「American Finance Association 2015 Annual

フィナンシャルエンジニアリングレポート Vol.18(
(2015/4)
)
「American Finance Association 2015 Annual Meeting (AFA) 」参加報告
1.カンファレンス概要
大会名:American Finance Association 2015 Annual Meeting (AFA)
主催者:American Economic Association
開催地:Boston, America
日時:2015 年 1 月 3 日~ 2015 年 1 月 5 日
AFA は、Journal of Finance を出版する団体として知られ、毎年 1 月に年次総会が開催される。今年の AFA
年次総会は、ボストンを会場に、2015 年 1 月 3 日から 1 月 5 日にかけて開催された。金融工学に関する約 50
のセッションにわかれており、昨今の金融規制に関する分析から、コモディティ、ヘッジファンド、ポートフォリオ
理論、高頻度取引(以下、HFT)など金融に関する幅広い約 200 もの研究が発表されていた。
2.内容
以下では、聴講した発表の中から興味を持ったものをいくつか紹介する。
【コモディティ関連】
[Marcel Prokopczuk, Chardin Wese Simen, “Variance Risk Premia in Commodity Markets”](近藤)
商品先物市場におけるバリアンス・スワップの特性について調査した研究。
バリアンス・スワップとは、予め合意されたスワップ・レート(一定値)と原資産のヒストリカル・ボラティリティ
(HV)に基づいて、2者間でキャッシュ・フローを交換する取引である。具体的には、バリアンスの買い手は満期
日に
想定元本×(HV - バリアンス・スワップ・レート)
を受け取る。本研究では、バリアンス・リスク・プレミアムを
バリアンス・リスク・プレミアム = HV - バリアンス・スワップ・レート
と定義し、商品先物市場における殆ど全ての商品で、バリアンス・リスク・プレミアムがネガティブ(売り手が利
益を得る)であることを発見している。
バリアンス・スワップは通常 OTC で取引されることが多く、個々の商品先物市場において上場されているわ
けではない。そのため、バリアンス・スワップ・レートを直接観測することは困難だが、先物オプションを用いて
複製する方法が幾つか提案されている。本研究では、Carr and Wu(2009)により提案された特定のモデルを前
提としないモデルフリーの複製手法を用いている。
本研究では、1989 年から 2011 年までの 21 商品先物市場を対象に調査しており、殆どの期間において、ネ
ガティブ・リスク・プレミアムが存在していることが分かった。この他にも、下記の結果が得られている。
1
•
バリアンス・スワップにより得られるリターンについて、エネルギーや金属と言った各セクター間での相
関関係について調査。これらの相関性は比較的低く、分散投資することで理想的なポートフォリオを構
築できる可能性がある。
•
商品先物以外の債券や株式におけるバリアンス・スワップ・リターンとの相関関係について調査。これ
らの相関性は年々高くなっている。
•
バリアンス・リスク・プレミアムの予測可能性を調査。将来時点に算出されるバリアンス・スワップ・リタ
ーンを現時点で計算可能なヒストリカル・バリアンスで回帰分析した結果、予測可能性は低いことが示
された。
•
バリアンス・リスク・プレミアムの源泉について調査。バリアンス・スワップ・リターンを、株式リスク・プレ
ミアムを説明するファーマ=フレンチの 3 ファクター・モデル(バリュー株、グロス株、小型株要素)で回帰
分析したが、これらのファクターでは説明力が低いという結果を得た。続いて、債券リスク・プレミアムと
して、幾つかのファクターを用いて分析を行ったが有力なファクターを得ることが出来なかった。最後に、
商品先物価格から得られるリターンを用いて同様な分析を行ったが、説明力に欠けた。以上のことか
ら、本研究ではバリアンス・リスク・プレミアムは、種々のリスク・プレミアムとは別のものであるとしてい
る。
【ヘッジファンド関連】
[Yong Chen, Bing Han, Jing Pan, “Noise Trader Risk and Hedge Fund Returns”] (近藤)
ヘッジファンド・リターンとセンチメント・リスクとの関係性を調査した実証研究。
これまでにも、マーケット・リスクやサイズ要因、流動性要因、或いは金利水準などの様々な要因を用いて、
ヘッジファンド・リターンの源泉を解明することが試みられてきた。本研究ではこれらの要因に加え、センチメン
ト・リスク要因に着目し、ファンド・リターンとの関係性を調査している。研究結果では、センチメント・リスクが高
いファンドは低いファンドと比較して、平均して月次リターンが 0.6%程度高いことが示されている。
本研究の背景には、次のような考えがある。一般的には、ヘッジファンドはスマート・マネー(=先見の明があ
る資産投資運用)であり、ノイズ・トレーダーに起因されるミスプライシングを投資のチャンスとして利用するとさ
れている。しかしながら、現実の市場では、ノイズ・トレーダーのセンチメントが高まると、ファンダメンタルから乖
離した証券価格はさらに乖離することがある。その結果、当初想定していた思惑とは逆方向に価格が推移する
リスクを持つ(ノイズ・トレーダー・リスク)。そこで、本研究では、現実の市場ではノイズ・トレーダー・リスクを織り
込んだプライシングがなされているかどうか、はたまたヘッジファンド・リターンの目覚しいパフォーマンスは投
資家センチメント・エクスポージャーに依るものであるかどうかを確認するべく、実証検証するに至っている。
本研究の実証手順を要約すると下記のとおりとなる。
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1.
投資家センチメントの代理指標として、Baker and Wugler (2007)インデックス1を用いる。
2.
先行研究で実証されている種々のヘッジファンド・リターンの要因(マーケット要因、流動性要因など)に、
センチメント・リスク要因を加え、月次ファンド・リターンに対して回帰分析を行う。ここで得られるセンチメ
ント・リスク要因に係る回帰係数をファンドのセンチメント・ベータとして定義する。
3.
センチメント・ベータの高低により各ファンドの順位付けを行い、月次リターンを比較する。
なお、本研究では、Lipper TASS Database に登録されている個別ヘッジファンド・データから、AUM(運用資
産額)が 500 万ドル以上のものを対象とし、計 5,842 のエクイティ・ヘッジファンド・データを使用している。
【HFT関連】
[Grace Xing Hu, Jun Pan, Jiang Wang , “Early Peek Advantage?”] (杉崎)
HFT の価格発見機能に関する実証研究。
トムソンロイター社は 2007 年から 2013 年の間、9:50:00 に同社から独占的に無料でアナウンスされていた
ICS(ミシガン大消費者信頼感指数)を、2 秒前の 9:49:58 に有料アナウンスするサービスを提供していた。主に
HFT 業者がこのサービスを利用していたが、情報を入手していない一般投資家に不利であると当局も関心を示
したことをきっかけにこのサービスは終了している。本研究では、情報を入手していない一般投資家に不利益
が生まれていたのかを、CBOE で取引されている S&P500 先物を利用した価格発見速度の計測により検証して
いる。
ICS アナウンス直後から 5 分間の価格の変化を比較することで以下のことを明らかにしている。
•
ICS 有料サービス提供中においては、有料アナウンス直後の 5 分間のうち、直後の 15 ミリ秒間が価格変
動と取引量の大部分を占めており、HFT による価格発見速度が非常に高速であることを示している。また、
一般投資家へのアナウンス後、つまり 2 秒後からの価格変動はほとんどない為、2 秒後から構築した一般
投資家のポジションは収益を生まないことを示唆している。
•
ICS 有料サービス期間終了後においては、アナウンス直後の 1 秒以降も価格が収束せず、HFT による取
引量が減少したことで価格発見速度が低下していることを示している。
•
先物市場だけでなく、米国株式市場で流動性のある SPDR S&P 500 ETF の価格を利用した検証において
も、同様の結果が得られていることを示している。
この実証から、有料アナウンスサービスにより 2 秒前に得た ICS の情報はその 15 ミリ秒後に価格に織り込ま
れていた為、この 15 ミリ秒間に取引していない投資家には不利益でないこと、またその価格発見速度が非常に
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Barker and Wugler インデックスは、下記の 6 変数に対して主成分分析を行い、第 1 主成分を投資家センチ
メントとして定義したもの。①証券取引所における取引高、②配当プレミアム、③クローズドエンド型投資信託の
市場価格と純資産価値との差(ディスカウント、或いはプレミアム)、④新規公開株の数、⑤新規公開株の初回
リターン、⑥発行市場における新株発行の割合
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高速であることを結論付けていた。
【ソブリン債務関連】
[Fabian Eser, Bernd Schwaab, “Assessing asset purchases within the ECB's Securities Markets Programme”]
(杉崎)
中央銀行の非伝統的金融政策の有効性について分析した研究。
南欧諸国債務問題に対して欧州中央銀行(ECB)が 2010 年から 2011 年に実施した証券市場プログラム
(Securities Markets Programme; SMP)の有効性を検証した研究であり、他の中央銀行が実施した大規模資産
購入プログラム(LSAP)と目的が違うとしながらも、中央銀行の非伝統的金融政策で実施される国債買入が、被
支援国の金利水準と金利ボラティリティに与えるインパクトを定量的に評価する方法を提案している。
本研究の実証手順を要約すると下記のとおりとなる。
1. SMP の有効性検証のために、被支援国である南欧諸国 5 カ国(イタリア、スペイン、アイルランド、ギリシャ、
ポルトガル)への国債買入による金利水準に対するインパクトと、将来の金利水準に対する買入効果の持
続性の効果を検証する。
2. マーケット全体とユーロ圏へのリスク許容度の代理変数として VIX とユーロ圏のイールドスプレッド、さらに
被支援国への国債買入額と持続性要因を用いて、金利変化に対しての回帰分析を行う。
3. 国債買入額と持続性要因に関わる回帰係数から、南欧諸国各国の債務残高に対する国債買入れ額を規
格化し、金利水準へのインパクトと買入効果の持続性を測定する。
この実証から、同プログラムの効果として支援国の債務残高の 0.1%を購入することで 5 年国債の金利を平均で
3bp 程度押し下げる効果と、金利変動のテールを圧縮ができているものの、買入効果の持続性は低いことを結
論付けていた。
3.所見
昨年までと比較して、昨今のグローバル金融危機、並びにその後の規制関連を扱った研究はやや減少した一
方で、アセット・アロケーションやポートフォリオ理論などの研究が増加した印象を受けた。これは、金融危機以
降、再びアセット・マネジメント産業が隆盛に向かいつつあることを反映したものだと思われる。また、デリバティ
ブに関連した研究は少なく、これも複雑なデリバティブ商品へのニーズが一時よりも減衰しているという昨今の
金融業界の情勢を反映したものと言えるであろう。
また、今後は各国の非伝統的金融緩和政策が、リスク資産に与える影響を定量的に評価する実証研究が増
加することも予想される。本邦においても大規模資産購入を伴う非伝統的金融緩和政策を継続していることか
ら、注目していきたいと考える。
(金融技術開発部 近藤祐和、杉崎翔大)
照会先:みずほ情報総研株式会社 金融技術開発部
東京都千代田区神田錦町 3-1
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