メディア・イベントとしての 2010 年チリ地震津波 ~NHK テレビの災害報道を題材にした一考察~ 紹介者 30916002 石崎淳 1.はじめに 2010年2月末のチリ沖地震では、マスメディアの情報をもと に対応することを迫られた。 しかし、避難率は低調に終わり、 「情報あれど非難せず」という現状 阻害する要因 1.メディア・イベントが別のメディア・イベントと競合していた。 2.テレビ画面上でのプレゼンスが小さく、当事者とし組み込まれて いる程度が低かった。 3.津波来襲は実際に避難する住民リアルに伝わっていなかった。 また、「知らなかったから逃げなかった」のではなく「それなりに知って いたからこそ逃げなかった」 2.方法と対象 ◎NHKの42時間にわたった緊急報道を対象として、「内容分 析」を行った。 ・対象は繰り返し放送、発言されたコメント、大学教授が解説した話など。 ・また、映像は内容をカテゴリー化して量的なデータとして集計した。 NHKを選んだ理由 1.警報を覚知するための最も役立つメディアが「テレビ」であるから。 2.他の放送局よりも、視聴率が15~25%と高いポイントをキープして い たから。 ◎様々なリアリティ・ステイクホルダーへの聞き取り調査 を実施した。 ・対象は高知県内の自治体の行政担当者、津波非難タワーの近隣住民等 ・放送対応に従事したNHK職員にも聞き取りを行った。 ・フィールド・ノートを作成して、データの整理をおこなった。 3、課題 (1)テレビ放送分析の妥当性とタイムフレーム ・テレビ(特にNHK)はつけっぱなしというデータが多く得られた タイムフレーム ・地震発生(2月27日)の速報から、翌28日朝の気象庁会見場の中継開始まで 『ああ、本当に始まったんだ』という意見 ・緊急特番開始時から、28日夜20時まで 『やはり津波は来るんだろうなあ』という意見 ・大河ドラマ放送開始時から、翌3月1日朝の注意報全解除の速報まで 『テレビを見ていても、もう大きな津波が来る心配はないだろう』と いう意見 日常モード→災害モード→日常モードと遷移したタイムフ レームをそれぞれ上に書かれた時間帯でPhase1~Phase3 と大きく3つの局面に整理する。 (2)課題1:放送内容におけるリアリティの競合 地震発生時のテレビのよる放送内容内訳を示す。 ・Phase1からPhase3までの42時間全ての分類が図1 ・Phase1時の放送内容内訳が図2 図1 全42時間の放送内容内訳 図2 Phase1の放送内容内訳 図1では冬季五輪に関連する放送は20%を超えていたが、チリ地震津波情 報の内容は合計32%だった。しかし、Phase1時では地震はもう発生して いるのに冬季五輪が39%に対してチリ地震津波はわずか4%だった。 (3)課題2:リアリティ・ステイクホルダーの偏り どのような人物がテレビ画面にどのような形で登場していたかを示す。 図3は、Phase1の中で2月27日の放 送分に関して情報の発信元となっ ている主体の出現頻度である。 <実際の偏り> ・2月27日夜の時点では気象庁の会見 や専門家等を映し、住民は登場し なかった。 ・住民を映す際も、多くが高齢者で あった。つぎに子どもの姿で、若 者はごくわずかで、インタビュー にいたっては若者は一人も該当し なかった。 ・『怖いですよ』などの不安を煽る ような自己に言及内容ばかりが取 材され、『他の人が心配だ』など の他人を思う内容はごくわずかし かなかった。 4、考察 (1)課題の克服 <課題1:リアリティの競合> ・別のメディア・イベント(ここでの冬季五輪)に注意がいかない ように『気象庁が調査中につき、続報に注意せよ』といった「更 新情報の感度を高めるためのメッセージ」の断続的な発信。 ・Phase2からPhase3に移行したテレビ画面で警報エリアの地図を 消 さずに表示し続けたことに対して、『まだ、NHKは警戒を解か ず にいてくれる』と勇気すけられたという証言。 <課題2:リアリティ・ステイクホルダーの偏り> ・非難対象地区において、高齢者や子どもだけなく若者でさえも皆、 当事者であった。 ・撮影、取材ポイントを非難所、駅だけでなく、塾、公園、病院等 バリエーションを増やす工夫が必要。 (2)放送の基本フォーマットからの逸脱の可能性 これまでテレビなどでされてきた災害報道の基本フォーマットを見直す ・『テレビなど見ていないで、早く非難してください』と普段と 異なる対応をとる。 ・専門家が『なんの権威ある説明もみなさんに申しあげられませ ん』と発言し、注意を引く。 ・『沿岸部の皆さん、家でテレビを見ていては危険です。続きは 避難所でご覧下さい。避難所に設備がない場合は、ワンセグ携 帯やラジオなどをお持ちのかたから新しい情報を得るようにし てください。』と家のテレビ以外から情報を得るように促す。 津波非難の社会的なリアリティを『たぶん自分は 大丈夫だろう』といった、『正常化の偏見』が支配する様相から 大きく転換させる潜在能力をもっている。 5、まとめと今後の課題 ・2010年チリ地震津波の際のNHKの災害報道を題材にして、 メディア・イベントの理論フレームで照射された主な論 点を検討した。 ・十分多様なサンプルを対象に聞き取り調査できたわけで はない。 ・NHK限りの検証であったため組織内部に閉じた議論が含 ま れている可能性があり今後は民間放送や他のメディアと も照らし合わせ、より対座的な視座を築いていく必要が ある。 ・台風や火山災害などの災害における知見によっても、メ ディア・イベントの理論フレームの有用性を検証してい かなければならない。
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