おとり捜査・強制採尿

2012年度冬学期「刑事訴訟法」9
おとり捜査
ポイント
○おとり捜査が違法となる場合があるとして,なぜ違法か?
⇒違法評価の実質的根拠
○おとり捜査の適法・違法を分ける基準は何か?
○初期の下級審裁判例(横浜地判昭26・6・19,同昭26・7・17)
「国家〔が〕一方において誘惑にかかり易い人を導いて犯罪を実行さ
せ・・・犯人を製造しておきながら他方直ちにこれを逮捕して処罰するとい
う・・・矛盾極まる措置・・・を正当と肯定することは,〔国政は国民の厳粛
な信託によるものであって,その福利は国民が享受するという憲法前文
にうたわれた〕趣旨を没却するものであり,国民・・・を個人として尊重せ
ず,〔憲法13条で保障された〕同人の自由及び幸福追求に対する権利
を・・・軽んじるもの」であるから,「被告人・・・の行為を刑罰を以て処罰す
〔るのは〕・・・憲法諸規定の趣旨に抵触する」
⇒〔わなにかかって麻薬を所持するに至ったところを逮捕された被告人
には麻薬所持による危害の抽象的危険すら認められないという点を
も合わせて〕無罪
○1950年代前半の最高裁判例
最(一)決昭和28年3月5日・刑集7巻3号482頁
最(二)判昭和29年11月5日・刑集8巻11号1715頁
「他人の誘惑により犯意を生じ又はこれを強化された者が犯罪を実行し
た場合に,・・・その他人が私人ではなく,捜査機関であるとの一事
を以てその犯罪実行者の犯罪構成要件該当性又は責任性若しくは
違法性を阻却し又は公訴提起の手続規定に違反し若しくは公訴権を
消滅せしめるものとすること〔は〕できない」
犯意誘発型・機会提供型の区別(二分説)
○犯意誘発型=違法
⇒どのような理由で違法なのか?
○被疑者に元々「犯意」があったか否かでなぜ区別されるのか?
○それは実効的な判断基準か?
・「犯意」とはどの程度のものをいうのか?
=実行される犯罪についての故意ほど具体的ではなく,
それに近い状態~その種の犯罪を犯す傾向(性向)
⇒対象は前科・前歴のある者に実際上限られるとすると
犯意誘発型として違法とされる例は実際上ないのでは?
○機会提供型なら,すべて無条件で適法か?
⇒さらに適法性の限界がある?
おとり捜査を違法とする場合の実質的根拠
おとり捜査が違法となる場合の理由(1)
○手続の公正さ,クリーンハンドの要請に反するという考え方
⇒・犯罪捜査において駆け引きは一切許されないか?それは現実的か?
・公正さを欠くかどうかを一義的に判定することは可能か?
・犯意誘発型と機会提供型の区別と論理的に連関するものか?
*最(三)決平成8年10月18日〔判例集未登載〕
大野,尾崎両裁判官の反対意見
「正義の実現を指向する司法の廉潔性に反するものとして,特別の必
要性がない限り許されない」(覚せい剤事犯の捜査が一般に困難であ
るというだけでは足りず,具体的な事件の捜査のために必要か否か
を
検討すべき。)
⇒司法の廉潔性に反するのに,特別の必要性があれば何故許される
のか?利益衡量?
おとり捜査が違法となる場合の理由(2)
○対象者の人格的自律権(公権力から干渉を受けずに,自己
の行動・生活の在り方等を決定できる自由)を侵害するとい
う考え方(三井説)
⇒・犯罪を犯すかどうかを独自に決定する自由というものを観念するこ
とがそもそもできるか?それは保護に値するか?
・国家機関以外の第三者に教唆,幇助されて犯行に及んだ場合(特
にその第三者にだまされたのではないとき)でもその種の法益の
侵害があるといえるか?
・犯意誘発型に限らず機会提供型でも干渉はあるのではないか?
後者は侵害がないので常に許されるということになるのか?
後者は任意捜査の限界の問題という位置づけが可能か?
おとり捜査が違法となる場合の理由(3)
○引き起こされる犯罪による法益侵害の危険を生じさせること
に違法性の根拠を求める考え方(佐藤隆之説)
相手方の権利等の侵害は伴わないという意味で任意捜査
⇒犯罪の重大性,必要性・補充性,手段の相当性等の衡量により適法
性を判定
⇒・犯意誘発型と機会提供型の区別との連関は?
・対象者の権利は侵害しないという意味で任意捜査
しかし,その限界を画する際に考慮される権利・利益の制約は第三者
(引き起こされる犯罪により法益を侵害される危険のある個人等,捜
査の公正さに対する信頼を害される国民)についてのもの
⇒通常の任意捜査の限界の判断枠組とは異なるのではないか?
・執拗な誘惑,金銭や性的関係を利用した誘惑=手段の相当性を欠く
⇒違法性の根拠論と論理的に連関するか?(いずれにしろ,法益侵
害の危険は生じるのでは?)
百選12事件
◇第一審
適法性の要件
・機会提供型であること
・働きかけが相当であること
◇控訴審
必要性と態様の相当性を総合して判断
犯意誘発的働きかけ or 機会提供
最高裁平成16年決定
少なくとも
①直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査
②通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難な場合
③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象
⇒おとり捜査は,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容
参考文献
①酒巻匡「おとり捜査」
法学教室260号102頁以下
②佐藤隆之「おとり捜査の適法性」
法学教室296号26頁以下