プロジェクトXからヤマトン計画へ を受けていたからかもしれませんが,欲張って 10掲げました。当時の「教授就任の抱負」でそ のプロジェクトの内容を記載して,有言実行と 分子病態治療研究センター (臓器置換研究部) いきたかったのですが,校正の段階で削ったこ 教 授 小 林 英 司 とを思い出しました。なにぶん大風呂敷だった 当方,平成21年3月を以て自治医科大学・分 ので,X(エックス)を「×(バツ) 」と読ま 子病態治療研究センター・臓器置換研究部教授 れないように努力したいとだけ触れていまし を退任し,同4月から大塚製薬工場の特別顧問 た。今,退任という節目において,10年前に立 に就任することになりました。今後はこれまで てたこれらのプロジェクトをどれほど前に進め 大学で続けてきた研究結果をもとに,製薬企業 ることができたか,またできなかったのか,10 で本当に患者さんのもとに一般的に届けられる 点満点で自己評価して以下に記載しました。 薬のようなものができるか勉強しようと思って います。しかし自治医大内には先端医療技術開 I:実験マイクロサージャリープロジェクト 発センター先端治療開発部門(大塚製薬工場寄 自己評価 10点 附研究部門)を設置していただき,本部署の客 当方の実験技法の根幹で臨床的技術にも通 員教授を拝命しましたので自治医大と縁が切れ じる手術技術です。顕微鏡を見ながら手術を るわけではございません。「退職のご挨拶」を やることで小型実験動物をヒトと同じレベ と年報の依頼を受けましたが,これからも継続 ルで手術が可能です。‘実験’マイクロサー して自治医大の発展に寄与したい気持ちがあ ジャリーは,20年前にサンヂエゴ大学医学部 り,筆を取るのを躊躇しておりました。しかし 名誉教授のサム・リー先生が作られた国際学 自分自身の気持ちを整理する意味と解釈して気 会組織(国際実験マイクロサージャリー学会 持ちを取り直し,筆をとりました。本「退職の ISEM)がありますが,現在,当方が9代目 ご挨拶」を書くにあたり,平成13年度の年報に 会長を務めています。臓器置換研究部には, 自らが書いた「教授就任の抱負」‘プロジェク 多くの外科系の大学院生が来てくれ,この技 トX’を再度読み直し,自分が在任期間に何が 術で動物実験を行い博士論文の研究を行いま でき何ができなかったかをまず振り返ってみた した。また平成13年から自治医大で始まった いと思います。 小児生体肝臓移植はすでに140例を超えまし 自治医科大学分子病態治療研究センター内に た。立ち上げのころは,「12時の男」などと 平成12年4月臓器置換研究部(当時研究グルー 自称しながら深夜のマイクロサージャリーを プ)を新たに作っていただき,翌年,当研究部 用いた血管吻合を行いました。現在,この臨 の教授にしていただきました。臨床応用を明確 床を統率する水田耕一准教授は,ともにネズ な目標として,多くの自然科学分野から情報や ミで実験をして腕を磨いた仲間です。当部署 技術を結集し「患者さんのために努力する科 で育った先生方がこの手術で肝動脈吻合や門 学」をやりたいとその抱負を述べました。その 脈形成を行い世界でもトップクラスの臨床成 ために展開したいプロジェクトを10項目掲げま 績を出すようになりました。 した。各プロジェクトにはギリシャ数字でI, Ⅱ,Ⅲと番号をつけたので十番目がXとなりま Ⅱ:トランスジェニックラットプロジェクト した。当時,はやっていた NHK の人気番組の 自己評価 10点 プロジェクトX(エックス)にもじったもので プロジェクトIとリンクしますが,日本で した。プロジェクトの1つ1つが大きなテーマ 始めて移植・再生医療研究に専念できる部署 でしたが,卒業まぢかで他界した父親の「夢は を作っていただいたとき,実験動物としてマ いっぱい持ったほうがいい」という言葉の影響 ウスより体サイズが10倍のラットに注目しま ― 78 ― した。ラットなら実験マイクロサージャリー 時,助教授)にしていただいたとき,自治医 を使えば脳以外の臓器ならほとんど血管付き 大生化学教室の香川教授(当時)に動物にウ で移植できるからです。しかし,ラットは イルスベクターを使用しないで直接 DNA を マウスのように ES 細胞もありませんでした 導入する遺伝子銃というアイデアをいただき し,遺伝子改変技術も進んでいませんでし ました。この DNA の直接導入法は,大量の た。おまけに体サイズが大きいことは,維持 溶媒で血管から入れるハイドロバイナミック 経費もマウスよりかかる弱点がありました。 法へと発展し,実験動物もラットから豚まで 大型研究費を申請し,有能な企業と組むこと スケールアップできました。しかしいずれの で大規模な遺伝子改変ラットコロニーの作 方法も臨床応用の手口が見つからないまま, 出ができました。いち早く GFP などのマー 中断しております。しかし最近発生した新イ カー遺伝子が乗った遺伝子改変ラットを作出 ンフルエンザ H1N1対策で,DNA を電気刺 し,移植・再生領域の研究を行いました。 激で筋肉内に導入する DNA ワクチンの研究 今,世界5000を越える施設からリクエストが を続けています。 来る‘自治医大のイメージングラット’とな りました。この財産を新しく設置されたバイ V:免疫制御プロジェクト オイメージング研究部の高橋将文教授(平成 自己評価 7点 元年自治医大卒,宮城県出身)が引き継いで 免疫抑制薬の研究は,平成7年の臨床薬理 くれることを期待しています。もっとも同研 に採用いただいてからテーマとして掲げたこ 究部の高橋教授と村上孝准教授は,これらの とでした。すでに臨床で使用されているシク ラットを使って自治医大の研究業績を大きく ロスポリンやタクロリムスの有効性と安全性 伸ばした仲間でもあります。 をさらに引き出すための実験をしてきまし た。我が国で開発が検討され始めた S1P ア Ⅲ:再生医学(もの作り)プロジェクト ゴニストの KRP203の前臨床モデルで有効性 自己評価 2点 を検討して世界に先駆けて出したのは,現在 自治医大でも臨床の臓器移植が始まりまし のバイオイメージング研究部(旧,臓器置換 たが,生体であれ脳死であれドナーを必要と 研究部)の高橋教授と村上准教授が頑張って する医療は,無理があります。幹細胞から臓 くれた成果でした。一方,免疫現象を利用し 器まで作ってみたいとは思っていましたが, て免疫制御を誘導すること(免疫寛容)は, まだまだ不十分です。今後これをやってみた 京都大学と共同で手がけたテーマでしたが, いと思いヤマトン計画(後述)を立てまし 小型の動物実験ではうまくいくものの臨床を た。 意識した大型動物の実験系がうまくいかず大 きな進歩が得られませんでした。 Ⅳ:DNA 遺伝子導入プロジェクト 自己評価 6点 Ⅵ:卒業生支援プロジェクト 当時,現在のような幹細胞研究が展開して 自己評価 4点 いませんでしたが,ヒトから採取される細胞 平成7年から卒後指導委員にしていただ は,すでに分化を遂げているものであり,こ き,出身県である新潟,隣県の山形や長野を れを材料とするにはすでに失われた機能を再 担当させていただきました。それぞれの卒業 度導入する必要があると考えてました。京都 生が抱える問題に対して何とか力になりたい 大学の山中教授はウイルスベクターを使って と思いながらも,自分自身が子育ての真っ只 4種の遺伝子を再導入し,それを可能としま 中で十分対応できたか自信がありません。ま した。平成7年当方が臨床薬理の准教授(当 た自分自身の9年間の義務年限が恵まれた環 ― 79 ― 境だったと思いました。臓器置換研究部を主 Ⅷ:ひとモノ研究プロジェクト 宰するようになり,研究に集中すれば集中す 自己評価 3点 るほど地域の現場から遠のいている気分にも これはヒト由来組織を創薬研究に積極的に なり,現場で頑張っている後輩に対して本当 使うことを推奨するとする黒川答申(1998 に的確なアドバイスができたかこれも自信が 年)を受けて,厚生労働省が推進した事業へ ありません。しかし,新設した先端医療技術 の関わりです。ひとモノとは「ひと」から採 開発センター内には外科の BSL で続けてき 取され,研究資源という「モノ」になること た動物実習をより充実させる目的で医療技術 への倫理性の問題など,これまでにない勉強 トレーニング部門の設置をしました。本部門 をかじりました。倫理を語れるような人物で は菱川修司先生(平成元年自治医大卒,茨城 はないことは本人が一番よく認めていること 県出身,12期)が後を継いでくれました。多 ですが,いまから思い返せば本当によい勉強 くの外科系を志す学生,卒業生に外科学の技 になりました。この事業に関与することで, 術と地域医療への自信の伝承をお願いしたい 厚生労働省関連の班長を引き受ける経験がで と思ってます。 き,また我が国を代表する本方面の倫理学者 と親しくお付き合いさせていただくチャンス Ⅶ:ピッグラボプロジェクト に恵まれました。自分自身の経験としては, 自己評価 10点 とても大きなものでしたが,いまだ我が国に 平成15年,自治医科大学実験医学センター 長を拝命したとき,まさに大型実験動物の変 は,きちんとしたシステムの普及ができな かったので,不合格点をつけました。 換期でした。それまで保健所で捕獲された譲 渡犬が年間500頭近く自治医大に搬入されて Ⅸ:ネコ腎移植プロジェクト いましたが,動物福祉の問題が髣髴し,払い 自己評価 3点 下げ犬が医学部付属の実験センターに入らな 臓器置換研究部には,前述の実験マイクロ くなる時でした。当方は,以前から人工肝臓 の技術取得を希望する獣医師のかたもおられ 開発に豚をつかって実験を行っていましたの ました。那須で大きな獣医病院を営んでおら で,経済産業省の調査研究費をいただき「栃 れる遠藤薫院長と岩井聡美先生です。理由 木ピッグプロジェクト」をスタートさせまし は,アメリカの獣医臨床では,ペットネコの た。同年実験医学センターの管理主任として 腎不全を救うために生体腎移植が行われてい 豚のクローン技術を検討してきた田中穂積講 るのでこれを取得したいというものでした。 師(現,准教授)が参入してくれました。そ いまだ日本で獣医業として行われていないこ れ以来,自治医大の大型実験動物はその倫理 とでしたので,技術取得もさることながら倫 性や有用性を追求しながら,教育と研究に豚 理性や社会性を重視してきました。実験的に をつかって業績を伸ばしました。そして平成 は可能と成りましたが,生体ドナーとなるネ 20年度には私立大学戦略的研究基盤形成支援 コの問題を抱えている間に,後述するヤマト 事業に選定されました。この功績は田中先 ン計画に移り始め,現在は推進しないことに 生に大きく依存していることは言うまでも しています。 ありませんが,先端医療技術開発センター CDAMTec(新ピッグセンター)は,世界に X:移植患者サポートプロジェクト 誇る大型実験動物専用実験施設となったと自 自己評価 3点 負しています。 臓器移植はドナーを必要とする医療で,自 己完結型治療でありません。我が国の臓器移 植は,そのほとんどが生体ドナーで行われて ― 80 ― います。レシピエントとなる患者さん自身が 以上プロジェクトXの自己評価点数は58点で 深く悩んでおられる傍らに,ドナーとなる方 した。これは再試験の対象でしょう。しかし, も心理的,肉体的に傷つきやすい状態に陥っ これらのプロジェクトを通じて50名にもおよぶ ています。なんとかそんなご家族を支援した かたが学位授与にこぎつけられたのも自信とな いと思っていました。一方,平成17年に厚生 りました。 労働省と日本移植学会が協力して「海外渡航 さて現在進めようとしているヤマトン計画と 移植者の現状調査」を行いましたが,その折 は,日本を意味する「大和(ヤマト) 」と医療 班長を務めました。先進国から貧しい後進国 用豚を意味する「豚(トン)」の合成語です。 への渡航移植は,臓器売買など倫理的,社会 これもまたプロジェクトXと同じでオジサン達 的そして国際的問題をかもし出していまし が幼少時にみた地球滅亡の危機を救うために立 た。これらの国際的問題を解決するために国 ち上がったアニメ漫画「宇宙戦艦ヤマト」の気 際移植学会の舵取り委員として活動して,臓 持ちが入っています。ヤマトン計画には,再 器移植の「自給自足」推進を呼びかけるイス 生させたい臓器の英語の頭文字を当ててヤマ タンブール宣言(平成20年5月)に関与しま ト ン K(Kidney) ,L(Liver),H(Heart),Lu した。これを受け今年度,我が国の臓器移植 (Lung) ,P(Pancreas) ,N(Neuron)の6つ 法案も改定されました。しかし現実問題とし があります。どうぞ今後も自治医大の先端医療 て脳死ドナーの数が移植を希望する患者さん 技術トレーニングセンターで実験している姿を に追いつくことはないでしょう。そこでどう 見たら,応援してください。夢がかなうまで一 しても成し遂げたいのが,後述の「移植可能 旦,退職の形をとりますが,このような経過が な臓器を作る」ヤマトン計画です。海外渡航 あり当方のわがままをお許しください。在任期 の自粛が,今,移植しかない方々を追い込ん 間は本当に多くの方に助けていただきました。 でいると思うと一刻も早くやりたいと思い, ありがとうございました。 理解のある製薬企業に移ることにしました。 ― 81 ―
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