EY Institute 女性と経済 −市場における重要度の高まり EY総合研究所(株) 未来経営研究部 エコノミスト 高垣勝彦 • Katsuhiko Takagaki 2006年から大手証券会社にて、金融市場アナリスト、投資銀行業務に従事。12年、EY税理士法人に入所。移転価格部門にて、製薬企業 を中心にグローバル移転価格ポリシー策定、戦略的税務コンサルティング、無形資産価値算定に従事。14年、EY総合研究所(株)に移籍。 企業価値向上に資するガバナンス・投資家対応、戦略的国際展開支援、金融市場分析に従事。 Ⅰ はじめに Ⅱ 女性の高消費性向 1990年代前半以降、女性雇用者は2,000万人を超 <図1>で示すとおり、女性の経済活動への参加は え、その上昇率は男性を上回るスピードで増加してい 年々進展する傾向にあります。アベノミクス第3の矢 ます(<図1左側>参照)。さらに、給与総額をみると、 である成長戦略により、女性の活躍がさらに推進され 80年では総額98兆円のうち、男性が79兆円、女性 が19兆円(男性の24 %)にとどまっていましたが、 男性の給与総額が2000年以降伸び悩む中、12年に は総額187兆円のうち、男性が137兆円、女性は約 50兆円(男性の36 %)に達しました(<図1右側> 参照)。また、アベノミクス第3の矢である成長戦略 ることも相まって、女性の経済力は、さらに高まるこ おり、男女とも所得水準が高いほど、消費水準も高く においても「女性の活躍推進」が目玉の一つとなって なる傾向があります。次に、男女ともに所得をどの程 おり、企業においても競争力強化の観点から注目を集 度、消費に回しているかをみるために、消費性向を男 めています。 女別に計算しました。 本稿では、マクロ・ミクロ両面の経済的視点から、 とが予想されます。そこで初めに、女性の消費の傾向 を把握するため、本章では女性の消費性向※2に焦点 を当てます。 所得と消費水準の関係は<図2左側>でみられると 結果は<図2右側>に示すとおり、どの所得階級で 15年を迎えるに当たり、注目を集めている「女性と も女性の消費性向が男性を上回っている点が注目さ 経済」の切り口で、将来の経済構造の変化から生まれ れます。例えば、500万円の所得の女性A子さんと男 る、新たな市場や需要傾向を展望します※1。 性B男さんがいたとすると、A子さんの方が同所得の B男さんより多くの金額を消費していることになりま す。現在の女性の所得水準上昇に鑑みると、そこに眠 る新たな需要は、関連する企業にとって大きなビジネ スチャンスであると考えます。 ※1 分析には、2種類のデータを使用。第一に、男女の雇用や収入、そして消費に関するマクロ的データである公表統計を使用。 第二に、より詳細なアンケート調査データを使用することで、多様な女性の消費に関する実情を収入別、そして男女別に 分析した。 ※2 個人家計の収入から、税金などの非消費支出を控除した「可処分所得」のうち「消費」に充てられる額の割合。個人の消 費意欲を示す指標で、消費性向が高いほど、消費意欲も高いと解釈される。 [消費性向=消費金額/可処分所得] 2 情報センサー Vol.99 December 2014 ▶図1 男女別雇用者数の推移(左側)と給与総額の推移(右側) 雇用者数の推移 (万人) (万人) 3,400 2,400 3,300 2,200 (%) 180 36 160 34 3,200 140 3,100 120 2,000 給与総額の推移 (兆円) 32 30 100 3,000 28 1,800 80 2,900 2,800 26 60 1,600 24 40 2,700 1,400 2,500 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 男性雇用者数(左目盛) 22 20 2,600 0 1,200 1980 1985 1990 1995 2000 男性給与総額(左目盛) 女性雇用者数(右目盛) 2005 2010 20 女性給与総額(左目盛) 女性給与総額の対男性比(右目盛) * 給与総額の推移は1年勤続者を集計 (株) 作成 出典:総務省「労働力調査」、国税庁「民間給与実態統計」からEY総合研究所 ▶図2 単身男女の所得階級別所得(左側)と消費性向(右側) 単身男女の所得階級別所得と消費 (万円) 単身男女の所得階級別消費性向 (%) 45 100 40 95 35 90 85 30 80 25 75 20 70 15 65 10 60 5 0 55 ~350万円 ~400万円 ~500万円 ~600万円 600万円以上 ■ 男性 消費支出 ■ 男性 可処分所得 ■ 女性 消費支出 ■ 女性 可処分所得 50 ~350万円 ~400万円 ~500万円 男性 平均消費性向 ~600万円 600万円以上 女性 平均消費性向 作成 出典:総務省「平成21年全国消費実態調査」からEY総合研究所(株) ▶図3 女性消費行動の重要度の高まり キーポイント • 経済の中で 女性の消費行動の 重要度が高まる 女性の活躍が進む中、所得が増え、消費の自由度 が増すことは、経済全体、さらにはビジネスを考 える上で、女性の消費行動の重要度をさらに高め • 消費の自由度 ることが予想されます(<図3>参照)。 • 女性の経済活動 • 所得増加 • 消費増加 の拡大 への参加拡大 情報センサー Vol.99 December 2014 3 EY Institute Ⅲ 旅行・投資・健康−支出傾向 回数では、総じて女性の方が男性よりも上回っており、 その差は年収が増えるにつれて大きくなっていること それでは今後、女性の経済活動への参加が進み、所 が分かります。特に、年収700万円以上の女性では、 得水準が上がると、消費市場でどのような需要が伸び 1年間の海外旅行回数が2∼3回の割合は18.4 %と、 るかについて、現在と今後の消費分野に関するアンケー 男性の6.4 %と比べ約3倍にもなっており、女性の旅 ト調査から読み解きます。 行への興味と強い消費意欲がうかがえます。 <図4>は年収700万円以上の男女の、現在お金 をかけている項目、そして今後お金をかけたい項目に 全体的に、女性の方が男性に比べ、多くの項目でお金 2. 投資−ローリスクでじっくり投資 投資に関しては、年収700万円以上の女性の23 % が現在お金をかけている項目として、さらに27%の女 をかけたいと思っている割合が高いことです。定性的 性が今後お金をかけたい項目として挙げています。具 にも、前述の女性の高消費性向が、アンケート結果に 体的に男女別の平均金融商品保有額をみると、<図6> よって裏付けられます。 のとおり、女性はリスクが比較的低く、長期的な金融 ついてのアンケート結果です。初めに目に付くのは、 次に、いくつか具体的な項目を例に取り、女性の消 費の傾向をみてみましょう。 商品である生命保険等を平均で165万円保有しており、 男性の128万円を大幅に上回っていることが分かり ます。 また、預金についても、女性は平均で458万円保有 1. 旅行−海外旅行の需要 旅行に関して、年収700万円以上の女性の45 %が 現在お金をかけている項目として、そして60%もの女 しており、男性の407万円を上回っています。他方、 性が今後お金をかけたい項目として挙げています。こ 女性の保有額を上回っていることが示されています。 れは、男性に比べ、それぞれ約20%も高い割合です。 このように、金融資産形成に係る女性の投資行動は、 さらに詳しくみると<図5>のように、海外旅行の 預金と比べてリスクがある株式等に関しては、男性が 男性に比べてリスクテーク度が低く、長期的な将来に 対する備えに重きを置いていることが分かります。 ▶図4 年収700万円以上の男女の現在お金をかけて いる項目・今後お金をかけたい項目 3. 健康・自己投資 健康に関しても、前述の金融商品同様、年収700万 (%) 円以上の女性の約20 %が現在お金をかけている項目 70 として、さらに約30 %が今後お金をかけたい項目と ■ 男性 現在お金をかけている項目 60 ■ 男性 今後お金をかけたい項目 ■ 女性 現在お金をかけている項目 50 ▶図5 1年間の海外旅行の回数(出張を除く) ■ 女性 今後お金をかけたい項目 (%) 40 100 30 90 20 ■ 10回以上 80 ■ 4~9回 10 自分の教育、学習関連 家具、インテリア 家電製品 パソコン・OA機器 健康 株など投資 衣料、バッグ、服飾雑貨 外食 趣味 預貯金 旅行 0 70 ■ 2~3回 60 ■ 0回 ■ 1回くらい 50 40 200~500 500~700 700万円 200~500 500~700 700万円 万円 万円 以上 男性 (年収別) 出典:公益社団法人 日本経済研究センター「消費と貯蓄に関するアンケート 調査」(07年11月27日~12月3日実施)からEY総合研究所 (株) 作成 4 情報センサー Vol.99 December 2014 万円 万円 以上 女性 (年収別) 出典:公益社団法人 日本経済研究センター「消費と貯蓄に関するアンケート 調査」からEY総合研究所 (株) 作成 して挙げており(男性は各9.5 %、19.7 %)、女性は 後に、働く女性の増加と、収入の増加が一段と顕著に 男性に比べ、健康に関する消費への意欲が高いことが なりつつあるなか、働く女性の経済的合理性の観点か 分かります。具体的に健康関連の消費とは、フィットネ ら、時間と消費の関係を整理し、そこから生まれる今 スクラブ、ヨガ教室や健康器具などで、<図7>のと 後注目すべき需要について検討します。 まず、一日の時間の費やし方について、女性の収入 おり、これらのサービスの利用率は、収入が増えるほ 別、さらに同等の収入レベルの男性で比較すると、女 ど高くなる傾向にあります。 また、健康への支出は、別の視点で考えると自分への 性のライフスタイルに関し、大きく分けて次の2点の 投資とも捉えられます。自分への投資の観点で<図4> 傾向があることが分かります(次ページ<図8>参照) 。 の統計をみると、習い事などの自分の教育、学習関連 • 高収入の女性は低収入の女性と比べ、一日の中 で仕事に費やす時間が約15%長く、家事に費や についても、総じて女性の方が男性に比べ、現在・将 来ともにお金をかける項目として挙げていることが分 せる時間が限られている。 かります。これらの女性が習い事や学習をする主な目 • 高収入の女性と男性を比べたときに、仕事に費 的は、健康、教養、仕事のためであり、健康関連や習 やす時間はほぼ同等にもかかわらず、女性の一 い事への支出に共通して「自分磨き志向」が高いこと 日の中で、家事に費やす時間の割合は、男性に が読み取れます。健康管理と学習は、長期的なキャリ 比べて高い。 ア形成に必要な自己投資であり、女性の活躍が進むこ とに鑑みると、資本である体のメンテナンスや、キャ このような状況のなか<図7>のとおり、収入が増 リアアップのための自己投資に係る分野として、今後 えるほど、女性の中で利用割合が増加する製品・サー の需要が注目されます。 ビスがあります。それは、時間を効率化するための ものです。例えば、1週間分の食材をまとめて自宅に配 達する宅配サービスや、ハウスクリーニング、ベビー Ⅳ 女性視点の時間と消費 シッターなど、家事の負担を軽減するための時間効率 型のサービスです。また、洗濯乾燥機や食器洗い乾燥 14年6月に公表された政府の成長戦略「日本再興戦 機も、家事の負担を軽減する家電であり、高所得では 略」改訂版では、日本経済の持続的成長における「女 あるが、時間に余裕のない女性の利用率が高い傾向に 性の活躍推進」の重要性が強調されました。そこで最 あります。 ▶図6 単身勤労者世帯男女別金融商品保有額(平均) ▶図7 女性の年収階級別でみる各種サービス利用率 (%) (万円) 500 80 450 70 400 ■ 女性 200万~500万円 ■ 女性 500万~700万円 60 ■ 女性 700万円以上 350 50 300 40 250 200 30 150 20 100 10 50 0 0 預金 生命保険 債券等 株式等 ■ 男性平均保有額 ■ 女性平均保有額 作成 出典:総務省「平成21年全国消費実態調査」からEY総合研究所(株) 通信販売 洗濯 乾燥機 食器洗い 乾燥機 生活用品 の宅配 サービス フィット ネス クラブ 健康器具 ベビー シッター ハウス クリー ニング 出典:公益社団法人 日本経済研究センター「消費と貯蓄に関するアンケート 調査」からEY総合研究所 (株) 作成 情報センサー Vol.99 December 2014 5 EY Institute ▶図8 年収別でみる一日の時間の使い方 ビス需要を創出し、その需要に対する新たなビジネス を生み出します。また、それらの新たなビジネスから (時間) 24 生まれる製品やサービスは、さらなる消費者の需要を 20 喚起し、われわれの生活スタイルの変化をも促進させ 16 アベノミクス第3の矢の一つでもある女性の活躍推 るビジネスが現れることも期待されます。 ■ 睡眠・食事等 12 8 ■ 自由時間 フスタイルの多様化や、需要の変化を的確に認識する ■ 家事 ことは、社会・経済の転換期における新たな需要を捉 ■ 仕事 えることとなり、企業のマーケティング戦略でも重要 なカギの一つになると思量されます。 4 0 進に伴い、今後さらに進むであろう、働く女性のライ 年収 300万円 未満の女性 年収 700万円 以上の男性 年収 700万円 以上の女性 出典:総務省「平成23年社会生活基本調査」からEY総合 研究所(株) 作成 <参考文献> 小峰隆夫・日本経済研究センター(2008) 『女性が変える 日本経済』(日本経済新聞出版社) 高垣勝彦(2014) 「2020年に向けたニュービジネス」IPO センサー 2014年春号(新日本有限責任監査法人)pp.12- 15. これを経済的な観点から考察すると、収入が増加す ればするほど、つまり当人の機会費用※3が増加すれ お問い合わせ先 ばするほど、家事の負担を軽減するための製品・サー EY総合研究所(株) 未来経営研究部 E-mail:[email protected] ビスを利用する経済的妥当性は高まります。アンケー ト結果から、これらのサービスを利用し、対価を払う 代わりに時間をつくり、生産活動を行うという、経済 的に合理的な行動をしていることが分かります。 キーポイント 今後、女性の経済活動への参加が進み、給与水準 が向上することを想定すると、購買力はあるが時 間がない女性消費者にとって、このような時間効 率型の製品・サービス需要は、経済的合理性を伴 いながら、さらに高まることが予想されます。 Ⅴ おわりに 本稿では、将来の社会・経済構造の変化から生まれ る新たな市場や需要傾向について、今後、割合が増え ると予想される消費者群である、比較的高収入の女性 による消費傾向を例に取り議論を進めました。 このような社会変化は、必然的に新たな商品やサー ※3 ある行動を選択することで失われる、他の選択肢を選んでいたら得られたであろう利益 6 情報センサー Vol.99 December 2014
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