182号 - kpu.ac.jp - 京都府立大学

ISSN 1344-5561
京都府立大学図書館報
182号
2008年1月
「歴史嫌いの地理オタク」の末路
農学研究科長 市 原 謙 一
「プンタアレナス、ベルホヤンスク、トンブクツー」と聞いて、これが外国の町でどこにある
か知っている人は、かなりの地図マニアに違いない。プンタアレナスは南米最南端のマゼラン海
峡に面した町、ベルホヤンスクは人の生活している所としては世界最低気温を記録したシベリア
極寒の地、トンブクツーはサハラ砂漠のオアシスである。中学・高校の頃に知った世界の小さな
都市名をいまでも覚えているくらい地理は得意中の得意で、一度聞いた外国の地名を決して忘れ
ることはなかった。逆に歴史は大の苦手であった。何が苦手といってもとにかく年号が覚えられ
ない。そういう頭の構造らしい。当然ながら歴史は忌み嫌っていた。ところが、今から十数年前
に当時小学生の息子とファミコンの三国志に凝って、それがきっかけで歴史に関する本を読み出
した。不思議なことに、その後も歴史への関心は衰えなかったので、ごく限られた時代のことに
はそこそこ詳しくなった。なぜ高校の頃と違って歴史をおもしろく感じるようになったのかと考
えるに、今は試験がないからだという極めて単純なことに気がついた。
さて、数年前に研究室の専攻生が飲み屋への道すがら、スリランカの首都はどこか知ってます
かと聞いてきた。地理の学力は高校の頃から進歩していないとはいえ、こんな幼稚な問題で畏れ
多くもこの地理大明神を試すとは不埒千万とばかり、「スリランカはかつてのセイロン、首都は
コロンボ」と鼻であしらうごとく答えた。ところが「首都はスリジャヤワルダナプラコッテ」だ
という。このとても一度や二度聞いたくらいでは復唱できない難しい難しい名前の町に、いつの
間にか替わっていた。とうてい地理が得意とは思えないその女子学生にかつての地理オタクはい
たく打ちのめされ、自信喪失・意気消沈、あわれ再起不能となった。そして、この難しい首都の
名前をこれまで一度くらいは見たことはあるはずなのに記憶できていなかったという事実から、
地理と歴史を合わせた知識の総量は一定限度以上にはわが頭脳に蓄積することはできないという
「地歴記憶容量限界の法則」を自覚せざるを得なかった。
しかし間違いなく、10代から20代のときは、関心のある分野に対する知識吸収力と記憶容量に
限界はない。学生諸君には、教養でも専門でも興味を持った領域は、「ここだけは誰にも負けな
い」と思えるくらい掘り下げて勉強してほしい。そのきっかけとなる本が、図書館には必ずあ
る。
(いちはら けんいち:農学研究科教授)
なからぎ 182 号(2008 年 1 月)
よみがえる「陰翳礼讃」
図書館運営委員 佐 藤 仁 人
普段、小説や随筆などより、技術書や研究
1879年(明治12年)、白熱電球の国産化に成
論文を読むことが多いので、印象に残ってい
功したのが1890年(明治23年)、電灯の普及
る本を挙げよといわれて少々困ったのである
率は1907年(明治40年)2%から1927年(昭
が、「陰翳礼讃」について書きたいと思う。
和2年)には87%になっている。蝋燭や行灯
谷崎潤一郎の随筆(1933年(昭和8年))
などの旧来のあかりから、電灯に急速に切り
で、日本の建築や文化と建築内部の明るさと
替わり、室内が劇的に明るくなった。そのよ
の関係を論考したものであり、建築学科の学
うな変化がほぼ一段落した頃である。
生は室内の光環境を考えるとき、必ずこの本
いくつかのくだりを紹介しよう。
に遭遇するといってよい。
「私は、京都や奈良の寺院へ行って、昔風
私が大学生であった頃は、日本列島改造論
の、うすぐらい、そうしてしかも掃除の行き
が声高に叫ばれており、建物の建設ラッシュ
届いた厠へ案内される毎に、つくづく日本建
であった。建物の内部はできるだけ明るくす
築のありがたみを感じる。・・・そのうすぐ
るために天井や壁は白く塗られ、人工照明、
らい光線の中にうずくまって、ほんのり明る
特に蛍光灯の白い光で昼も夜も関係なく隅々
い障子の反射を受けながら瞑想に耽り、また
まで明るく照らすことが望ましい照明方法で
は窓外の庭のけしきを眺める気持ちは、何と
あった時代である。陰翳などという言葉とは
も云えない。」
程遠かったし、それを礼讃する空気は皆無で
「人はあの冷たく滑らかのものを口中に含
あった。
む時、あたかもその室内の暗黒が一箇の甘い
ところがである。1973年(昭和48年)の第
塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんと
1次オイルショックによって街のネオンが消
うはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深み
え、テレビの夜間放送もなくなってしまっ
が添わるように思う。・・・けだし料理の色
た。当然、建物内でもにわかに省エネルギ
あいは何処の国でも食器の色や壁の色と調和
ー運動が始まった。そのようなときに、いつ
するように工夫されているのであろうが、日
も最初に矢面に立たされるのは、ビジュアル
本料理は明るいところで白ッ茶けた器で食べ
に納得されやすい照明である。私が「陰翳礼
ては慥かに食欲が半減する。・・・かく考え
讃」を最初に読んだのはちょうどそのような
て来ると、われわれの料理が常に陰翳を基調
時であった。日本人はもともと室内陰翳の中
とし、闇というものと切っても切れない関係
に生活し、暗さの中にいろいろな美しさを見
があることを知るのである」
出していたことを知り、どうせ省エネルギー
「われわれの国の伽藍では建物の上にまず
を行うのであればそのような方向はないもの
大きな甍を伏せて、その庇が作り出す深い廣
かと考えたものである。
い蔭の中へ全体の構造を取り込んでしまう。
「陰翳礼讃」が書かれた前の状況を調べて
寺院のみならず、宮殿でも、庶民の住宅で
みると、エジソンが白熱電球を発明したのが
も、外から見て最も眼立つものは、ある場合
なからぎ 182 号(2008 年 1 月)
には瓦葺きの大きな屋根と、その庇の下にた
であるが、1923年(大正12年)の関東大震災
だよう濃い闇である」
を契機に関西に逃れてきたのである。「倚松
「能に附き纏うそう云う暗さと、そこから
庵」には1936年(昭和11年)から1943年
生ずる美しさとは、今日でこそ舞台の上で見
(昭和18年)まで7年間住んでいた。「細
られない特殊な陰翳の世界であるが、昔はあ
雪」のモデルとなった家であるといったほう
れがさほど実生活とかけ離れたものではなか
がわかりやすいであろうか。「陰翳礼讃」を
ったであろう。」
書いた作家の住まいがどのようなものか大変
このような調子の文章が最初から最後まで
興味があったので、ゼミの学生ともに光環境
続く。谷崎は、室内明るくなってしまったこ
調査をすべく現地を訪れた。しかし、私の予
とにより、日本人はそれと引き換えにいくつ
想とはずいぶんかけ離れていたというのが正
ものかけがえのない美しさを失くしてしまっ
直な感想である。家の大部分は日本間で、洋
たことを悔いているのである。このような懐
室は食堂と応接間の2間続きの部屋があるだ
古の論調は環境が大きく変化するとき必ず現
けであったが、ここが生活の中心であったこ
れる。
とは一目見れば明らかである。そこには暖炉
第1次オイルショックが忘れられ始めた
があり、天井は白く、そして天井を明るく照
頃、1979年(昭和54年)第2次オイルショッ
らすお釜を逆にしたような間接照明器具が配
クが起こるが、これもすぐ忘れ去られ、日本
されていた。一方、日本間には大きな窓が設
はバブル景気に突入した。もう省エネルギー
けられており、日当たりがよく、とても明る
などはすっかり忘れられていたのである。こ
いのが印象的であった。当時、住宅にも広ま
のあたりの日本人の順応の速さは群を抜いて
りはじめたモダニズムの合理主義さえ感じさ
いる。
せる家である。
そして最近、地球規模の環境問題から再び
もっとも、谷崎自身「陰翳礼讃」の中で、
省エネルギーの必要性が叫ばれている。今度
「独りよがりの茶人などが科学文明の恩沢を
は一時的なショックへの対応ではなく、長期
度外視して、辺鄙な田舎にでも松庵を営むな
的なライフスタイルも含めた変化がわれわれ
らば格別、いやしくも相当の家族を擁して都
に求められているのである。照明に関して
会に居住する以上、いくら日本風にするから
は、白く均一な光で室内を隅々まで必要以
といって、近代生活に必要な暖房や照明や衛
上に明るくしているように思う。今をピーク
生の設備を斥けるわけには行かない。」と明
に、エネルギーの利用は減少せざるを得ない
言している。谷崎は、近代生活を謳歌しなが
のではないか。そうなると遠からず、ふたた
ら陰翳を礼讃していたのである。明るさへの
び暗さと付き合わざるを得ないときがやって
順応は極めて速く進んだようである。
くるかもしれない。しかし、陰翳を楽しむ精
今回、この文章を書く機会をいただいたの
神は時代を超えて日本人に受け継がれている
であらためて「陰翳礼讃」を読み返してみ
であろうから、それほど悲観する必要はない
た。学生時代には気がつかなかったことがい
のではなかろうか。暗さへの順応は速いと思
ろいろと見つかった。これからの建築室内の
われる。
光環境を考える上で大変有益であったと感謝
ところで、神戸市東灘区に谷崎が住んだ
している。
「倚松庵(いしょうあん)」が復元されて
(さとう まさと 人間環境学部教授)
いる。谷崎はもともと日本橋生まれの東京人
ご紹介の「陰翳礼讃」は、「世界教養全集6」平凡社1962年刊(請求記号080‖ S ‖6)に掲載されてい
ます。2階閲覧室入口の新着コーナーに配架しておりますのでご利用ください。
なからぎ 182 号(2008 年 1 月)
寄贈資料の紹介
シェイクスピアの墓碑銘
文学部 佐々木 昇 二
イングランド中部の田舎町ストラトフォード・アポン・エイヴォンのホーリー・トリニティ教
会は、世界遺産と言うべき数々の戯曲の生みの親ウィリアム・シェイクスピア(1564−1616)が
洗礼を受け、また埋葬もされている場所として広く知られているが、そこには、ちょっと謎めい
た碑文があり、時折、議論の対象になる。教会内の一角に据えられた、劇作家の、あまり評判の
良くない(20世紀イギリスの小説家ウィリアム・ゴールディングなどに言わせれば、ブルジョア
的な臭いのする)胸像から見て、左手前(だったと思う)の床面上の、周囲を夥しい色鮮やかな
花々に囲まれた墓石に刻まれた文章が問題の碑文である。
写真の拓本は、本学文学部で長年にわたって英語英文学の教鞭を取られた臼田昭名誉教授
(1928−1990)のご尊父で京都大学名誉教授の石田憲次博士(1890−1979)が若き日の在外研究
でイギリスから持ち帰り自宅に飾っておられたものを、臼田教授夫人臼田幸子氏から、修復・
表装の上、本学図書館に寄贈いただいたものである。全文大文字で,現代の英語とはかなり異
なった表記法が用いられている(現代英語の標準的な書き方に従えば、‘Good friend, for Jesus’
sake, forbear,/ To dig the dust enclosed here!/ Blest be the man that spares these stones,/ And
cursed be he that moves my bones.’ となるだろう)。
大意は、「善き友よ、ここに納められた遺骨を掘り起こすことはどうか慎んでもらいたい。こ
れらの墓石に手を触れぬ者は祝福を享け、わが遺骨を動かす者は呪われるがよい。」少々威嚇め
かしたこの碑文は、しかしながら、その趣旨が今ひとつ判然としない。そこに様々な解釈が登場
してくる余地がある訳だが、成立事情がはっきりしていないこともあって、決定的な解釈を見る
には至っていない。中にはシェイクスピア本人が書いたと主張する人さえいて(ただし、名文と
は言い難いというのが大方の意見である)、話は複雑になる一方である。劇作家をめぐる数々の
謎のひとつとして今後も穿鑿は続いて行くに違いないが、その真意が明らかされることは恐らく
永遠にないだろうと思われる。
* 臼田・石田両教授の蔵書もすでに図書館に寄贈いただいており、「臼田・石田文庫」として整
理されています。拓本とともに一度ご覧下さい。
(ささき しょうじ:文学部教授)
ここに紹介いただいたシェークスピア墓碑銘の拓本は、附属図書館自習室に展示してありま
す。
なからぎ 182 号(2008 年 1 月)
平成 19 年度 第2回 図書館運営委員会開催報告
平成19年度第2回の附属図書館運営委員会が11月9日(金)に本館第1会議室で開催され、20年
度当初予算要求、附属図書館の将来構想、夜間開館延長の要望問題、などについて討議いただき
ました。
平成20年度当初予算要求では、主要事項である①図書館情報管理システム用ハードウェア等の
更新、②図書館蔵書資料の充実、③視聴覚機器の更新について要求したことが報告され、承認さ
れました。①は導入後8年を経過し、老朽化した機器、および今日的課題へ対応できるソフトの
導入です。②は図書館運営委員会で合意された選書指針に基づく資料収集を可能にする資料費で
す。またここでは、図書資料とともに、今日各大学で促進・充実が図られている電子ジャーナル
の充実も要求しております。③は老朽化し使用に支障をきたしている視聴覚室の機器更新の要求
です。このように予算要求は20年度に向けて、毎年継続して事業を実施していく課題についての
内容となっております
次に討議いただいたのは、附属図書館のあり方についてです。第1に大学図書館としては今日
の教育課題・研究課題にどうこたえていくかという大きな命題があります。第2に施設の老朽
化・狭隘化という物理的な問題とも関連して、どう計画していくかということが検討されなけれ
ばなりません。これについては、「なからぎ」の前号により委員会のワーキンググループで検討
いただいたことを掲載させていただきましたが、今回その内容を図書館運営委員会で確認いただ
きました。
附属図書館夜間開館延長については、公共政策学部昼夜開講に関連してその要望があることを
受け、そのための体制を整える必要があること、予算要求していくことが提案され、承認されま
した。
また、卒業者の延滞図書は、住所が変わることなどにより追求が困難となる事例が多いため、
貴重な大学の財産を守るという観点から、図書館カード有効期限を見直すことが提案され、承認
されました。
図書館運営委員会委員名簿
所 属
附属図書館
文
学
部
福祉社会学部
人間環境学部
農学研究科
附属図書館
職 名
館 長
委員氏名
所属ワーキング
上
田
純
一
准教授
藤
原
英
城
自己評価・あり方ワーキング
教 授
渡
邊
伸
電子ジャーナルワーキング
准教授
川
分
圭
子
選書ワーキング
准教授
川
勝
健
志
自己評価・あり方ワーキング
教 授
津
崎
哲
雄
選書ワーキング
准教授
石
田
正
浩
電子ジャーナルワーキング
教 授
佐
藤
健
司
自己評価・あり方ワーキング
教 授
佐
藤
仁
人
選書ワーキング
講 師
リントゥルオト正美
電子ジャーナルワーキング
教 授
宮
崎
猛
自己評価・あり方ワーキング
准教授
上
田
正
文
電子ジャーナルワーキング
講 師
織
田
昌
幸
選書ワーキング
事務長
伊
藤
務
係 長
久
保
直
弘
(文学部教授)
なからぎ 182 号(2008 年 1 月)
卒業及び修了生の返却期限について
今年度より、3月に卒業及び修了される学生(研究生・科目履修生を含む)について、図書の
返却をよりスムーズにしていただくために、最終の返却期限を2月末とさせていただきます。
なお、内部進学などで来年度も本学に在籍される方は、カウンターでその旨申し出て下さい。
返却期限を入学式前日(または在学生と同じ)に変更します。
カレンダ ー
日
_
6
_
13
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20
_
27
月
_
_
7
_
14
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21
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28
2008年 1 月
火
_
1
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8
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15
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22
29
水
_
2
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9
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16
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23
30
木
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3
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10
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17
_
24
31
金
_
4
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11
_
18
_
25
土
_
5
_
12
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19
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26
日
_
_
3
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10
_
17
_
24
月
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4
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11
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18
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25
2008年 2 月
火
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5
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12
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19
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26
水
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6
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13
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木
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28
金
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1
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8
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15
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22
_
29
【2/11
(月)
〈 建国記念の日〉
】
【1/7(月)∼通常貸出実施
(貸出冊数6冊以内、返却期限2週間以内)
】
【1/14
(月)
〈成人の日〉】
【∼1/16(水)冬休み長期貸出図書返却期
限】
謹 賀 新 年
土
_
2
_
9
_
16
_
23
_
日
_
_
2
_
9
_
16
_
23
_
30
月
_
_
3
_
10
_
17
_
24
_
31
2008年 3 月
火
水
木
金
_
4
_
11
_
18
_
25
_
5
_
12
_
19
_
26
_
6
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13
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20
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27
_
7
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14
21
28
土
_
1
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8
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15
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22
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29
【∼2/29
(金) 春休み長期貸出図書返却期
限
(卒業生)
】
【3/20
(木)
∼31
(月)
閲覧室を休室
(蔵書
資料点検のため)。その間、図書の閲覧・貸
出・文献複写等業務すべてを休止します。
ただ
し、
3階各室は使用できますので2階カウンター
で申し込んでください。なお、休業中の図書の
返却は、図書館1階西側の「図書返却ポスト」
をご利用ください。】 【3/20
(木)
〈 春分の日〉
】
【1/28(月)∼3/19(水)春休み長期貸出実施(貸出冊数6冊以内、返却期限:卒業生∼2/29
(金)、在校生∼4/9
(水)
】
通常開館
冬期休業
(12/25∼1/8)
休 館 日
9:00∼16:45
開 館 時 間 等
9:0 0 − 2 0:0 0
春期休業
(2/12∼4/9)
9:00∼16:45
土 ・日・祝祭日・年末年始
休室
(3/20∼3/31)
9:00∼16:45
なからぎ 京都府立大学図書館報 182 号 2008(平成 20)年1月発行 編集発行人:上田純一
発行所:京都府立大学附属図書館 〒 606−8522 京都市左京区下鴨半木町 TEL 075( 703)5129
FAX 0 7 5( 7 0 3 )5 1 9 2 ホームページ http://cocktail.kpu.ac.jp/toshokan/toshokan.html