2012年度冬学期「刑事訴訟法」8 新たな捜査手段 ポイント ○通信・会話の傍受 ・通信・会話傍受の合憲性 ・立法に当たっての主要論点と通信傍受法の概要 ○電磁的記録の収集・保全の手段・方法 通信・会話傍受の合憲性(1) ○会話・通信の傍受により憲法上のいかなる権利が侵害されるか? ・専ら住居等に対する物権的権利・利益の侵害の有無を問題とする見方 ・プライバシーの権利(通信の秘密,人格権)の侵害を問題とする見方 会話・通信の傍受と憲法上の規制の根拠条項 実 体 的 権 利 保 障 憲法13条(プライバシーの権利・人格権) 手 続 的 権 利 保 障 憲法31条(適正手続の保障) 憲法21条2項(通信の秘密) 憲法35条(令状主義) 「住居,書類及び所持品について, 侵入,捜索及び押収を受けることのない権利」 緩やかな要件 特定性の要件 憲法上の保障の相互関係 実体的権利 手続的保障 プライバシーの権利 通信の秘密 犯罪の重大性・嫌疑の十分性 補充性 minimization 適正手続の保障 令状主義 正当な理由 特定性 告知と聴聞 会話・通信の傍受の合憲性(2) ○憲法35条との適合性 ・特定性の要請を充たし得るか? 果たして,そして如何なる内容の会話・通信がなされるかは未知 ⇒物の捜索の場合も,捜索場所に果たして,そして如何なる物が所在 するかが予め判明していることは稀⇒予測に基づき概括的表示 esp. 文書⇒正確な内容は予知困難⇒「○○に関する文書」と表示 ⇒合理的に判断して他と識別可能なら特定性充足 ⇒「本件に関連する文書」という表示 限定的な例示,被疑事実の内容の明示⇒特定性 ・物=捜索場所に所在するものという意味で限定 会話・通信=そのような限定ないから,無関係な会話・通信混在? ⇒事件の性質・内容,関与者の範囲 当該通信設備・場所の性質や通常の使われ方 目的の通信・会話の特殊性とそれによる識別の容易性 時間帯の限定 etc. ⇒相当程度に限定可能な場合も *百選34判例「対象の特定に資する適切な記載」 傍受すべき通話,傍受対象となる電話回線, 傍受実施の方法・場所,傍受できる期間,を限定 傍受対象の特定に関する通信傍受法の規定 「電話番号その他発信元又は発信先を識別するための記号又は符号 ・・・によって特定された通信の手段」「〔当該〕犯罪の実行に関連する 事項を内容とする通信」 (通信傍受法3条1項,6条) 「傍受すべき通信」「被疑事実の要旨」の記載(同法6条) ⇒令状呈示にあたっては被疑事実の要旨は不開示(通信傍受法9条1項) 憲法上の他の論点 ○憲法35条との適合性(承前) ・一定期間,何度も傍受⇒各別の令状の要請に抵触しないか? ・秘密裏の実施⇒令状呈示は必要ではないか? ○憲法31条との適合性 ・告知と聴聞の保障 ⇒処分(権利侵害)の適正な告知 不服申立の機会 通信・会話傍受の適法性(通信傍受法制定以前) ○処分の性質:「検証」に当たるか? 場所,物等の物理的状態の認知にとどまらず,文字や言葉の意味認 識も含まれるか? 通信傍受法13条1項 ○該当性判断のための傍受の可否 検証のための必要な処分とする説(百選34判例) ⇒検証のための検証ないし捜索であり,現行法上許されないのではな いか?(元原裁判官反対意見) *通信・会話のすべてが関連性のあるものと認められる場合(ex.薬物取引 の専用電話)はすべてを検証の対象とすること可 〔該当性判断のための傍受ではなく,検証そのもの〕 ○処分の告知と不服申立の機会の存否 憲法31条 刑訴法100条3項に相当する規定なし 検証に対する準抗告は不可(百選35判例) ⇒百選34判例は,その当時の法には「問題があることは否定し難い」 が,そのことを理由に検証許可状による電話傍受が許されなかった 元原裁判官反対意見 とまで解するのは相当でない」とする。 通信傍受法23条,26条 通信傍受法立案にあたっての他の論点 ○対象犯罪 ・範囲 *百選34判例「重大な犯罪にかかる被疑事件」 通信傍受法別表の罪(薬物事犯,銃器犯罪,集団密航,組織的殺人) 立案当初は,重大犯罪(死刑・無期刑に当たる罪),及び,組織的に 行われ易い犯罪(薬物,銃器等)を想定 ・行われようとしている犯罪も対象にし得るか ◇将来発生する犯罪を対象にした「捜査」というものが観念できるか? 司法警察と行政警察との区別 *刑訴法189条2項「犯罪があると思料するとき」 規則156条1項「罪を犯したと思料されるべき資料」の提出 ◇強制処分まで許されるか? ・通信傍受法3条1項2号(過去・現在完了の犯罪,かつ近接未来 の同種犯罪) ・同項3号(死刑,無期・長期2年以上の刑にあたる予備的犯罪, かつ目的とされる近接未来の犯罪) ○傍受の要件 ・理由 *百選34判例「被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由」 「被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性」 通信傍受法3条1項 「十分な理由」かつ「数人の共謀によるものであると疑うに足りる 状況」 「関連する事項を内容とする通信が行われると疑うに足りる状 況」 ・必要性・補充性 *百選34判例「電話傍受以外の方法によっては・・・著しく困難」「真にや むを得ないと認められるとき」 通信傍受法3条1項 「他の方法によっては,犯人を特定し,又は犯行の状況若しく は内容を明らかにすることが著しく困難」 ○令状 ・請求権者 *逮捕状についての限定(199条2項) 通信傍受法4条1項(指定検事,指定する警視以上等) ⇒内部的規制として,さらに検事正,警察本部長の事前承認が 必要 (犯罪捜査のための通信傍受規程(法務大臣訓令)3条 通信傍受規則(国家公安委員会規則)3条1項) ・発付 ・記載事項 通信傍受法4条1項(地方裁判所の裁判官) 同法6条(esp. 被疑事実の要旨 ただし9条1項但書) ○傍受の期間 ・期間の限定 ・期間の延長 同法5条1項,7条(10日⇒最長30日) ○傍受の実施 ・該当性判断のための傍受 通信傍受法13条1項(必要最小限の範囲に限る) ⇒スポット傍受(通信傍受規則(国家公安委員会規則)11条) 2項(暗号等の場合)・・・捜索のための必要な処分に相当 ・他の犯罪に関連する通信の傍受ないし記録の可否 緊急押収の合憲性 *アメリカ判例「plain view doctrine」,日米の憲法規定の差異 通信傍受法14条(死刑,無期・短期1年以上の刑に当たる罪に限定) ・業務上の秘密の保護 ・通信事業者の協力確保 ・立会い 通信傍受法15条・・・刑訴法105条参照 同法11条 同法12条 ○傍受の実施(続き) ・記録の作成 通信傍受法19条以下 すべてを記録(同時に2個) ⇒1個は立会人が封印のうえ裁判官に提出・保管 (手続の適正さの担保・確認手段) ⇒1個は,非関連部分を消去して捜査・立証用の 傍受記録とする ○事後手続 ・対象者への通知 通信傍受法23条(30日以内⇒延期可) ・記録の閲覧 同法24条,25条 ・不服申立 同法26条(準抗告に準じる) 同法29条 ・国会に対する実施状況の報告 同法30条(捜査機関による場合の加重処罰) ・通信の秘密侵害罪 コンピュータ・ネットワーク,コンピュータ・システム, 電磁的記録物等についての証拠の収集・保全 ○実質的には,コンピュータ・システムにより,あるいはコン ピュータ・ネットワークを通じて処理,記録ないし伝達され る情報(データ)に証拠としての価値 コンピュータ・ネットワーク,コンピュータ・システム, 電磁的記録物等についての証拠の収集・保全(2) ○特性 ①それ自体としては不可視,固有の物理的特徴なし ⇒作成主体の特定,内容の確認が困難 ②改ざん,消去,移動,複写が容易 ⇒その有無の判別が困難,迅速な保全の必要 ③システム操作に特殊な技術・知識が必要なことも ⇒関係者の協力の必要 ④アクセス制限,暗号,カモフラージュの可能性 ⑤システム,ネットワークの利用者は,ID,passwordなどの(それ自体, 電磁的な)付加的情報によらなければ識別不可⇒特定が困難 ⑥大量,多数の利用者のデータが処理,記録,伝達され得る。 ⇒無関係の情報,第三者の権利・利益の保護の必要 ⑦複雑な広範囲のネットワークによる伝達,処理,記録が可 ⇒・その経路のトレースが必要,記録媒体の所在の特定が困難なこ とも ・ボーダレス⇒国際的協力・連携の必要 ○電磁的記録の確認・保全の方法 ①捜索・差押え ・情報の読み出し,確認は,捜索それ自体ないしはそれに必要な処 分 ・差押えは有体物を対象→関連性のある記録自体を差し押さえるこ とは不可 *原理的に不可か? ・・・預金債権等の没収保全(組織的犯罪処罰法§§30,31) 民事訴訟法上の仮差押え ⇒多数の無関係な情報,第三者のデータも含めて差押え ⇒相当性? ・プリントアウト,複写物の差押え ⇒当然にはできず,それによって代替も不可 差押えに代わる検証として位置づけること可? ②検証 ・情報の読出し,確認はそれ自体が検証 プリントアウト,コピー等は検証の記録として保全 ・目的とする記録の記録状況,他の記録との関係なども認知可能 ⇒検証対象を特定するための捜索ないし検証は不可 (ただし,百選34判例は必要な処分として可とする) ⇒目的とする情報がどこにあるか分からない場合,多数のファイル を開けて見ることが許されるか? ③提出命令(刑訴法§99②) ・捜査には利用不可 (明文はなし。§222①等の解釈) サイバー犯罪対策のための刑訴法一部改正 ○記録命令付き差押え(§§99の2,107①,218①,219①) ・目的とする記録が特定されている+証拠隠滅のおそれなし +処分対象者が応じる見込み ○差押えの代替的執行方法(§§110の2,222①) ・目的とする記録を確認する必要 ・証拠隠滅の恐れなし+処分対象者が協力 ⇒対象者によって複写,印刷,移転させ,それを差し押え(2号) ・証拠隠滅の恐れ,or 処分対象者が非協力 ⇒捜査機関自身が複写等して,それを差し押え(1号) ○電気通信回線で接続している他の記録媒体からの複写 (§§99②,107②,218②,219②) ○通信履歴の保全要請(§197③)⇒30日間(さらに30日間延長可) ○処分対象者への協力要請(§§111の2,142,222①) 参考文献 ①井上「通信・会話の傍受」『刑法雑誌』37巻2号45頁以下 〔井上『強制捜査と任意捜査』(2006年)所収〕 〔さらに詳しくは〕 ②井上『捜査手段としての通信・会話の傍受』(1997年,有 斐閣) ③井上正仁=池田公博「コンピュータ犯罪と捜査」 『刑事訴訟法 の争点(第3版)』88頁以下 〔より詳しくは〕 ④井上正仁「コンピュータ・ネットワークと犯罪捜査(1),(2)」 法学教室244号49頁,245号49頁以下 〔同『強制捜査と任意捜査』所収〕 ⑤川出敏裕「コンピュータ犯罪と捜査手続」 法曹時報53巻10号2747頁以下
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