Quiz 連載1 6 7 この患者をどう診断するか 解答は9 4∼9 6ページ 出題 6カ月間続く原因不明の下痢、 低蛋白血症、体重減少を呈した症例 岐阜大学医学部附属病院 光学医療診療部 准教授 荒木寛司 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! <症例> 5 0歳代、男性 <主訴> 下痢、体重減少 <既往歴> 特記すべきことなし <臨床経過> 6カ月前からとくに誘 因なく下痢が出現。下痢は1日1 0回、 水様の下痢で、血便は認めず、腹痛、 発熱も認めなかった。嘔気、嘔吐、心 窩部痛も認めなかった。近くの診療所 を受診し、整腸剤などにて治療を受け たが、症状は軽快しなかった。地域の 総合病院を紹介され、腹部 CT、上下 部消化管内視鏡検査、小腸造影検査を 施行された。上部消化管内視鏡検査で はヘリコバクター・ピロリ陽性の慢性 胃炎を認め、下部消化管内視鏡では腺 腫性ポリープを認め内視鏡的に切除さ れた。原因不明の下痢と低蛋白血症に 対し、プレドニゾロンを2 0!経口投与 されたが症状は改善せず、小腸疾患の 精査のため当科紹介となった。症状出 現から5カ月で1 1"の体重減少を認め た。ペット飼育歴なし。海外渡航歴: 1 0カ月前に台湾に観光旅行。 51 CLINICIAN ’09 NO. 581 <家族歴> 特記すべきことなし <身体所見> 腹部に自発痛、圧痛と もに認めず。腹部聴診では、腸雑音が 軽度亢進。胸部聴診は異常なし。表在 リンパ節触知せず。皮膚所見異常なし。 <血 液 検 査 所 見> WBC 9 0 5 0/μL (Neut 8 0. 3%、Mono 4. 5%、Lymph 1 5. 0%、Eosino 0. 0%、Baso 0. 2%) 、 3g/dL、 RBC 5 2 4×1 04/μL、HGB 16. HCT 4 7. 8%、CRP 0. 3 1!/dL、TP 4. 9 g/dL、Alb 2. 8g/dL、CK 29IU/L、 T.Bil 0. 3!/dL、AST 1 4IU/L、ALT 1 5IU/L、LDH 1 7 9IU/L、ALP 1 3 8IU /L、γGTP 1 2IU/L、AMY 2 8IU/L、 Cr 1. 0 3!/dL、UA 5. 4!/dL、BUN 1 7. 3!/dL、Na 1 3 8mEq/L、K 3. 7 mEq/L、Cl 1 0 9mEq/L、Ca 7. 7!/ dL、P 2. 5!/dL、Glu 1 1 5!/dL、IgG 5 4 8!/dL、IgA 1 5 8!/dL、IgM 5 4 0倍、CEA 5. 6ng/mL、 !/dL、ANA 4 CA 1 9 ‐ 94. 7U/mL、HBs 抗 原(−) 、 HCV 抗 体(−) 、HTLV‐1抗 体(−) 、 PT INR 1. 0 7 (8 7 3) <腹部 CT 検査>図!に示す。びまん 性の小腸壁の肥厚を認め、回腸領域に 比べ、空腸領域での壁の肥厚の所見が 目立つ。結腸内には液体貯留が目立つ が、結腸壁の肥厚は認めない。腹腔内 リンパ節腫脹なし、腹水を認めず。 <問題>本症例の次に行うべき検査と 診断は? !腹部造影 CT (8 7 2) CLINICIAN ’09 NO. 581 50 出題は5 0∼5 1ページ 解答 この患者をどう診断するか Enteropathy-type T-cell Lymphoma 蛋白漏出性胃腸症 岐阜大学医学部附属病院 光学医療診療部 准教授 荒木寛司 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! <解説> !PET-CT <次に行うべき検査> バルーン小腸 内視鏡検査と生検、PET-CT、蛋白漏 出シンチ <診断> Enteropathy-type T-cell Lymphoma 蛋白漏出性胃腸症 <診断の経緯> 臨床症状、腹部 CT の所見より、悪性リンパ腫、膠原病 (SLE 腸炎) 、クローン病、アミロイ ドーシス、抗酸球性腸炎などが鑑別に 挙がったが、小腸壁肥厚の原因には小 腸粘膜の内視鏡的観察と生検による病 理学的検査が必要であると考え、小腸 内視鏡検査および、PET-CT 検査を行 うこととした。また、蛋白漏出シンチ にて小腸からの蛋白漏出を認め、蛋白 漏出性胃腸症の病態であると診断した。 PET-CT 検 査(図!)で は 消 化 管 に FDG の多発高集積像を認め、小腸領 域では高集積像(SUVmax:8 ‐ 1 0)が 散見され、小腸リンパ腫の疑いのある 所見であった。ダブルバルーン小腸内 視鏡検査を経口的に施行した(図") 。 (9 1 8) CLINICIAN ’09 NO. 581 96 CT にて空腸領域の壁肥厚の所見が強 CD2 0(−) 、CD7 9a(−) 、CD5(−) 、 いことより経口的アプローチを選択し CD1 0(−) 、MIB‐ 1 index >5 0%を示 た。空腸領域の小腸粘膜はびまん性連 し、Enteropathy-type T-cell Lymphoma 続性に高度の浮腫を認め、浅い潰瘍が と診断された。可溶性 IL‐ 2受容体は 散在していた。潰瘍部および、潰瘍を 2 1 0 9U/mL と上昇していた。確定診 認めない浮腫状の粘膜より生検した。 断後、当院血液内科にて化学療法が開 生検病理組織診では潰瘍部、非潰瘍部 始された。 ともに間質に類円形細胞のびまん性浸 <考察> 潤が見られ、一部は上皮内にも浸潤し 慢性の下痢を呈する疾患は多岐にわ ていた。免疫染色にて腫瘍細胞は CD たっており、その診断は容易でないこ 3(+) 、CD4 5R0(−) 、CD4(−) 、 とがしばしば経験される。本症例も、 CD8 (+) 、CD5 6 (一部+) 、bcl‐ 2 (+) 、 初診かかりつけ医、紹介医(総合病院) で一般的な各種検査を行われるも、原 因は明らかにならず、持続する下痢と、 !ダブルバルーン小腸内視鏡 低蛋白血症より前医では特発性の蛋白 漏出性胃腸症も疑われプレドニゾロン による診断的治療も試みられている。 上下部消化管内視鏡で観察できる回腸 終末部、十二指腸の検査、小腸造影検 査でも確定診断には至らなかった。CT にてびまん性の小腸壁の肥厚があり、 何らかの器質的小腸疾患が疑われる状 況で当科紹介となった。近年本邦でも、 ダブルバルーン小腸内視鏡、シングル バルーン小腸内視鏡、カプセル小腸内 視鏡などで小腸の内視鏡検査が施行で きるようになってきており、本症例の ような場合これらの内視鏡検査が診断 に有用である。当院紹介後は悪性リン パ腫など、生検病理診断が必要な疾患 が鑑別に挙がることより、挿入性が優 れていること、生検が可能であること よりダブルバルーン小腸内視鏡検査の 適応であると判断した。なお、カプセ 95 CLINICIAN ’09 NO. 581 (9 1 7) ル小腸内視鏡検査の本邦での適応は上 下部消化管内視鏡検査を行っても原因 が不明の消化管出血であり、本例では 保険適応上もカプセル小腸内視鏡では なくバルーン小腸内視鏡検査が適応と なる。ダブルバルーン小腸内視鏡検査 では、びまん性の浮腫と多発する潰瘍 を認め、生検検体の病理組織診で免疫 染色の結果をあ わ せ て Enteropathytype T-cell Lymphoma と診断された。 小腸悪性リンパ腫の内視鏡所見に関し ては、隆起型、潰瘍型、MLP 型、び まん型などの形態分類が報告されてお り1)、本症例のようなびまん性の粘膜 変化はEnteropathy-type T-cell Lymphoma や IPSID ( immunoproliferative small intesitinal disease)に特徴的な所見と されている。両疾患の鑑別は、生検組 織を用いた病理組織学的検索が必要で ありバルーン小腸内視鏡検査が有用で あ る。ま た、Enteropathy-type T-cell Lymphoma の初発症状は腹痛、体重 減少、穿孔や腸閉塞の急性腹症が多い とされている。とくに CD8、CD5 6陽 性例で穿孔をきたしやすいとの報告も ある2)。本例のように下痢、低蛋白血 症、蛋白漏出性胃腸症で発症する小腸 リンパ腫は報告されており3)、長期間 続く下痢、低蛋白血症を認めた場合、 穿孔などの重篤な合併症を併発する前 に小腸内視鏡、内視鏡下生検病理診断、 PET-CT などの小腸悪性リンパ腫を診 断するための検査を速やかに積極的に 行い確定診断をすることが肝要である (9 1 6) と思われる。 文献 1) 中村昌太郎ら:小腸疾患2 0 0 8、小腸腫 瘍性疾患、悪性リンパ腫、胃と腸、第 4 3巻、第4号、5 3 3∼5 3 8(2 0 0 8) 2) Clin, CS., et al. : Primary CD56 positive lymphomas of the gastrointestinal tract. Cancer, 91, 525∼533(2001) 3) Hara, T., et al. : Immunoproliferative small intestinal disease with protein loss complicated with duodenal T cell lymphoma during progression. Intern. Med., 47(4), 299∼303(2008) CLINICIAN ’09 NO. 581 94
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