カルボン酸を目印に炭素骨格を伸長する反応を開発 ~酢酸からアミノ酸や医薬候補化合物を合成可能に~ 1.発表者: 金井求(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 教授)、清水洋平(東京大 学大学院薬学系研究科薬科学専攻 助教)、森田雄也(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専 攻 博士課程 2 年)、山本倫広(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 博士課程 3 年)、 長井秀興(東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻 修士課程 2 年) 2.発表のポイント: ◆複雑な分子構造を有する医薬品候補化合物を、無駄を省いて短工程で合成する方法の開発 は、現代化学の課題である。 ◆カルボン酸と親和性の高いホウ素触媒の開発により、医薬品などの様々な化合物中のカル ボン酸のみを選択的に活性化し変換する反応の開発に成功した。 ◆新規医薬品の開発や既存医薬品の機能改善に貢献できると期待される。 3.発表概要: 東京大学大学院薬学系研究科 金井求教授、清水洋平助教らの研究グループは、医薬品や天 然物に含まれることの多いカルボン酸を選択的に変換する新たな技術の開発に成功しました。 医薬品や天然物などの複雑な構造を有する有機分子を直接的に変換する反応は、化合物の性 質を様々に調節できる可能性を秘めていますが、思い通りの位置に思い通りの変換を施すこと は困難でした。 同研究グループはホウ素触媒を用いることにより、例えば抗炎症薬として使用されているロ キソプロフェンなどに含まれるカルボン酸部位から選択的に炭素骨格を伸ばして行く反応を実 現しました。また、同様の方法で、我々の食卓にもあるお酢の主成分である酢酸からβアミノ 酸と呼ばれる特殊なアミノ酸を多種合成することにも成功しました。 医薬品や候補化合物にはカルボン酸構造を有するものが多数存在するため、この構造のみを 選択的に変換する反応は、新規医薬品を創出するための強力な武器として期待されます。 本成果は、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンラインで 公開されました。 4.発表内容: <研究の背景> 医薬品は、日常の風邪薬から抗がん剤に至るまで、現代医療を支える重要な地位を占めてい ます。一方で、医薬品の開発には困難があることも事実です。医薬品として認可される化合物 を見出すためには、3 万種以上の候補化合物を合成・評価する必要があるため、このような化 合物の迅速な合成方法の確立が求められています。また、医薬品の開発に成功し市場に流通さ せるためには、いくつもの厳しい規制を守りつつ、数百グラムからトンスケールでの化合物の 合成・供給が必要になります。一般的に、複雑な構造を有する医薬品は、比較的簡単で入手可 能な分子から合成・供給される場合がほとんどですが、 その合成には多段階の反応を必要とし、 多くの時間や労力を費やします。従って、既存医薬品や植物などが産生する天然物のように、 すでに最終物に近い構造を持つ化合物の特定の位置のみを構造変換することができれば、意図 した機能(活性の向上や、副作用の低減など)を有する化合物を効率的に合成することができ ると期待されます。東京大学大学院薬学系研究科 金井求教授、清水洋平助教らの研究グルー プは、現代化学においても依然困難である複雑分子の直接的かつ位置選択的な変換反応の開発 に精力的に取り組んできました。 <研究の内容> 同研究チームでは、カルボン酸が有する酸素原子と親和性の高いホウ素原子に着目し、これ を触媒量(注 1)用いることによって、カルボン酸のみを選択的に変換する反応の開発に成功 しました。医薬品のような複雑な構造を有する化合物には、反応する可能性のある位置が多数 存在するため、意図しない位置や望みでない変換反応が起きてしまうことが問題ですが、本反 応においては、高いカルボン酸選択性で望みの反応のみが進行します。今回の方法と同様の変 換をおこなう従来法では、多量の金属を用いるなどの激しい条件を必要とするため望みでない 位置での反応が進行してしまう副反応が問題となり、医薬品などの複雑な構造を有する化合物 に従来法を適用することは困難でした。また従来法では、望みでない位置での反応が進行しな いように、望みでない位置をあらかじめ反応しにくい構造に変換しておく「保護」という余分 な工程を経る必要がありました。それに対して今回開発された反応では、わずかな量のホウ素 触媒でカルボン酸を選択的に活性化できるため、 望みでない位置の保護を必要とせず、 さらに、 金属も必要ない穏和な条件にて実施できることが分かりました。たとえば、抗炎症薬として広 く使用されているロキソプロフェンやインドメタシンを原料として反応を行うと、高い効率で 目的とする反応が進行し、カルボン酸の位置から選択的に炭素の骨格を伸長して行くことがで きました。また、合成医薬品のみならず、天然から得られる化合物のカルボン酸を選択的に変 換することも可能でした。たとえば、ジャスモン酸と呼ばれる植物ホルモンを原料とした変換 反応に成功しています。この結果から、本反応を用いて天然由来の化合物を人工的に修飾する ことで、機能を改善したり、新たな機能を付与したりすることも可能であると期待されます。 本反応は、時として高価で毒性を持っていたりする金属を全く用いないこと、反応に必要なホ ウ素試薬が触媒量で済むため廃棄物が少ないことなどの点において、環境に対する負荷が小さ いことも特徴です。 さらに、お酢に主成分として含まれるカルボン酸である酢酸を用いて反応を行うことで、β アミノ酸(注 2)の合成にも成功しました。βアミノ酸は特殊アミノ酸の一種であり、通常の アミノ酸から構成されるペプチドと比較して、βアミノ酸を含むペプチドは分解されにくく効 果が持続するなどの利点があります。酢酸を直接変換反応に用いることは困難であったため、 従来は、あらかじめ様々な変換を施した酢酸類縁体を利用することによってβアミノ酸を合成 していました。しかし、酢酸類縁体の合成には余分な工程数を必要とし、労力とコスト、廃棄 物の面から解決すべき点を残していました。今回開発した方法は、豊富に存在する原料である 酢酸をあらかじめ変換することなく直接用いることができるため、工程数も大幅に減り、従来 法と比べてより簡便で安価なβアミノ酸の合成につながると期待されます。 <今後の展開> 本研究によって、 カルボン酸を含む医薬候補化合物の迅速な変換法に道筋がつけられました。 今後の研究によってさまざまな構造を導入できるようになれば、新規医薬品創出のさらなる加 速化が期待できます。また、カルボン酸構造に限定することなく、医薬品に数多く含まれるそ のほかの構造を選択的に変換しうる反応の開発が進むことによって、幅広い種類の医薬品開発 の効率化が期待されます。 5.発表雑誌: 雑誌名:「Journal of the American Chemical Society」(オンライン版の場合:5 月 27 日) 論文タイトル:Chemoselective Boron-Catalyzed Nucleophilic Activation of Carboxylic Acids for Mannich-Type Reactions 著者:Yuya Morita, Tomohiro Yamamoto, Hideoki Nagai, Yohei Shimizu,* Motomu Kanai* DOI 番号:10.1021/jacs.5b04175 アブストラクト URL:http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.5b04175 6.注意事項: 7.問い合わせ先:03-5841-4832 もしくは 03-5841-4830、[email protected] も しくは [email protected] 8.用語解説: 注 1) 触媒量 活性化剤として用いる分子の量が、原料よりも少ない場合に触媒量と呼ぶ。通常の反応では、少 なくとも原料と同じ量の活性化剤を必要とするが、一つの分子が何回も働くことができる場合には、 その使用量を原料よりも少なくおさえることができる。 注 2) βアミノ酸 アミノ酸はカルボキシル基とアミノ基を同じ分子上に有する化合物のことを指す。一般的なアミ ノ酸(αアミノ酸)はカルボキシル基とアミノ基が同じ炭素上に存在するが、βアミノ酸はカルボ キシル基とアミノ基が隣あった炭素上に存在する特殊な構造を有している。 9.添付資料: 図 1.今回開発された方法と、従来の方法 従来の方法では X から Y への変換は X’、Y’を経由して行う必要があったが、今回開発された方法を 用いると、ホウ素触媒によって X から Y への直接的変換が可能である。 図 2.ホウ素試薬を触媒とした医薬品の直接誘導体化 本ホウ素触媒を用いることで、従来では困難であった医薬品を直接基質として用いた場合において も、薬の活性向上、新規機能の付与、副作用の低減などが期待できる医薬品誘導体の合成 が迅速に行える。 図 3.ロキソプロフェンや酢酸を基質とした直接的変換反応 反応点が複数存在するロキソプロフェンを直接基質とした場合においても、カルボン酸構造にのみ 選択的に反応が進行し、新たな構造を導入できた。また、酢酸を原料として用いた際には β-アミノ 酸誘導体の合成に成功した。
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