共和分検定を用いた実証研究 について 大阪学院大学 松木 隆 京都大学集中講義 2011年2月23日 共和分検定を用いた実証研究の 主なテーマ 貨幣需要関数の推計 購買力平価説(PPP) 恒常所得仮説 Campbell(1987) 効率的市場仮説 Fama(1970) Fisher効果 Fisher(1930) 最適通貨圏(Optimum Currency Area, OCA) Mundell(1961)、McKinnon(1963)、 Enders and Hurn(1994) 経済成長1人当たりGDPのコンバージェンス 貨幣需要関数の推計 (M/P)t = f (Yt, rt) ・・・貨幣需要関数 ここで、M/Pは実質貨幣ストック、Yは生産量、rは利子率である。 ミクロ経済学的基礎付け 在庫理論に基づくアプローチ(Inventory-theoretic approach) Baumol(1952)、Tobin (1956) 貨幣の取引需要は、手数料と所得の増加関数、利子率の減少関数 政策的意義 ・物価の安定化を図るため、マネーサプライは金融政策の指標 ⇒マネーサプライ・ターゲッティングの前提となる生産量、通貨残高、 物価水準、利子率の間に安定的関係を見出したい ・利子率が変化しない場合、貨幣需要の所得弾力性は、一定の成長率を保 つためにはどれだけの速度で貨幣を供給すべきかを判断する材料となる。 問題1:“Missing Money” Goldfeld(1976) 推計した通貨需要関数による外挿予測値が実績値を軒並み上 回る現象。通貨需要量の理論値の一部は、金融イノベーション により従来の(狭義の)貨幣残高に含まれない項目にシフトした 可能性を指摘。 1) 問題2: 従来型モデルにおける不安定なパラメータ推計値とモデルの当 てはまりの悪さ 1) 新規金融商品やサービスの開発による通貨保有量の減少、金融仲介業 での技術進歩がもたらす取引に要する通貨量の減少など。 改善策1: モデルの改善 ⇒誤差修正モデル(ECM)による推計 改善策2: データに含まれる経済構造変化の考慮 ⇒構造変化を考慮したモデルを利用 誤差修正モデル(ECM)による推計 誤差修正モデルは、変数間の短期的な変動と長期均衡関係か らの乖離を表現するため、貨幣需要の動学をうまく捉えること ができる。今、仮に利子率が固定されているとすると、ECMは Δ(m – p)t = αΔyt + β(m – p –ky)t-1 + error。 ここでm、p、yは、それぞれマネーサプライ、物価水準、所得の 自然対数値であり、kは定数である。 最適な貨幣保有量が、所得に比例して(m – p)=kyで決まると する。しかし、現実には不確実性や調整コスト存在などから必 ずしも最適な保有量が毎期毎期実現しているわけではない。こ の均衡状態からの乖離がエラー・コレクション・タームEC = (m – p –ky)tによって表現される。 (m – p)<ky ⇒ 係数β< 0と予想される。 Hendry(1979、1985) 英国のECM型貨幣需要関数の推計 サンプル期間:1963Q1~1977Q1、 1963Q1~1982Q4 データ: Δ(m – p)t:実質M1(GNPデフレーターで実質化) Δyt:実質GNP Δpt:GNPデフレーター Rt:3ヶ月物地方自治体証券金利 Δのつく変数は全て季節調済前期比増減率。 1963Q1~1977Q1 Δ(m – p)t = 0.040 + 0.40Δyt – 0.52Rt – 0.86Δpt (2.50) (4.73) (5.06) – 0.11(m – p – y)t-2 – 0.26Δ(m – p)t-1 (5.50) (2.89) 1963Q1~1982Q4 Δ(m – p)t = 0.041 + 0.37Δyt – 0.58Rt – 0.80Δpt (2.84) (8.28) (6.66) – 0.10(m – p – y)t-2 – 0.28Δ(m – p)t-1 (10.0) (4.00) 推計結果から ・各説明変数の係数値の符号は予想と整合的である。 Δyの係数>0、Rの係数<0、EC項の係数<0 ・各説明変数の係数値は有意であり、かつ安定的である(推計 期間を1963Q1~77Q1から82Q4に延ばしても係数値は大きく 変化しない)。 実質マネーサプライ、所得、利子率の間の長 期的安定関係について ⇒共和分関係として捉える Phillips and Hansen検定、Engle and Granger検定、Johansen検定などを用いて 検定する Dickey et al.(1991) サンプル期間:1953Q2~1988Q4 データ:M1、M2 実質GNP(q)、GNPデフレーター(P) 3ヶ月物財務省短期証券金利(R3M)、10年物国債利 回り(R10Y) 全てのデータは自然対数値 検定手法:ADF検定、Johansenトレース検定、最大固有値検 定、Engle and Granger(EG)検定 定常性の検定(ADF検定) M1/P M2/P q R3M R10Y ΔM1/P ΔM2/P Δq ΔR3M ΔR10Y ADFtμ (定数項) -0.817 -0.801 0.308 -2.689 -1.873 -3.618* -4.006* -5.923* -6.634* -5.586* ADFtτ (定数項、タイムトレンド) -1.444 -2.456 -2.167 -3.884 ⇒全ての系列はI(1)である可能 性を示す *は5%の有意水準のもとで有意。 5%の棄却点は、それぞれ ADFtμ(T = 100)=-2.89、ADFtτ(T = 100)=-3.45。 共和分の検定(Johansen検定) トレース検定 利子率=R3M 利子率=R10Y h=0 32.3* 28.4 h≦1 5.2 6.0 h≦2 1.2 1.8 最大固有値検定 利子率=R3M 利子率=R10Y h=0 27.1* 22.4* h=1 4.0 4.2 共和分ベクトル 利子率=R3M 利子率=R10Y q 0.680 0.845 R3M -0.369 R10Y -0.570 *は5%の有意水準のもとで有意。 5%の棄却点は、トレース検定が31.3 (h=0)、17.8(h≦1)、8.1(h≦2)、最大固有値検定が21.3(h=0)、14.6(h=1)。 共和分の検定(EG検定) 従属変数 M1/P (利子率=R3M) (利子率=R10Y) -2.26 -2.08 共和分ベクトル q R3M R10M 0.353 -0.131 0.558 -0.303 q 1) (利子率=R3M) (利子率=R10Y) -3.92 -3.18 0.671 0.794 (利子率=R3M) (利子率=R10Y) -4.86* -3.36 0.730 -0.359 0.826 R 1) 検定統計量 -0.271 -0.449 -0.496 1) 共和分ベクトルの値は、M1/Pの係数を1とした時の係数値。 *は5%の有意水準のもとで有意。 5%の棄却点は、-3.93(T=100)、-3.78 (T=200)。 検定結果 トレース検定 h=0(共和分なし)を棄却(R3Mの場合) h=1(共和分ベクトル1つ)を棄却せず 最大固有値検定 h=0を棄却(R3M、R10Yの場合) h=1(共和分ベクトル1つ)を棄却せず EG検定 h=0を棄却(従属変数をR3Mとした場合) ⇒上記結果より、共和分ベクトルが1つ存在する可能性がある。 (特に、R3Mにかかる係数値を1とする共和分関係) 検定結果 ・EG検定における推計式の違い(どの変数を従属変数とする かの違い)により、係数の推定値が変化することに注意が必要。 ・Johansen検定のモデルから得られた共和分ベクトルの推計 値(-0.369)と、R3Mを従属変数としEG検定のモデルから得ら れた共和分ベクトルの推計値(-0.359)は近い。 データにおける経済構造変化の存在を考慮 構造変化を考慮した共和分検定 Gregory and Hansen(1996) Johansen, et al.(2000) など Gregory and Hansen(1996) Level shift model y1t 1 2 DUt ( ) γ' y 2t error Level shift with trend model yit 1 2 DUt ( ) t γ' y 2t error Regime shift model yit 1 2 DUt () t γ 1' y 2t γ '2 y 2t DUt () error 1 t T DU t ( ) 0 otherwise 0.15<λ<0.85の範囲において上記推計式を繰り返し推計し、構造変化点を探索。 共和分検定統計量を最小にする時のλTを構造変化点とする。 検定統計量は回帰式の残差を用いて構築する。 宮尾(2006) サンプル期間:1975Q1~2002Q1 データ:M1(Mt)、GDPデフレータ(Pt)、実質GDP(yt)、 翌日物コールレート(Rt) モデル: ln(Mt/Pt) - lnyt = β0 + β1lnRt ln(Mt/Pt) - lnyt = β0 + β1Rt 検定手法:ADF、DF-GLS、Banerjee, Lumsdaine and Stock (1992)(構造変化1回の単位根検定) Engle and Granger検定、Johansen最大固有値検定、Gregory and Hansen(1996)検定 単位根検定の結果 ・3つの検定において、全ての系列の単位根帰 無仮説は棄却されない。 ・全ての系列の一回階差系列の単位根帰無仮 説は1%の有意水準のもとで棄却される。 ⇒系列はI(1) 共和分検定の結果 変数 lnR lR EG -2.46 -0.47 Johansen 1) 20.33(5)* 28.36(1)** Gregory and Hansen -5.71** -3.16 1)ヨハンセン検定の統計量の横のカッコ内の数値は、モデルの ラグ次数。 **、*は、それぞれ1%、5%の有意水準のもとで有意。 棄却点は、EG検定 が-3.41(5%)、-3.51(1%)、最大固有値検定が17.16(5%、lag=5)、 22.13(1%、lag=5)、15.92(5%、lag=1)、20.53(1%、lag=1)、Gregory and Hansen検定が-4.95(5%)、-5.47(1%)である。最大固有値検定の棄 却点はCheung and Lai(1993)小標本サイズの修正値。 ・総じて共和分関係は成立している。 EG検定では検出力不足 が考えられる。 ・また、共和分ベクトルが一定がどうかの検定(共和分ベクトル の安定性検定(Hansen(1992)、Hansen and Johansen (1993))も行っており、その結果、lnRの共和分ベクトルに変 化なしという仮説を支持。 最近における改良 ・Johansenタイプの共和分検定に構造変化を考慮し 適用 ・パネル共和分検定の利用(Kao検定、Pedroni検定 など) 残された課題 識別性の問題 ⇒推計式は貨幣需要関数 or 貨幣供給関数? Johansen, et al.(2000) 構造変化回数が1回の場合 β y t α γ ' k 1 k 1 y t 1 μDt k a i Δy t i kDt i error i 1 i 0 tD t k ここで、ytはn×1、α、βはn×h、μ、kはn×1、γは2×hであり、aはn×nである。 また、βは共和分ベクトル、αγ’はタイム・トレンドの係数ベクトルとなる。 また Dt k (1, Dt k ) Dt k 1 0 (1×2) であり T1 k 1 t T k otherwise 1 t T1 k 1 Dt 0 otherwise である。ここで、T1は構造変化点である。Johansen et al.(2000)は上記モデルに おいて尤度比検定統計量を構築している。 Fisher効果の検証 ・Fisher効果・・・名目利子率と期待インフレ率の相関を表す(安定的な実質 利子率 を含意)。貨幣の中立性を示唆する。 it = α+βE(πt)+ et ここで、itは名目利子率、πtはインフレ率、etは誤差項。 β=1かつα=一定 ⇒ 期待インフレ率と名目利子率の変化分は等し い(full Fisher仮説)。 β<1 ⇒ 期待インフレ率の変化が利子率に部分的な影響を及ぼす (partial Fisher仮説)。 理由:インフレ率と名目利子率の負の相関の可能性 (Mundell(1963)、Tobin(1965)) β>1 ⇒ 期待インフレ率の変化分以上に利子率が変化。 理由:名目利子率への課税の効果(Darby(1975)) Feldstein and Summers(1978)の結果 サンプル期間:1954Q1~1976Q4 データ 名目利子率:10年もの社債利回り 期待インフレ率:ARIMAモデルによるインフレ率の予測値 推計結果 it = 2.9+0.94E(πt) (10.4) βのOLSEは有意であり、 β= 0.94≒1であるから、full Fisher仮 説が支持される。 ⇒ただし、上記推計式には「見せかけ回帰」の可能性が残る。 Crowder and Hoffman(1996) サンプル期間:1952Q1~1991Q4 データ 名目利子率: 3ヶ月物財務省短期証券金利 期待インフレ率:総消費支出のインプリシット・デフレーター (期待インフレ率の代理変数として年率換算 値を用いる) Taxについてデータに修正を加える 検定手法:Johansen(1988)のトレース検定 仮説 H0:共和分なし vs. H1:1つの共和分ベクトル 検定結果 データ(Taxについて修正なし) (利子所得への平均限界税率が一定と想定) λtrace = 15.88* ⇒5%の有意水準のもとで帰無仮説を棄却 βの推計値=1.35 >1 データ(Taxについて修正あり) λtrace = 16.14* ⇒5%の有意水準のもとで帰無仮説を棄却 βの推定値=0.97≒1 ⇒①名目利子率と期待インフレ率における共和分関係の存 在を確認 ②βの推計値≒1より、full Fisher仮説を支持 (参考)βのOLS推計値 = 0.53、 βのDOLS推計値 = 0.69 (4leads and lags) ⇒小標本における(下方)バイアス(OLS)や検定パフォーマンス の違い(DOLS)による Westerlund(2008) サンプル期間:1980Q1~2004Q4 データ OECD20カ国 名目利子率:short-term nominal interest rate 期待インフレ率:CPI 検定手法1:ADF、Phillips and Ourialis(1990) 検定手法2:Saikkonen(1991)のDOLS(2leads and lags)、 Phillips and Hansen(1990)のFMOLS ADF、Phillips and Ourialis(1990)検定 仮説:H0:共和分なし vs. H1:共和分あり ⇒検定の結果、全ての国についてH0を棄却できず DOLS、FMOLS検定 it = α+βE(πt)+ et 仮説:H0:β = 1 vs. H1:β≠1 H0:β=1の検定結果 棄却数 5/20 カ国(OLS) 3/20 カ国(DOLS) 1/20 カ国(FMOLS) ⇒総じてfull Fisher仮説を支持。ただし、検定の検出力不足もある。 βの推計値 0.324~1.204(OLS) 0.601~1.771(DOLS) 0.544~1.475(FMOLS)
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