２． pH 緩衝液の科学原理実習の目的私たちの体を構成する物質の約 60∼70％は，水です。たとえば，体重 50 ㎏の人は，30ℓ以上の水を持っています。常温で液体である水は，様々な物質（溶質）を溶かす媒体（溶媒）になりま + + す。水溶液中には，水素イオン（H または H3 O オキソニウムイオン）と水酸化物イオン（OH ）の両方が必ず存在します。プラス電荷をもつイオンを陽イオン（カチオン）といいます。マイナス電荷をもつイオンは陰イオン（アニオン）と呼ばれます。酸や塩基性物質が溶けていない純粋な水 + 7 の中にも水分子が電離した H と OH が等しい濃度（それぞれ約 10 mol/ℓ，25℃）で存在しま + す。生物は，水素イオン濃度（pH ＝ log［H ］）を一定に保つ仕組み（pH 緩衝液）を持っています。また，生体系の様々な現象を研究する実験では，人工的に作った pH 緩衝液が使用されます。この実習では，pH 緩衝液の科学原理について学習する。使用する器具と試薬容量可変式ピペット（１㎖用と 0.2 ㎖用），ピペット台，蒸留水，50 ㎖ビーカー，スターラー，スターラーバー，温度計，pH メーター，キムワイプ，pH 校正液（pH 4.01 と pH 6.86）， 50 ㎖メスフラスコ，水酸化ナトリウム（0.10 mol/ℓ）水溶液（アルカリ滴定液）溶液 A：リン酸二水素ナトリウム（0.10 mol/ℓ）水溶液溶液 B：トリス（0.050 mol/ℓ）＋塩酸（0.10 mol/ℓ）トリスは tris(hydroxymethyl)methylamine の略称です。 pH メーターの校正１）操作に必要なものを同じ場所で同一温度になるまで放置する。２）蒸留水の温度を測定する。３）pH 電極を蒸留水で洗浄した後，電極についた水をキムワイプで拭き取る。４）２種類の pH 校正液（pH 4.01 と pH 6.86）を使って pH メーターを校正する。ビーカーにスターラーバーを入れ，スターラーで撹拌しながら行う。一点校正の場合は，pH 6.86 を使用する。二点校正の場合は，pH 6.86 → pH 4.01 → pH 6.86 の順で校正する。５）校正済みの pH 電極は，蒸留水の入ったビーカーに浸けておく。 pH 緩衝剤（酸型）のアルカリ滴定１）溶液 A または B（２㎖）をメスフラスコに加え，蒸留水で 50 ㎖にメスアップする。２）スターラーバーを入れた 50 ㎖ビーカーに調整したサンプルを入れる。３）pH 電極をサンプル液に入れた後，スターラーで撹拌する。４）pH メーターの電源を入れる。５）容量可変式ピペット（0.2 ㎖用）を用いて，0.20 ㎖ずつ水酸化ナトリウム水溶液を加える。水酸化ナトリウム水溶液（0.10 mol/ℓ）の滴定量〔㎖〕と pH を記録する。６）滴定量を横軸に，pH を縦軸とした pH 滴定曲線を作成する。 -5- pH 滴定曲線滴定量（ml） 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0 2.2 2.4 2.6 2.8 3.0 3.2 3.4 3.6 3.8 4.0 4.2 4.4 4.6 4.8 5.0 pH 滴定量（ml） pH 滴定量（ml） pH 6.86 -6- + 水素イオン指数（hydrogen ion exponent， pH，log [H ]）水素イオン濃度の常用対数値に１を掛け合わせた値を水素イオン指数（＝ pH）といいます。 + pH は，対数の値なので無次元の数値です。[H ] は，水素イオンのモル濃度です。たとえば，水素 8 イオンの濃度が 4.0 7.4 10 ＝ 10 〔mol/ℓ〕の血液の pH は，7.4 です。水素イオンを放出する物質（あるいは，水酸化物イオンを水から奪う物質）の水溶液の pH は，７よりも小さな値になります。逆に，水素イオンを受け取ることができる物質（あるいは，水から水素イオンを奪う物質）の水溶液の pH は，７より大きな値になります。問１）水溶液の pH を測定する方法を２つ挙げ，それらの測定原理を説明しなさい。問２）水素イオン濃度を pH で示す利点を説明しなさい。酸解離定数（acid dissociation constant，Ka ）酸の解離の程度を示す平衡定数を酸解離定数（または，酸度定数）といいます。 + たとえば，酢酸 CH3 COOH の水溶液での平衡（CH3 COOH ⇄ CH3 COOH ＋ H ）の場合， Ka ＝ [CH3 COOH ] + [H ] [CH3 COOH] 〔mol/ℓ〕です。酸解離定数の常用対数値に１を掛け合わせた値, pKa を使って酸の強さを表す場合もあります。pKa と同じ pH の水溶液中では，酸型（酢酸の場合：CH3 COOH）と酸解離型（酢酸の場合：CH3 COOH ）の濃度は等しくなります。 + 問３）水のイオン積（[H ] [OH ]）は，25℃で 10 + 25℃における水の酸解離定数 Ka（＝[H ] 14.0 2 2 〔mol /ℓ 〕です。 [OH ] [H2O]〔mol/ℓ〕）を計算しなさい。問４）水分子は，酸と塩基の両方の性質があります。その理由を説明しなさい。水中 H 水中 +H+ O- .. ..!" !+ O !+ H H 水分子水酸化物イオン水と水素結合している H+ +H+ O H H オキソニウムイオン +H2O H+ はだかの水素イオン＋でも−でも電荷は一点に集中しないでみんなで電荷を持つ方が安定である → 水は水素イオンに配位しているガラス電極（glass electrode） + + 特定の陽イオン（H や Na ）に選択的に応答するガラス膜を持ち，それらのイオン濃度に対応した膜電位が生じる電極をガラス電極といいます。水素イオンに応答する電極が，pH 測定用ガラス電極です。密閉された電極の内部液の水素イオン濃度（pH７）と外部の測定液の水素イオン濃度に差がある場合，ガラス薄膜に膜電位（電圧）が発生します。通常，pH の差が１（＝水素イオンの濃度差が 10 倍）あると，約 60 mV の電圧が発生します。たとえば，サンプル溶液の水素イオ 3 4 ン濃度が 10 mol/ℓならば，電極内部液の水素イオンの濃度との差は 10000（10 ）倍であり４ 60 mV（＝ 240 mV）の電圧（サンプル側が相対的に＋の電位）が生じます。pH メーター（電圧計）は，その膜電位を pH に換算して表示します。 -7- 緩衝液（buffer solution）溶液中のある成分濃度の変化に対する緩衝作用が大きい溶液を緩衝液といいます。水素イオンに対する緩衝液を pH 緩衝液といいます。この pH 滴定実験では，アルカリを加えていった時に pH 変化が最もなだらかになっている時の溶液は，大きな pH 緩衝作用があります。 + 酢酸，リン酸，ホウ酸など弱酸（HA ）とその共役塩基（A ）の混合溶液に，H （酸）または OH （アルカリ）を添加しても，蒸留水に添加した場合に比べて，溶液の pH 変化は極めて小さく + なります。アミン化合物（トリス）や Good s 緩衝剤などの弱塩基（B）とその共役酸（BH ）を含む系も同様の pH 緩衝作用をもちます。汎用される pH 緩衝液には，１）グリシン（pH 範囲 1.0 ∼4.7）やフタル酸一カリウム（2.2∼3.8），トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミン（Tris：7∼9）などの弱塩基性溶液に計算量の強酸を加えたもの，２）コハク酸（3.8∼6.0），クエン酸一カリウム（2.1∼6.0），ホウ酸，リン酸の弱酸性の溶液に計算量の強アルカリ希薄溶液を加えたもの，３）酢酸-酢酸ナトリウム系（3.4∼6）など共役酸-塩基の等モル濃度の溶液を別々に作り，両者の計算量を混合したものの 3 つの型があります。さらに，それらを組み合わせて広い pH 領域に用いうるようにしたものもあります。 pH 緩衝液の pH は，pH ＝ pKa ＋ log([共役塩基]/[酸])，または，pH ＝ pKa ＋ log([プロトン受容体]/[プロトン供与体])で表わされます。この関係式から pH 緩衝液の pH を計算できます。しかし，様々な他の物質を含む溶液の場合，その溶質の濃度，温度，空気中の炭酸ガス濃度などにより計算値から大きくずれることがあります。pH 緩衝液を作成した場合，その緩衝液の pH を検定済の pH メーターで確かめることが大切です。科学系の研究室の pH メーターの使用方法や管理方法は，その研究室の実験レベルを表しています。問５）生体系の pH 緩衝剤の酸解離平衡について説明しなさい。問６）この実習の滴定実験で使用したトリスとリン酸の酸解離平衡について説明しなさい。滴定曲線（titration curve）滴定溶液の 1 つの特性が滴定の進行に伴って変化するありさまを表わす曲線を滴定曲線といいます。その曲線は，各滴定点を結んだ滑らかな曲線で書き表します。一般に，物質の特性（pH，色，電気伝導率の変化）を縦軸にとり，横軸に滴定試薬の量（たとえば滴定液の体積）をとります。滴定曲線は，終点（当量点）を決定する（→ 定量分析）のに使われたり，その曲線を解析して平衡定数（→ 定性分析）などを求めたりするのに利用されます。問７）酸塩基滴定の「終点」の求め方について説明しなさい。 + 問８）この実習の滴定実験で得られた pH 滴定曲線から，トリス-H とリン酸二水素イオンの pKa を求める方法について説明しなさい。 -8-