30 - 日本臨床検査専門医会

Lab.Clin.Pract.,21(1):30-35(2003)
臨床検査専門医会振興会セミナー
第 20 回日本臨床検査医会振興会セミナー
医療制度改革と臨床検査
−私立医大の立場から−
岩手医科大学医学部臨床検査医学
諏 訪 部
章
果の臨床への返却が迅速になったと感謝されるわ
1.はじめに
けでもない.むしろ検査室までの搬送に時間がか
「 医療制度改革と臨床検査 」 というテーマのも
かるので逆に結果が出るのが遅いなど不満が出て
とに,私立医科大学の立場から意見を述べること
しまうことすらある.また,採血した検体を長時
になった.臨床検査に係わるすべての施設でかか
間ナースステーションに放置したりすると,検査
える大きな問題であるが,今回は臨床検査医学全
の種類によっては異常値が出てしまうこともある.
体の問題点,私立大学の臨床検査の問題点,岩手
検体は,適切に採取され適切に保存されているか
医科大学の問題点と新しい試み,について触れて
みたい.
2.臨床検査医学全体の問題点
a.臨床検査を巡る大きな変化
昨今の臨床検査を巡る情勢は,医療の IT 化,
検査の自動化,FMS/ブランチラボ構想,DRG/
PPS の導入,POCT/NST の普及など大変厳しい.
医療効率化の波は臨床検査にとって大変な脅威で
図1
臨床検査のジレンマ
となっている.20 世紀に大変な進歩を遂げた臨
床検査領域ではあるが,結果的には臨床検査が進
歩すればするほど,臨床検査技師の存在意義は薄
くなり,自分で自分の首を絞める結果を招いてい
る(図1).特に検体検査部門の自動化の進歩は激
しく,病院検査部は,生理検査部門や生理検査部
門しか生き残れないのではないかとまで考えられ
ている.
大型分析機器や大規模な搬送システムの導入に
より,大量の臨床検体を短時間に処理することが
可能になり,精度管理も一元化して行えるように
なった(図2).しかし,大型予算で機器を導入し
た割には,さほど検査技師の数は減らず,検査結
図2
− 30 −
検査部の中央化
医療制度改革と臨床検査−私立医大の立場から−
功
・検査の集中化・効率化
・精度管理の一括化
など
図3
罪
・搬送に時間がかかる
・結果が出るのが遅い
・検体採取は適切か?
・患者の顔が見えない
・踏み込んだ検査を頼み
にくい
など
院検査室ならない方がましである.すぐに必要な
検査以外は外注にしてしまえばいい.さらに話し
が進むと,そんな小回りの利かない検査部なら全
部まとめて外注化すればいい.すなわちブランチ
ラボや FMS の発想がそれである.
b.臨床検査技師の低い認知度
「 離床検査技師 」 という皮肉な言葉に出会った
検査部中央化の「功と罪」
ことがある.これは,「 臨床 」 を 「 離床 」 とした
などが不明の状態で検査室に集まってくる.
ワープロの単純入力ミスだが,これは実に含蓄が
一方,検査室では,検査技師が病棟に行かずと
ある.「 臨床検査 」 とは文字通り解釈すれば,「床
も検体が集まってくるので,その検体がどのよう
=ベッド 」 に 「 臨んで 」 行う 「 検査 」 という意味で
な患者から採られたのか分からない.年齢と性別
ある.直訳すれば 「 ベッドサイド検査 」 というこ
からおおよそ想像するのが関の山である.そこで
とになる.つまり臨床とはまさに患者さんと接す
はもう病める患者の顔が見えなくなってしまって
ることに他ならない.しかし,実際には臨床検査
いる.病棟や外来でも,看護師が検査に関してふ
技師はこの臨床の原点を忘れていやしないだろう
と疑問に思ったことでも,わざわざ検査部に電話
か.「 離床検査 」 という言葉はまさにこの態度を
して聞くほどのことでもないと面倒がり,間違っ
的確に揶揄した表現ではないか,と思いついた.
た検体採取がそのまま続いていることに気付かな
それを裏付ける悲しいアンケート結果がある
い.医師にしても,ちょっと踏み込んだ検査をお
(図4).非医療従事者 105 名を対象に 「 病院で働
願いしたくても,検査室にはどういう検査技師が
く方の職種を思いつくままに,思い浮かんだ順番
いるのか分からないので頼みづらくなる.検査室
に列記して下さい 」 というアンケートを行った.
はいつのまにか大型機器が存在するブラックボッ
医師と看護師はほぼ 100%の方が思い浮かんだ.
クス化してしまう(図3).
薬剤師は 55.2%の方が思い浮かび,放射線技師は
そもそも大型自動分析器や大規模な搬送ライン
44.8%の方が思い浮かんだのに対し,臨床検査技
などは検査センターのそれにかなうわけがない.
師はたったの 25.7%の方しか思い浮かばなかった.
極論すれば,検査センターのミニチュア版的な病
掃除の人はなんと 60.0%もの方が思い浮かんだ.
図4
臨床検査技師の認知度
− 31 −
Lab.Clin.Pract. (2003)
さらに医師と看護師の次に思い浮かぶ 3 番目の職
ていることが明らかになり,発作の治療ばかりで
種は何かを分析したところ,薬剤師が 21 名,放
はなく気道炎症を鎮めるために積極的に副作用の
射線技師が 17 名であったのに対し,臨床検査技
少ない吸入ステロイドを使用することが一般的に
師は第 6 位でわずか 6 名しかいなかった.掃除の
なっている.しかし,吸入ステロイドは副作用が
人は 8 名で,またしても我々の目の上のたんこぶ
怖いなどの誤った考え方がいまだに根強く,それ
的存在であった.どうやら当面の我々のライバル
がために一向に喘息が良くならない患者様がたく
は,薬剤師でも放射線技師でもなく,掃除のおじ
さんいるのである.
さんやおばさんでのようだ.
このホームページを訪れる方はインターネット
なぜこれほどまでに臨床検査技師は一般の方に
の普及とあいまって急増した.メール相談を寄せ
認知されていないのだろうか.考えてみれば薬剤
る方は,ほとんどが 20 代,30 代に集中していた
師は病棟で服薬指導を行うようになっているし,
(図5).もちろんこれらはパソコン世代ともいえ
放射線技師も病棟でポータブルのレントゲン撮影
るが,他方において働き盛りの世代であって,喘
を行っている.さらに掃除の人は,各病室を隅々
息を発症して病院を受診しても,「 3 時間待ちの
まで日々清掃している.やはり病棟の奥深くまで
3 分診療 」 の弊害で,主治医に満足に病状を伝え
入り込み患者様から見られるようにならなければ
られず,有効な治療方針を聞けない患者様が,イ
到底認知してもらえない.
ンターネットに情報を求めて殺到した結果と考え
c.今後の臨床検査のあるべき姿
られた.たくさんの相談メールに対応して,私自
私は,1997 年から喘息に関するホームページ
身非常に勉強になった.これらのメールは普段の
をインターネット上に公開し,患者様から質問に
診察室では決して聞くことができない患者様の生
回答するボランティア活動を行ってきた.気管支
の声であったからだ.
喘息は,発作がなければ正常であるという誤った
なぜこのような事態になってしまったのだろう
認識が医師や世間に出回っている.最近の研究で
か.それは,医療情勢の大きな変化,すなわちこ
は,気管支喘息の本体は慢性の気道炎症に基づい
れまでの医学(医師)中心の医療から患者様中心の
図5
喘息ホームページに寄せられる相談
− 32 −
医療制度改革と臨床検査−私立医大の立場から−
医療へと変化しているからと考えられる.毎日の
結果の解釈などについて十分説明が受けられれば,
ようにマスコミを賑わす,医療事故,医療ミス,
患者様は満足して病院を後にできるにちがいない.
リスクマネージメント,3 時間待ちの 3 分診療な
3.私立大学の臨床検査の問題点
どはまさに患者不在の医療に対する反省であり,
私は国立大学から私立医大へ移った経緯があり,
セカンドオピニョン,インフォームドコンセント,
クリニカルパス,カルテ開示などは患者主体の医
両者に共通な問題固有な問題とを経験している.
療への要望の高まりである.21 世紀は患者様が
国立大学はかつて “ 親方日の丸 ” 的な存在であっ
医療へ積極的に参加する時代である.しかし,患
たが,現在では独立法人化へ向けて私立大学とほ
者様が医療に参加することは,患者様自身が医学
とんど変わらない経営努力が要求されている.一
的知識を身につける必要がある.
方,私立大学では,理事長の権限が強く,検査室
インターネットによる医療情報の吸収意欲は,
の業績の不振が FMS/ブランチラボ化へ直結しか
国民の健康増進の要求とあいまって今後ますます
ねない.その意味では,あらゆる手段を講じて検
盛んになるであろう.現在 20 代,30 代の人間は,
査部の収益向上/経費節減を図らなければならな
30 年後になってもインターネットをやらなくな
い.これは逆に,何か新しいプロジェクトを開始
るとは考えられないので,この頃になると病院に
する際に,理事長の承認さえ得られればすぐにで
はインターネットで医療情報を勉強したハイテク
も実施可能で小回りが利くという利点もある.ま
老人が溢れるようになるであろう.そこには,
た,検査技師の多くは職員組合に属しており,よ
「先生にすべてお任せします 」 という医療はもは
り良い患者サービスを実現するために,従来の業
や存在しない.
務体型を変えようとすると予想外の抵抗にあうこ
患者参加型の医療の展開を考えた時,臨床検査
とも問題である.
の占める割合は大きな比重を占めるはずである.
本学は,日本最北端の私立医科大学として明治
臨床検査は,診断,治療経過の観察,予後の推定
30 年に私立岩手病院として創設され,昭和 23 年
においてすべてに係わってくるからである.私は
に岩手医科大学医学部医学科が開設された.四国
ここに臨床検査のプロであり,その病院の職員と
とほぼ同じ面積を占める岩手県で唯一の医育機関
しての臨床検査技師が活躍できる場があると確信
である.入院ベッド数は,本院(含歯学部)1,087
する.患者様は医師の前ではただでさえ緊張し,
床,附属循環器医療センター 115 床,附属花巻温
聞きたいことの 10 分の 1 も聞けないのが現状で
泉病院 150 床であり,外来患者数は,本院(含歯
ある.ここにもし気軽に聞ける検査技師がいたら
学部)で 1 日約 2,100 名である.当中央臨床検査
どんなに心強いだろうか.「 3 時間待ちの 3 分診
部には 80 名の検査技師がいるが,平均年齢 45 歳
療 」 に対して患者様が不満を感じるのは,3 時間
と日本でも有数の高齢化検査室である.50 歳以
待たされたからでも,3 分しか医師に診てもらえ
上が約 3 分の 1,女性の検査技師が約 3 分の 2 と
なかったからでもない.3 時間待ったのに 3 分し
いう特徴がある.東京近郊や関西の私立医科大と
か診てもらえず,納得したい医療が受けられない
比較すると決して多い人数ではないが,薬剤部や
から不満がでるのである.3 時間待っても医師に
放射線科の技師数と比較すると絶対数では多くな
3 分しか診てもらえなくても,自分の病気を理解
り,常に理事長や人事委員会からの人員削減要求
でき,病気が良くなれば決して不満は出ないので
の矢面に立たされている.
ある.事実天下の名医に診てもらおうと思えば患
本学の利点は,国立大に独立行政法人化のよう
者様は何時間でも待っていられるものである.も
な大きな動きがあっても直接影響を受けることは
し医師に 3 分しか診てもらえなくても,検査のプ
少なく,全国各地に卒業生が散在しており同窓会
ロである検査技師から自分が受ける検査の意義や
の組織力が強固で絶大なる支援があることである.
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Lab.Clin.Pract. (2003)
他方において,県内唯一の医育機関なので競争相
① 検査内容の説明
手がなく独自の医療文化を堅持するあまり時代の
② 検査結果の説明
流れに遅れがちという欠点がある.また,理事長
③ 検査 Q&A:検査なんでも相談室
④ 病棟や手術場への出張検査
の権限が絶大なので,鶴の一声で検査部のアウト
⑤ 各病棟・各外来に担当検査技師を配置
ソーシングという事態も念頭に置いておかなくて
⑥ POCT 対策
はならない.その意味で以下のような試みを早期
⑦ 患者の検査室見学
に実現させて,臨床側から頼りにされ感謝される
⑧ 外注検討委員会
⑨ 検査部便りの定期刊行
検査部を構築する必要がある.
⑩ 検査科の設置
4.岩手医大臨床検査での試み
図6
患者に開かれた検査室の構想
常に理事長から要求されるのは,中央検査部と
して収益を上げろ,という至上命令である.しか
⑨ 検査部便りの定期刊行,⑩ 検査科の設置,な
し,検査部は臨床科からのオーダーで検査を行っ
どの準備委員会を立ち上げ,現在進行させている
ている以上,臨床側の要求を無視して勝手に検査
(図6).
特に,① の検査内容の事前説明と ② の検査結
項目を追加して点数を稼ぐわけには行かないため,
どうしても経費節減が当面の課題である.また,
果の説明は,医療の変化に対応し増大する患者の
大学病院に存在する分析機器を有効に活用するた
検査に対応し,忙しい医師や看護師の補助的役目
めに,近隣の開業医や小規模病院から検体を集め
を果たそうとするものである.将来的には,薬剤
て,いわゆる検査センター的な業務を行う手段も
師の 「 服薬指導料 」 に相当する 「 検査指導料 」 が
考えられなくはないが,検体の集配能力やネット
保険で認められればと願って止まない.③ の検
ワークの構築に関しては大手の検査センターにか
査相談室の設置は,インターネットやイントラネ
なうわけがない.また,このような動きは法的に
ットを利用して,医師(特に研修医)や一般患者様
も禁止されている医療行為である点が厚生労働省
向けに対応する予定である.また,⑤ の病棟・
からあらためて注意が喚起された.平成 16 年以
外来担当検査技師の配置は,医師や看護師とのコ
降に実施される国立大学の独立法人化の打開策と
ミュニケーションを深め,チーム医療の一員とし
して各地の大学病院検査室がこうした動きに走ら
て医療に参加することが目的だが,将来的には,
ないようにとの牽制の動きとも考えられる.
小型万能分析機器を各病棟や外来に配置し,検査
私は新設の国立大学病院の検査部が 20 数名の
技師が採血から分析,結果報告まで行おうと意図
検査技師で院内検査を行っている現状をよく知っ
している(図7).検査技師は,毎日検査部から担
ているので,先述したような検査技師の業務拡大
当の病棟や外来へ出向く.そして,採血から分析
がいかに困難かを理解している.しかし,当大学
までその場で行う.空いた時間は,患者様への検
ではその 4 倍もの人員を抱えている点では,検査
査の説明に当てても良いだろうし,医師や看護師
室の壁を取り払いうまく人員を再配置すれば,業
との打ち合わせに使ってもよいだろう.そこには,
務拡大が可能であると考えるに至った.
良好なコミュニケーションが生まれ,医師や看護
私は平成 13 年 5 月に着任したが,この一年で
師から検査に関する相談を気軽に受けられるよう
「 患者に開かれた検査室運営 」 を目標に掲げ,①
になるだろう.検体管理の点でも精度管理が向上
検査内容の事前説明,② 検査結果の説明,③ 検
するだろう.何よりも病める患者様の顔が見える.
査相談室の設置,④ 病棟や手術場への出張検査,
「今日は調子はどうですか?」などの言葉が投げか
⑤ 病棟・外来担当検査技師の配置,⑥ POCT 対
けられる.場合によっては,その病棟の検査結果
策,⑦ 患者の検査室見学,⑧ 外注検討委員会,
をその技師が全部把握し,退院まで管理してもい
− 34 −
医療制度改革と臨床検査−私立医大の立場から−
・採血から検査結果まで一括管理
・患者様への検査内容・結果の説明
・その場で精度管理
・臨床現場での問題点を把握
・医師や看護師からの気軽な相談
・チーム医療への参画
・患者様から見られる程良い緊張感
・検査技師としてのやりがいを自覚
など
図8
図7
検査部の「脱中央化」のメリット
5.おわりに
検査部の「脱中央化」
検査の自動化の進歩は恐らく止まることを知ら
いだろう.患者様には主治医や担当看護師がいる
ないであろう.22 世紀には採血しなくても病気
ように,担当検査技師がいてもいいのではないか.
の診断がつくような時代がやってくるかも知れな
検査のことは何でも相談でき,問題となる異常が
い.しかし,医療が存在する限り検査はなくなる
見つかったら積極的に主治医に進言すべきである.
ことはありない.また患者様(国民)からのニーズ
検査技師が医療の現場で活躍するようになれば,
がある限り我々は生き残れるはずである.しかし
検査中央化によってもたらされた様々な問題点や
そのニーズに応えようとする姿勢や努力がなけれ
弊害が解決できるようになるだろう(図8).
ば我々の生き残る道はない.その意味でどのよう
⑩の検査科の設置構想は,臨床検査医による検
な変化や変革が起きようとも,我々臨床検査にた
査外来を立ち上げられないかという検討である.
ずさわる者が安心して職務を全うできるような足
現在の保険点数制度では今後の検査での収益の伸
固めができればと願って止まない.以上の我々の
びは期待しがたく,自由診療枠で患者が臨む検査
運営方針や運営方策が少しでも他大学の参考にな
を制限なく行える医療サービスを検討している.
れば幸いである.
これは,病気の早期発見の検診的な意味合いもあ
るが,異常値が出ないことで安心をえるための検
査と言える.
− 35 −