工学基礎物理 解説 2-2 質点系の力学② 換算質量と相対座標 (高専の応用物理の範囲外) Jul. 2016 ©T. Hasegawa 前回の資料「質点系の力学①重心系」で、重心系を導入した。重心系から質点系の運動を眺めることによって、 問題を見通しよくすることができるのだが、残念ながら、前回は教科書の例題 2.1 を題材にしており、問題の状 況が単純すぎて、イマイチそのご利益を感じることができなかったと思う。そこで、今回は、一般的な状況(質 量も速度も任意に与える)での 2 体運動を例にとってみる。重心系の有効性がよりわかりやすくなると思う。そ して、新たに換算質量と、相対座標という概念を導入する。 1. 任意の質量と速度を持った 2 体の重心と重心系座標 図 1 のように、質量 mA、mB の物体 A、B が速度 vA、vB で運動している。前回の例題 2.1 では、mA = mB = m、vA = 0、vB = v0 であったが、そのような制限を無くして考えよう。実験室系における重心の座標は、 + + = であり、重心の速度は、 = = 1 + (1) + = + + (2) であることは、前回のプリントで見てきたとおりである。重心の速度 vG は(2)式の右辺を見れば、運動量保存則 から、2 体の衝突により A、B の速度が変わっても変化しないこともわかる。 次に、重心系での A、B の座標 x’A、x’B と、速度 v’A、v’B を考える。 = − = − = − = − = = ′ ′ = = + + = + + + + = − = − = 図1 1 + + + + − (3) − (4) − (5) − (6) A、B それぞれの式をよく見ると、添え字の A と B が互い違いに表れていることに気付くだろう。このように、 位置や速度が、対称性の良い式に書き直されるのが重心系の特徴である。 2. 重心から見た質点系の運動量 次に、重心系での A、B の運動量について考えよう。速度は(5)、(6)式で与えられているので、重心系での A、B の運動量 p’A、p’B は ′ = = ′ = = − + である。重心系での A、B の運動量の和 P’は、 (7) − + (8) =− ′ (9) =0 となる。重心系では質点の全運動量の和がゼロになることが確認できる。 3. 重心から見た質点系の運動エネルギー 続いて、運動エネルギーについて考えよう。 「実験室系」での全運動エネルギーは、A、B の運動エネルギーEA、 EB の和として、 + = 1 2 + 1 2 (10) となる。一方、 「重心系」でのA、Bの運動エネルギーE’A、E’B の和は、 + となる。(9)式は、質量 = 1 2 ⁄ + − + + 1 2 の物体が、速度 は、A、Bの相対速度であり、A、Bの相対座標、 の速度でもある。 = = − − + = 1 2 + (11) で運動していると読むことができる。この速度 − − − (12) = − (13) (12)式の座標を相対座標といい、A、Bの相対運動を表す座標である。また、(11)式右辺の質量に相当する項を換 算質量という。 = + 相対座標 X と、換算質量を用いると、重心系でのA、Bの運動エネルギーの和は、 + = 1 2 (14) (15) と表すことができる。重心系では、A、B2 個の物体が、あたかも、質量、位置 X の 1 個の物体のように取り扱 うことができるのである。 2 ところで、この重心系のA、Bの運動エネルギーは、元々の実験室系での運動エネルギーとどのような関係にあ るのだろうか。実験室系の全運動エネルギー(10)式、と、重心系でのA、Bの運動エネルギーの差E を取ってみ よう。 ∆ = + − + = 1 2 + + >0 (16) このようにゼロにはならず、値が残ってしまう。上式より、 「実験室系」のA、Bの運動エネルギーの方が、 「重 心系」のA、Bの相対運動の運動エネルギーより大きいことがわかる。この差分はどこに行ってしまったのだろ うか。 そこで、(2)式をつかって、重心の運動エネルギーEG を計算してみよう。 = 1 2 + = 1 2 + + (17) となる。この EG は、(16)式で計算した、実験室系での全運動エネルギーと、重心系での相対運動のエネルギーの 差に等しいことがわかる。すなわち、 「実験室系の運動エネルギー」=「重心系での相対運動のエネルギー」+「重心の運動エネルギー」 (18) になっている。 4. 相対運動と重心の運動エネルギーのわかりやすい例 粒子同士を衝突させて新粒子を生成する、原子核や、素粒子の衝突実験を考えてみよう。大雑把に言って、エネ ルギー消費して、新しい粒子を生むので、なるべく効率よくエネルギーを消費したい。今、粒子Aと粒子Bを衝 突させ、粒子A、Bが消え、新粒子 C が生まれるとしよう。粒子は 1 個になるので、衝突後の(18)式の相対運動 のエネルギーはゼロである。 静止していたBにAが衝突する場合、Cは元の運動量の和を保存する方向へ飛び出すだろう。これは、衝突前 の重心の運動量が、そのままCの運動量に転換されたことになる。そして、エネルギーの一部は重心の運動エネ ルギーに使われる。 一方、A、Bがちょうど運動量を打ち消すように互いに逆向きに飛んできたとすると、衝突前に重心は静止し ている。衝突後も重心は静止したままである。つまり、重心の運動エネルギーがゼロである。このとき、元々持 っていた、A、Bのエネルギーは、全部余剰エネルギーとなり、新粒子の生成に使われる。これが最も効率の良 い運動エネルギーの消費の仕方である。高エネルギーが必要な素粒子の実験で衝突型(コライダー)が多用され ているのは、これが大きな理由である。 (おわり) 3
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