広報委員 の一言

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広報委員
の一言
今月号のファミリーダイヤルで、自分が医学部
人たちもいるというようなことが書いてありまし
を目指した動機を問われて、改めて、考えてみた
た。一括りに医師といっても、選ぶ科により、又
お話が載っています。
これを読ませていただいて、
自分がどういう医師をめざすかによって、生き方
私自身のことを思い出してしまいました。
そのものが、全く違ってきます。私は神経内科医
私は小さい時から両親に、大きくなったら医者
です。某病院に赴任した時、しばらくしたら、あ
になるんだよ、と耳元でささやかれて、洗脳され
る内科医から、先生たちは僕たちが諦めている人
て育ち、高校も迷わず理系を選択。しかし、ある
たちを諦めずに見るんだね、と言われて、ああそ
時ふと本当に医学部へ行くべきかと迷い始めて、
ういう見方もあるのか、とびっくりしたことがあ
家族会議を開いてもらいました。しかしすでに音
りました。又、あるところで私たちの先輩の先生
楽に、芸術にと好きな方面を選択していた姉たち
が、これまで実践してきた在宅医療について講演
からは、医学部に行けるんだったら行けば、と軽
をしてくださったとき、聴いていた外科医に、私
く言われて、そうか、他に才能もないから行こう
たちは治療が終わったらおしまいの世界なので、
かと妙に納得して医学部に進みました。しかし、
こういうことは考えられないと感想を述べられ
医学部に入ってからもかなりの間、もっといい仕
て、選択した科によって、人生観が全く変わって
事があるのではないか、美容師はどう?建築はど
くるもんなんだな、と思いました。
うかな?などと考えてすごしました。
医師といっても人生の過ごし方など人により千
昔から成績がいいと医学部進学を勧められ、世
差万別です。ですから、
医学部を目指す若者には、
間からは医者はもうかる商売とみられてきまし
まずは医学部に入ってもらい、それから6年間の
た。先日の朝日新聞の GLOBE の表紙に「医者と
間にあちこちをみて、自分にあった道を選んでも
金」とあってびっくりしました。腕の良い医師が
らったらいいのだと思います。
欧米からヘッドハンティングされて、ドバイへ移
若者たちよ、医学部へ!
住して、これまでの何倍かのお給料をもらって稼
(永井博子 記)
いでいる人たちがいる一方、失敗して母国へ帰る
広報委員会委員:恩田晃・山内春夫・勝井豊・佐藤雄一郎・高桑好一・永井博子・橋立英樹・高橋暁・上野光博・山村倉一郎・永井雅昭
新 潟 県 医 師 会 報・第 796 号〔平成28年7月〕
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新潟県医師会報 H28.7 № 796