力積と運動量、空間的な不変性と保存則

■ ニュートンの世界観:
物質量を持った粒子が飛び回っている。
粒子間に
その相対位置に依存し、
同時刻に作用する、
遠隔力が働いている。
• ニュートン、プリンキピア本文冒頭:
定義 I. 物質の量 (quantitas) とは物質の密度 (densitate) と大
きさ (magnitude) をかけて得られる物質の測度 (mensura) で
ある。
湯川秀樹の読解
これは今日の常識からすると非常に奇妙で、むしろ密度のほう
こそが、質量と体積の比として定義されるべきだと考えられる。
定義 II. 運動 (motus) の量は、速度 (velocitate) と物質の量を
かけてえられる運動の測度である。
• 運動量, モーメンタム
▶ 個々の粒子に対して、運動量 = 質量 · 速度、
p
⃗i = mi⃗
vi.
▶ 運動量はベクトルであることに注意。3 成分ある。
エネルギーはスカラー量であった。
運動量は p と記す伝統がある。意味はない。力学理論では運動量 p
と座標 q は組 (正準ペア) になっている。
■ 運動量の保存
⃗ =
• P
∑
mi⃗
vi を全運動量という。
i
• 作用・反作用の法則が成り立っていれば全運動量は保存する。
▶ 同時刻に相対距離に依存して働く力(ニュートンの考えた遠隔作
用)にたいしては、作用・反作用の法則は成立している。
▶ 近接相互作用 (応力) に対しては作用・反作用の法則は成立してい
る。
▶ 遠隔相互作用に対しては、作用・反作用の法則が成り立たない場合
もある。
▶ 物理学者の考え:
全運動量は変わらないはずである。
作用・反作用が成り立たないのは何かを見落としているからだ。
⇒ 電気・磁気などの「場」の発見
空間中に電気や磁気の場があって、それが運動量を担ってい
る。
• 作用・反作用の法則から全運動量保存を導く。
運動方程式
m1
x1
d( d⃗
dt )
dt
⃗,
=F
m2
x2
d( d⃗
dt )
dt
⃗
= −F
より
x1
d⃗
x2
d(m1( d⃗
)
+
m
(
2
dt
dt ))
dt
=0
つまり
m1⃗
v2 + m2⃗
v2 = 一定
• 全運動量の別表現
▶ 式の書き換え
全運動量 = m1
d⃗
x1
dt
+ m2
d⃗
x2
dt
+ · · · + mn
全運動量 = 全質量 × 重心の速度,
d⃗
xn
dt
⃗
dR
⃗ = M(
P
).
dt
· 全質量 M = m1 + m2 + . . ..
m1⃗
x1 + m2⃗
x2 + . . .
⃗
· 重心の位置 R =
.
m1 + m2 + . . .
▶ 全運動量は変わらないことの意味
· 重心の速度は変わらない。静止しているなら、いつまでも静止。
· 慣性の法則 ⇒ 重心の運動に原因はない。
· 個々の物体の重心に対する相対的な運動のみに意味がある。
• ニュートンの考えた世界では、ニュートンの運動の 3 法則(慣性の法
則、運動方程式、作用反作用の法則)が成り立っている。
全エネルギーの保存
全運動量の保存
全角運動量の保存
は、ニュートンの 3 法則の論理的な帰結である。
• 物理学者はニュートンの 3 法則が成立しているなら、それはシンプレ
クティック幾何学という幾何学の一種になっていることを発見し、逆
に、シンプレクティック幾何の公理を満たすなら、上記の保存則はそ
のまま成立するので、ニュートンの世界観に合わなくても、力学であ
ると考え、理論を拡大した。
• 力学の応用家は、実際問題では、慣性の法則や作用・反作用の法則が
破れていると考えて、それならどうなるかを考えた。運動の法則を破
ると、上記の保存則も敗れる。
■ 外力の考えかた
• 考察対象を小さな対象と巨大な環境に分けて考える。
▶ 大きな環境が蒙る反作用を無視する: 地球を足で蹴っても地球は
動かない。
▶ 小さな対象は全体ではないので、それに対して運動量保存はなり
たたない。
▶ 反作用を無視した小さな対象に働く力を外力という。
▶ 例:落体の運動。地球の動きは無視した。すると落体の運動量は変
わる。
■ 力積 Impulse
• 力積 I の定義
m⃗
vB − m⃗
vA =
∫ B
A
⃗ dt ≡ I⃗
F
の右辺 I を力積と言う。仕事 W の定義
∫ B
1
2
2
mvB
1
2 =
⃗ · d⃗
− mvA
F
x≡W
2
A
と比較せよ。
• 概念の歴史。 デカルトとライプニッツが力積と仕事を混同して、論
争を繰りかえした。天才たちにも、エネルギー概念と運動量概念の区
別は難しかった。
• 運動方程式
m は定数だから
m
d⃗
v
⃗.
=F
dt
d(m⃗
v)
⃗ dt、
d(m⃗
v) = F
dt
∫ B
⃗
=F
∫ B
d(m⃗
v) =
A
m⃗
vB − m⃗
vA =
⃗ dt
F
A
∫ B
⃗ dt
F
A
力積の原理は質点の運動方程式とまったく同じである。
• 有用性:
▶ 撃力(瞬間的に働く力)の記述に有用。
· バットでボールを打つ、金鎚で釘を打つ、など。
· 力の測定が困難でも、力積は簡単に測定できる。
使用前と使用後だけを比べて考えるという方法論が使える。
▶ 流体のように無限に広がった物体の運動では全運動量が発散する。
しかし、全運動量の変化量は有限である。無限大の中で有限量を計
算するときに力積が有用。
力積とは運動量の変化量であると覚えておくべきである。
■ 反撥係数
• 定義:
2 物体の正面衝突での
衝突後の相対速度の
衝突前の相対速度に対する
|v2,f − v1,f |
比 e=
|v2,i − v1,i|
添字 i は initial (始め), f は final (最後) を示す。
• 歴史:
エネルギーと運動量の違いが分かっていない頃、J. ウォリス (積分
公式で有名), C. レン (セントポール大聖堂を建築)、C. ホイヘンス
(波動の研究) たちがこの概念を使って衝突の研究をし、数々の問題
を解いた。
• 現代の物理学では重要性を減じている。
▶ 反撥係数は速度の大きさにかんして定義されている。
方向に関する情報をきちんと分離する必要がある。
▶ 運動量とエネルギーの違いを理解することが重要。
▶ 反撥係数は運動エネルギーの散逸を表す現象論的なパラメータに
すぎない。
• 現在でもスポーツ業界の基準作りに使われている。
▶ ゴルフボール: 0.78, ゴルフのドライバー: 上限 0.83
▶ テニスボール: 0.9, テニスのラケット: 0.85
■ 2 粒子の衝突
質量 m1, 速度 ⃗
v1 の粒子と質量 m2, 速度 ⃗
v2 の粒子の衝突。
運動量保存の原理:
⃗ =
重心の速度 V
m1⃗
v1 + m2⃗
v2
m1 + m2
は変化しない。
重心の速度を差っ引いて考えれば、問題が簡単になる。
⃗
v1 =
m2
⃗,
(⃗
v1 − ⃗
v2) + V
m1 + m2
m1
⃗,
⃗
v2 = −
(⃗
v1 − ⃗
v2) + V
m1 + m2
衝突によって相対速度 ⃗
v=⃗
v1 − ⃗
v2 が変わる。
大きさの変化: エネルギーの原理から分る。
方向の変化: エネルギー、運動量の原理だけでは分らない。
• 完全弾性衝突
反発係数が e = 1 なら、 e =
|v⃗′1 − v⃗′2|
|⃗
v1 − ⃗
v2|
= 1.
相対速度 ⃗
v の大きさは変わらず、方向だけが変わる。
⃗′1 − v⃗′2 = −(⃗
高校で教えるのは、 v
v1 − ⃗
v2)。
大きさが変わらず、方向が 180◦ 変わる場合。
• 完全非弾性衝突
⃗′1 − v⃗′2 = 0,
反発係数が e = 0 なら、v
2 粒子は重心速度で動く。
■ まとめ
• 全運動量は変わらない。
▶ 運動量はベクトルだから変わらないものが 3 つある。
▶ 全運動量が変わるのは世界に中心を作ったからである。
落下の問題では地球を中心と考えたからである。外力を導入した
ときは、反作用を受けない世界の中心を作っている。
• 運動量は p = m
dx
dt
だから運動方程式は
dp
dt
= F。
質点の運動では作用反作用の法則を満たす力は質点間の運動量の輸
送率を表している。
• 物理の原理は
▶ 全運動量は変わらない
▶ 全エネルギーは変わらない
▶ 全質量は変わらない
に尽きる。アインシュタインによってエネルギーと質量は同じである
ことが発見されて原理が一つ減ったように見えるが、質量の保存則は
粒子数保存として精密化されている。
• 質点の運動方程式は物理原理の一つの特別の場合の表現。
▶ 質点の質量は変わらないと決めている。
▶ 力が作用反作用の法則を満たすことから運動量保存を導いている。
▶ 力が時間に依存せず、運動方程式が t → −t の変換に対して不変
であることからエネルギー保存を導いている。
運動方程式の功績は、「初期条件」と「時間発展」というラプラスの
思想を確立した点にある。
質点の運動方程式より物理原理をうまく表現できる式があれば、そち
らを使うべきである。