1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート 止まらない人民元安をどう捉えるか ~金融市場がリスク・オフに傾くなか、弱含みしやすい地合いが続こう~ 発表日:2016年6月29日(水) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 足下の国際金融市場では、英国によるEU離脱決定を受けてリスク・オフに傾きつつあり、人民元相場も 下落基調を強めている。人民元相場を巡っては昨年の実質切り上げが金融市場の動揺を招いたが、これは 当局が人民元の「国際化」を目指すなかで実行した改革が影響した側面が大きい。ただし、一連の改革を 経て昨年末に人民元はIMFが定めるSDRの構成通貨入りを果たすなど、大きな一歩を踏み出した。 他方、当局は人民元相場が米ドルと連動することで実質的な人民元高が進むことを警戒し、昨年末に13通 貨で構成される通貨バスケットを発表した。これは当局が経済構造改革を進める上で人民元相場の安定を 重視したと考えられる一方、実態としては国際金融市場が落ち着きを取り戻した局面でも人民元安基調が 続いている。足下では市場の混乱を反映する形で人民元安圧力が一段と高まっていると考えられる。 このところの中国を巡っては海外勢の資金流出に加え、国内の富裕層などの資産逃避の動きが強まってい るとの見方がある。人民元安基調が強まるなか、国際金融市場の動揺も相俟ってオフショアとオンショア 人民元が再び乖離している。当局が人民元切り下げに動く可能性は低いとみられるが、市場介入によりフ ァンダメンタルズが毀損すれば市場に動揺を与える可能性もあり、対応は困難を極める可能性がある。 このところの国際金融市場においては、英国によるEU(欧州連合)からの離脱を巡る不透明感を理由に「リ スク・オフ」の動きが広がる懸念が高まった。事実、現地時間 23 日に実施された国民投票では「離脱派」が 僅差での勝利を果たしたことで、その後の金融市場においては今回の決定が他のEU諸国などに波紋を広げる といった社会的混乱を警戒する動きに繋がり、英ポンドのみならずユーロにも売り圧力が強まっている。さら に、リスク・オフの動きはリスクが高いと見做されやすい新興国や資源国などからの資金流出を招いており、 相対的に「安全資産」とされる米ドルや日本円に資金が殺到する動きが強まることで、これらの相場は高止ま りする展開が続いている。こうしたなか、経済規模こそ世界第2位ながらも依然として「新興国」の立場にあ る中国の通貨人民元相場もここに来て下落基調を強める動きをみせている。人民元相場を巡ってはここ数年、 当局が掲げる人民元の「国際化」に向けた改革が進められる一方、相場そのものの閉鎖性ゆえに金融市場にお いては当局の「意図」を勘繰る動きが広がることで度々動揺を招く展開が続いてきた。昨年夏には、プライマ リーディーラーが中国人投資家に限られている上、取引 図 1 オンショア人民元相場の推移 も厳しく監視されているオンショア人民元(CNY)に ついて管理変動相場制を維持する一方、取引直前に当局 が公表する基準値を前日の実勢レートを元に算出するこ とで市場実勢との乖離を縮小させる「改革」に踏み切っ た。しかしながら、この動きは人民元相場を米ドルに対 して実質的な切り下げとなったことで、金融市場におい ては「当局による人民元安誘導狙い」との見方に繋がる とともに、外国人投資家も自由に取引が可能なオフショ (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 ア人民元(CNH)が大幅に下落し、CNYとCNHとの乖離が拡大する事態に見舞われた。さらに、当局は オフショア市場において人民元買い(米ドル売り)の為替介入を実施して人民元相場の安定を図る「苦肉の策」 に動いたことで、国際金融市場においては外国人投資家を中心に同国からの資金逃避が加速するとの見方に繋 がり、混乱に拍車が掛かるとともに為替介入の実施に伴い外貨準備は大幅に減少した。とはいえ、一連の決定 に伴ってオンショア人民元(CNY)の実勢レートと当局が定める基準値との間に当局による「恣意性」が懸 念される状況が払拭されたことは、当局が「悲願」としてきたIMF(国際通貨基金)の定めるSDR(特別 引出権)の構成通貨に人民元が組み入れられることによる人民元の「国際化」への道筋を大きく後押しした。 その後、昨年 11 月末のIMFは理事会において、上述のように人民元相場が依然として特殊な環境に置かれ ていることについて、向こう2~3年を目処に変動相場制への移行を求める意見を示しつつ、今年 10 月から SDR構成通貨の比率を変更し、人民元を構成通貨に組み入れることを決定している。この結果、人民元は 「国際通貨」としての一定のお墨付きを得たと捉えることが出来る。 なお、その後の人民元の対ドル為替レートはSDR入りの決定を経て相場の安定が期待されていたものの、基 調としては人民元安に向けた動きが強まっている。この背景としては、当局が昨年末に 13 通貨によって構成 される通貨バスケットを元に「人民元指数」の算定を始める方針を発表するとともに、それまで金融市場が重 視してきた対米ドルレートについて重要性が後退しているとの考えを示したことも影響している。というのも、 米ドル相場を巡っては一昨年来のFed(連邦制度準備 図 2 ドルインデックス(Fed ベース)の推移 理事会)による利上げ実施観測を受けて上昇基調を強め ており、人民元相場を米ドルとのみ連動させることは実 効ベースで実質的な人民元高に繋がってきた。さらに、 足下の中国経済は習政権が主導する形で「反腐敗・反汚 職」や「ゾンビ企業の淘汰」といった旗標の元で「サプ ライサイド改革」を前進させる動きをみせており、それ に伴って景気に下押し圧力が掛かる展開となっている。 こうした状況において通貨高を容認することは、足下の (出所)CEIC より第一生命経済研究所作成 世界経済に不透明感がくすぶるなかで輸出のさらなる下押しを招くことで景気の腰折れに繋がることが懸念さ れる。さらに、景気減速圧力が強まっているなか、一昨年来の原油をはじめとする国際商品市況の低迷長期化 を受けて中国国内ではディスインフレ圧力がくすぶる展開が続いており、通貨高の進展はディスインフレ圧力 を一段と強めることも予想される。仮に中国経済がディスインフレからデフレ状態に陥る事態となれば、過剰 債務を背景とする過剰な生産設備や在庫などの積み上 図 3 人民元バスケットの推移 がりの解消を目指す「サプライサイド改革」の実現が 困難になることが見込まれるほか、それに伴って当局 が目指す経済のソフトランディングに向けたハードル も高まる。こうした事情も、中国当局が人民元相場の 動向に対して神経質な対応をみせるとともに、対ドル 為替レートから通貨バスケットを重視することで実質 的な人民元高を回避したいとの思惑に繋がったと考え られる。なお、昨年末のFedによる利上げ実施を受 (出所)Bloomberg より第一生命経済研究所作成 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 けて上昇基調が一段と強まった米ドルだが、年明け以降は国際金融市場の動揺に伴い追加利上げ観測が後退し ていることを反映してドルインデックスは下落基調に転じている。また、上述の通り英国によるEU離脱を巡 る国民投票の結果、足下の国際金融市場では「リスク・オフ」の動きが広がっており、米ドル高圧力になりや すい反面、Fedによる利上げ時期のさらなる後退を促すとの思惑はドルインデックスの上値の重さに繋がっ ている。なお、当局は通貨バスケットの発表当初、人民元の対バスケット相場の安定を重視する方針を示して いたが、蓋を開けると発表以降相場は下落基調に歯止めの掛からない展開が続いており、足下で米ドル相場が 下落トレンドを強めていることを勘案すれば、人民元の対バスケット相場は一段と下落しているとみられ、想 定以上に人民元安が進んでいるものと捉えることが出来よう。 こうした事情の背景のひとつに、金融市場においては中国国内の富裕層を中心に国内における資産を海外に逃 避させる動きを強めていることを反映したものとの見方が出ている。足下の中国経済は政府主導によるインフ ラを中心とする公共投資の拡充のほか、不動産投資の拡 図 4 人民元相場(オンショア、オフショア)の推移 大によって下支えされる一方、全体的には力強さに乏し い展開が続いているなか、ここ数ヶ月は輸入の底入れが 確認されている。これは原油を中心に国際商品市況が上 昇基調を強めてきたことも影響しているとみられる一方、 香港からの輸入額が前年比ベースで 100%を上回る伸び が続いており、いわゆる「偽輸入」を通じて外貨を持ち 出す動きが活発化しているとの見方もくすぶる。こうし た動きを警戒する向きが広がるなか、足下では国際金融 (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 市場においてリスク・オフの動きが強まりつつあることも相俟って、人民元にはオフショア市場を中心に売り 圧力が強まる動きがみられ、CNHとCNYとの乖離が再び広がりつつある。CNHを巡っては年明け直後の 中国株式市場におけるドタバタ劇に伴い人民元売り圧力が再燃する場面もみられたものの、その後は金融市場 の落ち着きに伴いCNYとの乖離も解消する動きみられ、結果的に当局による為替介入の必要性が後退したこ とで外貨準備の減少に歯止めが掛かった。しかしながら、今年5月には貿易収支は大幅な黒字を計上したにも 拘らず外貨準備は再び減少に転じており、海外資金のみならず国内資金も流出圧力を強めている可能性が懸念 される上、足下では想定以上に人民元安が進んでいることも重なり、勢いが再び加速していると考えられる。 昨年8月の中国当局による実質的な人民元切り下げの動きは、その後に国際金融市場の動揺を招いたことで中 国経済そのものも大きな痛手を被ったことを勘案すれば、こうした手段を再び採る可能性は低いと見込まれる ものの、弱含みしやすい地合いが続くと予想される。他方、こうした人民元安圧力が掛かりやすい地合いに対 抗すべく当局が為替介入などの手段を講じることで外貨準備の減少に繋がれば、それが再び金融市場の動揺を 誘う呼び水になるリスクも予想され、当局は難しい舵取りを迫られていると言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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