月9日かぁー﹂
校門を出たあたりで、ジョンが背伸びをした。
﹁稜は休暇中はもう学校には行かないのか?﹂
﹁いや、来るよ。3日ばかし。補講があるんだ、里史の﹂
オリバーには稜哉の答えが意外だったらしい。
﹁ポンポ先生の個別指導、受けるのか?﹂
と驚いたような口調で言った。
﹁この前の試験で失敗してさ。でも、今では逆に良いチャンスがで
きたと思ってる﹂
﹁チャンス?﹂
ジョンが顔をしかめた。
﹁ほら、ABLの記事のこと、何か聞けるかも。クーデタのことと
か、なんだっけ⋮⋮?ああ、アーノルド・シュプランガーのことと
かさ﹂
231
ジョンの反応は、稜哉の半ば興奮したような口調とは対照的だった。
﹁まだ、あの記事のこと気にしてんのか?﹂
冷めたような、あきれたような、そんな口調で彼は言った。
﹁なんか⋮⋮気になるんだ﹂
﹁だってABLの記事だぜ?稜はまだよく分からないかもしれない
けど、あの雑誌は真実を載せているほうが少ないんだ﹂
﹁おい﹂
言い方がすこし強くなったジョンを、オリバーがひじで小突く。
﹁でも、もしあの記事がその数少ない真実の1つだったら?そうし
たら︱︱﹂
﹁稜﹂
オリバーが優しい視線で稜哉を見た。
﹁確かにあの記事が100%嘘だと言い切れる確証はない。ひょっ
Vampireだとし
Vampireじゃない。でも
としたら真実かもしれない。でもよ。仮に本当だったとして、それ
が一体なんだ?俺らはDirty
って、仮に伯爵が生きていて、Dirty
て、人間の生き血を吸っていたとしても、俺たちにはどうすること
もできない。違うか?﹂
オリバーの言い分に、稜哉は言葉に詰まった。
確かに言うとおりだった。
真実だったとして、自分に何ができるというんだろう。
232
伯爵の居場所も知らなければ、人間界で伯爵の吸血行為で一体何人
が殺されているのかさえ分からない。
バンパイアは、人間界とコンタクトを取れないのだから。
オリバーのライトグリーンの瞳は、稜哉の黒い瞳を離さなかった。
稜哉はオリバーの隣で黙ってひたすら歩くジョンに、視線を移した。
オリバーと全く同じ、ライトグリーンの瞳。
でもその瞳の光は、オリバーのものと比べると、どこか冷たかった。
︵僕は⋮⋮これ以上先に踏み込むべきではないのだろうか⋮⋮︶
﹁⋮⋮そうだね﹂
稜哉はオリバーに笑って答えた。
その笑顔には無理にあきらめたような表情があった。
オリバーもその表情には気づいた。
だから彼は、あえて明るい口調で言った。
﹁そんな、探偵ごっこみたいなことはやめて、もっと今しかできな
いことをやろうぜ﹂
駅の改札を通るとき、稜哉はチラとジョンの顔を見た。
オリバーと全く同じ瞳が冬の陽射しと反射して、一瞬、透き通るよ
うにキラッと輝いた。
3人はそのまま、あたり一面真っ白に雪化粧した世界から、暖かい
列車に身を移していった。
ブォーーーーッ。
233
汽車は堂々と汽笛を鳴らすと、終着駅のTimishoraをめざ
し、走り出した。
﹁あら、お帰りなさい。寒かったでしょう﹂
体の芯から冷えた稜哉たち3人を迎えたのは、ジェーンおばさんの
笑顔と湯気がもわもわと立っているココアだった。
3人はスーツケースを自分の部屋へ運ぶと、リビングに集まり、コ
コアを飲みながら、一息つく。
時計の針は12時を指していた。
﹁3ヶ月ぶりの我が家、かぁー﹂
オリバーが部屋を見渡して、しみじみとした。
3人で囲んでいる四角いテーブルの真ん中には、花瓶が置かれ、暖
色系の花が咲いている。
汚れ1つ見つからないクリーム色の壁には絵画が掛けられ、そばの
大きな暖炉では薪がパチパチと音を立てながら燃えていた。
窓からは丸裸になった木々が所々オレンジ色の雪のベールを被って
いるのが見える。
﹁やっと3人とも帰ってきたのね!﹂
階段から3人を待ちわびたようにハンナが降りてきた。
﹁もう帰っていたのかい?﹂
234
ジョンが驚いたようにハンナを見た。
﹁3人が戻る1時間くらい前よ。始発だったから﹂
ハンナもジェーンおばさんからココアを受け取ると、それを飲んだ。
﹁3人とも、明日オカリナを買いに行きますよ。﹂
ジェーンおばさんが言った。
﹁了解﹂
﹁どこでオカリナって売っているんですか?﹂
稜哉は聞いてみた。
﹁お店は2,3軒あるけど、明日行くのは”土の色”ってお店よ﹂
﹁”土の色”?﹂
﹁ガレンシア街に昔からオカリナ専門店でさ。数百万っていうオカ
リナがあそこにある﹂
ジョンの説明に稜哉は驚いた。
﹁数百万!?そんなに?﹂
﹁オカリナは1つとして同じものはないのよ。焼き加減とか土の種
類とかでどれも少しずつ違うの﹂
ジェーンおばさんが言った。
﹁明日”土の色”に行ったら分かるさ。とにかく、ビックリするぜ﹂
235
オリバーが付け加えた。
236
第52話 詮索するのはやめようぜ︵後書き︶
次回更新は水曜日ですw
237
第53話 ガレンシア街
次の日、ジェーンおばさん、ジョン、オリバー、稜哉の4人は雪の
積もった土の上を、ガレンシア街目指して歩いていた。
2時ごろの陽射しが雪に反射して、時折、キラキラと輝かせる。
木々に積もった雪は、カサッカサッと音を立てて落下した。
やがて、人の多いにぎやかな通りに出た。
道も、山吹色のアスファルトにかわり、雪も隅に寄せられている。
﹁ガレンシア街よ﹂
両脇にいろいろなお店が並び、親子連れ、若いカップル、子供たち
と、みんなが楽しそうに道を歩いていてはどこかの店に消えていっ
た。
﹁さーぁ、口の中で拡大するキャンディーはいりませんかぁー?﹂
まるで外見がヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家のような
店の前で、ピンクのエプロンをつけた青年が、メガホンを片手に叫
んでいる。
﹁口の中で拡大?どういうこと?﹂
稜哉は思わずオリバーに聞いた。
238
﹁口の中で飴玉が大きくなるんだよ。だいたい2倍くらいにね。中
には2.5倍のものもあるんだぜ﹂
﹁もともとの大きさはどれくらいなの?﹂
﹁これくらいかな﹂
そういうとオリバーは10円玉ほどの大きさを、親指と人差し指で
作ってみせた。
それを見てぎょっとした。
﹁あのお店には行かないほうがいいわよ﹂
そんな稜哉を見て、ジェーンおばさんは言った。
﹁どうしてですか?﹂
﹁ホント、ろくでもないものばっかり売りつけるんだから﹂
BALLのこと怒ってるぜ﹂
そして、おばさんはジョンとオリバーをキッと見た。
﹁きっとまだあのBAT
ジョンは、隣で小さくなっているオリバーにボソリと言った。
ガレンシア街に入って、5分ほど歩いた頃だろうか。
相変わらず、赤や緑色のにぎやかな店の並びの中に、茶色い、いや、
古びた木造の建物がある。
239
﹁さあ、着いたわ﹂
お店の看板には”土の色”と書かれている。
稜哉はゴクリと唾を飲んだ。
というのも、この店があまりにも他の店とはかもし出している雰囲
気が違ったからだ。
にぎやかで、どちらかというとうるさい感じの周りの店と違い、”
土の色”は物静かで、厳格そうな感じだった。
職人の店︱︱。
稜哉はそう感じた。
ジョンとオリバーもそんな雰囲気を感じたのだろう。
静かになり、ただただ看板を見ていた。
﹁さ、行きましょ﹂
ジェーンおばさんが、木の板をつぎはぎに合わせてつくられた戸を
引き、4人は店内に足を踏み入れた。
240
第53話 ガレンシア街︵後書き︶
次回更新は今週の日曜日を予定。
変更のときは活動報告で報告します
241
第54話 土の家
店内に入って稜哉は目を見張った。
40000?くらいは裕にありそうな広い部屋に、音楽ホールのよ
うに高い天井。
むわぁっと蒸し暑い室内に土の匂いが強く漂う。
少し砂が舞っていた。
床には土やら木くずが広がり、1歩踏み出すたびにジャリッと音を
立てる。
そして6段くらいのスチール製の棚が部屋の入口から奥にかけて、
室内半分を占めるように何列も並び、その上には茶色、黒色、とい
ったオカリナが、見る限りでは際限なく並んでいる。
﹁工⋮⋮場⋮⋮?﹂
そう、ここは店というよりは巨大な工場だった。
稜哉たちから見える範囲で従業員は少なくとも30人はいた。
きっと奥にも同じだけの人数がいるんだろう。
上下長袖の灰色のジャージを着ている彼らは客が入ってきたことに
気づかないようで、棚の上を整理したり、忙しそうに歩き回ってい
たり、黙々と木を削っているようだった。
﹁こっちよ﹂
ジェーンおばさんは3人にそう声をかけ、入口の脇にある、2階に
通じているらしい階段を上がっていく。
稜哉、ジョン、オリバーも慌てて後についていった。
242
階段も木が組み合わさってできていて、1段上がるたびにギシッと
きしんだ。
2階に上がった彼らが入った部屋は、清潔感の漂う、こじんまりと
した楽器店だった。
1階の、あの400mトラックが入りそうな広さが嘘みたいに思え
るほどの狭さで、10人の大人がこの部屋に入ったら身動きがとれ
ないんじゃないか、と思うくらいだった。
両手を広げたくらいの幅、高さ1mくらいのガラスのショーケース
にさっき下で見たようなオカリナが並んでいる。
﹁いらっしゃいませ﹂
そう言って、ショーケースの向こう側の壁のドアから姿を現した男
の人は、白いトレーナーにジーパンを履いた35歳くらいの男の人
だった。
髪の色が黒いことや、”SAKASHITA”︵たぶん、坂下、だ
ろう︶という名札を胸につけていることから、稜哉はこの人は日本
人じゃないかと思った。
﹁オカリナをお探しですか?それとも修理ですか?﹂
﹁この3人にコウモリ用のオカリナを買いに来たのよ﹂
坂下氏は稜哉、オリバー、ジョンを順番に眺めると、愛想の良さそ
うな笑いを浮かべ、
﹁それではこちらへどうぞ﹂
243
とたった今坂下氏が出てきたドアの向こうに行くように4人を促し
た。
244
第54話 土の家︵後書き︶
すみません、ここのところ、すごく忙しくて更新が滞り気味です⋮
⋮。
︵体育祭の朝練習とかで毎日5時代に起きてて、、、午後は果てて
ます︶
はい、日曜日に次話更新予定o︵●´ω`●︶o
245
第55話 オカリナ探し︵前書き︶
お待たせいたしました。
今まで長引いてしまった分として今回は2000文字近くの長さで
す。
オカリナ探しを一緒にしましょう!!
246
第55話 オカリナ探し
ドアの向こうは、6つの部屋が並んでいた。
坂下氏は3人についてくるように言い、ジョンに手前の部屋へ、オ
リバーにその隣の部屋へ、稜哉に奥の部屋へ入るように指示した。
﹁じゃ、また後で﹂
3人は互いに目配せをすると、それぞれの部屋に入っていった。
﹁コンニチハ﹂
稜哉が入った部屋には、ブロンドの髪をまっすぐ肩まで下ろした、
20代くらいの女性がいた。
﹁キミがオカリナ、探してるヒト?﹂
彼女はたどたどしい日本語でそう言うと、自分はキャサリンで稜哉
の担当者だと名乗った。
彼女が動くたびに、揺れる髪からバラの香りがほのかに漂う。
﹁じゃあ、サイショに身長と体重、ハカラセテ﹂
稜哉は体重計と身長を測るスケールを合体させたような機械に立た
された。
スケールは20cmおきに目盛が書かれている。
247
﹁サイキンの子、背、タカイネ﹂
キャサリンはスチール製の巻尺で踵から稜哉の頭のてっぺんまでを
測り、その数字と体重計の文字盤に表れた数字をグラフに書き込ん
でいく。
﹁あの、何か意味があるんですか?﹂
﹁ん?ああ、アノネ、演奏者の体格に合ワセテ、オカリナ、選ばな
いと。リョウヤクンは木製のオカリナ、ダメね。土でないと﹂
﹁はぁ﹂
キャサリンは稜哉にスケール台から降りるように言うと、いろいろ
な高さのワイン瓶を8本ほど選び、水を入れて持ってきた。
﹁ワタシがビン、渡すから音を出してくれる?こんな風ニ﹂
キャサリンがビンの注ぎ口に口を近づけ、息を吹き込むと紫色の瓶
はピーッとやかんが沸騰したような音を奏でた。
﹁ムリに鳴らそうとしなくてOKだよ﹂
キャサリンは稜哉にまず高さ20cmほどの瓶を渡した。
瓶の半分位まで水が入っている。
﹁Try﹂
促された稜哉は、恐る恐る唇をあて、そろりそろりと息を吹き込ん
だ。
248
︱︱瓶はならない︱︱。
フーッ。
体内のありったけの空気を吹き込んではみたものの、中の水が少し
弧を描いただけだった。
﹁じゃあ、次これネ﹂
キャサリンは稜哉から瓶を受け取ると、今のものより10cmほど
ahead﹂
長い物を渡した。
﹁Go
フーッ。
﹁ダメねぇ。じゃコレは?﹂
今度は15cmくらいの瓶だった。
フーッ。
やっぱり音はならない。
そんなことを1時間近く続けた頃だろうか。
今や稜哉の前には20本ほどの瓶が並んでいた。
キャサリンが同じ瓶でも水の量を変えているので、実際は80本近
249
くは吹いただろう。
でも未だに音の鳴ったものは無かった。
キャサリンは
﹁必ズ、ピッタリのもの、あるハズヨ﹂
と励ましてくれるものの、稜哉は少々うんざりしていた。
﹁本当に僕に合うものはあるんですかね⋮⋮﹂
弱気な稜哉にキャサリンは
﹁ココのお店は今マデ誰一人としてマッチするものが無かったお客
さん、居ないの、トクチョウよ。さあ、コレは?﹂
10cmほどの高さの瓶に2cmくらいの水が入った瓶を手渡した。
この瓶を吹くのはもう3回目だろうか。
水の量は毎回違ったが。
稜哉はため息混じりに息を吹き込む。
ポォー。
思わずキャサリンと顔を見合わせた。
more﹂
キャサリンはニッコリ笑っている。
﹁One
ポーーーッ。
アルトリコーダーのような音が2人の空間にはじけた。
250
すばらしい
﹁Tremendous!﹂
キャサリンが叫んだ。
稜哉もやっと鳴り、安心して肩がおりたような気がした。
﹁スゴイ!アルトのC菅が鳴るなんて。今、持って来るからネ﹂
それから約5分後︱︱。
﹁ハイ。コレがピッタリよ﹂
稜哉は肌色のオカリナを手にしていた。
オカリナは焼く前のクッキーのような色で、手のひらに十分収まる
サイズだった。
﹁このオカリナが合うヒトはなかなかいないのヨ﹂
﹁”なかなかいない”って?﹂
﹁オカリナは、ヒトと同じで十人十色。全く同じものは2つとない
のヨ。特にココでは職人サンが手で作っているカラ。同じソプラノ
F菅、同じ材質でも、焼いたトキの湿度や焼かれた場所の火加減、
その日の気温トカで少しずつ変わる。リョウヤクンのはアルトのC
菅。一番出しにくいって言われているワ。有名なオカリナ奏者でも
アルトのC菅を使うヒトは少ない。ワタシが知っているのはゴッド・
グリーン・レストレンジ伯爵くらいだもの﹂
﹁ゴッド・グリーン・レストレンジ!?﹂
251
稜哉は思わず上ずった声を出した。
またこの名前だ。
﹁そうヨ。知ってるの?彼は”オカリナの魔術師”と呼ばれるほど
上手だったの。彼にかかればアルトC菅に音域はないも同然。どん
な音でも出せる﹂
﹁その人⋮⋮今も生きていますか?﹂
稜哉はカマをかけてみた。
さ
you
kidding!もう何百年も前のヒトよ。﹂
か
キャサリンは笑って答えた。
ま
﹁Are
252
第55話 オカリナ探し︵後書き︶
次回更新は日曜日。
明日は確実に5時代に起きなければー︵泣︶
253
第56話 いよいよ明日なんです
冬季休業に入って1週間目の27日の夜︱︱。
稜哉、ジョン、オリバーは例によって稜哉の部屋にいた。
﹁稜、明日だろ?ポンポの個別指導﹂
オリバーに稜哉は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
明日の1時から2時間、ポンポニャク先生との里史の補習だった。
﹁ポンポ先生を狙っている女生徒は多いんだぜ。もっと喜べよ、稜﹂
﹁あのねぇ、ジョン、僕は男だし、そういう趣味もないんだけど﹂
稜哉は乱暴にテキストとノートをスーツケースに放り込んだ。
その弾みでもともと入っていたペンケースが外にこぼれる。
稜哉にとって里史の補習はただただ苦痛でしかなかった。
あの無様はM.E.の結果を思い出すだけで胃がキリキリ痛むのに、
ましてやこれから3回も補講だなんて。
考えただけでも目の前が真っ暗だった。
﹁ちょっといいかしらー?稜、あなた明日から補習よね?﹂
ジェーンおばさんがドアから顔をのぞかせた。
﹁そうなんですよ﹂
﹁29日まで宿舎で過ごしたらどうかしら?そうしたら往復2時間
かからなくて楽じゃない?﹂
254
稜哉はその提案に乗ることにした。
中身がごちゃごちゃのスーツケースに、服も追加する。
﹁よし﹂
小さくつぶやいて、スーツケースを閉めた。
﹁お、準備OKってか?﹂
気楽そうなジョンに、稜哉は重々しく頷いた。
次の日、稜哉は自分が憎らしくなるくらい気持ちのよい目覚めを体
感した。
カーテンをサーッと引くと同時に、冬の晴れ空が部屋中を水色にラ
イトアップしている。
稜哉にとってはむかつくくらい快感な目覚めだった。
︵⋮⋮まぁ久々にロランたちに会えると思えば⋮⋮︶
休暇中、ロランは宿舎に残ることになっていた。
﹁いつでも寂しくなったら来てよね。ボクが抱擁してあげるから﹂
︵⋮⋮!だーれが男なんかに抱擁してもらうもんか︶
別れ際にロランに言われたことを思い出し、顔がほてった稜哉は左
右に頭を振ってとっぱらった。
255
そして真っ黒な制服に身をつつみ、階下におりた稜哉はジェーンお
ばさんが腕によりをかけた、らしい朝食を食べた。
おばさんは稜哉の食事中、
﹁アンドレ先生はすばらしい先生だわ﹂
とか
﹁気楽にやっていらっしゃい。でも里史は大切な教科だからしっか
りやるのよ﹂
とか言うので、ますます気が重くなるばかりだった。
結局、いつもなら10分で食べ終われる量を倍の20分かけてゆっ
くり食べ終え、そそくさと部屋へ戻った。
﹁稜、ちょっといいか?﹂
部屋で一通りものを片付けているとき、オリバーが入ってきた。
﹁なに?﹂
彼はそれには答えず、部屋のなかをうろうろしている。
﹁もう、荷物はまとめたのか?﹂
﹁うん。あとはもって行くだけ。﹂
﹁そうか﹂
﹁どうしたの。何か変なものでも入っている?﹂
稜哉はスーツケースの中身をまじまじと見られているのに気がつい
て言った。
256
﹁いや、別に。きちんと整理されてんなー、と思って﹂
﹁どこがさ﹂
オリバーはスーツケースを閉め、
﹁稜﹂
﹁?﹂
﹁頑張って来い﹂
やけに真面目な顔でそう言い、そのまま部屋から出て行った。
︵なんだったんだ?︶
片付けも終わり、大きく背伸びをした稜哉は、部屋の明かりを消し
た。
そしてスーツケースを持ち上げたとき、パサッと何かが落ちた。
﹁?﹂
EXPRESSだった。
音のしたあたりを手で探り、明かりをつけると、それはRUNNE
R
いわゆる”新聞”で、アーサーおじさんの勤めている会社が発行し
ているものだ。
︵オリバーが忘れたのか?︶
玄関に行くついでに返そうと思ったとき、ふとある欄に目が止まっ
た。
わざわざマーカーで目立たさせられている。
257
一通り記事に目を通した稜哉はそのままそれをスーツケースにしま
うと、玄関に向かった。
︵オリバーが部屋に来た目的はこれだったんだ︱︱︶
彼の挙動不審だった動きの意味が分かったような気がした。
258
第56話 いよいよ明日なんです︵後書き︶
57話は夜、7時かそれくらいに更新します★
259
第57話 絵と男と書斎
稜哉は今まで見たことのない、とある一室にいる。
いくつかの本棚は倒れて本が散乱し、引き出しという引き出しは全
て開けられていて、中身は床に散らばっていた。
上等な机と椅子も亀裂が入り、窓のカーテンは引きちぎられ、昼間
の心地よい風が全開の窓から容赦なく吹き込む。
・・
割れたティーカップからは紅茶がこぼれ、床に敷かれた赤ワイン色
の絨毯の上にしみをつくっていた。
まるで、泥棒に入られた直後のような状態の部屋だった。
どうやらここは書斎のようだ。
それも、お金持ちが住んでいそうな。
絨毯の上に、若い女がうつぶせに倒れていた。
絨毯と同じような上品な色のガウンは、あちこちが破けていたり、
擦り切れている。
肩までの長さであろう、そのつやの美しいブロンドの髪は、ぼさぼ
さに乱れていた。
稜哉は女の顔を見ようとして、近づいた。
だがとっさに物陰に身を隠した。
女のそばに男が立っていたのだ。
稜哉に対して後ろ向きに立っているその男は、全身を真っ黒のマン
トで包み、両手で何か絵の入った額縁を持っている。
﹁やっと⋮⋮見つけた⋮⋮﹂
260
男は澄んだ、でも何か底知れない邪悪さを含んだような声で言った。
﹁どれほど長い間、探し求めていたか⋮⋮!﹂
そうして、不気味なほど甲高い笑い声を上げた。
男が額縁を高く掲げたとき、稜哉は一体それが何の絵か、見ること
ができた。
︵あの絵は⋮⋮?︶
もっとよく見ようと立ち上がりかけた稜哉は、そばのティーカップ
の破片を踏んづけた。
しんとした室内に、パキッという音が響き渡る。
﹁誰だっ﹂
その音に反応した男は、稜哉の隠れているほうに向き直った。
そして一歩一歩近づいてきた。
横に倒れた本棚の後ろに隠れている稜哉は、息も詰まる思いで、た
だただ、じっとしていた。
︵見つかったら確実に僕も⋮⋮︶
殺される。
稜哉には、そもそもなぜ自分がここにいるのか分からなかった。
今はもう、必死に見つからないよう祈っていた。
﹁出て来い!﹂
261
男と本棚との距離が1mを切ったように思われたとき、再び男の持
っている絵がチラリと見えた。
︵やっぱりあの絵は︶
男が本棚の後ろを覗いた。
︵ああ、見つかる!︶
そのときだった。
﹁⋮⋮さん⋮⋮客さん⋮⋮お客さん⋮⋮﹂
誰かに肩をつかまれた稜哉は、そのまま真後ろに、別の空間に吸い
込まれていくような気がした。
本棚が、男、部屋全体が、徐々に遠のいていく。
︵一体どこに行くんだ︱︱?︶
﹁お客さん!終点ですよ!﹂
目を開けると、そこは汽車の一室だった。
﹁お客さん、終点です﹂
駅員の若い男が稜哉の顔を覗き込む。
﹁ここは⋮⋮?﹂
﹁Fanapone駅、終点ですよ。その制服、ポーグラントの子
262
でしょう﹂
黒髪をくるくるさせたその駅員はやや迷惑そうに言った。
﹁あ、すみません﹂
﹁早く降りてください。点検を済ませますから﹂
駅員に急かされるようにして汽車を降りた稜哉は、雪化粧した道に
両足で足跡をつけていった。
︵またあの変な夢だ。それにしても︶
ポーグラントの敷地内に入り、天使像の脇を通った稜哉はロランの
いる305号室へと、エレベータに乗った。
︵あの絵は間違いなくゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵だった
!︶
263
第57話 絵と男と書斎︵後書き︶
あさってから地獄の中間試験weekでござりまする。
なので更新は6月入ってからになると思います。
︵せっかくいい調子だったのに︵泣︶
お楽しみにぃー★
264
第58話 再会と相談︵前書き︶
久々の更新。
お待たせいたしました。
265
第58話 再会と相談
﹁おっかえりぃーなさいませませぇー﹂
稜哉がドアを開けるなり、奥から媚びた声が聞こえてきたかと思う
と、ロランが走ってきて稜哉に抱きついた。
﹁ぐふゅっ﹂
飛びつかれた反動で妙な声が口からこぼれる。
﹁やぁっと会えたねぇー。もう、稜クンいない間、寂しかったんだ
からぁ﹂
﹁あの、もう少し、手、緩めてくれる?窒息、する﹂
﹁ああ、ごめんごめん﹂
ロランはそう言うとやっと稜哉から離れた。
相変わらず、つややかな金髪をふわふわさせ、きっちりと塗られた
マスカラは、もともと彼の大きい目をさらにパッチリに見せている。
ほのかに漂う甘い、ハチミツのような香りは、きっと新しい香水だ
ろう。
﹁何で今日帰るって分かったの?知らせてないのに﹂
﹁お告げだよ。一等星の。昨日、帰ってくるって知らせてくれたん
だ﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
ロランはしばらく稜哉を眺めて言った。
266
﹁どうしたの?なんか、元気ないよ﹂
稜哉は今日のことを思ってため息をつく。
補習といい、オリバーの記事といい、あの変な夢といい。
なんでこうも続くかなぁ。
いや、本来、嫌なことは重なるものなのだ。
﹁恋愛相談なら受けるよ﹂
耳元でささやくロランに、
﹁そんなんじゃないよ﹂
と即否定をした稜哉はまた1つため息をつく。
﹁⋮⋮ならどうしたのよぅ﹂
﹁とりあえず、奥入っていい?玄関じゃ、なんだし﹂
﹁そだね﹂
﹁はい、トマトティー。体があったまるよ﹂
ロランは稜哉の前にティーカップを差し出した。
ひとくち
向かいの窓の外では、しんしんと雪が降っている。
稜哉は1口飲むと、ティーカップを置いた。
カチャりとカップとお皿が重なる音が響く。
267
﹁どう?おいしい?﹂
﹁うん。新しく買ったの?﹂
ロランは首を横に振ると
﹁ジャスティンがくれたの。家族から送られてきたんだって。20
0パック近く送ってこられても一人じゃ飲みきれないって、ボクに
くれたの﹂
とダンボール箱いっぱいに入っているティーバックを見せた。
﹁それで、一体どうしたの?﹂
﹁それが⋮⋮﹂
稜哉はどこから話すべきか迷った。
そもそも、全部話していいことなのだろうか⋮⋮。
﹁1人で考え込むより2人で考えたほうが良い案浮かぶよ。それに﹂
ロランはニッと笑った。
﹁最愛の人が悩んでいるのを放って置けるほど、ボクはウブじゃあ、
ないんだからさ﹂
︵おいおい、その台詞、男に言う台詞か⋮⋮?︶
﹁さぁ、話して﹂
ロランに促された稜哉は口を開いた。
268
﹁僕さぁ⋮⋮時々すごくリアルな夢を見るんだ﹂
﹁夢?﹂
﹁そう、怖いくらい、現実味があって、残酷で、恐ろしい夢を﹂
269
第58話 再会と相談︵後書き︶
つぎは明日更新します!!
270
第59話 とり憑き専門を呼んでくる
﹁具体的にどんな夢なの﹂
﹁例えば⋮⋮﹂
稜哉はさっき見た夢を思い出そうとした。
﹁ここに来る途中、列車の中でみたのは⋮⋮自分がどこかの部屋に
いたんだ。本棚の影に隠れてた。部屋には僕のほかに男が1人と若
い女がいて、それで⋮⋮﹂
﹁それで?﹂
﹁女は死んでた﹂
2人の間に少しの沈黙が流れた。
そのうち、我に返ったようにロランが言った。
﹁それだけ?﹂
﹁それだけといえば、まあそれだけ﹂
﹁⋮⋮わかんないなぁ﹂
ロランは首をかしげると、紅茶を1口飲んだ。
﹁分からないって、何が?﹂
﹁いや、どうしてそんなにその夢を気にするのかなって。だってそ
れ、よくあるただの悪夢でしょ。そんなに気にすることじゃないと
思うけどなぁ﹂
﹁でもさぁっ﹂
稜哉の声がつい尖る。
271
﹁悪夢は悪夢でも人が死んでるんだ。そんな夢、そう頻繁に見ない
でしょ、普通。それに絵のことだってあるし、妙にリアルだし﹂
﹁絵?絵って何?﹂
稜哉はあの肖像画が伯爵だったかを言おうか悩んだ。
仮に今、唐突に言っても⋮⋮。
そんな思いがよぎり、稜哉は思わず濁した。
﹁と、とにかくさ、変なんだ。前の時だって、今日のと同じ男がヤ
バそうな占いやっている夢とか、ロランの﹂
”家族を殺したのは俺だ、とか”と言いそうになって稜哉ははっと
口をつぐむ。
それを本人の前で口にするのは、あまりにもむごすぎると思った。
﹁なんかさ、ほら﹂
稜哉は急いで他の言葉を探した。
﹁変な夢、見ないようにする方法とかって、ないの?﹂
ロランに言いそうになったことが気づかれやしないかと、内心びく
びくしていたが、気づかなかったらしい。
彼はまた紅茶を飲むとほぅっとため息をついた。
﹁方法ねぇー﹂
しばらく宙をぼんやりと見ていたが、はっと思いついたように彼は
目を輝かせた。
272
・・・・
・・・
﹁そういうのはとり憑きの専門家に頼んだほうがいいね﹂
そう言うと、1人納得したように
﹁うん、そうしよう。それがいい﹂
とつぶやいて部屋から出て行こうとした。
稜哉も慌てて立ち上がると、後を追う。
・・・・
﹁ちょっと、どこ行くの?﹂
・・・・
﹁決まってるじゃん、とり憑き系のプロを呼ぶんだよ﹂
﹁とり憑き系のプロ?﹂
ロランはニィッと笑った。
﹁稜クンは待ってて。3分後に戻るからさ﹂
パタンと目の前で玄関のドアが閉まった。
273
第59話 とり憑き専門を呼んでくる︵後書き︶
次回は来週更新予定。
まだお話が書けてないのでなんともいえないですが、火曜日辺りに
UPしたいと思ってます。
とり憑き専門家はまさかのあのコが︳︳?
お楽しみに
274
第60話 ケージ使い︵前書き︶
この話には﹁挿絵﹂がつきます!!
挿絵は友人のendroadさんに手書きしていただきました!!
endroadさんのイラストをもっと見たいという方はこちらへ
どうぞ!!
”懐中時計”http://740.mitemin.net/i
7867/
”杖”http://740.mitemin.net/i786
8/
endroadさんへのメッセージもお待ちしています!!
275
第60話 ケージ使い
﹁ただいまー﹂
約5分後、ロランは戻ってきた。
﹁おかえりー、って!?﹂
稜哉はロランと一緒にいる人物を一目みて驚いた。
﹁ジャスティン!?なんで?﹂
﹁なんでって、とり憑き専門家だもん﹂
﹁??﹂
監獄
上手く状況が飲み込めていない稜哉に
監獄
﹁とり憑き専門家じゃなくてケージ使い。ちゃんと名前があるんだ
からそう言ってよ。ケージ使いはね、ロードをつくって霊を呼び寄
せたり移動させたりできるの﹂
と、ジャスティンがB5ほどのサイズのポーチから、鏡をとり出し
ながら答えた。
﹁要するにさ、稜クンのその変な夢の原因がとり憑きものの仕業な
ら、この方法で解決するわけよ﹂
ロランは椅子にゆったりと腰掛けると、ジャスティンの行動を興味
深そうに眺めた。
276
ジャスティンは2m四方くらいの真っ黒な絹織物をしわ1つできな
いよう丁寧に床に広げていた。
織物の中央には、真っ赤な糸で、はっきりと、奇妙な模様の刺繍が
施されている。
監獄
人がゆったり座れるくらいの大きな六角形の中に、それと2周りほ
ど小さい六角形。
さらにその中に、11本の柱で囲まれたケージの絵。
そして、むき出しの棘をつけたツルをもつバラが、グルグルグルッ
とその絵を包囲するようにして描かれている。
1番外側の、六角形の各頂点に縫われたローマ数字は、いかにも怪
しいオーラを放っていた。<i7869|740>
ジャスティンは内側の六角形の各頂点に、内を向くようにして1枚
ずつ鏡を立てていった。
手のひらサイズのその鏡は、かなり古いものらしく、所々さび付い
ている。
決してきれいなものとは言えなかった。
鏡の周りを縁取る黄ばんだ銅版にも、鋭く棘を光らせるバラの装飾
が施されていた。
全体を見たその光景は、まるで、何か異世界のなにかを召喚すると
きのセットのような光景だった。
﹁ねぇ、ジャスティン。疑うわけじゃないんだけどさ、僕、どこか
飛ばされたりしないよね?﹂
目の前の状況がとても日常的状況とはかけ離れている様子に不安に
なった稜哉は、思わず聞いた。
277
鏡
﹁このミラーが生み出すロードを行き来できるのは、霊とか怨霊と
か実体を持たないものだけよ。だからちゃんと体のある稜哉君は通
れないから大丈夫﹂
ジャスティンは答える。
﹁でもさ、霊を取り去るはずが間違って呼び出しちゃう、なんてこ
とはあるんでしょ?﹂
と言うのはロラン。
﹁そうね、まぁ、そういう時も無いことは無いわ﹂
﹁もしそうなったら?﹂
稜哉にはその最悪の事態の結末が見えたような気がした。
ジャスティンは平気な顔をしてあっけらかんと言ってのけた。
﹁そういうときは霊が稜哉君に乗り移るだけよ﹂
﹁⋮⋮﹂
︵”乗り移るだけ”ってそれは重大なことでは?︶
﹁まあ、そうなったときはそれで何とかなるよ。あははっ﹂
きっと青ざめていたであろう稜哉の顔を見て、ジャスティンは屈託
無く笑った。
︵僕、大丈夫かな?︶
278
期待:不安=1:50くらいの割合の気持ちを抱えた稜哉には、着
々とセッティングを進めるジャスティンを見ているしかなかった。
﹁さぁ。準備できたわ﹂
目の前には、全ての六角形の頂点に1枚ずつ鏡が立てられ、いつで
も召喚できますよ、とでもいうよなセットが完成していた。
鏡に反射する光は中央一点に集中している。
監獄
﹁僕は⋮⋮どうするの?﹂
﹁ケージのとこに座って﹂
監獄
稜哉は言われたとおり、ケージの絵の上に体育座りした。
鏡に電気のライトと窓からの日光が反射し、直線で顔を照らしてい
て眩しい。
とてもまともに目を開けていられなかった。
﹁じゃあ、始めましょうか。ねぇロラン、電気を消してくれる?﹂
監獄
室内の電気が消え、部屋を明るくするのは陽の光だけになる。
それらは鏡を跳ね返り、ケージへと続く6本の道を作った。
いつになく真剣な表情のジャスティンは稜哉の真後ろ︱︱ローマ数
字”?”︱︱のところに両手を置いた。
室内に、稜哉が今まで聞いたことのないジャスティンの低い声が、
静かに響いた。
監獄
﹁ケージよ、開け﹂
279
第60話 ケージ使い︵後書き︶
挿絵は友人のendroadさんに手書きしていただきました!!
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280
第61話 ケージの内と外︵前書き︶
﹁隠れ里・豆知識その19﹂
ケージ使い:
・トーヴィー家、スペンサー家、マッコール家の3家の一族のみが
なせる特殊能力
・霊や怨霊など実体の無いものを呼び寄せたり、逆にとり憑かれて
いる人から引き剥がすことができる
・各家柄によって使う道具は変わる
・実践までにはかなりの練習が必要
・各一族で扱える霊や怨霊の強さのレベルがある程度、決まっている
︻マッコール家<トーヴィー家<スペンサー家︼ の順。
281
第61話 ケージの内と外
ジャスティンの声が聞こえたと思ったとたん、パァッと六角形から
周囲に、頭が痛くなるくらいの真っ白い光が噴射した。
稜哉は状況を理解しようと、くらむ目を一生懸命に見開いて、辺り
を見渡す。
けれど、自分の周りはあまりにもまぶしい光のせいで、全く見えな
かった。
椅子に座っていたロラン、すぐ近くにいるはずのジャスティンの姿
さえも。
激しい耳鳴りと明るさに耐えられず、目も頭も限界に達した稜哉は、
そのまま座っているのも辛くなり、バサッと横に倒れて、気を失っ
た︱︱。
一体どのくらい時間がたったのだろう。
床のヒンヤリとした冷たさで気がついた稜哉のいた場所はもう、3
05号室ではなかった。
﹁ここは⋮⋮?﹂
頭上には20m以上はありそうな高い天井、まるで檻みたいに11
本の太い鉄の柱で囲まれた空間に、彼はいた。
見る限り、出口らしいものもない。
稜哉はふと、自分があの絹織物の上にいないことに気がついた。
そして察した。
282
監獄
﹁ここは⋮⋮あの刺繍されていたケージの中だ⋮⋮﹂
ついさっきまで下に敷いていた織物の模様の中に、今、自分がいる。
それも1人で。
ジャスティンが失敗したのではないかと不安になる稜哉だったが、
すぐにそんなことを気にしてはいられなくなった。
自分のそばで、人の声がしたのだ。
いや、そばではない。
自分の中から。
﹁⋮⋮なせ⋮⋮やめ⋮⋮ろ⋮⋮離⋮⋮せ⋮⋮﹂
もう何度も聞いたことのある、あの低い、邪悪な声。
﹁まさか⋮⋮。あいつが、あいつが僕の中に!?﹂
305号室ではロランが半ばパニックを起こしていた。
目の前ですさまじい光が発せられたかと思うと、それが止んだとき
には稜哉は忽然と姿を消していたのだ。
﹁ねぇ!ジャスティン!稜クンいなくなっちゃったよ!?大丈夫な
の!?﹂
﹁お願いだから、静かにしていて!大丈夫だから!﹂
ジャスティンはロランにそう怒鳴ると、再び全神経を両手のひらに
集中させた。
ロランはジャスティンの珍しい神経質ぶりに驚いたようで、それか
283
ら一言も言葉を発さず、ただただ不安そうに爪を噛む。
﹁もしここで失敗したら、稜哉君は戻ってこられないのよ⋮⋮﹂
ジャスティンは片時たりともケージ模様から視線をそらさない。
今や305号室には、緊張の糸がキンキンに張りつめていた。
﹁かかったわ!﹂
稜哉が部屋からいなくなって約5分。
ジャスティンが安心したような声を上げた。
﹁”かかった”って?稜クンは大丈夫なの?﹂
ロランが恐る恐る、ケージ模様を覗き込みながら聞く。
﹁大丈夫よ。あとはコイツを引き離せば⋮⋮!?﹂
﹁どうしたの!?﹂
ジャスティンがギョッとしたように腰を浮かせたのを見て、ロラン
は心配そうにジャスティンを見る。
﹁ううん、なんでも、ないわ﹂
額から汗を滴らせながらジャスティンは答えた。
︵これは⋮⋮いや、この人は⋮⋮。なんでこの人が稜哉君に?それ
284
にこの人⋮⋮実体があるじゃない!︶
﹁きゃああっ﹂
﹁わあああっ﹂
そのとき、さっきの真っ白い光が、再び2人をのみこんだ。
285
第61話 ケージの内と外︵後書き︶
英検が控えているので次は来週になります★
286
第62話 世界を、国を、つくりし者
﹁くっ⋮⋮お前は⋮⋮一体誰なんだ!なんでいつも僕の夢に現れる
んだ!﹂
稜哉は床にひざをつき、あえぎながら、自分の中から出まいとする
”男”に言った。
体中から何かが搾り出されるような感じがしている。
まるで、自分の体が2つに裂けそうだ。
﹁うああああああーーー!﹂
ケージの中から原子爆弾が爆発したような光が放出された。
﹁ちょっとジャスティン!なに!?この光は!﹂
眩しさで、両手で目を覆いながらロランが叫んだ。
﹁分からない!でも⋮⋮たぶん拒絶反応だと思う!﹂
ジャスティンは焦っていた。
稜哉がケージに入ってから、もう30分が経とうとしている。
︵これ以上ケージにいたら、稜哉君の身がもたないわ。それに⋮⋮︶
さっき一瞬見えた、男の姿をみて身震いした。
287
︵実体を持つものは、きっかけを与えてしまえば反抗する。何をし
だすか分からない。早くケリをつけないと。でも引き離すことがで
きない⋮⋮︶
ジャスティンのつくり出すロードは、実体のないものしか通ること
ができない。
そもそもトーヴィー家のつくることができるロードは霊や怨霊とい
った魂が集まる第三世界とこの世をつなぐ、架け橋だからだ。
実体をもつ人や動物などは、その世界へ踏み込むことは許されない。
だからロードを通ることもできないのだ。
もし無理やりロードを通らせようとしたなら、ケージ内にいる者も
ろとも、死んでしまう。
︵こうなったら⋮⋮︶
ジャスティンは次の手だてを模索していた。
︵引き離せなくても、押さえ込めれば⋮⋮︶
はっと思い当たったジャスティンはロランを振り返ると言った。
﹁離れてて!﹂
ロランは黙ってうなずくと、壁に張り付くようにして遠ざかる。
ジャスティンは”?”に両手を当て、叫んだ。
﹁弐次封印!!﹂
今まで白い光線だったのが、赤黒い、邪悪なオーロラに変わった。
288
﹁我は⋮⋮この世界を支配するもの⋮⋮。この世の救世主⋮⋮﹂
稜哉の中に巣くっている男は言った。
﹁救世主⋮⋮?﹂
男はいっこうに稜哉から出ようとはしない。
頭の中で、男の声がガンガンと響き、それにあわせて心臓もドクド
クと脈を打った。
﹁我がこの世界、この国をつくり、そして運命を握っているのだ⋮
⋮﹂
︵この⋮⋮国?まさか⋮⋮︶
﹁おい!お前は誰だ!まさか﹂
その時だ。
急にケージ内が暗くなったのは。
いや、正確には赤黒い光が稜哉に降り注いだ。
﹁ぐあああああっっ!﹂
断末魔のような叫び声が、稜哉の頭の中でこだまする。
男が叫んでいるのだ。
289
﹁ごんなどごろで⋮⋮死んでだまるがぁー!﹂
男の叫び声は増し、稜哉は今にも自分の頭が割れそうなのを感じた。
・
心臓はドックンドックンと大量の血液を不規則に血管に送っていて、
今にも体中が破れそうだ。
・・
竜巻のようなものが稜哉を巻き込んでいったかと思うと、それはお
へその辺りを中心に、螺旋を描いて体の中に突き刺さっていく。
自分に起きていることが全く理解できず、パニックを起こしている
脳裏に浮かんだのはただ1文字。
”死”
﹁いやだああああーーっ!!﹂
目眩、体中の痛み、頭痛、吐き気⋮⋮。
稜哉はバタッとその場に倒れた︱︱。
290
第62話 世界を、国を、つくりし者︵後書き︶
来週、とかいっておいて更新が滞ってしまいました。
本当にすみません。
実は今、テスト1週間前なんですね。
︵なのに対策してない作者です⋮⋮︶
明日は続きを更新します★
しっかり更新予約をしました♪
291
第63話 帰還
目覚めたときは、もう11時だった。
始めた頃はたしか、9時ちょっとすぎだったはずだ。
目眩と吐き気は収まったものの、まだ体の節々がギシギシと痛んだ。
﹁よかった。やっと目が覚めた⋮⋮﹂
隣では、ジャスティンがロランと安堵している。
﹁僕は⋮⋮生きて帰れた?﹂
か細い声で尋ねる稜哉に、ジャスティンは静かにうなずく。
安心したからか、穏やかに笑っていた。
﹁あいつは?あの⋮⋮男は?﹂
その言葉に、表情が少し曇る。
﹁稜哉君の中に⋮⋮封印したわ﹂
稜哉は耳を疑った。
﹁ぼ、僕の中に?﹂
︵それじゃあ一体なんのために僕はあんな苦しい思いを?僕から引
き離すことが目的だったんじゃないのか?︶
﹁稜哉君に憑いていたのは死霊じゃなかったのよ﹂
292
ジャスティンはほうっと疲れたようにため息をつく。
せいれい
﹁死霊じゃなかったって?じゃあ、一体︱︱﹂
﹁実体のある、たぶん生霊だと思うの﹂
﹁生、霊?﹂
﹁生きている人の意思か、魂なんかのことよ。無理やり引き離そう
としたら稜哉君の命も危なかった。だから封印するしか⋮⋮﹂
不意に、ジャスティンが咳き込んだ。
﹁大丈夫?まだジャスティンだって回復していないんだから、ムリ
しないで﹂
ロランが優しく背中をさする。
﹁あっ、痛いっ﹂
突然、片手で背中を押さえた。
﹁どうしたの?﹂
稜哉も心配になって声をかける。
﹁背中が⋮⋮。でも大丈夫﹂
ジャスティンは深呼吸を何度かした後、やっと落ち着きを戻したよ
うだった。
稜哉の心には、さっきまで怒りの気持ちが湧き起こっていたのに、
今は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
293
自分を助けようとして、友達が傷ついてしまった︱︱。
﹁⋮⋮ジャスティン、ごめん﹂
ジャスティンはふっと笑った。
﹁どうして稜哉君が謝るの?﹂
﹁だって、僕のために⋮⋮僕のせいで傷ついて⋮⋮﹂
﹁それは違うわ。これは稜哉君とは関係ない。それより、私こそご
めんなさい。もっとしっかりしていたら、こんなに時間もかからな
かったし、稜哉君の負担も少なかったのに⋮⋮﹂
﹁うっ﹂と小さくもらして、また背中をおさえた。
﹁背中、怪我したの?﹂
﹁紋章が⋮⋮﹂
﹁紋章?﹂
ロランも心配そうに覗き込む。
ジャスティンは大きく息を吐いた。
﹁私は大丈夫だから。それより、稜哉君、もうすぐで補講でしょ。
しっかり休んで体力蓄えておかなくちゃ﹂
その言葉に、ふと現実に引き戻されまた少し憂鬱になる稜哉であっ
た︱︱。
294
現状報告 更新について︵前書き︶
この内容は小説とは全く関係ありません。
作者の現状報告と、今後の隠れ里更新についてのお知らせです。
295
現状報告 更新について
お久しぶりです。
もう8月に入ってしまいましたね。
受験勉強に追われる日々を送っている夜月ですが、ちょっと現状報
告させてください♪
◆200−wordの世界について
先日、無事に某出版社の締め切りに間に合い、現在審査してもらっ
ています。
ここのサイトでは未発表のものが5編くらいあるので出版審査に通
らなかったら︵というかこっちのほうが確率高いのですが︶すべて
公開して、詩集として完結、にしたいと思います。
もし出版、になったら︵なってほしい!!︶本屋さんに行ってね︵笑
◆隠れ里について
⋮⋮更新が1ヶ月以上されていないのは決してネタ切れとか執筆意
識喪失、とかではありません⋮⋮。
時間がないんです!!
今まで全く勉強してこなかったのでこの夏でギャフンと成績アップ、
を狙おうとすると必然的に1日中勉強、になり⋮⋮。
隠れ里のほうに頭が回らないんです︵泣
無理やり短時間で書くのは出来栄えがいい加減になってしまうので
私は嫌いです。
ゆとりを持って、書きたいんです。
296
なので私の気持ちに余裕が出てきたら、またちょいちょい書き出す
つもりです。
︵もう1ヶ月以上たっているけれど、下書きノートは第63話から
1話も進展してません。ごめんなさい。︶
22人のお気に入り登録をしてくださっている読者様を初めとする、
隠れ里ファンの皆さん、
﹁必ず完結させるので待っていてください!!︵気長にお願いしま
す︶﹂
ちなみに、今年完結っていう目標を立てていましたが、完璧にムリ
だと分かったので予定を延長します。
︻4年以内に完結します︼
⋮⋮今、4年も待てないー!!と思った方、待っててください⋮⋮。
決して、執筆活動停止したわけではありませんので!!
4年待った甲斐あった、と言ってもらえるような内容にするので!!
︵⋮⋮学校が始まったら、内職で執筆再会できると︶
以上で、現状報告を終えます。
ここまで読んでくださってありがとう。
297
第64話 ポンポ先生の個人指導
﹁やぁ、稜哉君。久しぶりだね。元気にしてたかい?﹂
つやつやの栗色の髪、色白い、綺麗な肌。
黒いサングラス。
ポンポ先生は今日もいつもと変わらず健康そうに、黒板の前に立っ
ている。
個人指導の補習だから、講義室には稜哉しかいない。
﹁ええ、まぁ⋮⋮。はい﹂
曖昧な返事をし、落ち着きなく辺りを見渡す。
締め切りのカーテン、こもった空気、オレンジ色の明かり⋮⋮。
﹁先生、どうしてこの教室はこんなに暗いんですか﹂
﹁まぁ、ほら、この方が雰囲気出るでしょ。”ムード”がさ。席は
どこでもいいから、まあ座りなさい。﹂
”どこでも良い”といいつつも、先生は最前列の中央の席を手で促
した。
渋々、稜哉はそこにつく。
﹁君は聞くところによると、つい”最近”隠れ里に来たそうだね﹂
﹁ええ、まあ﹂
﹁つい”最近”まで”人間界”にいた、とか?﹂
先生の目︱︱いや、正確にはサングラス︱︱は稜哉をとらえて放さ
なかった。
298
何を言われるのかと緊張し、稜哉の目線は宙をおよぐ。
﹁先生、僕に何を﹂
﹁ぜひ”人間界”の話をしてほしい!!﹂
︵??︶
想像していなかった要望に、稜哉はしばらくあっけに取られた。
﹁あの⋮⋮なんでまた?﹂
﹁そりゃさ、後学のために﹂
﹁僕の補講は?﹂
﹁ああん、そんなの後々。今日、どうせ稜哉君は暇でしょう?時間
はいっぱいあるんだから﹂
︵暇は暇でも、そういう暇はないのですが⋮⋮︶
ポンポ先生は軽い足取りで黒板から離れると、稜哉の隣の席につい
た。
﹁さあさあ、話して﹂
﹁何を、どこから話したらいいですか?﹂
﹁そうさなぁ⋮⋮。じゃ私が質問するから答えて﹂
そう言うと、先生は、稜哉を質問攻めにした。
何を食べるのか、服は何を着るのか、どういう街に住んでいるのか、
学校はあるのか、授業は何があるのか、などなど。
1時間くらい話し続けて、のどがそろそろ限界に達してきたとき、
ようやく話はまとまり始めた。
299
﹁じゃあ、その”中学校”っていうのに稜哉君くらいの子どもは集
まるんだ﹂
﹁はい﹂
﹁なんだか、意外と共通点多いんだね﹂
﹁そうですね﹂
これは稜哉も話していて気付いたことだ。
人間界とこの隠れ里は180度まるっきり異なるわけではない。
﹁じゃあ、そろそろ授業しますか?﹂
聞くだけ聞いて満足した先生は、また黒板へと戻っていった。
﹁Mr.レストレンジはこの隠れ里のついてのことはほとんど知ら
ないんだね?﹂
稜哉はうなずいた。
﹁よし。じゃあ、この里が生まれるまでと現在までを知っておこう
か﹂
先生は教卓にテキストと資料集を並べる。
つい今しがたとは違い、あきらかに”授業モード”だ。
﹁隠れ里ができたのは、今から320年ほど前、だと言われている。
バンパイアが人間の入ることのできない自分たちだけの里をつくろ
うとしたんだ。じゃあそれ以前は、というと人間とバンパイアは一
緒に暮らしていた。自分の種族を隠す必要もない。学校も職場も同
じ。隣の家にはバンパイア一家が住んでいる、ということも多かっ
た﹂
300
先生は、まるで自分の昔話をするように話した。
﹁なぜバンパイアと人間がともに生活できなくなったか。それは”
バンパイアV.S.人間”という戦いが始まったからだ﹂
﹁それは、どうして?﹂
﹁きっかけは自然災害の度重なる勃発にある。1575年を境にあ
ちこちで災害が起こりはじめたんだ。地震、竜巻、地割れ、火山噴
火、飢饉⋮⋮。毎年のようにいや、半年単位のように起きた﹂
先生はここで、資料集を開くように言った。
そこには、巨大な竜巻が家々を呑み込んでいく絵や、炎のような太
陽の下で穀物がからからに枯れている絵、5m間隔くらいで地割れ
を起こしている絵が載せられていた。
﹁こんな異常現象が続いてパニックを起こしていた世界に、そのう
ちある噂が流れ始めた﹂
﹃バンパイアの存在が、人類の生存を危うくしている﹄
﹁そう。バンパイアは自分たち人間を支配するために、こんな酷い
ことを起こしている、という噂。これは何の解決策も実行できず、
無能だと世間から言われていた政府が、非難の対象をバンパイアに
向けることが目的だった﹂
﹁そんな⋮⋮﹂
﹁もちろん根拠は何もない。ただ異常現象の理由を早急に求める大
衆には、皮肉にも十分すぎる説明だった。噂は広まると、止めるこ
とは難しい。パニック状態だったならなおさらだ。最悪なことに、
この説はたちまち受け入れられていってしまう。そしてバンパイア
抹殺思想へとつながっていくんだ。その始まりが、ヘレフォード・
301
クーデタなんだよ﹂
稜哉は”ヘレフォード・クーデタ”という言葉にドキッとした。
どこかで見た覚えがある。
はたしてどこだったか⋮⋮。
302
第64話 ポンポ先生の個人指導︵後書き︶
お待たせいたしました。久々の更新です。
なんとお気に入り登録が、30件になっていて、ビックリしました。
更新してなかったのに⋮⋮。
ありがとう、です。
明日も夜、更新です。
303
第65話 ヘレフォード・クーデタ
﹁初め、バンパイアと人間は一緒に生活していた、って言ったけど、
これは政界でもそうだった。つまり、人間の議員もいれば、バンパ
イアの議員もいる、ということだ。そして当時、この割合は半々く
らいだった。そうすると、まず初めに政党内で分裂が起こる。バン
パイア議員たちはそんなでたらめな説は早く否定するように主張し、
人間の議員たちはせっかくこしらえた自分たちに都合良い説だから、
もちろん否定したがらない﹂
﹁でもバンパイアと人間が戦争なんか起こしたら、それこそ厄介な
ことになるんじゃないですか?﹂
稜哉の質問に先生はよくぞ気付いた、とでも言うようにうなずいた。
﹁確かに面倒なことにはなる。だが、これでバンパイアをこの世か
ら排除できたら、と考える人たちがいた。もし排除できれば、自分
達が権力を手にできる、ってね﹂
﹁独裁政治に近づける、ってことですか?﹂
﹁そういうこと。そうして政党内の対立が頂点まできたとき、ヘレ
フォード・クーデタが起きた﹂
稜哉は教科書に目を移した。
﹃1月1日事件、通称:イチイチジケン、ヘレフォード・クーデタ
1月1日の未明、反バンパイア派の政党議員が一斉にバンパイア議
員を襲撃した事件。この事件の実行者の1人であるロバート・ヘレ
フォードはこの後、思いのままに政治を行った。この事件がきっか
けとなり、それまでの人間とバンパイアの共存社会は崩れた。﹄
304
﹁この事件をスタートとして、それから約7年間、バンパイアと人
間の戦いが始まった。といっても両方がせーので戦争するわけじゃ
ない。一方的にバンパイアが迫害されていくんだ﹂
再び資料集をみると、バンパイアと思われる男が働かされている絵
や、5人が精一杯、くらいの広さの薄暗い部屋に10人くらいのバ
ンパイアが押し込まれている絵が載っていた。
どのバンパイアの絵も、鬼のように牙が突き出し、目が異様に光っ
Leader,
Robert
Heleford!”
ている、まるで怪物のような描かれかたをしていた。
”Our
と書かれた旗を持つ少女の絵は、薄気味悪さに背筋がゾッとした。
目の前で撃たれているバンパイアを10歳くらいの少女が白い、旗
を掲げて助けるそぶりを微塵も見せずにただ笑いながら見ているの
だ。
とても自然な笑顔で。
こんな風まで人は、心は壊れることができるんだ、とただもう怖く
なるしかなかった。
﹁ほとんどのバンパイアが世界から消えた。もといた人口のざっと
半分は死んでしまった、とまで言われているくらいだ。そんな状況
の中、バンパイアにとっての救世主が現れた。それがアーノルド・
シュプランガーだ。彼はキーパーソンだよ﹂
”アーノルド・シュプランガー”と聞いて、稜哉の記憶が一気によ
みがえった。
ABLの記事、レストレンジ伯爵のこと。
そしてオリバーから今朝渡された記事のこと。
305
第65話 ヘレフォード・クーデタ︵後書き︶
次回更新日は未定です
306
第66話 稜哉の追求
ポンポ先生の話は続く。
﹁世界から半分以上のバンパイアが姿を消したといわれていた15
80年、アーノルド・シュプランガーは25歳だった。このままで
はバンパイアが絶滅すると考えた彼は、数人の仲間とともに”隠れ
里”というバンパイアだけの国をつくることを決心するんだ。そし
て1586年に彼はそれを成し遂げた。人間とはいっさい関わりが
ない別世界。バンパイアのバンパイアによる、バンパイアだけの国。
それが隠れ里﹂
﹁その後、その人はどうなったんですか?﹂
先生は教科書の真ん中辺りを示した。
﹃隠れ里を建国したアーノルド・シュプランガーは建国して間もな
い翌年、亡くなった﹄
﹁死んじゃったんですか?﹂
稜哉の声は間の抜けた響きを持っていた。
﹁なぜ?﹂
﹁原因は今でも分かっていないんだ。ただ⋮⋮。﹂
先生はここで言葉を切った。
﹁今でも有力説として言われているのが、自殺した、という説だ﹂
307
︵自⋮⋮殺⋮⋮?︶
稜哉にはわけが分からなかった。
国をつくったものが、どうして自殺なんかする気になるんだろう。
それに⋮⋮。
稜哉は教科書のページを何ページかめくってみた。
しかし、オリバーが言っていたとおり、どこにも”ゴッド・グリー
ン・レストレンジ”の名前は載っていない。
資料集にしたってそうだ。
﹁先生﹂
稜哉ははっきりとサングラスの向こう側の先生の目を見るようにし
て言った。
﹁”ゴッド・グリーン・レストレンジ”という人を聞いたことはあ
りませんか?﹂
先生の眉が小さく波打った、ように見えた。
﹁ああ、アーノルド・シュプランガーと一緒に建国した人だ。中心
人物の一人でもあった。彼もシュプランガーと同じ大学出身で、2
人は親友だったんだ﹂
﹁どうしてそんな重要な人の名前が、教科書はおろか資料集にさえ
載っていないのでしょう?﹂
これは稜哉が聞きたかったことの1つだった。
先生は重苦しそうに口を開いた。
﹁それは⋮⋮。それはあの方に関する資料が1つも残されていない
308
からなんだ﹂
﹁1つも?﹂
﹁そう。1つも、いや1ワードも。だから教科書には名前を載せら
れない。実在したという確かな証拠がないからね﹂
﹁でも、先生はさっき断言しましたよね?”アーノルド・シュプラ
ンガーと一緒に建国した人だ”って。どうしてそうはっきり言いき
れるんですか?﹂
一瞬の沈黙の後、先生は笑った。
﹁はははははっ。それはすまない。いい改めよう。ゴッド・グリー
ン・レストレンジはアーノルド・シュプランガーと一緒に建国した
かもしれない人だ。はははははっ﹂
稜哉はそれ以上追求することをやめた。
あの記事のことも聞こうと思っていたがやめた。
﹁お、もうこんな時間か。じゃあ続きは明日。今日と同じ時間で良
いからな﹂
先生の声に送られて講義室を出るとき、稜哉はつぶやいていた。
﹁知りたいことは︱︱自分で調べます﹂
先生はたぶん、何か隠している。
だったら︱︱。
稜哉の背後で、静かに扉がしまった。
309
隠れ里を振り返ってみて
第66話 稜哉の追求︵後書き︶
TITLE
このバンパイアものの小説を書き始めてからもうすぐ1年がたとう
としています。
いやもう経ったかもしれないですね。
記念すべき第0話は昨年10月14日にアップしていますが、下書
き自体は1ヶ月くらい前から書いていたので。
時って、早いものですね∼。
だんだんとミステリアスになっていきますが︵しているつもり、で
すが︶どうでしょうか。
ハリーポッターに雰囲気が似そうっ、と冷や汗のすれすれで執筆し
ていた作者ですが、最近はそんな心配もあまりしないで書けていま
すw
さぁて、次回更新日は明日の夕方、ということで、よろしくです!
310
第67話 ロランの語り
﹁遅かったねー。どうだったの?﹂
稜哉が部屋に戻ったとき、太陽はすっぽりと姿を消した7時ごろだ
った。
﹁6時間近くもみっちりやっていたなんて、本当にごくろうさま﹂
ロランが紅茶を注ぎながら言った。
白いカップから、湯気がもくもくと立ち上っては、消えていった。
﹁講習自体は4時に終わったんだけど、それから図書館に行ってい
たんだ﹂
稜哉は紅茶を一口飲んだ。
とたんに、ほわっと冷え切った体中へ暖かさが広がっていく。
﹁何か課題でも出されたの?﹂
﹁そういうわけではないんだけど、隠れ里について調べたくなって
さ﹂
﹁ふーん﹂
稜哉はもう少し話が続くかと思ったが、ロランはそれ以上聞いてこ
なかった。
2人の間には静かな空気が流れていた。
﹁ねぇロラン、”ゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵”って聞い
たことない?﹂
311
﹁ゴッド・グリーン・レストレンジ?さあ、どうして?﹂
稜哉は話し始めた。
隠れ里建国のメイン人物の1人かもしれないこと、なのに一切資料
に名前が載っていないこと、図書館に言ったのは彼のことを調べる
ためだったこと、でも結局何も得られなかったこと、を。
﹁まあ、そんな人も1人や2人いるよ﹂
稜哉の話を聞き終えたロランは、退屈そうに、そう言った。
彼にとってはあまり気にならないことらしい。
﹁じゃあ、この話はどう思う?﹂
稜哉はあのABLのことを話した。
Vampireのことを話したとき、それまで眠そう
伯爵が、今も生きているかもしれないという話。
Dirty
だった彼の顔つきが一変した。
Vampier”って言った?﹂
﹁ちょっと待って!﹂
﹁えっ?﹂
﹁今、”Dirty
ロランの顔は、恐怖と興奮とが入り混じった表情をしている。
﹁それが、どうかした?﹂
はぁっと一息ため息をつくと、彼は逆に稜哉に聞き返した。
﹁稜クン、”チェイサー”ていう全国指名手配の秘密結社を知って
312
いる?﹂
﹁”チェイサー”ってあのバンパイア狩りをしているって言う?﹂
ロランは静かにうなずく。
いつになく真剣な口調で続けた。
﹁”チェイサー”はね、純血バンパイアだけの世界を目指す集団な
んだ。そのために、純血バンパイア以外のバンパイア、つまり人間
Vampireとどんな関係があるんだい?﹂
とバンパイアのハーフは排除しようとする。この世から﹂
﹁それとDirty
稜哉には話がまだ見えなかった。
エース
エース
エース
エース
﹁”チェイサー”には”カード”って呼ばれる5人の幹部がいるの。
スペードのA、ハートのA、ダイヤのA、クローバーのAの4人と、
さらに幹部の中でもリーダーに当たるJoker。 ”チェイサー
”はこの”カード”の5人の言うがままに動いている。チェイサー
=カードって言ってもいいくらいなんだ。﹂
﹁じゃあチェイサーの人数は少ないの?﹂
ロランは首を振る。
﹁人数はもう把握できないくらい。でも彼らは皆、この5人に操ら
れているだけなんだ。
”純血思想”が少しでもあるバンパイアの心の隙間に、彼らはつけ
込む。そしてあっという間に自分たちの配下するんだ﹂
紅茶のカップからはもう、湯気はほとんど立っていない。
﹁そんな”カード”たちは、自分たちでなんとしても”純血”の理
313
・・・
・
想を叶えたいと思っている。でもその理想は、今日明日で実現でき
・・・
・・・・
・・・・
・・・・
・・・・
るものじゃない。そこで彼らは考えたんだ。どうやったら理想を実
・・
Vampire?﹂
現するころまで生きていられるかって。答えは出た。一生生き続け
ればいい。﹂
﹁それがDirty
﹁そういうこと﹂
314
第67話 ロランの語り︵後書き︶
次回は来週火曜日★
315
Vampireってその”カード”の5人だけなの
第68話 自分自身で
﹁Dirty
Vampireは”カード”だけと考えていいと思
かなぁ。手下というか、その操られている配下の人たちは?﹂
﹁Dirty
う。なにがなんでも長生きをしたがっているのは彼らだから。それ
に、こう言っちゃなんだけど、配下のバンパイアたちはDirty
Vampaireにするよりも、どんどん新しい仲間として増や
すほうが、”カード”にとっても危険が少ないし﹂
稜哉は紅茶を一口含んだ。
もうすっかり冷えていて、美味しいとはいえなかった。
﹁どうしてロランはそんなに詳しいの?﹂
急にロランの目線が泳いだのを、稜哉は見逃さなかった。
フォローするつもりで、急いで付け加えた。
﹁あ、いや、ほら、結構詳しいなーと思ってさ、聞いてみたんだけ
ど﹂
﹁ボクは﹂
ロランは稜哉の言葉をさえぎるように無表情に口だけを動かした。
﹁ボクの家族は、8年前に殺された。ボクの⋮⋮誕生日に﹂
稜哉はジャスティンから聞いた話を思い出した。
あの悲しい、つらい日の話を。
316
﹁表向きには、泥棒の犯行ってことになったんだ。宝石を盗もうと
して見つかって。でも﹂
ロランの目に、激しい怒りの炎が燃えた。
﹁でもボクは泥棒なんかの小さな事件じゃないと思ってる。ボクの
家族はたぶん⋮⋮﹂
大きく息を吸い込むと、震える声で彼は言った。
﹁僕の家族は、チェイサーにやられたんだ﹂
稜哉はロランを見つめた。
驚いたような、戸惑うような表情で。
﹁根拠は⋮⋮あるの?﹂
﹁確実なものは⋮⋮でもね、ボクのパパはVSO情報部の大佐だっ
たんだ。それで殺されちゃう4日前にママに言ってるのをたまたま
聞いたんだ。﹃チェイサーの全貌が分かりそうだ﹄って。もしそれ
が分かれば、チェイサーは全員捕まえられた﹂
﹁ちょっと待って。ということはお父さんはチェイサーについて情
報をつかんだがために消された、ってこと?﹂
﹁ボクはそう思ったし、今でもその考えは変わっていないんだ。だ
から今日まで、ううん、これからもチェイサーについて調べていく
つもり。いつか必ず”カード”に復讐する﹂
そう言い切ったロランはごくっとカップの中の紅茶を一気に飲み干
した。
そして、くしゃくしゃに顔を歪めた。
317
﹁すっかり冷めちゃって、美味しくないね。新しいの、入れようか﹂
新しいティーバックを持ってきて、彼は自分のと稜哉のカップにお
湯を注いでいく。
﹁ゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵はさ、僕らレストレンジ家
の祖先らしいんだ﹂
稜哉は再び目の前のカップから湯気が立っては消えていくのを眺め
Vampareなら、”カード”の内の1人
ながら、ポツリと漏らした。
﹁伯爵がDirty
ってことになる。それで﹂
ロランは黙って聞いてくれた。
静かに、時おり頷きながら。
﹁僕の母さんも、チェイサーに殺された。僕が生まれてすぐ。そし
て僕も狙われている。僕が、ハーフだから﹂
稜哉はふっと疲れたような、あきらめたような笑みをこぼした。
﹁もう⋮⋮。変な気分だよ。いきなりお前はバンパイアだって言わ
れて、知らない人たちに囲まれて、見たことも聞いたこともない土
地で暮らさなきゃなんなくなって。挙句の果てには自分の祖先かも
知れない人から命を狙われる。みんな⋮⋮勝手すぎるよ﹂
これが、初めて隠れ里へきて友だちにこぼした愚痴だった。
誰かにぶつけたい、言葉だった。
誰でもいい、誰かに自分のこの思いを受けてほしかった。
318
今、やっと言えた。
ロランは優しく微笑んで、言った。
・・
﹁でも稜クンもボクも、この世界で生きていくしかないんだ。それ
に自分自身で決着をつけるしかないんだ﹂
稜哉は今まで、こんなに気の強いロランを、いや、人を見たことが
なかったし、同時に心強いような、勇気が湧くような、そんな気持
ちにとらわれた。
2人は、無意識のうちに、堅く両手を握り合っていた。
319
第69話 オカリナ授業
﹁全員、オカリナは持ってきていますね﹂
神経質そうに眉をひくひくさせながら、ジョルジョ先生は生徒を見
渡した。
ジョルジョ・ヴァザーリ︱︱7年C組の生物の担当教師だ。
35歳くらいのこのイタリア人の先生は黒の細いフレームメガネを
かけ、いつもそのレンズの向こうでは、落ち着かないようにくるく
ると目が動いている。
一つのシワも見られない、のりのきいた真っ白い白衣のボタンを全
てあけ、まるで旗のようにはためかせながら歩く。
それが、この人の特徴だ。
幸せな冬休みは3日前に終わり、稜哉たちは再び、もとの忙しい日
々を送り始めていた。
わたくし
そして今日は休み明け初の生物の授業だ。
わたくし
﹁休業前までに、私たちは何を学んできましたか?コウモリ、とい
こうもりかいらいじゅつ
う私たちにとって手足となる大切な動物の体について学習してきま
した。なんのために?それは今日からの蝙蝠傀儡術のためです﹂
自分で問いかけて、自分で答える︱︱いわゆる”自問自答”して話
を進めていくのも、ジョルジョ先生の特徴と言って良いかもしれな
い。
先生は生徒たちに、じっくりと視線を送っていった。
一人一人がちゃんと自分の言葉に耳を傾けているかを確認するよう
320
に。
わたくし
﹁いいですか。これから私がみなさんにお教えする、蝙蝠傀儡術は
そういった今までの内容を覚えていなければ、できないものです。
いや、むしろ知らずにやろうとすることは大変危険!ですから最初
・・・
に言っておきます。もし、今この場にこれまでの内容を覚えていな
い人がいたら今日中に復習しておきなさい。いいですね﹂
ピシャッと言い放つと、先生は全員にB5サイズの冊子と黒いチュ
ーナーを配り始めた。
﹁これからの授業に必要なものです。必ず、毎回持参すること﹂
ふわぁーっ。
稜哉のとなりでロランはあくびをしながら、冊子を眺めていた。
﹃オカリナ運指BooK/今日から君もオカリナ奏者﹄
﹁5ページの運指表を見ながら、各自、音階通りに音出し。チュー
ナーの針が揺れないように吹くこと﹂
先生の言葉が途切れる前に、早速あっちこっちから音が空を飛び始
めた。
稜哉も目の前にチューナーを置き、運指表の図通りに指で穴を抑え
始める。
︵まずはドから︶
息を吸い込み、楽器の中へ勢いよく流し込む。
すると、肌色の小さな塊から、柔らかい音が響いた。
321
︵音が出た!︶
稜哉は内心、大よろこびだった。
オカリナ選びの時の無様な格好は見せずにすむ。
チューナの針も、ピクリとすら揺れなかった。
︵次はレ︶
これもドと同じように、音は一直線に中を舞った。
針も動かない。
教室中では、色々な音が、まるで迷子になったようにさまよってい
る。
そんな中、稜哉の音だけは確実に、空中を走っていった。
﹁稜クンってオカリナ習ってたことがあるの?﹂
ロランが不思議そうに聞いた。
﹁いや、一度もないよ。﹂
﹁でも、すごく上手じゃない?﹂
結局、たったの15分で稜哉はすべての音を完璧に吹き終えた。
そして一音たりとも失敗した音は無かった。
教室では相変わらず不安定な音がぶつかり合い、オカリナを相手に
苦戦している生徒の顔がかいま見える。
322
︵僕ってもしかして才能ある?︶
そんな風にちょっと悦にいった稜哉はオカリナを構えた。
︵せっかくだ。何か1曲ふいてみよう︶
パラパラと冊子をめくり、後ろのほうで指を止める。
﹃カンタータ147番 主よ人の望みの喜びよ バッハ作曲﹄
難易度:Cランク︱︱標準レベルだ。
楽譜に目を通すのもそこそこに、すぐに息を吹き込み始める。
ポーーポーポーーポ ポーポー
息がオカリナの中で柔らかくなり、暖かい玉となって空間へ放出さ
れる。
指の運びも、稜哉にはわかっていた。
本能的に、指は正しく動いていく。
となりの席ではロランがあっけにとられて稜哉を見ていた。
﹁稜クンすごい﹂
稜哉は自分でも驚いていた。
自分にこんな隠れ技があったとは。
いつの間にか、教室中の半分の生徒が、稜哉のカンタータに聞きい
っていた。
323
・
そして⋮⋮事はこの後少しして起こったのだった。
324
第69話 オカリナ授業︵後書き︶
ご存知でしたか?
10月14日 ︵もうとっくにすぎましたが︶は隠れ里の1周年記
念です!!
はいっ、拍手ーっ。
1年、ってはやいですね。
なんと第4章に突入です。
書いていて最近、思うこと⋮
リリーの登場シーンがあんまりないような︵汗
技女子、いや技吸血女、ということでジャスティンは活躍してくれ
たんですがね⋮
リリーって何ができるのよ、みたいな
︵なんか考えてよっ BYリリー︶
はい、考えておきますw
相変わらず、更新日が定まらずもやもやしていますが、気長に楽し
く、書いていきますっ。
どうぞこれからもよろしくお願いします︳︵.︳.︶︳
次回は来週月曜日の夜7時ごろ
325
第70話 凶音
カンタータも中盤にさしかかったとき。
今や、教室中の全員が熱にうかされたようにぼうっとしていた。
稜哉のもつオカリナからは、音が途切れることなく飛び出している。
だた、その音はさっきとは違い、冷たい、鋭い音に変わっていた。
短調なメロディに合わせて、稜哉自身の心も、冷たくなっていた。
冷たい、と言うよりは、濁った、という方が適切かもしれない。
色々な悩みや戸惑いが、ふつふつと湧き起こっていたのだ。
稜哉はひたすら、音を宙へ送っていく。
まるで、機械のように。
稜哉の目にはもう、何も映ってはいなかった。
︱︱その時だった。
﹁いやー!もうやめて!﹂
突然、うす暗い生物室を悲鳴が切り裂いた。
一斉に、視線が一点へと集中する。
稜哉もはっと我に返り、吹くのをやめた。
みると、窓側の席の赤毛の子︱︱サラ・ホープキン︱︱が両手で両
耳を抑えて、ガクガクと震えていた。
﹁一体どうしました?﹂
悲鳴に気づき、準備室からジョルジョ先生がとびだしてくる。
﹁いったい何事です!誰か説明なさい!Msツェルニー、どういう
326
ことですか?﹂
サラの隣に座っていたリリーが、しどろもどろで説明した。
﹁えっと、レストレンジくんがカンタータを吹き始めて、それでみ
んなで聞いていたらはじめはふわーっとして気持ちよくて、でも途
中から突然視界が真っ暗になって、黒い海のなかに落とされたんで
す﹂
稜哉はこのとき、みんなの顔色が青白く、血の気がないようにみえ
た。
吸血鬼だからもちろん血色はもとよりよくないのだが⋮⋮それにし
ては悪すぎる。
となりのロランをみても、同じ様で、放心状態だった。
それに⋮⋮教室は真冬の夜中の墓場のように空気が凍っていた。
﹁Mrレストレンジ。あなたが吹いていたんですか?﹂
先生までもが驚いたような、怯えたような視線でメガネの向こうか
ら稜哉を見据えた。
﹁でも、僕、吹いていた以外にはなにも⋮⋮﹂
先生はつかつかと稜哉の席までくると、冊子を取り上げ、ページを
めくった。
﹁今すぐこれを吹きなさい﹂
パッヘルベルのカノン、だった。
327
﹁え?﹂
わけが分からず、稜哉は先生を見る。
﹁いいから、今すぐ。穏やかな気持ちで吹きなさい。早く!﹂
稜哉は言われた通り、吹き始めた。
オカリナからは、また暖かく、柔らかな音が飛び出していく。
吹き終えると、みんなまたもとの顔色に戻っていた。
あれだけ震えていたサラも、落ち着いたようで、リリーと楽しそう
に笑っている。
教室に、再びにぎやかさが戻った。
﹁ひとまず解けましたね﹂
安心したようにつぶやく先生に、稜哉は尋ねた。
﹁僕は、何をしたのでしょうか﹂
﹁Mrレストレンジ、ちょっときなさい。オカリナも持って﹂
328
第70話 凶音︵後書き︶
隠れ里一周年記念にちなんだおまけ
﹃名前をつづってみませう﹄
is
next?
No.1 稜哉・レストレンジ ↓ Ryouya=Lestra
nge
Who
次回更新は来週の月曜日 夜7時ごろです
329
第71話 オカリナ操者︵前書き︶
ごめんなさい。
予約投稿日を間違えて1日はやめてしまいました。
約束破りしてしまいすみません︳︵︳^︳︶︳
330
第71話 オカリナ操者
先生は準備室の冷えた木の椅子に座るよう、促した。
﹁先生、僕は何もしていません。本当に吹いていただけなんです﹂
﹁オカリナを見せてください﹂
稜哉は自分のオカリナがその場で割られるのではないかと思った。
震える手で、手渡す。
﹁アルトC管。粘土製。ちゃんとしたものですね﹂
先生は両手で、オカリナを返した。
﹁あの、ぼくは⋮⋮﹂
﹁”凶音”って聞いたことありますか?﹂
﹁キョウオン?﹂
聞いたことのない言葉だった。
﹁人の心を自在に操ることのできる周波数に当てはまった音のこと
です。つまり君は、音で人を操ることができる﹂
︵なんだって?︶
稜哉には意味がわからなかった。
自分が人を操るなんて。
それも音で。
331
﹁どういうことですか﹂
﹁極稀に、もう本当に限られた人数ですが、いるんです。”操者”
が。君は”音”で人を操ることができる、”音の操者”なんです﹂
﹁それって⋮⋮難しいことなんですか?﹂
﹁もうこれは才能です。動物を操ることは練習すれば誰にでもでき
ますが、人となると話は別です。君はあの場にいた40人を操った﹂
﹁でも、僕は操ろうなんて思っていませんでした﹂
稜哉は否定した。
そうだ、さっきだって吹いていただけなんだ、と。
先生は首を振った。
﹁だからまだ良かったんです。少しでも君に意思があったら、大変
なことになっていました。君は操者になれる才能を濃くもっている。
操ろうという意思がなくても自分の気持ちを相手にリンクさせたん
ですから﹂
稜哉はにわかに信じられない気持ちで話を聞いていた。
先生は続ける。
﹁さっき、Msホープキンが悲鳴を上げたとき、君は何を考えて吹
いていましたか?きっと楽しいことではなかったはずです。おそら
く暗いことを﹂
言われた通りだった。
短調なメロディを吹いていたとき、ぼんやりと”カード”のことや
ら伯爵のことを考えていた。
﹁君のその心が、聞いていた人の心にも染み込んでいった。そして
Msツェルニーが言ったような、黒い海へ放り込まれたような錯覚
332
を見せたのです﹂
﹁僕が、吹くせいで聞く人が危険な目にあうことが?﹂
﹁そうですね⋮⋮一歩間違えれば死を招くこともあります﹂
”死”という言葉に、思わず身震いした。
﹁どうしたらいいのですか。先生、僕はオカリナを吹いていて良い
のでしょうか﹂
稜哉は不安になった。
自分でも知らないうちに仲間を操っていたなんて、気味が悪くてし
かたがない。
自分を、まるでいつ暴走するか分からない危険物のように思った。
﹁全ては、君が君自身をどれだけコントロールできるかにかかって
います。音を出すときには、とくにオカリナを吹くときは決して音
に感応されないこと。これからの授業でもそう。冷静さを保って吹
きなさい。自分をコントロールすることができたら、君は素晴らし
い操者になる﹂
隣の教室から、授業終了を告げるチャイムが聞こえてきた。
333
第71話 オカリナ操者︵後書き︶
隠れ里一周年記念にちなんだおまけ
﹃名前をつづってみませう﹄
is
next?
No.2 ロラン・アルベール ↓ Roland=Albert
Who
次回更新:来週の月曜日 夜7時
334
第72話 リリーの見たもの
﹁まさか稜クンがボクらをマリオネットにするなんてね﹂
午後7時ごろ。
稜哉、ロラン、リリー、ジャスティンの4人はメルヘンに集まって
夕食を取っていた。
﹁マリオネットって?﹂
﹁フランス語からきている言葉なんだけど、言葉自体は人形劇の操
り人形のことなんだ。それで操者に操られている人のことをそうや
って呼ぶの﹂
ロランが稜哉に言った。
﹁でも、操者って本当にいたんだなぁ。ボク、本でしか知らなかっ
たもの﹂
﹁ほーんと。それに人間と吸血鬼のハーフである稜君が、だなんて﹂
とリリー。
﹁でも、僕はみんなを操ろうっていう気はなかったし、吹いている
ときだってまさかそんなことになっていた、なんて思ってもいなか
った﹂
﹁そうでしょうね。もし意図的にやっていたなら、今頃はあたしの
お父さんから一流の尋問攻めにあっているわ。超重要人物として名
前をしっかりファイルに載せられて﹂
﹁リリーのお父さんはVSO情報部のエース、だものね。相手が幼
児でも手加減一切なし﹂
335
﹁なのに、まだ少佐っていう﹂
﹁ちょっと余計よ、ロラン﹂
3人のやり取りを聞いていて稜哉はつくづく自分がラッキーだった
ことを実感した。
尋問なんか、さらさら御免だ、と思った。
﹁ところで、稜君って何か悩みごと、抱えているでしょ﹂
﹁えっ?﹂
リリーの不意をつかれた問いに稜哉はドキッとした。
﹁べ、別に、ないけど﹂
﹁はい、それ嘘。あたし、知っているのよ。ブロンド色の短髪、ビ
ー玉みたいに透き通ったブルーの瞳、色の白い肌。見るからに身分
が高そうな格好。いかにも格調高そうなあの男の人、誰?﹂
稜哉はその特徴を聞いてすぐに伯爵だと分かった。
︵でも、どうしてリリーが伯爵のことを知っているんだ?︶
﹁図星、みたいね。どうしてあたしが知っているのかしらって?だ
ってさっき稜君があたしたちを操ったときに見たんだもん。﹂
﹁ああ、あのとき﹂
ジョルジョ先生の言葉を思い出した。
﹃君の心が、聞いていた人の心にしみこんでいった﹄
︵僕が心の中で思っていたことがオカリナの音で映像化されて、無
336
リリー
意識のうちに相手に見せたんだ︶
﹁で、誰なのよ﹂
稜哉は答えようか迷った。
ロランも戸惑ったような表情をしている。
﹁⋮⋮ゴッド・グリーン・レストレンジ伯爵﹂
ジャスティンだった。
稜哉も、ロランも、リリーも驚いてジャスティンに視線を移す。
気まずそうに顔を赤らめて、ジャスティンは言った。
﹁ほら、前にケージを使ったでしょ。そのときに、ね⋮⋮﹂
稜哉はあの時のことを思い出していた。
そして、はたと思い当たった。
﹁じゃあ、ま、まさか僕のなかに封印されているのって⋮⋮﹂
﹁伯爵なの?﹂
稜哉とロランの言葉にジャスティンはうつむき、リリーはひきつっ
た顔で稜哉を見ていた。
337
第72話 リリーの見たもの︵後書き︶
隠れ里一周年記念にちなんだおまけ
﹃名前をつづってみませう﹄
is
next?
No.3 リリー・ツェルニー ↓ Lilli=Czerny
Who
次回更新日:来週月曜日よる7時ごろ。
︵なんだか月9ドラマならぬ月7小説になってきましたw︶
338
第73話 危険人物リスト、A級
﹁じゃあ、僕の体には伯爵がいるんだね?﹂
稜哉は驚きを隠せなかった。
急に自分の身体が、自分のものではないような気がする。
﹁”人”がいる、と言うよりは”もう一人の強い意志がある”って
言うほうが正しいかな。つまりね、稜哉君のなかには二人分の”心
”があるの。それで、私がもうひとつの︱︱伯爵の︱︱心を取り除
けなかったのは、まだ伯爵に実体があることが分かったから。言い
換えると、伯爵はまだ﹂
﹁どこかで生きているってことになるわけね﹂
リリーが後を引き取った。
難しそうな、何かを深く考えているような、そんな表情をリリーは
していた。
﹁伯爵のこと、何か知っているの?﹂
ロランが声をひそめた。
リリーは少し反応するのをためらったが、小さくうなずくと話した。
﹁あたしのお父さんが”要注意人物リスト”を持っているんだけど、
偶然、前にみちゃったことがあって。そのリストのA級欄に名前が
あったの﹂
﹁A級欄?﹂
﹁このリストは危険度の高い順にA,B,C,Dに別れているんだ
けど、それで伯爵はA級欄の、それも1ページ目に。そうとうな危
339
険人物に違いないわ。まだ、生きていたなんて﹂
稜哉は意識のずっと遠くでリリーの声を聞いていた。
いやでも、確信をもった。
もう、認めるしか、なかった。
﹁伯爵はDirty Vampireだ。それにリリーの話からす
ると、伯爵がもしチェイサーの仲間なら、Jokerだ﹂
大きなため息が一つ、こぼれた。
もう、否定できる要素はない。
リリーは急に席を立ち上がると、マガジンラックのある場所へと向
かった。
メルヘンには雑誌や新聞が半分ほど読めるように置いてあるコーナ
ーがある。
リリーはそこから冊子を1冊と、新聞を1日分持ってくると、テー
ブルに広げた。
﹁Dirty Vampireといえば、この記事、知ってる?ジ
ャスティンとあたしで購読している雑誌なんだけどね﹂
リリーが最初に見せたのは、オリバーとジョンが稜哉に見せた、あ
のABLの記事だった。
﹁これか、稜クンが言っていたのって﹂
ロランは受け取ると、黙って目を通し始める。
﹁あら、もう知ってた?﹂
340
稜哉はリリーに冬休み前に1度読んだことを話した。
﹁そうだったの。じゃあ、これは?昨日のニュース﹂
次に見せたのは、新聞の終わりのページ、あまり大きくはない事件
がちょこちょこと書かれているページだ。
リリーは読み始めた。
﹁ラッセル河から変死体。昨日11日、ラッセル河に女性が浮いて
いるのを近くを通りかかった男性が発見した。女性の名前はモナ・
ガボットさん、23歳。死因は大量の失血死によるもの。ガボット
さんの自宅からは、多量の血痕が見つかったことから、自宅で殺害
されたと思われる。また一室が何者かによって荒られた形跡もある。
事件性があるとして捜査が開始しされた。﹂
341
第73話 危険人物リスト、A級︵後書き︶
隠れ里一周年記念にちなんだおまけ
﹃名前をつづってみませう﹄
No.4 ジャスティン・トーヴィー ↓ Justine=To
vey
End.
次回更新日:来週月曜日よる7時ごろ。
342
第74話 仲間という柱
稜哉は緊張して記事を読んでいた。
そしてなぜか、前に夢に見たあの書斎を思い出していた。
﹁僕は⋮⋮ここに行かなければいけない気がする﹂
思わず、声に出ていた。
﹁”ここ”ってまさか現場に?﹂
ジャスティンが驚いて声をはりあげる。
﹁まさか、稜哉君、この事件にかかわるつもり?﹂
稜哉は答えなかった。
その代わり、リリーに聞いた。
﹁リリーが僕にこの記事を見せたのには、他になにか気になること
があるからじゃないの?﹂
リリーは口の片端をあげて答える。
﹁肖像画が盗まれていたそうよ。伯爵の、肖像画が﹂
﹁誰かが盗んだって言うの?何の為に?﹂
﹁理由は分らないけど、犯人はたぶん、伯爵に関係のある人だよ﹂
その肖像画を辿っていけば⋮⋮伯爵にたどり着く。
いや、チェイサーにたどり着く。
343
稜哉にはなぜか確信があったし、自分はこの手がかりを辿って行か
なければいけない、ということも薄々感じていた。
﹁ねぇ、稜哉君、分かっている?伯爵から狙われているんだよ。自
分から向かっていくなんて危険すぎるよ﹂
ジャスティンは心配そうな表情で稜哉をみていた。
﹁危険なのは、わかっている﹂
稜哉は自分に話すように、言い聞かせるように言った。
﹁じゃあどうして﹂
﹁でも僕の家族はチェイサーのせいでバラバラにされたんだ。母さ
んは殺されて、僕はたった一人の身内から引き離されて。おまけに、
伯爵は僕自身に巣くっているんだ。こんなにまでされて、まだ、や
られっぱなしでいろなんて⋮⋮僕にはできない。僕には、僕は行く
しかないんだ﹂
3人は何も言えなかった。
ただただ悲痛そうな、悲しい顔で稜哉をみていることしか、できな
かった。
少しして、ロランがため息をついて口を開いた。
﹁仇討、ってことか。けど、相手がどれだけ強い相手か分かって言
っているんだよね。ボクら、99.9%殺されちゃうよ﹂
稜哉には分かっていた。
相手は今までバンパイア狩りをしていたような奴らだということを。
とても自分みたいなのが敵う相手じゃないということを。
344
﹁でも⋮⋮伯爵は、必ず僕を狙って、いつかは来る。そういう運命
なんだ。ならただその時がくるのを待つんじゃなくて、こっちから
攻める︱︱どんなに相手が強くても、それが立ち向かっていかなき
ゃいけない相手なら、受身になってちゃだめなんだ。攻めていけば、
0.1%の確率が100%に変わることがある︱︱僕がサッカーの
試合前にいつも言ってた言葉なんだ﹂
﹁でも命がかかっているのよ。それにチェイサー相手に100%だ
なんて。﹂
止めようとするジャスティンをリリーは手で制した。
﹁あたしは一緒に戦う。稜君をここまでの気にさせたのはあたしの
責任だし。その代わり、勝率ある作戦をたてる。稜君はあたしが死
なせない﹂
﹁リリー?﹂
稜哉は驚いた。
信じられない、という目でリリーを見た。
﹁しょうがないなぁ。じゃあボクも一緒にいてあげようかな。稜ク
ンが相手の力量をちゃんとわかっているなら、ボクもついていく。
二人より、三人のほうが心強いでしょ。﹂
ロランだった。
稜哉の顔を見て、彼は付け足した。
・・
﹁ボクもチェイサーには借りがあるんだ﹂
稜哉はしばらく驚いて言葉が出なかった。
345
驚きと嬉しさと二人の命への責任を感じた戸惑いを、一気に感じた。
﹁そういう展開になっちゃうのね﹂
ジャスティンが気だるげに言葉を発した。
﹁ケージ使いは瀕死の人の”生”と”死”をある程度左右できるの。
今の私なら、3人の”生”を50%は保証できる。だから、稜哉君、
死なないって約束して﹂
ジャスティンの瞳が稜哉をまっすぐととらえたとき、稜哉は思わず
涙を浮かべていた。
﹁みんな⋮⋮ごめん。ありがとう⋮⋮﹂
あたりのテーブルにはもう客はいず、ウェイターたちは片付けを始
めている。
メルヘンのウェートレス︱︱クララは、とある隅のテーブルで太く、
温かい柱が一本、立っているのをみたような気がした。
346
第74話 仲間という柱︵後書き︶
次回更新日は29日の午後7時ごろ
☆ちょっとした活動報告☆
隠れ里フィナーレに向けて、だいぶ早いですが”カード”のキャラ
を設定中です♪
人物決めのとき、私はいつもイラストを書いてきめます。
伯爵とハートのA、ダイアのAは完成!!
5人に衣装をネットで検索して気に入った衣装を性格や個性も考慮
して着せる。
まるでリカちゃん人形で遊んでいるみたいですw
来るべく時がきたらこのイラストは公開しようと思っているので︵
多分描写だけじゃきつい︶よかったら見てやってください
→読者様のイメージを破壊しないよう、表情は公開するつもりはあ
りません。”顔なし”状態ですが⋮?
347
第75話 調査 ∼Dirty
Vampireとは∼
2月の寒さは1月のそれとは比較にならないほどだ、ということを
稜哉は2月1週目を過ごして痛感した。
ついこの前までは1月でまだ休業明けムードもそれとなく残ってい
たのに、今となってはそんな気分はとうに失せていた。
授業もいよいよ、本格的になってきている。
それもそのはず。
9月が始業式のポーグラントでは2月はいわば中間点。
何もかもが、深くなってくる時期なのだ。
稜哉、リリー、ロラン、ジャスティンの4人は例によって、305
号室の丸テーブルを囲んでいた。
外のさすような寒さとは全然違い、この部屋はやさしい、暖かい空
気でいっぱいになっている。
窓をつたっていく結露の滴たちが外と中との温度さを、はっきりと
示していた。
はんてん
窓の向こうでは、木々が素肌を覆うようにところどころがキラキラ
ほうせき
と光る雪の袢纏を着込んでいる。
真っ黒の夜空にはいくつもの星が散っていた。
﹁じゃあ4人のをまとめるよ﹂
Dirty
ロランが1枚の紙をテーブルに広げた。
﹃title:
Vampire”は人間の生き血を体内に取り込
Vampire﹄
﹁”Dirty
348
Vampireとなったバンパイア
んで永遠の命を得たもののこと。ちなみに、吸われた人間も吸血鬼
になってしまう。Dirty
は普通のバンパイアよりも身体能力が著しく発達する。特徴は常に
目が赤くなること。牙︵犬歯︶が大きく発達し、鋭くなること。鏡
に姿が映らないこと。毎日最低1度は人間の血液に身体を浸さない
と美しさを保てない︱︱こんなかんじかなあ。何か他に発見はあっ
た?﹂
ロランは3人を見た。
Vampireの情報を集めていた。
チェイサーを相手にするにあったって4人はここ数週間、Dirt
y
戦うのは相手を熟知してから︱︱戦略を練るときの基本である。
﹁牙が大きいって、見ればすぐに区別できるじゃない﹂
リリーが少し安心したように言った。
﹁そういえば、里史の人︱︱名前なんだっけ︱︱も犬歯大きくなか
ったっけ?﹂
﹁はぁー。結局、どうやったら倒せるの?このままだと、無敵状態
じゃない﹂
ジャスティンがため息をつく。
その隣で発言をスルーされたロランはちょっと膨れ面をしていた。
﹁一応、方法はあるのよ﹂
リリーはそう言うと、何百枚ものレポートの束をめくっていく。
﹁ねぇ、リリー、ところでそれ、どこで手に入れたの?﹂
349
すべての紙に”VSO”の文字が印刷されているのを稜哉はみた。
白木
﹁お父さんに送ってもらったの︱︱あ、あったわ。えっと﹃ホワイ
トアッシュの杭を心臓に打ち込むと致命傷となり、死にいたる。ま
たは日光を直接浴びることで灰になる﹄ですって﹂
﹁銀の杭は?それはだめなの?﹂
稜哉は前に話で聞いた吸血鬼を思い出した。
﹁銀の武器は傷つけることはできても、致命傷になるような傷はつ
けられないみたい。要するにトドメはホワイトアッシュを打ち込む
か、ガンガンの太陽の下で日光浴させるしかないみたいよ。あ、そ
れと十字架、聖水は効果なし﹂
﹁十字架に聖水なんて、いくら効果があったって、こっちから願い
下げだね。あれをみると寒気がして鳥肌が立つんだ﹂
ロランが身震いしながら言った。
﹁ねえ、もし僕たちにホワイトアッシュが刺さったり銀の武器で切
られたりしたらどうなるの?﹂
﹁そのときは、もちろん私たちも傷を負うわ。ホワイトアッシュが
心臓に刺さった日には即死。私たちだって、バンパイア、なんだも
の。でも、日光は別。多少力が抜けたりとか、たまに失神するひと
もいるけど、灰にはならない﹂
ジャスティンの答えに稜哉は納得した。
﹁じゃあ近いうちに行っちゃおうか、モナ・ガボットの家に﹂
350
第75話 調査 ∼Dirty
Vampireとは∼︵後書き︶
次回更新日:12月6日 月曜日 夜7時ごろ
☆ちょっと活動報告☆
もうあさってには12月ですね♪
12月=大晦日=正月=新年
ですが、私の場合これに+αで”受験まであと1年=浪人不可”な
んてピースがくっつきます︵汗
1月に入ったら執筆も1年引退かな⋮⋮
今年もあと1年、思う存分楽しみましょう=3
351
第76話 自分への恐れ
リリーとジャスティンが部屋に戻ったのは、月が空にはっきりとう
かんでいる9時頃だった。
ガボットの家に行くのは2週間後、ということにした。
ちょうど授業のない土曜日が、近い日で2週間後だったからだ。
﹁明日は1時間目から生物だね。やっとコウモリを使えるんでしょ﹂
2段ベッドの上の段からロランの楽しみ気な声がした。
﹁本当、憂鬱だよ﹂
下の段に寝ている稜哉はロランとは対照的に気分が沈んでいた。
オカリナ実習︱︱。
稜哉は授業のたびに周囲の生徒を何人か無意識のうちに操ってしま
っていた。
平常心で吹こうとしても、思うように音が出なかったときは少なか
らず苛立ちを覚え、うっかりそのまま吹いてしまって隣の席の女子
生徒が悲鳴を上げる︱︱こんなことは、残念なことにしょっちゅう
だった。
最近起きたことで目立った出来事は、前の席のレオンがいきなり自
分の椅子を蹴り飛ばしたことだ。
もちろん、これは稜哉の音色が影響していた。
前の化学の授業で教師に散々嫌味を言われた稜哉は︱︱︵指名され
た問題が全く解けなかった稜哉に﹁”天才オカリナ少年”がこれで
はね⋮⋮﹂とミハエル・パイパーは鼻で笑った︶︱︱腹を立てたま
352
まオカリナを吹いてしまったのだ。
レオンは﹁ミハエル言ったことなんか気にすんな。あいつはいつも
嫌なヤツだし。誰も稜のこと悪くは思ってねえからよ﹂と言ってく
れたものの、稜哉はかなり気にしていた。
事実、稜哉の隣の席のスザンナは毎回の授業でいつも怯えているよ
うだった。
なるべく稜哉とは距離をとり、不安そうに授業を受けていた。
彼女は表立って稜哉を責めたことは一度もなかったし、ほかのクラ
スメートも稜哉を非難したことはなかった。
けれども、稜哉の心が晴れることはなく、そのうちに、またいつ自
分が誰を操るか分からないという恐怖心に怯えて授業を受けるよう
になっていたのである。
﹁僕、明日の生物は休むよ﹂
稜哉は上に向かって言った。
﹁どうして?﹂
・・
ロランがベッドのへりから稜哉をのぞいた。
オレンジ色の電気の光を後ろから受けたロランの表情は陰になって
見えない。
きっと、純粋に納得のいかない表情をしているのだろうと稜哉は想
像した。
﹁自分のこと、責めているの?﹂
稜哉は胸の奥をキュッとつままれたような気がした。
﹁ボクも、レオンも、エドもラウナも、みんな稜クンのこと責めて
353
ないってあれだけ言ってくれたじゃない。ジョルジョ先生もちゃん
と説明してくれたし、誰も稜クンのことを悪くは言わない﹂
﹁だからだよ﹂
思わず声が尖った。
﹁みんなが僕を責めないから余計に苦しいんだ。僕は⋮⋮みんなと
授業を受けるべきじゃないんだ。みんなを危険にさらすから﹂
﹁そんなことないよ。先生が”集団の中で安定して吹けるようにな
ることが重要なことなんだ”って話してたでしょ。稜クンはまず”
クラス”っていう集団のなかでそうなれるように練習しなきゃいけ
ないんじゃない。だから先生もサポートしてくれるし。レオンだっ
てスザンナだって先生がなんとかしてくれたじゃない。﹂
ロランの声は、優しかった。
﹁隣に稜クンがいないと、ボク、寂しいよ。それに稜クンはオカリ
ナでは間違いなく誰よりも優秀なんだから。みんな認めていること
だよ﹂
”優秀”と言う言葉に、稜哉は少し胸が熱くなった。
音階を真っ先に的確な音で吹いたのも、レベル5の難関曲をクラス
で唯一演奏できたのも、稜哉だった。
ポーグラントに来て以来、常に劣等性だった自分が始めて人に言え
る”特技”かもしれなかった︱︱人を操る、ということを除いて。
﹁ね、明日休むなんて言わないでよ﹂
けれども稜哉はロランの希望に沿う気にはなれなかった。
354
﹁ごめん﹂
一言だけつぶやくと頭まですっぽりと布団をかぶる。
ロランはそれ以上、何も言わなかった。
電気が消えて部屋が闇に包まれたのは、それからすぐのことだった。
355
第76話 自分への恐れ︵後書き︶
次回更新日:未定
☆活動報告︵読者様へ、お知らせ︶☆
こんにちは∼。
期末試験に奮闘している作者です。
予約掲載設定様様。
この機能のおかげで11月から毎週更新することができました。
執筆し始めてからもう1年と2ヶ月。
この小説をお気に入りに加えてくださっている40人の方、また毎
週欠かさず読んでくださる方、貴重なご感想や励みのメッセージを
くださるかた、本当に感謝しています。
さて。
隠れ里更新について正式発表したいと思います。
来年3月をもちまして、更新を一時、停止します。
期限は1年、と見ていますが、もしかしたら2年後、3年後、再開
ということになるかもしれません。
理由は2012年度の受験に向けて、本格的に受験生モードに入る
ためです。
なので再開は、大学生に無事になってから、ということになります。
︵逆を言うと、3月以後、大学生にならない間に更新するつもりは
ありません。︶
またここのサイトにもめったに来れなくなると思います。
なのでコメントなどをいただいたときはお返事するのがかなり遅れ
356
ます。
3月まではなるべく多く更新していきたいと思いますが、正直なと
ころ、あと3ヶ月弱の間で何話更新できるかは私自身、分かりませ
ん。
きりのいいところまで書ければ良いなあと思ってはいます。
ただ、時間はかかっても必ずこのお話は完結させますので、今後も
どうぞお願いします。
大学受験は大人になる上での大事なターニングポイントだと私は思
うので真剣に取り掛かりたいと思っています。
読者の皆様、ご理解ください。
そしてもうあと、2年、3年、私・夜月星野と、隠れ里のお友達た
ちと仲良くしていただけたらとても嬉しいです。
357
第77話 伯爵の期待
次の日、結局、稜哉は1日授業に出なかった。
途中から行くつもりだったものの、なんとなく気だるくなってしま
ったのだった。
とくに部屋の中で何をするわけでもなく、だらだらとベッド上で横
になったり、見るページもないのに雑誌を眺めたりしていた。
そんなこんなしているうち、あっという間に日は落ちて窓の外は薄
暗くなっていた。
﹁稜クン大丈夫?ジョルジョ先生から手紙もらってきたよ﹂
ロランは1日の授業を終え、帰ってくると茶色い封筒を差し出した。
﹁授業には出なさいって﹂
稜哉はため息をついた。
﹁先生、怒ってた?﹂
﹁ちょっと怒ってたけど、半面、悲しそうだったよ。そうそう、こ
れから週に2回、稜クンだけの個別授業もするってさ﹂
﹁個別授業!?﹂
声がうらがえった。
﹁なんで?なんのために?﹂
稜哉のゆがんだ表情にロランは困ったように肩をすくめる。
358
﹁その手紙に、何か書いてあるんじゃない?﹂
同じころ、ポーグラントから遠く離れたところにある城に5人の吸
血鬼が集まっていた。
薄暗いオレンジ色のシャンデリアが照らす部屋に、大きな縦長のテ
ーブルが1つ。
それを囲むように彼らは赤ワインの入ったグラスを片手に話をして
いる。
﹁本当に一人で平気なのか、リュカ﹂
穏やかな、でもどこかに強さを感じさせるような響きの声で、ゴッ
ド・グリーン・レストレンジ伯爵は言った。
﹁お前は戦闘には向いていない。事が大きくなれば︱︱失敗するぞ﹂
リュカと呼ばれた若い男は、赤い目で伯爵の澄んだブルーの瞳をま
っすぐ見据えて答えた。
ち
﹁相手は13歳の男の子一人。戦闘なんていう大げさなことにはな
りませんよ、伯爵。それに︱︱﹂
リュカは正面に座るヴァレリア・スペンサーをちらと見た。
から
﹁僕は誰かさんとは違って、争い好きではありませんから。僕の能
力なら、いざこざが起こる間もなく彼を連れてこられます。もちろ
ん、無傷で﹂
359
ヴァレリアのシャープな赤い目がリュカをにらんだ。
﹁最近、彼はどうしている?﹂
ブルーの瞳と、3つの赤い目が、紺のマントを羽織っている、20
歳くらいの男に集中した。
男は一口ワインを飲むと
ここ
﹁最近は3人のクラスメートとよく一緒です。隠れ里での生活にも
慣れてきたようです。ただ、少し精神が不安定になっています﹂
と言った。
﹁不安定?どういうことだ?﹂
﹁操者である自分に不安を感じています。今日は、ついに1日授業
を休みました。このままだと、登校拒否になる可能性も﹂
﹁かわいそうに⋮⋮﹂
突然、ハープのような声が小さく響いた。
視線が、今度はヴァレリアの隣の女の子に注がれる。
腰まである黒髪をくるくると巻いた彼女は、年頃は、まだ15,1
6歳のように見えた。
ちから
﹁自分の能力に怯えることほど、惨めなことは⋮⋮﹂
リューシャ・ヤグーディナはそうつぶやいて、血の気のない、青白
い自分の両手のひらを見た。
胸元で、ダイヤの形の真っ赤なネックレスがキラリと光る。
360
﹁そのとおりだ、リューシャ﹂
伯爵はうなづくと、椅子から立ち上がった。
その拍子に黒いマントがひらりとはためく。
﹁我々の計画に、稜哉は必要だ。彼を除いては計画は成し遂げられ
ない、というのが予言されている。リュカ、期待しているぞ﹂
リュカ・リヴァロルは
﹁任せてください﹂
と胸をはった。
361
第77話 伯爵の期待︵後書き︶
次回更新日:未定。書け次第、更新します
362
第78話 自分の能力を受け入れることが大切です
﹁どう、なんて書いてあるの?﹂
稜哉はロランに急かされ、封を切った。
若葉色の紙に、とてもきれいな文字が一糸乱れず並んでいる。
二人は一目見て、それがジョルジョ先生の直筆だと分かった。
﹃ご気分、いかがですか。Mr.アルベールから聞きました。君が
ちから
私の授業に出席することに不安を感じる気持ちは分かります。君だ
けでなく、特殊な能力をもって生まれた人は、誰でも1度はそうい
う気持ちになるのです。他者と自分を並列に見られないことに悩み、
コントロールできない自分の力に怯え、苦しみます。しかし、大切
なのは、そこで終わってはいけない、ということです。自身と他者
ちから
とは違って当然なのです。並列に見る必要はないのです。自身を否
定してはいけません。それは、単なる”逃げ”です。自分と能力を
受け入れることが大切です。このことを忘れないように。それから、
授業を休むことは認めません。ただし、君が私の授業を安心して受
けられるよう、これから週2回、水曜日と金曜日に1時間ほど個別
指導を行います。さっそく明日の金曜日、午後6時に生物室に来て
ください。もちろんオカリナを持って。私は、君がすばらしいオカ
リナ操者になると、信じています。﹄
﹁わあ、さっそく明日からだって。一体、何をやるんだろうね﹂
ロランの声はうきうきしていた。
ちから
稜哉も、少し元気が出てきていた。
特殊な能力を持って生まれた人は、誰でも1度はそうなる︱︱ジャ
スティンにも自分と同じ気持ちになったことはあったのだろうか、
363
とふと思った。
ちから
稜哉の中で、絶対に能力をコントロールしてやる、という決意の火
が燃え始めていた。
一方︱︱。
﹁あの自信過剰なリヴァロルはあたくし、好かないわ﹂
ベルベットのカーマイン色のロングドレスを着たヴァレリアは肩を
いからせて、薄暗い廊下を歩いていた。
肩からかかっている黒いレースがふわりふわりと彼女のあとから風
に乗ってついてくる。
ヴァレリア・ローテル・スペンサー。
ちから
ケージ使いの中でも”鏡の間”を使い、死者を呼び出すことのでき
・・
る能力を持ったスペンサー家の末裔である。
歳は20歳前後のようで、青白い肌はきめが細かく、しみ、しわの
一つもない。
小豆色の髪をつむじの高さにアップでまとめ、顔の横の髪は垂らし
ている。
扇型に広がる黒い襟元から、紅色のハートのチョーカーがときおり、
廊下のろうそくの光を反射して赤い光を放つ。
とても気が強そうではあるが、魅力的な女吸血鬼だった。
﹁あの得点稼ぎのリヴァロルめ﹂
﹁スペンサーさんには、敵が多いのですね﹂
ヴァレリアの隣を一緒に歩いていたリューシャが言った。
364
ヴァレリアのドレスとは違い、リューシャのドレスには、大きな襟
も、フリルもついていない。
紫色のロングドレスに、肩から黒のショールをかけているだけだっ
た。
﹁前は、”先生”のことも嫌いと言ってらしたわ。﹂
リューシャの言葉に、ヴァレリアは鼻で笑った。
﹁伯爵に気に入られようとする奴らはみんな嫌い。伯爵のことを一
番お慕いしているのは、あたくしよ。伯爵だって、それをご存知の
はずだわ。なのに、どうして今度もあたくしにやらせてくださらな
いのかしら﹂
﹁相手に気持ちを伝えることは、難しいことですね﹂
リューシャがしみじみと言った。
﹁私も、どうしていつも気持ちを伝えられないのか⋮⋮﹂
﹁あら、あんたも伯爵のことを?今まで一度もそんな風には見えな
かったけれど﹂
ヴァレリアが鋭く切り込んだ。
リューシャはあわてて手を振り、違います、と答えた。
﹁私が言っているのは、シモーネのことです。あんなことになっち
ゃって⋮⋮﹂
二人は玄関ポーチから、外に出た。
一面を真っ白い雪で覆われた道に馬車が一台止まっている。
ヴァレリアが近づくと黒い帽子をかぶった男がすかさず、扉を開け
365
た。
﹁あんたも乗っていく?﹂
馬車に乗り込んだヴァレリアはリューシャに言った。
﹁いえ、私はまだここに残ります。”先生”ともう少しお話を⋮⋮﹂
雪の中に溶け込んでしまいそうな声だった。
﹁そう。じゃ、また。”先生”に伝わるといいわね﹂
ヴァレリアの”先生”の響きには”先生”への皮肉がこもっていた
が、リューシャは気づかず、頬をポッとピンクに染める。
﹁ええ、頑張ります。スペンサーさんも、お気をつけてお帰りくだ
さい﹂
白い道に、黒い2本の平行線を描きながら、馬車はゆっくりとリュ
ーシャの前から消えていった。
366
第78話 自分の能力を受け入れることが大切です︵後書き︶
次回更新日:やっぱり未定です。
ツイッターでお世話になっている皆さんへ
母と共通でseiya−yozukiのユーザーネームを使用する
ことになりました。
なので”隠れ里更新”以外のツイートは母のツイートになります︵
主にペン習字関係ツイート︶
私がツイートするときには本文に︻夜月︼と書き込むようにします。
みなさん、誤解のなさらないよう、ご注意ください。
これからもよろしくお願いします。
367
第79話 "ショパン"とともに
次の日の6時に、稜哉はジョルジョ先生との約束どおり、生物室へ
行った。
片手にオカリナを握り締めて。
﹁失礼します﹂
教室は、真っ暗だった。
廊下からの光が、今開けたばかりのドアから射し込んで、うっすら
と手前の椅子や机が見えるだけ。
稜哉はドアを開けたままにして教室に入った。
﹁先生?ジョルジョ先生?﹂
つまづかないように、一歩ずつ奥へと進んでいく。
カサカサという音がしているのは、きっとコウモリが羽を動かして
いるからだろう。
生物室では5匹ほどのコウモリが放し飼いにされている。
夜行性のコウモリにとって部屋が暗い今は、活動時間に違いない。
ほとんど暗闇の教室で椅子やら机に時折ぶつかりながら、なんとか
準備室までたどり着くことができた。
﹁先生?ジョルジョ先生。僕です﹂
ノックと一緒に3回くらい呼びかけた後、パッとドアが開いた。
368
﹁おお、Mr.レストレンジ。よく来ましたね﹂
片手にランプを持ったジョルジョ先生はとても愛想よく稜哉を迎え
てくれた。
﹁先生、あの、電気をつけても?﹂
﹁もちろんです。ちょっと待っていてくださいよ﹂
一瞬、稜哉の前で突風が起こったかと思うと、次の瞬間パチっと音
がして、目が痛くなるほどの白い明かりが目に飛び込んできた。
急に明るくなったせいで柱にぶら下がっていたコウモリは、一斉に
ギャーギャーわめいた後、ばたばたとあわただしく先生の用意して
いた”巣”へ戻っていく。
ジョルジョ先生は入り口のところに立っていた。
いつの間にか、コウモリが1匹入ったカゴも持って。
もちろん、壁のスイッチを押したのだろうけど︱︱1つ引っかかる。
︵先生は、瞬間移動した?︶
﹁それでは行きましょうか﹂
声をかけられて初めて我に返った稜哉は、急いで﹁はい﹂と答える。
﹁あ、でもどこへ?﹂
﹁演習場です。オカリナを持ってきてくださいよ。”ショパン”に
も来てもらわなくては﹂
﹁ショパン?﹂
先生はそれには答えずに、ポケットから抹茶色のオカリナを出すと
369
キーンと澄み渡るような高い一音を奏でた。
そして、間もなく”ショパン”は飛んできた。
﹁あの、”ショパン”はそのコウモリのことですか?﹂
﹁そうですよ。君の特訓にはこの子が必要なんです﹂
”ショパン”は一匹の丸っこくて小さなコウモリだった。
ねずみ色がかった毛、こげ茶色の毛、そしてつやつやの黒い毛が混
ざり合って体中を覆っている。
大きさは手のひらの半分くらいの小さなコウモリだった。
指の第一関節くらいの長さしかない手足で上手に体を支えて先生の
肩にとまっている姿はなんとなく可愛らしい。
﹁どうして”ショパン”なのですか?﹂
先生は普段の厳しい表情をニッコリとほころばせて答えた。
﹁ショパンの曲が大好きなんですよ、この子は。さあ、行きましょ
う﹂
370
第79話 "ショパン"とともに︵後書き︶
みなさま。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
夜月の今年のミッションは
1. 隠れ里を3月までかけるとこまで書く
2. 受験勉強に全力を注ぐ
3. 受験に受かる
です!
371
第80話 "お稲さん"との出会い
先生と稜哉は並んで雪の積もった道を歩いた。
息を吐き出すたびに白い雲が一瞬できてはたちまち消えていく。
先生の肩に乗っかっている”ショパン”は小さな体をさらに小さく
丸めてうずくまっていた。
﹁先生、昨日はすみませんでした﹂
校門を出てから少しして、歩くたびに足首くらいまで雪で埋まって
いく様子を見ながら謝った。
言葉は、外に出て行くたびに、雪にすい込まれていく。
﹁あの、僕、頑張ります﹂
﹁君は心をコントロールできていないだけなのですよ﹂
穏やかな声で、ジョルジョ先生は話した。
﹁コントロールするとは、どういうことなのでしょう﹂
雪に足をとられそうになりながら、稜哉は一歩一歩、歩を進めてい
く。
先生はまっすぐ前を見たまま答えた。
﹁君は感情的になりやすい人なのです。勢いはよくても、後先を考
えないうちに行動することが多いのではないですか﹂
微笑みかけられて思わず目線を下げた。
372
﹁コントロールするとはつまり︱︱より思慮深くなるということで
しょうか。何かを操るときにはどんなに心が乱れていても思い通り
に操らなければいけないのです﹂
稜哉は先生が片手に持っているかごの中のコウモリに目を向けた。
”ショパン”と同じようなコウモリだった。
ただ毛は稲穂のような黄金色だったけれど。
ちょうどかごの角のところで顔を隠してうずくまっている。
﹁この子は君の相方ですよ。名前を考えておいてくださいね﹂
﹁名前を?﹂
﹁メス、ですよ﹂
先生の黒い瞳が、優しく笑った。
学校を出てから20分ほど歩いただろうか。
﹁先生、ここは⋮⋮?﹂
2人と二匹はだだっ広い空き地に着いた。
﹁第1演習場、ですよ。これからここで練習をするんです﹂
柵に囲まれた、何もない、ただ広いだけの演習場。
﹁名前は決めましたか?﹂
373
先生は、かごを手渡しながら聞いた。
﹁あ、はい。あの”お稲さん”にしようかと﹂
まるで江戸時代の女性の名前みたいだと自分でも思った。
ジョルジョ先生は不思議そうに、納得いかないような顔をする。
﹁あの、毛の色が稲みたいな色なので、それで”お稲さん”です﹂
理解したのかは分からないが、フムフムとうなづいたのを見て、稜
哉はほっとした。
﹁それじゃ、さっそく始めますよ。はい、この楽譜を﹂
それは10ページほどの楽譜だった。
﹁これは?﹂
﹁パッヘルベルのカノンです。これから君にこれを吹いてもらって
感情をコントロールするコツを身につけてもらいます﹂
そこには、用紙いっぱいにたくさんの音符が連なっている。
あの、﹃オカリナ運指BOOK﹄に載っていたものよりもずっと長
くて本格的な楽譜だと感じた。
わたくし
﹁私と”ショパン”とで君と”お稲さん”を乱す音波を出します。
君は心をコントロールしつつ、”お稲さん”を寝かせてあげればよ
いのです。君の心を上手に音にのせられれば”お稲さん”は穏やか
に眠るでしょう。コントロールできなければ⋮⋮そのときはそのと
き。いいですか、心を落ち着かせることが大切ですよ﹂
374
稜哉はかごの中を見つめた。
”お稲さん”はこれから起ころうとしていることを感じ取ったのか、
モコモコとかごの中を動き始めていた。
375
第81話 剣の舞V.Sカノン ∼消されるメロディー、破壊する音楽∼
始めてからすぐ、稜哉は心をコントロールすることがいかに大変か
を思い知らされた。
自分の奏でる、ゆったりとしたカノンは幾度となく先生のオカリナ
・・
から奏でられる剣の舞によってかき消された。
また音がかき消されるだけでなく、何かが稜哉の心を赤く塗りつぶ
していく。
そのせいで安定したカノンすら吹けないのだ。
”お稲さん”もギャーギャーわめき続け、かごの中を暴れまわる。
先生のオカリナから発せられる音波と”ショパン”の発する超音波
とが雑ざりあい、絡み合って、稜哉という一人の人間と、一匹のコ
ウモリを内側から破壊しているのだった。
稜哉にはもう、何がなんだか分からなかった。
ただ寒さに凍え、かじかむ指を必死に動かし、自分でも自覚のでき
ないテンポで音を送った。
しかし、相変わらず”お稲さん”はわめき続けたし、先生の激しい
メロディーも止まることはなかった。
しばらくして︱︱少なくとも1時間ほど経ったような気がした︱︱
誰かに肩を叩かれた。
ある意味で夢中になっていた稜哉は3回くらい強く肩を叩かれたと
き、ふっと気がついた。
いつの間にか剣の舞は止んでいて、傍らには先生が立っていた。
﹁少し、休みましょう﹂
すでに心も頭も体もぼろぼろだったので、稜哉はすぐにうなづいた。
﹁どこまで僕は吹いていましたか?﹂
376
﹁1曲全部。ちょうど1回吹き終わったのですよ。自分が吹き終わ
ったことにも気付いていなかったのですか?﹂
稜哉はうつむいた。
自分の音に責任をもてないことが、なんだか情けなかった。
今、どんな顔をしているかと思うと、恥ずかしくてとても先生と顔
をあわせる気にはなれなかった。
﹁誰だって、そんなにすぐにできるものではありませんよ﹂
先生は優しく肩をポンポンと叩いた。
わたくし
﹁今の剣の舞で、気を失わなかっただけでもすごいことです。私が
初めてこの訓練をしたときには、鼻血をだして倒れたのですよ﹂
稜哉は驚いてジョルジョ先生を見た。
昔を懐かしむような表情で、先生は続きを話してくれた。
﹁私がこの訓練を始めたのは、稜哉君よりもずっと歳が上のときで
した。操者の才能があるわけでもなくて、ましてや一家がその血筋
を引いているわけでもない。そんな平凡な私が操者になるなんて、
まず不可能だと、当時周りから言われたものです。でも、どんなに
周りから言われても、あきらめたくなくて、自分ひとりでとにかく
がむしゃらに練習をしたんです﹂
さっきまで止んでいた雪は、いつの間にかまた降り始めている。
”ショパン”がポッと先生の方から飛び降りて、”お稲さん”が中
で丸まっているかごへと近づいていった。
しかし、”お稲さん”は全く気付かない様子で小さく丸まってじっ
と動かない。
377
わたくし
﹁それから1年くらいして、いつまでたってもあきらめようとしな
い私に一人目をかけてくれる先生が現れました。﹃そんなに操者に
なりたいか﹄と聞かれて、迷わずに﹃はい﹄と答えました。﹃普通
の30倍の努力と覚悟と、根性が必要だ﹄とも。それでもやりたか
ったんです。それから厳しい訓練を積んで、なんとかここまでにな
りました﹂
﹁先生は、操者になったんですね﹂
ジョルジョ先生は、なぜか残念そうに微笑んだ。
﹁私はショパンがいなければ操れません。操者ではなく、蝙蝠傀儡
術を使える、一人の術者にすぎないのです。﹂
﹁あの、蝙蝠傀儡術と何が違うのですか﹂
﹁蝙蝠傀儡術とは動物を介して人を操ること。つまり、動物がいな
ければ人の心には入り込めないのです。真の操者は動物を介さずと
も心の中に入り込めるのです﹂
﹁心の中に、入り込む⋮⋮﹂
先生は頷いた。
﹁稜哉君はオカリナさえあれば、操れます。練習すれば、できるよ
うになります。操者の才能も血筋も一番色濃く受け継いでいるので
すから。それでもやらないであきらめてしまうのは、もったいない
とは思いませんか?﹂
”お稲さん”はモコモコと動き始めていた。
”ショパン”はなんとか興味をひきつけたいのか、かごの周りで飛
んだりはねたりしている。
378
わたくし
﹁私が必ずそこまでに育てます。ついて、来ますか?﹂
稜哉は自分の手のひらに納まっているオカリナを見た。
そしてこれを買ったときのことをぼんやりと思い出していた。
やれる。
やるしか、ない。
強くオカリナを握り締め、先生と顔を、目と目を合わせた。
雪は、また降り止んでいた。
379
с
саб
第81話 剣の舞V.Sカノン ∼消されるメロディー、破壊する音楽∼︵後書
∼おまけ∼
︻楽曲紹介︼
・﹃剣の舞﹄︵つるぎのまい、ロシア語:Танец
лями︶
1942年に作曲されたアラム・ハチャトゥリアンのバレエ﹃ガイ
ーヌ﹄の最終幕で用いられる楽曲である。
この楽曲は、クルド人が剣を持って踊る戦いの踊りを表している。
・﹃カノン﹄ ヨハン・パッヘルベルのカノンは、ドイツの作曲家ヨハン・パッヘ
ルベルがバロック時代中頃の1680年付近に作曲したカノン様式
の作品である。
ニ長調﹂
f
Con
D−Dur
Basso
in
und
Gigue
﹁3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ
und
Violinen
Kanon
drei
︵独:
?r
tinuo︶の第1曲。
この曲は、パッヘルベルのカノンの名で広く親しまれており、パッ
ヘルベルの作品のなかで最も有名な、そして一般に知られている唯
一の作品である。
しばしば、クラシック音楽の入門曲として取り上げられる。
380
また、ポピュラー音楽において引用されることも多い。
卒業式や結婚披露宴のBGMとされることもある。
以上、FROMウィキペディア でした
前回の80話では更新日に過去最高PVアクセス数
1,588アクセス
をいただきました。
ありがとうございます!!
突然のことだったのでとても驚きでした
Room
と
こうして書いたものを誰かに読んでもらえるというのはとても幸せ
Private
なことだなとあらためて感じます。
本当にありがとう。
それとお知らせです。
FC2ブログにYozuki's
いうブログを立ち上げました。
理由は、夜月の生存情報、みたいな事でw
4月以降、このサイトには一歩も足を踏み入れないことにしました。
ここに来ちゃうと更新したくなってしまうのです!!
それで受験モードに自分を没頭させるためそうしました。
ただ、もしかしたら読者の方の中に﹁そういえば夜月って人、生き
てるのかな﹂とかいうことを思ってくださる方がいるかもな、と思
いそんなときように、と考えて立ち上げました。
もしお時間ありましたら一度遊びにいらしてください♪
内容は当分の間は受験日誌、みたいなものになると思うのですが︵汗
http://smile4yourself.blog9.fc
2.com/
381
お待ちしてますw
382
第82話 剣の舞V.Sカノン ∼眠れるかごのお稲さん∼
それから、30回ほど演奏しただろうか。
息を吹き込み続けていたせいで体は疲れ、妙に重くなっていたが初
めと比べると少し上達してきていた。
まず、お稲さんが激しく騒がなくなったのだ。
バタバタとかごの中で暴れはするものの、あの耳を劈くような聞き
苦しい鳴き声はやめていた。
また稜哉自身もなんとか自分を保っていられるようになったし、少
し曲を味わって吹く余裕もできていた。
少しだけお稲さんの心と自分の心が混ざり合ったような気のする瞬
間もあった。
﹁それでは、次で今日は最後にしますよ﹂
ジョルジョ先生が構えたのを見て、稜哉もオカリナを口元へ運ぶ。
﹁相手の心の中に、自分が入り込むイメージです﹂
﹁はい﹂
先生のオカリナから、高い音が小刻みに鳴り始めた。
すぐに稜哉もゆったりとしたやわらかい音を送り出す。
二つのメロディーは決して美しくは混ざり合わない。
平行なレールの上を、ずっと流れていくようだ。
稜哉は全身全霊を自分の奏でる音に傾けた。
一音たりとも音をはずすまい、と集中力を研ぎ澄ました。
カノンはメゾピアノからメゾフォルテになっていき、だんだんフレ
ーズもつけられていくせいで、立体感のある音楽に仕上がっていく。
もう、稜哉の心には、先生の激しい剣の舞は届いていなかった。
383
音のかけらさえ、耳には入っていない。
自分のメロディーに酔いしいれていたのだ。
まるで、誰かの演奏を聴いているみたいに。
カノンは、いまやフォルテになって盛り上がりを見せている。
それを聴いているうちに、稜哉はだんだんと自分の心が洗われて、
きれいになっていくのを感じた。
お稲さんとの2人だけの、穏やかな世界を感じた。
目と目が合ったとき、稜哉は心の中で言った。
︵さあ、眠るんだ⋮⋮静かに⋮⋮安らかに⋮⋮︶
お稲さんはかごの隅にぶら下がるとゆっくりと丸くなって動かなく
なった。
カノンのメロディーが止んだのは、その少し後である。
﹁先生!僕⋮⋮﹂
お稲さんはかごの中で静かに眠っていた。
﹁すばらしい!!よくたったの3時間ちょっとでここまで!﹂
ジョルジョ先生は驚きと喜びで声が震えた。
﹁ついに君は習得した!それに、ちゃんと思い通りに操っている!﹂
ショパンはまじまじと眠っているお稲さんを見ている。
384
﹁やはり君は才能あるものだ。いまのカノンだって、すばらしい演
奏だ。とても学生が吹く演奏とは思えない!まるでプロの演奏だ﹂
稜哉はもう、飛び上がりたいほどだった。
何よりももう、自分に怯えずにすむことが嬉しかった。
﹁先生、僕、心がつながったような、あの、まるで別世界に自分と
お稲さんがいたようなきがして、剣の舞も聞こえなかったし、自分
が吹いていないみたいな⋮⋮﹂
先生は微笑みながら、静かにうなずいた。
﹁自分の心をコントロールするということは、自分の心を客観的に
見つめることです。決して主観的になってはいけないのです。今の
感覚を忘れないように﹂
﹁はい!﹂
﹁さあ、もう帰りましょう。あたりが真っ暗です﹂
いつの間にか、空は暗いベールに包まれていた。
ぐっすりと眠るお稲さんを起こさないようにかごを抱え、稜哉は先
を歩くジョルジョ先生についていく。
さらにその二人の後ろをショパンはひらひらと追いかけた。
385
第82話 剣の舞V.Sカノン ∼眠れるかごのお稲さん∼︵後書き︶
おまけ
音楽用語が今日は出てきてしまいました︵汗
ので一応解説を⋮⋮
・メゾピアノ
意味は﹁やや弱く演奏しましょう﹂です。
強弱を表す記号です。
・メゾフォルテ
意味は﹁やや強く演奏しましょう﹂です。
強弱を表す記号です。
・フォルテ
意味は﹁強く演奏しましょう﹂です。
強弱を表す記号です。
3つを順に並べると
メッゾピアノ<メッゾフォルテ<フォルテ となります
・フレーズ
いくつかの音符から成る階層的なまとまりをあらわす単位のひとつ。
フレーズは楽譜に明示されないため、どこからどこまでをひとつの
フレーズとして演奏するかは演奏者に任されることも多い。 386
第83話 ショパンがショパンで踊るとき︵前書き︶
今回は、正直、いつもより長いです︵汗
387
第83話 ショパンがショパンで踊るとき
月曜日の生物の授業では、稜哉は本当に絶好調だった。
こんなに臆することなく授業を受けたのは何ヶ月ぶりだろうか、と
思った。
すでにクラスメートたちはコウモリをそれぞれ持っていて、ロラン
のコウモリ”ティアラ”は毛の色が灰色と白が混ざったメスコウモ
リだった。
﹁どうしてよりによってお稲さんなの?﹂
稜哉が自分のコウモリに向かって小声で呼びかけているときにロラ
ンが話しかけた。
マスター
﹁なんか、ほかに思いつかなくて⋮⋮﹂
﹁知ってる?コウモリって一度飼い主に名前を決められて呼ばれた
ら、もうその名前でしか反応してくれないんだよ﹂
﹁それって、改名できないってこと?﹂
二十歳になってもこのコウモリを”お稲さん”と呼んでいる自分の
姿を想像し、少し自分が恥ずかしくなった。
どうしてもっと洒落たネームを付けなかったのだろうか、といまさ
らながら後悔した。
﹁おはようございます、皆さん﹂
ジョルジョ先生が白衣をはためかせながら、教壇の前に立つ。
ざわめき立っていた教室が一瞬にして静寂に包まれる。
先生はぐるりと教室を見渡して生徒の様子を観察していた。
388
視線が教室のはじに座る稜哉まで来たとき、目が微笑んだような気
が、稜哉はした。
﹁今日から本格的に蝙蝠傀儡術の練習に入ります。その第1歩とし
て、今日は曲の練習をしてもらいます。具体的に課題を言いますと、
半年後の7月には個人のコウモリを皆さんに操ってもらい、コウモ
リにダンスをさせてもらおうと思っています﹂
さっきまで静かだったのが、またざわつき始めた。
みんなが互いに顔を見合わせ﹁何を言っているんだ﹂とばかり文句
やら不平を言っているように見える。
赤毛の女の子︱︱サラ・ホープキン︱︱がすっと手を挙げた。
﹁どうぞMs.ホープキン﹂
﹁私たちに、先生がやっているのを見せていただけませんか﹂
先生はあの普段の厳しい表情とはかけ離れた、優しい笑いを返すと、
白衣のポケットからオカリナをだして、稜哉は金曜日に聞いたあの
キーンとした音を吹いた。
ショパンがひらひらと飛んできて、前と同じように肩にとまった。
クラスメートたちは何が起こるのかとばかり、息を詰めてショパン
と先生を見つめる。
ポーン
静けさの中に1つの鋭い低音が放り出された。
と、感じた次の瞬間、激しくて、ものすごい数の音の羅列が先生の
オカリナから流れ出した。
まるで夢の中のような、そんな空想的なメロディーとして。
389
﹁幻想即興曲⋮⋮﹂
誰かがつぶやいた。
ショパンはまるで狂ったように激しく羽ばたいていた。
パタパタとせわしなく羽を動かし、くるくると飛んでいる。
﹁ねぇ、あのコウモリ、おかしくなったんじゃないよね⋮⋮?﹂
ロランが小声でささやいた。
稜哉も初めはそう思った。
でも、よく見ると、いや、曲が進むにつれて、そうではないと直感
した。
﹁いや、違う。踊っているんだよ﹂
曲のリズムにあわせ、ショパンは踊っていた。
今はゆったりとした旋律にあわせ、優雅に教室という空間を泳ぎ、
ふわふわと優しく舞っている。
﹃ショパンの曲が、この子は好きなのですよ﹄
あの言葉の意味が分かったような気がした。
もう、目の前で生き生きと踊るコウモリはこの曲を楽しんでいると
しか思えなかった。
全く、見苦しくない舞でなんだか温かい気持ちになれた。
くるりくるりくるりとショパンが軽く三回転した時には、教室から
驚きの声が上がった。
390
ショパンは5分10秒の幻想即興曲をあっという間に踊り終えた。
1秒たりとも生徒︵観客︶に飽きさせることなく。
そして、先生の息遣いも全く乱れずに。
メロディーが鳴り止んだとき、割れるような拍手が響き渡った。
さっきまでの不満や不安はどこへいったのやら、みんなは期待に胸
をおどらせ、憧れと尊敬のまなざしでジョルジョ先生を見ている。
稜哉も、文字通り感動していた。
先生は両手で拍手を受け止めると、口を開いた。
﹁いいですか。今のショパンの踊りは、彼が勝手に踊ったわけでは
ありません。全て私、演奏者の思い通りに動いたのです。皆さんが
この課題をやる目的は2つ。1つは音楽の性質を理解すること。も
う1つはその理解したことをコウモリを通して観客に伝え、観客の
心を操ること、そして同時にコウモリも操ること。Mr.パルヒエ
ラ、今の踊りと曲を聴いていてどうでしたか?﹂
黒ぶちの丸めがねをかけた、少し太った男の子︱︱イェリ・パルヒ
エラ︱︱は急に当てられて緊張したのか、少しどもりながら答えた。
﹁あ、あの、なんか神秘的な感じでした。つかみ所が、ないって言
うか、その、妙に暖かいというか、幸せというか。あ、あの場の雰
囲気が高級な感じでした﹂
ほかの生徒も同じだったというような表情を見て先生は満足そうに
うなずいた。
﹁そうでしょう。それは私の思い描く幻想即興曲をオカリナのメロ
ディーにのせ、コウモリと言う1匹の動物に伝え、それを今度はこ
のコウモリが超音波と言う波に変換して皆さんに感じさせたのです。
391
大丈夫ですか、話についてきていますか?﹂
100%かどうかは別として、みんな、何かとてつもなく難しいこ
とをやるんだなと言うことは分かった。
ロランはうなづきながら必死にノートをとっている。
﹁今、皆さんが感じたこの曲のイメージはそっくりそのまま私のイ
メージです。つまり私は皆さんの感覚をコウモリを介して操ったこ
とになります。これが蝙蝠傀儡術といい、非常に困難かつ微妙な技
です。だから半年間、じっくりと行います。しっかりと練習さえす
れば、半年後に八年生になるころには蝙蝠傀儡術習得への大きな1
歩を踏み出したことになるでしょう。さあ、好きな音楽を選んで練
習なさい!何十曲、いや何百曲と吹いて自分と自分のコウモリにあ
った曲を選ぶのです。楽譜はここの教壇においておきます。またこ
こにないものも、私に言ってくれればすぐに用意できます。中には
組曲もあるので誰かとチームを組んで演奏してもかまいませんよ。
いい加減に選ぶのだけはやめてくださいね。始め!﹂
皆、一斉に椅子から立ち上がった。
392
第83話 ショパンがショパンで踊るとき︵後書き︶
おまけ ︻楽曲紹介︼
・幻想即興曲︵げんそうそっきょうきょく、Fantaisie−
Impromptu︶
作品番号66は、ポーランドの作曲家フレデリック・ショパンが1
834年に作曲したピアノ曲である。
ショパンが作曲した4曲の即興曲のうち、最後に出版されたもの。
数あるピアノ曲の中で、最もよく知られる作品のひとつ。
現在の版はショパンの死後友人のユリアン・フォンタナが改稿し発
表したもので、﹁幻想﹂の題も彼によって付けられた。
主部では、左手は1拍が6等分、右手は1拍が8等分されたリズム
となっている。
この場合、本来1拍を︵6と8の最小公倍数である︶24で分割し
てリズムを取らなければならないが、要求されたテンポでは24分
割でリズムを取らずに演奏しても自然なリズムに聞こえる。
fromウィキペディア、でした
393
第84話 グスターヴ・ホルストの無言歌︵前書き︶
今回も長くなってしまいました⋮⋮
394
第84話 グスターヴ・ホルストの無言歌
教壇の周りで押し合いへしあいしながら、稜哉とロランはやっとの
ことで1冊の楽譜集をつかんで席へ戻ってきた。
﹁うわぁー、これ組曲だよ。それになんか分厚いし﹂
膨れっ面をしてロランはあちこちページが折れたり端が千切れたり
しているその楽譜集を眺めていた。
﹁選びなおしてくる?﹂
正直、あの混雑の中に戻るのはごめんだと思っていた稜哉は、ロラ
ンが否定してくれたので少しほっとした。
﹁とりあえず、吹いてみようか。せっかく持ってきたのだし﹂
楽譜集は”木星”で有名なグスターヴ・ホルストが作曲した”吹奏
楽のための第2組曲”だった。
1曲目の”行進曲”から始まり、”無言歌” ”鍛冶屋の歌” ”
﹁ダーガソン﹂による幻想曲”で終わりとなる。
吹奏楽のための、とはいえ、もちろんオカリナ用に編曲済みだった。
﹁あ、これ、オカリナの種類別に分かれている。ほら、ボクはピッ
コロC管だからこれで⋮⋮稜クンは何管だっけ?﹂
﹁あるとC管。たぶん、これ﹂
﹁あら、もう選んだの?﹂
2人がパート分けをしているところへリリーとジャスティンがやっ
395
てきた。
リリーの髪がところどころ乱れている様子からして、きっとあの集
団のなかでかなりもみあったのだろう。
ただ何も手に持っていないので、あまり気に入った曲は見つからな
かったようだ。
﹁稜クンとこれを吹いてみようとしてて。そうだ、4人で吹こうよ。
少しは原曲に近づけるんじゃない?﹂
ロランから手渡された楽譜を一目見て、ジャスティンが嬉しそうな
声を出した。
﹁これ、ホルストの”第2組曲”じゃない?﹂
﹁知っているの?﹂
稜哉は意外に思った。
わりと有名なのかと、あらためて古ぼけた楽譜を見る。
﹁CDを持っているの。これ、初見で吹くには少し難しいよ。まあ
あえてやってみるなら無言歌かな。曲調がゆっくりだから吹きやす
いとは思うの﹂
3人はジャスティンのアドバイスにしたがって、それぞれの無言歌
の楽譜を机に並べ、その周囲を囲むようにして立った。
リリーのオカリナはバスC管、ジャスティンのはソプラノF管だっ
たので、かろうじて低音、中音、高音がそろった感じだった。
﹁じゃあいくよ﹂
ジャスティンが4回ステップを鳴らしたのを合図に、それぞれがそ
396
れぞれの音を出し始めた。
”無言歌”は暗めの曲、らしかった。
四分音符が合いの手のように交互に入り込んでから、やがてロラン
のたどたどしい音と、はっきりと支えのあるジャスティンの音が、
メロディーとして始まる。
リリーは低音を自信なさげになんとか吹き︵初見だから当然だが︶
稜哉はメロディーラインともベースともいえない、どっちつかずの
音符を並べていった。
︵暗い⋮⋮鬱な曲⋮⋮︶
そんなふうに思いながら、1音1音、音をおいていく。
2回目のリターン記号を飛び越し、4人とも、最後のフェルマータ
をなんとかハーモニーにして、吹き終えた。
﹁なんだか、銀色の満月が似合いそうな⋮⋮でも、あたしこの曲好
きかもしれない。これにしようかな﹂
リリーがしげしげと楽譜を見ている横でジャスティンは
﹁これ、一人1曲をダンスの課題曲にして、4人で組曲にしない?﹂
と提案した。
﹁でも、ボク、ちょっとこういう暗いのはなぁ﹂
少し不満気に、ロランがぼやいた。
稜哉にとっても好き好んで吹きたいと、あまりそそられる曲ではな
かった。
あの爆発的なエネルギーにあふれているリリーがなぜこの曲を選ん
だのか、むしろ不思議なくらいだった。
そんな2人の空気を感じたのか、ジャスティンは誤解を解くような
397
調子で話した。
﹁今日、授業が全部終わったら、2人とも私たちの部屋に来ない?﹂
﹁今日?﹂
﹁うん、この組曲、全部が暗めというわけじゃないのよ。行進曲は
にぎやかな曲だし、ダーガソンはとてもノリのよい曲なの。これ、
4人用に編曲しなおして、組曲として一気に演奏したら、すばらし
くなるわ。これを選ばないなんて、もったいないと思うの﹂
熱っぽく語るジャスティンと、その傍らで”無言歌”をひたすら眺
めているリリー。
今、この2人を前にして﹁いやです﹂とは、とても言える雰囲気で
はなかった。
その日の最後の授業︱︱礼儀作法︱︱の授業を終えた4人は、ジャ
スティンとリリーの住んでいる部屋にいた。
﹁じゃあさっそくかけるわ﹂
ピンク色の小さなデッキを囲んで、どんな演奏なのかと期待感で音
を待つ。
組曲の1曲目︱︱行進曲︱︱はリズミカルなチューバのメロディー
と、それを追うようにしてクラリネットが流れ出して、始まった。
まるで、テニスボールが跳ねていくような調子の曲だと、稜哉は思
った。
少し曲が進むと、今度は豊かなユーフォニウムの主旋律が続く。
ユーフォニウムと、チューバと、トロンボーンだけのメロディーラ
398
イン。
さっきまでクラリネットやらフルートやら、パーカッションやらと
いろいろな音があったのに、ここのメロディーは4種類の、それも
似たような音色で美しく、優しかった。
今や、小さな小部屋は1つの音楽ホールと化している。
そして、その空間を共有している4人は今、きっと幸せな、うきう
きした気分だろうと、稜哉は思った。
3人とも、ニコニコしているし、自分の顔だって、今鏡でみたら、
同じように違いない。
4人が4人とも、全く同じ感情だとまでは思わないが、それでも”
楽しい”や”幸せ”といった”プラスの感情”を持っている。
たった1曲の音楽を聴くだけで。
音楽にはもともと人の気持ちをコントロールさせる、何かの作用が
あるのかもしれない。
操ろうなんて思わなくても、曲を聴くだけですでに聴き手は操られ
ているのかもしれない。
行進曲はまたたくさんの楽器がにぎやかに加わって、聞き手のテン
ションをしっかりあげて終わった。
5秒ほど、無音な状態をつくってから2曲目の、あの”無言歌”が
始まる。
けれども、午前中に自分たちが吹いてみた”あの無言歌”とは違っ
ている、と稜哉は思った。
もちろん、プロの演奏で、オカリナの音など1音もないから同じは
ずはないのだけれど、そういう”違う”ではない。
”違う”のは曲に対して思う気持ちだった。
さっきはただ陰鬱で悲しくて、切なくて、聞いていると気分まで沈
んでくる、そんな曲にしか思えなかったのに、今は︵相変わらず明
るい曲だとは思えなかったが⋮⋮︶落ち着くような気持ちが強かっ
399
た。
フルートの儚げな音と、根から支えてくれるようなチューバの太い
低音のコントラストが、そんなムードをかもし出しているのだろう。
行進曲を聴いて、高ぶった心をやんわりと包んでくれる、そんな曲
だった。
いつの間にか、稜哉は無言歌を好きになっていた。
400
von
Holst︶
Holst/Gusta
第84話 グスターヴ・ホルストの無言歌︵後書き︶
おまけ
︻楽曲紹介︼
Theodore
・グスターヴ・ホルスト︵Gustav
vus
Planets︶である
イギリスを代表する作曲家の一人である。最も知られた作品は、管
弦楽のために書かれた﹃惑星﹄︵The
が、全般的に合唱のための曲を多く遺している。またイングランド
︶
Suite
for
各地の民謡や東洋的な題材を用いた作品、吹奏楽曲でも知られる。
band
・吹奏楽のための第2組曲﹄︵Second
military
︵March
︶
イギリスの民謡の主題を用いた4楽章の組曲で、1911年の作で
ある。
1.行進曲
﹁スワン
︶
﹁クラウデ
︶、
︶、
Dance
Town
︶
words
Banks
﹂︵Swansea
﹁モリス・ダンス﹂︵Morris
シー・タウン
ィー・バンクス﹂︵Claudy
Love
without
my
︵Song
Love
2.無言歌
I'll
401
︶
3.鍛冶屋の歌
h
︵Song
︶
the
on
”D
blacksmit
︵Fantasy
of
4.﹁ダーガソン﹂による幻想曲
argason”
この、第2組曲に用いられた民謡の幾つかはまた、作曲者自身の手
によって合唱のための編曲もなされている。
以上、FROMウィキペディアでした。
402
第85話 無理です⋮⋮あきらめるのはまだ早い
残りの2曲、鍛冶屋の歌とダーガソンによる幻想曲もとてもすばら
しい曲だった。
鍛冶屋の歌は力強く、壮大なメロディーに引き込まれ、まるで自分
が鍛冶屋にいるような気がしたし、ダーガソンによる幻想曲はとて
も愉快な気持ちがする曲だった。
﹁これ、良い組曲だね﹂
ロランがニコニコして言った。
﹁でも⋮⋮﹂
﹁どうやって4人用に編曲するか、よね。しかもオカリナときたら
かなり曲調が変わってくるわ﹂
リリーは気難しそうにため息を漏らす。
生物室で手に取った楽譜は24パートに分かれていた。
たったの4パートで吹くとなると、どこまで曲調をキープできるか
が重要になってくる。
﹁私、ジョルジョ先生に相談してみるわ。なにか、方法があるはず﹂
﹁でもジャスティン、楽器数を1/6にするんだよ。一人6パート
並行しないといけないようなものだよ。この曲は⋮⋮僕らには無理
じゃない?﹂
仮に吹けたとしても、この組曲の豊かな曲調は出せないだろうと、
稜哉はあきらめていた。
ただ、ジャスティンは違った。
403
それは、半ば突き放すような言い方だった。
﹁まだ、相談してもないのにあきらめるっていうの?そう、じゃあ
ほかの曲にしたら。でも私はなんとか方法を探し出すわ。見つけて、
やってみる﹂
一瞬、鋭い空気がジャスティンと稜哉の間をかすめていった。
今まで、穏やかで、しとやかなジャスティンしか見たことのなかっ
た稜哉は、彼女の勢いやこの組曲への情熱に気圧された。
呆然と言葉が見つからない稜哉を傍らに、ロランはこの居心地の良
くない空気を換えようと、とっさにリリーに話しかける。
﹁ねぇ、リリー、そういえばさ、例の事件のさ、家に出かけるのっ
て、土曜だよね?﹂
﹁あ、うん、今週、だよね。どう?みんなは平気?あたし、場所を
調べておいたからさ、ね﹂
ジャスティンはまだ少し顔が強張っていたけれど、リリーに同意を
促されて﹁そうね﹂とぎこちなく微笑んだ。
﹁さ、もうじゃあ、男2人は自分の部屋へ戻った。ほら、ロラン、
そんな恨みがましそうな目で見てもだめ。もう8時過ぎてるんだか
ら。早くご飯の支度しなくちゃ﹂
リリーはすっくと立ち上がり、追い立てるようにロランと稜哉を立
たせると、玄関まで送っていった。
別れ際に
﹁2人ともまた今度来てね﹂
404
とだけ言い、稜哉にはニッコリと笑いかけて。
﹁あれまあ、追い出されちゃったね。戻ろっか﹂
稜哉はまだもやもやした暗さが残っていたので、エレベータでロラ
ンに話しかけられてもあいまいな返事しかできなかった。
部屋に戻り、いつもの甘いにおいを感じてやっと少し落ち着いたよ
うな気がした。
﹁僕、いけないこと言っちゃったかな﹂
﹁そうかも﹂
ロランは否定しなかった。
キッチンのそばの棚でなにやらごそごそとやっている。
﹁ジャスティンは昔からああなんだ。自分が夢中なものを否定され
ると、ムキになるっていうか。しかも普段は物静かだし、めったに
機嫌損ねないから余計に怒ったように見える﹂
お湯が沸いたようだった。
湯気に包まれながら、ロランは続ける。
﹁でもまあ、誰でもそうでしょ。自分が一生懸命何かしようとして
いるときに水を差すようなことを言われたらさ。ジャスティンに限
らず﹂
﹁⋮⋮僕、謝ってきたほうがいいいのかな﹂
稜哉の目線は定まっていなかった。
405
さっきよりもますます、心は重たい。
﹁稜クンがそうしたければ、そうしたらいいし。きっとジャスティ
ンも今頃は元気なくしていると思うけど﹂
謝るということへの妙な抵抗感と、このままうやむやにしたくない
気持ちで葛藤が起き始めていた。
・
思い切り良く、決められない穴にはまっていくような気がする。
・
﹁とりあえず、行く前にどうぞ。ジャスティンティーならぬジャス
ミンティー﹂
でも、カップから漂うジャスミンのさえた香りは稜哉のうやむやな
心を一掃してくれた。
最後の一口を飲み干しと、カップをロランに返し、上着を羽織る。
﹁じゃあ、行ってくる﹂
﹁うん﹂
小さくうなづいたのを見てから、オレンジ色のライトの続く廊下に
踏み出していった。
406
第85話 無理です⋮⋮あきらめるのはまだ早い︵後書き︶
さあ、なんとか仲直りできた稜哉とジャスティン。
4人は次からいよいよガボットさんの家に行く予定です。
4人をまちうけるものは?
つづきは明日、更新します☆
407
第86話 ホーリー村のお屋敷で ∼鏡を通る者∼
ラッセル川から死体として見つかったモナ・ガボットの家に行く日
︱︱今日︱︱は雲がひとつもない晴れた天気の良い日だった。
積もった雪は道の端のほうから溶けかかり、川がせせらぐような音
があたりから絶えず聞こえてくる。
赤レンガ色の汽車に揺られて1時間半ほどでホーリー村にたどり着
いた稜哉、ロラン、リリー、ジャスティンはモナ・ガボットの家を
目指して歩いていた。
﹁地図によると、次の角を右に曲がって左手の家らしいわ﹂
リリーは両手いっぱいに地図を広げて、角を曲がるたびに向きを上
下さかさまにしたりしている。
最後の角を右に曲がったとき、地図の向きは時計回りに90度回転
した。
﹁この家じゃない?﹂
落ち着いたこげ茶色のレンガで包まれた、小さな家がそれらしかっ
た。
ただ芝はすき放題に伸び、壁にかけられた植木鉢の花は黒く枯れて
いて、一見、よくあるお化けやしきのようだ。
もしこういったものがきちんと手入れされていたら、かわいらしい
女主人の家に見えただろう。
﹁じゃ、入る?﹂
ドアには鍵がかかっていなかったので、簡単に中に入ることができ
408
た。
薄暗い廊下が5メートルほど続き、まるでありの巣のように左右に
扉がくっついていて、廊下の終わりには階段が上に向かってある。
不思議なほど荒らされたような跡はなく、そして不気味なほど静ま
り返っていた。
﹁うわぁ﹂
突然、ジャスティンが怯えたような声をあげた。
﹁ここ、何かがいるわ﹂
﹁”何か”って何が?﹂
﹁まだ分からないけど⋮⋮絶対にいる﹂
気味の悪さに少し怯えつつ、手前のドアからあけて部屋をのぞいて
いく。
階段のそばの部屋に一歩踏み込んだとき、稜哉は驚きのあまり立ち
尽くした。
一目で見て分かる。
部屋はごちゃごちゃにひどく荒らされていた。
棚という棚は倒れ、引き出しはその中身を床にばら撒いている。
上等な家具には亀裂が入り、窓のカーテンはボロボロに引きちぎら
れて布がほつれていた。
床に敷かれたワイン色の絨毯にはところどころ黒いしみがつき、部
屋の中央のあたりでは大きなぎこちない円の形に広がっている。
︱︱間違いなくあの書斎だった︱︱
夢で見たのと全く同じ光景。
409
﹁うわっ。ここはひどい⋮⋮﹂
稜哉の後ろから覗いたロランもあっと口を押さえた。
﹁この部屋にあった絵がなくなっていたらしいわ。⋮⋮大丈夫?稜
君?﹂
入り口で固まっているリリーやロランや稜哉たちとは別に、ジャス
ティンは黙ったまま慎重に奥へと進んでいった。
﹁ジャスティン、どうしたの?﹂
﹁なにか、聞こえるの。女の人の声が⋮⋮﹂
ロランは今や顔が青くなっている。
ジャスティンは全集中力を聞くことに傾けていた。
そして室内を2周ほど歩き回ると、あの大きな血痕のところにしゃ
がみこんだ。
﹁これだけ残っていれば⋮⋮できるはず⋮⋮﹂
地だまりの周りを何か小声でぶつぶつと唱えながら、指で円を書く
ようにして囲っていく。
﹁何をしようとしているんだ?﹂
稜哉はジャスティンの背中から話しかけた。
﹁”声”に出てきてもらうの﹂
410
それから”よし”と言うと鞄から薔薇の模様の入った、手のひらの
多きさの鏡を取り出してその中心においた。
ゲート
﹁”声”の主、どうぞ鏡をお通りください﹂
411
第87話 ホーリー村のお屋敷で ∼Bloody
Portrait∼
鏡から虹色のやわらかいベールのような光が部屋いっぱいに噴出し
た。
でもその光はまぶしいほどの明るさではなかったので、稜哉は目を
・・・
開けて鏡から出てくる人影を見守っていた。
その人は光に包まれるようににしてぼんやりと現れた。
ぽっちゃりと少し太った体型、丸い顔に大きな瞳、肩までかかるブ
ロンドの髪。
稜哉は初対面のその若い女性が誰だか、見当がついた。
﹁お名前をどうぞ﹂
ジャスティンは、蜃気楼のように今にも消えてしまいそうなその女
性に尋ねた。
わたくし
﹁私モナ・ガボットと申しましたの。この家に住んでいました﹂
モナの話し方は、ゆったりとしていた。
ワイン色のガウンがふわりとゆれる。
﹁何か私たちに伝えたいことがおありなのですね?﹂
モナはゆっくりとうなずいた。
わたくし
﹁”稜君”というお名前が聞こえて、私、その方にお話したいこと
がございますの。レストレンジ家の稜哉君はいらっしゃいますか﹂
﹁僕ですけど﹂
412
稜哉は小さく手を挙げた。
モナの目線が、しばらく稜哉の顔に留まった。
﹁あなたが⋮⋮﹂
と残念そうにため息をつく。
﹁良いお知らせではないのですけど⋮⋮﹂
﹁何ですか﹂
モナの話し方に少しいらだって、先を促す。
﹁本当に、悪いお知らせですみません。ただ⋮⋮あなたは今、ゴッ
ド・グリーン・レストレンジ伯爵というとても怖い方に狙われてい
ますの﹂
リリーとロランが気まずそうに稜哉を見た。
﹁⋮⋮知っています﹂
無愛想な答えにモナは驚いたように稜哉をみた。
わたくし
﹁あら、そうでしたの。それなら、良かったですわ。私、自分があ
わたくし
の人に殺された後にあの人があなたのことを話しているのを聞いて
しまって、ずっとこのことを伝えたかったのですの。私も絵のこと
を記者に話してさえいなければ、今頃はまだお花のお世話をしてい
ましたわ。⋮⋮でもこれで思い残すことはありません。﹂
﹁あの、絵とは伯爵の肖像画のことですか﹂
リリーの問いにモナは首を縦に振った。
413
﹁まさにその絵ですわ。はぁ⋮⋮代々守っていかなければいけない
ときつく言われてきた絵でしたのに。伯爵にだけは、絶対に渡して
はいけなかったのです﹂
﹁どういうことなの?ねえガボットさん、あの絵はなんなの?﹂
ロランは怪訝な表情をしていた。
﹁あの絵は呪われた絵なのです﹂
Portrait︵血の肖像画︶といってあの絵
モナは声を潜めた。
﹁Bloody
はペンキや絵の具ではなく、伯爵自身の血で描かれていますの。自
分の血で自分の肖像画を書くと、自分自身は永遠に今のままの若さ
を保ち生き続けることができるのです。絵の中に今の自分を保存す
るのですわ﹂
まるで小説のような話でにわかに信じられなかった。
﹁今までにそれをやったことのある人は伯爵以外にいるのですか?﹂
﹁いないと思いますわ。それに、永遠の命なんて、一体どうして皆
さんが憧れるのか、私には理解できませんわ。周りで家族やお友達
や恋人がいずれは去っていくのに⋮⋮自分だけ生き残って、何の意
味があるというのでしょう。寂しいだけでしょう?﹂
﹁もし、絵が破れちゃったりしたら、どうなるのですか﹂
モナは恐ろしいとでも言いうように首を振りながらジャスティンに
答えた。
414
﹁そのときは絵の中に永遠に閉じ込められてしまって、二度と戻れ
ませんのよ。生きていても、結局、絵の内では何もできないのです
から、死んでいるのと同じでしょう?うわさでは、閉じ込められて
しまうとき、絵は恐ろしい、身の毛もよだつような醜い絵へと変わ
るらしいですわ。もし魂をあの世へと送るためには、さらにその絵
を誰かに焼き払ってもらって灰にしてしまわなければならないので
す﹂
﹁でもそれって誰かに前もってお願いしておかないといけないよね
?﹂
モナは頷いた。
P
﹁そう。でもそれは自分の致命傷をあからさまに他人に教えるわけ
ですから、とても危険なことですの。ですから、Bloody
ortrait︵血の肖像画︶に描かれた人は、肖像画を自分ひと
わたくし
りで内密に死守しようとするのですわ。ちょうど、伯爵が誰にも知
られず、私から肖像画を奪っていったように﹂
﹁あの⋮⋮そもそもどうしてガボットさんが肖像画を持っていたの
ですか?﹂
しばらく沈黙が流れた。
﹁あの肖像画がこのガボット家に来たのは、今から約420年ほど
前︱︱この隠れ里が建国された年︱︱だと言われていますわ。当時
生きていたアンナ・ガボットが伯爵から直接預かったものだと﹂
﹁アンナ・ガボットさん?﹂
モナはため息をもらした。
フィアンセ
﹁レストレンジ伯爵の婚約者だった人ですわ﹂
415
第87話 ホーリー村のお屋敷で ∼Bloody
次回、21日はいよいよ前編最終話となります!!
13時に更新です
Portrait∼︵後書
416
第88話 ホーリー村のお屋敷で ∼預けられた絵の秘密∼︵前書き︶
前編の最終話です
417
第88話 ホーリー村のお屋敷で ∼預けられた絵の秘密∼
いつの間にか、冷えきっていた部屋はリリーが火をともした暖炉の
おかげでコートを脱げるくらいの温度になっていた。
さっきまで透き通っていた窓ガラスは少しずつ白く曇り始めている。
4人は乱雑に散らかった部屋の中で、静かにモナの話を聞いていた。
﹁伯爵とアンナさんがいつ、どこで知り合ったのかは、詳しくは存
じませんの。でもあのヘレフォード・クーデタが起こるよりは少し
前だと思いますわ。私が聞いた話では、2人は出会い、やがて恋に
落ちた。ただ、その頃から、世の流れ的に2人が結ばれることは難
しくなっていったのですわ﹂
﹁世の流れ?何があったのですか﹂
モナは何か少し考えているようだった。
しばらくして、話し始めた。
﹁⋮⋮皆さんは、昔は人間とバンパイアが一緒に暮らしていたこと
をご存知?﹂
4人はうなづいた。
里史の授業で、習ったことをぼんやりと思い出していた。
﹁じゃあ、どうして今のように2種族がばらばらに暮らすようにな
ったかは?﹂
稜哉は自分の記憶の糸を手繰った。
あの冬休みの補講⋮⋮ポンポ先生の話⋮⋮資料集の絵⋮⋮。
418
﹁人間が、バンパイアを迫害し始めたからだ﹂
・・
﹁そう。そして、アンナさんと伯爵は、ちょうどその頃の人で︱︱
悪いことに、アンナ・ガボットという人は、人間でしたの。世の流
れでは、どんどんバンパイアは虐げられて、迫害されていくのに、
どうして2人が結婚できましょうか。お仕舞いには伯爵はとうとう
住んでいた土地を追われて行き場を失ったそうですわ。あの絵はそ
のような折に描かれましたの﹂
モナは一旦言葉を切った。
そのとき、ゆらり、とモナの実態が少し揺れて擦れた。
﹁そろそろ限界が⋮⋮急がないとあなたのお体がもう限界ですのね
?﹂
ジャスティンは息を荒げていた。
モナと目が合うと、たどたどしく﹁あともうちょっとは平気です、
続きをお願いします﹂と答えた。
﹁伯爵は⋮⋮アンナさんに必ず戻ると約束して、あの絵を預けたの
ですわ。でも結局戻ることはなかったのです。それ以来、あの絵は
代々ガボットの家系が秘密に保管してきたのですわ﹂
わたくし
わたくし
﹁じゃあ、ガボットさんは人間なの?﹂
﹁私はハーフですの。私の祖父はバンパイアで、祖母は人間ですわ﹂
﹁最初に“伯爵には渡しちゃいけなかった”と言っていたけど、そ
れはつまり絵が伯爵に渡ってしまった以上、伯爵を倒すことはずっ
と難しくなるからってこと?﹂
稜哉はあと数分の限られた時間の中でできるだけ多くのことを聞き
出したかった。
自分の頭が、情報整理のためにせわしなく動くのが分かった。
419
﹁そういうことですわ。伯爵はもう今では危険な存在でしかありま
せんもの。伯爵をこの世から消すには、あの絵を破壊するしかない
のです﹂
﹁ガボットさんは、あの絵を持っているうちに絵を破壊してしまお
うとは思わなかったの?﹂
リリーは憤慨していた。
今や、切れるような厳しい目でモナをにらみつけている。
そんな様子を見たモナは、すまなそうにうなだれた。
﹁アンナさんが亡くなってから、ガボット家はあの絵を破壊しよう
としてきました。でも、だめでしたの。たぶん、あの絵を破壊でき
るのはガボット家以外の人だったのですわ。もともとBloody
Portraitは描かれた人物から直接与えられた人には壊せ
ないものなのです。おそらく、その家系の人もできないのでしょう。
私もいろいろな方法を試しましたが⋮⋮﹂
そろそろ時間が来たようだった。
あらためてモナを見ると、輪郭はさっきよりも薄くなり、向こうの
壁が透き通って見えた。
﹁そろそろ、逝かなくてはいけないようですわ﹂
モナはか細い声で自分の消えそうな手のひらを見た。
﹁もう1度、お会いすることはできないのですか﹂
420
そう言いつつも、稜哉はそれが無理なことだとうすうす感づいてい
た。
﹁たぶん、無理でしょう。魂が彼の世に行ったらもう、戻ってはこ
られないのです。私の魂は、皆さんと話せたことでさまよわずにす
みますから。私と皆さんは此の世と彼の世を結びつけるものがない
限りは、もうお会いすることはありませんわ﹂
薪が火と一緒にはじける音がした。
その音は、稜哉には異常に大きく聞こえた。
﹁⋮⋮ガボットさん、話してくださってありがとうございました﹂
モナのふくよかな顔は優しい笑みに変わった。
﹁では。皆さんが無事に過ごされることをお祈りして。さようなら﹂
数秒後、荒らされた部屋には床に座り込んでいる4人と暖炉からの
パチパチという絶え間のない音だけが取り残された。
ホーリー村のそのお屋敷で、ジャスティンが女の人の声を聞くこと
は、もうなかった。
モナ・ガボットは何も思い残すことなく、何の使命も背負わずに、
421
一人自由に、静かに旅立ったのであろう︱︱。 ︱︱前編 完︱︱
422
隠れ里をここまで読んでくださった方へ︵前書き︶
この内容は小説の内容とは全く関係ありません
夜月から読者様へのお手紙です
423
隠れ里をここまで読んでくださった方へ
隠れ里︵前編︶、無事に終えることができました。
終えると言っては良くないですね、中間点にたどり着けました、と
いうところでしょうか。
下書きノートも8冊めに入り本棚では参考書やら過去問集を押しの
け出張ってきましたw
ここまで来られたのも、毎回、読んでくださる読者さまがいてくだ
さったからこそ、できたことです。
また更新した日にはアクセス解析を見るのが楽しみにできたのも、
読者様のおかげです。
本当にありがとうございます。
読者の方のなかには今回の被災にあわれた方もいると思います。
心からお見舞い申し上げます。
また、とても大変な状況の中、お読みいただきありがとうございま
す。
もし私の小説が被災者の方のお気持ちをすこしでも軽くする手助け
ができたならとても嬉しいです。
さて、以前お知らせしたように、私は大学受験に備えるため、
これから無期限執筆活動停止期間に入ります。
1年か、2年か、分かりませんがその間は活動しません。
この隠れ里の設定も一旦”完結済み”としたいと思います。
無事に大学生になったら、また戻って来ます。
ただ大学生になるまではこのサイトには一歩も足を踏み入れないつ
もりです。
なのでもしメッセージやコメントをくださった場合はお返事するこ
424
とができませんのでご了承ください。
では、しばしの間、さようなら。
また1年後に︵そうしたい!!︶お会いできることを楽しみにして
います!!
最後に、
いつも的確なアドバイスをくださった聖騎士先生 ゆう︶先生・神月ラセ先生・鳴海耀狐先生・紫聖先
励ましのメッセージをくださった真心先生・夢ましゅまろ*先生・
みりん︵相楽
生 隠れ里の初更新の日に真っ先に感想をくださった方︵お名前が分か
らなくて残念です︶ そして毎回楽しみに読んでくださった読者様
本当にありがとうございました。
必ず完結させに、戻ってきますので、待っていてください!!
H22年 3月21日 夜月星野
425
読者のみなさまへ︵前書き︶
お久しぶりです
夜月から読者の方へのお手紙です
426
読者のみなさまへ
お久しぶりです。
夜月ゆひ︵以前は星野︶です。
本日、大学受験がすべて終わりました。
国立の東京外国語大学を志望していたのですが、今日、受けてきま
した。
正式な結果は6日の発表まで分かりませんが、今日の出来からする
と、浪人してしまったと思います。
緊張や会場の空気に呑まれて、頭が真っ白になってしまいました。
自分の今までの甘さや、勉強の甘さを痛感しました。
今年は東京外大1本狙いだったため、滑り止めの大学を受けていま
せん。
なのでいやがおうなく浪人なんです⋮⋮
これからの勉強方針が分かったのでもう1年、勉強したいと思いま
す。
さて、隠れ里の執筆続行についてなのですが、
今のところ、迷っています。
すなわち、浪人生活と並行して書いていくか、
初めに考えていたとおり、大学生になるまで書かないか。
並行していく場合、週に1話書けるかどうかなんですね。
なので、少し考えさせてください。
皆さんの応援をいただいたにもかかわらず、
このような結果に終わってしまい、本当に申し訳ありませんでした。
427
小説連載続行について
こんにちは。
家族とも、今後1年の過ごし方などを話し合った結果、
今年1年、継続は断念することにしました。
連載の場合、やはり常日頃から小説に意識を持っていかなければな
らず、
浪人生活をする上で、勉強の妨げになると判断しました。
もともと両立が苦手なので、仮に勉強と並行して書いていったとし
ても、
両方とも中途半端に終わってしまうからです。
発表日までの2週間弱の間だけの連載も考えましたが、
話が今の状態で一段落ついているので、中途半端に始めてやめるの
もどうかと思います。
なので今年1年、隠れ里執筆は休止したいと思います。
428
6日までは正式な発表待ち、ということで宙ぶらりんで割りと自由
な日々なのですが、
発表がでて不合格ということが決まり、卒業式も終わったら、
浪人生としての勉強生活を始めます。
応援していただけたら幸いです。
隠れ里の続きを今か今かと楽しみにしていただいていた読者さま、
本当に申し訳ありませんでした。
受験ブログをアメーバサイトにて書いています。
よろしかったら遊びに来てください。
http://ameblo.jp/a−dancing−gir
l/
429
読者のみなさまへ
今日、合格発表に行ってきました。
結果は不合格でした。
実感があったとはいえ、
この目で番号がないのを見るとやっぱり悔しいです。
また、ずっと応援してくださっていた皆さんには、
結果をだせず、本当に申し訳ありませんでした。
今年はここ一本に絞っていたので、
他に受かった大学はありません。
なのでこれから1年浪人生活をはじめます。
家族と話し合った結果、2年目は浪人できないということになった
ので、
今年かぎりで今度こそ絶対に決めます。
430
また精一杯、勉強をがんばります
なので、隠れ里の続きはもう少し先になるのですが、
待っていていただけるとうれしいです。
またこのサイトをあまり見る機会がなくなると思うので、
感想をいただいても、お返事できませんが、ご理解をお願いします。
431
読者のみなさまへ︵後書き︶
受験ブログを作り直しました
前のブログとURLが変わっています
http://ameblo.jp/yoduki−yui/
432
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2866i/
隠れ里 ―前編―
2012年10月18日12時02分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
433