第5章 気体の水 ∼国際単位系 (SI)∼ 第5章 34 気体の水 ∼国際単位系 (SI)∼ 5.1 物質量 5.1.1 アヴォガドロの法則 室温では水素と酸素はそれぞれ気体の状態にある.2 m3 の気体水素と 1 m3 の気体酸 素は,互いに過不足なく反応して水を生じる.水は 100 ℃以上では気体の水蒸気になる. このような高温で,反応物 (水素と酸素) および生成物 (水蒸気) の体積を比較すると,常 に 2:1:2 という簡単な整数比になる (図 5.1(a)).フランスのゲー・リュサックは 1805 年 に,この関係が気体の化学反応一般に成り立つことを見出した.この気体反応の法則を説 明するために,イタリアのアヴォガドロは 1811 年に,原子が整数比で結合してできた分 子の概念を考え出し,同じ温度と圧力のもとでは,同体積の気体は同数の分子を含むとい う仮説を提唱した.これは現在アヴォガドロの法則として知られている (図 5.1(b)). 5.1.2 アヴォガドロ定数 物質は原子・分子からできている.原子や分子は 1 個,2 個...と数えられるので,物 質の量は構成粒子の数でも表現することができる.しかし,原子 1 個の質量は H 原子で 1.67 × 10−24 g,O 原子で 2.66 × 10−23 g ときわめて小さいので,我々が通常扱うよう な g や kg 単位の量を表現しようとすると 1022 − 1025 という大きな数を使わなければな らない.これは不便なので,現在では炭素の同位体の 1 つである 12 C 12.0 g に含まれる 12 C 原子の数約 6.02 × 1023 をひとまとめに mol(モル) という単位で表現し (図 5.2(b)), NA = 6.02 × 1023 mol−1 をアヴォガドロ定数と定義している.これは 12 個を 1 ダース と呼ぶのに似ている (図 5.2(a)).mol 単位で表した物質の量を特に物質量と呼ぶ. 5.1.3 質量分析器 気体反応の法則などを利用することで,各種元素の質量比,すなわち原子量を決定する ことができる.現在の原子量表の大もとは,スウェーデンのベルセーリウスが精密な実験 によって決定し,1818 年と 1827 年に発表したものである.一方,原子や分子 1 個の質量 の絶対値を精密に決定する質量分析器は 1920 年にイギリスのアストンが初めて報告した (図 5.3).原子や分子は,電子や他の原子との衝突や,レーザー光の照射によってイオン 化できる (図 5.3(a)).電荷 q を持った質量 m のイオンを電場で加速し (図 5.3(b)),さら に磁場中に打ち出すと q/m に応じた角度で軌道が変化する (図 5.3(c)).この軌道の変化 の仕方を観測することで m を決定するのが質量分析器の原理である.NA はこうして決 定した 12 C 原子の質量を用いて定義されている. 5.1 物質量 35 (a) + 水素 酸素 水蒸気 (b) 図 5.1 (a) 気体反応の法則. 反応に係わる気体の体積は簡 単な整数比になる.この例で は 2:1:2. (b) アヴォガドロの 法則.同じ体積の気体は同じ 水素 酸素 水蒸気 数の分子を含む. (a) 図 5.2 (a) 12 個の炭素原子. 12C原子 12 個をまとめて 1 ダースと 呼ぶ.(b) 炭素でできた黒鉛. 12個 = 1ダース (b) 黒鉛12g中には12C原子 6.02×1023 個 が 無数の炭素でできた黒鉛のう ち,約 6.02×1023 個をまとめ て 1 mol と呼ぶ.12.0 g の黒 鉛にはちょうど 1 mol の 12 C 1 mol (モル) 原子が含まれる. (a) (b) (c) 電場 N 磁場 電子線 S 図 5.3 (a) 電子線を照射し て中性原子をイオン化する. (e) (b) イオンを電場で加速する. (c) 軽いイオンほど磁場によ って大きく偏向される.(d) 軽い イオン 質量に応じて異なる場所でイ (d) 重い イオン オンが検出される.(e) 質量 分析器 [7]. 第5章 36 気体の水 ∼国際単位系 (SI)∼ 5.2 圧力 5.2.1 気体 1 cm3 や 1 m3 などの単位体積の液体や固体に含まれる原子・分子の数は物質によって 大きく異なるのに対して,アヴォガドロの法則が示すように,単位体積の気体中の分子数 はほぼ等しい.例えば 1 cm3 の固体に含まれる H2 分子,O2 分子および H2 O 分子の物質 量は,温度にも依るが,それぞれ約 0.038,0.049 および 0.051 mol である.一方,0 ℃・1 気圧における各種気体 1 m3 に含まれる物質量は図 5.4(a) の表に示すように % の程度で 一致している.気体中では,温度に応じた熱エネルギーによって,分子は高速運動を行っ ている.質量の小さい分子と大きい分子では平均の速さが異なるが,運動エネルギーは同 じであり,この意味では分子の個性は反映されず,以下に述べる共通の性質を示す. 5.2.2 ボイルの法則 気体は高速に運動する分子からなるので,一定の体積に保つには,容器に入れて圧力を 一定に保たなければならない.イギリスのボイルは 1662 年に,一定温度で一定量の気体 の体積 V は圧力 p に反比例する (V ∝ 1/p) ことを見出した.これはボイルの法則として 知られている.例えば,0 ℃・1 気圧では 1 mol の気体は約 0.0224 m3 (= 22.4 L(リット ル)) の体積を持つが,計算上は 2 気圧では 0.0112 m3 ,10 気圧では 0.00224 m3 と,そ れぞれ 1 気圧の場合の 1/2 および 1/10 の体積になる (図 5.5).実際には,分子間には弱 いながらも引力が働いているため,多くの気体は加圧し続けると,気体の種類と温度に応 じた蒸気圧に等しい圧力で気体から液体に相転移を起こす.水の場合,20 ℃の蒸気圧は 0.0227 気圧と小さいので,1 気圧では液体として存在する. 5.2.3 圧力の単位 圧力とは単位体積にかかる力のことである (図 5.6(a)).海面上の大気の圧力を 1 気圧 と称するが,これは 1 cm2 につき約 1 kg 重の力がかかる圧力に等しい.国際単位系で は圧力は Pa(パスカル) で表され,1 m2 につき 1 N(ニュートン) の力を受けたときの圧 力と定義されている.N は力の国際単位で,静止している質量 1 kg の物体を 1 秒間で 1 m/s (メートル毎秒) の速さに加速する力に等しい (図 5.6(b)).1 気圧=101325 Pa であ る.kg は,初めは水の質量を基準に定義された.すなわち 1 L の液体の水の質量が 1 kg であった.しかし,水の密度は気圧と温度によって変化するため,現在では白金 90%,イ リジウム 10% の合金からなる国際キログラム原器の質量と定義されている (図 5.6(c)). 5.2 圧力 (a) 37 気体 分子量 水素 ヘリウム メタン アンモニア 窒素 酸素 アルゴン 二酸化炭素 塩素 2.02 4.00 16.04 17.03 28.02 32.00 39.95 44.01 70.90 密度 [mol m-3] 44.6 44.7 44.7 45.3 44.6 44.7 44.7 44.2 45.3 分子の平均速度 [m s-1] 1692.0 1204.0 600.6 582.7 454.2 425.1 380.8 362.5 285.6 運動エネルギー [kJ] 2.89 2.90 2.89 2.89 2.89 2.89 2.90 2.89 2.89 (b) 図 5.4 (a) 0 ℃における種々 の 気 体 の密 度 (圧 力 1 気 圧 =101325 Pa の場合),分子 の平均速度および 1 mol 当 たりの並進運動の運動エネル ギー.(b) 同じ温度では,質 量の小さい分子ほど平均の分 水素 水蒸気 酸素 子速度が高い. 1気圧 2気圧 10気圧 図 5.5 ボイルの法則.同じ 温度では,気体の体積は圧力 に反比例する.2 気圧,10 気 圧における体積は 1 気圧の ときの,それぞれ 1/2 および 1/10. (a) 2 kg 2 kg重 2 cm2 1 kg (質量) 1 kg重 (力) 1 cm2 (面積) 圧力 = 力 1 kg重 2 kg重 = = = 1 kg重/cm2 2 面積 1 cm 2 cm2 (b) 1 kg 速さ 0 1N 1 kg 加速 時刻 1 s 1 N 1 kg 速さ 1 m s-1 時刻 0 (c) 図 5.6 (a) 圧力の定義.圧 力は単位面積当たりにかか る力の大きさ.(b) 力の単位 N(ニュートン) の定義.質量 1 kg の物体の速さを 1 秒間で 1 m/s だけ増加させる力の大 きさを 1 N と定義する.(c) 質量の単位 kg は国際キログ ラム原器の質量と定義されて いる. 第5章 38 気体の水 ∼国際単位系 (SI)∼ 5.3 温度 5.3.1 シャルルの法則 気体の体積は高温ほど大きくなる.フランスのシャルルは 1787 年に,一定圧力で一定 量の気体の体積は,温度が 1 ℃上がるごとに,0 ℃のときの体積の 1/273.15 ずつ増大す ることを見出した (シャルルの法則).摂氏の温度を t として, T = t + 273.15, (5.1) のように絶対温度 T を定義すると,この法則は,一定圧力で一定量の気体の体積 V は T に比例する (V ∝ T ),と言い換えることができる (図 5.7).絶対温度の単位は K(ケルビ ン) で,温度差 1 ℃は 1 K に等しい.シャルルの法則は,気体の体積がゼロになる温度が 0 K であり,これ以下の温度は実現しないことを意味している. 5.3.2 理想気体 ボイルの法則とシャルルの法則を合わせてボイル-シャルルの法則という.実在気体の 性質はこの法則に,特に高温・低圧でよく従うように見えるが,分子間相互作用や原子・ 分子が大きさを持つことなどのため,厳密にはこの法則に従わない.逆に,質量は持つが 大きさもなく相互作用もしない粒子からなる仮想の気体を理想気体と呼び,その性質は古 典力学を用いてこの法則に従うことが理論的に導かれる.一般に,物質量 n の気体の巨視 的な状態は,絶対温度 T ,圧力 p,体積 V のうち 2 つを指定するとただ一つに定まる.理 想気体の場合は,これらの変数の関係がボイル-シャルルの法則を満たす状態方程式, pV = nRT, (5.2) によって表される (図 5.8).ここで R = 8.3145 J K−1 mol−1 を気体定数という. 5.3.3 国際単位系 (SI) 本章で用いた,mol,Pa,K などは,1960 年に開かれた国際度量衡総会において採択 された国際単位系 (SI, Syst` eme International d’Unit´es) の単位である (図 5.9).SI では, 長さ (m,メートル),質量 (kg,キログラム),時間 (s,秒),電流 (A,アンペア),熱力学 温度 (K,ケルビン),光度 (cd,カンデラ),物質量 (mol,モル) の 7 つを独立した基本単 位とし,他の単位はこれらの組み合わせで表される.例えば,圧力は単位面積当たりの力 なので Pa = N/m2 = m−1 kg s−2 である.kg はもともとは水の質量に関連し,K は水の 気体・液体・固体が共存する三重点を 273.16 K として定義されている.基本単位のうち 2 つが水と関連していることは,我々の生活が水と密接に関連していることの表れだろう. 5.3 温度 39 体積 1気圧 図 5.7 シャルルの法則.理 想気体の体積は,同じ圧力の も と で は絶 対 温 度 に 比 例 す 1気圧 る.150 K の体積は 300 K の 半 分 .0 K で は 体 積 も 0 になる.水蒸気などの実在気 体は,温度を下げていくと分 1気圧 子間相互作用のために,圧力 に応じた沸騰温度以下で液体 0K 150 K 300 K 温度 に相転移する. 図 5.8 理想気体の状態方程 式 pV = nRT から計算した, V ∝ T シャルルの法則 n = 1 mol の理想気体の状態 図.黄色い線は圧力一定のと きに体積が温度に比例するこ V ∝ 1/p ボイルの法則 と (シャルルの法則) を示し, ピンクの線は,温度が一定の ときに,体積が圧力に反比例 すること (ボイルの法則) を 示す. (a) 量 長さ 質量 時間 電流 熱力学温度 光度 物質量 (c) 名称 メートル キログラム 秒 アンペア ケルビン カンデラ モル 記号 m kg s A K cd mol 名称 ヘルツ ニュートン パスカル 記号 Hz N Pa 他の単位との関係 s-1 m∙kg∙s-2 N/m2 = m-1∙kg∙s-2 ジュール J N∙m = m ∙kg∙s ワット クーロン ボルト オーム W C V Ω J/s = m2∙kg∙s-3 A∙s W/A = m2∙kg∙s-3∙A-1 V/A = m2∙kg∙s-3∙A-2 (b) 量 振動数 力 圧力 エネルギー, 仕事,熱量 仕事率 電気量,電荷 電圧,電位 電気抵抗 2 -2 1024 1021 1018 1015 1012 109 106 103 102 101 10-1 10-2 10-3 10-6 10-9 10-12 10-15 10-18 10-21 10-24 ヨタ ゼタ エクサ ペタ テラ ギガ メガ キロ ヘクト デカ デシ センチ ミリ マイクロ ナノ ピコ フェムト アト ゼプト ヨクト yotta zetta exa peta tera giga mega kilo hecto deca deci centi milli micro nano pico femto atto zepto yocto Y Z E P T G M k h da d c m µ n p f a z y 図 5.9 (a) 国際単位系 (SI) の基本単位.(b) 基本単位か ら作られる SI 組立て単位の 例.(c) SI 接頭語. 40 第5章 気体の水 ∼国際単位系 (SI)∼ ワクラスプリングス フロリダ州 (アメリカ) 2005 年 6 月
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